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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】浸炭窒化用鋼及び浸炭窒化部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231108BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20231108BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20231108BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20231108BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20231108BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20231108BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20231108BHJP
   C21D 9/40 20060101ALN20231108BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/18
C22C38/50
C23C8/32
C21D1/06 A
C21D1/18 P
C21D1/18 Y
C21D9/32 A
C21D9/40 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019160030
(22)【出願日】2019-09-03
(65)【公開番号】P2021038430
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】木南 俊哉
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-033250(JP,A)
【文献】特開2000-129347(JP,A)
【文献】特開2010-248568(JP,A)
【文献】特開2016-151057(JP,A)
【文献】特開2005-147352(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
C23C 8/00-12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.10≦C≦0.50mass%、
0.25≦Si≦0.50mass%、
0.30≦Mn≦1.00mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.030mass%、
8.00<Cr≦11.06mass%、
Al≦0.050mass%、
O≦0.0015mass%、及び、
N≦0.025mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる浸炭窒化用鋼。
【請求項2】
0.10≦Mo≦0.50mass%、
Ni<0.5mass%、
Nb≦0.1mass%、及び、
Ti≦0.5mass%
からなる群から選ばれるいずれか1以上の元素をさらに含む請求項1に記載の浸炭窒化用鋼。
【請求項3】
以下の構成を備えた浸炭窒化部品。
(1)前記浸炭窒化部品は、請求項1又は2に記載の浸炭窒化用鋼からなる。
(2)前記浸炭窒化部品は、
表層C濃度が0.60mass%以上2.0mass%以下であり、
表層N濃度が0.05mass%以上1.00mass%以下であり、
表層硬さが700Hv以上900Hv以下であり、
表層の微細窒化物の個数密度が104個/mm2以上107個/mm2以下である。
但し、前記「微細窒化物」とは、粒径が10nm以上300nm未満である窒化物をいう。
【請求項4】
水素チャージ転動寿命L10が30.0×106回以上である請求項3に記載の浸炭窒化部品。
【請求項5】
2円筒試験平均寿命が20.0×106回以上である請求項3又は4に記載の浸炭窒化部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭窒化用鋼及び浸炭窒化部品に関し、さらに詳しくは、浸炭窒化処理、焼き入れ、サブゼロ処理、及び焼き戻しを施すことにより得られる浸炭窒化部品であって、水素脆性型の面疲労剥離に対する耐性の高いものを製造することが可能な浸炭窒化用鋼、及びこれを用いた浸炭窒化部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や産業機械に用いられるある種の部品は、使用中に面疲労負荷を受ける。このような「面疲労負荷を受ける部品」としては、例えば、歯車、連続可変トラスミッション(CVT)の部品、軸受部品などがある。近年、自動車や産業機械の高性能化、及び/又は、高速化に伴い、面疲労負荷を受ける部品の使用条件も過酷化している。さらに、面疲労負荷を受ける部品は、潤滑油共存下で使用される場合が多いが、使用される潤滑油の種類も多様化している。そのため、面疲労負荷を受ける部品は、使用条件によっては、従来とは異なる剥離形態による早期剥離を生じる場合がある。
【0003】
例えば、鋼材のスラスト試験を行った場合、一般に、軌道面に対して30°又は80°の方向に伸びる白色型組織変化(「ホワイトバンド」とも呼ばれている)か生成する。ホワイトバンドは、ヘルツ応力場に起因して生成する組織変化であり、通常、粒界とは無関係な特定方向に沿って現れる。
【0004】
これに対し、自動車のオルタネータ用軸受に対してスラスト試験を行った場合、特定方向に沿って現れる「ホワイトバンド」ではなく、粒界に沿った樹木状の白色型組織変化、及びこれに伴う早期剥離が生じる場合がある。これは、
(a)高振動、高荷重、急加減速等の厳しい負荷条件下において油膜厚さが不十分となり、一部で金属接触が生じ、
(b)金属接触が生じた部分で潤滑油が分解し、転動面に水素が発生し、
(c)水素が軸受内部の粒界や応力集中部に侵入し、水素脆性破壊が生じたため、
