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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231108BHJP
【FI】
B23B27/14 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022564581
(86)(22)【出願日】2022-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2022023997
【審査請求日】2023-06-19
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 優太
(72)【発明者】
【氏名】今村 晋也
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-038378(JP,A)
【文献】特開2011-224717(JP,A)
【文献】特開2011-224671(JP,A)
【文献】国際公開第2019/181136(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、
前記被膜は、第1層を含み、
前記第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、
前記第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、
前記第1単位層は、TiAlNからなり、
前記第2単位層は、TiAlNからなり、
ここで、
0.49≦a≦0.70、
0.19≦b≦0.40、
0.10<c≦0.20、
a+b+c=1.00、
0.39≦d≦0.60、
0.29≦e≦0.50、
0.10<f≦0.20、
d+e+f=1.00、
0.05≦a-d≦0.20、及び、
0.05≦e-b≦0.20を満たし、
前記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である、切削工具。
【請求項2】
前記第1層の25℃における炭素鋼S50Cに対する摩擦係数は、0.50以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは25GPa以上である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の性能向上のため、超硬合金、立方晶窒化硼素焼結体等からなる基材の表面を被覆する被膜の開発が進められている(例えば、特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-193004号公報
【文献】特開2011-224717号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、
前記被膜は、第1層を含み、
前記第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、
前記第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、
前記第1単位層は、TiAlNからなり、
前記第2単位層は、TiAlNからなり、
ここで、
0.49≦a≦0.70、
0.19≦b≦0.40、
0.10<c≦0.20、
a+b+c=1.00、
0.39≦d≦0.60、
0.29≦e≦0.50、
0.10<f≦0.20、
d+e+f=1.00、
0.05≦a-d≦0.20、及び、
0.05≦e-b≦0.20を満たし、
前記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である、切削工具である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る切削工具の構成の一例を示す概略断面図である。
図2図2は、成膜装置の構成の一例を示す概略断面図である。
図3図3は、成膜装置の構成の一例を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、コスト低減の要求が益々高まっており、工具の長寿命化が求められている。例えば、ステンレス鋼の旋削加工においては、溶着に起因するクレータ摩耗が生じにくく、長い工具寿命を有する切削工具が求められている。
【0007】
そこで、本開示は、長い工具寿命を有する切削工具を提供することを目的とする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示の切削工具は、長い工具寿命を有することができる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、
前記被膜は、第1層を含み、
前記第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、
前記第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、
前記第1単位層は、TiAlNからなり、
前記第2単位層は、TiAlNからなり、
ここで、
0.49≦a≦0.70、
0.19≦b≦0.40、
0.10<c≦0.20、
a+b+c=1.00、
0.39≦d≦0.60、
0.29≦e≦0.50、
0.10<f≦0.20、
d+e+f=1.00、
0.05≦a-d≦0.20、及び、
0.05≦e-b≦0.20を満たし、
前記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である、切削工具である。
