(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-27
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】PD-1シグナル阻害剤による疾患治療における有効性判定マーカー
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20231030BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20231030BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2018549058
(86)(22)【出願日】2017-11-01
(86)【国際出願番号】 JP2017039619
(87)【国際公開番号】W WO2018084204
(87)【国際公開日】2018-05-11
【審査請求日】2020-07-02
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2016214785
(32)【優先日】2016-11-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017151547
(32)【優先日】2017-08-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 創薬基盤推進研究事業「血中PD-1リガンド検出エライザー法によるPD-1抗体がん治療法の有効性診断薬開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 次世代がん医療創生研究事業「抗PD-1抗体不応答性がん患者に有効な併用治療薬の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」研究開発領域「腸内細菌叢制御による代謝・免疫・脳異常惹起メカニズムの解明と治療応用」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】本庶 佑
(72)【発明者】
【氏名】茶本 健司
(72)【発明者】
【氏名】松田 文彦
(72)【発明者】
【氏名】奥野 恭史
(72)【発明者】
【氏名】ファガラサン・シドニア
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】加々美 一恵
【審判官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/012615(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q,A61K,A61P,G01N
CAPLUS/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE
JSTPLUS/JMEDPLUS/JST7580
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定することを含む、検査法であって、下記の(i)~(vi)からなる群より選択される少なくとも1つを被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標とする前記検査法。
(i) 血清又は血漿における、馬尿酸(Hippurate)、インドキシル硫酸(Indoxyl sulfate)、尿酸(Uric acid)、グルコン酸(Gluconic acid)、サイロキシン(Thyroxine)、2-オキソ-3-メチルブタン酸(3-Methyl-2-oxobutyric acid)、2-アミノエタノール(2-Aminoethanol)、4-クレゾール(4-Cresol)及びデカン酸(Decanoic acid)、
(ii) 血清又は血漿における、2-オキソグルタル酸(2-Oxoglutaric acid)、アミノアジピン酸(Aminoadipic acid)、ニコチンアミド(Nicotinamide)、乳酸(Lactic acid)、ピルビン酸(Pyruvic acid)、2-ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid)及びピログルタミン酸(pyroglutamic acid)、
(iii) 血清又は血漿における、シスチン(Cystine)及びオルニチン(Ornithine)、
(iv) 末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率、並びに
(v) 末梢血CD8+細胞におけるT-bet
【請求項2】
PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして、被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標となるものを用いる方法であって、被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標が下記の(i)~(vi)からなる群より選択される少なくとも1つである前記方法。
(i) 血清又は血漿における、馬尿酸(Hippurate)、インドキシル硫酸(Indoxyl sulfate)、尿酸(Uric acid)、グルコン酸(Gluconic acid)、サイロキシン(Thyroxine)、2-オキソ-3-メチルブタン酸(3-Methyl-2-oxobutyric acid)、2-アミノエタノール(2-Aminoethanol)、4-クレゾール(4-Cresol)及びデカン酸(Decanoic acid)、
(ii) 血清又は血漿における、2-オキソグルタル酸(2-Oxoglutaric acid)、アミノアジピン酸(Aminoadipic acid)、ニコチンアミド(Nicotinamide)、乳酸(Lactic acid)、ピルビン酸(Pyruvic acid)、2-ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid)及びピログルタミン酸(pyroglutamic acid)、
(iii) 血清又は血漿における、シスチン(Cystine)及びオルニチン(Ornithine)、
(iv) 末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率、並びに
(v) 末梢血CD8+細胞におけるT-bet
【請求項3】
PD-1シグナル阻害剤が抗体である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
抗体が、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体及び抗PD-L2抗体からなる群より選択される少なくとも1つの抗体である請求項3記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PD-1シグナル阻害剤による疾患治療における有効性判定マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の臨床試験の結果より、抗PD-1抗体治療は、様々ながんで従来の標準治療より有効であることが明らかになってきた [非特許文献1-3]。従来の免疫治療法と比較すると、PD-1抗体治療の奏功率は単独で20-30%、併用で60-70%と劇的に向上した。しかし、不応答性を示す患者が約半数程度いるのも事実である。なぜこれらの患者はPD-1抗体治療に不応答なのか、まだほとんどわかっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Borghaei H, Paz-Ares L, Horn L, et al: Nivolumab versus Docetaxel in Advanced Nonsquamous Non-Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med, 373:1627-1639,2015.
【文献】Hamanishi J, Mandai M, Ikeda T, et al: Safety and Antitumor Activity of Anti-PD-1 Antibody, Nivolumab, in Patients With Platinum-Resistant Ovarian Cancer. J Clin Oncol,2015.
【文献】Motzer RJ, Escudier B, McDermott DF, et al: Nivolumab versus Everolimus in Advanced Renal-Cell Carcinoma. N Engl J Med, 373:1803-1813,2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、PD-1シグナル阻害剤による疾患治療の前や早い段階で有効性を判定するマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、PD-1抗体を投与した癌モデルマウスにおける血中メタボライト(代謝産物)を測定したところ、治療マウス群が無治療マウス群と比較して、血清中におけるクエン酸回路(TCA cycle)関連のメタボライトが有意に減少していることを見出した。これはPD-1ノックアウトマウスにおいてクエン酸回路関連のメタボライトが減少している知見と合致しており、これらクエン酸回路関連のメタボライトの絶対量や投与前後の変化を測定することにより、PD-1抗体治療の有効性(PD-1の働きが有効に抑えられているか)を判別することができると考えられる。
