(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】結合自由エネルギーの算出方法、及び算出装置、並びにプログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 20/50 20190101AFI20231108BHJP
G16C 10/00 20190101ALI20231108BHJP
G16B 15/30 20190101ALI20231108BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20231108BHJP
【FI】
G16C20/50
G16C10/00
G16B15/30
G01N33/50 Z
(21)【出願番号】P 2018154175
(22)【出願日】2018-08-20
【審査請求日】2021-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】谷田 義明
【審査官】松野 広一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-091180(JP,A)
【文献】国際公開第2017/199279(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/013802(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0326878(US,A1)
【文献】米国特許第06230102(US,B1)
【文献】Vittorio Limongelli et al.,Funnel metadynamics as accurate binding free-energy method,PNAS,2013年04月16日,vol.110 no.16,pp.6358-6363
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00-99/00
G16B 5/00-99/00
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いた、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーの算出方法であって、
アルケミカル経路計算法により、前記第1の物質と前記第2の物質との間に0から最大値までの調和ポテンシャルを複数の段階で付加して、前記複数の段階ごとに前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記複数の段階ごとに求められた複数のポテンシャルエネルギーデータのうちの
前記調和ポテンシャルの前記最大値を付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲内のポテンシャルエネルギーデータを特定する工程と、
特定された前記ポテンシャルエネルギーデータを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を含むことを特徴とする結合自由エネルギーの算出方法。
【数1】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
【請求項2】
前記第1の物質が、標的分子であり、前記第2の物質が、結合計算対象分子である請求項1に記載の結合自由エネルギーの算出方法。
【請求項3】
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σの範囲である、請求項1から2のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出方法。
【請求項4】
コンピュータに、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出させるプログラムであって、
アルケミカル経路計算法により、前記第1の物質と前記第2の物質との間に0から最大値までの調和ポテンシャルを複数の段階で付加して、前記複数の段階ごとに前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記複数の段階ごとに求められた複数のポテンシャルエネルギーデータのうちの
前記調和ポテンシャルの前記最大値を付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲内のポテンシャルエネルギーデータを特定する工程と、
特定された前記ポテンシャルエネルギーデータを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を実行させることを特徴とするプログラム。
【数2】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
【請求項5】
第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出する結合自由エネルギーの算出装置であって、
アルケミカル経路計算法により、前記第1の物質と前記第2の物質との間に0から最大値までの調和ポテンシャルを複数の段階で付加して、前記複数の段階ごとに前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求めるポテンシャルエネルギー算出部と、
前記複数の段階ごとに求められた複数のポテンシャルエネルギーデータのうちの
前記調和ポテンシャルの前記最大値を付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲内のポテンシャルエネルギーデータを特定するポテンシャルエネルギー選択部と、
前記ポテンシャルエネルギー選択部において特定された前記ポテンシャルエネルギーデータを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する結合自由エネルギー計算部と、
