(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】車両制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20231106BHJP
G01M 17/007 20060101ALI20231106BHJP
G01M 1/12 20060101ALI20231106BHJP
【FI】
B60L15/20 J
G01M17/007 Z
G01M1/12
(21)【出願番号】P 2020070186
(22)【出願日】2020-04-09
【審査請求日】2023-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】片山 想太郎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴廣
(72)【発明者】
【氏名】松原 満
【審査官】佐々木 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-152926(JP,A)
【文献】特開2014-096973(JP,A)
【文献】特開2010-253978(JP,A)
【文献】特開2004-350463(JP,A)
【文献】特開2015-123895(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00-58/40
G01M 17/007
G01M 1/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の車輪と、各車輪にトルクを発生させるトルク発生器と、各車輪の回転角を測定する回転角測定器と、を有する車両に搭載された車両制御装置であって、
前記トルク発生器にトルク指令を送信するトルク指令器と、
前記車両の車両パラメータを推定する推定器と、を具備し、
前記推定器は、前記車両パラメータ、前記トルク、および、前記回転角の関係に関する推定マップまたは関係式を記憶しており、前記車輪に発生させたトルクと、そのときの前記車輪の回転角と、前記推定マップまたは前記関係式に基づいて、前記車両パラメータを推定するものであり、
前記車両パラメータは、前記車両の重心位置であり、
前記複数の車輪は、左前輪、右前輪、左後輪、右後輪であり、
前記トルク指令器は、前記左前輪と前記右前輪のトルク発生器に同方向の回転を生じさせるトルク指令を送信するとともに、前記左後輪と前記右後輪のトルク発生器に逆方向の回転を生じさせるトルク指令を送信し、
前記推定器は、前輪の回転角と後輪の回転角に基づいて、前記車両の前後方向の重心位置を推定することを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
複数の車輪と、各車輪にトルクを発生させるトルク発生器と、各車輪の回転角を測定する回転角測定器と、を有する車両に搭載された車両制御装置であって、
前記トルク発生器にトルク指令を送信するトルク指令器と、
前記車両の車両パラメータを推定する推定器と、を具備し、
前記推定器は、前記車両パラメータ、前記トルク、および、前記回転角の関係に関する推定マップまたは関係式を記憶しており、前記車輪に発生させたトルクと、そのときの前記車輪の回転角と、前記推定マップまたは前記関係式に基づいて、前記車両パラメータを推定するものであり、
前記車両パラメータは、前記車両の重心位置であり、
前記複数の車輪は、左前輪、右前輪、左後輪、右後輪であり、
前記トルク指令器は、前記左前輪と前記左後輪のトルク発生器に同方向の回転を生じさせるトルク指令を送信するとともに、前記右前輪と前記右後輪のトルク発生器に逆方向の回転を生じさせるトルク指令を送信し、
前記推定器は、左輪の回転角と右輪の回転角に基づいて、前記車両の左右方向の重心位置を推定することを特徴とする車両制御装置。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の車両制御装置において、
前記推定器は、前記トルク指令が指定するトルクを用いて、推定処理を実施することを特徴とする車両制御装置。
【請求項4】
請求項1
または請求項2に記載の車両制御装置において、
前記トルク発生器がモータである場合、
前記推定器は、前記モータに流れる電流値から演算したトルクを用いて、推定処理を実施することを特徴とする車両制御装置。
【請求項5】
請求項1
または請求項2に記載の車両制御装置において、
前記車両が停止中であり、かつ、電源スイッチがオンされた場合に、
