(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】抗不安医薬組成物およびそれを含む加工食品
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4965 20060101AFI20231101BHJP
A61K 31/045 20060101ALI20231101BHJP
A61K 31/341 20060101ALI20231101BHJP
A61K 31/4015 20060101ALI20231101BHJP
A61K 31/197 20060101ALI20231101BHJP
A61P 25/22 20060101ALI20231101BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20231101BHJP
【FI】
A61K31/4965
A61K31/045
A61K31/341
A61K31/4015
A61K31/197
A61P25/22
A23L33/10
(21)【出願番号】P 2019127709
(22)【出願日】2019-07-09
【審査請求日】2022-04-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591040236
【氏名又は名称】石川県
(73)【特許権者】
【識別番号】504061259
【氏名又は名称】株式会社丸八製茶場
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】山田 康枝
(72)【発明者】
【氏名】笹木 哲也
(72)【発明者】
【氏名】丸谷 誠慶
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-019649(JP,A)
【文献】Food Chemistry,2008年,Vol.108,pp.840-846
【文献】Biol. Pharm. Bull.,2001年,Vol.24, No.9,pp.1068-1071
【文献】日本食品科学工学会誌,2016年,Vol.63, No.9,pp.394-404
【文献】J Sci Food Agric,2018年,Vol.99,pp.1780-1786
【文献】Fundam. Clin. Pharmacol.,1988年,Vol.2,pp.77-82
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A23L 33/10
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-エチル-3,5-ジメチルピラジン
と2-エチル-3,6-ジメチルピラジンを含み、カテキン類を含まない抗不安組成物。
【請求項2】
さらに2,3,5-トリメチルピラジン、2,3-ジエチル-5-メチルピラジン、3,7-ジメチル-2,6-オクタジエン-1-オール、4-ヒドロキシ-2,5-ジメチル-3(2H)-フラノンから選ばれる少なくとも1種の抗不安化合物を含む請求項
1に記載された抗不安組成物。
【請求項3】
ピログルタミン酸をさらに含むことを特徴とする請求項1
または2の請求項に記載された抗不安組成物。
【請求項4】
GABAをさらに含むことを特徴とする請求項1乃至
3の何れか一の請求項に記載された抗不安組成物。
【請求項5】
請求項1乃至
4の何れか一の請求項に記載された抗不安組成物を含む医薬組成物。
【請求項6】
請求項1乃至
4の何れか一の請求項に記載された抗不安組成物を含む加工食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗不安作用を有する抗不安化合物を含む医薬組成物および加工食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗不安剤としては、ベンゾジアゼピン系のものが多く提案されている。しかしこのような合成化合物は、習慣性等の問題を否定できない。通常、人が飲食するものの中に、同じような効果を有するものがあれば、摂取する際に安心感は高くなる。
【0003】
特許文献1には、シソの抽出物に抗不安効果があることが開示されている。そして、特にロズマリン酸が主要な成分であるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、ユリ科植物、特許文献3には、蓮の種子の胚芽である連子心(れんししん)、特許文献4には、ラフマ(中国北部・西部原産のキョウチクトウ科の多年草)の抽出物が抗不安作用を奏することが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-275061号公報
