(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】酸化触媒の診断装置
(51)【国際特許分類】
F01N 3/20 20060101AFI20231108BHJP
F01N 3/08 20060101ALI20231108BHJP
F01N 11/00 20060101ALI20231108BHJP
【FI】
F01N3/20 C ZHV
F01N3/08 A
F01N11/00
(21)【出願番号】P 2020012492
(22)【出願日】2020-01-29
【審査請求日】2022-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】合田 和輝
(72)【発明者】
【氏名】坪井 吾朗
(72)【発明者】
【氏名】滝田 紘千
(72)【発明者】
【氏名】平澤 一憲
【審査官】増岡 亘
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-68280(JP,A)
【文献】特開2014-34954(JP,A)
【文献】特開2011-208600(JP,A)
【文献】特開2019-203388(JP,A)
【文献】特開2007-224808(JP,A)
【文献】特開2018-103934(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01N 3/20
F01N 3/08
F01N 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒が形成されたエンジン本体と、前記気筒から排出された排気ガスが流通する排気通路と、当該排気通路に設けられて炭化水素を吸着および酸化可能で且つ酸素を吸蔵および脱離可能な酸化触媒とを備えたエンジンに設けられる、酸化触媒の診断装置であって、
前記酸化触媒の温度を検出する触媒温度検出装置と、
前記酸化触媒が正常であるか否かを判定する判定装置とを備え、
前記判定装置は、
前記エンジン本体の出力軸が回転するエンジン作動時に、エンジンの作動条件に基づいて前記酸化触媒に吸着されている炭化水素の総量であるHC吸着量を推定するHC吸着量推定部と、
前記酸化触媒が正常であると仮定したときに生じる当該酸化触媒の温度上昇量を、前記HC吸着量推定部で推定された前記HC吸着量に基づいて推定する温度上昇量推定部と、
エンジン作動時に、前記触媒温度検出装置の検出値に基づく前記酸化触媒の温度上昇量と、前記温度上昇量推定部により推定された前記温度上昇量とを比較して、これらの比較結果に基づいて前記酸化触媒が正常であるか否かを判定する判定部と、
排気ガスに含まれる各種の炭化水素の
うち前記酸化触媒での浄化率が予め設定された基準浄化率以上となる種類の炭化水素がエンジン停止直前に前記酸化触媒に吸着されている量である判定用HC吸着量を推定する判定用HC吸着量推定部とを備え、
前記判定用HC吸着量が予め設定された判定量以上の場合、前記判定部は、エンジンの始動後の所定期間、前記判定を停止し、
前記判定用HC吸着量が前記判定量未満の場合、前記判定部は、エンジンの始動後、前記所定期間が経過する前に前記判定を開始する、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の酸化触媒の診断装置において、
前記判定用HC吸着量が前記判定量以上の場合、前記判定部は、エンジンの始動後、前記所定期間が経過すると前記判定を開始し、
前記判定用HC吸着量が前記判定量未満の場合、前記判定部は、エンジンの始動直後から前記判定を開始する、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の酸化触媒の診断装置において、
前記所定期間は、エンジンが始動してから前記酸化触媒の温度が所定の温度以上になるまでの期間である、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の酸化触媒の診断装置において、
前記判定用HC吸着量推定部は、芳香族からなる第1HC種と、芳香族ではなく且つ5個以上の炭素を有する第2HC種と、芳香族ではなく且つ5個未満の炭素を有する第3HC種とについて、それぞれエンジン停止直前に前記酸化触媒に吸着されている量である停止前吸着量を算出し、当該各HC種の停止前吸着量と前記酸化触媒の温度とに基づいて前記判定用HC吸着量を推定する、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【請求項5】
請求項4に記載の酸化触媒の診断装置において、
前記気筒の有効圧縮比を変更可能な有効圧縮比変更手段を備え、
前記判定用HC吸着量推定部は、エンジン作動時の空気過剰率および有効圧縮比に基づいて、前記酸化触媒に吸着されている炭化水素の総量のうち前記第1HC種、第2HC種、および第3HC種がそれぞれ占める割合を算出し、当該割合と前記HC吸着量推定部で推定された前記HC吸着量とに基づいて、前記第1HC種、第2HC種、および第3HC種の各停止前吸着量をそれぞれ算出する、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の酸化触媒の診断装置において、
前記エンジンは、モータを走行用の駆動源として有するハイブリッド車両に搭載される、ことを特徴とする酸化触媒の診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気筒が形成されたエンジン本体と、気筒から排出された排気ガスが流通する排気通路と、排気通路に設けられて炭化水素を吸着および酸化可能で且つ酸素を吸蔵および脱離可能な酸化触媒とを備えたエンジンに設けられる、酸化触媒の診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両等に設けられるエンジンにおいて、排気ガス中の炭化水素を浄化するべく炭化水素を吸着および酸化可能な酸化触媒を排気通路に設けること、さらには、炭化水素の浄化性能を高めるべく、酸素を吸蔵および脱離可能な触媒を酸化触媒として用いることが行われている。また、当該酸化触媒を備えたエンジンにおいて、酸化触媒が正常であるか否かを診断することも行われている。
【0003】
酸化触媒を備え、且つ、酸化触媒が正常であるか否かを判定する構成を備えたエンジンの一例として、下記特許文献1のものが知られている。この特許文献1のエンジンでは、車両が停車したアイドリング状態のときに酸化触媒の診断を実施する。具体的には、エンジンのアイドリング中にポスト噴射を行って排気ガスに未燃の燃料つまり炭化水素を添加し、当該炭化水素の酸化触媒での反応により生じると考えられる理論的な発熱量を、添加した炭化水素の量および排気ガスの流量に基づいて推定する。そして、温度センサの検出値から得られる酸化触媒での実発熱量と、推定した理論的な発熱量とを比較することで、酸化触媒が正常であるか否かを診断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1のエンジンでは、車両が停車したアイドリング状態のときにのみ酸化触媒の診断が実施される。そのため、酸化触媒の診断機会が少なく、酸化触媒の異常を早期に検出できないという問題がある。