【0006】
また、本発明者らは、PD-1抗体を投与した癌モデルマウスを用い、PD-1阻害抗体治療に感受性であるがん治療において、非感受性であるがん治療よりも、キラーT細胞の酸素消費量(OCR)及びそれから算出されるATP回転率が高いことを見出した。これは、酸素消費量(OCR)及びATP回転率が、PD-1阻害効果を予測するためのバイオマーカーとなりうることを示唆している。
【0007】
さらに、本発明者らは、PD-1阻害抗体治療に感受性であるマウスのがん治療において、キラーT細胞のT-betの発現が、抗PD-L1抗体投与後に上昇することを見出した。これは、T-betの発現上昇もバイオマーカーの一つであり得ることを示している。
さらにまた、本発明者らは血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及びその誘導体の濃度とT細胞へのアミノ酸の取り込みも、PD-1阻害時におけるT細胞活性化の指標、すなわちPD-1阻害抗体治療の有効性を判断できる指標となりうることを確認した。
PD-1阻害による抗腫瘍免疫の発揮にはT細胞の活性化が必要であり、上記のことはT細胞活性化の指標になるものである。さらに本発明者らは、がん患者の血漿検体を用いて、T細胞の活性化能を制御する腸内細菌叢関連のメタボライト、T細胞活性化の指標となるエネルギー代謝関連メタボライトのレベルもPD-1阻害抗体治療の有効性を判断できるマーカーとなりうることを確認した。
腸内細菌叢はT細胞の活性化能を制御する原因となっていることはすでに知られており、上記の知見から腸内細菌叢関連メタボリズムを検査することで、PD-1阻害治療によるT細胞を介した抗腫瘍免疫能を予想できることがわかった。PD-1シグナルの阻害により結果としてT細胞が活性化した患者で治療効果が高いと考えられるが、ミトコンドリアの酸素消費量、ATP回転率、T-bet、腸内細菌叢関連メタボライト、アミノ酸、アミノ酸代謝関連メタボライトおよびその誘導体、TCAサイクルを含むエネルギー代謝関連メタボライトは、T細胞の活性化の指標となると考えられる。
【0008】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定することを含む、検査法。
(2)PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして、被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標となるものを用いる方法。
(3)被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定し、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測又は判定された場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の診断及び治療方法。
(4)下記の(i)~(vi)からなる群より選択される少なくとも1つを被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標とする(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(i) 血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライト、
(ii) 血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト、
(iii) 血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体
(iv) 末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率、
(v) T細胞におけるアミノ酸、及び
(vi) 末梢血CD8+細胞におけるT-bet
(5)PD-1シグナル阻害剤が抗体である(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)抗体が、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体及び抗PD-L2抗体からなる群より選択される少なくとも1つの抗体である(5)記載の方法。
(7)PD-1シグナル阻害剤が、抗がん剤、感染症治療剤又はそれらの組み合わせにおける有効成分として使用される(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定し、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測又は判定された場合には、該被験者の治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の診断及び治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物。
(9)下記の(i)~(vi)からなる群より選択される少なくとも1つを被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標とする(8)記載の医薬組成物。
(i) 血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライト、
(ii) 血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト、
(iii) 血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体
(iv) 末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率、
(v) T細胞におけるアミノ酸、及び
(vi) 末梢血CD8+細胞におけるT-bet
【発明の効果】
【0009】
PD-1シグナル阻害剤を代表する抗PD-1抗体を用いる治療は非常に高価であるため、治療前または治療の早い段階で治療の有効性を判別できることは、治療費の削減につながる。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2016-214785及び特願2017-151547の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】PD-1抗体治療に感受性腫瘍と非感受性腫瘍をBALB/c マウスに接種し、PD-1阻害治療を行った。腫瘍接種後12日に所属リンパ節からCD8+ T細胞を単離し、酸素消費量(OCR)とATP回転率を検討した。
【
図2】PD-1抗体治療に感受性腫瘍と非感受性腫瘍をC57BL/6 マウスに接種し、PD-1阻害治療を行った。腫瘍接種後12日に所属リンパ節からCD8+ T細胞を単離し、酸素消費量(OCR)とATP回転率を検討した。
【
図3】野生型マウスとPD-1
-/-マウスの血清におけるメタボライト量をgas-chromatography-mass spectrometry (GC-MS)をもちいて測定した。TCAサイクル関連のメタボライトを抽出した。
【
図4】C57BL/6にMC38を接種し、5, 10日後にPD-L1抗体を腹腔内投与した。腫瘍接種後13日目にマウスより血清を回収し、
図3と同様の方法でメタボライトを測定した。
【
図5】BALB/cにMethA, RENCA, CT26もしくはWEHIを接種し、5, 10日後にPD-L1抗体を腹腔内投与した。腫瘍接種後12日目にマウスより所属リンパ節を単離した。所属リンパ節細胞をT-betとEomesで染色したのちCD8
+T細胞にゲートをかけ蛍光強度(MFI)を比較した。
【
図6】PD-1シグナル阻害状態では、T細胞依存的に血中アミノ酸レベルが低下する。PD-1
-/-マウスの血中アミノ酸レベルを野生型マウスとGC-MS解析にて比較するとPD-1
-/-でそれらのレベルが低下していた(上図)。CD3
-/-マウスとPD-1
-/-CD3
-/-マウスの血中におけるアミノ酸レベルを比較すると顕著な差は見られなかった。これらのことより、PD-1
-/-ではT細胞の恒常的な活性化により血中アミノ酸の消費が起こっていると考えられた。n=5 mice/group (上図)、n=11 (下図). Two tailed unpaired Student’s t-test; ns, not significant, *p < 0.05, **p < 0.005, ***p < 0.0005. ****, p < 0.0001.
【
図7】PD-1阻害状態ではT細胞の活性化によりアミノ酸がT細胞に取り込まれる。A) PD-1
-/-マウスのリンパ節と野生型マウスのリンパ節における細胞内アミノ酸レベルを測定比較したところ、野生型に比べPD-1
