(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-26
(45)【発行日】2023-11-06
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231027BHJP
C22C 38/40 20060101ALI20231027BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231027BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20231027BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/40
C22C38/60
C21D9/46 R
(21)【出願番号】P 2022557573
(86)(22)【出願日】2021-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2021038703
(87)【国際公開番号】W WO2022085708
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2022-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2020178304
(32)【優先日】2020-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】吉村 祐太
(72)【発明者】
【氏名】平川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/002147(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/111403(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/198834(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/198835(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/045542(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/119796(WO,A1)
【文献】特公平02-014122(JP,B2)
【文献】特公平02-015283(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:
0.039%以上0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0%以上18.0%以下、N:0.10%以下およびAl:0.50%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼
板であって、
(i)前記フェライト系ステンレス鋼
板に対して圧延方向と平行な方向が引張方向となるように16%の引張ひずみを付与する引張試験を行うことにより形成されるリジングの表面性状を測定したときのうねり曲線要素の平均高さ
により表される前記リジングのうねり高さが15μm以下であり、
(ii)r値が0.9以上であり、かつ、
(iii)圧延方向に平行であり幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が0%以上1.0%未満のマルテンサイト相を含む、フェライト系ステンレス鋼
板。
【請求項2】
質量%で、Mo:0.50%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下およびTi:0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼
板。
【請求項3】
質量%で、Co:0.01%以上0.50%以下、Zr:0.01%以上0.10%以下、Nb:0.01%以上0.10%以下、Mg:0.0005%以上0.003%以下、Ca:0.0003%以上0.003%以下、Y:0.01%以上0.20%以下、Yを除く希土類金属:合計で0.01%以上0.10%以下、Sn:0.001%以上0.50%以下、Sb:0.001%以上0.50%以下、Pb:0.01%以上0.10%以下およびW:0.01%以上0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有する、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼
板。
【請求項4】
質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0%以上18.0%以下、N:0.10%以下およびAl:0.50%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼帯を製造する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程で製造された前記熱延鋼帯を焼鈍して軟質化させることにより、圧延方向に平行かつ熱延焼鈍鋼帯の幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が5.0%以上30.0%以下であり、かつ、前記マルテンサイト相を除いた残部がフェライト相を含んでいる前記熱延焼鈍鋼帯を製造する軟質化焼鈍工程と、
前記軟質化焼鈍工程で製造された前記熱延焼鈍鋼帯を冷間圧延して冷延鋼帯を製造する冷間圧延工程と、
前記冷延鋼帯を再結晶の開始温度以上かつ下記式で表されるAc1以下の温度で焼鈍する焼鈍工程と、を含み、
Ac1=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310;
前記冷間圧延工程では、
前記熱延焼鈍鋼帯の厚さに対する、当該熱延焼鈍鋼帯の厚さと前記冷延鋼帯の厚さとの差分の割合である総冷延率を60%以上に設定し、
前記熱延焼鈍鋼帯を、
(i)ロール径が200mm以上の第1ワークロールを用いて、1パスあたりの冷延率が15%以上となり、かつ、全パス終了後の冷延率が前記総冷延率の50%以上となるように冷間圧延した後、
(ii)ロール径が200mm未満の第2ワークロールを用いてさらに冷間圧延
し、
前記焼鈍工程により得られるフェライト系ステンレス鋼板は、圧延方向に平行であり幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が0%以上1.0%未満である、フェライト系ステンレス鋼
板の製造方法。
【請求項5】
前記鋼スラブは、質量%で、Mo:0.50%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下およびTi:0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有する、請求項4に記載のフェライト系ステンレス鋼
板の製造方法。
【請求項6】
前記鋼スラブは、質量%で、Co:0.01%以上0.50%以下、Zr:0.01%以上0.10%以下、Nb:0.01%以上0.10%以下、Mg:0.0005%以上0.003%以下、Ca:0.0003%以上0.003%以下、Y:0.01%以上0.20%以下、Yを除く希土類金属:合計で0.01%以上0.10%以下、Sn:0.001%以上0.50%以下、Sb:0.001%以上0.50%以下、Pb:0.01%以上0.10%以下およびW:0.01%以上0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有する、請求項4または5に記載のフェライト系ステンレス鋼
