(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-06
(45)【発行日】2023-11-14
(54)【発明の名称】車両の設計方法
(51)【国際特許分類】
B62D 65/00 20060101AFI20231107BHJP
B60J 5/06 20060101ALI20231107BHJP
【FI】
B62D65/00 C
B60J5/06 A
(21)【出願番号】P 2020127462
(22)【出願日】2020-07-28
【審査請求日】2023-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】菰渕 晶雄
(72)【発明者】
【氏名】都築 亮介
(72)【発明者】
【氏名】生友 健太
【審査官】宇佐美 琴
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-265745(JP,A)
【文献】特開2008-308954(JP,A)
【文献】特開2019-157354(JP,A)
【文献】特開平11-166356(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 41/00-67/00
B60J 5/00- 5/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体側面の乗降口を全閉状態にする全閉位置と前記乗降口を全開状態にする全開位置の二位置間をスライド移動するスライドドアが装備される車両の設計方法であって、
既存車両のスライドドアを開閉操作した時の操作力の推移を示す第1線図、および前記既存車両のスライドドアを開閉操作した時の基準位置に対する車幅方向変位量の推移を示す第2線図を取得し、
前記第1線図および前記第2線図に基づいて開発車両のスライドドアの移動軌跡を決定付ける工程を含むことを特徴とする車両の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両(自動車)の設計方法に関し、より詳細には、車体側面のドア開口部(乗降口)を全閉状態にする全閉位置と上記乗降口を全開状態にする全開位置の二位置間をスライド移動するスライドドアが装備される車両の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記の特許文献1には、スライドドアの閉じ性能を評価するための検査方法が開示されている。詳細には、スライドドアが全開位置から全閉位置へ移動(閉動作)する際の速度を算出し、スライドドアの閉動作に伴って変化する上記速度を処理してドアの挙動を解析し、この解析結果に基づいてスライドドアのドア閉じ状態を判定する、というものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された技術手段は、スライドドアの閉じ性能を正確に判定(スライドドアの半ドア状態を正確に検出)可能とする有益なものであるが、スライドドアの開閉操作性を評価するものではない。スライドドアの開閉操作性は、スライドドアを装備した車両の商品力に大きな影響を与えることから、例えば新型車両の設計開発段階で既存車両のスライドドアの開閉操作性を評価することは、所望の開閉操作性を有するスライドドアを開発する上で必要不可欠である。
【0005】
ところで、スライドドアの開閉操作性は、例えば、変位センサおよび荷重センサを取り付けたスライドドアを開閉操作する(全閉位置と全開位置の二位置間で往復動させる)のに伴って測定・取得される操作力の推移を示す線図(例えば、
図2の上図を参照)に基づいて評価することができる。但し、このような線図だけでは、例えば開閉操作性に難があったときの真因追及ができないことから、実物大の試作品を用いてのトライアルアンドエラーや官能試験を繰り返すなどして問題の真因およびその解決策を見出すようにしているのが実情である。要するに、現状では、所望の開閉操作性を有するスライドドア(が装備される車両)の開発に多大な手間とコストを要している。
【0006】
