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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】代謝が最適化された細胞培養
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20231101BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20231101BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231101BHJP
【FI】
C12P21/02 C
C12N5/02
C12N5/10
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021173755
(22)【出願日】2021-10-25
(62)【分割の表示】P 2020024484の分割
【原出願日】2014-10-10
(65)【公開番号】P2022009453
(43)【公開日】2022-01-14
【審査請求日】2021-10-25
(31)【優先権主張番号】61/889,815
(32)【優先日】2013-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】597160510
【氏名又は名称】リジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】REGENERON PHARMACEUTICALS, INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】ショーン ローレンス
(72)【発明者】
【氏名】アン キム
(72)【発明者】
【氏名】エイミー ジョンソン
【審査官】飯濱 翔太郎
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2003/0113915(US,A1)
【文献】Journal of Biotechnology,2012年,Vol.162,p.210-223
【文献】Biotechnology and Bioengineering,2013年07月,Vol.110, No.7,p.2013-2024
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
C12N
C12M
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を培養する方法であって、
(a)哺乳動物細胞を、第1の細胞培養において培養する工程であって、該第1の細胞培養がシードトレイン培養である、工程、
(b)該第1の細胞培養においてラクテートの濃度を測定する工程
(c)ラクテート消費への代謝シフトが該第1の細胞培養において起こったことを決定する工程、および
(d)該第1の細胞培養において、ラクテート消費への該代謝シフトが起こった後に、該細胞を、該第1の細胞培養から第2の細胞培養に移す工程であって、該第2の細胞培養が生産培養である、工程
を包含し、ここで該第1の細胞培養においてラクテート濃度がプラトーに達したときに、該代謝シフトが起こり、
該第2の細胞培養が、該第1の細胞培養とは異なる培養容器の中で行われる、方法。
【請求項2】
前記細胞は、前記第1の細胞培養において細胞を培養する前に、目的のポリペプチドをコードするDNAでトランスフェクトされ、前記方法は、前記第2の細胞培養を、該目的のポリペプチドの発現を可能にする条件下で維持する工程、および該目的のポリペプチドを該第2の細胞培養から採取する工程をさらに包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ラクテート消費への前記代謝シフトは、前記第1の細胞培養におけるpH、ラクテートもしくは塩基の測定によって検出される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ラクテート消費への前記代謝シフトは、塩基の添加なしの前記第1の細胞培養培地におけるpH増大後に検出される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記代謝シフトは、ラクテートの正味の蓄積が遅れるかもしくは停止する場合に、第1の細胞培養において決定される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記代謝シフトは、細胞が前記第1の細胞培養において対数期から抜け出したときに起こるか、または静止期に達したときに起こる、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
(i)前記代謝シフトは、前記第1の細胞培養における細胞増殖3日間でまたはそれより後に、該第1の細胞培養において起こる、
(ii)前記移された細胞は、前記第2の細胞培養において、約0.5×10細胞/mL~約3.0×10細胞/mLの間の接種細胞密度を有する、かつ/または
(iii)前記代謝シフトを決定する工程は、
a.前記第1の細胞培養においてpHを測定する工程
b.塩基を添加して、pHを所定の下限より高く維持する工程、
c.該pHが該所定の下限より高いことを、間隔をあけて引き続いて決定する工程、および
d.該塩基の添加を中止する工程、
を包含し、それによって、ラクテート消費への該代謝シフトは、該第1の細胞培養において起こったことを決定する、
請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
細胞を第2の細胞培養に移す工程は、細胞を生産用バイオリアクターに移す工程を包含する、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記第1の細胞培養における細胞集団は、前記第1の細胞培養が前記第2の細胞培養の一部となるように、前記第2の細胞培養に移される、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
(i)1種またはそれより多くの核酸配列は、前記細胞の細胞ゲノムの中に安定して組み込まれ、ここで該核酸配列は目的のポリペプチドをコードする、または
(ii)前記細胞は、目的のポリペプチドをコードする1種またはそれより多くの発現ベクターを含む、
請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記目的のポリペプチドは、抗体、抗原結合タンパク質、および融合タンパク質からなる群より選択される、請求項2~1のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記細胞は、CHO細胞、COS細胞、網膜細胞、Vera細胞、CV1細胞、HEK293細胞、293 EBNA細胞、MSR 293細胞、MDCK細胞、HaK細胞、BHK21細胞、HeLa細胞、HepG2細胞、WI38細胞、MRC 5細胞、Colo25細胞、HB 8065細胞、HL-60細胞、Jurkat細胞、Daudi細胞、A431細胞、CV-1細胞、U937細胞、3T3細胞、L細胞、C127細胞、SP2/0細胞、NS-0細胞、MMT細胞、PER.C6細胞、リンパ系細胞、およびネズミハイブリドーマ細胞からなる群より選択される、請求項1~1のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の引用)
本願は、2013年10月11日に出願された米国仮特許出願第61/889,815号への米国特許法第119条第(e)項の下での利益を主張する。米国仮特許出願第61/889,815号は、本明細書で、その全体が参考として具体的に援用される。
【0002】
(発明の分野)
本発明は、細胞培養においてラクテート消費へと代謝がシフトする細胞に関する。シードトレイン培養(seed train culture)におけるラクテート消費代謝プロフィールへの切り替わりは、生産培養(production culture)に対して有益な効果を有する。生産用リアクターの接種の際に、細胞は、哺乳動物細胞流加培養において、低いラクテート生産速度、低いピークラクテートレベル、ラクテート消費への早期の切り替わり、およびその後の増大した生産性を有するより効率的なラクテート代謝を示す。従って、細胞培養におけるタンパク質および/もしくはポリペプチドの大規模生産のための改善された方法が提供される。
【背景技術】
【0003】
(発明の背景)
生物学的製剤、特にタンパク質およびポリペプチドは、新規な薬学的生成物としてより頻繁に開発されている。非常に高レベルの目的の特定のタンパク質を生産する操作された細胞は、これら薬学的介入物の成功裡の商業的生産のために極めて重要になっている。細胞培養条件の制御および最適化は、培養において生産される治療用タンパク質のレベルおよび品質を変動させ、これに対して大きな影響を有する。
【0004】
バッチプロセスもしくは流加プロセスにおける細胞培養によってタンパク質を製造することは習慣的である。バイアル融解後の接種物増殖の早期ステージは、シード培養において細胞を培養することを包含する。代表的には、細胞は、細胞集団のサイズおよび/もしくは容積を漸進的に増大させるために、指数関数増殖速度で、例えば、シードトレインバイオリアクターの中で増殖される。細胞塊が、いくつかのバイオリアクターステージを経てスケールアップさせられた後、細胞は、依然として指数関数増殖期(対数期)にあるまま生産用バイオリアクターへと移される(Gambhir, A. et al., 2003, J Bioscience Bioeng 95(4):317-327)。バッチ培養、例えば、シード培養において、細胞が対数期を通り過ぎて静止期へ入るようにすることは、一般に望ましくないと考えられる。培養物は、それらが対数期にある間に、理由の中でもとりわけ接触阻害または老廃物の蓄積が細胞増殖を阻害するために、細胞(例えば、接着性細胞)がコンフルエントに達する前に、継代されるべきであると推奨されてきた(Cell Culture Basics, Gibco/Invitrogen Online Handbook、www.invitrogen.com; ATCC(登録商標) Animal Cell Culture Guide、www.atcc.org)。
【0005】
流加培養へ移した後に、細胞は一定期間にわたって培養されるが、培地の組成は、目的のタンパク質もしくはポリペプチドの生産を可能にするためにモニターおよび制御される。特定の収量に達した後、または細胞生存性、老廃物蓄積もしくは栄養素枯渇によって、培養が終了されるべきであることが決定された後、上記生産されたタンパク質もしくはポリペプチドは、単離される。組換えタンパク質収量を改善しようとして、過去10年間に多くの顕著な進歩がなされ、現在では数グラム/リットルの力価に達している。タンパク質製造プロセス、および細胞株操作、ならびに細胞培養培地およびフィード開発における進歩は、タンパク質収量の増大に寄与してきた。
【0006】
流加生産(Fed-batch production)は、細胞増殖および生成物生産が進行するときに、バイオリアクター中に存在する栄養素を補充するために、少量のフィードの添加を含む。一般に、哺乳動物細胞は、炭水化物を継続的に代謝して、ラクテート蓄積を生じ、従って、乳酸を中和するために塩基の添加を必要とする傾向にあると理解される。塩基添加は、細胞培地のオスモル濃度を上昇させ、これは翻って、上記バイオリアクターにおける総合的な達成可能な細胞生存性および/もしくは生産性を大いに制限する。培地中のラクテートの蓄積は、細胞増殖に有害であり、バッチ培養において達成され得る最大生産性を制限する一般的な因子のうちの1つである。代表的なバッチ細胞培養において、増殖および生産性は、培養物中のラクテート濃度が約30~50mMに達した後および/またはアンモニア濃度が3~5mMに達した後に、阻害される(Ozturk, S.S., Riley, M.R., and Palsson, B.O. 1992. Biotechnol. and Bioeng. 39: 418-431)。今日までに、広く採用されたスキームとして、連続的な細胞増殖および最適な生成物分泌を支援するための栄養素補充および化学的に規定される無血清培地の設計が挙げられる。
【0007】
細胞培養における代謝老廃物の生成(例えば、ラクテートの蓄積)の減少に特に関する努力によって、最終的なタンパク質力価の総合的な量が改善された。これらの努力は、制御されたグルコースのもしくは栄養素が制限された流加プロセス(例えば、WO2004104186; US8192951B2を参照のこと)、細胞培養培地条件の改善(例えば、US7390660; Zagari, et al., 2013, New Biotechnol., 30(2):238-45)、または解糖系の酵素の標的化を含む細胞操作(例えば、Kim, S.H. and Lee, G.M., 2007, Appl. Microbiol. Biotechnol. 74, 152-
159; Kim, S.H. and Lee, G.M., 2007, Appl. Microbiol. Biotechnol. 76, 659-665; Wl
aschin, K.F. and Hu, W-S., 2007, J. Biotechnol. 131,168-176)に対して焦点を当てている。
細胞のフィードの制御は、より効率的な代謝表現型に到達しようとする努力において利用されている(Europa, A. F., et al., 2000, Biotechnol. Bioeng. 67:25-34; Cruz et al., 1
999, Biotechnol Bioeng, 66(2):104-113; Zhou et al., 1997, Cytotechnology 24, 99-
108; Xie and Wang, 1994, Biotechnol Bioeng, 43:1174-89)。しかし、これは、高細胞密度流加培養において認められる、栄養素欠乏、ならびに急速な変化(例えば、アンモニウム濃度における変化)がアポトーシス(「プログラムされた細胞死」)を誘発し得るという事実によって複雑である(Newland et al., 1994, Biotechnol. Bioeng. 43(5):434-8)。よって、一般的な最適化アプローチは、流加(fed-batch)において中程度に高密度まで細胞を増殖させ、その後、例えば、温度もしくはpH変化によって長期間の生産的な静止期を意図的に誘発することである(Quek
et al., 2010, Metab Eng 12(2):161-71. doi: 10.1016/j.ymben.2009.09.002. Epub 2009 Oct 13).
