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特許7375473蓄電量推定装置、蓄電量推定方法及びコンピュータプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-30
(45)【発行日】2023-11-08
(54)【発明の名称】蓄電量推定装置、蓄電量推定方法及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/3842 20190101AFI20231031BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20231031BHJP
   H02J 7/00 20060101ALI20231031BHJP
   G01R 31/367 20190101ALI20231031BHJP
【FI】
G01R31/3842
H01M10/48 P ZHV
H02J7/00 X
G01R31/367
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019199098
(22)【出願日】2019-10-31
(65)【公開番号】P2021071415
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】西村 直人
(72)【発明者】
【氏名】鵜久森 南
【審査官】島▲崎▼ 純一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-148492(JP,A)
【文献】国際公開第2012/053075(WO,A1)
【文献】特開2005-014637(JP,A)
【文献】国際公開第2013/069459(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/045706(WO,A1)
【文献】特開2019-164148(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/3842
H01M 10/48
H02J 7/00
G01R 31/367
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量推定装置であって、
放電過程における少なくとも2つの時点間の擬似開放電圧の変化量と放電量との比を算出し、算出された比と、放電開始時の蓄電量ごとに予め記憶された蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係とに基づいて、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定する決定部と、
放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定する推定部と
を備える、蓄電量推定装置。
【請求項2】
前記相関関係は、蓄電素子の定格容量比と擬似開放電圧との線形比例関係を示す特性曲線である、請求項に記載の蓄電量推定装置。
【請求項3】
前記予め記憶された蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係は、前記特性曲線の勾配を含み、
前記決定部は、前記算出された比と、予め記憶された前記特性曲線の勾配とを比較することで、前記放電開始時の蓄電量に対応する前記相関関係を決定する、請求項2に記載の蓄電量推定装置。
【請求項4】
蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量推定方法であって、
放電過程における少なくとも2つの時点間の擬似開放電圧の変化量と放電量との比を算出し、算出された比と、放電開始時の蓄電量ごとに予め記憶された蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係とに基づいて、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定するステップと、
放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定するステップと
を有する、蓄電量推定方法。
【請求項5】
蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量を推定するコンピュータに、
放電過程における少なくとも2つの時点間の擬似開放電圧の変化量と放電量との比を算出し、算出された比と、放電開始時の蓄電量ごとに予め記憶された蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係とに基づいて、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定し、
放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定する