前記トルク指令器による前記トルク指令の送信と
前記回転角測定器による前記車輪の回転角の測定と、
前記推定器による前記車両パラメータの推定を実施することを特徴とする車両制御装置。
【請求項6】
請求項1
または請求項2に記載の車両制御装置において、
前記車両が停止中であり、かつ、走行開始指令を検知した場合に、
前記トルク指令器による前記トルク指令の送信と
前記回転角測定器による前記車輪の回転角の測定と、
前記推定器による前記車両パラメータの推定を実施することを特徴とする車両制御装置。
【請求項7】
請求項1
または請求項2に記載の車両制御装置において、
前記車両が停止中であり、かつ、ドアの開閉を検知した場合に、
前記トルク指令器による前記トルク指令の送信と
前記回転角測定器による前記車輪の回転角の測定と、
前記推定器による前記車両パラメータの推定を実施することを特徴とする車両制御装置。
【請求項8】
複数の車輪と、各車輪にトルクを発生させるトルク発生器と、各車輪の回転角を測定する回転角測定器と、を有する車両に搭載された車両制御装置であって、
前記トルク発生器にトルク指令を送信するトルク指令器と、
前記車両の車両パラメータを推定する推定器と、を具備し、
前記推定器は、前記車両パラメータ、前記トルク、および、前記回転角の関係に関する推定マップまたは関係式を記憶しており、前記車輪に発生させたトルクと、そのときの前記車輪の回転角と、前記推定マップまたは前記関係式に基づいて、前記車両パラメータを推定するものであり、
さらに、前記車輪を制動する制動装置を有しており、
前記推定器は、特定の車輪にトルクを発生させ、他の車輪を制動したときの、前記車輪
の回転角に基づいて、前記車両パラメータを推定することを特徴とする車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両重量と重心位置を推定する車両制御装置、車両制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高度な車両制御の実現には、その前提として、車両重量や重心位置等の様々な車両パラメータの正確な推定が必要である。しかし、車両重量や重心位置は、搭乗者や貨物の状況に応じて逐次変動する車両パラメータであるため、モデルベースの車両制御の実現には、車両重量と重心位置を逐次推定する必要がある。
【0003】
車両重量や重心位置を逐次測定する方法として、例えば、特許文献1に開示されている方法がある。この方法では、エアサスペンションによって車両の前後方向の勾配を調整し、勾配センサと前軸および後軸にそれぞれ備え付けられた軸重計によって車両重量と重心位置を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、同文献の手法は、エアサスペンション、勾配センサ、軸重計を必要とするが、これらは必ずしもすべての車両に搭載されているものではない。
【0006】
本発明は、エアサスペンション、勾配センサ、軸重計を搭載しない、一般的な車両においても、車両重量と重心位置を推定できる車両制御装置、および、車両制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明の車両制御装置は、複数の車輪と、各車輪にトルクを発生させるトルク発生器と、各車輪の回転角を測定する回転角測定器と、を有する車両に搭載された車両制御装置であって、前記トルク発生器にトルク指令を送信するトルク指令器と、前記車両の車両パラメータを推定する推定器と、を具備し、前記推定器は、前記車両パラメータ、前記トルク、および、前記回転角の関係に関する推定マップまたは関係式を記憶しており、前記車輪に発生させたトルクと、そのときの前記車輪の回転角と、前記推定マップまたは前記関係式に基づいて、前記車両パラメータを推定するものとした。
【0008】
また、本発明の車両制御方法は、複数の車輪を有する車両の車両パラメータを推定する車両制御方法であって、前記車輪にトルクを発生させるトルク発生ステップと、前記車輪の回転角を測定する回転角測定ステップと、前記トルクと前記回転角に基づいて、前記車両パラメータを推定する車両パラメータ推定ステップと、を有するものとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明の車両制御装置によれば、エアサスペンション、勾配センサ、軸重計を搭載しない、一般的な車両においても、車両重量や重心位置を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図3】車両重量と重心位置を推定する処理のフローチャート。
