(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】生体情報計測方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/1455 20060101AFI20231106BHJP
【FI】
A61B5/1455
(21)【出願番号】P 2019152092
(22)【出願日】2019-08-22
【審査請求日】2022-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002516
【氏名又は名称】弁理士法人白坂
(72)【発明者】
【氏名】小川 充洋
【審査官】磯野 光司
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-305555(JP,A)
【文献】特開平06-063024(JP,A)
【文献】山越 憲一,循環生理情報の無侵襲計測,BME,1990年11月10日,Vol.4, No.11,pp.40-54,DOI:10.11239/jsmbe1987.4.11_40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/1455
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定者の被測定部である指に接触して可視光または赤外光を照射光として照射する光照射部と、
前記照射光が前記被測定部を透過した透過光を受光する受光部を備えた計測機器を用い前記被測定部を介して前記被測定者の生体情報を計測する生体情報計測方法であって、
前記計測機器は、前記被測定部を圧迫する圧迫部を備え、
前記圧迫部を通じて前記被測定部を第1圧迫力の圧迫強度により圧迫する第1圧迫ステップと、
前記第1圧迫力の圧迫強度による圧迫時において前記照射光が前記被測定部を透過した際の第1透過光強度(Lt1)が一定になっている時点において前記第1透過光強度(Lt1)から第1吸光度(Ab1)を算出する第1算出ステップと、
前記圧迫部を通じて前記被測定部を前記第1圧迫力の圧迫強度よりも高強度である第2圧迫力の圧迫強度により圧迫する第2圧迫ステップと、
前記第2圧迫力の圧迫強度による圧迫時において前記照射光が前記被測定部を透過した際の第2透過光強度(Lt2)が一定になっている時点において前記第2透過光強度(Lt2)から第2吸光度(Ab2)を算出する第2算出ステップと、
前記第1吸光度(Ab1)と前記第2吸光度(Ab2)との吸光度差(Da)を算出する吸光度差算出ステップと、
前記吸光度差(Da)から前記被測定者の生体情報を推定する生体情報推定ステップと
を備え、
前記圧迫部は、動脈に対して加えられる外圧を示す動脈内外圧差を横軸とし血管容積を縦軸とし前記動脈内外圧差と前記血管容積との関係を近似させたシグモイド関数
のS字曲線において、
前記S字曲線のグラフの中央位置は動脈内外圧差の0である部分であり、前記グラフの前記中央位置から動脈内外圧差の大きい側の前記第1圧迫力の圧迫強度の動脈内外圧差
(P1)及び
前記グラフの前記中央位置から動脈内外圧差の小さい側の前記第2圧迫力の圧迫強度の動脈内外圧差
(P2)の両方をプロットする点に対応する血管容積で動脈の血流量
を確保して、前記被測定部を圧迫する
ことを特徴とする生体情報計測方法。
【請求項2】
前記計測機器は、
予め測定された複数の被測定者の生体情報の生体情報群と、前記生体情報群に対応して予め測定された複数の被測定者の吸光度差の吸光度差データ群との関係性を示す相関テーブルを記憶した記憶部を備え、
前記生体情報推定ステップは、前記相関テーブルに当該測定により算出した前記吸光度差(Da)を代入して前記被測定者の生体情報を推定する請求項1に記載の生体情報計測方法。
【請求項3】
