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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-27
(45)【発行日】2023-11-07
(54)【発明の名称】計測方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20231030BHJP
   C12M 1/42 20060101ALN20231030BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALN20231030BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/42
C12N5/0793
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020530255
(86)(22)【出願日】2019-07-11
(86)【国際出願番号】 JP2019027477
(87)【国際公開番号】W WO2020013270
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2018132023
(32)【優先日】2018-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597124316
【氏名又は名称】学校法人東北工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515135778
【氏名又は名称】株式会社幹細胞&デバイス研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】弁理士法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 郁郎
(72)【発明者】
【氏名】小田原 あおい
(72)【発明者】
【氏名】饗庭 一博
(72)【発明者】
【氏名】遠井 紀江
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/054677(WO,A1)
【文献】特表2017-528127(JP,A)
【文献】特開2011-122953(JP,A)
【文献】RSC Advances,2017年08月11日,Vol. 7,pp. 39359-39371
【文献】BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNICATIONS,2018年02月16日,Vol.497,pp.612-618
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12M 1/00- 3/10
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS/MEDLINE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経ネットワークおよび/または軸索内における電気活動の伝播を計測する方法であって、前記方法が、細胞足場と神経細胞とを含む神経細胞デバイスを使用し、該神経細胞デバイスが、規則的に配置された複数の電極と接触させ、該神経細胞デバイスに含まれる神経細胞の細胞外電位を測定することにより、神経ネットワークおよび/または軸索内におけるにおける電気活動の伝播速度を指標としてシナプス機能を評価することを含む、方法
【請求項2】
前記細胞足場が高分子材料で形成されたファイバーシートである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ファイバーシートが、配向性構造、非配向性構造または配向性と非配向性との混合構造を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ファイバーシートが、ポリリジン、ポリオルニチン、ラミニン、フィブロネクチン 、マトリゲル(登録商標)およびゲルトレックス(登録商標)から選ばれる細胞外マトリックスタンパク質でコーティングされた、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記ファイバーシートが、ポリエチレンイミンでコーティングされた、請求項2または3に記載の方法。
【請求項6】
前記神経細胞が、細胞足場上および/または細胞足場内で3次元構造を形成した、請求 項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記神経細胞が、初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記初代培養細胞または前記多能性幹細胞由来の神経細胞が、哺乳類由来の神経細胞である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記神経細胞が、グルタミン酸作動性、ドーパミン作動性、γ-アミノ酪酸作動性、モノアミン作動性、ヒスタミン作動性またはコリン作動性の神経細胞を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記神経細胞デバイスが、前記デバイスの周囲を保持するフレームをさらに有する、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記フレームが、縦長×横長において、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmの大きさを有し、形状において円形または多角形である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記の規則的に配置された電極が、微小電極アレイである、請求項に記載の方法。