-/-マウスではアミノ酸レベルが高かった。データは 値± SEMを示す。 n=5 mice/group. Two tailed unpaired Student’s t-test; ns, not significant, *p < 0.05, **p < 0.005, ***p < 0.0005, ****p < 0.0001. B)野生型(WT)とPD-1-/-マウスのリンパ節におけるトリプトファン(Trp)の分布を示す。
【
図8】T細胞内に取り込まれたトリプトファンは細胞内で主にキヌレニン代謝される。(a) 実験の概要図。8-9週齢の雄WT/B6マウスの左足蹠皮下へフロイント完全アジュバント(CFA)と卵白アルブミン(OVA)の混合物(1mg/ml OVA, 30μl/mouse)を投与した。投与1週間後に各種リンパ節(Popliteal LN ipsilateral(同側膝窩リンパ節:赤色円図示部位), Popliteal LN cotralateral(対側膝窩リンパ節:青色円図示部位),Pooled LN(上腕、腋窩、鼠径リンパ節混合:灰色円図示部位)は単離され解析された。(b)同側および対側膝窩リンパ節CD4
+ T細胞(上段)およびCD8
+ T細胞(下段)のフローサイトメトリー。図中数字はCD62L
+ CD44lo 細胞(ナイーブT 細胞: Naive)、CD62L
+ CD44hi 細胞(セントラルメモリーT 細胞: CM)、CD62L- CD44hi 細胞(エフェクターメモリーT 細胞: EM)、のパーセンテージを示す。(c)同側(青)および対側(赤)膝窩リンパ節の各種細胞数。
図b中CD62L
+ CD44hi 細胞(セントラルメモリーT 細胞: CM)、CD62L
- CD44hi 細胞(エフェクターメモリーT 細胞: EM)細胞集団に対応する。(d) 各種リンパ節(Popliteal LN ipsilateral(同側膝窩リンパ節:赤色棒グラフ), Popliteal LN contralateral (対側膝窩リンパ節:青色棒グラフ), Pooled LN(上腕、腋窩、鼠径リンパ節混合:灰色棒グラフ) )のトリプトファン代謝物濃度。トリプトファン代謝3経路の各化合物濃度を示す。(セロトニン経路 : 5-OH-Trp、5-HT (青字)、インドール経路 : 3-Indoleacetic Acid(紫字)、キヌレニン経路 : N-formyl Kynurenine、L- Kynurenine、3-OH- kynurenine、3-OH-Anthranilic acid、Quinolinic acid、Nicotinic acid(赤字))(e)トリプトファン分解経路概略図。セロトニン経路(青矢印)、インドール経路(紫矢印)、キヌレニン経路(赤矢印)を示す。これらのことは、活性化によってT細胞内に取り込まれたトリプトファンが細胞内で主にキヌレニン代謝されていることを示す。
【
図9】合計22患者(responder 10人、 non-responder 12人)のニボルマブ投与前後の3点におけるメタボライト検査項目(145項目/1点)の結果すべてをまとめるとのべ435項目のデーターが得られた。435項目のデーターをもちいてROC曲線解析を行った。
【
図10】表2の治療前のメタボライト項目についてROC曲線解析を行った。
【
図11】表2の1回目治療後のメタボライト項目についてROC曲線解析を行った。
【
図12】表2の治療前、1回目治療後のメタボライト項目をまとめ、それらについてROC曲線解析を行った。
【
図13】表2の2回目治療後のメタボライト項目についてROC曲線解析を行った。
【
図14】治療前のメタボライトはT細胞活性化能を制御する(の原因になる)腸内細菌叢のバランスに影響され、治療後のメタボライトはT細胞活性化によるエネルギー代謝によってより影響されるようである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定することを含む、検査法を提供する。
T細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標となるものは、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定し、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測又は判定された場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。
被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化は、例えば、(特に、末梢血CD8+細胞における)酸素消費量及び/又はATP回転率、(特に、末梢血CD8+細胞における)T-bet、(特に、血清又は血漿における)腸内細菌叢関連メタボライト、(特に、血清又は血漿における)エネルギー代謝関連メタボライト、(特に、血清又は血漿における)アミノ酸代謝関連メタボライト及びその誘導体、(特に、T細胞における)アミノ酸を指標とすることができる。エネルギー代謝関連メタボライトには、TCAサイクル関連メタボライト、解糖系関連メタボライト、酸化的リン酸化関連メタボライト、脂質代謝関連メタボライト、ペントースリン酸回路などが含まれる。アミノ酸代謝関連メタボライトには、アミノ酸も含まれる。
被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標となるものを、PD-1シグナル阻害剤の投与前に測定して、PD-1シグナル阻害剤の効果を予測することができるし、PD-1シグナル阻害剤の投与前後に測定して、PD-1シグナル阻害剤の効果を判定することもできる。
本発明の一実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、そのレベルが高い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の酸素消費量及び/又はATP回転率が、投与開始前よりも増加している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率のレベルが高いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも高ければよく、cut-off値が設定できれば、この値以上であるとよい。
【0013】
末梢血CD8+細胞は、以下のようにして、採取することができる。患者より採取した血液をファイコールにのせ、2000rpmにて遠心分離を行う。赤血球相と血漿相の間のバフィコートを回収し、細胞培養液にて洗浄する。このリンパ球から磁気細胞分離機(Miltenyi Biotec社)システムを用いてCD8+T細胞を単離する。
酸素消費量はXF96 Extracellular Flux analyzer (Seahorse Biosciences)で測定することができる。単離したCD8+T細胞を専用細胞培養プレートにまき、センサーカートリッジをプレートにかぶせる。センサーカートリッジのインジェクションポートにOligomycin, FCCP, AntimycineA, Rotenoneを注入し、XF96 Extracellular Flux analyzerにセットする。細胞とセンサー間の半閉鎖的微小環境の酸素濃度と水素イオン濃度が測定される。
【0014】
ATP回転率は、以下のようにして、算出することができる。
ATP回転率=(Oligomycin投与直前の酸素消費量) - (Oligomycin投与直後の酸素消費量)
本発明において、末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率は、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
【0015】
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率が投与開始前よりも増加した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
【0016】
また、本発明の他の実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、そのレベルが高い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のT-betの発現が、投与開始前よりも上昇している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現レベルが高いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも高ければよく、cut-off値が設定できれば、この値以上であるとよい。
【0017】
T-betは、キラーT(CD8+T)細胞の細胞傷害活性やIFN-γ産生の上昇に必要な転写因子である。
【0018】
T-betの発現は、以下のようにして、測定することができる。細胞表面マーカーCD8, CD44, CD62L等を染めたのち細胞を固定、透過処理を行い、抗T-bet抗体で核内を染色する。染色後、フローサイトメトリー解析を行う。