前記生体情報が、血中酸素濃度である請求項1または2に記載の生体情報計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体情報計測方法に関し、特に被測定者の血液を非侵襲的に測定することにより被測定者の生体情報を計測する計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従前、被測定者の生体情報を非侵襲的に取得する方法として、例えば、近赤外線の照射光を頭皮等に照射し皮下の血管中を流れる血液により照射光が吸収された後の透過光を測定する方法及びその装置が存在する(例えば、特許文献1等参照)。当該装置は一般にパルスオキシメータ等と称され、パルスオキシメータを利用することにより被測定者の血液中の酸素飽和度の計測は簡便となった。特にパルスオキシメータは、何回も継続して血液中の酸素飽和度を計測する必要がある用途において、使いやすさの点から多用されている。
【0003】
被測定者の皮下を流れる血液の脈動、血流量は心臓の拍動に伴い変化する。つまり、装置の計測部位の血管は脈動により拡張と弛緩を繰り返すことから、計測時間を通じて血管の径は変化する。例えば、照射光の吸収が増加(透過光が減少)した場合、照射光の光路長(血管径)の変動によるものか、またはヘモグロビン等の血液中の吸光物質の増減に依存するのか判然としない。現状のパルスオキシメータによる生体光計測においては、動脈の脈動による変動は無視できるものと仮定して計測を行っている。
【0004】
しかしながら、透過光による非侵襲的な方法により血液中の成分を測定しようとする場合、成分量が微量であれば光路長の変動の影響を受けることが予想される。従って、より正確な非侵襲による血液中成分の計測に際しては、脈動の影響も考慮した新たな計測方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋭意検討の結果、発明者は、連続非侵襲血圧計測において用いられる容積補償法の原理を血圧測定以外の血液中の成分計測にも応用可能であることに着目した。
【0007】
本発明は前記の点に鑑みなされたものであり、従前のパルスオキシメータによる計測では無視されていた血管の脈動の影響を軽減し、より正確な非侵襲による血液中成分の推定精度の向上を図る生体情報計測方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、第1の形態の生体情報計測方法は、被測定者の被測定部に接触して可視光または赤外光を照射光として照射する光照射部と、照射光が被測定部を透過した透過光を受光する受光部を備えた計測機器を用い被測定部を介して被測定者の生体情報を計測する生体情報計測方法であって、計測機器は、被測定部を圧迫する圧迫部を備え、圧迫部を通じて被測定部を第1圧迫力により圧迫する第1圧迫ステップと、第1圧迫力による圧迫時において照射光が被測定部を透過した際の第1透過光強度から第1吸光度を算出する第1算出ステップと、圧迫部を通じて被測定部を第1圧迫力とは異なる第2圧迫力により圧迫する第2圧迫ステップと、第2圧迫力による圧迫時において照射光が被測定部を透過した際の第2透過光強度から第2吸光度を算出する第2算出ステップと、第1吸光度と第2吸光度との吸光度差を算出する吸光度差算出ステップと、吸光度差から被測定者の生体情報を推定する生体情報推定ステップとを備えることを特徴とする。
【0009】
第2の形態の生体情報計測方法では、計測機器は、予め測定された複数の被測定者の生体情報の生体情報群と、生体情報群に対応して予め測定された複数の被測定者の吸光度差の吸光度差データ群との関係性を示す相関テーブルを記憶した記憶部を備え、生体情報推定ステップは、相関テーブルに当該測定により算出した吸光度差を代入して被測定者の生体情報を推定することを特徴とする。
【0010】
第3の形態の生体情報計測方法は、被測定部が指であることを特徴とする。
【0011】
第4の形態の生体情報計測方法では、圧迫部は、第1圧迫力及び第2圧迫力が動脈内外圧差と血管容積により規定される関数を充たす動脈内外圧差の位置を、被測定部として圧迫することを特徴とする。
【0012】
