(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】熱線吸収材およびその製造方法、熱線吸収フィルム
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20231106BHJP
C08B 5/14 20060101ALI20231106BHJP
C08J 5/18 20060101ALI20231106BHJP
C08G 61/12 20060101ALI20231106BHJP
G02B 5/22 20060101ALI20231106BHJP
【FI】
C09K3/00 105
C08B5/14 ZNM
C08J5/18 CEP
C08J5/18 CEZ
C08G61/12
G02B5/22
(21)【出願番号】P 2020003135
(22)【出願日】2020-01-10
【審査請求日】2022-09-26
(31)【優先権主張番号】P 2019003837
(32)【優先日】2019-01-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年7月1日発行のセルロース学会第26回年次大会講演要旨集第11~12頁及び119頁にて発表 令和1年7月11日、12日のセルロース学会第26回年次大会にて発表 令和1年10月16日のナノセルロースフォーラム・オープンセミナーにて発表 令和1年11月14日の技術情報協会技術セミナーにて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】591202155
【氏名又は名称】熊本県
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591023642
【氏名又は名称】中越パルプ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100158067
【氏名又は名称】江口 基
(74)【代理人】
【識別番号】100147854
【氏名又は名称】多賀 久直
(72)【発明者】
【氏名】堀川 真希
(72)【発明者】
【氏名】永岡 昭二
(72)【発明者】
【氏名】吉田 恭平
(72)【発明者】
【氏名】伊原 博隆
(72)【発明者】
【氏名】野口 広貴
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕之
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-095032(JP,A)
【文献】国際公開第2016/010049(WO,A1)
【文献】特開2014-167047(JP,A)
【文献】特許第5655432(JP,B2)
【文献】特開2018-162549(JP,A)
【文献】堀川 真希 ほか6名,PEDOT/硫酸セルロースナノクリスタル複合材料の電気特性とその結晶評価,高分子論文集,(2017), Vol.74, No.6,pp.565-571,DOI http://doi.org/10.1295/koron.2017-0048
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/00
C08B 1/00- 37/18
C08J 5/00- 5/22
C08G 2/00- 61/12
G02F 5/20- 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースから得られた、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルと、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルがドーピングされたポリチオフェンと、を含
み、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルよりも前記ポリチオフェンの方がモル換算で多く含まれている
ことを特徴とする熱線吸収材。
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項2】
パルプに由来する繊維状セルロースから得られた、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルと、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルがドーピングされたポリチオフェンと、を含み、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルよりも前記ポリチオフェンの方がモル換算で多く含まれている
ことを特徴とする熱線吸収材。
【化1】
化学式1に示すR
1
~R
6
は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1
~R
6
の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項3】
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースから得られた、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルと、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルがドーピングされたポリチオフェンと、を含み、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルのセルロースI型結晶化度が、20%~53%の範囲にあり、
波長500nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が、10以下であると共に、波長800nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が、6以上であり、
波長500nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比よりも、波長800nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が大きい
ことを特徴とする熱線吸収材。
【化1】
化学式1に示すR
1
~R
6
は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1
~R
6
の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項4】
前記硫酸化セルロースナノクリスタルの繊維幅が、2.8nm~8.0nmの範囲にある請求項1~3の何れか一項に記載の熱線吸収材。
【請求項5】
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースのヒドロキシ基を、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基に置換して、得られる硫酸化セルロースがナノクリスタル状になるまで前記スルホン酸基または前記アルキルスルホン酸基を導入することで、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルを得て、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの共存下で、前記チオフェンを重合してポリチオフェンを生成し、該硫酸化セルロースナノクリスタルを前記ポリチオフェンにドーピングして得られる
熱線吸収材の製造方法であって、
前記ポリチオフェンの重合時に、前記硫酸化セルロースナノクリスタルよりも前記チオフェンの方をモル換算で多く添加する
ことを特徴とする熱線吸収材の製造方法。
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項6】
パルプに由来する繊維状セルロースのヒドロキシ基を、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基に置換して、得られる硫酸化セルロースがナノクリスタル状になるまで前記スルホン酸基または前記アルキルスルホン酸基を導入することで、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルを得て、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの共存下で、前記チオフェンを重合してポリチオフェンを生成し、該硫酸化セルロースナノクリスタルを前記ポリチオフェンにドーピングして得られる熱線吸収材の製造方法であって、
前記ポリチオフェンの重合時に、前記硫酸化セルロースナノクリスタルよりも前記チオフェンの方をモル換算で多く添加する
ことを特徴とする熱線吸収材の製造方法。
【化1】
化学式1に示すR
1
~R
6
は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1
~R
6
の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項7】
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースのヒドロキシ基を、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基に置換して、得られる硫酸化セルロースがナノクリスタル状になるまで前記スルホン酸基または前記アルキルスルホン酸基を導入することで、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルを得て、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの共存下で、前記チオフェンを重合してポリチオフェンを生成し、該硫酸化セルロースナノクリスタルを前記ポリチオフェンにドーピングして得られる熱線吸収材の製造方法であって、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルのセルロースI型結晶化度が、20%~53%の範囲になるように、前記スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を前記繊維状セルロースに導入し、
得られる前記熱線吸収材が、波長500nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が、10以下であると共に、波長800nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が、6以上であり、