最適化技術(例えば、前出で考察されるもの)は、流加細胞培養に焦点を当てており、この栄養素依存プロセスは、目的のポリペプチドの生産のために操作された各宿主細胞に適合されなければならない。培養において細胞をラクテート消費者へと適合させるための方法は、生物学的治療剤を製造するプロセスにおいて非常に望まれている。ある代謝表現型を有する細胞株をラクテート消費に最適化することは、ポリペプチドの商業的生産のために有益であることが判明する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2004/104186号
【文献】米国特許第8192951号明細書
【文献】米国特許第7390660号明細書
【非特許文献】
【0009】
【文献】Gambhir, A. et al., 2003, J Bioscience Bioeng 95(4):317-327
【文献】Cell Culture Basics, Gibco/Invitrogen Online Handbook、www.invitrogen.com; ATCC(登録商標) Animal Cell Culture Guide、www.atcc.org
【文献】Ozturk, S.S., Riley, M.R., and Palsson, B.O. 1992. Biotechnol. and Bioeng. 39: 418-431
【文献】Zagari, et al., 2013, New Biotechnol., 30(2):238-45
【文献】Kim, S.H. and Lee, G.M., 2007, Appl. Microbiol. Biotechnol. 74, 152-159
【文献】Kim, S.H. and Lee, G.M., 2007, Appl. Microbiol. Biotechnol. 76, 659-665
【文献】Wlaschin, K.F. and Hu, W-S., 2007, J. Biotechnol. 131,168-176
【文献】Europa, A. F., et al., 2000, Biotechnol. Bioeng. 67:25-34
【文献】Cruz et al., 1999, Biotechnol Bioeng, 66(2):104-113
【文献】Zhou et al., 1997, Cytotechnology 24, 99-108
【文献】Xie and Wang, 1994, Biotechnol Bioeng, 43:1174-89
【文献】Newland et al., 1994, Biotechnol. Bioeng. 43(5):434-8
【文献】Quek et al., 2010, Metab Eng 12(2):161-71. doi: 10.1016/j.ymben.2009.09.002. Epub 2009 Oct 13
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0010】
(発明の要旨)
本発明は、ラクテート消費へと代謝がシフトした細胞およびこの細胞を培養する方法を提供する。代謝が適合した細胞は、大規模タンパク質生産に理想的である。
【0011】
本発明の一局面は、細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが第1の細胞培養において起こった後で、上記細胞を第1の細胞培養から第2の細胞培養に移す工程を包含する、細胞を培養する方法である。
【0012】
本発明の別の局面は、細胞を培養する方法を提供し、上記方法は、第1の細胞培養において細胞を培養する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こったことを決定する工程、および上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞を第2の細胞培養に移す工程を包含し、ここで上記第2の細胞培養におけるラクテート濃度は、上記第2の培養の間の正味のラクテート消費を示す。一実施形態において、上記方法はさらに、細胞を上記第2の細胞培養に移すことが、代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こる前であることを除いて他の点では同一な細胞培養において他の点では同一な条件下で決定されたものと比較して、上記第2の細胞培養におけるラクテートの蓄積の減少を提供する。
【0013】
本発明の第2の局面は、タンパク質を生産する方法を提供し、上記方法は、細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞を第1の細胞培養から第2の細胞培養に移す工程、および上記タンパク質が細胞培養中に蓄積するように、上記第2の細胞培養を一定期間にわたって維持する工程を包含する。関連局面において、本発明は、タンパク質を生産する方法を提供し、上記方法は、細胞を第1の細胞培養において培養する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こったことを決定する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞を第2の細胞培養に移す工程、および上記タンパク質が細胞培養中に蓄積するように、上記第2の細胞培養を一定期間にわたって維持する工程を包含する。一実施形態において、上記方法は、細胞を上記第2の細胞培養に移すことが、代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こる前であることを除いて他の点では同一の細胞培養において他の点では同一の条件下で決定されたものと比較して、上記第2の細胞培養における生産性の増大をさらに提供する。
【0014】
本発明の第3の局面は、細胞を培養する改善された方法を提供し、ここで上記細胞は、目的のポリペプチドをコードする遺伝子を含み、上記方法は、以下の工程を包含する:細胞を第1の細胞培養において培養する工程、上記細胞塊(cell mass)の増殖を可能にする条件下で上記第1の細胞培養を維持する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞を第2の細胞培養に移す工程、上記目的のポリペプチドの発現を可能にする条件下で上記第2の細胞培養を維持する工程、ならびに上記目的のポリペプチドを上記第2の細胞培養から採取する工程。一実施形態において、上記方法は、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こったことを決定する工程をさらに包含する。
【0015】
本発明の第4の局面は、細胞培養においてポリペプチドを生産する改善された方法を提供し、上記方法は、以下の工程を包含する:細胞を、目的のポリペプチドをコードするDNAでトランスフェクトする工程、上記細胞を第1の細胞培養において培養する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞を第2の細胞培養に移す工程であって、ここで上記目的のポリペプチドは、第2の細胞培養の条件下で発現される工程、ならびに上記ポリペプチドが上記細胞培養中で蓄積されるように、上記第2の細胞培養を一定期間にわたって維持する工程。一実施形態において、上記方法は、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こったことを決定する工程をさらに包含する。
【0016】
本発明の第5の局面は、代謝がシフトした細胞株を生産する方法を提供し、上記方法は、以下の工程を包含する:細胞集団を第1の細胞培養において、上記細胞塊の増殖を可能にする条件下で維持する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こったときを決定する工程、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、上記細胞集団の一部を上記第1の細胞培養から第2の細胞培養に移す工程、上記細胞集団を上記第2の細胞培養において一定期間にわたって維持する工程、および上記細胞を必要に応じて採取し、このようにして上記代謝がシフトした細胞株を生産する工程。
【0017】
本発明の別の局面は、本明細書で開示される本発明の方法のうちのいずれかによって生産される代謝がシフトした細胞株を提供する。
【0018】
いくつかの実施形態において、上記代謝がシフトした細胞は、その細胞ゲノムの中に安定に組み込まれた核酸配列を含み、ここで上記核酸配列は、目的のポリペプチドもしくはタンパク質をコードする。他の実施形態において、上記代謝がシフトした細胞は、目的のポリペプチドもしくはタンパク質をコードする発現ベクターを含む。
【0019】
一実施形態において、上記ラクテート消費への代謝シフトは、上記第1の細胞培養において、pH、ラクテートもしくは塩基の測定によって検出される。他の実施形態において、上記細胞は、ラクテート消費が検出されたときに第2の細胞培養へと移される。さらに他の実施形態において、上記ラクテート消費への代謝シフトは、塩基の添加なしの上記第1の細胞培養の培地におけるpHが増大した後に検出される。他の実施形態において、ラクテート消費への上記代謝シフトは、ラクテートレベルが上記第1の細胞培養においてプラトーに達したときに検出される。さらに他の実施形態において、上記方法は、以下の工程を包含する、上記代謝シフトを決定する工程をさらに包含する:上記第1の細胞培養においてpHを測定する工程、塩基を添加して、pHを所定の下限より高く維持する工程、上記pHが上記所定の下限より高いことを、間隔をあけて引き続いて(for consecutive intervals)決定する工程、ならびに上記塩基の添加を中止し、それによってラクテート消費への上記代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こったことを決定する工程。
【0020】
他の実施形態において、ラクテート消費への上記代謝シフトは、細胞代謝のインジケーターもしくは生成物(酸素消費および代謝産物(例えば、グリシン、トリプトファン、フェニルアラニン、アデニン、パルミチン酸、グルタミン酸、メチオニンおよびアスパラギン)が挙げられるが、これらに限定されない)によって検出される。別の実施形態において、ラクテート消費への上記代謝シフトは、代謝分析もしくはプロテオーム分析によって検出される。
【0021】
一実施形態において、上記代謝シフトは、上記細胞が上記第1の細胞培養において対数期(すなわち、指数関数増殖期)から抜け出したときに起こる。別の実施形態において、上記細胞は、上記細胞が上記第1の細胞培養において対数期から抜け出した後に移される。
【0022】
別の実施形態において、上記代謝シフトは、上記細胞が上記第1の細胞培養において静止増殖期(stationary growth phase)に達したときに起こる。別の実施形態において
、上記細胞は、上記細胞が上記第1の細胞培養において静止増殖期に達した後に移される。
【0023】
一実施形態において、上記代謝シフトは、上記第1の細胞培養において、上記第1の細胞培養における細胞増殖3日間でまたはそれより後に起こる。別の実施形態において、上記代謝シフトは、上記第1の細胞培養において、上記第1の細胞培養における細胞増殖3.5日間でまたはそれより後に起こる。
