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特許7377733エレクトロスラグ溶接方法及びエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-01
(45)【発行日】2023-11-10
(54)【発明の名称】エレクトロスラグ溶接方法及びエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 25/00 20060101AFI20231102BHJP
   B23K 37/06 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
B23K25/00 Z
B23K25/00 R
B23K37/06 N
B23K37/06 P
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020024572
(22)【出願日】2020-02-17
(65)【公開番号】P2020138237
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019033683
(32)【優先日】2019-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100104880
【弁理士】
【氏名又は名称】古部 次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100125346
【弁理士】
【氏名又は名称】尾形 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100166981
【弁理士】
【氏名又は名称】砂田 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 修
(72)【発明者】
【氏名】橋本 裕志
(72)【発明者】
【氏名】辰巳 舞帆
(72)【発明者】
【氏名】戸田 亮
(72)【発明者】
【氏名】名古 秀徳
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-025445(JP,A)
【文献】特開昭54-120253(JP,A)
【文献】特開昭58-218377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 25/00
B23K 37/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の開先部内の溶融池に当該開先部の表側及び裏側から磁場を印加しながら当該母材のエレクトロスラグ溶接を行い、
前記表側及び裏側から印加される前記磁場の向きが逆であることを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項2】
母材の開先部内の溶融池に当該開先部の表側及び裏側から磁場を印加しながら当該母材のエレクトロスラグ溶接を行い、
溶接トーチを、前記開先部の中の表側の位置と裏側の位置との間で往復動させつつ溶接し、
前記溶接トーチの往復動の中で、当該溶接トーチが、前記開先部の表側から前記磁場を印加する表側の磁場印加コイルの鉄芯に接近したときに、当該表側の磁場印加コイルの電流値を減少させ、当該開先部の裏側から当該磁場を印加する裏側の磁場印加コイルの電流値を増大させ、
前記溶接トーチの往復動の中で、当該溶接トーチが、前記裏側の磁場印加コイルの鉄芯に接近したときに、当該裏側の磁場印加コイルの電流値を減少させ、前記表側の磁場印加コイルの電流値を増大させることを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項3】
前記溶接トーチが前記表側の磁場印加コイルの鉄芯に最も近付いたときに、当該表側の磁場印加コイルの電流値を最小とし、前記裏側の磁場印加コイルの電流値を最大とし、
前記溶接トーチが前記裏側の磁場印加コイルの鉄芯に最も近付いたときに、当該裏側の磁場印加コイルの電流値を最小とし、前記表側の磁場印加コイルの電流値を最大とすることを特徴とする請求項2に記載のエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項4】
前記表側の磁場印加コイル及び前記裏側の磁場印加コイルに流す電流の向きを、前記溶接トーチの往復動の周期ごとに反転させることを特徴とする請求項2に記載のエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項5】
母材の開先部内の溶融池に当該開先部の表側及び裏側から磁場を印加しながら当該母材のエレクトロスラグ溶接を行い、
前記表側及び裏側は、前記開先部の表面及び裏面に配置された冷却用銅板の前記母材とは反対側であり、
前記開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板の少なくとも何れか一方は、前記母材に対して固定されており、
前記表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、前記裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の当該基準面からの高さとが一致するように、当該表側の電磁石及び当該裏側の電磁石を移動しながら溶接することを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項6】
前記表側冷却用銅板及び前記裏側冷却用銅板の一方は、前記開先部が延びる方向に移動可能であることを特徴とする請求項5に記載のエレクトロスラグ溶接方法。
【請求項7】
母材の開先部の表面及び裏面に配置された冷却用銅板の当該母材とは反対側に、当該開先部内の溶融池に磁場を印加するための電磁石を配置し、
前記開先部の中の表側の位置と裏側の位置との間で往復動させつつ溶接する溶接トーチを更に配置し、
前記溶接トーチの往復動の中で、当該溶接トーチが、前記開先部の表側から前記磁場を印加する表側の電磁石の鉄芯に接近したときに、当該表側の電磁石の電流値を減少させ、当該開先部の裏側から当該磁場を印加する裏側の電磁石の電流値を増大させ、
前記溶接トーチの往復動の中で、当該溶接トーチが、前記裏側の電磁石の鉄芯に接近したときに、当該裏側の電磁石の電流値を減少させ、前記表側の電磁石の電流値を増大させることを特徴とするエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置。