板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は耐食性および耐熱性に優れており、家電製品、調理器具、建築用途等の様々な分野で使用されている。一方で、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて延性に劣る。また、フェライト系ステンレス鋼には、成形加工時にリジングが生じ、このリジングが、成形加工品の表面品質および成形加工後のフェライト系ステンレス鋼の研磨性を阻害するという問題がある。
【0003】
ここで、リジングは、フェライト系ステンレス鋼の表面に生じる表面欠陥であり、具体的には、フェライト系ステンレス鋼の表面において加工方向と平行な方向に生じる縞状または筋状の起伏を指す。「加工方向」は、フェライト系ステンレス鋼の鋼帯を成形加工によって伸ばす方向である。また、リジング発生の原因となる成形加工としては、プレス加工、引張り加工、絞り加工などを例示することができる。
【0004】
フェライト系ステンレス鋼の延性、特に深絞り性を向上させるには、フェライト系ステンレス鋼中のCおよびNの含有量を少なくするのが有効であることが、一般的に知られている。一方、フェライト系ステンレス鋼中のCおよびNの含有量を少なくすると耐リジング性が低下することも、一般的に知られている。これらのことから、深絞り性および耐リジング性の両方に優れるフェライト系ステンレス鋼を実現することが、従来からの課題となっている。
【0005】
前記の課題を解決するために、従来から様々な研究が進められている。例えば特許文献1には、所定の条件を満たす量のTiを添加して析出物の析出量を制御することにより、r値が向上し、かつ耐リジング性にも優れたフェライト系ステンレス鋼板を製造する技術が開示されている。r値(ランクフォード値)は、板材一般の異方性を表す特性値であり、フェライト系ステンレス鋼の深絞り性の優劣を示す指標となる。r値が大きいほど、フェライト系ステンレス鋼の深絞り性が優れているとされる。また例えば、特許文献2には、所定のロール径のワークロールを用いて冷間圧延を施すことにより、r値が大きなフェライト系ステンレス薄鋼板を製造する技術が開示されている。ワークロールは、冷間圧延の際に圧延対象である金属板と直接接触する、冷間圧延機の構成部品である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開平10-130786号公報
【文献】日本国特開昭59-107030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された技術は、高価な元素であるTiを添加することから、フェライト系ステンレス鋼板の製造コストが高くなる。また、特許文献2に開示された技術は、耐リジング性を向上させるための製造条件および成分組成が規定されていないことから、この技術に基づいて製造されたフェライト系ステンレス薄鋼板は耐リジング性の面で十分とは言えない。
【0008】
本発明の一態様は、前記の問題点に鑑みてなされたものであり、深絞り性および耐リジング性の両方に優れるフェライト系ステンレス鋼を従来よりも低コストで実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0%以上18.0%以下、N:0.10%以下およびAl:0.5
0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼であって、前記フェライト系ステンレス鋼の表面に形成されたリジングにおけるうねり曲線要素の平均高さが15μm以下であり、かつ、r値が0.9以上であり、かつ、圧延方向に平行であり幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が0%以上1.0%未満のマルテンサイト相を含む。
【0010】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0%以上18.0%以下、N:0.10%以下およびA
l:0.50%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼帯を製造する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程で製造された前記熱延鋼帯を焼鈍して軟質化させることにより、圧延方向に平行かつ熱延焼鈍鋼帯の幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が5.0%以上30.0%以下であり、かつ、前記マルテンサイト相を除いた残部がフェライト相を含んでいる前記熱延焼鈍鋼帯を製造する軟質化焼鈍工程と、
前記軟質化焼鈍工程で製造された前記熱延焼鈍鋼帯を冷間圧延して冷延鋼帯を製造する冷間圧延工程と、を含み、
前記冷間圧延工程では、
前記熱延焼鈍鋼帯の厚さに対する、当該熱延焼鈍鋼帯の厚さと前記冷延鋼帯の厚さとの差分の割合である総冷延率を60%以上に設定し、
前記熱延焼鈍鋼帯を、
(i)ロール径が200mm以上の第1ワークロールを用いて、1パスあたりの冷延率が15%以上となり、かつ、全パス終了後の冷延率が前記冷延率の50%以上となるように冷間圧延した後、
(ii)ロール径が200mm未満の第2ワークロールを用いてさらに冷間圧延する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、深絞り性および耐リジング性の両方に優れるフェライト系ステンレス鋼を従来よりも低コストで実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書において、フェライト系ステンレス鋼(以下、「ステンレス鋼」と略記)に対する各元素の含有率を、単に含有率と称する。また、含有率に関する「%」の表示については、特に断らない限り、「質量%」を意味するものとする。さらに、数値X1および数値X2(ただし、X1<X2)について、「X1~X2」は、「X1以上かつX2以下」を意味するものとする。
【0014】
〔深絞り性および耐リジング性の向上のメカニズム〕
本発明者らは、鋭意検討の結果、深絞り性および耐リジング性の両方に優れるステンレス鋼を従来よりも低コストで実現するための有効な方策を見出した。具体的には、(i)
軟質化焼鈍後のマルテンサイト相の面積比率、ならびに、(ii)冷間圧延におけるワークロールのロール径および冷延条件、のそれぞれを適切に設定するのが有効であることを見出した。このことについて、以下に説明する。
【0015】
<延性および耐リジング性の向上>
まず、前記(i)の方策に関する本発明者らの検討結果について説明する。一般的な知
見として、熱間圧延後のステンレス鋼の鋼帯を軟質化焼鈍(詳細については後述)することにより、マルテンサイト相の分散が生じることが知られている。以下、ステンレス鋼の鋼帯を「ステンレス鋼帯」と称する。「マルテンサイト相の分散」とは、ステンレス鋼帯中のオーステナイト相がマルテンサイト相に変態し、当該マルテンサイト相がステンレス鋼帯中のフェライト相内に分散することを指す。マルテンサイト相の分散は、軟質化焼鈍後の冷間圧延においてフェライト相のコロニー(類似結晶方位の集合組織)を分断する効果がある。
【0016】
ここで、リジングは、ステンレス鋼においてコロニーが圧延方向に連なって存在することに起因して生じることから、マルテンサイト相の分散は耐リジング性を向上させる上で有効な現象となる。「圧延方向」は、ステンレス鋼の鋼帯を圧延加工する際に当該鋼帯を圧延装置に通過させる方向である。
【0017】
但し、マルテンサイト相の分散が過度に生じると、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯においてマルテンサイト相の量が過剰に増えてしまう。マルテンサイト相は硬く高強度の組織であり、フェライト相は軟らかく延性に優れた組織であることから、ステンレス鋼の延性を向上させることができなくなる。また、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯を冷間圧延する際に、エッジ割れおよびコイル(鋼帯)破断などを引き起こす原因にもなる。
【0018】
一方、マルテンサイト相の分散が少ないと、軟質化焼鈍後の冷間圧延において、マルテンサイト相によるフェライト相のコロニーの分断が不十分になり、ステンレス鋼の耐リジング性を向上させることができなくなる。