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載の方法を用いる、神経活動の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞を培養することにより得られる神経ネットワークにおける電気活動の伝播および/または軸索内伝播を計測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳の複雑な機能においては、神経ネットワークによる情報処理が重要な役割を果たしている。神経細胞からは、長い突起である軸索と、複雑に分岐した短い樹状突起が伸びており、これらの神経突起は、別の神経細胞とつながり、神経回路である神経ネットワークを形成する。神経細胞(シナプス前細胞)が電気的に発火(活動電位の発生)すると、電気信号は軸索を伝わり、シナプスにおいて、シナプス前細胞から次の神経細胞(後シナプス細胞)の樹状突起に、神経伝達物質を介して信号が伝達される。神経伝達物質を介して伝達された信号は、後シナプス細胞において再び活動電位を発生させる。神経機能の解明や神経疾患の病因解明のためには、神経ネットワークによる情報処理、すなわち、神経ネットワークにおける電気活動の伝播の状態を計測することは重要である。
【0003】
神経機能を研究するため、神経細胞を培養して形成した神経ネットワークが用いられるが、神経ネットワークにおける活動電位の伝播速度は速く、数m/s~数百m/sにも達する。このような神経ネットワークにおける電気活動の伝播を可視化するため、高時間分解能を持つ、微小電極アレイ(microelectrode array、以下MEAと略す)を用いる方法が報告されている(非特許文献1)。神経細胞を培養して形成される神経ネットワークでは神経突起がランダムに伸長するため、形成される回路は複雑な構造となる。このため、電気活動が伝播する方向も非常に複雑となり、伝播する状況の計測および解析には困難が伴う。この困難性を解決するため、神経突起が伸長する領域を制御するための微細加工を施したデバイスを使用し、神経突起の伸長方向を制御した培養神経構築物による電気活動の伝播の計測が報告されている(非特許文献2および3)。
【0004】
神経細胞の培養は一般に困難とされているが、神経細胞が接着する足場を提供して、神経細胞の増殖を促進する様々な手段が報告されている。例えば、多孔性の3次元ハイドロゲルに、ポリカプロラクトンまたはゼラチンと混合したポリカプロラクトンから成るマイクロファイバーを整列して埋め込んだ足場に神経細胞を播種することにより、神経細胞の増殖が促進されることが報告されている(非特許文献4)。また、医療用材料などへの応用を目的として、細胞の足場として用いる足場材料に関する報告がいくつかある。例えば、ポリオレフィン、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエステル、フッ素系高分子、ポリ乳酸、ポリビニルアルコールなどで構成されるナノファイバー、またはタンパク質成分を吸着させた該ナノファイバーにより構成される細胞足場材料を使用し、細胞培養または組織再生を有効に行う(特許文献1);中空糸膜メッシュとナノファイバー層とを有する細胞足場材料を使用する3次元細胞培養により、培養細胞への栄養や酸素の供給および培養細胞からの代謝老廃物の除去を高い効率で行う(特許文献2);ゼラチン、コラーゲンもしくはセルロースを含有するナノファイバー、または架橋された該ナノファーバーにより構成される細胞足場材料を使用し、多能性幹細胞の大量供給を行う、および細胞死を抑制する(特許文献3);ポリグリコール酸を支持体として用い、その上にポリグリコール酸やゼラチンなどからなるナノファイバーを塗布した細胞足場材料を使用し、ヒト多能性幹細胞の増殖率を向上させる(特許文献4)などが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-254722
【文献】特開2011-239756
【文献】特開2013-247943
【文献】WO2016/068266
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nat Commun. 2013; 4: 2181. doi:10.1038/ncomms3181.
【文献】RSC Advances. Jan 2013, Vol. 3, No. 45: 23620.
【文献】Integr Biol (Camb). 2015 Jan; 7(1):64-72. doi: 10.1039/c4ib00223g.
【文献】Lee, S-. J., et al. Tissue Eng Part A. 2017 Jun;23(11-12):491-502.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