【請求項8】
母材の開先部の表面及び裏面に配置された冷却用銅板の当該母材とは反対側に、当該開先部内の溶融池に磁場を印加するための電磁石を配置し、
前記開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板の少なくとも何れか一方は、前記母材に対して固定されており、
前記表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、前記裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の当該基準面からの高さとが一致するように、当該表側の電磁石及び当該裏側の電磁石が移動可能に構成されていることを特徴とするエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロスラグ溶接方法及びエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接において溶融池に磁界を作用させて、該磁界と溶接電流とによる回転方向の磁力で溶融金属を攪拌しながら溶接を行う磁気攪拌溶接法は、知られている(例えば、特許文献1、2参照)。特許文献1、2では、溶接トーチの回りを囲むように磁気コイルが配されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平4-190976号公報
【文献】特開平8-318370号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、エレクトロスラグ溶接は、アーク溶接と異なり、数百アンペアの電流を通電している溶接ワイヤを、溶融した電解質である溶融スラグに供給し、溶融スラグ内のジュール発熱によって、母材と溶接ワイヤを溶かしながら溶接する方法である。溶接方向は垂直であり、下から上に溶接が進む。また、溶融スラグや溶融金属がこぼれないように、母材の開先部は水冷銅板で覆われる。エレクトロスラグ溶接では、溶融池の前後左右は母材や水冷銅板に覆われ、溶融池の上下は既に溶接した溶接部分と溶融スラグとに覆われている。従って、アーク溶接のように溶接ワイヤを供給するトーチ部分にコイルを配置しても、溶融スラグが存在するので、溶融池に有効な磁場を印加できないばかりでなく、そもそも開先部の空間は狭く、コイルを配置することもできない。
【0005】
本発明の目的は、エレクトロスラグ溶接において溶融池に磁場を印加することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的のもと、本発明は、母材の開先部内の溶融池に磁場を印加しながら母材のエレクトロスラグ溶接を行うことを特徴とするエレクトロスラグ溶接方法を提供する。
【0007】
磁場は、静磁場、又は、周波数が1Hz以下の回転磁場であってよい。
【0008】
エレクトロスラグ溶接方法は、開先部の表側及び裏側から磁場を印加する、ものであってよい。その場合、表側及び裏側から印加される磁場の向きは同じであっても逆であってもよい。
【0009】
エレクトロスラグ溶接方法は、溶接トーチを、開先部の中の表側の位置と裏側の位置との間で往復動させつつ溶接し、溶接トーチの往復動の中で、溶接トーチが、開先部の表側から磁場を印加する表側の磁場印加コイルの鉄芯に接近したときに、表側の磁場印加コイルの電流値を減少させ、開先部の裏側から磁場を印加する裏側の磁場印加コイルの電流値を増大させ、溶接トーチの往復動の中で、溶接トーチが、裏側の磁場印加コイルの鉄芯に接近したときに、裏側の磁場印加コイルの電流値を減少させ、表側の磁場印加コイルの電流値を増大させる、ものであってよい。その場合、溶接トーチが表側の磁場印加コイルの鉄芯に最も近付いたときに、表側の磁場印加コイルの電流値を最小とし、裏側の磁場印加コイルの電流値を最大とし、溶接トーチが裏側の磁場印加コイルの鉄芯に最も近付いたときに、裏側の磁場印加コイルの電流値を最小とし、表側の磁場印加コイルの電流値を最大とする、ものであってもよい。また、表側の磁場印加コイル及び裏側の磁場印加コイルに流す電流の向きを、溶接トーチの往復動の周期ごとに反転させる、ものであってもよい。更に、溶接トーチが表側の磁場印加コイル又は裏側の磁場印加コイルの鉄芯に最も近付き、静止しているときに、表側の磁場印加コイルの電流と、裏側の磁場印加コイルの電流とを、値は同じで向きを逆とする、ものであってもよい。
【0010】
開先部の表側及び裏側は、開先部の表面及び裏面に配置された冷却用銅板の母材とは反対側であってよい。
【0011】
エレクトロスラグ溶接方法は、開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板の少なくとも何れか一方が、母材に対して固定されており、表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の基準面からの高さとが一致するように、表側の電磁石及び裏側の電磁石を移動しながら溶接する、ものであってよい。その場合、表側冷却用銅板及び裏側冷却用銅板の一方は、開先部が延びる方向に移動可能であってもよい。
【0012】
エレクトロスラグ溶接方法は、開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板が何れも、開先部が延びる方向に移動可能であり、表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の基準面からの高さとが一致するように、表側冷却用銅板及び裏側冷却用銅板を移動しながら溶接する、ものであってよい。
【0013】
また、本発明は、母材の開先部の表面及び裏面に配置された冷却用銅板の母材とは反対側に、開先部内の溶融池に磁場を印加するための電磁石を配置したことを特徴とするエレクトロスラグ溶接における磁場印加装置も提供する。
【0014】
冷却用銅板に穴又は溝が設けられており、電磁石の鉄芯が穴又は溝に嵌っている、ものであってよい。
【0015】
エレクトロスラグ溶接における磁場印加装置は、開先部の中の表側の位置と裏側の位置との間で往復動させつつ溶接する溶接トーチを更に配置し、溶接トーチの往復動の中で、溶接トーチが、開先部の表側から磁場を印加する表側の電磁石の鉄芯に接近したときに、表側の電磁石の電流値を減少させ、開先部の裏側から磁場を印加する裏側の電磁石の電流値を増大させ、溶接トーチの往復動の中で、溶接トーチが、裏側の電磁石の鉄芯に接近したときに、裏側の電磁石の電流値を減少させ、表側の電磁石の電流値を増大させる、ものであってよい。