得られる前記熱線吸収材が、波長500nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比よりも、波長800nmの吸光度における単位厚さ当たりの吸収特性比が大きい
ことを特徴とする熱線吸収材の製造方法。
【化1】
化学式1に示すR
1
~R
6
は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1
~R
6
の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【請求項8】
前記ポリチオフェンの重合時に、前記チオフェンに対する重合開始剤の濃度を、5mol%よりも大きく設定する請求項5~7の何れか一項に記載の熱線吸収材の製造方法。
【請求項9】
前記ポリチオフェンの重合時に、pH条件を1.86よりも低く設定する請求項5~8の何れか一項に記載の熱線吸収材の製造方法。
【請求項10】
請求項1~4の何れか一項に記載の熱線吸収材を含む
ことを特徴とする熱線吸収フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、熱線を吸収し得る熱線吸収材および熱線吸収材の製造方法、並びに熱線吸収材を含む熱線吸収フィルムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽光線のうち、約4割は赤外線以上の波長領域の光であり、熱的効果が高いため、熱線と呼ばれている。オフィスビルや自動車などの透明性が要求される窓材は熱線を良く透過するので、室内や社内の温度が上昇してしまうことが問題である。そこで、省エネルギー化を図る目的で、窓材に熱線(赤外線以上)を反射または吸収する機能を付与することが検討されている。窓材に熱線を反射または吸収する機能(熱線遮蔽性)を付与する手段としては、例えば、錫ドープ酸化インジウム(ITO)微粒子や、アンチモンドープ酸化錫(ATO)微粒子や、セシウムタングステン酸などを塗布した赤外線吸収フィルムを、窓ガラスに貼着する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アンチモンやセシウムは、環境に不適な物質であり、インジウムは、レアメタルであるのでコストが高く、いずれも代替材料が切望されている。また、熱線遮蔽性を高めるために、無機微粒子の添加量を増やして日射透過率を下げると、可視光の透過率が低くなり、逆に外光を取り入れるため可視光の透過率を高くすると、日射透過率が上昇し、熱線遮蔽性が低下するという問題がある。
【0005】
本発明は、従来の技術に係る前記問題に鑑み、これらを好適に解決するべく提案されたものであって、環境に対する負荷が低く、かつ低コストである熱線吸収材を提供すると共に、このような熱線吸収材の製造方法を提供し、前記熱線吸収材を用いた熱線吸収フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を克服し、所期の目的を達成するため、本発明に係る熱線吸収材は、
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースから得られた、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルと、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルがドーピングされたポリチオフェンと、を含むことを要旨とする。
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0007】
前記課題を克服し、所期の目的を達成するため、本発明に係る熱線吸収材の製造方法は、
繊維幅3nm~1500nmの範囲にある繊維状セルロースのヒドロキシ基を、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基に置換して、得られる硫酸化セルロースがナノクリスタル状になるまで前記スルホン酸基または前記アルキルスルホン酸基を導入することで、以下の化学式1に示す硫酸化セルロースナノクリスタルを得て、
前記硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの共存下で、前記チオフェンを重合してポリチオフェンを生成し、該硫酸化セルロースナノクリスタルを前記ポリチオフェンにドーピングして得られることを要旨とする。
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0008】
前記課題を克服し、所期の目的を達成するため、本発明に係る熱線吸収フィルムは、
本発明に係る熱線吸収材を含むことを要旨とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る熱線吸収材によれば、希少な材料を用いていないので、コストを抑えることができると共に、環境に対する負荷を低くすることができる。
本発明に係る熱線吸収材の製造方法によれば、希少な材料を用いることなく低コストで、環境に対する負荷が低い熱線吸収材を得ることができる。
本発明に係る熱線吸収フィルムによれば、熱線吸収材に希少な材料を用いていないので、熱線吸収材のコストを抑えることができると共に、熱線吸収材による環境に対する負荷を低くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本開示に係る熱線吸収材の一例であるPEDOT/CS複合体を示す模式図である。
【
図2】本開示に係る熱線吸収材の一例であるPEDOT/CS複合体の製造過程を示す模式図である。
【
図4】熱線吸収フィルムの遮熱特性を測定するための装置を示す説明図である。
【
図5】熱線吸収フィルムの遮熱特性を示すグラフ図である。
【
図9】光学特性と導電性との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(熱線吸収材)
本発明に係る熱線吸収材は、硫酸化セルロースナノクリスタルと、この硫酸化セルロースナノクリスタルがドーピングされたポリチオフェンとを含んでいる。熱線吸収材は、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とポリチオフェン(PT)との複合体(以下、PT/CS複合体と略す場合もある。)であるともいえる。ここで、熱線吸収材の硫酸化セルロースナノクリスタルは、以下の化学式1のように表される。熱線吸収材は、硫酸化セルロースナノクリスタルを骨格として構成されて、ポリチオフェンが硫酸化セルロースナノクリスタルの表面に配向している。本開示に係る熱線吸収材は、可視光の吸収が小さく、近赤外線の吸収が大きく、また、透明性を有しており、熱線吸収材として必要とされる特性を備えている。熱線吸収材は、親水性を有しており、水に分散させることができる。熱線吸収材は、塗膜し易く、高い導電性を付与することが可能である。更に、熱線吸収材は、ポリマーに配合して熱線吸収フィルムとした際に、当該フィルムの機械的強度を向上する機能を有している。本発明に係る熱線吸収材は、アンチモンやセシウムなどの環境に不適な物質を含んでいないので、環境に対する負荷が低く、インジウムなどのレアメタルを使用していないので、低コストで得ることができる。
【0012】
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0013】
熱線吸収材は、例えば、
図1に示すように、化学式1のR
1、R
2、R
4およびR
5が水素原子であると共に、R
3およびR
6がスルホン酸基である硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)と、PEDOTとも略されるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)とを複合化したもの(以下、PEDOT/CS複合体という場合がある。)を具体例として挙げることができる。そして、
図1に示す熱線吸収材は、例えば、
図2に示すような手順で製造することができる。
【0014】
(熱線吸収材のサイズ)
熱線吸収材は、硫酸化セルロースナノクリスタルに由来する繊維長が、例えば50nm~400nmの範囲にあり、また、硫酸化セルロースナノクリスタルに由来する繊維幅が、例えば1~10nmの範囲にあるナノサイズで形成することができる。このように、熱線吸収材は、ナノサイズであるので、熱線吸収特性を付与する添加剤として、ポリマーなどの様々な材料に添加することができる。熱線吸収材は、ポリマーや溶媒中において凝集せずにナノ分散するので、可視光の透過性を向上させることができる。
【0015】
(熱線吸収材の光線の吸収特性)
本発明に係る熱線吸収材は、熱線(赤外線)を吸収して熱線の透過を好適に阻むものであり、熱線(赤外線)のうち、特に800nm~1500nmの近赤外線領域における吸収特性が大きく、800nmより短い可視光領域における吸収特性が小さい。従って、熱線吸収材は、透明性に優れており、熱線吸収材をポリマーなどに添加しても対象の透明性を損なうことなく、可視光の透過により明るさなどを確保することができる一方で、熱線を大幅にカットすることができる。
【0016】
熱線吸収材は、波長800nmの近赤外光の光量を100とした場合、透過する近赤外光を50%以下まで低下させることが可能であると共に、波長500nmの可視光の光量を100とした場合、透過する可視光を70%以上に保つことが可能である。熱線吸収材は、可視光の最大吸光度を0とした場合、近赤外光の最小吸光度が0.1以上になるように、可視光の透過率と近赤外光の吸光度との関係を設定することが好ましい。
【0017】
(熱線吸収材における硫酸化セルロースナノクリスタルの結晶化度)
熱線吸収材において、化学式1で示される硫酸化セルロースナノクリスタルのセルロースI型結晶化度は、20%~53%の範囲にあることが好ましい。セルロースI型結晶化度が53%以下であると、ドーパントとしてのスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基の絶対量を確保することができ、得られた熱線吸収材の熱線吸収特性を向上することができる。また、セルロースI型結晶化度が20%以上であると、セルロースの分子鎖が乱れることを抑えることができる。これにより、ポリチオフェンを得る重合時にチオフェンの配向が揃って、ポリチオフェンの結晶格子が乱れることを防いで、得られた熱線吸収材の熱線吸収特性を向上することができる。従って、ドーパントとしての量とセルロースの結晶性を鑑みた場合、セルロースI型結晶化度が20%~53%の範囲が好適な範囲であると考えられる。
【0018】
(硫酸化セルロースナノクリスタルの結晶化度の測定方法)
