(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】ディーゼルエンジンの制御装置
(51)【国際特許分類】
F02D 41/40 20060101AFI20231108BHJP
F02B 23/06 20060101ALI20231108BHJP
【FI】
F02D41/40
F02B23/06 W
(21)【出願番号】P 2019164685
(22)【出願日】2019-09-10
【審査請求日】2022-08-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】松原 武史
(72)【発明者】
【氏名】白橋 尚俊
(72)【発明者】
【氏名】稲角 健
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 徹也
【審査官】小関 峰夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-097274(JP,A)
【文献】特開2006-283690(JP,A)
【文献】特開2008-267155(JP,A)
【文献】特開2017-186934(JP,A)
【文献】特開2018-096264(JP,A)
【文献】特許第3580099(JP,B2)
【文献】国際公開第2015/181880(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 23/06
F02D 41/00-45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒と、気筒内に往復動可能に収容されたピストンと、ピストンの上方空間である燃焼室に軽油を含む燃料を噴射するインジェクタとを備えたディーゼルエンジンを制御する装置であって、
前記ディーゼルエンジンの暖機が進行するほど高くなる所定の温度パラメータを検出する温度センサと、
所定の運転領域での運転時に、圧縮行程から膨張行程にかけて設定された複数のタイミングで燃料が噴射されるように前記インジェクタを制御する噴射制御部を備え、
前記ピストンは、その冠面に下方に窪んだキャビティを有するとともに、当該キャビティを規定する壁面として、径方向外側ほど高さが低くなるように形成された底部と、底部よりも径方向外側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向外側に凸となるように窪む湾曲した外周部と、外周部よりも上側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向内側に凸となるように突出する湾曲したリップ部とを有し、
前記インジェクタは、前記燃焼室の天井部のうち前記キャビティの中央部と対向する位置から径方向外側に向けて斜め下方に燃料を噴射するように設けられ、
前記噴射制御部は、前記所定の運転領域での運転時に、1燃焼サイクル中の燃料の総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を噴射するとともに噴射した燃料を前記リップ部に指向させて当該燃料の少なくとも一部を前記リップ部から下方に方向転換させるメイン噴射と、メイン噴射よりも遅れた膨張行程中の所定時期に当該メイン噴射よりも少量の燃料を噴射するアフター噴射とを前記インジェクタに実行させ、
前記メイン噴射の終了から前記アフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間は、前記温度センサにより検出された前記温度パラメータが高いほど短くされ
、
前記噴射制御部は、前記温度パラメータが予め定められた高温側閾値以上である場合に、前記温度パラメータにかかわらず前記噴射インターバル時間を一定に保持し、
前記噴射制御部は、前記温度パラメータが前記高温側閾値よりも低い低温側閾値未満となる第1温度条件が成立する場合、および、前記温度パラメータが前記低温側閾値以上かつ前記高温側閾値未満となる第2温度条件が成立する場合に、前記前記温度パラメータが高いほど前記噴射インターバル時間を短くし、
前記温度パラメータに対する前記噴射インターバル時間の変化率は、前記第1温度条件の成立時の方が前記第2温度条件の成立時よりも大きくされる、ことを特徴とするディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項2】
気筒と、気筒内に往復動可能に収容されたピストンと、ピストンの上方空間である燃焼室に軽油を含む燃料を噴射するインジェクタとを備えたディーゼルエンジンを制御する装置であって、
前記ディーゼルエンジンの暖機が進行するほど高くなる所定の温度パラメータを検出する温度センサと、
所定の運転領域での運転時に、圧縮行程から膨張行程にかけて設定された複数のタイミングで燃料が噴射されるように前記インジェクタを制御する噴射制御部を備え、
前記ピストンは、その冠面に下方に窪んだキャビティを有するとともに、当該キャビティを規定する壁面として、径方向外側ほど高さが低くなるように形成された底部と、底部よりも径方向外側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向外側に凸となるように窪む湾曲した外周部と、外周部よりも上側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向内側に凸となるように突出する湾曲したリップ部とを有し、
前記インジェクタは、前記燃焼室の天井部のうち前記キャビティの中央部と対向する位置から径方向外側に向けて斜め下方に燃料を噴射するように設けられ、
前記噴射制御部は、前記所定の運転領域での運転時に、1燃焼サイクル中の燃料の総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を噴射するとともに噴射した燃料を前記リップ部に指向させて当該燃料の少なくとも一部を前記リップ部から下方に方向転換させるメイン噴射と、メイン噴射よりも遅れた膨張行程中の所定時期に当該メイン噴射よりも少量の燃料を噴射するアフター噴射とを前記インジェクタに実行させ、
前記メイン噴射の終了から前記アフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間は、前記温度センサにより検出された前記温度パラメータが高いほど短くされ、
前記インジェクタは、燃料の出口となる噴孔を有するとともに、当該噴孔の中心軸を延長した噴射軸と前記リップ部とが交差するタイミングで前記メイン噴射を実行し、
前記噴射制御部は、前記メイン噴射の終了後、前記噴射軸上の特定位置に酸素含有率の高いクリーン空気流が巡ってくる時期である酸素到来時期を、前記温度パラメータを含む複数のパラメータに基づき算出し、算出した酸素到来時期に基づいて前記噴射インターバル時間を決定する、ことを特徴とするディーゼルエンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気筒と、気筒内に往復動可能に収容されたピストンと、ピストンの上方空間である燃焼室に軽油を含む燃料を噴射するインジェクタとを備えたディーゼルエンジンを制御する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記ディーゼルエンジンの一例として、下記特許文献1のものが知られている。この特許文献1のディーゼルエンジンでは、プレ噴射やアフター噴射をメイン噴射に組み合わせた噴射パターンが運転条件ごとに異なる態様で定められており、各々の噴射パターンによる燃料噴射時に、インジェクタ内の燃料圧力を検出する圧力センサの検出値に基づいて噴射時期や噴射期間が調整されるようになっている。
【0003】
例えば、メイン噴射とアフター噴射とを含む噴射パターンでは、燃料噴射に伴い生じる圧力脈動が圧力センサにより検出されるとともに、検出された圧力脈動に基づいて、メイン噴射からアフター噴射までのインターバル(噴射インターバル)が調整される。これにより、燃料圧力の圧力脈動がアフター噴射に及ぼす影響が低減されるので、アフター噴射の噴射量の調整精度を向上できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、メイン噴射からアフター噴射までのインターバルを過度に短くすると、メイン噴射に基づく燃焼ガス中に重畳的にアフター噴射による燃料が供給されることになり、アフター噴射による燃料が酸素不足の環境で燃焼する結果、煤が発生し易くなる。そこで、このような煤の発生を確実に回避するべく、メイン噴射からアフター噴射までのインターバルを十分に長くすることが考えられる。しかしながら、当該インターバルが過度に長くなると、アフター噴射に基づく燃焼エネルギーのうち仕事として利用される割合が減少し、燃費性能が悪化してしまう。
【0006】
上記のような煤の発生と燃費の悪化とが共に顕在化しないようにするには、アフター噴射の時期を、十分な空気(酸素)を利用できる期間の中でもできるだけ早い時期に設定することが望ましい。しかしながら、このような要求に応えられるアフター噴射の時期は、事前にメイン噴射により噴射された燃料の燃焼状態等により都度変化すると考えられる。そこで、メイン噴射に基づく燃焼を左右する状態量を把握し、その結果に基づいて適切なアフター噴射の時期を都度決定することが提案される。
【0007】
しかしながら、上記特許文献1のディーゼルエンジンは、上記のような提案に応えられるものではなかった。すなわち、上記特許文献1では、圧力脈動による補正の余地はあるものの、基本的にはエンジンの運転条件ごとに予め定められた噴射パターンに基づいてメイン噴射からアフター噴射までのインターバルが決定される。言い換えると、実験的に予め定められた基本インターバルに沿ってアフター噴射の時期が決定される。このため、上記特許文献1では、時々刻々と変化するエンジンの状態に応じて最適なアフター噴射の時期を決定することは不可能であった。