を有することを特徴とする結合自由エネルギーの算出装置。
【数3】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、結合自由エネルギーの算出方法、及び算出装置、並びにプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
計算機実験を用いて、標的分子(例えば、標的タンパク質)と結合計算対象分子(例えば、医薬候補分子)との結合構造(複合体構造)に対する結合自由エネルギーを予測する計算を実行する場合、アルケミカルな熱力学サイクルを用いて計算する方法が最も精度の高いことが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
しかしながら、この方法では、複数の安定結合構造(結合ポーズ)が存在する場合に、定量的な予測が不可能となり、算出される結合自由エネルギーの精度が低下するときがあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】John D. Chodera et. al., Alchemical free energy methods for drug discovery: Progress and challenges, Curr Opin Struct Biol. 2011 April ; 21(2): 150-160
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本件は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本件は、複数の安定結合構造が存在する場合でも高い精度で結合自由エネルギーを算出することができる結合自由エネルギーの算出方法、及び算出装置、並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
開示の結合自由エネルギーの算出方法は、コンピュータを用いた、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーの算出方法であって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する工程と、
選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を含む。
【0006】
開示のプログラムは、コンピュータに、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出させるプログラムであって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する工程と、
選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を実行させる。
【0007】
開示の結合自由エネルギーの算出装置は、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出する結合自由エネルギーの算出装置であって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求めるポテンシャルエネルギー算出部と、
前記ポテンシャルエネルギー算出部において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択するポテンシャルエネルギー選択部と、
前記ポテンシャルエネルギー選択部において選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する結合自由エネルギー計算部と、
を有する。
【発明の効果】
【0008】
開示の結合自由エネルギーの算出方法によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、複数の安定結合構造が存在する場合でも高い精度で結合自由エネルギーを算出することができる。
開示のプログラムによると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、複数の安定結合構造が存在する場合でも高い精度で結合自由エネルギーを算出することができる。
開示の結合自由エネルギーの算出装置によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、複数の安定結合構造が存在する場合でも高い精度で結合自由エネルギーを算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、アルケミカル経路計算法の一例の概念図である。
【
図2】
図2は、自由エネルギー面の一例を表す図である。
【
図3】
図3は、自由エネルギー面の他の一例を表す図である。
【
図4A】
図4Aは、複数の結合ポーズのうちの一つの結合ポーズを表す図である。
【
図4B】
図4Bは、複数の結合ポーズのうちの他の一つの結合ポーズを表す図である。
【
図4C】
図4Cは、複数の結合ポーズのうちの更に他の一つの結合ポーズを表す図である。
【
図5】
図5は、バネ定数K
ξをもつ調和ポテンシャルと、自由エネルギー面の他の一例との関係を表す図である。
【
図6】
図6は、ポテンシャルエネルギーデータを選択する方法を説明するための図である。
【
図7】
図7は、開示の結合自由エネルギーの算出方法の一例のフローチャートである。
【
図8】
図8は、開示の結合自由エネルギーの算出装置の構成例である。
【
図9】
図9は、開示の結合自由エネルギーの算出装置の他の構成例である。
【
図10】
図10は、開示の結合自由エネルギーの算出装置の他の構成例である。
【
図11】
図11は、実施例1における調和ポテンシャルの変数を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