【0016】
エレクトロスラグ溶接における磁場印加装置は、開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板の少なくとも何れか一方が、母材に対して固定されており、表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の基準面からの高さとが一致するように、表側の電磁石及び裏側の電磁石が移動可能に構成されている、ものであってよい。
【0017】
エレクトロスラグ溶接における磁場印加装置は、開先部の表面に配置された表側冷却用銅板及び裏面に配置された裏側冷却用銅板が何れも、開先部が延びる方向に移動可能な構造を持ち、表側冷却用銅板に配置された表側の電磁石の中心軸の基準面からの高さと、裏側冷却用銅板に配置された裏側の電磁石の中心軸の基準面からの高さとが一致するように、表側冷却用銅板及び裏側冷却用銅板が移動可能に構成されている、ものであってよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、エレクトロスラグ溶接において溶融池に磁場を印加することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】(a),(b)は、本発明の第1の実施の形態における磁場印加装置を前側から見たときの斜視図である。
図2】(a),(b)は、本発明の第1の実施の形態における磁場印加装置を後側から見たときの斜視図である。
図3】本発明の第1の実施の形態の磁場印加装置における前側コイル及び後側コイルの位置を示した図である。
図4】溶接個所における磁場の分布を示した図である。
図5】水冷銅板にコイルを嵌めた状態での磁場分布と水冷銅板にコイルを嵌めていない状態での磁場分布とを比較したグラフである。
図6】溶融池における溶接電流密度の分布を示した図である。
図7】(a),(b)は、溶融池の上面における溶融金属の流速ベクトル分布を示した図である。
図8】(a),(b)は、溶融池の内部における溶融金属の流速分布を示した図である。
図9】(a)~(e)は、溶接部の断面写真である。
図10】本発明の第2の実施の形態の磁場印加装置における前側コイル及び後側コイルの位置を示した図である。
図11】(a),(b)は、溶接トーチが最も前側及び最も後側にあるときの溶接電流密度の高さ方向の分布を示したグラフである。
図12】表2の構成での磁束密度の高さ方向の分布を示したグラフである。
図13】表2の構成でのローレンツ力の高さ方向の分布を示したグラフである。
図14】(a),(b)は、表2の構成でローレンツ力の平均値を溶融池と溶融スラグとで比較した棒グラフである。
図15】(a),(b)は、溶融スラグ及び溶融池について溶接トーチの位置に対する溶接電流密度の分布を示したグラフである。
図16】(a),(b)は、溶接トーチが前側及び後側に位置するときの前側及び後側のローレンツ力の高さ方向の分布を示したグラフである。
図17】(a),(b)は、溶接トーチが前側及び後側に位置するときの前側及び後側のローレンツ力の平均値を溶融池と溶融スラグとで比較した棒グラフである。
図18】(a),(b)は、前側コイル及び後側コイルの磁極の向きを変えない場合に生じる問題について示した図である。
図19】(a)~(d)は、電磁攪拌用の印加磁界の反転方法について説明するためのタイムチャートである。
図20】本発明の第3の実施の形態の第1の実施例における磁場印加装置の構成を横から見た図である。
図21】(a),(b)は、前側コイル及び後側コイルの上下昇降の様子を示した図である。
図22】(a),(b)は、前側コイル及び後側コイルの上下昇降の様子を示した図である。
図23】本発明の第3の実施の形態の第2の実施例における磁場印加装置の構造を示した図である。
図24】本発明の第3の実施の形態の第2の実施例における磁場印加装置の構成を横から見た図である。
図25】(a),(b)は、前側水冷銅板及び後側水冷銅板の上下昇降の様子を示した図である。
図26】(a),(b)は、前側水冷銅板及び後側水冷銅板の上下昇降の様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0021】
[第1の実施の形態]
まず、第1の実施の形態における磁場印加装置1の構成について説明する。図1(a),(b)は、第1の実施の形態における磁場印加装置1を前側(表側ともいう)から見たときの斜視図であり、図2(a),(b)は、第1の実施の形態における磁場印加装置1を後側(裏側ともいう)から見たときの斜視図である。
【0022】
第1の実施の形態における磁場印加装置1は、図1(a),(b)及び図2(a),(b)に示すように、溶接ワイヤ5と、前側水冷銅板10と、後側水冷銅板20と、前側コイル30と、後側コイル40とを含む。
【0023】
溶接ワイヤ5は、母材2,3の突き合わせ部に形成された開先部4に挿入される。そして、溶接電源(図示せず)により通電された状態で開先部4内の溶融スラグ6(図3参照)に供給され、溶融スラグ6内のジュール発熱によって溶融され、溶融金属を溶融池7(図3参照)に落とし込むことで下から上に向かって順次溶接して行くためのものである。
【0024】
前側水冷銅板10は、母材2,3の開先部4の前側を覆う水冷のための銅板である。前側水冷銅板10には、水冷のための冷却水を流入させる流入口(図示せず)と、水冷のための冷却水を流出させる流出口(図示せず)が設けられる。また、後側水冷銅板20は、母材2,3の開先部4の後側を覆う水冷のための銅板である。後側水冷銅板20にも、水冷のための冷却水を流入させる流入口(図示せず)と、水冷のための冷却水を流出させる流出口(図示せず)が設けられる。
【0025】
前側コイル30は、前側水冷銅板10に配置される磁気コイルである。前側コイル30は、コイル用電源(図示せず)により通電されることにより、磁場を発生させて、その磁場を溶融池7(図3参照)に印加する。また、後側コイル40は、後側水冷銅板20に配置される磁気コイルである。後側コイル40も、コイル用電源(図示せず)により通電されることにより、磁場を発生させて、その磁場を溶融池7(図3参照)に印加する。
【0026】
ここで、図1(a)は、前側コイル30を嵌める前の磁場印加装置1の斜視図であり、図1(b)は、前側コイル30を嵌めた後の磁場印加装置1の斜視図である。前側水冷銅板10が溶接の進行に応じて上側に移動した場合、前側コイル30も同じく上側に移動する必要があるので、図示するように、前側水冷銅板10には穴11が設けられ、その穴11に前側コイル30の鉄芯31が嵌っている。
