(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】マンガン及びニッケルの分離方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20231106BHJP
C22B 3/16 20060101ALI20231106BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20231106BHJP
C22B 47/00 20060101ALI20231106BHJP
B09B 5/00 20060101ALI20231106BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/16
C22B7/00 C
C22B47/00
B09B5/00 A ZAB
(21)【出願番号】P 2019151440
(22)【出願日】2019-08-21
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】393012046
【氏名又は名称】恵和興業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 賢
(72)【発明者】
【氏名】東 大輝
(72)【発明者】
【氏名】スミス リチャード リー ジュニア
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 秀喜
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108913873(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108432031(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0128913(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2013-0138491(KR,A)
【文献】特表2021-507111(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0024211(US,A1)
【文献】特開2009-289553(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物を含んだ材料から、前記マンガン及び前記ニッケルを分離する分離方法であって、
錯体形成性有機酸
としてのクエン酸の水溶液を用いて、前記材料に対して水熱有機酸浸出処理を行う浸出工程を備え、
前記浸出工程は、
(a)前記水溶液の温度を65℃以上85℃以下とし、前記材料から前記マンガンを前記水溶液中に浸出させる工程と、
(b)前記水溶液の温度を85℃超110℃以下とし、前記(a)工程後の前記水溶液を液相分離して得られる固体から、前記ニッケルを前記水溶液中に浸出させる工程と、
を含む、マンガン及びニッケルの分離方法。
【請求項2】
前記リチウム金属酸化物が更にコバルトを含み、
前記浸出工程は、
(c)前記水溶液の温度を110℃超とし、前記(b)工程後の前記水溶液を液相分離して得られる固体から、前記コバルトを前記水溶液中に浸出させる工程、
を含む請求項1の、マンガン及びニッケルの分離方法。
【請求項3】
前記材料が廃リチウムイオン電池材であり、前記浸出工程の前に、
前記廃リチウムイオン電池材を有機溶液中に分散させて、有機物の上層と金属箔類を含む析出層とに分離する工程を備え、
前記浸出工程は、前記析出層に対して前記水熱有機酸浸出処理を行う、
請求項1又は2の、マンガン及びニッケルの分離方法。
【請求項4】
前記(a)工程の時間は3分~30分であり、前記(b)工程の時間は3分~30分である、
請求項1~3のいずれか1項記載の、マンガン及びニッケルの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物(リチウムと他の金属との複合酸化物)を含んだ材料から、その構成金属であるマンガン及びニッケルを水熱有機酸浸出処理により分離する分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池(以下、LiBとも称する)はリチウムイオンが移動することにより充放電が可能な二次電池である。LiBは小型かつ軽量であり、従来の二次電池に比べエネルギー効率が高いために、携帯電話やパソコン、電子機器などに幅広く使われている。近年では、世界の自動車メーカーによってLiBは電気自動車やハイブリット車のバッテリーとしても採用されており、今後もその需要は拡大することが見込まれている(非特許文献1)。LiBにはアルミ箔や銅箔などの金属類のほか、正極板にはレアメタルが使用されている。