創薬とは、医薬品の設計するプロセスを指す。前記創薬は、例えば、以下のような順で行われる。
(1) 標的分子の決定
(2) リード化合物等の探索
(3) 生理作用の検定
(4) 安全性・毒性試験
リード化合物等(リード化合物及びそれから派生する化合物)の探索においては、多数の薬候補分子の各々と、標的分子との相互作用を精度よく評価することが重要である。
【0011】
コンピュータを用いて医薬品を設計するプロセスを、IT創薬と称することがある。IT創薬の技術は、創薬全般において利用可能である。その中でも、リード化合物等の探索にIT創薬の技術を利用することは、新薬開発の期間及び確率を高める上で有用である。
【0012】
開示の技術は、例えば、高い薬理活性が期待されるリード化合物等の探索に利用できる。
【0013】
(結合自由エネルギーの算出方法)
開示の結合自由エネルギーの算出方法は、コンピュータを用いて行われる。
前記結合自由エネルギーの算出方法は、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出する方法である。
前記結合自由エネルギーの算出方法は、ポテンシャルエネルギーを求める工程と、ポテンシャルエネルギーを選択する工程と、結合自由エネルギーを計算する工程とを少なくとも含み、更に必要に応じて、その他の工程を含む。
【0014】
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程では、前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める。
前記ポテンシャルエネルギーを選択する工程では、前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する。
前記結合自由エネルギーを計算する工程では、選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する。
【0015】
開示の技術の発明者は、拘束ポテンシャルの付加を利用した、結合計算対象分子と標的分子との結合自由エネルギーの算出の際に、計算の精度が低下する原因について検討した。
【0016】
分子シミュレーションを用いて”de novo”ドラッグデザインを実行する場合、医薬候補分子と標的タンパク質との結合活性(結合自由エネルギー)を高精度に予測することが重要である。そのための方法としてアルケミカル経路計算法が最も高精度であることが広く認識されている。
前記アルケミカル経路計算法は、アルケミカル自由エネルギー計算(alchemical free energy calculation)、アルケミカル変換(alchemical transformation)などとも呼ばれ、仮想的な(アルケミカル)経路に沿った熱力学サイクルを用いた、結合自由エネルギーの算出方法である。
前記アルケミカル経路計算法では、薬候補分子の距離又は向きを拘束するプロセス及び薬候補分子とその周囲環境との相互作用を消去していくプロセスの自由エネルギーを計算し、足し合わせることによって、結合自由エネルギーを計算する。
前記アルケミカル経路計算法は、例えば、Adv Protein Chem Struct Biol. 2011 ; 85: 27-80.に紹介されている。
前記アルケミカル経路計算法としては、例えば、
図1及び以下の式により求められる計算法が挙げられる。
【数1】
【0017】
図1において、三日月状の物体が、標的分子(A)であり、円形の物体が、結合計算対象分子(B)である。上記式、及び
図1において、Cは、静電相互作用を表し、Lは、ファンデルワールス相互作用を表し、Rは、バネ拘束ポテンシャルを表す。
上記式における右辺の第1,2,3,4,6項は、例えば、Bennett Acceptance Ratio(BAR)法、EFP法、により評価することができる。
上記式の右辺における最後から2項目は、標準状態補正と呼ばれることが多い〔例えば、非特許文献(Michael S. Lee et. al., Calculation of Absolute Protein-Ligand Binding Affinity Using Path and Endpoint Approaches, Biophysical Journal, Volume 90, February 2006, 864-877)参照〕。
【0018】
前記アルケミカル経路計算法を用いた結合自由エネルギー計算では、標準状態の補正を行うために薬候補分子の標的タンパク質に対する向きを決定する変数{ξ}を、安定な変位に拘束する必要がある。一般的に、拘束を行う外場には、調和ポテンシャルが多く用いられていた。
結合自由エネルギーを計算するために、
図1の径路にしたがってシミュレーションを行う場合、(0,1,1)の状態から(1,1,1)の状態間において、(0,1,1)近傍の状態(ε,1,1)で拘束ポテンシャルの極めて弱いシミュレーションを行う必要が生じる。
標的タンパク質に対する薬候補分子の結合に関して、
図2のような自由エネルギー面で各複合体構造が室温揺らぎk
BT(kB:ボルツマン定数、T:温度)よりも十分に大きな場合、元の複合体構造Aの状態にとどまり、薬候補分子は
図1の熱力学サイクル径路中の拘束ポテンシャルの張る空間体積V
Aから出て行かないため、次式に従って正しく標準状態補正項を計算することができる。
【数2】
【0019】
上記式において、βは、-1/kBTを表す。ここで、kBは、ボルツマン定数を表し、Tは、温度(K)を表す。
【0020】
一方、標的タンパク質に対する薬候補分子の結合の自由エネルギー面が、
図3のような自由エネルギー面であった場合には、拘束ポテンシャルを付加している状態Aの複合体構造をサンプリングするべきであるにもかかわらず、実際には室温揺らぎでエネルギー障壁を越えてしまい、状態Aから脱出して状態Bから状態Cの状態に落ち込んでしまうことがあった。このような場合は、薬候補分子が拘束ポテンシャルの張る空間から外れてしまうため、標準状態補正ができなくなってしまう問題があった。
