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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-06
(45)【発行日】2023-11-14
(54)【発明の名称】ダイヤモンド被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231107BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20231107BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020040597
(22)【出願日】2020-03-10
(65)【公開番号】P2021142575
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2022-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】櫛引 貫志
(72)【発明者】
【氏名】高島 啓彰
(72)【発明者】
【氏名】豊田 亮二
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-291493(JP,A)
【文献】特開平07-315989(JP,A)
【文献】特開昭62-107067(JP,A)
【文献】特開2011-121143(JP,A)
【文献】国際公開第2018/174139(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14 - 27/20
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/00 - 16/56
C04B 41/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面を被覆したダイヤモンド層と、を備えたダイヤモンド被覆切削工具であって、
前記基材は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、
3.1×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K
を満たし、かつ
前記ダイヤモンド層は、前記基材と接する部分から結晶成長方向に伸びる空隙を複数有し、
前記ダイヤモンド被覆切削工具を前記基材と前記ダイヤモンド層とを含む面で切断して得られる切断面において、隣り合う各前記空隙の中心間の平均間隔は、12μm以上1000μm以下であり、
前記基材は、窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体から構成されている、ダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項2】
前記サイアロン焼結体は、Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する、請求項に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項3】
前記窒化珪素焼結体は、Tiの窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有し、
前記サイアロン焼結体は、Tiの窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有する、請求項1又は2に記載のダイヤ モンド被覆切削工具。
【請求項4】
前記サイアロン焼結体は、ポリタイプの結晶相を含む、請求項1から3のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダイヤモンド被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の表面上に多結晶ダイヤモンド層(被膜)を被覆した構造のダイヤモンド被覆切削工具が特許文献1に開示されている。
このダイヤモンド被覆切削工具は、基材の面粗度、及びダイヤモンド層の界面における空隙数をそれぞれ特定範囲に限定している。なお、ここで、基材の面粗度とは、基材の表面の算術平均粗さRa、基材の表面の粗さ曲線要素の平均長さRSmを意味する。
このダイヤモンド被覆切削工具は、面粗度を特定範囲内とすることで、アンカー効果により基材に対するダイヤモンド層の密着性を向上している。
また、このダイヤモンド被覆切削工具は、空隙の個数を特定範囲内とすることで、基材とダイヤモンド層との熱膨張係数差に起因する残留応力を緩和し、基材に対するダイヤモンド層の密着性を向上している。