【文献】特開2004-161717号公報
【文献】特開2006-042664号公報
【文献】特開2011-093842号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Sasaki T, Koshi E, Take H, Michihata T, Maruya M, Enomoto T. Characterisation of odorants in roasted stem tea using gas chromatography-mass spectrometry and gas chromatography-olfactometry analysis. Food Chem. 2017;220:177-183
【文献】SHEIKH JULFIKAR HOSSAIN et al Effects of Tea Components on the Response of GABAA Receptors Expressed in Xenopus Oocytes JOURNAL of AGRICULTUAL and FOOD CHEMISTRY 2002,50,3954-3960.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、これらの植物は大量に入手するのは容易ではない。長年にわたって人が飲食した歴史を有し、なおかつ現在でも大量に入手可能な飲食物から抗不安効果を有するものを得られるのが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記のような課題を鑑みて想到されたものであり、ほうじ茶に含まれる成分に抗不安作用を有する化合物があることを見出して完成させた。
【0009】
より具体的に本発明に係る抗不安組成物と、抗不安組成物を含む医薬組成物若しくは加工食品は、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンと2-エチル-3,6-ジメチルピラジンを含み、カテキン類を含まないことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
これらの抗不安化合物はほうじ茶に含まれるものであり、長年わが国では飲用されてきたものであるから、習慣性や副作用といった摂取による障害に対する安全性は高いものがあるといえる。また、ほうじ茶は、煎茶や番茶を作製した後の茶葉や茎の残り物で作られるものであり、現在でも大量に生産されているため、コストを安くできる見込みが高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】アフリカツメガエルの卵母細胞にGABA
A受容体を発現させる工程を示す模式図である。
【
図4】ピラジンA、ピラジンB、ピラジンCのGABA
A受容体に対する効果を示すグラフである。
【
図5】ピラジンA(GABA10μM共存下)についての活性化曲線を示すグラフである。
【
図6】ゲラニオール、ヒドロキシフラノンのGABA
A受容体に対する効果を示すグラフである。
【
図7】エタノールとほうじ茶の抽出液のGABA
A受容体に対する効果を示すグラフである。
【
図8】ピログルタミン酸のGABA
A受容体に対する効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明に係る抗不安化合物を用いた抗不安組成物と、抗不安組成物を用いた抗不安医薬組成物およびそれを用いた加工食品について実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0013】
GABA受容体は、GABAを選択的に受容する受容体であり、GABAA(イオンチャネル型)、GABAB(代謝型)、GABAC(イオンチャネル型)受容体の3種類が確認されている。これらの受容体のうちGABAA受容体は、α、β、γ、δ、ε、θ、πの7つのサブファミリーがあり、そのうち5種類のサブユニットで5量体を形成している。
【0014】
図1は、GABA
A受容体の構造を示す図である。
図1(a)は、GABA
A受容体の拡大模式図であり、
図1(b)は、神経細胞でGABA
A受容体が形成されている状態を示している。脳内で発現するGABA