【0019】
本発明において、末梢血CD8+細胞におけるT-betは、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
【0020】
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現が投与開始前より上昇した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
【0021】
さらに、本発明の他の実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)を測定し、そのレベル(濃度)が高いもしくは低い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)が、投与開始前よりも変遷している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)が高いもしくは低いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも高いもしくは低ければよく、cut-off値が設定できれば、この値より差があればよい。
腸内細菌叢は、T細胞を介した免疫反応を制御する重要な因子であることが知られている。よってPD-1阻害抗体治療後の治療効果に影響を与える因子の一つである。腸内細菌叢のかなでもT細胞の活性化に関与するいくつか細菌叢が知られているが、血中の関連メタボライトを検査するとこれらの細菌叢が産生するメタボライトを検出することができる。
腸内細菌叢関連メタボライトは、1種類でも、2種類以上の組合せでもよい。
腸内細菌叢関連メタボライトは、質量分析法(例えば、GC-MS、LCMS)により、測定することができる。
本発明において、血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトは、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)を測定し、そのレベルが高いもしくは低い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトのレベル(濃度)が投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
さらにまた、本発明の他の実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)を測定し、そのレベル(濃度)が高いもしくは低い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)が、投与開始前よりも変遷している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライトのレベル(濃度)が高いもしくは低いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも高いもしくは低ければよく、cut-off値が設定できれば、この値より差があればよい。
【0022】
TCAサイクルは、アセチル-CoAのアセチル基をCO2とH2Oに完全酸化する代謝経路であり、TCAサイクル関連代謝産物としては、オキサロ酢酸、クエン酸、cis-アニコット酸、イソクエン酸、オキサロコハク酸、2-オキソグルタル酸(2-Oxoglutaric acid)、スクシニル-CoA、コハク酸(Succinic acid)、フマル酸、L-リンゴ酸、オキサロ酢酸を挙げることができる。
解糖系は、TCAサイクルに入る代謝物質の産生を司る。又一部は核酸合成に必要なペントースリン酸回路にも入るため、細胞分裂や活性化に重要である。
酸化的リン酸化は、エネルギー産生に必須の経路であり、電子伝達系の本体である。
脂肪酸酸化は、脂肪や脂質が酸化を受け分解されるとアセチルCoAとしてTCA cycleには入り、エネルギー源として使用される。
ペントースリン酸化回路は核酸の合成に必要な成分や還元剤を産生する経路である。
エネルギー代謝関連メタボライトは、1種類でも、2種類以上の組合せでもよい。
エネルギー代謝関連メタボライトは、質量分析法(例えば、GC-MS、LCMS)により、測定することができる。
【0023】
本発明において、血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)は、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
【0024】
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが低いもしくは高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライト(例えば、TCAサイクル関連代謝産物、解糖系関連代謝産物、酸化的リン酸化関連代謝産物、脂質代謝関連代謝産物、ペントースリン酸化代謝関連代謝産物)のレベル(濃度)が投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
また、本発明の他の実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが低いもしくは高い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)が、投与開始前よりも変遷している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)が低いもしくは高いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも差があればよく、cut-off値が設定できれば、この値と差があるとよい。
アミノ酸としては、トリプトファン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、チロシン、ヒスチジン、リシン、メチオニン、トレオニン、バリン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、プロリン、セリン、オルニチン、シトルリン及びそれらの類似体を例示することができる。アミノ酸は、1種類でも、2種類以上の組合せでもよい。アミノ酸は、L-アミノ酸であるとよい。
アミノ酸はT細胞が活性化するときに細胞の骨格になる成分であり、T細胞の活性化に必須である。また腸内細菌からも産生される。アミノ酸代謝は、最終的にTCA cycleには入りエネルギーを作り出だけでなく、神経伝達物質等にも変化し生体内のバイオリズムを整えるのに重要な役割をはたしている。
アミノ酸代謝関連メタボライトの誘導体(derivative)とは、アミノ酸代謝関連メタボライトから体内で生成する物質をいう。
アミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体は、1種類でも、2種類以上の組合せでもよい。
アミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体は、質量分析法(例えば、GC-MS、LCMS)により、測定することができる。
本発明において、血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及びその誘導体は、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが低いもしくは高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)が投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
また、本発明の他の実施態様では、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが高い場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のアミノ酸のレベル(濃度)が、投与開始前よりも上昇している場合には、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると判定する。被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)が高いとは、PD-1シグナル阻害剤のnon-responderよりも高ければよく、cut-off値が設定できれば、この値以上であるとよい。
T細胞は、以下のようにして、採取することができる。患者より採取した血液をファイコールにのせ、2000rpmにて遠心分離を行う。赤血球相と血漿相の間のバフィコートを回収し、細胞培養液にて洗浄する。このリンパ球から磁気細胞分離機(Miltenyi Biotec社)システムを用いてT細胞を単離する。
アミノ酸としては、トリプトファン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、チロシン、ヒスチジン、リシン、メチオニン、トレオニン、バリン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、プロリン、セリン、オルニチン、シトルリン及びそれらの類似体を例示することができる。アミノ酸は、1種類でも、2種類以上の組合せでもよい。アミノ酸は、L-アミノ酸であるとよい。