このように、特許文献1のダイヤモンド被覆切削工具は、面粗度と空隙の個数を調整することで基材に対するダイヤモンド層の密着性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-38150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のダイヤモンド被覆切削工具において、空隙の個数は、1×10個/cm以上1×10個/cm以下とされている。この範囲では、ダイヤモンド層と基材の界面の残留応力が緩和されると記載されている。
しかし、上記範囲では、ダイヤモンド層と基材の界面の空隙の間隔が狭く、空隙の個数が多いので、ダイヤモンド層と基材との実質的な接触面積が小さくなってしまう。そのため、耐剥離性が不十分であるおそれがあった。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、基材に対するダイヤモンド層の密着性が高いダイヤモンド被覆切削工具を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕基材と、前記基材の表面を被覆したダイヤモンド層と、を備えたダイヤモンド被覆切削工具であって、
前記基材は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、
3.1×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K
を満たし、かつ
前記ダイヤモンド層は、前記基材と接する部分から結晶成長方向に伸びる空隙を複数有し、
前記ダイヤモンド被覆切削工具を前記基材と前記ダイヤモンド層とを含む面で切断して得られる切断面において、隣り合う各前記空隙の中心間の平均間隔は、12μm以上1000μm以下である、ダイヤモンド被覆切削工具。
【0006】
〔2〕前記基材は、窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体から構成されている、〔1〕に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【0007】
〔3〕前記サイアロン焼結体は、Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する、〔2〕に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【0008】
〔4〕前記窒化珪素焼結体は、Tiの窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有し、
前記サイアロン焼結体は、Tiの窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有する、〔2〕又は〔3〕に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【0009】
〔5〕前記サイアロン焼結体は、ポリタイプの結晶相を含む、〔2〕から〔4〕のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本開示のダイヤモンド被覆切削工具は、基材の熱膨張係数を特定範囲とし、かつ隣り合う各空隙の中心の間の平均間隔を特定範囲にすることで、基材に対するダイヤモンド層の密着性を向上でき、耐剥離性が向上する。
更に、基材を特定の組成を有する焼結体とすることで、耐剥離性がより向上する。
基材がポリタイプの結晶相を含むサイアロン焼結体から構成される場合には、特に耐剥離性が優れる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ダイヤモンド被覆切削工具の切断面のSEM画像を模式的に示した図である。
図2図1の拡大図である。
図3】空隙の例を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0013】
1.ダイヤモンド被覆切削工具1
(1)ダイヤモンド被覆切削工具1の構成
ダイヤモンド被覆切削工具1は、基材3と、基材3の表面3Aを被覆したダイヤモンド層5と、を備える。基材3は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、以下の関係式1を満たす。
3.1×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K ・・・関係式1
更に、ダイヤモンド層5は、基材3と接する部分から結晶成長方向に伸びる空隙9を複数有する。そして、ダイヤモンド被覆切削工具1を基材3とダイヤモンド層5とを含む面で切断して得られる切断面において、隣り合う各空隙9の中心9Aの間の平均間隔は、12μm以上1000μm以下である。
【0014】
(2)基材3
(2.1)基材3の平均熱膨張係数x
上述のように、基材3の25℃から600℃における平均熱膨張係数xは、基材3に対するダイヤモンド層5の密着性を向上させる観点から、上記関係式1を満たすことが好ましく、下記関係式2を満たすことがより好ましく、下記関係式3を満たすことが更に好ましい。なお、平均熱膨張係数xは、TMA(Thermo Mechanical Analysis)を用いて測定できる。
