(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】環状ペプチド
(51)【国際特許分類】
C07K 7/50 20060101AFI20231108BHJP
A61K 38/12 20060101ALI20231108BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231108BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231108BHJP
A61K 51/08 20060101ALI20231108BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20231108BHJP
G01T 1/161 20060101ALI20231108BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231108BHJP
C40B 50/06 20060101ALN20231108BHJP
【FI】
C07K7/50 ZNA
A61K38/12
A61K45/00
A61P35/00
A61K51/08 200
G01N33/68
G01T1/161 A
C12N15/12
C40B50/06
(21)【出願番号】P 2018167102
(22)【出願日】2018-09-06
【審査請求日】2021-08-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(01)」「「がん微小環境を標的とした革新的治療法の実現」(結晶構造解析を基盤とするリード化合物の活性向上・最適化による低分子HGF-Met阻害剤の創製研究)」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】菅 裕明
(72)【発明者】
【氏名】パシオウラ トビー
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】松本 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】酒井 克也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 拓輝
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-521688(JP,A)
【文献】特表2007-526447(JP,A)
【文献】ファルマシア,2014年,Vol.50, No.8,p.751-755
【文献】医学のあゆみ,2017年,Vol.262, No.5,p.515-520
【文献】Chemical Communications,2017年,Vol.53, No.12,p.1931-1940
【文献】Cancer Letters,2017年,Vol.385,p.144-149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 7/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される構造;
-X
1-X
2-X
3-X
4-X
5- (1)
(式(1)中、
X
1は、I又はLであり、
X
2は、S又はTであり、
X
3は、Kであり、
X
4は、Wであり、
X
5は、W、Y、又はHである。)
からなる群より選択されるいずれかのユニット構造を有し、
環構造を形成するアミノ酸残基の数が、10~12個であ
り、
N-CO-CH
2
-S構造を有する、
環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項2】
前記Nが、トリプトファンのアミノ基に由来する、請求項
1に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項3】
前記Sが、システインのチオール基に由来する、請求項
1に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項4】
前記Nが、トリプトファンのアミノ基に由来し、
前記Sが、システインのチオール基に由来する、
請求項1に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項5】
式(1)で表される構造;
-X
1-X
2-X
3-X
4-X
5- (1)
(式(1)中、
X
1は、I又はLであり、
X
2は、S又はTであり、
X
3は、Kであり、
X
4は、Wであり、
X
5は、W又はYである。)
からなる群より選択されるいずれかのユニット構造を有し、
環構造を形成するアミノ酸残基の数が、10~12個であり、
N-CO-CH
2-S構造を有し、
前記Nが、トリプトファンのアミノ基に由来し、
前記Sが、システインのチオール基に由来する、
環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項6】
以下の構造のいずれかを有する、環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【化1】
【請求項7】
HiP-8の構造を有する、請求項6に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を含む、肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor)阻害剤。
【請求項9】
請求項8に記載のHGF阻害剤を含む、医薬組成物。
【請求項10】
がんに関連する疾患の治療又は予防に用いられる、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか1項に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を使用する、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出方法。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか1項に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を使用する、ポジトロン放出断層撮影(PET)、若しくは、化学発光検出又は蛍光検出又はそれらの組み合わせによるがん組織のイメージング方法。
【請求項13】
ポジトロン検出のための基、若しくは、化学発光検出及び/又は蛍光検出のための基、若しくは、抗体染色を検出するための基を有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
【請求項14】
請求項13に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出剤。
【請求項15】
請求項13に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、がん診断薬。
【請求項16】
請求項13に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、PET造影剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ペプチド、及び当該環状ペプチドを含む肝細胞増殖因子阻害剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞増殖因子による受容体の活性化は、組織及び臓器の修復や再生を担う一方、発がんやがんを悪性進展させる原因となる。肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor、HGFとも記載する。)は、METを受容体とする増殖因子である(例えば、非特許文献1~4)。
METは、細胞膜貫通型受容体であり、細胞内にチロシンキナーゼドメインを有している。
HGFは、1本鎖HGF(single-chain HGF、scHGFとも記載する。)として細胞から分泌されるが、scHGFはMET受容体を活性化できない不活性型である。scHGFは細胞外で特定のプロテアーゼによるプロセッシング(切断)を受け、MET受容体を活性化する2本鎖HGF(two-chain HGF、tcHGFとも記載する。)に変換される。すなわち、scHGFは不活性前駆体HGF、tcHGFは活性型HGFである。
【0003】
各種がん細胞におけるHGFによるMET受容体系(以下、HGF-MET系とも記載する。)の活性化は、がんの発症、がん細胞の浸潤及び転移、分子標的薬を含む抗がん剤に対する抵抗性の発現(耐性)、放射線等の治療に対する抵抗性の発現、並びに、がん幹細胞の維持及び浸潤性増殖等、がんの発症や悪性進展に関与することから、HGF-MET系を阻害する分子は、HGFの活性を阻害する分子を含め、抗がん剤の候補となる(例えば、非特許文献1~4)。
これまで、複数の研究グループにより、正常組織においてはHGFのほとんどがscHGFとして存在し、がん組織においては、がん細胞表面のプロテアーゼによるプロセッシングによってtcHGFに変換されるため、tcHGFはがん細胞局所(がん微小環境)に存在していることが報告されている(例えば、非特許文献5、6)。
【0004】
また、抗がん剤の一つであるゲフィチニブは、上皮成長因子受容体(EGFレセプター)を阻害するはたらきを有しておりがん細胞の増殖を阻害するが、長期投与を続けるとがん細胞はゲフィチニブに対する耐性を獲得する。これは、ゲフィチニブが長期にわたって投与されると、HGFが増加してMETを活性化し、EGFレセプターから独立してPI3K Akt経路を活性化するためであると報告されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】De Silva DM, Roy A, Kato T, Cecchi F, Lee YH, Matsumoto K, Bottaro DP. Targeting the hepatocyte growth factor/Met pathway in cancer. Biochem Soc Trans, 45: 855-870, 2017.
【文献】Petrini I. Biology of MET: a double life between normal tissue repair and tumor progression. Ann Transl Med, 3: 82, 2015.
【文献】Sakai K, Aoki S, Matsumoto K. Hepatocyte growth factor and Met in drug discovery. J Biochem, 157: 271-284, 2015.
【文献】Gherardi E, Birchmeier W, Birchmeier C, Vande Woude GF. Targeting MET in cancer: Rationale and progress. Nat Rev Cancer, 12: 89-103, 2012.
【文献】Kataoka H, Hamasuna R, Itoh H, Kitamura N, Koono M. Activation of hepatocyte growth factor/scatter factor in colorectal carcinoma. Cancer Res, 60: 6148-6159, 2000.
【文献】Kawaguchi M, Kataoka H. Mechanisms of hepatocyte growth factor activation in cancer tissues. Cancers, 6:1890-1904, 2014.