微小電極アレイ(MEA)を用いて、神経細胞を培養して形成した神経ネットワークにおける電気活動の伝播および/または軸索内伝播を計測する場合、培養神経構築物を予め調製し、微小通路などの神経突起が伸長する領域を確保しながら培養する方法がある(非特許文献3)。この方法では、神経細胞体の培養領域と伸長する神経突起伸の培養領域とを分離して培養するため、生体組織構造を反映しない。さらに、電極アレイ上への神経細胞の播種および培養神経構築物の調製の操作が煩雑であり、神経細胞の種類によっては細胞死を引き起こす。また、神経突起が伸長した微小通路への培養液の流れが十分ではないことにより、酸素と栄養が通路内まで十分に到達せず、細胞培養の障害になることもあり、その結果、培養領域が広く、多数のシナプスが存在する大スケールの神経ネットワークの形成は困難である。一方、培養領域の狭い小スケールの神経ネットワークでは、電気活動の伝播を観察することのできる範囲が限定されるため、CMOSチップなどの空間分解能が高いMEAが必要となる。また、神経活動を計測できる膜電位感受性色素を用いた光計測においては、小スケールの神経ネットワークでは、時間分解能が不足することが考えられる。本発明は、これらの問題点を克服することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、神経ネットワークおよび/または軸索内における電気活動の伝播を計測するにあたって、細胞足場としてのファイバーシート上で神経細胞を培養して得られる神経細胞デバイスを使用することにより、上記の問題点を克服できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の目的は、以下の発明により達成される。
(1)神経ネットワークおよび/または軸索内における電気活動の伝播を計測する方法であって、前記方法が、細胞足場と神経細胞とを含む神経細胞デバイスを使用する、方法。
(2)前記細胞足場が高分子材料で形成されたファイバーシートである、1に記載の方法。
(3)前記ファイバーシートが、配向性構造、非配向性構造または配向性と非配向性との混合構造を有する、2に記載の方法。
(4)前記ファイバーシートが、ポリリジン、ポリオルニチン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(登録商標)およびゲルトレックス(登録商標)から選ばれる細胞外マトリックスタンパク質でコーティングされた、2または3に記載の方法。
(5)前記ファイバーシートが、ポリエチレンイミンでコーティングされた、2または3に記載の方法。
(6)前記神経細胞が、細胞足場上および/または細胞足場内で3次元構造を形成した、1~5のいずれかに記載の方法。
(7)前記神経細胞が、初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞である、1~6のいずれかに記載の方法。
(8)前記初代培養細胞または前記多能性幹細胞由来の神経細胞が、哺乳類由来の神経細胞である、7に記載の方法。
(9)前記神経細胞が、グルタミン酸作動性、ドーパミン作動性、γ-アミノ酪酸作動性、モノアミン作動性、ヒスタミン作動性またはコリン作動性の神経細胞を含む、1~8のいずれかに記載の方法。
(10)前記神経細胞デバイスが、前記デバイスの周囲を保持するフレームをさらに有する、1~9のいずれかに記載の方法。
(11)前記フレームが、縦長×横長において、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmの大きさを有し、形状において円形または多角形である、10に記載の方法。
(12)前記神経細胞デバイスを、規則的に配置された複数の電極と接触させる、1~11のいずれかに記載の方法。
(13)前記の規則的に配置された電極が、微小電極アレイである、12に記載の方法。
(14)1~13のいずれかに記載の方法を用いる、神経活動の評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明で使用する神経細胞デバイスは、細胞足場としてのファイバーシートを構成するファイバーに沿って、神経突起を伸長させることができる。このため、ファイバー間を通って酸素と栄養が細胞に対して効率よく供給され、大スケールの神経ネットワーク形成が安定的に行われる。また、神経細胞体の培養領域と微小通路などの神経突起が伸長する領域とを分離する必要がないため、生体組織に近い状態で神経ネットワークが形成される。より生体組織に近い、軸索周囲にミエリンが形成された神経ネットワークの形成も可能である。このように、本発明による活動電位の伝播を計測する方法は、中枢および末梢神経細胞に対して広く応用することができる。
【0011】
本発明によれば、予め作製した神経細胞デバイスを、計測時にMEA上にマウントするので、簡便に、かつ効率よく活動電位を計測することができる。本発明では、大スケールの神経ネットワークを使用するため、広い範囲で神経ネットワーク伝播を捉えることができる。このため、数百m/sに及ぶ伝播遅延時間を検出することができ、膜電位感受性色素を用いる光計測への応用も可能である。
【0012】
以上より、本発明により、神経ネットワークにおける電気活動の伝播解析および軸索内伝播解析を簡便かつ安定的に行う方法が提供される。その結果、神経ネットワークにおける電気活動の伝播速度を指標としてシナプス機能を評価する方法が提供される。本発明の方法により、軸索機能障害およびシナプス機能障害の評価ならびにそれらの機能障害に対する薬物評価を効果的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】神経ネットワークにおける活動電位の伝播をMEAにより計測した結果を示す図である。神経細胞デバイスは、ヒトiPS細胞由来神経細胞を、8×105細胞/cm2の密度で、配向性PLGAファイバーシート上に播種し、6週間培養することにより作製した。(A)MEAにおける微小電極の配置およびPLGAファイバーシートを構成するファイバーの配向方向を示す図である。(右図)神経細胞を培養したファイバーシートを、MEA上に載せた状態を示す光学顕微鏡写真(倍率×4)である。MEAには、平面上に64個(8個×8個)の微小電極が配置されている。(左図)微小電極の配置図であり、左端から右端に向けて、また上段から下段に向けてチャネル番号が順次大きくなる。例えば、最上段の左端から右端の方向にチャネル1~8(ch1~ch8)が、また最下段の左端から右端の方向にチャネル57~64(ch57~ch64)が配置される。ファイバーの配向方向は両矢印で示される。(B)MEAの64個の微小電極で測定されたスパイク数の積算値の時間変化を示す図である(縦軸:array-wide spike detection rate(AWSDR、スパイク数/秒))。(C)MEAの各微小電極で経時的に測定されたスパイクを示す図である。縦点線は、神経ネットワークにおける活動電位の伝播の開始時点を示す。