A受容体は、
図1(a)に示すように、2つのαサブユニットと2つのβサブユニット、1つのγサブユニットから成ると考えられている。このα、βサブユニットの間にGABAが結合することでチャネルが開口し、Cl
-イオンを透過する。このCl
-イオンが細胞外から細胞内に流入することにより、神経細胞が過分極して興奮が抑制される。
【0015】
GABAA受容体には、5種類のサブユニットの一部が組み合わされて形成された、リガンドであるGABA結合部位がある。このGABA結合部位の他に、バルビツール結合部位、ベンゾジアゼピン結合部位、糖質コルチコイド結合部位、ペニシリン結合部位、フロセミド結合部位などが知られており、GABAとの反応性の調節を行っている。
【0016】
例えば、βサブユニットの孔側にはピクロトキシンが結合し、非競合的に活性を阻害する。睡眠鎮静作用や抗不安作用などの薬理作用で知られているベンゾジアゼピンは、αサブユニットに結合し、GABAの作用を増強する。また、γサブユニットに結合するエタノールはGABAの作用を増強する。
【0017】
このように、GABAA受容体にはさまざまな薬物が作用するため、その程度に応じて、安らぎ、精神安定、睡眠、麻酔効果などが生じることが知られており、GABAA受容体は気分に影響する物質の主要な作用対象である。GABAA受容体の機能発現を欠損させると、てんかんや不安障害、認識障害、統合失調症、うつ、薬物依存などになることから、GABAA受容体に作用する物質は鎮静・催眠薬、抗痙攣薬や抗不安薬などの鎮静型の神経作用薬の開発のターゲットになる。以上のことから、GABAA受容体に作用する物質(組成物)が重要となる。以下GABAA受容体を活性化する能力を「GABAA受容体活性能」と呼ぶ。
【0018】
本発明に係る抗不安医薬組成物およびそれを用いた加工食品には、ほうじ茶に含まれる成分の内、GABAA受容体を活性化する物質で構成されている。ほうじ茶には、香気成分、有機酸、カテキンといった成分が多種含まれている(非特許文献1)。その中で、香気成分である2-エチル-3,5-ジメチルピラジン(CAS番号13925-07-0)、2-エチル-3,6-ジメチルピラジン(CAS番号13360-65-1)(これらを合わせて以後「ピラジンA」と呼ぶ。)、2,3,5-トリメチルピラジン(CAS番号14667-55-1)、以後「ピラジンB」と呼ぶ。)、2,3-ジエチル-5-メチルピラジン(CAS番号18138-04-0、以後「ピラジンC」と呼ぶ。)、3,7-ジメチル-2,6-オクタジエン-1-オール(CAS番号106-24-1、以後「ゲラニオール」と呼ぶ。)、4-ヒドロキシ-2,5-ジメチル-3(2H)-フラノン(CAS番号3658-77-3、以後「ヒドロキシフラノン」と呼ぶ。)、ピログルタミン酸(CAS番号98-79-3)が、GABAA受容体活性能を有することがわかった。本明細書では、これらの物質を「抗不安化合物」と呼ぶ。
【0019】
また、本明細書において、抗不安組成物は、抗不安化合物が少なくとも1種類以上含まれるものをいう。結果、本発明に係る抗不安医薬組成物およびそれを用いた加工食品は、抗不安組成物を含むことになる。
【0020】
本発明に係る抗不安医薬組成物中に含まれる抗不安化合物は、水、メタノール、エタノール、アセトン等の溶媒中で、薬学上許容される酸と混合することで、塩にすることができる。薬学上許容される酸としては、塩酸、臭化水素酸、硫酸塩、リン酸、硝酸等の無機酸、あるいは酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、アスコルビン酸等の有機酸が挙げられる。
【0021】
また、本発明に係る抗不安医薬組成物は、経口摂取で効果を有する。そのため、粉末若しくは粒状の上記物質をカプセル剤、顆粒剤、散剤、錠剤等に製剤化して提供することができる。また、経口剤とする際には、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、着色剤、矯味剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤といった添加剤を加え、カプセル剤、顆粒剤、散剤、錠剤を常法によって製造することができる。
【0022】
また、これらの抗不安医薬組成物は、静脈内、皮下、もしくは筋肉内注射、局所的、経直腸的、経皮的、または経鼻的といった非経口的摂取によっても効果を奏する。
【0023】