処理を実行させる、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電素子のSOC(State Of Charge)等の蓄電量を推定する蓄電量推定装置、蓄電量推定方法及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン電池に代表される二次電池において、電池のSOCを高精度に推定する技術が求められている。二次電池におけるSOCを推定する方法として、OCV法及び電流積算法が広く用いられている。OCV法では、二次電池のOCV(Open Circuit Voltage)とSOCが一対一対応する相関関係(SOC-OCV曲線)に基づいてSOCを推定する。電流積算法では、二次電池の充放電電流値を積算してSOCを算出する。
【0003】
電流積算法によってSOCを算出する場合、下記の式(1)を逐次計算する。
SOCi=SOCi-1+Ii×Δti/Q×100 (1)
SOCi:更新後のSOC
SOCi-1:直前のSOC
i:電流値
Δti:時間間隔
Q:電池容量(Available Capacity)
【0004】
電流積算法では、充放電電気量の積算値から現時点のSOCを推定し、一般的に、高性能な電流計からデータを取得できる場合に精度が高く、リアルタイムでSOCを監視できる。しかし、長期間にわたってSOCを推定する場合に、推定誤差が蓄積するため、期間が長くなるほど、その精度が低下するという問題がある。そこで、過去の履歴情報を使用せず、現在得られる情報のみを用いてSOCを推定するOCV法を組み合わせて用いることで、累積した推定誤差をリセットする方法をとる場合がある。
【0005】
しかし、リン酸鉄リチウムなどの正極活物質では、充電履歴及び放電履歴に依存して、同一のSOCに対する電圧値や電気化学的特性が変化する、ヒステリシスという性質を有する。従って、これらの正極活物質を蓄電素子に用いた場合、電池の充放電履歴によってSOC-OCV曲線が変化し、OCVとSOCとの一対一対応の関係が崩れるため、OCV法を用いて蓄積した誤差を精度よくリセットすることができない。このように、SOC推定の精度が悪く、電池の制御が困難であるという問題がある。
【0006】
特許文献1には、充放電の履歴を考慮してOCVを精度よく推定する技術が提案されている。特許文献1に開示された蓄電部材状態推定方法は、蓄電部材の電流値に基づいて算出されたパラメータに基づいて、蓄電部材のOCV補正量を求め、OCVのヒステリシスによる誤差を低減するヒステリシス補正を行う。
【0007】
特許文献2には、SOC-OCV曲線を正確に関数化することにより、蓄電素子のSOCの推定精度を向上させる技術が提案されている。特許文献2に開示された近似関数作成方法では、蓄電素子のSOC-OCV曲線のデータを取得する。取得されたデータにより示されるSOC-OCV曲線のSOCに対するOCVの変化率が所定の閾値以下となる範囲内で、中間点を移動させる。中間点の位置ごとに、中間点を境として前記範囲を分割した各分割範囲の特性曲線をそれぞれ近似した近似曲線と、当該近似曲線の近似に用いたデータとの類似度を算出する。算出される類似度が最も中間点を境とした各分割範囲の近似直線を用いて特性曲線を近似した近似関数を生成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-166710
【文献】特許6171897
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、充電された後に放電に切り替わった時点の積算電気量及び平均電流値に基づいてOCVを補正するが、様々なパターンに対応できるようにするために膨大なデータを事前に取得する必要があるなか、積算電気量や平均電流値といった過去から現在に至るまでの積算値に基づいてOCVを補正するため、逐次計算による計算誤差が蓄積しやすく、正確なSOCを精度よく推定することができない。
【0010】
特許文献2では、SOC-OCV曲線を表現する近似関数を得るが、入力データに履歴情報が入らない段階で、履歴によって変化するヒステリシス挙動を表現することが不可能であり、正確なSOCを精度よく推定することができない。
【0011】
本発明は、複雑な使用履歴を経た後においても、蓄電量を高精度に推定できる蓄電量推定装置、蓄電量推定方法及びコンピュータプログラムを提供することを目的とする。ここで、蓄電量とは、SOC、残存放電容量、定格容量比などを意味する。定格容量比とは、定格容量に対する電池の残存放電容量の比をいい、定格容量を基準に電池の残存放電容量を0~1の間で規格化したものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る蓄電量推定装置は、蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量推定装置であって、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定する決定部と、放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定する推定部とを備える。
