(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-26
(45)【発行日】2023-11-06
(54)【発明の名称】歩行障害支援装置および歩行障害支援装置の作動方法
(51)【国際特許分類】
A61H 3/00 20060101AFI20231027BHJP
【FI】
A61H3/00 B
(21)【出願番号】P 2020033803
(22)【出願日】2020-02-28
【審査請求日】2022-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2019194813
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019229096
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506310865
【氏名又は名称】CYBERDYNE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】弁理士法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山海 嘉之
(72)【発明者】
【氏名】上原 皓
【審査官】関本 達基
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-176429(JP,A)
【文献】特開平06-205810(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の肩甲骨が内外転可能となるように当該対象者の胸部付近に装着された第1ベルトと、
前記対象者の腰部に装着された第2ベルトと、
前記第2ベルトにおける前記対象者の下背部中央に固定して取り付けられ、当該対象者の背面に対する垂直方向を回動中心とする出力軸を有し、当該出力軸を正転方向または逆転方向に回動駆動させる駆動部と、
前記第1ベルトにおける前記対象者の上背部中央と前記駆動部の前記出力軸とを連結するリンク部と、
前記駆動部の前記出力軸を所望の周期タイミングで正転方向と逆転方向と交互に揺動駆動させるように当該駆動部の出力トルクを制御する制御部と
を備え、前記制御部は、前記駆動部の出力トルクに応じた加振力を前記リンク部を介して前記第1ベルトに付与することにより、前記対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させる
ことを特徴とする歩行障害支援装置。
【請求項2】
前記駆動部に固定して取り付けられ、前記第2ベルトに対して所定の高さ位置を保つように前記対象者の腰部の上方部位に装着された第3ベルト
を備え、前記駆動部は、前記第2ベルトおよび前記第3ベルトによって前記対象者の下背部中央に固定される
ことを特徴とする請求項1に記載の歩行障害支援装置。
【請求項3】
前記対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足裏面に加わる荷重を測定する足荷重測定部と、
前記足荷重測定部により測定された荷重変化により、前記対象者の左右の足裏面の重心位置をそれぞれ検出する重心位置検出部と
を備え、前記制御部は、前記重心位置検出部により検出された前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに基づいて、当該対象者の歩行周期の減少を低減させて歩行障害を抑制するように、前記駆動部をフィードバック制御する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の歩行障害支援装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記対象者の平衡感覚に所定レベルの負荷が与えられる程度まで当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させるように、前記駆動部の出力トルクを制御する
ことを特徴とする請求項1から3までのいずれか
一項に記載の歩行障害支援装置。
【請求項5】
前記リンク部は、前記対象者の体幹の前屈角度が所定範囲内を維持するように、リンク長を設定しておく
ことを特徴とする請求項1から4までのいずれか
一項に記載の歩行障害支援装置。
【請求項6】
対象者の肩甲骨が内外転可能となるように当該対象者の胸部付近に装着された第1ベルトにおける前記対象者の上背部中央と、前記対象者の腰部に装着された第2ベルトにおける前記対象者の下背部中央に固定して取り付けられた駆動部の出力軸とをリンク部を介して連結しておき、
制御部が、前記駆動部の前記出力軸を所望の周期タイミングで前記対象者の背面に対する垂直方向を回動中心として正転方向と逆転方向と交互に揺動駆動させるように当該駆動部の出力トルクを制御する第1ステップと、
前記制御部が、前記駆動部の出力トルクに応じた加振力を前記リンク部を介して前記第1ベルトに付与することにより、前記対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させる第2ステップと
を備えることを特徴とする歩行障害支援
装置の作動方法。
【請求項7】
前記第1ステップでは、
前記制御部が、前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに基づいて、当該対象者の歩行周期の減少を低減させて歩行障害を抑制するように、前記駆動部をフィードバック制御する
ことを特徴とする請求項6に記載の歩行障害支援
装置の作動方法。
【請求項8】
前記第1ステップでは、
前記制御部が、前記対象者の平衡感覚に所定レベルの負荷が与えられる程度まで当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させるように、前記駆動部の出力トルクを制御する
ことを特徴とする請求項6または7に記載の歩行障害支援
装置の作動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歩行障害支援装置および歩行障害支援装置の作動方法に関し、特にパーキンソニズムに伴う歩行障害を補助するための装着型動作アシスト装置に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
パーキンソニズムは、神経変性疾患や脳血管障害によって神経系の協調的な調整機構が破綻することで生じる運動症状であり、動作緩慢、筋強剛、姿勢反射障害および振戦のうち2つ以上の兆候が認められる状態を指す。
【0003】
パーキンソニズム患者は、症状の進行に伴い、立位や歩行に支障をきたし、その中でも代表的な歩行障害の一つである加速歩行は、徐々に前方に突進して容易に立ち止まることが困難となる症状を呈するため、QOL(Quality of Life)の低下を余儀なくされている。
【0004】
加速歩行をはじめとするパーキンソニズム患者の歩行障害には、様々な機能低下の関与が示唆されており、体幹が前屈する姿勢障害や、周期的な運動の継続が困難となるリズム形成障害、運動の振幅が減少する寡動、歩幅が徐々に小さくなる系列効果が影響していると考えられている。
【0005】
パーキンソニズムの歩行障害に対する介入方法として、従来から外的キューが広く用いられている。この外的キューは、視覚、聴覚、体性感覚への刺激によって歩幅の増加や歩調の維持を促進することで即時的な改善効果が得られる介入方法である。
【0006】
外的キューによる効果が得られる機序は、脳内のフィードバック機構の賦活化や障害されている部位を介さずに運動指令を生成して末梢神経系へ送る代償的な神経回路の活動によるものと考えられている。
【0007】
日常生活や理学療法では、外的キューとして、床面に貼られたテープに対するまたぎ動作の指示、リズミカルな声かけ、臀部へのタッピングなどが用いられているが、環境の整備や恒常的な人的介助が必要となるため、日常的に利用することは困難である。
【0008】
この困難さを回避すべく、つま先のレーザ光源による床面への線の投影、イヤホンによるリズミカルな音の提示、小型シリンダによる手関節への振動提示といった外的キューを与える装着型のデバイスが従来から提案されている。
【0009】
