(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】中空糸膜
(51)【国際特許分類】
B01D 71/34 20060101AFI20231106BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20231106BHJP
B01D 69/08 20060101ALI20231106BHJP
【FI】
B01D71/34
B01D69/00
B01D69/08
(21)【出願番号】P 2019163267
(22)【出願日】2019-09-06
【審査請求日】2022-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100181272
【氏名又は名称】神 紘一郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 軌人
(72)【発明者】
【氏名】岩間 立洋
(72)【発明者】
【氏名】藤村 宏和
(72)【発明者】
【氏名】名雪 三依
【審査官】石岡 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-076446(JP,A)
【文献】特開2008-062226(JP,A)
【文献】特開2013-075294(JP,A)
【文献】N. Awanis Hashim, Yutie Liu, K. Li,Stability of PDVF Hollow fibre membranes in sodium hydroxide aqueous solution,Chemical Engineering Science,vol. 66, No.8,p. 1565-1575
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D53/22、61/00-71/82
C02F1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデン系樹脂を主成分として含む多孔質膜からなる中空糸膜であって、
前記多孔質膜の比表面積が5m
2/g以上20m
2/g以下であり、
前記フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、その全体の80%以上がβ型結晶で構成されて
おり、
前記フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度が30%以上38.0%以下であることを特徴とする中空糸膜。
【請求項2】
前記中空糸膜の長手方向に垂直な断面の径方向において、
前記中空糸膜の外表面側から内表面側に向けて5μmピッチでμ-Beam WAXS測定を行った際に、各測定点でのα型結晶のピーク強度に対するβ型結晶のピーク強度の比が1.0以上である、請求項1に記載の中空糸膜。
【請求項3】
前記フッ化ビニリデン系樹脂100質量部に対して、ポリエチレングリコールを1.0質量部以上5.0質量部以下含む、請求項1
または2に記載の中空糸膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空糸膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高純水や空気の浄化等において、加工性に優れる高分子膜を中空管状に形成し、中空糸膜とし、その複数を束ねた中空糸膜束をモジュールケース内に収容した中空糸膜モジュールが用いられている。
【0003】
こうした中空糸膜モジュールを水処理等に継続的に用いると、濾過によって分離された物質によって膜面の閉塞が生じ、透水能力が低下する。そのため、一定時間または一定量の水等を濾過した後に、中空糸膜の洗浄が定期的に行われており、膜面に蓄積した有機物等を、薬品を用いて除去することが行われている。
【0004】
しかし、このような薬品は、有機物のみならず、中空糸膜を構成する高分子をも劣化させる。そのため、薬品を用いた洗浄を繰り返し行うと、中空糸膜が破損して、中空糸膜モジュールの長期に亘って使用することができなくなる。そのため、中空糸膜には、高い耐薬品性が要求される。
【0005】
このような背景の下、高い物理的強度を有するとともに、薬品に対して高い化学的強度を有するフッ化ビニリデン系樹脂を含む中空糸膜が注目されている。例えば、特許文献1には、熱誘起相分離法(Thermally induced phase separation、TIPS法)により、中空糸膜内の気孔の孔径が、内外周面側の少なくとも一方の側に向かって漸次的に小さくなる傾斜構造を有し、気孔の孔径が大きい側の面及び気孔の孔径が小さい側の面でのβ型結晶構造に対するα型結晶構造の存在比率を調製することにより、濾過性能及び分画特性に優れ、耐薬品性にも優れた高品質な中空糸膜を製造する方法について記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、非溶媒誘起相分離法(Non-solvent induced phase separation、NIPS法)により、フッ化ビニリデン系樹脂を含む多孔質膜からなる中空糸膜において、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度を50%以上90%以下とし、かつ結晶化度と高分子多孔質膜の比表面積との積を300(%・m2/g)以上2000(%・m2/g)以下とすることにより、耐薬品性を向上させた中空糸膜について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-29934号公報
【文献】特許第5781140号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献2に記載された中空糸膜は、従来の中空糸膜に対して高い耐薬品性を有している。しかし、特許文献2に記載された、NIPS法により製造された中空糸膜は、特許文献1に記載された、TIPS法により製造された中空糸膜に比べて、比較的早い段階で耐薬品性が低下することが判明し、この点に改善の余地を残していた。そこで、本発明の目的は、NIPS法により製造され、高い透水性能を有するとともに、従来よりも長期に亘って高い耐薬品性を有する中空糸膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、以下の通りである。
[1]フッ化ビニリデン系樹脂を主成分として含む多孔質膜からなる中空糸膜であって、
前記多孔質膜の比表面積が5m2/g以上50m2/g以下であり、
前記フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、その全体の80%以上がβ型結晶で構成されていることを特徴とする中空糸膜。