【0024】
いくつかの実施形態において、上記第1の細胞培養は、シード培養である。いくつかの実施形態において、上記第2の細胞培養は、流加培養である。他の実施形態において、上記第2の細胞培養は、生産培養である。他の実施形態において、上記第2の細胞培養は、生産用バイオリアクターの中で行われる。
【0025】
さらに他の実施形態において、上記細胞は、約0.5×10細胞/mLより高いかまたはそれに等しい出発細胞密度で上記第2の細胞培養に移される。いくつかの実施形態において、上記細胞は、約0.5~3.0×10細胞/mLの間の出発細胞密度で上記第2の細胞培養に移される。
【0026】
いくつかの実施形態において、上記第2の細胞培養におけるラクテート濃度は、正味のラクテート消費を示し、例えば、正味のラクテート消費は、上記第2の細胞培養における細胞増殖2日間、3日間、4日間、もしくは5日間で、またはそれより後で達成される。より多くの実施形態において、ラクテート蓄積の低下は、上記第2の細胞培養におけるピークラクテート濃度の低下である。他の実施形態において、ピークラクテート濃度の低下は、上記第2の細胞培養において、上記第2の細胞培養の細胞増殖5日間で、またはそれより後に起こる。他の実施形態において、上記第2の細胞培養におけるピークラクテート濃度は、約6g/L未満、約5g/L未満、約4g/L未満、約3g/L未満、約2g/L未満、もしくは約1g/L未満である。
【0027】
本発明のいくつかの実施形態において、上記細胞は、CHO細胞、COS細胞、網膜細胞、Vero細胞、CV1細胞、HEK293細胞、293 EBNA細胞、MSR 293細胞、MDCK細胞、HaK細胞、BHK21細胞、HeLa細胞、HepG2細胞、WI38細胞、MRC 5細胞、Colo25細胞、HB 8065細胞、HL-60細胞、Jurkat細胞、Daudi細胞、A431細胞、CV-1細胞、U937細胞、3T3細胞、L細胞、C127細胞、SP2/0細胞、NS-0細胞、MMT細胞、PER.C6細胞、ネズミリンパ系細胞、およびネズミハイブリドーマ細胞からなる群より選択される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1:融合タンパク質生産CHO細胞株シード容器を、(図1A)3種の異なる代謝状態(オンラインpHおよびオフラインラクテート)および生細胞数(VCC)で、レプリケート(replicate)生産用バイオリアクターに接種するために使用した。シード容器に関して1へと基準化した塩基使用もまた示す。各細胞培養(条件#1、#2、および#3)(これらの細胞を生産用バイオリアクターに移した)に関するパラメーター(時間、pH、ラクテート、VCC、および塩基)は、白抜きの四角形(破線)によって示される。全ての生産用バイオリアクターを、同じ操作条件で稼働させた。生産用バイオリアクターにおけるタンパク質力価(図1B)およびラクテート(図1C)に対する各シードトレインおよびその代謝状態の影響が示される。生産用バイオリアクターの傾向線は、±1標準偏差を表すエラーバーとともに二連のバイオリアクターの平均を示す。
【0029】
図2図2:抗体生産CHO細胞株シード容器を、(図2A)4種の異なる代謝状態(オフラインpHおよびラクテート)および生細胞数で、化学的に規定されるプロセスにおけるレプリケート生産用バイオリアクターに接種するために使用した。各細胞培養(条件#1、#2、#3および#4)(これらの細胞を生産用バイオリアクターに移した)に関するパラメーター(時間、pH、ラクテート、およびVCC)は、白抜きの四角形(破線)によって示される。全ての生産用バイオリアクターを、同じ操作条件で稼働させた。条件#1は、1週間後に失われていた。生産用バイオリアクターのタンパク質力価(図2B)およびラクテート蓄積(図2C)に対する各シードトレインおよびその代謝状態の影響もまた示される。生産用バイオリアクターの傾向線は、±1標準偏差を表すエラーバーとともに二連のバイオリアクターの平均を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(発明の詳細な説明)
本発明が記載される特定の方法および実験条件に限定されないことは理解されるべきである。なぜならこのような方法および条件は変動し得るからである。同様に、本明細書で使用される用語法は、特定の実施形態を記載する目的に過ぎず、限定することを意図していないこともまた理解されるべきである。なぜなら本発明の範囲は、特許請求の範囲によって定義されるからである。
【0031】
本明細書および添付の特許請求の範囲で使用される場合、単数形「a(1つの、ある)」、「an(1つの、ある)」および「the(上記、この、その)」は、文脈が格別そうでないことを規定しなければ、複数形への言及を含む。従って、例えば、「方法(a method)」への言及は、本明細書で記載される、および/もしくは本開示を読んで当業者に明らかになるタイプの、1またはそれより多くの方法および/または工程を含む。
【0032】
別段定義されなければ、本明細書で使用される全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する分野の当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書で記載されるものに類似もしくは均等な任意の方法および材料が本発明の実施において使用され得るものの、特定の方法および材料がここでは記載される。本明細書で言及される全ての刊行物は、それらの全体において本明細書に参考として援用される。
【0033】
細胞培養
「バッチ培養(バッチ培養物)」(batch culture)もしくは「バッチモード」は、本明細書で使用される場合、細胞および最初の完全作業体積の培地(これは一度も交換されない)で満たされたユニット(例えば、培養容器)をいう語句である。このようなバッチ培養において、細胞培養のための全成分は、培養プロセスの開始時に培養容器へと供給される。培養は通常、その栄養素が使い果たされるまで、もしくは老廃物が毒性レベルに達して細胞が増殖するのを止めるまで、行われる(run)。
【0034】
語句「シード培養(シード培養物)」(seed culture)もしくは「シードトレイン」
(接種トレインともいわれる)は、本明細書で使用される場合、生産規模の準備ができるまで、バッチ培養、もしくは一連のバッチ培養において増殖させられる細胞集団の接種供給源を含む。上記シードトレイン増殖プロセスは、凍結細胞を融解した後の上記細胞の最初の増殖期(もしくは接種物増殖期)を構成する。細胞融解と、生産用バイオリアクターに接種するために十分な細胞塊の蓄積との間の間隔は、シードトレイン増殖期を構成する。上記細胞塊は、シード培養においていくつかのバイオリアクターステージを経てスケールアップされ得、上記細胞は、上記細胞培養の生存、増殖および生存能に都合の良い条件下で、細胞培養培地中で増殖される。上記シードトレインが、指数関数増殖期を最大化するか、または培養される特定の細胞タイプに関する最大増殖速度を達成することが意図されることは、理解される。従って、1つのバイオリアクターもしくは容器から別のものへと細胞を継代することは、最大増殖速度を達成する一方法であり得る。正確な条件は、細胞タイプ、この細胞が由来した生物、ならびに発現されるポリペプチドもしくはタンパク質の性質および特徴に依存して変動する。ラクテート消費代謝へのシフトは、シードトレイン増殖において容器のうちのいずれか1個で起こり得るかもしくは検出され得る。
【0035】
語句「流加細胞培養」もしくは「流加培養」とは、本明細書で使用される場合、動物細胞および培養培地が、その培養容器に最初に供給され、さらなる培養栄養素が、連続してもしくは不連続増分で、培養の間に培養物にゆっくりと供給される(培養終了前に定期的な細胞および/もしくは生成物採取があってもなくてもよい)バッチ培養をいう。流加培養は、定期的に全培養物(これは、細胞および培地を含み得る)が取り出され、新鮮な培地で置換される「半連続流加培養」を含む。流加培養は、細胞培養のための全成分(動物細胞および全ての培養栄養素を含む)が、バッチ培養における培養プロセスの開始時に培養容器に供給されることから、単純な「バッチ培養」とは区別される。流加培養は、上清が上記プロセスの間に培養容器から取り出されない限りにおいて灌流培養とはさらに区別され得るのに対して、灌流培養において、上記細胞は、例えば、濾過によって培養物中に引きとめられ、その培養培地は、連続してもしくは断続して導入され、培養容器から除去される。しかし、流加細胞培養の間に試験目的でサンプルが取り出されることが企図される。上記流加プロセスは、最大作業体積および/もしくはタンパク質生産が達成されることが決定されるまで継続する。
【0036】
語句「連続細胞培養」とは、本明細書で使用される場合、細胞を継続して、通常は、特定の増殖期の中で増殖させるために使用される技術に関する。例えば、細胞の一定の供給が必要とされるか、または特定の目的のポリペプチドもしくはタンパク質の生産が必要とされる場合、上記細胞培養は、特定の増殖期での維持を必要とし得る。従って、その条件は、継続してモニターされなければならず、その特定の期に上記細胞を維持するためにそれに応じて調節されなければならない。
【0037】
語句「対数期」(log phase)とは、本明細書で使用される場合、細胞倍加によって代表的には特徴付けられる細胞増殖の期間を意味する。語句「指数関数増殖期」(exponential growth phase)もしくは「指数関数期」(exponential phase)は、対数期と交換可能に使用される。対数期において、単位時間ごとに出現する新しい細胞の数は、存在する細胞集団に比例するので、時間に対して細胞数の自然対数をプロットすると、直線を示す。増殖が制限されない場合、倍加は一定の速度で続くので、細胞数および集団増大の速度は両方とも、各連続した期間ごとに倍加する。
【0038】
語句「静止期」(stationary phase)とは、本明細書で使用される場合、細胞増殖の
速度が細胞死の速度に等しい点をいう。グラフ上にプロットされる場合、静止期は、曲線のプラトー、もしくは「平坦」な水平直線部分として表される。
【0039】
用語「細胞」とは、本明細書で使用される場合、組換え核酸配列を発現するために適切な任意の細胞を含む。細胞は、真核生物の細胞(例えば、非ヒト動物細胞、哺乳動物細胞、ヒト細胞、もしくは細胞融合物(例えば、ハイブリドーマもしくはクアドローマ))を含む。ある種の実施形態において、上記細胞は、ヒト、サル(monkey)、類人猿(ape)、ハムスター、ラットもしくはマウスの細胞である。他の実施形態において、上記細胞は、以下の細胞から選択される:CHO細胞(例えば、CHO K1、DXB-11 CHO、Veggie-CHO)、COS細胞(例えば、COS-7)、網膜細胞、Vero細胞、CV1細胞、腎臓細胞(例えば、HEK293、293 EBNA、MSR 293、MDCK、HaK、BHK21)、HeLa細胞、HepG2細胞、WI38細胞、MRC 5細胞、Colo25細胞、HB 8065細胞、HL-60細胞、Jurkat細胞、Daudi細胞、A431細胞(表皮)、CV-1細胞、U937細胞、3T3細胞、L細胞、C127細胞、SP2/0細胞、NS-0細胞、MMT細胞、腫瘍細胞、および前述の細胞に由来する細胞株。いくつかの実施形態において、上記細胞は、1種またはそれより多くのウイルス遺伝子を含む(例えば、ウイルス遺伝子を発現する網膜細胞(例えば、PER.C6(登録商標)細胞))。いくつかの実施形態において、上記細胞は、CHO細胞である。他の実施形態において、上記細胞は、CHO K1細胞である。