【0019】
これらのことに基づいて鋭意検討した結果、本発明者らは、ステンレス鋼について、強度を従来のレベルに維持しつつ延性および耐リジング性を向上させるためには、マルテンサイト相の分散を適度に生じさせることが有効であるとの知見を得た。具体的には、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯におけるマルテンサイト相の面積比率が5.0~30.0%になるように、マルテンサイト相の分散を生じさせるのが有効であることを見出した。
【0020】
「軟質化焼鈍後のマルテンサイト相の面積比率」は、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯における切断断面の面積に対する、当該切断断面に含まれるマルテンサイト相領域の総面積の比率である。この切断断面は、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯を圧延方向に平行かつ当該ステンレス鋼帯の幅方向に垂直な平面で切断したときに形成される断面である。以下、軟質化焼鈍後のマルテンサイト相の面積比率を「第1マルテンサイト面積比率」と称する。
【0021】
第1マルテンサイト面積比率は、例えばEBSD(electron back scattering diffraction)結晶方位解析を用いて算出することができる。具体的には、まず、走査型電子顕微鏡(SEM)に搭載したEBSD検出器を使用して、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯の測定面のEBSDパターンを取得する。EBSDパターンの取得については、取得条件を例えば以下のように設定する。
・測定面:L断面(切断断面:軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯を圧延方向に平行かつ当該軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯の幅方向に垂直な平面で切断したときに形成される断面)・測定倍率:100~800倍
・測定面積:100~1000μm角
・測定ピッチ(step size):0.3~0.8μm
次に、取得したEBSDパターンから、OIM(Orientation Imaging Microscopy)解析ソフトウェアを用いてIQ(Image Quality)画像を生成する。IQ画像は、熱延焼鈍
鋼帯の測定面に形成された各組織を鮮明度の高低で表す画像マップである。マルテンサイト相は、フェライト相に比べて、内部組織が複雑であり鮮明度が低くなる。したがって、測定面におけるマルテンサイト相領域は、IQ画像では相対的に暗く映る。一方、フェライト相は、マルテンサイト相に比べて、内部組織が単純であり鮮明度が高くなる。したがって、測定面におけるフェライト相領域は、IQ画像では相対的に明るく映る。このIQ画像を二値化し、マルテンサイト相領域の総面積を測定面の面積で除することにより、第1マルテンサイト面積比率を算出することができる。
【0022】
本発明者らは、第1マルテンサイト面積比率を5.0%以上に設定することで、ステンレス鋼の表面に形成されるリジングのうねり高さ(詳細については後述)が従来よりも低くなり、ステンレス鋼の表面性状が向上して成形加工が容易になることを見出した。また、本発明者らは、第1マルテンサイト面積比率を30.0%以下に設定することで、軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯の延性が低下せず、冷間圧延中にエッジ割れおよびコイル破断などの冷延性不良が生じ難くなることを見出した。
【0023】
<r値の向上>
前記(i)の方策を採用しただけでは、ステンレス鋼の延性は向上するものの深絞り性
の向上の面では十分とは言えなかった。そこで、本発明者らはさらに検討を進め、前記(ii)の方策がステンレス鋼の深絞り性を向上させる上で有効なことを見出した。以下、前記(ii)に関する本発明者らの検討結果について説明する。一般的な知見として、ステンレス鋼における深絞り性の優劣の指標となるr値は、ステンレス鋼に生成される、ミラー指数が{111}となる結晶方位(以下、「{111}結晶方位」と略記)の数が多いほど値が大きくなることが知られている。{111}結晶方位は、圧延ひずみが生じる箇所に生成される傾向にあることから、ステンレス鋼において圧延ひずみが集中している結晶粒界で生成され易い。
【0024】
ここで、冷間圧延において一般的に用いられている、ロール径が50~100mmのワークロールで軟質化焼鈍後のステンレス鋼帯を冷間圧延すると、圧延ひずみの集中が冷間圧延後のステンレス鋼帯における板厚方向の端部に留まってしまう傾向にある。言い換えれば、冷間圧延後のステンレス鋼帯における板厚方向の中心部において、圧延ひずみの集中が生じ難く結晶粒界が生成され難い傾向にある。以下、ステンレス鋼帯における板厚方向の中心部を「板厚中心部」と称し、板厚方向の端部を「板厚表層部」と称する。r値を大きくするためには、板厚表層部から板厚中心部に亘る全部分で{111}結晶方位が多く生成されている必要があることから、前記の一般的なワークロールでは、板厚中心部において{111}結晶方位を多く生成できずステンレス鋼のr値を大きくすることが難しい。
【0025】
これらのことから、本発明者らは、ロール径を前記の一般的なワークロールよりも大きくすれば、板厚中心部においても圧延ひずみの集中が生じ易くなって結晶粒界が生成され易くなり、{111}結晶方位が多く生成されるのではないかとの考えに至った。この考えは、ステンレス鋼帯の表面と回転軸との距離が、前記の一般的なワークロールとロール径を大きくしたワークロールとで同一であれば、ロール径を大きくしたワークロールの方が板厚中心部により近い部分まで圧延できることに基づく。
【0026】
前記の考えに基づいて鋭意検討した結果、ワークロールのロール径の大きさを200mm以上にすれば、板厚表層部から板厚中心部に亘る全部分において、所望する程度の数の{111}結晶方位を生成できる可能性があることが判明した。しかしながら、さらに検討を進めた結果、ワークロールのロール径の大きさを200mm以上にしたとしても、冷間圧延における1パスあたりの冷延率が低く、かつ前記のワークロールを用いた冷間圧延での冷延率が低ければ、板厚中心部において所望する程度の数の{111}結晶方位を生成するのが困難なことが判明した。なお、1パスあたりの冷延率は、任意のパスについて、1パス前のステンレス鋼帯の厚さに対する、当該1パス前のステンレス鋼帯の厚さと1パス通帯した後のステンレス鋼帯の厚さとの差分の割合である。
【0027】
そこで、本発明者らはさらに検討を進めた。その結果、ステンレス鋼のr値を向上させるためには、ワークロールのロール径の大きさを200mm以上に設定し、かつ、1パスあたりの冷延率を15%以上に設定し、かつ、全パス終了後の冷延率を総冷延率の50%以上に設定することが有効であるとの知見を得た。ここで、総冷延率は、冷間圧延が施される前の熱延焼鈍鋼帯の厚さに対する、当該熱延焼鈍鋼帯の厚さと冷延鋼帯の厚さとの差分の割合である。総冷延率の算出根拠となる冷延鋼帯は、冷間圧延での処理がすべて終了した後(本実施形態では、後述の第1冷間圧延および第2冷間圧延が終了した後)の鋼帯を指す。全パス終了後の冷延率については後述する。
【0028】
つまり、ワークロールのロール径の大きさを200mm以上に設定し、かつ、1パスあたりの冷延率を15%以上に設定し、かつ、全パス終了後の冷延率を総冷延率の50%以上に設定することで、板厚表層部から板厚中心部に亘る全部分において、所望する程度の数の{111}結晶方位を生成できるとの知見を得た。
【0029】
なお、以下の説明では、ロール径が200mm以上のワークロールを「大径ロール」と称し、ロール径が200mm未満のワークロールを「小径ロール」と称する。これらの定義によれば、冷間圧延において一般的に用いられている、ロール径が50~100mmのワークロールは、「小径ロール」に属することになる。