【0006】
これに対して、本願発明者らは、エンジン作動中に酸化触媒で反応する炭化水素の量と、酸化触媒に吸着されている炭化水素の量との相関が高いこと、および、エンジンの作動条件とエンジン作動中の酸化触媒に吸着されている炭化水素の量との相関が高いことに着目して、次の構成を構築した。つまり、エンジン作動中の酸化触媒に吸着されている炭化水素の量をエンジンの作動条件に基づいて推定し、この推定値に基づいて、酸化触媒で炭化水素が反応することで生じる発熱量を推定し、この推定した発熱量とセンサで検出される実発熱量とを比較する構成を構築した。この構成によれば、エンジンがアイドリング状態にあるか否かに関わらず、酸化触媒の診断を行うことが可能になる。
【0007】
ところが、この構成においても、エンジンの始動直後において酸化触媒に吸着されている炭化水素の量の推定に誤差が生じて診断精度が低下する場合があることが分かった。
【0008】
本発明は、前記のような事情に鑑みてなされたものであり、酸化触媒を精度よく診断でき且つこの診断機会をより多く確保できる酸化触媒の診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するための本発明は、気筒が形成されたエンジン本体と、前記気筒から排出された排気ガスが流通する排気通路と、当該排気通路に設けられて炭化水素を吸着および酸化可能で且つ酸素を吸蔵および脱離可能な酸化触媒とを備えたエンジンに設けられる、酸化触媒の診断装置であって、前記酸化触媒の温度を検出する触媒温度検出装置と、前記酸化触媒が正常であるか否かを判定する判定装置とを備え、前記判定装置は、前記エンジン本体の出力軸が回転するエンジン作動時に、エンジンの作動条件に基づいて前記酸化触媒に吸着されている炭化水素の総量であるHC吸着量を推定するHC吸着量推定部と、前記酸化触媒が正常であると仮定したときに生じる当該酸化触媒の温度上昇量を、前記HC吸着量推定部で推定された前記HC吸着量に基づいて推定する温度上昇量推定部と、エンジン作動時に、前記触媒温度検出装置の検出値に基づく前記酸化触媒の温度上昇量と、前記温度上昇量推定部により推定された前記温度上昇量とを比較して、これらの比較結果に基づいて前記酸化触媒が正常であるか否かを判定する判定部と、排気ガスに含まれる各種の炭化水素のうち前記酸化触媒での浄化率が予め設定された基準浄化率以上となる種類の炭化水素がエンジン停止直前に前記酸化触媒に吸着されている量である判定用HC吸着量を推定する判定用HC吸着量推定部とを備え、前記判定用HC吸着量が予め設定された判定量以上の場合、前記判定部は、エンジンの始動後の所定期間、前記判定を停止し、前記判定用HC吸着量が前記判定量未満の場合、前記判定部は、エンジンの始動後、前記所定期間が経過する前に前記判定を開始する、ことを特徴とする(請求項1)。
【0010】
この構成では、エンジンの作動時においてエンジンの作動条件に基づいてHC吸着量を推定し、この推定値に基づいて酸化触媒の温度上昇量を推定している。そのため、エンジンが作動しているときはいつでも前記温度上昇量の推定およびこの推定値に基づく酸化触媒の診断を行うことができ、酸化触媒の診断機会を多くできる。
【0011】
ただし、前記のように、単にエンジンの作動条件に基づいてエンジン作動時のHC吸着量を推定して、これに基づいて酸化触媒を診断する構成では、エンジンの始動後の酸化触媒の診断性能が低下するおそれがある。これに対して、本願発明者らは、鋭意研究の結果、次のことを突き止めた。すなわち、エンジン停止中にも酸化触媒に吸着されている炭化水素の量が減少していくこと、酸化されやすい種類の炭化水素がエンジン停止直前に酸化触媒に吸着されている量が所定量以上の場合は、エンジン停止中に生じる前記炭化水素の減少量が大きくなることで、次にエンジンを始動させた直後においてエンジンの作動条件に基づくHC吸着量の推定および酸化触媒の診断の性能が低くなること、および、エンジンが始動してから所定時間が経過するとエンジンの作動条件に基づくHC吸着量の推定精度が再び高くなることを突き止めた。
【0012】
この知見に基づき、本発明では、前記のように、酸化されやすい種類の炭化水素がエンジン停止直前に酸化触媒に吸着されている量である判定用HC吸着量が予め設定された判定量以上であって、エンジン作動時のHC吸着量に基づく酸化触媒の診断ではエンジン始動直後の診断精度が低くなりやすい場合には、エンジンの始動後の所定期間、当該診断を停止する。これより、本発明によれば、酸化触媒の誤診断を防止できる。そして、本発明によれば、判定用HC吸着量が判定量未満であってエンジンの始動後においても酸化触媒の診断精度を高くできる場合には、エンジンの始動後の早い時期から前記診断を行うことで、精度の高い酸化触媒の診断機会を多くできる。
【0013】
前記構成において、好ましくは、前記判定用HC吸着量が前記判定量以上の場合、前記判定部は、エンジンの始動後、前記所定期間が経過すると前記判定を開始し、前記判定用HC吸着量が前記判定量未満の場合、前記判定部は、エンジンの始動直後から前記判定を開始する(請求項2)。
【0014】
この構成によれば、酸化触媒の誤診断を回避しつつ、当該診断の機会をより確実に多くできる。
【0015】
ここで、エンジン始動後に酸化触媒の温度が所定の温度以上になると、酸化触媒に吸着されている炭化水素の量がゼロに近くなり、それ以降は、エンジン停止中の炭化水素の減少量によらずエンジンの作動条件に基づいて炭化水素の吸着量を精度よく推定できることが分かった。これより、前記構成において、前記所定期間は、エンジンが始動してから前記酸化触媒の温度が所定の温度以上になるまでの期間である、とすれば、酸化触媒の誤診断を防止しつつ、酸化触媒の診断停止期間を短くして診断機会をより多くできる(請求項3)。
【0016】
ここで、炭化水素は、大きく、その酸化のされやすさの違いから、芳香族と、芳香族ではなく且つ5個以上の炭素を有するものと、芳香族ではなく且つ5個未満の炭素を有するものとに分類できることが分かっている。
【0017】
これより、前記構成において、好ましくは、前記判定用HC吸着量推定部は、芳香族からなる第1HC種と、芳香族ではなく且つ5個以上の炭素を有する第2HC種と、芳香族ではなく且つ5個未満の炭素を有する第3HC種とについて、それぞれエンジン停止直前に前記酸化触媒に吸着されている量である停止前吸着量を算出し、当該各HC種の停止前吸着量と前記酸化触媒の温度とに基づいて前記判定用HC吸着量を推定する(請求項4)。
【0018】
この構成によれば、比較的簡単な構成で判定用HC吸着量を精度よく推定できる。
【0019】
また、酸化触媒に吸着されている炭化水素の総量のうち前記第1~第3HC種がそれぞれ占める割合は、エンジン作動時の空気過剰率と有効圧縮比とによって変化することが分かった。