【0040】
「細胞株」とは、本明細書で使用される場合、細胞の連続継代もしくは継代培養を通じて特定の細胞系統から得られる細胞をいう。用語「細胞」は、「細胞集団」と交換可能に使用される。
【0041】
現在の技術水準の供給ストラテジーに鑑みると、CHO細胞は、11×10細胞/mL(8日目で)のような細胞数および例えば、2.3g/L ヒトIgG(14日目に採取)の力価(CHO細胞流加培養に関する代表的な産業上有用な値の数字)を達成した(Kim, BJ, et al. Biotechnol Bioeng. 2012 Jan;109(1):137-45. doi: 10.1002/bit.23289. Epub 2011 Oct 3)。10g/Lよりも多い抗体生産が、重要な産業上の哺乳動物細胞株として十分に確立されたCHO細胞から報告された(Omasa et al, Current Pharmaceutical Biotechnology, 2010, 11: 233-240)。
【0042】
用語「細胞培養培地」および「培養培地」とは、上記細胞の増殖を増強させるために必要な栄養素(例えば、炭水化物エネルギー源、必須アミノ酸、微量元素、ビタミンなど)を代表的には提供する、哺乳動物細胞を増殖させるために使用される栄養溶液をいう。細胞培養培地は、抽出物(例えば、血清もしくはペプトン(水解物))を含み得、これらは、細胞増殖を支える原材料を供給する。培地は、動物由来抽出物の代わりに、酵母由来抽出物もしくはダイズ抽出物を含み得る。化学的に規定される培地とは、化学成分の全てが既知である細胞培養培地をいう。化学的に規定される培地は、動物由来成分(例えば、血清由来もしくは動物由来のペプトン)を完全に含まない。
【0043】
本発明の一局面は、細胞培養条件が組換え真核生物細胞の増殖を増強するように改変されている増殖期に関する。上記増殖期において、基本培養培地および細胞は、バッチで培養容器へと供給される。
【0044】
上記培養容器には、細胞が接種される。最初の細胞増殖期に適切な播種密度は、出発細胞株に依存して、例えば、0.2~3×10細胞/mLの範囲で変動する。培養容器としては、ウェルプレート、Tフラスコ、振盪フラスコ、撹拌容器、スピナーフラスコ、中空繊維、エアリフトバイオリアクターなどが挙げられるが、これらに限定されない。適切な細胞培養容器は、バイオリアクターである。バイオリアクターとは、環境条件を扱うもしくは制御するように製造もしくは操作される任意の培養容器をいう。このような培養容器は、当該分野で周知である。
【0045】
バイオリアクタープロセスおよびシステムは、ガス交換を最適化し、十分な酸素を供給して細胞増殖および生産性を持続させ、COを除去するために開発されてきた。ガス交換の効率を維持することは、細胞培養およびタンパク質生産の成功裡のスケールアップを確実にするために重要な基準である。適切なシステムは、当業者に周知である。
【0046】
指数関数増殖期もしくはシード培養(すなわち、第1の細胞培養)の後は、代表的には、ポリペプチド生産期として公知の別個の第2の培養が続く。一実施形態において、第1の細胞培養においてラクテート消費への代謝シフトを受けている細胞は、第2の細胞培養に移される。一実施形態において、上記第2の細胞培養は、上記細胞増殖期もしくはシード培養とは異なる培養容器の中で行われる。いくつかの実施形態において、上記第2の細胞培養は、生産用バイオリアクターの中で起こる。この状況において、細胞を移すことは、上記細胞集団の一部を上記第1の細胞培養容器から抜き出し、上記細胞集団の一部を、第2の細胞培養容器の中に入れて、上記第2の細胞培養を開始することをいう。
【0047】
他の局面において、細胞を移すこととは、上記第1の細胞培養の細胞を含むある体積の細胞を異なる容器の中に入れることを指してもよく、その接種物体積は、上記第2の細胞培養の最終体積の一部、例えば、上記最終体積のうちの約20%、30%、40%、もしくは50%、もしくは60%、もしくは70%、もしくは80%である。他の局面において、細胞を移すこととは、上記第1の細胞培養の細胞を含むある体積の細胞が出発容器の中に残っており、最初の体積(第1の細胞培養)が、上記第2の細胞培養の最終体積の一部であるように培地が添加されることを指してもよい。この状況において、上記第1の細胞培養は希釈され、それによって細胞を第2の細胞培養に移す。
【0048】
語句「から抜け出す」(emerge from)もしくは「から抜け出す」(emerges from)は、本明細書で使用される場合、1つの期から別の期への変化を指すか、または1つの期から別の期へと変化しそうであることを指す。特定の期(例えば、増殖期)から抜け出すことは、測定値が第1の期が減速するかもしくはほぼ完了することを示し、その後の期が始まりつつある期間を含む。対数期から抜け出すことは、例えば、細胞が対数期を終えつつあり、そして/または静止期が始まりつつあるかもしくは静止期に達したことを示す。増殖期は、代表的には、生細胞濃度によって測定される。
【0049】
語句「細胞密度」とは、サンプル体積あたりの細胞数を、例えば、1mLあたりの総細胞(生細胞および死細胞)の数をいう。細胞数は、手動で計数されてもよいし、または自動化によって(例えば、フローサイトメーターで)計数されてもよい。自動化細胞計数器は、生細胞もしくは死細胞、または生細胞/死細胞の両方の数を、例えば、標準的なトリパンブルー(tryptan blue)取り込み法を使用して計数するために適合されている。語
句「生細胞密度」もしくは「生細胞濃度」とは、サンプル体積あたりの生細胞数をいう(「生細胞数」ともいう)。多くの周知の手動もしくは自動化技術が、細胞密度を決定するために使用され得る。培養のオンラインバイオマス測定値が測定され得、ここではキャパシタンスもしくは光学密度が体積あたりの細胞数と相関される。
【0050】
第1の細胞培養における最終細胞密度(例えば、シードトレイン密度)は、出発細胞株に依存して、例えば、約1.0~10×10細胞/mLの範囲で変動する。いくつかの実施形態において、最終シードトレイン密度は、細胞を第2の細胞培養に移す前に1.0~10×10細胞/mLに達する。他の実施形態において、最終シードトレイン密度は、細胞を第2の細胞培養に移す前に5.0~10×10細胞/mLに達する。
【0051】
いくつかの実施形態において、上記第1の細胞培養における細胞集団の一部は、上記第2の細胞培養に移される。他の実施形態において、上記第1の細胞培養における細胞集団は、上記第1の細胞培養が上記第2の細胞培養の一部となるように、上記第2の細胞培養に移される。上記第2の培養の出発細胞密度は、当業者によって選択され得る。いくつかの実施形態において、上記第2の細胞培養における出発細胞密度は、約0.5×10細胞/mL~約3.0×10細胞/mLの間である。他の実施形態において、上記第2の細胞培養における出発細胞密度は、約0.5×10細胞/mL、約0.6×10細胞/mL、約0.7×10細胞/mL、約0.8×10細胞/mL、約0.9×10細胞/mL、約1.0×10細胞/mL、約1.1×10細胞/mL、約1.2×10細胞/mL、約1.3×10細胞/mL、約1.4×10細胞/mL、約1.5×10細胞/mL、約1.6×10細胞/mL、約1.7×10細胞/mL、約1.8×10細胞/mL、約1.9×10細胞/mL、約2.0×10細胞/mL、約2.1×10細胞/mL、約2.2×10細胞/mL、約2.3×10細胞/mL、約2.4×10細胞/mL、約2.5×10細胞/mL、約2.6×10細胞/mL、約2.7×10細胞/mL、約2.8×10細胞/mL、約2.9×10細胞/mL、もしくは約3.0×10細胞/mLである。
【0052】
ある種の実施形態において、細胞上清もしくは細胞溶解物は、生産期の後に採取される。他の実施形態において、上記目的のポリペプチドもしくはタンパク質は、当該分野で周知の技術を使用して、上記培養培地もしくは細胞溶解物から回収される。
【0053】
上記細胞の特性およびその生産される生成物の位置は、増殖および生産に使用される方法、そして結論として、バイオリアクターもしくは培養容器の適切なタイプの選択を自ずと規定する(Bleckwenn, NA and Shiloach, J. 2004 “Large-scale cell culture” Curr Protoc
Immunol. 59: Appendix 1U.1-Appendix 1U.44.)。
【0054】
代謝シフト
語句「代謝シフト」とは、本明細書で使用される場合、細胞代謝、もしくは炭素栄養源の使用の、ラクテート生産から正味のラクテート消費への変化をいう。いずれか1つの理論には拘束されないが、無血清培地において最も一般的な炭素栄養源は、グルコースおよびグルタミンであり、これらは、迅速な細胞増殖を支える。グルコースは、COおよびHOへと完全に酸化され得るか、または酸素の利用能に基づいて、ラクテートへと(例えば、好気性解糖系では)変換され得る。速く増殖する細胞は、グルコースおよびグルタミンを迅速に消費し、不完全な酸化的代謝、従って、過剰なラクテート生産をもたらす。炭水化物代謝は、ラクテート消費へと切り替わり得、従って、ラクテートの蓄積を低下させ得る。
【0055】
語句「ラクテート消費」とは、本明細書で使用される場合、細胞代謝における炭素源としてラクテートを使用することをいう。
【0056】
語句「正味のラクテート消費」とは、本明細書で使用される場合、細胞がラクテートを消費すると同時に細胞代謝の副産物としてラクテートを生産し、そして全体としての消費速度がラクテートの生産速度より高いかまたは等しいが故のラクテート消費をいう。正味のラクテート消費が増大する場合、細胞培養培地におけるラクテートの全体の蓄積は減少する。
【0057】
流加培養の開始の際に、ラクテート(およびおそらくアンモニア)の蓄積は、細胞の生存性を急激に低下させる。代謝がシフトしなかった流加培養では、細胞濃度がその最大に達した場合に90%を上回る生存性を達成することはできないことが報告されている(Xie and Wang, 1994, Biotechnol. Bioeng. 43(11):1175-1189)。このような代謝シフトは、最適なプロセス能力にとっては望ましいものの、一般的でもなければ、容易に制御もされない(Zagari, et al., 2013, New Biotechnol. 30(2):238-245)。本発明者らは、細胞を第1のバッチ培養(例えば、シード培養)から第2のバッチ培養(例えば、流加培養もしくは生産培養)に移す時間および条件が、最終的なタンパク質力価に顕著な影響を有することを見出した。第1のバッチ培養においてより長期間にわたって培養した細胞が、ラクテート消費へと切り替わり、ラクテートの消費に関する代謝優先性(metabolic preference)もしくは代謝表現型を付与することが、予測外にも決定された。本発明の目的は、代謝がシフトした静止状態にある細胞、従って、ラクテート消費の代謝記憶(metabolic memory)を有する細胞を作り出すことである。本発明の方法は、ラクテート消費が好ましいいずれかの第2のもしくはその後の細胞培養において細胞が使用され得るように、細胞を代謝がシフトした状態へと予め調整するために非常に適している。