【0010】
本開示の切削工具は、長い工具寿命を有することができる。
【0011】
(2)上記(1)において、前記第1層の25℃における炭素鋼S50Cに対する摩擦係数は、0.50以下であることが好ましい。
【0012】
これによると、第1層は表面潤滑性が優れる。よって、切削工具への被削材の溶着が抑制され、該溶着に起因する摩耗(クレータ摩耗)の発生が抑制され、工具寿命が向上する。
【0013】
(3)上記(1)または(2)において、前記第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは25GPa以上であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が向上する。
【0014】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0015】
本開示において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0016】
本開示において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiN」と記載されている場合、TiNを構成する原子数の比は、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0017】
本開示において、数値範囲下限及び上限として、それぞれ1つ以上の数値が記載されている場合は、下限に記載されている任意の1つの数値と、上限に記載されている任意の1つの数値との組み合わせも開示されているものとする。例えば、下限として、a1以上、b1以上、c1以上が記載され、上限としてa2以下、b2以下、c2以下が記載されている場合は、a1以上a2以下、a1以上b2以下、a1以上c2以下、b1以上a2以下、b1以上b2以下、b1以上c2以下、c1以上a2以下、c1以上b2以下、c1以上c2以下が開示されているものとする。
【0018】
[実施形態1:切削工具]
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)の切削工具は、
基材と、該基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、
該被膜は、第1層を含み、
該第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、
該第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
該第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
該第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、
該第1単位層は、TiAlNからなり、
該第2単位層は、TiAlNからなり、
ここで、
0.49≦a≦0.70、
0.19≦b≦0.40、
0.10<c≦0.20、
a+b+c=1.00、
0.39≦d≦0.60、
0.29≦e≦0.50、
0.10<f≦0.20、
d+e+f=1.00、
0.05≦a-d≦0.20、及び、
0.05≦e-b≦0.20を満たし、
該第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である、切削工具である。
【0019】
本開示の切削工具は、長い工具寿命を有することができる。その理由は、以下の通りと推察される。
【0020】
(i)本開示の切削工具の被膜は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなる第1層を含む。第1単位層と第2単位層とは、互いに組成が異なる。このため、第1単位層と第2単位層との界面付近で、切削工具の使用時に生じる被膜の表面からの亀裂の進展を抑制することができる。また、第1単位層及び第2単位層のそれぞれの厚さが2nm以上50nm以下と非常に薄いため、第1層における第1単位層と第2単位層の積層数が多く、亀裂の進展の抑制効果が更に向上する。よって、被膜の大規模な損傷を抑制することができ、切削工具の工具寿命が長くなる。
【0021】
(ii)上記第1層において、第1単位層及び第2単位層とは、上記(i)の通り、亀裂の進展を抑制できる程度に組成が異なっていると同時に、結晶格子が連続できる程度に、組成が近似している。よって、第1単位層と第2単位層との間の層間剥離が抑制され、切削工具の工具寿命が長くなる。
【0022】
(iii)上記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計(Ti+Al+B)に対するチタンの原子数(Ti)の百分率{Ti/(Ti+Al+B)}×100は、45%以上である。これによると、第1層は優れた耐摩耗性を有することができる。
【0023】
(iv)上記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計(Ti+Al+B)に対する硼素の原子数(B)の百分率{B/(Ti+Al+B)}×100は10%超である。これによると、切削工具の使用時に、第1層の表面に六方晶窒化硼素が形成される。該六方晶窒化硼素は、固体潤滑剤としての機能を発揮し、第1層に表面潤滑性を付与する。よって、切削工具への被削材の溶着が抑制され、該溶着に起因する摩耗(クレータ摩耗)の発生が抑制され、工具寿命が向上する。
【0024】