【0010】
[2]前記中空糸膜の長手方向に垂直な断面の径方向において、
前記中空糸膜の外表面側から内表面側に向けて5μmピッチでμ-Beam WAXS測定を行った際に、各測定点でのα型結晶のピーク強度に対するβ型結晶のピーク強度の比が1.0以上である、前記[1]に記載の中空糸膜。
【0011】
[3]前記フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度が30%以上70%以下である、前記[1][2]に記載の中空糸膜。
【0012】
[4]前記フッ化ビニリデン系樹脂100質量部に対して、ポリエチレングリコールを1.0質量部%以上5.0質量部以下含む、前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の中空糸膜。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、NIPS法により製造され、高い透水性能を有するとともに、従来よりも長期に亘って高い耐薬品性を有する中空糸膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明による中空糸膜を製造する際に用いる製造装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明による中空糸膜は、フッ化ビニリデン系樹脂を含む多孔質膜からなる中空糸膜である。ここで、多孔質膜の比表面積が5m2/g以上50m2/g以下であり、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、その全体の80%以上がβ型結晶で構成されていることを特徴とする。
【0016】
本発明者らは、NIPS法により製造され、従来よりも長期に亘って高い耐薬品性を有する中空糸膜を得るために、多孔質膜を構成するフッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造に着目した。すなわち、ポリフッ化ビニリデンの結晶は、主鎖に対するフッ素原子(水素原子)の並び方によって、α型、β型、γ型の3種類に分類される。本発明者らが調査した結果、後述する実施例に示すように、特許文献1に記載されたTIPS法により得られた中空糸膜において、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、主にα型結晶で構成されており、特許文献2に記載された中空糸膜を構成するフッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、α型及びβ型の結晶により構成されていることが判明した。
【0017】
本発明者らは、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造と耐薬品性との関係について鋭意検討した。その結果、後述する実施例に示すように、特許文献2に記載された中空糸膜のように、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造を複数の異なる型の結晶で構成するよりも、α型結晶またはβ型結晶のように単一の結晶で構成する方が、中空糸膜の高い耐薬品性を実現できることが分かった。そして、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造の全体の80%以上をβ型の結晶で構成するとともに、多孔質膜の比表面積を5m2/g以上50m2/g以下であることにより、高い透水性能を有するとともに、特許文献2に記載された中空糸膜よりも高い耐薬品性を有し、特許文献1に記載されたTIPS法による中空糸膜に匹敵する耐薬品性を有する中空糸膜が得られることが判明し、本発明を完成させるに至ったのである。以下、本発明による中空糸膜の各構成について説明する。
【0018】
中空糸膜は、高分子を含む多孔質膜を中空管状に構成した膜であり、平面状の膜に比べて、モジュール単位体積当たりの膜面積を大きくすることが可能である。本発明による中空糸膜を構成する多孔質膜は、主成分としてフッ化ビニリデン系樹脂を含む。本明細書において、「フッ化ビニリデン系樹脂」とは、フッ化ビニリデンのホモポリマー、又は、フッ化ビニリデンをモル比で50%以上含有する共重合ポリマーを意味する。
【0019】
フッ化ビニリデン系樹脂は、強度に優れる観点から、ホモポリマーであることが好ましい。フッ化ビニリデン系樹脂が共重合ポリマーである場合、フッ化ビニリデンモノマーと共重合させる他の共重合モノマーとしては、公知のものを適宜選択して用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、他の共重合モノマーとしては、フッ素系モノマーや塩素系モノマー等を好適に用いることができる。
【0020】
なお、フッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量(Mw)は、特に限定されるものではないが、10万以上100万以下であることが好ましく、20万以上60万以下であることがより好ましい。また、単一の分子量のフッ化ビニリデン系樹脂に限らず、分子量が異なる複数のフッ化ビニリデン系樹脂を混合してもよい。
【0021】
ここで、フッ化ビニリデン系樹脂を「主成分として含む」とは、多孔質膜がフッ化ビニリデン系樹脂を固形分換算で50質量%以上含むことを意味する。特に限定されるものではないが、多孔質膜は、フッ化ビニリデン系樹脂を80質量%以上99.99質量%以下含むことが好ましい。
【0022】
多孔質膜は、他の高分子成分を含むものであってもよい。特に限定されるものではないが、他の高分子成分としては、フッ化ビニリデン系樹脂と相溶するものを用いることが好ましく、例えば、フッ化ビニリデン系樹脂と同様に高い薬品耐性を示すフッ素系の樹脂等を用いることが好ましい。
【0023】
本発明において、中空糸膜を構成する多孔質膜の比表面積は、5m2/g以上50m2/g以下である。多孔質膜の比表面積が大きい場合には、洗浄時に多孔質膜が薬品と接触する面積が大きくなり、薬品による劣化が大きくなる。そのため、多孔質膜、ひいては中空糸膜の耐薬品性を向上させる点では、薬品との接触面積が減ることから、多孔質膜の比表面積は小さいことが好ましい。本発明者らの検討の結果、多孔質膜の比表面積が50m2/g以下であれば、従来の中空糸膜に比べて、耐薬品性を高めることができることが分かった。そこで、本発明においては、多孔質膜の比表面積は50m2/g以下である。多孔質膜の比表面積は、40m2/g以下であることが好ましく、30m2/g以下であることがより好ましく、20m2/g以下であることが最も好ましい。
【0024】