図2】活動電位の軸索内伝播速度に対するテトロドトキシン(TTX)の影響を、MEA(チャネル番号2、10、18および26)により計測した結果を示す図である。神経細胞デバイスは、ヒトiPS細胞由来神経細胞を、8×105細胞/cm2の密度で、配向性PLGAファイバーシート上に播種し、6週間培養することにより作製した。(A)TTX添加前(Before)とTTX(100 nM)添加後の細胞内電位の経時的変化を測定した結果を示す。(B)TTX添加前(Before)(n=12)およびTTX(100 nM)添加後(n=9)の活動電位の軸索内伝播速度を示す。結果は、平均値±標準誤差で示される。
図3】神経細胞デバイスに含まれる神経ネットワークにおける活動電位の伝播速度に対する4-アミノピリジン(4-AP)の影響を、MEA(16チャネル)により計測した結果を示す図である。(A)DMSO(上図)または4-AP(下図)を添加後、MEAにより計測した電気信号のラスタープロット図である。(B)4-AP(0.3、1および3μM)またはDMSO添加後および薬物添加前(Before)において、神経ネットワークにおける活動電位が、MEAのチャネル番号1からチャネル番号16(それぞれがMEAの対角にあるチャネル)に到達するまでの時間を測定した結果を示す図である。結果は、薬物添加前(Before)における活動電位到達時間(Propagation time)を100とした相対値であり、平均±標準誤差(n=4)で示される。活動電位到達時間の相対値の減少は、活動電位の伝播速度の上昇を示す。
図4】細胞播種密度が異なる神経細胞デバイスに含まれる神経ネットワークにおける活動電位の伝播速度に対するピクロトキシン(picrotoxin)の影響を、ピクロトキシンの添加濃度を変えて計測した結果を示す図である。神経細胞として、XCL-1ニューロン(XCell Science社、米国)を3×105細胞/cm2(A)および9×105細胞/cm2(B)の密度で、またはヒトiPS細胞由来大脳皮質ニューロン(Axol Bioscience社、英国)を8×105細胞/cm2(C)および24×105細胞/cm2(D)の密度で播種し、6週間培養した。ピクロトキシンの添加濃度は、0.1、0.3、1、3および10μMとした。結果は、Vehicle(薬物溶媒であるDMSO)添加時の活動電位の伝播速度を100とした相対値であり、平均±標準誤差(A, n=3; B, n=6; C, n=2; D, n=4)で示される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において使用される神経細胞デバイスに用いられる細胞足場は、高分子材料で生成されたファイバーで構成される。細胞足場は、好ましくは、ファイバーを集積したシートの形状を有するファイバーシートである。該ファイバーシートは配向性構造、非配向性構造または配向性と非配向性との混合構造を有することができる。配向性構造とは、ファイバーシートを構成するファイバーが一方向に配置され、該一方向の角度を0°とした場合、80%以上のファイバーが±30°の範囲内に存在する構造である。配向性構造において、ファイバー間の距離(隣接するファイバーの芯線間の距離)は特に限定されないが、5~50μmであるのが好ましい。非配向性構造とは、ファイバーの方向がランダムに配置された構造である。ファイバーを構成する高分子材料としては、生分解性または非生分解性の高分子材料が好ましく、例えば、PLGA (ポリ乳酸ポリグリコール酸)、ポリスチレン(PS)、ポリスルホン(PSU)およびポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が挙げられるが、これらに限定されない。ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の直径は、特に限定されないが、例えば0.1~8μmであり、好ましくは0.5~7μmであり、より好ましくは1~6μmである。ファイバーシートの厚さは、例えば1~40μmであり、好ましくは5~35μmであり、より好ましくは10~30μmである。ファイバーシートを構成するファイバーの空隙率は、用いる高分子材料によって変動し得る。該空隙率は特に限定されないが、例えば10~50%であり、好ましくは15~45%であり、より好ましくは20~40%である。ここで空隙率とは、ファイバーシート平面の一定面積に対する、ファイバーが存在していない面積の比率のことである。
【0015】
ファイバーシートは、例えば、高分子材料を含む溶液からエレクトロスピニング法によって製造することができる。配向性構造を有するファイバーシートを製造する場合は、特に限定されないが、例えば回転ドラムを用い、該ドラムを回転させながら、ノズルから該ドラムの回転面に対して高分子材料を含む溶液を噴霧し、回転ドラム上で形成されたファイバーを巻き取ることにより、ファイバーシートを製造することができる。非配向性構造を有するファイバーシートを製造する場合は、高分子材料を含む溶液を平坦なプレート上に噴霧することにより、ファイバーシートを製造することができる。配向性構造と非配向性構造との混合構造を有するファイバーシートを製造する場合は、例えば、配向性構造および非配向性構造のファイバーシートを製造する上記の製造方法を組み合わせて製造することができる。