例えば、加速度センサおよび角速度センサを用いて、歩行者の一方の足が着地してから他方の足が着地するまでの時間を表す半歩行周期を算出し、当該半歩行周期をもとに求めた歩行周期変動率と左右バランス変動率に基づいて、歩行者に対して触覚刺激や聴覚刺激を与えて変動率を低減させるようにした歩行支援方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2015-177925号公報
【文献】国際公開2018/066151号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところが、外的キューを与える装着型デバイスは、歩行障害の原因である姿勢制御やリズム生成の機能低下を直接的に補助するのではなく、感覚機能を介して間接的に作用するため、効果の個人差が大きい。このため、理学療法では、患者の上腕から肩を下外側から把持し、身体を起こすように支えながらリズミカルに左右方向に揺り動かすことで左右への重心移動を安定して補償し、姿勢制御とリズム形成を直接的に支援する方法も推奨されている。
【0012】
このように、第三者や外部環境によらず、パーキンソニズム患者の加速歩行を抑制するような動作支援を実現するためには、前屈姿勢の軽減と左右方向への周期的な支援力の伝達を実現する装着型のシステムが有効であると考えられる。
【0013】
因みに、パーキンソニズム患者に対する装着型支援システムの研究として、足関節の底屈・背屈によって歩き始めの重心移動を補助することですくみ足を支援する手法が開発されているが(特許文献2参照)、加速歩行の原因である機能低下を支援する手法ではない。
【0014】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、対象者の歩行障害を効率良く支援することが可能な歩行障害支援装置および歩行障害支援装置の作動方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
かかる課題を解決するため本発明においては、対象者の肩甲骨が内外転可能となるように当該対象者の胸部付近に装着された第1ベルトと、対象者の腰部に装着された第2ベルトと、第2ベルトにおける対象者の下背部中央に固定して取り付けられ、当該対象者の背面に対する垂直方向を回動中心とする出力軸を有し、当該出力軸を正転方向または逆転方向に回動駆動させる駆動部と、第1ベルトにおける対象者の上背部中央と駆動部の出力軸とを連結するリンク部と、駆動部の出力軸を所望の周期タイミングで正転方向と逆転方向と交互に揺動駆動させるように当該駆動部の出力トルクを制御する制御部とを備え、制御部は、駆動部の出力トルクに応じた加振力をリンク部を介して第1ベルトに付与することにより、対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させるようにした。
【0016】
この結果、歩行障害支援装置では、対象者の下背部中央に固定された駆動部からリンク部を介して第1ベルトに周期的な支援力を誘発させて、当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させることにより、対象者の体幹伸展とリズム形成とを補助しながら、パーキンソン病に特有の姿勢障害とリズム形成障害とを解消させることができる。
【0017】
また本発明においては、駆動部に固定して取り付けられ、第2ベルトに対して所定の高さ位置を保つように対象者の腰部の上方部位に装着された第3ベルトを備え、駆動部は、第2ベルトおよび第3ベルトによって対象者の下背部中央に固定されるようにした。
【0018】
このように歩行障害支援装置では、対象者の腰部を高さ方向に幅を持たせて第2ベルトおよび第3ベルトの2本で巻着するようにしたことにより、駆動部が出力トルク発生時に自ら回転することなく、対象者の下背部中央に固定された状態を維持することができる。
【0019】
さらに本発明においては、対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足裏面に加わる荷重を測定する足荷重測定部と、足荷重測定部により測定された荷重変化により、対象者の左右の足裏面の重心位置をそれぞれ検出する重心位置検出部とを備え、制御部は、重心位置検出部により検出された対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに基づいて、当該対象者の歩行周期の減少を低減させて歩行障害を抑制するように、駆動部をフィードバック制御するようにした。この結果、歩行障害支援装置では、パーキンソン病を患う対象者に対して歩行周期の変動が小さく維持されるように歩行障害を支援することができる。
【0020】
さらに本発明においては、制御部は、対象者の平衡感覚に所定レベルの負荷が与えられる程度まで当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させるように、駆動部の出力トルクを制御するようにした。この結果、歩行障害支援装置では、対象者の大脳皮質における比較的介入が弱い領域である補足運動野の機能を活性化させて記憶依存性運動を改善することが可能となる。
【0021】
さらに本発明においては、リンク部は、対象者の体幹の前屈角度が所定範囲内を維持するように、リンク長を設定しておくようにした。この結果、歩行障害支援装置では、対象者が装着する第1ベルトによる肩甲骨の内転と胸部-腰部間をつなぐリンク部による胸椎の伸展によって前屈姿勢を軽減させることができる。
【0022】
さらに本発明においては、対象者の肩甲骨が内外転可能となるように当該対象者の胸部付近に装着された第1ベルトにおける対象者の上背部中央と、対象者の腰部に装着された第2ベルトにおける対象者の下背部中央に固定して取り付けられた駆動部の出力軸とをリンク部を介して連結しておき、制御部が駆動部の出力軸を所望の周期タイミングで対象者の背面に対する垂直方向を回動中心として正転方向と逆転方向と交互に揺動駆動させるように当該駆動部の出力トルクを制御する第1ステップと、制御部が駆動部の出力トルクに応じた加振力をリンク部を介して第1ベルトに付与することにより、対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させる第2ステップとを備えるようにした。
【0023】
この結果、歩行障害支援装置の作動方法では、対象者の下背部中央に固定された駆動部からリンク部を介して第1ベルトに周期的な支援力を誘発させて、当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させることにより、対象者の体幹伸展とリズム形成とを補助しながら、パーキンソン病に特有の姿勢障害とリズム形成障害とを解消させることができる。
【発明の効果】
【0024】
以上のように本発明によれば、パーキンソン病に起因する対象者の歩行障害を効率良く支援することが可能な歩行障害支援装置および歩行障害支援装置の作動方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】パーキンソニズムによる歩行障害と要因を表す説明図である。
【
図3】本発明による簡易化した前額面のモデル座標系を表す略線図である。
【
図4】シミュレーションに用いられるパラメータを表す表である。
【
図5】前額面の重心位置における位相平面のシミュレーション結果を表すグラフである。
【
図6】本発明の実施形態に係る歩行障害支援装置の構成を示す外観図である。
【
図7】
図6に示すパワーユニットの内部構成を示すブロック図である。
【
図8】歩行障害支援装置による支援力の伝達方法およびリンク長の説明に供する略線図である。
【
図9】実験協力者である対象者の歩行障害に応じた評価項目を表す表である。
【
図10】3次元動作解析システムのマーカ取り付け位置を表す略線図である。
【
図11】ふらつき歩行に対する即時的な使用効果の検証実験についての説明図である。
【
図12】ふらつき歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果の一例を示す図である。
【
図13】ふらつき歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図14】ふらつき歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図15】小刻み歩行に対する即時的な使用効果の検証実験についての説明図である。
【