【0008】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、燃費性能を比較的良好に維持しつつ、アフター噴射により噴射された燃料の空気利用率を高めて煤の発生を十分に抑制することが可能なディーゼルエンジンの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するためのものとして、本発明は、気筒と、気筒内に往復動可能に収容されたピストンと、ピストンの上方空間である燃焼室に軽油を含む燃料を噴射するインジェクタとを備えたディーゼルエンジンを制御する装置であって、前記ディーゼルエンジンの暖機が進行するほど高くなる所定の温度パラメータを検出する温度センサと、所定の運転領域での運転時に、圧縮行程から膨張行程にかけて設定された複数のタイミングで燃料が噴射されるように前記インジェクタを制御する噴射制御部を備え、前記ピストンは、その冠面に下方に窪んだキャビティを有するとともに、当該キャビティを規定する壁面として、径方向外側ほど高さが低くなるように形成された底部と、底部よりも径方向外側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向外側に凸となるように窪む湾曲した外周部と、外周部よりも上側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向内側に凸となるように突出する湾曲したリップ部とを有し、前記インジェクタは、前記燃焼室の天井部のうち前記キャビティの中央部と対向する位置から径方向外側に向けて斜め下方に燃料を噴射するように設けられ、前記噴射制御部は、前記所定の運転領域での運転時に、1燃焼サイクル中の燃料の総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を噴射するとともに噴射した燃料を前記リップ部に指向させて当該燃料の少なくとも一部を前記リップ部から下方に方向転換させるメイン噴射と、メイン噴射よりも遅れた膨張行程中の所定時期に当該メイン噴射よりも少量の燃料を噴射するアフター噴射とを前記インジェクタに実行させ、前記メイン噴射の終了から前記アフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間は、前記温度センサにより検出された前記温度パラメータが高いほど短くされ、前記噴射制御部は、前記温度パラメータが予め定められた高温側閾値以上である場合に、前記温度パラメータにかかわらず前記噴射インターバル時間を一定に保持し、前記噴射制御部は、前記温度パラメータが前記高温側閾値よりも低い低温側閾値未満となる第1温度条件が成立する場合、および、前記温度パラメータが前記低温側閾値以上かつ前記高温側閾値未満となる第2温度条件が成立する場合に、前記前記温度パラメータが高いほど前記噴射インターバル時間を短くし、前記温度パラメータに対する前記噴射インターバル時間の変化率は、前記第1温度条件の成立時の方が前記第2温度条件の成立時よりも大きくされる、ことを特徴とするものである(請求項1)。
【0010】
メイン噴射により噴射された燃料の噴霧は、キャビティのリップ部、外周部、底部の各壁面に沿って縦方向の渦を形成するように旋回し、インジェクタの噴射軸上の特定位置に戻ってくる。言い換えると、当該特定位置での酸素濃度は、メイン噴射による燃料噴霧の旋回流動によって大きく変動する。このため、アフター噴射により噴射された燃料の空気利用率を高めるには、当該アフター噴射による燃料噴霧が前記特定位置に到達する時期と、前記特定位置における酸素濃度が濃くなる時期(以下、酸素到来時期ともいう)とを概ね一致させる必要がある。一方で、本願発明者の研究により、酸素到来時期は、エンジンの暖機が進行するほど、言い換えると燃焼室内が高温になり易い条件であるほど短くなることが分かっている。この点を考慮した制御として、本発明では、メイン噴射の終了からアフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間が、エンジンの暖機の進行度合いに関連する所定の温度パラメータが高いほど短くなるように調整されるので、前記のような酸素到来時期の傾向に合わせた適切な時期(つまり前記特定位置での酸素濃度が濃くなる時期)にアフター噴射による燃料噴霧を前記特定位置に到達させることができ、当該燃料噴霧の空気利用率を高めることができる。これにより、仮に噴射インターバル時間を固定的に設定した場合と比較して、燃焼に伴う煤の発生を効果的に抑制することができる。
【0011】
また、前記のように温度パラメータに応じて噴射インターバル時間が可変とされていれば、噴射インターバル時間が固定的である場合と比較して、条件次第でアフター噴射の噴射時期を早めることができ、エンジンの燃費性能を向上させることができる。例えば、噴射インターバル時間を温度パラメータに拠らず一定に設定した場合には、温度パラメータが高くても低くても煤の発生量が過大にならないように、燃焼室の温度が十分に低下するのを待ってから、つまりメイン噴射の終了から比較的長い時間が経過する(膨張行程がある程度進行する)のを待ってから、アフター噴射を開始させる必要がある。このことは、アフター噴射に基づく燃焼エネルギーのうち仕事として利用される割合を減少させ、燃費性能の悪化を招く。これに対し、本発明のように、温度パラメータに応じて噴射インターバル時間を可変とした場合には、前記のようにアフター噴射の開始時期を一律に遅らせる措置が不要になり、条件次第でアフター噴射の噴射時期を早めることができる。これにより、アフター噴射に基づく燃焼エネルギーが仕事に変換される割合を可及的に高めることができ、エンジンの燃費性能を向上させることができる。
【0012】
ここで、前記温度パラメータが噴射インターバル時間に及ぼす影響は、前記温度パラメータが十分に高温になった高温域では無視し得るほど小さいことが分かっている。そこで、本発明において、前記噴射制御部は、前記温度パラメータが予め定められた高温側閾値以上である場合に、前記温度パラメータにかかわらず前記噴射インターバル時間を一定に保持する。
【0013】
この構成によれば、噴射インターバル時間の決定にかかる処理負担を軽減しつつ、適切な噴射インターバル時間を設定して燃料の空気利用率を高めることができる。
【0014】
逆に、前記高温側閾値未満の温度域では、噴射インターバル時間を温度に応じて可変的に設定することが必要になるが、この場合、前記温度パラメータが相対的に低いときの方が噴射インターバル時間に及ぼす影響が大きくなることが分かっている。そこで、本発明において、前記噴射制御部は、前記温度パラメータが前記高温側閾値よりも低い低温側閾値未満となる第1温度条件が成立する場合、および、前記温度パラメータが前記低温側閾値以上かつ前記高温側閾値未満となる第2温度条件が成立する場合に、前記前記温度パラメータが高いほど前記噴射インターバル時間を短くし、前記温度パラメータに対する前記噴射インターバル時間の変化率は、前記第1温度条件の成立時の方が前記第2温度条件の成立時よりも大きくする。
【0015】
この構成によれば、温度パラメータが酸素到来時期に実質的に影響する温度範囲において、温度の高低による酸素到来時期への影響度の相違を適切に反映した噴射インターバル時間を設定することができ、高い空気利用率が得られる適切な時期にアフター噴射を開始することができる。
【0016】
また、本発明は、気筒と、気筒内に往復動可能に収容されたピストンと、ピストンの上方空間である燃焼室に軽油を含む燃料を噴射するインジェクタとを備えたディーゼルエンジンを制御する装置であって、前記ディーゼルエンジンの暖機が進行するほど高くなる所定の温度パラメータを検出する温度センサと、所定の運転領域での運転時に、圧縮行程から膨張行程にかけて設定された複数のタイミングで燃料が噴射されるように前記インジェクタを制御する噴射制御部を備え、前記ピストンは、その冠面に下方に窪んだキャビティを有するとともに、当該キャビティを規定する壁面として、径方向外側ほど高さが低くなるように形成された底部と、底部よりも径方向外側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向外側に凸となるように窪む湾曲した外周部と、外周部よりも上側に形成されかつ気筒軸を含む断面視で径方向内側に凸となるように突出する湾曲したリップ部とを有し、前記インジェクタは、前記燃焼室の天井部のうち前記キャビティの中央部と対向する位置から径方向外側に向けて斜め下方に燃料を噴射するように設けられ、前記噴射制御部は、前記所定の運転領域での運転時に、1燃焼サイクル中の燃料の総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を噴射するとともに噴射した燃料を前記リップ部に指向させて当該燃料の少なくとも一部を前記リップ部から下方に方向転換させるメイン噴射と、メイン噴射よりも遅れた膨張行程中の所定時期に当該メイン噴射よりも少量の燃料を噴射するアフター噴射とを前記インジェクタに実行させ、前記メイン噴射の終了から前記アフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間は、前記温度センサにより検出された前記温度パラメータが高いほど短くされ、前記インジェクタは、燃料の出口となる噴孔を有するとともに、当該噴孔の中心軸を延長した噴射軸と前記リップ部とが交差するタイミングで前記メイン噴射を実行し、前記噴射制御部は、前記メイン噴射の終了後、前記噴射軸上の特定位置に酸素含有率の高いクリーン空気流が巡ってくる時期である酸素到来時期を、前記温度パラメータを含む複数のパラメータに基づき算出し、算出した酸素到来時期に基づいて前記噴射インターバル時間を決定する(請求項2)。
【0017】
本願発明者が得た知見によれば、酸素到来時期つまり噴射軸上の特定位置にクリーン空気流が巡ってくる時期は、前記温度パラメータを含む特定のパラメータ群によって変化する。本発明によれば、当該知見を利用した所定の演算により酸素到来時期を適正に算出できるとともに、算出した酸素到来時期に合わせてアフター噴射による燃料噴霧が前記特定位置に到達するようにアフター噴射の開始時期を調整することにより、当該燃料噴霧の空気利用率を高めて煤の発生量を低減することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明のディーゼルエンジンの制御装置によれば、燃費性能を比較的良好に維持しつつ、アフター噴射により噴射された燃料の空気利用率を高めて煤の発生を十分に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の制御装置が適用されたディーゼルエンジンの好ましい実施形態を示す概略システム図である。
【
図2】上記ディーゼルエンジンにおけるピストンの冠面の構造を示す図であり、(a)は斜視図、(b)は断面斜視図である。
【
図3】上記ディーゼルピストンの冠面に形成されたキャビティの詳細構造、および当該キャビティに噴射された燃料の噴霧の流れを説明するための断面図である。
【
図4】上記ディーゼルエンジンの制御系統を示すブロック図である。
【
図5】上記ディーゼルエンジンの拡散燃焼領域を示す運転マップである。
【
図6】上記拡散燃焼領域内の特定の2つの運転ポイントにおいて採用される燃料の噴射パターンを示すタイムチャートであり、(a)は第1運転ポイントでの噴射パターンを、(b)は第2運転ポイントでの噴射パターンを、それぞれ示している。
【
図7】上記拡散燃焼領域において実行される燃料噴射制御の具体的手順を示すフローチャートである。
【
図8】上記キャビティ内を流動する燃料噴霧の流れを模式的に示す図であり、(a)はメイン噴射の終了時における噴霧の状態を、(b)および(c)はメイン噴射終了後の時間経過に伴い変化した噴霧の状態をそれぞれ示している。
【
図9】上記キャビティ内の特定位置(旋回基準点)における酸素濃度の時間変化を示すグラフである。
【