と考えられている。
【0005】
従来、オルタネータ用軸受では、潤滑油を変えることにより、この種の早期剥離を防止してきた。しかし、単に潤滑油を変えるだけでは、水素起因の早期剥離を抑制できなくなりつつあり、耐水素脆性に優れた材料開発が求められていた。同様の水素起因の早期剥離現象は、トラクション油を用いるCVTにおいても発生している。
【0006】
さらに、潤滑油を用いない部品であっても、水素脆性により材料強度が低下する現象は知られている。例えば、ばねやボルト部品では、曝露環境から侵入する拡散性水素であって、水の分解により生成したものが遅れ破壊の原因となっていることが知られている。
この問題を解決するために、V、Ti、Nb等の微細な炭化物を多数析出させた、ばね・ボルト用鋼が提案されている。この場合、拡散性水素をトラップし、粒界や応力集中部への水素の拡散を抑制する「水素トラップサイト」として働くものは、焼入れ時に固溶させたV、Ti、Nb等の合金元素を450℃以上の高温焼戻しにより整合析出させた、厚さ数nm程度の微細な炭化物であると考えられている。しかしながら、450℃以上の高温焼戻しを行うと、表面硬度が低下してしまうため高い面疲労強度は得られない。
【0007】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)質量%で、C:0.6~1.3%、Si:0.1~1.0%、Mn:≦1.5%、P:≦0.03%、S:≦0.03%、Cr:0.3~2.5%、V:0.05~2.0%、Al:≦0.050%、O:≦0.0015%、Ti:≦0.003%、N:≦0.015%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、且つ
(b)焼入れ焼戻し処理後の表面硬さがHRC58以上で、
(c)最大径500nm以下の微細なV系炭化物が分散析出している
軸受鋼が開示されている。
【0008】
同文献には、
(A)上記組成を有する軸受鋼を焼入れし、160~250℃で焼戻しすると、鋼中に微細なV系炭化物を多数析出させることができる点、及び、
(B)整合析出したV系炭化物は水素をトラップする作用があるため、鋼中に微細なV系炭化物を多数析出させると、水素脆性剥離が抑制される点
が記載されている。
【0009】
特許文献2には、
(a)質量%で、C:0.1~0.4%、Si:0.5%以下、Mn:1.5%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:0.3~2.5%、Mo:0.1~2.0%、V:0.1~2.0%、Al:0.050%以下、O:0.0015%以下、N:0.025%以下、V+Mo:0.4~3.0%、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する、浸炭焼入れ焼戻し処理された鋼であって、
(b)焼戻し処理後の表層C濃度が0.6~1.2%で、
(c)表面硬さがHRC58以上64未満であり、且つ
(d)表層に分散析出するV系炭化物のうち粒径100nm未満の微細なV系炭化物の個数割合が80%以上である
肌焼き鋼が開示されている。
【0010】
同文献には、
(A)初期炭素量を0.4%以下に抑えると、溶解や鋳造過程における粗大なV系炭化物の生成が抑制される点、
(B)Moにより粒界強度が向上し、水素脆性型転動疲労破壊の特徴である粒界破壊を抑制することができる点、及び、
(C)VとMoは、それぞれ単独添加でも耐水素脆性を改善するが、十分な効果を得るためには両者を適正に複合添加することが必要である点、
が記載されている。
【0011】
特許文献3には、
(a)質量%で、C:0.10~0.50%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.10~1.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:4.00~8.00%、Mo:0.10~1.00%、Al:0.050%以下、O:0.0015%以下、N:0.025%以下、Cr+Mo:5.00~8.10%、残部がFe及び不可避不純物からなる、浸炭窒化処理及び焼入れ焼戻し処理された浸炭窒化軸受部品であって、
(b)前記焼戻し処理後の表層C濃度が質量%で、0.80~2.00%、表層N濃度が0.05~1.50%、及び表層C+N濃度が1.10~3.00%であり、かつ
(c)表面硬さがHRC58以上64未満であり、
(d)表層に分散析出した窒化物のうち粒径2μm以上の粗大な窒化物の個数が103個/mm2以下である
浸炭窒化軸受部品が開示されている。
【0012】
同文献には、
(A)水素脆性剥離寿命をさらに長寿命化するためには、微細な水素トラップサイトを増やす必要がある点、
(B)Mn系窒化物であるMnSiN2は水素トラップサイトとして機能するが、窒化物を生成させるためには、相対的に多量のNが必要となる点、
(C)Cr系窒化物であるCrNは、Mn系窒化物よりも少ないN量で窒化物が生成するので、Cr量を増加させると、浸炭窒化時に多量の窒化物を生成させることができる点
が記載されている。
【0013】
特許文献4には、
(a)質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.05~0.35%、Mn:0.80~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.50~3.00%、Al:0.050%以下、O:0.0015%以下、N:0.025%以下、Mn+Cr:2.50~4.00%、残部Fe及び不可避的成分の組成を有する、浸炭窒化焼入れ焼戻し処理された鋼であって、
(b)焼戻し処理後の表層C濃度が0.80~1.50質量%、表層N濃度が0.10~1.00質量%で、
(c)表面硬さがHRC58以上64未満であり、
(d)表層に分散析出した窒化物のうち粒径300nm未満のCr窒化物及びMn窒化物合計の全窒化物に対する個数割合が70%以上で且つ個数が104個/mm2以上である
水素脆性型の面疲労強度に優れた浸炭窒化鋼が開示されている。