【0016】
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートは、例えば、市販されている住友電工株式会社のポアフロン(登録商標)を使用することができる。
【0017】
高分子材料の溶液としては、使用する高分子材料を、室温で10~30重量%で溶解する有機溶媒であればよく、例えば1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)などが挙げられる。
【0018】
ファイバーシートは、周囲をフレームで固定または保持することができる。フレームをファイバーシートに固定または保持する場合は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、例えば市販の生体適合性粘着剤、例えばシリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学、カタログ番号KE-45)を用いて、フレームとファイバーシートとを接着することができる。
【0019】
フレームの素材は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されない。例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、PS、ポリカーボネート、ステンレスなどが例示される。フレームの厚さは、特に限定されないが、0.1~4 mm、好ましくは0.25~3 mm、より好ましくは0.5~2 mmである。
【0020】
フレームの形状は、使用目的によって変えることができ、縦長×横長が、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmが好ましく、円形または多角形である。
【0021】
ファイバーシート、またはファイバーシートの周囲をフレームで固定もしくは保持した該ファイバーシートを細胞足場とする神経細胞デバイスは、細胞培養ディッシュまたは複数のウェルを有するマルチウェルプレートに含まれるウェルの少なくとも一つにそのまま配置することができる。
【0022】
本明細書において、神経細胞とは、細胞体、樹状突起及び軸索から構成される神経単位を意味し、ニューロンとも呼ばれる。神経細胞は、神経細胞が産生する神経伝達物質の違いにより分類することができ、神経伝達物質としては、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンおよびセロトニンなどのモノアミン、アセチルコリン、γ-アミノ酪酸、グルタミン酸などの非ペプチド性神経伝達物質、また、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、α-エンドルフィン、β-エンドルフィン、γ-エンドルフィン、バソプレッシンなどのペプチド性神経伝達物質が挙げられる。例えば、ドーパミン、アセチルコリンおよびグルタミン酸を伝達物質とする神経細胞を、それぞれドーパミン作動性ニューロン、コリン作動性ニューロンおよびグルタミン酸作動性ニューロンという。
【0023】
神経細胞としては、初代培養細胞を用いることができる。初代培養細胞は、生体内において本来有する細胞機能を多く保持しているため、生体内における薬物などの影響を評価する系として重要である。 初代培養細胞としては、哺乳類、例えばマウスもしくはラットのげっ歯類、またはサルもしくはヒトの霊長類の中枢神経系および末梢神経系の神経細胞を使用することができる。これらの神経細胞を調製および培養するに際し、動物の解剖方法、組織採取方法、神経分離・単離方法、神経細胞培養用培地、培養条件などは、培養する細胞の種類および細胞の目的に応じて、公知の方法より選択することができる。市販の初代培養神細胞製品としては、例えばロンザ社(スイス)のラット脳神経細胞およびScienCell Research Laboratories社(米国)のヒト脳神経細胞を用いることができる。
【0024】
神経細胞としては、さらに多能性幹細胞由来の神経細胞を用いることができる。多能性幹細胞としては、例えば胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞がある。多能性幹細胞を、公知の神経分化誘導方法を用いて分化誘導することにより、様々なタイプの神経細胞を得ることができる。例えば、文献(Honda et al. Biochemical and Biophysical Research Communications 469 (2016) 587-592)に記載の低分子化合物を用いた分化誘導方法によって神経細胞を得ることができる。 また、市販の多能性幹細胞由来の神経細胞製品、例えば、iPS細胞を所定の化合物で処理することにより神経細胞へ分化させた製品であるセルラーダイナミックスインターナショナル社(米国)のiCellニューロン、Axol Bioscience社(英国)の各種神経幹細胞、BrainXell社(米国)の各種神経細胞の前駆細胞およびXCell Science社(米国)のXCL-1ニューロンを用いることもできる。さらに、iPS細胞に所定の遺伝子を導入することにより神経細胞へ分化させた製品であるNeuCyte社(米国)のSynFire神経細胞およびElixirgen Scientific社(米国)の各種神経細胞を用いることもできる。これらの市販神経細胞は、付属の培養液を使用して培養することができる。
