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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-30
(45)【発行日】2023-11-08
(54)【発明の名称】アーク溶接用ソリッドワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/02 20060101AFI20231031BHJP
   B23K 35/36 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
B23K35/02 N
B23K35/36 G
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020064919
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021159957
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】井海 和也
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 和磨
(72)【発明者】
【氏名】横田 泰之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/152341(WO,A1)
【文献】特開2006-095552(JP,A)
【文献】特開2003-320475(JP,A)
【文献】特開2004-009089(JP,A)
【文献】特開2007-290028(JP,A)
【文献】特開2010-120083(JP,A)
【文献】特開2003-170293(JP,A)
【文献】特開平09-076089(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/02
B23K 35/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材の表面に銅めっき層が形成されたアーク溶接用ソリッドワイヤであって、
前記鋼材及び前記銅めっき層中のCu量が、ワイヤ全質量あたり0.05~0.30質量%であり、
ワイヤ表面に、ワイヤ1kgあたり0.05~0.20gの油が塗布されており、
前記銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRacが0.25~1.00μm、かつ、長手方向の算術平均粗さRalが0.07~0.50μmであり、
前記ワイヤ表面におけるCu粉の付着量が、ワイヤ1kgあたり0.03g以下であることを特徴とするアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項2】
前記油が、植物油、鉱物油、動物油及び合成油から選択される少なくとも一種を含み、かつ、前記油中に、ワイヤ1kgあたり0.01~0.03gの硫化物を有する、請求項1に記載のアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項3】
前記ワイヤ表面に存在する固形物量の総量が、ワイヤ1kgあたり0.04g以下である、請求項1又は2に記載のアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接用ソリッドワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
炭酸ガスを使用するガスシールドアーク溶接は、溶接能率が高く、かつ低コストであることから、最も広く普及している溶接方法である。特に、建築鉄骨分野では、建築物の大型化や高層化によって、鋼材の厚肉化及び高強度化が進んでおり、施工能率への要求はますます高まっている。
【0003】
また、建築需要の増加や溶接工の減少を背景に、ロボットなどを用いた自動溶接の普及が進んでおり、長時間連続で溶接した場合でも、給電チップの摩耗によりアークの安定性が損なわれない溶接ワイヤのニーズが高まっている。
【0004】
施工能率を低下させるスパッタを低減する溶接法として、大電流のパルス電流と小電流のパルス電流を組合せることによる溶滴移行の安定化を図るパルス溶接や、アーク溶接中にワイヤの送給と電流・電圧波形を同期させて溶滴移行を制御する「ワイヤ送給制御アーク溶接法」の適用が急速に拡大している。ワイヤ送給制御アーク溶接法は、安定的かつ継続的に短絡移行を実現するとともに、短絡した瞬間に溶接ワイヤの送給を逆送することで、スパッタを低減する。
【0005】
近年、ワイヤ送給制御アーク溶接法の開発は、スパッタの低減と溶接の高速化を両立するために、高電流域でのスパッタの低減技術の確立が積極的に進められている。そのため、給電チップへの負荷は、高電流化とワイヤの正送・逆送の高速化により、ますます高くなり、長時間連続で溶接した場合アーク安定性が低下するため、給電チップの交換頻度が従来の定電圧溶接と比較して高まっている。
【0006】