3.1×10-6/K≦x≦3.7×10-6/K ・・・関係式2
3.1×10-6/K≦x≦3.4×10-6/K ・・・関係式3
【0015】
(2.2)基材3の好ましい構成例
基材3は、耐剥離性を更に向上させる観点より、窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体から構成されていることが好ましい。窒化珪素焼結体における窒化珪素(Si)は、Si(ケイ素)、N(窒素)よりなるセラミックスの結晶粒子であり、原料となる窒化珪素に焼結助剤等を加えて焼結される。窒化珪素は、等軸状の粒子形状を有したα相と針状の粒子形状を有したβ相が存在し、これらの構成比率によって靱性や硬度の特性を制御できる。β-窒化珪素は針状組織が絡み合った組織となるため、高靭性であり、α-窒化珪素は等軸状の粒子形状であるため、β-窒化珪素と比較して低靭性ではあるが、硬度が高い。窒化珪素焼結体に含まれる窒化珪素において、これらの結晶相種及び構成比率は、特に限定されない。
【0016】
窒化珪素焼結体は、周期表における4族元素、希土類元素及びMg(マグネシウム)よりなる群から選択される少なくとも一種以上の元素(以下において、「特定の元素」と称することがある。)を含有していてもよい。含有割合は特に限定されず、例えば、窒化珪素焼結体に対して、酸化物換算で0.5モル%以上かつ2.6モル%未満の範囲で含有してもよい。なお、ここでいう周期表は、「無機化学命名法-IUPAC1990年勧告-」G.J.Leich編、山崎一雄訳・著、1993年3月26日発行、株式会社東京化学同人発行の第43頁に記載された表I-3.2の「周期表の族の指定」による。
【0017】
前記特定の元素の一つである周期表の4族元素として、例えばチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等を好適例として挙げることができる。希土類元素としては、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイド及びアクチノイドを挙げることができる。このランタノイドとしては、セリウム族元素とイットリウム族元素とを挙げることができ、前記セリウム族元素としては、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、及びサマリウム(Sm)を挙げることができ、イットリウム族元素としては、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)を挙げることができる。前記アクチノイドとしてはアクチニウム(Ac)、トリウム(Th)等を挙げることができる。なお、酸化物換算とは元素を酸化させるか酸素と結合した酸化物に換算することをいう。
【0018】
前記特定の元素はその一種単独が窒化珪素焼結体中に含まれていてもよく、また前記特定の元素のうちの複数種類の元素が窒化珪素焼結体中に含まれていてもよい。
【0019】
窒化珪素焼結体は、以下の観点から、Ti(チタン)の窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有することが好ましく、合計で5質量%以上15質量%以下含有することがより好ましく、合計で5質量%以上10質量%以下含有することが更に好ましい。窒化珪素焼結体がTi(チタン)の上記化合物を上記範囲内で含有することで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、ダイヤモンド層5より熱膨張係数が小さいマトリックスの窒化珪素(α-窒化珪素、β-窒化珪素)と、ダイヤモンド層5より熱膨張が大きいTi(チタン)の上記化合物と、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
Ti(チタン)の窒化物、炭窒化物、及び炭化物の好適な例としては、TiC(1-x) (0≦X≦1)が挙げられる。
【0020】
サイアロン焼結体におけるサイアロン(SiAlON)は、Si(ケイ素)、Al(アルミニウム)、O(酸素)、N(窒素)よりなるセラミックスの結晶粒子である。サイアロンは原料となる窒化珪素、アルミナ、窒化アルミニウム、シリカ等のSi、Al、O、Nといった構成元素を含む原料粉末に焼結助剤等を加えて焼結して成る。サイアロン粒子には組成式Si6-ZAl8-Z(0<Z≦4.2)で表されるβ-サイアロンと、組成式Mx(Si,Al)12(O,N)16(0<X≦2、MはMg,Ca,Sc,Y,Dy,Er,Yb,Lu等の、侵入型となって固溶する元素を示す。)で示されるα-サイアロン等が存在している。β-サイアロンは窒化珪素と同様に針状組織が絡み合った組織となるため、高靭性であり、α-サイアロンは等軸状の粒子形状であるため、β-サイアロンと比較して低靭性ではあるが、硬度が高い。サイアロンにおいて、α-サイアロンとβ-サイアロンとの比率は、特に限定されない。
【0021】
