(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】半導体レーザ素子
(51)【国際特許分類】
H01S 5/042 20060101AFI20231108BHJP
【FI】
H01S5/042 612
(21)【出願番号】P 2019218933
(22)【出願日】2019-12-03
【審査請求日】2022-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】深町 俊彦
【審査官】高椋 健司
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-031894(JP,A)
【文献】特開2006-134943(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0194788(US,A1)
【文献】特開昭53-030886(JP,A)
【文献】特開2007-157869(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00- 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
p型半導体層、活性層、およびn型半導体層をこの順で含んだ複数の半導体層が積層された半導体積層体と、
前記p型半導体層の、前記活性層側とは逆側の全領域のうち、前記活性層における光の発振方向に沿って延びていてキャリアが注入可能な注入範囲を残して当該逆側に対して積層された絶縁層と、
前記p型半導体層に対してオーミックとなって前記注入範囲に各々が接続され、少なくとも当該注入範囲内では互いに前記発振方向に分離し、主電極と当該主電極よりも当該注入範囲との接続面積が小さい副電極とを含んだ複数の第1p側電極と、
前記複数の第1p側電極のそれぞれに接続され、前記p型半導体層に対して非オーミックとなる第2p側電極と、
を備え
、
前記第2p側電極は、前記逆側の全領域のうち前記発振方向の端部に達し、かつ、当該端部では最表面がAuではなく、かつ、前記端部では最表面のハンダ濡れ性が他の部分よりも悪いことを特徴とする半導体レーザ素子。
【請求項2】
前記第2p側電極は、少なくとも前記第1p側電極に重なった部分では最表面がAuであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項3】
前記注入範囲のうち前記第1p側電極と接触していない非注入領域の前記発振方向における合計長は、前記半導体レーザ素子の光共振器における当該発振方向の全長に対して1割以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ素子。
【請求項4】
前記注入範囲のうち前記第1p側電極と接触していない非注入領域の総面積が、当該注入範囲の総面積に対して1割以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ素子。
【請求項5】
前記複数の第1p側電極は、前記注入範囲外に延び、当該注入範囲外で互いに繋がっていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の半導体レーザ素子。
【請求項6】
前記複数の第1p側電極は、前記発振方向に交わる幅方向において前記注入範囲の両縁の間隔よりも小さく、かつ、何れの縁にも掛かっていないことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の半導体レーザ素子。
【請求項7】
前記副電極の形状は、前記発振方向における長さが、前記発振方向に交わる幅方向の央部では端部よりも長い形状であることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の半導体レーザ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体レーザ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、露光機や3Dプリンタ用のレーザ光源として窒化物半導体レーザの応用が進んでいる。また、窒化物半導体レーザは、装置の小型化、コスト削減、高性能化などに優位との点から高出力化が求められている。
【0003】
しかし、半導体レーザ素子における出射端面の近傍は、劈開時の欠陥導入やバンドギャップのシュリンクなどによる光吸収が大きく、高出力化に伴って出射端面近傍での温度上昇が問題となる。即ち、端面での温度上昇は「端面結晶部の融解による急激な素子劣化(以下、CODと称する。)」や「大電流領域においてレーザの出力が急降下する不具合(以下、I-L急降下と称する。)」の原因となっており、大出力かつ高信頼な半導体レーザ素子を実現する上での大きな課題となっている。
【0004】
上記のCODやI-L急降下の抑制を目的として、例えば特許文献1には、出射側のp側オーミック電極幅が素子中央部のp側オーミック電極幅よりも十分細くされることで出射側の端面近傍の発熱が抑制される技術が開示されている。