【0027】
また、図2(a)は、後側コイル40を嵌める前の磁場印加装置1の斜視図であり、図2(b)は、後側コイル40を嵌めた後の磁場印加装置1の斜視図である。後側水冷銅板20は母材2,3に固定されているので、図示するように、後側水冷銅板20には鉛直方向に溝21が設けられ、後側コイル40の鉄芯41はその溝21に嵌ったまま、溶接の進行に応じて上側に移動するようになっている。
【0028】
尚、本実施の形態では、図1(a),(b)及び図2(a),(b)に示すように、前側コイル30が開先部4の表側に配置されており、後側コイル40が開先部4の裏側に配置されている。また、前側水冷銅板10が、開先部4の表側の面、即ち、表面に配置されており、後側水冷銅板20が、開先部4の裏側の面、即ち、裏面に配置されている。この状態で、前側コイル30の配置位置は、前側水冷銅板10の母材2,3とは反対側であり、後側コイル40の配置位置は、後側水冷銅板20の母材2,3とは反対側であると言える。
【0029】
また、本実施の形態では、図1(a),(b)及び図2(a),(b)に示すように、母材2,3の中心を通り母材2,3に平行な平面上で溶接の進行方向に垂直な方向で母材2,3の前側から見て右側に向かう方向をX軸の正の方向とする。また、母材2,3の中心を通り母材2,3に平行な平面に垂直な方向で母材2,3の後側に向かう方向をY軸の正の方向とする。更に、母材2,3の中心を通り母材2,3に平行な平面上の溶接の進行方向をZ軸の正の方向とする。
【0030】
次に、第1の実施の形態の磁場印加装置1における前側コイル30及び後側コイル40の諸元について説明する。下記表は、前側コイル30及び後側コイル40の諸元を示したものである。
【0031】
【表1】
【0032】
表に示す通り、前側コイル30のアンペアターンは6000ATとし、後側コイル40のアンペアターンは9000ATとしている。また、前側コイル30の鉄芯31及び後側コイル40の鉄芯41のサイズは何れも、直径20mm、長さ60mmとしている。
【0033】
次に、第1の実施の形態の磁場印加装置1における前側コイル30及び後側コイル40の配置について説明する。図3は、磁場印加装置1における前側コイル30及び後側コイル40の位置を示した図である。本実施の形態では、図示するように、前側コイル30の鉄芯31及び後側コイル40の鉄芯41を、その軸心の位置が、溶接ワイヤ5の先端から20mm~25mm下の位置になるように配置している。溶接ワイヤ5の先端から溶融池7までの距離は10mm~15mmなので、このような配置とすることで、鉄芯31及び鉄芯41の上端が溶融スラグ6と溶融池7との界面8と比較して、略同じ高さとなるか又は低くなる。
【0034】
次に、本実施の形態の磁場印加装置1により溶接個所に印加される磁場の分布について説明する。図4は、溶接個所における磁場の分布を示した図である。具体的には、溶接個所における磁場の分布のシミュレーション結果である。図3に示した前側コイル30及び後側コイル40の配置により、同じく溶接電流が流れている溶融スラグ6に印加される磁場の強度を低く保ちながら、溶融池7に磁場を印加できていることが分かる。
【0035】
次に、本実施の形態の磁場印加装置1において水冷銅板にコイルが嵌っている場合と嵌っていない場合とを比較して説明する。図5は、水冷銅板にコイルを嵌めた状態での磁場分布と水冷銅板にコイルを嵌めていない状態での磁場分布とを比較したグラフである。具体的には、前者の磁場分布は、前側水冷銅板10の穴11に前側コイル30の鉄芯31を嵌め、後側水冷銅板20の溝21に後側コイル40の鉄芯41を嵌めた状態での溶融池7の磁場分布のシミュレーション結果である。一方、後者の磁場分布は、前側水冷銅板10の穴11に前側コイル30の鉄芯31を嵌めず、後側水冷銅板20の溝21に後側コイル40の鉄芯41を嵌めない状態、言い換えると鉄芯41の先端が溶融池7から離れている状態での溶融池7の磁場分布のシミュレーション結果である。尚、グラフにおいて、前後方向位置の正方向は、磁場印加装置1の前側の方向を示している。グラフから、水冷銅板にコイルを嵌めた状態の方が、水冷銅板にコイルを嵌めていない状態よりも、磁場の強度が増加することが分かる。磁場の強度の増加は、特に、溶融池7の前後の界面8で著しく、約2倍に増加させることができる。
【0036】
次に、本実施の形態の磁場印加装置1における溶融池7の溶接電流密度の分布について説明する。図6は、溶融池7における溶接電流密度の分布を示した図である。具体的には、溶融池7に磁場を印加しながら溶接ワイヤ5に30Vの直流電圧を印加して後側から観察した溶接電流密度の分布のシミュレーション結果である。図5から、溶融池7における溶接電流密度は約1.0×10[A/m]~3.2×10[A/m]となっており、溶融池7にも溶接電流が流れていることが分かる。従って、この溶融池7の溶接電流に静磁場を印加することで電磁攪拌を起こすことができる。
【0037】
次に、本実施の形態の磁場印加装置1により生じる溶融池7の上面における溶融金属の流速分布について説明する。図7(a),(b)は、溶融池7の上面における溶融金属の流速ベクトル分布を示した図である。具体的には、溶融池7の内部に電磁攪拌によって発生する溶融金属の流れのシミュレーション結果である。図7(a)は、前側コイル30が発生する磁場の方向と後側コイル40が発生する磁場の方向とが同じ場合を示し、図7(b)は、前側コイル30が発生する磁場の方向と後側コイル40が発生する磁場の方向とが反対の場合を示す。溶融池7のうち、鉄芯31,41に最も近い部分に最も大きなローレンツ力が働くので、流速は、溶融池7の前側及び後側で最も速く、約0.2m/sとなる。図7(a)では、前側コイル30が発生する磁場の方向と後側コイル40が発生する磁場の方向とが同じなので、溶融池7の前側及び後側で流れの向きも同じになり、溶融池7の水平面内にS字状の流れが生じている。また、図7(a),(b)から分かるように、流速分布は左右非対称になっている。よって、印加する磁場の方向を1.0Hz以下の低周波数で反転させることは攪拌効果を平均化させるために効果的である。但し、周波数を1.0Hz以上にすると、流れが成長する前にローレンツ力が反転し攪拌効果は小さくなるので、1.0Hz以下が妥当である。
【0038】