【
図4A】トルクと回転角から重心位置を推定するためのマップ。
【
図4B】トルクと回転角から車両重量を推定するためのマップ。
【
図5】トルク無発生時の車両に作用する力を示す側面図。
【
図6】トルク発生時の車両に作用する力を示す側面図
【
図7】車両重量及び重心位置の推定処理のフローチャート。
【
図8】車両重量及び重心位置の推定処理のフローチャート。
【
図9】トルク無発生時の車両に作用する力を示した前面図。
【
図10】トルク無発生時の車両に作用する力を示した上面図。
【
図11】トルク発生時の車両に作用する力を示した前面図。
【
図12】トルク発生時の車両に作用する力を示した上面図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を用いて、本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0012】
図1から
図8を用い、車両パラメータの一種である、車両重量Wと前後方向の重心位置C
Xを推定する、本発明の実施例1に係る車両制御装置6を説明する。
【0013】
<車両1の基本構成>
まず、車両1の基本構成について、
図1と
図2を参照して説明する。
図1における、fl、fr、rl、rrは、左前輪、右前輪、左後輪、右後輪に対応した構成であることを特定する符号である。また、
図2における、f*は前輪側の何れか(fl、fr)、r*は後輪側の何れか(rl、rr)に対応した構成であることを特定する符号である。同様に、後述の
図9等における、*lは左輪側の何れか(fl、rl)、*rは右輪側の何れか(fr、rr)に対応した構成であることを特定する符号である。なお、位置を特定しない場合、上記の符号を付さないこととする。
【0014】
図1は、車両1の要部構成図であり、前後方向をX軸、左右方向をY軸、上下方向をZ軸とする。また、
図2は、車両1の側面図である。これらに示すように、車両1は、車輪2、トルク発生器3、回転角測定器4、サスペンション装置5、車両制御装置6(推定器7、トルク指令器8を内蔵)、車軸9、電源スイッチ12と、電源スイッチ検出器13を有する。車輪2は、車軸9とサスペンション装置5を介して、車両1を支持している。なお、
図2において、Rは、車輪2の半径であり、Lは、車軸9と後述する瞬間回転中心10の距離である。車両1が停止中であれば、瞬間回転中心10は車両1に固定されていると見做すことができる。
【0015】
<車両制御装置6の概要>
車両制御装置6は、トルク発生器3と回転角測定器4を利用し、車両重量Wと重心位置Cを推定する機能を備えている。この車両制御装置6は、具体的には、CPU等の演算装置、半導体メモリ等の主記憶装置、補助記憶装置、および、通信装置などのハードウェアを備えたECU(Electronic Control Unit)等のコンピュータである。そして、主記憶装置にロードされたプログラムを演算装置が実行することで、後述する各機能を実現するが、以下では、このような周知技術を適宜省略しながら説明する。
【0016】
車両制御装置6が、車両重量Wと重心位置Cを推定する場合、まず、車両制御装置6が内蔵するトルク指令器8は、トルク指令(トルクの大きさと向きに関する情報)をトルク発生器3に送信する。トルク発生器3は、トルク指令器8から送信されたトルク指令に従って、それぞれの車輪2に指定されたトルクTを発生させる。トルクTが発生すると、車輪2には車軸9を回転中心とする回転挙動が観測される。回転角測定器4は、車輪2の回転角Δθを検出し、車両制御装置6が内蔵する推定器7に伝達する。
【0017】
推定器7は、車両重量Wと前後方向の重心位置CXの推定に用いる、推定マップMAを記憶している。この推定マップMAは、トルク発生器3が車輪2に発生させたトルクTの大きさ、車輪2の回転角Δθ、車両重量W、前後方向の重心位置CXの関係を登録したものである。このため、推定器7は、トルク発生器3が車輪2に発生させたトルクTの大きさと向き、車輪2の回転角Δθから、推定マップMAに基づいて、車両重量Wや前後方向の重心位置CXを推定することができる。
【0018】
<推定処理のフローチャート>
図3は、車両制御装置6が、車両重量Wと前後方向の重心位置C
Xの推定する処理を説明するためのフローチャートである。
【0019】