なお、TiAlBN層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計(Ti+Al+B)に対する硼素の原子数(B)の百分率{B/(Ti+Al+B)}×100が大きいほど、硬度が低下する傾向がある。よって、従来は該百分率{B/(Ti+Al+B)}×100が10%超であるTiAlBN層を切削工具の被膜として用いることはなかった。本発明者等は鋭意検討の結果、上記の組成を有する第1単位層と第2単位層とを、上記の厚みで交互に積層して第1層を形成することにより、第1層の硬度の低下を抑制しつつ、表面潤滑性が向上するため、特に溶着が生じやすいステンレス鋼の旋削加工において、硬度低下に伴う摩耗及び溶着に起因する摩耗(クレータ摩耗)の発生が抑制され、工具寿命が向上することを新たに見出した。
【0025】
<切削工具>
本実施形態の切削工具は、切削工具である限り、その形状および用途等は、特に限定されない。本実施形態の切削工具は、たとえば、ドリル、エンドミル、フライス加工用刃先交換型チップ、旋削加工用刃先交換型チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップまたはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等であり得る。
【0026】
図1は、本実施形態の切削工具の構成の一例を示す概略部分断面図である。切削工具100は、基材10と、基材10上に設けられた被膜20と、を備える。
【0027】
《基材》
基材10は、特に限定されない。基材10は、例えば、超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、およびダイヤモンド焼結体等により構成され得る。基材10は、好ましくは超硬合金製である。超硬合金は、耐摩耗性に優れるためである。
【0028】
超硬合金とは、WC(炭化タングステン)粒子を主成分とする焼結体である。超硬合金は、硬質相および結合相を含む。硬質相は、WC粒子を含有する。結合相は、WC粒子同士を互いに結合している。結合相は、たとえばCo(コバルト)等を含有する。結合相は、たとえば、TiC(炭化チタン)、TaC(炭化タンタル)、NbC(炭化ニオブ)等をさらに含有していてもよい。
【0029】
超硬合金は、その製造過程で不可避的に混入する不純物を含有していてもよい。超硬合金は、その組織中に遊離炭素または「η層」と称される異常層を含む場合もある。さらに超硬合金は、表面改質処理が施されたものでもよい。たとえば、超硬合金は、その表面に脱β層等を含んでいてもよい。
【0030】
超硬合金は、好ましくは、WC粒子を87質量%以上96質量%以下含有し、Coを4質量%以上13質量%以下含有する。WC粒子は、好ましくは、平均粒径が0.2μm以上4μm以下である。
【0031】
Coは、WC粒子に比べて軟質である。後述のように、基材10の表面にイオンボンバードメント処理を施すと、軟質なCoは除去され得る。超硬合金が上記の組成を有し、かつWC粒子が上記の平均粒径を有することにより、Coが除去された後の表面には、適度な凹凸が形成されることになる。かかる表面に被膜20を形成することにより、アンカー効果が発現し、被膜20と基材10との密着性が向上すると考えられる。
【0032】
ここで、WC粒子の粒径は、WC粒子の2次元投影像に外接する円の直径を示す。粒径は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)または透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;TEM)を用いて測定する。すなわち、超硬合金を切断し、その切断面をSEMまたはTEMで観察する。観察像において、WC粒子に外接する円の直径を、WC粒子の粒径とみなす。観察像において、無作為に抽出した10個以上(好ましくは50個以上、より好ましくは100個以上)のWC粒子の粒径を測定し、その算術平均値をWC粒子の平均粒径とする。観察にあたり、切断面は、クロスセクションポリッシャ(Cross section Polisher;CP)または集束イオンビーム(Focused Ion Beam;FIB)等により、断面加工しておくことが望ましい。
【0033】
《被膜》
被膜20は、基材10上に設けられている。被膜20は、基材10の表面の一部に設けられていてもよいし、全面に設けられていてもよい。ただし、被膜20は、基材10の表面のうち、少なくとも切れ刃に相当する部分に設けられているものとする。
【0034】
被膜20は、第1層21を含む。被膜20は、第1層21を含む限り、その他の層を含んでいてもよい。例えば、被膜20は、基材10と第1層21との間に設けられる第2層22及び/又は被膜20の最表面に設けられる第3層23を含むことができる。第2層には、既知の下地層を適用することができる。該下地層としては、TiCN層、TiN層又はTiCNO層等が挙げられる。第3層には、既知の表面層を適用することができる。該表面層としては、TiC層、TiN層又はTiCN層等が挙げられる。
【0035】
被膜20の積層構成は、被膜20全体に亘って一様である必要はなく、部分的に積層構成が異なっていてもよい。
【0036】
被膜20の厚さは、1.0μm以上25μm以下が好ましい。被膜20の厚さが1.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。被膜20の厚さが25μm以下であることにより、耐欠損性が向上する。被膜20の厚さは、1.0μm以上25μm以下が好ましく、2.0μm以上16μm以下がより好ましく、3.0μm以上12μm以下が更に好ましい。ここで、被膜の厚さとは、被膜を構成する層それぞれの厚みの総和を意味する。「被膜を構成する層」としては、例えば、第1層、第2層、第3層等が挙げられる。