【0020】
これより、前記構成において、好ましくは、前記気筒の有効圧縮比を変更可能な有効圧縮比変更手段を備え、前記判定用HC吸着量推定部は、エンジン作動時の空気過剰率および有効圧縮比に基づいて、前記酸化触媒に吸着されている炭化水素の総量のうち前記第1HC種、第2HC種、および第3HC種がそれぞれ占める割合を算出し、当該割合と前記HC吸着量推定部で推定された前記HC吸着量とに基づいて、前記第1HC種、第2HC種、および第3HC種の各停止前吸着量をそれぞれ算出する(請求項5)。
【0021】
この構成によれば、第1~第3HC種が酸化触媒に吸着されている量ひいては前記の各停止前吸着量を精度よく推定できる。
【0022】
本発明によれば、前記のように、判定用HC吸着量が前記判定量未満の場合において、エンジンの始動後のより早い時期から酸化触媒を精度よく診断できる。そのため、モータを走行用の駆動源として有する車両にエンジンが搭載されており、比較的頻繁にエンジンの停止および始動が行われる構成においても、酸化触媒の診断機会を確保できる。これより、本発明は、エンジンがモータを走行用の駆動源として有するハイブリッド車両に搭載されるものに適用されれば効果的である(請求項6)。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明の酸化触媒の診断装置によれば、酸化触媒を精度よく診断でき且つこの診断機会をより多く確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の酸化触媒の診断装置が適用されたエンジンの好ましい実施形態を示す概略システム図である。
【
図3】理論温度上昇量
算出部により実施される理論温度上昇量の算出手順を示したブロック図である。
【
図4】触媒温度、排気流量と、第1HC吸着速度との関係を模式的に示したグラフである。
【
図5】HC吸着量、触媒温度、排気流量とHC放出速度との関係を模式的に示したグラフである。
【
図6】HC放出速度、触媒温度とHC酸化速度との関係を模式的に示したグラフである。
【
図7】判定用HC吸着量推定部により実施される判定用HC吸着量の算出手順を示したブロック図である。
【
図8】空気過剰率と各HC種の排出割合との関係を模式的に示したグラフである。
【
図9】有効圧縮比と各HC種の排出割合との関係を模式的に示したグラフである。
【
図10】各HC種について触媒温度と浄化率の関係を模式的に示したグラフである。
【
図11】酸化触媒の診断手順を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明に係るエンジンの好ましい実施形態を示す概略システム図である。本図に示されるエンジン70は4サイクルのディーゼルエンジンであり、車両に搭載される。本実施形態では、エンジン70は、モータ80(
図2)が走行用の駆動源として搭載されたハイブリッド車に搭載される。本実施形態では、エンジン70は、モータ80のみの駆動力では不十分な場合に作動して走行用の駆動力を生成する。また、エンジン70は、モータ80に供給する電力供給装置(不図示)の電力量が低減した場合に作動して、電力供給装置に電力を供給するためのジェネレータ81(
図2)を駆動して電力を生成させる。
【0026】
エンジン70は、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機36とを備えている。
【0027】
エンジン本体1は、
図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数の気筒2(
図1ではそのうちの一つのみを示す)を有する直列多気筒型のものである。エンジン本体1は、複数の気筒2を画成する複数の円筒状のシリンダライナを含むシリンダブロック3と、各気筒2の上部開口を塞ぐようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、各気筒2にそれぞれ往復摺動可能に収容された複数のピストン5とを有している。なお、各気筒2の構造は同一であるため、以下では基本的に1つの気筒2のみに着目して説明を進める。
【0028】
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面と、気筒2の内周面(シリンダライナ)と、ピストン5の冠面50とによって画成された空間である。燃焼室6には、後述するインジェクタ15からの噴射によって上記燃料が供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
【0029】
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転する。シリンダブロック3には、クランク角センサSN1が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の角速度つまりエンジン回転数を検出する。
【0030】
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9および排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口を開閉する吸気弁11と、排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。
【0031】
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13および排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11および排気弁12は、これら動弁機構13,14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気側動弁機構13は、吸気弁11の開弁時期を変更可能な機構を有しており、エンジンの作動条件に応じて吸気弁11の閉弁時期を変更する。吸気弁11の閉弁時期が変化すると、エンジンの有効圧縮比であって圧縮上死点での燃焼室6の容積に対する吸気弁11の閉弁時の燃焼室6の容積の割合も変化する。前記の吸気側動弁機構13は、請求項の「有効圧縮比変更手段」に相当する。
【0032】
シリンダヘッド4には、燃焼室6に燃料を噴射するインジェクタ15が、各気筒2に対し1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、その先端が燃焼室6の天井面から燃焼室6を臨むようにシリンダヘッド4に取り付けられている。インジェクタ15には、その内部の燃料の圧力、言い換えるとインジェクタ15から噴射される燃料の圧力である噴射圧を検出する噴射圧センサSN3(
図2)が設けられている。噴射圧センサSN3は、複数の気筒2に対応する複数のインジェクタ15にそれぞれ1つずつ設けられている。また、シリンダヘッド4には、燃焼室6内の圧力である筒内圧を検出するための筒内圧センサSN4(