サイアロン焼結体は、焼結助剤として用いられる希土類元素、例えば、Sc、Y、Dy、Yb、Er、Ce及びLuから成る群より選択される少なくとも一種の元素を酸化物換算で1質量%~7質量%含有していてもよい。
【0022】
サイアロン焼結体は、ダイヤモンド層5の耐剥離性をより向上させる観点から、Al(アルミニウム)を酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有することが好ましく、5質量%以上30質量%以下含有することがより好ましく、15質量%以上25質量%以下含有することが更に好ましい。
【0023】
サイアロン焼結体は、以下の観点から、Ti(チタン)の窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有することが好ましく、合計で5質量%以上15質量%以下含有することがより好ましく、合計で5質量%以上10質量%以下含有することが更に好ましい。サイアロン焼結体がTi(チタン)の上記化合物を上記範囲内で含有することで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、ダイヤモンド層5より熱膨張係数が小さいマトリックスのサイアロン焼結体と、ダイヤモンド層5より熱膨張が大きいTi(チタン)の上記化合物と、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
Ti(チタン)の窒化物、炭窒化物、及び炭化物の好適な例としては、TiC(1-x) (0≦X≦1)が挙げられる。
【0024】
サイアロン焼結体は、耐剥離性を更に向上させる観点より、ポリタイプの結晶相を含むことが好ましい。ポリタイプとしては、12H、15R、及び21Rからなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましい。すなわち、サイアロン焼結体は、12H-サイアロン(一般式:SiAl)、15R-サイアロン(一般式:SiAl)、及び21R-サイアロン(一般式:SiAl)からなる群より選択される少なくとも一種のポリタイプサイアロンを含むことが好ましい。
サイアロン焼結体がポリタイプの結晶相を含むことで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、ダイヤモンド層5より熱膨張係数が小さいマトリックスのサイアロン(α-サイアロン、β-サイアロン)と、ダイヤモンド層5より熱膨張が大きいポリタイプサイアロンと、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
サイアロン焼結体に含有されるポリタイプの結晶相は、焼結体をX線回折分析することにより同定できる。
【0025】
(3)ダイヤモンド層5
ダイヤモンド層5は、図1に模式的に示すように、基材3と接する部分から結晶成長方向に伸びる空隙9を複数有する。ここで、「結晶成長方向」とは、基材3の表面3Aの特定の点を基点としたときに、その基点からダイヤモンド層5の表面に到達する距離が最短となるベクトル方向のことをいい、図1の上方向を意味する。なお、図1は、ダイヤモンド被覆切削工具1の切断面をSEM(Scanning Electron Microscope,走査型電子顕微鏡)で観察したSEM画像を概念的に示したものであり、実際のSEM画像を正確に示したものではない。図1は、基材3の表面3Aに垂直な方向に切断した切断面のSEM画像の概念図である。SEMで空隙9を観察する場合、ダイヤモンド被覆切削工具1をダイヤモンド層5も含めて基材3とともに切断し、当該切断面に対し市販の断面試料作製装置を用いてSEM観察用の試料を作製する。そして、当該試料の基材3とダイヤモンド層5との界面近傍をSEMで拡大観察することにより、空隙9を観察することができる。
【0026】
本開示における空隙9は、切断面において、結晶成長方向に対し垂直方向(基材3の表面3Aに沿った方向、図1,2における横方向)の幅Wが100nm以上500nm以下であり、かつ、結晶成長方向に沿った方向(基材3の表面3Aに垂直方向、図1,2における縦方向)の長さLPが100nm以上1μm以下のものと定義する。なお、幅Wは、空隙9の前記垂直方向(図1,2における横方向)における最も一端側から最も他端側までの前記垂直方向(図1,2における横方向)に沿った長さである。長さLPは、空隙9の結晶成長方向(図1,2における縦方向)における最も一端側から最も他端側までの結晶成長方向(図1,2における縦方向)に沿った長さである。図1,2に示された空隙9とは形状の異なる場合を図3に例示し、この図3の場合の幅W、長さLPを図示する。なお、図1~3に示された空隙9の形状は、いずれも実際の形状を正確に示すとは限らない。
本開示のダイヤモンド被覆切削工具1では、ダイヤモンド被覆切削工具1を基材3とダイヤモンド層5とを含む面で切断して得られる切断面において、隣り合う各空隙9の中心9A同士の間隔Lの平均(平均間隔)は、12μm以上1000μm以下であり、12μm以上500μm以下が好ましく、14μm以上100μm以下がより好ましい。なお、空隙9の中心9Aは、前記垂直方向(図1,2,3における横方向)における中心である。間隔Lは隣り合う各空隙9の中心9A同士の前記垂直方向における距離である。