【0037】
被膜を構成する各層の厚さは、切削工具の基材の表面の法線方向に平行な断面の薄片サンプル(以下、「断面サンプル」とも記す。)を得て、該断面サンプルを走査透過電子顕微鏡(STEM)で観察することにより測定される。走査透過電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製のJEM-2100F(商品名)が挙げられる。断面サンプルの観察倍率を5000~10000倍とし、各層の5箇所の厚さを測定し、その算術平均値を「各層の厚さ」とする。
【0038】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0039】
本実施形態において、被膜20を構成する結晶粒は、立方晶であることが望ましい。立方晶であることにより、硬度が高まり、工具寿命が長くなる。
【0040】
≪第1層≫
第1層21は、第1単位層1と第2単位層2とが交互に積層された多層構造からなる。第1層21が第1単位層1および第2単位層2をそれぞれ一層以上含む限り、積層数は、特に限定されない。積層数とは、第1層21に含まれる第1単位層1および第2単位層2の合計数を示す。積層数は、10超5000以下が好ましく、200以上5000以下が好ましく、400以上2000以下がより好ましく、500以上1000以下が更に好ましい。第1層21において、最も基材10に近い層は、第1単位層1であってもよいし、第2単位層2であってもよい。また第1層21において、最も基材10から離れている層は、第1単位層1であってもよいし、第2単位層2であってもよい。
【0041】
第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下である。第1層の厚さが1.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。第1層の厚さが20μm以下であることにより、耐欠損性が向上する。第1層の厚さの下限は、1.0μm以上が好ましく、2.0μm以上がより好ましく、3.0μm以上が更に好ましい。第1層の厚さの上限は、20μm以下が好ましく、18μm以下が好ましく、16μm以下がより好ましく、12μm以下が更に好ましい。第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、2.0μm以上16μm以下が好ましく、3.0μm以上12μm以下がより好ましい。
【0042】
≪第1単位層及び第2単位層の厚さ≫
第1単位層1及び第2単位層2は、それぞれ厚さが2nm以上50nm以下である。このような薄層が交互に繰り返されることにより、亀裂の進展を抑制できる。第1単位層1および第2単位層2のそれぞれ厚さが2nm未満になると、第1単位層1および第2単位層2の組成が混ざり合って、亀裂進展の抑制効果が低減する可能性がある。また第1単位層1および第2単位層2のそれぞれ厚さが50nmを超えると、層間剥離の抑制効果が低減する可能性がある。
【0043】
第1単位層の厚さの下限は、2nm以上であり、4nm以上が好ましく、6nm以上がより好ましく、8nm以上が更に好ましい。第1単位層の厚さの上限は、50nm以下であり、42nm以下が好ましく、40nm以下が好ましく、30nm以下が更に好ましい。第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、4nm以上40nm以下が好ましく、6nm以上30nm以下がより好ましい。
【0044】
第2単位層の厚さの下限は、2nm以上であり、4nm以上が好ましく、6nm以上がより好ましく、8nm以上が更に好ましい。第2単位層の厚さの上限は、50nm以下であり、40nm以下が好ましく、30nm以下がより好ましい。第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、4nm以上40nm以下が好ましく、6nm以上30nm以下がより好ましい。
【0045】
第1単位層及び第2単位層のそれぞれの厚さの測定方法は以下の通りである。基材の表面の法線方向に平行な切削工具の断面の薄片サンプル(以下、「断面サンプル」とも記す。)を得る。該断面サンプルを走査透過電子顕微鏡(STEM)で観察する。走査透過電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製のJEM-2100F(商品名)が挙げられる。断面サンプルの観察倍率は、第1単位層1および第2単位層2の厚さに応じて適宜調整するものとする。例えば、観察倍率は約100万倍とすることができる。1つの第1単位層において、5箇所の厚さを測定する。第1単位層の5箇所の厚さの算術平均値を算出し、該算術平均値を該第1単位層の厚さとする。1つの第2単位層において、5箇所の厚さを測定する。
【0046】
5つの異なる第1単位層のそれぞれについて、上記の手順で第1単位層の厚さを測定する。5つの第1単位層の厚さの算術平均値を求める。該算術平均値を、第1単位層の厚さとする。5つの異なる第2単位層のそれぞれについて、上記の手順で第2単位層の厚さを測定する。5つの第2単位層の厚さの算術平均値を求める。該算術平均値を、第2単位層の厚さとする。
【0047】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0048】
≪第1単位層及び第2単位層の組成≫
第1単位層は、TiAlNからなり、第2単位層は、TiAlNからなり、ここで、0.49≦a≦0.70、0.19≦b≦0.40、0.10<c≦0.20、a+b+c=1.00、0.39≦d≦0.60、0.29≦e≦0.50、0.10<f≦0.20、d+e+f=1.00、0.05≦a-d≦0.20、及び、0.05≦e-b≦0.20を満たす。