図16】小刻み歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果の一例を示す図である。
【
図17】小刻み歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図18】小刻み歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図19】加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験についての説明図である。
【
図20】加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果の一例を示す図である。
【
図21】加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図22】歩行周期の一次回帰直線の傾き、体幹の最大前屈角度および歩行周期を表すグラフである。
【
図23】歩行障害支援装置を装着しない状態での試行(テスト1)の結果の一例を示す図である。
【
図24】歩行障害支援装置を装着した状態での試行(テスト2)の結果の一例を示す図である。
【
図25】歩行障害支援装置の支援力と実験協力者の右足の床反力とを示すグラフである。
【
図26】加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図27】加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図28】すくみ足に対する即時的な使用効果の検証実験についての説明図である。
【
図29】すくみ足に対する即時的な使用効果の検証実験の結果の一例を示す図である。
【
図30】すくみ足に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図31】すくみ足に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図32】各歩行障害と歩行障害支援装置の使用結果との関係性を表す略線図である。
【
図33】即時的な歩行障害支援装置による使用効果の機序についての説明図である。
【
図34】即時的な歩行障害支援装置による使用効果の機序についての説明図である。
【
図35】即時的な歩行障害支援装置による使用効果の機序についての説明図である。
【
図36】小刻み歩行に対する継続的な使用効果の検証実験の結果の一例を示す図である。
【
図37】小刻み歩行に対する継続的な使用効果の検証実験の結果を表す説明図である。
【
図38】継続的な歩行障害支援装置による使用効果の機序についての説明図である。
【
図39】他の実施の形態によるパワーユニットおよび床反力ユニットの内部構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下図面について、本発明の一実施の形態を詳述する。
【0027】
(1)パーキンソニズムによる歩行障害の体系化
パーキンソニズムの特徴として、脳内のドーパミンの枯渇による運動調整機能の低下と、進行に伴って立位や歩行が困難となる運動障害とがある。その病態には、筋強剛(関節における歯車様の抵抗)、振戦(6[Hz]前後の周期的な震え)、姿勢反射障害(反射的な筋収縮の欠乏)、無動(動作の緩慢または欠如)が挙げられる。
【0028】
パーキンソニズムによって、「ふらつき歩行(身体のふらつき)」、「小刻み歩行(歩幅の減少)」、「加速歩行(前方への突進)」および「すくみ足(不随意的な停止)」のような様々な歩行障害が、原因疾患の種類や重症度に応じて発現する。
【0029】
これらパーキンソニズムによる歩行障害について、
図1に示すように、「ふらつき歩行」は、筋強剛による体幹の棒状化に起因する左右の重心移動の減少と、リズム形成障害である異常リズムの発現とに起因して発現する。また「小刻み歩行」は、左右の重心移動の減少と、異常リズムの発現と、寡動による歩幅減少である運動の大きさの減少とに起因して発現する。さらに「加速歩行」は、筋強剛による前屈姿勢に起因する重心の前方偏位と、上述した小刻み歩行と、系列効果による加速であるステップ速さの上昇とに起因して発現する。「すくみ足」は、重度な動作緩慢と、各歩行障害の発展とに起因して発現する。
【0030】
これらの歩行障害を体系化した相関関係を
図2に示す。この相関関係図において、「静止立位」状態を基準として、重症度の低い順から「ふらつき歩行」、「小刻み歩行」、「加速歩行」および「すくみ足」を経て「転倒」に到る関係を示している。
【0031】
「状態a」は重心移動能力の低下(下肢のジストニア、姿勢反射障害)、「状態b」は運動の周期性の低下(リズム形成障害)、「状態c」は運動の大きさの縮小(寡動、系列効果)、「状態d」は前屈姿勢(体幹のジストニア)とすると、上述した4種類の歩行障害について、これら状態aから状態dまでの組み合わせにより、種々の歩行障害に遷移する傾向を表している。
【0032】
このようにパーキンソニズム患者は、姿勢と重心移動の機能低下によって、重症度の高低に応じた各種の歩行障害が誘発される。
【0033】
(2)本発明による加速歩行を抑制するための揺動支援の原理
パーキンソニズムに関連する代表的な歩行障害の一つである加速歩行は、対象者のステップ速度の上昇によって引き起こされる突進現象である。加速歩行に起因する転倒や不随意的に生じる症状はQOLへ大きな影響を与えている。
【0034】
本発明では、歩行障害支援装置のような装着型システムの物理的な介入によって、パーキンソニズム患者による歩行試験を実施して、加速歩行の要因である姿勢障害とリズム形成障害を補助することにより加速歩行を抑制する。
【0035】
加速歩行を抑制するための揺動支援を実現すべく、パーキンソニズム患者の生理的・機械的特性を考慮した簡易的なモデルを作成し、シミュレーションを通じて支援力を付与する方法を決定する。なお、装着型システムによる揺動支援は、静止立位時から開始し、揺動に合わせて対象者が歩き始めることで、歩行時のリズム形成と重心移動を支援するものとする。
【0036】
人間の静止立位時の姿勢制御は、中枢神経系での感覚情報の統合によって行われる能動的な感覚フィードバックと筋や関節組織等に起因する受動的な粘弾性との重畳で表現される。パーキンソン病患者の神経フィードバックがPD(比例・微分)制御器、人間の下腿の筋の特性がバネ・マス・ダンパの系とみなせることから、
図1に示すような簡易化した前額面のモデルの座標系として表される。
【0037】
このモデル座標系において、Mを体重、x
COMを前額面の重心位置、F
activeを神経フィードバックの力、F
passiveを筋からの受動的な力、F
voluntaryを随意的に発揮する力とすると、パーキンソニズム患者が静止立位時に随意的に身体を揺動させる際の力のつりあいは、以下の式(1)~(3)のように表される。
【数1】
【数2】
【数3】
【0038】
パーキンソニズム患者はリズム形成障害によって自発的な揺動の生成・維持が困難であることから、本発明では、F
voluntaryを0、D+cを粘性係数C、P+kを弾性係数Kとすることにより、パーキンソニズム患者の静止立位姿勢を次式(4)で表されるバネ・マス・ダンパの減衰振動系とみなす。
【数4】
【0039】
ここで、人体を一つの集中質量としてモデル化すると実測された振動特性を十分に表現できないこと、および理学療法では脇周辺を把持しながらリズミカルに側方の揺動の介助を行うことを考慮し、簡易モデルは体重を上半身と下半身の質量中心に分解し、胸部付近の上半身の重心に周期的な支援力が与えられることで振動が励起される系とする。
【0040】
上半身の質量をm
u、下半身の質量をm
l、上半身の重心位置をx
u、下半身の重心位置をx
lとすると、x
COMは次式(5)のように表される。
【数5】
【0041】
図3に示す簡易化した前額面のモデル座標系において、上半身の粘性係数をc
uおよび弾性係数をk
u、下半身の粘性係数をc
lおよび弾性係数をk
lとすると、運動方程式は次式(6)のように表される。
【数6】
【0042】
この式(6)において、x、u、M、CおよびKは、それぞれ次式(7)~(11)のように表される。
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【数11】
【0043】
これにより入力uに対する出力x
uおよびx