【0030】
<小括>
上述した(i)および(ii)の各方策に基づいてステンレス鋼を製造すれば、深絞り性
および耐リジング性の両方を向上させるために、従来の製造方法のようにTiなどの高価な元素を添加する必要がなくなる。また、深絞り性および耐リジング性の両方を向上させるための特殊な製造設備を設ける必要もない。したがって、上述した(i)および(ii)
の各方策は、深絞り性および耐リジング性の両方に優れるステンレス鋼を従来よりも低コストで実現するのに有効である。
【0031】
〔耐食性および加工性の向上のメカニズム〕
本発明者らは、さらなる検討を進めた結果、上述した(i)および(ii)の各方策に基
づいて得られた冷延鋼帯中のマルテンサイト相を消失させることにより、耐食性および加工性にも優れるステンレス鋼を従来よりも低コストで実現できることを見出した。
【0032】
具体的には、冷間圧延後の仕上げ焼鈍において、冷延鋼帯を50℃/s以下の昇温速度で800℃以上Ac1未満まで加熱する。Ac1は、オーステナイト相の生成が開始される温度の目安である。この加熱処理によって、冷延鋼帯が一定温度(約700℃)に達した時点からマルテンサイト相の消失が開始する。次に、加熱後の冷延鋼帯を800℃以上Ac1未満の温度域で5秒以上均熱することで、冷延鋼帯中のマルテンサイト相を略消失させる。次に、均熱後の冷延鋼帯を50℃/s以下の冷却速度で冷却することで、冷延鋼帯中のマルテンサイト相の消失を狙う。
【0033】
本明細書における「マルテンサイト相の消失」とは、基本的には、最終製品としてのステンレス鋼に含まれるマルテンサイト相の面積比率が0%であること、つまり最終製品としてのステンレス鋼においてマルテンサイト相が完全に消失していることを指す。「最終製品としてのステンレス鋼に含まれるマルテンサイト相の面積比率」は、最終製品としてのステンレス鋼における切断断面の面積に対する、当該切断断面に含まれるマルテンサイト相領域の総面積の比率である。この切断断面は、最終製品としてのステンレス鋼を圧延方向に平行かつ当該ステンレス鋼の幅方向に垂直な平面で切断したときに形成される断面である。
【0034】
但し、本明細書における「マルテンサイト相の消失」は、マルテンサイト相の完全な消失(面積比率0%)を狙って仕上げ焼鈍を施した結果、実際には最終製品としてのステンレス鋼に面積比率1.0%未満のマルテンサイト相が残存することを許容する概念である。残存したマルテンサイト相が面積比率1.0%未満であれば、最終製品としてのステンレス鋼の耐食性、加工性はともに優れている。以下、最終製品としてのステンレス鋼に含まれるマルテンサイト相の面積比率を「第2マルテンサイト面積比率」と称する。
【0035】
本発明者らは、上述の仕上げ焼鈍を冷延鋼帯に施すことにより、母相であるフェライト相の再結晶を完了させつつ、軟質化焼鈍において意図的に生成したマルテンサイト相(第1マルテンサイト面積比率5.0~30.0%)も消失させることができることを見出した。再結晶とは、冷延鋼帯中に転位を含まない新しい結晶粒が生成されることを指す。転位は、結晶内部に生じる格子欠陥の一例である。また、本発明者らは、上述の仕上げ焼鈍を冷延鋼帯に施すことにより、冷延鋼帯中に新規なマルテンサイト相が生成されることも防ぐことができることを見出した。以上に述べた軟質化焼鈍から仕上げ焼鈍までの一連の手法は、軟質化焼鈍を施す時点からマルテンサイト相の積極的な消失を狙う一般的なステンレス鋼の製造方法と異なる。
【0036】
〔成分組成〕
本発明の一実施形態に係るステンレス鋼は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、
N:0.10%以下、Al:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下、Ti:0.50%以下、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.003%、Ca:0.0003~0.003%、Y:0.01%~0.20%、Yを除く希土類金属(REM):合計で0.01~0.10%、Sn:0.001~0.50%、Sb:0.001~0.50%、Pb:0.01~0.10%およびW:0.01~0.50%を含有する。なお、以下の説明では、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼を「本ステンレス鋼」と略記する。
【0037】
本ステンレス鋼の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、Mo、Cu、O、V、B、Ti、Co、Zr、Nb、Mg、Ca、Y、REM、Sn、Sb、Pb、Wのそれぞれは、本ステンレス鋼の必須元素ではない。これらの各元素は、必要に応じてこれらの少なくとも1種以上の元素が含まれていればよい任意元素である。以下、本ステンレス鋼に含まれる各元素について説明する。
【0038】
<C:0.12%以下>
Cは、Crと炭化物を形成することにより、本ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる重要な元素である。しかし、Cが過剰に添加されると、マルテンサイト相が過剰に生じてしまい、本ステンレス鋼の延性が低下する。そのため、Cの含有率は0.12%以下に設定される。
【0039】
<Si:1.0%以下>
Siは、溶製段階で脱酸剤としての効果を有する。しかし、Siが過剰に添加されると、本ステンレス鋼が硬質化して延性が低下する。したがって、Siの含有率は1.0%以下に設定される。
【0040】
<Mn:1.0%以下>
Mnは、脱酸剤としての効果を有する。しかし、Mnが過剰に添加されると、MnSの生成量が増加して本ステンレス鋼の耐食性が低下する。したがって、Mnの含有率は1.0%以下に設定される。
【0041】
<Ni:1.0%以下>
Niは、オーステナイト生成元素であり、第1マルテンサイト面積比率および本ステンレス鋼の強度を制御するために有効な元素である。しかしNiが過剰に添加されると、オーステナイト相が必要以上に安定化され、本ステンレス鋼の延性が低下するとともに、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Niの含有率は1.0%以下に設定される。なお、以下の説明では、軟質化焼鈍後の本ステンレス鋼の鋼帯を「熱延焼鈍鋼帯」と称する。軟質化焼鈍後の本ステンレス鋼の鋼帯は、本発明に係る熱延焼鈍鋼帯の一例である。
【0042】
<Cr:12.0~18.0%>
Crは、冷間圧延後の本ステンレス鋼の鋼帯の表面に不動態皮膜を形成して、耐食性を高めるために必要である。しかし、Crが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の延性が低下する。したがって、Crの含有率は12.0~18.0%に設定される。なお、以下の説明では、冷間圧延後の本ステンレス鋼の鋼帯を「冷延鋼帯」と称する。冷間圧延後の本ステンレス鋼の鋼帯は、本発明に係る冷延鋼帯の一例である。
【0043】
<N:0.10%以下>
Nは、Crと窒化物を形成することにより、本ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる重要な元素である。しかし、Nが過剰に添加されると、マルテンサイト相が過剰に生じてしまい、本ステンレス鋼の延性が低下する。したがって、Nの含有率は0.10%以下に設定される。
【0044】
<Al:0.50%以下>
Alは、脱酸に有効な元素であるとともに、プレス加工性に悪影響を及ぼすA2系介在物を低減することができる。しかし、Alが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の表面欠陥が増加する。したがって、Alの含有率は0.50%以下に設定される。
【0045】
<Mo:好ましくは0.5%以下>