次に、本実施の形態の磁場印加装置1により生じる溶融池7の内部における溶融金属の流速分布について説明する。図8(a),(b)は、溶融池7の内部における溶融金属の流速分布を示した図である。図8(a)は、静磁場を印加した場合の流速分布を示す。ここでは、前側コイル30及び後側コイル40の起磁力は何れも6000ATとし、前側コイル30が発生する磁場の方向と後側コイル40が発生する磁場の方向とは同じとしている。また、図8(b)は、溶融池7の水平面内で回転する10Hzの回転磁場を印加した場合の流速分布を示す。ここでは、1つの前側コイル30及び2つの後側コイル40を用い、各コイルの起磁力は6000ATとしている。尚、図8(a),(b)の各図において、上側の流速分布図は溶融池7の上面の流速分布図を示し、中央の流速分布図は溶融池7の中心面の流速分布図を示し、下側の流速分布図は溶融池7の下面の流速分布図を示している。図8(a)と図8(b)とを比較すると、明らかに10Hzの回転磁場を印加した場合の流速は1桁以上小さく、攪拌効果が期待できないことが分かる。
【0039】
次に、溶接部9(図3参照)の断面観測結果について説明する。図9(a)~(e)は、溶接部9の断面写真である。具体的には、図9(a),(b),(c),(d),(e)はそれぞれ、静磁場を印加した場合、周波数が0.25Hzの矩形波の磁場を印加した場合(1回目)、周波数が0.25Hzの矩形波の磁場を印加した場合(2回目)、周波数が1.0Hzの矩形波の磁場を印加した場合、磁場を印加しなかった場合における断面写真である。これらの断面写真を、結晶粒界が小さい順に並べると、写真中に矢印で示すように、(a)<(b),(c)<(d)<(e)となる。(e)の磁場を印加しなかった場合と比較して、(a)の静磁場を印加した場合の方が、結晶粒界が小さくなり、電磁攪拌による結晶粒界の微細化の効果を得ることができている。また、(b),(c)の低周波数(1.0Hz未満)で矩形波の磁場を印加した場合も、(a)の静磁場を印加した場合には劣るが、同様の効果を得ることができている。
【0040】
本実施の形態では、開先部4の前側に配置する前側水冷銅板10の外側に前側コイル30を配置し、開先部4の後側に配置する後側水冷銅板20の外側に後側コイル40を配置した。具体的には、前側水冷銅板10に穴11を掘り、その穴11に前側コイル30の鉄芯31を嵌めると共に、後側水冷銅板20に溝21を掘り、その溝21に後側コイル40の鉄芯41を嵌めるようにした。これにより、溶融池7に印加できる磁界強度が向上し、溶融池7の磁気攪拌効果も向上した。
【0041】
[第2の実施の形態]
第2の実施の形態における磁場印加装置1’の構成は、図1(a),(b)及び図2(a),(b)に示したものと同じなので、説明を省略する。
【0042】
次に、第2の実施の形態の磁場印加装置1’における前側コイル30及び後側コイル40の配置について説明する。図10は、磁場印加装置1’における前側コイル30及び後側コイル40の位置を示した図である。本実施の形態では、前側コイル30及び後側コイル40の諸元を下記表2のように設定した。
【0043】
【表2】
【0044】
即ち、図10に示すように、前側コイル30の鉄芯31及び後側コイル40の鉄芯41を、その軸心の位置が、溶融スラグ6と溶融池7との界面8から20mm下の位置になるように配置している。これは、溶融スラグ6に印加される磁界を小さくしたいからである。また、表2に示すように、前側コイル30の鉄芯31及び後側コイル40の鉄芯41のサイズは何れも、直径20mm、長さ60mmとしている。この状態で、表2に示すように前側コイル30及び後側コイル40に3000AT(アンペアターン)の起磁力を印加したときの溶融池7及び溶融スラグ6に働くローレンツ力を見積もった。
【0045】
また、エレクトラスラグ溶接では、母材2,3の厚さ方向にムラ無く溶接するため、溶接トーチ90を前後方向に摺動させる。図3では、この溶接トーチ90の摺動運動については示していなかったが、図10では、溶接トーチ90が、厚さ方向に16mmの幅で摺動運動することを示している。具体的には、厚さ方向の中心から、前側に9mm、後側に7mm摺動運動するものとする。
【0046】
図11(a),(b)はそれぞれ、溶接トーチ90が最も前側にあるとき及び最も後側にあるときの溶接電流密度の高さ方向の分布を示したグラフである。これらのグラフでは、溶融池7及び溶融スラグ6の前側の溶接電流密度を実線で示し、溶融池7及び溶融スラグ6の後側の溶接電流密度を破線で示している。図11(a)から、溶接トーチ90が前側に来たとき、溶融池7の前側の溶接電流密度と溶融スラグ6の前側の溶接電流密度とを比較すると、溶融池7よりも溶融スラグ6の方が溶接電流密度が大きいことが分かる。但し、後ろ側の溶接電流密度については、溶接トーチ90が離れることにより、溶融池7よりも溶融スラグ6の方がその絶対値は小さくなっている。一方、図11(b)から、溶接トーチ90が後側にある場合はこれとは逆であることが分かる。
【0047】
図12は、表2の構成での磁束密度の高さ方向の分布を示したグラフである。このグラフでは、溶融池7及び溶融スラグ6の前側の磁束密度を実線で示し、溶融池7及び溶融スラグ6の後側の磁束密度を破線で示している。図12から、鉄芯31及び鉄芯41の位置を下げた効果として、溶融池7よりも溶融スラグ6の方が磁界強度が低くなっていることが分かる。
【0048】
図13は、表2の構成でのローレンツ力の高さ方向の分布を示したグラフである。このグラフでは、溶接トーチ90が前側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の前側のローレンツ力を実線で示し、溶接トーチ90が後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の後側のローレンツ力を破線で示している。
【0049】
図14(a),(b)は、表2の構成で、ローレンツ力の平均値を溶融池7と溶融スラグ6とで比較した棒グラフである。具体的には、図14(a)は、図13に実線で示した、溶接トーチ90が前側に位置するときに溶融池7及び溶融スラグ6の前側に働くローレンツ力の平均値を示す。また、図14(b)は、図13に破線で示した、溶接トーチ90が後側に位置するときに溶融池7及び溶融スラグ6の後側に働くローレンツ力の平均値を示す。図14(a),(b)から、溶融スラグ6よりも溶融池7の方が大きなローレンツ力が働いていることが分かる。
【0050】
次に、溶融スラグ6に生じる電磁攪拌効果を更に抑制する方法について述べる。
【0051】