一方、耐薬品性の点において、多孔質膜の比表面積の下限は特に限定されないが、5m2/gを下回ると、孔径が小さくなり過ぎ、透水性能が低下する。そこで、本発明においては、多孔質膜の比表面積は5m2/g以上である。多孔質膜の比表面積は、6m2/g以上であることが好ましく、7m2/g以上であることがより好ましく、8m2/g以上であることが最も好ましい。
【0025】
本発明において、中空糸膜を構成する多孔質膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、その全体の80%以上がβ型結晶で構成されていることが肝要である。これにより、従来の中空糸膜に比べて耐薬品性を向上させることができる。フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造におけるβ型結晶の割合は、全体の85%以上が好ましく、90%以上がより好ましく、95%以上が最も好ましい。
【0026】
なお、本発明において、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、固体19F―NMR波形分離法により測定する。その際、固体19F―NMR波形分離法においては、β型結晶の波形とγ型結晶の波形とを切り分けることができない。しかし、本発明者らが示差走査熱量計(Differential Scanning Calorimetry、DSC)を用いて本発明による中空糸膜の結晶構造を解析した結果、約183℃付近にγ型結晶に由来するピークが存在せず、γ型結晶はほぼ含まれていないことが判明した。そこで、本発明においては、固体19F―NMR波形分離法により測定されたβ型結晶+γ型結晶構造の比率が80%以上であれば、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造は、その80%以上がβ型結晶で構成されていると見なす。
【0027】
本発明において、中空糸膜の長手方向に垂直な断面の径方向において、中空糸膜の外表面側から内表面側に向けて5μmピッチでμ-Beam WAXS(Wide Angle X-ray Scattering)法による測定を行った際に、各測定点でのα型結晶のピーク強度に対するβ型結晶のピーク強度の比が1.0以上であることが好ましい。これにより、中空糸膜を構成する多孔質膜の厚み方向全域に亘って、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造を主にβ型結晶で構成することができ、耐薬品性をより高めることができる。
【0028】
また、本発明において、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度が30%以上70%以下であることが好ましい。本発明者らの検討の結果、薬品によって多孔質膜が劣化するのは、先ず多孔質膜を構成するフッ化ビニリデン系樹脂の非晶質部分からであると推定した。
【0029】
フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度を30%以上とすることにより、薬品との接触によって非晶質部分が分解されて劣化した際にも、多孔質膜全体の強度が低下するのを抑制することができる。フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度は、32%以上であることがより好ましく、35%以上であることが更に好ましい。
【0030】
一方、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度を70%以下とすることにより、膜が脆くなり過ぎず、濾過時の圧力による変形から損傷し難くすることができる。フッ化ビニリデン系樹脂の結晶化度は、65%以下であることがより好ましく、60%以下であることが更に好ましい。
【0031】
また、多孔質膜は、フッ化ビニリデン樹脂100質量部に対して、ポリエチレングリコール(「ポリエチレンオキサイド」と呼ばれることもある。)を1.0質量部以上5.0質量部以下含むことが好ましい。ポリエチレングリコールの含有量を1.0質量部以上とすることにより、多孔質膜表面の親水性が増加し、水溶液と接触させた際に、膜表面に水分子層が形成されやすくなる。そして、形成された水分子層により、多孔質膜を構成する高分子成分と洗浄薬品との接触頻度が低減され、多孔質膜の薬品耐性をより向上させることができる。ポリエチレングリコールの含有量は、1.1質量部以上であることがより好ましく、1.2質量部以上であることが更に好ましい。
【0032】
一方、ポリエチレングリコールの含有量を5.0質量部以下とすることにより、ポリエチレングリコールが水分子を過剰に引き付けて膜が膨潤し、透水量が低下するのを抑制することができる。ポリエチレングリコールの含有量は、4.0質量部以下であることがより好ましく、3.0質量部以下であることが更に好ましい。
【0033】
また、ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)は、2万以上30万以下であることが好ましい。ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)を2万以上とすることにより、多孔質膜からのポリエチレングリコールの溶出を抑制することができる。一方、ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)を30万以下とすることにより、多孔質膜を形成する多孔質体にポリエチレングリコールが球状に含まれる部分が生じるのを抑制して、多孔質体の強度が低下するのを抑制することができる。
【0034】
上記のポリエチレングリコールの含有形態は、特に限定されるものではなく、例えば、コーティングやグラフト重合等により多孔質膜の表面層のみにポリエチレングリコール分子が存在するものであってもよいが、薬品耐性の向上効果を長期的に持続させる観点から、ポリエチレングリコール分子の少なくとも一部が多孔質膜の骨格中に埋抱されていることがより好ましい。いずれの形態であっても、薬品耐性の向上効果を奏することができるが、コーティング等でポリエチレングリコールを多孔質膜の表面層に付与した場合には、水中で使用した際に経時的にポリエチレングリコールが溶出する。また、グラフト重合等でポリエチレングリコールを多孔質膜の表面層に物理的に結合させた場合には、膜の洗浄時に結合部位が洗浄薬品により切断される。いずれの場合についても、耐薬品性のさらなる向上効果を長期的に維持することが困難な傾向にある。
【0035】
尚、疎水性高分子の親水化に使用される親水性高分子としては、ポリエチレングリコール以外にも、例えば、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、セルロース、及びその派生物質等が挙げられるが、環境負荷や経済性、膜への残留性等を考慮するとポリエチレングリコールが最も好ましい。また、2種以上の親水性高分子成分を含んでもよい。