【文献】Yano, Matsumoto, et al. HGF induces gefitinib resistance of lung adenocaricinoma with EGF Receptor activating mulations. Cancer Res., 68: 9479-9487, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでにHGF-MET系を標的に、抗HGF抗体、及び抗MET抗体等の臨床試験がされているが、HGF-MET系を阻害する有効な方法は未だ確立されていない。
また、MET-チロシンキナーゼ阻害剤としてクリゾチニブ及びカボザンチニブ等が知られているが、これらがHGF-MET系を阻害する、臨床上有効な薬剤であるとも見出されていない。
上述したように、ゲフィチニブ等の既存の抗がん剤に耐性が生まれHGFが増加することによって、がん細胞の生存、増殖が促進されることからしても、優れたHGF阻害剤が求められている。
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、優れた肝細胞増殖因子阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の構造を有する環状ペプチドが、HGF-MET系を優位に阻害できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0008】
[1]
式(1)で表される構造;
-X1-X2-X3-X4-X5- (1)
(式(1)中、
X1は、I、V、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X2は、S、若しくはT、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X3は、K、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X4は、W、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X5は、W、Y、H、若しくはK、又はそのN-アルキルアミノ酸である。)
からなる群より選択されるいずれかのユニット構造を有する環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[2]
前記X1が、I、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸である、[1]に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[3]
環構造を形成するアミノ酸残基の数が、8~17個である、[1]又は[2]に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[4]
環状ペプチドが、N-CO-CH2-S構造を有する、[1]~[3]のいずれかに記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[5]
前記Nが、トリプトファンのアミノ基に由来する、[4]に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[6]
前記Sが、システインのチオール基に由来する、[4]又は[5]に記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[7]
[1]~[6]のいずれかに記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を含む、肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor)阻害剤。
[8]
[7]に記載のHGF阻害剤を含む、医薬組成物。
[9]
がんに関連する疾患の治療又は予防に用いられる、[8]に記載の医薬組成物。
[10]
[1]~[6]のいずれかに記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を使用する、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出方法。
[11]
[1]~[6]のいずれかに記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を使用する、ポジトロン放出断層撮影(PET)、若しくは、蛍光検出又は化学発光検出又はそれらの組み合わせによるがん組織のイメージング方法。
[12]
ポジトロン検出のための基、若しくは、蛍光検出及び/又は化学発光検出のための基、若しくは、抗体染色を検出するための基を有する、[1]~[6]のいずれかに記載の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩。
[13]
[12]に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出剤。
[14]
[12]に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、がん診断薬。
[15]
[12]に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を含む、PET造影剤。
[16]
被検体の活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出方法であって、
[12]に記載の環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩と、前記被検体の組織とを接触させ、インキュベーションすること;及び、
蛍光検出、ポジトロン検出、又は、抗体染色を検出すること;
を含む方法。
[17]
被検体のがん組織のポジトロン放出断層撮影(PET)イメージング方法であって、
[12]に記載の環状ペプチド若しくはその医薬的に許容可能な塩、又は[15]に記載の造影剤を前記被検体に投与すること;
前記環状ペプチド若しくはその医薬的に許容可能な塩又は造影剤を被検体のがん組織に浸透させること;及び、
被検体のCNS又はがん組織のPET像を採取すること;
を含む方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、環状ペプチドを提供する。本発明の環状ペプチドは、HGFに高い親和性を有する。したがって、本発明の環状ペプチドは、HGFに結合してMETが活性化することを阻害する。また、本発明の環状ペプチドは、scHGFに結合せずに、tcHGFに対し選択的に認識して結合するという、ユニークなHGF-MET系の阻害機序を有するため、既存の抗がん剤とは異なるアプローチでがんの治療が可能となる。
また、本発明の環状ペプチドは、tcHGFとMET受容体とが相互作用して、tcHGFががん組織に局所的に存在しているところへ選択的に結合することができるため、がんの検出やイメージング等に用いることのできる、診断ツールとして有用な分子である。さらに、本発明の環状ペプチドを診断ツールとすることによって、HGF-MET受容体系の活性化状態を診断することが可能になり、様々なHGF-MET系を阻害する分子標的薬使用の判断根拠となるコンパニオン診断薬としての応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】細胞を使用したMET活性化アッセイによる、HGF、ビオチン化HGF、フルオレセイン化HGFの測定の結果の曲線を示す図である。HGFは、EHMES-1細胞に対してEC50 = 0.07 nMでMETを活性化した。グラフ中の矢印は、ペプチド評価に用いた0.22 nMのHGFを示す。ビオチン化HGF及びフルオレセイン化HGFは、標識されていないHGFと同等の活性を示した。Prism 6.0dの用量応答(可変勾配、4パラメーター)カーブフィッティングを適用して、MET活性化-HGF濃度対数をプロットすることにより、EC50値を決定した。データは、3つの独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図2】EHMES-1細胞におけるHGFにより誘導されるMET活性化へのHiP-8の濃度応答曲線を示す図である。データは、10回の独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図3】RaPID選択(CLC Sequence Viewer 8、Qiagen)によるHGFに結合する配列アライメント、及びEHMES-1細胞におけるHGFにより誘導されるMET活性化への阻害活性の結果を示す図である。
【
図4】RaPID選択における高い頻度のアナログを化学合成し、EHMES-1細胞におけるHGFにより誘導化されるMET活性化に対する阻害試験の結果を示す図である。データは、2つの独立した測定結果の平均±s.d.である。アナログは、DWライブラリーから同定された。小文字のアルファベットで示されたアミノ酸は、N-メチル化アミノ酸を表す。データは、3つの独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図5】HiP-8を修飾したペプチドであるHiP-8-PEG5及びHiP-8-PEG11の濃度(nM)-阻害率(%)のグラフを示す図である。データは、3つの独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図6】HGF-MET結合アッセイによるフルオレセイン化HGFの測定結果を示す図である。フルオレセイン化HGFの濃度を変えて、MET固定化ビーズ又はコントロールプロテインGビーズへの結合をフローサイトメーターで検出した。フルオレセイン化HGFのMETへの結合親和性は、Prism6.0dの結合飽和(一箇所)カーブフィッティングを適用して結合-HGF濃度をプロットすることによって決定され、KD = 0.07 nMであった。グラフ中の矢印は、ペプチド評価に用いた0.44 nMフルオレセイン化HGFを示す。MFIは、平均蛍光強度を意味する。
【
図7】フルオレセイン化HGFとMET-ビーズ間の結合に対するHiP-8の濃度応答曲線を示す図である。データは、2つの独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図8】フルオレセイン化HGFとMET-ビーズ間の結合に対する、HiP-8-PEG5及びHiP-8-PEG11の濃度応答曲線を示す図である。データは、2つの独立した測定結果の平均±s.d.である。
【
図9】HiP-8がHGFによって誘発されたゲフィチニブ耐性を阻害したことを示す図である。細胞を±1μMのゲフィチニブ、220 μMのHGF、及びHiP-8の存在下、3日間培養した。折れ線グラフはHiP-8のみで処理した細胞生存率を示す。
【
図10】HiP-8がEHMES-1細胞における2 nMのHGFによって誘導されるMET、Gab1、Akt及びErk1/2のリン酸化を阻害したことを示すウェスタンブロット図である。HiP-8の濃度は、3列目から順に10 nM, 100 nM, 1,000 nM, 10,000 nMである。
【
図11】HiP-8がHGFによって誘導されるB16-F10メラノーマ移動を、抗HGF抗体と同等に阻害したことを示す図である。
【