図15(a),(b)はそれぞれ、溶融スラグ6及び溶融池7について、溶接トーチ90の位置に対する溶接電流密度の分布を示したグラフである。各グラフでは、溶融スラグ6又は溶融池7の前側の溶接電流密度を実線で示し、溶融スラグ6又は溶融池7の後側の溶接電流密度を破線で示している。図15(a)の溶融スラグ6中間の溶接電流密度の分布と、図15(b)の溶融池7中間の溶接電流密度の分布とを比較すると、前者が溶接トーチ90の位置に対して二次関数に近い形状を有しているのに対し、後者は溶接トーチ90の位置に対して一次関数に近い形状を有している。即ち、溶融池7の方が、溶融スラグ6よりも、溶接電流密度の溶接トーチ90の位置に対する依存性が少ない。よって、溶接トーチ90が前側コイル30の鉄芯31に最も近付いたときに、前側コイル30の電流値を最小にし、後側コイル40の電流値を最大にするとよい。これにより、溶融スラグ6に働く電磁力を効果的に抑制しながら、有意な大きさの電磁力を溶融池7に働かせることが可能になる。逆に、溶接トーチ90が後側コイル40の鉄芯41に最も近付いたときは、後側コイル40の電流値を最小にし、前側コイル30の電流値を最大にすればよい。
【0052】
このような前側コイル30及び後側コイル40の通電方法により、溶融池7に有意な大きさの電磁攪拌ができると共に溶融スラグ6の電磁攪拌が抑制でき、溶融スラグ6が溶融池7に巻き込まれることがなくなる。その結果、溶接部9の機械的強度が向上する。
【0053】
そこで、以上述べた溶接トーチ90の位置に同期して前側コイル30及び後側コイル40の電流値を変化させる方法を採用し、ローレンツ力の分布を見積もった。そのときの前側コイル30及び後側コイル40の諸元を下記表3に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
図11(a),(b)では、溶接トーチ90が前側又は後側に位置するとき、その反対側の溶接電流密度は、溶接トーチ90の位置の溶接電流密度の最大値の半分以下に落ちていた。この溶接電流密度が小さくなった分を補うために印加磁界を大きくする必要がある。よって、表3に示すように、前側コイル30の鉄芯31及び後側コイル40の鉄芯41の位置を10mm上げ、通電電流値も前側コイル30で3倍、後側コイル40で2倍というように大きくした。
【0056】
図16(a),(b)は、それぞれ、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の前側のローレンツ力の高さ方向の分布、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の後側のローレンツ力の高さ方向の分布を示したグラフである。このうち、図16(a)は、表3の構成で、溶接トーチ90が後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の前側のローレンツ力の分布を太線で示す。図16(a)には表2の構成でのローレンツ力の分布も細線で示しているが、太線で示した表3の構成の場合、溶融スラグ6の方がローレンツ力がより抑制できているように見える。尚、図16(b)に示すように、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの後側のローレンツ力についても同様である。
【0057】
このことを定量的に分かり易くするために、平均値で評価したグラフを示す。図17(a),(b)は、それぞれ、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の前側のローレンツ力の平均値、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の後側のローレンツ力の平均値を溶融池7と溶融スラグ6とで比較した棒グラフである。このうち、図17(a)は、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの溶融池7及び溶融スラグ6の前側のローレンツ力の平均値を示す。図17(a)から、表3の構成では、表2の構成と比べ、溶融スラグ6のローレンツ力がより抑制できていることが分かる。尚、図17(b)に示すように、溶接トーチ90が前側及び後側に位置するときの後側のローレンツ力についても同様である。
【0058】
以上により、表3の構成でのローレンツ力の分布を見積もり、溶接トーチ90の位置と前側コイル30及び後側コイル40の電流値とを同期して変化させることで溶融スラグ6の電磁攪拌効果を抑制できることが分かったが、前側コイル30及び後側コイル40の通電方向、言い換えると磁極の向きを変えない場合は問題が生じる。
【0059】
図18(a),(b)は、このような問題について示した図である。図18(a)に示すように、溶融スラグ6には電磁攪拌用の磁界を印加していない場合でも溶接電流によりピンチ力が働き、溶接ワイヤ5に沿って上から下に向かう強い流れSが生じている。この流れSは、電磁攪拌用の印加磁界が作用することにより、ローレンツ力の向きに応じて左右方向に曲げられることになる。図18(b)では、紙面奥行き方向の磁界Mがかけられているため、右方向にローレンツ力Fが働き、これにより、流れSが右方向にカーブしている。その結果、溶融スラグ6に左右方向の温度ムラが生じ、母材2,3の溶け込み量に差異が生じることになる。
【0060】
そこで、本実施の形態では、電磁攪拌用の印加磁界の向きを周期的に反転させることで、母材2,3の溶け込み量を左右均等にする。
【0061】
図19(a)~(d)は、電磁攪拌用の印加磁界の反転方法について説明するためのタイムチャートである。これらのタイムチャートでは、図19(a)に示すように、溶接トーチ90が後側に静止している時間を時刻t0~時刻t1とし、溶接トーチ90が後側から前側へ移動している時間を時刻t1~時刻t2とし、溶接トーチ90が前側に静止している時間を時刻t2~時刻t3とし、溶接トーチ90が前側から後側へ移動している時間を時刻t3~時刻t0とする。
【0062】
このうち、図19(c)は、溶接トーチ90の移動の周期ごとに磁極の向きを反転させる場合の通電パターンを示す。また、図19(d)は、溶接トーチ90が前側又は後側にあるときに磁極の向きを入れ替える場合の通電パターンを示す。更に、比較のために、溶接トーチ90の摺動運動に合わせて前側コイル30及び後側コイル40の磁極の向きを変更しない場合の通電パターンも図19(b)に示している。尚、図19(b)の通電パターンでは、前側コイル30の電流値の最大値、最小値をそれぞれ「前側コイル最大」、「前側コイル最小」とし、後側コイル40の電流値の最大値、最小値をそれぞれ「後側コイル最大」、「後側コイル最小」として、図19(c),(d)の通電パターンでも、磁極の向きを反転させない場合にはこれらの値をそのまま示し、磁極の向きを反転させる場合にはこれらの値にマイナスを付して示している。
【0063】
