(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-27
(45)【発行日】2023-11-07
(54)【発明の名称】樹脂組成物、樹脂成形体、および樹脂成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 59/00 20060101AFI20231030BHJP
C08J 7/00 20060101ALI20231030BHJP
C08K 5/13 20060101ALI20231030BHJP
【FI】
C08L59/00
C08J7/00 CEZ
C08J7/00 305
C08K5/13
(21)【出願番号】P 2019232520
(22)【出願日】2019-12-24
【審査請求日】2022-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】506158197
【氏名又は名称】公立大学法人 滋賀県立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】519459643
【氏名又は名称】株式会社コーガアイソトープ
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】徳満 勝久
(72)【発明者】
【氏名】松本 敦
【審査官】前田 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-114921(JP,A)
【文献】特開2004-204195(JP,A)
【文献】米国特許第06949254(US,B2)
【文献】特表2019-536829(JP,A)
【文献】特開2010-195872(JP,A)
【文献】特開2017-165690(JP,A)
【文献】特開平11-239611(JP,A)
【文献】特開平06-299011(JP,A)
【文献】特開平04-173868(JP,A)
【文献】特表平05-502172(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L
C08J
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオキシメチレン
を主成分とする樹脂と、
前記樹脂に含有されるビタミン類と、
を含み、
前記ビタミン類は
、ビタミンE類
を主成分とし、
前記ビタミン類の含有量は、前記樹脂の重量に対して15重量%以下である、樹脂組成物。
【請求項2】
前記ビタミン類の含有量は、前記樹脂の重量に対して0.1~10重量%である、請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1
または2に記載の樹脂組成物を用いて構成される、樹脂成形体。
【請求項4】
請求項1
または2に記載の樹脂組成物を成形して樹脂成形体を作製し、当該成形体に25kGy以上の照射線量で放射線を照射して滅菌処理する、樹脂成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂組成物、樹脂成形体、および樹脂成形体の製造方法に関し、より詳しくは、放射線の照射による滅菌処理がなされる樹脂成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂組成物を成形してなる樹脂製品(樹脂成形体)は、様々な用途に使用されており、ダイアライザー、シリンジ、人工関節等の医療機器、種々の検査機器など、医療用途でも広く使用されている。一般的に、医療用途などの衛生面の要求が厳しい用途に適用される樹脂成形体には、付着する微生物を死滅させる、または除去するための滅菌処理が施される。
【0003】
樹脂成形体の滅菌法としては、高温高圧の蒸気を用いた蒸気滅菌、エチレンオキサイド(EOG)等のガスを用いたガス滅菌、ガンマ線等の放射線を用いた放射線滅菌などが知られている。中でも、放射線滅菌は、製品の包装形態を選ばず、冷凍品、冷蔵品の処理も可能であり、乾燥、ガス抜き等の後処理が不要であるといったメリットがある。また、放射線滅菌は、大量の製品を均一に処理でき、かつ環境負荷が小さい優れた滅菌法である。
【0004】