平均間隔は、例えば次のように求められる。ダイヤモンド被覆切削工具1の刃先の位置から、刃先から遠ざかる方向にむかって、連続して複数枚(例えば、50枚)のSEM画像(例えば、5000倍)を得る。つまり、複数枚のSEM画像をつなげば、基材3とダイヤモンド層5との界面を観察することができる。各SEM画像の視野は、例えばそれぞれ18μm×24μmとすることができるが、要するにダイヤモンド被覆切削工具1の刃先の位置から少なくとも1000μmの界面を観察して平均間隔を特定できればよい。得られた複数枚のSEM画像をWinRoof(画像解析・計測ソフトウェア三谷商事株式会社)にて解析し、隣り合う空隙9の中心9A同士の各間隔Lを求める。求められた各間隔Lを平均(算術平均)して平均間隔とする。
【0027】
ダイヤモンド層5は、膜の表面粗さを小さくし、高い皮膜靭性を備えさせるために、多層構造を有することが好ましい。ダイヤモンド層5は、多結晶ダイヤモンドからなることが好ましい。ここで、多結晶ダイヤモンドとは、ダイヤモンド微粒子が固く結合したものである。ダイヤモンド層5は、ホウ素、窒素、珪素等の異種原子、これらの元素以外の不可避不純物を含んでいてもよい。
【0028】
ダイヤモンド層5の形成方法は、特に限定されない。ダイヤモンド層5の形成方法は、CVD法(chemical vapor deposition)が好ましい。CVD法としては、マイクロ波プラズマCVD法、ホットフィラメントCVD法、高周波プラズマCVD法等が例示される。これらのCVD法の中でも、結晶粒径を細かく、表面粗さの小さい膜を得やすいマイクロ波プラズマCVD法が好適に用いられる。
【0029】
ダイヤモンド層5の厚みは、特に限定されない。ダイヤモンド層5の厚みは、8μm以上20μm以下が好ましい。8μm以上では密着性が向上し、20μm以下では刃先を鋭くしやすいので切削性能が向上する。
【0030】
(4)本開示の構成により、基材3に対するダイヤモンド層5の密着性が高まり、耐剥離性が向上する推測理由
ダイヤモンド層5(ダイヤモンド被膜)の熱膨張係数は3.1×10-6/Kであり、残留応力を減らすためには、ダイヤモンド層5と基材3の熱膨張係数をできるだけ近づける必要がある。しかし、ダイヤモンド層5よりも基材3の熱膨張係数が小さい場合、ダイヤモンド層5に引張応力がかかり、基材3に対するダイヤモンド層5の密着性が低下してしまう。そこで、基材3の熱膨張係数はダイヤモンド層5の熱膨張係数に近く、かつ大きくする必要がある。基材3の平均熱膨張係数xを上記関係式1に示す特定範囲とすることで、ダイヤモンド層5と基材3の熱膨張係数が近づき、かつダイヤモンド層5にかかる引張応力が抑制されて、基材3に対するダイヤモンド層5の密着性が向上すると推測される。
更に、以下の理由から本開示のダイヤモンド被覆切削工具1では、耐剥離性が向上すると推測される。基材3の界面の空隙9の間隔が狭いとダイヤモンド層5と基材3との接触面積が小さくなり、基材3に対するダイヤモンド層5の密着性が低下する。他方、空隙9の間隔が広すぎても、界面に残留応力が溜まり、密着性が低下する。本開示のダイヤモンド被覆切削工具1では、隣り合う各空隙9の中心9Aの間の平均間隔が12μm以上1000μm以下に調整されることで、剥離の起点が少なくなり、かつ界面の残留応力も抑制されて、耐剥離性が向上すると推測される。
そして、耐剥離性が向上することにより、切削初期だけではなく、切削加工を長時間継続する際も剥離が生じにくくなり、工具の寿命が伸びると推測される。また、本開示のダイヤモンド被覆切削工具1は、より厳しい条件下で使用できるため、切削能率を上げることが可能である。
【0031】
2.ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法
ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法は特に限定されない。ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法の一例を以下に示す。
【0032】
(1)原料
原料として例えば次の原料粉末を使用する。
・主成分 α-Si粉末
・焼結助剤 Y(酸化イットリウム)、Yb(酸化イッテルビウム)、La(酸化ランタン)、CeO(酸化セリウム(IV))、Er(酸化エルビウム)、Dy(酸化ジスプロシウム)、MgO(酸化マグネシウム)、MgCO(炭酸マグネシウム)、Al(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)、ZrO(酸化ジルコニウム)、TiN(窒化チタン)、TiC(炭化チタン)から選択
【0033】
(2)基材3の作製