【0025】
神経細胞は、哺乳類の脳由来のグリア細胞または哺乳類のiPS細胞から分化させたグリア細胞と共に培養することができる。グリア細胞としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどが挙げられる。また、アストロサイトを培養したあとの培養液(アストロサイト培養上清)を神経細胞用培養液に、終濃度5~30%で添加し培養することもできる。
【0026】
神経ネットワークとは、細長い突起である軸索と複数の複雑に分枝した樹状突起とを有する神経細胞が、これらの神経突起を介して別の神経細胞とつながり、その結果形成された神経回路である。神経回路において、神経細胞(シナプス前細胞)が電気的に発火(活動電位の変化)すると、軸索を伝わった電気信号は、シナプスにおいて、シナプス前細胞から次の神経細胞(シナプス後細胞)の樹状突起に神経伝達物質を介して電気信号を伝達する。軸索と樹状突起とが接続している部位がシナプスである。本明細書において、神経ネットワークは、幹細胞由来神経細胞、株化神経細胞、初代神経細胞、培養過程で神経細胞へ分化する幹細胞および神経前駆細胞など、ならびにグリア細胞などの神経組織を構成する細胞から選ばれる1種以上の細胞を、単細胞ではなく、複数個の細胞を細胞足場上で培養することにより形成される。
【0027】
ファイバーシートまたはフレームで周囲を固定または保持したファイバーシートに対して、培養液に懸濁した神経細胞を、1×104細胞/cm2~4×106細胞/cm2、好ましくは5×104細胞/cm2~3×106細胞/cm2、より好ましくは1×105細胞/cm2~2×106細胞/cm2の密度で播種して、培養液を1~7日間隔で交換しながら7~14日間培養することによって、神経細胞が均一に3次元構造を形成した神経細胞デバイスを製造することができる。3次元構造を形成するとは、神経細胞がファイバーシートの片面または両面上およびファイバーシート内に入り込んで生育した状態をいう。配向性構造を有するファイバーシート上に神経細胞を播種した場合、神経細胞は、ファイバーシートを構成するファイバーに沿って接着し、ファイバーの配向方向に沿って伸展する。
【0028】
ファイバーシートは、播種した神経細胞が接着および伸展しやすくするため、ポリリジン、ポリオルニチン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(登録商標)もしくはゲルトレックス(登録商標)などの細胞外マトリックスタンパク質、またはカチオン性の水溶性ポリマーであるポリエチレンイミンでコーティングしてもよい。コーティングは、上記細胞外マトリックスタンパク質またはポリエチレンイミンを生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、細胞培養液などに溶解した溶液に、ファイバーシートを浸漬することにより行うことができる。
【0029】
神経ネットワークにおける神経活動の伝播において、薬物などの影響を精度よく計測するためには、一定の培養面積を確保した状態で計測することが好ましい。この観点に立てば、上記神経細胞デバイスは、縦長×横長において、少なくともそれぞれ500μm×500μmの大きさを有することが好ましい。前記の大きさを有するファイバーシートに神経細胞を播種してもよく、または、より大きなファイバーシートに神経細胞を播種した後、所定の大きさにトリミングしてもよい。
【0030】
本発明において使用される神経細胞デバイスは、該神経細胞デバイスに含まれる神経ネットワークおよび/または軸索内における電気活動の伝播を計測するため、規則的に配置された複数の電極と接触させ、該神経細胞デバイスに含まれる神経細胞の細胞外電位を測定することができる。通常、神経細胞の細胞外電位の測定は、5%CO2、37℃環境下で行われる。規則的に配置された電極とは、電極基板上に、お互いが電気的に絶縁された平面微小電極が多数規則的に配置された電極アレイであり、複数の細胞からの電気信号を同時に観測することができる。電極は、例えば白金黒めっき電極やカーボンナノチューブめっき電極である。電極が規則的に配置されることにより、電極間が所定の距離に保たれ、神経ネットワークおよび/または軸索内における電気活動の伝播速度の算出が容易に、かつ正確に算出することができる。このような電極アレイとしては、電極サイズが10μm×10μm~80μm×80μmの微小電極が、平面基板上にn個×n個(ここでnは整数であり、4~10000が好ましい。)および電極間距離100μm~500μmで整列配置され、アレイサイズが0.5 mm×0.5 mm~5 mm×5 mmである微小電極アレイが好ましい。
【0031】
神経活動を測定する手段として、微小電極アレイ以外に、カルシウム感受性色素およびカルシウム感受性蛍光タンパク質などの蛍光カルシウムインジケーターならびに電位感受性色素および電位感受性蛍光タンパク質などの蛍光電位インジケーターが用いられる(Grienberger, C. and Konnerth, A., Neuron 73, 862-885, 2012; Antic, S. D., et al. J Neurophysiol 116: 135-152, 2016; Miller, E. W., Curr Opin Chem Biol. 33: 74-80, 2016)。これらのインジケーターを使用して、本発明の神経細胞デバイスに含まれる神経細胞のカルシウムや電位の変動を、セルイメージング装置によって測定することもできる。
【実施例