【0003】
現在、正極材料の種類としては、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)が知られている。また、コバルト、ニッケル及びマンガンを混合した三元系の正極材料も知られている。このようにLiBにはコバルト、ニッケル、マンガンなどのレアメタルが使用されており、LiBの需要が増えると、レアメタルの需要も増え、レアメタル資源を確保する必要性が高い。しかし、レアメタル資源は生産地に偏りがあり、主要生産国の政策や政情に影響され、容易に供給障害を引き起こす。さらに廃棄される使用済みLiB(以下、廃リチウム電池、廃LiBとも称する)による環境汚染も問題となっている。こうした増加する需要に加え、資源確保の困難さ、環境汚染といった問題から、廃LiBのリサイクル技術の開発は急務である。
【0004】
金属を精錬するプロセスとして主に乾式精錬法と湿式精錬法がある。現在のLiBの分離回収プロセスでは主に湿式精錬法が用いられている。湿式精錬法とは金属の精錬を溶媒中で行う方法である。金属含有廃棄物から溶媒を用いて金属イオンを浸出させた後、沈殿分離などにより回収する。従来、還元剤としてのH2O2添加系において1~2M程度の硫酸(非特許文献2)や硝酸(非特許文献3)、クエン酸(非特許文献4)を70~90℃で操作し、金属イオンを回収する酸浸出法が実用化及び研究レベルで検討されてきた。三元系への酸浸出反応としても、1Mの硫酸にH2O2を添加し、反応温度40℃でLiNi1/3Co1/3Mn1/3O2の浸出反応が行われている(非特許文献5)。非特許文献5に開示されている浸出反応では、すべての金属イオンの浸出率が反応時間の増加に伴い増加し、反応時間60分で完全に浸出した。このうちリチウム(Li)の浸出速度が最も高く、これはM-O結合(M:リチウム(Li)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)又はマンガン(Mn))のうち、Li-O結合が酸性条件化において容易に解離しやすいことに起因する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Weiguang et al., A critical review and analysis on the recycling of spent lithium-ion batteries, ACS Sustainable Chem Eng, 6, 1504 (2018)
【文献】M. K. Jha et al., Recovery of lithium and cobalt from waste lithium ion batteries of mobile phone, Waste Management, 33, 1890, (2013)
【文献】C. K. Lee et al., Preparation of LiCoO2 from spent lithium-ion batteries. Journal of Power Sources, Jornal of Power Source, 109, 17, (2002)
【文献】Rabeeh G et al., Conservation & Recycling, 136, 418 (2018)
【文献】Li He et al., Recovery of Lithium, Nickel, Cobalt, and Manganese from Spent Lithium-ion Batteries Using l-Tartaric Acid as a Leachant, ACS Sustainable Chem Eng, 5, 714 (2017)
【文献】Li L et al., Recovery of metals from spent lithium-ion batteries with organic acids as leaching reagents and environmental assessment, Journal of Power Sources, 233, 180 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のように硫酸や硝酸を用いた場合、SOx、NOxといった有毒ガスが発生するため環境への負荷が大きく、還元剤として添加するH2O2も爆発性があり、また発がん性を有するなど、安全面で問題がある。H2O2を添加しない系では金属イオンの回収率が低下する報告(非特許文献6)もあり、酸浸出法の改善が求められている。
【0007】