図12】表面プラズモン共鳴(SPR)によって検出された固定化されたHGFとHiPとの間の結合速度を示す図である。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。データは、2回の反復で複数の濃度のHGFを用いて実施した代表的なセンサーグラムの平均±s.d.である。
【
図14】HGFのHiP-8への結合の結果を示す図である。HGFは、固定されたHiP-8-PEG11にKD = 0.9 nMで結合した。結合速度は、表面プラズモン共鳴(SPR)によって検出された。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。上向き矢印及び下向き矢印は、それぞれHGF入力の開始と終了を意味する。データは、2回の反復で複数の濃度のHGFを用いて実施した代表的なセンサーグラムの平均±s.d.である。
【
図15】HGF断片'tcHGF(Xa)'のHiP-8への結合、及び、HGF断片'scHGF(Xa)'のHiP-8への結合の結果を示す図である。tcHGF(Xa)は、固定されたHiP-8-PEG11にKD = 2.5 nMで結合した。scHGF(Xa)の非常に限られた部分がHiP-8-PEG11に結合した。結合速度は、表面プラズモン共鳴(SPR)によって検出された。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。上向き矢印及び下向き矢印は、それぞれHGF入力の開始と終了を意味する。データは、2回の反復で複数の濃度のHGFを用いて実施した代表的なセンサーグラムの平均±s.d.である。
【
図16】固定されたHiP-8-PEG11とのHGF断片の相互作用のための結合速度を示す図である。結合動力学を、Biacore 3000を用いて分析した。上向き矢印および下向き矢印は、それぞれHGF断片入力の開始と終了を意味する。データは、2回の反復で複数の濃度のHGFを用いて実施した代表的なセンサーグラムの平均±s.d.である。HiP-8-PEG11-固定化されていないセンサーチップを対照として使用した。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。
【
図17】固定されたHiP-8-PEG11とのHGF断片の相互作用のための結合速度を示す図である。結合動力学を、Biacore 3000を用いて分析した。上向き矢印および下向き矢印は、それぞれHGF断片入力の開始と終了を意味する。データは、2回の反復で複数の濃度のHGFを用いて実施した代表的なセンサーグラムの平均±s.d.である。HiP-8-PEG11-固定化されていないセンサーチップを対照として使用した。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。
【
図18】HiP-8が非競合的にHGF-MET相互作用を阻害したことを示す図である。HiP-8の濃度を変えて存在させ、固定化MET外部ドメインに対するHGF(a)、NK4(b)、およびSP(c)の結合速度をBiacore 3000を用いて分析した。MET-固定化されていないセンサーチップを対照として使用した。RUは、resonance unit(応答ユニット)を指す。上向き矢印及び下向き矢印は、それぞれHGFタンパク質(HGF、NK4またはSP)の入力の開始及び終了を意味する。
【
図19】HiP-8がHGFの構造変化を誘導した結果を示す図である。HiP-8はHGFのSP鎖をトリプシンによるタンパク質分解を起こさなかった。HGF(2.5 μM)±HiP-8(10 μM)を室温でトリプシンにより30分間分解処理した。分解処理を還元条件下で5~20%SDS-PAGEにより分析し、クマシーブルーで染色した。トリプシンとHGFとのモル比は、左の列から順に、0:1, 0.004:1, 0.012:1, 0.037:1, 0.11:1, 0.33:1及び1:1である。
【
図20】ヒト肺がん細胞を移植したマウスがん組織において、HiP-8-PEG11がMET活性化/チロシンリン酸化を阻害したことを示す図である。aは、HiP-8投与後のMET活性化/チロシンリン酸化(pMET)の経時変化を表す。bは、MET活性化/チロシンリン酸化の用量依存的阻害を表す。
【
図21】ヒト肺癌凍結組織における細胞核を、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI; ThermoFisher Scientific社製)を用いて対比染色し、組織切片を、蛍光顕微鏡Biozero BZ-9000(KEYENCE)を用いて解析した結果を示す図である。
【
図22】半定量的に抗体染色を検出するために、それぞれの組織における染色された領域及び混合の領域をImageJ software(NIH社製)を用いて定量した、強度をグラフ化した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施形態に制限されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0012】
本発明は、
式(1)で表される構造;
-X1-X2-X3-X4-X5- (1)
(式(1)中、
X1は、I、V、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X2は、S、若しくはT、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X3は、K、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X4は、W、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X5は、W、Y、H、若しくはK、又はそのN-アルキルアミノ酸である。)
からなる群より選択されるいずれかのユニット構造を有する環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩である。
本発明の環状ペプチドは、HGF-MET系を優位に阻害できる
とりわけ、本発明の環状ペプチドは、MET受容体を活性化しないscHGFではなく、MET受容体を活性化する分子種であるtcHGFを選択的に認識する。tcHGFを選択的に阻害するHGF阻害剤は従来の阻害剤にない優位性を有する。tcHGFのみがMET受容体を活性化できることから、tcHGFに対する選択性をもって結合及び検出できるHGF阻害剤は、MET受容体の活性化を検出する診断のための分子ツールとなる。
【0013】
本明細書において、「環状ペプチド」とは、5以上のアミノ酸により形成される環状構造を分子内に少なくとも有することを意味する。環状ペプチドの分子構造として、環状構造以外に、アミノ酸がペプチド結合により連結した鎖状構造を有していてもよく、また、ペプチド構造以外の構造を有していてもよい。
本明細書において、「環状構造」とは、直鎖状ペプチドにおいて、2アミノ酸残基以上離れた2つのアミノ酸が直接に、又はリンカー等を介して結合することによって分子内に形成される閉環構造を意味する。
本明細書において、「2アミノ酸残基以上離れた」とは、2つのアミノ酸の間に少なくとも2残基のアミノ酸が存在することを意味する。
【0014】
環状構造における閉環構造は特に限定されないが、2つのアミノ酸が、共有結合することにより形成される。
2つのアミノ酸間の共有結合としては、例えば、ジスルフィド結合、ペプチド結合、アルキル結合、アルケニル結合、エステル結合、チオエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、ホスホネートエーテル結合、アゾ結合、C-S-C結合、C-N-C結合、C=N-C結合、アミド結合、ラクタム架橋、カルバモイル結合、尿素結合、チオ尿素結合、アミン結合、及びチオアミド結合等が挙げられる。
2つのアミノ酸がアミノ酸の主鎖において結合する場合、ペプチド結合により閉環構造が形成される。また、2つのアミノ酸間の共有結合は、2つのアミノ酸の側鎖同士、又は、2つのアミノ酸の側鎖と主鎖との結合等により、形成されてもよい。
【0015】
環状構造は、直鎖状ペプチドのN末端とC末端のアミノ酸の結合に限られず、末端のアミノ酸と末端以外のアミノ酸との結合、又は末端以外のアミノ酸同士の結合により形成されてもよい。環状構造を形成のために結合するアミノ酸の一方が末端アミノ酸で、他方が非末端アミノ酸である場合、環状ペプチドは、環状構造に直鎖のペプチドが尾のように付いた構造を有する。
【0016】
環状構造を形成するアミノ酸としては、天然アミノ酸に加え、人工のアミノ酸変異体や誘導体を含み、例えば、天然タンパク質性L-アミノ酸、非天然アミノ酸、及びアミノ酸の特徴である当業界で公知の特性を有する化学的に合成された化合物等が挙げられる。
タンパク質性アミノ酸(proteinogenic amino acids)は、当業界に周知の3文字表記により表すと、Arg、His、Lys、Asp、Glu、Ser、Thr、Asn、Gln、Cys、Gly、Pro、Ala、Ile、Leu、Met、Phe、Trp、Tyr、及びValである。また、タンパク質性アミノ酸は、当業界に周知の1文字表記により表すと、R、H、K、D、E、S、T、N、Q、C、G、P、A、I、L、M、F、W、Y、及びVである。
非タンパク質性アミノ酸(non-proteinogenic amino acids)としては、タンパク質性アミノ酸以外の天然又は非天然のアミノ酸を意味する。
非天然アミノ酸としては、例えば、主鎖の構造が天然型と異なる、α,α-二置換アミノ酸(α-メチルアラニン等)、N-アルキルアミノ酸、D-アミノ酸、β-アミノ酸、α-ヒドロキシ酸や、側鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸(ノルロイシン、ホモヒスチジン等)、側鎖に余分なメチレンを有するアミノ酸(「ホモ」アミノ酸、ホモフェニルアラニン、ホモヒスチジン等)、及び、側鎖中のカルボン酸官能基がスルホン酸基で置換されるアミノ酸(システイン酸等)等が挙げられる。非天然アミノ酸の具体例としては、国際公開第2015/030014号に記載のアミノ酸が挙げられる。
【0017】
本発明におけるN-アルキルアミノ酸としては、アルキル基がα位のアミノ基に結合したアミノ酸である、N-アルキル-α-アミノ酸が好ましい。
【0018】
式(1)中X1は、分岐鎖アミノ酸であるI、V、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、好ましくは、I、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸である。
【0019】
環状構造を形成するアミノ酸残基の数は5以上であれば特に限定されないが、例えば、6以上、7以上、8以上、9以上、10以上であってもよく、30以下、25以下、20以下、17以下、15以下であってもよい。
環状構造を形成するアミノ酸の数は、通常5以上30以下であり、5以上30以下の範囲内で、環状構造を形成するアミノ酸の数を6以上、8以上、10以上としてもよく、30以下、25以下、20以下、15以下としてもよい。
環状構造を形成するアミノ酸の数は、8以上20以下としてもよく、8以上17以下としてもよく、9以上17以下としてもよく、10以上15以下としてもよく、10以上13以下としてもよく、10以上12以下としてもよい。
環状構造を形成するアミノ酸の数は、METの活性化阻害の効果をより高める観点から、好ましくは9以上17以下、より好ましくは10以上15以下、さらに好ましくは10以上12以下である。
【0020】