【0032】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【実施例1】
【0033】
〔ファイバーデバイスの作製〕
(1)ランダムファイバーシートの作製
PLGA(SIGMA P1941)またはPSU(SIGMA 182443)を、HFIP(和光純薬、089-04233)によって20重量%濃度になるように室温で溶解し、その溶解液をシリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に装着し、プレートコレクター上に、PLGAの場合、針直径22 G、電圧:20 kVおよび送り速度:1 ml/hの条件下で、また、PSUの場合、針直径27G、電圧:15kV、送り速度:1 ml/hの条件下でランダムファイバーシートを作製した。
(2)配向性ファイバーシートの作製
配向性PLGAファイバーシートは、PLGA(SIGMA P1941)をHFIP(和光純薬、089-04233)によって20重量%濃度になるように室温で溶解し、その溶解液をシリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に装着し、ドラムコレクター上に針直径22 G、電圧:20 kV、送り速度:1 ml/hおよび回転速度:750 rpmの条件下で作製した。配向性PSファイバーシートは、PS(Fluka)をDMF(N,N-ジメチルホルムアミド、和光純薬)によって30重量%濃度になるように室温で溶解し、その溶解液をシリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に装着し、ドラムコレクター上に、針直径25 G、電圧:10 kV、送り速度:1.5 ml/hおよび回転速度:2000 rpmの条件下で作製した。
(3)ファイバーシートへのフレーム接着
作製されたファイバーシートに、シリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学、カタログ番号KE-45)を用いて、ポリカーボネート製のフレーム(15 mm×15 mm)またはステンレス製の円形フレーム(外径6 mm、内径3 mm)を接着させ、ファイバーデバイスを作製した。
【実施例2】
【0034】
〔細胞足場上に構築した神経ネットワークにおけるMEAによる神経活動伝播の測定〕
実施例1で作製した配向性PLGAファイバーシートに対し、SureBond(登録商標)コーティング溶液(Axol Bioscience社(英国)、カタログ番号ax0052)を加え、5%CO2環境下、37℃で1時間、コーティング処理した。コーティング処理した配向性PLGAファイバーシートを細胞足場として使用し、ヒトiPS細胞由来大脳皮質ニューロン(Axol Bioscience社(英国)、カタログ番号ax0019)を、2.4×106細胞/cm2の密度で配向性PLGAファイバーシート上に播種した。これを、100 U/mLのペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬)を含むBrainPhys培地(STEMCELL Technologies社、米国)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で5週間培養した。培養後、得られた細胞シートを微小電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に載せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動(スパイク発火)および神経活動の伝播方向を計測した。その結果を図1に示す。
【0035】
MEAにおいて配置された微小電極に対するファイバーシートを構成するファイバーの配向方向は、チャネル1とチャネル64を結ぶ対角線の方向であり、神経細胞はその配向方向に沿って伸展した(図1A)。すべての電極のスパイク数の積算値(AWSDR)は、時間経過とともに増加し、その後減少するが(図1B)、各電極において測定されたスパイクの時間経過は、チャネル64からチャネル1に向けて、遅延する現象が観察された(図1Cにおいて矢印点線により表示した。)。これは、ファイバーの配向方向、すなわち、神経細胞の伸展方向に沿った神経活動の伝播が観察されることを示す。したがって、本発明に係る神経細胞デバイスを使用する方法により、神経活動の伝播速度を指標とする神経活動の評価が可能であることが示される。
【実施例3】
【0036】
〔単一ニューロンにおける活動電位の軸索内伝播速度に対するテトロドトキシン(TTX)の影響〕
実施例1で作製した配向性PLGAファイバーシートを、実施例2と同様にしてコーティング処理した。この配向性ファイバーシートを細胞足場として、ヒトiPS細胞由来脊髄運動ニューロン(BrainXell社、米国)を、BDNF (brain derived neurotrophic factor)、GDNF (glial-cell derived neurotrophic factor)およびTGF (transforming growth factor) -β1を含むSeeding Medium(BrainXell社)に懸濁し、前記配向性PLGAファイバーシート上に1.4×106細胞/cm2の密度で播種した。細胞は、BrainXell社の細胞培養キットに添付されている細胞培養手順書にしたがって6週間培養した。得られた細胞シートを微小電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に載せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、活動電位の測定に使用した。