一方、従来は、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガンなどを含むLiB正極材料を、硫酸+過酸化水素法などで酸浸出させ、浸出したリチウム、コバルト、ニッケル、マンガンの水溶性イオンを、PC88A(モノ-2-エチルヘキシル-(2-エチルヘキシル)ホスフェート)のような溶媒で液液抽出により単離する方法も行われていた。しかしながら、PC88Aは価格が高いこと、分離プロセスに長時間を要することなどの問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、従来よりも安全でかつ低コストで、マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物を含んだ材料からマンガン及びニッケルを分離することができる、マンガン及びニッケルの分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物を含んだ材料から、前記マンガン及び前記ニッケルを分離する分離方法であって、錯体形成性有機酸の水溶液を用いて、前記材料に対して水熱有機酸浸出処理を行う浸出工程を備え、前記浸出工程は、(a)前記水溶液の温度を65℃以上85℃以下とし、前記材料から前記マンガンを前記水溶液中に浸出させる工程と、(b)前記水溶液の温度を85℃超110℃以下とし、前記(a)工程後の前記水溶液を液相分離して得られる固体から、前記ニッケルを前記水溶液中に浸出させる工程と、を含む、マンガン及びニッケルの分離方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、有毒ガスが発生する可能性がある硫酸や硝酸、さらには、高価なPC88Aを用いないので、その分、従来よりも安全でかつ低コストで材料からマンガン及びニッケルを分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1Aは、従来のLiBの構成金属の分別、リサイクルフローを示す概略図であり、
図1Bは、本発明を用いたLiBの構成金属の分別、リサイクルフローを示す概略図である。
【
図2】市販のLiCoO
2、LiNiO
2及びLiMnO
2をそれぞれ0.03gの量で含む材料を、0.4mol/Lのクエン酸水溶液5gを用いて70℃にて酸浸出を行った場合のコバルト、ニッケル及びマンガンの浸出率(重量%)を示すグラフであり、浸出率(重量%)は該材料中に含まれる各金属の重量に対して浸出された金属の重量%を示す。
【
図3】市販のLiCoO
2、LiNiO
2及びLiMnO
2をそれぞれ0.03gの量で含む材料を、0.4mol/Lのクエン酸水溶液5gを用いて80℃にて酸浸出を行った場合のコバルト、ニッケル及びマンガンの浸出率(重量%)を示すグラフであり、浸出率(重量%)は該材料中に含まれる各金属の重量に対して浸出された金属の重量%を示す。
【
図4】市販のLiCoO
2及びLiNiO
2をそれぞれ0.1gの量で含む材料を、0.4mol/Lのクエン酸水溶液5gを用いて90℃にて酸浸出を行った場合のリチウム、コバルト及びニッケルの浸出率(重量%)を示すグラフであり、浸出率(重量%)は該材料中に含まれる各金属の重量に対して浸出された金属の重量%を示す。
【
図5】市販のLiCoO
2及びLiNiO
2をそれぞれ0.1gの量で含む材料を、0.4mol/Lのクエン酸水溶液5gを用いて100℃にて酸浸出を行った場合のリチウム、コバルト及びニッケルの浸出率(重量%)を示すグラフであり、浸出率(重量%)は材料中に含まれる各金属の重量に対して浸出された金属の重量の重量%を示す。
【
図6】市販のLiCoO
2-1(STREM CHEMICAL社製 Lot. A4080019)、市販のLiCoO
2-2(STREM CHEMICAL社製 Lot. 27596800)、及び焼成した廃LiB材の粉砕物と、コバルトの浸出率(重量%)との関係を示すグラフである。
【
図7】
図7Aは、市販のLiCoO
2-1の粒径分布を示すグラフであり、
図7Bは、市販のLiCoO
2-2の粒径分布を示すグラフであり、
図7Cは、焼成した廃LiB材の粉砕物の粒径分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<本発明の概略>
本発明者らは、廃LiBのリサイクルプロセス構築に向け、正極材料にしばしば用いられている、例えば、コバルト、ニッケル及び/又はマンガンを含むリチウム金属酸化物を用意し、このリチウム金属酸化物に対し錯体形成性有機酸の水溶液を用いて水熱有機酸浸出処理を行った。ここで、水熱有機酸浸出処理とは、有機酸を浸出剤とし、さらなる還元剤を用いないために、反応温度を水の沸点以上に保った液体水中で浸出を行う、湿式精錬プロセスの一つである。
【0013】
その結果、リチウム金属酸化物からのコバルト、ニッケル及びマンガンの浸出率が、温度により相違することを見出した。そして、水熱有機酸浸出処理を行う際に、錯体形成性有機酸の水溶液の温度を段階的に変えることにより、金属酸化物からコバルト、ニッケル及びマンガンをそれぞれ分離でき、これらを高収率で回収できることを見出した。本発明は、この知見に基づくものである。