また、特許文献2には、p側オーミック電極がp側ショットキー電極で覆われることで放熱性が改善されてCODが抑制される技術が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、端面近傍のp側電極幅が素子中央部のp側電極幅よりも十分広くされることで端面近傍の放熱性が改善されてCODが抑制される技術が開示されている。
【0006】
また、特許文献4には、端面近傍にパッド電極と同一材料かつ電気的に分離された放熱層が設けられることで放熱性が改善されてCODが抑制される技術が開示されている。
さらに、特許文献5には、端面近傍にAlNやSiなどからなる熱伝導性膜が設けられることで放熱性が改善されてCODが抑制される技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6160141号公報
【文献】特開2003-31894号公報
【文献】特開2010-114202号公報
【文献】特開2011-258883号公報
【文献】特開2010-41035号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1に記載の技術にあっては、出射側のp側オーミック電極幅が素子中央部のp側オーミック電極幅よりも十分細い必要がある。例えば単一モードレーザなどメサストライプ幅が例えば2μm以下の細いレーザ構造である場合、このメサストライプ上に更に細い電極を歩留り高く形成することは技術的に難しい。従って、上記特許文献1に記載の技術は、適用可能なレーザ構造が限定される。
【0009】
また、特許文献2に記載の技術にあっては、放熱性はp側ショットキー電極の熱伝導率などに依存するため、レーザの高出力化によって端面での発熱が大きくなっていくに伴い、十分な放熱性の確保が困難になる場合がある。
さらに、特許文献3、特許文献4、特許文献5に記載の技術にあっても、特許文献2と同様な理由によって、十分な放熱性の確保が困難になる場合がある。
【0010】
そこで、本発明は、レーザ構造の適用範囲が広く、特に端面近傍において十分な放熱性も確保された、もしくは発熱が抑制された半導体レーザ素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係る半導体レーザ素子の一態様は、p型半導体層、活性層、およびn型半導体層をこの順で含んだ複数の半導体層が積層された半導体積層体と、前記p型半導体層の、前記活性層側とは逆側の全領域のうち、前記活性層における光の発振方向に沿って延びていてキャリアが注入可能な注入範囲を残して当該逆側に対して積層された絶縁層と、前記p型半導体層に対してオーミックとなって前記注入範囲に各々が接続され、少なくとも当該注入範囲内では互いに前記発振方向に分離し、主電極と当該主電極よりも当該注入範囲との接続面積が小さい副電極とを含んだ複数の第1p側電極と、前記複数の第1p側電極のそれぞれに接続され、前記p型半導体層に対して非オーミックとなる第2p側電極と、を備える。
【0012】
このような半導体レーザ素子によれば、主電極から副電極が分離した構造によって端部における発熱が抑制されて十分な放熱性も確保され、その結果としてCODやI-L急降下が抑制される。また、上記半導体レーザ素子の構成は、メサストライプ幅が細いレーザ構造などを含む広い範囲のレーザ構造に適用可能である。
【0013】
上記半導体レーザ素子において、前記第2p側電極は、前記逆側の全領域のうち前記発振方向の端部に達し、かつ、当該端部では最表面がAuではないことが好ましい。このような好ましい構成では、半導体レーザ素子の製造時に端部が劈開される場合であっても端面へのAuダレが防止される。
【0014】
端部最表面がAuではない上記構成において、前記第2p側電極は、前記端部では最表面のハンダ濡れ性が他の部分よりも悪いことが更に好ましい。このような好ましい構成では、いわゆるジャンクションダウン実装に際し、端面へのハンダの進出が抑制される。
【0015】
また、端部最表面がAuではない上記構成において、前記第2p側電極は、少なくとも前記第1p側電極に重なった部分では最表面がAuであることも好ましい。このような好ましい構成では、最表面のAuによって放熱が促される。
【0016】
上記半導体レーザ素子において、前記注入範囲のうち前記第1p側電極と接触していない非注入領域の前記発振方向における合計長は、前記半導体レーザ素子の光共振器における当該発振方向の全長に対して1割以下であることが好適である。あるいは、前記注入範囲のうち前記第1p側電極と接触していない非注入領域の総面積が、当該注入範囲の総面積に対して1割以下であることも好適である。
レーザ発振において利得とならない部分が全体に対して1割を越えると利得が不足して、半導体レーザ素子の高出力化を阻害する虞がある。
上記半導体レーザ素子において、前記複数の第1p側電極は、前記注入範囲外に延び、当該注入範囲外で互いに繋がっていてもよい。