まず、ステップS1では、車両制御装置6は、電源スイッチ検出器13を介して、電源スイッチ12がオンになったかを検知する。電源スイッチ12は、運転者が車両1の駆動系(エンジンやモータ等)を起動するためのスイッチであり、電源スイッチ12をオフからオンに切り替えたときに、次のステップS2に進む。なお、電源スイッチ12がオフであるときも、車両制御装置6には所定の電力が供給されているものとする。
【0020】
ステップS2では、車両制御装置6は、車両1が静止中であるかを検知する。具体的には、加速度計や速度計が計測した加速度や速度が一定値以下である場合、あるいは、回転角測定器4が計測した車輪2の角速度が一定値以下である場合に、車両1が静止中であると判定し、次のステップS3に進む。
【0021】
ステップS3では、トルク指令器8は、所望の大きさと向きのトルクTを発生させるトルク指令をトルク発生器3へ送信し、トルク発生器3を介して車輪2に所望の大きさと向きのトルクTを与える。例えば、前輪側の車輪2f*に同方向の回転を生じさせるトルクTを与え、後輪側の車輪2r*に前輪側と逆方向の回転を生じさせるトルク-Tを与える。
【0022】
上記したように、推定部7では、推定マップMAに基づいて、車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定する。このため、車輪2に与えるトルクは、推定マップMAの範囲内の値である必要がある。そこで、トルク指令器8では、推定器7の推定マップMAの範囲内で、所望のトルク指令を生成する。ただし、車両重量W等の推定には車輪2の回転が必須であるため、トルク指令器8は、車輪2の転がり抵抗より大きいトルクTを発生させるトルク指令を推定マップMAの範囲内で生成する。
【0023】
ステップS4では、回転角測定器4は、トルク発生器3が与えたトルクTによる車輪2の車軸9の周りの回転角Δθを検出する。各輪の回転角Δθを検出したのち、次のステップS5に進む。なお、トルク発生器3としてモータを用いる場合、モータが備えるレゾルバやエンコーダを、回転角測定器4として用いることができる。
【0024】
ステップS5では、推定器7は、トルク指令器8が出力したトルク指令が示すトルクTの大きさと向き、および、回転角測定器4が測定した車輪2の回転角Δθに基づいて、車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定する。
【0025】
ここで、推定器7に記憶した推定マップMAを用いた車両パラメータの推定方法を具体的に説明する。なお、ここでは、前輪側の車輪2f*に+Tのトルクを与え、後輪側の車輪2r*に-Tのトルクを与えた結果、前輪側の車輪2f*が+Δθだけ回転し、後輪側の車輪2r*が-Δθだけ回転したものとする。
【0026】
図4Aは、前後方向の重心位置C
Xを推定するための推定マップM
Aの一例である。ここでは、前後方向の重心位置C
XをCoG(Centre of Gravity)で規定している。本実施例におけるCoGは、前輪側の車輪2
f*の接地点から前後方向の重心位置C
Xまでの水平距離を、前輪側の車輪2
f*の接地点から後輪側の車輪2
r*の接地点までの水平距離で除算した値であり、例えば、CoG=0.5であれば、前輪の接地点と後輪の接地点のちょうど中間に重心位置C
Xがあることを示す。
【0027】
図4Aに例示する推定マップM
Aを利用する場合、推定器7は、まず、トルク指令器8が指定したトルクの向きと大きさ(例えば、+T)と、回転角測定器4が測定した回転角(例えば、Δθ)が交差する位置を特定する。(+T、Δθ)で特定される位置を、図中では白丸で示している。次に、白丸に最も近いCoG曲線を特定する。この例では、白丸の上側にCoG=0.53の曲線があり、下側にCoG=0.54の曲線があるが、白丸は下側のCoG曲線に寄っているので、推定器7は、現在の重心位置C
XをCoG=0.54と推定する。なお、推定器7は、白丸から下側のCoG曲線までの距離と、白丸から上側のCoG曲線までの距離の比を考慮し、CoG=0.536のような、より詳細な重心位置C
Xを演算しても良い。
【0028】
また、
図4Bは、車両重量Wを推定するための推定マップM
Aの一例である。
図4Bに例示する推定マップM
Aを利用する場合も、推定器7は、まず、トルク指令器8が指定したトルクの向きと大きさ(例えば、+T)と、回転角測定器4が測定した回転角(例えば、Δθ)が交差する位置を特定する。(+T、Δθ)で特定される位置を、図中では白丸で示している。次に、白丸に最も近い曲線を特定する。この例では、白丸が車両重量W=2000kgの曲線上にあるので、推定器7は、現在の車両重量Wを2000kgと推定する。
