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  • 特許-非侵襲的な血清亜鉛値の推定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】非侵襲的な血清亜鉛値の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/49 20060101AFI20231108BHJP
   G01N 33/493 20060101ALI20231108BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231108BHJP
   G01N 33/84 20060101ALI20231108BHJP
【FI】
G01N33/49 Z
G01N33/493 A
G01N33/50 A
G01N33/84 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019168783
(22)【出願日】2019-09-17
(65)【公開番号】P2021047055
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】清水 良樹
(72)【発明者】
【氏名】雄長 誠
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-083340(JP,A)
【文献】Veronica da Silva BANDEIRA et al.,“Association of reduced zinc status with poor glycemic control in individuals with type 2 diabetes mellitus”,Journal of Trace Elements in Medicine and Biology,2017年12月,Vol. 44,p.132-136,DOI: 10.1016/j.jtemb.2017.07.004
【文献】GZA SOLIMAN,“Serum/Urine Zn Level of Egyptian Type II Diabetic Patients and Its relation with Glycemic Control (HbA1c)”,Journal of Biology and Medicine,2019年08月14日,Vol. 3, No. 1,p.044-047,DOI: 10.17352/jbm.000014
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のうちいずれか2つ以上を指標とする下記推定式1~4のいずれかに基づいて、血清亜鉛値を推定する方法。
(推定式1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α1)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(β1)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-(γ1)×年齢
+(δ1)
[(α1)は0.006~0.014、(β1)は0.008~0.016、(γ1)は0.09~0.17、(δ1)は70~100]
(推定式2)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α2)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(γ2)×年齢
+(δ2)
[(α2)は0.006~0.014、(γ2)は0.11~0.19、(δ2)は65~95]
(推定式3)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=-(β2)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-(γ3)×年齢
+(δ3)
[(β2)は0.006~0.014、(γ3)は0.09~0.17、(δ3)は75~105]
(推定式4)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α3)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(β3)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
+(δ4)
[(α3)は0.006~0.014、(β3)は0.010~0.018、(δ4)は65~95]
【請求項2】
請求項1に記載の血清亜鉛値を推定する方法を用いて、血清亜鉛値を推定し、亜鉛の不足量を補うための経口組成物を対象者へ提供するシステム。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値を指標として、非侵襲的に血清亜鉛値を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛は、必須な微量元素であり、欠乏すると、発育障害、脱毛、味覚異常、皮膚障害、性機能不全、免疫不全、食欲低下、創傷治癒遅延などの亜鉛欠乏症を発症する。標準体重のヒト体内に、亜鉛は約1.5~3g存在し、そのほとんどは、タンパク質と結合した状態で、骨格筋、骨、皮膚、肝臓、脳、腎臓、毛髪などに分布している。
【0003】
わが国において、亜鉛の推奨摂取量や耐用上限量が定められているが、亜鉛の栄養状態、とくに、欠乏状態の特異的な指標がなく、その判断が難しいことが指摘されている。亜鉛の栄養状態の指標として、対象者の血液を採取し、血清亜鉛値を測定する方法が一般的である。しかし、採血は侵襲性を有するため、対象者の負担が大きく、非侵襲的な血清亜鉛値の測定方法が求められている。
【0004】
非侵襲的に亜鉛の栄養状態を評価する方法のひとつに、尿中への亜鉛排泄量を指標とする方法がある。しかし、健常人において尿中への亜鉛排泄量は約0.5mg/日と非常に少なく、低アルブミン血症を呈するような疾病を有する対象者においては、血清中の亜鉛の結合様式が変化するため、尿中への亜鉛排泄量が増加してしまい、真の亜鉛欠乏者の栄養状態が、正常と誤診されてしまうというリスクがある。もうひとつに、毛髪中の亜鉛濃度を測定する方法があるが、毛髪は外部からの影響を受けやすく、とくに亜鉛を含む整髪料やシャンプーを使用した場合、毛髪中の亜鉛濃度は顕著に上昇し、その解釈は困難となる。
【0005】
食事頻度調査結果から血清亜鉛値を推定する方法もあるが、本発明者らは、食事頻度調査結果から推定した亜鉛摂取量と、血清亜鉛値との間には相関がないことをつきとめた。これは、非特許文献1の報告とも合致する。
【0006】