【0017】
また、上記半導体レーザ素子において、前記複数の第1p側電極は、前記発振方向に交わる幅方向において前記注入範囲の両縁の間隔よりも小さく、かつ、何れの縁にも掛かっていないことが好適である。このような構成により、空間的ホールバーニングが抑制されるのでレーザの発振モードが安定する。
【0018】
また、上記半導体レーザ素子において、前記副電極の形状は、前記発振方向における長さが、前記発振方向に交わる幅方向の央部では端部よりも長い形状であることも好適である。このような構成により、注入範囲の央部におけるキャリア密度が端部よりも増すため、半導体レーザ素子における横モードがシングルモードに安定し易い。
【発明の効果】
【0019】
本発明の半導体レーザ素子によれば、レーザ構造の適用範囲が広く、十分な放熱性も確保され、もしくは発熱が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示す平面図
【
図2】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示す縦断面図
【
図3】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示すA-A断面図
【
図4】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示すB-B断面図
【
図5】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示すC-C断面図
【
図6】本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示すD-D断面図
【
図7】非注入領域の大きさと半導体レーザ素子の出力特性との関係を示すグラフ
【
図8】本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示す平面図
【
図9】本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示す縦断面図
【
図10】本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示すA-A断面図
【
図11】本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示すB-B断面図
【
図12】本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示すE-E断面図
【
図14】第2実施形態の半導体レーザ素子における発振モードを示す図
【
図15】本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示す平面図
【
図16】本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示す縦断面図
【
図17】本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示すA-A断面図
【
図18】本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示すB-B断面図
【
図19】本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示すE-E断面図
【
図20】第3実施形態の半導体レーザ素子における発振モードを示す図
【
図21】本発明の半導体レーザ素子の第4実施形態を示す平面図
【
図22】本発明の半導体レーザ素子の第4実施形態を示す縦断面図
【
図23】本発明の半導体レーザ素子の第4実施形態を示すA-A断面図
【
図24】本発明の半導体レーザ素子の第4実施形態を示すB-B断面図
【
図25】本発明の半導体レーザ素子の第5実施形態を示す平面図
【
図26】本発明の半導体レーザ素子の第5実施形態を示す縦断面図
【
図27】本発明の半導体レーザ素子の第5実施形態を示すA-A断面図
【
図28】本発明の半導体レーザ素子の第5実施形態を示すB-B断面図
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
以下に説明する実施形態は、本発明の実現手段としての一例であり、本発明が適用される装置の構成や各種条件によって適宜修正又は変更されるべきものであり、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。また、以下に説明する図面において、同一または機能的に同様の構成要素については、異なる実施形態でも同一符号を付し、繰り返しの説明は省略する。さらに、各図面は、以下の説明と併せて参照したときに分かりやすいように示した模式的な図であり、必ずしも一定の比率の縮尺では描かれていない。
<第1実施形態>
【0023】
図1~
図6は、本発明の半導体レーザ素子の第1実施形態を示す図である。
図1には平面図が示され、