【0029】
<推定マップM
Aの作成方法>
次に、
図4A、
図4Bに例示した、本実施例における推定マップM
Aの作成方法を述べる。
【0030】
停車中の車両1にて、トルク発生器3が車輪2にトルクを与えると、車輪2は力とモーメントがつりあう位置まで回転する。これに伴い、重心位置C
Xから車軸9までの距離が僅かに変化する。このときの車軸9の軌跡は、
図2の瞬間回転中心10を中心とした、一定長さの半径Lの円の円弧と捉えることができる。
【0031】
車軸9の重心位置CXからの距離、すなわち、車輪2の回転角Δθは、サスペンション構造から車両重量Wと重心位置CXに依存する。そこで、車両重量Wと、重心位置CXと、トルク発生器3が車輪2へ発生させたトルクの大きさから、車輪2の大きさを推定することができる。以降、本実施例における推定マップMA作成に用いる具体的な関係式の導出について述べる。
【0032】
まず、力とモーメントのつりあいについて以下に述べる。
【0033】
図5は、トルク無発生時の車両1に作用する力を示す側面図であり、
図6は、トルク発生時の車両1に作用する力とモーメントを示す図である。なお、両図において、車両1は静止状態にある。
【0034】
<トルク無発生時の力のつりあい>
図5に示すように、トルク無発生時の車輪2には、地面との摩擦力F1と、地面からの垂直抗力F2と、サスペンション構造による拘束力F3と、サスペンション装置5からの垂直方向力F4が作用する。なお、車両1が静止しているため、サスペンション構造による拘束力F3は、瞬間回転中心10から車輪2の接地点に向けて作用する。
【0035】
図5の車両1では、以下の力のつりあいが成立する。
(a)垂直抗力F2と、車両1にかかる重力Gの間の鉛直方向の力のつりあい。
(b)前輪側の摩擦力F1
f*と、後輪側の摩擦力F1
r*の間の水平方向の力のつりあい。
(c)摩擦力F1と、拘束力F3の水平方向成分の間の水平方向の力のつりあい。
(d)垂直抗力F2と、拘束力F3の鉛直方向成分と、垂直方向力F4の間の鉛直方向の力のつりあい。
(e)車輪2の接地点まわりのモーメントのつりあい。
【0036】
<トルク発生時の力のつりあい>
一方、
図6に示すように、トルク発生時の車輪2には、地面との摩擦力F1’と、地面からの垂直抗力F2’と、サスペンション構造による拘束力F3’と、サスペンション装置5からの垂直方向力F4’と、トルク発生器3による車軸9まわりのトルクTと、が作用する。なお、車両1が静止しているため、サスペンション構造による拘束力F3’は、瞬間回転中心10から車輪2の接地点に向けて作用する。
【0037】
図6の車両1では、以下の力のつりあいが成立する。
(a’)垂直抗力F2’と、車両1にかかる重力Gの間に鉛直方向の力のつりあい。
(b’)前輪側の摩擦力F1’
f*と、後輪側の摩擦力F1’
r*の間の水平方向の力のつりあい。
(c’)摩擦力F1’と、拘束力F3’の水平方向成分と、トルクTによって車輪2の接地点にはたらく力の間の水平方向の力のつりあい。
(d’)垂直抗力F2’と、拘束力F3’の鉛直方向成分と、垂直方向力F4’の間の鉛直方向の力のつりあい。
(e’)車輪2の接地点まわりのモーメントのつりあい。
【0038】
なお、拘束力F3、F3’の方向、すなわち、瞬間回転中心10と車輪2の接地点を結ぶ直線の鉛直方向からの傾き角度は、トルク無発生時(
図5)とトルク発生時(
図6)で変化する。これらの傾き角度が変化したとき、車輪2の接地点からの前後方向における車両1の重心位置C
Xの位置関係も変化する。
【0039】
<サスペンション構造による幾何的制約>
次に、サスペンション構造による幾何的制約について述べる。
【0040】
瞬間回転中心10と車輪2の接地点を結ぶ直線の鉛直方向からの傾き角度を、
図4に示すトルク無発生時にb、
図5に示すトルク発生時にaとする。
トルク発生器3が車輪2にトルクTを発生させたことによる車輪2の回転角をそれぞれΔθとする。このとき、次に式1から式4が成立する。
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
以上の力とモーメントのつりあいと幾何的制約は、以下の(1)-(9)にまとめられる。
トルク無発生時の車両全体の鉛直方向の力のつりあい(上記(a)参照)
トルク無発生時の車両全体の水平方向の力のつりあい(上記(b)参照)
トルク無発生時の重心点まわりの水平面のモーメントのつりあい(上記(e)参照)