アミノ酸は、イメージング質量分析法(例えば、MALDI-MS)や質量分析法(例えば、GC-MS、LCMS)等により、測定することができる。
本発明において、T細胞におけるアミノ酸は、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定するためのバイオマーカーとして用いることができる。
PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)が投与開始前よりも上昇した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与するとよい。
後述の実施例では、腸内細菌叢関連メタボライト、エネルギー代謝関連メタボライト、アミノ酸代謝関連メタボライト及びその誘導体としては、Phenol、Lactic acid、2-Hydroxyisobutyric acid、Caproic acid、Glycolic acid、Oxalic acid、2-Hydroxybutyric acid、4-Cresol、3-Hydroxybutyric acid、3-Hydroxyisobutyric acid、2-Hydroxyisovaleric acid、2-Aminobutyric acid、3-Hydroxyisovaleric acid、Valine、Octanoic acid、Glycerol、Phosphoric acid、Proline、Succinic acid、Glyceric acid、Fumaric acid、Serine、Threonine、Decanoic acid、Aspartic acid、Methionine、Lauric acid、Citric acid、Myristic acid、Palmitoleic acid、Palmitic acid、Margaric acid、Stearic acid、Pyruvic acid、2-Oxoisocaproic acid、2-Aminoethanol、Malic acid、Thereitol、Erythritol、Threonic acid、2-Oxoglutaric acid、Pyrophosphate、Arabitol、Fucose、Isocitric acid、Hypoxanthine、Ornithine、1,5-Anhydro-D-sorbitol、Fructose、Mannose、Lysine、Glucose、scyllo-Inositol、myo-Inositol、Oleic acid、Sucrose、Indoxyl sulfate、3-Methyl-2-oxobutyric acid、Maltose、Gluconic acid、Ribitol、Glycine、Benzoic acid、3-Methyl-2-oxovaleric acid、Linoleic acid、Hypotaurine、Elaidic acid、Quinolinic acid、Nicotinamide、Kynurenine、Kynurenic acid、Indoleacetate、Indolelactate、5-OH-Trp(5-ヒドロキシ-トリプトファン)、5-HIAA(5-hydroxyindole acetic acid)、3-OH-Kynurenine、3-OH-Anthralinic acid、3-Indolepropionate、Serotonin、Tryptophan、N'-Formylkynurenine、Tyrosine、Histidine、Adenosine、Guanosine、Inosine、Uridine、Xanthosine、GSSG(Glutathione-S-S-Glutathione)、GSH(Glutathione-SH)、AC_C0(Carnitine)、Aminoadipic acid 、Choline、AC_C6(Hexanoylcarnitine)、AC_C5(Valerylcarnitine)、AC_C2(Acetylcarnitine)、3-Methylhistidine、Phenylalanine、Cysteine、Arginine、Glutamine、Glutamic acid、Alanine、Citruline、Creatinine、Pyroglutamic acid、Taurine、Asparagine、Cystine、Cystathionine、Isoleucine、Leucine、Creatine、asy-Dimethylarginine、sym-Dimethylarginine、2-Aminoisobutyric acid、Thyroxine、Hippurate、Citric acid、Isocitric acid、Succinic acid、2-Hydroxybutyric acid、3-Hydroxybutyric acid、Lactic acid、2-Hydroxyglutaric acid、2-Hydroxyisovaleric acid、3-Hydroxyisovaleric acid、Glyceric acid、Malic acid、Betaine、Urea、Uric acid、Acetylglycine、4-Hydroxyprolineを測定した。
【0025】
本明細書において、「PD-1シグナル」とは、PD-1が担う情報伝達機構をいい、その一つとして、PD-1がそのリガンドであるPD-L1、PD-L2と共同して、T細胞の活性化を抑制する情報伝達機構を例示することができる。PD-1(Programmed cell death-1)は、活性化したT細胞やB細胞に発現する膜タンパク質であり、そのリガンドであるPD-L1とPD-L2は、単球や樹状細胞などの抗原提示細胞、がん等様々な細胞に発現する。PD-1、PD-L1及びPD-L2は、T細胞の活性化を抑制する抑制因子として働く。ある種の癌細胞やウイルス感染細胞は、PD-1のリガンドを発現することにより、T細胞の活性化を抑制し、宿主の免疫監視から逃避している。
【0026】
PD-1シグナル阻害剤としては、PD-1、PD-L1又はPD-L2に特異的に結合する物質が挙げられ、そのような物質としては、タンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチド、核酸(天然型核酸、人工核酸を含む)、低分子有機化合物、無機化合物、細胞抽出物、動植物や土壌などからの抽出物などがありうる。物質は、天然物であっても、合成物であってもよい。好ましいPD-1シグナル阻害剤は、抗体であり、より好ましくは、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗PD-L2抗体などの抗体である。抗体は、PD-1シグナルを阻害できるものであればよく、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、ヒト型抗体のいずれであってもよい。それらの抗体の製造方法は公知である。抗体は、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、モルモットなど、いずれの生物に由来するものであってもよい。また、本明細書において、抗体とは、Fab、F(ab)’2、ScFv、Diabody、VH、VL、Sc(Fv)2、Bispecific sc(Fv)2、Minibody、scFv-Fc monomer、scFv-Fc dimerなどの低分子化されたものも含む概念である。
【0027】
PD-1シグナル阻害剤は、抗がん剤、感染症治療剤又はそれらの組み合わせにおける有効成分として使用することができる。
【0028】
また、本発明は、被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定し、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測又は判定された場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の診断及び治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性やT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標については上述した。
本発明の一実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の末梢血CD8+細胞における酸素消費量及び/又はATP回転率が投与開始前よりも増加した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
【0029】
さらに、本発明の他の実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の末梢血CD8+細胞におけるT-betの発現が投与開始前よりも増加した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
【0030】