例えば、特許文献1には、放射線滅菌に対応した医療用のプロピレン系樹脂組成物が開示されている。特許文献1に開示された樹脂組成物は、51~99重量部のメタロセン系プロピレン-エチレン共重合体、および1~49重量部のエラストマーをからなるプロピレン系樹脂を含み、当該樹脂に特定のアミン系酸化防止剤が0.01~1重量部添加され、かつ芳香族置換基を有する造核剤を実質的に配合しないことを特徴とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、放射線滅菌は他の滅菌法と比べて多くのメリットを有するが、樹脂成形体は、放射線の照射により劣化し易く、力学特性、耐熱性等の物性が低下するという課題がある。樹脂成形体に対する放射線の照射は、電離や励起を引き起こし、分子中にラジカルを生成させる。このラジカルが酸素と反応して過酸化ラジカルが生成され、酸化反応が進行する、或いは様々な間接作用を引き起こすことで、樹脂を劣化させる。
【0007】
そこで、ラジカルの発生要因となる、イオン、電子などを捕捉する物質、直接ラジカルを捕捉する物質、酸化反応を抑える物質(例えば、特許文献1に開示されたアミン系酸化防止剤)等を樹脂に添加することにより、耐放射線性を改善する方法が提案されている。しかし、従来の方法では、特にポリオキシメチレン、ポリ乳酸など、放射線の照射により劣化し易い樹脂について、耐放射線性を十分に改善することができない。
【0008】
なお、ポリオキシメチレンは、安価で汎用性がある高機能プラスチックであり、多くの用途に使用されているが、放射線照射により物性が大きく低下する。また、ポリ乳酸は、農産物を含む植物を原料として生産可能な生分解性プラスチックの一種であり、生体適合性が優れ、医療用途に好適であるが、ポリオキシメチレンと同様に、放射線の照射により劣化し易い。したがって、これらの樹脂製品に放射線滅菌を施すことは困難である。
【0009】
本発明の目的は、ポリオキシメチレンまたはポリ乳酸を主成分とする樹脂組成物において、放射線の照射による劣化を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る樹脂組成物は、ポリオキシメチレンおよびポリ乳酸から選択される少なくとも1種の樹脂と、樹脂に含有されるビタミン類とを含み、ビタミン類は、ビタミンA類、ビタミンD類、ビタミンE類、およびビタミンK類から選択される少なくとも1種であり、ビタミン類の含有量は、樹脂の重量に対して15重量%以下であることを特徴とする。
【0011】
本発明に係る樹脂組成物において、ビタミン類の含有量は、樹脂の重量に対して0.1~10重量%であることが好ましい。特に、樹脂の主成分がポリオキシメチレン、ビタミン類の主成分がビタミンE類である場合に、本発明の効果が顕著である。
【0012】
本発明に係る樹脂成形体は、上記樹脂組成物を用いて構成される。また、本発明に係る樹脂成形体は、上記樹脂組成物を成形して樹脂成形体を作製し、当該成形体に25kGy以上の照射線量で放射線を照射して滅菌処理することにより製造される。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る樹脂組成物は、放射線の照射により劣化し難く、優れた耐放射線性を有する。本発明に係る樹脂組成物を用いた成形体は、放射線照射後においても柔軟で靭性が高く、また熱安定性に優れ、特に医療用途に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体(力学特性評価用の試験片)を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体の力学特性を示す図であって、一軸引張試験の結果を示す。
【
図3】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体の力学特性を示す図であって、一軸引張試験の結果を示す。
【
図4】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体の力学特性を示す図であって、定速三点曲げ試験の結果を示す。
【
図5】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体の力学特性を示す図であって、定速三点曲げ試験の結果を示す。
【
図6】本発明の実施形態の一例である樹脂成形体の耐熱性を示す図であって、熱重量分析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る樹脂組成物、樹脂成形体、および樹脂成形体の製造方法の実施形態について詳細に説明する。以下で説明する実施形態はあくまでも一例であって、本発明は当該実施形態に限定されない。
【0016】
実施形態の一例である樹脂組成物は、ポリオキシメチレンおよびポリ乳酸から選択される少なくとも1種の樹脂(以下、これらの少なくとも1種を含む樹脂を「樹脂P」とする)と、樹脂Pに含有されるビタミン類とを含む。詳しくは後述するが、ビタミン類は、ビタミンA類、ビタミンD類、ビタミンE類、およびビタミンK類から選択される少なくとも1種であり、ビタミン類の含有量は、樹脂Pの重量に対して15重量%以下である。樹脂Pに所定量のビタミン類を添加することにより、ビタミン類を添加しない樹脂Pと比べて耐放射線性が大幅に向上する。