第5の形態の生体情報計測方法では、第2圧迫力の圧迫強度は第1圧迫力の圧迫強度よりも高強度であることを特徴とする。
【0013】
第6の形態の生体情報計測方法では、生体情報が血中酸素濃度であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の生体情報計測方法によると、被測定者の被測定部に接触して可視光または赤外光を照射光として照射する光照射部と、照射光が被測定部を透過した透過光を受光する受光部を備えた計測機器を用い被測定部を介して被測定者の生体情報を計測する生体情報計測方法であって、計測機器は、被測定部を圧迫する圧迫部を備え、圧迫部を通じて被測定部を第1圧迫力により圧迫する第1圧迫ステップと、第1圧迫力による圧迫時において照射光が被測定部を透過した際の第1透過光強度から第1吸光度を算出する第1算出ステップと、圧迫部を通じて被測定部を第1圧迫力とは異なる第2圧迫力により圧迫する第2圧迫ステップと、第2圧迫力による圧迫時において照射光が被測定部を透過した際の第2透過光強度から第2吸光度を算出する第2算出ステップと、第1吸光度と第2吸光度との吸光度差を算出する吸光度差算出ステップと、吸光度差から被測定者の生体情報を推定する生体情報推定ステップとを備えるため、従前のパルスオキシメータによる計測では無視されていた血管の脈動の影響を軽減し、より正確な非侵襲による血液中成分の推定精度の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】一実施形態の計測機器の構成を示す模式図である。
【
図2】本発明の生体情報計測方法を示すフローチャートである。
【
図3】第1圧迫力による圧迫時を示す概略模式図である。
【
図4】第2圧迫力による圧迫時を示す概略模式図である。
【
図5】第1圧迫力及び第2圧迫力と、動脈内外圧差と血管容積により規定される関数と関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の生体情報計測方法を実施する計測機器1について、
図1の模式図を用い説明する。計測機器1(透過型血液成分計測器)は、測定部10と、当該測定部10を制御する装置本体部50により構成される。本発明の生体情報計測方法では、皮下の血管に対して可視光または赤外光が照射光として照射され、透過後の透過光が受光されて吸光度が計測される。そこで、照射後の透過光を検出しやすい部位において計測が行われる。被測定者の測定部位(被測定部)は、具体的には手の指であることが好ましい。あるいは、足趾、耳朶、さらには、前腕、上腕等も測定部位に含められる。以降の実施形態の説明においては、手の指を被測定部の例として説明する。
【0017】
指には血液が循環する動脈と静脈が存在する。そこで、動脈及び静脈を流れる血液に照射光が照射され、当該血液により吸光された後の透過光から吸光度が測定される。血液中の成分の多少により透過光の光量は変化し、吸光度の差となる。例えば、ヘモグロビンのみの状態と、ヘモグロビンと酸素が結合した状態では吸光度に差が生じる。また、血液中のコレステロール量の変化、血糖値の変化においても吸光度に差異が生じると考えられる。そこで、被測定者の血中酸素濃度、血中コレステロール量、血糖値をはじめとする各種の生体情報について非侵襲的に取得することが可能となる。
【0018】
図1において、計測機器1の測定部10内に被測定者の測定部位である手の指Fが挿入される。図示の指は上向きであり、符号Nは指Fの爪である。測定部10は上部本体11と下部本体12からなり、指Fは測定部10の測定上部11と測定下部12により挟まれる。そして、測定部10の上部本体11に指Fに接触して可視光または赤外光を照射光Lとして照射する光照射部21が設けられる。測定部10の測定下部12に照射光が被測定部の指Fを透過した透過光を受光する受光部22が設けられる。
【0019】