また、本発明の他の実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトを測定し、その値が高いもしくは低い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトを測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の血清又は血漿における腸内細菌叢関連メタボライトが投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
さらにまた、本発明の他の実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライトを測定し、その値が高いもしくは低い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライトを測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後の血清又は血漿におけるエネルギー代謝関連メタボライトが投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
本発明の他の実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが高いもしくは低い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物も提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来の血清又は血漿におけるアミノ酸代謝関連メタボライト及び/又はその誘導体のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のアミノ酸代謝関連メタボライトレベル(濃度)が投与開始前よりも変遷した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物も提供する。
また、本発明の他の実施態様は、PD-1シグナル阻害剤を投与する前の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、そのレベルが高い場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。あるいは、PD-1シグナル阻害剤を投与する前及び後の被験者由来のT細胞におけるアミノ酸のレベル(濃度)を測定し、PD-1シグナル阻害剤を投与した後のアミノ酸のレベル(濃度)が投与開始前よりも上昇した場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤をさらに投与することを含む、疾患の治療方法に使用するための、PD-1シグナル阻害剤を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
【0031】
本発明の医薬組成物は、抗がん剤、感染症治療剤又はそれらの組み合わせとして使用することができる。
【0032】
本発明の医薬組成物を抗がん剤として投与する場合、対象となる癌又は腫瘍としては、白血病、リンパ腫(ホジキン病、非ホジキンリンパ腫など)、多発性骨髄腫、脳腫瘍、乳がん、子宮体がん、子宮頚がん、卵巣がん、食道癌、胃癌、虫垂癌、大腸癌、肝癌、胆嚢癌、胆管癌、膵臓がん、副腎癌、消化管間質腫瘍、中皮腫、頭頚部癌(喉頭癌など)、口腔癌(口腔底癌など)、歯肉癌、舌癌、頬粘膜癌、唾液腺癌、副鼻腔癌(上顎洞癌、前頭洞癌、篩骨洞癌、蝶型骨洞癌など)、甲状腺癌、腎臓がん、肺癌、骨肉腫、前立腺癌、精巣腫瘍(睾丸がん)、腎細胞癌、膀胱癌、横紋筋肉腫、皮膚癌(基底細胞がん、有棘細胞がん、悪性黒色腫(メラノーマ)、日光角化症、ボーエン病、パージェット病など)、肛門癌などが例示されるが、これらに限定されるわけではない。
【0033】
本発明の医薬組成物を感染症治療剤として投与する場合、対象となる感染症としては、細菌感染症(レンサ球菌(A群β溶連菌、肺炎球菌など)、黄色ブドウ球菌(MSSA、MRSA)、表皮ブドウ球菌、腸球菌、リステリア、髄膜炎球菌、淋菌、病原性大腸菌(0157:H7など)、クレブシエラ(肺炎桿菌)、プロテウス菌、百日咳菌、緑膿菌、セラチア菌、シトロバクター、アシネトバクター、エンテロバクター、マイコプラズマ、クロストリジウムなどによる各種感染症、結核、コレラ、ペスト、ジフテリア、赤痢、猩紅熱、炭疽、梅毒 、破傷風、ハンセン病、レジオネラ肺炎(在郷軍人病)、レプトスピラ症、ライム病、野兎病、Q熱など)、リケッチア感染症(発疹チフス、ツツガムシ病、日本紅斑熱など)、クラミジア感染症(トラコーマ、性器クラミジア感染症、オウム病など)、真菌感染症(アスペルギルス症、カンジダ症、クリプトコッカス症、白癬菌症、ヒストプラズマ症、ニューモシスチス肺炎など)、寄生性原虫感染症(アメーバ赤痢、マラリア、トキソプラズマ症、リーシュマニア症、クリプトスポリジウムなど)、寄生性蠕虫感染症(エキノコックス症、日本住血吸虫症、フィラリア症、回虫症、広節裂頭条虫症など)、ウイルス感染症(インフルエンザ、ウイルス性肝炎、ウイルス性髄膜炎、後天性免疫不全症候群 (AIDS)、成人T細胞性白血病、エボラ出血熱、黄熱、風邪症候群、狂犬病、サイトメガロウイルス感染症、重症急性呼吸器症候群 (SARS)、進行性多巣性白質脳症、水痘、帯状疱疹、手足口病、デング熱、伝染性紅斑、伝染性単核球症、天然痘、風疹、急性灰白髄炎(ポリオ)、麻疹 、咽頭結膜熱(プール熱)、マールブルグ出血熱、ハンタウイルス腎出血熱、ラッサ熱、流行性耳下腺炎、ウエストナイル熱、ヘルパンギーナ、チクングニア熱など)などが例示されるが、これらに限定されるわけではない。
【0034】
本発明の医薬組成物は、全身又は局所的に、経口又は非経口で被験者又は被験動物に投与される。
【0035】
PD-1シグナル阻害剤(例えば、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗PD-L2抗体)は、PBSなどの緩衝液、生理食塩水、滅菌水などに溶解し、必要に応じてフィルターなどで濾過滅菌した後、注射又は点滴により被験者又は被験動物に投与するとよい。また、この溶液には、添加剤(例えば、着色剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、溶解補助剤、安定化剤、保存剤、酸化防止剤、緩衝剤、等張化剤など)などを添加してもよい。投与経路としては、静脈、筋肉、腹腔、皮下、皮内投与などが可能である。
【0036】
PD-1シグナル阻害剤(例えば、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗PD-L2抗体)の製剤中における含量は、製剤の種類により異なるが、通常1~100 重量%、好ましくは50~100 重量%である。製剤は、単位投与製剤に製剤化するとよい。
【0037】
PD-1シグナル阻害剤(例えば、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗PD-L2抗体)の投与量、投与の回数及び頻度は、被験者又は被験動物の症状、年齢、体重、投与方法、投与形態などにより異なるが、例えば、通常、成人一人当たり、有効成分の量に換算して、0.1~100 mg/kg体重、好ましくは、1~10mg/kg体重を、少なくとも1回、所望の効果が確認できる頻度で投与するとよい。被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性及び/又はT細胞の活性化に関連する代謝変化に基づき、PD-1シグナル阻害剤による治療の有効性を予測又は判定し、PD-1シグナル阻害剤による治療が有効であると予測又は判定された場合には、該被験者に治療に有効な量のPD-1シグナル阻害剤を投与するとよい。被験者におけるT細胞のミトコンドリア活性とT細胞の活性化に関連する代謝変化の指標については上述した。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
PD-1阻害抗体治療に感受性であるMeth A(Cell Resource Center for Biomedical Research)とRENCA(American Type Culture Collection)、非感受性であるCT26(American Type Culture Collection)とWEHI(American Type Culture Collection)をBALB/cマウス(Charles River Laboratories Japan)に接種し、5日後にPD-L1抗体(1-111A, 当研究室作製, 150ug/ml)を5日おきに2回投与した。最後の投与から2日目に所属リンパ節のCD8+T細胞を単離し、XF96 Extracellular Flux analyzer (Seahorse Biosciences)にてミトコンドリアの酸素消費量を測定した。またそれを元にATP turnoverを計算した。結果を
図1に示す。
【0039】