本開示では、X線回折(XRD)装置を使用し、I200:格子面(200面)の回折強度およびIam:アモルファス部の回折強度の測定結果から、以下の数式1を用いて、硫酸化セルロースナノクリスタルの結晶化度を算出している。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I200-Iam)/I200〕×100 …数式1
ここで、I200は、2θ=22.6°のX線回折強度を示し、Iamは、2θ=18.5°のX線回折強度を示す。
【0019】
(熱線吸収材における硫酸化セルロースナノクリスタルとポリチオフェンとの比率)
熱線吸収材において、ポリチオフェンと硫酸化セルロースナノクリスタルとの比率は、特に制限されない。熱線吸収材において、ポリチオフェンの比率が高くなる程、熱線吸収特性が高くなるが、熱線吸収材を溶媒やポリマーなどの配合対象へ添加した際の分散性が低下する傾向を示す。これらを勘案した上で、熱線吸収材において、ポリチオフェンや硫酸化セルロースの種類などに応じて、硫酸化セルロースナノクリスタルとポリチオフェンとの比率を適宜設定するとよい。具体的には、ポリチオフェンと硫酸化セルロースナノクリスタルとの質量比として、1:0.5~1:8、好ましくは1:1~1:4が挙げられ、より好ましくは、1:1とするとよい。このような質量比を充足することにより、より優れた熱線吸収特性を備えつつ、溶媒等に対する分散性を良好にできる。
【0020】
(硫酸化セルロースナノクリスタル)
硫酸化セルロースナノクリスタルは、繊維状セルロース(以下、セルロースナノファイバーということもある。)に、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を導入してなるものである。硫酸化セルロースナノクリスタルは、以下の化学式1のように示すことができる。以下の説明では、スルホン酸基および炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を、スルホン酸基等と省略する場合がある。
【0021】
【化1】
化学式1に示すR
1~R
6は、それぞれ独立に水素原子、スルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を表し、かつ、R
1~R
6の少なくとも1つはスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基である。また、化学式1のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0022】
(硫酸化セルロースナノクリスタルのサイズ)
硫酸化セルロースナノクリスタルにおけるセルロースナノクリスタルとは、ナノファブリルにすることで水素結合が生じて結晶ができているような状態を指し、本開示では、繊維状セルロースを硫酸化することによりセルロースナノクリスタル状としている。硫酸化セルロースナノクリスタルは、その繊維幅が1nm~10nmの範囲にあり、その繊維長が50nm~400nmにある。換言すると、硫酸化セルロースナノクリスタルは、繊維幅および繊維長が前述の範囲になるように、繊維状セルロースの硫酸化を制御して得られるものである。このような硫酸化セルロースナノクリスタルであることで、硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとを共存させてポリチオフェンを重合する際に、硫酸化セルロースナノクリスタル上でのチオフェンの配向を揃えることができる。これにより、硫酸化セルロースナノクリスタル上に形成されたポリチオフェンが適切に繋がり、得られた熱線吸収材の熱線吸収特性を向上することができる。硫酸化セルロースナノクリスタルは、その繊維幅が、2.8nm~8.0nmの範囲にあることが好ましい。硫酸化セルロースナノクリスタルの繊維幅が2.8nm~8.0nmの範囲にあると、得られる熱線吸収材の熱線吸収特性をより向上させることができる。
【0023】
(硫酸化セルロースナノクリスタルの結晶化度)
硫酸化セルロースナノクリスタルは、その結晶化度が20~53の範囲にあることが好ましく、より好ましくは27~53の範囲である。換言すると、硫酸化セルロースナノクリスタルは、結晶化度が前述の範囲になるように、繊維状セルロースの硫酸化を制御して得られるものである。このような硫酸化セルロースナノクリスタルであることで、硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとを共存させてポリチオフェンを重合する際に、硫酸化セルロースナノクリスタル上でのチオフェンの配向を揃えることができる。これにより、硫酸化セルロースナノクリスタル上に形成されたポリチオフェンが適切に繋がり、得られた熱線吸収材の熱線吸収特性を向上することができる。
【0024】
セルロースの繊維幅が3nm~1500nmの範囲にあり、セルロースの繊維長が200nm~10000nmであるものは、一般的にセルロースナノファイバーと呼ばれることがある。すなわち、本開示で用いている繊維状セルロースは、セルロースナノファイバーということができる。繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)は、その結晶化度が60~70の範囲にあり、硫酸化セルロースナノクリスタルの結晶化度よりも大きい。繊維状セルロースは、セルロースナノクリスタル状よりもナノファブリル化が進むと、その繊維幅が1nm~10nmの範囲で、その繊維長が10nm~300nmの範囲であって、その結晶化度が20よりも小さくなるようなアモルファス状になる。熱線吸収材は、セルロースナノクリスタルであることで、セルロースナノファイバー状またはアモルファス状のセルロースを用いるよりも、熱線吸収特性が著しく向上する。
【0025】
(繊維状セルロース)
繊維状セルロースとしては、例えば、針葉樹および広葉樹等の木材繊維、竹繊維、サトウキビ繊維、種子毛繊維、葉繊維等の天然の植物が含む多糖由来のものを用いることができる。また、繊維状セルロースとしては、海洋性生物であるホヤや海藻などに含まれる多糖由来のもの、または、酢酸菌が糖を原料として生産する多糖由来のものなどを用いることができる。繊維状セルロースは、1種類を単独で用いても、異なる材料に由来する2種類以上を混合して用いても、何れであってもよい。
【0026】
繊維状セルロースは、α-セルロース含有率が、60質量%~99質量%の範囲にあるパルプを用いるのが好ましい。繊維状セルロースのα-セルロース含有率が、60質量%以上の範囲にあると、セルロースの持つ高強度・耐熱性・高剛性・高耐熱撃性・高酸素バリア性などの特性を十分に引き出すことができ、また、着色による品質の劣化や熱によるガスの発生などの問題を回避できる。更に、繊維状セルロースのα-セルロース含有率が99%以下の範囲にあると、繊維同士の水素結合による結び付きを解繊して、ナノレベルの繊維状セルロースを得ることが容易になる。
【0027】
(繊維状セルロースのサイズ)
繊維状セルロースは、その繊維幅が、3nm~1500nmの範囲にあるものが好ましい。繊維状セルロースの繊維幅が3nm~1500nmの範囲にあると、繊維状セルロースにスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を導入(以下、硫酸化という。)したとき、適度な結晶性を有する硫酸化セルロースナノクリスタルを得ることができる。また、繊維状セルロースの繊維幅が3nm以上であると、完全に分子上に溶解することなく結晶性の繊維として存在する繊維状セルロースを多くすることができる。更に、繊維状セルロースの繊維幅が1500nm以下の範囲にあると、繊維状セルロースにスルホン酸基等を均一に導入し易くなる。
【0028】
繊維状セルロースは、その繊維長が、200nm~10000nmの範囲にあるものが好ましく、より好ましくは500nm~2000nmの範囲である。繊維状セルロースの繊維長が200nm以上にあると、繊維状セルロースを硫酸化したときに結晶性がすぐに低下することを抑えることができると共に、繊維状セルロースの繊維長が10000nm以下にあると、繭玉状によれ難く長い繊維として存在させることができ、繊維状セルロースにスルホン酸基または炭素鎖数1~6のアルキルスルホン酸基を均一に導入し易くなる。
【0029】
繊維状セルロースが均一に硫酸化されている(硫酸化セルロースナノクリスタルにスルホン酸基等が均一に導入されている)と、熱線吸収材におけるポリチオフェンの配向が揃い、好適な熱線吸収特性が得られる。また、熱線吸収材を、均一なシート状の膜として調製することが容易になる。
【0030】
熱線吸収材、硫酸化セルロースナノクリスタルおよび繊維状セルロースについて、その繊維幅および繊維長の測定は、電子顕微鏡を用いて以下のようにして行っている。濃度0.001質量%~0.01質量%の繊維状セルロース等の測定対象の水系懸濁液を調製し、前記懸濁液を、親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)用の観察用試料とする。そして、電子顕微鏡によって、試料を観察することで、測定対象の繊維幅および繊維長を測定する。なお、幅広の繊維を含む場合には、前記懸濁液を、ガラス上にキャストして、走査型電子顕微鏡(SEM)用の観察用試料を作製し、走査型電子顕微鏡によって試料を観察することで、測定対象の繊維幅および繊維長を測定してもよい。
【0031】
(繊維状セルロースの構造)
繊維状セルロースは、以下の化学式2に示す構造式で表すことができる。化学式2に示すように、繊維状セルロースは、セロビオースユニット内に、ヒドロキシ基(水酸基)を6個有するものである。繊維状セルロースとしては、元になる天然セルロースからセルロース分子の構造変化がないものが好ましい。このような分子構造の変化がない繊維状セルロースは、例えば、天然セルロース繊維間の相互作用のみを解裂させるようにナノ微細化を行うことで、得ることができる。なお、化学式2のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0032】
【0033】
(繊維状セルロースの製造方法)
天然セルロースを解繊して、適度なサイズに調整した繊維状セルロースを得る方法としては、例えば、多糖を高圧水流にて解繊する、特開2005-270891号公報に記載されているような水中対向衝突法(ACC法といわれることもある)が好ましい。水中対向衝突法は、水に懸濁した天然セルロース繊維をチャンバー内で相対する二つのノズルに導入し、これらのノズルから一点に向かって噴射して、天然セルロース繊維を衝突させる手法である。水中対向衝突法によれば、天然微結晶セルロース繊維(例えば、フナセル)の懸濁水を対向衝突させ、その表面をナノフィブリル化させて引き剥がし、キャリアーである水との親和性を向上させることによって、最終的には溶解に近い状態に至らせることが可能である。