そもそも、炭酸ガスを使用するアーク溶接は、電磁ピンチ力によるアークの押し上げ作用によって溶滴が成長し、離脱しにくい結果、短絡や肥大化した溶滴の離脱によるスパッタが増加しやすい。ここで、溶接部位に付着したスパッタの除去、又は、シールドノズルや給電チップの清掃又は交換作業は、施工能率の低下に影響する。
【0007】
特許文献1には、ワイヤ表面に二硫化モリブデン、リン脂質を適量含有した表面潤滑剤を含む溶接ワイヤを使用することにより、長時間連続で溶接してもワイヤの送給性が安定することが開示されている。
特許文献2や特許文献3には、くぼみが存在する表面に、上記表面潤滑油や二硫化モリブデンを含有することで、送給性に優れ、アークが安定することが開示されている。また、特許文献4には、くぼみを形成した銅めっき付きアーク溶接ワイヤの技術が開示されている。かかる技術は、給電チップにおける摺動接点を安定化させるものであり、長時間での連続溶接で問題となるワイヤ送給系での物理的な詰まりや給電チップの損傷によるアークの不安定化までは考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-175452号公報
【文献】特許第3901600号公報
【文献】特許第3933937号公報
【文献】特開2006-315059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に開示された技術は、長い送給系や長時間連続での溶接時には、表面潤滑剤が途中で離脱してしまい、十分に効果を発揮できない場合がある。さらに、離脱した表面潤滑剤が清掃作業されることなく連続で溶接されると、物理的に送給を阻害し、かえって悪影響を及ぼす場合もある。また、使用するガスがAr-CO混合ガスに限定されており、炭酸ガスアーク溶接に用いることが困難である。
【0010】
特許文献2および3に開示された技術は、銅めっきなしのアーク溶接用ワイヤに限定されている。近年、ニーズが高まっている長時間連続での溶接において、銅めっきなしのアーク溶接ワイヤを用いた場合には、給電チップでの接触電気抵抗の増加により、アークは安定する一方で、接点となる給電チップの先端での発熱量が大きく、溶融した給電チップの銅成分がワイヤに溶着することで、チップの損傷が激しくなるという問題があった。
【0011】
特許文献4に開示された技術は、給電チップにおける摺動接点を安定化させるものであり、長時間での連続溶接で問題となるワイヤ送給系での物理的な詰まりや給電チップの損傷によるアークの不安定化までは考慮されていない。
【0012】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、長時間連続で溶接した場合でも、アーク安定性に優れたアーク溶接用ソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、鋼材の表面に銅めっき層が形成されたアーク溶接用ソリッドワイヤであって、
前記鋼材及び前記銅めっき層中のCu量が、ワイヤ全質量あたり0.05~0.30質量%であり、
ワイヤ表面に、ワイヤ1kgあたり0.05~0.20gの油が塗布されており、
前記銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRacが0.25~1.00μm、かつ、長手方向の算術平均粗さRalが0.07~0.50μmである。
【0014】
本発明の好ましい実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、前記ワイヤ表面におけるCu粉の付着量が、ワイヤ1kgあたり0.03g以下である。
【0015】
本発明の好ましい実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、前記油が、植物油、鉱物油、動物油及び合成油から選択される少なくとも一種を含み、かつ、前記油中に、ワイヤ1kgあたり0.01~0.03gの硫化物を有する。
【0016】
本発明の好ましい実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、前記ワイヤ表面に存在する固形物量の総量が、ワイヤ1kgあたり0.04g以下である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、銅めっきが形成されたアーク溶接用ワイヤを使用したアーク溶接において、長時間連続で溶接した場合でも、アーク安定性に優れたアーク溶接用ソリッドワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0019】
本発明者らは、銅めっき層が形成されたソリッドワイヤを使用したアーク溶接において、長時間連続で溶接した場合でも、アーク安定性に優れたソリッドワイヤを得るために鋭意検討を重ねた結果、給電チップの摩耗を抑制することでアーク安定性を維持する必要があるとの結論に至った。具体的には、溶接ワイヤ表面における凹凸を適切に管理することで、給電チップまで必要となる潤滑剤を保持させることが有効であると考えた。