【0049】
第1単位層及び第2単位層の組成が、0.05≦a-d、かつ、0.05≦e-bであることにより、第1単位層1と第2単位層2との間での亀裂進展を抑制できる程度に、第1単位層及び第2単位層の組成を乖離させることができる。また同時に、a-d≦0.20かつe-b≦0.20であることにより、第1単位層1と第2単位層2との間での層間剥離を抑制できる程度に、第1単位層及び第2単位層の組成を近似させることができる。第1単位層1及び第2単位層2の組成は、0.05≦a-d≦0.15かつ0.05≦e-b≦0.15を満たすことが好ましく、0.05≦a-d≦0.10かつ0.05≦e-b≦0.10を満たすことがより好ましい。これにより亀裂進展および層間剥離の抑制効果が更に向上する。
【0050】
第1単位層において、「a」の下限は、0.49以上であり、0.52以上が好ましく、0.55以上がより好ましい。「a」の上限は、0.70以下であり、0.67以下が好ましく、0.64以下がより好ましい。「a」は、0.52≦a≦0.67が好ましく、0.55≦a≦0.64がより好ましい。
【0051】
第1単位層において、「b」の下限は、0.19以上であり、0.22以上が好ましく、0.25以上がより好ましい。「b」の上限は、0.40以下であり、0.37以下が好ましく、0.34以下がより好ましい。「b」は、0.22≦b≦0.37が好ましく、0.25≦b≦0.34がより好ましい。
【0052】
第2単位層において、「d」の下限は、0.39以上であり、0.42以上が好ましく、0.45以上がより好ましい。「d」の上限は、0.60以下であり、0.57以下が好ましく、0.54以下がより好ましい。「d」は、0.42≦d≦0.57が好ましく、0.45≦d≦0.54がより好ましい。
【0053】
第2単位層において、「e」の下限は、0.29以上であり、0.32以上が好ましく、0.35以上がより好ましい。「e」の上限は、0.50以下であり、0.47以下が好ましく、0.54以下がより好ましい。「e」は、0.32≦e≦0.47が好ましく、0.35≦e≦0.54がより好ましい。
【0054】
第1単位層において0.10<c≦0.20であり、かつ、第2単位層において0.10<f≦0.20であることにより、第1層の表面潤滑性が向上する。よって、切削工具への被削材の溶着が抑制され、該溶着に起因する摩耗(クレータ摩耗)の発生が抑制され、工具寿命が向上する。
【0055】
第1単位層において、「c」の下限は、0.10超であり、0.11以上が好ましく、0.12以上がより好ましい。「c」の上限は、0.20以下であり、0.19以下が好ましく、0.18以下がより好ましい。「c」は、0.11≦c≦0.19が好ましく、0.12≦c≦0.18がより好ましい。
【0056】
第2単位層において、「f」の下限は、0.10超であり、0.11以上が好ましく、0.12以上がより好ましい。「f」の上限は、0.20以下であり、0.19以下が好ましく、0.18以下がより好ましい。「f」は、0.11≦f≦0.19が好ましく、0.12≦f≦0.18がより好ましい。
【0057】
第1単位層のTiAlNにおけるa、b、c及び第2単位層のTiAlNにおけるd、e、fは、エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray spectrometry;EDX)を用いて、各層の組成を測定することにより特定される。組成分析にはTEM-EDXを用いる。EDX装置としては、例えば、日本電子株式会社製のJED-2300(商品名)が挙げられる。
【0058】
上記組成分析は以下の手順で行われる。切削工具の基材の表面の法線方向に平行な断面の薄片サンプル(以下、「断面サンプル」とも記す。)を得る。該断面サンプルをTEMで観察しながら、1つの第1単位層1内又は1つの第2単位層2内において、任意に選択された5点で、EDX分析を行う。第1単位層と第2単位層とは、コントラストの差で区別可能である。ここで「任意に選択された5点」は、互いに異なる結晶粒から選択するものとする。5点の測定で得られた各元素の組成比を算術平均することにより、第1単位層及び第2単位層のそれぞれの組成を特定する。
【0059】
第1単位層および第2単位層をそれぞれ5層ずつ組成分析し、第1単位層及び第2単位層のそれぞれについて、5層の平均組成を求める。5層の第1単位層の平均組成を、第1単位層の組成とする。5層の第2単位層の平均組成を、第2単位層の組成とする。該組成に基づき、a、b、c、d、e、fを特定する。
【0060】
同一の切削工具で測定する限り、測定点を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0061】
≪第1層の組成≫
第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率(以下、「第1層のチタン含有率」とも記す。)は、45%以上である。これによると、第1層は優れた耐摩耗性を有することができる。第1層のチタン含有率の下限は、耐摩耗性向上の観点から、45%以上であり、48%以上が好ましく、51%以上がより好ましい。第1層のチタン含有率の上限は、耐熱性向上の観点から、65%以下が好ましく、60%以下がより好ましい。第1層のチタン含有率は、45%以上65%以下が好ましく、48%以上65%以下がより好ましく、51%以上60%以下が更に好ましい。
【0062】