ここに、電位依存性ナトリウムチャネルのブロッカーであるテトロドトキシン(TTX)を添加し、活動電位の軸索内伝播速度に対す影響を調べた。図2Aには、チャネル2、10、18および26について経時的に測定した活動電位を示す。TTX添加前(Before)に比較し、TTX(100 nM)の添加により、活動電位のピーク時間が遅延する現象を確認することができた。なお、TTX添加の有無に関わらず、1 m秒以内に複数の電極でスパイクが取得されていることより、単一ニューロンの神経活動を観測していることが示される。図2Bは、TTX添加前(Before)とTTX(100 nM)を添加した場合の、活動電位の軸索内伝播速度を比較した図である(結果は、平均値±標準誤差で表示)。活動電位の軸索内伝播速度は、TTX添加前が129±14μ秒(n=12)であったが、TTX投与により170±13μ秒(n=9)へと有意(p<0.05、対応のある両側t検定)に低下した。この結果は、本発明の方法により、活動電位の軸索伝播速度に対する定量的な薬物評価が可能であることを示す。
【実施例4】
【0037】
〔神経細胞デバイスの神経ネットワークにおける神経活動伝播に対する痙攣性薬物(4-アミノピリジン(4-AP))の影響〕
実施例1で作製したステンレス製の円形フレームを装着した配向性PSファイバーシートを、卓上プラズマ処理装置(ストレックス社)を用いるプラズマ処理によって親水化した後、ポリ-D-リジンおよびラミニンによりコーティング処理した。コーティング処理した配向性PSファイバーシート上に、ヒトiPS細胞由来大脳皮質ニューロン(Axol Bioscience社、英国)を、8×105細胞/cm2の密度で播種し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で6週間培養することにより神経細胞デバイスを作製した。得られた神経細胞デバイスを、微小電極アレイ(MEA)MED64-Presto(アルファメッドサイエンティフィック社)のプローブ上に載せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動電位および神経活動の伝播方向を計測した。
【0038】
神経細胞デバイスに含まれる神経ネットワークにおける神経活動の伝播方向は、MEAのチャネル番号1からチャネル番号16(それぞれがMEAの対角にあるチャネル)の方向であり、図3A(ラスタープロット図)において矢印により表示される。神経細胞デバイスに対して、薬物溶媒であるDMSOを添加した場合、神経活動の伝播速度は0.14 m/secであったが(図3A上図)、細胞膜上のカリウムチャネルをブロックすることにより神経細胞を興奮させる薬物である4-AP(3μM)を添加した場合、神経活動の伝播速度が0.39 m/secまで増加した(図3A下図)。活動電位到達時間の相対値の減少は、活動電位の伝播速度の上昇を示しているため、神経活動の伝播速度は、4-APの濃度に依存して増加することが示された(図3B)。これらの結果より、本発明の方法により、神経活動の伝播速度を指標として、神経細胞機能に対する薬物効果または神経細胞に対する薬物毒性の評価が可能であることが示された。
【実施例5】
【0039】
〔ファイバーシートへの細胞播種密度が異なる神経細胞デバイスに含まれる神経ネットワークにおける神経活動伝播に対する痙攣性薬物(ピクロトキシン、picrotoxin)の影響〕
実施例1で作製したステンレス製の円形フレームを装着した配向性PSファイバーシートを、卓上プラズマ処理装置(ストレックス社)を用いるプラズマ処理によって親水化した後、ポリ-D-リジンおよびラミニンによりコーティング処理した。コーティング処理した配向性PSファイバーシート上に、ヒトiPS細胞由来神経細胞(XCL-1ニューロン、XCell Science社、米国)を3×105細胞/cm2または9×105細胞/cm2の密度で、またはヒトiPS細胞由来大脳皮質ニューロン(Axol Bioscience社、英国)を8×105細胞/cm2または24×105細胞/cm2の密度で播種し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で6週間培養した。得られた細胞シートを、微小電極アレイ(MEA)MED64-Presto(アルファメッドサイエンティフィック社)のプローブ上に載せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動電位を測定した。
【0040】
ピクロトキシンは、γ-アミノ酪酸(GABA)の受容体の一つであるGABAA受容体をブロックすることにより神経細胞を興奮させる薬物である。神経細胞デバイスを構成する神経細胞として、XCL-1ニューロンまたはヒトiPS細胞由来大脳皮質ニューロンのいずれの細胞を用いた場合であっても、ピクロトキシン添加により、ピクロトキシン濃度が0.1~10μMの範囲で、濃度依存的な活動電位の伝播速度の増加が観察された(図4A~D)。また、ファイバーシートへの細胞播種密度が異なる場合であっても、活動電位の伝播速度の増加が、ピクロトキシン濃度依存的に観察された(図4AおよびBまたは図4CおよびD)。これらの結果より、本発明の方法により、神経活動の伝播速度を指標として、神経細胞機能に対する薬物効果または神経細胞に対する薬物毒性の評価が可能であることが示された。また、本発明の方法は、複数の神経細胞に適用できることが示された。さらに、本発明において使用する神経細胞デバイスの作製において、細胞播種密度を変えた場合であっても、神経活動の伝播速度を指標とする薬物評価が可能であることが示された。
図1
図2
図3
図4