lの伝達関数をそれぞれG
u(s)およびG
l(s)とすると、次式(12)および(13)のように表される。
【数12】
【数13】
【0044】
それぞれの周波数伝達関数における入出力の振幅比の関係から次式(14)および(15)の等式が成り立つ。
【数14】
【数15】
【0045】
以上より、式(5)、式(14)および式(15)に基づいて、x
COMの振幅をwとすると、支援力Fは次式(16)のように表される。
【数16】
【0046】
ここでパーキンソニズム患者は姿勢制御の機能が低下していることから、上半身と下半身の過渡状態を減衰振動と仮定する。また固有角振動数ω
0を対象者の歩行周期、加振力の角振動数ωをリズミカルな体性感覚刺激を行う外的キューの先行研究をもとに歩行周期の1.1倍とすると、減衰比γ、上半身および下半身の弾性係数と粘性係数は、次式(17)のように表される。
【数17】
【0047】
この系に対して
図4のパラメータを用いて数値解析ソフトウェアMatlab(商標名)によるシミュレーションを行った。なお、Lは健常者の歩行時における重心の水平方向の移動量とし、m
uとm
lは体重に対する比率から算出した。前額面の重心位置x
COMの位相平面を
図5に示す。x
COMの振幅は0.025[m]、定常振動時の周波数は支援力の0.94[Hz]に対し0.98[Hz]となり、目標値と同程度であることを確認した。
【0048】
以上のように、対象者の体重と歩行周期から算出した加振力を上半身の重心へ与えることにより、加速歩行を抑制するための揺動を支援することが可能であると考えられる。
【0049】
(3)本実施の形態による歩行障害支援装置の構成
図6において、本実施の形態による装着型の歩行障害支援装置10を示す。この歩行障害支援装置10では、対象者の肩甲骨が内外転可能となるように当該対象者の胸部付近に第1ベルト11が装着されるとともに、対象者の腰部に第2ベルト12が装着されている。
【0050】
第2ベルト12における対象者の下背部中央には、パワーユニット20が固定して取り付けられている。このパワーユニット20は、
図7に示すように、アクチュエータからなる駆動部21と、装置全体を制御するCPU(Central Processing Unit)からなる制御部22と、各種データが記憶されている記憶部23と、揺動支援のオンまたはオフを操作するための操作部24とを有する。
【0051】
駆動部21は、対象者の背面に対する垂直方向を回動中心とする出力軸21Aを有し、当該出力軸21Aを正転方向または逆転方向に回動駆動させるようになされている。また第1ベルト11における対象者の上背部中央とパワーユニット20内の駆動部21の出力軸21Aとは、炭素繊維強化樹脂からなるリンク部25により連結されている。
【0052】
またパワーユニット20内の駆動部21には、第2ベルト12に対して所定の高さ位置を保つように対象者の腰部の上方部位に装着された第3ベルト30が固定して取り付けられている。駆動部21は、第2ベルト12および第3ベルト30によって対象者の下背部中央に固定されるようになされている。
【0053】
さらに制御部22は、パワーユニット20内の駆動部21の出力軸21Aを所望の周期タイミングで正転方向と逆転方向と交互に揺動駆動させるように当該駆動部21の出力トルクを制御する。この制御部22は、駆動部21の出力トルクに応じた加振力をリンク部25を介して第1ベルト11に付与することにより、対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させることができる。
【0054】
なお、第1ベルト11におけるリンク部25との連結部位には、パワーユニット20に対して電力を供給するためのバッテリ26が着脱自在に固定保持し得るように搭載されている。
【0055】
図8(A)に示すように、第1ベルト11における対象者の胸部の装着ずれがなく、鉛直方向に対するリンク部25の角度が十分小さいとき、当該リンク部25のリンク長をL、周期的な支援力の振幅をFとすると、対象者の腰部に配置したパワーユニット20内の駆動部21の出力トルクτは次式(18)のように表される。
【数18】
【0056】
なお、駆動部21の出力トルクの立ち上がりは平滑化を行うようにして、支援開始直後の力によってバランスを崩すことを防ぐようになされている。
【0057】
この結果、歩行障害支援装置10では、対象者の下背部中央に固定された駆動部21からリンク部25を介して第1ベルト11に周期的な支援力を誘発させて、当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させることにより、対象者の体幹伸展とリズム形成とを補助しながら、パーキンソン病に特有の姿勢障害とリズム形成障害とを解消させることができる。
【0058】
すなわち、対象者の胸部および腰部をそれぞれ第1ベルト11および第2ベルト12によって装着しておき、腰部に固定されたパワーユニット20内の駆動部21がリンク部25を介して胸部に支援力を伝達することにより、対象者の胸部付近に存在する上半身の重心に対して水平方向の力を作用させることができる。
【0059】
また歩行障害支援装置10では、対象者の腰部を高さ方向に幅を持たせて第2ベルト12および第3ベルト30の2本で巻着するようにしたことにより、駆動部21が出力トルク発生時に自ら回転することなく、対象者の下背部中央に固定された状態を維持することができる。
【0060】
ちなみに、歩行障害支援装置10を適用する対象者は、身長、体重、胸囲、腰囲が5[%]tilt値から95[%]tilt値の範囲に当てはまる日本人とし、第1ベルト11および第2ベルト12の各ベルト長と第3ベルト30の高さ位置とを調整することにより、対象者の体格差に対応するとともに体幹の伸展を促進するようになされている。
【0061】
すなわち、
図8(B)に示すように、リンク部25のリンク長Lは、座位肩甲骨下角高をA、座位腸骨稜高をBとするとき、その差分(A-B)として求められる。一般的な身体寸法データベースによると、座位肩甲骨下角高Aは2.5~97.5[%]tilt値の範囲にあり、座位腸骨稜高Bも2.5~97.5[%]tilt値の範囲にあるため、上述のような日本人の95[%]が装着可能となる外形寸法を設定することが可能となる。
【0062】
(4)歩行障害支援装置を用いた即時的な使用効果の検証実験
本検証実験ではパーキンソニズム患者に対して歩行障害支援装置10を適用し、4種類の歩行障害(ふらつき歩行、小刻み歩行、加速歩行およびすくみ足)の抑制に対する適用可能性を確認する。
【0063】
なお、即時的な介入効果を検証する対象者の選定に際して、以下に示す5つの選択基準を全て満たすと同時に、4つの除外基準のいずれにも抵触しないことが条件となる。選択基準としては、第1に、医師によるパーキンソニズムの診断を得たこと、第2に、Yahr重症度分類がステージIV以下であること、第3に、自力歩行が可能ですくみ足を呈すること、第4に、身長が140~180[cm]の範囲内であること、第5に、体重が40~50[kg]の範囲内であること、である。また除外基準としては、第1に、高度な無動、固縮または失調があること、第2に、指示の理解、自己状態の表出が困難であること、第3に、下肢に重度の痙縮、変形または固縮があること、第4に、自力での起立や歩行が困難であること、である。
【0064】
本検証実験では、歩行障害支援装置10を装着しない状態での試行(テスト1:Test1)と、歩行障害支援装置10を装着した状態での試行(テスト2:Test2)と、当該テスト2の介入後に歩行障害支援装置10を装着しない状態での試行(テスト3:Test3)とにおいて、対象者ごとに設定した所定環境下で各3回ずつ実施する。
【0065】
歩行障害支援装置10を装着した状態での試行(テスト2)の実施前は、理学療法士の協力のもと、当該歩行障害支援装置10の装着フィッティングと2試行の練習を通じて支援力の調整を行い、支援力の振幅を簡易シミュレーションから得られた値の30[%]に設定した。
【0066】
歩行障害支援装置10の装着は、対象者の腰部の第2ベルト12が上前腸骨棘上に、リンク部25の先端が第五胸椎上に位置するように、第2ベルト12の長さと位置を調整する。また介助者(アシスタント)がパワーユニット20に設けられた操作部24を用いて、対象者に対する揺動支援の開始と停止の操作を行う。
【0067】
各歩行障害における評価項目を