【0036】
水処理の分野では、ウイルスやバクテリアなどを除去することが求められるが、上記の多孔質膜は、前述の一方の表面を原水側として用い、原水側の表面の孔径の平均値を50nm以下とし、その孔径の変動係数(=(標準偏差/平均値)×100)を10%以上50%以下とすることによって、高い阻止性能を発現させながら、透水性能の低下を抑制できる。
【0037】
なお、上記変動係数が小さいほど孔径分布がシャープであることを意味し、孔径分布がシャープであるほど平均値に対して孔径が大きい孔の数が制限され、阻止性能の低下を抑制できる。そのため、変動係数が小さいほど、高い阻止性能を発現させながらも、表面の孔径の必要以上の小径化が不要であるため、透水性能の低下を抑制することができる。また、変動係数が10%以上であれば、容易に安定的な製造が可能となる。変動係数は10%以上45%以下であることが好ましく、10%以上40%以下であることがより好ましい。
【0038】
また、透水性能の低下が抑制されているため、除去対象物の分離機能を有する膜の薄膜化が不要となり、複合膜のように積層化することなく、単一層で、多孔質膜を構成可能である。したがって、本実施形態においては、多孔質膜を単一層で形成可能なため、膜の強度を長期に亘って維持して、安定的な濾過運転を行うことができる。
【0039】
また更に、本発明の中空糸膜は、0.1MPaの濾過圧力で25℃の純水を透過させた際に、中空糸膜内表面を基準とした単位膜面積辺りの純水透水量が、1000(L/m2/hr)以上であることが好ましい。これに用いる純水は、蒸留水又は分画分子量1万以下の限外濾過膜又は逆浸透膜で濾過された水である。
【0040】
純水透水量が低い場合、所定量を一定時間内に処理する際に必要とされる膜モジュール数が多くなり、濾過設備が占有するスペースが大きくなる。これを回避するため、濾過圧を高く設定することにより、所定量を一定時間内に処理することは可能であるが、この場合には、膜モジュールにより高い耐圧性が要求されるとともに、濾過に要するエネルギーコストも大きくなり生産性が悪化する。
【0041】
このような観点から、純水透水量は高いことが好ましい。具体的には、純水透水量は1000(L/m2/hr)以上であることが好ましく、1500(L/m2/hr)以上であることがより好ましく、1750(L/m2/hr)以上であることが更に好ましい。
【0042】
また、中空糸膜は、高分子成分の幹が網目状にネットワークを形成して孔が設けられた膜構造を有すること、換言すれば、中空糸膜の高分子成分の幹が、網目状に3次元に架橋し、その高分子成分の幹の間に孔が設けられた多孔性のある膜構造を有することが好ましい。
【0043】
本発明の中空糸膜は、濾過面積を大きくする観点から、主に外圧濾過方式にて用いられる。その為、濾過運転時に中空糸膜が潰れないための外圧方向に対する強度、即ち耐圧縮強度としては、0.40MPa以上が必要とされる。耐圧縮強度が、0.40MPa以上であれば、長期に運転圧力が掛かる水処理用途において、長期間、その形状を維持することが可能である。
【0044】
また、本発明の中空糸膜は、河川水や海水の除濁用途への適用であり、MS2ウィルス(20nm)を除去する必要性から、重量平均分子量200万のデキストラン阻止率が20%以上であることが好ましく、より好ましくは40%以上である。
【0045】
更に透水性能を向上させるためには、多孔質膜を、原水側が、孔径が小さい一方の表面側となるようにして用い、濾過液側の孔径を、原水側に比べて大きくすることが好ましい。これにより、膜断面方向に液が通過する際の抵抗を小さくすることができ、透水性能を高くすることができる。また、原水側の孔径が小さいため、膜汚れの原因物質による膜断面方向の閉塞を抑制することができる。
【0046】
ここで、上記本発明による中空糸膜の製造方法について説明する。上記本発明による中空糸膜は、フッ化ビニリデン系樹脂を主成分とする疎水性高分子成分、親水性高分子成分、並びに、これら疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒を少なくとも含有する製膜原液(紡糸原液)を、成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させる、いわゆる湿式製膜法、或いは、成形用ノズルから押し出した後に所定の空走区間を確保する、いわゆる乾湿式製膜法によって製造することができる。本明細書において、20℃での臨界表面張力(γc)が50(mN/m)未満の高分子を「疎水性高分子」とし、50(mN/m)以上の高分子を「親水性高分子」として定義する。
【0047】
上記製膜原液は、必要に応じて疎水性高分子に対する非溶媒を含んでいてもよい。
【0048】
具体的には、まず、フッ化ビニリデン系樹脂を主成分とする多孔質膜を形成するための疎水性高分子成分と、親水化成分としての親水性高分子成分とを、それら疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒に溶解させた多孔質膜製膜原液を作製する。
【0049】
多孔質膜を形成するための疎水性高分子成分は、単一分子量のフッ化ビニリデン系樹脂でもよく、複数の分子量が異なるフッ化ビニリデン系樹脂の混合物でもよい。また、多孔質膜の性質を改善するために、疎水性高分子成分に、疎水性高分子に限定されず、1種以上の他の高分子を混合してもよい。
【0050】
他の高分子を混合する場合、他の高分子はフッ化ビニリデン系樹脂と相溶するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、膜に親水性を付与したい場合には親水性高分子を、疎水性をより高めたい場合には疎水性高分子、好ましくはフッ素系の高分子等を用いればよい。他の高分子を混合する場合、全高分子成分の固形分換算で、フッ化ビニリデン系樹脂の含有量は80質量%以上とし、90質量%以上であることが好ましい。
【0051】
本発明による中空糸膜を製造する方法においては、製膜原液に配合する親水化成分としての親水性高分子成分には、重量平均分子量(Mw)が2万以上15万以下のポリエチレングリコール(ポリエチレンオキサイドと呼ばれることもある)を用いることが好ましい。重量平均分子量が2万未満のポリエチレングリコールを用いても、多孔質膜を作製することは可能であるが、本発明を満たす孔径の多孔質膜を製膜することが困難な傾向にある。また、重量平均分子量が15万を超える場合は、多孔質膜を形成する疎水性高分子成分の主成分であるフッ化ビニリデン系樹脂と紡糸原液中で均一に溶解することが困難な傾向にある。製膜性に優れる紡糸原液を得る観点から、ポリエチレングリコールの重量平均分子量は、2万以上12万以下であることがより好ましい。なお、製膜性に優れる紡糸原液を得るとともに、結晶化度と比表面積のバランスを保つ観点から、ポリエチレングリコールの親水性高分子成分に占める割合は、親水性高分子成分の固形分換算で、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることが更に好ましい。