図2)が取り付けられている。筒内圧センサSN4は各気筒2の燃焼室6にそれぞれ1つずつ設けられている。
【0033】
ターボ過給機36は、吸気通路30に配置されたコンプレッサ37と、排気通路40に配置されたタービン38と、コンプレッサ37とタービン38とを連結するタービン軸39とを有している。タービン38は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。コンプレッサ37は、タービン38の回転に連動して回転することにより、吸気通路30を流通する空気を圧縮(過給)する。
【0034】
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、コンプレッサ37、スロットル弁32、インタークーラ33、およびサージタンク34が配置されている。吸気通路30には、エンジン本体1に吸入される空気の量である吸入空気量を検出するためのエアフロセンサSN2が取り付けられている。エアフロセンサSN2は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。
【0035】
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10および排気通路40を通して車両の外部に排出される。排気通路40には、タービン38と、排気浄化装置41がこの順に上流側から配置されている。排気浄化装置41には、酸化触媒42と、DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とがこの順に上流側から内蔵されている。
【0036】
酸化触媒42は、排気ガス中の一酸化炭素および炭化水素を酸化して無害化するためのものである。酸化触媒42は、炭化水素を吸着および放出可能であるとともに酸素を吸蔵および脱離可能に構成されている。例えば、この酸化触媒42として、ハニカム担体に白金とセリア(セリウム酸化物)が担持されたものが用いられる。DPF43は、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するものである。
【0037】
排気通路40には、排気ガスの酸素濃度である排気O2濃度を検出するための排気O2センサSN5が取り付けられている。排気O2センサSN5は、排気通路40のうちのタービン38と排気浄化装置41との間の部分に設けられており、この部分を通過する排気ガスの酸素濃度を検出する。
【0038】
また、排気通路40には、排気O2センサSN5よりも下流側且つ排気浄化装置41よりも上流側の部分に、この部分を通過する排気ガスの温度を検出するための第1排気温センサSN6が取り付けられている。さらに、排気浄化装置41のうち酸化触媒42とDPF43との間の部分には、この部分を通過する排気ガスの温度を検出するための第2排気温センサSN7が取り付けられている。酸化触媒42の温度および酸化触媒42で生じる温度上昇量(酸化触媒42を通過することに伴う排気ガスの温度上昇量)は、前記の第1排気温センサSN6および第2排気温センサSN7で検出された温度から推定可能であり、これら排気温センサSN6、SN7は、請求項の「触媒温度検出装置」に相当する。
【0039】
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路45と、EGR通路45に設けられた開閉可能なEGR弁46とを備える。EGR通路45は、排気通路40におけるタービン38よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。EGR弁46は、EGR通路45を通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)の流量を調整する。
【0040】
(2)制御系統
図2は、エンジン70およびモータ80の制御系統を示すブロック図である。本図に示されるPCM100は、インジェクタ15等のエンジンの各部およびモータ80やジェネレータ81を統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
【0041】
PCM100には各種センサによる検出情報が入力される。例えば、PCM100は、前述したクランク角センサSN1、エアフロセンサSN2、噴射圧センサSN3、筒内圧センサSN4、排気O2センサSN5、第1排気温センサSN6、第2排気温センサSN7、と電気的に接続されている。PCM100には、これら各センサSN1~SN7によって検出された情報、つまり、エンジン回転数、吸入空気量、噴射圧、筒内圧、排気O2濃度、酸化触媒42の上流側の排気温度、酸化触媒42の下流側の排気温度の情報等が逐次入力される。また、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度であるアクセル開度を検出するアクセル開度センサSN8が設けられている。このアクセル開度センサSN8による検出情報もPCM100に逐次入力される。
【0042】
PCM100は、各センサSN1~SN8から入力された情報等に基づいて種々の判定や演算を実行する。PCM100は、前述のようにエンジンの各部等を制御するとともに、酸化触媒42の診断つまり酸化触媒42が正常であるか否かの判定を行う。本実施形態では、このPCM100が、請求項の「判定装置」に相当する。また、PCM100と、第1排気温センサSN6と第2排気温センサSN7とを含むシステムが、「酸化触媒の診断装置」に相当する。
【0043】
PCM100に含まれる酸化触媒42を診断するための構成であって本発明の特徴的な構成について説明する。
【0044】
PCM100は、機能的に、理論温度上昇量算出部101と、判定部120と、判定用HC吸着量推定部130と、を有する。理論温度上昇量算出部101は、機能的に、HC吸着量推定部102と、温度上昇量推定部103とを有する。
【0045】
HC吸着量推定部102は、エンジン作動時、つまり、クランク軸7が回転している時に、酸化触媒42に吸着されている炭化水素の量を推定する。以下では、適宜、酸化触媒42に吸着されている炭化水素の量をHC吸着量という。
【0046】
温度上昇量推定部103は、HC吸着量推定部102で推定されたHC吸着量に基づいて、酸化触媒42が正常であると仮定したときに炭化水素の酸化によって生じる酸化触媒42の温度上昇量を推定する。以下では、適宜、温度上昇量推定部103で推定される温度上昇量を理論温度上昇量という。
【0047】
判定部120は、第1排気温センサSN6と第2排気温センサSN7により検出された酸化触媒42の上流側および下流側の温度と、温度上昇量推定部103により推定された理論温度上昇量とを比較して、これらの比較結果に基づき酸化触媒42が正常であるか否かを判定する。
【0048】