本発明において、環状ペプチドは、リン酸化、メチル化、アセチル化、アデニリル化、ADPリボシル化、糖鎖付加、及びポリエチレングリコールの付加等の修飾が加えられたものであってもよく、他のペプチドやタンパク質と融合させたものであってもよい。また、環状ペプチドは、適当なリンカーを介して、ビオチン化されていてもよい。
また、本発明において、環状ペプチドは、2つの、1つの環状構造を有する環状ペプチドがリンカー構造を介して結合した分子内に2つの環状構造を有する二量体であってもよく、分子内でラクタム構造を形成した分子内ラクタムブリッジ構造を有していてもよい。
2つの環状ペプチドを繋ぐリンカー構造としては、特に限定されず、ペプチド合成分野においてペプチド同士を繋ぐリンカーとして周知の構造のものを採用することができる。
分子内ラクタムブリッジ構造は、環状ペプチドを構成するアミノ酸の側鎖同士が結合することによって形成されてよく、例えば、Lysの側鎖のアミノ基と、Asp又はGluの側鎖のカルボキシル基が結合して、ペプチド結合を形成することにより、分子内ラクタム構造が形成され、環状ペプチドは、分子内にブリッジ構造として、もう1つの環構造を有する。Lysに代えて、例えば、DAP、DAB、及びOrnがAsp又はGluと結合していてもよい。
【0021】
本発明の環状ペプチドは、式(1)のユニット構造が、HGF-MET系を阻害できる構造を含む環状ペプチドであれば特に限定されるものではなく、好ましくは、以下の一般式で表すことのできるアミノ酸配列を有する。
(Z1)m-A-(Z2)n
【0022】
上記一般式において、Aは、式(1)のユニット構造である。m及びnは、任意の整数である。
Z1とZ2は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸であり、m及びnは、少なくとも一方が1以上の整数であることが好ましい。
【0023】
m及びnがそれぞれ1以上の整数であるとき、Z1とZ2とが環状構造を形成することにより、環状ペプチドを形成することが好ましい。当該環状構造は、N末端のZ1が、C末端のZ2と結合して形成されていてもよく、N末端のZ1が、非C末端のZ2と結合して形成されていてもよく、非N末端のZ1が、C末端のZ2と結合して形成されていてもよく、非N末端のZ1が、非C末端のZ2と結合して形成されていてもよい。
【0024】
また、Z1とZ2とが、リンカーを介して環状構造となっていてもよい。
m及びnの少なくとも一方が1以上の整数である場合、mが0であるとき、X1又はX2が、Z2と結合し、nが0であるとき、X4又はX5がZ1と結合する。
m及びnは、m+nが1以上であることが好ましく、m+nが1以上25以下となるように、mとnは、それぞれ独立して選択される整数であることが好ましく、m+nが1以上25以下の範囲内で環状構造を形成するアミノ酸の数の範囲内で適宜選択される。
【0025】
環状ペプチドは、N-CO-CH2-S構造により環構造を形成していてもよく、当該構造は、N末端のZ3のアミノ基にクロロアセチル基等の、脱離基XでHが置換されたアセチル基と、C末端側のシステインCysのチオール基との結合により形成されることが好ましく、その場合、一般式は、XCH2CO-(Z3)-(Z4)p-A-(Z5)q-Cys-(X’)rで表されることが好ましい。
Z3~Z5及びX’は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸であり、p+qが、好ましくは0以上24以下の範囲内で環状構造を形成するアミノ酸の数の範囲内で適宜選択される。
Z3は、Trpであることが好ましく、C末端のX’は、Gly又はSerであることが好ましく、rは0以上の整数であれば特に限定されないが、20以下であってもよく、10以下であってもよく、0または1であることが好ましい。
本明細書において、rが0である場合には、環状ペプチドは、X’を有さず、rが2以上の整数である場合、環状ペプチドにおける(X’)rは、アミノ酸がペプチド結合により連結した鎖状構造に相当する。
なお、ここで、N末端のZ3に結合する-CO-CH2-X基と、Cysのチオール基が結合して、N-CO-CH2-S構造により環構造を形成する。また、(Z3)-(Z4)p-A-(Z5)qのいずれかにCysが含まれる場合、当該CysとN-CO-CH2-S構造を形成していてもよい。
【0026】
本発明の環状ペプチドの具体例として、以下のものが挙げられる。
【化1】
【0027】
上記構造において、DTrpは、TrpのD体であることを意味し、Sは、Cysのチオール基を意味する。本願の図中では、上記構造における-CH2-CO-で表される構造は、Acとも記載される。
Variable regionが、式(1)で表される構造を1つ以上含む。
X’は、任意のアミノ酸であり、rは0以上の整数であれば特に限定されないが、20以下であってもよく、10以下であってもよく、0または1であることが好ましい。
【0028】
Variable regionは、-(Z4)p-A-(Z5)q-で表されることが好ましい。
Aは、式(1)で表されるユニット構造である。
Z4及びZ5は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸である。
p+qは、好ましくは0以上24以下の範囲内で環状構造を形成するアミノ酸の数の範囲内で適宜選択される。p+qは、より好ましくは2~13であり、さらに好ましくは5~10であり、よりさらに好ましくは5~9である。
pは、1~3のいずれかの整数であることが好ましく、1~2のいずれかの整数であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
qは、2~10のいずれかの整数であることが好ましく、4~8のいずれかの整数であることがより好ましく、4であることがさらに好ましい。
p及びqとしては、好ましくは、pが1~3のいずれかの整数であり、且つ、qが2~10のいずれかの整数であり、より好ましくは、pが1~2のいずれかの整数であり、且つ、qが4~8のいずれかの整数であり、さらに好ましくは、pが1であり、且つ、qが4である。
【0029】
本発明の環状ペプチドの好ましい態様の一つは、以下の式(I)で表される。
【0030】
【0031】
式(I)中、
X1は、I、V、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X2は、S、若しくはT、又は、そのN-アルキルアミノ酸であり、
X3は、K、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X4は、W、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
X5は、W、Y、H、若しくはK、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、
Z4及びZ5は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸であり、
pは、1~3のいずれかの整数であり、
qは、2~10のいずれかの整数であり、
X’は、任意のアミノ酸であり、
rは0以上の整数である。
pは、1~3のいずれかの整数であり、1~2のいずれかの整数であることが好ましく、1であることがより好ましい。
qは、2~10のいずれかの整数であり、4~8のいずれかの整数であることが好ましく、4であることがより好ましい。
p及びqとしては、pが1~3のいずれかの整数であり、且つ、qが2~10のいずれかの整数であり、好ましくは、pが1~2のいずれかの整数であり、且つ、qが4~8のいずれかの整数であり、より好ましくは、pが1であり、且つ、qが4である。
【0032】
式(I)におけるpが1であるとき、Z4は、P、V、E、F、K、若しくはY、又は、そのN-アルキルアミノ酸であることが好ましく、P、若しくはV、又は、そのN-アルキルアミノ酸であることがより好ましい。
式(I)におけるX1は、分岐鎖アミノ酸であるI、V、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、好ましくは、I、若しくはL、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、さらに好ましくは、I又はそのN-アルキルアミノ酸である。
式(I)におけるX2は、S、若しくはT、又は、そのN-アルキルアミノ酸であり、好ましくは、S又はそのN-アルキルアミノ酸である。
式(I)におけるX5は、W、Y、H、若しくはK、又はそのN-アルキルアミノ酸であり、好ましくは、W又はそのN-アルキルアミノ酸である。
式(I)中、-(Z5)q-は、Y、S、K、若しくはR、又は、そのN-アルキルアミノ酸からなる群より選択される少なくとも1つを含むことが好ましく、Y、S、K、若しくはR、又は、そのN-アルキルアミノ酸からなる群より選択される少なくとも2つを含むことがより好ましく、-YSKR-(Y、S、K、及びRは、N-アルキルアミノ酸であってもよい。)を含むことがさらに好ましい。
rは、0以上の整数であれば特に限定されないが、20以下であってもよく、10以下であってもよく、0または1であることが好ましい。
【0033】
式(I)で表される環状ペプチドとしては、具体的には、式(I-1)で表される環状ペプチドを好適に挙げることができる。
【0034】
【0035】
式(I-1)中、X’は、任意のアミノ酸であり、rは0以上の整数である。
式(I-1)中、P、L、S、K、W、Y、Rは、N-アルキルアミノ酸であってもよい。
rは、0以上の整数であれば特に限定されないが、20以下であってもよく、10以下であってもよく、0または1であることが好ましい。
【0036】
本発明の環状ペプチドは、無細胞翻訳系による翻訳合成法により好適に製造できる。
環状ぺプチドをコードする核酸を調製し、当該核酸を無細胞翻訳系で翻訳することによって調製することができる。大環状ペプチドをコードする核酸は、生体の翻訳系で用いられる遺伝暗号、リプログラミングした遺伝暗号、又はこれらの組み合わせを用いて、当業者が適宜設計することができる。核酸は、DNAであってもRNAであってもよい。
【0037】
無細胞翻訳系を用いる方法によれば、非天然アミノ酸でアミノアシル化したtRNAを使用して、天然アミノ酸に加え、非天然アミノ酸をペプチドに効率よく導入することができる。例えば、本発明者らが開発した人工アミノアシルtRNA合成酵素フレキシザイムを用いれば、任意の天然又は非天然のアミノ酸で、任意のアンチコドンを有するtRNAをアミノアシル化することが可能である。したがって、この技術を用いて、mRNAのトリプレットからなる遺伝暗号が、生体の翻訳系とは異なるアミノ酸をコードするように、リプログラミングすることができる(国際公開第2008/059823号)。
【0038】
本発明の環状ペプチドは、肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor)を阻害することができる。したがって、本発明の一つは、本発明の環状ペプチド、又はその医薬的に許容可能な塩を含む、HGF阻害剤である。
本発明のHGF阻害剤は、それを含む医薬組成物として用いることができる。本発明の医薬組成物は、がんに関連する疾患の治療又は予防に用いることができる。
医薬組成物の投与形態は特に限定されず、経口投与でも非経口投与でもよい。非経口投与としては、例えば、筋肉内注射、静脈内注射、及び皮下注射等の注射投与、経皮投与、並びに経粘膜投与等が挙げられる。
経粘膜投与の投与経路としては、例えば、経鼻、経口腔、経眼、経肺、経膣、及び経直腸等が挙げられる。