【0052】
上述のように、親水性高分子成分としてポリエチレングリコールを用いることが好ましいが、ポリエチレングリコールに限るものではなく、ポリビニルピロリドンや一部がケン化されたポリビニルアルコールを用いてもよい。また、2種以上の親水性高分子成分を混合してもよい。
【0053】
上記の要件を満たす親水性高分子成分は、工業製品として存在するものを単独で用いる他、数種を混合して調整したものであってもよい。更には、より重量平均分子量の大きいものを原料として化学的或いは物理的処理によって適応した重量平均分子量として生成させたものであってもよい。
【0054】
また、疎水性高分子に対する非溶媒としては、水及びアルコール化合物などが挙げられる。これらのうち、製造原液の調整の容易さ、親水性高分子の分布形成、保存中の組成変化の起きにくさ、取扱いの容易さなどの観点から、グリセリンを用いることが好ましい。
【0055】
また、上記の親水性高分子中に含まれる水分率は、3.0質量%以下であることが好ましい。水分量は、2.5質量%以下であることがより好ましく、2.0質量%以下であることが更に好ましい。これは、相分離における希薄相を形成する親水性高分子に非溶媒である水分が少ないと、相分離時間のばらつきが低減され、孔径の変動係数を小さくすることができるからである。更に、その結果、ウイルスの阻止性能を高くすることができる。これは、孔径分布が狭いと、孔径が大きい部分での阻止性能の低下が抑制でき、上述したウイルス阻止性能を達成できるからである。水分率は、赤外線水分計やカールフィッシャー法により測定できる。
【0056】
更に、上記製膜原液に用いるフッ化ビニリデン系樹脂は、ある割合で異種シーケンスを含むものであることが、より耐薬品性が高い中空糸膜を得られるため好ましい。具体的には、19F-NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が8.0%以上30.0%未満のものを用いることが好ましい。
【0057】
フッ化ビニリデン系樹脂の異種シーケンス比率は以下のように測定することができる。すなわち、日本電子社のLambda400をNMR測定装置として、溶媒にd6-DMF、内部標準(0ppm)にCFCl3を用いて多孔質膜の19F-NMR測定を行う。異種シーケンス比率は、得られたスペクトルにおいて、-92~-97ppm付近に現れる正規シーケンス由来のシグナルの積分値(Ir)と、-114~-117ppm付近に現れる異種シーケンス由来のシグナルの積分値(Ii)とから、下記式(1)によって算出する。
【0058】
異種シーケンス比率(%)={Ii/(Ir+Ii)}×100 (1)
【0059】
更に、上記製膜原液における疎水性高分子成分及び親水性高分子成分の混合比率としては、特に限定されるではないが、疎水性高分子成分が20質量%以上40質量%以下、親水性高分子成分が8質量%以上30質量%以下、残部が溶媒であることが好ましく、疎水性高分子成分が23質量%以上35質量%以下、親水性高分子成分が10質量%以上25質量%以下、残部が溶媒であることがより好ましい。この範囲の製膜原液を用いて多孔質膜を製膜することによって、親水性高分子成分の残量を所定の量に調整することが容易になるとともに、強度が高く薬品耐性及び透水性に優れる多孔質膜を簡易に得ることが可能となる。
【0060】
上記多孔質成膜原液を作製する際、フッ化ビニリデン系樹脂を主成分とする多孔質膜を形成するための疎水性高分子成分と、親水化成分としての親水性高分子成分とを、それら疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒に順次溶解させるよりも、親水性高分子成分を共通溶媒に溶解させて溶解液を調製した後に、溶解液を疎水性高分子成分に霧状にして吹きかけながら撹拌して多孔質成膜原液を作製することが好ましい。噴霧時の霧状の溶解液のサイズは、吹きかける疎水性高分子の粉末サイズよりも小さいことが好ましい。
【0061】
上述のように、溶解液を疎水性高分子成分に霧状にして吹きかけながら撹拌することにより、疎水性高分子成分の凝集体サイズを小さくすることができ、疎水性高分子成分と親水性高分子成分との絡み合いを増大させることができる。これにより、親水性高分子成分が多孔質膜中に残留しやすくなり、多孔質膜の薬品耐性をより向上させることができる。
【0062】
また、中空糸膜を製造する際、製造時の成型用ノズルとして二重管状のノズルを用い、製膜原液を中空形成剤とともに二重管状のノズルから押し出し、上記の溶液が貯留された凝固浴で凝固させることが好ましい。このようにすることにより、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を簡易に製造することができる。ここで用いる二重管状の成型用ノズル及び中空形成剤は、この種の分野において常用されている公知のものを、特に制限なく用いることができる。
【0063】
上記中空糸膜を製造する製造装置の一例を
図1に示す。中空糸膜の製造装置は、二重管状の成形用ノズル10と、製膜原液を凝固させる溶液が貯留される凝固浴20と、成形用ノズル10から吐出された成膜原液が凝固浴20中の溶液に到達するまでに通過する空走部を覆う容器30と、中空糸膜40を搬送して巻き取るための複数のローラ50を備えている。
【0064】
二重管状の成形用ノズル10から押し出した製膜原液は、空走部を経て、凝固浴20を通過させる。空走部を製膜原液が通過する時間は、0.2秒以上10秒以下であることが好ましい。また、中空部を形成させるために、二重管状の成形用ノズル10の最内部の円環に、中空形成剤を流す。中空形成剤は、製膜原液の共通溶媒と水を、共通溶媒が25質量比以上95質量比以下となるように混合した水溶液を用いることが好ましい(ここで、「質量比」は、水溶液に対する共通溶媒の質量%)。
【0065】
このように混合した水溶液を用いることにより、多孔性中空糸膜の内表面側の孔径を制御することができる。ここで、共通溶媒が25質量比以上であれば、内表面(ここでは孔径が大きい表面)側の孔径を外表面(ここでは孔径が小さい表面)側の孔径の3倍以上にすることができ、高い透水性能を発現させることができる。また、共通溶媒を95質量比以下であることにより、内表面側の凝固の遅延を抑制して、紡糸安定性の悪化を抑制することができる。
【0066】