図10】上記メイン噴射による燃料噴霧とその後のアフター噴射による燃料噴霧との位置関係を模式的に示す図である。
【
図11】メイン噴射による燃料噴霧の旋回流動が各種パラメータにより変化することを示すグラフ群であり、(a)はメイン噴射量、噴射圧、および吸気圧と旋回速度との関係を、(b)はメイン噴射量、噴射圧、吸気圧、およびエンジン回転数と旋回距離との関係を、(c)はメイン噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温と噴霧長との関係をそれぞれ示している。
【
図12】上記メイン噴射の終了から上記アフター噴射の開始までの時間である噴射インターバル時間と、メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温の各パラメータとの関係を示すグラフ群である。
【
図13】エンジン水温の上昇により燃料の噴霧長が長くなったときの
図10相当図である。
【
図14】エンジン水温と噴射インターバル時間との関係を詳細に表したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<エンジンの全体構成>
図1は、本発明の制御装置が適用されたディーゼルエンジンの好ましい実施形態を示す概略システム図である。本図に示されるディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンは、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機36とを備えている。
【0021】
エンジン本体1は、
図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数の気筒2(
図1ではそのうちの一つのみを示す)を有する直列多気筒型のものである。エンジン本体1は、複数の気筒2を画成する複数の円筒状のシリンダライナを含むシリンダブロック3と、各気筒2の上部開口を塞ぐようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、各気筒2にそれぞれ往復摺動可能に収容された複数のピストン5とを有している。なお、各気筒2の構造は同一であるため、以下では基本的に1つの気筒2のみに着目して説明を進める。
【0022】
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面(燃焼室天井面6U;
図3参照)と、気筒2の内周面(シリンダライナ)と、ピストン5の冠面50とによって画成された空間である。燃焼室6には、後述するインジェクタ15からの噴射によって上記燃料が供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
【0023】
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転する。
【0024】
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1および水温センサSN2が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転数(エンジン回転数)を検出する。水温センサSN2は、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する。なお、この水温センサSN2によって検出される冷却水の温度は、エンジンの暖機が進行するほど高くなるパラメータの1つであり、本発明における「温度パラメータ」の一例に該当する。
【0025】
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9および排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口を開閉する吸気弁11と、排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。
【0026】
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13および排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11および排気弁12は、これら動弁機構13,14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
【0027】
シリンダヘッド4には、燃焼室6に燃料を噴射するインジェクタ15が、各気筒2に対し1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、燃焼室6の天井部に露出する先端部151(
図3)を有しており、当該先端部151が気筒2の中心軸である気筒軸X上(またはその近傍)に位置するようにシリンダヘッド4に組み付けられている。インジェクタ15は、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(
図2、
図3)に向けて燃料を噴射することが可能である。
【0028】
インジェクタ15の先端部151には、燃料の出口となる噴孔152(
図3)が形成されている。なお、
図3には一つの噴孔152のみが示されているが、実際には複数の噴孔152が先端部151の周方向に等ピッチで配列されている。各噴孔152の中心軸は、径方向外側ほど下方に位置するように傾斜している。このような噴孔152を通じて噴射される燃料は、インジェクタ15の先端部151から径方向外側の斜め下方に向けて放射状に噴射される。
【0029】
各気筒2のインジェクタ15は、全気筒2に共通のコモンレール18(蓄圧レール)に燃料供給管17を介して接続されている。コモンレール18内には、図外の燃料ポンプにより加圧された高圧の燃料が貯留されている。このコモンレール18内で蓄圧された燃料が各気筒2のインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15から高い圧力(例えば150MPa~250MPa程度)で燃料が燃焼室6内に噴射される。
【0030】
インジェクタ15には、その内部の燃料の圧力、言い換えるとインジェクタ15から噴射される燃料の圧力である噴射圧を検出する噴射圧センサSN5(
図4)が設けられている。噴射圧センサSN5は、複数の気筒2に対応する複数のインジェクタ15にそれぞれ1つずつ設けられている。
【0031】
図1には図示していないが、上記燃料ポンプとコモンレール18とを接続する配管には、燃圧レギュレータ16および燃温センサSN6(ともに
図4参照)が設けられている。燃圧レギュレータ16は、コモンレール18の圧力、つまりインジェクタ15に供給される燃料の圧力(燃圧)を調整するものである。燃温センサSN6は、インジェクタ15に供給される燃料の温度(燃温)を検出するセンサである。
【0032】
ターボ過給機36は、吸気通路30に配置されたコンプレッサ37と、排気通路40に配置されたタービン38と、コンプレッサ37とタービン38とを連結するタービン軸39とを有している。タービン38は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。コンプレッサ37は、タービン38の回転に連動して回転することにより、吸気通路30を流通する空気を圧縮(過給)する。
【0033】
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、コンプレッサ37、スロットル弁32、インタークーラ33、およびサージタンク34が配置されている。
【0034】
エアクリーナ31は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。スロットル弁32は、吸気通路30における吸気の流量を調整可能な電動式のバタフライ弁である。コンプレッサ37は、吸気を圧縮しつつ吸気通路30の下流側へ送り出す羽根車である。インタークーラ33は、ターボ過給機36(コンプレッサ37)により圧縮された吸気を冷却する熱交換器である。サージタンク34は、複数の気筒2に吸気を均等に配分するための空間を提供するタンクであり、各気筒2の吸気ポート9に連なるインテークマニホールドの直上流に配置されている。
【0035】
吸気通路30には、エアフローセンサSN3および吸気圧センサSN4が配置されている。エアフローセンサSN3は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気圧センサSN4は、サージタンク34に配置され、当該サージタンク34を通過する吸気の圧力を検出する。なお、サージタンク34はターボ過給機36のコンプレッサ37の下流側に配置されているので、吸気圧センサSN4により検出される吸気圧は、ターボ過給機36(コンプレッサ37)により過給された後の吸気圧、つまり過給圧である。
【0036】
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10および排気通路40を通して車両の外部に排出される。排気通路には、タービン38および排気浄化装置41がこの順に上流側から配置されている。
【0037】
タービン38は、排気ガスのエネルギーを受けて回転する羽根車であり、吸気通路30内のコンプレッサ37にタービン軸39を介して回転力を付与する。排気浄化装置41は、排気ガス中の有害成分を浄化する。
【0038】
排気浄化装置41は、排気ガス中のCOおよびHCを酸化して無害化する酸化触媒42と、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するためのDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とを内蔵している。
【0039】
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路45と、EGR通路45に設けられた開閉可能なEGR弁46とを備える。EGR通路45は、排気通路40におけるタービン38よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。EGR弁46は、EGR通路45を通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)の流量を調整する。
【0040】
<ピストンの詳細構造>
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。
図2(a)は、ピストン5の上側部分(冠面50の近傍部)を主に示す斜視図である。
図2(b)は、
図2(a)に示すピストン5を気筒軸Xを含む鉛直面に沿って切断した断面斜視図である。
図3は、ピストン5の冠面50の一部を他の燃焼室形成面(気筒2の内周面および燃焼室天井面6U)と併せて示した拡大断面図である。
【0041】