【0034】
水中対向衝突法に用いられる装置は、タンク、プランジャ、対向する二つのノズル、必要に応じて熱交換器を備えた液体循環型であり、水中に分散させた微粒子を二つのノズルから噴射して水中で微粒子を対向衝突させる。次いで、熱交換器によって冷却し、タンクに戻す。このように水中対向衝突法は、タンク、プランジャ、チャンバーおよび熱交換器の順に懸濁液が回る循環サイクルを1回の処理回数(パス)とし、前記処理回数を変化させることによって、繊維状セルロースの繊維幅および/または繊維長を、適宜増加ないし減少させることが可能である。例えば、前記処理回数を増加させることにより、繊維状セルロースの繊維幅を減少させることができる。また、例えば、前記処理回数を少なくすることにより、繊維状セルロースの繊維幅を増加させることができる。水中対向衝突法は、処理圧力、処理回数、ノズル径、処理温度などの処理条件を調節することにより、得られる繊維状セルロースの平均繊維幅、平均繊維長、透過率、粘度並びに重合度等を制御することができる。水中対向衝突法は、処理回数を重ねるに従い、処理物の温度が上昇するので、一度衝突処理された後の処理物は、必要に応じ、例えば、4~20℃、または5~15℃に冷却してもよい。また、対向衝突処理装置に、冷却のための設備を組み込むこともで
きる。
【0035】
水中対向衝突法は、天然セルロース繊維の他には水しか使用せず、繊維間の相互作用のみを解裂させることによってナノ微細化を行うため、セルロース分子の構造変化がなく、解裂に伴う重合度低下を最小限にした状態で繊維状セルロースを得ることが可能であるなど、多くの利点がある。また、水中対向衝突法は、処理圧力、処理回数、ノズル径、処理温度などの処理条件を調節することにより、得られる繊維状セルロースの平均繊維幅、平均繊維長、透過率、粘度並びに重合度等を制御することができる。
【0036】
(硫酸化ナノクリスタルの製造方法)
繊維状セルロースにスルホン酸基を導入するには、例えば、クロロスルホン酸、スルファミン酸、ハロゲノスルホン酸等を繊維状セルロースと反応させればよい。また、繊維状セルロースに炭素数1~6のアルキルスルホン酸基を導入するには、例えば、炭素数1~6のハロゲン化アルキルスルホン酸等を繊維状セルロースと反応させればよい。繊維状セルロースを硫酸化する反応において、セルロースI型の結晶化度が、反応時間の経過に伴い低下する。すなわち、繊維状セルロースへのスルホン酸基等の導入量が多くなるにつれて結晶化度が低下する。より具体的には、硫酸化セルロースの結晶状態は、セルロースナノファイバー状からセルロースナノクリスタル状へ変化し、最終的にはアモルファス状となる。これは、以下のように説明される。繊維状セルロースのヒドロキシ基に導入されるスルホン酸基等が増加すると、スルホン酸基等による静電反発力が増加することになる。その静電反発力の増加に伴い、繊維状セルロースが徐々に解繊され、その繊維幅および繊維長が徐々に短くなることによるものである。従って、スルホン酸基等の導入による結晶化度の低下を考慮し、繊維状セルロースの繊維幅および繊維長を選定するとよい。このように、硫酸化セルロースナノクリスタルは、繊維状セルロースのヒドロキシ基をスルホン酸基等に置換して、得られる硫酸化セルロースがナノクリスタル状になるまでスルホン酸基等を導入して得られる。
【0037】
以下、繊維状セルロースにスルホン酸基等を導入するための原料前処理、反応時間、反応温度等の反応条件について説明する。原料前処理として、繊維状セルロースに凍結乾燥を施すとよい。原料となる繊維状セルロースは水分散液であるため、溶媒置換による方法では脱水量が不十分となり、反応効率が向上しないからである。
【0038】
スルホン酸基等を導入する前に、原料である繊維状セルロースを分散させた分散液に超音波を0.3Wh~100Wh、好ましくは、0.6Wh~50Whの電力量を照射することが好ましい。超音波が0.3Wh以下であると、凝集した繊維状セルロースを分散することができ、反応効率を向上することができる。また、超音波を100Wh以下の電力量で照射すると繊維状セルロースの構造を破壊することを回避でき、結晶性を維持できるので好ましい。
【0039】
硫酸化セルロースナノクリスタルの製造における反応時間及び反応温度については、繊維状セルロースの凝集を防ぎ、繊維状セルロース上のヒドロキシ基と均一に反応させるために、0℃以上10℃未満において、30秒~6時間の範囲で反応させるとよい。
【0040】
(ポリチオフェン)
本開示で用いるポリチオフェンは、以下の化学式3で表される繰り返し単位(モノマー単位)を有するものである。
【0041】
【化3】
化学式3において、R
7およびR
8は、それぞれ独立に水素原子、炭素数1~8のアルキル基、炭素数1~8のアルコキシ基を表すか、R
7およびR
8は連結して、炭素数1~8のジオキシアルキレン基、芳香環または3~7員環の脂環式環を表す。なお、化学式3のnは、括弧内の繰り返しを示す。
【0042】
化学式3においてR7およびR8が炭素数1~8のアルキル基である場合、直鎖状または分岐状のいずれであってもよい。なお、アルキル基としては、炭素数が1~6であることが好ましい。
化学式3においてR7およびR8が炭素数1~8のアルコキシ基である場合、直鎖状または分岐状のいずれであってもよい。なお、アルコキシ基としては、炭素数が1~6であることが好ましい。
R7およびR8は連結して炭素数1~8のジオキシアルキレン基を形成している場合、当該ジオキシアルキレン基の炭素数として、好ましくは炭素数1~6、更に好ましくは2~4である。
R7およびR8は連結して3~7員環の脂環式環を形成している場合、当該脂環式環として、好ましくは4~7員環、更に好ましくは5~6員環である。
【0043】
ポリチオフェンを形成する化学式3で表される繰り返し単位の数については、特に制限されないが、例えば、2~50程度が挙げられる。この繰り返し数が増えるにつれてポリチオフェンの遮熱性や導電性などの特性が向上する。
【0044】
化学式3で表される繰り返し単位を構成するモノマー(チオフェン)は、以下の化学式4で表される。
【0045】
【化4】
化学式4において、R
7およびR
8は、それぞれ独立に水素原子、炭素数1~8のアルキル基、炭素数1~8のアルコキシ基を表すか、R
7およびR
8とは連結して、炭素数1~8のジオキシアルキレン基、芳香環または3~7員環の脂環式環を表す。
【0046】
化学式4に表すチオフェンとしては、好ましくは、チオフェン骨格の3位および4位に、それぞれ独立に、炭素数1~8のアルキル基および/または炭素数1~8のアルコキシ基が置換した化合物;チオフェン骨格の3位と4位に炭素数1~8のジオキシアルキレン基が形成された3,4-ジ置換チオフェンが挙げられる。より具体的には、3,4-ジアルキルチオフェン、3,4-ジアルコキシチオフェン、3,4-アルキレンジオキシチオフェン等が挙げられる。これらの中でも、3,4-アルキレンジオキシチオフェンが好ましい。
【0047】
化学式4に表すチオフェンとしては、例えば、3,4-ジヘキシルチオフェン、3,4-ジエチルチオフェン、3,4-ジプロピルチオフェン、3,4-ジメトキシチオフェン、3,4-ジエトキシチオフェン、3,4-ジプロポキシチオフェン、3,4-ジブトキシチオフェン、3,4-メチレンジオキシチオフェン、3,4-エチレンジオキシチオフェン、3,4-プロピレンジオキシチオフェン等が挙げられる。これらの中でも、3,4-エチレンジオキシチオフェン(以下、EDOTと略す場合がある。)が好ましい。
【0048】
化学式3に表すポリチオフェンの具体例としては、例えば、ポリ(3,4-ジヘキシルチオフェン)、ポリ(3,4-ジエチルチオフェン)、ポリ(3,4-ジプロピルチオフェン)、ポリ(3,4-ジメトキシチオフェン)、ポリ(3,4-ジエトキシチオフェン)、ポリ(3,4-ジプロポキシチオフェン)、ポリ(3,4-ジブトキシチオフェン)、ポリ(3,4-メチレンジオキシチオフェン)、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)、ポリ(3,4-プロピレンジオキシチオフェン)等が挙げられる。これらの中でも、PEDOTとも略されるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)が好ましい。
【0049】
(PT/CS複合体の製造方法)
PT/CS複合体は、硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの共存下で、チオフェンを重合してポリチオフェンを生成し、硫酸化セルロースナノクリスタルをポリチオフェンにドーピングして得られる。
【0050】
具体的には、PT/CS複合体は、硫酸化セルロースナノクリスタル、溶媒および酸化剤の存在下で、前記化学式4で表されるチオフェンを酸化重合することで製造することができる。例えば、硫酸化セルロースナノクリスタルを溶媒に予め溶解させて作製された溶液に、化学式4で表されるチオフェンと酸化剤を加え、チオフェンを重合させてポリチオフェンを生成することにより、PT/CS複合体が溶液に分散した状態で得られる。得られたPT/CS複合体において、ポリチオフェンと硫酸化セルロースナノクリスタルとの結合態様は、限定的な解釈を望むものではないが、重合反応により生成したポリチオフェンに硫酸化セルロースナノクリスタルのアニオンがドープした状態で複合化されていると考えられる。
【0051】
PT/CS複合体の製造において、原料化合物として使用される化学式4で表されるチオフェンおよび硫酸化セルロースナノクリスタルの使用量については、前述した熱線吸収材におけるポリチオフェンと硫酸化セルロースナノクリスタルとの比率を充足できる範囲に設定することが好ましい。具体的には、アニオン性多糖類100質量部当たり、化学式4で表されるチオフェンが12.5質量部~400質量部の範囲であることが好ましく、より好ましくは25質量部~200質量部の範囲である。
【0052】
PT/CS複合体の製造に使用される酸化剤(重合開始剤という場合がある。)としては、化学式4で表されるチオフェンを酸化重合可能であれば特に制限されないが、例えば、ペルオキソ二硫酸、ペルオキソ二硫酸ナトリウム、ペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸アンモニウム、無機酸化第二鉄塩、有機酸化第二鉄塩、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、二クロム酸カリウム、過ホウ酸アルカリ塩、硫酸鉄(III)、塩化鉄(III)等を挙げることができる。これらの中でも、ペルオキソ二硫酸、ペルオキソ二硫酸ナトリウム、ペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸アンモニウム、硫酸鉄(III)、塩化鉄(III)が好ましい。これらの酸化剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0053】