医薬組成物中の環状ペプチドに対し、代謝や排泄等の薬物動態の観点から、各種の修飾を行ってよい。例えば、環状ペプチドにポリエチレングリコール(PEG)や糖鎖を付加して血中滞留時間を長くし、抗原性を低下させることができる。
また、ポリ乳酸・グリコール(PLGA)等の生体内分解性の高分子化合物、多孔性ヒドロキシアパタイト、リポソーム、表面修飾リポソーム、不飽和脂肪酸で調製したエマルジョン、ナノパーティクル、ナノスフェア等を徐放化基剤として用い、これらに環状ペプチドを内包させてもよい。経皮投与する場合、弱い電流を皮膚表面に流して角質層を透過させることもできる(イオントフォレシス法)。
【0039】
医薬組成物は、有効成分として環状ペプチドをそのまま用いてもよいし、医薬的に許容可能な添加剤等を加えて製剤化してもよい。
医薬製剤の剤形としては、例えば、液剤(例えば注射剤)、分散剤、懸濁剤、錠剤、丸剤、粉末剤、坐剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、及びパップ剤等が挙げられる。
製剤化は、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解剤、溶解補助剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、湿潤剤、分散剤、及び抗酸化剤等の添加剤を適宜使用して、常法により行うことができる。
製剤化に用いられる添加剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、精製水、食塩水、リン酸緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール等の医薬的に許容可能な有機溶剤、動植物油、乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ソルビトール、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、コーンスターチ、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ぺクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、トラガント、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル、高級アルコール、ステアリルアルコール、ステアリン酸、及びヒト血清アルブミン等が挙げられる。
経粘膜吸収における吸収促進剤として、ポリオキシエチレンラウリルエーテル類、ラウリル硫酸ナトリウム、及びサポニン等の界面活性剤;グリココール酸、デオキシコール酸、及びタウロコール酸等の胆汁酸塩;EDTA及びサリチル酸類等のキレート剤;カプロン酸、カプリン酸、ラウリン酸、オレイン酸、リノール酸、及び混合ミセル等の脂肪酸類;エナミン誘導体、N-アシルコラーゲンペプチド、N-アシルアミノ酸、シクロデキストリン類、キトサン類、並びに一酸化窒素供与体等を用いてもよい。
【0040】
錠剤又は丸剤は、糖衣、胃溶性、及び腸溶性物質等で被覆されたコート錠等であってもよい。
液剤は、注射用蒸留水、生理食塩水、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、植物油、及びアルコール類等を含んでもよい。液剤は、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解剤、溶解補助剤、及び防腐剤等を加えてもよい。
【0041】
本発明は、HGF阻害剤を、それ必要とする患者に投与して、患者における疾患を治療又は予防する方法も提供する。
【0042】
本発明のHGF阻害剤の投与量は、当業者が、それを必要とする患者の症状、年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与間隔、及び製剤の種類等に応じて、適宜決定することができる。
患者は、哺乳動物であり、ヒトであることが好ましい。
【0043】
本発明の環状ペプチドは、tcHGFに対し選択的に認識して結合することができる。tcHGFとMET受容体とは相互作用するため、tcHGFは、がん組織に局所的に存在している。そのため、本発明の環状ペプチドは局所的に存在するtcHGFへ選択的に結合し、tcHGFに結合した環状ペプチドを検出することによって、がん組織の検出やイメージングができる。実際、本発明の環状ペプチドの一つをがん組織の染色に用いた場合、
図21に示されるように、当該環状ペプチドはtcHGF陽性の領域に局在することが観察された。また、当該環状ペプチドはtcHGFの検出に加え、活性化されたMET受容体の検出に使用できる。したがって、本発明の環状ペプチドは、がん組織におけるMET受容体の活性化状態の検出やイメージングのツールとして有用であり、既に確立された汎用性のあるイメージング手法とを組み合わせることによってがん等の様々な疾患の検出/診断や生体組織のイメージングに用いることができる。がん組織のイメージング手法としては、例えば、ポジトロン放出断層撮影(PET)イメージング方法が好適に挙げられる。また、がん組織をイメージング手法として、蛍光検出又は化学発光検出又はそれらを組み合わせる検出が挙げられる。
以上のとおり、本発明の環状ペプチドは、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出に使用することができる。
【0044】
本発明の環状ペプチドを用いて活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出するために、当該環状ペプチドは、ポジトロン検出のための基、若しくは、蛍光検出及び/又は化学発光検出のための基、若しくは抗体染色を検出するための基を有することが好ましい。本明細書において、ポジトロン検出、蛍光検出、化学発光検出、又は、抗体染色を検出するための基を有する本発明の環状ペプチドを、検出基修飾環状ペプチドともいう。
【0045】
蛍光検出のための基としては、蛍光性を示す有機基を好適に挙げることができる。蛍光性を示す有機基は、350nmから200nmのスペクトル域において十分に励起可能であり、350nmから950nmのスペクトル域において有用な発光帯域を有していることが好ましい。
蛍光検出するための基は、公知の蛍光物質を用いて本発明の環状ペプチドを修飾することによって、本発明の環状ペプチドに導入することができる。蛍光検出するための基の導入は、環状ペプチドを被検体と接触させる前にあらかじめ行ってもよく、被検体との接触後(すなわち、ペプチドがtcHGFと相互作用している状態)に導入してもよい。
蛍光物質としては、例えば、エオシン染料類、トルイジンブルーO、メチレンブルー、DAPI、アクリジンオレンジ、DRAQ5、Hoechst33342および33528、カルセイン-AM、プロピジウムヨウ化物、ナイルブルー、ナイルレッド、オイルレッドO、コンゴレッド、ファストグリーンFCF、DiI、DiO、DiD等、TOTO(登録商標)、YO-PRO(登録商標)、ニュートラルレッド、ニュークリアファストレッド、ピロニンY、酸性フクシン、アストラゾン類染料、MitoTrackerおよび他のミトコンドリア染料、LysoTrackerおよび他のリソソーム染料、サフラニン染料、チオフラビン染料、蛍光ファロイジン、形質膜染料等が挙げられる。
【0046】
化学発光検出のための基としては、当該基の一部の構造が変換した際に発光するものを好適に挙げることができる。
化学発光検出のための基は、公知の化学発光物質を用いて本発明の環状ペプチドを修飾することによって、本発明の環状ペプチドに導入することができる。化学発光検出のための基の導入は、環状ペプチドを被検体と接触させる前にあらかじめ行ってもよく、被検体との接触後(すなわち、ペプチドがtcHGFと相互作用している状態)に導入してもよい。
化学発光物質としては、例えば、AMPPD(登録商標)、CSPD(登録商標)、CDP-Star(商標)等のジオキセタン系化合物等が挙げられる。ジオキセタン系化合物は、アルカリ性ホスファターゼで加水分解され、中間体を生成し、上記中間体が開裂してアダマンタンが生じるとともに発光する。
【0047】
ポジトロン検出するための基は、2H、3H、11C、13N、15O、18F、75~77Br、123~131I、68Ga、64Cu、及び99mTcからなる群から選択される放射性同位体原子を含む基を挙げることができる。
ポジトロン検出するための基は、放射性同位体原子を含むアミノ酸を用いて環状ペプチドを合成することによって導入してもよく、公知の放射性同位体原子を含む物質を用いて本発明の環状ペプチドを修飾することによって導入してもよい。ポジトロン検出するための基の導入は、環状ペプチドを被検体と接触させる前にあらかじめ行ってもよく、被検体との接触後(すなわち、ペプチドがtcHGFと相互作用している状態)に導入してもよい。
また、本発明の環状ペプチドへの放射性同位体原子の導入は、特開2016-28096号公報及び特開2016-047824号公報に記載の方法(ペプチドを放射性ヨウ素で標識する方法)、特表2017-504658号公報(放射性医薬品化合物の製造のためのイオン性液体担持有機スズ試薬)、放射性同位体原子を導入するために使用可能な各種の錯体に関する公知の方法、例えば、Jackson IM, Scott PJH, Thompson S. Clinical Applications of Radiolabeled Peptides for PET. Semin. Nucl. Med., 47: 493-523, 2017.; Zeng D, Ouyang Q, Cai Z, Xie XQ, Anderson CJ. New cross-bridged cyclam derivative CB-TE1K1P, an improved bifunctional chelator for copper radionuclides. Chem. Commun., 50: 43-45, 2014.; Ding X, Xie H, Kang YJ. The significance of copper chelators in clinical and experimental application. J. Nutr. Biochem., 22: 301-310, 2011.; 及びPandya DN, Bhatt N, An GI, Ha YS, Soni N, Lee H, Lee YJ, Kim JY, Lee W, Ahn H, Yoo J. Propylene cross-bridged macrocyclic bifunctional chelator: a new design for facile bioconjugation and robust 64Cu complex stability. J. Med. Chem., 57: 7234-7243, 2014.等を参照することにより実施することができる。
【0048】
抗体染色では、蛍光標識化された抗体が抗原に特異的に結合することによって標的分子が蛍光ラベル化される。したがって、抗体染色を検出するための基とは、蛍光標識化された抗体の抗原となる基であれば特に制限されない。蛍光標識化された抗体としては、市販の蛍光抗体を用いることができ、また、抗体に上述した蛍光物質を導入して標識化したものを用いることもできる。
蛍光標識化された抗体としては、蛍光標識化されたアビジンを好適に挙げることができ、このとき抗体染色を検出するための基としてはビオチンが好適である。