【0021】
上記問題について、更に詳細に説明する。
例えば、フラグメント様の低分子からビルドアップしてリガンド分子を設計するような場合、
図4A、
図4B及び
図4Cのように結合計算対象分子が標的分子に対して複数の結合ポーズ(安定結合構造)を持つことが多い。ここで、
図4A、
図4B、
図4Cは、標的分子としてのRNAと、結合計算対象分子としてのTheophyllineとの結合ポーズを表す図である。
図4A、
図4B、
図4Cにおいて、C22は、シトシンを表し、U24は、ウラシルを表す。
このような場合、
図2に示すように、各結合ポーズを表すポテンシャルエネルギーの谷が互いに高いエネルギー障壁(通常、6k
BT以上;k
Bはボルツマン定数、Tは温度)で隔てられていれば、各ポテンシャルエネルギーの谷を形成している空間でサンプリングして結合自由エネルギーを推定することが可能である。すなわち、
図2のようにA、B、Cの複合体構造が存在する場合、各ポテンシャルエネルギーの谷での自由エネルギーをΔG
i(i=A,B,C)とすると、次式によって全体の自由エネルギーを計算することができる。
【数3】
【0022】
しかしながら、各ポテンシャルエネルギーの谷を隔てているエネルギー障壁が低い場合、サンプリングの途中で他のエネルギーの谷に落ち込んでしまうことが起こり、サンプリングの空間体積が変わってしまい、定量的な予測が不可能となる。例えば、
図3に示すように、各ポテンシャルエネルギーの谷を隔てているエネルギー障壁が低い場合、複合体構造は、状態Aから脱出して状態Bから状態Cの状態に遷移してしまう。
このことを、バネ定数K
ξをもつ調和ポテンシャルを拘束ポテンシャルとして用いた場合を例として、説明する。
【0023】
図5に示すように、バネ定数K
ξをもつ調和ポテンシャルを拘束ポテンシャルとしてポテンシャルエネルギーの谷Aに付加する。そうすると、別のポテンシャルエネルギーの谷B,Cとはエネルギー障壁が大きくなり遷移することができない。この拘束ポテンシャルの付加に伴う自由エネルギー変化は、バネ定数K
ξを0からK
ξまで数区間に分けて変化させ、各区間の自由エネルギー変化を足し合わせることで得られる。この方法に従うと、K
ξが0に近い領域ではポテンシャルエネルギーの谷を抜け出して他のポテンシャルエネルギーの谷に遷移してしまう可能性が残る。
ここで、シミュレーションの間、結合計算対象分子の密度は同じでないといけない。したがって、このように、複合体構造が変化してしまい、サンプリング領域(探索空間)の体積が変化する場合、局所結合エネルギーを求められなくなる。
【0024】
そこで、開示の技術の発明者は、導入した拘束ポテンシャルによる空間内に存在するポテンシャルエネルギーデータを選択し、結合自由エネルギーの計算に用いることで、他のポテンシャルエネルギーの谷に遷移して得られるデータを排除すること〔言い換えれば、サンプリング領域(探索空間)の体積が変化することを避けること〕ができ、定量的な結合自由エネルギー計算が可能となることを見出した。
一例を、
図6を用いて説明する。
例えば、各ポテンシャルエネルギーの谷を形成する変数空間では調和振動をしていると仮定すると、その平均値の周りの、温度T(K)での標準偏差σ
ξは、以下の式で表される。
【数4】
【0025】
ここで、式中Tは、温度(K)を意味し、Kξは、調和ポテンシャル定数を意味し、kBは、ボルツマン定数を意味する。
【0026】
即ち、濃度一定になるように拘束した空間は、
図6の破線のように分布する。
そこで、K
ξが0に近い領域では、算出されたデータのうち、平均値の周り±3σ
ξの範囲のデータ(
図6の斜線部のデータ)を解析に用いることにして、それ以外のデータは解析に用いない。ここで、導入した拘束ポテンシャルK
ξを最大に付加した空間がガウス分布をしている場合、±3σの範囲内には99.7%が存在するので、計算精度の点では、±3σ
ξの範囲のデータで十分と考えられる。
このようにして、サンプリング空間体積を変化させることなく解析することで、定量的な結合自由エネルギー計算が可能となる。
【0027】
即ち、開示の技術の発明者は、拘束ポテンシャルの付加を利用した、結合計算対象分子と標的分子との結合自由エネルギーの算出の際に、結合計算対象分子と標的分子との間に拘束ポテンシャルを付加して安定結合構造を探索した際の全シュミレーションデータのうち、
図2、
図3、
図5、及び
図6に示す状態Aにあるものを抽出して、結合自由エネルギーを求めることで、複数の安定結合構造が存在する場合でも定量的に結合自由エネルギーを算出することができることを見出し、開示の技術の完成に至った。
そして、係る技術は、結合計算対象分子と標的分子とに限らず、複合体を形成可能な第1の物質と第2の物質との組み合わせであれば適用できる。
【0028】
<ポテンシャルエネルギーを求める工程>
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程では、前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める。
【0029】
前記第1の物質と前記第2の物質との組み合わせとしては、複合体を形成可能な組み合わせであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記複合体は、例えば、種々の相互作用により形成される。
【0030】
前記第1の物質としては、例えば、標的分子が挙げられる。
前記第2の物質としては、例えば、結合計算対象分子が挙げられる。
【0031】
前記標的分子としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、タンパク質、RNA(リボ核酸、ribonucleic acid)、DNA(デオキシリボ核酸、deoxyribonucleic acid)などが挙げられる。