図2には光共振器に沿った縦断面図が示され、
図3にはA-A断面図が示され、
図4にはB-B断面図が示され、
図5にはC-C断面図が示され、
図6にはD-D断面図が示されている。
【0024】
半導体レーザ素子100は、順に積層された、n型半導体層101と、活性層102と、p型半導体層103を有し、これらの各層は例えば窒化物半導体からなる。なお、これらの各層は、内部構造として、複数層が積層された層構造を有してもよい。半導体レーザ素子100が屈折率導波型レーザである場合は、n型半導体層101の層構造としては、例えば、基板とクラッド層とガイド層が積層された層構造が採用され、p型半導体層103の層構造としては、例えば、ガイド層とクラッド層とコンタクト層が積層された層構造が採用される。
【0025】
n型半導体層101と活性層102とp型半導体層103とを併せた積層体で層が積層された方向のことを、以下では積層方向と称する場合がある。つまり積層方向は、平面図における紙面に垂直な方向であり、縦断面図、A-A断面図、B-B断面図、C-C断面図、およびD-D断面図における上下方向である。また、以下の説明では、積層方向におけるn型半導体層101側からp型半導体層103側へと向かう向きのことを、重力方向とは無関係に「上」と称し、その逆の向きのことを、重力方向とは無関係に「下」と称する場合がある。
【0026】
半導体レーザ素子100は、平面図における左右方向に延びた形状を有し、この方向の両端で光が反射されて光共振器が構成されている。半導体レーザ素子100における光の出射側は、例えば
図1の左側方向であり、光共振器の長さは例えば800μmである。光共振器は、半導体レーザ素子100が延びた方向に沿って延びており、光共振器が延びた方向のことを、以下では共振方向と称する場合がある。つまり共振方向は、平面図および縦断面図における左右方向であり、A-A断面図、B-B断面図、C-C断面図、およびD-D断面図における紙面に垂直な方向である。
【0027】
第1実施形態の半導体レーザ素子100では、p型半導体層103の上部に、活性層102とは反対側へと積層方向に突出するとともに共振方向に延びた形状のメサストライプ103aが形成されている。メサストライプ103aの幅は、本実施形態では例えば2μmであり、メサストライプ103aを挟んだ両側には絶縁層120が形成されている。メサストライプ103aを絶縁層120が挟んだ方向のことを、以下では幅方向と称する場合がある。つまり幅方向は、平面図における上下方向であり、縦断面図における紙面に垂直な方向であり、A-A断面図、B-B断面図、C-C断面図、およびD-D断面図における左右方向である。また、幅方向におけるサイズのことを単に「幅」と称する場合がある。
【0028】
第1実施形態の半導体レーザ素子100は、p型半導体層103および絶縁層120の上に形成され、メサストライプ103a上を幅方向に横断した複数の第1電極111を有する。この第1電極111はp型半導体層103とオーミック接続した電極である。第1電極111は、一例として、複数の金属材料が積層された層構造を有する。第1電極111における層構造としては、例えば、下から順に、Pd、Ti、Pt、Auが積層された層構造が採用される。この層構造では、最下層のPdがp型半導体層103とのオーミック接続を実現するが、Pdは絶縁層120に対して接着性が低い。
【0029】
複数の第1電極111のうち主電極111mは共振方向に延びた大きな電極であり、複数の第1電極111のうち副電極111sは、共振方向について、主電極111mに対して離間すると共に副電極111s同士も離間した、主電極111mよりも小さな電極である。本実施形態では複数の副電極111sが形成されており、各副電極111sは幅方向に長尺な長方形状の電極となっている。
【0030】
なお、本実施形態では副電極111sが複数形成されているが、副電極111sは1つだけ形成されてもよい。また、本実施形態では副電極111sが光の出射端側に形成されているが、副電極111sは両端それぞれに形成されてもよい。
図1に示すような副電極111sは、幅が2μm以下の細いメサストライプ103aに対しても容易に形成することができる。
【0031】
第1実施形態の半導体レーザ素子100は、第1電極111の上に更に第2電極112を有する。この第2電極112は、共振方向および幅方向に第1電極111よりも広く広がっており、絶縁層120と強く着いて第1電極111の剥がれを抑制する。第2電極112はp型半導体層103に対して非オーミックである。
【0032】
第2電極112も、一例として、複数の金属材料が積層された層構造を有する。第2電極112における層構造としては、例えば、下から順に、Ti、Pt、Auが積層された層構造が採用される。この層構造では、最下層のTiが絶縁層120に対する強い接着を実現し、最上層のAuが放熱を促進させる。第2電極112のうち共振方向の端部112aでは、最上層のAuが剥離されてPtが露出されている。端部112aは、例えば半導体レーザ素子100の端面から20μm迄の範囲である。