【0014】
同文献には、
(A)水素脆性型の転動疲労において長寿命を得るための表層C濃度,表層N濃度にはそれぞれ適正条件がある点、及び、
(B)水素脆性型の面疲労寿命を改善するためには、浸炭窒化処理において1μm以上の粗大な窒化物生成を抑制し、微細窒化物を多数分布させることが必要である点
が記載されている。
【0015】
さらに、特許文献5には、
(a)質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.35~0.50%、Mn:0.80~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.50~2.50%、Al:0.050%以下、O:0.0015%以下、N:0.025%以下、Mn/Si:2.00以上、Mn+Cr:2.50~4.00%、残部がFe及び不可避不純物からなる、浸炭窒化焼入れ焼戻し処理された浸炭窒化鋼であって、
(b)前記焼戻し処理後の表層C濃度が質量%で、0.80~1.50%、表層N濃度が0.10~1.00%、及び
(c)表面硬さがHRC58以上64未満であり、
(d)表層に分散析出した窒化物のうち粒径300nm未満のCr窒化物及びSi窒化物の個数が105個/mm2以上である
水素脆性型の面疲労強度に優れた浸炭窒化鋼が開示されている。
【0016】
同文献には、Crよりも多くの点で有利なSiを有効に活用することによって、過酷化しつつある環境下においても面疲労強度を十分に確保し得る浸炭窒化鋼を安価に提供することができる点が記載されている。
【0017】
鋼中に析出させた微細な窒化物は、いずれも水素トラップサイトとして機能する。このような微細な窒化物を部材の表面近傍に析出させると、水素脆性型の面疲労剥離を抑制することができる。特に、浸炭窒化処理は、高温焼戻しをしなくても微細な窒化物を析出させることができるので、部材の表面硬度を低下させるおそれが少ない。そのため、浸炭窒化処理は、面疲労負荷を受ける部品の表面処理法として好適である。
【0018】
しかしながら、面疲労負荷を受ける部品の高速回転化及び高負荷化、使用条件の過酷化、並びに、潤滑油の多様化により、面疲労剥離が発生する部品や環境条件が増加する傾向にある。このため、水素脆性型の面疲労破壊を未だ完全には防止することはできておらず、水素脆性型の面疲労強度により優れた材料の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】特開2006-213981号公報
【文献】特開2008-280583号公報
【文献】特開2016-151057号公報
【文献】特開2011-225936号公報
【文献】特開2015-094021号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明が解決しようとする課題は、浸炭窒化処理、焼き入れ、サブゼロ処理、及び焼き戻しを施すことにより得られる浸炭窒化部品であって、水素脆性型の面疲労剥離に対する耐性の高いものを製造することが可能な浸炭窒化用鋼を提供することにある。
本発明が解決しようとする他の課題は、このような浸炭窒化用鋼を用いた浸炭窒化部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために、本発明に係る浸炭窒化用鋼は、
0.10≦C≦0.50mass%、
0.25≦Si≦0.50mass%、
0.30≦Mn≦1.00mass%、
P≦0.030mass%、
S≦0.030mass%、
8.00<Cr≦11.06mass%、
Al≦0.050mass%、
O≦0.0015mass%、及び、
N≦0.025mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0022】
本発明に係る浸炭窒化部品は、以下の構成を備えている。
(1)前記浸炭窒化部品は、本発明に係る浸炭窒化用鋼からなる。
(2)前記浸炭窒化部品は、
表層C濃度が0.60mass%以上2.0mass%以下であり、
表層N濃度が0.05mass%以上1.00mass%以下であり、
表層硬さが700Hv以上900Hv以下であり、
表層の微細窒化物の個数密度が104個/mm2以上107個/mm2以下である。
但し、前記「微細窒化物」とは、粒径が10nm以上300nm未満である窒化物をいう。
【発明の効果】
【0023】
Cr及びMnを含む浸炭窒化用鋼において、Cr量を8mass%超12mass%以下とし、所定の条件下において熱処理(浸炭窒化処理、焼入れ、サブゼロ処理、及び焼戻し)を行うと、鋼中に微細な窒化物を多量に析出させることができる。析出した微細な窒化物は水素トラップサイトとして機能する。
このような浸炭窒化用鋼を用いて製造された浸炭窒化部品は、水素脆性型の面疲労剥離に対する耐性が高い。特に、表層C濃度、表層N濃度、表層硬さ、及び表層の微細窒化物の個数密度が所定の範囲となるように、熱処理条件を最適化すると、水素脆性型の面疲労剥離に対して高い耐性を示す浸炭窒化部品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】熱処理条件の模式図である。
図2】水素チャージスラスト試験機の模式図である。
図3】2円筒ころがり疲労試験機の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 浸炭窒化用鋼]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係る浸炭窒化用鋼は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0026】
(1) 0.10≦C≦0.50mass%:
Cは、本発明に係る浸炭窒化用鋼を用いて転がり軸受を作製した場合において、軸受の心部強度を確保するために必須の元素である。所定の熱処理後硬さを維持するためには、C含有量は、0.10mass%以上である必要がある。C含有量は、好ましくは、0.30mass%以上である。
【0027】