【0020】
以上より、本実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、鋼材の表面に銅めっき層が形成されたアーク溶接用ソリッドワイヤであって、鋼材及び銅めっき層中のCu量が、ワイヤ全質量あたり0.05~0.30質量%であり、ワイヤ表面に、ワイヤ1kgあたり0.05~0.20gの油が塗布されており、銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRacが0.25~1.00μm、かつ、長手方向の算術平均粗さRalが0.07~0.50μmであることを特徴とする。
【0021】
以下、本実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤを規定する各項目及びそれを実施するための手段について、詳細に説明する。
【0022】
<鋼材及び銅めっき層中のCu量:ワイヤ全質量あたり0.05~0.30質量%>
銅めっき層は、給電チップと溶接ワイヤとの通電性を向上させる目的で、鋼材の表面に形成される。鋼材及び銅めっき層中のCu量が、ワイヤ全質量あたり0.05質量%未満では、給電チップと溶接ワイヤの接触電気抵抗が高まるため、給電チップが著しく摩耗し、アークが不安定となる。よって、鋼材及び銅めっき層中のCu量は、ワイヤ全質量あたり0.05質量%以上とし、好ましくは0.10質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上とする。
【0023】
一方、鋼材及び銅めっき層中のCu量が、ワイヤ全質量あたり0.30質量%を超えると、溶接ワイヤ表面の銅めっき層が、溶接に使用するワイヤ送給系と接触する際に剥離しやすくなる。結果、剥離した銅めっきがワイヤ送給系の内部に残留することで、ワイヤ送給性を阻害するおそれがある。よって、鋼材及び銅めっき層中のCu量は、ワイヤ全質量あたり0.30質量%以下とし、好ましくは0.27質量%以下、より好ましくは0.25質量%以下とする。
【0024】
なお、上記Cu量は、銅めっき層中に含まれるCuに加え、溶接ワイヤの芯材となる鋼材中のCuも含まれる。よって、上記Cu量は、鋼材の表面に形成される銅めっきの量と、鋼材に含まれるCu成分量により調整され得る。
【0025】
<ワイヤ表面に塗布される油量:ワイヤ1kgあたり0.05~0.20g>
ワイヤ表面に塗布される油は、送給経路内での溶接ワイヤのすべり性を確保するための潤滑剤としての役割を果たす。上記役割を果たすものであれば、油の種類は特に制限されないが、例として、植物油、鉱物油、動物油及び合成油などの液体油が挙げられる。また、上記目的を達成するものであれば、これらは単独で使用しても良く、併用して使用しても良い。
【0026】
また、上記油に、硫化物のような固体潤滑剤を分散させた上で、溶接ワイヤに塗布することで、ワイヤ表面に均一に潤滑剤を塗布することが可能である。ただし、過度な量の固体潤滑剤は、送給系の詰まりに影響する可能性があるため、例えば、ワイヤ1kgあたり0.15g以下の一定量に制限すべきである。
なお、ワイヤ表面への油の塗布方法は、特に制限がなく、公知の塗布方法により実施することができる。
【0027】
ワイヤ表面に塗布される油量が、ワイヤ1kgあたり0.05g未満では、潤滑剤の役割を果たすために必要な油量が不足するため、ワイヤの送給が安定せず、アーク安定性を著しく阻害するおそれがある。よって、ワイヤ表面に塗布される油量は、ワイヤ1kgあたり0.05g以上とし、好ましくは0.06g以上、より好ましくは0.07g以上とする。
一方、ワイヤ表面に塗布される油量が、ワイヤ1kgあたり0.20gを超えると、過度な油膜を形成し、給電チップと溶接ワイヤとの給電を阻害するおそれがある。また、長時間連続で溶接した場合に、油が送給系の内部に残留し、アーク安定性を阻害するおそれがある。よって、ワイヤ表面に塗布される油量は、ワイヤ1kgあたり0.20g以下とし、好ましくは0.15g以下、より好ましくは0.10g以下とする。
【0028】
<銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRac:0.25~1.00μm、長手方向の算術平均粗さRal:0.07~0.50μm>
銅めっき層の表面における凹凸は、潤滑油や固体潤滑剤を保持する役割を果たす。また、給電チップと溶接ワイヤの接点を安定化させることで、アークが安定する。
長時間連続での溶接におけるアーク安定性に対しては、給電チップでの安定した溶融と、過剰な給電チップの摩耗を抑制することが有効である。銅めっき層の表面に所定の凹凸を設けることで、ワイヤ表面は安定して溶融するとともに、給電チップへのダメージも軽減する。また、凹凸に捕捉された潤滑油や固体潤滑剤は、ワイヤの送給性を確保するだけでなく、給電チップでの安定した溶融を促す。
【0029】
銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRacが0.25μm未満では、送給潤滑剤の塗布が不均一となるため、ワイヤの送給が安定せずアークが不安定となる。また、ワイヤ表面に塗布された潤滑剤が送給経路中で離脱しやすくなり、給電チップ先端における通電性が低下し、アークが不安定となる。よって、周方向の算術平均粗さRacは0.25μm以上とし、好ましくは0.30μm以上、より好ましくは0.35μm以上とする。
一方、銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRacが1.00μmを超えると、銅めっき層において鉄地の露出箇所が増加するため、給電チップと溶接ワイヤの接触電気抵抗が高まり、給電チップが磨耗する。よって、周方向の算術平均粗さRacは1.00μm以下とし、好ましくは0.50μm以下、より好ましくは0.45μm以下とする。
【0030】
また、銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRalが0.07μm未満では、送給潤滑剤の塗布が不均一となるため、ワイヤの送給が安定せずアークが不安定となる。また、ワイヤ表面に塗布された潤滑剤が送給経路中で離脱しやすくなり、給電チップ先端における通電性が低下しアークが不安定となる。よって、長手方向の算術平均粗さRalは0.07μm以上とし、好ましくは0.10μm以上、より好ましくは0.15μm以上とする。
一方、銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRalが0.50μmを超えると、部分的な鉄地の露出が増加するため、給電時の抵抗のばらつきが増加し、アークが不安定となる。よって、長手方向の算術平均粗さRalは0.50μm以下とし、好ましくは0.40μm以下、より好ましくは0.35μm以下とする。
【0031】
銅めっき層の表面における周方向の算術平均粗さRac及び長手方向の算術平均粗さRalを、上記数値範囲内に調整するためには、鋼材に銅めっき処理する施す前、又は銅めっき処理を施した後、溶接ワイヤ表面に機械的又は化学的に強加工を加える工程を設けることが好ましい。ここで、強加工とは、ショットブラスト、サンドペーパーによる研磨のような機械加工、塩酸浸漬などによる化学的な加工や、穴ダイス又はローラーダイスのような伸線加工などを組み合わせた加工を意味する。
【0032】
溶接ワイヤの製造工程は、圧延、焼鈍、酸洗、銅めっき、伸線加工を適宜組み合せる。意図的に機械加工で凹凸を設けるには、例えば、鋼材に銅めっき処理を施す前に、ショットピーニングを付与することにより実現できる。5.5φの鋼線材の表面に、スチール製ラウンドカットワイヤを投射する。ショット材の硬さは、鋼線材の硬さよりも硬いものを用いる。5.5φのYGW12原線に対して、300~400HVの硬さで、0.3~0.8mm程度の粒径のショット材を使用することが好ましく、表面カバレージは98%以上とすることで実現できる。
【0033】
また、銅めっき後の線材にショットブラストして、凹凸を形成する方法もある。その場合、投射エネルギーが強すぎると、めっきが剥離してしまうため、粒子径の小さいブラスト材を使用することが好ましい。例えば、2.4φのYGW12の銅めっき線材に対しては、30~200μm程度の粒径の鋼製、セラミックス製や樹脂製のブラスト材を使用することが好ましく、表面カバレージは98%以上とする。
【0034】
なお、ショットピーニング以外の機械加工で凹凸を設けるには、鋼材に銅めっき処理する施す前に、サンドペーパーにより鋼線表面を研磨することで実現できる。5.5φの鋼線材の表面に#80~#240のサンドペーパーを当てて、研磨する。研磨布紙は、SiCやAlなどのセラミックスが接着剤で固体された一般的なものを用いることで、意図的に凹凸を形成できる。
【0035】
次に、意図的に焼鈍・酸洗で凹凸を設けるには、5.5φの鋼線材を焼鈍した際にスケールを形成させ、酸洗で除去することで実現できる。5.5φの鋼線材に700~800℃の焼鈍を施したのち、線材表面を塩酸で酸洗する。酸洗により、表面と粒界酸化部のスケールが除去された結果、意図的に凹凸を形成できる。
【0036】
以上の方法で、線材の表面に凹凸を形成し製品径まで伸線する場合は、穴ダイスよりもマイクロミルやローラーダイスで伸線することで、意図的に形成した算術平均粗さを維持しつつ縮径でき、製品径で周方向の算術平均粗さRac及び長手方向の算術平均粗さRalを上記所定範囲内とすることができる。
【0037】
溶接ワイヤの表面加工は、銅めっき層の形成前後に実施されるが、機械加工や伸線加工の履歴を鑑みると、溶接ワイヤの線経が大きいタイミングで、上記加工を行うことが有効である。すなわち、溶接ワイヤを製品径まで伸線した後に銅めっき層を形成するよりも、太径(素線経)の状態で銅めっき層を形成する前、又は形成した後に、機械加工を加えた上で製品径まで伸線することが重要である。
【0038】
なお、強加工を受けた溶接ワイヤ表面の凹凸は、溶接ワイヤの周方向(溶接ワイヤが円筒形の場合には、円周方向)だけではなく、溶接ワイヤの長手方向にも存在する必要がある。周方向のみならず、長手方向にも所定の算術平均粗さの凹凸を有することで、潤滑油及び固体潤滑剤の捕捉効果の向上が期待できる。