原料粉末と、溶媒に溶解した有機バインダと、溶媒とを、ボールを用い湿式混合してスラリーを得る。スラリーを乾燥させ、所望(工具)の形状にプレス成形して成形体を得る。成形体を加熱装置内において、所定雰囲気下、例えば400℃~800℃にて、60分間~120分間の脱脂処理を施す。更に、脱脂した成形体を容器内に配置し、所定雰囲気下、例えば1700℃~1900℃で120分間~360分間にわたり加熱することにより、焼結体を得る。焼結体の理論密度が99%未満の場合は、更に例えば1000気圧の所定雰囲気下、例えば1500℃~1700℃で120分間~240分間のHIP処理(熱間等方圧加圧法:Hot Isostatic Pressing)を行い、理論密度で99%以上の緻密体とする。このようにして作製された焼結体又は緻密体が基材3に相当する。
【0034】
(3)コーティング前処理
ダイヤモンド層5のコーティング前にコーティング前処理を行ってもよい。コーティング前処理は、ダイヤモンド層5の基材3への密着性を高めるために行う。具体的には、基材3の表面3Aの粗面化処理等が例示される。粗面化処理には、例えば電解研磨等の化学的腐食、SiC等の砥粒等によるサンドブラストが用いられる。
【0035】
(4)ダイヤモンド層5のコーティング(ダイヤモンド層5の形成)
ダイヤモンド層5のコーティングには、例えば、マイクロ波プラズマCVD法を用いることができる。原料ガスとして例えばメタン(CH)、水素(H)、一酸化炭素(CO)等を供給しコーティングする。コーティング処理は、例えば、以下2つの工程を繰り返し行う。設定膜厚になるまで下記核生成工程、及び結晶成長工程を繰り返し、多層構造のダイヤモンド層5を基材3の表面3Aにコーティングする。
ダイヤモンド層5の隣り合う空隙9の中心9A間の平均間隔は、基材3の25℃から600℃における平均熱膨張係数を調整することによって制御できる。このように制御できる理由は定かではないが、次のように推測される。コーティング処理の際に基材3の表面3Aは加熱され、コーティング処理後に冷却される。ダイヤモンド層5の平均熱膨張係数と基材3の平均熱膨張係数とは相違するため、冷却の際に基材3上に形成されたダイヤモンド層5に引張応力又は圧縮応力がかかって空隙9が生ずるものと考えられる。従って、基材3の平均熱膨張係数を調整すると、上記引張応力又は圧縮応力が制御され、隣り合う空隙9の中心9A間の平均間隔が制御できるものと推測される。また、コーティング前処理によって基材5の表面粗さを調整することによっても制御できる。表面粗さによってもダイヤモンド層5にかかる引張応力又は圧縮応力が制御されるからだと推測される。
(4.1)核生成工程
メタンの濃度が10%~30%の範囲内で定められた設定値となるようにメタン及び水素の流量調節を行う。この際、基材3の表面温度が700℃~900℃の範囲内で定められた設定温度で、反応炉内のガス圧が2.5×10Pa~3.0×10Paの範囲内で定められた設定圧で、その状態を0.1時間~2時間継続する。
(4.2)結晶成長工程
メタンの濃度が1%~4%の範囲内で定められた設定値になるようにメタン及び水素の流量調節を行う。この際、基材3の表面温度が800℃~900℃の範囲内で定められた設定温度で、反応炉内のガス圧が1.0×10Pa~7.0×10Paの範囲内で定められた設定圧で、結晶成長させる。
【実施例
【0036】
以下、実施例により更に具体的に説明する。
なお、実験例1~10は実施例であり、実験例11~18は比較例である。
表1において、「11*」のように、「*」が付されている場合には、比較例であることを示している。
【0037】
1.ダイヤモンド被覆切削工具の作製
(1)基材の作製
平均粒径が1.0μm以下であるα-Si粉末、及び焼結助剤であるY(酸化イットリウム)、Yb(酸化イッテルビウム)、La(酸化ランタン)、CeO(酸化セリウム(IV))、Er(酸化エルビウム)、Dy(酸化ジスプロシウム)、MgO(酸化マグネシウム)、MgCO(炭酸マグネシウム)、Al(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)、ZrO(酸化ジルコニウム)、TiN(窒化チタン)、TiC(炭化チタン)を、表1に記載の配合となるように秤量して原料粉末とした。
原料粉末と、エタノールに溶解したマイクロワックス系の有機バインダと、エタノールとを、Si製のボールを用いボールミルで湿式混合してスラリーを得た。スラリーを乾燥させ、ISO規格でSPGN422の形状にプレス成形して成形体を得た。
成形体を加熱装置内において、1気圧の窒素雰囲気下、400℃~800℃にて、60分間~120分間の脱脂処理を施した。更に、脱脂した成形体をSi製の容器内に配置し、窒素雰囲気下、1700℃~1900℃で120分間~360分間にわたり加熱することにより、焼結体を得た。焼結体の理論密度が99%未満の場合は、更に1000気圧の窒素雰囲気下、1500℃~1700℃で120分間~240分間のHIP処理を行い、理論密度で99%以上の緻密体とした。このようにして作製された焼結体又は緻密体を基材とした。
【0038】
【表1】
【0039】
(2)コーティング