【0017】
樹脂Pは、ポリオキシメチレンまたはポリ乳酸を主成分とする。ここで、主成分とは、樹脂Pを構成する成分のうち、最も重量割合の多い成分を意味する(ビタミン類等についても同様)。樹脂Pは、ポリオキシメチレンおよびポリ乳酸の混合物であってもよく、いずれか1種からなる樹脂であってもよい。また、本発明の目的を損なわない範囲で、樹脂Pは他の樹脂を含んでいてもよい。樹脂Pは、ポリオキシメチレンまたはポリ乳酸を少なくとも50重量%含む。
【0018】
[ポリオキシメチレン]
ポリオキシメチレン(以下、「POM」という場合がある)は、オキシメチレン(-CH2O-)を単位構造とする熱可塑性樹脂であって、ポリアセタールまたはアセタール樹脂とも呼ばれる。POMは、機械的性質、耐薬品性、摺動性等に優れ、加工も容易であることから、代表的なエンジニアリングプラスチックとして、自動車部品、AV機器、OA機器、家電製品など、多くの用途に使用されている。一方、POMは、上記のように、耐放射線性が低く、放射線の照射により物性が大きく低下する。
【0019】
POMは、実質的にポリオキシメチレンの分子鎖のみで構成されるホモポリマー([-CH2O-]n)、およびポリオキシメチレンの分子鎖にオキシエチレン単位(-CH2CH2O-)等が導入されたコポリマー([-CH2O-]n[-CH2CH2O-]m)のいずれであってもよい。
【0020】
POMのホモポリマーは、例えば、両末端を除く分子鎖の99.5モル%以上がオキシメチレン単位で構成されるポリマーである。好適なPOMのホモポリマーの一例は、両末端を除く分子鎖の99.8モル%以上がポリオキシメチレン単位からなり、両末端にエーテル基、エステル基等を有するポリマーである。ホモポリマーは、例えば、メルトフローレイト(MFR)が0.5~10g/10minであり、密度が1.39~1.43g/cm3である。
【0021】
POMのホモポリマーは、従来公知のスラリー重合法、アニオン重合法等により、連鎖移動剤、重合触媒等を用いてモノマーを重合することで製造できる。なお、この重合工程で得られる粗ポリオキシメチレンの末端を、エーテル化剤、エステル化剤等を用いて安定化させてもよい。ホモポリマーの製造に使用されるモノマーとしては、ホルムアルデヒド、またはトリオキサン、テトラオキサン等のホルムアルデヒドの環状オリゴマーなどが例示される。
【0022】
POMのコポリマーは、上記の通り、オキシメチレン基を主たる構成単位とし、オキシメチレン単位以外にコモノマー単位を有する。コポリマーは、ホモポリマーと同様に、分子鎖の両末端にエーテル基、エステル基等を有していてもよい。また、コポリマーのMFRの一例は0.5~10g/10minであり、密度の一例は1.39~1.43g/cm3である。
【0023】
POMのコポリマーは、ホルムアルデヒド、またはホルムアルデヒドの環状オリゴマーを主モノマーとし、環状エーテル、環状ホルマール等から選択される化合物をコモノマーとして共重合させることにより製造される。好適な主モノマーは、ホルムアルデヒドの三量体であるトリオキサンである。主モノマーとコモノマーの重量比は、例えば、99.9:0.1~80:20であり、好ましくは99.5:0.5~90:10である。
【0024】
コモノマーの一例は、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、ブチレンオキシド、シクロヘキセンオキシド、オキセタン、テトラヒドロフラン、トリオキセパン、1,3-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、プロピレングリコールホルマール、ジエチレングリコールホルマール、トリエチレングリコールホルマール、1,4-ブタンジオールホルマール、1,6-ヘキサンジオールホルマールである。また、メチルグリシジルエーテル、エチルグリシジルエーテル等の分岐構造または架橋構造を形成可能なモノマーが使用されてもよい。中でも、エチレンオキシド、1,3-ジオキソラン、1,4-ブタンジオールホルマール、およびジエチレングリコールホルマールが好ましい。
【0025】
[ポリ乳酸]