第1層のチタン含有率は、TEM-EDXで測定される。EDX装置としては、例えば、日本電子株式会社製のJED-2300(商品名)が挙げられる。第1層のチタン含有率は以下の手順で測定される。
【0063】
切削工具の基材の表面の法線方向に平行な断面の薄片サンプル(以下、「断面サンプル」とも記す。)を得る。該断面サンプルをTEMで観察しながら、第1層内において、任意に選択された5視野で、EDX分析を行う。ここで「任意に選択された5視野」は、互いに重ならないように設定される。1つの視野の範囲は200×200nmとする。5つの視野の測定で得られたチタン含有率の算術平均を第1層のチタン含有率とする。
【0064】
同一の切削工具で測定する限り、測定点を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0065】
≪第1層の炭素鋼S50に対する摩擦係数≫
第1層の25℃における炭素鋼S50Cに対する摩擦係数は、0.50以下であることが好ましい。これによると、第1層は表面潤滑性が優れる。よって、切削工具への被削材の溶着が抑制され、該溶着に起因する摩耗(クレータ摩耗)の発生が抑制され、工具寿命が向上する。
【0066】
上記摩擦係数の上限は、0.50以下が好ましく、0.45以下がより好ましく、0.40以下が更に好ましい。上記摩擦係数の下限は特に制限されないが、例えば、0.10以上とすることができる。上記摩擦係数は、0.10以上0.50以下が好ましく、0.10以上0.45以下がより好ましく、0.10以上0.40以下が更に好ましい。上記摩擦係数は、動摩擦係数を意味する。
【0067】
上記摩擦係数は以下の手順で測定される。まず、第1層の表面をアセトンで洗浄する。第1層の上に他の層が形成されている場合は、平行研磨およびラップ加工により他の層を除去して第1層を露出させ、該第1層の表面をアセトンで洗浄する。
【0068】
洗浄後の第1層の表面において、アントンパール(Anton Paar)社製の高温トライボメータ(High Temperature Tribometer)を用いてボールオンディスク法による摩擦係数試験を行い、摩擦係数を測定する。摩擦係数試験は、以下の条件で行われる。
【0069】
摩擦係数試験条件
板状試験片:上記で準備した第1層を含む試験片
球形試験片(相手材):φ6mm 炭素鋼S50Cボール
荷重:1N
摺動速度:5.2m/min
温度:25℃
摺動時間:5分間
摩擦係数の測定値は、上記高温トライボメータ上に表示される。
【0070】
同一の切削工具で測定する限り、測定点を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。上記の摩擦係数試験は、相手材として炭素鋼S50Cを用いているが、ステンレス鋼、SS400等の炭素鋼S50C以外の素材からなる球形試験片を用いて上記の摩擦係数試験を行った場合においても、本実施形態の第1層の摩擦係数は小さいことが確認されている。
【0071】
≪第1層のナノインデンテーション硬さ≫
第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは25GPa以上が好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が向上する。該ナノインデンテーション硬さHの下限は、25GPa以上が好ましく、28GPa以上がより好ましく、30GPa以上が更に好ましい。該ナノインデンテーション硬さHの上限は、特に制限されないが、製造上の観点から、55GPa以下とすることができる。第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは25GPa以上55GPa以下が好ましく、28GPa以上55GPa以下がより好ましく、30GPa以上55GPa以下が更に好ましい。
【0072】
上記第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは、「ISO 14577-1: 2015 Metallic materials-Instrumented indentation test for hardness and materials parameters-」に定められる標準手順に準拠して、ナノインデンテーション法によって測定される。測定機器には、エリオニクス(Elionix)社製の「ENT-1100a」を用いる。圧子の押し込み荷重は1gとする。圧子の押し込みは、基材の表面の法線方向に平行な断面に露出した第1層に対して、断面の垂直方向(すなわち、基材の表面に対して平行な方向)に行われる。
【0073】
上記の測定を5個の測定サンプルについて行い、それぞれのサンプルで求められたナノインデンテーション硬さの平均値を、第1層のナノインデンテーション硬さとする。なお、一見して異常値と思われるデータについては、除外するものとする。
【0074】
同一の切削工具で測定する限り、測定点を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0075】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
実施形態2では、実施形態1の切削工具の製造方法について説明する。該製造方法は、基材を準備する工程と、該基材上に被膜を形成する工程とを含むことができる。各工程の詳細について、以下に説明する。
【0076】
《基材を準備する工程》
基材を準備する工程では、基材10が準備される。基材10は、実施形態1に記載の基材を用いることができる。
【0077】
《被膜を形成する工程》