光照射部21は可視光または赤外光の各種波長を照射光として照射可能な発光ダイオード(LED)である。照射光の波長は、例えば、770nm±20nm、805nm±20nm、870nm±20nmの波長域である。光照射部21は照射光を可視光から赤外光まで照射光の波長を変化させるため、RGBの各LED、赤外光LED等が実装される。照射光は、測定対象とする生体情報に応じて最適な波長域の波長が選択される。受光部22は、光照射部21から照射された照射光が被測定者の測定部位(被測定部)内部を透過して測定部位外に現れる透過光を受光する機能を有する。受光部22として、例えば、フォトダイオード(PD)が使用される。
【0020】
さらに、図示では、被測定部である指Fを圧迫する圧迫部30が備えられる。圧迫部30は袋状物であり、内部に空気が送り込まれて体積が膨張する。例えば、血圧計のカフ等が応用される。測定部10(測定上部11と測定下部12の間)の内部において、圧迫部30の体積が膨張すると内部の指Fは徐々に圧迫部30により圧迫される。圧迫部30は空気による体積膨張に加え、ワイヤ(図示せず)による締め付けによる圧迫の形態等としてもよい。図示の形態では、圧迫部30は指の上下方向から圧迫する。これに代えて、片側方向を圧迫する構成としてもよい。
【0021】
測定部10は装置本体部50の制御下により作動する。装置本体部50は照射光制御部51、透過光変換部52、圧迫力制御部53、空圧ポンプ54、装置制御部55、表示部56、記憶部57等を備える。その他、装置本体部50は図示しない出力端子、電池等の電源、信号増幅のための増幅器等が適式に実装する。
【0022】
照射光制御部51は、測定部10の測定上部11に組み込まれた光照射部21から照射される照射光の波長の長さ、異なる波長の近赤外光を複数用いた場合の照射順序、照射時間、及び照射間隔等を制御する。
【0023】
透過光変換部52は、測定部10の下部本体12に組み込まれた受光部22により受光した透過光の光強度を検出し、装置制御部55において演算するための変換処理を行う。具体的には、A/Dコンバータ等が備えられる。
【0024】
圧迫力制御部53は、圧迫部30に対して後述する第1圧迫力及び第2圧迫力に相当する圧迫力を作出する制御機能を有する。具体的には、電空レギュレータ等が備えられる。そして、圧迫力制御部53の制御下、空圧ポンプ54は可動して同空圧ポンプ54より空気を圧迫部30へ送気する。
【0025】
装置制御部55は、照射光制御部51及び圧迫力制御部53の制御とともに、透過光変換部52により取得した光強度の信号を受けて被測定者の生体情報の算出を行う。また、装置制御部55は表示部56における表示内容の生成も行う。装置制御部55は公知のマイクロコンピュータからなり、CPU、ROM、RAM等を実装している。そして、装置制御部55は後述する
図2のフローチャートに示す処理を実行する。
【0026】
表示部56は、液晶ディスプレイ、有機EL等の表示装置である。表示部56は装置本体部50と一体としても装置本体部50から離れていてもよい。表示部56は装置制御部55により生成された表示データを装置制御部55の制御下で表示する。
【0027】
記憶部57は、後述する第1圧迫力及び第2圧迫力、相関テーブル300(
図6参照)等の計測機器1の可動に必要な各種データを格納する。具体的に、記憶部57は、フラッシュメモリ等の不揮発性半導体メモリ等である。
【0028】
これより
図1とともに
図2のフローチャートを用いながら、実施形態の生体情報計測方法を説明する。この生体情報計測方法の特徴は、強度の異なる少なくとも2種類の圧迫力により被測定部を圧迫し、各圧迫力における吸光度が求められることにある。
【0029】
圧迫部30は、測定部10(測定上部11と測定下部12の間)の内部に挿入された被測定部である指Fを第1圧迫力により圧迫する(S10:第1圧迫ステップ)。圧迫部30に作用する第1圧迫力は、後出する第2圧迫力よりも低強度の圧迫力(圧迫強度)に設定されている。圧迫部30の第1圧迫力(圧迫強度)の調整は、装置制御部55の制御下の圧迫力制御部53により行われる。
【0030】