ここで、エンジン本体1が停止すると、エンジン本体1から酸化触媒42への排気ガスの流入が停止して酸化触媒42への酸素の流入も停止する。これより、エンジン停止中は、酸化触媒42での酸化反応が停止して、酸化触媒42のHC吸着量はエンジン停止直前の量に維持されると考えられた。ところが、本願発明者らは、エンジン停止中に、酸化触媒42のHC吸着量が減少する場合があることを突き止めた。このようにエンジン停止中に酸化触媒42のHC吸着量が減少する場合において酸化触媒42の診断を前記のように行うと(すなわち、エンジンの作動条件に基づいてエンジン作動時のHC吸着量を推定し、これに基づいて理論温度上昇量を算出して、理論温度上昇量に基づいて判定部120により酸化触媒42の診断を行うと)、エンジン停止中のHC吸着量の減少が加味されないことで、酸化触媒42の診断精度が低くなるおそれがある。
【0049】
これについて鋭意研究の結果、本願発明者らは、酸化触媒42の温度が所定の温度以上になると、酸化触媒42のHC吸着量がほぼゼロとなることを突き止めた。また、エンジン停止中に酸化触媒42のHC吸着量が大幅に減少するのは、酸化されやすい種類の炭化水素、つまり浄化率(酸化触媒42に吸着されている総量のうちの酸化される量の割合)が大きい種類の炭化水素、が多量に酸化触媒42に吸着されている状態でエンジンが停止したときであることを突き止めた。
【0050】
前記の知見より、本実施形態では、判定用HC吸着量推定部130によって、浄化率が予め設定された基準浄化率以上の種類の炭化水素がエンジン停止直前に酸化触媒42に吸着されている量である判定用HC吸着量を推定する。そして、判定用HC吸着量が予め設定された判定量以上の場合、判定部120は、エンジン始動後において酸化触媒42の温度が予め設定された基準温度(所定の温度)以上になるまで、理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の診断を停止する。そして、判定用HC吸着量が判定量以上の場合は、エンジンの始動後において酸化触媒42の温度が予め設定された基準温度以上になった時点で、HC吸着量推定部102において、HC吸着量の推定値をゼロにする。なお、基準浄化率、および、前記の判定量は、実験等から、エンジン停止中の酸化触媒42のHC吸着量の減少量がエンジン始動後の酸化触媒42のHC吸着量の推定に加味されない場合であっても、酸化触媒42の誤診断が生じない浄化率および判定量の最大値に設定されて、PCM100に記憶されている。また、基準温度は、実験等から、酸化触媒42のHC吸着量がほぼゼロとなるときの酸化触媒42の温度の最小値に設定されて、PCM100に記憶されている。基準温度は、例えば300℃に設定される。
【0051】
一方、判定用HC吸着量が判定量未満の場合は、判定部120による理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の診断をエンジン始動直後から開始する。
【0052】
(3)各演算部の詳細
(理論温度上昇量
算出部)
図3に示すように、理論温度上昇量算出部101のHC吸着量推定部102は、機能的に、HC吸着・放出速度算出部111を有する。HC吸着・放出速度算出部111は、エンジン稼働中の各時刻において、酸化触媒42内に存在する炭化水素の酸化触媒42への吸着速度、つまり、酸化触媒42内に存在する炭化水素が単位時間あたりに酸化触媒42に吸着する量、である第1HC吸着速度X4aを推定する。また、HC吸着・放出速度算出部111は、エンジン稼働中の各時刻において、酸化触媒42からの炭化水素の放出速度、つまり、単位時間あたりに酸化触媒42から放出される炭化水素の量、であるHC放出速度X5を推定する。
【0053】
HC吸着・放出速度算出部111は、
図4の2つのグラフに示すように、触媒温度X1が高いほど第1HC吸着速度X4aが小さくなり、排気流量X2が大きいほど第1HC吸着速度X4aが小さくなるように、触媒温度X1と、排気流量X2とに基づいて第1HC吸着速度X4aを算出する。
【0054】
HC吸着・放出速度算出部111は、
図5の3つのグラフに示すように、HC吸着量X6が大きいほどHC放出速度X5が大きくなり、触媒温度X1が高いほどHC放出速度X5が大きくなり、排気流量X2が大きいほどHC放出速度X5が大きくなるように、HC吸着量X6と触媒温度X1と排気流量X2とに基づいてHC放出速度X5を算出する。
【0055】
HC吸着量X6は、酸化触媒42に吸着されている炭化水素の総量であり、以下の手順で算出される。HC吸着量推定部102は、エンジン作動中の各時刻においてエンジン本体1から排出される炭化水素の量である排気HC流量X3に第1HC吸着速度X4aを加算して、得られた値からHC放出速度X5を減算することで、HC吸着速度X4bを算出する。そして、HC吸着量推定部102は、算出したHC吸着速度X4bを積算していき、この積算値をエンジン作動中の各時刻における酸化触媒42のHC吸着量X6として算出(推定)する。
【0056】
前記の排気HC流量X3は、エンジン回転数、エンジン負荷、空気過剰率、筒内圧、噴射圧によって変化することが分かっており、HC吸着量推定部102は、これらの各値から排気HC流量X3を算出する。
【0057】
HC吸着量推定部102により行われる、排気HC流量X3、第1HC吸着速度X4a、HC放出速度X5、HC吸着速度X4bの計算、および、HC吸着速度X4bの積算は、エンジン作動中にのみ行われる。これより、エンジンが停止すると、HC吸着量推定部102から出力されるHC吸着量X6はエンジン停止直前の値に維持される。
【0058】
HC吸着量推定部102は、エンジンが始動すると、判定用HC吸着量推定部130によって後述する手順で算出された判定用HC吸着量X40が、前記の判定量以上か否かを判定する。そして、判定用HC吸着量X40が判定量以上のときは、エンジンの始動後(再始動後)において酸化触媒42の温度が基準温度以上になった時点で、HC吸着量X6をゼロにする。
【0059】
理論温度上昇量算出部101の温度上昇量推定部103は、機能的に、HC酸化速度算出部112を有する。HC酸化速度算出部112は、エンジン作動中の各時刻において、酸化触媒42での炭化水素の酸化速度、つまり、単位時間あたりに酸化触媒42で酸化される炭化水素の量、であるHC酸化速度X12を算出する。
【0060】
HC酸化速度算出部112は、
図6に示すように、HC放出速度X5が大きいほどHC酸化速度X12が大きくなり、触媒温度X1が高いほどHC酸化速度X12が大きくなるように、HC放出速度X5と触媒温度X1とに基づいて、HC酸化速度X12を算出する。
【0061】
次に、温度上昇量推定部103は、HC酸化速度X12に発熱係数X11を乗じて、これらの積を理論温度上昇量X13として算出する。発熱係数X11は、単位量の炭化水素が酸化することで生じる酸化触媒42の温度上昇量であり、予め設定されてPCM100に記憶されている。
【0062】
(判定用HC吸着量推定部)
図7に示すように、判定用HC吸着量推定部130は、機能的に吸着割合推定部132を有する。
【0063】