PD-1阻害抗体治療に感受性であるMC38(Dr. Jim Allison)、非感受性であるLLC(American Type Culture Collection)をC57BL/6Nマウス(Charles River Laboratories Japan)に接種し、5日後にPD-L1抗体(1-111A, , 当研究室作製, 150ug/ml)を5日おきに2回投与した。最後の投与から2日目に所属リンパ節のCD8+T細胞を単離し、XF96 Extracellular Flux analyzer (Seahorse Biosciences)にてミトコンドリアの酸素消費量を測定した。またそれを元にATP turnoverを計算した。結果を
図2に示す。
【0040】
図1と2の結果より、感受性の高いがんを治療した時の方が、PD-L1抗体を投与した時の酸素消費量の上昇率が高いことが明らかとなった。このことは、治療前と治療直後の患者の末梢血のミトコンドリア酸素消費量の上昇率が、効果を予測するバイオマーカーになる可能性を示している。
〔実施例2〕
野生型C57BL/6Nマウス(Charles River Laboratories Japan)とPD
-/-マウス(Immunity 11, 141-151 (1999).; Science 291, 319-322 (2001).; Nat. Med. 9, 1477-1483 (2003).)から回収した血清をメタノール・クロロフオルム・水混合液を用いて抽出し、メトキシアミン誘導体を生成した。メチルポリシロキサン無極性カラムを用いてメタボライトを分離した後、TCA cycle関連代謝産物の濃度を質量分析法を用いて測定した。PD-1
-/-マウスでは、血清中のTCA cycle関連代謝産物は低下する傾向があった。結果を
図3に示す。
【0041】
C57BL/6NマウスにPD-L1抗体(1-111A, 当研究室作製, 200ug)もしくはcontrol IgG(Bio X Cell)を1日おきに3回投与し、血清中のTCA cycleに関連する代謝産物の濃度をGC-MSで測定した。結果を
図4に示す。PD-L1抗体を投与すると、血清中のTCA cycleに関連する代謝産物は低下する傾向があった。これはCD8
+T細胞(キラーT細胞)のミトコンドリアが活性化し、血中メタボライトが消費されたからだと考えられる。
【0042】
以上のことから考えると、担がん状態においてPD-1阻害抗体の投与時に、がんが拒絶される程CD8+ T細胞が活性化すると、ミトコンドリアが活性化し血中メタボライトを消費し、その値が低下すると考えられる。一方で、免疫抑制が強くPD-1阻害抗体投与時に拒絶できないようながんの場合は、CD8+T細胞が活性化できず、血中メタボライトの低下は見られない。よって血中メタボライトは、ミトコンドリア活性化すなわちキラーT細胞活性化の指標となり、おそらくPD-1阻害効果を予測するためのバイオマーカーになり得ると考えられる。
〔実施例3〕
ミトコンドリア活性化は、細胞の活性化と相関している。細胞の活性化にはmTORシグナルが重要な役割を果たす。mTOR経路はミトコンドリアも活性化し、同時にTh1型免疫に重要であるT-betも活性化することが知られている。そこで、次に実施例1で得られたCD8+T細胞を用いて、治療前後のT-bet活性を比較した。
【0043】
実施例1で用いた所属リンパ節細胞を抗CD8抗体(BioLegend)と抗T-bet抗体(BioLegend), 抗EOMES抗体(eBioscience)で染色し、CD8
+T細胞にゲートをかけたのちにT-betとEOMESの発現をPD-L1抗体投与前後で比較した。結果を
図5に示す。
【0044】
感受性の高いがんの治療においてT-betの発現が抗体投与後に上昇することがわかった。一方でT-betとは別の役割をするEOMESは、感受性、非感受性に関わらず、上昇した。これらの結果は、感受性のがんに対してCD8+T細胞がおそらくmTORを介して活性化することを示しており、ミトコンドリアの酸素消費量の上昇を説明するものである。また、T-betの発現上昇もバイオマーカーの一つにあり得ることを示している。
【0045】
〔実施例4〕
ミトコンドリア活性を測定することによってPD-1阻害抗体による抗腫瘍効果を予測することが可能であることを先の実施例で示した。ミトコンドリア活性は、がん抗原刺激によるT細胞の活性化によって引き起こされる。T細胞活性化と細胞増殖に伴い、エネルギーが必要になるためミトコンドリアを介したTCA cycleが回転し始める。先の実施例では、血漿中におけるTCA cycle関連メタボライトの濃度が低くなることを示した。このとき同時に血中アミノ酸レベルを測定したところ、TCA cycle関連メタボライト同様、低下することが明らかとなった(
図6)。これは増殖に伴い、細胞の骨格を作るためのTCA cycle関連代謝産物だけでなく、代謝産物であるアミノ酸も消費されるためである。すなわち、TCA cycle関連代謝産物をはじめ、代謝産物アミノ酸はT細胞の活性化と増殖に必要であり、それらが血中のメタボライトを消費していると考えられた。実際、PD-1
-/-マウスや、抗原刺激したマウスではT細胞が活性化し、多くのアミノ酸がT細胞に取り込まれていた(
図7)。さらにT細胞の活性化に必須であるアミノ酸Trp (トリプトファン)は、T細胞の活性化により主にキヌレニンに代謝され、消費されていくことも明らかとなった(
図8)。PD-1阻害時におけるT細胞活性化の指標、すなわちPD-1阻害抗体治療の有効性を判断できる指標として血中のTCA cycle関連代謝産物に追加し、アミノ酸の低下とT細胞へのアミノ酸の取り込みを追加することができる。
【0046】
足裏免疫とリンパ節の単離
8-9週齢の雄C57BL/6Nマウスの左足蹠皮下へフロイント完全アジュバント(CFA)と卵白アルブミン(OVA)の混合物(1mg/ml OVA, 30μl/mouse)を投与した。
マウスは投与1週間後に二酸化炭素中で安楽死され、膝窩リンパ節、上腕リンパ節、腋窩リンパ節、鼠径リンパ節を単離した。
【0047】
フローサイトメトリー
単離された膝窩リンパ節はスライドガラスで破砕したのち細胞数を計測した。
膝窩リンパ節細胞は抗CD3Σ抗体、抗TCRβ抗体、抗CD4抗体、抗CD8抗体、抗CD44抗体、抗CD62L抗体で氷上10分染色した後、FACS-Ariaセルソーターで細胞集団を解析した。
【0048】
メタボローム解析
単離された同側膝窩リンパ節、対側膝窩リンパ節は6匹分を1サンプルとしてチューブに集め液体窒素中で急速凍結された。上腕リンパ節、腋窩リンパ節、鼠径リンパ節は6匹分を1サンプルとして1チューブに集め液体窒素中で急速凍結された。凍結リンパ節は内部標準物質であるメチオニンスルホン、トリメシン酸と共に氷冷メタノール500μl中で破砕された。等量のクロロホルムおよび400μlの超純水中を添加後、4℃、15000gで15分遠心され水層を回収した。回収した上清は限外濾過後に真空濃縮器にて濃縮し、50μlの超純水に溶解してLC-MS/MSで解析された。
【0049】
イメージング質量分析法
リンパ節は単離後SCEM中に包埋し液体窒素中で急速凍結した後、クリオスタット(MC050, Leica Microsystems)で切片を作成した。
MALDI-MSイメージングはNd:YAGレーザー搭載の7T FT-ICR-MS (Solarix Bruker Daltonik)により解析された。レーザー出力はトリプトファンのインソース分解を小さくするよう最適化され、データはピッチ距離80μmのレーザースキャンニングのポジティブモードで取得された。データからのイメージの構築にはFleximaging 4.0 software (Bruker Daltonics)を使用した。
【0050】
〔実施例5〕
結果と考察
PD-1阻害抗体が抗腫瘍効果を発揮する際、キラーT細胞が活性化し、エネルギー代謝が促進することがマウスモデルより明らかとなった。これらのことがヒトでも同様に起こっているか確認するため、ヒトPD-1阻害抗体(ニボルマブ)を投与した非小細胞肺がんの患者の末梢血を採取し、血漿中のメタボライト調べた。ニボルマブ投与1、2、3回目直前のタイミングで採血しマウス同様質量分析法にて検出した。
それぞれの患者において上記3点のタイミングで測定した145種類(確認中)のメタボライトの結果を表1に示した。これら全ての値をresponderとnon-responderにわけ、その結果をもとに機械学習による治療効果予測(ROC曲線解析)を行ったところ、AUC=0.777を得た(
図9)。つぎにそれぞれのメタボライトの項目についてresponderとnon-responder群をマンホィットニーU検定で解析し、有意差のついたメタボライト項目を表2に示した。治療予測バイオマーカーとしては早期のマーカーの方が有用性は高い。そこで表2から治療前(投与1回目直前)に有意差がついた4個のメタボライトについて機械学習によるROC曲線解析を行ったところ、AUC=0.872を得た(
図10)。また治療前と1回目治療後(1回目と2回目投与直前)において有意差がついた8個のメタボライトデータをもとにROC曲線解析を行ったところAUC=0.813という高い予想効果を得た(
図11)。治療直前と1回目治療後のデータを合わせるとAUC=0.942という高い効果予測率を得ることができた(
図12)。