また、製膜原液の凝固浴(溶液中)における滞留時間は、5.0秒以上であることが好ましい。凝固浴の滞留時間が5.0秒以上であることにより、膜厚中央部から内表面に存在する製膜原液の共通溶媒が、凝固浴中の非溶媒と拡散し交換される時間が確保される。そのため、凝固が促進され、適度な状態で相分離が停止するため、断面の膜構造の連通性がよくなる。また、滞留時間が長いと、多孔質膜の断面における外表面付近での収縮する時間が長くなり、結果として、多孔質膜一方の表面を0、他方の表面を1として規格化した膜厚において0.6から0.9までの位置に孔径2.0μm以上の孔を有する膜にすることができる。
【0067】
滞留時間は、5.0秒以上50秒以下であることがより好ましい。滞留時間が50秒以下であることにより、工程が短くなり簡略化することができる。滞留時間は、6.0秒以上45秒以下であることが更に好ましい。
【0068】
凝固浴は、目的によって、1段でもよく、2段以上の複数になってもよい。複数の場合は、各段の合計の滞留時間が、上記の範囲になればよい。
【0069】
凝固浴の温度は、上記に示した関係を満たせば特に限定はされないが、45℃以上95℃以下であることが好ましく、50℃以上90℃以下であることがより好ましい。凝固浴が複数になる場合は、温度条件を各凝固浴ごとに変更してもよい。
【0070】
また、上記の空走部分には、空走部の温度、湿度をコントロールするための容器を設けてもよい。この容器に関しては、特に形状等限定されないが、例えば角柱状や円柱状があり、また密閉されたものでもよく、そうでなくてもよい。
【0071】
空走部の温度環境は、3℃以上90℃以下であることが好ましい。空走部の温度環境が上記範囲にあれば、安定的な温度制御が可能であり、可紡性を維持できる。空走部の温度環境は、5℃以上85℃以下の範囲であることがより好ましい。また、相対湿度は、20%以上100%以下の範囲が好ましい。
【0072】
更に、製膜原液に用いる共通溶媒として、上記の疎水性及び親水性高分子成分を溶かすものであれば特に限定されるものではなく、公知の溶媒を適宜選択して用いることができる。製膜原液の安定性を向上させる観点で、共通溶媒として、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)及びジメチルスルホキシド(DMSO)からなる群より選択される少なくとも1種の溶媒を用いることが好ましい。また、上記の群から選択される少なくとも1種の共通溶媒と他の溶媒との混合溶媒を用いてもよい。この場合、前記の群から選択される共通溶媒の合計量が、混合溶媒全量に対し、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上含む混合溶媒を用いることが好ましい。他の溶媒とは、フッ化ビニリデン系樹脂等の疎水性高分子、及びポリエチレングリコール等の親水性高分子の何れかを溶解できる溶媒である。
【0073】
製膜原液は、フッ化ビニリデン系樹脂、ポリエチレングリコール、及び、これらの共通溶媒等を混合し、攪拌・溶解することで製造する。
【0074】
溶解方法としては、一般的なアンカー翼攪拌のミキサーから、2本の枠型ブレードの遊星運動を利用するプラネタリーミキサー、下軸攪拌のヘンシェルミキサー、高速回転ローターの剪断効果を利用するキャビトロン、混練ローターのニーダーなど、種々の溶解装置が使用可能である。
【0075】
また製膜後に、必要に応じて熱処理を行ってもよい。熱処理の温度は、50℃以上100℃未満であることが好ましく、50℃以上95℃未満がより好ましい。熱処理の温度が上記温度範囲にあれば、膜の収縮により外径の変動係数が抑えられ、また透水率が大幅に低下することなく、熱処理を行うことができる。
【0076】
これらの方法を用いることによって、従来よりも耐薬品性が高い中空糸膜を簡易且つ安定して製造することができる。
【実施例】
【0077】
以下に、実施例及び比較例を挙げて詳細に説明するが、本発明は、これらの記載に限定されるものではない。
【0078】
実施例では、先ず製膜原液を作製、次に多孔性中空糸膜を製造し、膜物性の評価を行った。実施例で行った各種測定方法は、以下の通りである。尚、特に記載がない場合、測定は25℃で実施した。
【0079】
(1)内径、外径、膜厚の測定
中空糸膜を膜長手方向に垂直な向きにカミソリ等で薄く切り、顕微鏡を用いて断面の内径の長径と短径、外径の長径と短径を測定し、次式により算出した。
・内径(mm)=(内長径+内短径)/2
・外径(mm)=(外長径+外短径)/2
・膜厚(mm)=(外径-内径)/2
【0080】
(2)比表面積
マイクロトラック・ベル社製BELSORP-miniIIを用いて比表面積を測定した。中空糸膜0.5gを膜長手方向に2mm幅で切断後、試料ガラスセルに入れ、前処理装置で0.01mmHg以下で12時間脱気した。その後、吸着ガスに窒素を用い、吸着温度-196℃の条件でBET法により測定して得られたガス吸着等温線の相対圧0.05から0.30の範囲から比表面積を求めた。
【0081】
(3)PVDF樹脂の結晶部におけるβ型構造結晶比率
ブルカー・バイオスピン株式会社のAvance500を用いて、下記の条件で固体19F-NMR測定を実施した。
プローブ : 2.5mmMASプローブ
共鳴周波数 : 470.6MHz
測定モード : シングルパルス
19Fパルス幅 : 45°パルス
繰返し待ち時間 : 4sec
MAS回転数 : 32000Hz
測定温度 : 25℃
外部標準 : C6F6(-163.6ppm)
得られたスペクトルの-66~-106ppmの範囲において、5本のシグナル(α型構造結晶のシグナルa、β型構造結晶のシグナルb、非晶由来のシグナルc、α型とβ型構造結晶のシグナルd、β型またはγ型構造結晶由来と推定されるシグナルe)のシグナル検出位置(ppm)とピーク幅(Hz)の初期値を以下のように設定し、シグナル位置は固定し、シグナル幅とシグナル高さを可変パラメータとして最小二乗法で波形分離を行った。
波形分離に用いた関数は、いずれもローレンツ関数とガウス関数の混合関数を用い、その比率は0.5に固定した。但し、各シグナル高さは必ず正の値をとるものとする。
α型構造結晶のシグナルa : -79.1ppm、 1210Hz
β型構造結晶のシグナルb : -86.8ppm、 1620Hz
非晶由来のシグナルc : -88.5ppm、 690Hz
α型とβ型構造結晶のシグナルd :-93.8ppm、 1670Hz
β型またはγ型構造結晶由来と推定されるシグナルe : -98.0ppm、 1550Hz
波形分離で得られた各シグナルの強度(I)より、次式を用いて全結晶構造に対するβ型構造結晶とγ型構造結晶をあわせた比率を算出した。
β型構造結晶+γ型構造結晶の比率(%)={(Ib+Id+Ie-Ia)/(Ib+Id+Ie+Ia)}×100
【0082】
(4)β/α型のピーク強度比
以下の装置、測定条件においてマイクロビームWAXS法を用いて、中空糸の膜厚方向に対する局所的な結晶構造分布の解析を実施した。:
・装置:放射光施設SPring8のBL03XU第2ハッチ
・X線波長λ:0.1nm