【0014】
<実施形態>
本発明の実施形態のニッケル及びマンガンの分離方法は、例えば、廃LiBのリサイクル処理において所定の金属を分離回収するために用いられる。一般に、LiBは、正極材料としてLiCoO2、LiNiO2、LiMnO2、三元系正極材料などのリチウム酸化物が用いられている。そのため、廃LiBには、コバルト、ニッケル及びマンガンが含まれている可能性が高く、リサイクルのためにそれらを分離回収する必要性が高い。本実施形態では、コバルト、ニッケル及びマンガンを含む廃LiBのリサイクル処理に用いる場合を例としてニッケル及びマンガンの分離方法を説明する。
【0015】
廃LiB、特に、廃LiBの正極材料からリチウム、コバルト、ニッケル及びマンガンを分離回収するリサイクル処理は、
図1Bに示すように、まず、廃LiBを焼成処理せずに放電(例えば酸性水溶液に電池を浸して放電)する。
図1Aに示すように、従来の廃LiBのリサイクル処理では、廃LiBを焼却(焼成処理)して放電していたが、本実施形態では、従来と異なり、焼成処理をしないことを特徴としている。これは、焼成処理すると廃LiBのリチウム金属酸化物の粒径が肥大化し、その後粉砕しても粒径にバラツキが生じ、金属の浸出速度が遅くなる恐れがあるからである。
【0016】
次いで、廃LiBを分解した後、分解した廃LiBをアルカリ水もしくは有機溶液中に分散させて比重分離し、有機物でなる上層と、リチウム金属酸化物が分散した分散層と、析出層としての金属箔類とに分離させる。本実施形態では、比重分離した分散層中のリチウム金属酸化物からリチウム、コバルト、ニッケル及びマンガンを水熱有機酸浸出処理により分離回収する。水熱有機酸浸出処理では、後述する錯体形成性有機酸の水溶液(以下、有機酸水溶液という)中に、リチウム金属酸化物から分離回収したい金属イオンを浸出させて、当該金属を分離回収する。このとき、有機酸水溶液中に金属イオンが浸出する温度が金属の種類によって異なることから、所定の金属を分離回収できる。
【0017】
具体的には、有機酸水溶液を用意し、有機酸水溶液に分散層から取り出したリチウム金属酸化物を投入し、混合する。次いで、リチウム金属酸化物を投入した有機酸水溶液を所定温度に加熱して金属イオンを浸出させる。金属イオンが浸出した有機酸水溶液を液相分離し、液相(有機酸水溶液)から浸出した金属イオンの金属を回収する。そして、液相分離によって得た固体を有機酸水溶液に投入し、上記操作を繰り返す。このとき、上記操作を繰り返す毎に金属イオンの浸出温度を上昇させていくことで、他の金属も同様に分離回収できる。
【0018】
コバルト、ニッケル及びマンガンの場合、マンガン、ニッケル、コバルトの順に、有機酸水溶液への金属イオンの浸出温度が高くなる。そのため、本実施形態では、マンガン、ニッケル、コバルトの順に分離回収する。具体的には、まず、上記のようにして得たリチウム金属酸化物を混合された有機酸水溶液としてのクエン酸水溶液の温度を65℃以上85℃以下とし、リチウム金属酸化物からマンガンをクエン酸水溶液中に浸出させる((a)工程)。
【0019】
水熱有機酸浸出処理により液相内(クエン酸水溶液内)にはリチウム及びマンガンが浸出される。リチウム及びマンガンは、そのまま溶液として慣用の方法で処理し、最終的には、析出条件を変えてそれぞれの不溶性塩、例えば炭酸塩として沈殿させることで回収できる。なお、リチウム金属酸化物にマンガン及びニッケルのみが含まれていることが明らかな場合は、本工程のみにより、マンガンとニッケルを分離することができる。
【0020】
次に、液相分離により得た固体をクエン酸水溶液に混合し、当該クエン酸水溶液の温度を85℃超110℃以下とし、(a)工程後の有機酸水溶液を液相分離して得られる固体から、ニッケルをクエン酸水溶液中に浸出させる((b)工程)。
【0021】
水熱有機酸浸出処理により液相内(クエン酸水溶液内)にはリチウム及びニッケルが浸出される。リチウム及びニッケルは、そのまま溶液として慣用の方法で処理し、最終的には、析出条件を変えてそれぞれの不溶性塩又は錯体として沈殿させることで回収できる。一方、液相分離により得られた固体には、コバルトが分離される。このように、マンガン及びニッケルを分離することで、同時に、コバルトも分離することができる。
【0022】
コバルトを含む固体は、適宜処理されて、コバルトが回収される。水熱有機酸浸出処理により、固体からコバルトを回収してもよい。以下では、水熱有機酸浸出処理によりコバルトを回収する場合について説明する。この場合、液相分離により得た固体をクエン酸水溶液に混合し、当該クエン酸水溶液の温度を110℃超とし、(b)工程後の有機酸水溶液を液相分離して得られる固体から、コバルトをクエン酸水溶液中に浸出させる((c)工程)。