ピストン5は、燃焼室6の底面を規定する上述した冠面50と、冠面50の外周縁に連なる円筒状の側周面56とを有している。
【0042】
冠面50には、その中央部を含む主要領域を下方(シリンダヘッド4と反対側)に窪ませたキャビティ5Cが形成されている。言い換えると、冠面50は、キャビティ5Cを規定する壁面(後述する底部511、外周部512、リップ部513、棚部521、立上り部522)と、キャビティ5Cの径方向外側に形成された環状の平坦面からなるスキッシュ面55とを有している。
【0043】
キャビティ5Cは、いわゆるリエントラント型のキャビティである。特に、当実施形態のキャビティ5Cは、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを含む上下2段式のリエントラント型キャビティである。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向中心部を含む領域に形成された凹部であり、第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の上側に形成された環状の凹部である。
【0044】
冠面50は、第1キャビティ部51を規定する壁面として、底部511と、外周部512と、リップ部513とを有している。
【0045】
底部511は、第1キャビティ部51の底面を規定する壁部である。底部511は、緩やかな山型を呈するように形成されており、インジェクタ15の直下方にあたる径方向中心部(インジェクタ15の先端部151と対向する位置)に頂部511aを有している。すなわち、底部511は、頂部511aから径方向外側に向けて徐々に高さが低くなるように形成されている。底部511の高さは、底部511と外周部512との境界である第1境界部W1において最も低くなるように設定されている。
【0046】
外周部512は、底部511の径方向外側に連設された壁部であり、断面視で径方向外側に凸となるように窪んだ形状を有している。外周部512は、底部511と外周部512との境界である第1境界部W1から、外周部512とリップ部513との境界である第2境界部W2までの間を滑らかにつなぐように凹状に湾曲している。すなわち、外周部512は、第1境界部W1から径方向外側に向かって徐々に高さが高くなるように湾曲した第1部分と、当該第1部分の上端から第2境界部W2に向かって徐々に縮径するように湾曲した第2部分とを有している。言い換えると、外周部512は、これら第1・第2部分の境界である中間部M(
図3)において最も径方向外側に窪むように形成されている。
【0047】
リップ部513は、外周部512の上側に連設された壁部であり、断面視で径方向内側に凸となるように突出した形状を有している。リップ部513は、外周部512とリップ部513との境界である第2境界部W2から、リップ部513と後述する棚部521との境界(換言すれば第1キャビティ部51と第2キャビティ部52との境界)である第3境界部W3までの間を滑らかにつなぐように凸状(コブ状)に湾曲している。
【0048】
冠面50は、以上のような第1キャビティ部51を規定する各壁面(底部511、外周部512、およびリップ部513)に加えて、第2キャビティ部52を規定する壁面である棚部521および立上り部522を有している。
【0049】
棚部521は、第2キャビティ部52の底面を規定する壁部であり、第1キャビティ部51のリップ部513の径方向外側に連設されている。棚部521は、リップ部513と棚部521との境界である第3境界部W3から、棚部521と立上り部522との境界である第4境界部W4にかけて、徐々に高さが低くなるように傾斜している。
【0050】
立上り部522は、棚部521の径方向外側に連設された壁部であり、棚部521から上方に立ち上がる形状を有している。立上り部522は、棚部521と立上り部522との境界である第4境界部W4から、スキッシュ面55の内周縁までの間を滑らかにつなぐように湾曲しており、径方向外側に向かって徐々に高さが高くなるように形成されている。
【0051】
<燃料噴霧の流れ>
続いて、インジェクタ15からピストン5のキャビティ5Cに噴射された燃料噴霧の流れについて、
図3を用いて説明する。
図3では、ピストン5が圧縮上死点もしくはその近傍に位置する状態でインジェクタ15から燃料が噴射された直後における当該燃料の噴霧を符号FSで表すとともに、この燃料噴霧FSの主軸、言い換えるとインジェクタ15の噴孔152の中心軸を延長した軸線である噴射軸を符号AXで表している。また、燃料噴霧FSがキャビティ5Cの壁面(リップ部513)に衝突した後の主な燃料噴霧の流れを符号F11,F12,F13,F21,F22,F23で表している。なお、当実施形態のようなディーゼルエンジンにおいて圧縮上死点付近で燃料が噴射されると、その燃料は噴射後わずかな時間をあけて燃焼し始める(拡散燃焼)。このため、燃料噴霧FSは、基本的に、霧化された燃料に加えて燃焼ガスを含んだものとなる。ただし本明細書では、燃焼ガスを含む燃料噴霧と含まない燃料噴霧とを特に区別することなく単に燃料噴霧(もしくは噴霧)と称するものとする。
【0052】
インジェクタ15の噴孔152から噴射された燃料は、噴霧角θをもって拡散しつつ霧化し、噴射軸AXに沿って飛翔する。ピストン5が圧縮上死点もしくはその近傍にあるとき、噴孔152から噴射された燃料(燃料噴霧FS)は、キャビティ5Cのリップ部513を指向する。言い換えると、インジェクタ15は、圧縮上死点もしくはその近傍において噴射された燃料をリップ部513に指向させることが可能な噴孔152を有している。
【0053】
リップ部513に向けて噴射された燃料噴霧FSは、リップ部513に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方)へ向かう噴霧(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方)へ向かう噴霧(矢印F21)とに分離される。分離された噴霧は、各々第1・第2キャビティ部51,52に存在する空気と混合されながら、これらキャビティ部51,52の壁面形状に沿って流動する。
【0054】
詳しくは、矢印F11で示す噴霧は、リップ部513において下方に方向転換され、第1キャビティ部51の外周部512に入り込む。外周部512に入り込んだ噴霧は、外周部512の湾曲形状に沿って下方から径方向内側へと流動方向を変化させ、その後、矢印F12で示すように底部511の壁面形状に沿って流動する。底部511は径方向内側ほどせり上がるように形成されているので、矢印F12で示される噴霧は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように径方向外側かつ上方に向かうように方向転換し、初期噴霧(噴孔152から出た直後の噴霧FS)の主軸である噴射軸AX上の位置まで戻るように流動する。このように、第1キャビティ部51に入り込んだ噴霧は、第1キャビティ部51内で縦方向の渦を形成するように旋回流動する。
【0055】
一方、矢印F21で示す噴霧は、リップ部513において上方に方向転換され、第2キャビティ部52の棚部521に入り込む。棚部521に入り込んだ噴霧は、棚部521の傾きに沿って斜め下方へと流動し、その後、矢印F22で示すように立上り部522の湾曲した壁面に沿って上方に持ち上げられ、最終的には燃焼室天井面6Uに沿って径方向内側へと流動する。
【0056】
ここで、立上り部522の上端部には、リップ部513のような径方向内側に突出する形状部が設けられていない。このため、矢印F22で示す噴霧の流動が過度に強化されることがなく、矢印F22から分岐して径方向外側に向かうように流動する噴霧(矢印F23)も生成される。とりわけ、燃焼後期では逆スッキシュ流(スキッシュ面55に沿って径方向内側から外側へと向かう流れ)に牽引されることもあり、矢印F23の流動が生じ易くなる。このことは、スキッシュ面55の上側に存在する空気の利用を促進するので、煤の発生を抑制することにつながる。
【0057】
上記のように第2キャビティ部52に入り込んだ噴霧が矢印F22,F23で示す2方向に分岐することにより、当該噴霧は燃焼室6の上部における比較的広い範囲に分散する。このため、分岐後の各噴霧の流動はそれほど強くなく、特に径方向内側に方向転換した後の矢印F22の流動は比較的弱いものとなる。このような事情から、矢印F22で示す噴霧は、噴射軸AX上の位置に戻るような旋回流動を実質的に生成しない。この点、矢印F11,F12,F13で示すような旋回流動を生成する第1キャビティ部51内の噴霧とは異なる。
【0058】
<制御系統>
図4は、上記ディーゼルエンジンの制御系統を示すブロック図である。本図に示されるECU70は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
【0059】
ECU70には各種センサによる検出情報が入力される。例えば、ECU70は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、エアフローセンサSN3、吸気圧センサSN4、噴射圧センサSN5、および燃温センサSN6と電気的に接続されている。ECU70には、これら各センサSN1~SN6によって検出された情報、つまりクランク角、エンジン回転数、エンジン水温、吸入空気量、吸気圧、燃料噴射圧、および燃温等の情報が逐次入力される。
【0060】
また、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度であるアクセル開度を検出するアクセル開度センサSN7が設けられている。このアクセル開度センサSN7による検出情報もECU70に逐次入力される。
【0061】
ECU70は、上記各センサSN1~SN7から入力された情報等に基づいて種々の判定や演算を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、ECU70は、インジェクタ15、燃圧レギュレータ16、スロットル弁32、およびEGR弁46等と電気的に接続されており、上記判定および演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
【0062】
<拡散燃焼領域での燃料噴射制御>
次に、上記エンジンにおける代表的な燃料の噴射制御として、
図5に示す拡散燃焼領域A1での噴射制御について説明する。
図5に示す拡散燃焼領域A1は、インジェクタ15から噴射された燃料の大半を拡散燃焼により燃焼させる運転領域であり、エンジンの極低負荷域、極高負荷域、および極高速域を除いた主要領域に設定されている。なお、拡散燃焼とは、周知のとおりディーゼルエンジンにおいて広く採用されている燃焼形態であり、インジェクタ15から噴射された燃料を蒸発させつつ拡散作用により空気と混合し、燃焼可能となった部分(主に燃料噴霧と空気との境界付近)から混合気を自着火により燃焼させる形態のことである。