図9に示す。ID:Aの「ふらつき歩行」は、足圧中心分布を主要評価項目とし、同期性を副次評価項目とする。ID:Bの「小刻み歩行」は、歩数を主要評価項目とし、同期性を副次評価項目とする。ID:Cの「加速歩行」は、歩行周期の変化を主要評価項目とし、同期性および姿勢を副次評価項目とする。ID:Dの「すくみ足」は、歩数を主要評価項目とし、同期性を副次評価項目とする。ここで、「同期性」とは、対象者の歩行周期とシステムの支援周期の同期性を表し、「姿勢」とは、体幹の前屈角度を表す。
【0068】
本実験では、対象者による「同期性」を歩行周期と床反力(GRF:Ground Reaction Force)によって評価するとともに、対象者による「姿勢」を体幹の最大前屈角度と足圧中心(COP:Center of Pressure)によって評価する。
【0069】
具体的に、圧力分布計測システム「Pedar-X」(商品名)を用いて、対象者の歩行周期、左右の足圧中心(COP)および床反力(GRF)を計測する。また3次元動作解析システム「VICON MX」(商品名)を用いて、対象者の体幹の前屈角度を100[Hz]で計測する。
【0070】
対象者の身体表面に貼り付ける3次元動作解析システムの複数のマーカの取り付け位置を、
図10に示す。3次元解析システムの各マーカは、対象者における左右の肩峰、大転子、腓骨頭、外果および第五中足骨頭の計10箇所に貼り付けられ、肩峰と大転子を結ぶ線がなす角を体幹の前屈角度として計測する。
【0071】
(4-1)ふらつき歩行に対する検証実験
実験協力者である対象者は、ふらつき歩行を呈するパーキンソン病患者1名(68歳、女性、現病歴6年)であり、症状は右側優位である。
図11(A)に示すように、実験協力者である対象者の身体的特徴として、体重は46[kg]、歩行周期は1.0[s]であり、ジストニアによる右足首の内反尖足を有している。また、歩行障害支援装置10による支援力を5.2[N]、支援周期を1.1[s]と設定する。
【0072】
試験環境として、
図11(B)に示すように、対象者が椅子に座った状態から起立して、3[m]の直線に沿って歩行しながら、続いて1[m]間隔で設置された3個のポールを交互にスラローム歩行して元に戻って再度椅子に着座するまでの動作を、上述したテスト1~3について各3回実施する。
【0073】
その際、スラローム歩行時における対象者の右足の足圧中心分布を主要評価項目とし、対象者と歩行障害支援装置(システム)10との同期性を副次評価項目とする。
図11(C)に、対象者の右足裏について、足圧中心の軌跡と前額面の最大移動量とを示す。
【0074】
ふらつき歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の様子を
図12(A)~(C)に示す。対象者の重心の軌跡に対する足圧中心の軌跡との関係性を重視して、前額面での最大移動量を計測した結果を
図13(A)に示す。
【0075】
足圧中心分布に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)と使用時(テスト2)との比較結果は、前額面での最大移動量が増加傾向にあることが確認された(
図13(B))。また、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)と使用後(テスト3)との比較結果は、前額面での最大移動量が減少傾向にある、すなわち、効果維持の傾向なしであることが確認された(同図)。
【0076】
このことから
図14(A)に示すように、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、対象者の動歩行時は常に足裏に重心がなく、重心移動の安定性向上を図るべく、足圧中心の軌跡が外側に偏移する傾向があることがわかる。
【0077】
同期性に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)、使用時(テスト2)および使用後(テスト3)の比較結果は、全て一致(同期)していることが確認された(
図14(B))。すなわち、対象者の歩行周期(1.11±0.08[s])と歩行障害支援装置10の支援周期(1.10[s])が同期する傾向が確認された。このことから、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)にふらつき歩行の軽減に対する効果が示唆されたことがわかる。
【0078】
(4-2)小刻み歩行に対する検証実験
実験協力者である対象者は、小刻み歩行を呈するパーキンソン病(進行性角上性麻痺)患者1名(65歳、男性、現病歴1年)であり、症状は右側優位である。
図15(A)に示すように、実験協力者である対象者の身体的特徴として、体重は64[kg]、歩行周期は1.05[s]である。また、歩行障害支援装置10による支援力を8.5[N]、支援周期を1.2[s]と設定する。
【0079】
試験環境として、
図15(B)に示すように、対象者が椅子に座った状態から起立して、3[m]の直線に沿って歩行しながら旋回して元に戻って再度椅子に着座するまでの動作を、上述したテスト1~3について各3回実施する。
【0080】
その際、旋回時における対象者の歩数を主要評価項目とし、対象者と歩行障害支援装置(システム)10との同期性を副次評価項目とする。
図15(C)に、対象者が旋回時に歩行する両足裏の軌跡を示す。
【0081】
小刻み歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の様子を
図16(A)~(C)に示す。旋回時の対象領域における対象者の歩数を計測した結果を
図17(A)および(B)に示す。
【0082】
歩数に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)と使用時(テスト2)との比較結果は、減少傾向にあることが確認された。また、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)と使用後(テスト3)との比較結果は、当該減少した効果が維持される傾向にあることが確認された。
【0083】
このことから
図18(A)に示すように、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)では、対象者の歩数が減少(すなわち、歩幅が拡大)することがわかる。
【0084】
同期性に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)、使用時(テスト2)および使用後(テスト3)の比較結果は、全て一致(同期)していることが確認された(
図18(B))。すなわち、対象者の歩行周期(1.19±0.09[s])と歩行障害支援装置10の支援周期(1.21[s])が同期する傾向が確認された。このことから、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)に小刻み歩行の軽減に対する効果が示唆されたことがわかる。
【0085】
(4-3)加速歩行に対する検証実験
実験協力者である対象者は、加速歩行を呈するパーキンソン病患者1名(64歳、男性、現病歴19年)であり、症状は右側優位である。
図19(A)に示すように、実験協力者である対象者の身体的特徴として、体重は70[kg]、歩行周期は0.97[s]であり、強筋剛に起因する前屈姿勢を呈する。また、歩行障害支援装置10による支援力を10.1[N]、支援周期を1.21[s]と設定する。
【0086】
試験環境として、
図19(B)に示すように、幅0.65[cm]、長さ10[m]の平行棒の周りをコの字型に歩行する動作を、上述したテスト1~3について各3回実施する。この検証実験において、3回分の各試行では、著しくバランスを崩した場合を除き、可能な限り平行棒には掴まらないように、対象者に指示した。
【0087】
その際、直線(往復)歩行時における対象者の歩行周期の変化を主要評価項目とし、対象者と歩行障害支援装置(システム)10との同期性と対象者の姿勢とを副次評価項目とする。
図19(C)に、対象者が往路、旋回、復路における歩数と歩行周期との関係性について示す。往路および復路における歩行周期の一次回帰直線も示す。
【0088】
加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の様子を