【0033】
Auが剥離されていることにより、半導体レーザ素子100製造に際して端面が劈開される場合にも、Auの膜が端面に垂れて短絡したり出射光を遮るなどの不具合が抑制される。また、Ptが露出されていることにより、いわゆるジャンクションダウン実装によって半導体レーザ素子100の上面がサブホルダにハンダ付けされる場合にも、端部112aはハンダの濡れ性が低い。そのため、半導体レーザ素子100の端面にハンダが回り込んで短絡したり出射光を遮るなどの不具合が抑制される。
【0034】
n型半導体層101の下にはn側電極113が形成されている。第1電極111および第2電極112を併せたp側電極と、n側電極113との間に電圧が印加されることにより、活性層102に電流が流れて発光する。ここで、p型半導体層103の上面のうち、絶縁層120で覆われていない範囲(即ち本実施形態ではメサストライプ103aの上面)については、第1電極111が形成されることによってキャリアの注入が可能な箇所となっている。以下の説明では、この箇所のことをキャリア注入範囲と称する場合がある。
【0035】
キャリア注入範囲であるメサストライプ103aの範囲内であっても、第1電極111が形成されていない部分にはキャリアは注入されず、第1電極111が形成されて第1電極111と接触した部分のみにキャリアが注入される。また、第2電極112はp型半導体層103に対して非オーミックであるため、第2電極112がキャリア注入範囲と接触していてもキャリアは注入されない。複数の第1電極111は、半導体レーザ素子100の両端(即ち光共振器の両端)から例えば10μmの距離を空けた範囲に形成されている。従って光共振器の両端それぞれにおける10μmの領域は、キャリアが注入されない非注入領域となっている。
【0036】
活性層102に流れる電流は、活性層102のうち、キャリア注入範囲と第1電極111とが接触した部分に相応した領域のみに流れ、その領域が、光を増幅することができる利得領域130となる。この利得領域130で増幅され、共振方向の両端で反射されて繰り返し往復した光がレーザ光となって半導体レーザ素子100から出射される。
【0037】
複数の第1電極111については、キャリア注入範囲内で互いに離間した配置となっており、第1電極111の相互間は、キャリアが注入されない非注入領域となっている。このため、
図1に示すように利得領域130も共振方向で複数に分かれていて、利得領域130で発生する熱の放熱性が高い構造となっている。また、利得領域130が複数に分かれていることで発熱自体も抑制されている。この結果、半導体レーザ素子100では、CODやI-L急降下が抑制される。
【0038】
ここで、半導体レーザ素子100で良好な特性が実現される第1電極111同士の間隔について検討する。第1電極111同士の間隔が増すと放熱性が上がるが、一方で非注入領域の大きさも増し、非注入領域が大きすぎると半導体レーザ素子100の特性を悪化させる虞がある。また、非注入領域の存在が半導体レーザ素子100の特性に与える影響は、非注入領域の1箇所の大きさよりも、非注入領域の大きさの総計が寄与すると考えられる。そこで、本願発明者らは、
図1~
図6に示す構造の半導体レーザ素子100について、第1電極111同士の間隔が異なる種々の試作を行い、出力特性を測定した。
図7は、非注入領域の大きさと半導体レーザ素子の出力特性との関係を示すグラフである。
【0039】
図7の横軸は、複数の第1電極111相互間に位置する非注入領域の大きさを、共振方向の長さの合計(以下、「電極間非注入長」と略称する。)で示している。また、
図7の縦軸は、左側の軸が、CODあるいはI-L急降下が発生するときの入力電流値(以下、「急降下発生電流値」と略称する。)を示し、右側の軸が、1Aの電流が入力された場合の光出力(以下、「1A光出力」と略称する。)を示している。また、
図7のグラフ中には、急降下発生電流値が丸印で示され、1A光出力が×印で示されている。但し、左側の軸上に示された丸印と×印は、第1電極111が主電極111mのみで副電極111sを有していない比較例における値である。
【0040】
急降下発生電流値は、電極間非注入長が10μmという短い分離間隔の場合であっても比較例より向上することが確認された。急降下発生電流値は電極間非注入長が増えるに従って次第に上昇する。
一方、1A光出力は電極間非注入長が増えると徐々に低下するが、電極間非注入長が60μmを超えると1A光出力の低下の割合が大きくなった。
このように、第1電極111相互間に位置する電極間非注入長が60μmを超えると、半導体レーザ素子100の出力特性は顕著に低下する。
【0041】
ここで示された半導体レーザ素子100の出力特性は、光共振器における発振特性の一種と言える。そして、光共振器における発振特性は、光共振器の全長に対する非注入領域の割合に依存することが予測される。上記グラフに出力特性が示された半導体レーザ素子100における光共振器の全長は800μmであり、光共振器の両端それぞれに10μmの非注入領域が存在するので、