一方、C含有量が過剰になると、鍛造や旋削加工時の製造性を低下させる。従って、C含有量は、0.50mass%以下である必要がある。C含有量は、好ましくは、0.40mass%以下である。
【0028】
(2) 0.05≦Si≦1.00mass%:
Siは、鋼を製造する際に脱酸剤として用いられる。また、Siは、鋼の強度を向上させるため、及び、転動疲労による組織変化を抑制し、転動疲労寿命を向上させるために添加される元素でもある。このような効果を得るためには、Si含有量は、0.05mass%以上である必要がある。Si含有量は、好ましくは、0.25mass%以上である。
【0029】
一方、Si含有量が過剰になると、鋼の靱性が低下し、熱間加工性が低下し、あるいは、水素脆性感受性が高くなる。その結果、水素脆性型の転動疲労寿命が低下する。従って、Si含有量は、1.00mass%以下である必要がある。Si含有量は、好ましくは、0.50mass%以下である。
【0030】
(3) 0.10≦Mn≦1.00mass%:
Mnは、本発明において重要な添加元素である。Mnは、浸炭窒化により窒化物を形成する。Mn系窒化物は、水素トラップサイトとして働き、水素脆性型面疲労強度を改善する作用がある。また、Mnは、鋼を製造する際に脱酸材として用いられる元素であると共に、焼入れ性を改善する元素でもある。このような効果を得るためには、Mn含有量は、0.10mass%以上である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、0.30mass%以上である。
【0031】
一方、Mn含有量が過剰になると、被削性が大幅に低下する。従って、Mn含有量は、1.00mass%以下である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、0.50mass%以下である。
【0032】
(4) P≦0.030mass%:
Pは、鋼のオーステナイト粒界に偏析し、靱性や転動疲労寿命の低下を招く。特に、Pは、水素脆性型転動疲労の特徴である粒界強度を大きく低下させる。従って、P含有量は、0.030mass%以下である必要がある。P含有量は、好ましくは、0.015mass%以下である。
【0033】
(5) S≦0.030mass%:
Sは、鋼の切削加工性を向上させる作用がある。しかし、Sは、鋼の熱間加工性を低下させる。また、Sは、鋼中で非金属介在物を形成し、靱性、転動寿命、及び、水素脆性型転動疲労強度を低下させる。従って、S含有量は、0.030mass%以下である必要がある。S含有量は、好ましくは、0.015mass%以下である。
【0034】
(6) 8.00<Cr≦12.00mass%:
Crは、本発明において重要な添加元素である。Crは、浸炭窒化により窒化物を形成する。Cr系窒化物は、水素トラップサイトとして働き、水素脆性型面疲労強度を改善する作用がある。また、Crは、焼入れ性の改善による硬さの確保、及び、寿命改善のために添加される元素でもある。所定量の窒化物を形成するためには、Cr含有量は、8.00mass%超である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、9.00mass%以上である。
【0035】
一方、Cr含有量が過剰になると、浸炭性が劣化し、粗大な窒化物が生成しやすくなる。粗大な窒化物は、転動疲労寿命を低下させる原因となる。従って、Cr含有量は、12.00mass%以下である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、11.00mass%以下である。
【0036】
(7) Al≦0.050mass%:
Alは、鋼の製造時に脱酸剤として使用される。Alは、硬質の非金属介在物を生成し、転動疲労寿命を低下させる。従って、Al含有量は、0.050mass%以下である必要がある。Al含有量は、好ましくは、0.025mass%以下である。
一方、Al含有量を必要以上に低減するのは、製造コストの増加を招く。従って、Al含有量は、0.005mass%以上が好ましい。
【0037】
(8) O≦0.0015mass%:
Oは、鋼中に酸化物系の非金属介在物を形成する。非金属介在物は、疲労破壊の起点となり、転動疲労寿命を低下させる。従って、O含有量は、0.0015mass%以下である必要がある。O含有量は、好ましくは、0.0012mass%以下である。
【0038】
(9) N≦0.025mass%:
Nは、鋼中に窒化物系の非金属介在物を形成する。非金属介在物は、疲労破壊の起点となり、転動疲労寿命を低下させる。従って、N含有量は、0.025mass%以下である必要がある。N含有量は、好ましくは、0.020mass%以下である。
【0039】
[1.2. 副構成元素]
本発明に係る浸炭窒化用鋼は、上述した主構成元素に加えて、以下のような1種又は2種以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0040】
(10) 0.10≦Mo≦0.50mass%:
Moは、粒界破壊を抑制することにより、水素脆性型の面疲労強度を向上させる作用がある。また、Moは、鋼の焼入れ性を改善すると共に、炭化物中に固溶することにより焼戻し時の硬さの低下を抑制する作用がある元素でもある。このような効果を得るためには、Mo含有量は、0.10mass%以上が好ましい。Mo含有量は、好ましくは、0.25mass%以上である。
【0041】
一方、Mo含有量が過剰になると、鋼材のコストが上昇するだけでなく、熱間加工性や切削性が低下する。従って、Mo含有量は、0.50mass%以下が好ましい。Mo含有量は、好ましくは、0.35mass%以下である。
【0042】
(11) Ni<0.5mass%:
Niは、転動疲労過程での組織変化を抑制し、転動疲労寿命を向上させる作用がある。また、Niは、靱性及び耐食性の改善にも効果がある。このような効果を得るためには、Ni含有量は、0.2mass%以上が好ましい。Ni含有量は、好ましくは、0.3mass%以上である。尚、Ni≦0.12mass%は、原材料から入ってくる不可避的不純物である。