PT/CS複合体の製造において、酸化剤の使用量については、特に制限されないが、例えば、化学式4で表されるチオフェン1モル当たり、0.1当量~5当量の範囲が好ましく、より好ましくは0.3当量~2当量の範囲である。
【0054】
PT/CS複合体の製造(ポリチオフェン(PEDOT)の重合)に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)を1としたとき、チオフェンが例えば0.5~9の範囲になるように、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を設定することができる。特に、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を、1:1(硫酸化セルロースナノクリスタル:チオフェン=1:(1<))よりチオフェン(EDOT)を多くすると、近赤外光吸収特性をより向上させることができるので好ましい。そして、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を、1:4(硫酸化セルロースナノクリスタル:チオフェン=1:4)の関係にすることで、更なる近赤外光吸収特性の向上を図ることができるので好ましい。このように、PT/CS複合体の製造(ポリチオフェン(PEDOT)の重合)に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)を1としたとき、チオフェンを1よりも多くすることが好ましく、より好ましくはチオフェンが2~8の範囲になるように、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を設定するとよい。なお、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)に対してチオフェン(EDOT)が過剰になると、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)上でポリチオフェン(PEDOT)が生成され難くなり、チオフェン(EDOT)同士の重合度が低いものが多くなるので、得られた熱線吸収材の近赤外光吸収特性(導電性)が低くなると考えられる。
【0055】
PT/CS複合体の製造(ポリチオフェン(PEDOT)の重合)に際して、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度を、例えば5mol%~92.5mol%の範囲、または5.7mol%~92.5mol%の範囲にすることができる。PT/CS複合体の製造(ポリチオフェン(PEDOT)の重合)に際して、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度を、11.6mol%~46.2mol%の範囲にすることが、近赤外光吸収特性をより向上させることができるので好ましい。なお、重合開始剤が不足すると、ポリチオフェン(PEDOT)の重合が進み難くなり、重合開始剤が多すぎると、ポリチオフェン(PEDOT)の重合度が小さくなる傾向を示す。そして、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)の系外での重合物は、その重合度が非常に小さいものが生成されると考えられる。
【0056】
PT/CS複合体の製造に使用される溶媒については、硫酸化セルロースナノクリスタルを溶解させることができ、チオフェンの重合反応を行い得るものであればよい。具体的には、水系溶媒が挙げられ、好ましくは水が挙げられる。また、当該溶媒には、メタノール、エタノール等の低級アルコールや、アセトン、アセトニトリル等の極性有機溶媒を水と混合した水系溶媒を用いてもよい。これらの溶媒は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0057】
PT/CS複合体の製造において、前記溶媒の使用量については、特に制限されないが、例えば、化学式4で表されるチオフェン1モル当たり、1000ml~50000mlの範囲が好ましく、より好ましくは3000ml~30000mlの範囲である。
【0058】
PT/CS複合体の製造における反応時間及び反応温度については、原料化合物として使用するチオフェンや硫酸化セルロースナノクリスタルの種類、酸化剤の種類等に応じて適宜設定すればよい。PT/CS複合体の製造における反応温度は、例えば、5℃~90℃の範囲が好ましく、より好ましくは10℃~80℃の範囲である。PT/CS複合体の製造における反応時間は、例えば、1時間~96時間の範囲が好ましく、より好ましくは5時間~48時間の範囲である。
【0059】
前述したように、硫酸化セルロースナノクリスタルの存在下において、化学式4で表されるチオフェンを重合させることにより、PT/CS複合体の分散溶液が得られる。PT/CS複合体は、反応後に得られる分散液の状態で、または必要に応じてPT/CS複合体を分離、精製した後に、熱線吸収フィルムなどへの添加剤として製造に供することができる。
【0060】
(PT/CS複合体を用いた熱線吸収フィルム)
PT/CS複合体をポリマー(合成樹脂)に添加することで、PT/CS複合体に由来する優れた熱線吸収特性を備えた熱線吸収フィルムを得ることができる。熱線吸収フィルムのマトリックスであるポリマーとしては、酢酸ビニル-ポリビニルアルコール共重合体、ポリオール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルコール-エチレン共重合体、ポリビニルアルコール-ブテンジオール共重合体、ポリエチレン-ビニルアセテート共重合体、セルロースモノアルキレート(炭素鎖数1~18のアルキル基)、セルロースジアルキレート(炭素鎖数1~18のアルキル基)、セルローストリアルキレート(炭素鎖数1~18のアルキル基)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアルキル(炭素鎖数1~18のアルキル基)ア(メタ)クリレート、カルボキシメタルセルロースナトリウム、セルロースアルキルエーテル(炭素鎖数1~18のアルキル基)、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリア(メタ)クリル酸、ポリ塩化ビニル、セルロース、でんぷん、ゼラチン、プルラン、ポリエチレン-ビニルアルコール共重合体、ポリウレタン、ナイロン-6,6、ナイロン-6、ナイロン-6,10、ポリビニルアルキラール(炭素鎖数1~18のアルキル基)、ポリイミド、シンジオタクチック 1,2-ポリブタジエン、1,4-ポリブタジエン、ポリイソプレン、ポリスチレン-ブタジエン共重合体、ABS樹脂、フェノール樹脂、シロサキンポリマー、シルセスキオキサンなどが挙げられる。
【0061】
熱線吸収フィルムにおけるPT/CS複合体の配合量は、熱線吸収フィルム中において、0.5%~6%の範囲であることが好ましく、より好ましくは、1%~4%の範囲である。PT/CS複合体の配合量が0.5%以上であると、近赤外線を好適に吸収することができ、6%以下であると、可視光を適度に透過させることができ、熱線吸収特性と可視光の透過性とを両立し得る。熱線吸収フィルムの中において、PT/CS複合体の硫酸化セルロースナノクリスタルが有するスルホン酸基等同士の電荷的反発により、PT/CS複合体がナノ分散させることができる。これにより、熱線吸収フィルムは、分散して存在するPT/CS複合体によって、熱線吸収特性および可視光の透過性を全体として均一にすることができる。また、熱線吸収フィルムは、分散して存在するPT/CS複合体によって、硫酸化セルロースナノクリスタルに由来する機械的強度の向上効果を全体的に発現させることができる。
【0062】
(PT/CS複合体を用いた熱線吸収膜)
PT/CS複合体は、優れた製膜性を備えているので、ガラス板などの基板上に製膜することにより、熱線吸収膜として使用することができる。
【0063】
具体的には、PT/CS複合体を用いた熱線吸収膜は、PT/CS複合体を含む分散液を基板上の全面または所定形状になるように塗布した後に、乾燥して溶媒を除去することによって製造することができる。乾燥する前に、添加剤として、エタノール、メタノール、エチレングリコール等のヒドロキシ基、ハロゲン基、スルホン基、カルボニル基、アミノ基、イミノ基、カルボキシル基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、アミド基およびニトリル基からなる群から選択される少なくとも1種の極性基を有する化合物を溶媒に加えると、熱線吸収膜の熱線吸収特性を向上させることができる。なお、添加剤として加える極性基を有する化合物の量は、PT/CS複合体の分散に影響を与えなければ、特に制限されない。
【0064】
PT/CS複合体を含むポリマーあるいは分散液を基板に塗布する方法については、特に制限されないが、例えば、スプレーコート法、スピンコート法、エアナイフコート法、カーテンコート法、ブレードコート法、デイップコート法、キャスト法、2ロールコート法、ゲートロールプレス法、ロールコート法、バーコート法、ダイコート法、グラビア法、ミスト法等の塗布による方法;印刷やインクジェット等のパターニングによる方法等のウェットプロセスが挙げられる。これらの中でも、スピンコート法およびキャスト法が好ましい。
【0065】
乾燥方法については、特に制限されないが、例えば、自然乾燥、加熱乾燥、凍結乾燥、減圧乾燥、熱風乾燥、熱圧乾燥、赤外線乾燥、超臨界乾燥等が挙げられる。乾燥温度は、乾燥方法に応じて適宜設定されるが、例えば、50℃~250℃の範囲が好ましく、より好ましくは60℃~150℃の範囲である。乾燥温度は、さらに好ましくは80℃~120℃の範囲である。乾燥温度を250℃以下に設定することにより、乾燥時にPT/CS複合体の熱線吸収特性が低下するのを効果的に抑制することができる。特にCSの耐熱性から付言すれば150℃が好ましく、さらに120℃以下が好ましい。また乾燥温度を高く設定することにより、乾燥時間および乾燥時の塗膜品質を改善することができる。
【0066】
PT/CS複合体の製膜に使用される基板としては、例えば、ガラス板、プラスチックシート、プラスチックフィルム等が挙げられる。プラスチックとしては、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリイミド、ポリア(メタ)クリルエステル、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、エポキシ樹脂、塩素系樹脂、シリコン系樹脂、フェノール樹脂およびこれらをブレンドしたもの等が挙げられる。