【0063】
1燃焼サイクル中にインジェクタ15から燃焼室6(気筒2)に供給すべき燃料の総量を総噴射量としたとき、
図5の拡散燃焼領域A1では、当該総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を圧縮上死点もしくはその近傍に噴射する噴射パターンが採用される。
図6は、拡散燃焼領域A1内の代表的な2つの運転ポイントC1,C2で採用される噴射パターンを示すタイムチャートであり、その横軸はクランク角(deg)、縦軸はクランク角基準の燃料噴射率(mm
3/deg)である。運転ポイントC1,C2は、回転数が同一で負荷が異なる関係にある。以下では、負荷が低い方の運転ポイントC1を第1運転ポイント、負荷が高い方の運転ポイントC2を第2運転ポイントと称する。
【0064】
図6(a)に示すように、第1運転ポイントC1では、3回のプレ噴射Jpと、1回のメイン噴射Jmと、1回のアフター噴射Jaとが実行される。メイン噴射Jmは、圧縮行程と膨張行程との間の上死点(TDC)である圧縮上死点またはその近傍において実行される燃料噴射であり、例えば図示のように圧縮上死点を跨ぐ所定期間に亘って実行される。このようなメイン噴射Jmの噴射期間には、少なくとも、インジェクタ15の噴射軸AXと第1キャビティ部51のリップ部513とが交差するタイミング(
図3参照)が含まれる。プレ噴射Jpは、メイン噴射Jmよりも前の圧縮行程中に実行される燃料噴射である。アフター噴射Jaは、メイン噴射Jmよりも後の膨張行程中に実行される燃料噴射である。メイン、プレ、アフターの各噴射のうち、メイン噴射Jmでは、1燃焼サイクル中の総噴射量うち最も多くの割合の燃料が噴射される。
【0065】
同様に、第2運転ポイントC2でも、
図6(b)に示すように、3回のプレ噴射Jpと、1回のメイン噴射Jmと、1回のアフター噴射Jaとが実行される。メイン噴射Jmによる噴射量の割合が最も大きいことも第1運転ポイントC1のときと同様である。ただし、第2運転ポイントC2の方が第1運転ポイントC1よりも負荷(エンジンの要求トルク)が高いため、第2運転ポイントC2における総噴射量は、第1運転ポイントC1のときよりも増やす必要がある。図示の例では、この燃料の増分が主にメイン噴射Jmに割り当てられる。すなわち、第2運転ポイントC2と第1運転ポイントC1とを比較した場合、第2運転ポイントC2でのメイン噴射Jmの噴射量は、第1運転ポイントC1でのメイン噴射Jmの噴射量よりも多くなる。
【0066】
拡散燃焼領域A1での燃料の噴射パターンは、基本的に、予め定められたマップデータを参照して決定される。具体的に、ECU70の記憶部には、プレ噴射Jpの噴射量および噴射時期(あるいは噴射回数)と、メイン噴射Jmの噴射量および噴射時期と、アフター噴射Jaの噴射量とを運転条件(負荷および回転数等)ごとに定めたマップデータが予め記憶されている。拡散燃焼領域A1での運転時、ECU70は、当該マップデータを参照することにより、その時々の運転条件(運転ポイント)に適合した噴射パターンを決定し、決定した噴射パターンに従ってインジェクタ15から燃料を噴射させる。
【0067】
ただし、アフター噴射Jaの噴射時期については、マップデータを利用することなく演算により都度求められる。詳細は後述するが、アフター噴射Jaの噴射時期は、メイン噴射Jmの終了からのアフター噴射Jaの開始までの時間である噴射インターバル時間(
図6のTi)が空気利用率の観点から定まる望ましい時間となるように決定される。
【0068】
また、ECU70の記憶部には、インジェクタ15からの燃料の噴射圧の目標値である目標噴射圧をエンジンの運転条件(負荷および回転数等)ごとに予め定めたマップデータが記憶されており、実際の噴射圧が当該目標噴射圧に一致するように燃圧レギュレータ16が制御される。目標噴射圧は、エンジン負荷が高く1燃焼サイクル中の総噴射量が多くなるほど高くなるように設定される。これは、単位時間あたりに噴射可能な燃料の量を増やすことにより、高負荷に見合った比較的多量の燃料を限られた時間内で噴射できるようにするためである。逆に言えば、エンジン負荷が低い(総噴射量が少ない)条件では目標噴射圧が低くされるので、燃料ポンプの負担を減らして燃費性能を高めることができる。
【0069】
上記のような目標噴射圧の設定によれば、第1運転ポイントC1での目標噴射圧をP1、第2運転ポイントC2での目標噴射圧をP2としたとき、後者の方が前者よりも大きいという関係が成立する(P2>P1)。このことと、上述した噴射量の関係とを合わせて考慮した場合、当実施形態では、第1運転ポイントC1と第2運転ポイントC2との比較において、次の表1の関係が成立することになる。
【0070】
【0071】
すなわち、第1運転ポイントC1とこれよりも負荷の高い第2運転ポイントC2での噴射パターンを比較した場合、燃料の総噴射量、メイン噴射Jmの噴射量、および噴射圧は、いずれも第2運転ポイントの方が大きくなる。なお、プレ噴射Jpおよびアフター噴射Jaの噴射量については特に表していないが、これら各噴射Jp,Jaの噴射量は同一の場合もあり得るし変化する場合もあり得る。
【0072】
次に、
図7のフローチャートに基づいて、拡散燃焼領域A1での燃料噴射制御の手順について説明する。同フローチャートに示す制御がスタートすると、ECU70は、エンジンの現運転ポイントが
図5に示した拡散燃焼領域A1に含まれるか否かを判定する(ステップS1)。すなわち、ECU70は、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転数と、アクセル開度センサSN7の検出値(アクセル開度)等から特定されるエンジン負荷(要求トルク)とに基づいて、現時点のエンジンの運転ポイントが拡散燃焼領域A1に含まれるか否かを判定する。
【0073】
上記ステップS1でYESと判定されて現運転ポイントが拡散燃焼領域A1に含まれることが確認された場合、ECU70は、次の1燃焼サイクル中にインジェクタ15から噴射すべき燃料の総量である総噴射量と、当該総噴射量に相当する燃料を噴射する際の噴射パターンとを決定する(ステップS2)。例えば、総噴射量は、エンジン負荷が高いほど多くなるように決定され、噴射パターンは、ECU70の記憶部に予め記憶された上述したマップデータに基づき決定される。ここで決定される噴射パターンには、プレ噴射Jpの噴射量および噴射時期(あるいは噴射回数)と、メイン噴射Jmの噴射量および噴射時期と、アフター噴射Jaの噴射量とが含まれる。一方、アフター噴射Jaの噴射時期はここでは決定されず、後述するステップSS6で算出される噴射インターバル時間に基づき決定される。
【0074】
次いで、ECU70は、吸気弁11の閉時期(IVC)が到来したか否かを判定する(ステップS3)。すなわち、ECU70は、これから燃料を噴射しようとする対象の気筒2について、当該気筒2における吸気弁11が閉弁したか否かを判定する。
【0075】
上記ステップS3においてYESと判定されて吸気弁11の閉時期が到来したことが確認された場合、ECU70は、燃料の噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温を各センサから取得する(ステップS4)。具体的に、ECU70は、対象とする気筒2のインジェクタ15に備わる噴射圧センサSN5の検出値から燃料の噴射圧を取得し、吸気圧センサSN4の検出値から吸気圧を取得し、クランク角センサSN1の検出値からエンジン回転数を取得し、水温センサSN2の検出値からエンジン水温を取得し、燃温センサSN6の検出値から燃温を取得する。
【0076】
次いで、ECU70は、上記ステップS4で取得された各情報(噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、燃温)と、上記ステップS2で決定されたメイン噴射Jmの噴射量とに基づいて、メイン噴射Jmにより噴射された燃料噴霧の旋回周波数および初期位相を算出する(ステップS5)。ここで、旋回周波数とは、
図3に示した矢印F11,F12,F13のようにピストン5の第1キャビティ部51を旋回流動する燃料噴霧の単位時間あたりの旋回回数のことであり、初期位相とは、当該燃料噴霧の旋回流動(
図8参照)に伴い変動する酸素濃度を周期関数(
図9参照)に見立てた場合における当該周期関数の初期位相のことである。
【0077】
図8は、第1キャビティ部51内を旋回流動するメイン噴射Jmによる燃料噴霧の流れを模式的に示す図であり、(a)はメイン噴射Jmの終了時における噴霧の状態を、(b)および(c)はメイン噴射Jmの終了後の時間経過に伴い変化した噴霧の状態をそれぞれ示している。本図に示すように、圧縮上死点の近傍において(もしくは圧縮上死点を跨いだ所定期間にわたり)メイン噴射Jmにより噴射された燃料の噴霧Fm(実際には燃焼ガスと霧化した燃料とが混在したもの)は、第1キャビティ部51を構成するリップ部513、外周部512、底部511の各壁面に沿って縦方向の渦を形成するように旋回し、インジェクタ15の噴射軸AX(噴孔152の中心軸の延長線)上の位置に戻ってくる。このような旋回流動により噴射軸AX上に戻ってきた燃料噴霧Fmの主軸と噴射軸AXとの交点を旋回基準点Zとすると、この旋回基準点Zにおける酸素濃度は、燃料噴霧Fmの旋回流動の進行の程度に応じて変動する。
【0078】
すなわち、メイン噴射Jmの終了時である
図8(a)の時点では、旋回基準点Zの上を燃料噴霧Fmが通過しているところなので、旋回基準点Zの酸素濃度は非常に薄くなる。このような酸素濃度が薄い状態は、旋回基準点Zを燃料噴霧Fmが通過し切る
図8(b)の時点まで継続する。ただしこの時点では、白抜きの矢印Eで示すように、燃料噴霧Fmの後端に生じる負圧に吸い寄せられるように酸素含有率の高い空気の流れ(以下、これをクリーン空気流という)が生じており、このクリーン空気流Eが旋回基準点Zへの流入を開始する。これにより、
図8(b)の時点以降、旋回基準点Zの酸素濃度は徐々に上昇していく。その後、燃料噴霧Fmの後端が旋回基準点Zから離れた
図8(c)の時点で、クリーン空気流Eの中間部が旋回基準点Zを通過する状態が得られ、この時点において旋回基準点Zの酸素濃度が最も高くなる。なお、
図8(b)から(c)までの間に酸素濃度が徐々に上昇するのは、クリーン空気流E上の酸素濃度は燃料噴霧Fmから離れるほど(言い換えればクリーン空気流Eの流線方向の中心に近いほど)高くなるからである。
【0079】
図9は、旋回基準点Zにおける酸素濃度の時間変化を示すグラフである。具体的に、本グラフでは、旋回基準点Zの酸素濃度を表すパラメータとして、旋回基準点Zでの局所的な空燃比を理論空燃比で割った値である局所λを採用し、この局所λの値を縦軸に取っている。局所λが大きいほど酸素濃度が高いことを表す。また、横軸のtはメイン噴射Jmの終了時からの時間変化(msec)である。
【0080】