エンジン本体1からは、炭素の結合構造が互いに異なる複数種類の炭化水素が排出される。炭化水素の酸化のされやすさは、炭素の結合構造によって異なる。吸着割合推定部132は、エンジン作動中の各時刻において、酸化触媒42に吸着されている炭化水素の総量に占める、酸化されやすさが互いに異なる各種の炭化水素の割合(以下、適宜、吸着割合という)をそれぞれ推定する。本実施形態では、炭化水素が、芳香族ではなく且つC5以上の(5つ以上の炭素が結合した)炭化水素と、C5未満の(5つ未満の炭素が結合した)炭化水素と、芳香族の炭化水素とに分類されるようになっており、吸着割合推定部132はこれら3種の炭化水素の吸着割合を推定する。以下では、C5以上の炭化水素を第1HC種、C5未満の炭化水素を第2HC種、芳香族の炭化水素を第3HC種という。これら3種の炭化水素の酸化のされやすさは、第1HC種、第2HC種、第3HC種の順である。
【0064】
吸着割合推定部132は、まず、エンジン作動中の各時刻において、エンジン本体1から排出される炭化水素の総量に占める各HC種の割合(以下、適宜、排出割合という)を推定する。各HC種の排出割合は、燃焼室6内での混合気の燃焼温度に応じて変化し、燃焼温度は、燃焼室6の混合気の空気過剰率λと有効圧縮比とによって変化する。具体的には、
図8、
図9に示すように、空気過剰率λが高くなるほど、また、有効圧縮比が高くなるほど、エンジン本体1から排出される第1HC種の排出割合は増大し、第2HC種の排出割合および第3HC種の排出割合は減少する。これより、吸着割合推定部132は、空気過剰率λ(X20)および有効圧縮比(X21)と各HC種の排出割合との関係が
図8および
図9に示す関係となるように、各時刻での混合気の空気過剰率λ(X20)と有効圧縮比(X21)とに基づいて、各HC種の排出割合を推定する。なお、空気過剰率λは、混合気の空燃比を理論空燃比で除した値である。PCM100は、エアフロセンサSN2で検出された吸入空気量とインジェクタ15から噴射される燃料の量とに基づいて各時刻の空気過剰率λを別途算出している。また、PCM100は、吸気弁11の閉弁時期に基づいて各時刻の有効圧縮比を別途算出している。
【0065】
次に、吸着割合推定部132は、推定したエンジン作動中の各時刻における各HC種の排出割合を所定期間についてそれぞれ平均し、各平均値を酸化触媒42に吸着されている各HC種の吸着割合とする。以下では、吸着割合推定部132により算出された、酸化触媒42に吸着されている第1HC種の割合を第1吸着割合X22_a、第2HC種の割合を第2吸着割合X22_b、第3HC種の割合を第3吸着割合X22_cという。
【0066】
次に、判定用HC吸着量推定部130は、第1~第3吸着割合X22_a~X22_cのそれぞれに、HC吸着量推定部102で推定されたHC吸着量X6を乗じて、第1~第3HC種の炭化水素がそれぞれ酸化触媒42に吸着されている量をそれぞれ算出する。すなわち、判定用HC吸着量推定部130は、第1吸着割合X22_aにHC吸着量X6を乗じて、得られたこれらの積を第1HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量(第1HC吸着量X31)として算出し、第2吸着割合X22_bにHC吸着量X6を乗じて、得られたこれらの積を第2HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量(第2HC吸着量X32)として算出し、第3吸着割合X22_cにHC吸着量X6を乗じて、得られたこれらの積を第3HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量(第3HC吸着量X33)として算出する。当該演算も、エンジン作動中の各時刻において実施されるようになっており、エンジン作動中の各時刻において、最新の第1~第3吸着割合X22_a~X22_cと最新のHC吸着量X6とに基づき、最新の第1~第3HC吸着量X31~X33が算出される。
【0067】
判定用HC吸着量推定部130は、さらに、機能的に特定HC吸着量決定部133を有している。特定HC吸着量決定部133は、エンジンの各時刻において、浄化率が前記の基準浄化率以上となる炭化水素を特定し、特定された種類が酸化触媒42に吸着されている量である特定HC吸着量X40を算出する。
【0068】
図10に示すように、酸化触媒42での炭化水素の浄化率は、酸化触媒42の温度によって変化し、浄化率が基準浄化率以上となる炭化水素の種類も酸化触媒42の温度によって異なる。これより、特定HC吸着量決定部133は、まず、触媒温度X1に基づいて、浄化率が基準浄化率以上の炭化水素の種類を特定する。
【0069】
具体的には、
図10に示すように、酸化触媒42の温度が所定の第1触媒温度Tc1未満のときは、第1~第3HC種の炭化水素のいずれの浄化率も浄化率未満となる。これより、特定HC吸着量決定部133は、触媒温度X1が第1触媒温度Tc1未満のときは、特定HC吸着量X40をゼロとして算出する。なお、前記の第1触媒温度Tc1は、予め設定されてPCM100に記憶されている。
【0070】
一方、酸化触媒42の温度が第1触媒温度Tc1以上且つ所定の第2触媒温度Tc2未満のときは、第1HC種の炭化水素の浄化率のみが基準浄化率以上となる。これより、特定HC吸着量決定部133は、触媒温度X1が第1触媒温度Tc1以上且つ所定の第2触媒温度Tc2未満のときは、第1HC吸着量X31(第1HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量)を、特定HC吸着量X40として算出する。なお、前記の第2触媒温度Tc2は、予め設定されてPCM100に記憶されている。
【0071】
また、酸化触媒42の温度が第2触媒温度Tc2以上且つ所定の第3触媒温度Tc3未満のときは、第1HC種と第2HC種の炭化水素の浄化率が基準浄化率以上となる。これより、特定HC吸着量決定部133は、触媒温度X1が第2触媒温度Tc2以上且つ所定の第3触媒温度Tc3未満のときは、第1HC吸着量X31と第2HC吸着量X32(第2HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量)の合計量を、特定HC吸着量X40として算出する。なお、前記の第3触媒温度Tc3は、予め設定されてPCM100に記憶されている。
【0072】
また、酸化触媒42の温度が第3触媒温度Tc3以上のときは、第1~第3HC種の炭化水素の浄化率が基準浄化率以上となる。これより、特定HC吸着量決定部133は、触媒温度X1が第2触媒温度Tc2以上且つ所定の第3触媒温度Tc3未満のときは、第1HC吸着量X31と第2HC吸着量X32と第3HC吸着量X33(第3HC種の炭化水素が酸化触媒42に吸着されている量)の合計量つまりHC吸着量X6を、特定HC吸着量X40として算出する。
【0073】