・カメラ長:52.1mm
・露光時間:3秒
・X線ビームの直径φ:1μm
・測定温度:室温(20~30℃)
・検出器:SOPHIAS
サンプルは30μm厚みに中空糸を輪切りにした切片を使用した。その切片の断面に対し垂直方向にX線を照射し、外表面から内表面に向かって5μmステップで切片をX線でスキャンした。これらの条件で得られた2次元X線回折パターンに対して空セル散乱補正を行い、円環平均により、1次元WAXSプロフィールを得た。この時の横軸はλ=0.154nmに換算した散乱角2θとした。
PVDFのα型の(110)面由来の結晶ピークは20°付近に観察され、β型の(110)面と(200)面由来の結晶ピークは20.7°付近に観察されることが知られている(例えば、L. Li et al., RSC Advances, 2014, 4, 3938参照)。
α型の結晶とβ型の結晶の割合を示すために、β/α型のピーク強度比を散乱強度I
β_(110)&(200)/散乱強度I
α_(110)と定義した。β/α型のピーク強度比を算出するために、以下の条件でピークフィッティングを実施した。:
・解析ソフト:igor pro 6.37 (WaveMetrics社)
・マクロ:MultiPeak Fitting
・ピークフィッティング範囲:14°<2θ<25°
・ピーク数:4つ
・ベースライン補正:Linearモード
・フィッティング関数:解析ソフトのガウス関数は以下の数式であった。
【数1】
・ピークフィッティングの初期値:
【表1】
尚、ピーク位置(x0)とピーク幅(width)の値は固定でフィッティングを実施した。
各測定点のβ/α型のピーク強度比が1以上である場合、β型結晶を主成分とし、膜全体に均一的に有する構造と云える。
【0083】
(5)結晶化度(DSC)
ティー・エイ・インストルメント・ジャパン株式会社のDSC Q000を装置として用い、以下の条件でDSC測定(示唆走査熱量測定)を実施した。
吸熱量算出のベースラインは、100℃~融解終了温度(約180℃)で引き、PVDFの結晶融解熱量を104.7(j/g)として結晶化度を算出した。
・試料質量:約3mg
・試料セル:アルミパン
・昇温速度:10℃/min
・パージガス:窒素
・ガス流量:50ml/min
【0084】
(6)ポリエチレングリコール含有率
NMR測定装置(日本電子社製、ECS400)にて、溶媒にd6-DMFを、内部標準(0ppm)にテトラメチルシランを各々用いて、中空糸膜の1H-NMR測定を実施した。得られたスペクトルにおいて、3.6ppm付近に現れるポリエチレングリコール由来のシグナルの積分値(IPEG)と、2.3~2.4と、2.9~3.2ppm付近に現れるフッ化ビニリデン樹脂由来のシグナルの積分値(IPVDF)とから、次式によりフッ化ビニリデン樹脂100質量%に対するポリエチレングリコール含有率を算出した。
・ポリエチレングリコール含有率(質量%)={44×(IPEG/4)/(60×(IPVDF/2))}×100
【0085】
(7)純水透水量
約100mm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内へ注射針を入れ、注射針から0.1MPaの圧力にて25℃の純水を中空部内へ注入し、外表面へと透過してくる純水の透過水量を測定し、次式により純水透水量を算出した。膜有効長とは、注射針が挿入されている部分を除く、正味の膜長である。
・純水透水量(L/m2/hr)=透過水量/(π×膜内径×膜有効長×測定時間)
※透過水量(L)、膜内径(m)、膜有効長(m)、測定時間(hr)
【0086】
(8)引張破断強度・伸度
引張破断時の荷重と変位を以下の条件で測定した。
測定は、JIS K7161に従い、試料には中空糸膜をそのまま用いた。
測定機器:島津製作所製AGS-X(50N)卓上型精密万能試験機
チャック間距離: 50mm
引張速度:200mm/min
得られた結果から引張破断伸度は、JIS K7161に従って算出した。
【0087】
(9)耐薬品性試験
約100mm長の中空糸膜を40質量%エタノール水溶液に30min浸漬した後、純水に置換することにより湿潤した。
次に水酸化ナトリウム4質量%と次亜塩素酸ナトリウムを有効塩素濃度で0.5質量%含む水溶液(薬品A)とADEMIN(#2921)3質量%と過酸化水素水3質量%を含む水溶液(薬品B)をそれぞれ調整した。
次に中空糸膜を薬品A、及びBに30日間、40℃で浸漬後、引張試験を行い、浸漬前後の引張破断強度・伸度の保持率(%)を求めた。
保持率(%)=(浸漬後/浸漬前)×100
尚、引張試験はn4で行い、平均値を算出した。
以下、各実施例及び比較例の製造方法について説明する。
【0088】
[実施例1]
80℃に温調したN-メチル-2-ピロリドン59.3質量%に、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール16質量%を入れた溶解液を調整した。
次に上記溶解液を、PVDF樹脂(PVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)18.7質量%、PVDFホモポリマー(ソルベイ社製、SOLEF6020)6.0質量%)に霧状にして吹き掛けながら、攪拌速度200rpmで溶解して製膜原液とした。
この製膜原液を二重環紡糸ノズル(最外径1.30mm、中間径0.50mm、最内径0.40mm:以下の実施例、比較例で共通使用)から、中空形成剤として30℃のN-メチル-2-ピロリドン45質量%水溶液と共に吐出し、空走距離を経て、83℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行って多孔性中空糸膜を得た。尚、空走距離は170mm、83℃の水中の滞留時間は16.5秒とした。
次に、中空糸膜を80℃の水で3時間、湿潤処理し、50℃で乾燥して、水分率1.0質量%以下とした。その後、中空糸膜をエタノール40質量%水溶液に浸漬し、膜を親水化した。上記のようにして得られた製膜原液、中空糸膜の物性を、以降の例を含め、表2にまとめた。
【0089】
【0090】
[実施例2]
中空形成剤のN-メチル-2-ピロリドン水溶液濃度を40質量%、温度を60℃に変更した以外は、実施例1と同様方法で製膜原液、及び中空糸膜を作製した。
【0091】
[実施例3]
中空形成剤のN-メチル-2-ピロリドン水溶液濃度を40質量%、温度を80℃に変更した以外は、実施例1と同様方法で製膜原液、及び中空糸膜を作製した。
【0092】
[実施例4]
80℃に温調したN-メチル-2-ピロリドン48質量%に、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール16質量%を入れた溶解液を調整した。