【0067】
熱線吸収材における500nmの吸光度を、該熱線吸収材を製膜した熱線吸収膜の厚さ(nm)で割った単位厚さ当たりの吸光度の値を、「可視光の吸収特性比」という。また、熱線吸収材における800nmの吸光度を、該熱線吸収材を製膜した熱線吸収膜の厚さ(nm)で割った単位厚さ当たりの吸光度の値を、「近赤外光の吸収特性比」という。
・可視光の吸収特性比 =500nmの吸光度/熱線吸収膜の厚さ(nm)
・近赤外光の吸収特性比=800nmの吸光度/熱線吸収膜の厚さ(nm)
熱線吸収材における波長500nmでの吸収特性比は、限りなく0に近い値~10までの範囲が、熱線吸収材(熱線吸収膜)が良好な透明性を有することになるから好ましい。また、波長800nmでの吸収特性比は、良好な熱線吸収効果が得られることから、6以上が好ましい。
【0068】
本発明の熱線吸収材は、一般的に熱線の吸収効果が必要な分野、例えば、食品、飲料、化粧品、医薬、各種化学用品、製紙、土木、塗料、インキ、農薬、建築、防疫薬剤、電子材料、難燃剤、家庭雑貨、洗浄剤などで使用することができる。具体的には、食品包装剤、飲料用ボトル、日焼け防止剤、熱線防止剤、ゴム・プラスチック用配合材料、塗料用添加剤、接着剤用添加剤、製紙用添加剤などとして使用することができ、それらを構成成分として含むゴム・プラスチック材料、塗料、接着剤、外壁塗装剤、窓用遮熱シート、屋根用遮熱シート、化粧品、お茶栽培用日よけカバーなどに応用できる。また利用する時は紫外線の遮蔽剤や遮蔽シートを併用することで効果を持続させることができる。
【実施例】
【0069】
次に、本発明に係る熱線吸収材および熱線吸収材の製造方法、並びに熱線吸収材を含む熱線吸収フィルムにつき、実施例を挙げて以下に説明する。
【0070】
実施例および比較例について、繊維状セルロースの繊維幅および重合度を測定した。また、実施例および比較例について、繊維状セルロースを硫酸化して得られた硫酸化セルロースの結晶化度および硫酸化セルロースにおけるスルホン酸基等の置換度を測定した。そして、実施例および比較例について、光線の吸光度を測定した。なお、比較例では、繊維状セルロースにスルホン酸基等を導入した硫酸化セルロースがナノクリスタル状ではなく、厳密には硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)と呼べないが、比較例においても硫酸化セルロースとポリチオフェン(PEDOT)との複合体をPEDOT/CS複合体と便宜的に指称している。
【0071】
(セルロースの繊維幅および繊維長の測定方法)
繊維状セルロースの繊維幅、硫酸化セルロースの繊維幅および繊維長は、電界放出型走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、型番SU8000)、または透過型電子顕微鏡(日本電子(株)製、型番JEM-2000X)を使用して撮影した電子顕微鏡写真により算出した。
【0072】
(結晶化度およびスルホン酸基等の置換度の測定方法)
硫酸化セルロースの結晶化度は、X線回折(XRD)装置(株式会社リガク:SmartLab-9KW)を使用し、I200:格子面(200面)の回折強度およびIam:アモルファス部の回折強度の測定結果から、以下の数式1を用いて算出している。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I200-Iam)/I200〕×100 …数式1
ここで、I200は、2θ=22.6°のX線回折強度を示し、Iamは、2θ=18.5°のX線回折強度を示す。
硫酸化セルロースにおけるスルホン酸基等の置換度は、硫酸化セルロースの元素分析の結果により硫酸基の置換度を算出している。
【0073】
(吸光度の測定方法)
実施例および比較例の熱線吸収材(PEDOT/CS複合体)をスピンコート法によって製膜し、得られたそれぞれの熱線吸収膜について吸光度測定を行っている。厚さ2mmの平板上に作製した熱線吸収膜の光路長における光線の吸光度を、日本分光(株)製の近赤外分光光度計を用いて、波長300nm~2000nmの範囲で1nm毎に測定した。そして、得られた500nmの吸光度を「可視光の吸光度」とし、800nmの吸光度を「近赤外光の吸光度」としている。500nmの吸光度を熱線吸収膜の厚さ(nm)で割った単位厚さ当たりの吸光度の値を、「可視光の吸収特性比」とし、800nmの吸光度を熱線吸収膜の厚さ(nm)で割った単位厚さ当たりの吸光度の値を、「近赤外光の吸収特性比」としている。
・可視光の吸収特性比 =500nmの吸光度/熱線吸収膜の厚さ(nm)
・近赤外光の吸収特性比=800nmの吸光度/熱線吸収膜の厚さ(nm)
【0074】
(ACC法による繊維状セルロースの作製)
針葉樹パルプ及び竹パルプを原料とし、処理回数を変え、解繊度合いの異なる繊維状セルロース水分散液1wt%を得た。次いで、繊維状セルロースの重合度を測定した。繊維状セルロース試料固形分0.15gを30mlの0.5M銅エチレンジアミン溶液になるように溶解し、キャノンフェンスケ動粘度管を用いて、25℃で保温した後に、流下時間を測定することで粘度の測定を行った。この繊維状セルロース銅エチレンジアミン溶液の粘度をη、0.5M銅エチレンジアミン溶液の粘度をη0として、次の計算式により重合度を算出した。
極限粘度[η]=(η/η0)/{c(1+A×η/η0)}
(ただしcは、粘度測定時の繊維状セルロース濃度(g/dL)、Aは溶液の種類による固有の値であり、0.5Mの銅エチレンジアミン溶液の場合、A=0.28である。)
重合度DP=[η]/aK
(Kとaは高分子と用いている溶媒の種類によって決まる値であり、銅エチレンジアミンに溶解したセルロースの場合、K=5.7×10-3、a=1である。)
その結果、重合度が、710より大きく900以下の範囲であるものを解繊度「低」とし、570以上で710以下の範囲であるものを解繊度「高」とした。ここで、セルロースの重合度が高くなると共に繊維幅が大きくなることを意味する。
【0075】
(実施例1)
針葉樹パルプを原料とし、ACC法によって、繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)1wt%の分散液を得た。次いで、重合度の測定を3回行ったところ、その平均値が760であることから、実施例1に係る繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)の解繊度が「低」であることが確認できる。そして、電子顕微鏡を用いて計測した繊維状セルロースの繊維幅は、4nm~1180nmであった。実施例1の繊維状セルロースは、天然素材であるので値のばらつきがあるが、分子量は約123,000である(中越パルプ工業(株)、NB-B)。
【0076】
得られた繊維状セルロース2.00gを、200mlのN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に加え、室温にて14時間以上かき混ぜた。次に、水浴の温度を10℃にし、内部超音波を2分間照射した後、窒素通気下にて、クロロスルホン酸3.6mlを徐々に滴下し、混合した。クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、50分かけてクロロスルホン酸を滴下して混合した。次いで、反応液15mlを酢酸ナトリウムの飽和エタノール溶液150mlに注ぎ、再沈殿させ、沈殿物を酢酸ナトリウムの飽和エタノール溶液で一回洗浄し、エタノールで上澄み液が中性となるまで洗浄した。沈殿物を水に溶解し、透析を行った後、水溶液の状態で回収し、スルホン酸基等の置換度および得られた硫酸化セルロースの結晶化度の測定を行った。なお、実施例1において硫酸化して得られた硫酸化セルロースは、ナノクリスタル状になっており、実施例1は、硫酸化セルロースナノクリスタルを用いているといえる。
【0077】
実施例1の硫酸化セルロースの水分散液を0.2wt%で50mlに調製し、濃塩酸を加えて酸性にした。次いで、チオフェンモノマーとして、3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOTという。)を0.10g加えた後、内部超音波を5分間照射し、EDOTを分散させた。次いで、重合開始剤のペルオキソ二硫酸カリウム0.19g、1.4mg/mlの硫酸鉄(III)・n水和物水溶液を0.5ml加えた。室温で24時間かき混ぜ、透析膜で72時間以上透析を行った。溶媒には水を用い、エバポレータにより乾固させた後、水に再分散することにより固形分を0.60wt%に調製し、実施例1に係るPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)の水分散液を得た。
【0078】
溶媒としての水に分散した実施例1のPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)を、スピンコート法によってガラス基板上に製膜し、乾燥して溶媒を除去することで実施例1に係る熱線吸収材からなる熱線吸収膜を得た。
【0079】
(実施例2~7)
実施例2は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を60分とした以外は、実施例1と同様である。
実施例3は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を120分とした以外は、実施例1と同様である。
実施例4は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を180分とした以外は、実施例1と同様である。
実施例5は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を270分とした以外は、実施例1と同様である。
実施例6は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を300分とした以外は、実施例1と同様である。
実施例7は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を360分とした以外は、実施例1と同様である。
なお、実施例2~7において硫酸化して得られた硫酸化セルロースは、ナノクリスタル状になっており、実施例2~7は、硫酸化セルロースナノクリスタルを用いているといえる。
【0080】
(比較例1~2)
比較例1は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を10分とした以外は、実施例1と同様である。
比較例2は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を20分とした以外は、実施例1と同様である。