本発明に係る抗不安化合物は、加熱により揮発しやすい。したがって、本発明に係る抗不安医薬組成物は、最終段階で加熱を要さない加工食品に含ませることができる。例えば、飴、ガム、ゼリー、魚肉・畜肉練製品、清涼飲料、乳飲料、乳清飲料、乳酸菌飲料、ヨーグルト、アイスクリーム、プリン等といった嗜好食品や健康食品を含む一般加工食品に対して好適に利用できる。またこれらの加工食品だけでなく、厚生労働省の保健機能食品制度に規定された特定保健用食品や栄養機能食品などの保健機能食品を含む。さらに、栄養補助食品(サプリメント)、飼料、食品添加物等も本発明に係る抗不安医薬組成物を適用できる加工食品に含まれる。これらの加工食品の原料中に、抗不安医薬組成物を添加することで、本発明に係る加工食品を調製することができる。
【0024】
なお、後述する実施例に示すように、抗不安化合物は、GABAA受容体の阻害剤となり得るカテキンとの共存では、GABAA受容体活性能が抑制されてしまう。したがって、本発明に係る抗不安医薬組成物およびそれを用いた加工食品には、カテキン類が含まれていないことを必要とする。
【0025】
ここで、カテキン類とは、ガレート型カテキンであるエピガロカテキンガレート、エピカテキンガレート、カテキンガレート、ガロカテキンガレート、また遊離型カテキンであるエピガロカテキン、エピカテキン、カテキン、ガロカテキンをいう。
【実施例】
【0026】
<GABAA受容体活性能の評価>
GABAA受容体はすべて神経細胞に発現しており、GABAによって活性化するGABAB(代謝型)、GABAC(イオンチャネル型)受容体などがある。よって、神経細胞への直接的なGABAの投与ではGABAA受容体単独の活性をみることは非常に難しい。そこで、GABAA受容体を評価用の細胞に発現させ、評価対象化合物をその細胞に灌流する。評価対象化合物によって、GABAA受容体が活性すれば、GABAA受容体チャネルが開くため、細胞の内外に電流が流れる。この電流を測定することで、GABAA受容体活性能を評価した。
【0027】
より具体的には、評価用の細胞としてアフリカツメガエルの卵母細胞を選んだ。アフリカツメガエルの卵母細胞発現系では、外来のmRNAを注入すると、効率よくそのタンパク質を発現できることが知られている。そこで、アフリカツメガエルの卵母細胞にGABAA受容体を発現させ、評価対象化合物を灌流させGABAA受容体に作用させた。この受容体が作用するとCl-イオンがGABAA受容体チャネルを通過し、卵母細胞の内外方向に電流が生じる。この電流を、二電極膜電位固定法によって測定し、受容体活性を測定した。
【0028】
(卵母細胞の摘出と卵胞膜の除去)
以下の操作は可能な限り、無菌的に行った。メスのアフリカツメガエルを氷水の中で約1時間放置し、強制的に冬眠させた後、必要分の卵母細胞を約5mmの塊となるように取り出し、コラゲナーゼ溶液に浸した。卵母細胞をコラゲナーゼ溶液に入れ、温室20~25℃で1~1.5時間浸した後にBarth溶液で洗い流し、顕微鏡下で、Barth溶液の入ったシャーレ中で卵母細胞の表面を覆っている卵胞膜をピンセットで取り除いた。卵胞膜を取り除いた卵母細胞を20℃のサーモプレート上で保存した。
【0029】
(mRNAのインジェクション)
卵母細胞ひとつひとつに合成した牛由来のα1、β1のmRNAを50nL(α1は0.08μg/oocyte,β1は0.09μg/oocyte)ずつインジェクションした。その後、インジェクションした卵母細胞は、Barth溶液が入った新しいシャーレに入れ、20℃でインキュベートし、GABA
A受容体を発現させた(
図2)。
【0030】
(二電極膜電位固定法)
二電極膜電位固定法で膜電位を-70mVに固定し、細胞膜を通過するイオンを電流測定電極で測定した。アンプはオーサイトクランプ装置(TEV-200A VOLTAGE CLAMP)を用い、電流値をPower Lab/200でAD変換し、ソフトChartで取り込んだ。
図3はリガンドであるGABAを灌流させた時の、GABA
A受容体の標準的な測定状態を示したものである。
図3を参照して、横軸が時間(sec)であり、縦軸が電流(μA)を表している。GABAは、計測開始後5秒目から25秒目まで灌流した。
図3では、この間、細胞膜を通過する電流が計測されているのがわかる。
【0031】
評価対象化合物となるピラジンA、ピラジンBおよびピラジンC、ゲラニオール、ヒドロキシフラノンおよびピログルタミン酸は、それぞれ合成化学物を購入した。これらの成分はほうじ茶に含まれている。これらの成分は所定の濃度に設定し、GABA10μMと共に電極を設置した卵母細胞に灌流させた。電流の変化は灌流してから5分後に測定した。