【発明の効果】
【0013】
上記構成により、蓄電量-電圧値特性がヒステリシスを示す活物質を有する蓄電素子の蓄電量を高精度に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】充放電履歴によるSOC-OCV曲線の変化を示すグラフである。
図2】充放電履歴による定格容量比r-OCV曲線の変化を示すグラフである。
図3】r-OCV曲線を決定する説明図である。
図4】蓄電モジュールの一例を示す図である。
図5】蓄電モジュールの他の例を示す図である。
図6】蓄電モジュールの分解斜視図である。
図7】蓄電モジュールのブロック図である。
図8】CPUによる蓄電量推定処理の手順を示すフローチャートである。
図9】SOC変動試験により取得された充放電曲線である。
図10】SOC変動試験による総SOC変動量を示す図である。
図11】r-OCV曲線を決定する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(実施形態の概要)
実施形態に係る蓄電量推定装置は、蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量推定装置であって、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定する決定部と、放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定する推定部とを備える。
【0016】
ここで、擬似開放電圧とは、休止期間を経て取得されたOCVと、例えば暗電流のように小さい電流で蓄電素子が使用され、休止期間を経ずに取得された電圧(擬似的なOCV)とを含む。以下の説明では、単に「OCV」という。
特許文献1の推定方法では、OCVヒステリシスが平均電流値及び積算電流値に依存すると考えている。しかし、本願の発明者等は、OCVヒステリシスが電流値に依存せず、放電開始時の蓄電量がOCVヒステリシスに与える影響を考慮しなければ、ヒステリシスの挙動を詳細に把握することはできないことを見出した。さらに、本願の発明者等は、所定の電圧区間において、蓄電量と擬似開放電圧との間に極めて強い線形比例関係があることを見出した。このように、ヒステリシスにより変化する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を考慮して、所定の電圧区間でOCV法を実施することにより、蓄電素子の蓄電量を精度良く求めることが可能になる。
上記構成によれば、ヒステリシスを考慮して、放電開始時の蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定し、所定電圧区間でOCV法を実施するので、電流積算時の誤差の蓄積の影響を最小限にとどめることができ、蓄電素子の蓄電量を精度よく推定することができる。
【0017】
上記蓄電量推定装置において、前記決定部は、放電開始時の蓄電量ごとに予め記憶された蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係と、放電過程における少なくとも2つの時点間の擬似開放電圧の変化量及び放電量とに基づいて、前記放電開始時の蓄電量に対応する前記相関関係を決定してもよい。
【0018】
上記構成によれば、現時点の放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係が予め記憶されていない場合でも、2つの時点間の擬似開放電圧の変化量及び放電量のみを用いて現時点の蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を得ることができる。言い換えれば、放電開始時の蓄電量が分からなくても、2時点間のデータのみで蓄電量を推定することができる。
【0019】
上記蓄電量推定装置において、前記相関関係は、蓄電素子の定格容量比と擬似開放電圧との線形比例関係を示す特性曲線であってもよい。
【0020】
上記構成によれば、2つの時点間の擬似開放電圧の変化量及び放電量から求めた勾配を用いて、現時点の蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を精度よく決定することができる。
【0021】
実施形態に係る蓄電量推定方法は、蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量推定方法であって、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定するステップと、放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定するステップとを有する。