【0058】
一実施形態において、全体的なラクテート蓄積は、上記第2の細胞培養において低下する。いくつかの実施形態において、正味のラクテート消費は、上記第2の細胞培養の間に達成され、例えば、正味のラクテート消費は、上記第2の細胞培養において細胞増殖の2日間、3日間、4日間、もしくは5日間で、またはそれより後に、達成される。より多くの実施形態において、ラクテート蓄積の低下は、上記第2の細胞培養におけるピークラクテート濃度の低下である。他の実施形態において、ピークラクテート濃度の低下は、上記第2の細胞培養において、上記第2の細胞培養における細胞増殖の5日間で、またはそれより後に起こる。他の実施形態において、上記第2の細胞培養におけるピークラクテート濃度は、約6g/L未満、約5g/L未満、約4g/L未満、約3g/L未満、約2g/L未満、もしくは約1g/L未満である。
【0059】
いくつかの実施形態において、代謝がシフトした細胞は、少なくとも1/2倍、もしくは1/3倍、もしくは1/4倍、もしくは1/5倍、もしくは最大で1/10倍の、第2の細胞培養において低いラクテート濃度値を生じる。いくつかのさらなる実施形態において、第2の細胞培養における低いラクテート濃度値、または上記第2の細胞培養における全体的に低下したラクテートの蓄積は、細胞を上記第2の細胞培養に移すことが、代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こる前であることを除いて他の点では同一の細胞培養において他の点では同一の条件下で決定したものと比較される。さらに他の実施形態において、全体的なラクテート蓄積は、上記第2の細胞培養において、上記第2の細胞培養における細胞増殖の5日間で、またはその後に低下する。
【0060】
別の実施形態において、全体的な生成物力価は、上記第2の細胞培養において増大する。他の実施形態において、代謝がシフトした細胞は、第2の細胞培養において少なくとも2倍、もしくは少なくとも2.5倍、少なくとも3倍、もしくは少なくとも4倍、もしくは少なくとも5倍、もしくは最大で10倍高い生成物力価を生じる。さらに他の実施形態において、第2の細胞培養においてより高いタンパク質力価の値は、細胞を上記第2の細胞培養に移すことが、代謝シフトが上記第1の細胞培養において起こる前であることを除いて、他の点では同一の細胞培養において、他の点では同一の条件下で決定したものと比較される。
【0061】
流加ステージもしくは生産ステージより前に培養において細胞の代謝制御を最適化することには、多くの利点がある。第1の培養におけるラクテート消費への代謝シフトは、複数のパラメーターによって決定され得る。代謝シフトを決定することは、増殖している細胞の代謝状態を決定するための当業者に公知の多くの方法を含む。
【0062】
第1の細胞培養におけるラクテート濃度値の測定は、当業者に周知の種々のバイオアッセイシステムおよびキットによって行われ得(例えば、電気化学を使用する分析器(例えば、Bioprofile(登録商標) Flex, Nova Biomedical, Waltham, MA)、もしくはラマン分光分析法)、細胞培養においてラクテート蓄積をオフラインもしくはオンラインでモニターするために使用され得る。
【0063】
ラクテート蓄積が細胞培養に対して有害な影響を有し、その後、タンパク質生成物収量に対して負の影響を有することは、理解される。
【0064】
一実施形態において、上記代謝シフトは、ラクテートの正味の蓄積が遅れるかもしくは停止する場合に、第1の細胞培養において決定される。
【0065】
一実施形態において、上記ラクテート消費への代謝シフトは、上記第1の細胞培養におけるラクテート測定によって検出される。いくつかの実施形態において、上記代謝シフトは、プラトーもしくは本質的に水平線が培養における連続的なラクテート濃度値の測定値を表すグラフ上で決定されるときに、第1の細胞培養において決定される。他の実施形態において、上記ラクテート濃度値は、連続的な測定値の許容上限を下回ったままである。さらに他の実施形態において、ラクテート濃度の許容上限は、4g/L程度である。上記細胞が正味のラクテート消費を経たときにラクテートレベルがプラトーに達することは理解される。
【0066】
他の実施形態において、上記代謝シフトを決定することは、間隔をおいて上記第1の細胞培養においてラクテートを測定すること、および上記ラクテートが所定の上限を下回ることを間隔をあけて引き続いて決定し、それによって、上記細胞においてラクテート消費への代謝シフトが起こったことを決定することを包含する。
【0067】
pH管理および制御は、バイオリアクター培養において細胞を維持する重要な局面である。大部分の細胞の増殖は、狭いpH範囲内で最適である。一般に、細胞培養は、上の設定値と下の設定値の範囲内で7.0という中性pHで維持される。設定値は、培養における特定の細胞株、その細胞の増殖のための培地組成および至適条件に依存して、当業者によって決定される。本明細書で使用される場合、表現「中性pH」は、約6.85~約7.4というpHを意味する。表現「中性pH」は、約6.85、約6.9、約6.95、約7.0、約7.05、約7.1、約7.15、約7.2、約7.25、約7.3、約7.35、および約7.4というpH値を含む。
【0068】
オンライン、もしくは「リアルタイム」のpHモニタリングおよび塩基の添加は、当業者に周知のいずれかの数の方法によっても達成され得る。オンラインシステムでは、分析器へと直接繋ぐことによって上記細胞培養における生物学的および化学的なパラメーターのリアルタイム測定が、さらなる作動、例えば、上記培養培地への塩基の添加もしくは栄養素の添加を行うために、フィードバックを提供する。オフライン測定も同様に、定期的なサンプリングおよび手動でのオペレーター介入が起こるが故に行われ得る。pHの連続測定は、細胞培地がモニターされることを可能にし、例えば、酸度が、許容限界の外側に低い方の設定値に達した場合、塩基が添加される。上記pHが、設定許容上限に達した(すなわち、塩基性になりすぎた)場合、COが添加され得る。
【0069】
オンラインモニタリングは、種々の方法によって行われ得る。電極(例えば、フロースルー電極)は、細胞培養培地においてpH、もしくは他のパラメーター(例えば、溶存O(dO)および温度)を測定するために一般に利用される。このようなフロースルー電極は、連続記録のために、いずれかの標準的なストリップチャートレコーダーに直接プラグで接続される(plug)か、または任意の標準的な実験用pHメーターもしくはミリボルトメーターにインターフェイスで接続され得る(interface)。pHはまた、上記バイ
オリアクターに取り付けられた蛍光センサースポットの使用によって、光学的測定によって測定され得る。
【0070】
いずれかのこのようなモニタリングシステムは、許容(もしくはデッドバンド)限界を上の設定値もしくは下の設定値付近に調整する(integrate)。上記デッドバンドは、配
給システムがオンとオフをあまりに迅速に切り替えないようにする。pH制御の間、設定値からのpHのずれが許容限界内である場合には、配給もしくは滴定は行わない。pH測定値が許容下限より大きい(酸性)場合、液体の塩基(例えば、KOH、NaOH、NaHCO)もしくはNHガスが添加される。上記pH測定値が許容上限を上回る場合(塩基性)、酸もしくはCOガスが添加される。上記pH設定値および制御ストラテジー(例えば、デッドバンド)は、複数のパラメーター(例えば、溶存CO、pH制御のための塩基消費、および従って重量オスモル濃度)に関連づけられる(例えば、Li, F., et al., 2010, mAbs 2(5):466-479を参照のこと)。
【0071】
一実施形態において、上記代謝シフトは、塩基の添加(すなわち、滴定)を中止したときに、第1の細胞培養において決定される。塩基の傾向把握(trending)は、自動化モニタリング法がpHを決定するために利用され得るオンライン傾向把握および定期的な塩基の添加を含む。本発明の方法において、上記pH設定値は変動し得るが、下の方のデッドバンドから外れたpHの上昇は、上記第1の細胞培養における代謝シフトを示す。塩基傾向把握を測定するオンライン方法および手動の方法は、当該分野で公知である(塩基添加もしくは塩基添加の中止を検出するために、容器の重量、もしくはポンプの流速をモニターする方法を含む)。
【0072】
別の実施形態において、上記代謝シフトは、許容下限を上回ってpHを上昇させるために塩基の添加がもはや必要でないときに、第1の細胞培養において決定される。
【0073】
いくつかの実施形態において、上記代謝シフトは、上記pH値が、塩基の添加なしで増大したときに、第1の培養において決定される。他の実施形態において、上記pH値は、連続測定の間に許容下限を上回って増大する。
【0074】
他の実施形態において、上記代謝シフトを決定することは、以下を包含する:(a)pH検出機器を調節して、上記第1の細胞培養におけるノイズレベルを検出すること、(b)上記第1の細胞培養において、規則的な間隔でpHを連続して測定すること、(c)必要な場合には塩基を添加して、pHを所定の下限を上回るように維持すること、(d)上記pHが所定の下限を上回っていることを一定の間隔で何回か続けて決定すること、および(e)塩基の添加を中止し、それによって、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こったことを決定すること。
【0075】
一実施形態において、上記許容下限は、約6.5、約6.55、約6.6、約6.65、約6.7、約6.75、約6.8、約6.85、約6.9、約6.95、約7.0、約7.05もしくは約7.1というpHである。
【0076】
いくつかの実施形態において、上記ラクテート消費への代謝シフトは、上記第1の細胞培養における細胞代謝のインジケーターもしくは生成物によって検出される。細胞代謝の1つのこのようなインジケーターは、酸素消費である(Zagari, et al.,
2013, New Biotechnol. 30(2):238-245)。細胞培養培地中の酸素枯渇の速度の正確な測定値は、接種後に培養における生細胞の存在、ならびに培養における細胞の増殖速度を決定するために使用され得る(例えば、米国特許第6,165,741号および米国特許第7,575,890号を参照のこと)。酸素消費の測定は、当該分野で周知である。
【0077】
細胞代謝の他のインジケーター(例えば、酵素および代謝産物)は、プロテオーム技術もしくはメタボローム技術(例えば、免疫学的アレイ、核磁気共鳴(NMR)もしくは質量分析法)によって測定され得る。代謝産物(例えば、グリシン、トリプトファン、フェニルアラニン、アデニン、パルミチン酸、グルタミン酸、メチオニンおよびアスパラギン)は、細胞バイオマスの増大と関連付けられている(例えば、Jain, M., et