Moは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Moが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Moの含有率は0.50%以下に設定されることが好ましい。
【0046】
<Cu:好ましくは1.0%以下>
Cuは、耐食性の向上に有効な元素である。Cuの含有率は1.0%以下に設定されることが好ましい。
【0047】
<O:好ましくは0.01%以下>
Oは、非金属介在物を生成するため、本ステンレス鋼の衝撃値および疲れ寿命を低下させる。したがって、Oの含有率は0.01%以下に設定されることが好ましい。
【0048】
<V:好ましくは0.15%以下>
Vは、硬度および強度の向上に有効な元素である。しかし、Vが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Vの含有率は0.15%以下に設定されることが好ましい。
【0049】
<B:好ましくは0.10%以下>
Bは、靭性改善に有効な元素である。しかし、この効果は、0.10%を超えると飽和する。したがって、Bの含有率は0.10%以下に設定されることが好ましい。
【0050】
<Ti:好ましくは0.50%以下>
Tiは、炭窒化物を形成する元素であり、熱処理時におけるCr炭窒化物の粒界析出を抑制して本ステンレス鋼の耐食性を向上させる。また、本ステンレス鋼中の固溶Cおよび固溶Nを炭窒化物として固定することにより、固溶Cおよび固溶Nの含有量を少なくして本ステンレス鋼のr値を向上させる。さらに、本ステンレス鋼中の固溶Cおよび固溶Nを炭窒化物として固定することにより、本ステンレス鋼の延性を向上させるとともにストレッチャーストレインを低減することができる。ストレッチャーストレインは、ステンレス鋼のプレス加工時に生じる数%の降伏伸びに起因して発生する、ステンレス鋼の表面に形成される微小な凹凸である。
【0051】
しかし、Tiは高価な元素であるので、Tiが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Tiの含有率は0.50%以下に設定されることが好ましい。
【0052】
<Co:好ましくは0.01~0.50%>
Coは、耐食性および耐熱性の向上に有効な元素である。しかし、Coが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Coの含有率は0.01~0.50%に設定されることが好ましい。
【0053】
<Zr:好ましくは0.01~0.10%>
Zrは、脱窒、脱酸および脱硫に有効な元素である。しかし、Zrが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Zrの含有率は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0054】
<Nb:好ましくは0.01~0.10%>
Nbは、Tiと同様、本ステンレス鋼中の固溶Cおよび固溶Nを炭窒化物として固定することにより、固溶Cおよび固溶Nの含有量を少なくして本ステンレス鋼のr値を向上させる。また、本ステンレス鋼中の固溶Cおよび固溶Nを炭窒化物として固定することにより、本ステンレス鋼の延性を向上させるとともにストレッチャーストレインを低減することができる。しかし、Nbは高価な元素であるので、Nbが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Nbの含有率は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0055】
<Mg:好ましくは0.0005~0.003%>
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する。しかし、過Mgが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の靱性が低下し、ひいては製造性が低下する。そのため、Mgの含有率は0.0005~0.003%に設定されることが好ましく、0.002%以下に設定されることがより好ましい。
【0056】
<Ca:好ましくは0.0003~0.003%>
Caは、脱ガスに有効な元素である。Caの含有率は0.0003~0.003%に設定されることが好ましい。
【0057】
<Y:好ましくは0.01~0.20%>
Yは、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効な元素である。しかし、これらの効果は、0.20%を超えると飽和する。したがって、Yの含有率は0.01~0.20%に設定されることが好ましい。
【0058】
<REM:好ましくは合計で0.01~0.10%>
ScおよびLaなどのREM(Rare Earth Metal)は、Yと同様、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効である。しかし、これらの効果は、0.10%を超えると飽和する。したがって、REMの含有率の合計は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0059】
<Sn:好ましくは0.001~0.50%>
Snは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Snが過剰に添加されると、熱間加工性および粘り強さが低下する。したがって、Snの含有率は0.001~0.50%に設定されることが好ましい。
【0060】
<Sb:好ましくは0.001~0.50%>
Sbは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。しかし、Sbが過剰に添加されるとこの効果は飽和し、過剰に添加されるSbの量によっては加工性が低下する。そのため、Sbの含有率は0.001~0.50%に設定されることが好ましく、0.20%以下に設定されることがより好ましい。
【0061】
<Pb:好ましくは0.01~0.10%>
Pbは、快削性の向上に有効な元素である。Pbの含有率は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0062】
<W:好ましくは0.01~0.50%>
Wは、高温強さの向上に有効な元素である。しかし、Wが過剰に添加されると、本ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Wの含有率は0.01~0.50%に設定されることが好ましい。
【0063】
<その他>
本ステンレス鋼において、上述した各成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物は、原料由来および製造プロセス由来で混入する不純物であり、上述した各成分の特性に影響を及ぼさない範囲で混入している。
【0064】
〔リジングのうねり高さ〕
本ステンレス鋼は、表面に形成されたリジングのうねり高さが15μm以下である。本明細書において、「本ステンレス鋼の表面に形成されたリジングのうねり高さ(以下、「本ステンレス鋼のうねり高さ」と略記)」とは、以下に示す方法で測定されたリジングのうねり高さを意味する。
【0065】
まず、本ステンレス鋼の最終製品から、JIS Z 2201に規定されるJIS5号引張試験片(以下、「第1引張試験片」と略記)を採取する。次に、インストロン型引張試験機を用いて、標点間距離を50mmとして、圧延方向と平行な方向が引張方向となるように第1引張試験片を引っ張る。そして、この引張試験により、第1引張試験片に対して16%の引張ひずみを付与する。次に、表面粗さ測定機を用いて、第1引張試験片の標点間の部分における、圧延方向と直交する方向(言い換えれば第1引張試験片の幅方向)の測定長を18mmとしたうねり高さを測定する。
【0066】
うねり高さは、JIS B 0601:2001等に規定される表面性状測定にて測定される、うねり曲線要素の平均高さである。本実施形態では、第1引張試験片のうねり曲線要素の平均高さを、JIS B 0601:2001に規定される表面性状測定にて測定する。この方法で測定されたうねり曲線要素の平均高さが、本ステンレス鋼のうねり高さとなる。