前記結合計算対象分子としては、例えば、薬候補分子、又は薬候補分子を設計する際のフラグメントなどが挙げられる。
前記フラグメントは、例えば、フラグメントベースドラッグデザイン(FBDD)に使用される。
【0032】
また、前記第1の物質としては、例えば、抗体、DNAなどが挙げられ、前記第2の物質としては、例えば、病原体、がん細胞、ストレス物質などが挙げられる。これら第1の物質は、例えば、これら第2の物質を検出する際に用いられる。そして、例えば、前記第1の物質の前記第2の物質の検出能力を評価する際に、前記結合自由エネルギーの算出方法を用いることができる。
【0033】
前記拘束ポテンシャルとしては、前記第1の物質と前記第2の物質との間を拘束するポテンシャルであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、調和ポテンシャルなどが挙げられる。
前記調和ポテンシャルは、定点からの距離に比例する力で拘束する拘束ポテンシャルであり、バネによる拘束ポテンシャルともいう。
前記調和ポテンシャルの付加は、調和ポテンシャルを0から最大値まで漸増させながら付加することで行われる。付加することによる自由エネルギー変化は、例えば、自由エネルギー摂動(FEP, free energy perturbation)法、Bennett受容比(BAR, Bennett acceptance ratio)法、熱力学積分(TI, Thermo-dynamic Integration)法などにより求めることができる。
【0034】
前記拘束ポテンシャルは、例えば、前記第1の物質のアンカー点と前記第2の物質のアンカー点とを用いて、前記第1の物質と前記第2の物質との間に付加される。
前記第1の物質のアンカー点と、前記第2の物質のアンカー点との間に付加される拘束ポテンシャルは、例えば、前記第2の物質の揺らぎの大きさを特定の範囲になるように決定される。
【0035】
前記第1の物質と前記第2の物質との距離拘束は、例えば、結合活性に最も寄与の大きな分子の並進運動の自由度を正しく考慮するために行われる。
そのため、前記第2の物質の重心を前記第2の物質のアンカー点とすることが合理的である。前記第2の物質の重心は、例えば、以下の式で求めることができる。
【数5】
ここで、前記式中、mは、質量を表し、xは、第2の物質を構成する原子の座標を表す。
【0036】
水素原子は軽いため、求められる重心の位置への影響が小さい。そのため、前記第2の物質の重心は、前記第2の物質を構成する水素原子を除いて求められることが、計算時間を短縮できる点で好ましい。以下、水素原子を除く原子を重原子と称することがある。
【0037】
<ポテンシャルエネルギーを選択する工程>
前記ポテンシャルエネルギーを選択する工程では、前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する。
【0038】
前記ポテンシャルエネルギーを選択する工程では、例えば、前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の調和ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータであって、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲内のポテンシャルエネルギーデータを結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーとして選択する。
【数6】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
前記数式(1)は、調和振動している調和ポテンシャル定数K
ξとその運動の標準偏差との関係を表している。
【0039】
調和ポテンシャルを付加した際の、室温揺らぎでの複合体構造のポテンシャルエネルギーは、ガウス分布に近い分布を取ると考えられる。その点において、前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲内のポテンシャルエネルギーデータは、例えば、
図6の状態Aのピークに近いポテンシャルエネルギーデータを多く含む点で、結合自由エネルギーの計算精度が高くなる。
【0040】
前記標準偏差(σξ)を用いて決められた範囲としては、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲が好ましく、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σの範囲がより好ましい。平均値の±3σの範囲は、存在確率として99.7%を意味するため、サンプリングの範囲として適切である。
【0041】
<結合自由エネルギーを計算する工程>
前記結合自由エネルギーを計算する工程では、選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する。
【0042】
前記結合自由エネルギーの算出方法は、通常、アルケミカル経路計算法により行われる。
【0043】
前記結合自由エネルギーの算出方法は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク、各種周辺機器等を備えた通常のコンピュータシステム(例えば、各種ネットワークサーバ、ワークステーション、パーソナルコンピュータ等)を用いることによって実現することができる。
【0044】
ここで、フローチャート(
図7)を用いて前記結合自由エネルギーの算出方法の一例を説明する。
まず、標的分子と結合計算対象分子との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記標的分子と前記結合計算対象分子との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める(工程S1)。