前記判定用HC吸着量は、前記のようにして算出されたエンジン作動時の各時刻の特定HC吸着量X40のうちエンジン停止直前の値であり、本実施形態では、前記の手順で判定用HC吸着量が算出(推定)される。ここで、エンジン本体1が停止した後は、判定用HC吸着量推定部130による前記の各演算は停止されて、最後に算出された値つまりエンジン停止直前における各値が維持される。これより、エンジン本体1が停止してから次にエンジンが始動するまでの間、判定用HC吸着量推定部130から出力される値は、エンジン停止直前の特定HC吸着量X40つまり判定用HC吸着量に維持される。
【0074】
なお、エンジン停止直前に算出される前記第1~第3HC吸着量X31~X33は、請求項の「停止前吸着量」に相当する。また、本実施形態では、前記のように、特定HC吸着量決定部133によってエンジン作動時の各時刻において特定HC吸着量X40を算出して、エンジン停止直前の値を判定用HC吸着量に決定する場合を説明したが、特定HC吸着量決定部133の演算、すなわち、浄化率が基準浄化率以上となる炭化水素の特定および特定した種類の炭化水素の吸着量の算出をエンジン停止直前にのみ実施して、算出された炭化水素の量を判定用HC吸着量として決定してもよい。
【0075】
(判定部)
判定部120は、第2排気温センサSN7で検出された酸化触媒42の下流側の温度から、第1排気温センサSN6で検出された酸化触媒42の上流側の温度を減算して、酸化触媒42での温度上昇量の検出値(以下、実温度上昇量という)を算出する。そして、判定部120は、この実温度上昇量と理論温度上昇量算出部101で算出された理論温度上昇量X13との差の絶対値が予め設定された判定上昇量以上であれば、酸化触媒42が正常でないと判定し、前記の絶対値が判定上昇量未満であれば酸化触媒42が正常であると判定する。前記の判定上昇量は、実験等により予め設定されてPCM100に記憶されている。
【0076】
また、前記のように、エンジン始動時において、判定部120は、判定用HC吸着量X40が判定量以上か否かを判定し、判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合は、判定部120は、酸化触媒42の温度が基準温度以上になるまで、前記の理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の判定を停止する。そして、判定部120は、前記の場合において酸化触媒42の温度が基準温度以上になった時点で、前記の判定を開始する。一方、判定用HC吸着量X40が判定量未満の場合は、判定部120は、エンジン始動直後から前記判定を開始する。
【0077】
(酸化触媒の診断手順の流れ)
以上の酸化触媒42の診断手順をまとめると
図11のフローチャートのようになる。なお、
図11のステップS1~S10は、エンジン本体1の作動時にのみ実施される。
【0078】
まず、PCM100は、ステップS1にて、エンジンの始動時であり(例えば、PCM100は、エンジン回転数が所定回転数を超えるとエンジンの始動時であると判定する)、且つ、判定用HC吸着量X40が判定量以上であるか否かを判定する。
【0079】
ステップS1の判定がNOであって、エンジンの始動時ではない、あるいは、判定用HC吸着量X40が判定量未満の場合は、ステップS4に進み、PCM100は、HC吸着速度X4bおよびHC放出速度X5を算出する。前記のように、PCM100は、1演算サイクル前に算出したHC吸着量X6と、触媒温度X1と、排気流量X2とに基づいてHC放出速度X5を算出する。また、PCM100は、触媒温度X1と排気流量X2とに基づいて算出した第1HC吸着速度X4aと、排気HC流量X3と、HC放出速度X5とに基づいて、HC吸着速度X4bを算出するとともに、HC吸着量X6を更新する。
【0080】
一方、ステップS1の判定がYESであって、エンジンの始動時であり、且つ、判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合は、ステップS2にて、PCM100は、触媒温度X1が基準温度以上であるか否か、つまり、エンジン始動後において触媒温度X1が基準温度以上まで上昇したか否かを判定する。この判定がYESであって触媒温度X1が基準温度以上のときは、ステップS3に進み、HC吸着量X6をゼロに設定する。一方、ステップS2の判定がNOであって触媒温度X1が基準温度未満の場合は、再びステップS2を実施する。つまり、PCM100は、エンジン始動後、触媒温度X1が基準温度以上になるまで待ち、基準温度以上になるとステップS3に進む。ステップS3の後は、PCM100は、前記のステップS4を実施する。
【0081】
ステップS4の後はステップS5にて、PCM100は、HC酸化速度X12を算出する。前記のように、PCM100は、HC放出速度X5と触媒温度X1とに基づいてHC酸化速度X12を算出する。
【0082】
ステップS5の後は、ステップS6にて、PCM100は理論温度上昇量X13を算出する。前記のように、PCM100は、HC酸化速度X12と発熱係数X11とに基づいて理論温度上昇量X13を算出する。
【0083】
ステップS6の後は、ステップS7にて、PCM100は、第1排気温センサSN6と第2排気温センサSN7の検出値から求めた実温度上昇量と、理論温度上昇量X13との差の絶対値が、判定上昇量未満であるか否かを判定する。
【0084】
ステップS7の判定がNOであって前記差の絶対値が判定上昇量以上の場合、PCM100は酸化触媒42が異常であると判定する(ステップS9)。一方、ステップS7の判定がYESであって前記差の絶対値が判定上昇量未満の場合、PCM100は酸化触媒42が正常であると判定する(ステップS8)。
【0085】
また、エンジン作動中、PCM100は、各時刻における第1~第3HC種の各吸着割合X22_a~X22_cおよび特定HC吸着量X40ひいては判定用HC吸着量X40を算出する(ステップS10)。ステップS1~ステップS10の処理が終了すると、PCM100は、再びステップS1に戻り、ステップS1以降の処理を繰り返す。
【0086】
(4)作用等
以上説明したとおり、本実施形態では、エンジンの作動時に、エンジンの作動条件に基づいて、詳細には、エンジン本体1から排出された炭化水素の流量である排気HC流量X3および排気流量X2に基づいて、酸化触媒42に吸着されている炭化水素の量であるHC吸着量X6を推定する。そして、浄化率が基準浄化率以上の酸化されやすい種類の炭化水素がエンジン停止直前に酸化触媒42に吸着されている量である判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合であってエンジン停止中にHC吸着量が大幅に低減する場合は、エンジン始動後の所定期間、HC吸着量X6に基づいて算出される理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の診断を停止する。一方で、判定用HC吸着量X40が判定量未満であってエンジン停止中のHC吸着量の減少が小さい場合は、エンジン始動直後からHC吸着量X6および理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の診断を実施する。これより、本実施形態によれば、エンジン停止中にHC吸着量が大幅に低減することに伴い酸化触媒42が誤診断されるのを防止しつつ、酸化触媒42の診断機会を多く確保できる。