【0067】
従来のステンレス鋼について、表面に形成されたリジングのうねり高さを上述の方法で測定した場合、うねり高さは20~50μmとなり、本ステンレス鋼のうねり高さよりも高くなる。このことから、本ステンレス鋼は、従来のステンレス鋼に比べて耐リジング性が向上していると言える。
【0068】
〔r値〕
本ステンレス鋼は、r値が0.9以上である。本明細書において、「本ステンレス鋼のr値」とは、以下に示す方法で算出されたr値を意味する。
【0069】
まず、本ステンレス鋼の最終製品から、JIS Z 2201に規定されるJIS13B号引張試験片を採取する。具体的には、前記の最終製品から、圧延方向と平行な方向が引張方向となる第2引張試験片、圧延方向と45°の角度をなす方向が引張方向となる第3引張試験片、圧延方向と直交する方向が引張方向となる第4引張試験片を、それぞれ採取する。次に、第2~第4引張試験片のそれぞれについて、標点間距離を20mmとして、インストロン型引張試験機を用いて引っ張る。そして、この引張試験により、第2~第4引張試験片のそれぞれに対して14.4%の引張ひずみを付与する。
【0070】
次に、下記の(1)式を用いて、第2~第4引張試験片のそれぞれのr値を算出する。r=ln(W/W1)/ln(t/t1) ・・・(1)
ここで、Wは引張試験前の幅、W1は引張試験後の幅、tは引張試験前の厚さ、t1は引張試験後の厚さである。「幅」は、第2~第4引張試験片のそれぞれにおける、標点間の部分の幅である。「厚さ」は、第2~第4引張試験片のそれぞれにおける、標点間の部分の厚さである。
【0071】
次に、下記の(2)式を用いて、第2~第4引張試験片のそれぞれのr値を平均した平均r値を算出する。この平均r値が、本ステンレス鋼のr値となる。
平均r値=(r0+2r45+r90)/4 ・・・(2)
ここで、r0は第2引張試験片のr値、r45は第3引張試験片のr値、r90は第4引張試験片のr値である。
【0072】
従来のステンレス鋼について、r値を上述の方法で算出した場合、r値は0.6~0.8となり本ステンレス鋼のr値よりも小さくなる。このことから、本ステンレス鋼は、従来のステンレス鋼に比べて深絞り性が向上していると言える。
【0073】
〔第2マルテンサイト面積比率〕
本ステンレス鋼は、第2マルテンサイト面積比率が0%以上1.0%未満である。第2マルテンサイト面積比率は、本ステンレス鋼の耐食性および加工性の向上の観点から0%が好ましい。但し、第2マルテンサイト面積比率が1.0%未満であれば、当該面積比率が0%より高くても、本ステンレス鋼は、耐リジング性、深絞り性のみならず耐食性および加工性にも優れる。第2マルテンサイト面積比率は、第1マルテンサイト面積比率と同様にEBSD結晶方位解析を用いて算出することができる。
【0074】
〔指標値〕
本ステンレス鋼は、下記の(3)式で表される指標値が15~50になる。この指標値は、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を表す指標である。下記の(3)式において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している。
【0075】
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(3)
焼鈍時に生成されるオーステナイト相は、冷却過程でマルテンサイト相に変態し得る。そこで、指標値が15~50になるように前記の(3)式における各元素の質量%濃度を調整することで、冷却過程で生成されるマルテンサイト相の量を適切に管理することができる。「適切に管理する」とは、具体的には、冷却過程で生成されるマルテンサイト相の量が、深絞り性の向上および耐リジング性の向上の両方を実現できる程度の量になるように、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を制御することを指す。また、指標値が15~50であることによりマルテンサイト相の量が適切に管理されているため、第1マルテンサイト面積比率を5.0~30.0%に管理することが容易になる。
【0076】
〔ステンレス鋼の製造方法〕
図1を用いて、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼の製造方法について説明する。本ステンレス鋼は、
図1に示すように、溶製工程S1、熱間圧延工程S2、軟質化焼鈍工程S3、冷間圧延工程S4および焼鈍工程S5の各工程を踏むことにより製造される。以下、各工程について説明するが、本ステンレス鋼の製造方法は
図1に示す方法に限られるものではない。
【0077】
<溶製工程S1および熱間圧延工程S2>
本ステンレス鋼を製造するためには、まず、溶製工程S1で、上述した各成分を含有するステンレス鋼を溶製して鋼スラブを製造する。溶製工程S1では、ステンレス鋼の一般的な溶製装置を用いることができ、かつ一般的な溶製条件を設定することができる。次に、熱間圧延工程S2では、溶製工程S1で製造された鋼スラブを熱間圧延することにより、熱延鋼帯を製造する。この熱延鋼帯は、本発明に係る熱延鋼帯の一例である。熱間圧延工程S2では、ステンレス鋼の一般的な熱間圧延装置および熱間圧延条件を使用することができる。
【0078】
<軟質化焼鈍工程S3>
次に、軟質化焼鈍工程S3では、熱間圧延工程S2で製造された熱延鋼帯を軟質化焼鈍することにより、熱延焼鈍鋼帯を製造する。軟質化焼鈍は、熱延鋼帯を軟質化するために、均熱過程時の最高温度をAc1以上に設定して熱延鋼帯を焼鈍する熱処理である。軟質化焼鈍を施して熱延鋼帯を軟質化しておくことにより、その後の冷間圧延工程S4で熱延焼鈍鋼帯の厚さの調整が容易になる。
【0079】
一般的に、軟質化焼鈍における均熱過程時の温度がAc1を超えると、鋼帯中のオーステナイト相の量が増加し始める。そして、軟質化焼鈍の温度がさらに高くなると、鋼帯中のオーステナイト相の量がピーク量まで増加した後、減少に転じる。オーステナイト相は、軟質化焼鈍における冷却過程でマルテンサイト相に変態し得るので、第1マルテンサイト面積比率は、軟質化焼鈍によって増加するオーステナイト相の影響を受ける。したがって、第1マルテンサイト面積比率を5.0~30.0%にするためには、最高焼鈍温度を、Ac1以上かつオーステナイト相の量が増加し過ぎない温度以下に設定する必要がある。最高焼鈍温度は、軟質化焼鈍における均熱過程時の最高温度である。
【0080】
しかしながら、Ac1はあくまで回帰式上の目安の温度であって、オーステナイト相が生成し始める実際の温度とは一致しない。そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、Ac1が921未満の場合では、最高焼鈍温度を0.76×Ac1+201℃以上1.10×Ac1-56℃以下とすることにより、第1マルテンサイト面積比率を5.0~30.0%に設定できることを見出した。
【0081】
一方、Ac1が921以上の場合では、オーステナイト相のピーク量そのものが少ないことから、ピーク量の全量がオーステナイト相からマルテンサイト相に変態しても、第1マルテンサイト面積比率を5.0~30.0%に設定することができた。したがって、Ac1が921以上の場合、最高焼鈍温度の上限値を1.10×Ac1-56℃にする必要がない。ここで、過度な高温での軟質化焼鈍は、熱延焼鈍鋼帯中の結晶粒の粗大化、および加工時の肌荒れ等の特性劣化を招くことから、最高焼鈍温度の上限値を1050℃に設定することとした。
【0082】
具体的には、最高焼鈍温度は次のように設定される。まず、鋼スラブの組成に基づいて、下記の(4)式で表されるAc1を算出する。下記の(4)式において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している。当該Ac1は、予め算出されていればよい。
Ac1=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310 ・・・(4)