PD-1阻害抗体治療が奏功するためには、PD-1阻害によってT細胞が活性化することが必要である。そのT細胞活性化の指標としてミトコンドリアの活性化と、それによるエネルギー代謝の亢進が挙げられる。それらの指標としてマウスモデルでは、T細胞が代謝産物を消費することによって血中のアミノ酸を含むエネルギー代謝関連メタボライトの低下が見られた。今回ヒトにおいてもPD-1阻害抗体投与時にいくつかの血中のエネルギー代謝関連メタボライト (例: Aminoadipic acid, 2-oxobutyric acid, nicotinamide, lactic acid, pyruvic acid, 2-hydroxybutyric acid, 2-oxoglutaric acid, pyroglutamic acid)がPD-1抗体治療に奏功を示すresponderで低下する傾向が見られた(表2)。これらのことはヒトにおいてもPD-1阻害抗体治療時にエネルギー代謝・アミノ酸代謝が亢進することが重要であることを示している。2回目投与後(3回目投与直前)においても表2に示す9個のメタボライトをもとにROC解析を行うとAUC=0.843という高い値を得ることができた(
図13)。2回目投与後は治療開始から4週間となるが、効果予想マーカーもしくは有効性確認のマーカーとして有効である。
ヒトはマウスと異なり全ての患者で免疫系に影響を与える遺伝子背景や生活環境が異なる。一方、遺伝子背景、生育環境が全て同じマウスではT細胞に影響を与えるそれら、またそれを反映する代謝産物の差異を同定することができない。つまりマウスを用いた実験では、PD-1阻害抗体投与前にT細胞の活性化能力に影響を与える遺伝子背景、生育環境由来の原因を見つけることは困難である。しかしヒトの場合、遺伝子背景、生活環境が患者ごとに異なるためT細胞の活性化・ポテンシャルに影響を与える因子(原因)を同定することができ、その点がヒト検体の解析の大きなメリットである。
遺伝子背景、生活環境によって大いに影響を受ける因子として腸内細菌叢が挙げられる。腸内細菌叢はヒトの免疫力、T細胞の活性化能を制御する重要な原因因子であることがすでにわかっており
1、T細胞を介した抗腫瘍免疫の治療効果を制御することも報告もされている
2,
3,
4。さらに腸内細菌の代謝と血中に検出される代謝産物の関連が報告されており
5,
6、がん患者の腸内細菌関連血中メタボライトを調べることで、抗腫瘍免疫を担うT細胞の活性化能とPD-1抗体治療反応性を予測できる可能性がある。今回のがん患者由来血漿のメタボライト解析では、エネルギー代謝関連のメタボライト以外にも腸内細菌叢に関連するメタボライトがPD-1抗体治療に対して「responder」で上昇していることが確認された(例:Hippurate, Indoxyl sulfate, Uric acid, 4-Cresol)。これらのことは、遺伝子背景、生活環境によって影響された腸内細菌叢がT細胞の活性化能を制御し、PD-1阻害によるキラーT細胞の活性化を制御し得ることを示唆している。重要なことは、エネルギー代謝関連メタボライトは、PD-1阻害によりT細胞が活性化した「結果」を示しているが、腸内細菌関連代謝産物はT細胞の活性化能を決める「原因」を反映していることである。実際、「原因」を反映する腸内細菌関連メタボライトは治療前においてnon-responderよりresponderで高くなっており、「結果」を反映するエネルギー代謝関連メタボライトは治療後の方で差が大きい。すなわち治療前のメタボライトはT細胞活性化能を制御する(原因になる)腸内細菌叢のバランスに影響され、治療後のメタボライトはT細胞活性化によるエネルギー代謝によってより影響されるようである(
図14)。このことは、治療前におけるメタボライトによっても高い予想効果が得られるが(
図10)、治療直後(1回目投与後)と合わせるともっと予想効果が上がることと一致する(
図12)。
実験方法
末梢血検体
進行性非小細胞肺がん患者を対象とした検体採集は京都大学病院呼吸器内科の協力を得た。ニボルマブは2週間ごとに投与し、1、2、3回目投与直前の末梢血をEDTA採血管に7 ml採取した。血液は採血後すぐに4度に保存され、4時間以内に血漿と白血球に単離した。血漿は単離直後に-80度にて保存された。合計22患者の検体を解析した。治療を開始して、3ヶ月以内にRECIST分類でPD(progressive disease)と判定された患者は非感受性患者(non-responder)とし、3ヶ月以内にPDと判定されなかった患者は感受性患者(responder)とした
7。
データセット
独立変数には3ヵ月時点でのPDを用いた。すなわち3ヵ月でPDとならなかった患者を1、3ヵ月以内にPDとなった患者を0とした。22患者中、responderは12人、non-responderは10人であった。
説明変数にはメタボローム解析の各項目を用いた。このとき3回の採血タイミングでの同じ計測項目はそれぞれ別項目として扱った。項目はすべてで435あった。
評価手法
データセットをランダムに4:1に分割し、4を訓練データ、1をテストデータとする。学習は訓練データのみで行い、構築したモデルでテストデータを予測してROC曲線をプロットし、area under the curve (AUC)を算出する。訓練データ、テストデータ分割による偏りを防ぐため、同じ試行をランダムなデータ分割のみ変更して50回繰り返し、全試行の平均AUCを予測精度として評価を行った。
解析手法
予測には機械学習であるサポートベクターマシンを用いた。サポートベクターマシンはカーネル変換を用いて、入力サンプルを各独立変数に最大限に分離する高次元超平面を学習する識別手法である。他にロジスティック回帰、確率的勾配降下法、判別分析、決定木、k最近傍法、単純ベイズ分類器、アダプティブ・ブースティング、勾配ブースティング、ランダムフォレスト法による分類を行い、サポートベクターマシンが同等以上に高い精度を出すことを確認している。
サポートベクトルマシンはカーネル変換を行う際にカーネル関数の定義を必要とする。ここでカーネル関数にはガウシアン・カーネルを用いた。ガウシアン・カーネルを用いたサポートベクターマシンは、誤分類を最小化する関数を定めるコストパラメータ―C、および分離境界(高次元超平面)の分布を定める係数γの二つのハイパーパラメータ―が存在する。これらのハイパーパラメータ―に対して、Cを1から100,000まで、γを0.00001から0.1までそれぞれ対数スケールに従って変化させ、各ハイパーパラメータ―の組み合わせで学習と評価を行い、最も高い予測精度となる平均AUCを算出した。
文献
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2. Sivan A, Corrales L, Hubert N, Williams JB, Aquino-Michaels K, Earley ZM, et al. Commensal Bifidobacterium promotes antitumor immunity and facilitates anti-PD-L1 efficacy. Science 2015, 350(6264): 1084-1089.
3. Vetizou M, Pitt JM, Daillere R, Lepage P, Waldschmitt N, Flament C, et al. Anticancer immunotherapy by CTLA-4 blockade relies on the gut microbiota. Science 2015, 350(6264): 1079-1084.
4. Leslie M. Gut Microbes May Up PD-1 Inhibitor Response. Cancer Discov 2017, 7(5): 448-448.
5. Williams HR, Cox IJ, Walker DG, Cobbold JF, Taylor-Robinson SD, Marshall SE, et al. Differences in gut microbial metabolism are responsible for reduced hippurate synthesis in Crohn's disease. BMC gastroenterology 2010, 10: 108.
6. Li M, Wang B, Zhang M, Rantalainen M, Wang S, Zhou H, et al. Symbiotic gut microbes modulate human metabolic phenotypes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2008, 105(6): 2117-2122.
7. Borghaei H, Paz-Ares L, Horn L, Spigel DR, Steins M, Ready NE, et al. Nivolumab versus Docetaxel in Advanced Nonsquamous Non-Small-Cell Lung Cancer. The New England journal of medicine 2015, 373(17): 1627-1639.
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のバイオマーカーを用いることにより、PD-1シグナル阻害剤による疾患治療の前や早い段階で治療の有効性を判定することができるので、治療の効率を上げ、治療費を削減することができる。