そこで、本発明は、所望の開閉操作性を有するスライドドアを効率良く設計開発することを可能にする技術手段を提供し、これを通じて、スライドドアが装備される車両の開発コスト低減に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意検討を重ねることにより、スライドドアの開閉操作性が、スライドドアを開閉操作した時のスライドドアの挙動(移動軌跡)に応じて変化するという知見を得た。また、係る知見に基づき、スライドドアの開閉操作性を評価するに当たり従来から取得している「スライドドアを開閉操作した時の操作力の推移を示す線図」に加え、「スライドドアを開閉操作した時のスライドドアの移動軌跡に関連するパラメータの推移を示す線図」を取得してこれを活用すれば、実物大の試作品によるトライアルアンドエラーや官能試験等を繰り返し実行せずとも、所望の開閉操作性を有するスライドドアを設計開発できると考えた。そして、上記の「スライドドアの移動軌跡に関連するパラメータ」としては、比較的容易に測定することができる「基準位置に対する車幅方向の変位量」を採用することとした。
【0008】
上記の知見および着想に基づいて創案された本発明は、車体側面の乗降口を全閉状態にする全閉位置と上記乗降口を全開状態にする全開位置の二位置間をスライド移動するスライドドアが装備される車両の設計方法であって、既存車両のスライドドアを開閉操作した時の操作力の推移を示す第1線図、および既存車両のスライドドアを開閉操作した時の基準位置に対する車幅方向変位量の推移を示す第2線図を取得し、これら第1線図および第2線図に基づいて開発車両のスライドドアが上記二位置間をスライド移動する時の移動軌跡を決定付ける工程を含むことを特徴とする。
【0009】
上記のように、既存車両のスライドドアを開閉操作した時の操作力の推移を示す第1線図、および既存車両のスライドドアを開閉操作した時の基準位置に対する車幅方向変位量の推移を示す第2線図を取得すれば、両線図に基づいて、スライドドアを開閉操作した時の車幅方向の挙動(移動軌跡)がスライドドアの開閉操作性に与える影響を適切に検証・把握し、その検証結果をスライドドアの設計開発に適切に反映させることができる。そのため、スライドドアの開閉操作性に大きく影響するスライドドアの移動軌跡を決定付けるに当たり、上記第2線図を追加的に取得する必要は生じるものの、実物大の試作品を用いてのトライアルアンドエラーや官能試験等を繰り返し実施する必要がなくなることから、所望の開閉操作性を有するスライドドアの設計開発に要する手間を大幅に軽減することができる。
【発明の効果】
【0010】
以上より、本発明によれば、所望の開閉操作性を有するスライドドアを効率良く設計開発することが可能となるので、これを通じて、スライドドアが装備される車両の開発コスト低減に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】スライドドアが装備される車両の部分側面図である。
【
図2】上図は、第1の既存車両の第1線図、下図は、第1の既存車両の第2線図である。
【
図3】上図は、第2の既存車両の第1線図、下図は、第2の既存車両の第2線図である。
【
図4】本発明を適用して得られた開発車両の第1線図と、第1の既存車両の第1線図とを重ね合わせた図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、以下では、方向性を説明するために、「L方向」、「H方向」および「W方向」という語句を使用するが、これらはそれぞれ、車両の前後方向(
図1の紙面左右方向)、車両の高さ方向(
図1の紙面上下方向)および車幅方向(
図1の紙面と直交する方向)である。
【0013】
まず、
図1に示す部分側面図に基づき、本発明に係る設計方法を適用し得る車両1の一例を簡単に説明する。
図1に示す車両(自動車)1は、車体側面に開口した乗降口2を全閉状態にする全閉位置と乗降口2を全開状態にする全開位置の二位置間をL方向に沿ってスライド移動するスライドドア3を備える。
【0014】
図示例のスライドドア3は、H方向の三箇所に取り付けられた連結部材(上部連結部材、下部連結部材および中間連結部材)を介して車体に対して連結・支持される、いわゆる三点支持タイプのスライドドア3である。車両1の車体側面には、L方向に延びた上部ガイドレール7、下部ガイドレール8および中間ガイドレール9が設けられており、各ガイドレール7~9には、対応する連結部材に設けられた上部ローラ4、下部ローラ5および中間ローラ6が転動自在に嵌合している。係る構成により、スライドドア3は、L方向にスライド移動可能な状態で車体に対して連結・支持される。
【0015】
以下、本発明の一実施形態に係る車両の設計方法について詳細に説明する。ここでは、後述する第1の既存車両をベースにした新型車両であって、特に開操作時の操作性が良好なスライドドア3を装備した車両を設計開発するに当たって本発明を採用する場合について説明する。