第1圧迫力により指Fが圧迫されている時、照射光が被測定部である指Fを透過した際の第1透過光強度Lt1は受光部22により検出される。そして、装置制御部55は、照射光強度Lと第1透過光強度Lt1から第1吸光度Ab1を算出する(S20:第1算出ステップ)。
【0031】
第1圧迫ステップ(S10)及び第1算出ステップ(S20)について、
図3も含めて説明する。
図3は被測定部の生体組織の構造を模式的に示した図である。図示の上段から順に、皮膚、脂肪、及び骨等の指Fの生体組織101、動脈血管103、静脈血管104、及び皮膚、脂肪、及び骨等の指Fの生体組織102である。上側の生体組織101に光照射部21が接触し、下側の生体組織102に受光部22が接触している。そして、
図1の圧迫部30から生じる第1圧迫力は図中の矢印J1として指Fを圧迫(付勢)している。
図3において、動脈血管103の管径(直径)はVa1、静脈血管104の管径(直径)はVv1である。
【0032】
光照射部21から照射された照射光(光強度L)は、生体組織101、動脈血管103、静脈血管104、生体組織102の順に被測定部を透過する。そして、当該被測定部を透過した透過光は受光部22により受光される。被測定部の透過に伴い照射光の光強度Lは減衰して第1透過光強度Lt1となる。第1吸光度Ab1の算出は、次の式(i)として計算される。
【0033】
【0034】
吸光度の算出は、ランベルト・ベール(またはベール・ランバート)の法則に従う。厳密には、被測定部に生体組織101、102、血管壁等が存在するため光透過に影響する。しかしながら、ランベルト・ベールの法則は光路長と光強度の減衰の関係を比較的簡便に示すことができる。そこで、本発明においてもランベルト・ベールの法則を採用して算出している。光強度Lと第1透過光強度Lt1から透過率が算出され、さらに吸光度として算出される。
【0035】
第1圧迫力を受けて被測定部である指Fの動脈血管103及び静脈血管104の血管径は縮小する。圧迫部30による指Fの圧迫開始時点では心拍に伴う脈動により血管径は変動する。そのため、透過光強度は安定しない。その後、第1圧迫力の外圧の動的制御により血管径の変動が小さくなる。すなわち、圧迫を通じて透過光強度が一定にできる性質が、利用される。そこで、装置制御部55の制御下、第1圧迫力により第1透過光強度Lt1が概ね一定になっていることが確認され、当該第1圧迫力の時点において第1吸光度Ab1は算出される。
【0036】
次に、圧迫部30は、測定部10(測定上部11と測定下部12の間)の内部に挿入された被測定部である指Fを第2圧迫力により圧迫する(S30:第2圧迫ステップ)。圧迫部30に作用する第2圧迫力は、前出の第1圧迫力よりも高強度の圧迫力に規定されている。圧迫部30の第2圧迫力の調整は、装置制御部55の制御下の圧迫力制御部53により行われる。
【0037】
第2圧迫力により指Fが圧迫されている時、照射光が被測定部である指Fを透過した際の第2透過光強度Lt2は受光部22により検出される。そして、装置制御部55は、照射光強度Lと第2透過光強度Lt2から第2吸光度Ab2を算出する(S40:第2算出ステップ)。第1圧迫力及び第2圧迫力は、それぞれ一定の圧力強度ではない。第1圧迫力及び第2圧迫力は、動脈圧の一心拍内の変動に応じて増減する。そのため、第1圧迫力及び第2圧迫力は、心拍の変動を加味した幅を有する範囲である。
【0038】
第2圧迫ステップ(S30)及び第2算出ステップ(S40)について、
図4も含めて説明する。
図4は
図3と同様に被測定部の生体組織の構造を模式的に示した図である。図示の上段から順に、指Fの生体組織101、動脈血管103、静脈血管104、及び指Fの生体組織102である。上側の生体組織101に光照射部21が接触し、下側の生体組織102に受光部22が接触している。そして、
図1の圧迫部30から生じる第2圧迫力は図中の矢印J2として指Fを圧迫(付勢)している。
図4において、動脈血管103の管径(直径)はVa2、静脈血管104の管径(直径)はVv2である。第2圧迫力は第1圧迫力の圧迫強度よりも高強度であるため、動脈血管103、静脈血管104の管径は収縮する。すなわち、Va1>Va2、Vv1>Vv2の関係が成り立つ。