【0023】
水熱有機酸浸出処理により液相内にリチウム及びコバルトが浸出される。リチウム及びコバルトは、そのまま溶液として慣用の方法で処理し、最終的には、析出条件を変えてそれぞれの不溶性塩又は錯体として沈殿させることで回収できる。なお、工程(a)~(c)の各工程で液相内に抽出されたリチウムは、例えば、固体のLi2Co3として回収することができる。
【0024】
<有機酸水溶液について>
本発明の水熱有機酸浸出処理に用いる有機酸水溶液に含まれる錯体形成性有機酸としては、還元性を有し、且つ錯体形成能を有するものが使用される。かかる有機酸としては、上記のクエン酸に加え、シュウ酸、酒石酸、乳酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸、マレイン酸、マロン酸が例示される。有機酸水溶液の濃度は、使用した有機酸の種類によるが、0.01~5mol/Lの範囲、好ましくは0.1~1mol/Lである。有機酸濃度が薄すぎては浸出が行われず、濃すぎると塩析効果で析出が生じることになる。また、有機酸溶液中の固体濃度(S/L)は、10~100g/Lが好ましい。溶媒としては、水、アルコール水溶液など、特に水又は10~90%エタノール水溶液が挙げられる。
【0025】
<水熱有機酸浸出温度について>
リチウム、コバルト、ニッケル及びマンガンの浸出温度、すなわち、水熱有機酸浸出処理の温度条件について、より詳細に説明する。
【0026】
リチウムの水熱有機酸浸出処理は、70℃未満の温度でも実質的に浸出できる。以下のマンガン、ニッケル、コバルトの浸出温度でもリチウムは浸出される。
【0027】
マンガンの水熱有機酸浸出処理は、65℃~85℃、好ましくは70℃~80℃、特に70~75℃の温度で行われる。85℃を超えるとマンガンと共にニッケル、コバルトもかなりの量で浸出されてしまい、マンガンを効率的に分離するのが難しくなる。65℃未満ではマンガンが十分に浸出されない。
【0028】
ニッケルの水熱有機酸浸出処理は、85℃を超える温度から110℃、好ましくは90℃~110℃の温度で行われる。110℃を超えるとニッケルと共にコバルトもかなりの量で浸出されてしまい、ニッケルを効率よく分離するのが難しくなる。85℃未満ではニッケルが十分に浸出されない。
【0029】
コバルトの水熱有機酸浸出処理は、110℃を超える温度、好ましくは110℃超~150℃の温度で行われる。150℃を超えるとコバルト以外の金属が浸出されてしまう怖れがあり、コバルトを効率よく分離するのが難しくなる。110℃未満ではコバルトが十分に浸出されない。
【0030】
<水熱有機酸浸出処理の時間について>
水熱有機酸浸出処理の時間は、浸出温度により変化する。リチウムの浸出時間は3分~30分、好ましくは5分~15分間であり、マンガンの浸出時間は3分~30分、好ましくは5分~15分間であり、ニッケルの浸出時間は3分~30分、例えば90℃~110℃の温度で5分~10分間であり、コバルトの浸出時間は5分~30分、好ましくは5分~15分間である。好ましい態様では、リチウムは60℃~150℃の温度にて3分~15分間、マンガンは70℃~80℃の温度にて3分~5分間、ニッケルは90℃~110℃の温度にて3分~30分間、コバルトは120℃~150℃の温度にて10分~40分間、水熱有機酸浸出処理を行うのが良い。
【0031】
<作用及び効果>
以上の構成において、本発明の実施形態のマンガン及びニッケルの分離方法は、有機酸水溶液(錯体形成性有機酸の水溶液)を用いて、(マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物を含んだ)廃LiB(材料)に対して水熱有機酸浸出処理を行う浸出工程を備え、浸出工程は、(a)有機酸水溶液の温度を65℃以上85℃以下とし、廃LiBからマンガンを前記有機酸水溶液中に浸出させる工程と、(b)有機酸水溶液の温度を85℃超110℃以下とし、(a)工程後の有機酸水溶液を液相分離して得られる固体から、ニッケルを有機酸水溶液中に浸出させる工程と、を含み、マンガン及びニッケルを含むリチウム金属酸化物を含んだ廃LiBから、マンガン及びニッケルを分離するように構成した。
【0032】
よって、本発明の実施形態のマンガン及びニッケルの分離方法は、水熱有機酸浸出処理によりマンガン及びニッケルを分離できるので、有毒ガスが発生する可能性がある硫酸や硝酸、さらには、高価なPC88Aを用いないで済み、その分、従来よりも安全でかつ低コストで廃LiBからマンガン及びニッケルを分離することができる。
【0033】
<検証実験>
(検証実験1)
検証実験1では、LiCoO
2、LiNiO
2及びLiMnO
2を混合した材料を用意し、
LiCoO
2
、LiNiO
2
及びLiMnO
2
を混合した材料からマンガンを分離した。具体的には、市販のLiCoO