そして、前記の(4)式により算出されたAc1が921未満の場合、最高焼鈍温度を0.76×Ac1+201℃以上1.10×Ac1-56℃以下に設定する。一方、前記の(4)式により算出されたAc1が921以上の場合、最高焼鈍温度を、0.76×Ac1+201℃以上1050℃以下に設定する。
【0083】
軟質化焼鈍における昇温過程での昇温速度は、10℃/sec以上に設定されることが好ましい。昇温速度が10℃/sec以上であれば、昇温過程での昇温時間を実用的に有意義な程度まで短縮できるので、本ステンレス鋼の製造に要する総時間も実用的に有意義な程度まで短縮することができる。そのため、本ステンレス鋼の生産性を向上することができる。また、軟質化焼鈍における均熱過程での均熱時間は、5秒以上に設定されることが好ましい。均熱時間が5秒以上であれば、均熱過程中にオーステナイト相を確実に生成することができる。オーステナイト相は、均熱過程後の冷却過程中にマルテンサイト相に変態することから、均熱時間を5秒以上に設定することにより、第1マルテンサイト面積比率を5.0~30.0%に管理することがさらに容易になる。
【0084】
さらに、軟質化焼鈍における冷却過程での冷却速度は、5.0℃/sec以上に設定される。冷却速度が5.0℃/sec未満であると、冷却過程での冷却時間が必要以上に長くなり、オーステナイト相が安定状態のフェライト相に変態する。そのため、第1マルテンサイト面積比率が5.0%未満に低下し、本ステンレス鋼の耐リジング性が従来のステンレス鋼以下に低下してしまう。このことから、本ステンレス鋼の耐リジング性を良好に保つべく、前記の冷却速度は5.0℃/sec以上に設定される。
【0085】
<冷間圧延工程S4>
次に、冷間圧延工程S4では、軟質化焼鈍工程S3で製造された熱延焼鈍鋼帯を冷間圧延することにより、冷延鋼帯を製造する。冷延条件として、冷間圧延工程S4終了後の総冷延率を60%以上に設定する。
【0086】
冷間圧延工程S4における冷間圧延では、まず、ロール径が200mm以上の大径ロールに熱延焼鈍鋼帯を通帯する第1冷間圧延を行う。ロール径が200mm以上の大径ロールは、本発明に係る第1ワークロールの一例である。第1冷間圧延の冷延条件として、1パスあたりの冷延率を15%以上に設定し、かつ第1冷間圧延終了後(第1冷間圧延における全パス終了後)の冷延率を総冷延率の50%以上に設定する。第1冷間圧延終了後(第1冷間圧延における全パス終了後)の冷延率は、第1冷間圧延が施される前の熱延焼鈍鋼帯の厚さに対する、当該熱延焼鈍鋼帯の厚さと全パス終了後の鋼帯の厚さとの差分の割合である。
【0087】
第1冷間圧延の終了後、前記の大径ロールに通帯された鋼帯を、ロール径が50~100mmの小径ロールに通帯する第2冷間圧延を行う。ロール径が50~100mmの小径ロールは、本発明に係る第2ワークロールの一例である。第2冷間圧延では、第1冷間圧延で圧延し切れなかった残りの帯厚分だけ圧延する。第2冷間圧延終了後の鋼帯が、冷延鋼帯となる。
【0088】
ここで、第1冷間圧延の終了後に第2冷間圧延を行う理由について説明する。すなわち、第1冷間圧延と第2冷間圧延とを比較した場合、両冷間圧延ともに同じ圧延率であることを前提とすれば、大径ロールを用いた第1冷間圧延の方が小径ロールを用いた第2冷間圧延よりも大きな圧延荷重が必要となる。また一般的に、ステンレス鋼は普通鋼に比べて硬いとともに、冷間圧延では処理の後半になるほど加工硬化が進んで鋼帯の強度が上昇する。これらのことから、冷間圧延工程S4において大径ロールのみで冷間圧延を行えば、所望の帯厚の冷延鋼帯を得るまでに鋼帯に加えなければならない圧延荷重が、本ステンレス鋼の製造性および生産性の観点で許容できる範囲を超えてしまう。そのため、本実施形態のように、大径ロールで第1冷間圧延を行った後、小径ロールで第2冷間圧延を行う。本実施形態では、ロール径200mm未満の小径ロールのうち、小径ロールとして一般的に用いられているロール径50~100mmのワークロールを、第2ワークロールとして用いている。
【0089】
なお本実施形態では、冷間圧延工程S4において、第1冷間圧延を行った後に第2冷間圧延を行っているが、第2冷間圧延を行った後に第1冷間圧延を行ってもよい。但し、ステンレス鋼は普通鋼に比べて一般的に硬い。さらに、冷間圧延では、処理の後半になるほど加工硬化が進んで鋼帯の強度が上昇する。そのため、第2冷間圧延を行った後に第1冷間圧延を行う場合、第2冷間圧延後の鋼帯の板厚中心部において圧延ひずみの集中を生じさせるには、第1冷間圧延を行った後に第2冷間圧延を行う場合よりも大きな圧延荷重が必要となる。これらのことから、本ステンレス鋼の製造性および生産性を考慮すると、本実施形態のように第1冷間圧延を行った後に第2冷間圧延を行うのが好ましい。
【0090】
<焼鈍工程S5>
次に、焼鈍工程S5では、冷間圧延工程S4で製造された冷延鋼帯を再結晶の開始温度以上かつAc1以下の温度で焼鈍する。焼鈍工程S5で行われる焼鈍は、冷延鋼帯におけるフェライト相の再結晶の完了とマルテンサイト相の消失との両立を目的とする仕上げ焼鈍である。焼鈍工程S5で行われる仕上げ焼鈍は、軟質化焼鈍工程S3における軟質化焼鈍と同様に、昇温過程、均熱過程および冷却過程で構成される。
【0091】
昇温過程では、冷延鋼帯を50℃/s以下の昇温速度で再結晶の開始温度以上かつAc1以下の温度まで加熱する。昇温速度を50℃/s以下に設定することで、昇温過程の過程でマルテンサイト相を消失させることができる。均熱過程では、昇温過程後の冷延鋼帯を再結晶の開始温度以上かつAc1以下の温度で5秒以上均熱する。本実施形態では、再結晶の開始温度を800℃に設定する。再結晶の開始時間を800℃に設定することにより、短い均熱時間でフェライト相の再結晶が完了する。但し、再結晶の開始温度は800℃に限定されず、再結晶の開始温度を例えば800℃よりも低い温度に設定してもよい。一方、均熱温度の上限をAc1以下の温度とすることにより、冷延鋼帯に新規なマルテンサイト相が生成されることを防ぎつつ、冷延鋼帯に残存するマルテンサイト相を略消失させることができる。
【0092】
冷却過程では、均熱過程後の冷延鋼帯を50℃/s以下の冷却速度で冷却する。50℃/s以下の冷却速度で冷却することにより、冷却過程の過程でもマルテンサイト相を消失させることができる。これらの各処理で構成される仕上げ焼鈍を冷延鋼帯に施すことで、焼鈍工程S5において、冷延鋼帯におけるフェライト相の再結晶の完了とマルテンサイト相の消失との両立を効率良く実現することができる。焼鈍工程S5が終了することにより、最終製品としての本ステンレス鋼が得られ、当該本ステンレス鋼の製造が終了する。
【0093】
〔まとめ〕
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Mo:0.50%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下およびTi:0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【0094】
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Co:0.01%以上0.50%以下、Zr:0.01%以上0.10%以下、Nb:0.01%以上0.10%以下、Mg:0.0005%以上0.003%以下、Ca:0.0003%以上0.003%以下、Y:0.01%以上0.20%以下、Yを除く希土類金属:合計で0.01%以上0.10%以下、Sn:0.001%以上0.50%以下、Sb:0.001%以上0.50%以下、Pb:0.01%以上0.10%以下およびW:0.01%以上0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【0095】
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、前記鋼スラブは、質量%で、Mo:0.50%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下およびTi:0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【0096】