【0016】
まず、現状把握のために、既存車両のスライドドア3を開閉操作した時(全閉位置と全開位置の二位置間を往復動させた時)の操作力の推移を示す第1線図と、既存車両のスライドドア3を開閉操作した時の基準位置に対するスライドドア3のW方向変位量の推移を示す第2線図とを取得する。本実施形態では、2種類の既存車両(第1および第2の既存車両)のそれぞれについて、第1線図および第2線図を取得する。
図2に、第1の既存車両の第1線
図11および第2線
図12を示し、
図3に、第2の既存車両の第1線
図21および第2線
図22を示す。
【0017】
第1線
図11,21は、例えば、レーザセンサや超音波センサ等の変位センサと、ロードセル等の荷重センサとが取り付けられたスライドドア3を開閉操作することにより測定・取得されるものであって、横軸を基準位置(ここでは全閉位置)に対するスライドドア3のL方向変位量[単位:mm]とし、縦軸をスライドドア3の操作力[単位:N]とした線図である。なお、第1線
図11,21の縦軸は、開操作時(スライドドア3を全閉位置から全開位置に移動させる時)に必要とする操作力を正の値として表示し、閉操作時(スライドドア3を全開位置から全閉位置に移動させる時)に必要とする操作力を負の値として表示している。
【0018】
第2線
図12,22は、例えば、スライドドア3を開閉操作した時のスライドドア3の三次元的な挙動を計測可能ないわゆるモーションキャプチャー装置を用いて測定・取得されるものであり、横軸を基準位置(全閉位置)に対するスライドドア3のL方向変位量[単位:mm]とし、縦軸を基準位置(全閉位置)に対するスライドドア3のW方向変位量[単位:mm]とした線図である。
【0019】
本実施形態では、上部ローラ4、下部ローラ5および中間ローラ6の配置位置に計測用ターゲットが取り付けられたスライドドア3を開閉操作した時の各ターゲットの挙動(移動軌跡)を車両1の側方に配置した複数台の撮像装置(モーションキャプチャーカメラ)で撮像して解析することにより第2線
図12,22が取得される。そのため、
図2に示す第2線
図12および
図3に示す第2線
図22は、それぞれ、
・上部ローラ4(の配置位置におけるスライドドア3)のW方向変位量の推移を示す線図、
・下部ローラ5(の配置位置におけるスライドドア3)のW方向変位量の推移を示す線図、
・中間ローラ6(の配置位置におけるスライドドア3)のW方向変位量の推移を示す線図、
という3本の線図を含む。
【0020】
次に、取得した第1線
図11,21および第2線
図12,22に基づき、スライドドア3を開閉操作した時のスライドドア3の挙動(移動軌跡)がスライドドア3の開閉操作力に与える影響を検証する。第1線
図11,21および第2線
図12,22からは以下のような実情を把握することができる。
【0021】
(1)2つの第1線
図11,21から、第1の既存車両のスライドドア3は、第2の既存車両のスライドドア3に比べ、開操作時の操作力が漸増傾向から漸減傾向に転じる“山”となる部分(山部T)と漸減傾向から漸増傾向に転じる“谷”となる部分(谷部V)が多く、また、開操作時における山部Tと谷部Vの高低差や最大操作力が大きいことがわかる。そのため、第2の既存車両のスライドドア3は、第1の既存車両のスライドドア3に比べ、開操作時の操作性が良好であると言える。
(2)
図2に示す第1線
図11と第2線
図12から、第1の既存車両のスライドドア3の開操作時には、中間ローラ6の移動軌跡がL方向と略平行な直線状軌跡に切り替わるタイミング、並びに上部ローラ4および下部ローラ5の移動軌跡がL方向と略平行な直線状軌跡に切り替わるタイミングで操作力が漸増傾向から漸減傾向に転じることや、上部ローラ4と下部ローラ5の移動軌跡が一致しなくなったタイミングで操作力が漸増傾向となり、その後、両ローラ4,5の移動軌跡が一致した後には操作力が漸減傾向となっていることがわかる。
(3)2つの第2線
図12,22から、第1の既存車両の中間ローラ6の移動軌跡と第2の既存車両の中間ローラ6の移動軌跡は略同一であるのに対し、両既存車両の上部ローラ4および下部ローラ5の移動軌跡は大きく異なっていることがわかる。
【0022】