【0039】
光照射部21から照射された照射光(光強度L)は、生体組織101、動脈血管103、静脈血管104、生体組織102の順に被測定部を透過する。そして、当該被測定部を透過した透過光は受光部22により受光される。被測定部の透過に伴い照射光の光強度Lは減衰して第2透過光強度Lt2となる。第2吸光度Ab2の算出は、次の式(ii)として計算される。第2吸光度Ab2の算出も、前述の第1吸光度Ab1の算出と同様にランベルト・ベールの法則に従う。装置制御部55の制御下、第2圧迫力により第2透過光強度Lt2が概ね一定になっていることが確認され、当該時点において第2吸光度Ab2は算出される。
【0040】
【0041】
第2圧迫力を受けて被測定部である指Fの動脈血管103及び静脈血管104の血管径は、第1圧迫力の時点よりもさらに縮小する。第1圧迫力の時点よりもさらに圧迫を継続し第2圧迫力とすると、もう一段階血管径の変動が小さくなる範囲に到達する。
【0042】
例えば、人の血圧には、上の血圧(収縮期血圧)または下の血圧(拡張期血圧)が存在する。血圧測定時に腕を圧迫する血圧計のカフの圧力の高低の違い(コロトコフ音の相違として把握可能)により、上の血圧または下の血圧の測定が可能である。そこで、第1圧迫力と、より高強度の第2圧迫力を被測定部の指Fに加えることにより、両圧迫時点において血管径が安定する原理を利用している。ただし、血圧測定時の上の血圧または下の血圧の各圧迫力をそのまま本発明における第1圧迫力及び第2圧迫力に転用しているわけではない。
【0043】
測定時の動脈等に対して加えられる外圧と、血管容積の関係は、例えば、
図5のグラフとして表される。
図5は動脈内外圧差と血管容積の関係を近似させて関数化したグラフであり、S字曲線またはシグモイド関数と称される。横軸は動脈内外圧差であり、縦軸は血管容積である。なお、縦軸を血管断面積とすることもできる。S字曲線のグラフの左端部分は最高血圧に相当する。S字曲線のグラフの中央位置(いわゆる変曲点付近)は、動脈内外圧差の「0」である部分であることが知られている。
【0044】
最高血圧であるときの血管容積については、従前の血圧計による血圧測定の原理からは可能である。しかし、血流量が低下するため、透過光の検出感度において好ましいとはいえない。また、血流量の低下に伴い、目的物質の検出において発生する誤差の影響も大きくなり、総じて生体情報を推定する際の感度低下は否めない。
【0045】
次に、動脈内外圧差が「0」となる点の血管容積は最高血圧であるときの血管容積と比較して血管径は大きく、相応の血流量は確保される。そこで、最高血圧としたときの血流量低下に起因する問題は解消される。しかしながら、実際の測定の場面で動脈内外圧差がちょうど「0」となる点の圧迫力を被測定部に作り出すことは困難であり、現実的ではない。
【0046】
そこで、本発明の生体情報計測方法にあっては、上記の問題に対応するべく、S字曲線のグラフの右方の位置に第1圧迫力のときの動脈内外圧差(P1)がプロットされる。そして、S字曲線のグラフの左方の位置に第2圧迫力のときの動脈内外圧差(P2)がプロットされる。P1及びP2の両プロット点に対応する血管容積では、相応の血流量は確保される。また、脈内外圧差が「0」となる点と比較して、両圧迫力の設定(圧迫部30の制御)は容易である。
【0047】
続いて、装置制御部55は、第1算出ステップ(S20)より算出された第1吸光度Ab1と、第2算出ステップ(S40)より算出された第2吸光度Ab2と、から吸光度差Daを算出する(S50:吸光度差算出ステップ)。吸光度差Daは次の式(iii)として示される。結果的に、吸光度差Daは第2透過光強度Lt2/第1透過光強度Lt1の対数表示に置換される。
【0048】
【0049】
ただし、被測定部に対する圧迫力と同被測定部から取得される光強度には、個人差が存在する。従って、複数の被測定者に対して一律に1点のみの圧迫力を設定することができない。仮に設定しようとすると、