被膜を形成する工程では、基材10上に被膜20を形成する。本実施形態では、物理蒸着(Physical Vapor Deposition;PVD)法により、被膜20を形成することができる。PVD法の具体例としては、アークイオンプレーティング(Arc Ion Plating;AIP)法、バランスドマグネトロンスパッタリング(Balanced Magnetron Sputtering;BMS)法、およびアンバランスドマグネトロンスパッタリング(Unbalanced Magnetron Sputtering;UBMS)法等が挙げられる。本実施形態では、アークイオンプレーティングを用いることが好ましい。
【0078】
AIP法では、ターゲット材を陰極(カソード)としてアーク放電を生起する。これにより、ターゲット材を蒸発、イオン化させる。そして負のバイアス電圧が印加された基材10の表面にイオンを堆積させる。AIP法は、ターゲット材のイオン化率において優れている。
【0079】
AIP法で用いられる成膜装置について、図2及び図3を用いて説明する。図2に示されるように、成膜装置200は、チャンバ201を備える。チャンバ201には、チャンバ201内に原料ガスを導入するためのガス導入口202、および、チャンバ201内から原料ガスを外部に排出するためのガス排気口203が設けられている。ガス排気口203は、図示しない真空ポンプに接続されている。チャンバ201内の圧力は、ガスの導入量および排出量により調整される。
【0080】
チャンバ201内には、回転テーブル204が配置されている。回転テーブル204には、基材10を保持するための基材ホルダ205が取り付けられている。基材ホルダ205は、バイアス電源206の負極に接続されている。バイアス電源206の正極は、アースされている。
【0081】
図3に示されるように、チャンバ201の側壁には、複数のターゲット材211,212,213,214が取り付けられている。図2に示されるように各ターゲット材211,212は、それぞれ直流電源221,222の負極に接続されている。直流電源221,222は、可変電源であり、その正極はアースされている。なお図2では、図示されていないが、ターゲット材213,214についても同様である。以下、具体的な操作を説明する。
【0082】
基材ホルダ205に基材10を保持させる。真空ポンプを用いて、チャンバ201内の圧力を、1.0×10-4Paに調整する。回転テーブル204を回転させながら、成膜装置200に付帯するヒータ(図示せず)により、基材10の温度を500℃に調整する。
【0083】
ガス導入口202からArガスを導入し、チャンバ201内の圧力を3.0Paに調整する。同圧力を維持しながら、バイアス電源206の電圧を徐々に変化させ、最終的に-1000Vに調整する。そして、Arイオンによるイオンボンバードメント処理により、基材10の表面を洗浄する。
【0084】
次に、被膜が第2層22を含む場合は、基材10の表面に第2層22を形成する。例えば、基材10の表面に、TiCN層、TiN層又はTiCNO層を形成する。
【0085】
次に、基材10の表面、または第2層22の表面に、第1層21を形成する。ターゲット材としては、Ti、AlおよびBを含有する焼結合金を用いる。各ターゲット材を、所定の位置にセットし、ガス導入口202から窒素ガスを導入し、回転テーブル204を回転させながら、第1層21を形成する。第1層21の形成条件は以下の通りである。
【0086】
(第1層の形成条件)
基材温度 :400~650℃
バイアス電圧:-30~-400V
アーク電流 :80~200A
反応ガス圧 :5~10Pa
【0087】
基材温度、バイアス電圧、アーク電流及び反応ガス圧は、上記の範囲内で一定値とするか、あるいは、上記の範囲内で連続的に値を変化させる。
【0088】
第1単位層及び第2単位層は、以下(A)~(E)のいずれかの方法を用いて形成することができる。
第1単位層及び第2単位層は、以下(A)~(D)の方法を適宜組み合わせることにより、形成することができる。
(A)AIP法において、組成が互いに異なる複数のターゲット材(焼結合金)を用いる。
(B)AIP法において、成膜中、基材10に印加されるバイアス電圧を上記の第1層の形成条件に記載のバイアス電圧内(-400~-30V)で変化させる。
(C)AIP法において、ガス流量を変化させる。例えば、第1単位層の形成時のガス流量は500sccm~2000sccmとし、第2単位層の形成時のガス流量は500sccm~2000sccmとすることができる。
(D)AIP法において、基材10を回転させ、その回転周期を制御する。例えば、回転周期は1rpm~5rpmとすることができる。
【0089】
次に、被膜が第3層23を含む場合は、例えば、第1層21の表面に第3層23を形成する。例えば、第1層21の表面に、TiC層、TiN層又はTiCN層を形成する。
【0090】
以上より、基材10と、該基材10上に設けられた被膜20とを備える切削工具100を製造することができる。
【0091】
[付記1]
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、
前記被膜は、第1層を含み、
前記第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、
前記第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、
前記第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、
前記第1単位層は、TiAlNからなり、
前記第2単位層は、TiAlNからなり、
ここで、
0.49≦a≦0.70、
0.19≦b≦0.40、
0.10<c≦0.20、