図7に示すグラフからは、光共振器の全長と比較した非注入領域の割合が1割を越えると出力特性の低下が顕著になることが解る。逆に言うと、光共振器の全長と比較した非注入領域の割合が1割以下であると、非注入領域での光損失による光出力の低下を抑制しつつ、急降下発生電流値を向上させることができる。
<第2実施形態>
【0042】
図8~
図12は、本発明の半導体レーザ素子の第2実施形態を示す図である。
図8には平面図が示され、
図9には光共振器に沿った縦断面図が示され、
図10にはA-A断面図が示され、
図11にはB-B断面図が示され、
図12にはE-E断面図が示されている。
【0043】
第2実施形態の半導体レーザ素子200は、第1実施形態の半導体レーザ素子100に較べてメサストライプ103aの幅が広く、例えば20μmとなっている。また、共振器の長さは例えば1000μmである。
【0044】
第2実施形態の半導体レーザ素子200では第1実施形態の半導体レーザ素子100とは異なり、第1電極111がメサストライプ103aの幅よりも内側に納まっていて、何れの第1電極111も、メサストライプ103aの縁には掛かっていない。また、第1電極111同士で幅が揃っている。
【0045】
第2実施形態の半導体レーザ素子200では第1電極111の幅がメサストライプ103aの幅よりも狭いので、第1電極111の幅を超えた領域は、キャリアの注入されない非注入領域となっていて、
【0046】
利得領域の幅もメサストライプ103aの幅より狭い。メサストライプ103aの幅が広い場合には、利得領域がメサストライプ103aより狭いことで、以下説明するように、発振モード(水平横モード)の安定化が実現される。
図13は、比較例における発振モードを示す図であり、
図14は、第2実施形態の半導体レーザ素子における発振モードを示す図である。
【0047】
ここで、比較例としては、幅が20μmのメサストライプ103a上に、メサストライプ103aの幅いっぱいに第1電極111が形成された半導体レーザ素子を想定する。
【0048】
図13および
図14の横軸は、比較例および第2実施形態の半導体レーザ素子における幅方向の位置を示し、縦軸は、活性層102におけるキャリア密度と光子密度とを示す。
【0049】
比較例の場合、発振開始時には
図13に点線で示すように、メサストライプ103aに対応したキャリア注入範囲の全幅でほぼ均等なキャリア密度となり、光が発振する。このとき発振した光のモードにおける光密度は、例えば
図13に点線で示すように中央部で高密度となる。光のモードにおける光密度が高い領域では注入されたキャリアがより多く消費されるため、キャリア注入範囲内で局所的にキャリア密度が低下した領域が生じる一種の空間的ホールバーニングを生じる。この結果、
図13に示す例では実線で示すように、幅方向の両端部でキャリア密度が高くなる。光増幅は相対的にキャリア密度の高い領域で強くなるので、キャリア密度が
図13に点線で示す状態から実線で示す状態へと変化すると、発振モードは、相対的にキャリア密度の高い幅方向の両端部で光子密度のピークが生じる、
図13に実線で示すようなモードに移行する。
【0050】
このモードが一定時間継続すると、キャリア注入範囲の両端部では中央部よりも多くキャリアが消費されるため、点線で示すようなキャリア密度に戻り、発振モードが、中央部で光密度が高いモードとなる。このようなモードの移行が比較例では繰り返されることになり、発振モードが不安定となる。特にキャリア拡散長より幅が広いキャリア注入範囲を有するレーザ構造の場合には、光の発振モードが不安定になることで、光-電流特性へのキンクや、駆動条件に依存した遠視野像の変化などが発生するので、実用上望ましい特性が得られなくなる。
【0051】
これに対して第2実施形態の半導体レーザ素子では、第1電極111がキャリア注入範囲よりも狭く、キャリア注入範囲における幅方向の両端部には第1電極111が形成されていない。これにより、
図14に点線で示すように、発振開始時から、キャリア注入範囲の両端部ではキャリア密度がほぼゼロで、キャリア注入範囲における幅方向の中央部にキャリア密度のピークが生じる。
【0052】
その結果、発振モードは、キャリア注入範囲の中央部で光子密度が高密度なモードとなる。そして、このモードが継続された場合も、実線で示すように中央部のキャリア密度および光子密度が減少するものの、中央部と両端部とでキャリア密度の逆転および光子密度の逆転が生じることはない。従って、比較例のような空間的ホールバーニングが抑制されて、発振モードは安定する。
以下、
図8~
図12に戻って説明を続ける。
【0053】
第2実施形態の半導体レーザ素子200でも第1実施形態の半導体レーザ素子100と同様に、第1電極111として主電極111mおよび副電極111sが形成され、各副電極111sは幅方向に長尺な長方形状の電極となっている。第2実施形態の半導体レーザ素子200でも、複数の第1電極111相互間は共振方向に離間しているため、第1電極111の相互間がキャリアの注入されない非注入領域となり、