特許文献1(特開2017-83340号公報)は、血液一般検査の項目であるヘモグロビン濃度、ヘマトクリット、アルブミン濃度、総コレステロール濃度、中性脂肪濃度、ナトリウムイオン濃度および塩素イオン濃度の血液検査値を組み合わせて、亜鉛の欠乏状態を推定する装置を提案している。血液一般検査の項目には含まれない血清亜鉛値のために、採血を追加で行う必要がないという点では、対象者の身体的負担を軽減する優れた技術である。しかしながら、この方法は、血液一般検査値が必要であり、対象者が気軽に日常的に亜鉛の欠乏状態をチェックするには敷居が高く、さらに簡便な方法が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-83340号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Janet C king, “Yet Again, Serum Zinc Concentrations Are Unrelated to Zinc Intakes”, The Journal of Nutrition, 2018, 148(9), 1399-1401
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非侵襲的な血清亜鉛値の推定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の主な構成は、次のとおりである。
1.対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のうちいずれか2つ以上を指標として、血清亜鉛値を推定する方法。
2.対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値を指標として、血清亜鉛値を推定する方法。
3.1.2.のいずれかに記載の血清亜鉛値を推定する方法を用いて、血清亜鉛値を推定し、亜鉛の不足量を補うための経口組成物を対象者へ提供するシステム。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のうちいずれか2つ以上を指標として、非侵襲的に血清亜鉛値を推定する方法である。対象者(需要者)は、店頭や自宅で、採尿キットなどを用いた簡便な方法で尿サンプルを採取し、対象者の年齢を含む情報とともに郵送することで、自身の血清亜鉛値と亜鉛の充足状態を知ることが可能となる。また、亜鉛が不足している対象者は、日常の食事に加えて亜鉛を効率的に経口摂取することができるサプリメントやドリンク等の経口組成物の提供を受けることができる。さらに、本発明は、採血を要せず対象者の負担が極めて少ないため、対象者が経口組成物を摂取した一定期間後も、気軽に摂取後の経過について再検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】血清亜鉛値と、推定式1-1から推定した血清亜鉛値との相関図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のいずれか2つ以上を指標として用いることにより、高い精度で血清亜鉛値を推定できることを見出した。
尿中の亜鉛濃度[μg/dL]、尿酸濃度[mg/dL]およびクレアチニン(Cre)濃度[g/mL]を測定し、これらから尿中亜鉛値[μg/g Cre]、尿中尿酸値[mg/g Cre]を算出した。なお、尿中成分濃度は、食事や水分摂取、発汗などの影響を受けやすく、尿の濃さによって成分濃度が大きく変動するため、尿中亜鉛値、尿中尿酸値は、同時に測定したクレアチニン値との比率を求めるクレアチニン補正を行った値である。
【0014】
対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のいずれか2つ以上から、血清亜鉛値を推定する方法としては、回帰分析で導かれる推定式を用いることができ、この推定式は、一次式、多項式、対数式、指数式等とすることができる。一例として、下記推定式1~4が挙げられる。
【0015】
(推定式1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α1)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(β1)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-(γ1)×年齢
+(δ1)
(α1)は、0.006~0.014が好ましく、0.008~0.012がより好ましい。(β1)は、0.008~0.016が好ましく、0.010~0.014がより好ましい。(γ1)は、0.09~0.17が好ましく、0.11~0.15がより好ましい。(δ1)は、70~100が好ましく、75~95がより好ましい。
【0016】
(推定式2)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α2)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(γ2)×年齢
+(δ2)
(α2)は、0.006~0.014が好ましく、0.008~0.012がより好ましい。(γ2)は、0.11~0.19が好ましく、0.13~0.17がより好ましい。(δ2)は、65~95が好ましく、70~90がより好ましい。
【0017】
(推定式3)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=-(β2)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-(γ3)×年齢
+(δ3)
(β2)は、0.006~0.014が好ましく、0.008~0.012がより好ましい。(γ3)は、0.09~0.17が好ましく、0.11~0.15がより好ましい。(δ3)は、75~105が好ましく、80~100がより好ましい。
【0018】
(推定式4)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=(α3)×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-(β3)×尿中尿酸値[mg/g Cre]
+(δ4)
(α3)は、0.006~0.014が好ましく、0.008~0.012がより好ましい。(β3)は0.010~0.018が好ましく、0.012~0.016がより好ましい。(δ4)は、65~95が好ましく、70~90がより好ましい。
【0019】