図20(A)~(C)に示す。対象者の歩行周期の変化を往路、旋回、復路において計測した結果を
図21(A)に示す。この歩行周期の変化は一時回帰直線の傾きとして表され、当該傾きが0値のとき一定の速度を示し、当該傾きが負の値のとき徐々に加速することを示す。
【0089】
歩行周期の変化に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)と使用時(テスト2)との比較結果は、減少傾向にあることが確認された(
図21(B))。また、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)と使用後(テスト3)との比較結果は、当該減少した効果が維持されない傾向にあることが確認された(同図)。
【0090】
このことから
図21(C)に示すように、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、歩行周期の減少が抑制(すなわち、突進が低減)されることがわかる。
【0091】
上述した
図20(A)~(C)に示す加速歩行に対する即時的な使用効果の検証実験の結果を
図22(A)~(C)に示す。各試行における歩行周期の一次回帰直線の傾きは、
図22(A)に示すように、平均-0.0063[s/step]から平均-0.00013[s/step]となり、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)は、本装置の未使用時(テスト1)の2.1[%]に減少した。このように歩行周期の一次回帰直線の傾きの減少は、歩行障害支援装置10によって歩行毎の歩行周期の減少が低減されたことを意味し、対象者の加速歩行を抑制することができることが確認された。
【0092】
対象者の体幹の最大前屈角度は、
図22(B)に示すように、歩行障害支援装置10によって13.0±3.9[deg]から5.9±0.32[deg]に減少した。この結果、歩行障害支援装置10を装着する対象者の胸部の第1ベルト11による肩甲骨の内転と胸部-腰部間のリンク部25による胸椎の伸展とによって、対象者の前屈姿勢が軽減されたと考えられる。
【0093】
また、対象者の歩行周期は、
図22(C)に示すように、歩行障害支援装置10によって1.06±0.13[s]から揺動支援の周期である1.21[s]と同程度の1.19±0.07[s]に増加し、歩行周期の標準偏差が減少した。
【0094】
歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)の左遊脚期の様子、左右の足圧中心(COP)の分布、歩行毎の歩行周期の一例をそれぞれ
図23(A)~(C)に示す。また歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)の左遊脚期の様子、左右の足圧中心(COP)の分布、歩行毎の歩行周期の一例をそれぞれ
図24(A)~(C)に示す。
【0095】
図23(A)および
図24(A)に示す左遊脚期の様子の比較結果に基づいて、症状の優位側である右足が支持脚のときの体幹の伸展を確認した。また、
図23(B)および
図24(B)に示す旋回後の足圧中心(COP)の分布の比較結果に基づいて、右足の足圧中心において、矢状面におけるつま先側の分布の踵側への偏位、および前額面における分布のばらつきの減少が確認された。この結果、歩行障害支援装置10を装着した対象者の前屈姿勢の軽減によって支持脚期に重心位置が後方へ移動したと考えられる。
【0096】
さらに
図23(C)および
図24(C)の比較結果に基づいて、歩行障害支援装置10のみ未使用時(テスト1)では旋回前後に歩調が乱れることで歩行周期の変動が大きくなり、旋回後の直線で徐々に歩行周期が減少したものの、使用時(テスト2)では旋回後も歩行周期の変動が小さく、歩行周期が維持される傾向が確認された。
【0097】
歩行障害支援装置10による支援力と実験協力者である対象者の右足の床反力(GRF)を
図25に示す。歩行障害支援装置10の揺動支援と対象者の歩行が同期し、旋回時において歩行障害支援装置10の支援周期と対象者の歩行周期に位相差が生じた際も、歩行周期が支援周期と同相に収束する振る舞いを確認することができた。
【0098】
姿勢について、対象者の体幹の前屈角度(肩峰と大転子を結ぶ線がなす角)を計測した結果を
図26(A)に示す。この前屈角度は、0値のとき体幹の伸展を示し、正の値のとき体幹の前屈を示す。
【0099】
姿勢に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)と使用時(テスト2)との比較結果は、減少傾向にあることが確認された(
図26(B))。また、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)と使用後(テスト3)との比較結果は、当該減少した効果が維持されない傾向にあることが確認された(同図)。
【0100】
このことから
図27(A)に示すように、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、対象者の前屈角度が減少することから、対象者の体幹伸展が促進(すなわち、重心の後方偏位)されることがわかる。
【0101】
同期性に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)、使用時(テスト2)および使用後(テスト3)の比較結果は、全て一致(同期)していることが確認された(
図27(B))。すなわち、対象者の歩行周期(往路:1.18±0.06[s]、復路:1.17±0.03[s])と歩行障害支援装置10の支援周期(1.21[s])が同期する傾向が確認された。このことから、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)に加速歩行の軽減に対する効果が示唆されたことがわかる。
【0102】
(4-4)すくみ足に対する検証実験
実験協力者である対象者は、すくみ足を呈するパーキンソン病(進行性角上性麻痺)患者1名(80歳、男性、現病歴6年)であり、症状は左側優位である。
図28(A)に示すように、実験協力者である対象者の身体的特徴として、体重は70[kg]、歩行周期は1.1[s]であり、多発性脳梗塞に起因する右半身の固縮を有する。また、歩行障害支援装置10による支援力を4.7[N]、支援周期を1.32[s]と設定する。
【0103】
試験環境として、
図28(B)に示すように、対象者が椅子に座った状態から起立して、3[m]の直線に沿って歩行しながら旋回して元に戻って再度椅子に着座するまでの動作を、上述したテスト1~3について各3回実施する。
【0104】
その際、旋回時における対象者の歩数を主要評価項目とし、対象者と歩行障害支援装置(システム)10との同期性を副次評価項目とする。
図28(C)に、対象者が旋回時に歩行する両足裏の軌跡を示す。
【0105】
すくみ足に対する即時的な使用効果の検証実験の様子を
図29(A)~(C)に示す。旋回時の対象領域における対象者の歩数を計測した結果を
図30(A)に示す。
【0106】
歩数に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)と使用時(テスト2)との比較結果は、増加傾向にあることが確認された(
図30(B))。また、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)と使用後(テスト3)との比較結果は、当該使用後ですくみ足が発現することが確認された(同図)。
【0107】
このことから
図31(A)に示すように、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)では、使用前(テスト1)のような動歩行(常に足裏に重心がない)から準動歩行(一時足裏に重心がある)に変化していることがわかる。すなわち、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)では、重心移動の安定性が向上して、低速歩行に適切な歩容への変化(歩数の増大)が生じることがわかる。
【0108】
同期性に関して、歩行障害支援装置10の未使用時(テスト1)、使用時(テスト2)および使用後(テスト3)の比較結果は、全て一致(同期)していることが確認された(