トルク無発生時の各車輪における鉛直方向および水平方向の力のつりあい(上記(c)(d)参照)
トルク発生時の車両全体の鉛直方向の力のつりあい(上記(a’)参照)
トルク発生時の車両全体の水平方向の力のつりあい(上記(b’)参照)
トルク発生時の重心点まわりの水平面のモーメントのつりあい(上記(e’)参照)
トルク発生時の各車輪における鉛直方向および水平方向の力のつりあい(上記(c’)(d’)参照)
トルクTによる各車輪の回転角と、瞬間回転中心10と各車輪の接地点をそれぞれ結ぶ直線の鉛直方向からの傾き角度変化の関係(上記(式1)~(式4)参照)
以上の(1)-(9)に基づいて、車両重量W、前後方向の重心位置C
X、かつ、トルク発生器3が車輪2に発生させるトルクTである条件下での、トルク無発生時からトルク発生時にかけての車輪2の回転角Δθが算出される。従って、車両重量W、重心位置C
X、トルクTを様々な値に設定した際の回転角Δθをそれぞれ算出することで、
図4Aや
図4Bのような推定マップM
Aを作成することができる。
【0046】
ただし、(1)-(9)は三角関数が含まれている非線形方程式であるため、(1)-(9)から車両重量Wと前後方向の重心位置CXを陽に計算することはできない。したがって、例えば勾配法やニュートン法や粒子群最適化を用いて算出する必要がある。また、推定マップMAの作成には、(1)-(9)による方程式の数が未知変数の数以上になるように複数のパターンのトルクTの値の組み合わせについて(1)-(9)を解く必要がある。
【0047】
図6に示すように、それぞれの車輪2に与えるトルクを大きくすると、摩擦力F1’がより大きくなるため、車軸9は重心位置C
Xにより近づく。その結果、回転角Δθが大きくなるため、
図4Aに示すような推定マップM
Aが得られる。
【0048】
従って、車両重量Wと、トルクTと、回転角Δθが既知であれば、
図4Aから対応する前後方向の重心位置C
Xを取得することができる。以上が(1)-(9)を用いた推定マップM
Aの作成原理である。
【0049】
なお、本実施例では(1)-(9)から車両重量W、前後方向の重心位置CX、トルクTに対応した車輪2の回転角Δθを算出することで推定マップMAを作成する原理を示したが、実際の車両1’(不図示)の測定値から作成することもできる。
【0050】
すなわち、実際の車両1’の車両重量W’、前後方向の重心位置CX’、トルクTに対応した車輪2のトルクTによって生じる回転角Δθを実車両で計測することで推定マップMAを作成することも可能である。
【0051】
また、トルク発生器3がトルクTを車輪2に発生させたときの車輪2の回転角Δθを計測したときに、(1)-(9)を逐次解くことで車両重量Wおよび前後方向の重心位置CXを推定することもできる。
【0052】
推定器7が演算手段と(1)-(9)に関する関係式を有している場合を考える。このとき、推定器7は、トルク発生器3がそれぞれ車輪2に発生させたトルクTの大きさと向きと車輪2の回転角Δθの検出値のもとで(1)-(9)に関する関係式を解き、車両重量Wおよび前後方向の重心位置CXを推定する。
【0053】
また、(1)-(9)による方程式の数が未知変数の数以上になるように複数のパターンのトルクTの値の組み合わせについて(1)-(9)を解く必要がある。このとき、複数のパターンのトルクTの値の組み合わせを車輪2に発生させ、その時の車輪2の回転角Δθを計測する。
【0054】
以上で説明した何れかの方法により、推定マップMAまたは関係式を作成することができる。従って、本実施例の車両制御装置によれば、エアサスペンション、勾配センサ、軸重計を搭載しない、一般的な車両においても、推定マップMAまたは関係式を利用することで、車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定することができる。
【0055】
なお、本実施例では、トルク指令器8は、トルク発生器3が車輪2に発生させるトルクの向きと大きさに関する情報を推定器7にも送るため、推定器7はトルク発生器3が車輪2に発生させるトルクの向きと大きさを取得できる。しかし、トルク発生器3がモータであり、モータが自身に流れる電流を計測する電流計測器を備えている場合、モータに流れた電流を、電流計測器を用いて測定することで、車両制御装置6はトルク発生器3がそれぞれ車輪2に発生させたトルクの大きさと向きを演算することが可能である。従って、本実施例の車両制御装置6では、回転角測定器4のみを用いて車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定することもできる。