図5のグラフにおける最高血圧となる圧迫力を選択するほかなく、そもそも計測が困難な血流量となる。
【0050】
第1圧迫力の圧迫時の第1透過光強度Lt1も、第2圧迫力の圧迫時の第2透過光強度Lt2も、それぞれ安定した血管状態の光強度であることは、前述のとおりである。吸光度差Daの算出過程においては、圧迫力の強弱の要因が排除され、吸光度差Daは第2透過光強度Lt2を第1透過光強度Lt1により除した商に帰着する。吸光度差Daは個人毎に固有の値と考えられる。この現象を利用して、被測定部における異なる圧迫力により生じた吸光度差が指標として機能することを見いだした。
【0051】
血中酸素濃度、血中コレステロール量、血糖値をはじめとする各種の生体情報について、予め複数人の吸光度差を調べておくことにより、生体情報と吸光度差との対応関係が明らかとなる。この場合、性別、年齢別、体重別、人種別等に区分することにより、より正確な対応関係を導き出すことが可能となる。
【0052】
そこで、装置制御部55は、被測定者から算出された吸光度差Daに基づいて、当該吸光度差と対応関係にある生体情報を推定する(S60:生体情報推定ステップ)。
【0053】
生体情報と吸光度差との対応関係は、
図6に示す相関テーブル300の形態に集約される。相関テーブル300は、予め測定された複数の被測定者の生体情報の生体情報群350と、生体情報群350に対応して予め測定された複数の被測定者の吸光度差の吸光度差データ群310との関係性を示す。
【0054】
装置本体部50の記憶部57(
図1参照)は相関テーブル300を記憶している。装置制御部55は記憶部57より相関テーブル300を呼び出す。そして、装置制御部55は被測定者から算出された吸光度差Daを相関テーブル300に代入する。装置制御部55は生体情報群350に含まれる個々の生体情報(例えば、血中酸素濃度)の数値と、吸光度差データ群310に代入された具体値を組み合わせる。結果、装置制御部55は当該吸光度差に対応した被測定者の生体情報を推定することができる。図中の符号351は血中酸素濃度の推定値である。
【0055】
そして、装置制御部55は表示部56に表示用の信号を送信し、表示部56は具体的な生体情報の「数値」、例えば「血中酸素濃度:95%」、または「良好、正常、注意、危険」等の段階別の結果を表示する。なお、装置本体部50は、表示部56とともに、または表示部56に代えて、スピーカ(図示せず)を備えて生体情報を音声で報知してもよい。
【0056】
上述した装置本体部50の作動に必要なコンピュータプログラムは、プロセッサが読み取り可能な記録媒体に記録されていてよく、記録媒体としては、「一時的でない有形の媒体」、例えば、テープ、ディスク、カード、半導体メモリ、プログラマブルな論理回路などを用いることができる。
【0057】
なお、上記コンピュータプログラムは、例えば、ActionScript、JavaScript(登録商標)などのスクリプト言語、Objective-C、Java(登録商標)などのオブジェクト指向プログラミング言語、HTML5などのマークアップ言語などを用いて実装できる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の生体情報計測方法によると、測定時に不可避な血管の脈動の影響を軽減できるため、既存の血液中成分の吸収量により間接的に推定する非侵襲の計測方法の代替として有効である。
【符号の説明】
【0059】
1 計測機器
10 測定部
11 測定上部
12 測定下部
21 光照射部
22 受光部
30 圧迫部
50 装置本体部
51 照射光制御部
52 透過光変換部
53 圧迫力制御部
54 空圧ポンプ
55 装置制御部
56 表示部
57 記憶部
101,102 生体組織
103 動脈血管
104 静脈血管
300 相関テーブル
310 吸光度差データ群
350 生体情報群
F 指
Lt1 第1透過光強度
Ab1 第1吸光度
Lt2 第2透過光強度
Ab2 第2吸光度
Da 吸光度差