尚、本実施の形態では、溶接トーチ90が前側コイル30の鉄芯31に最も近付いたときに、前側コイル30の電流値を最小にして後側コイル40の電流値を最大にし、溶接トーチ90が後側コイル40の鉄芯41に最も近付いたときに、後側コイル40の電流値を最小にして前側コイル30の電流値を最大にしたが、これには限らない。溶接トーチ90が前側コイル30の鉄芯31に接近したときに前側コイル30の電流値を減少させて後側コイル40の電流値を増大させ、溶接トーチ90が後側コイル40の鉄芯41に接近したときに後側コイル40の電流値を減少させて前側コイル30の電流値を増大させてもよい。
【0064】
[第3の実施の形態]
第3の実施の形態は、前側コイル30及び後側コイル40を母材2,3に対して移動させる機構に関する実施の形態である。
【0065】
第3の実施の形態の第1の実施例では、第1の実施の形態における磁場印加装置1を用いる。即ち、第3の実施の形態の第1の実施例の構造は、図1(a),(b)、図2(a),(b)、図3に示したものとなる。この磁場印加装置1では、前述したように、後側水冷銅板20は母材2,3に固定して動かさず、前側水冷銅板10及び前側コイル30と、後側コイル40とを母材2,3に対して動かす。
【0066】
図20は、第1の実施例における磁場印加装置1の構成を横から見た図である。図示するように、前側水冷銅板10及び前側コイル30と、後側コイル40とはそれぞれ、互いに独立した前側上下昇降機構50と、後側上下昇降機構60とに固定されている。具体的には、前側上下昇降機構50が、前側フレーム51により前側水冷銅板10及び前側コイル30を母材2,3に押え付けており、後側上下昇降機構60が、後側フレーム61により後側コイル40を後側水冷銅板20に押え付けている。これにより、前側上下昇降機構50が、前側水冷銅板10及び前側コイル30を溶接対象の母材2,3に沿って上下に昇降させ、後側上下昇降機構60が、後側コイル40を後側水冷銅板20に掘られた溝21に沿って上下に昇降させる。尚、図示するように、前側上下昇降機構50には、溶接ワイヤ5を送給する溶接トーチ90も設けられている。
【0067】
図21(a),(b)及び図22(a),(b)は、前側コイル30及び後側コイル40の上下昇降の様子を示した図である。具体的には、図21(a),(b)は、前側コイル30及び後側コイル40が初期位置にある状態を示し、図21(a)はそれを前から見た図であり、図21(b)はそれを後側から見た図である。また、図22(a),(b)は、前側コイル30及び後側コイル40が溶接のために移動中である状態を示し、図22(a)はそれを前側から見た図であり、図22(b)はそれを後側から見た図である。
【0068】
図21(a)及び図22(a)に示すように、母材3には架台70が固定されており、前側上下昇降機構50は、架台70に沿って移動用歯車52,53により上下に昇降する。また、前側上下昇降機構50は、前側コイル30の高さを検出する高さセンサ54を持つ。高さセンサ54は赤外線等を利用した非接触の距離計等が利用できる。基準面L1に反射板55を設け、高さセンサ54は反射板55との距離を測定するとよい。尚、基準面L1はどの高さに設けてもよいが、図では後側水冷銅板20の上端の高さに設けている。更に、前側上下昇降機構50には、高さセンサ54が検出した高さの情報を後側上下昇降機構60に伝達する制御を行う前側制御器56も設けられている。
【0069】
図21(b)及び図22(b)に示すように、母材3には架台80も固定されており、後側上下昇降機構60は、架台80に沿って移動用歯車62,63により上下に昇降する。また、後側上下昇降機構60は、後側コイル40の高さを検出する高さセンサ64を持つ。高さセンサ64は赤外線等を利用した非接触の距離計等が利用できる。図21(a)及び図22(a)に示したのと同じ基準面L1に反射板65を設け、高さセンサ64は反射板65との距離を測定するとよい。更に、後側上下昇降機構60には、前側上下昇降機構50から高さの情報が伝達されると、この伝達された高さと高さセンサ64が検出した高さとが一致するように後側コイル40を上下昇降させる制御を行う後側制御器66も設けられている。
【0070】
まず、溶接開始前には、図21(a),(b)に示すように、基準面L1を基準とした前側上下昇降機構50及び後側上下昇降機構60の高さ(基準高さ)が一致するように、前側上下昇降機構50及び後側上下昇降機構60の位置を調整する。その結果、前側コイル30の高さと後側コイル40の高さとは一致する。この状態を初期状態とする。
【0071】
次に、溶接を開始すると、前側上下昇降機構50は、図22(a)に示すように、溶接が進むにつれて上に移動し、基準面L1を基準とした高さA1は短くなっていく。前側制御器56は、前側上下昇降機構50の初期状態からの高さA1の情報を逐次後側制御器66に伝達する。これにより、後側上下昇降機構60では、図22(b)に示すように、高さセンサ64が、後側上下昇降機構60の基準面L1からの高さB1を測定する。そして、後側制御器66が、前側制御器56から伝達された高さA1と、高さセンサ64により測定された高さB1とが一致するように、後側上下昇降機構60の位置を制御する。
【0072】
尚、第1の実施例では、前側制御器56が高さA1の情報を後側制御器66に伝達し、後側制御器66が高さA1と高さB1とが一致するように後側上下昇降機構60の位置を制御するようにしたが、これには限らない。例えば、前側及び後側に共通の制御器を設け、前側制御器56及び後側制御器66がそれぞれ高さA1及び高さB1の情報をこの共通の制御器に伝達し、この共通の制御器が高さA1と高さB1とが一致するように、前側上下昇降機構50の位置を制御する信号を前側制御器56に送ったり、後側上下昇降機構60の位置を制御する信号を後側制御器66に送ったりしてもよい。
【0073】
このように、第3の実施の形態の第1の実施例では、溶融スラグ6及び溶融池7の高さ方向に対して前側コイル30及び後側コイル40の位置を一致させるようにした。これにより、励磁による溶融スラグ6の暴れを抑制できるので、ビード形状を安定化させ、介在物等の混入を防ぐことが可能となった。
【0074】
また、第3の実施の形態の第1の実施例では、後側水冷銅板20が母材2,3に固定されるようにした。これにより、後側からの溶融スラグ6の漏れを抑制できるので、ビード形状を安定化させることが可能となった。
【0075】