比較例1および2において硫酸化して得られた硫酸化セルロースは、ナノファイバー状であり、実施例1~7と異なり、硫酸化セルロースナノクリスタルとはいえない。
【0081】
実施例1~7における各測定結果を、以下の表1に示す。また、比較例1~2における各測定結果を、以下の表2に示す。熱線吸収材の良否判定は、500nm吸収特性比が800nm吸収特性比よりも小さく、かつ、500nm吸収特性比が10以下であると共に、800nm吸収特性比が6以上であるときを「〇」と判定する。また、500nm吸収特性比が10より大きい場合、または800nm吸収特性比が6より小さい場合の何れかあるいは両方を満たすときを、「×」と判定する。波長500nmでの吸収特性比は、限りなく0に近い値~10までの範囲が、熱線吸収膜が良好な透明性を有することになるから好ましい。また、波長800nmでの吸収特性比は、良好な熱線吸収効果を得られることから、6以上が好ましい。
【0082】
【0083】
【0084】
表1の結果より、結晶化度53%以下のナノクリスタル状の硫酸化セルロースを使用した実施例1~7については、可視光の吸収を抑えたもとで近赤外光の吸収が多く、優れた近赤外光吸収特性と可視光の透過性とを両立していることが確認できた。これに対して、表2に示すように、結晶化度53%より大きいナノファイバー状の硫酸化セルロースである比較例1および2は、可視光の吸収特性比が14以上であることが示すように、可視光領域の吸収が非常に大きくなり、透明なことが求められる熱線吸収膜として、好ましくない。このように、ドーパントとして、ナノクリスタル状の硫酸化セルロースを使用した熱線吸収材は、近赤外光の透過率の低減効果が高く、塗膜性が向上し、透明性に優れた安定した膜を作製することが可能である。
【0085】
(実施例8~10)
実施例8では、針葉樹パルプを原料とし、ACC法によって、得られた高解繊度の繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)1wt%の分散液を得た。次いで、重合度の測定を3回行ったところ、その平均値は、580であることから、得られた繊維状セルロースの解繊度が「高」であることが確認できる。実施例8の繊維状セルロースは、天然素材であるので値のばらつきがあるが、分子量は約95,000である(中越パルプ工業(株)、NB-C)。次いで、これを原料とし、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、30分とした以外は、実施例1と同様にして、硫酸化セルロース、PEDOT/CS複合体および熱線吸収膜を作製した。
実施例9は、実施例8で得られた繊維状セルロース分散液を原料とした以外は、実施例2と同様(硫酸化時間60分)である。
実施例10は、実施例8で得られた繊維状セルロース分散液を原料とした以外は、実施例4と同様(硫酸化時間180分)である。
【0086】
実施例8~10における各測定結果を、以下の表3に示す。
【0087】
【0088】
表3の結果から、繊維状セルロースが高解繊度(NB-C)である実施例8~10であっても、繊維状セルロースが高解繊度(NB-B)である実施例1~実施例7と同様に、優れた近赤外光吸収特性と可視光の透過性とを両立していることが確認できる。
【0089】
(竹パルプを原料としたPEDOT/CS複合体)
(実施例11~13)
竹パルプを原料とし、ACC法によって、繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)1wt%の分散液を得た。次いで、重合度の測定を3回行ったところ、その平均値は、580であることから、実施例11~13に係る繊維状セルロース(セルロースナノファイバー)の解繊度が「高」であることを確認した。そして、電子顕微鏡を用いて計測した繊維状セルロースの繊維幅は、4nm~1180nmであり、繊維長が100000nm以上であった。実施例11~13で用いた繊維状セルロースは、天然素材であるので値のばらつきがあるが、分子量が約95,000である(中越パルプ工業(株)、BB-C)。
【0090】
得られた繊維状セルロース2.00gを、200mlのN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に加え、室温にて14時間以上かき混ぜた。次に、水浴の温度を10℃にし、内部超音波を2分間照射した後、窒素通気下にて、クロロスルホン酸3.6mlを徐々に滴下し、混合した。クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、実施例11では120分、実施例12では360分、実施例13では480分かけてクロロスルホン酸を滴下して混合した。次いで、反応液15mlを酢酸ナトリウムの飽和エタノール溶液150mlに注ぎ、再沈殿させ、沈殿物を酢酸ナトリウムの飽和エタノール溶液で一回洗浄し、エタノールで上澄み液が中性となるまで洗浄した。沈殿物を水に溶解し、透析を行った後、水溶液の状態で回収し、スルホン酸基等の置換度および得られた硫酸化セルロースの結晶化度の測定を行った。なお、実施例11~13において硫酸化して得られた硫酸化セルロースは、ナノクリスタル状になっており、実施例11~13は、硫酸化セルロースナノクリスタルを用いているといえる。
【0091】
次に、実施例11~13の硫酸化セルロースの水分散液を0.2wt%で50mlに調製し、濃塩酸を加えて酸性にした。次いで、チオフェンモノマーとして、3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOTという。)を0.10g加えた後、内部超音波を5分間照射し、EDOTを分散させた。次いで、重合開始剤のペルオキソ二硫酸カリウム0.19g、1.4mg/mlの硫酸鉄(III)・n水和物水溶液を0.5ml加えた。室温で24時間かき混ぜ、透析膜で72時間以上透析を行った。溶媒には水を用い、エバポレータにより乾固させた後、水に再分散することにより固形分を0.60wt%に調製し、実施例11~実施例13に係るPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)の水分散液を得た。
【0092】
溶媒としての水に分散した実施例11~13のPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)を、スピンコート法によってガラス基板上に製膜し、乾燥して溶媒を除去することで実施例11~13に係る熱線吸収材からなる熱線吸収膜を得た。実施例11~13における各測定結果を、上記の表3に示す。
【0093】
(比較例3)
比較例3は、クロロスルホン酸の滴下開始を反応開始として、繊維状セルロースにスルホン酸基を導入して硫酸化セルロースを得るための硫酸化時間を1440分とした以外は、実施例11と同様である。比較例3において硫酸化して得られた硫酸化セルロースは、アモルファス状であり、実施例11~13と異なり、硫酸化セルロースナノクリスタルとはいえない。
【0094】
(比較例4)
ポリスチレンスルホン酸をドープしたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(以下、PEDOT/PSSという)について、実施例1と同様に調製した。比較例3および比較例4における各測定結果を、上記の表2に示す。
【0095】
表3の結果から、竹パルプに由来する繊維状セルロースが高解繊度(BB-C)である実施例11~13であっても、針葉樹パルプに由来する繊維状セルロースを用いた実施例1~実施例10と同様に、優れた近赤外光吸収特性と可視光の透過性とを両立していることが確認できる。また、PEDOT/PSSを用いた比較例4と比べて、実施例が近赤外光吸収特性に優れていることが判る。このように、実施例に係るPEDOT/CS複合体によれば、PEDOT/PSSでは達成できないレベルで、優れた近赤外光吸収特性と優れた可視光の透過性とを備えているといえる。また、結晶化度20%以上のナノクリスタル状の硫酸化セルロースを使用した実施例については、可視光の吸収と抑えたもとで近赤外光の吸収が多く、優れた近赤外光吸収特性と可視光の透過性とを両立していることが確認できた。これに対して、表2に示すように、結晶化度20%より小さいアモルファス状の硫酸化セルロースである比較例3は、可視光の吸収特性比が6以下であることが示すように、近赤外光領域の吸収が小さくなり、熱線吸収材としての好ましい熱線吸収特性を示さない。このように、硫酸化セルロースナノクリスタルのセルロースI型結晶化度が、20%~53%の範囲にあると好ましいことが確認できる。
【0096】
実施例12に係るPEDOT/CS複合体および比較例4のPEDOT/PSSにおける透過率をそれぞれ測定し、その結果を
図3に示す。
図3に示すように、実施例12と比較例3は、波長500nmの可視光の透過率が70%程度で同等である。しかし、波長700~950nmの近赤外における透過率は、実施例12の方が比較例3よりも近赤外を多く吸収していることが判る。実施例における近赤外での好適な吸収特性は、硫酸セルロースナノクリスタル(CS)中のセルロースの糖鎖特有のCHおよびOH基(化学式1参照)の730nm、830nm、909~915nm、960nm、965nmの吸収に由来すると考えられる。
【0097】
(熱線吸収フィルムの作製)
次に、10wt%に調製したブテンジオール・ビニルアルコールポリマー(日本合成化学工業(株)製、Nichigo G-Polymer)の溶液30gと、界面活性剤として、オクチルフェノールエトキシレート(ダウケミカル製、TritonX)0.06gを加え、1.2wt%に調製した実施例12に係るPEDOT/CS複合体の水溶液5gとを混合した。得られた混合溶液を、親水化したガラス基板にスキージ法により塗布し、自然乾燥することで、ガラス基板上に実施例12に係る熱線吸収フィルムを40μmの厚さで形成した。
【0098】
(熱線吸収フィルムの遮熱特性)
次に、実施例12に係るPEDOT/CS複合体をポリマーに配合した熱線吸収フィルムの遮熱特性を測定した。また、比較例4のPEDOT/PSSを用いて、実施例12と同様にフィルムを作製した。なお、比較例5は、フィルムがないガラス基板だけであり、比較例6は、実施例12と同じポリマーだけで(熱線吸収材やPEDOT/PSSを含んでいない)、フィルムを作製している。
【0099】
実施例12、比較例4および比較例6のフィルムと比較例5について、遮熱特性を以下のように測定した。
図4に示すように、断熱箱の内部に気温記録装置を設置し、断熱箱の天井にあけた開口を覆うようにガラス基板を載置した。ガラス基板の上に熱線吸収フィルムを置き、更に熱線吸収フィルム上に可視光カットフィルターを被せた。なお、比較例5は、可視光カットフィルターを被せていない。そして、断熱箱の上方に設置した疑似太陽光照射機(光源)から光を、断熱箱の開口に向けて照射し、気温記録装置によって1秒毎の温度を記録した。その結果を表4および