図9のグラフにおいて実線の波形で示すように、旋回基準点Zでの局所λは、メイン噴射Jmの終了時(t=0)から時間が経過するほど大きくなり、最大値をとった後に再び低下するというように、周期的に変化する。具体的に、局所λは、メイン噴射Jmが終了した時点(t=0)では非常に小さく(点Ra)、その後の時点t1以降に顕著に上昇し始める(点Rb)。さらに、局所λは、時点t1よりも遅れた時点t2で最大値をとり(点Rc)、その後は徐々に低下する。この場合において、t=0のときの点Raは
図8(a)の状態に対応し、t=t1のときの点Rbは
図8(b)の状態に対応し、t=t2のときの点Rcは
図8(c)の状態に対応している。
【0081】
上記のように、旋回基準点Zでの局所λ(あるいは酸素濃度)は、第1キャビティ部51内での燃料噴霧Fmの旋回流動に伴い周期的に変動する。当該現象を前提として、
図7のステップS5では、旋回基準点Zにおける酸素濃度の変動を所定の周期関数に見立て、その周波数(旋回周波数)および初期位相を所定の演算式を用いた演算により算出する。これら旋回周波数および初期位相の求め方については後で詳しく説明する。
【0082】
次いで、ECU70は、上記ステップS5で算出された旋回周波数および初期位相に基づいて、メイン噴射Jmの終了からアフター噴射Jaの開始までの時間である噴射インターバル時間Tiを決定する(ステップS6)。この噴射インターバル時間Tiは、
図10に示すように、旋回基準点Zにおける酸素濃度が最も高くなる時点で当該旋回基準点Zにアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faの先端が到達するような時間に設定される。以下では、旋回基準点Zの酸素濃度が最も高くなる時期(
図9の実線の波形の場合は時点t2)のことを、酸素到来時期と称する。この酸素到来時期は、
図8(c)または
図10のようにクリーン空気流Eの中間部が旋回基準点Zを通過するときに対応している。このことを用いて噴射インターバル時間Tiのことを言い換えると、噴射インターバル時間Tiは、アフター噴射Jaによる燃料噴霧Faの先端が旋回基準点Zに到達する時期が、クリーン空気流Eの中間部が旋回基準点Zに到達する時期に一致するような時間に設定される。
【0083】
次いで、ECU70は、インジェクタ15にプレ噴射Jpおよびメイン噴射Jmを実行させる(ステップS7)。なお、ここでのプレ噴射Jpおよびメイン噴射Jmは、上記ステップS2において所定のマップデータに基づき決定された噴射パターン(プレ・メインの各噴射の噴射量および噴射時期を定めた噴射パターン)に従って実行される。
【0084】
次いで、ECU70は、上記ステップS7により実行されたメイン噴射Jmの終了からの経過時間が、上記ステップS6で決定された噴射インターバル時間Tiに達したか否かを判定する(ステップS8)。
【0085】
上記ステップS8でYESと判定されてメイン噴射Jmの終了から噴射インターバル時間Tiが経過したことが確認された場合、ECU70は、その時点でインジェクタ15にアフター噴射Jaを開始させる(ステップS9)。これにより、
図10に示すように、アフター噴射Jaによる燃料噴霧Faの先端が噴射軸AX上の旋回基準点Zに到達する時期を、当該旋回基準点Zの酸素濃度が高くなる酸素到来時期と一致させることができる。このことは、アフター噴射Jaにより噴射された燃料が燃焼する際の空気利用率を高めることにつながる。なお、このステップS9でのアフター噴射Jaの噴射量としては、上記ステップS2で所定のマップデータに基づき決定された噴射量が採用される。
【0086】
<旋回周波数および初期位相の算出方法>
次に、上記ステップS5において旋回周波数および初期位相を算出する方法について詳しく説明する。既述のとおり、旋回周波数および初期位相とは、メイン噴射Jmによる燃料噴霧Fmが第1キャビティ部51内を旋回流動する現象を念頭に置いたものであり、当該旋回流動に伴い変動する旋回基準点Zでの酸素濃度の変動を周期関数に見立てた場合の周波数および初期位相のことである。酸素濃度の変動を表す周期関数をx(t)とすると、このx(t)は、模式的に下記の式(1)により定義される。
【0087】
[数1]
x(t)=cos(2πft-φ) ‥‥(1)
ここに、fは旋回周波数、φは初期位相である。
【0088】
さらに、
図8(a)に示すように、燃料噴霧Fmの長さを噴霧長Lとし、燃料噴霧Fmが流動(旋回)する速度を旋回速度Vとする。また、
図8(b)に示すように、旋回基準点Zから破線の経路を辿って旋回基準点Zに戻るまでの移動距離(破線の経路の距離)を旋回距離Dとする。旋回周波数fおよび初期位相φは、それぞれ噴霧長L、旋回速度V、および旋回距離Dを用いて下記の式(2)により表すことができる。
【0089】
[数2]
f=V/D
φ=2π×L/D ‥‥(2)
つまり、旋回周波数fは旋回速度Vを旋回距離Dで割った値に等しく、初期位相φは噴霧長Lを旋回距離Dで割った値の定数倍に等しい。
【0090】
上記式(2)より、旋回周波数fと初期位相φを求めるには、旋回速度Vと、旋回距離Dと、噴霧長Lとを知る必要がある。本願発明者による知見によれば、これらの値(V,D,L)は、下記の式(3)のように、メイン噴射量(メイン噴射Jmの噴射量)、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温の中から選ばれる複数のパラメータの関数によって表すことができる。
【0091】
[数3]
V=F1(メイン噴射量、噴射圧、吸気圧)
D=F2(メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、回転数)
L=F3(メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、回転数、水温、燃温) ‥‥(3)
つまり、旋回速度Vは、メイン噴射量、噴射圧、および吸気圧をパラメータ(変数)とする関数であり、旋回距離Dは、メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、およびエンジン回転数をパラメータとする関数であり、噴霧長Lは、メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温をパラメータとする関数である。
【0092】
図11は、上記式(3)の関数の概要を説明するためのグラフ群であり、(a)は旋回速度Vと各パラメータとの関係を、(b)は旋回距離Dと各パラメータとの関係を、(c)は噴霧長Lと各パラメータとの関係を、それぞれ示している。
【0093】
旋回速度Vは、
図11(a)に示すように、メイン噴射Jmの噴射量が多いほど速くなり、燃料の噴射圧が高いほど速くなり、吸気圧が高いほど遅くなる。旋回距離Dは、
図11(b)に示すように、メイン噴射Jmの噴射量が多いほど長くなり、燃料の噴射圧が高いほど長くなり、吸気圧が高いほど短くなり、エンジン回転数が高いほど長くなる。噴霧長Lは、
図11(c)に示すように、メイン噴射Jmの噴射量が多いほど長くなり、燃料の噴射圧が高いほど長くなり、吸気圧が高いほど短くなり、エンジン回転数が高いほど短くなり、エンジン水温が高いほど長くなり、燃温が高いほど長くなる。なお、
図11(a)(b)(c)の各グラフは、横軸に示すパラメータが単独で変化した場合(それ以外のパラメータが一定である場合)に得られるV,D,Lの変化を示しているものとする。また、各グラフはいずれも単純な正比例または反比例の関係を表した直線的なグラフとなっているが、あくまで模式的なものであり、必ずしも直線的なグラフになるわけではない。
【0094】
上記ステップS5では、以上のような知見を利用した所定の演算により、旋回周波数fおよび初期位相φが算出される。すなわち、上記ステップS5において、ECU70は、上記ステップS4で取得された噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温の各情報と、上記ステップS2で決定されたメイン噴射Jmの噴射量とを、予め記憶している上記式(3)(もしくは
図11)に対応する演算式に代入することにより、旋回速度V、旋回距離D、および噴霧長Lを算出する。そして、算出したこれらの値(V,D,L)を、予め記憶している上記式(2)に対応する演算式に代入することにより、旋回周波数f(=V/D)および初期位相φ(=2π×L/D)を算出する。
【0095】
<噴射インターバル時間の算出方法>
次に、上記ステップS6において噴射インターバル時間Tiを算出する方法について詳しく説明する。既述のとおり、噴射インターバル時間Tiを求めるには、
図8に示したクリーン空気流Eの中間部が旋回基準点Zに到来する時期(旋回基準点Zの酸素濃度が最も濃くなる時期)である酸素到来時期を特定する必要がある。この酸素到来時期は、上記式(1)で示した周期関数x(t)が最大値(=1)になる時期に相当する。この場合において、x(t)は余弦関数であるから、x(t)=1となるのは、上記式(1)における(2πft-φ)の項が0,2π,4π‥‥のいずれかとなるときである。したがって、酸素到来時期は、下記の式(4)で表すことができる。
【0096】
[数4]
t=(φ+nπ)/2πf (n=0,2,4‥‥) ‥‥(4)
つまり、酸素到来時期は、メイン噴射Jmの終了からの経過時間であるtが上記式(4)の関係を満たすときであり、旋回周波数fと初期位相φのみを変数とした関数で表すことができる。
【0097】
上記式(4)より、酸素到来時期は、旋回周波数fが大きいほど早くなり、初期位相φが大きいほど遅くなる。
【0098】
ここで、上記式(4)による酸素到来時期は、計算上、nの変化(0,2,4‥‥)に対応して周期的に(繰り返し)出現する。一方で、燃費性能の面からは、アフター噴射Jaの時期は可能な範囲で早くすることが好ましい。すなわち、上記式(4)においてn=0とした場合のt、つまり周期的に出現する酸素到来時期のうち最初に出現する酸素到来時期(t=φ/2πf)を特定し、これに基づいてアフター噴射Jaの開始時期を決定することが好ましい。
【0099】
上記ステップS6では、以上のような知見を利用した所定の演算により、噴射インターバル時間Tiが算出される。すなわち、上記ステップS6において、ECU70は、上記ステップS5で算出された旋回周波数fおよび初期位相φを、予め記憶している上記式(4)に対応する演算式に代入することにより、酸素到来時期を算出する。このとき、上記式(4)中のnは原則として0とされ、t=φ/2πfが酸素到来時期として算出される。この酸素到来時期(φ/2πf)は、メイン噴射Jmの終了後における旋回基準点Zの酸素濃度が最初に最大値をとる時期であり、
図9の実線の波形における時点t2に相当する。
【0100】
上記のように、酸素到来時期(φ/2πf)は旋回周波数fおよび初期位相φによって定まるが、これら旋回周波数f(=V/D)および初期位相φ(=2π×L/D)は、