2、LiNiO
2及びLiMnO
2をそれぞれ0.03gの量で混合して作製した材料を、0.4mol/Lのクエン酸水溶液5gに混合し、70℃及び80℃で5分間、水熱有機酸浸出処理を行った。その後、クエン酸水溶液を急冷、濾過して固体を除去した。濾過したクエン酸水溶液をICP(Inductively Coupled Plasma:高周波誘導結合プラズマ)発光分光分析法により質量分析を行い、クエン酸水溶液中に浸出した金属の重量を定量した。70℃での結果を
図2に示し、80℃での結果を
図3に示す。
図2、
図3の横軸は金属の種類、縦軸は浸出率(重量%)であり、作製した材料中に含まれる各金属の重量に対して浸出した金属の重量%を示す。
【0034】
図2、3を見ると、70℃、80℃ともに、コバルト及びニッケルより、マンガンの浸出量が多いことが分かる。この結果から、
LiCoO
2
、LiNiO
2
及びLiMnO
2
を混合した材料からマンガンを分離できることが確認できた。70℃、80℃ともに、マンガンの浸出率が高く、70℃~80℃の温度範囲で特にマンガンを分離しやすいことが確認できた。
【0035】
(検証実験2)
検証実験2では、LiCoO
2及びLiNiO
2を混合した材料を用意し、
LiCoO
2
及びLiNiO
2
を混合した材料からニッケルを分離した。具体的には、市販のLiCoO
2及びLiNiO
2をそれぞれ0.1gの量で混合して作製した材料を、0.4mol/L(M)のクエン酸水溶液5gに混合し、90℃及び100℃で、5分間、10分間及び30分間、それぞれ水熱誘起酸浸出処理を行った。その後、検証実験1と同様の方法で、クエン酸水溶液中に浸出した金属の重量を定量した。
図4が90℃の結果を示し、
図5が100℃の結果を示す。各図の横軸は反応時間、縦軸は浸出率である。浸出率の定義は
図2と同じである。
【0036】
図4、図5を見ると90℃、100℃ともに、各反応時間で、コバルトより、ニッケルの浸出量が多いことが分かる。この結果から、LiCoO
2
及びLiNiO
2
を混合した材料からニッケルを分離できることが確認できた。この結果は、コバルト、ニッケル及びマンガンを含む廃LiBからマンガン及びニッケルを分離するとき、マンガンを除去した後、コバルト及びニッケルを主に含むようになったリチウム金属酸化物からニッケルを分離できることを意味している。また、90℃、100℃ともに、ニッケルの浸出率が高く、90℃~100℃の温度範囲で特にニッケルを分離しやすいことが確認できた。
【0037】
(検証実験3)
検証実験3では、市販のLiCoO
2及び焼成処理した廃LiB材の粉砕物からコバルトを分離し、焼成処理の有無とコバルトの浸出速度の関係を調べた。具体的には、市販のLiCoO
2-1(STREM CHEMICAL社製 Lot. A4080019)0.05gを混合した0.4Mのクエン酸水溶液、市販のLiCoO
2-2(STREM CHEMICAL社製 Lot. 27596800)0.05gを混合した0.4Mのクエン酸水溶液及び焼成した廃LiB材の粉砕物0.05gを混合した2.0Mのクエン酸水溶液を、それぞれ
図6に記載した条件で30分間、水熱有機酸浸出処理を行った。その後、検証実験1と同様の方法で、クエン酸水溶液中に浸出した金属の重量を定量した。
図6の横軸は材料の種類、縦軸はコバルトの浸出率(重量%)である。浸出率の定義は
図2と同じである。反応時間が同じであるので、浸出率は浸出速度に相当する。焼成した廃LiB材の粉砕物はLiBをハンマーミルなどで粉砕して用意した。
【0038】
図6を見ると、焼成処理をすることで、コバルトの浸出速度が遅くなることが分かる。焼成処理によりコバルトの浸出速度が遅くなる原因を検討するために、市販のLiCoO
2-1、市販のLiCoO
2-2及び焼成した廃LiB材の粉砕物の粒径をレーザ回折・散乱法により測定した。
図7Aに市販のLiCoO
2-1の粒径分布を、
図7Bに市販のLiCoO
2-2の粒径分布を、
図7Cに焼成した廃LiB材の粉砕物の粒径分布を示す。
【0039】
図7Cに示すように、焼成処理した廃LiB材粉砕物は、20μm、300μm、1400μmに粒径ピークを持ち、
図7A、
図7Bに示す市販のLiCoO
2の粒径分布と比較して、粒径分布が広く、粒径にばらつきが生じていることが分かる。また、
図7A、
図7Bから、市販のLiCoO
2-1の方が市販のLiCoO
2-2より平均粒径が小さいことが分かる。
【0040】
この結果をもとに再度
図6を検討すると、平均粒径が小さく、粒径分布のばらつきが小さいほうがコバルトの浸出率が大きく、浸出速度が速いことが分かる。このことから、焼成前処理すると廃LiBの粒径が肥大化し、その後粉砕しても粒径にバラツキが生じたままであり、その結果、コバルトの浸出速度が遅くなったと考えられる。