ポリ乳酸(PLA)は、乳酸がエステル結合で連結された熱可塑性樹脂であって、トウモロコシ、芋、サトウキビ等の農産物を含む植物を原料として生産可能な生分解性プラスチックの一種である。一方、ポリ乳酸は、POMと同様に、耐放射線性が低く、放射線の照射により物性が大きく低下する。ポリ乳酸としては、例えばL-乳酸のホモポリマー、D-乳酸のホモポリマー、L-乳酸・D-乳酸の少なくとも一方の重合体を含むブロックコポリマー、およびL-乳酸・D-乳酸の少なくとも一方の重合体を含むグラフトコポリマーから選択される少なくとも1種が用いられる。
【0026】
ポリ乳酸のコポリマーは、例えば、多価カルボン酸、多価アルコール、多糖類、アミノカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、環状エステル等に由来する構成単位を含む。ポリ乳酸は、ラクチドを経由するラクチド法、溶媒中で乳酸を減圧下加熱し、水を取り除きながら重合させる直接重合法など、従来公知の方法により製造できる。
【0027】
[ビタミン類]
ビタミン類は、上記の通り、ビタミンA類、ビタミンD類、ビタミンE類、およびビタミンK類から選択される少なくとも1種である。実施形態の一例である樹脂組成物は、樹脂P中にビタミン類が略均一に分散した構造を有することが好ましい。樹脂Pは、放射線の照射により容易に劣化する耐放射線性の低い樹脂であるが、詳しくは後述の実施例に示すように、所定量のビタミン類を含有することで耐放射線性が大きく向上する。そして、ビタミン類を含む樹脂組成物を用いて構成される成形体は、医療用途で要求されるレベルの放射線滅菌を施すことが可能である。また、ビタミン類は、生体適合性が良好であるため、本実施形態の樹脂組成物は医療用途に好適である。
【0028】
ビタミンA類の例としては、レチノール、レチノイン酸、レチナール、レチノール酢酸エステル、レチノールパルミチン酸エステル等が挙げられる。また、ビタミンD類の例としては、ビタミンD2(エルゴカルシフェロール)、ビタミンD3(コレカルシフェロール)等が挙げられる。ビタミンE類については詳しくは後述するが、一例としてはトコフェロール等が挙げられる。ビタミンK類は、2-メチル-1,4-ナフトキノンの3位に炭化水素鎖が結合した構造を有する。ビタミンK類の例としては、当該炭化水素鎖の構造が互いに異なる5種類のビタミンK1~K5が例示できる。
【0029】
上記ビタミン類はいずれも生体適合性が良好であり、樹脂Pの耐放射線性の改善効果を有するが、樹脂Pとの混和性、コスト面等を考慮すると、ビタミンD類、ビタミンE類、またはビタミンK類が好ましく、中でもビタミンE類が好ましい。特に、樹脂Pの主成分がPOMであり、ビタミン類の主成分がビタミンE類である樹脂組成物が好適である。ビタミンE類は、POMの耐放射線性を大きく向上させる。
【0030】
ビタミンEは、一般的に、4種のトコフェロールおよび4種のトコトリエノールの計8種類の化合物の総称であって、強い抗酸化作用を有する。ビタミンE類は、例えばトコフェロール、トコトリエノール、およびこれらの誘導体である。トコフェロールおよびトコトリエノールの構造は、下式の通りである。式中、Rは、CH
3又はHである。トコフェロールおよびトコトリエノールは、クロマンと呼ばれる環状構造と炭化水素鎖を有する。トコトリエノールは、トコフェロールの炭化水素鎖の一部が二重結合となった化合物である。
[トコフェロール]
【化1】
[トコトリエノール]
【化2】
【0031】
トコフェロールおよびトコトリエノールは、クロマンにおけるメチル基の数および位置によって、異なる型の化合物(α、β、γ、δ)に分類される。樹脂Pに添加されるビタミンE類は、具体的に、D-α-トコフェロール、D-β-トコフェロール、D-γ-トコフェロール、D-δ-トコフェロール、D-α-トコトリエノール、D-β-トコトリエノール、D-γ-トコトリエノール、D-δ-トコトリエノール、およびこれらの誘導体から選択される少なくとも1種である。
【0032】
トコフェロールおよびトコトリエノールの誘導体の例としては、コハク酸トコフェロール、コハク酸トコフェロール、酢酸トコフェロール、酢酸トコフェロール等のトコフェロールおよびトコトリエノールのエステル、それらの塩(例えば、コハク酸トコフェロールカルシウム等のカルシウム塩)が挙げられる。
【0033】
ビタミン類の含有量は、上記の通り、樹脂Pの重量に対して15重量%以下である。ビタミン類の含有量が15重量%を超えると、特に樹脂組成物の機械的強度が低下する。また、15重量%を超える量のビタミン類を添加しても、耐放射線性が改善効果は小さい。ビタミン類、特にビタミンE類は、樹脂Pに極少量添加するだけで、耐放射線性を向上させることが可能であるが、好ましくは樹脂Pの重量に対して0.1重量%以上のビタミン類を添加する。ビタミン類の含有量は、樹脂Pの重量に対して0.1~10重量%が好ましい。ビタミン類の含有量が当該範囲内であれば、樹脂組成物の機械的強度と耐放射線性の両立が容易になる。