図11または上記式(3)に示した各パラメータ(メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温)によって変動する。言い換えると、酸素到来時期は、上記各パラメータの影響を受けて遅くなったり早くなったりする。この現象を表す一例として、
図9には、エンジン水温が高くなったときの局所λの変化を2点鎖線の波形で示している。本図に示すように、酸素到来時期は、エンジン水温の上昇に応じて、実線の波形上の点Rcに対応する時期(t2)から、二点鎖線の波形上の点Rc’に対応する時期(t2’)へと変化する。すなわち、エンジン水温が高いときの酸素到来時期であるt2’は、吸気圧が低いときの酸素到来時期であるt2よりも遅くなる。
【0101】
上記のようにエンジン水温の変動が酸素到来時期に影響を及ぼすのは、
図11(c)に示すように、エンジン水温が高いほど燃料噴霧の長さ(噴霧長L)が長くなることが主な原因である。噴霧長Lが長くなると、その分、
図8または
図10に示したクリーン空気流Eの長さ(主流に沿った方向の長さ)が短くなるので、当該クリーン空気流Eの中間部が旋回基準点Zを通過するタイミングが早まる、という理由である。
【0102】
上記の事情を説明するための説明図として、エンジン水温の上昇が原因で噴霧長Lが長くなった場合の
図10相当図である
図13を提示する。この
図13と先の
図10との対比から理解されるように、噴霧長Lが長くなると、メイン噴射Jmによる燃料噴霧Fmが旋回軌跡上を占める割合が増える一方で、クリーン空気流Eが占める割合が減少する。このことは、クリーン空気流Eが旋回基準点Z上に存在している期間、つまりクリーン空気流Eの先端部が旋回基準点Zを通過してから同空気流Eの後端部が旋回基準点Zを通過するまでの期間を短縮させる。
図9において、局所λが顕著に上昇する期間が高温時に短くなっているのはこのためである。例えば、
図9では、局所λがその最小値/最大値の中央値(ラインH参照)よりも大きくなる期間が、エンジン水温が高いときの局所λの波形(二点鎖線の波形)において相対的に短くなっているが、当該短縮は、上述したクリーン空気流Eの短小化がもたらしたものである。このように、局所λが顕著に大きくなる期間が短縮されると、これに伴って局所λが最大値をとる時期が早まり、結果として上述した酸素到来時期の早期化(例えばt2からt2’への変化)がもたらされることになる。
【0103】
ECU70は、上記のようにして算出した酸素到来時期(例えば
図9の時点t2)における旋回基準点Zにアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faが到達するように、噴射インターバル時間Tiを決定する。ここで、酸素到来時期における旋回基準点Zに燃料噴霧Faを到達させるには、当該酸素到来時期よりも少し手前でアフター噴射Jaを開始させる必要がある。すなわち、アフター噴射Jaによる燃料噴霧Faが噴孔152から旋回基準点Zまで移動するのに要する時間、つまりアフター噴射Jaが開始されてから噴霧Faの先端が旋回基準点Zに到達するまでの所要時間を噴霧到達所要時間とすると、上記酸素到来時期に対し当該噴霧到達所要時間だけ早めた時期を、アフター噴射Jaの開始時期として設定する必要がある。そこで、ECU70は、上記のようにして算出された酸素到来時期、言い換えるとメイン噴射Jmが終了してから旋回基準点Zの酸素濃度が最も濃くなるまでの所要時間(
図9の実線の波形の場合はt2(msec))から、上記噴霧到達所要時間を差し引いた値を、噴射インターバル時間Tiとして算出する。なお、噴霧到達所要時間(アフター噴射Jaによる燃料噴霧Faが噴孔152から旋回基準点Zまで移動するのに要する時間)は、都度演算により求めることも可能であるが、予め定められた固定値を用いてもよい。これは、噴霧到達所要時間は比較的短い時間であり、しかも条件の相違による変動も小さいと考えられるからである。
【0104】
図12は、以上のようにして算出される噴射インターバル時間Tiと、メイン噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温の各パラメータとの関係を示したグラフ群である。本図に示すように、噴射インターバル時間Tiは、メイン噴射Jmの噴射量が多いほど短くなり、燃料の噴射圧が高いほど短くなり、吸気圧が高いほど長くなり、エンジン回転数が高いほど短くなり、エンジン水温が高いほど短くなり、燃温が高いほど短くなる。なお、
図12に示す各グラフは、横軸に示すパラメータが単独で変化した場合(それ以外のパラメータが一定である場合)に得られる噴射インターバル時間Tiの変化を示しているものとする。また、各グラフはいずれも単純な正比例または反比例の関係を表した直線的なグラフとなっているが、あくまで模式的なものであり、必ずしも直線的なグラフになるわけではない。
【0105】
<噴射インターバル時間の設定例>
次に、以上のような制御もしくは演算の結果として得られる噴射インターバル時間Tiの設定例について説明する。
【0106】
(定常運転時の噴射インターバル時間)
まず、定常運転時に設定される噴射インターバル時間Tiの具体例について説明する。
図6(a)(b)に示したように、当実施形態では、拡散燃焼領域A1(
図5)における代表的な2つの運転ポイント(第1運転ポイントC1および第2運転ポイントC2)において、いずれも、3回のプレ噴射Jpと、1回のメイン噴射Jmと、1回のアフター噴射Jaとが実行される。この場合に、メイン噴射Jmの噴射量および燃料の噴射圧は、負荷の高い第2運転ポイントC2のときの方が、負荷の低い第1運転ポイントC1のときよりも大きくなる(先に示した表1等参照)。その結果、
図6(a)(b)に示すように、負荷の高い第2運転ポイントC2での噴射インターバル時間Tiが、負荷の低い第1運転ポイントC1での噴射インターバル時間Tiよりも短くされる。
【0107】
すなわち、第1運転ポイントC1でエンジンが定常運転されているときと、第2運転ポイントC2でエンジンが定常運転されているときとを比較すると、
図12のグラフ群に示した6つのパラメータ(メイン噴射Jmの噴射量、噴射圧、吸気圧、エンジン回転数、エンジン水温、および燃温)のうち、「メイン噴射量」、「噴射圧」、および「吸気圧」の3つだけが異なり、残りのパラメータ(エンジン回転数、エンジン水温、燃温)はいずれも同一である。ここで、
図12の噴射圧のグラフによれば、メイン噴射Jmの噴射量が多いほど噴射インターバル時間Tiは短くなり、燃料の噴射圧が高いほど噴射インターバル時間Tiは短くなり、吸気圧が高いほど噴射インターバル時間Tiは長くなる。言い換えると、メイン噴射Jmの噴射量および噴射圧と、吸気圧とは、噴射インターバル時間Tiに及ぼす影響が逆となる。しかしながら、噴射量および噴射圧の2つがともに増大することで生じる噴射インターバル時間Tiへのマイナスの影響の方が、吸気圧が増大することで生じる噴射インターバル時間Tiへのプラスの影響よりも大きいため、結果として
図6(a)(b)に示すように、負荷の高い第2運転ポイントC2での噴射インターバル時間Tiが、負荷の低い第1運転ポイントC1での噴射インターバル時間Tiよりも短くされている。なお、
図6(a)(b)では横軸がクランク角であって時間ではないが、第1・第2運転ポイントC1,C2のいずれでもエンジン回転数は同一なので、横軸方向の長短はそのまま時間の長短とみなすことができる。
【0108】
(暖機の進行度合いに応じた噴射インターバル時間の変化)
次に、エンジンの暖機の進行度合いによって変化する噴射インターバル時間Tiについて説明する。
図14は、ある特定の運転ポイント(例えば
図5に示した第1運転ポイントC1または第2運転ポイントC2)にてエンジンが定常運転されているときの噴射インターバル時間Tiとエンジン水温との関係を示すグラフである。同一運転ポイントでの定常運転が前提であるため、エンジン水温以外のパラメータ(噴射量、噴射圧、吸気圧等)は同一である。なお、エンジン水温のみが変化した場合に当該エンジン水温が噴射インターバル時間Tiに及ぼす影響については既に
図12にも示したが、
図12はあくまで計算上の結果を概略的に示したものであって、
図14を簡略化したグラフとして理解されるべきものである。言い換えると、エンジン水温に応じた噴射インターバル時間Tiの変化の傾向としてより正確な傾向を表しているのは
図14のグラフである。
【0109】
図14に示すように、エンジン水温のみが異なる条件どうしの比較では、基本的にエンジン水温が高いほど噴射インターバル時間Tiが短くされる。ただし、エンジン水温が第2温度Q2以上の高温域では、エンジン水温が変化しても噴射インターバル時間Tiは変化せず、一定の値Ti0に保持される。言い換えると、噴射インターバル時間Tiは、Ti0を下限(最低値)としつつこれよりも大きい範囲でエンジン水温に応じ可変的に設定される。なお、既に述べた演算方法(上記ステップS6)を忠実に用いて噴射インターバル時間Tiを算出した場合、噴射インターバル時間Tiは本来、第2温度Q2以上の高温域であってもエンジン水温に応じてごくわずかな変化率で変化する。ただし、本願発明者の研究によれば、第2温度Q2以上の高温域では、エンジン水温に対する噴射インターバル時間Tiの変化率は無視し得るほど小さい。そこで、当実施形態では、第2温度Q2以上の高温域においては、上記ステップS6の演算処理においてエンジン水温を演算因子から除外し、それによって
図14に示した結果(第2温度Q2以上で噴射インターバル時間Tiが一定になる結果)が得られるようにしている。
【0110】
逆に、第2温度Q2未満の温度域では、噴射インターバル時間Tiは上述した最低値Ti0以上の範囲においてエンジン水温により変化するが、その変化率は温度域によって異なる。例えば、第2温度Q2よりも低い第1温度Q1を境に、第1温度Q1未満の温度域を低温域、第1温度Q1以上かつ第2温度Q2未満の温度域を常温域とした場合、エンジン水温に対する噴射インターバル時間Tiの変化率(言い換えれば
図14のグラフの傾き)は、低温域の方が常温域よりも大きくなる。言い換えると、噴射インターバル時間Tiは、第1温度Q1以上かつ第2温度Q2未満の常温域において相対的に小さい変化率で変化し、かつ第1温度Q1未満の低温域において相対的に大きい変化率で変化するように決定される。これは、上記ステップS6で用いられる演算式(上記式(1)~(4)に基づく演算式)から生じる結果である。
【0111】
なお、上述した
図14の設定例において、第1温度Q1は例えば70℃程度とすることができ、第2温度Q2は例えば90℃程度とすることができる。第1温度Q1は本発明における「低温側閾値」に相当し、第2温度Q2は本発明における「高温側閾値」に相当する。また、エンジン水温が第1温度Q1未満であることは本発明において「第1温度条件」が成立したことに相当し、エンジン水温が第1温度Q1以上かつ第2温度Q2未満であることは本発明において「第2温度条件」が成立したことに相当する。
【0112】
<作用効果>