al, Science. 2012 May 25; 336(6084): 1040-1044. doi:10.1126/science.1218595;および
De la Luz-Hdez, K., 2012, Metabolomics and Mammalian Cell Culture, Metabolomics,
Dr Ute Roessner (Ed.), ISBN: 978-953-51-0046-1(InTech,以下から入手可能: http://www.intechopen.com/books/metabolomics/ metabolomics-and-mammalian-cell- cultures)を参照のこと)。上記第1の細胞培養において代謝シフトと同時に起こるかもしくは代謝シフトを直接もたらす任意の数の分子変化が、代謝シフトが起こったことを決定するために利用され得る。
【0078】
タンパク質生産
本発明の方法は、細胞培養において目的のタンパク質もしくはポリペプチドを生産する。本発明の方法においてタンパク質生産を可能にするために、細胞は、上記目的のポリペプチドもしくはタンパク質を組換え発現するように操作される。
【0079】
細胞は、上記細胞におけるラクテート消費への代謝シフトが起こった後に、第2の細胞培養(例えば、生産培養)に移され、上記第2の細胞培養において一定の期間にわたって、上記ポリペプチドもしくはタンパク質が上記細胞培養において蓄積するように維持される。
【0080】
本明細書で使用される場合、「ポリペプチド」は、隣接するアミノ酸残基のカルボキシル基とアミノ基との間のペプチド結合によって一緒に結合されたアミノ酸の1つの直線状のポリマー鎖である。用語「タンパク質」はまた、特定の折りたたまれたかもしくは空間的な構造を有する大きなポリペプチド(例えば、7回膜貫通ドメインタンパク質)を説明するために使用され得る。よって、用語「タンパク質」は、少なくとも1つのポリペプチドから構成される、四次構造、三次構造および他の複雑な高分子を包含することが意味される。上記タンパク質が、互いと物理的に会合する1つより多くのポリペプチドから構成される場合、用語「タンパク質」は、本明細書で使用される場合、別個のユニットとして物理的に連結されかつ一緒に機能する複数のポリペプチドをいう。用語「タンパク質」は、ポリペプチドを包含する。
【0081】
本発明の方法によって生産されるポリペプチドおよびタンパク質の例としては、抗体、融合タンパク質、Fc-融合タンパク質、レセプター、レセプター-Fc融合タンパク質などが挙げられる。
【0082】
用語「免疫グロブリン」とは、2対のポリペプチド鎖(1対は軽鎖(L)であり、1対は重鎖(H)であり、これらは、4つ全てがジスルフィド結合によって相互に連結され得る)からなる構造的に関連した糖タンパク質のクラスをいう。免疫グロブリンの構造は、十分に特徴付けられている。例えば、Fundamental Immunology Ch. 7 (Paul, W., ed., 2nd ed. Raven Press, N. Y. (1989))を参照のこと。簡潔には、各重鎖は、代表的には、重鎖可変領域(本明細書ではVもしくはVHと略記される)および重鎖定常領域(C)を含む。上記重鎖定常領域は、代表的には、3個のドメインC1、C2、およびC3を含む。上記C1ドメインおよびC2ドメインは、ヒンジによって連結される。各軽鎖は、代表的には、軽鎖可変領域(本明細書ではVもしくはVLと略記される)および軽鎖定常領域を含む。ヒト、および他の哺乳動物には2つのタイプの軽鎖がある:カッパ(κ)鎖およびラムダ(λ)鎖。上記軽鎖定常領域は、代表的には、1つのドメイン(C)を含む。上記V領域およびV領域は、超可変性の領域(もしくは配列が超可変性であり、そして/または構造的に規定されたループの形態であり得る超可変性領域)にさらに下位分類され得、相補性決定領域(CDR)ともいわれ、より保存された、フレームワーク領域(FR)といわれる領域が散在している。各VおよびVは、代表的には、3個のCDRおよび4個のFRから構成され、以下の順序でアミノ末端(N末端)からカルボキシ末端(C末端)へと並んでいる:FR1、CDR1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、FR4(Chothia and Lesk J. MoI. Biol. 196, 901-917 (1987)もまた参照のこと)。代表的には、この領域におけるアミノ酸残基の番号付けは、IMGT, Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th Ed.
Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD. (1991)に従うか、またはKabatのEU番号つけシステム(「EU番号付け」もしくは「EUインデックス」としても公知)(例えば、Kabat, E.A. et al. Sequences of Proteins of Immunological interest. 5th ed. US Department of Health and Human Services, NIH publication No. 91-3242 (1991)にあるとおり)による。
【0083】
用語「Fc」とは、Fcレセプター(例えば、FcγR、すなわち、FcγRI(CD64)、FcγRII(CD32)、FcγRIII(CD16)もしくはFcRn、すなわち、胎児性Fcレセプター)に代表的には結合する少なくともCH2ドメインおよびCH3ドメインを含む重鎖定常領域の一部をいう。Fc-融合タンパク質が、天然のFcドメインの全てもしくは一部を含み得るか、あるいはそれがいかなるFcレセプターにも結合できなくし、従って、上記ドメインを機能的でなくするかもしくはFcレセプターを通じて達成されるとおりのその代表的な生物学的機能に関して「エフェクターレス」にする欠失、置換、および/もしくは挿入または他の改変を含むことは、理解される。
【0084】
用語「抗体」(Ab)とは、本明細書で使用される場合、抗原に特異的に結合する能力を有する、免疫グロブリン分子もしくはその誘導体をいう。上記免疫グロブリン分子の重鎖および軽鎖の可変領域は、「免疫グロブリン」の下で上記で概説されるとおりに抗原と相互作用する結合ドメインを含む。抗体はまた、二重特異的抗体、ダイアボディ、もしくは類似分子であり得る(ダイアボディの説明に関しては、例えば、Holliger, et al., 1993, PNAS USA 90(14), 6444-8を参照のこと)。さらに、抗体の抗原結合機能は、全長抗体のフラグメント、すなわち、「抗原結合フラグメント」もしくは「抗原結合タンパク質」によって行われ得ることが示された。完全抗体分子と同様に、抗原結合タンパク質は、一重特異的もしくは多重特異的(例えば、二重特異的)であり得る。用語「抗体」内に包含される結合分子もしくはフラグメントの例としては、以下が挙げられるが、これらに限定されない:(i)Fab’フラグメントもしくはFabフラグメント、Vドメイン、Vドメイン、CドメインおよびC1ドメインからなる一価フラグメント、もしくは国際特許公開番号WO2007059782に記載されるとおりの一価抗体;(ii)F(ab’)フラグメント、ヒンジ領域でジスルフィド架橋によって連結された2個のFabフラグメントを含む二価フラグメント;(iii)VドメインおよびC1ドメインから本質的になるFdフラグメント;(iv)VドメインおよびVドメインから本質的になるFvフラグメント、(v)dAbフラグメント(Ward et al., 1989, Nature 341,
544-546)(これは、Vドメインから本質的になり、ドメイン抗体ともいわれる(Holt et al, 2003, Trends Biotechnol. 21(11):484-90));(vi)ラクダ科抗体(camelid)もしくはナノボディー(Revets et al., 2005, Expert Opin Biol Ther. 5(1):111-24)、ならびに(vii)単離された相補性決定領域(CDR)。
【0085】
用語「モノクローナル抗体」もしくは「モノクローナル抗体組成物」とは、本明細書で使用される場合、単一の分子組成の抗体分子の調製物をいう。モノクローナル抗体組成物は、特定のエピトープに対して単一の結合特異性および親和性を示す。
【0086】
用語「ヒト抗体」とは、本明細書で使用される場合、ヒト生殖細胞系免疫グロブリン配列に由来する可変領域および定常領域を有する抗体を包含することが意図される。ヒト抗体は、ヒト生殖細胞系免疫グロブリン配列によってコードされないアミノ酸残基(例えば、インビトロでランダム変異誘発もしくは部位特異的変異誘発によって、またはインビボで遺伝子再構成の間にもしくは体細胞変異によって導入された変異)を含み得る。用語「マウスまたはネズミモノクローナル抗体」(mouse or murine monoclonal antibody)とは、ネズミまたはマウスの生殖細胞系免疫グロブリン配列に由来する可変領域および定常領域を有する単一の結合特異性を示す抗体をいう。
【0087】
用語「融合タンパク質」とは、本明細書で使用される場合、Fc融合タンパク質およびレセプター-Fc融合タンパク質を包含する。融合タンパク質は、異なる起源の1つより多くのDNA配列を合わせることによって、代表的には、1つの遺伝子を発現ベクターの中に第2の遺伝子とインフレームで、上記2つの遺伝子が1つの連続するポリペプチドをコードしているようにクローニングすることによって作られたキメラ遺伝子の発現によって形成される任意のポリペプチドであり得る。
【0088】
一局面において、本発明は、目的の組換えポリペプチドもしくはタンパク質を生産するための本明細書で記載される方法を提供する。いくつかの実施形態において、上記目的の組換えポリペプチドもしくはタンパク質は、抗体、抗原結合タンパク質、融合タンパク質、Fc融合タンパク質、およびレセプター-Fc融合タンパク質からなる群より選択される。
【0089】
細胞発現系
細胞発現系の使用は、細胞培養におけるこのようなポリペプチドもしくはタンパク質の高生産に欠くことができない。
【0090】
本発明に従う生成物は、ポリペプチドもしくはタンパク質であり、これらは、細胞において発現され、培養系(すなわち、細胞および/もしくは細胞培地)から採取される。それは、任意の目的のポリペプチドもしくはタンパク質(前出)であり得る。
【0091】
発現ベクターは、代表的には、生成物のmRNA転写を駆動するために強い遺伝子プロモーターを使用する。さらなる局面において、本発明は、目的のポリペプチド(例えば、抗体、抗原結合タンパク質もしくは融合タンパク質)をコードする発現ベクターに関する。このような発現ベクターは、細胞培養による目的のポリペプチドもしくはタンパク質の組換え生産のために、本発明の方法において使用され得る。
【0092】
本発明の方法の状況における発現ベクターは、任意の適切なベクター(染色体、非染色体、および合成の核酸ベクター(発現制御エレメントの適切なセットを含む核酸配列)が挙げられる)であり得る。このようなベクターの例としては、SV40、細菌プラスミド、ファージDNA、バキュロウイルス、酵母プラスミドの誘導体、プラスミドとファージDNAとの組み合わせに由来するベクター、ならびにウイルス核酸(RNAもしくはDNA)ベクターが挙げられる。このような核酸ベクターおよびその使用法は、当該分野で周知である(例えば、米国特許第5,589,466号および米国特許第5,973,972号を参照のこと)。