以上から、第1の既存車両のスライドドア3と第2の既存車両のスライドドア3とで特に開操作時の操作性(操作力)が大きく異なるのは、両既存車両の間で上部ローラ4および下部ローラ5の移動軌跡が大きく異なっていることに一因があると推察される。そのため、例えば、第1の既存車両のスライドドア3に設けられる上部ローラ4および下部ローラ5の移動軌跡を、第2の既存車両のスライドドア3に設けられる上部ローラ4および下部ローラ5の移動軌跡を参考にして修正すれば、第1の既存車両のスライドドア3よりも開操作時の操作性が良好なスライドドア3を装備した新型車両(開発車両)を実現できると考えられる。具体的には、下部ローラ5の移動軌跡を修正し、下部ローラ5の移動軌跡(下部ガイドレール8の軌道)を上部ローラ4の移動軌跡(上部ガイドレール7の軌道)に合致させるという対応策を着想した。
【0023】
そして、効果を確認するために、上記の対応策等を反映させた開発車両の試作品を製作し、この試作品について、上記の第1線図および第2線図を取得した。試作品について取得した第1線
図31と、第1の既存車両について取得した第1線
図11とを重ね合わせた図を
図4に示す(試作品について取得した第2線図の図示は省略)。
【0024】
図4から明らかなように、開発車両(試作品)のスライドドア3の開閉操作力、特に開操作時の操作力は、開操作の初期段階(L方向変位量が概ね150mm以下の段階)では第1の既存車両のスライドドア3の操作力よりも若干大きくなっているものの、スライドドア3が全開位置付近に移動するまでの間(L方向変位量が概ね500mm以下の間)の操作力の増減幅が小さく、略一定となっている。そのため、第1の既存車両のスライドドア3の問題点が解消され、特に開操作時の操作性が良好なスライドドア3を実現できると考えられる。
【0025】
以上で説明したように、既存車両のスライドドア3を開閉操作した時の操作力の推移を示す第1線
図11,21、および既存車両のスライドドア3を開閉操作した時の基準位置に対するW方向変位量の推移を示す第2線
図12,22を取得すれば、両線図に基づいて、スライドドア3を開閉操作した時のスライドドア3のW方向の挙動(移動軌跡)がスライドドア3の開閉操作性に与える影響を適切に検証・把握し、その検証結果をスライドドア3(新型車両)の設計開発に適切に反映させることができる。そのため、スライドドア3の開閉操作性に大きく影響するスライドドア3の移動軌跡を決定付けるに当たり、第2線
図12,22を追加的に取得する必要は生じるものの、試作品を用いてのトライアルアンドエラーや官能試験等を繰り返し実施する必要がなくなることから、所望の開閉操作性を有するスライドドア3の設計開発に要する手間を大幅に軽減することができる。
【0026】
従って、本発明によれば、所望の開閉操作性を有するスライドドア3を効率良く設計開発することが可能となり、これを通じて、スライドドア3が装備される車両1の開発コスト低減に寄与することができる。
【0027】
以上、本発明の一実施形態に係る車両1の設計方法について説明したが、本発明の実施の形態はこれに限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜の変更を施すことが可能である。
【0028】
例えば、以上で説明した実施形態では、2種類の既存車両(のスライドドア3)について第1線図および第2線図を取得するようにしたが、1種類又は3種類以上の既存車両(のスライドドア3)について第1線図および第2線図を取得するようにしても良い。
【0029】
また、以上では、3本のガイドレールに沿ってスライド移動する、いわゆる3点支持タイプのスライドドア3(が装備される車両)を設計開発するに当たり本発明を採用する場合について説明したが、本発明は、2本又は4本以上のガイドレールに沿ってスライド移動するタイプのスライドドア(が装備される車両)を設計開発する際にも採用することができる。
【0030】
また、本発明は、手動で開閉操作が行われるスライドドア3が装備される車両を設計開発するに当たって採用し得るのはもちろんのこと、いわゆる電動スライドドアが装備される車両を設計開発する際にも採用することができる。電動スライドドアは、電動モータの出力を利用して開閉操作が行われるものであることから、本発明を採用すれば、電動モータの出力、さらには電動モータを含むドア駆動機構の仕様を最適化する上で役に立つ。
【符号の説明】
【0031】
1 車両
2 乗降口
3 スライドドア
4 上部ローラ
5 下部ローラ
6 中間ローラ
7 上部ガイドレール
8 下部ガイドレール
9 中間ガイドレール
11,21,31 第1線図
12,22 第2線図