一方、Ni含有量が過剰になると、鋼の焼入れ時に多量の残留オーステナイトを生成し、所定の硬さが得られなくなる。また、Ni含有量が過剰になると、鋼材コストも上昇する。従って、Ni含有量は、0.5mass%未満が好ましい。Ni含有量は、好ましくは、0.4mass%以下である。
【0043】
(12) Nb≦0.1mass%:
Nbは、鋼中に微細な炭化物を生成させる。微細なNb系炭化物は、水素トラップサイトとして有効に働き、水素脆性型の面疲労強度を改善する。また、Nbは、結晶粒の粗大化を抑制する作用もある。結晶粒の微細化は、耐水素脆性の改善に有効である。このような効果を得るためには、Nb含有量は、0.02mass%以上が好ましい。Nb含有量は、好ましくは、0.05mass%以上である。
一方、Nb含有量が過剰になると、その効果が飽和する。従って、Nb含有量は、0.1mass%以下が好ましい。Nb含有量は、好ましくは、0.08mass%以下である。
【0044】
(13) Ti≦0.5mass%:
Tiは、鋼中に微細な炭化物を生成させる。微細なTi系炭化物は、水素トラップサイトとして有効に働き、水素脆性型の面疲労強度を改善する。このような効果を得るためには、Ti含有量は、0.05mass%以上が好ましい。Ti含有量は、好ましくは、0.1mass%以上である。
しかし、Ti含有量が過剰になると、鋼中に窒化物系の非金属介在物を形成する。非金属介在物は、疲労破壊の起点となり、転動疲労寿命を低下させる。従って、Ti含有量は、0.5mass%以下が好ましい。Ti含有量は、好ましくは、0.3mass%以下である。
【0045】
[2. 浸炭窒化部品]
本発明に係る浸炭窒化部品は、以下の構成を備えている。
(1)前記浸炭窒化部品は、本発明に係る浸炭窒化用鋼からなる。
(2)前記浸炭窒化部品は、
表層C濃度が0.60mass%以上2.0mass%以下であり、
表層N濃度が0.05mass%以上1.00mass%以下であり、
表層硬さが700Hv以上900Hv以下であり、
表層の微細窒化物の個数密度が104個/mm2以上107個/mm2以下である。
【0046】
[2.1. 用途]
本発明に係る浸炭窒化用鋼は、面疲労負荷を受ける部品であって、浸炭窒化処理した状態で使用されるもの(以下、これを「浸炭窒化部品」ともいう)の素材として用いることができる。このような浸炭窒化部品としては、例えば、歯車、連続可変トラスミッション(CVT)の部品、軸受部品などがある。
【0047】
[2.2. 浸炭窒化用鋼]
本発明に係る浸炭窒化部品は、
(a)本発明に係る浸炭窒化用鋼に対して加工を施し、所定の形状を有する部品とし、
(b)加工された部品に対して浸炭窒化処理し、
(c)浸炭窒化処理された部品に対して焼入れ(2次焼入れ)を行い、
(d)焼き入れ(2次焼き入れ)された部品に対して、さらにサブゼロ処理を行い、
(e)焼入れ(2次焼入れ)及びサブゼロ処理された部品に対して焼戻しを行う
ことにより得られる。
浸炭窒化用鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。また、浸炭窒化部品の製造方法の詳細については、後述する。
【0048】
[2.3. 表層C濃度]
「表層C濃度」とは、浸炭窒化部品(すなわち、少なくとも浸炭窒化、焼入れ、サブゼロ処理、及び、焼戻しが行われた部品)の表層領域(最表面から深さ10μmの位置まで領域)においてEPMA分析を行った時の、C濃度の最大値(ピーク値)を言う。
「最表面」とは、最終製品の表面をいう。例えば、焼戻し後に部品表面の研削仕上げを行った場合、「最表面」とは、研削により露出させた面をいう。
【0049】
表層のCは、部品(例えば、転がり軸受)の表層の硬さを確保するために必須の元素である。所定の熱処理後硬さを維持するためには、表層C濃度は、0.60mass%以上である必要がある。表層C濃度は、好ましくは、0.90mass%以上である。
一方、表層C濃度が過剰になると、粗大な炭化物が生成し、転動疲労寿命が低下する。従って、表層C濃度は、2.00mass%以下である必要がある。表層C濃度は、好ましくは、1.50mass%以下である。
【0050】
[2.4. 表層N濃度]
「表層N濃度」とは、浸炭窒化部品(すなわち、少なくとも浸炭窒化、焼入れ、サブゼロ処理、及び、焼戻しが行われた部品)の表層領域(最表面から深さ10μmの位置までの領域)においてEPMA分析を行った時の、N濃度の最大値(ピーク値)を言う。
「最表面」とは、最終製品の表面をいう。例えば、焼戻し後に部品表面の研削仕上げを行った場合、「最表面」とは、研削により露出させた面をいう。
【0051】
表層のNは、鋼の軟化抵抗性を改善することにより、転動寿命を向上させる。また、表層に生成した微細な窒化物は、水素トラップサイトとして働き、耐水素脆性を改善する。このような効果を得るためには、表層N濃度は、0.05mass%以上である必要がある。表層N濃度は、好ましくは、0.10mass%以上である。
一方、表層N濃度が過剰になると、残留オーステナイトが生成し、表面硬さが低下する。従って、表層N濃度は、1.00mass%以下である必要がある。表層N濃度は、好ましくは、0.60mass%以下である。
【0052】
[2.5. 表層硬さ]
「表層硬さ」とは、浸炭窒化部品(すなわち、少なくとも浸炭窒化、焼入れ、サブゼロ処理、及び、焼戻しが行われた部品)の最表面から深さ0.05mm±0.025mmの位置にある任意の3箇所おいて測定されたビッカース硬さの平均値をいう。
「最表面」とは、最終製品の表面をいう。例えば、焼戻し後に部品表面の研削仕上げを行った場合、「最表面」とは、研削により露出させた面をいう。
【0053】
焼戻し後の表層硬さと転動疲労寿命には相関が認められ、表層硬さが高いほど転動疲労寿命は長くなる傾向がある。焼戻し後の表層硬さが低くなりすぎると、急激に疲労寿命が低下し、寿命のバラツキも大きくなる。従って、表層硬さは、700Hv以上である必要がある。表層硬さは、好ましくは、720Hv以上である。
一方、表層硬さが高くなりすぎると、水素脆性に対する感受性が高くなり、水素脆性型の転動疲労寿命が低下する。従って、表層硬さは、900Hv以下である必要がある。表層硬さは、好ましくは、800Hv以下である。