上記推定式1~4に基づき、対象者の年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値のいずれか2つ以上を指標として、対象者の血清亜鉛値を推定することができる。推定式としては、尿中亜鉛値を指標として含む推定式1、2、4がより好ましい。亜鉛の充足状態について、「亜鉛欠乏症の診療指針2018」(一般社団法人日本臨床栄養学会)には、血清亜鉛値は、早朝空腹時に測定することが望ましく、血清亜鉛値が60μg/dL未満であれば亜鉛欠乏症、60~80μg/dL未満であれば潜在性亜鉛欠乏症と診断する指針が記載されている。すなわち、推定される血清亜鉛値が80μg/dL以上であれば充足している状態である可能性が高いといえる。対象者の血清亜鉛値を推定し、亜鉛の充足状態及び/又は亜鉛の不足量を補うための経口組成物を対象者へ提供することができる。
【0020】
本発明において、尿を採取するタイミングとして、特に限定されるものではないが、1日の中で最初に食事を摂取するまでに採取することが好ましく、起床後すぐ(早朝)に採取する第1尿が特に好ましい。
【0021】
本発明で用いる採尿容器は、病院や検査機関等で実施されている尿検査のために使用される尿中成分の変質を引き起こさない形状、材質であれば特に限定されず用いることができる。
【0022】
本発明で提供する経口組成物は、医薬品(医薬部外品を含む)や、栄養補助食品、栄養機能食品、特定保健用食品、機能性表示食品、病者用食品等の機能性食品、一般的な食品、食品添加剤として用いることができる。継続的な摂取が行いやすいように、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、チュアブル錠、口腔内崩壊錠、ドリンク剤、ゼリー状の形態を有することが好ましい。棒状、板状、グミ状に加工した食品や、一般的な食品形態に添加したものであってもよい。中でも錠剤、カプセル剤の形態が、摂取の簡便さの点から特に好ましい。このような剤形を有する製剤は、慣用法によって調製することができ、亜鉛の放出性を制御した、速放性、徐放性の製剤であってもよい。
【0023】
本発明の経口組成物に配合する亜鉛としては、亜鉛を補給するための食品原料として流通しているものであれば特に制限されない。好ましくは、グルコン酸亜鉛、亜鉛酵母、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、酸化亜鉛、ステアリン酸亜鉛を挙げることができ、これらの群から選ばれる少なくとも1種又は2種以上を組み合わせたものを使用することができる。
【0024】
本発明で提供する経口組成物は、亜鉛以外にも、亜鉛の生体利用率を高めるための補助成分を配合することができ、その他にも例えば、ビタミン、ミネラル、アミノ酸、糖、ポリペプチド、魚油といった栄養素を配合することができる。
【実施例
【0025】
<臨床試験方法>
20歳以上70歳未満の日本人男女316名(男性156名、女性160名)を対象に、背景調査(性別、生年月日、食事摂取調査アンケート)、尿中の亜鉛、尿酸、クレアチニン(Cre)濃度の測定、血清中の亜鉛濃度の測定を実施した。
以下のとおり、除外規準を設けた。
1)重篤な既往歴及び消化管の切除手術歴がある方(虫垂切除を除く)
2)妊娠している方及び授乳中の方
3)アルコール多飲及び過度の喫煙の方
4)その他、試験責任医師により本試験参加に不適切と判断された方
【0026】
本試験は倫理的配慮として、倫理審査委員会にて当該試験を行うことの適否についての審査を受け、本臨床試験の実施に際しては、事前に被験者全員に試験の主旨を十分に説明したうえで、本人の自由意思で書面による参加の同意を得た。被験者は、来院日の第1尿を採尿し、来院日の午前中に病院にて血液検査を受けた。
【0027】
(採尿)
対象者に、来院日の早朝第1尿(起床後すぐの尿)を10mL容量の採尿容器に採取させた。
【0028】
(尿中成分の定量)
尿中亜鉛濃度はメタロアッセイ亜鉛測定LS(メタロジェニクス株式会社製)を使用し、尿中尿酸濃度は「セロテック」UA-CL(株式会社セロテック製)、尿中Cre濃度は「セロテック」CRE-S(株式会社セロテック製)を用い、クリナライザ(JCA-BM6070)(日本電子株式会社製)により自動分析した。分析より、尿中の亜鉛濃度[μg/dL]、尿酸濃度[mg/dL]およびCre濃度[mg/dL]を得、尿中亜鉛値[μg/g Cre]、尿中尿酸値[mg/g Cre]を算出した。
【0029】
<血清亜鉛値の測定方法>
血清亜鉛値は原子吸光分光光度計240FSAA(アジレント・テクノロジー株式会社製)により分析し、分析結果より血清亜鉛値(μg/dL)を得た。
【0030】
(相関係数および推定式)
回帰分析により、相関係数および推定式を得た。
得られた尿中亜鉛値[μg/g Cre]、尿中尿酸値[mg/g Cre]、年齢から、以下の推定式1-1を得た。
(推定式1-1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=0.0104873×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-0.012067×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-0.132999×年齢
+86.183098
【0031】
得られた尿中亜鉛値[μg/g Cre]、年齢から、以下の推定式2-1を得た。
(推定式2-1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=0.0095×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-0.150558×年齢
+82.349618
【0032】
得られた尿中尿酸値[mg/g Cre]、年齢から、以下の推定式3-1を得た。
(推定式3-1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=-0.010104×尿中尿酸値[mg/g Cre]
-0.1261×年齢
+89.264906
【0033】
得られた尿中亜鉛値[μg/g Cre]、尿中尿酸値[mg/g Cre]から、以下の推定式4-1を得た。
(推定式4-1)
推定血清亜鉛値[μg/dL]=0.0099984×尿中亜鉛値[μg/g Cre]
-0.014542×尿中尿酸値[mg/g Cre]
+81.480279
【0034】
(結果)
年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値および推定式1-1~4-1により推定した血清亜鉛値と、血清亜鉛値との相関係数を表1に示す。
【0035】
【表1】
【0036】
血清亜鉛値と、年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値との間に相関は認められなかった。
血清亜鉛値と、推定式1-1~4-1から推定した血清亜鉛値との間に相関が認められ、尿中亜鉛値を指標として含む推定式1-1、2-1、4-1から推定した血清亜鉛値は高い相関が、年齢、尿中亜鉛値、尿中尿酸値を指標とする推定式1-1から推定した血清亜鉛値が最も高い相関が認められた。血清亜鉛値と、推定式1-1から推定した血清亜鉛値との相関を図1に示す。
図1