次に上記溶解液を、PVDF樹脂(PVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)18.7質量%、PVDFホモポリマー(ソルベイ社製、SOLEF6020)6.0質量%)を攪拌速度200rpmで攪拌しながら霧状にして吹き掛け、続いてN-メチル-2-ピロリドン11.3質量%を霧状にして吹き掛けて溶解し、製膜原液とした。以降、中空形成剤のN-メチル-2-ピロリドン水溶液濃度を40質量%、温度を60℃に変更した以外は、実施例1と同様方法で製膜原液、及び中空糸膜を作製した。
【0093】
[実施例5]
PVDF樹脂をホモポリマーからコポリマー(アルケマ社製、KYNARFLEX LBG)24.7質量%に、中空形成剤のN-メチル-2-ピロリドン水溶液を70質量%、温度を80℃に、83℃の水中の滞留時間を41秒に変更した以外は、実施例1と同様方法で製膜原液、及び中空糸膜を作製した。
【0094】
[従来例1]
平均一次粒径0.016μm、比表面積110m2/gの疎水性シリカ(日本アエロジル社製;AEROSIL-R972)23質量%、フタル酸ジオクチル30.8質量%、フタル酸ジブチル6.2質量%を混合し、これにポリフッ化ビニリデン(呉羽化学工業(株)社製;KFポリマー#1000)40質量%を添加し、再度混合した。
得られた混合物を48mmφ二軸押出し機で更に溶融混錬してペレットにした。このペレットを30mmφ二軸押出し機に連続的に投入し、押出し機先端に取付けた円環状ノズルより、中空内部にエアーを供給しつつ、240℃にて溶融押出しした。押出し物を約20cmの空中走行を経て40℃の水槽中に20m/minの速度で通過させることで、冷却固化した中空繊維を得た。
この中空繊維を連続的に一対の第一の無限軌道式ベルト引取機で20m/minの速度で引取り、空間温度40℃に制御した第一の加熱槽(0.8m長)を経由して、更に第一の無限軌道式と同様な第二の無限軌道式ベルト引取機で40m/minの速度で引取り、2.0倍に延伸した。そして更に空間温度80℃に制御した第二の加熱槽(0.8m長)を経由した後、20℃の冷却水槽の水面に位置する、一対の周長が約0.2mであり、且つ4山の凹凸ロールに170rpmの回転速度で中空繊維を連続的に挟んで周期的に曲げつつ冷却し、その後、第三の無限軌道式ベルト引取機で30m/minの速度で引取り、1.5倍まで収縮させた後、周長約3mのカセで巻取った。
何れの無限軌道式ベルト引取機の無限軌道式ベルトも繊維強化ベルトの上にシリコーンゴム製の弾性体が接着一体化されたベルトであり、中空繊維に接する外表面側のシリコ-ン製弾性体の厚みは11mmであり、厚み方向の圧縮弾性率は0.9MPaであった。
次いで、この中空繊維を束として30℃の塩化メチレン中に1時間浸漬させ、これを5回繰返してフタル酸ジオクチル、フタル酸ジブチルを抽出した後、乾燥させた。
続いて、50質量%エタノール水溶液に30min浸漬し、更に純水に30min浸漬して、中空繊維を水で濡らした。次に40℃の5質量%苛性ソーダ水溶液に1時間浸漬させ、これを2回繰返した後、40℃の純水に1時間浸漬することによる水洗を10回繰返して疎水性シリカを抽出した後、乾燥させ中空糸膜を作製した。
【0095】
[従来例2]
80℃に温調したN-メチル-2-ピロリドン59.3質量%に、PVDF樹脂としてPVDFホモポリマー(ソルベイ社製、SOLEF6020)6.0質量%、PVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)18.7質量%、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール16質量%を順次投入、攪拌速度100rpmで溶解して製膜原液とした。尚、ポリエチレングリコールの投入は、N-メチル-2-ピロリドンヘのPVDF樹脂溶解後に実施した。以降、実施例1と同様方法で中空糸膜を作製した。
【0096】
[比較例1]
80℃に温調したN-メチル-2-ピロリドン57.3質量%に、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール14質量%を入れた溶解液を調整した。
次に上記溶解液をPVDF樹脂(PVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)21.2質量%、PVDFホモポリマー(ソルベイ社製、SOLEF6020)7.5質量%)に霧状にして吹き掛けながら、攪拌速度200rpmで溶解して製膜原液とした。以降、実施例1と同様方法で中空糸膜を作製した。
【0097】
[比較例2]
80℃に温調したジメチルアセトアミド59.0質量%に、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール16質量%を入れた溶解液を調整した。
次に上記溶解液をPVDF樹脂(PVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)25質量%)に霧状にして吹き掛けながら、攪拌速度200rpmで溶解して製膜原液とした。以降、中空形成剤をジメチルアセトアミド80質量%水溶液にし、83℃の水中の滞留時間を7.5秒に変更した以外は、実施例1と同様方法で中空糸膜を作製した。
【0098】
<耐薬品性試験前後の結晶化度>
実施例1及び従来例1の中空糸膜について、上述したDSC測定により薬品Bを用いた耐薬品性試験前後の結晶化度を測定した。その結果、従来例1については、試験前は結晶化度が54.2%であったのに対して、試験後は55.4%に増加した。また、実施例1については、試験前は結晶化度が51.2%であったのに対して、試験後は53.3%であった。このように、実施例1及び従来例1の双方について、試験後に結晶化度が若干向上していることが分かる。この結果は、薬品によるポリフッ化ビニリデン系樹脂の劣化が非晶質部から進行していることを示していると推測される。
【0099】
<中空糸膜の耐薬品性及び透水性能>
表2から、実施例1~5の中空糸膜のいずれも、純水透水量が1500(L/m2/hr)を超え、高い透水性能を有していることが分かる。また、実施例1~5の中空糸膜は、NIPS法により作製された従来例2の中空糸膜よりも高い耐薬品性を有しており、TIPS法により作製された従来例1の中空糸膜と同程度の耐薬品性を有していることも分かる。一方、比表面積が本発明に規定された範囲を下回る比較例1の中空糸膜は、高い耐薬品性は有しているものの、透水性能が不十分であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明によれば、NIPS法により製造され、高い透水性能を有するとともに、従来よりも長期に亘って高い耐薬品性を有する中空糸膜を提供することができる。
【符号の説明】
【0101】
10 二重管状の成形用ノズル
20 凝固浴
30 容器
40 中空糸膜
50 ローラ
60 第一水中ローラ