図31(B))。すなわち、対象者の歩行周期(1.31±0.07[s])と歩行障害支援装置10の支援周期(1.32[s])が同期する傾向が確認された。このことから、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)にすくみ足の軽減に対する効果が示唆されたことがわかる。
【0109】
(4-5)各歩行障害に対する歩行障害支援装置の使用効果との関係性
上述した各歩行障害をもつパーキンソニズム患者に対して歩行障害支援装置10を使用した結果、
図32に示すように、右足首内反尖足をもつ対象者がふらつき歩行する場合、体幹前屈をもつ対象者が加速歩行する場合、左半身筋固縮をもつ対象者がすくみ足(重度な動作緩慢)をする場合には、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)において効果があることが実証された。また姿勢障害がない対象者が小刻み歩行する場合には、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)において効果があることが実証された。
【0110】
このことから、姿勢障害の方がリズム形成障害よりも重く患う場合には、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)のみ効果が現れる一方、リズム形成障害の方が姿勢障害よりも重く患う場合には、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)および使用後(テスト3)に効果が現れることが確認できる。
【0111】
即時的な歩行障害支援装置10による使用効果の機序について説明する。
図33に示すような大脳小脳連関の運動学習モデルにおいて、身体運動は、感覚情報によるフィードバック制御と運動プログラムによるフィードフォワード制御との両作用によって生成されている。
【0112】
人体の中枢神経系において、対象者が歩行運動をしたいという計画運動軌道をもつと、脳からの動作指令がフィードバック制御器を介して末梢神経系における筋骨格系に届いて実際に歩行動作をさせる。その歩行動作時に末梢神経系における感覚系からの情報が中枢神経系のフィードバック制御器に戻り、脳で処理・統合されて誤差を補正してフィードバック制御する。
【0113】
また速く正確な運動が要求される場合には、フィードバック遅延が生じて完全な誤差補正ができないため、歩行運動に必要な動作指令を脳内で予期的にシミュレーションしておき、フィードバック情報に依存せずに歩行動作を遂行するフィードフォワード制御が、中枢神経系のフィードフォワード制御器により実行される。
【0114】
そして中枢神経系において最適化器が、脳からの動作指令を筋骨格系に伝えて動作させながら、感覚系から戻るフィードバック情報との最適化を図るように調整する。
【0115】
ここで、歩行障害支援装置10の使用前(テスト1)では、パーキンソニズム患者である対象者が中枢神経系における最適化器が機能破綻して、歩行失調を起こしている。
【0116】
続いて、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、
図34に示すように、対象者の末梢神経系における筋骨格系をバイパスするように側方揺動支援系を構築することによって、歩行動作における歩容改善を図ることができる。すなわち、側方揺動支援系は、歩行障害支援装置10を装着した対象者に対して体幹伸展とリズミカルな重心移動の補償を行うことにより、歩行障害の要因である機能低下を直接支援して、一時的に歩容を変化させて症状を軽減させることができる。
【0117】
さらに歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、
図35に示すように、歩容改善によるフィードバック情報の信号が増幅されて感覚系を介してフィードバック制御器に戻ることから、感覚フィードバックの増加が起こる。すなわち、歩行障害の大きな要因がリズミカルな左右方向の重心移動の機能低下である場合は、フィードフォワード制御器による運動制御が活性化することによって効果の持続が期待される。
【0118】
(5)歩行障害支援装置を用いた継続的な使用効果(小刻み歩行)の検証実験
実験協力者である対象者は、小刻み歩行を呈するパーキンソン病(進行性角上性麻痺)患者1名(65歳、男性、現病歴1年)であり、症状は右側優位である。上述した即時的な使用効果の検証実験(
図15A))と同様に、実験協力者である対象者の身体的特徴として、体重は64[kg]、歩行周期は1.05[s]である。また、歩行障害支援装置10による支援力を8.5[N]、支援周期を1.2[s]と設定する。
【0119】
試験環境として、対象者が椅子に座った状態から起立して、3[m]の直線に沿って歩行しながら旋回して元に戻って再度椅子に着座するまでの動作を、上述したテスト1~3について各3回実施する(上述した
図15(B))。その際、旋回時における対象者の歩数を主要評価項目とし、対象者と歩行障害支援装置(システム)10との同期性を副次評価項目とする。
【0120】
これら即時的な使用効果の検証実験を所定期間を空けて3回実施する。第1回目の検証実験(デイ1:Day1)、その実験後から1ヶ月後に実施する第2回目の検証実験(デイ2:Day2)、その実験後から3ヶ月後に実施する第3回目の検証実験(デイ3:Day3)をそれぞれ実施した。第3回目の検証実験(デイ3)における小刻み歩行に対する即時的な使用効果の様子を
図36(A)~(C)に示す。
【0121】
第1回目から第3回目までの検証実験において、旋回時の対象領域における対象者の歩数を計測した結果を
図37(A)および(B)に示す。歩数に関して、第1回目の検証実験(デイ1)により歩数が減少した状態が維持されて、そのまま第2回目の検証実験(デイ2)の直後も同様に歩数が減少したため、効果維持の傾向があることが確認された。
【0122】
第2回目の検証実験(デイ2)後から3ヶ月後の第3回目の検証実験(デイ3)までの間に小刻み歩行の症状が再度進行しつつあり、当該第3回目の検証実験(デイ3)によって効果の減少および維持がなされる傾向があることが確認された。
【0123】
このことから、歩行障害支援装置10を継続的に使用することによって、対象者が患う小刻み歩行が軽減される効果が持続することがわかる。さらに継続的な使用の可能性として、
図37(C)に示すように、現在のパーキンソニズム症状(病歴)が長引くに際して、適宜使用(介入)することによって、重症化を抑制して症状を低減させたまま維持できる可能性があることが示唆された。
【0124】
継続的な歩行障害支援装置10による使用効果の機序について説明する。まず、上述した
図35に示す大脳小脳連関の運動学習モデルにおいて、歩行障害支援装置10の使用時(テスト2)では、歩容改善によるフィードバック情報の信号が増幅されて感覚系を介してフィードバック制御器に戻り、感覚フィードバックの増加が起こる。すなわち、歩行障害の大きな要因がリズミカルな左右方向の重心移動の機能低下である場合は、フィードフォワード制御器による運動制御が活性化する。
【0125】
継続的に歩行障害支援装置10を複数回使用すると、
図38に示すように、時間経過による動作指令の信号がフィードバック制御器を介して減衰する。すなわち、歩行障害支援装置10の継続的な使用によって、歩行中の周期的な左右方向(側方方向)の重心移動を司るフィードフォワード制御器が、小刻み歩行が徐々に減少して歩容改善したことに伴い、一時的に活性化したと考えられる。
【0126】
(6)本実施の形態の歩行障害支援装置による効果
以上のように、対象者が歩行障害支援装置10を装着した場合には、パーキンソン病に起因する歩行障害を抑制することができることを確認した。実際に全ての試行において、実験協力者である対象者が歩行を完遂したことを確認し、実験中および実験終了後に実験協力者へ身体の痛みがないことを確認した。さらに対象者からは歩行障害支援装置10による揺動支援を実感でき、当該歩行障害支援装置10を装着しているときは歩行がし易かったとの感想が得られた。
【0127】
したがって、歩行障害支援装置10の装着により対象者の前屈姿勢、および前屈姿勢に起因する重心位置の前方への偏位を軽減することができることを確認した。歩行障害支援装置10を即時的に使用する場合のみならず、姿勢障害を伴わない対象者においても継続的に使用する場合にも歩行障害を抑制する効果を得ることができる。