次に、求められた全ポテンシャルエネルギーデータから、所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータを選択する(工程S2)。
次に、選択したポテンシャルエネルギーデータから前記標的分子と前記結合計算対象分子との結合自由エネルギーを計算する(工程S3)。
【0045】
(プログラム)
開示のプログラムは、コンピュータに、開示の前記結合自由エネルギーの算出方法を実行させるプログラムである。
【0046】
前記プログラムは、使用するコンピュータシステムの構成及びオペレーティングシステムの種類・バージョンなどに応じて、公知の各種のプログラム言語を用いて作成することができる。
【0047】
前記プログラムは、内蔵ハードディスク、外付けハードディスクなどの記録媒体に記録しておいてもよいし、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、DVD-ROM(Digital Versatile Disk Read Only Memory)、MOディスク(Magneto-Optical disk)、USBメモリ〔USB(Universal Serial Bus) flash drive〕などの記録媒体に記録しておいてもよい。前記プログラムをCD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどの記録媒体に記録する場合には、必要に応じて随時、コンピュータシステムが有する記録媒体読取装置を通じて、これを直接、又はハードディスクにインストールして使用することができる。また、コンピュータシステムから情報通信ネットワークを通じてアクセス可能な外部記憶領域(他のコンピュータ等)に前記プログラムを記録しておき、必要に応じて随時、前記外部記憶領域から情報通信ネットワークを通じてこれを直接、又はハードディスクにインストールして使用することもできる。
前記プログラムは、複数の記録媒体に、任意の処理毎に分割されて記録されていてもよい。
【0048】
(コンピュータが読み取り可能な記録媒体)
開示のコンピュータが読み取り可能な記録媒体は、開示の前記プログラムを記録してなる。
前記コンピュータが読み取り可能な記録媒体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、内蔵ハードディスク、外付けハードディスク、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどが挙げられる。
前記記録媒体は、前記プログラムが任意の処理毎に分割されて記録された複数の記録媒体であってもよい。
【0049】
(結合自由エネルギーの算出装置)
開示の結合自由エネルギーの算出装置は、ポテンシャルエネルギー算出部と、ポテンシャルエネルギー選択部と、結合自由エネルギー計算部とを少なくとも有し、更に必要に応じて、その他の部を有する。
前記結合自由エネルギーの算出装置は、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出する結合自由エネルギーの算出装置である。
【0050】
前記結合自由エネルギーの算出方法は、例えば、前記結合自由エネルギーの算出装置により行うことができる。
【0051】
前記ポテンシャルエネルギー算出部では、前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める。
前記ポテンシャルエネルギー選択部では、前記ポテンシャルエネルギー算出部において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する。
前記結合自由エネルギー計算部では、前記ポテンシャルエネルギー選択部において選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する。
【0052】
図8に、開示の結合自由エネルギーの算出装置の構成例を示す。
結合自由エネルギーの算出装置10は、例えば、CPU11(計算部)、メモリ12、記憶部13、表示部14、入力部15、出力部16、I/Oインターフェース部17等がシステムバス18を介して接続されて構成される。
【0053】
CPU(Central Processing Unit)11は、演算(四則演算、比較演算等)、ハードウェア及びソフトウェアの動作制御などを行う。
【0054】
メモリ12は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)などのメモリである。前記RAMは、前記ROM及び記憶部13から読み出されたOS(Operating System)及びアプリケーションプログラムなどを記憶し、CPU11の主メモリ及びワークエリアとして機能する。
【0055】
記憶部13は、各種プログラム及びデータを記憶する装置であり、例えば、ハードディスクである。記憶部13には、CPU11が実行するプログラム、プログラム実行に必要なデータ、OSなどが格納される。
前記プログラムは、記憶部13に格納され、メモリ12のRAM(主メモリ)にロードされ、CPU11により実行される。
【0056】
表示部14は、表示装置であり、例えば、CRTモニタ、液晶パネル等のディスプレイ装置である。
入力部15は、各種データの入力装置であり、例えば、キーボード、ポインティングデバイス(例えば、マウス等)などである。
出力部16は、各種データの出力装置であり、例えば、プリンタである。
I/Oインターフェース部17は、各種の外部装置を接続するためのインターフェースである。例えば、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどのデータの入出力を可能にする。
【0057】
図9に、開示の結合自由エネルギーの算出装置の他の構成例を示す。