【0022】
上記構成によれば、ヒステリシスを考慮して、所定電圧区間でOCV法を実施することにより、蓄電素子の蓄電量を精度よく推定することができる。
【0023】
実施形態に係るコンピュータプログラムは、蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する蓄電素子の蓄電量を推定するコンピュータに、放電開始時の蓄電量に対応する蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係を決定し、放電過程における擬似開放電圧が所定範囲である場合に、該擬似開放電圧及び決定された前記相関関係に基づいて、放電過程における蓄電量を推定する処理を実行させる。
【0024】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
本実施形態に係る蓄電素子は、蓄電量及び擬似開放電圧の相関関係に充放電履歴によるヒステリシスを有する正極活物質を含む。
【0025】
充放電履歴によって、蓄電素子のSOC-OCV曲線が変化する。図1は、充放電履歴によるSOC-OCV曲線の変化を示すグラフである。図1には、横軸はSOC(%)、縦軸はOCV(V)である。曲線CはSOC0%~100%の充電時のSOC-OCV曲線を示す。曲線DはSOC100~0%の放電時のSOC-OCV曲線を示す。曲線D30はSOC30%~0%の放電時のSOC-OCV曲線を示す。
【0026】
図1に示すように、充電時のSOC-OCV曲線Cと放電時のSOC-OCV曲線Dとは異なる。曲線C及び曲線Dにおいて、同一OCVに対するSOCにΔSOC1の差がある。放電開始SOCが異なる場合に、SOC-OCV曲線も異なる。曲線D及び曲線D30において、同一OCVに対するSOCにΔSOC2の差がある。ここで、放電開始SOCとは、蓄電素子が充電された後に放電に切替わった時点のSOCをいう。即ち、曲線D30は放電開始SOCが30%である場合のSOC-OCV曲線を示し、曲線Dは放電開始SOCが100%である場合のSOC-OCV曲線を示す。
【0027】
充放電履歴によって、蓄電素子の定格容量比rとOCVとの相関関係(以下、r-OCV曲線と記す)も変化する。図2は充放電履歴による定格容量比r-OCV曲線の変化を示すグラフである。図2において、横軸は定格容量比r、縦軸はOCV(V)である。曲線C0はSOC0~100%の充電時のr-OCV曲線を示す。曲線D10はSOC100~0%の放電時のr-OCV曲線を示す。各点は放電開始SOCがそれぞれ20%、30%、40%、60%、70%及び90%である場合の測定点を示す。これらの測定点に対し、線形近似を行った場合、所定の電圧区間において、rに対するOCVが良好な線形性を示すことが見出された。ここで、所定の電圧区間は、3.220V~3.295Vが好ましい。下限は、3.230、3.225、3.220の順により好ましい。上限は3.280、3.290、3.295の順により好ましい。
【0028】
図2には、線形近似した後の各放電開始SOCに対応するr-OCV曲線が示されている。D2、D3、D4、D6、D7、D9はそれぞれ、放電開始SOCが20%、30%、40%、60%、70%、90%である場合のr-OCV曲線を示す。図2において、放電開始SOCがそれぞれ20%、30%、40%、60%、70%及び90%の場合に、線形近似は良好なフィッテング精度を得た。
【0029】
以上のように、所定の電圧空間において、蓄電素子の定格容量比rとOCVとの間に極めて強い線形比例関係がある。従って、放電過程におけるr-OCV曲線、即ちヒステリシスを加味したr-OCV曲線が決定できれば、OCV法によって蓄電素子の蓄電量を精度よく求めることが可能になる。
【0030】
本実施の形態では、上記所定の電圧空間における定格容量比rとOCVとの線形比例関係を利用して、ヒステリシスを加味したr-OCV曲線を決定する。
【0031】
図3はr-OCV曲線を決定する説明図である。横軸は定格容量比r、縦軸はOCV(V)である。放電過程における2つの時点t0、t1ぞれぞれで取得されたOCVを、OCVt0及びOCVt1とする場合、時点t0からt1までの期間におけるOCVの変化量ΔV及び放電量Δrは、式(2)で求められる。
【0032】
【数1】
【0033】
ここで、Iは電流、rは定格容量であり、放電方向を正とする。
以上のように、図3における2つの測定点を通る直線の勾配ΔV/Δrは求められる。求められた勾配ΔV/Δrを用いて、予め取得されている参照r-OCV曲線を参照して、放電過程におけるr-OCV曲線を決定することができる。
【0034】
以下、参照r-OCV曲線について説明する。
参照r-OCV曲線とは、放電開始SOC毎に、予め実験により得られた複数のr-OCV曲線をいう。例えば、蓄電素子を所定のSOCまで充電した後に複数の時点で放電させ、放電過程において、各時点で蓄電素子の端子電圧及び電流を測定することで、各測定点の座標(OCV,r)を取得する。各測定点に対し線形近似をして線形近似曲線を得て、当該線形近似曲線を所定の放電開始SOCに対応するr-OCV曲線とする。