【0032】
まず、GABA10μMの条件で電流を流しその時の値を測定した。GABA10μMがコントロールとなる。次に、各サンプルを2.5mMの濃度で、GABA10μMと共に、灌流させた。各サンプルの灌流時の測定電流とGABA10μMの時の電流との比を求めた。なお、GABA10μMだけの時の電流値を100とした。この比を持って、GABAA受容体活性率(%)とした。GABAA受容体活性率が100%を超えれば、GABAA受容体活性能を有すると言える。
【0033】
図4にピラジンA、ピラジンB、ピラジンCのGABA
A受容体に対する効果を示す。
図4を参照して、横軸はサンプル種であり、縦軸はGABA
A受容体活性化率(%)を表す。ピラジンA、Cに強いGABA
A受容体活性が見られた。また、ピラジンBもピラジンA、Cより低いものの、活性化が見られた。
【0034】
図5は、ピラジンA(GABA10μM共存下)について活性化曲線を求めた結果を示す。
図5は、GABA10μMの時の電流値と所定濃度のピラジンAをGABA10μMと共に灌流させた時の電流値との比で求めたものである。したがって、
図5では、GABA10μMだけの時の電流値を1としている。この比を活性度(%)とした。横軸はピラジンAの濃度(mM)であり、縦軸は活性度(%)を表す。これより、ピラジンAのEC50は1.13mMであった。
【0035】
図6にゲラニオール、ヒドロキシフラノンのGABA
A受容体に対する効果を示す。なお、コントロール(GABA10μMのみ)と共に、エタノール、リナロールについての結果も示す。エタノールはすでにGABA
A受容体活性化能を有していることが分かっている。また、リナロールもほうじ茶に含まれる成分の1つである。
【0036】
図6を参照して、横軸はサンプル種およびその濃度であり、縦軸はGABA
A受容体活性化率(%)である。コントロール(GABA10μMのみ)に対して、エタノール、ゲラニオール、ヒドロキシフラノンが120%以上であり、GABA
A受容体活性能が認められた。
【0037】
図7には、100mMのエタノールと、ほうじ茶の抽出液のGABA
A受容体活性を比較したグラフを示す。全てのサンプルはGABA10μM存在下での測定結果である。ほうじ茶の抽出は「煮出し」と「水出し」に分けた。「煮出し」とは、沸騰した100mlND96に茶葉2.31gを加え、20~25秒浸出させた抽出液である。また、「水出し」とは、100mlND96に茶葉を加え、冷蔵庫で3時間放置した抽出液である。これらの抽出液を10倍、50倍、100倍、200倍に希釈したものを用意した。
【0038】
図7を参照して、縦軸はサンプル種を表し、横軸はGABA
A受容体活性化率(%)を表す。ほうじ茶を抽出したもので、コントロール(GABA10μMのみ)以上のGABA
A受容体活性能を示したのは、水出し200倍希釈と水出し100倍希釈であった。なお、いずれの場合もエタノールよりもGABA
A受容体活性能は低く、
図5、
図6で示したピラジンA、ピラジンB、ピラジンC、ゲラニオール、ヒドロキシフラノンのGABA
A受容体活性能よりは低かった。すなわち、本発明に係る抗不安化合物は、ほうじ茶に含まれているだけでは大きな効果を示すことはないが、単体で使用すると、抗不安作用が極めて大きいことがわかる。
【0039】
非特許文献2にも示されているように、カテキン類はGABAA受容体阻害物質として働く。表1は、ほうじ茶中の香気成分量を示し、表2はほうじ茶中の有機酸量を表し、表3は、ほうじ茶中のカテキン類の量を示している。ほうじ茶中には、GABAA受容体阻害物質として働くカテキン類は、およそ1.5mM程度含まれている。一方、抗不安化合物であるピラジンA、B、C、ゲラニオール、ヒドロキシフラノン(いずれも香気成分)は、合わせても10.23μMしか含まれていない。
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
ほうじ茶の抽出液を希釈してGABA
A受容体活性化率(%)が増えるのは、GABA
A受容体阻害物質および抗不安化合物ともに希釈されるが、
図5に示したように、抗不安化合物は非常にわずかであっても、効果があるためと考えられる。したがって、本発明に係る抗不安化合物は、カテキン類と共に使用しないことで、GABA
A受容体活性能を発揮することができると言える。
【0044】
<ピログルタミン酸の効果>
図8にはピログルタミン酸のGABA
A受容体活性化能の試験結果を示す。
図8(a)は、GABA単体の結果であり、