図9の構成例は、クラウド型の構成例であり、CPU11が、記憶部13等とは独立している。この構成例では、ネットワークインターフェース部19、20を介して、記憶部13等を格納するコンピュータ30と、CPU11を格納するコンピュータ40とが接続される。
ネットワークインターフェース部19、20は、インターネットを利用して、通信を行うハードウェアである。
【0058】
図10に、開示の結合自由エネルギーの算出装置の他の構成例を示す。
図10の構成例は、クラウド型の構成例であり、記憶部13が、CPU11等とは独立している。この構成例では、ネットワークインターフェース部19、20を介して、CPU11等を格納するコンピュータ30と、記憶部13を格納するコンピュータ40とが接続される。
【実施例】
【0059】
以下、開示の技術について説明するが、開示の技術は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
テオフィリン分子とRNAアダプターとの系(PDB結晶構造1O15)について、結合自由エネルギーの算出を行った。
以下の表1に示した変数を、
図11に示す位置で拘束するように調和ポテシャルを付加してポテンシャルエネルギーを計算した。
なお、表1に示すとおり、集団変数としてテオフィリン分子のRNAアダプターに対する向きを決める6変数を用いた。
【0061】
【0062】
ここで、表1中の各係数の単位は、以下の通りである。
r:Å
θ、Φ:(°)
Kr:kcal/mol/Å2
Kθ、KΦ:kcal/mol/rad2
【0063】
図11において、三日月状の物体が、標的分子TであるRNAアダプターであり、円形の物体が、結合計算対象分子Lであるテオフィリン分子である。
また、各A
1、A
2、A
3、B
1、B
2、B
3は、原子名とPDB(1O15)の番号とを用いると、以下のように表される。
A
1:C4’(689)
A
2:C3’(706)
A
3:O3’(712)
B
1:cc(1076)
B
2:cc(1080)
B
3:n(1073)
また、φ
Aは、A1、A2、及びA3が成す面と、A2、A1、及びB1とが成す面との角度を表す。
【0064】
そして、得られた全ポテンシャルエネルギーデータのうち、拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータであって、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σξ(なお、σξは、以下の式で求めた標準偏差である)の範囲内のポテンシャルエネルギーを選択した。
そして、選択したポテンシャルエネルギーを用いて、アルケミカル経路計算法により結合自由エネルギーを計算したところ、以下の表2の「±3σ」の項目に示すデータが得られた。
【0065】
【数7】
ここで、式中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
【0066】
(比較例1)
実施例1において、得られた全ポテンシャルエネルギーデータを用いて結合自由エネルギーを計算した以外は、実施例1と同様にして、結合自由エネルギーを計算した。その結果、以下の表2の「元」の項目に示すデータが得られた。
【0067】
【0068】
表2中、カッコ内の数値は、統計誤差を表す。
表2は、実施例1の結果が比較例1の結果よりも、各インターバルタイム範囲の間で計算される結合自由エネルギーの値が近くかつその値の統計誤差が小さいことを示している。即ち、開示の結合自由エネルギーの算出方法の場合、比較例1の従来の方法と比べ、非常に安定した、高い計算精度の計算結果が得られることが確認できた。
【0069】
以上の実施例を含む実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
コンピュータを用いた、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーの算出方法であって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する工程と、
選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を含むことを特徴とする結合自由エネルギーの算出方法。
(付記2)
前記第1の物質が、標的分子であり、前記第2の物質が、結合計算対象分子である付記1に記載の結合自由エネルギーの算出方法。
(付記3)
前記拘束ポテンシャルが、調和ポテンシャルである付記1から2のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出方法。
(付記4)
前記ポテンシャルエネルギーを選択する工程が、前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の調和ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータであって、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲内のポテンシャルエネルギーデータを結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーとして選択する工程である、付記3に記載の結合自由エネルギーの算出方法。
【数8】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
(付記5)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲である、付記4に記載の結合自由エネルギーの算出方法。
(付記6)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σの範囲である、付記4から5のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出方法。