a+b+c=1.00、
0.39≦d≦0.60、
0.29≦e≦0.50、
0.10<f≦0.20、
d+e+f=1.00、
0.05≦a-d≦0.20、及び、
0.05≦e-b≦0.20を満たし、
前記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である、切削工具。
【0092】
[付記2]
前記第1層の25℃における炭素鋼S50Cに対する摩擦係数は、0.50以下である、付記1に記載の切削工具。
【0093】
[付記3]
前記第1層の25℃におけるナノインデンテーション硬さHは25GPa以上である、付記1または付記2に記載の切削工具。
【実施例
【0094】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0095】
<切削工具の作製>
以下のようにして、切削工具を作製し、工具寿命を評価した。
【0096】
≪試料1~試料16、試料1-1~試料1-12≫
基材として、超硬合金からなる切削チップ(型番:CNMG120408N(住友電工ハードメタル社製))を準備した。該超硬合金は、WC粒子(90質量%)、およびCo(10質量%)を含む。WC粒子の平均粒径は2μmである。
【0097】
上記基材上に、図2及び図3に示される構成を有する成膜装置200を用いて被膜を形成した。まず、基材に対してArイオンによるイオンボンバードメント処理により、基材10の表面を洗浄した。イオンボンバーメント処理の具体的な条件は、実施形態2に記載の通りである。
【0098】
次に、ターゲット材として、表1及び表2の「ターゲット材組成」欄の「第1単位層」及び「第2単位層」欄に記載の組成を有する焼結合金を準備した。例えば、試料1では、第1単位層形成用のターゲット材として、原子数の比が「Ti:Al:B=0.45:0.40:0.15」である焼結合金、及び、第2単位層形成用のターゲット材として、原子数の比が「Ti:Al:B=0.35:0.50:0.15」である焼結合金を準備した。
【0099】
ターゲット材を、成膜装置の所定の位置にセットした。ガス導入口から窒素ガスを導入し、回転テーブルを回転させながら、第1層を形成した。各試料の第1層の形成条件(基材温度、バイアス電圧、アーク電流、反応ガス圧)は表1及び表2に示される通りである。回転テーブルの回転数は、第1単位層及び第2単位層の膜厚に応じて調整した。
【0100】
【表1】
【0101】
【表2】
【0102】
<評価>
≪被膜の構成≫
各試料の被膜について、第1単位層及び第2単位層の組成、第1単位層の厚さ及び積層数、第2単位層の厚さ及び積層数、第1層の厚さ及び積層数、第1層におけるチタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率(表1において「Ti含有率」と示す。)、第1層の炭素鋼S50に対する摩擦係数、第1層のナノインデンテーション硬さH(表1において「硬さH」と示す。)を測定した。各項目の測定方法は実施形態1に記載の通りである。結果を表3及び表4に示す。
【0103】
【表3】
【0104】
【表4】
【0105】
≪切削試験≫
各試料の切削工具を用いて以下の条件で切削試験を行い、クレータ摩耗の幅が0.3mm以上となるまでの切削時間(分)を測定した。該切削時間が長いほど、切削工具はクレータ摩耗が生じ難く、工具寿命が長いと判断される。結果を表3及び表4の「切削試験」欄に示す。
【0106】
(切削条件)
被削材:ステンレス鋼
切削速度:150m/min
送り量:0.2mm/rev
切り込み量:1.0mm
湿式
上記の切削条件は、ステンレス鋼の旋削加工に該当する。
【0107】
<考察>
試料1~試料16の切削工具は実施例に該当する。試料1-1~試料1-12の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料16の切削工具(実施例)は、試料1-1~試料1-12(比較例)の切削工具より、長い工具寿命を有することが確認された。
【0108】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0109】
1 第1単位層、2 第2単位層、10 基材、20 被膜、21 第1層、22 第2層、23 第3層、100 切削工具、200 成膜装置、201 チャンバ、202 ガス導入口、203 ガス排気口、204 回転テーブル、205 基材ホルダ、206 バイアス電源、211,212,213,214 ターゲット材、221,222 直流電源
【要約】
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を含む切削工具であって、前記被膜は、第1層を含み、前記第1層は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造からなり、前記第1単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、前記第2単位層の厚さは、2nm以上50nm以下であり、前記第1層の厚さは、1.0μm以上20μm以下であり、前記第1単位層は、TiAlNからなり、前記第2単位層は、TiAlNからなり、ここで、0.49≦a≦0.70、0.19≦b≦0.40、0.10<c≦0.20、a+b+c=1.00、0.39≦d≦0.60、0.29≦e≦0.50、0.10<f≦0.20、d+e+f=1.00、0.05≦a-d≦0.20、及び、0.05≦e-b≦0.20を満たし、前記第1層において、チタン、アルミニウム及び硼素の原子数の合計に対するチタンの原子数の百分率は、45%以上である。
図1
図2
図3