【0056】
また、車両1のトルク発生器3が前輪側の車輪2fl、2fr、と後輪側2rl、2rrに異なる大きさと向きのトルクを発生することができる場合であれば、トルク発生器3がインホイールモータ、集中駆動系パワートレイン、内燃機関を用いたパワートレインのいずれであっても、本実施例で示した車両制御装置6は車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定することができる。
【0057】
<変形例1>
トルク発生器3が摩擦トルクを発生させて車輪2の回転を抑制する摩擦トルク発生器(制動装置)を有している場合、摩擦トルク発生器を用いた推定を行うことも可能である。
【0058】
具体的には、トルク発生器3が特定の車輪にトルクを発生させ、摩擦トルク発生器が他の車輪に摩擦トルクを発生させたときの車輪2の回転角Δθに関して、上記した(1)-(9)と同様の力とモーメントのつりあいの式を立て推定マップMAと同様に推定マップMA’を作成することができる。
【0059】
このように、推定器7が推定マップMA’を用いて車両重量Wと前後方向の重心位置CXを推定する際にも、トルク発生器3は車輪2のうち特定の車輪にトルクを、摩擦トルク発生器は他の車輪のうち特定の車輪に摩擦トルクを発生させ、車輪2の回転角Δθを取得し、推定マップMA’から車両重量Wと前後方向の重心位置CXを選択することができる。
【0060】
<変形例2>
車両制御装置6が車両重量W等を推定する際には、車輪2の回転挙動が生じるため、必然的に車両1にも挙動が生じることになる。このような車両1の挙動で搭乗者に違和感を与えることは望ましくないため、搭乗者が違和感を抱かないタイミングで車輪2に回転挙動を与えることが望ましい。
【0061】
例えば、車輪2にトルクを与えるタイミングを、車両1の起動時に設定すれば、搭乗者は車両の挙動タイミングを予測できるため、搭乗者に格別の違和感を与えることなく推定作業を終えることができる。
【0062】
同様に、搭乗者に違和感を与えないタイミングで推定を行う他の方法を
図7に示す。なお、
図3との共通点は重複説明を省略している。
【0063】
図7は、走行開始指令受信装置を備えた車両1で実施される処理のフローチャートである。本変形例においては、S2「車両が静止中か?」が真であり、かつ、S6「加速度指令を検知したか?」または「速度指令を検知したか?」が真である場合、例えば、車両1の静止中に運転者がアクセルを踏み込んだ後であって、車両1が実際に動き出す前に、ステップS3~S5を実施する。
【0064】
車両の走行開始時には、車両に挙動が生じると搭乗者は予測するため、車両走行開始時である、車両が静止していてかつ加速度入力が車両制御装置へ入力されたときに車輪に挙動を生じさせることで搭乗者に違和感を与えず推定を行うことが可能である。
【0065】
<変形例3>
同様に、搭乗者に違和感を与えないタイミングで推定を行う他の方法を
図8に示す。なお、
図3との共通点は重複説明を省略している。
【0066】
図8は、ドア開閉センサを備えた車両1で実施される処理のフローチャートである。本変形例においては、S2「車両が静止しているか?」が真であり、かつ、S7「ドアの開閉が切り替わったか?」が真である場合、具体的には、車両1の静止中に人の乗り降りや、貨物の出し入れがあった場合に、ステップS3~S5を実施する。
【0067】
本変形例でも、
図3の場合と同様に、決まったタイミングで車輪に挙動を与えることで、搭乗者に違和感を与えない推定を行うことができる。さらに、ドアの開閉の切り替えにより車両に挙動が生じることから、搭乗者はドア開閉の切り替えのタイミングで車両に挙動を生じさせることに関して違和感を抱きづらい。なお、ドア毎に、ステップS3~S5を実施するまでの猶予時間を異ならせても良い。例えば、前ドアの開閉があった場合は、直ちにステップS3~S5を実施し、後ろドアの開閉があった場合は、5秒後にステップS3~S5を実施することとしても良い。
【実施例2】
【0068】
次に、本発明の実施例2に係る車両制御装置6を説明する。なお、実施例1との共通点は、重複説明を省略する。
【0069】
実施例1の車両制御装置6では、車両重量Wと、前後方向の重心位置CXを推定した。これに対し、本実施例の車両制御装置6では、車両重量Wと重心位置CXに加え、左右方向の重心位置CYも推定する。このため、本実施例の推定器7は、トルクTと、回転角Δθと、車両重量Wと、前後方向の重心位置CXと、左右方向の重心位置CYの関係を記憶した推定マップMBを有している。なお、重心位置CYを規定するCoGは、左輪側の車輪2*lの接地点から左右方向の重心位置CYまでの水平距離を、左輪側の車輪2*lの接地点から右輪側の車輪2*rの接地点までの水平距離で除算した値として規定することができる。