図9に示すように、利得領域130も共振方向で複数に分かれている。このため、高い放熱性が実現され、発熱も抑制されて、CODやI-L急降下が抑制される。
【0054】
また、第2実施形態の半導体レーザ素子200でも第1実施形態の半導体レーザ素子100と同様に、第1電極111の上に更に第2電極112を有する。また、第2電極112のうち共振方向の端部112aでは、最上層のAuが剥離されてPtが露出されている。第2実施形態では、端部112aは、例えば半導体レーザ素子200の端面から例えば10μm迄の範囲であり、端部112aは第1電極111には届いていない。つまり、第2電極112のうち第1電極111に重なった部分では、いずれも最上層がAuとなっている。最上層がAuの部分では、Auによって放熱が促されるため、第1電極111に重なった部分の最上層がAuであることにより、光増幅に伴う熱が効率よく放熱される。この結果、CODやI-L急降下の一層の抑制が図られる。
<第3実施形態>
【0055】
図15~
図19は、本発明の半導体レーザ素子の第3実施形態を示す図である。
図15には平面図が示され、
図16には光共振器に沿った縦断面図が示され、
図17にはA-A断面図が示され、
図18にはB-B断面図が示され、
図19にはE-E断面図が示されている。
【0056】
第3実施形態の半導体レーザ素子300は、第1実施形態の半導体レーザ素子100および第2実施形態の半導体レーザ素子200に較べてメサストライプ103aの幅が広く、例えば40μmとなっている。また、共振器の長さは例えば1200μmである。
第3実施形態の半導体レーザ素子300でも複数の第1電極111が形成され、第1電極111の上には更に第2電極112が形成される。
【0057】
第3実施形態では、第1および第2実施形態とは異なり、第2電極112が半導体レーザ素子300における共振方向の端部まで到達していない。第2電極112のうち共振方向の端部112aでは、最上層のAuが剥離されてPtが露出されている。第3実施形態では、第2電極112の端部112aは共振方向に例えば10μmの範囲である。
【0058】
第3実施形態の半導体レーザ素子300では、第1および第2実施形態と同様に、第1電極111として主電極111mおよび副電極111sが形成されるが、第1および第2実施形態とは異なり、複数の第1電極111それぞれにおける幅が揃っておらず、副電極111sの幅は主電極111mの幅よりも狭い。また、主電極111mは、メサストライプ103aの幅よりも広く広がっているのに対し、副電極111sはメサストライプ103aの幅よりも内側に納まっている。
【0059】
このように主電極111mと副電極111sとで幅が異なっているため、第3実施形態の半導体レーザ素子300では、主電極111mに対応した利得領域130はメサストライプ103aの幅(即ちキャリア注入範囲の幅)まで広がっているが、副電極111sに対応した利得領域130はメサストライプ103aの幅よりも狭くなっている。
【0060】
更に、第3実施形態の半導体レーザ素子300では、副電極111sの形状が長方形状では無く、楕円形状あるいは凸レンズ形状となっている。即ち、副電極111sの形状は、共振方向の長さが幅方向の央部では長くて端部で短い形状となっている。
【0061】
このような主電極111mと副電極111sからなる第3実施形態の第1電極111の場合も、第1電極111相互間は共振方向に離間してキャリアの非注入領域となっているため、利得領域130が共振方向で複数に分かれている。従って、第3実施形態の半導体レーザ素子300も放熱性が高く、発熱も抑制され、CODやI-L急降下が抑制される。
【0062】
なお、第3実施形態の半導体レーザ素子300のように、共振方向における副電極111sの長さが、幅方向の位置に応じて異なっている場合、半導体レーザ素子300の出力特性に影響する非注入領域の割合としては、長さでは無く面積で測られることが望ましい。即ち、半導体レーザ素子300において良好な出力特性が得られるためには、注入範囲の総面積に対し、非注入領域の総面積が1割以下であることが望ましい。
【0063】
また、上記のような主電極111mおよび副電極111sによって利得領域130が形成されていることにより、以下説明するように発振モード(水平横モード)の安定化が実現される。
図20は、第3実施形態の半導体レーザ素子における発振モードを示す図である。
図20の横軸は、第3実施形態の半導体レーザ素子における幅方向の位置を示し、縦軸は、活性層102におけるキャリア密度と光子密度とを示す。
【0064】
第3実施形態の半導体レーザ素子300では、幅の広い主電極111mによりキャリア注入範囲の全幅に対してほぼ均等にキャリアが供給される。その一方で、幅の狭い副電極111sによりキャリア注入範囲の央部に集中してキャリアが供給される。その結果、点線で示すように、キャリア注入範囲の全幅に亘って一定程度以上のキャリア密度が生じると共に、キャリア注入範囲における幅方向の中央部に、キャリア密度の高いピークが生じる。その結果、発振モードは、キャリア注入範囲の中央部で光子密度が高いモードとなる。