【0093】
上記目的のポリペプチドもしくはタンパク質をコードする核酸分子を含むベクターは、上記宿主細胞の中に提供され、ここで上記核酸分子は、哺乳動物宿主細胞での発現に適した発現制御配列に作動可能に連結される。
【0094】
発現制御配列は、目的のポリペプチドコード遺伝子の転写、ならびに種々の細胞系におけるポリペプチドもしくはタンパク質のその後の発現を制御および駆動するように操作される。プラスミドは、目的の発現可能な遺伝子と、所望のエレメント(例えば、プロモーター、エンハンサー、選択可能マーカー、オペレーターなど)を含む発現制御配列(すなわち、発現カセット)とを併せ持つ。発現ベクターにおいて、核酸分子は、任意の適切なプロモーター、エンハンサー、選択可能マーカー、オペレーター、リプレッサータンパク質、ポリA終結配列および他の発現促進エレメントを含み得るかまたはこれらと会合され得る。
【0095】
「プロモーター」とは、本明細書で使用される場合、DNA配列(これに対して上記プロモーターは、作動可能に連結される、すなわち、ヌクレオチド配列の転写を制御するような方法で連結される)の転写を指向するために十分なDNA配列を示す。ヌクレオチド配列の発現は、当該分野で公知のいずれかのプロモーターもしくはエンハンサーエレメントの制御下に置かれ得る。このようなエレメントの例としては、強い発現プロモーター(例えば、ヒトCMV IEプロモーター/エンハンサーもしくはCMV主要IE(CMV-MIE)プロモーター、ならびにRSV、SV40後期プロモーター、SL3-3、MMTV、ユビキチン(Ubi)、ユビキチンC(UbC)、およびHIV LTRプロモーター)が挙げられる。
【0096】
いくつかの実施形態において、上記ベクターは、SV40、CMV、CMV-IE、CMV-MIE、RSV、SL3-3、MMTV、Ubi、UbCおよびHIV LTRからなる群より選択されるプロモーターを含む。
【0097】
上記目的のポリペプチドもしくはタンパク質をコードする核酸分子はまた、効果的なポリ(A)終結配列、E.coliにおけるプラスミド生成物用の複製起点、選択可能マーカーとしての抗生物質耐性遺伝子、および/もしくは都合の良いクローニング部位(例えば、ポリリンカー)に作動可能に連結され得る。核酸はまた、構成性プロモーター(例えば、CMV IE)とは対照的に、調節可能な誘導性プロモーター(誘導性、抑制性、発生調節される)を含み得る(当業者は、このような用語が、実際には、ある種の条件下での遺伝子発現の程度についての記述子であることを認識する)。
【0098】
選択可能マーカーは、当該分野で周知のエレメントである。選択条件下では、適切な選択可能マーカーを発現する細胞のみが生存し得る。一般には、選択可能マーカー遺伝子は、細胞培養において種々の抗生物質に対する耐性を付与するタンパク質(通常は酵素)を発現する。他の選択条件において、蛍光タンパク質マーカーを発現する細胞は可視化され、それにより選択可能になる。実施形態としては、β-ラクタマーゼ(bla)(β-ラクタム系抗生物質耐性またはアンピシリン耐性遺伝子もしくはampR)、bls(ブラストサイジン耐性アセチルトランスフェラーゼ遺伝子)、bsd(ブラストサイジン-Sデアミナーゼ耐性遺伝子)、bsr(ブラストサイジン-S耐性遺伝子)、Sh ble(ゼオシン(登録商標)耐性遺伝子)、ハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ(hpt)(ハイグロマイシン耐性遺伝子)、tetM(テトラサイクリン耐性遺伝子もしくはtetR)、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(npt)(ネオマイシン耐性遺伝子もしくはneoR)、kanR(カナマイシン耐性遺伝子)、およびpac(ピューロマイシン耐性遺伝子)が挙げられる。選択可能または選択(selectable
or selection)マーカーは、代表的には、安定な細胞株開発において利用される。
【0099】
ある種の実施形態において、上記ベクターは、bla、bls、BSD、bsr、Sh
ble、hpt、tetR、tetM、npt、kanRおよびpacからなる群より選択される1種またはそれより多くの選択可能マーカー遺伝子を含む。他の実施形態において、上記ベクターは、緑色蛍光タンパク質(GFP)、高感度緑色蛍光タンパク質(enhanced green fluorescent protein)(eGFP)、シアノ蛍光タンパク質(CFP
)、高感度シアノ蛍光タンパク質(eCFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)などをコードする1種またはそれより多くの選択可能マーカー遺伝子を含む。
【0100】
本発明の目的のために、真核生物細胞における遺伝子発現は、オペレーター(これは、翻って、調節融合タンパク質(RFP)によって調節される)によって制御される強いプロモーターを使用して、厳密に調節され得る。上記RFPは、転写ブロッキングドメイン、およびその活性を調節するリガンド結合ドメインから本質的になる。このような発現系の例は、US20090162901A1(これは、その全体において本明細書に参考として援用される)に記載される。
【0101】
本明細書で使用される場合、「オペレーター」は、目的の遺伝子が上記オペレーターへの上記RFPの結合によって調節され得、結果として、上記目的の遺伝子の転写を妨げるかもしくは可能にするような方法で、上記遺伝子の中にもしくはその付近に導入されるDNA配列を示す。原核生物細胞およびバクテリオファージにおける多くのオペレーターは、十分に特徴付けられている(Neidhardt, ed. Escherichia
coli and Salmonella; Cellular and Molecular Biology 2d. Vol 2 ASM Press, Washington D.C. 1996)。これらとしては、以下が挙げられるが、これらに限定されない:LexAペプチドを結合するE.coliのLexA遺伝子のオペレーター領域、ならびにE.coliのLacIおよびtrpR遺伝子によってコードされるリプレッサータンパク質を結合するラクトースオペレーターおよびトリプトファンオペレーター。これらとしてはまた、ラムダcIおよびP22 arcによってコードされるリプレッサータンパク質を結合するラムダPおよびファージP22 ant/mnt遺伝子に由来するバクテリオファージオペレーターが挙げられる。いくつかの実施形態において、上記RFPの転写ブロッキングドメインが制限酵素(例えば、NotI)である場合、上記オペレーターは、その酵素にとっての認識配列である。当業者は、上記オペレーターが、上記プロモーターによる転写を制御できるように、上記プロモーターに対して隣接してもしくは3’側に配置されなければならないことを認識する。例えば、米国特許第5,972,650号(これは、本明細書に参考として援用される)は、tetO配列がTATAボックスから特定の距離内にあることを特定する。
【0102】
ある種の実施形態において、上記オペレーターは、tetオペレーター(tetO)、NotI認識配列、LexAオペレーター、ラクトースオペレーター、トリプトファンオペレーターおよびArcオペレーター(AO)からなる群より選択される。いくつかの実施形態において、上記リプレッサータンパク質は、TetR、LexA、LacI、TrpR、Arc、ラムダC1およびGAL4からなる群より選択される。他の実施形態において、上記転写ブロッキングドメインは、真核生物リプレッサータンパク質由来である(例えば、GAL4由来のリプレッサードメイン)。
【0103】
例示的な細胞発現系において、細胞は、テトラサイクリンリプレッサータンパク質(TetR)を発現するように操作され、目的のポリペプチドは、活性がTetRによって調節されるプロモーターの転写制御下に置かれる。2個のタンデムTetRオペレーター(tetO)は、上記ベクターの中でCMV-MIEプロモーター/エンハンサーの直ぐ下流に置かれる。このようなベクターの中でCMV-MIEプロモーターによって指向される上記目的のタンパク質をコードする遺伝子の転写は、テトラサイクリンもしくはいくつかの他の適切な誘導因子(例えば、ドキシサイクリン)の非存在下でTetRによってブロックされ得る。誘導因子の存在下では、TetRタンパク質は、tetOを結合できないので、上記目的のポリペプチドの転写、したがって翻訳(発現)が起こる(例えば、米国特許第7,435,553号(これは、その全体において本明細書に参考として援用される)を参照のこと)。
【0104】
このような細胞発現系は、生産培養の間でのみ、上記目的のポリペプチドの生産の「スイッチを入れる」ために使用され得る。従って、抗生物質(例えば、テトラサイクリンもしくは他の適切な誘導因子)は、第1の細胞培養に対して上記バイオリアクターに添加され得る。
【0105】
別の例示的細胞発現系は、調節性融合タンパク質(例えば、TetR-ERLBDT2融合タンパク質)を含み、ここで上記融合タンパク質の転写ブロッキングドメインはTetRであり、上記リガンド結合ドメインは、T2変異を有するエストロゲンレセプターリガンド結合ドメイン(ERLBD)(ERLBDT2; Feil et al., 1997, Biochem. Biophys. Res. Commun. 237:752-757)である。tetO配列が上記強いCMV-MIEプロモーターに対して下流かつ近位に置かれた場合、上記CMV-MIE/tetOプロモーターからの上記目的のヌクレオチド配列の転写は、タモキシフェンの存在下でブロックされ、タモキシフェンの除去によってブロックが外される。別の例において、融合タンパク質Arc2-ERLBDT2(15アミノ酸リンカーによって繋がれた2個のArcタンパク質およびERLBDT2(前出)からなる単一鎖ダイマーからなる融合タンパク質)の使用は、Arcオペレーター(AO)、より具体的には、CMV-MIEプロモーター/エンハンサーの直ぐ下流に2個のタンデムのarcオペレーターを要する。細胞株は、Arc2-ERLBDT2によって調節され得、ここで上記目的のタンパク質を発現する細胞は、CMV-MIE/ArcO2プロモーターによって駆動され、タモキシフェンの除去で誘導可能である(例えば、US 20090162901A1(本明細書で参考として援用される)を参照のこと)。いくつかの実施形態において、上記ベクターは、CMV-MIE/TetOもしくはCMV-MIE/AO2ハイブリッドプロモーターを含む。
【0106】