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、前記鋼スラブは、質量%で、Co:0.01%以上0.50%以下、Zr:0.01%以上0.10%以下、Nb:0.01%以上0.10%以下、Mg:0.0005%以上0.003%以下、Ca:0.0003%以上0.003%以下、Y:0.01%以上0.20%以下、Yを除く希土類金属:合計で0.01%以上0.10%以下、Sn:0.001%以上0.50%以下、Sb:0.001%以上0.50%以下、Pb:0.01%以上0.10%以下およびW:0.01%以上0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【0097】
〔付記事項〕
本発明は本実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、本実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0098】
〔実施例〕
本発明の実施例および比較例に係るフェライト系ステンレス鋼について評価した結果について、以下に説明する。以下、本発明の実施例に係るフェライト系ステンレス鋼を「発明鋼」と称し、本発明の比較例に係るフェライト系ステンレス鋼を「比較鋼」と称する。本実施例では、まず、下記の表1に示す組成A~Eのいずれかを有する5種類の鋼スラブを、実操業ラインで溶製することにより製造した。組成A~Eを構成する各元素の含有率は、いずれも、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼に含まれる各元素の含有率の数値範囲内であった。なお、表1には、組成がA~Eのそれぞれの場合におけるAc1の数値も示されている。
【0099】
【表1】
組成Eを有する鋼スラブに基づいて製造された発明鋼および比較鋼の指標値は、前記の表1に示すように85となり、本発明における好ましい数値範囲の上限値50を超える結果となった。このような結果になったのは、組成Eのうち、指標値に影響を与えるCrの含有率が12.5%だったためであると推察される。
【0100】
次に、各組成の鋼スラブを熱間圧延することにより、板厚3mm、板幅150mmの各組成の熱延鋼帯を製造した。次に、各組成の熱延鋼帯に対して、下記の表2に示す「実績条件」で軟質化焼鈍および冷間圧延を施すことにより、板厚1mm、板幅150mmの各組成の冷延鋼帯を製造した。そして、各組成の冷延鋼帯を仕上げ焼鈍することにより、第1~第7発明鋼および第1~第18比較鋼を製造した。
【0101】
【表2】
前記の表2には、軟質化焼鈍および冷間圧延の「推奨条件」も示されている。前記の表2における「推奨条件」の欄に記載された各条件は、本実施形態と同一の条件とした。また、「推奨条件」の「軟質化焼鈍」の欄における「下限温度」は最高焼鈍温度の下限値を示し、同欄の「上限温度」は最高焼鈍温度の上限値を示す。「下限温度」および「上限温度」の各欄に記載された数値は、組成Aの各発明鋼および各比較鋼については、0.76×Ac1+201℃以上1050℃以下の式に組成AのAc1の数値(942)を代入して算出した。一方、組成B~Eの各発明鋼および各比較鋼については、0.76×Ac1+201℃以上1.10×Ac1-56℃以下の式に組成B~Eの各Ac1の数値(811、855、920、710)を代入して算出した。
【0102】
また前記の表2には、第1~第7発明鋼および第1~第18比較鋼のそれぞれについて、「特性評価」および「総合評価」も示されている。「特性評価」の「うねり高さ」の欄は、リジングのうねり高さの測定結果を示す。また、「特性評価」の「r値」の欄は、r値の算出結果を示す。なお、リジングのうねり高さの測定方法、およびr値の算出方法は本実施形態と同一の方法とした。「総合評価」は、リジングのうねり高さが15μm以下であり、かつr値が0.9以上であり、かつ第2マルテンサイト面積比率が0%以上1.0%未満の場合を「○」とした。一方、リジングのうねり高さが15μmよりも高い場合、r値が0.9未満の場合、または第2マルテンサイト面積比率が1.0%以上の場合のいずれかであれば「×」とした。
【0103】
前記の表2中の下線が付されている数値は、本実施形態における好ましい数値範囲の範囲外にある数値を示す。また、前記の表2中の下線が付されている「×」は、全パス終了後の冷延率が総冷延率の50%未満であったことを示す。
【0104】
前記の表2に示すように、第1・第9・第11・第13・第16比較鋼については、リジングのうねり高さがいずれも15μmよりも高かったことから、総合評価が「×」となった。リジングのうねり高さが15μmよりも高くなったのは、第1・第9・第11・第13・第16比較鋼のいずれについても第1マルテンサイト面積比率が5.0%未満であったためと推察される。つまり、第1・第9・第11・第13・第16比較鋼のいずれについても、鋼中のコロニーの増加量が耐リジング性を向上させる上での許容範囲を超えたため、リジングのうねり高さが15μmよりも高くなったものと推察される。
【0105】
また前記の表2に示すように、第1・第9・第18比較鋼以外の各比較鋼については、r値が0.9未満であったことから、総合評価が「×」となった。r値が0.9未満になった要因としては、以下に説明することが推察される。まず、第2・第3比較鋼、第5~第8比較鋼、第10~第13比較鋼および第16比較鋼については、総冷延率が60%未満、1パスあたりの冷延率が15%未満、および全パス終了後の冷延率が総冷延率の50%未満、の少なくともいずれか1つに該当したためと推察される。つまり、第2・第3比較鋼、第5~第8比較鋼、第10~第13比較鋼および第16比較鋼のいずれについても、これらの比較鋼の板厚中心部に圧延ひずみの集中が十分に生じなかったため、r値が0.9未満になったものと推察される。
【0106】
次に、第14および第15比較鋼については、第1マルテンサイト面積比率が30.0%よりも大きかったためと推察される。つまり、第14および第15比較鋼のいずれについても、マルテンサイト相が必要以上に増加して延性が低下したため、r値が0.9未満になったものと推察される。次に、第17比較鋼については、総冷延率が60%未満であったことに加えて、第1マルテンサイト面積比率が30.0%よりも大きかったため、r値が0.9未満になったものと推察される。
【0107】
さらに、前記の表2に示すように、第14・第15・第17・第18比較鋼については、第2マルテンサイト面積比率が1.0%以上であったことから、総合評価が「×」となった。
【0108】
一方、第1~第7発明鋼については、第3および第4発明鋼の特性評価が、全発明鋼の中で総合的に最も良好な結果となった。具体的には、第3発明鋼は、リジングのうねり高さについては全発明鋼の中で3番目に低かった(2.39μm)。このような結果になったのは、第1マルテンサイト面積比率が全発明鋼の中で3番目に高かった(9.44%)ためと推察される。また、第3発明鋼は、r値については全発明鋼の中で最も数値が大きかった(1.12)。このような結果になったのは、総冷延率が全発明鋼の中で最も高かった(85%)ためと推察される。さらに、第3発明鋼は、第2マルテンサイト面積比率については全発明鋼の中で4番目に低かった(0.17%)。
【0109】
第4発明鋼は、リジングのうねり高さについては全発明鋼の中で最も数値が低かった(2.28μm)。また、第4発明鋼は、r値については全発明鋼の中で4番目に数値が大きかった(0.93)。このような結果になったのは、総冷延率が全発明鋼の4番目に高かった(69%)ためと推察される。さらに、第4発明鋼は、第2マルテンサイト面積比率については全発明鋼の中で3番目に低かった(0.15%)。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0111】
S1 溶製工程
S2 熱間圧延工程
S3 軟質化焼鈍工程
S4 冷間圧延工程
S5 焼鈍工程