【0054】
[2.6. 表層の微細窒化物の個数密度]
「表層の微細窒化物の個数密度」とは、浸炭窒化部品(すなわち、少なくとも浸炭窒化、焼入れ、サブゼロ処理、及び、焼戻しが行われた部品)の表層領域(最表面から深さ20μmの位置までの領域)に分散析出した窒化物であって、粒径が10nm以上300nm未満であるものの単位面積当たりの個数をいう。
「最表面」とは、最終製品の表面をいう。例えば、焼戻し後に部品表面の研削仕上げを行った場合、「最表面」とは、研削により露出させた面をいう。
表層の微細窒化物の個数密度は、具体的には、
(a)FE-EPMAを用いて、試料断面の表層領域に含まれる窒化物の元素マッピングを行い、
(b)表層領域から約100μm2の観察領域を無作為に抽出し、観察領域内に存在する粒径10nm以上300nm未満の微細窒化物の個数を同定し、
(c)同定された微細窒化物の個数を観察領域の面積で除す
ことにより得られる。
【0055】
浸炭窒化用鋼に対して浸炭窒化処理を施すと、表層に種々の窒化物が生成する。これらの窒化物の内、水素トラップサイトとして有効なものは、Cr系窒化物であるCrNと、Si系窒化物であるMnSiN2である。鋼中に析出したこれらの微細な窒化物は、水素をトラップし、水素脆性型の面疲労剥離を抑制する作用がある。このような効果を得るためには、表層に微細窒化物を多数析出させる必要がある。
【0056】
窒化物の析出量そのものが少ない場合、あるいは、多量の窒化物が生成しているが、粒径が300nm以上である粗大な窒化物が多い場合のいずれも、水素トラップによる水素脆性型面疲労強度の改善効果が急速に低下する。従って、表層の微細窒化物の個数密度は、104個/mm2以上である必要がある。個数密度は、好ましくは、105個/mm2以上である。
【0057】
一方、微細窒化物の個数密度が過剰になると、靱性が低下するため、水素脆性型の転動疲労寿命が低下する場合がある。従って、表層の微細窒化物の個数密度は、107個/mm2以下である必要がある。個数密度は、好ましくは、106個/mm2以下である。
【0058】
[2.7. 水素チャージ転動寿命]
「水素チャージ転動寿命(L10寿命)」とは、所定の条件下で水素チャージスラスト試験を行った時の、累積破損確率が10%となる時の負荷回数をいう。
水素チャージ転動疲労寿命L10は、具体的には、
(a)所定の条件下で熱処理された転動疲労試験片を作製し、
(b)転動試験片に対して水素チャージを行い、
(c)水素チャージされた約10個の転動試験片に対して、同一条件下でスラスト試験を行い、
(d)破壊(表面剥離)が生じるまでの試験片の負荷回数をワイブル分布で近似し、累積破損確率が10%となる時の負荷回数を算出する
ことにより得られる。
【0059】
浸炭窒化用鋼の組成、及び熱処理条件を最適化すると、L10寿命は、30.0×106回以上となる。組成及び熱処理条件をさらに最適化すると、L10寿命は、35.0×106回以上、あるいは、40.0×106回以上となる。
【0060】
[2.8. 2円筒試験平均寿命]
「2円筒試験平均寿命」とは、所定の条件下で2円筒ころがり疲労試験を行った時の、破壊(表面剥離)が生じるまでの負荷回数の平均値をいう。
2円筒試験平均寿命は、具体的には、
(a)所定の条件下で熱処理された円筒試験片を作製し、
(b)4個の円筒試験片に対して、水素脆性型の早期転動疲労破壊が生じる条件下で2円筒ころがり疲労試験を行い、
(c)破壊(表面剥離)が生じるまでの試験片の負荷回数の平均値を算出する
ことにより得られる。
【0061】
浸炭窒化用鋼の組成、及び熱処理条件を最適化すると、2円筒試験平均寿命は、20.0×106回以上となる。組成及び熱処理条件をさらに最適化すると、2円筒試験平均寿命は、25.0×106回以上、あるいは、30.0×106回以上となる。
【0062】
[3. 浸炭窒化部品の製造方法]
本発明に係る浸炭窒化部品は、
(a)本発明に係る浸炭窒化用鋼に対して加工を施し、所定の形状を有する部品とし、
(b)加工された部品に対して浸炭窒化処理し、
(c)浸炭窒化処理された部品に対して焼入れ(2次焼入れ)を行い、
(d)焼き入れ(2次焼き入れ)された部品に対して、さらにサブゼロ処理を行い、
(e)焼入れ(2次焼入れ)及びサブゼロ処理された部品に対して焼戻しを行う
ことにより得られる。
【0063】
[3.1. 加工工程]
まず、本発明に係る浸炭窒化用鋼に対して加工(熱間加工、及び/又は、冷間加工)を施し、所定の形状を有する部品とする(加工工程)。加工の方法及び加工条件は、所定の形状を有する部品が得られる限りにおいて特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法及び加工条件を選択することができる。
【0064】
[3.2. 浸炭窒化処理工程]
次に、加工された部品に対して浸炭窒化処理を行う(浸炭窒化処理工程)。浸炭窒化処理の条件は、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。
【0065】
[3.2.1. 処理ガス]
浸炭窒化処理用のガスには、浸炭性ガスにアンモニアを添加したものが用いられる。浸炭窒化処理は、一般に、
(a)処理時間を短縮するために、カーボンポテンシャル(CP)の高い処理ガスを使用して浸炭窒化を行い、内部へのC及びNの拡散を速める段階(浸炭期)と、
(b)カーボンポテンシャル(CP)の低いガスを使用して、表面付近のC量及びN量を正常な範囲にする段階(拡散期)
の2段階に分けて行われる。
【0066】
処理ガス中のアンモニア濃度及びCPは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択するのが好ましい。
例えば、浸炭期の場合、アンモニア濃度は、2.0%以上4.0%以下が好ましい。また、CPは、1.0%以上1.2%以下が好ましい。
拡散期の場合、アンモニア濃度は、2.0%以上4.0%以下が好ましい。また、CPは、0.95%以上1.15%以下が好ましい。
【0067】
[3.2.2. 処理温度]