【0035】
本実施の形態では、放電開始SOCがそれぞれ20%、30%、40%、…、100%の場合に測定された複数のr-OCV曲線を参照r-OCV曲線とする。当該参照r-OCV曲線に係るデータは、後述する蓄電量推定装置のメモリ63のテーブル63bに格納されている。例えば、メモリのテーブルにこれらのr-OCV曲線の勾配及び切片を放電開始SOCと関連付けて格納されている。表1は、参照r-OCV曲線テーブルの一例である。
【0036】
【表1】
【0037】
以下、参照r-OCV曲線に基づく放電過程におけるr-OCV曲線の決定方法について説明する。
上述したようにして求めた勾配ΔV/Δrをテーブルに格納された勾配と比較する。求めた勾配ΔV/Δrが、テーブルに格納された勾配に一致する場合には、テーブルに格納された勾配及び対応した切片を使用してr-OCV曲線を作成することができる。求められた勾配ΔV/Δrが、テーブルに格納された勾配に一致しない場合には、参照r-OCV曲線テーブルに基づく内挿計算又は外挿計算によって、r-OCV曲線を決定することができる。決定されたr-OCV曲線をテーブルに記憶してもよい。これにより、充放電が切り替わるまでは、当該r-OCV曲線を使用することが可能である。
【0038】
例えば、求められた勾配ΔV/Δrがテーブルにおいて隣り合う2つの勾配間にある場合には、内挿計算によってr-OCV曲線を決定するが、求められた勾配ΔV/Δrがテーブルにおける最小SOCに対応した勾配より大きい場合には、外挿計算によってr-OCV曲線を決定する。本実施の形態では、テーブルに参照r-OCV曲線が離散的に格納されているが、離散的でなく、全ての放電開始SOCに対応したr-OCV曲線が連続的に格納されてもよい。
【0039】
決定されたr-OCV曲線を用いて、現時点のOCVに基づいて、現時点の残存放電容量の推定を実施することができ、さらに残存放電容量からSOCの推定を実施することができる。現時点のOCVは、取得した電圧及び電流からを算出する。OCVの算出は、複数の電圧及び電流のデータから回帰直線を用いて、電流がゼロである場合の電圧を推定すること等により得られる。また、電流が暗電流のように小さい場合、又は電流がゼロであり電圧が安定化する途中の場合でも休止時間が比較的長い場合は、取得した電圧をOCVに読み替えることもできる。
決定したr-OCV曲線において、OCVからrを読み取る。定格容量比rは式(3)で示される。定格容量比rは式(3)で示される。
【0040】
【数2】

r-OCVは、参照r-OCV曲線、又は勾配及び切片を内挿計算することによって得たr-OCV曲線であり、OCVを引数とする定格容量比の関数である。
【0041】
以上の方法により、蓄電素子にヒステリシスを有する材料を用いた場合において、放電方向で取得された2点間のOCVの変化量ΔV及び放電量Δrによって計算された勾配を用いて、現時点のr-OCV曲線を推定することができる。これにより、高精度に蓄電素子の残存放電容量やSOCなどの蓄電量を検知することができる。
【0042】
蓄電システムに搭載された蓄電素子の蓄電量をヒステリシスによるOCV変化を考慮して、高精度に監視することができる。
【0043】
さらに、ヒステリシスを有する蓄電素子においても、放電過程中のr-OCV曲線を推定することができるため、当該放電過程中の任意期間には、OCVを測定できれば、残存放電容量やSOCを推定することができる。
【0044】
さらに、高精度に蓄電量を推定できるため、蓄電素子のSOC範囲中に含まれる余分なマージン領域を削減することができ、実質利用可能な体積エネルギー密度を向上させることができる。例えば、SOC推定誤差がある場合、蓄電素子の劣化分を考慮すると、余裕を持ってSOCの使用範囲を制限することが多い。本発明の推定方法によれば、SOCの使用範囲をできるだけ広く設定することができ、余分なマージン領域を削減することができる。
【0045】
(実施形態1)
以下、実施形態1として、車両に搭載される蓄電モジュールを例に挙げて説明する。
図4は蓄電モジュールの一例を示す。蓄電モジュール50は、複数の蓄電素子200と、監視装置100と、それらを収容する収容ケース300とを備えている。蓄電モジュール50は、電気自動車(EV)や、プラグインハイブリッド電気自動車(PHEV)の動力源として使用されてもよい。
蓄電素子200は、角形セルに限定されず、円筒形セルやパウチセルであってもよい。
【0046】
監視装置100は、複数の蓄電素子200と対向して配置される回路基板であってもよい。監視装置100は、蓄電素子200の状態を監視する。監視装置100が、蓄電量推定装置であってもよい。代替的に、監視装置100と有線接続または無線接続されるコンピュータやサーバが、監視装置100が出力する情報に基づいて蓄電量推定方法を実行してもよい。