【0039】
なお、長時間連続での溶接において、より優れたアーク安定性を維持し、又はワイヤ送給性の向上を実現するためには、以下の各項目を満足することが好ましい。
【0040】
<ワイヤ表面におけるCu粉の付着量:ワイヤ1kgあたり0.03g以下>
上記で説明したように、鋼材に銅めっき処理を施した後、溶接ワイヤ表面に強加工を加えられるが、銅めっき層は強度が低いため、例えば、伸線加工時に厳しい減面率にならないように適切な製造条件の管理のもとで行われる。この管理が適切でない場合には、加工により発生したCu粉が、溶接ワイヤ表面に多量に残留することがある。このCu粉を所定量以下にすることにより、長時間連続で溶接した場合でも、溶接ワイヤの送給性や給電チップとの通電性を良好にすることができる。
【0041】
よって、銅めっき層の表面におけるCu粉の付着量は、少ないほど好ましく、ワイヤ1kgあたり0.03gを上限とする。なお、Cu粉の付着量は、好ましくは0.02g以下、より好ましくは0.01g以下とする。
【0042】
ワイヤ表面におけるCu粉の付着量を、ワイヤ1kgあたり0.03g以下とするためには、上記の通り、伸線加工時に厳しい減面率にならないような適切な製造条件を設定すればよい。しかし、他の方法として、伸線加工時に発生したCu粉を、その後の製造工程内で意図的に除去することも有用である。具体的には、伸線加工後の溶接ワイヤの表面を拭き取る工程や、溶接ワイヤの表面を洗浄する工程を設けることが考えられる。
【0043】
<油中の硫化物量:ワイヤ1kgあたり0.01~0.03g>
油中の硫化物量は、潤滑剤としての効果をさらに高めることで、溶接ワイヤの送給性を向上させる。また、ワイヤ表面を積極的に溶融させることにより、長時間連続での溶接においても、給電チップの損傷を減らし、アーク安定性が維持される。
油中の硫化物量が、ワイヤ1kgあたり0.01g以上では、上記の効果を十分に得ることができる。よって、油中の硫化物量は、ワイヤ1kgあたり0.01g以上とし、好ましくは0.015g以上、より好ましくは0.020g以上とする。
一方、油中の硫化物量が、ワイヤ1kgあたり0.03g以下では、上記の効果が飽和するとともに、かえって溶接ワイヤの送給を阻害するのを抑制できる。よって、油中の硫化物量は、ワイヤ1kgあたり0.03g以下とし、好ましくは0.025g以下、より好ましくは0.020g以下とする。
なお、上記硫化物としては、具体的には、例えば、二硫化モリブデン、硫化亜鉛などである。
【0044】
<ワイヤ表面に存在する固形物量の総量:ワイヤ1kgあたり0.04g以下>
銅めっき層の表面に存在する固形物は、銅めっきが脱落、又は製造工程で再付着した銅粉である。また、伸線時の潤滑剤などである。
ワイヤ表面に存在する固形物量の総量が、ワイヤ1kgあたり0.04g以下では、長時間溶接した際に送給系に残留する固形物の量を抑制し、溶接性を向上させることができる。よって、ワイヤ表面に存在する固形物量の総量は0.04g以下とし、好ましくは0.03g以下、より好ましくは0.01g以下とする。
なお、上記固形物としては、具体的には、例えば、銅粉、カルシウムやナトリウム系の石鹸などである。
【0045】
<鋼材の化学組成>
本実施形態に係るアーク溶接用ソリッドワイヤの芯材となる鋼材の成分組成については、特に制限されないが、例えば、ワイヤ全質量あたり、C:0.02~0.08質量%、Si:0.01~1.00質量%、Mn:0.30~2.20質量%、Ti:0.001~0.30質量%、Cu:0.05~0.30質量%、P:0.025質量%以下(0質量%を含む)、S:0.025質量%以下(0質量%を含む)を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。また、Cr、Al、Moの一種以上を0.50質量%以下、N、Oをそれぞれ0.010質量%以下の範囲で含有しても良い。これらの化学組成の範囲は、要求される溶接金属部の機械的性質、溶接時のビード形状、スラグ剥離性などから決定される。
【実施例
【0046】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0047】
<ワイヤの製造>
まず、溶製したインゴットを熱間加工で5.5φまで圧延した後、700~800℃の温度域で焼鈍を行った。その後、塩酸による酸洗を実施することで、線材表面の酸化物を化学的に除去し、凹凸を制御した。その後、凹凸を消さない程度の厚さの銅めっきを表面に施した後、冷間伸線でローラーダイス又は穴ダイスにより線径1.2mmまで縮径し、表面に油(種類:鉱物油)を塗布し、溶接ワイヤ(組成:YGW12、YGW18)とした。
【0048】
また、必要に応じて、伸線加工後のワイヤ表面に付着した異物を取り除く目的で、湯洗や布拭取りなどの工程を付与した。さらに、潤滑性を向上させる目的で、油だけでなく硫化物(種類:二硫化モリブデン)を塗布した。
【0049】