図5に示す。
【0100】
【0101】
表4および
図5の結果から、PEDOT/CSを用いた実施例12に係る熱線吸収フィルムは、PEDOT/PSSを用いたフィルムよりも、遮熱効果が高いことが判る。
【0102】
(熱線吸収フィルムの引張強度)
10wt%に調製したブテンジオール・ビニルアルコールポリマー(日本合成化学工業(株)製、Nichigo G-Polymer)の溶液30gと、界面活性剤として、オクチルフェノールエトキシレート(ダウケミカル製、TritonX)0.06gを加え、1.2wt%に調製した実施例12に係るPEDOT/CS複合体の水溶液5gとをPEDOT/CS複合体が含有率4.0wt%、2.0wt%、0.5wt%、0.4wt%となるように混合した。得られた混合溶液を、親水化したガラス基板にスキージ法により塗布し、自然乾燥することで、ガラス基板上に、表4に示すように熱線吸収材の含有率が異なる実施例12-1~12-4に係る熱線吸収フィルムを形成した。また、比較例4のPEDOT/PSSを用いて、実施例12と同様にフィルムを作製した。なお、比較例6は、実施例12と同じポリマーだけで(熱線吸収材やPEDOT/PSSを含んでいない)、フィルムを作製している。そして、それぞれのフィルムについて引張強度を測定した。引張強度は、JIS K 7127に基づいて測定している。その結果を表5に示す。
【0103】
【0104】
表5に示す結果より、実施例12のPEDOT/CS複合体が配合された実施例12-1~12-4の熱線吸収フィルムは、引張強度が向上することが判る。これは、フィルム中においてPEDOT/CS複合体がネットワークを形成することで機械的強度が向上すると考えられる。特に、PEDOT/CS複合体が0.5%以上配合されていると機械的強度の向上の観点において好ましい。
【0105】
(試験1~試験3)
PEDOT/CS複合体について、ポリチオフェンの重合条件を勘案し、その導電性と光学特性との関連性を調査し、近赤外領域における光吸収特性を評価する。以下の試験1~3では、竹パルプに由来する実施例12の硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)を用いている。所定濃度に調製した実施例12の硫酸化セルロースの水分散液に、濃塩酸を加えて酸性にし、表6~表8に示すpHとした。次いで、硫酸化セルロースナノクリスタル水分散液を、チオフェンモノマーとしての3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOT)に、表6~表8に示すモル比になるように加えた後、内部超音波を5分間照射し、EDOTを分散させた。次いで、重合開始剤(酸化剤)のペルオキソ二硫酸カリウムおよび1.4mg/mlの硫酸鉄(III)・n水和物水溶液を、表6~表8に示す割合で加えた。室温で24時間かき混ぜ、透析膜で72時間以上透析を行った。溶媒には水を用い、エバポレータにより乾固させた後、水に再分散することにより固形分を0.60wt%に調製し、試験1~試験3に係るPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)の水分散液を得た。
【0106】
溶媒としての水に分散した試験1~試験3のPEDOT/CS複合体(熱線吸収材)を、スピンコート法によってガラス基板上に製膜し、乾燥して溶媒を除去することで試験1~試験3に係る熱線吸収材からなる熱線吸収膜を得た。
【0107】
(PEDOT/CS複合体(熱線吸収材)の導電性の測定方法)
前述した試験1~試験3に係る熱線吸収材からなる熱線吸収膜について表面抵抗値を測定した。具体的には、表面抵抗値は、抵抗率計(loresta-GP MCP-T610)に4探針プローブを接続して、熱線吸収膜を4探針プローブに押し当てることによって測定し、導電性(S/cm)の算出を行った。
【0108】
(試験1:硫酸化セルロースナノクリスタルとチオフェンとの関係)
試験1では、ポリチオフェン(PEDOT)の重合時における硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)に対するチオフェン(EDOT)の仕込み比(モル比)と導電性の関係を調べた。その結果を、表6および
図6に示す。なお、
図6では、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)をSCNFと表記しており、横軸にチオフェン(EDOT)に対する硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)のモル比を示し、縦軸に導電性(S/cm)を示している。
【0109】
【0110】
図6および表6に示すように、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を、1:0.125から1:8で、チオフェン(EDOT)の濃度を増加させた。硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)に対するチオフェン(EDOT)のモル比が、1より大きくなると、熱線吸収膜の導電性の上昇度合いが大きくなる傾向を示し、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)に対するチオフェン(EDOT)のモル比が、4になると最も導電性が高くなっている。そして、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)に対するチオフェン(EDOT)のモル比を、4より大きくなるように増加させても、導電性が低下する傾向が見受けられる。
【0111】
(試験2:チオフェンと重合開始剤(酸化剤)との関係)
試験2では、ポリチオフェン(PEDOT)の重合時におけるチオフェン(EDOT)に対する重合開始剤(ペルオキソ二硫酸カリウム(KPS))の濃度(mol%)と導電性の関係を調べた。その結果を、表7および
図7に示す。なお、
図7では、重合開始剤であるペルオキソ二硫酸カリウムをKPSと表記しており、横軸にチオフェン(EDOT)に対するKPSの濃度(mol%)を示し、縦軸に導電性(S/cm)を示している。
【0112】
【0113】
図7および表7に示すように、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤(ペルオキソ二硫酸カリウム(KPS))の濃度を、5.7mol%から92.5mol%まで増加させた。チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度が5.7mol%よりも大きくなると、熱線吸収膜の導電性の上昇度合いが大きくなる傾向を示し、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度が、23mol%になると最も導電性が高くなっている。そして、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度を、23mol%より大きくなるように増加させても、導電性が低下する傾向が見受けられる。
【0114】
(試験3:ポリチオフェンの重合時のpH)
試験3では、ポリチオフェン(PEDOT)の重合時におけるpH条件を変化させて、導電性の関係を調べた。その結果を、表8および
図8に示す。なお、
図8では、横軸に重合時のpH条件を示し、縦軸に導電性(S/cm)を示している。
【0115】
【0116】
図8および表8に示すように、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、pHが低下するに従って、導電性が上昇することが判った。試験3から、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、pH条件が1.86より低いことが好ましく、より好ましくは1.0よりもpH条件を低くするとよい。
【0117】
(導電性と光学特性との関係)
図9は、試験3で作成した熱線吸収膜について、導電性と光学特性との関係を示している。
図9では、横軸に波長(nm)を示し、縦軸に透過率(%)を示している。前述したように試験3-6から試験3-1に向かうにつれて導電性が向上する関係にあるところ(
図8参照)、
図9に示すように、導電性が増大するに伴って、700nm~2000nmの近赤外および赤外波長領域の光吸収が増大することが確認できる。このように、熱線吸収膜は、導電性が増大するにつれて、近赤外光の好適な吸収特性を示し、導電性の向上が近赤外光吸収特性の向上に繋がるといえる。
【0118】
(まとめ)
前述したように、導電性の向上が近赤外光吸収特性の向上に繋がることから、試験1の結果から、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を、1:1(硫酸化セルロースナノクリスタル:チオフェン=1:(1<))よりチオフェン(EDOT)を多くすることで、近赤外光吸収特性の上昇度合いが高くなると考えられる。そして、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、硫酸化セルロースナノクリスタル(CS)とチオフェン(EDOT)とのモル比を、1:4(硫酸化セルロースナノクリスタル:チオフェン=1:4)の関係にすることで、更なる近赤外光吸収特性の向上を図ることができると考えられる。
【0119】
前述したように、導電性の向上が近赤外光吸収特性の向上に繋がることから、試験2の結果から、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度を、5.7mol%よりも大きくすることで、近赤外光吸収特性の上昇度合いが高くなると考えられる。そして、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、チオフェン(EDOT)に対する重合開始剤の濃度を、23mol%にすることで、更なる近赤外光吸収特性の向上を図ることができると考えられる。
【0120】
前述したように、導電性の向上が近赤外光吸収特性の向上に繋がることから、試験3の結果から、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、pH条件を1.86よりも低く設定することで、近赤外光吸収特性の上昇度合いが高くなると考えられる。そして、ポリチオフェン(PEDOT)の重合に際して、pH条件を1以下に設定することで、更なる近赤外光吸収特性の向上を図ることができると考えられる。このようにpHを下げた場合であっても、得られた熱線吸収材は、耐候促進試験で性能の劣化がないことを確認している。