【0034】
実施形態の一例である樹脂組成物は、樹脂Pの主成分がPOM、ビタミン類の主成分がビタミンE類であり、ビタミン類の含有量が樹脂Pの重量に対して上記範囲内である。例えば、樹脂Pは、50重量%(/樹脂P)未満の量でPOM以外の成分を含んでいてもよく、ビタミン類は、50重量%(/ビタミン類)未満の量でビタミンE類以外の成分を含んでいてもよい。或いは、樹脂Pは実質的にPOMのみで構成され、ビタミン類は実質的にビタミンE類のみで構成されてもよい。
【0035】
実施形態の一例である樹脂組成物は、樹脂Pとビタミン類を溶融ブレンドして製造される。樹脂Pは熱可塑性樹脂であるから、樹脂Pが溶融または軟化する温度でビタミン類が混合される。ビタミン類は、樹脂P中に略均一に混合されることが好ましい。樹脂Pとビタミン類の溶融ブレンドには、樹脂Pを融点または軟化点まで加熱でき、かつビタミン類を均一に混合できる装置、例えば従来公知の混錬機、押出機等が使用される。
【0036】
実施形態の一例である樹脂成形体は、上述の樹脂組成物を用いて構成される。上述の樹脂組成物は、例えば射出成形、ブロー成形、押出成形、インフレーション成形、真空成形、圧空成形など、従来公知の成形法により、任意の形状に成形できる。実施形態の一例である樹脂成形体は、放射線の照射により滅菌処理することが可能で、生体適合性も良好で有るため、医療用途に好適である。樹脂成形体の一例は、ダイアライザー、シリンジ、人工関節等の医療機器である。
【0037】
実施形態の一例である樹脂成形体の製造工程には、例えば、上述の樹脂組成物を成形して樹脂成形体を作製する工程と、当該成形体に25kGy以上の照射線量で放射線を照射して滅菌処理する工程(放射線滅菌)とが含まれる。上記の通り、樹脂成形体は、従来公知の成形法により任意の形状に成形できる。放射線滅菌は、例えば、金属製容器に充填された複数の樹脂成形体が、コンベアで放射線の照射室に搬送され、所定時間をかけて照射室内を移動することにより行われる。
【0038】
放射線には、一般的にガンマ線(線源:コバルト60)が使用される。特に、医療用途に使用される樹脂成形体の場合、放射線の照射線量は25kGy以上であることが好ましく、例えば25~50kGyに設定される。実際に樹脂成形体に照射された線量は、例えば、樹脂成形体と一緒に照射室に搬入され放射線が照射された線量計を用いて測定できる。放射線滅菌は、上記のように、製品の包装形態を選ばず、冷凍品、冷蔵品の処理も可能で、乾燥、ガス抜き等の後処理が不要であると共に、大量の製品を均一に処理でき、かつ環境負荷が小さい優れた滅菌法である。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに詳説するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
[樹脂組成物]
100重量部のポリオキシメチレン(ポリプラスチックス(株)製、DURACON(登録商標)M90-44)に対して、1重量部のビタミンE(LKT laboratories,Inc製)を添加して溶融ブレンドし、実施例の樹脂組成物を調製した。溶融ブレンドは、コンパウンディングテスター((株)テクノベル製)を用いて、温度:210℃、回転数:60rpm、L/D:15の条件で行った。
【0041】
[樹脂成形体(試験片)]
実施例の樹脂組成物を原料とし、射出成形機(日精樹脂工業(株)製、NS10-1A)を用いて、
図1に示す形状および寸法の樹脂成形体(試験片)を作製した。射出成形は、温度:210℃、射出時間:10秒、冷却時間:15秒の条件で行った。この試験片を複数個準備し、ガンマ線を照射しない第1の試験片、25kGyの照射線量でガンマ線を照射する第2の試験片、および50kGyの照射線量でガンマ線を照射する第3の試験片をそれぞれ作製した。
【0042】
[比較例1]
ビタミンEをポリオキシメチレンに添加しなかったこと以外は、実施例と同様の方法で3種類の試験片を作製した。
【0043】
[比較例2]
ビタミンEの代わりに、ビンダードアミン系光安定化剤((株)ADEKA製、アデカスタブLA-52)をポリオキシメチレンに添加したこと以外は、実施例と同様の方法で3種類の試験片を作製した。
【0044】
[一軸引張試験]
実施例および比較例1,2の各試験片について、小型卓上試験機EZ-LX((株)島津製作所製)を用いて一軸引張試験を行った。引張試験は、試験片の長手方向両端部を試験機のチャック(チャック間距離:25mm)に固定し、引張速度:10mm/分、ロードセル:500Nの条件で行った。
【0045】
図2および