以上説明したとおり、当実施形態では、リエントラント型のキャビティ5Cが冠面50に形成されたピストン5を含むディーゼルエンジンの拡散燃焼領域A1での運転時に、1燃焼サイクル中の燃料の総噴射量のうち最も多くの割合の燃料を第1キャビティ部51内に噴射するメイン噴射Jmと、メイン噴射Jmよりも遅れた膨張行程中の所定時期に当該メイン噴射Jmよりも少量の燃料を噴射するアフター噴射Jaとが実行されるようにインジェクタ15が制御されるとともに、メイン噴射Jmの終了からアフター噴射Jaの開始までの時間である噴射インターバル時間Tiが、エンジン水温が高いほど短くされる。このような構成によれば、燃費性能を比較的良好に維持しつつ、アフター噴射Jaにより噴射された燃料の空気利用率を高めて煤の発生を十分に抑制することができる。
【0113】
すなわち、メイン噴射Jmにより噴射された燃料の噴霧Fmは、
図8に示すように、第1キャビティ部51のリップ部513、外周部512、底部511の各壁面に沿って縦方向の渦を形成するように旋回し、インジェクタ15の噴射軸AX(噴孔152の中心軸の延長線)上の旋回基準点Zに戻ってくる。この旋回基準点Zにおける酸素濃度が濃くなる酸素到来時期は、噴霧Fmの後端を追いかけるように発生するクリーン空気流E(酸素含有率の高い空気流)が旋回基準点Zを通過する時期であり、この酸素到来時期に合わせてアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faを旋回基準点Zに到達させることができれば、アフター噴射Jaにより噴射された燃料の空気利用率を高めることができる(
図10参照)。一方で、本願発明者の研究により、酸素到来時期は、
図9に示すように、エンジン水温が高いほど早くなることが分かっている。この点を考慮した制御として、当実施形態では、メイン噴射Jmの終了からアフター噴射Jaの開始までの時間である噴射インターバル時間Tiがエンジン水温が高いほど短くなるように調整されるので、上記のような酸素到来時期の傾向に合わせた適切な時期(つまり旋回基準点Zでの酸素濃度が濃くなる時期)にアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faを旋回基準点Zに到達させることができ、当該燃料噴霧Faの空気利用率を高めることができる。これにより、仮に噴射インターバル時間Tiを固定的に設定した場合と比較して、燃焼に伴う煤の発生を効果的に抑制することができる。
【0114】
また、上記のようにエンジン水温に応じて噴射インターバル時間Tiが可変とされていれば、噴射インターバル時間Tiが固定的である場合と比較して、条件次第でアフター噴射Jaの噴射時期を早めることができ、エンジンの燃費性能を向上させることができる。例えば、噴射インターバル時間Tiをエンジン水温に拠らず一定に設定した場合には、エンジン水温が高くても低くても煤の発生量が過大にならないように、燃焼室6の温度が十分に低下するのを待ってから、つまりメイン噴射Jmの終了から比較的長い時間が経過する(膨張行程がある程度進行する)のを待ってから、アフター噴射Jaを開始させる必要がある。このことは、アフター噴射Jaに基づく燃焼エネルギーのうち仕事として利用される割合を減少させ、燃費性能の悪化を招く。これに対し、上記実施形態のように、エンジン水温に応じて噴射インターバル時間Tiを可変とした場合には、上記のようにアフター噴射Jaの開始時期を一律に遅らせる措置が不要になり、条件次第でアフター噴射Jaの噴射時期を早めることができる。これにより、アフター噴射Jaに基づく燃焼エネルギーが仕事に変換される割合を可及的に高めることができ、エンジンの燃費性能を向上させることができる。
【0115】
より具体的に、上記実施形態では、エンジン水温が第1温度Q1未満の低温域にあるとき、および、エンジン水温が第1温度Q1以上かつ第2温度Q2未満の常温域にあるときにおいて、噴射インターバル時間Tiがエンジン水温に応じて可変的に設定される一方、エンジン水温が第2温度Q2以上の高温域にあるときには、噴射インターバル時間Tiが固定的に設定される。このような構成によれば、エンジン水温が酸素到来時期に及ぼす影響を適切に考慮した噴射インターバル時間Tiを設定することができ、アフター噴射Jaにより噴射された燃料の空気利用率を高めることができる。
【0116】
例えば、エンジン水温が噴射インターバル時間Tiに及ぼす影響は、第2温度Q2以上の高温域において無視し得るほど小さいことが分かっている。これに対し、エンジン水温が第2温度Q2以上(高温域)の場合に噴射インターバル時間Tiが一定値Ti0に保持される上記実施形態によれば、噴射インターバル時間Tiの決定にかかる処理負担を軽減しつつ、適切な噴射インターバル時間Tiを設定して燃料の空気利用率を高めることができる。
【0117】
一方、第2温度未満の温度域では、エンジン水温がより低いときの方が噴射インターバル時間Tiに及ぼす影響が大きくなることが分かっている。この傾向に合わせた噴射インターバル時間Tiの設定方法として、上記実施形態では、エンジン水温が第2温度Q2よりも低い第1温度Q1未満であるとき(低温域にあるとき)の方が、エンジン水温が第1温度Q1以上かつ第2温度Q2未満であるとき(常温域にあるとき)よりも、エンジン水温に対する噴射インターバル時間Tiの変化率が大きくされる。この構成によれば、エンジン水温が酸素到来時期に実質的に影響する温度範囲において、温度の高低による酸素到来時期への影響度の相違を適切に反映した噴射インターバル時間Tiを設定することができ、高い空気利用率が得られる適切な時期にアフター噴射Jaを開始することができる。
【0118】
また、上記実施形態では、吸気圧およびエンジン水温以外の種々のパラメータも考慮の上で噴射インターバル時間Tiが調整される。具体的に、噴射インターバル時間Tiは、メイン噴射Jmの噴射量、燃料の噴射圧、エンジン回転数、および燃温のいずれかが高いほど短くなるように調整され、かつ吸気圧が高いほど短くなるように調整される(
図12参照)。このような構成によれば、酸素到来時期を変動させる種々のパラメータを考慮した適切な噴射インターバル時間Tiを設定することができ、高い空気利用率が得られる適切な時期にアフター噴射Jaを開始することができる。
【0119】
<変形例>
上記実施形態では、水温センサSN2により検出されるエンジンの冷却水の温度(エンジン水温)に基づいて噴射インターバル時間Tiを決定したが、噴射インターバル時間Tiを決定するための温度パラメータは、エンジンの暖機の進行度合いを表す温度、つまりエンジンの暖機が進行するほど高くなる温度であればよく、エンジン冷却水に限られない。例えば、エンジン本体1の内部で潤滑油等として用いられるオイルの温度を上記温度パラメータとして用いてもよい。
【0120】
上記実施形態では、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを含む上下2段式のキャビティ5Cが冠面50に形成されたピストン5を備えたディーゼルエンジンに本発明を適用した例について説明したが、本発明が適用可能なディーゼルエンジンは、2段式ではなく1段式のキャビティが形成されたピストンを備えたものであってもよい。すなわち、上記実施形態のピストン5のキャビティ5Cのうち、山型の底部511と、径方向外側に凸となるように窪んだ外周部512と、径方向内側に凸となるように突出したリップ部513とを有する第1キャビティ部51に相当するリエントラント型のキャビティが少なくとも形成されたピストンである限り、種々の形状のピストンを備えたディーゼルエンジンに本発明を適用することが可能である。
【0121】
上記実施形態では、複数の気筒2に1つずつ備わる複数のインジェクタ15にそれぞれ噴射圧センサSN5を設け、いずれかの気筒2においてインジェクタ15から燃料を噴射させる際には、その気筒2用のインジェクタ15に備わる噴射圧センサSN5によりIVC時点(吸気弁の閉時期)で検出された噴射圧に基づいて噴射インターバル時間Tiを決定するようにしたが、噴射インターバル時間Tiを決定する方法はこれに限られない。例えば、複数のインジェクタ15と燃料供給管17を介して接続されたコモンレール18に噴射圧センサを設け、この噴射圧センサにより検出された噴射圧に基づいて噴射インターバル時間Tiを決定してもよい。また、ある気筒2において噴射インターバル時間Tiを決定するために使用される噴射圧は、当該気筒2用のインジェクタ15が燃料を噴射する前でかつ当該気筒2よりも燃焼順序が1つ前の気筒2での燃焼が終了した後であればよく、IVC時点に限られない。
【0122】
上記実施形態では、クリーン空気流Eの中間部が噴射軸AX上の旋回基準点Zを通過する時期、つまり旋回基準点Zにおける酸素濃度が最も濃くなる時期を酸素到来時期(例えば
図9の実線の波形の場合の時点t2)として特定し、この酸素到来時期に合わせてアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faが旋回基準点Zに到達するように噴射インターバル時間Tiを調整するようにしたが、酸素到来時期は、クリーン空気流Eの前端および後端を除いた主要部分のいずれかが旋回基準点Zを通過する時期(旋回基準点Z上に燃料噴霧Fmが存在する期間を明確に避けた時期)であればよく、酸素濃度が最も濃くなる時期に限定する必要はない。特に、エンジン水温が十分に低い冷間運転時は、アフター噴射Jaに基づく燃焼の安定性が低下し易いので、当該燃焼安定性を確保する観点からアフター噴射Jaの開始時期を可能な範囲で早めることが求められる可能性がある。このような場合には、酸素濃度が最も濃くなる時期よりも少し早いタイミングでアフター噴射Jaによる燃料噴霧Faが旋回基準点Zに到達するように噴射インターバル時間Tiを調整するとよい。
【0123】
上記実施形態では、メイン噴射Jmの回数を1回として、圧縮上死点を含む所定期間に亘り燃料が継続的に噴射される態様でメイン噴射Jmを実行するようにしたが、メイン噴射Jmは、キャビティ5Cのリップ部513に燃料噴霧が向かうようなタイミング(つまり圧縮上死点の近傍)で相対的に多くの燃料を噴射するものであればよく、その噴射回数は1回に限られない。例えば、圧縮上死点の近傍における複数のタイミングに分けてメイン噴射を実行してもよい。
【符号の説明】
【0124】
2 気筒
5 ピストン
5C キャビティ
6 燃焼室
15 インジェクタ
16 燃圧レギュレータ(噴射圧調整部)
18 コモンレール(蓄圧レール)
50 (ピストンの)冠面
70 ECU(噴射制御部)
152 (インジェクタの)噴孔
511 底部
512 外周部
513 リップ部
SN2 水温センサ(温度センサ)
A1 拡散燃焼領域(所定の運転領域)
AX 噴射軸
E クリーン空気流
Fm (メイン噴射による)燃料噴霧
Fa (アフター噴射による)燃料噴霧
Jm メイン噴射
Ja アフター噴射
Q1 第1温度(低温側閾値)
Q2 第2温度(高温側閾値)
Ti 噴射インターバル時間
Z 旋回基準点(噴射軸上の特定位置)