【0047】
図5は蓄電モジュールの他の例を示す。蓄電モジュール1は、エンジン車両に好適に搭載される、12ボルト電源や、48ボルト電源であってもよい。図5は12V電源用の蓄電モジュール1の斜視図、図6は蓄電モジュール1の分解斜視図、図7は蓄電モジュール1のブロック図である。
【0048】
蓄電モジュール1は直方体状のケース2を有する。ケース2に複数のリチウムイオン二次電池(以下、電池という)3、複数のバスバー4、BMU(Battery Management Unit)6、電流センサ7が収容される。
【0049】
電池3は、直方体状のケース31と、ケース31の一側面に設けられた、極性が異なる一対の端子32,32とを備える。ケース31には、正極板、セパレータ、及び負極板を積層した電極体33が収容されている。
【0050】
電極体33の正極板は、充放電の推移に応じて蓄電量-電圧値特性がヒステリシスを有する活物質を含む。正極活物質としては、LiFePO4、Li(Mn1-xFex)PO4、Li2MnSiO4などのオリビン型構造を有する正極活物質が挙げられる。
【0051】
ケース2は合成樹脂製である。ケース2は、ケース本体21と、ケース本体21の開口部を閉塞する蓋部22と、蓋部22の外面に設けられたBMU収容部23と、BMU収容部23を覆うカバー24と、中蓋25と、仕切り板26とを備える。中蓋25や仕切り板26は、設けられなくてもよい。ケース本体21の各仕切り板26の間に、電池3が挿入されている。
【0052】
中蓋25には、複数の金属製のバスバー4が載置されている。電池3の端子32が設けられている端子面に中蓋25が配置されて、隣り合う電池3の隣り合う端子32がバスバー4により接続され、電池3が直列に接続されている。
【0053】
BMU収容部23は箱状をなし、一長側面の中央部に、外側に角型に突出した突出部23aを有する。蓋部22における突出部23aの両側には、鉛合金等の金属製で、極性が異なる一対の外部端子5,5が設けられている。BMU6は、基板に情報処理部60、電圧計測部8、及び電流計測部9を実装してなる。BMU収容部23にBMU6を収容し、カバー24によりBMU収容部23を覆うことにより、電池3とBMU6とが接続される。
【0054】
図7に示すように、情報処理部60は、CPU62と、メモリ63とを備える。
メモリ63には、本実施形態に係る蓄電量推定プログラム63aと、参照r-OCV曲線に係るデータが格納されたテーブル63bとが記憶されている。蓄電量推定プログラム63aは、例えば、CD-ROMやDVD-ROM、USBメモリ等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体70に格納された状態で提供され、BMU6にインストールすることによりメモリ63に格納される。また、通信網に接続されている図示しない外部コンピュータから蓄電量推定プログラム63aを取得し、メモリ63に記憶させることにしてもよい。
【0055】
CPU62はメモリ63から読み出した蓄電量推定プログラム63aに従って、後述する蓄電量推定処理を実行する。
【0056】
電圧計測部8は、電圧検知線を介して電池3の両端に夫々接続されており、各電池3の電圧を所定時間間隔で測定する。
電流計測部9は、電流センサ7を介して電池3に流れる電流を所定時間間隔で計測する。
【0057】
蓄電モジュール1の外部端子5,5は、エンジン始動用のスターターモータ及び電装品等の負荷11に接続されている。ECU(Electronic Control Unit)10は、BMU6及び負荷11に接続されている。
【0058】
以下、本実施形態に係る蓄電量推定方法について説明する。
図8は、CPU62による蓄電量推定処理の手順を示すフローチャートである。CPU62は、所定の、又は適宜の時間間隔でS1からの処理を繰り返す。
【0059】
CPU62は、2つの時点で電圧計測部8により計測された電圧及び電流計測部9により計測された電流を取得する(S1)。
CPU62は、取得された電圧及び電流に基づいて、2つの時点間のOCVの変化量ΔV及び放電量Δrを算出し(S2)、r-OCV曲線の勾配ΔV/Δrを算出する(S3)。
【0060】
CPU62は、算出された勾配ΔV/Δrと、テーブル63bにおける勾配とを比較して、一致する場合に(S4:YES)、テーブル63bを参照して、算出された勾配に対応するr-OCV曲線を特定する(S5)。
【0061】
CPU62は、特定されたr-OCV曲線に基づいて、残存放電容量を推定してSOCを算出し(S6)、処理を終了する。
【0062】
一致しない場合に(S4:NO)、CPU62は、テーブル63bから算出された勾配の数値に近い勾配データを読み出して、これらのデータを使用して内挿計算を実行することで放電開始SOCを推定する(S7)。
【0063】
CPU62は、推定されたSOCに基づいて参照テーブルから傾きと切片を決定し、それらから決定されるr-OCV曲線を推定し(S8)、テーブル63bに記憶し(S9)、処理をS6に移行させる。