浸炭窒化処理の温度は、目的に応じて最適な温度を選択する。一般に、処理温度が低すぎると、所定量のC及びNを実用的な時間内に拡散させることができなくなる。従って、処理温度は、850℃以上が好ましい。
一方、処理温度が高くなりすぎると、アンモニアの分解により窒化不足となる。従って、処理温度は、900℃以下が好ましい。
【0068】
[3.2.3. 処理時間]
処理時間は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な処理時間を選択する。最適な処理時間は、ガス組成や処理温度により異なるが、浸炭期の処理時間は、通常、3.0時間~6.0時間である。また、拡散期の処理時間は、通常、0.5時間~1.0時間である。
【0069】
[3.2.4. 冷却方法]
浸炭窒化処理終了後、部品を冷却する。この時、部品を急冷(1次焼入れ)しても良く、あるいは、徐冷しても良い。部品の疲労強度を高めるため、及び、処理時間を短縮するためには、浸炭窒化処理後に急冷するのが好ましい。この場合、冷却速度(すなわち、冷却に用いる冷媒、及び冷却方法)は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な冷却速度を選択することができる。
なお、浸炭窒化処理後に急冷した場合において、長時間放置すると、部品に置き割れが生じることがある。そのため、急冷を行った場合において、次工程に供するまでに長時間を要する時には、急冷後に焼戻しを行うのが好ましい。
【0070】
[3.3. 焼入れ工程]
次に、浸炭窒化処理された部品に対して、焼入れ(2次焼入れ)を行う(焼入れ工程)。焼入れ条件は、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。
【0071】
[3.3.1. 焼入れ温度]
浸炭窒化処理の温度が高くなりすぎると、アンモニアが分解して窒化不足となる。そのため、浸炭窒化処理の温度は、高々900℃である。
一方、8mass%以上のCrを含むCr添加鋼を900℃で浸炭窒化処理すると、炭化物形成が促進され、母相中のC濃度が低下する。そのため、浸炭窒化処理温度から急冷(1次焼入れ)を行っても、十分な表層硬さが得られないことが多い。このような場合、浸炭窒化処理後に急冷(1次焼入れ)を行ったか否かに関わらず、浸炭窒化処理後に、浸炭窒化処理温度より高温からの焼入れ(2次焼入れ)を行うのが好ましい。
【0072】
焼入れ温度は、目的に応じて最適な温度を選択する。一般に、焼入れ温度が低すぎると、十分な表層硬さが得られない。従って、焼入れ温度は、950℃以上が好ましい。焼入れ温度は、好ましくは、1050℃以上である。
一方、焼入れ温度が高すぎると、結晶粒が粗大化することにより、転動疲労寿命が低下する。従って、焼入れ温度は、1100℃以下が好ましい。
【0073】
[3.3.2. 冷却条件]
焼入れ温度に所定時間保持した後、部品を適当な冷媒を用いて急冷する。焼入れ時の冷却速度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な冷却速度を選択することができる。
【0074】
[3.3.3. 冷媒]
焼入れ時の冷媒は、上述した冷却速度が得られるものである限りにおいて、特に限定されない。冷媒としては、例えば、
(a)水、油などの液体、
(b)窒素ガス、アルゴンガスなどの気体、
などがある。
【0075】
[3.4. サブゼロ処理工程]
オーステナイト中に固溶しているCr等の合金元素の濃度、C濃度、及び/又は、N濃度が高くなると、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)が低下する。そのため、焼入れ後の残留オーステナイト量が増加し、表層硬さが不足する場合がある。このような場合、焼入れ後、さらにサブゼロ処理を行い、残留オーステナイトを分解させるのが好ましい(サブゼロ処理工程)。
サブゼロ処理条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。サブゼロ処理は、通常、-60℃~-80℃で1時間~2時間行うのが好ましい。
【0076】
[3.5. 焼戻し工程]
次に、焼入れ(2次焼入れ)及びサブゼロ処理された部品に対して焼戻しを行う(焼戻し工程)。焼戻しは、靱性を回復させるために行う。焼戻し条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。焼戻しは、通常、150℃~250℃で、1時間~2時間行うのが好ましい。
焼戻し後、必要に応じて、部品表面の仕上げ加工を行っても良い。
【0077】
[4. 作用]
Cr及びMnを含む浸炭窒化用鋼において、Cr量を8mass%超12mass%以下とし、所定の条件下において熱処理(浸炭窒化処理、焼入れ、サブゼロ処理、及び焼戻し)を行うと、鋼中に微細な窒化物を多量に析出させることができる。析出した微細な窒化物は水素トラップサイトとして機能する。
このような浸炭窒化用鋼を用いて製造された浸炭窒化部品は、水素脆性型の面疲労剥離に対する耐性が高い。特に、表層C濃度、表層N濃度、表層硬さ、及び表層の微細窒化物の個数が所定の範囲となるように、浸炭窒化条件を最適化すると、水素脆性型の面疲労剥離に対して高い耐性を示す浸炭窒化部品が得られる。
【実施例
【0078】
(実施例1~7、比較例1~2)
[1. 試料の作製]
[1.1. 棒鋼の作製]
表1に示す化学成分の鋼150kgを真空溶解で溶製した。次いで、得られた鋳塊から熱間鍛造により、直径65mm又は直径28mmの棒鋼を製造した。
次に、得られた棒鋼に対して、
(a)920℃で2時間保持し、空冷する焼ならし処理、及び、
(b)760℃で3時間保持し、-15℃/hで650℃まで冷却し、その後空冷する球状化焼き鈍し処理を行った。
【0079】
【表1】
【0080】
[1.2. 熱処理]
図1に、熱処理条件の模式図を示す。まず、棒鋼から所定の寸法の試験片を削り出し、浸炭窒化処理を行った。浸炭窒化処理温度は900℃とし、アンモニア濃度は4%とした。浸炭期のカーボンポテンシャル(CP)は1.1%とし、処理時間は6hとした。また、拡散期のカーボンポテンシャル(CP)は0.95%とし、処理時間は0.5hとした。浸炭窒化処理終了後、試験片を110℃のオイルバスに投入し、1次焼入れを行った。