尚、上記では、前側水冷銅板10が母材2,3に沿って移動し、後側水冷銅板20が母材2,3に固定されている構成を採用したが、これには限らない。前側水冷銅板10が母材2,3に固定され、後側水冷銅板20が母材2,3に沿って移動する構成や、前側水冷銅板10及び後側水冷銅板20の両方が母材2,3に固定されている構成を採用してもよい。つまり、前側水冷銅板10及び後側水冷銅板20の少なくとも何れか一方が母材2,3に固定されている構成としてよい。
【0076】
第3の実施の形態の第2の実施例では、第1の実施の形態における磁場印加装置1の後側水冷銅板20を前側水冷銅板10と同タイプのものに置き換えた磁場印加装置1’を用いる。図23は、磁場印加装置1’の構造を示した図である。この磁場印加装置1’では、磁場印加装置1の前側水冷銅板10に対応する構成要素を前側水冷銅板10aとし、磁場印加装置1の後側水冷銅板20に対応する構成要素を後側水冷銅板10bとする。そして、この磁場印加装置1’は、前側コイル30の鉄芯31が前側水冷銅板10aの穴11aに嵌って一緒に移動するだけでなく、後側コイル40の鉄芯41も後側水冷銅板10bの穴11bに嵌って一緒に移動する機構となっている。
【0077】
図24は、第2の実施例における磁場印加装置1’の構成を横から見た図である。図示するように、前側水冷銅板10aと、後側水冷銅板10bとはそれぞれ、互いに独立した前側上下昇降機構50aと、後側上下昇降機構50bとに固定されている。具体的には、前側上下昇降機構50aが、前側フレーム51aにより前側水冷銅板10aを母材2,3に押え付けており、後側上下昇降機構50bが後側フレーム51bにより後側水冷銅板10bを母材2,3に押え付けている。これにより、前側上下昇降機構50a及び後側上下昇降機構50bが、前側水冷銅板10a及び後側水冷銅板10bを溶接対象の母材2,3に沿って上下に昇降させる。尚、図示するように、前側上下昇降機構50aには、溶接ワイヤ5を送給する溶接トーチ90も設けられている。
【0078】
図25(a),(b)及び図26(a),(b)は、前側水冷銅板10a及び後側水冷銅板10bの上下昇降の様子を示した図である。具体的には、図25(a),(b)は、前側水冷銅板10a及び後側水冷銅板10bが初期位置にある状態を示し、図25(a)はそれを前側から見た図であり、図25(b)はそれを後側から見た図である。また、図26(a),(b)は、前側水冷銅板10a及び後側水冷銅板10bが溶接のために移動中である状態を示し、図26(a)はそれを前側から見た図であり、図26(b)はそれを後側から見た図である。
【0079】
図25(a)及び図26(a)に示すように、母材3には架台70が固定されており、前側上下昇降機構50aは、架台70に沿って移動用歯車52a,53aにより上下に昇降する。また、前側上下昇降機構50aは、前側水冷銅板10a及び前側コイル30の高さを検出する高さセンサ54aを持つ。高さセンサ54aは赤外線等を利用した非接触の距離計等が利用できる。基準面L2に反射板55aを設け、高さセンサ54aは反射板55aとの距離を測定するとよい。尚、基準面L2はどの高さに設けてもよいが、図では溶接開始位置の高さに設けている。更に、前側上下昇降機構50aには、高さセンサ54aが検出した高さの情報を後側上下昇降機構50bに伝達する制御を行う前側制御器56aも設けられている。
【0080】
図25(b)及び図26(b)に示すように、母材3には架台80も固定されており、後側上下昇降機構50bは、架台80に沿って移動用歯車52b,53bにより上下に昇降する。また、後側上下昇降機構50bは、後側水冷銅板10b及び後側コイル40の高さを検出する高さセンサ54bを持つ。高さセンサ54bは赤外線等を利用した非接触の距離計等が利用できる。図25(a)及び図26(a)に示したのと同じ基準面L2に反射板55bを設け、高さセンサ54bは反射板55bとの距離を測定するとよい。更に、後側上下昇降機構50bには、前側上下昇降機構50aから高さの情報が伝達されると、この伝達された高さと高さセンサ54bが検出した高さとが一致するように後側水冷銅板10bを上下昇降させる制御を行う後側制御器56bも設けられている。
【0081】
まず、溶接開始前には、図25(a),(b)に示すように、基準面L2を基準とした前側水冷銅板10a及び前側コイル30の高さと、基準面L2を基準とした後側水冷銅板10b及び後側コイル40の高さとを一致させる。この状態を初期状態とする。
【0082】
次に、溶接を開始すると、前側上下昇降機構50aは、図26(a)に示すように、溶接が進むにつれて上に移動し、基準面L2を基準とした高さA2は長くなっていく。前側制御器56aは、前側水冷銅板10aの初期状態からの高さA2の情報を逐次後側制御器56bに伝達する。これにより、後側上下昇降機構50bでは、図26(b)に示すように、高さセンサ54bが、後側水冷銅板10bの基準面L2からの高さB2を測定する。そして、後側制御器56bが、前側制御器56aから伝達された高さA2と、高さセンサ54bにより測定された高さB2とが一致するように、後側水冷銅板10bの位置を制御する。
【0083】
尚、第2の実施例では、前側制御器56aが高さA2の情報を後側制御器56bに伝達し、後側制御器56bが高さA2と高さB2とが一致するように後側水冷銅板10bの位置を制御するようにしたが、これには限らない。例えば、前側及び後側に共通の制御器を設け、前側制御器56a及び後側制御器56bがそれぞれ高さA2及び高さB2の情報をこの共通の制御器に伝達し、この共通の制御器が高さA2と高さB2とが一致するように、前側水冷銅板10aの位置を制御する信号を前側制御器56aに送ったり、後側水冷銅板10bの位置を制御する信号を後側制御器56bに送ったりしてもよい。
【0084】
このように、第3の実施の形態の第2の実施例では、溶融スラグ6及び溶融池7の高さ方向に対して前側コイル30及び後側コイル40の位置を一致させるようにした。これにより、励磁による溶融スラグ6の暴れを抑制できるので、ビード形状を安定化させ、介在物等の混入を防ぐことが可能となった。
【符号の説明】
【0085】
1,1’…磁場印加装置、2、3…母材、4…開先部、5…溶接ワイヤ、6…溶融スラグ、7…溶融池、8…界面、9…溶接部、10,10a…前側水冷銅板、11…穴、20,10b…後側水冷銅板、21…溝、30…前側コイル、31,41…鉄芯、40…後側コイル、50,50a…前側上下昇降機構、60,50b…後側上下昇降機構、54,64,54a,54b…高さセンサ、55,65,55a,55b…反射板、56,56a…前側制御器、66,56b…後側制御器、90…溶接トーチ
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