【0064】
以下、本願の推定方法による蓄電量推定の精度を検証する。
図9はSOC変動試験により取得された充放電曲線である。図10はSOC変動試験による総SOC変動量を示す図である。図9において、横軸はSOC(%)、縦軸は電圧(V)である。図10において、横軸は総SOC変動量(%)、縦軸は電圧(V)である。電流が0.1CA及び1CAそれぞれの場合に、双方ともに総SOC変動量が等しくなるように、充電調整及び放電調整を行ってSOCを変動させた。各調整後には、所定の休止時間を経て端子電圧をOCVとして取得した。
【0065】
本実施の形態では、SOC0~100%の範囲内で不規則にSOCを変動させ、3.22~3.28V区間でOCVを得た。また、所定の休止時間は通電終了後2時間とした。
【0066】
SOC変動試験において3.22~3.28V区間で取得された各放電過程における直近2測定点のOCV(V1、V2)及び2点間Pの放電量Δrは、表2に示す。
【0067】
【表2】
【0068】
本実施の形態では、表2におけるP3について残存放電容量Qを推定する。図11はr-OCV曲線を決定する説明図である。図11には、横軸が定格容量比r、縦軸がOCV(V)であり、P3に対応する2つの測定点及び参照r-OCV曲線の一部が示されている。2つの測定点を通る直線の勾配は下記のようにして求められる。
【0069】
ΔV/Δr=(3.2673-3.2306)/0.0819≒0.448(V)
【0070】
表1の参照r-OCV曲線テーブルを参照すると、求められた勾配が表1における0.472と0.411との間にあるため、P3に対応した放電開始SOC(定格容量比)は、30%~40%(r=0.3~0.4)の範囲に入ると判断できる。以上のように、表1におけるデータを使用して内挿計算を行って、r-OCV曲線の勾配及び切片を特定した上、放電開始SOCを33.9%、残存放電容量Qを3.34Ahと推定した。実測された残存放電容量Qの3.31Ahと比較すると、SOC換算誤差はただ0.3%に過ぎず、推定精度が高い。
【0071】
表3は、表2のP1~P7について算出された勾配、SOC及び切片である。
【0072】
【表3】
【0073】
表4は、表2、3に基づいて推定された残存放電容量Qと実測された残存放電容量Qとこれらに基づいて算出された誤差である。
【0074】
【表4】
【0075】
表3及び表4において、P6及びP7に対応する勾配が表1における定格容量比0.2に対応する勾配より大きいため、推定SOC及び推定Qは外挿計算によって得られた。SOC誤差は従来のOCV法(充放電平均OCV)により求めたSOCの実測値に対する誤差である。表3及び表4に基づいて、本願に係る推定方法は、OCVヒステリシスを考慮しない従来のOCV法と比較して、精度よく残存放電容量を推定することができる。
【0076】
本発明は上述した実施の形態の内容に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。即ち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0077】
本発明に係る蓄電量推定装置は、車載用のリチウムイオン二次電池に適用される場合に限定されず、鉄道用回生電力貯蔵装置、太陽光発電システム等の他の蓄電モジュールにも適用できる。微小電流が流れる蓄電モジュールにおいては、蓄電素子の正極端子・負極端子間の電圧、又は、蓄電モジュールの正極端子・負極端子間の電圧をOCVとみなすことができる。
【0078】
蓄電素子は、リチウムイオン二次電池に限定されるものではなく、ヒステリシス特性を有する他の二次電池や電気化学セルであってもよい。
【0079】
監視装置100又はBMU6が蓄電量推定装置である場合に限定されない。CMU(Cell Monitoring Unit)が蓄電量推定装置であってもよい。蓄電量推定装置は、監視装置100等が組み込まれた蓄電モジュールの一部であってもよい。蓄電量推定装置は、蓄電素子や蓄電モジュールとは別個に構成されて、蓄熱量推定対象の蓄電素子を含む蓄電モジュールに、蓄熱量の推定時に接続されてもよい。蓄熱量推定装置は、蓄電素子や蓄電モジュールを遠隔監視してもよい。
【符号の説明】
【0080】
1、50 蓄電モジュール
2 ケース
200 蓄電素子
21 ケース本体
22 蓋部
23 BMU収容部
24 カバー
25 中蓋
26 仕切り板
3 電池(蓄電素子)
31 ケース
32 端子
33 電極体
4 バスバー
5 外部端子
6 BMU(蓄電量推定装置)
60 情報処理部
62 CPU(決定部、推定部)
63 メモリ
63a 蓄電量推定プログラム
63b テーブル
7 電流センサ
8 電圧計測部
9 電流計測部
10 ECU
70 記録媒体
100 監視装置(蓄電量推定装置)
300 収容ケース
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11