図3に一軸引張試験の結果を示す。
図2は応力-ひずみ曲線を示し、
図3は
図2の応力-ひずみ曲線から算出される、(a)引張弾性率および(b)破断伸びと、ガンマ線の照射線量との関係を示す。
図2(a)は比較例1、(b)は比較例2、(c)は実施例の各試験片の結果をそれぞれ示す。試験片に加わる応力は、引張荷重をF、当該荷重に垂直な試験片の断面積をAとすると、F/Aとなる。ひずみは、試験片の初期の長さをL
0、初期状態からの伸びをλとすると、λ/L
0となる。引張弾性率は、降伏点に至るまでの応力とひずみの比例定数であり、値が大きいほど変形し難いことを示す。破断伸びは、試験片が破断したときの長さを初期の長さL
0で除して求められ、値が大きいほど柔軟性が高いことを示す。
【0046】
図2および
図3に示すように、ビタミンEが添加されない比較例1,2の試験片は、ガンマ線照射により破断伸びが大きく低下する。ビタミンEが添加された実施例の試験片においても、ガンマ線の照射により破断伸びはある程度低下するが、特に照射線量が25kGyである場合は破断伸びの低下が大幅に抑制されている。また、いずれの試験片もガンマ線の照射により引張弾性率は増加するが、実施例の試験片では、比較例1の試験片と比べて弾性率の増加が大幅に抑制されている。この結果から、ビタミンEの添加により、ガンマ線照射によるポリオキシメチレンの硬化劣化が大幅に抑制されていることが分かる。
【0047】
[定速三点曲げ試験]
実施例および比較例1,2の各試験片について、オートグラフ((株)島津製作所製)を用いて定速三点曲げ試験を行った。なお、各試験片は、長さ80mm×幅(b)10mm×厚さ(h)4mmの短冊状の成形体とした。曲げ試験は、曲げ速度:10mm/分、支点間距離(L):64mm、測定温度:室温(約25℃)、ロードセル:5kNの条件で行った。
【0048】
図4および
図5に定速三点曲げ試験の結果を示す。
図4は応力-ひずみ曲線を示し、
図5は
図4の応力-ひずみ曲線から算出される、(a)曲げ弾性率および(b)降伏応力と、ガンマ線の照射線量との関係を示す。
図4(a)は比較例1、(b)は比較例2、(c)は実施例の各試験片の結果をそれぞれ示す。試験片に加わる応力は、曲げ荷重をF、当該荷重に垂直な試験片の断面積をAとすると、3FL/2bh
2となる。ひずみは、たわみ量をs(mm)とすると、6hs/L
2となる。曲げ弾性率は、引張弾性率と同様に、降伏点(降伏応力)に至るまでの応力とひずみの比例定数である。
【0049】
図4および
図5に示すように、比較例1,2の試験片は、ガンマ線照射により曲げ弾性率が増加し、破断伸びが大きく低下している。これに対し、実施例の試験片では、照射線量25kGyにおいて曲げ弾性率の増加および破断伸びの低下は見られず、照射線量50kGyにおいても比較例1,2の試験片と比べて弾性率の増加および破断伸びの低下が抑制されている。この結果から、曲げの力学特定においても、ビタミンEの添加により、ガンマ線照射によるポリオキシメチレンの硬化劣化が大幅に抑制されていることが分かる。
【0050】
[熱重量分析]
ビタミンEを添加した実施例の樹脂組成物、およびビタミンEを添加しないポリオキシメチレン(比較例1)について、Thermo Plus 2システム TG8120((株)リガク製)を用いて熱分解温度(5重量%分解温度および50重量%分解温度)の測定を行った。熱分解温度の測定は、温度範囲:100~450℃、昇温速度:10℃/分、雰囲気:N2、基準物質:アルミナ、サンプル重量:約5mgの条件で行った。
【0051】
図6は、(a)5重量%熱分解温度および(b)50重量%熱分解温度とガンマ線の照射線量との関係をそれぞれ示す。
図6に示すように、実施例および比較例1のいずれも、ガンマ線の照射により5重量%熱分解温度は低下するが、実施例の樹脂組成物によれば、その低下が抑制されている。また、実施例の樹脂組成物では、ガンマ線の照射により50重量%熱分解温度が上昇している。
【0052】
実施形態の一例である樹脂組成物は、実施例から明らかであるように、放射線の照射後においても柔軟で靭性が高く、また熱安定性に優れる。当該樹脂組成物の成形体は、医療用途で要求されるレベルの放射線滅菌を施すことが可能であり、特に医療用途に好適である。本発明は、安価で汎用性が高いエンジニアリングプラスチックであるポリオキシメチレンの医療用途への展開を可能とする画期的な発明である。
【0053】
なお、実施例では、ポリオキシメチレンおよびビタミンE類を用いたが、樹脂としてポリ乳酸を用いた場合、またビタミン類としてビタミンA類、ビタミンD類、またはビタミンK類を用いた場合についても、実施例と同様の効果が得られる。