【0128】
また、従来からパーキンソン病患者をはじめとする脳神経系の機能不全者にリズム音を提示して歩行リズムを引き込み、人間とデバイスの歩行リズムを相互適応させることで歩行を支援する手法が報告されている。このことから、揺動支援によって歩行障害支援装置10と対象者との間に強制引き込み現象が励起されたと考えられる。
【0129】
したがって、歩行障害支援装置10による側方揺動の補助により、歩行周期を維持するためのリズム形成を支援することが可能であることを確認した。
【0130】
上述のような検証実験の結果によれば、本発明による歩行障害支援装置10によってパーキンソニズム患者の姿勢障害とリズム形成障害を補償することにより、歩行周期の減少を低減し、歩行障害の発現を抑制することが可能であることを確認した。
【0131】
この歩行障害支援装置10による揺動支援手法は、歩行障害の原因である姿勢とリズム形成の機能低下を力学的かつ直接的に作用して補償するため、感覚機能に間接的に作用することで介助する従来手法と比較して信頼性が高い歩行障害支援手法である。
【0132】
また、歩行障害支援装置10の使用時は、対象者への側方揺動が補助されているにも関わらず、症状の優位側である右足の前額面において足圧中心(COP)分布が中央に密集したことから、歩行障害支援装置10の介入によって症状の優位性が支持脚の際の歩行の安定性が向上したことがわかる。
【0133】
本実施の形態による歩行障害支援装置10によれば、対象者の歩行障害が即時的に抑制されるだけでなく、現在一般的に行われている薬物療法での服用薬の量を減らすことが可能となる。パーキンソン病は内科的治療や外科的治療とリハビリテーションの併用による症状の更なる改善が示唆されており、抗パーキンソン病薬を適切に減量することが不随意的に手足が動くジスキネジアといって運動合併症に対して重要であることから、歩行障害支援装置がパーキンソニズム患者に残存している自立歩行機能の支援に寄与することが期待される。
【0134】
(7)他の実施の形態
なお上述のように本実施の形態においては、歩行障害支援装置10として、対象者の下背部中央に固定された駆動部21からリンク部25を介して第1ベルト11に周期的な支援力を誘発させて、当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させる構成のものを適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、対象者の体幹伸展とリズム形成とを補助しながら、パーキンソン病に特有の姿勢障害とリズム形成障害とを解消させることができれば、その他種々の構成のものを適用するようにしてもよい。
【0135】
また本実施の形態においては、制御部22は、対象者の歩行周期の減少を低減させて歩行障害を抑制するように駆動部21を制御する際、介助者による操作部24による操作に応じて、記憶部23に記憶されている所望の周期タイミングを表すデータに基づいて対象者への揺動支援を実行するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、対象者の身体状態に基づいて支援力の振幅や周期を自律的に調整するフィードバック制御を実行するようにしてもよい。
【0136】
すなわち、
図7との対応部分に同一符号を付した
図39に示すように、対象者が装着する一対の靴(図示せず)にそれぞれ床反力ユニット40を搭載しておき、パワーユニット50に対してBluetooth(登録商標)やRF-IDなどの近距離無線通信方式によってワイヤレス通信可能に接続されている。
【0137】
一対の床反力ユニット40において、それぞれ床反力センサ41は、対象者の左右の足裏にかかる荷重に対する反力を検出する。床反力センサ41は、例えば、印加された荷重に応じた電圧を出力する圧電素子、または荷重に応じて静電容量が変化するセンサなどからなり、体重移動に伴う荷重変化、および対象者の脚と地面との接地の有無をそれぞれ検出することができる。
【0138】
床反力ユニット40は、靴構造以外に、床反力センサ41とMCU(Micro Control Unit)からなる床反力制御部42と無線通信部43とを有する。靴底に装着された床反力センサ41の出力を変換器44を介して電圧変換した後、LPF(Low Pass Filter)45を介して高域周波数帯を遮断してから床反力制御部42に入力される。
【0139】
この床反力制御部42は、床反力センサ41の検知結果に基づいて、対象者の体重移動に伴う荷重変化や接地の有無を求めるとともに、左右の足裏にかかる荷重バランスに応じた重心位置を求め、これを床反力データとして無線通信部43を介して送信する。
【0140】
このように一対の床反力ユニット40では、対象者の左右の足のどちら側に重心が偏っているかを、各床反力センサ41で計測されるデータに基づいて、推定することができる。なお、床反力ユニット40は、靴から構成されるようにしたが、対象者の靴内に着脱自在に装填可能なインソールとして構成するようにしてもよい。
【0141】
パワーユニット50では、無線通信部51を介して床反力ユニット40の無線通信部43から送信された床反力データを受信した後、制御部22に入力される。制御部22は、床反力制御部42により検出された対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに基づいて、当該対象者の歩行周期の減少を低減させて加速歩行を抑制するように、駆動部21をフィードバック制御する。
【0142】
この結果、歩行障害支援装置10では、パーキンソン病を患う対象者に対して歩行周期の変動が小さく維持されるように歩行障害を支援することができる。特にパーキンソニズムの症状は、患者毎に進行の度合いや身体的特徴が異なることに加え、患者自身の日内変動も大きいため、対象者の身体状態に基づき支援力の振幅や周期を自律的に調整するフィードバック制御は非常に有効である。
【0143】
さらに本実施の形態においては、上述した
図38に示すように、対象者が継続的に歩行障害支援装置10を複数回使用した結果、歩容改善に伴うフィードフォワード制御器の活性化によるフィードバック制御器からの時間経過による動作指令信号が減衰する場合について述べたが、本発明はさらに歩行障害支援装置10の継続的使用に基づく大脳皮質運動野への介入による機能改善効果を実現することも可能である。
【0144】
すなわち、対象者がパーキンソン病を代表する大脳基底核患者の場合、記憶依存性運動への選択的障害がみられる傾向がある。この記憶依存性運動(内的誘導性運動)とは、複数の運動目標に対してどのような順番で到達するかを自分自身であらかじめ決めたり、その順番を記憶してから実行する場合をいう。大脳皮質内側面の補足運動野は、大脳基底核と密接な機能連絡を解剖学的に有していることから、記憶依存性運動のときに活動する。
【0145】
対象者は、歩行障害支援装置10を装着した状態で、制御部22により胸腰部を左右交互に側屈動作させられ、前庭器官のうち回転感を生じさせる三半規管が刺激される程度に平衡感覚に所定レベルの負荷が与えられると、対象者が全身を使って歩行バランスを維持しようと努める。平衡感覚は、前庭器官の刺激により生ずる感覚であり、前庭器官からの情報が前庭神経核に入り、視床を介して大脳皮質に至り、そこで情報処理を受けて生じるものである。
【0146】
これにより、対象者の大脳小脳連関の運動学習モデルにおいて、体幹・姿勢制御系の筋群内の感覚器官からの感覚情報と当該装置による刺激で生ずる平衡感覚情報とが合わさり強化され、大脳皮質内側面の補足運動野にフィードバックされて、当該補足運動野の機能を活性化させることが可能となる。
【0147】
このように歩行障害支援装置10では、制御部22が対象者の平衡感覚に所定レベルの負荷が与えられる程度まで当該対象者の胸腰部を左右交互に側屈動作させるように、駆動部21の出力トルクを制御することにより、大脳皮質における比較的介入が弱い領域である補足運動野の機能を活性化させて記憶依存性運動を改善することができる。
【符号の説明】
【0148】
10…歩行障害支援装置、11…第1ベルト、12…第2ベルト、20、50…パワーユニット、21…駆動部、21A…出力軸、22…制御部、23…記憶部、24…操作部、25…リンク部、26…バッテリ、30…第3ベルト、40…床反力ユニット、41…床反力センサ、42…床反力制御部、43、51…無線通信部、44…変換器、45…LPF。