【0087】
また、本実施形態では、前記の所定期間を、エンジンが始動してから触媒温度X1が基準温度以上になるまでの期間としている。すなわち、判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合において、エンジン始動後、触媒温度X1が基準温度以上になって酸化触媒42に吸着されている炭化水素の量がほぼゼロとなり、エンジン作動時の運転状態に基づくHC吸着量の推定に対してエンジン停止中のHC吸着量の減少が与える影響がなくなるまで酸化触媒42の診断を停止し、触媒温度X1が基準温度以上になると前記診断を再開させる。そのため、HC吸着量の推定精度および前記診断精度を確保しつつ、当該診断の停止期間が過度に長くなるのを防止して診断機会を確保できる。
【0088】
また、本実施形態では、判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合において、エンジン始動後、触媒温度X1が基準温度以上になるとHC吸着量をゼロに設定する。そのため、その後のHC吸着量をより確実に精度よく推定できる。
【0089】
また、本実施形態では、酸化触媒42に吸着される炭化水素を3つの種類(第1HC種、第2HC種、第3HC種)に分類して、これら3種の炭化水素についてそれぞれ酸化触媒42に吸着されている量を算出し、この量に基づいて、判定用HC吸着量X40を算出している。そのため、全種類の炭化水素についてその吸着量を算出する場合に比べて簡単な構成で判定用HC吸着量X40を算出・推定することができる。
【0090】
また、本実施形態では、エンジン本体1から排出されて酸化触媒42に吸着される各種の炭化水素の割合が、エンジン作動時の空気過剰率λと有効圧縮比とによって変化することを利用して、これら空気過剰率λおよび有効圧縮比に基づいて、炭化水素の総量のうち第1~第3HC種の炭化水素がそれぞれ占める割合(第1~第3吸着割合X22_a~X22_c)を算出しており、これらの割合を精度よく算出できる。そして、前記の割合とHC吸着量推定部102で推定されたHC吸着量X6とに基づいて、第1~第3HC種の炭化水素がエンジン停止直前に酸化触媒42に吸着されている量(第1~第3HC吸着量X31~X32)を算出し、これらの量に基づいて判定用HC吸着量X40を算出しており、判定用HC吸着量X40を精度よく算出・推定できる。
【0091】
(5)変形例
前記実施形態では、触媒温度X1に応じて浄化率が基準浄化率以上となるHC種を特定し、特定したHC種がエンジン停止直前に酸化触媒42に吸着されている量に基づいて、エンジン始動後において酸化触媒42の診断を停止させるか否かを判定させる場合を説明したが、触媒温度X1に応じてHC種を特定する構成は省略してもよい。すなわち、前記判定に用いるHC種を予め実験等から決定しておき、触媒温度X1に関わらず、予め決定したHC種の酸化触媒42の吸着量に基づいて、エンジン始動後において酸化触媒42の診断を停止させるか否かを判定してもよい。例えば、触媒温度X1に関わらず、前記の第1HC種(芳香族ではなく且つC5以上の炭化水素)がエンジン停止直前に酸化触媒42に吸着されている量であって、前記実施形態における第1HC吸着量X31が判定量以上であるか否かに応じて、前記診断を停止させるか否かを判定してもよい。なお、この場合は、判定に利用しない種類の炭化水素の吸着量の推定は省略してもよい。
【0092】
前記実施形態では、判定用HC吸着量X40が判定量未満のときに、エンジン始動直後からHC吸着量X6および理論温度上昇量に基づく酸化触媒42の診断を開始する場合を説明したが、判定用HC吸着量X40が判定量未満のときにもエンジン始動後からある程度時間が経過した後に前記診断を開始させてもよい。ただし、この構成においても、診断機会を多く確保するべく、経過時間は、判定用HC吸着量X40が判定量以上の場合に診断を停止する前記の所定期間よりも短い時間に設定する。
【0093】
前記実施形態では、モータ80が走行用の駆動源として搭載された車両にエンジン70が搭載されて、モータ80のみの駆動力では不十分な場合や、出力供給装置の電力量が低減した場合にのみエンジン70が作動される場合について説明したが、前記実施形態に係るエンジン70が搭載される車両はこれに限らず、エンジン70のみを走行用の駆動源とする車両に搭載されてもよい。
【0094】
ただし、前記のように、エンジン70が作動するタイミングが限定的な車両では、エンジンが始動してから停止するまでの時間が比較的短いので、特に、酸化触媒42の診断機会を確保するためにエンジン始動後の早いタイミングから酸化触媒42の診断を行うことが望まれる。そのため、本実施形態に係る酸化触媒42の診断装置が前記のようなエンジン70が作動するタイミングが限定的な車両に適用されれば、効果的に酸化触媒42の診断機会を確保することができる。同様の理由から、本実施形態に係る酸化触媒42の診断装置が、車両の停車時に自動的にエンジン70が停止されるいわゆるアイドルストップ機能を有する車両に適用されれば、効果的である。
【0095】
前記のように触媒温度X1が基準温度以上になれば、HC吸着量X6がほぼゼロとなることで、エンジン停止中のHC吸着量の減少がエンジンの作動条件に基づくHC吸着量の推定値に及ぼす影響がほぼなくなる。これより、触媒温度X1が基準温度以上になれば、エンジンの作動条件によってHC吸着量を精度よく推定することが可能になる。これより、前記実施形態では、判定用HC吸着量X40が判定量以上のエンジン始動後において、触媒温度X1が基準温度以上になるとHC吸着量X6をゼロに設定する場合を説明したが、このときのHC吸着量X6はエンジンの作動条件から算出されてもよい。
【0096】
また、前記実施形態では、判定用HC吸着量X40が判定量以上のエンジン始動後において、触媒温度X1が基準温度以上になった時点でHC吸着量の推定および酸化触媒42の診断を再開させる場合を説明したが、エンジン始動からの経過時間が所定時間以上になった時点で当該推定および診断を再開させるようにしてもよい。この場合は、エンジンを始動させてから触媒温度X1が基準温度以上になるまでの時間を実験等により求めておき、この求めた時間を前記所定時間として設定すればよい。
【符号の説明】
【0097】
1 エンジン本体
13 吸気側動弁機構(有効圧縮比変更手段)
40 排気通路
42 酸化触媒
70 エンジン
80 モータ
100 PCM(判定装置)
102 HC吸着量推定部
103 温度上昇量推定部
120 判定部
130 判定用HC吸着量推定部
SN6 第1排気温センサ(触媒温度検出装置)
SN7 第2排気温センサ(触媒温度検出装置)