本発明の方法において使用される適切なベクターはまた、目的の遺伝子の複製を促進するために、組み換え技術のためのCre-loxツールを使用し得る。Cre-loxストラテジーは、少なくとも2つの構成要素を要する:1)Creリコンビナーゼ(2個のloxP部位の間の組換えを触媒する酵素);および2)loxP部位(例えば、8-bpコア配列(ここで組換えが起こる)および2個の隣接する13-bp逆反復からなる特定の34塩基対(bp)の配列)もしくは変異lox部位(例えば、Araki et al., 1995, PNAS 92:160-4; Nagy, A. et al., 2000, Genesis 26:99-109; Araki et al., 2002, Nuc Acids Res 30(19):e103;およびUS20100291626A1(これらは全て本明細書に参考として援用される)を参照のこと)。別の組換えストラテジーにおいて、酵母由来FLPリコンビナーゼは、コンセンサス配列FRTとともに利用され得る(例えば、Dymecki, S., 1996, PNAS 93(12): 6191-6196もまた参照のこと)。
【0107】
別の局面において、遺伝子(すなわち、目的の組換えポリペプチドをコードするヌクレオチド配列)は、発現カセットの発現増強配列内に挿入され、プロモーターに作動可能に連結される。ここで上記プロモーターが連結した遺伝子は、第1のリコンビナーゼ認識部位が5’側に、および第2のリコンビナーゼ認識部位が3’側に隣接する。このようなリコンビナーゼ認識部位は、上記発現系の宿主細胞においてCre媒介性組換えを可能にする。いくつかの場合、第2の、プロモーターが連結した遺伝子は、上記第1の遺伝子の下流(3’)にあり、かつ上記第2のリコンビナーゼ認識部位が3’側に隣接する。さらに他の場合、第2の、プロモーターが連結した遺伝子は、上記第2のリコンビナーゼ部位が5’側に隣接し、かつ第3のリコンビナーゼ認識部位が3’側に隣接する。いくつかの実施形態において、上記リコンビナーゼ認識部位は、loxP部位、lox511部位、lox2272部位、およびFRT部位から選択される。他の実施形態において、上記リコンビナーゼ認識部位は異なる。さらなる実施形態において、上記宿主細胞は、Creリコンビナーゼを発現し得る遺伝子を含む。
【0108】
一実施形態において、上記ベクターは、ある抗体の軽鎖もしくはある目的の抗体の重鎖をコードする第1の遺伝子、およびある抗体の軽鎖もしくはある目的の抗体の重鎖をコードする第2の遺伝子を含む。
【0109】
上記目的のタンパク質をコードし発現する1種またはそれより多くの核酸配列を有する1またはそれより多くのベクターが、このような発現系で使用され得ることは、理解される。
【0110】
本発明の細胞はまた、タンパク質(例えば、シャペロン、アポトーシスインヒビター、タンパク質分解インヒビター、もしくは上記生成物の発現もしくは安定性を増強し得る他のタンパク質)の共発現によって、生成物発現を増大するように操作され得る。
【0111】
いくつかの実施形態において、上記ベクターは、小胞体(ER)におけるタンパク質折りたたみに関与する遺伝子の発現の制御を通じて、タンパク質生産/タンパク質分泌を増強し得るXボックス結合タンパク質1(mXBP1)および/もしくはEDEM2遺伝子をさらに含む(例えば、Ron D, and Walter P., 2007, Nat Rev Mol Cell Biol.8:519-529; Olivari
et al., 2005, J. Biol. Chem. 280(4): 2424-2428, Vembar and Brodsky, Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 9(12): 944-957, 2008を参照のこと)。
【0112】
上記生成物の有意な量を迅速に生産する一過性にトランスフェクトされた細胞の使用もまた、細胞培養プロセスの最適化のために行われ得るが、安定なトランスフェクションは、代表的には、大容積の生産規模のために利用される。
【0113】
本発明の状況において、上記代謝がシフトした細胞は、目的のタンパク質の効率的な組換え生産のために必要な、本明細書で記載されるとおりの細胞発現系のエレメントのうちの任意のものもしくは全てを含み得る。
【0114】
なおさらなる局面において、本発明は、目的のタンパク質を生産する、代謝がシフトした組換え真核生物宿主細胞に関する。宿主細胞の例としては、哺乳動物細胞(例えば、CHO細胞株、PER.C6細胞株、ネズミリンパ系(murine lymphoid)細胞株、およびネズミハイブリドーマ細胞株(前出))が挙げられる。例えば、一実施形態において、本発明は、目的のタンパク質をコードする配列を含む細胞ゲノムの中に安定に組み込まれた核酸配列を含む、代謝がシフトした細胞を提供する。別の実施形態において、本発明は、組み込まれていない(すなわち、エピソームの)、目的のタンパク質をコードする配列を含む核酸配列(例えば、プラスミド、コスミド、ファージミド、もしくは直線状発現エレメント)を含む代謝がシフトした細胞を提供する。
【0115】
「採取する」もしくは「細胞を採取する」とは、上流プロセスにおいて生産バッチの最後で起こる。細胞は、多くの方法(例えば、濾過、細胞の被包、マイクロキャリアへの細胞接着、細胞沈殿もしくは遠心分離)によって培地から分離される。タンパク質の精製は、上記タンパク質生成物を単離するためにさらなる工程で起こる。ポリペプチドもしくはタンパク質は、細胞もしくは細胞培養培地のいずれかから採取され得る。
【0116】
タンパク質精製ストラテジーは、当該分野で周知である。上記ポリペプチド(例えば、抗体、抗体結合フラグメントおよびFc含有タンパク質)の可溶性形態は、市販の濃縮フィルタに供され得、引き続いて周知の方法(例えば、アフィニティー樹脂、イオン交換樹脂、クロマトグラフィーカラムなど)によってアフィニティー精製され得る。上記ポリペプチドの膜結合形態は、その発現細胞から総膜画分を調製し、上記膜を非イオン性界面活性剤(例えば、TRITON(登録商標) X-100 (EMD Biosciences, San Diego, CA, USA))で抽出することによって精製され得る。サイトゾルタンパク質もしくは核タンパク質は、上記宿主細胞を(機械的力、超音波処理、界面活性剤などによって)溶解し、その細胞膜画分を遠心分離によって除去し、上清を保持することによって調製され得る。
【0117】
さらなる局面において、本発明は、目的の抗体、もしくは抗原結合タンパク質、もしくは融合タンパク質を生産するための方法に関し、上記方法は、以下の工程を包含する:a)細胞を、本明細書で上記されるとおりの方法に従って培養する工程、b)上記細胞を採取する工程、およびc)上記ポリペプチドもしくはタンパク質(例えば、抗体、もしくは抗原結合タンパク質、もしくは融合タンパク質)を上記細胞もしくは細胞培養培地から精製する工程。
【0118】
以下の実施例は、本発明の製造方法および使用方法および組成物を当業者に説明するために提供され、本発明者らが発明として考えるものの範囲を限定することは意図していない。使用される数字(例えば、量、濃度、温度など)に関して正確さを担保する努力がなされたが、いくらかの実験誤差および偏差は、考慮されるべきである。
【実施例
【0119】
実施例1-代謝シフトパラメーターの決定:融合タンパク質を生産する細胞株
CHO細胞を、融合タンパク質を発現するDNAでトランスフェクトした。融合タンパク質を生産するCHO細胞株を、ダイズを含む独占培地中でシード容器培養においてインキュベートし、パラメーター(例えば、オンラインpH、オフラインラクテートおよび生細胞数)を測定および記録して、代謝状態を決定した(図1Aの#1、#2、もしくは#3を参照のこと)。塩基使用法もまたモニターし、この細胞株に関して1に基準化した(図1Aもまた参照のこと)。
【0120】
条件#1および条件#2の下での細胞を、pHを制御範囲の下端で制御し、ラクテートおよびVCCが増大しつつあったときに、レプリケート生産用バイオリアクターに接種するために使用した。条件#3の下での細胞を、pHが、ラクテート再代謝(すなわち、消費)を示す、上記制御範囲の下端から離れて上昇しはじめつつあった(すなわち、塩基使用を中止した)ときに、接種した。条件#3における細胞増殖は、指数関数増殖期の次に入った。全ての生産用バイオリアクターを、同じ操作条件で稼働させた。
【0121】
生成物力価(図1Bを参照のこと)およびラクテートプロフィール(図1Cを参照のこと)を、公知の方法を使用して各生産用バイオリアクターにおいて測定して、シードトレイン代謝状態#1、#2もしくは#3の影響を決定した。生産用バイオリアクター傾向線は、±1標準偏差を表すエラーバーとともに二連のバイオリアクターの平均を示す。
【0122】
条件#3の細胞は、上記第2の細胞培養における生産性およびラクテート蓄積に対して最も有意な効果を有し、上記生産用バイオリアクターにおいて生成物力価の(条件#1および条件#2と比較して)2倍より大きな増大を生じた(図1Bを参照のこと)。条件#3の細胞はまた、上記第2の細胞培養へ移した後に、(条件#1および条件#2と比較して-図1Cを参照のこと)低下したラクテート濃度を生じた。条件#3の細胞は、正味のラクテート消費を示すラクテートプロフィールを有する(図1Cの細胞培養の8~12日間を参照のこと)。条件#1の下で(すなわち、第1の培養における代謝シフトの前に)、上記第1の培養から移した細胞は、上記生産用バイオリアクターにおいて正味のラクテート消費を達成しない。
【0123】
実施例2-代謝シフトパラメーターの決定:抗体を生産する細胞株
抗体を生産するCHO細胞株シード容器を使用して、実施例1に類似であるが、化学的に規定された培地の中で、レプリケート生産用バイオリアクターに接種した。4種の異なる代謝状態を測定した(オフラインpH、ラクテートおよび生細胞数をモニターする-図2Aの#1、#2、#3、および#4を参照のこと)。VCCは、生産用バイオリアクターに接種した場合、シード容器インキュベーションを継続している間に増大し続けた。
【0124】
条件#1を、pHがなお制御範囲の上端にあるときかつ上記ラクテートが低いが増大しつつあるときに、上記シードトレインの中に非常に早期に接種した。条件#2を、pHが低下し始めつつ、ラクテートが増大しつつあり、かつピークレベルに近づきつつあるときに接種した。条件#3を、pHが上記制御範囲の下端付近にあり、ラクテートレベルがプラトーに達したときに接種した。条件#4を、pHが上記制御範囲から離れて増大しはじめつつあり、ラクテート再代謝(すなわち、ラクテート消費)の間にいるときに接種した。全ての生産用バイオリアクターを、同じ操作条件で稼働させた。条件#1は、1週間後に失われた。
【0125】
生産用バイオリアクター力価(図2B)およびラクテートプロフィール(図2C)に対するシードトレイン代謝状態の影響を、決定した。生産用バイオリアクター傾向線は、±1標準偏差を表すエラーバーとともに二連のバイオリアクターの平均を示す。
【0126】
条件#3および#4の細胞は、上記第2の細胞培養における生産性に対して最も有意な効果を有した。条件#3および条件#4の細胞はまた、上記生産用バイオリアクターにおいて(条件#1および条件#2と比較して)、ラクテート消費の代謝表現型を示す低下したラクテート濃度を生じた(図2Bおよび2Cを参照のこと)。実施例2に類似して、条件#1の下での第1の培養から移した細胞は、生産期の間に正味のラクテート消費を達成しない。条件#2、条件#3および条件#4は、生産期の間に正味のラクテート消費を達成するが、条件#4が最も最適である。なぜなら正味のラクテート消費が他の条件より早く起こり、そのピークラクテートレベルが最低だからである。
図1
図2