【0081】
次に、浸炭窒化処理後の試験片に対し、2次焼入れを行った。2次焼入れは、試験片を950℃に加熱された溶融塩中に30分間浸漬した後、80℃のオイルバスに投入することにより行った。引き続き、試験片のサブゼロ処理(-75℃×60分間保持、空冷)、及び焼戻し(200℃×60分間、空冷)を行った。
【0082】
[2. 試験方法]
[2.1. 表層硬さ]
直径28mmの棒鋼から直径25mm、長さ100mmの試験片を削り出し、図1に示す熱処理(浸炭窒化処理、焼入れ、サブゼロ処理、及び焼戻し)を行った。熱処理後、試験片の外周を深さ0.15mm研削仕上げした後、これを樹脂に埋め込み、試験片の縦断面を研磨仕上げした。試験片の最表面から深さ0.05mm±0.025mmの位置にある任意の3箇所においてビッカース硬さを測定し、その平均値(表層硬さ)を算出した。
【0083】
[2.2. 表層C濃度及び表層N濃度]
表層硬さの測定に用いた試験片と同じ試験片を用いて、表層C濃度及び表層N濃度を測定した。最表面から深さ10μmの位置までの表層領域について、C、N濃度分布をEPMAで分析した。表層領域中のC、N濃度の最大値(ピーク値)を求めた。
【0084】
[2.3. 表層の微細窒化物の個数密度]
表層硬さの測定に用いた試験片と同じ試験片を用いて、表層の微細窒化物の個数密度を測定した。FE-EPMAを用いて、表層領域の窒化物の元素マッピングを行った。約100μm2の領域に存在する10nm以上300nm未満の窒化物を全て同定した。これを観察領域の面積で除すことで、個数密度を算出した。
【0085】
[2.4. 水素チャージ転動寿命(L10寿命)]
[2.4.1. 試験片の作製]
直径65mmの棒鋼から、外径63mm、内径28.7mm、高さ9,0mmの転動疲労試験片を粗加工した。これを、図1に示す条件下で熱処理(浸炭窒化処理、焼入れ、サブゼロ処理、及び焼戻し)を行った。熱処理後、試験片の端面を0.1mm研削した後、バフ仕上げにより高さ8.8mmの試験片を作製した。
【0086】
[2.4.2. 水素チャージ]
試験片を電解液に浸漬し、電流密度:0.2mA/cm2で24時間の陰極チャージを行った。電解液には、3%塩化ナトリウム溶液1L中に3gのチオシアン酸アンモニウムを溶解させたものを用いた。
【0087】
[2.4.3. 転動疲労試験(水素チャージスラスト試験)]
水素チャージ後、表面をバフ研磨し、30分以内に転動疲労試験を開始した。図2に、水素チャージスラスト試験機の模式図を示す。円板型の試験片12を取り付けた油浴14に潤滑油16を注入した。テーブル16を押し上げ、保持器に支持された鋼球18をスラスト軸受20で受けることで所定面圧を負荷した。その状態でモータからの動力を伝達する軸22を回転させた。
【0088】
面圧は5.5GPaとした。潤滑油16にはタービン#68を用い、油浴14に給油した。相手材である鋼球18には、3個の3/8インチSUJ2ボールを用いた。負荷速度は、1800rpmとした。同一条件で10点の試験を行い、破壊(表面剥離)が生じるまでの試験片の負荷回数をワイブル分布で近似した。さらに、累積破損確率が10%となるL10寿命を求めた。
【0089】
[2.4. 2円筒試験平均寿命]
[2.4.1. 試験片の作製]
直径28mmの棒鋼から、試験面直径26mmの円筒試験片を作製した。これを、図1に示す条件下で熱処理(浸炭窒化処理、焼入れ、サブゼロ処理、及び焼戻し)を行った。
【0090】
[2.4.2. 2円筒ころがり疲労試験]
得られた試験片を用いて、2円筒ころがり疲労試験を行った。図3に、2円筒ころがり疲労試験機の模式図を示す。円筒形状の試験片32に対して、相手円筒34を所定の面圧Pで押し付けた。その状態でモータ36により軸38を介して、試験片32を回転させた。これと同時に、モータ36の回転をすべり率変更歯車40、42を介して軸44に伝達し、相手円筒34を回転させた。
【0091】
相手円筒34には、SUJ2の焼入れ焼戻し材からなり、軸方向に曲率半径150mmのクラウニングを有し、直径が130mmであるものを用いた。
試験条件は、水素脆性型の面疲労剥離を再現する条件で行った。すなわち、水素脆性を生じる潤滑油を用い、水素脆性型の早期転動疲労破壊が生じる試験条件(油温:90℃、すべり率:-60%、面圧:3GPa、回転数:1500rpm)で試験を行った。ここで、「すべり率」とは、試験片32の周速(v1)に対する試験片32の周速(v1)と相手円筒34の周速(v2)の差の比率(=(v1-v2)/v1)をいう。試験は、同一条件で4点行い、その平均を求めた。
【0092】
[3. 結果]
表2に、結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)実施例1~7、及び、比較例1は、いずれも表層硬さが700Hv以上であり、かつ、表層の微細窒化物の個数密度が105個/mm2以上であった。また、実施例1~7は、いずれも表層C濃度が0.6~2.0%の範囲内であり、かつ、表層N濃度が0.05~1.00%の範囲内であった。
【0093】
(2)実施例1~7のL10寿命は、34.4~42.5×106回であった。一方、比較例1~2のL10寿命は、6.9~10.5×106回であり、いずれも水素脆性型の早期転動疲労破壊が生じた。比較例1~2のL10寿命が短いのは、表層N濃度が低く、表層の微細窒化物の個数密度が少ないためと考えられる。
【0094】
(3)実施例1~7の2円筒試験平均寿命は、24.0~36.2×106回であった。一方、比較例1~2の2円筒試験平均寿命は、7.2~9.0×106回であり、いずれも水素脆性により寿命が低下した。比較例1~2の平均寿命が低いのは、表層N濃度が低く、表層の微細窒化物の個数密度が少ないためと考えられる。
【0095】
【表2】
【0096】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明に係る浸炭窒化用鋼は、歯車、連続可変トラスミッション(CVT)の部品、軸受部品などに用いることができる。
図1
図2
図3