(付記7)
アルケミカル経路計算法により行われる付記1から6のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出方法。
(付記8)
コンピュータに、第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出させるプログラムであって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求める工程と、
前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択する工程と、
選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する工程と、
を実行させることを特徴とするプログラム。
(付記9)
前記第1の物質が、標的分子であり、前記第2の物質が、結合計算対象分子である付記8に記載のプログラム。
(付記10)
前記拘束ポテンシャルが、調和ポテンシャルである付記8から9のいずれかに記載のプログラム。
(付記11)
前記ポテンシャルエネルギーを選択する工程が、前記ポテンシャルエネルギーを求める工程において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の調和ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータであって、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲内のポテンシャルエネルギーデータを結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーとして選択する工程である、付記10に記載のプログラム。
【数9】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
(付記12)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲である、付記11に記載のプログラム。
(付記13)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σの範囲である、付記11から12のいずれかに記載のプログラム。
(付記14)
前記結合自由エネルギーの算出をアルケミカル経路計算法により行う付記8から13のいずれかに記載のプログラム。
(付記15)
第1の物質と第2の物質との結合自由エネルギーを算出する結合自由エネルギーの算出装置であって、
前記第1の物質と前記第2の物質との間に所定の拘束ポテンシャルを付加して前記第1の物質と前記第2の物質との結合構造のポテンシャルエネルギーを求めるポテンシャルエネルギー算出部と、
前記ポテンシャルエネルギー算出部において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の拘束ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータから結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーを選択するポテンシャルエネルギー選択部と、
前記ポテンシャルエネルギー選択部において選択された前記ポテンシャルエネルギーを用いて前記第1の物質と前記第2の物質との結合自由エネルギーを計算する結合自由エネルギー計算部と、
を有することを特徴とする結合自由エネルギーの算出装置。
(付記16)
前記第1の物質が、標的分子であり、前記第2の物質が、結合計算対象分子である付記15に記載の結合自由エネルギーの算出装置。
(付記17)
前記拘束ポテンシャルが、調和ポテンシャルである付記15から16のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出装置。
(付記18)
前記ポテンシャルエネルギー選択部が、前記ポテンシャルエネルギー算出部において求められた全ポテンシャルエネルギーデータのうちの所定の調和ポテンシャルを最大に付加した状態に対応する拘束空間内にあるポテンシャルエネルギーデータであって、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータについて下記数式(1)で求めた標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲内のポテンシャルエネルギーデータを結合自由エネルギーの計算に用いるポテンシャルエネルギーとして選択する、付記17に記載の結合自由エネルギーの算出装置。
【数10】
ここで、数式(1)中Tは、温度(K)を意味し、K
ξは、調和ポテンシャル定数を意味し、k
Bは、ボルツマン定数を意味する。
(付記19)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±Xσ(Xは、1≦X≦4を満たす数である。)の範囲である、付記18に記載の結合自由エネルギーの算出装置。
(付記20)
前記標準偏差(σ
ξ)を用いて決められた範囲が、前記拘束空間内にある前記ポテンシャルエネルギーデータの平均値から±3σの範囲である、付記18から19のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出装置。
(付記21)
前記結合自由エネルギーの算出をアルケミカル経路計算法により行う付記15から20のいずれかに記載の結合自由エネルギーの算出装置。
【符号の説明】
【0070】
10 結合自由エネルギーの算出装置
11 CPU
12 メモリ
13 記憶部
14 表示部
15 入力部
16 出力部
17 I/Oインターフェース部
18 システムバス
19 ネットワークインターフェース部
20 ネットワークインターフェース部
30 コンピュータ
40 コンピュータ