また、HRPで標識化された抗体もまた、一次抗体又は二次抗体として用いることにより、化学発光を検出するイメージングに好適に使用することができる。
【0049】
蛍光検出、ポジトロン検出、又は、抗体染色を検出するための基は、本発明の環状ペプチドの、アミノ基、カルボン酸基、ヒドロキシ基、チオール基等の官能基を介して直接的に結合していてもよく、ポリエチレングリコールユニット等のリンカーを介して結合していてもよい。
【0050】
本発明の検出基修飾環状ペプチドは、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出に用いることができる。そのため、本発明の検出基修飾環状ペプチドは、活性型MET受容体が発現するがんの診断に用いることができる。
また、本発明の検出基修飾環状ペプチドは、ポジトロン検出するための基を有するとき、PET造影に用いることができる。
したがって、本発明は、本発明の検出基修飾環状ペプチドを含む、活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出剤、がん診断薬、PET造影剤を提供する。
【0051】
また、本発明は、被検体の活性型MET受容体及び/又はtcHGFの検出方法を提供する。
当該検出方法では、本発明の検出基修飾環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩と、前記被検体の組織とを接触させ、インキュベーションすること;及び、蛍光検出、ポジトロン検出、又は、抗体染色を検出すること;を含む。
【0052】
さらに、本発明は、被検体のがん組織のポジトロン放出断層撮影(PET)イメージング方法を提供する。
当該イメージング方法では、本発明の検出基修飾環状ペプチド又はその医薬的に許容可能な塩を前記被検体に投与すること;前記環状ペプチド若しくはその医薬的に許容可能を被検体のがん組織に浸透させること;及び、被検体のCNS又はがん組織のPET像を採取すること;を含む。
【実施例】
【0053】
実施例にて用いたHGFならびにHGF分子内ドメインタンパク質を以下のとおり調製した。
【0054】
(HGF組換えタンパク質の調製)
完全長ヒトHGF cDNA(NM_001010932.2、アイソフォーム3 hHGF del5(DNA/AA)、配列番号3;cDNA配列、配列番号4;アミノ酸配列)を全てのプラスミド構築に用いた。残基番号付けはK1ドメイン中にさらに5個のアミノ酸を含むアイソフォーム1(NM_000601.5、配列番号5;cDNA配列、配列番号6;アミノ酸配列)の配列に基づいた。
N-結合型グリコシル化部位(N294Q、N402Q、T476G、N566Q、及びN653Q)、NK4 cDNA(Met1~Val478残基)を除去する点突然変異の有無にかかわらず、完全長ヒトHGF cDNAをpEHX1.1プラスミドにクローニングした。チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞にて、HGFタンパク質、HGFng(非グリコシル化)タンパク質、及びNK4タンパク質を発現させ、分泌タンパク質をHiTrapヘパリンHPカラム(GE Healthcare製)で精製し、続いてAKTApurifierを用いて20 mM Tris-HCl(pH7.5)及び150 mM NaClで平衡化したSuperdex 200 10/300 GLカラム(GE Healthcare製)にてサイズ排除クロマトグラフィーを行った。組換えSPタンパク質の調製のために、HGFngタンパク質を37℃で90分間エラスターゼ(Sigma製)、HGF:エラスターゼ= 1:100モル比)で分解処理した。反応を1mMのPMSFで停止させた後、反応液をHiTrap ヘパリン HPカラムにかけた。SPを含有するフロースルー画分を限外ろ過膜にて濃縮した後、20 mM Tris-HCl(pH7.5)及び150mM NaClで平衡化したSuperdex 200 10/300 GLカラム(GE Healthcare製)でのサイズ排除クロマトグラフィーを行った。
【0055】
完全長HGFタンパク質、及びN末端短縮型HGFタンパク質(K2-4-SPについてはGlu183-Ser728, K4-SPについてはGly388-Ser728)は、以前報告されている方法(Umitsu M, Sakai K, Ogasawara S, Kaneko M, Asaki R, Tamura-Kawakami K, Kato Y, Matsumoto K, Takagi J. Probing conformational and functional states of human hepatocyte growth factor by a panel of monoclonal antibodies. Scientific Rep, 6: 33149, 2016)にしたがって、野生型HGF(KQLR/V)の切断部位を第Xa因子(IEGR/V)の認識配列に組み換えた。具体的には、これらのタンパク質にC末端にヘキサヒスチジンタグを付加し、Expi293F細胞(ThermoFisher scientific製)で発現させ、分泌タンパク質をNi-NTAアガロースカラム(Qiagen)で精製して、上記完全長HGFタンパク質、及びN末端短縮型HGFタンパク質を得た。C末端Hisタグの付加は、TEVプロテアーゼを用いて一晩インキュベーションすることにより行った。成熟HGF(Xa)を調製するために、上記のTEV処理した試料を6μg/mlの第Xa因子(Novagen製)でさらに分解処理した。Hitrap ヘパリン HPカラム(GE Healthcare)を用いて組換えproHGF(Xa)及び成熟HGF(Xa)タンパク質をさらに精製し、20 mMトリス-HCl(pH7.5)及び150 mM NaClで平衡化したSuperdex 75 10/300 GLカラムでイオン排除クロマトグラフィーを行った。N-末端切断型組換えHGFタンパク質は、N結合グリコシル化部位(N294Q、N402Q、T476G、N566Q、及びN653Q)、又は、不対システイン(C561S)を除去するための突然変異を含んでいた。なお、これらすべての突然変異は、以前報告されているようにHGFの活性に影響を与えない(Fukuta K, Matsumoto K, Nakamura T. Multiple biological responses are induced by glycosylation-deficient hepatocyte growth factor. Biochem J, 388: 555-562, 2005)。
【0056】
[環状ペプチドの調製]
環状ペプチドは、以下の手順によって入手した。
【0057】
(環状ペプチドのライブラリーの調製)
チオエーテルペプチドライブラリーは、フレキシブルインビトロ翻訳(FIT)システムを使用し、N-(2-クロロアセチル)-D-トリプトファン(ClAcDW)を開始剤として用い構築した(Hipolito, C.J. & Suga, H. Ribosomal production and in vitro selection of natural product-like peptidomimetics: the FIT and RaPID systems. Curr Opin Chem Biol. 16, 196-203, 2012; Passioura, T. & Suga, H. Flexizyme-mediated genetic reprogramming as a tool for noncanonical peptide synthesis and drug discovery. Chemistry. 19, 6530-6536, 2013)。
対応のmRNAライブラリーは、順に、システインをコードするUGCコドン、4-15個のNHKランダムコドン(NはG、C、A又はU、KはG又はU)、AUG(ClAcDW)の停止コドンを持つようにデザインされ、前記ランダムコドンは、タンパク質性のアミノ酸残基をコードしている。個別の形質転換段階の効率の定量評価に基づく、マクロ環の理論上の多様性は、少なくとも1012個である。インビトロでの翻訳の後、チオエーテル結合が、N末端にある開始剤DTrp残基のアセチルクロライド基と、下流のシステイン残基のスルフヒドリル基との間で自然に形成される。
【0058】
(hHGFに結合する環状ペプチドの選択)
アフィニティー選択は、RaPIDシステムを用いて完全長ヒトHGFに対してDWライブラリーを用いて行った(Hipolito, C.J. & Suga, H. Ribosomal production and in vitro selection of natural product-like peptidomimetics: the FIT and RaPID systems. Curr Opin Chem Biol. 16, 196-203, 2012; Passioura, T. & Suga, H. Flexizyme-mediated genetic reprogramming as a tool for noncanonical peptide synthesis and drug discovery. Chemistry. 19, 6530-6536, 2013)。mRNAライブラリー及びClAc-
DTrp-tRNAfMetCAUは以前に報告されたように調製した(Hipolito, C.J. & Suga, H. Ribosomal production and in vitro selection of natural product-like peptidomimetics: the FIT and RaPID systems. Curr Opin Chem Biol. 16, 196-203, 2012; Passioura, T. & Suga, H. Flexizyme-mediated genetic reprogramming as a tool for noncanonical peptide synthesis and drug discovery. Chemistry. 19, 6530-6536, 2013)。4 μMのmRNAライブラリーを、T4 RNAリガーゼを用いて1.5 μMのピューロマイシンリンカーと25℃で30分間連結した。上記ピューロマイシンリンカーのDNAは、mRNAライブラリーの3'末端定常領域に結合した。フェノール-クロロホルム抽出及びエタノール沈殿による精製後、1.4 μMのmRNA-ピューロマイシンコンジュゲート、及び250 μMのClAc-D-Trp-tRNAfMetCAUをそれぞれのペプチドライブラリーを生成するためにメチオニン欠損FIT系で使用した。次に、インビトロでの翻訳反応を37℃で30分間行い、25℃で12分間さらにインキュベートしてmRNA-ペプチド複合体を促進し、次いでペプチドの環状化を促進するために37℃で30分間インキュベートした。
続いて、生成物をRQ-RTase(Promega)によって42℃で1時間逆転写して、環状ペプチドをmRNA-cDNAハイブリッドにタグ付けした。生成物は、まず、ビオチン固定化Dynabeads M-280ストレプトアビジン(Life Technologies製)を用いて、望ましくないビーズ結合剤を除去した。このプロセスは、プレクリアランス(pre-cliarance)又はネガティブ選択と呼ばれ、2回繰り返した(ラウンド2からすると6回)。プレクリアランスの後、ペプチド-mRNA/cDNA溶液を200 nMのビオチン化完全長ヒトHGF固定化Dynabeads M-280ストレプトアビジンと共に、4℃で30分間インキュベートし、hHGF結合剤を単離した。hHGFのビオチン化を、スクシンイミジルビオチン標識キット(Dojindo製)を用いて行った。ビオチン化hHGFの生物活性は、EHMES-1細胞のMET活性化アッセイによって、非標識HGFと同等であることがわかった(