【0070】
本実施例では、左右方向の重心位置CYも推定するため、実施例1のS3、S4、S5とはやや異なる処理を実施する。
【0071】
すなわち、本実施例のステップS3では、実施例1のステップS3と同等の処理の後、さらに、左側の車輪2*lに同方向の回転を生じさせるトルクTを与え、右側の車輪2*rには左車輪と逆方向の回転を生じさせるトルク-Tを与える。そして、本実施例のステップS4では、車輪2の回転角Δθも計測する。
【0072】
このようなトルクは、車両1の左側か右側どちらか一方の前後の車輪を近づくように回転させ、左側か右側のもう一方の前後の車輪が離れるように回転させるものである。このとき、瞬間回転中心10は車体に固定されており、車軸9から瞬間回転中心10への各距離は一定であるため、車両1の左側か右側のうち一方では車体がわずかに上方に持ち上がり、もう一方では下方に下がることになる。車体の変動は、車両重量Wと左右方向の重心位置CYに依存するため、このときの車体の変動と車輪2との関係が分かれば車両重量Wと左右方向の重心位置CYが推定できる。
【0073】
このときトルク発生器3が車輪2に発生させたトルクと車輪2の回転角Δθのもとで、推定マップMBに基づいて車両1の左右方向における車両1の重心位置CYを求める。
【0074】
推定マップMBは以下の原理に基づいて作成される。
【0075】
停車している車両1において、トルク発生器3が車輪2へそれぞれ前述したようにトルクを発生させることで、車輪2は力とモーメントがつりあう位置まで回転し、車軸9の車両1の重心位置Cからの距離が変化する。
【0076】
車軸9の車両1の重心位置Cからの距離、すなわち車輪2の回転角Δθはサスペンション構造から車両重量Wと重心位置Cに依存する。
【0077】
そこで、車両重量Wと重心位置Cとトルク発生器3が車輪2へ発生させたトルクの大きさから車輪2の挙動を算出することができる。
【0078】
実施例1の推定マップMAは、車両重量Wと前後方向の重心位置CXのみを記憶している一方、本実施例の推定マップMBは、車両重量Wと、前後方向の重心位置CXに加え、左右方向の重心位置CYを記憶している。
【0079】
図9は、トルク無発生時の車両1を前方から見た図であり、
図10は、
図9の車両1を上方から見た平面図である。一方、
図11は、トルク発生時の車両1を前方から見た図であり、
図12は、
図11の車両1を上方から見た平面図である。
【0080】
トルク発生器3が車輪2にトルクを発生させていない
図9においては、車輪2のまわりに力のモーメントのつりあいがなりたつ。また、
図10においては、車輪2と地面との摩擦力F1の間に前後方向力のつりあいが成り立つ。
【0081】
一方、トルク発生器3が車輪2にトルクを発生させている
図11においては、車輪2まわりのモーメントのつりあいが成り立つ。また、
図12においては、車輪2と地面との摩擦力F1’の間に前後方向力のつりあいが成り立つ。
【0082】
実施例1で述べた(1)-(9)に以上の力のモーメントのつりあいを加え、車両重量W、車両1の重心位置CX、CY、トルクTを様々な値に設定した際の車輪2のトルク無発生時のからトルク発生時にかけての回転角Δθを算出することで、本実施例の推定マップMBを作成することができる。
【0083】
ただし、非線形方程式を含む(1)-(9)および実施例2で述べた力のモーメントのつりあいから車両重量Wと前後方向と左右方向における車両1の重心位置CX、CYを陽に計算することはできないため、例えば勾配法やニュートン法や粒子群最適化を用いて算出する必要がある。
【0084】
本実施例の車両制御装置6では、回転角測定器4のみを用いて車両重量Wと、前後方向の重心位置CXと、左右方向の重心位置CYを、推定マップMBに基づいて推定することができる。なお、本実施例においても、推定マップMBに代えて、関係式を用いて各種の車両パラメータを演算しても良い。
【符号の説明】
【0085】
1:車両
2:車輪
3:トルク発生器
4:回転角測定器
5:サスペンション装置
6:車両制御装置
7:推定器
8:トルク指令器
9:車軸
10:瞬間回転中心
F1、F1’:摩擦力
F2、F2’:垂直抗力
F3、F3’:拘束力
F4、F4’:垂直方向力