ダイヤモンド層のコーティングには、マイクロ波プラズマCVD法を用いた。原料ガスとしてメタン(CH)、水素(H)、一酸化炭素(CO)等を用いた。コーティング処理は、設定膜厚(12μm)になるまで(4.1)の欄で記載した核生成工程、及び(4.2)の欄で記載したの結晶成長工程を繰り返し、多層構造のダイヤモンド層を基材の表面にコーティングした。
【0040】
2.ダイヤモンド被覆切削工具の測定方法等
(1)Alの酸化物換算での含有率、Tiの化合物の含有率の算出方法
Alの酸化物換算での含有率及びTiの化合物の含有率は、基材において蛍光X線(X-ray Fluorescence Spectrometry)を測定して算出した。
なお、ここでTiの化合物とは、Tiの窒化物、炭窒化物、及び炭化物から選ばれる少なくとも1種を意味する。
【0041】
(2)結晶相同定方法
焼結体に含有されるポリタイプサイアロンは、基材をX線回折分析することにより同定した。ここで、ポリタイプサイアロンとは、12H-サイアロン(一般式:SiAl)、15R-サイアロン(一般式:SiAl)、及び21R-サイアロン(一般式:SiAl)からなる群より選択される少なくとも一種である。
【0042】
(3)熱膨張率測定方法
各基材においてTMA(Thermo Mechanical Analysis)を用いて測定した。測定条件は、R.T(25℃)~1000℃、Ar雰囲気下、10℃/minとした。
【0043】
(4)空隙の観察方法
走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)によって観察した。詳細には、ダイヤモンド被覆切削工具を、ダイヤモンド層を含めて基材ごと切断し、ダイヤモンド層と基材の界面をイオンミリングにより研磨し、SEM観察用の試料を作製した。そして、界面近傍をSEMで拡大観察することで、空隙の有無、空隙の間隔を測定した。この際、ダイヤモンド被覆切削工具の刃先の位置から、刃先から遠ざかる方向にむかって、連続して50枚のSEM画像(5000倍)を得た。各SEM画像の視野は、それぞれ18μm×24μmとした。得られた50枚のSEM画像をWinRoof(画像解析・計測ソフトウェア三谷商事株式会社)にて解析し、隣り合う各空隙の中心同士の間隔を求めた。そして、求められた間隔を平均して平均間隔とした。
なお、平均間隔を測定する際の空隙は、切断面において、結晶成長方向に対し垂直方向の幅が100nm以上500nm以下であり、かつ、結晶成長方向に沿った方向の長さが100nm以上1μm以下の空隙を用いた。言い換えれば、この要件を満たさない空隙は、間隔の測定には用いなかった。
【0044】
3.ダイヤモンド被覆切削工具の切削試験
(1)試験方法
各ダイヤモンド被覆切削工具を用いて、切削試験を行った。試験条件は下記の通りである。切削試験では、ダイヤモンド被覆切削工具からダイヤモンド層が剥離するまでのパス数を測定した。パス数が多いほど、評価が高い。評価は以下のようにした。
<試験条件>
・被削材:アルミ材(AC4A-T6)
・切削速度:300m/min
・切込み量:1.0mm
・送り量:0.25mm/rev.
・1パス(1pass)あたりの長さ:200mm
・切削環境:冷却水あり

<評価>
「A」…1400パス以上
「B」…1000パス以上1400パス未満
「C」…900パス以上1000パス未満
「D」…900パス未満
【0045】
(2)試験結果
試験結果を表1に示す。
平均熱膨張係数xが、3.1×10-6/K≦x≦4.0×10-6/Kを満たし、かつ隣り合う各前記空隙の中心間の平均間隔が12μm以上1000μm以下である実験例1~10は、いずれも「C」以上の良好な評価であった。これに対して、平均熱膨張係数xが、3.1×10-6/K≦x≦4.0×10-6/Kではない、または、隣り合う各前記空隙の中心間の平均間隔が12μm以上1000μm以下ではない実験例11~17は、いずれも「D」という良好ではない評価であった。より具体的には、実験例1~10は、剥離までのパス数が少なくとも900回であるのに対し、実験例11~17は、剥離までのパス数が多くても600回であり、耐剥離性は大きく異なっていた。
実験例1,2,3を比較すると、Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する実験例3は、この範囲外の実験例1,2よりも評価が高かった。
実験例1,2,4を比較すると、Tiの窒化物(TiN)が5質量%以上20質量%以下含有する実験例4は、この範囲外の実験例1,2よりも評価が高かった。
実験例3,5,6,7,8を比較すると、ポリタイプの結晶相を含む実験例5,6,7,8は、ポリタイプの結晶相を含まない実験例3よりも評価が高かった。
【0046】
本開示は上記で詳述した実施形態に限定されず、本開示の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0047】
1 …ダイヤモンド被覆切削工具
3 …基材
3A…表面
5 …ダイヤモンド層
9 …空隙
9A…中心
図1
図2
図3