図1)。なお、このプロセスは、ポジティブ選択と呼ばれる。
95℃で5分間加熱したPCR反応緩衝液中で1回インキュベートすることにより、融合ペプチド-mRNA/cDNAをビーズから単離した。溶出したcDNAの量を定量的PCRによって測定した。残りのcDNAをPCRにより増幅し、精製し、次のラウンドの選択のためのライブラリーとしてmRNAに転写した。ライブラリーの調製、プレクリアランス、及びポジティブ選択は、濃縮プロセスの1つのラウンドであった。第2ラウンドから、標的タンパク質とのインキュベーションの前に、M-MLVによってライブラリーを逆転写した。第4ラウンドにおいて、cDNAの有意な濃縮が観察された。回収したcDNAを、TAクローニングを用いて、pGEM-T-Easyベクター(Promega)に連結した。上記ベクターをDH5αコンピテント細胞に形質転換した。それぞれのクローンを採取し、配列を決定した。
【0059】
(環状ペプチドの化学合成)
公知の方法に準拠して、Fmoc固相ペプチド合成(SPPS)によってSyro Wave自動化ペプチド合成機(Biotage)を用い、環状ペプチドの合成を行った(Ito, K. et al. Artificial human Met agonists based on macrocycle scaffolds. Nature Communications 6, 6372, 2015)。
具体的には、自動合成後、得られた生成物に対し、環状化のためのクロロアセチル基をN末端アミド基に結合させた。92.5%のトリフルオロ酢酸(TFA)、2.5%の水、2.5%のトリイソプロピルシラン、及び2.5%のエタンジチオールの溶液によってペプチドを切断し、ジエチルエーテルで沈殿させた。環化反応を実施するために、ペプチドペレットを、水とDMSO/0.1%TFAとの1:1溶液10 mlに溶解し、トリエチルアミンを添加してpH>8に調整し、42℃で1時間インキュベートした。反応溶液にTFAを添加して、ペプチド懸濁液を酸性化し、環化反応を停止した。続いて、Merck Chromolith Prepカラム(200-25 mm)を備えたShimazu prominence LC-20APシステムを使用する逆相HPLC(RP-HPLC)によりペプチドを精製し、PerkinElmer Sciex API 150EXを使用して分子量をMALDI-TOF質量分析(Bruker Daltonics製)によって確認した。代替的な精製法として、環状ペプチドをHyperSep SPE C18カラム(ThermoFisher Scientific製)により精製した。
RaPIDシステムによって選択され、化学合成された、ヒトHGFを標的とする環状ペプチドの構造を以下の表1~3に示す。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
表中、*は、Random sequence内部に含まれるシステイン*Cとチオエーテル結合を形成している可能性があることを指す。また、**は、フレームシフト変異があったことを指す。
【0064】
[環状ペプチドの評価]
上述のようにして得られた環状ペプチドについて、各種活性試験を行った。
活性の評価に使用した細胞の入手先は以下のとおりである。
EHMES-1細胞は、浜田博士(愛媛大学、日本)によって提供された。
B16-F10及びHCC827細胞は、ATCC(Manassas、VA)から入手した。
PC-9細胞は、株式会社免疫生物研究所(群馬、日本)から入手した。
全ての細胞株は、特に明記しない限り、10%ウシ胎児血清(FBS)及び2 mMのL-グルタミンを添加したRPMI-1640培地で、37℃、5%CO2条件下で培養した。
【0065】
(MET活性化の試験)
EHMES-1細胞を、環状ペプチドの存在下又は非存在下、培地に20 ng/ml(220 pM)のhHGFタンパク質を用いて10分間刺激し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、PBS中4%パラホルムアルデヒド(PFA)を添加して30分間インキュベートし、さらにPBSで3回洗浄した。PBS中5%のヤギ血清、0.02%Triton X-100を用いて30分間細胞を固定し、次いで、モノクローナル抗体であるPhospho-Met(Tyr1234/1235)XPウサギmAb(D26、Cell Signaling Technology製、ダンバース、マサチューセッツ州)中で4℃、12時間インキュベートした。なお、上記モノクローナル抗体は、モノクローナル抗体と1%のヤギ血清PBS懸濁液とを1:1000で希釈されたものを使用した。細胞を、PBSで3回洗浄し、HRP結合抗ウサギ抗体と1%ヤギ血清PBS懸濁液とを1:1000で希釈した液中で1時間インキュベートした。インキュベーション後、細胞をPBSで4回洗浄した。イムノスター(登録商標)LD試薬(和光純薬製、日本)を用いた化学発光法を適用して、ARVO MX(PerkinElmer製)によって発光強度を測定した。METリン酸化の相対値は、(サンプルの化学発光量-モックコントロールの化学発光量)/(220 pM HGFの化学発光量-モックコントロールの化学発光量)として算出した。
環状ペプチドHiP-8のMET活性化の阻害濃度の結果は、IC50で8 nMであった。HiP-8のMET活性化の阻害試験の結果を示す、HiP-8濃度(nM)-阻害率(%)のグラフを
図2に示す。
表1~3における、環状ペプチドHiP-11(以下、HiP8-1とも記載する。)、HiP-1, Hip-6, Hip-9~16のMET活性化の阻害試験を行ったところ、各環状ペプチド濃度100nM以上において、MET阻害活性を有していた。環状ペプチドHiP8-1, 及び比較例の化合物のMET活性化の阻害率を
図3に示す。
さらに、少なくとも式(1)で表される構造を含む環状ペプチドの構造を
図4に示す。なお、
図4に示した環状ペプチドは、上述した[環状ペプチドの製造]と同様の方法にしたがって取得した。
図4に示した環状ペプチドは、当該環状ペプチドの濃度が100 nM以上であるとき、20~80%のMET活性化阻害率を有していた。
また、HiP-8を修飾したペプチドであるHiP-8-PEG5及びHiP-8-PEG11の濃度(nM)-阻害率(%)のグラフを
図5に示す。HiP-8-PEG5及びHiP-8-PEG11は、以下の構造で示される。
【0066】
【化4】
(構造中、nは、4又は9である。nが4のとき、HiP-8-PEG5であり、nが10のとき、HiP-8-PEG11である。)
【0067】
(MET-Fcビーズに対するフルオレセイン-HGFの結合試験)
hHGFのフルオレセイン標識は、スクシンイミジルフルオレセイン標識キット(Dojindo製)を用いて行った。0.1%BSA、0.05 μlのTween-20を含むトリス緩衝生理食塩水(pH 7.5)200 μl中のプロテインGビーズ(Spherotech)(50%v/v)に、5 μgのMET-細胞外ドメイン-Fc融合タンパク質(R&D systems製)を固定化した。フルオレセイン-HGFの漸増する濃度ごと、0.1%BSA、0.05%Tweenを含むトリス緩衝生理食塩水(pH7.5)200 μl中の5 μl(50%v/v)のプロテインGビーズ又はMET-Fc-固定化プロテインGビーズと共に25℃で1時間インキュベートした。フローサイトメーター(FACSCanto II、BD Biosciences製)を用いてビーズの蛍光強度を検出した。フルオレセイン-HGFの結合親和性の結果を
図6に示す。
【0068】
(HGF-METの結合阻害)
また、環状ペプチドの競合試験のため、環状ペプチドの漸増する濃度ごと、0.44nMのフルオレセイン-HGF及びMET-Fc固定化ビーズと混合し、25℃で1時間インキュベートし、フローサイトメーターを用いてビーズの蛍光強度を検出した。
HiP-8とフルオレセイン-HGFとの競合試験、すなわち、HGF-METの結合阻害の結果を
図7に示す。また、HiP-8-PEG5及びHiP-8-PEG11のHGF-METの結合阻害の結果を
図8に示す。
【0069】
なお、上記MET活性化の試験及び上記HGF-METの結合阻害の結果について、Prism 6.0d(GraphPad)を使用して、用量反応曲線を作成し、カーブフィッティングを行った。上記MET活性化の試験及び上記HGF-METの結合阻害のIC50値は、用量応答(可変勾配、4パラメーター)曲線適合関数を用いて阻止率対対数化合物濃度をプロットすることによって決定した。
【0070】
(ゲフィチニブ抵抗性試験)
抗がん剤であるゲフィチニブ抵抗性試験については、ヒト肺がん細胞PC-9細胞を24ウェルプレートに播種し、10%ウシ胎仔血清を含むRPMI培地にて24時間培養した。無添加、あるいはGefitinib(1 mM)、HGF(20 ng/mL)、HiP8-PEG11(1-1000 nM)を添加し、72時間培養後、生存細胞を計測した。
図9に示されるように、gefitinibは1 mMの濃度で肺がん細胞の増殖を強力に阻害する一方、 HGFはgefitinibの細胞増殖阻害作用を抑制し、gefitinibに対する抵抗性をもたらす。HiP-8は、HGFにより誘発されるゲフィチニブ抵抗性を阻害した。
【0071】
(ウェスタンブロッティング分析)
EHMES-1細胞を6ウェルプレートで80~90%コンフルエントになるまで培養した。6時間飢餓状態にした後、培養培地中、環状ペプチドの非存在下、又は、10、100、1,000、若しくは10,000 nMの環状ペプチドの存在下、細胞を2 nMのhHGFで10分間刺激した。細胞をPBSで洗浄し、1×完全プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche製)を含有する200 μlの溶解バッファー17(R&D Systems製)で溶解させた。BCAアッセイ(Thermo Fisher Scientific製)によりタンパク質を測定し、10%ポリアクリルアミドゲルSDS-PAGEに供した。タンパク質をPVDF(polyvinylidene difluoride)膜(Bio-Rad)上に転写し、一次抗体、MET(CST、25H2)、ホスホMET(Tyr1234/1235)(CST、D26)、Akt(CST、11E7)、ホスホ-Akt(Ser473)(CST、D9E)、Erk1/2(CST、137F5)、ホスホErk1/2(Thr202/Tyr204)(CST、D13.14.4E)、Gab1(CST)、及びホスホ-Gab1(Tyr627)(CST、C32H2)(1:2000)のCan Get Signal(登録商標)溶液1、並びに、西洋わさび由来ペルオキシダーゼ結合二次抗体(Dako製)(1:5000)のCan Get Signal(登録商標)溶液2(東洋紡製)を用いて検出した。Luminata Forte HRP基質(Merck Millipore製)を用いて化学発光シグナルを発生させ、ImageQuant LAS 350(GE Healthcare製)を用いて発光量を観察した。
電気泳動の結果を
図10に示す。
【0072】
(細胞遊走の試験)
0.5%FBSを添加した200 μlのRPMI1640培地中で培養したB16F10細胞(1×10