図8(b)は、GABA単体に対するピログルタミン酸の比率を示している。横軸はいずれも濃度(μM)を示している。なお、この実験では、ピログルタミン酸を灌流する場合に、GABAは共存させていない。つまり、ピログルタミン酸は、単独でGABAと同じ効果を有している。
【0045】
図8(a)よりGABAのEC50は、65.1μMであり、
図8(b)よりピログルタミン酸のEC50は、116μMであった。ピログルタミン酸のEC50はGABAより高く、GABA
A受容体活性化能はGABAより低かった。しかし、ピログルタミン酸は、それ自体がGABA
A受容体のアゴニストとして働き、GABAの存否に係らず、GABA
A受容体を活性化させることができる。
【0046】
つまり、ピログルタミン酸は、GABAA受容体を活性化するので、すでに説明したピラジンA、ピラジンB、ピラジンC、ゲラニオール、ヒドロキシフラノンといった抗不安化合物と共に使用することで、これらの化合物のGABAA受容体活性能を引き出すことができる。
【0047】
以上のように、抗不安化合物であるピラジンA、ピラジンB、ピラジンC、ゲラニオール、ヒドロキシフラノンは、GABA若しくはピログルタミン酸との共存下でGABAA受容体活性能を有することが分かった。
【0048】
<マウスによる抗不安効果の確認>
次に実際の抗不安効果をマウスを用いて確認した。
【0049】
(マウス飼育方法)
9週齢のC57BL/6NCrlCrlj雄性マウス(日本チャールスリバー社)を購入後、動物飼育室で飼育順応させて高架式十字迷路試験を行った。マウスは4匹ずつ、ペーパーチップ床敷を敷いたポリカーボネート製ケージ(30×20×15cm)に入れ、飼料と水道水を自由に摂取させて飼育した。飼料は、動物用固形飼料MF(オリエンタル酵母工業株式会社)を用いた。動物実験室内は、12時間毎の明暗(明期:20時より8時、暗期:8時より20時)、室温23℃及び湿度60%に調節した。
【0050】
(高架式十字迷路試験装置)
実験に使用した高架式十字迷路は床上40cmにあり、直行する4本のアーム(6×30cm)とそれらが交差する部分のプラットホーム(9×9cm)から構成されている。2本のオープンアーム(高さ2cmのふち付き)には側壁がないが、2本のクローズアームは灰色不透明の側壁(高さ10cm)付きでその他の床も灰色不透明になっている。
【0051】
(実験方法)
水は自由摂取させたが、コントロール、抗不安化合物、比較例のサンプル物質の投与前から高架式十字迷路試験終了まで、3~5時間マウスは絶食とした。各サンプル物質をマウスの体重に応じた量(79mg/kg BW)だけ腹腔内投与した。なお、ほうじ茶水出し2倍希釈およびほうじ茶煮出し2倍希釈については、5ml/kg BWの量を腹腔内投与した。投与してから1時間後にマウスを高架式十字迷路のプラットホーム部分に置き、頭をオープン方向に向けて試験を開始し、10分間、オープンとクローズのそれぞれのアームへの侵入回数と滞在時間を観察し、記録した。プラットホームから四肢全部がアーム部分に出た場合を、アームへの移行として記録した。
【0052】
高架式十字迷路は側壁に囲まれたクローズアームと側壁がない開放されたオープンアームからなり、抗不安作用が増すことにより、マウスのオープンアームへの侵入回数と滞在時間が増加する。アームへの侵入回数合計(回)、各アームへの侵入回数の合計に対するオープンアーム侵入回数の割合(%)、各アームへの滞在時間の合計に対するオープンアーム滞在時間の割合(%)を以下に結果を示した。これらの割合が高いほど、抗不安作用が高いことを示す。
【0053】
表4には、リンゲル液(コントロール)、ピラジンC、ほうじ茶水出し2倍希釈、ほうじ茶煮出し2倍希釈の4種の比較の結果を示す。また、表5には、リンゲル液(コントロール)とピラジンAの場合の結果も示す。
【0054】
ピラジンCは、オープンアームへの侵入回数および滞在時間とも他のいずれの場合よりも高く、抗不安作用が増加しているのが確認された。また、ピラジンAもオープンアームへの侵入回数はリンゲル液に対して有意に高く、抗不安作用が増加しているのが確認された。
【0055】
【0056】
【0057】
以上のように、本発明に係る抗不安化合物は、精神を安定させ、不安な気持ちを抑制することができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、抗不安医薬組成物として好適に利用できるほか、サプリメントといった健康食品若しくは加工食品での利用が可能である。