このようにして、表3に示すような、「ワイヤ全質量あたりの鋼材及び銅めっき層中のCu量」、「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に塗布される油量」、「銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRac」、「銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRal」、「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面におけるCu粉の付着量」、「ワイヤ1kgあたりの油中の硫化物量」及び「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に存在する固形物量の総量」がそれぞれの条件を満足する、各ソリッドワイヤを準備した。
【0050】
<ガスシールドアーク溶接>
本発明例及び比較例のワイヤを用いたガスシールドアーク溶接の溶接条件を表1、2に示す。ロボットを用いた自動溶接で、長さ及び幅がいずれも650mm、厚さが25mmの板状鋼板を水平に配置し、上記方法で製造したガスシールドアーク溶接用ワイヤを使用して、表1又は表2に記載した溶接条件で、平板上に連続で溶接(ビードオンプレート)を行った。
【0051】
なお、溶接開始前に、ワイヤ径1.2mm用の未使用の溶接チップを取り付けた。その後、鋼板の端部から溶接を開始し、650mm溶接した後は、溶接ビードが重ならないように溶接位置をずらした上で、方向を逆向きに連続で溶接を続けた。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
<ワイヤの評価>
溶接ワイヤの溶接性の評価は、1時間連続溶接後のアーク安定性を評価した。1時間の溶接によりチップ摩耗が進んだ場合、溶接チップにおける給電点がばらつき、アークが不安定となる。1時間連続溶接後、アークが不安定になった場合は「×」(不良)、アークが安定していた場合は「○」(良)、アークが安定し、かつ溶接チップの付け根に堆積物が確認されない場合は「◎」(優良)と判定した。アーク安定性についての評価結果も、表3に併せて示す。
【0055】
【表3】
【0056】
なお、表3において、Cu粉の付着量が「-」であるものは、未測定であることを示している。また、油中の硫化物量が「<0.01」であるものは、当該硫化物量が0.01g/kg未満であることを示している。
【0057】
上記表3に示すように、発明例であるワイヤNo.1~8は、「ワイヤ全質量あたりの鋼材及び銅めっき層中のCu量」、「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に塗布される油量」、「銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRac」及び「銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRal」のすべてが本発明の条件を満足するため、評価結果が◎又は○となり、アーク安定性に優れていた。
【0058】
特に、ワイヤNo.1、3、4及び6~8は、「ワイヤ1kgあたりの油中の硫化物量」及び「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に存在する固形物量の総量」が本発明の好ましい条件を満足するため、評価結果が◎となり、アーク安定性が特に優れていた。
【0059】
一方、比較例であるワイヤNo.9~14は、「ワイヤ全質量あたりの鋼材及び銅めっき層中のCu量」、「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に塗布される油量」、「銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRac」及び「銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRal」のうち少なくとも1つが、本発明の条件を満足しないため、アーク安定性に劣っていた。
【0060】
具体的には、ワイヤNo.9、10及び14は、「銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRal」が本発明の条件を満足しないため、評価結果が×となり、アーク安定性に劣っていた。
【0061】
ワイヤNo.11及び12は、「ワイヤ1kgあたりのワイヤ表面に塗布される油量」、「銅めっき層の表面における、周方向の算術平均粗さRac」及び「銅めっき層の表面における、長手方向の算術平均粗さRal」が本発明の条件を満足しないため、評価結果が×となり、
アーク安定性に劣っていた。
【0062】
ワイヤNo.13は、「ワイヤ全質量あたりの鋼材及び銅めっき層中のCu量」が本発明の条件を満足しないため、評価結果が×となり、アーク安定性に劣っていた。
【0063】
以上より、本発明に係るアーク溶接用ソリッドワイヤは、長時間連続で溶接した場合でも、アーク安定性に優れていることが示された。