【0065】
また、このモードが継続した場合には、実線で示すように中央部のキャリア密度が減少するが、キャリア注入範囲の全幅に亘ってキャリア密度が概ね一定程度まで減少すると、副電極111sによる供給とバランスして減少は止まる。そして、光子密度は、実線で示すようにキャリア注入範囲の中央部で高いモードが維持される。つまり、第3実施形態の場合にも、
図13に示すような空間的ホールバーニングが抑制されて、発振モードは安定する。
【0066】
加えて、主電極111mに対応した領域で光の水平横モードの不安定性が生じたとしても、増幅の過程において発光光は副電極111sに対応した領域を常に通過するので、光の水平横モードの不安定性が抑制される方向に働く。
<第4実施形態>
【0067】
図21~
図24は、本発明の半導体レーザ素子の第4実施形態を示す図である。
図21には平面図が示され、
図22には光共振器に沿った縦断面図が示され、
図23にはA-A断面図が示され、
図24にはB-B断面図が示されている。
第4実施形態の半導体レーザ素子400では、メサストライプ103aの幅が例えば50μmとなり、共振器の長さは例えば1500μmとなっている。
【0068】
第4実施形態の半導体レーザ素子400でも、第1実施形態の半導体レーザ素子100と同様に、メサストライプ103a上で複数に分かれた第1電極111が形成されている。また、第1電極111は、メサストライプ103a上での共振方向の長さが長い主電極111mと、共振方向の長さが短い副電極111sとを含み、主電極111mおよび副電極111sは、メサストライプ103aの外部まで延びている。
【0069】
第4実施形態の半導体レーザ素子400では、第1実施形態の半導体レーザ素子100とは異なり、主電極111mおよび副電極111sが、メサストライプ103aの外部で橋渡し部111iによって互いに繋がっている。橋渡し部111iの上には更に第2電極112が形成されている。
【0070】
メサストライプ103aの外部で繋がっていても、メサストライプ103a上では主電極111mおよび副電極111sが共振方向に離間しており、第1電極111の相互間はキャリアが注入されない非注入領域となっているので、
図22に示すように利得領域130は共振方向で複数に分かれている。その結果、第4実施形態の半導体レーザ素子400でも放熱性が高く、発熱が抑制され、CODやI-L急降下が抑制される。
<第5実施形態>
【0071】
図25~
図28は、本発明の半導体レーザ素子の第5実施形態を示す図である。
図25には平面図が示され、
図26には光共振器に沿った縦断面図が示され、
図27にはA-A断面図が示され、
図28にはB-B断面図が示されている。
【0072】
第5実施形態の半導体レーザ素子500では、共振器の長さは例えば800μmとなっている。また、第5実施形態ではメサストライプが形成されておらず、p型半導体層103の上面のうち、絶縁層120に覆われていない部分がキャリア注入範囲103bとなっている。キャリア注入範囲103bの幅は例えば100μmという大きな幅となっている。
【0073】
第5実施形態の半導体レーザ素子500でも第1実施形態の半導体レーザ素子100と同様に、キャリア注入範囲103bの幅よりも大きな幅を有した複数の第1電極111が形成され、キャリア注入範囲103b内で互いに離間した配置となっている。第1電極111としては、共振方向の長さが長い主電極111mと共振方向の長さが短い副電極111sとが形成されている。第1電極111の相互間は、キャリアが注入されない非注入領域となっているので、
図26に示すように利得領域130が共振方向で複数に分かれていて、利得領域130で発生する熱の放熱性が高く、発熱も抑制される構造となっている。この結果、半導体レーザ素子500では、CODやI-L急降下が抑制される。
【0074】
また、複数の第1電極111は、幅の広いキャリア注入範囲103bの全幅に亘って均等な構造となっており、光共振器を往復する光は、幅の広いキャリア注入範囲103bの何処を通っても増幅され、損失を生じる箇所がない。このため、第5実施形態の半導体レーザ素子500では、水平横モードが不安定化する代わりに、何れのモードも増幅されて、全体として安定した高出力が得られることになる。
【0075】
なお、上記説明した各実施形態では、放熱性向上と発熱抑制との双方が実現された例が示されているが、本発明の半導体レーザ素子は放熱性向上と発熱抑制との一方のみが実現されるものであってもよい。
【符号の説明】
【0076】
100,200,300,400,500…半導体レーザ素子、101…n型半導体層、
102…活性層、103…p型半導体層、103a…メサストライプ、
103b…キャリア注入範囲、111…第1電極、111m…主電極、
111s…副電極、111i…橋渡し部、112…第2電極、112a…端部、
113…n側電極、120…絶縁層、130…利得領域