5細胞/インサート)を上部インサート(直径8 mmのトランスウェル、Corning製)に播種し、hHGF若しくはHiP-8または抗ヒトHGFウサギポリクローナル抗体を含む、又は含まない、0.5%FBSを添加した800 μlのRPMI1640培地を、底部チャンバーに添加した。細胞を16時間培養し、4%PFAのPBS溶液で固定した。膜の底面に付着した細胞を、0.4%クリスタルバイオレットの20%メタノール溶液で染色し、細胞数を測定した。
図11に示すように、HiP-8は、抗HGF抗体と同等に、細胞遊走を抑制した。
【0073】
(環状ペプチドのHGFへの結合試験)
固定化されたHGFへの環状ペプチドの結合を、Biacore T200(GE Healthcare製)を用いる表面プラズモン共鳴(SPR)により測定した。具体的には、ビオチンキャプチャーキット(GE Healthcare製)を用いて、CAPセンサーチップ上に2000応答ユニット(RU)のビオチン化HGFを固定した。
環状ペプチドの結合は、0.1%のDMSOを含むHBS EP+ 緩衝液(10mMへぺス(pH7.4), 150 mM NaCl、3 mM EDTA及び0.05%(v/v)SurfactantP20)中に、30 μl/minの流速で各濃度の環状ペプチドを注入することによって試験した。環状ペプチドのHGFへの結合は、シングルサイクルカイネティクス解析法によって分析した。
結果を
図12に示す。横軸は時間(秒)、縦軸はレゾナンスユニット(RU)である。また、平衡解離定数K
Dを以下の表に示す。表中、K
aは会合速度、K
dは解離速度を表す。
【0074】
【0075】
固定化されたHiP8-PEG11へのHGF及びHGF断片の結合を、Biacore 3000(GE Healthcare製)を用いる表面プラズモン共鳴(SPR)により測定した。Hip8-PEG11-ビオチンを、10 RU(resonance unit)でストレプトアビジン被覆チップ表面に担持した。各濃度のHGF及びHGF断片を、それぞれ、10 mM TBS(pH7.4), 150 mM NaCl、及び0.05%Tween20(v/v)中に、30 μl/分の流速で注入することによって試験した。結合親和性は、マルチサイクルカイネティクス解析法によって、定常状態親和性のフィッティングモデルから解析した。
HGF及びHGF断片の模式図を
図13に示す。HGFはドメイン欠失、野生型HGF(KQLR/V)の切断部位を第Xa因子(IEGR/V)の認識配列に置換していない活性型HGFであり、これはMET受容体を活性化できる2本鎖HGFである。tcHGF(Xa)はHGFの切断部位が第Xa因子(IEGR/V)の認識配列に置換され、第Xa因子処理によって2本鎖に切断されたHGFで、これもMET受容体を活性化する2本鎖HGFである。一方、scHGF(Xa)はHGFの切断部位が第Xa因子(IEGR/V)の認識配列に置換されたもので、第Xa因子処理が施されていない1本鎖HGFで、これはMET受容体を活性化できない不活性型である。
HGFのHiP-8への結合の結果を
図14に示す。HGF断片'tcHGF(Xa)'のHiP-8への結合、及び、HGF断片'scHGF(Xa)'のHiP-8への結合の結果を
図15に示す。HGF断片、NK4, SP, NK4とSPとの混合した系(NK4+SP)との結果を
図16に、tcKS-4-SP, tcK4-SP, scKS-4-SP, scK4-SP,のHiP-8への結合の結果を
図17に示す。
【0076】
HGF、HGF断片とMET ECDとの間の結合に対するHiP-8の競合を、Biacore 3000(GE Healthcare製)を用いる表面プラズモン共鳴(SPR)により測定した。His標識MET-ECDを、1000 RUでニトリロトリ酢酸(NTA)被覆チップ表面に担持した。漸増する各濃度のHiP-8と予め混合した、5 nMのHGF、30 nMのNK4、又は30 nMのSP断片を、10 mM TBS(pH7.4)、300 mM NaCl、及び0.05%Tween20(v/v)中、30 μl/分の流速で試験した。
HGF、HGF断片とMET ECDとの間の結合に対するHiP-8の競合を
図18に示す。
【0077】
(環状ペプチドが起こすHGFの立体構造変化)
HGF(2.5 μM)に、HiP-8を存在させた系、又は、存在させなかった系に対し、室温で30分間トリプシンによる分解処理を行った。トリプシンとHGFとのモル比は、0:1, 0.004:1, 0.012:1, 0.037:1, 0.11:1, 0.33:1, 及び1:1とした。分解処理の生成物は、還元条件下5~20%のSDS-PAGEで分析し、クマシーブルーで染色した。
電気泳動の結果を
図19に示す。HiP-8は、トリプシンによるHGFのSP鎖部分のタンパク質分解を起こさなかったことから、HiP-8がHGFのコンフォメーションの変化を誘導することがわかった。
【0078】
(マウスでのMET活性化の阻害試験)
ヒトHGFノックインSCIDマウスの皮下に、ヒトHGFを発現するPC-9ヒト非小細胞肺癌細胞を3×10
6個の細胞/部位で移植した。移植後28日目に、HiP8-PEG11のPBS/リン酸緩衝生理食塩水液を静脈注射した。腫瘍組織を除去し、組織抽出物を使用して、ウェスタンブロッティングによりMET活性化/チロシンリン酸化、及び腫瘍組織中のMET総量を定量した。なお、腫瘍組織はRIPA緩衝液中でホモジナイズした。10mgのタンパク質を含有する各サンプルをSDS-PAGE及びウェスタンブロッティングに供した。チロシン-リン酸化MET、及びMET総量をウェスタンブロットにより検出した。
HiP-8投与後のMET活性化/チロシンリン酸化(pMET)の経時変化(0~20時間)、及び、MET活性化/チロシンリン酸化に対するHiP8-PEG11の濃度依存的阻害の結果を
図20に示す。
【0079】
(組織染色)
ヒト肺癌凍結組織アレイFLU401BをUSBiomax社から入手した。組織切片を、4%(w/v) パラホルムアルデヒドPBS溶液を用いて室温で30分間固定し、プローブの非特異的吸着を防ぐために3% (w/v) ウシ血清由来アルブミン(BSA)PBS溶液で1時間処理し、HiP-8-PEG11-biotin、または、ヒトHGFに対する一次抗体(clone: t5A11、Umitsu M, Sakai K, Ogasawara S, Kaneko M, Asaki R, Tamura-Kawakami K, Kato Y, Matsumoto K, Takagi J. Probing conformational and functional states of human hepatocyte growth factor by a panel of monoclonal antibodies. Scientific Reports, 6: 33149, 2016.)、または、Can Get Signal(登録商標)抗体染色(TOYOBO社製)で希釈したリン酸エステル化したMET(phospho Y1230/1234/Y1235、Abcam社製)を用いて、4℃で終夜、インキュベーションした。
PBSでの3回の洗浄の後、これらのプローブを、Alexa Fluor 488で標識化されたストレプトアビジン又はヤギ抗マウスIgG及びAlexa Fluor 594標識化ヤギ抗ウサギIgG(ThermoFisher Scientific社製)により検出した。
細胞核を、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI; ThermoFisher Scientific社製)を用いて対比染色した。組織切片を、蛍光顕微鏡Biozero BZ-9000(KEYENCE)を用いて解析した。結果を
図21に示す。
ヒト肺がん組織切片において、scHGF/single-chain HGF並びにtcHGF/two-chain HGFの両者を認識するモノクローナル抗体を用いて、scHGFとtcHGFを合わせたtotal HGFを染色すると、total HGFは多数の肺がん細胞において検出された(
図21中の「scHGFとtcHGF」の左列一番上)。一方、チロシンリン酸化MET、すなわち活性化されたMETを示すpMETは肺がん組織の一部で検出され、total HGFとpMETの重複領域は一部に限られた。
これに対して、tcHGFだけをHiP-8によって検出した場合、tcHGF陽性の領域とpMET陽性の領域はよく重複し一致すること、及び、pMET(MET活性化)はtcHGFに依存することを確認した。
【0080】
HiP-8-PEG11もしくはHiP-8-PEG11-biotinは、以下のように合成することによって入手した。
HiP-8-PEG11は、Milliporeから市販されているFmocで保護されたPEG11リンカーを最初のアミノ酸として用いて固相合成を開始し、その後βアラニンを介した後、HiP-8のコア配列を合成した。その後、HiP-8のN末端をクロロアセチル化した後、92.5%トリフルオロ酢酸(TFA)、2.5%水、2.5%トリイソプロピルシラン、及び2.5%エタンジチオールからなる溶液を用いて、ペプチドを樹脂(固相)から脱離させて、ジエチルエーテルを添加してペプチドを沈殿させた。環化反応に供するため、沈殿させて得られたペプチドペレットを10mLのジメチルスルホキシド(DMSO)/0.1%TFA水溶液(体積比1対1)に溶解し、トリエチルアミンを添加してpH>8に調整し、42℃で1時間インキュベートした。TFAを用いて酸性にして環化反応を停止した。その後、ペプチドを逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC、島津製作所製"Prominence LC-20AP")、メルクのクロモリス(登録商標)プレップカラム(200mm×25mm)で精製して、MALDI-TOFマススペクトル(ブルカー社製、オートフレックスII装置)を用いた分子量を確定した。
HiP-8-PEG11-biotinは、モノメトキシトリチル(MMT)化Fmoc-Lysを開始アミノ酸として用い、上記と同様の方法でHiP-8のコア配列の合成を完了した。続いて、Lys残基上のモノメトキシトリチル基を1%TFAジクロロメタン溶液にて選択的に脱保護した。続いて、得られたアミン化合物と、3当量のD-ビオチンN-ヒドロキシスクシンイミドエステルとを3時間室温にて反応させ、上記の方法で固相からペプチドを切り出し、精製を行い、分子量を確定した。
【0081】
【0082】
【0083】
(tcHGFの染色強度とpMETの染色強度との相関)
半定量的に抗体染色を検出するために、それぞれの組織における染色された領域及び混合の領域をImageJ software(NIH社製)を用いて定量した。
それぞれのサンプルを、同じ基準により、-(シグナルがなかった)、±(非常に弱いシグナルがあった)、+(弱いシグナルがあった)、++(中程度のシグナルであった)、及び+++(強いシグナルであった)に区分した。上記区分にしたがって強度をグラフ化した。結果を
図22に示す。
リン酸エステル化されたMET陽性の領域又は二本鎖HGF陽性の領域の割合を、上記と同様の方法に基づき算出した。
肺がん組織切片36検体それぞれについて、上記(組織染色)と同様の組織染色を実施し、total HGF(scHGF+tcHGF)、tcHGF(HiP-8)、pMETの染色強度の相関を調べた。その結果、total HGFはpMETと相関しないのに対して、HiP-8によって検出されるtcHGFの染色強度は、pMETの染色強度と強く相関した。
【配列表】