(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】睡眠改善剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4985 20060101AFI20231108BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20231108BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231108BHJP
C07K 5/062 20060101ALI20231108BHJP
C07K 5/065 20060101ALI20231108BHJP
C07D 487/04 20060101ALN20231108BHJP
【FI】
A61K31/4985 ZNA
A23L33/10
A61P43/00 105
C07K5/062
C07K5/065
C07D487/04 140
(21)【出願番号】P 2018519623
(86)(22)【出願日】2017-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2017019644
(87)【国際公開番号】W WO2017204321
(87)【国際公開日】2017-11-30
【審査請求日】2020-04-24
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2016105477
(32)【優先日】2016-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/17/02/07/02271/
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://www.fld.caa.go.jp/caaks/cssc02/?recordSeq=41704280140300
(73)【特許権者】
【識別番号】592196156
【氏名又は名称】株式会社アミノアップ
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【氏名又は名称】落合 康
(72)【発明者】
【氏名】後藤 一法
(72)【発明者】
【氏名】中東 淳
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 敦哉
(72)【発明者】
【氏名】平山 洋佑
(72)【発明者】
【氏名】堀越 萌李
(72)【発明者】
【氏名】甲田 哲之
(72)【発明者】
【氏名】井上 正一郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 幾太郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 真奈美
【合議体】
【審判長】藤原 浩子
【審判官】吉田 佳代子
【審判官】田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】Jpn Pharmacol.Ther.(薬理と治療)、日本、2016.06.28発行、vol.44,no.6、p.887-893
【文献】特開2013-138631号公報
【文献】特表2003-525850号公報
【文献】国際公開第2015/13397号
【文献】特表2012-517998号公報
【文献】Mini-Reviews in Medicinal Chemistry、2012年発行、Vol.12、p.2-12
【文献】Jpn.Pharmacol.Ther.、2016.05.20発行、Vol.44、No.5、p.743-750
【文献】J.Nutr.Sci.Vitaminol.、2014年発行、Vol.60、p.283-290
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/CAPLUS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される化合物またはその塩を含む、熱ショックプロテイン発現誘導剤。
【請求項2】
Rが、イソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである、請求項1に記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
【請求項3】
Rがイソプロピルである、請求項1に記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
【請求項4】
医薬組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の形態である、請求項1~3のいずれかに記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、日本国特許出願第2016-105477号について優先権を主張するものであり、ここに参照することによって、その全体が本明細書中へ組み込まれるものとする。
本発明は、熱ショックタンパク質発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤および自律神経調整剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は、成育環境に適応するための様々な防御機構を備えている。例えば、生育温度が5~10℃高くなると、熱変性により細胞タンパク質の立体構造が変化しはじめるが、「シャペロン」と呼ばれるタンパク質群によりこれを修復するメカニズムが知られている。シャペロン機能を果たす代表的なタンパク質として熱ショックタンパク質(Heat shock protein;以下、「HSP」とも称する)が知られている。HSPは、哺乳類では現在、十数種類が報告されており、その分子量に応じて、HSP20ファミリー、HSP40ファミリー、HSP70ファミリー、HSP90ファミリー等に分類されている。
【0003】
HSPは、ストレスタンパク質とも呼ばれており、環境ストレス、病的ストレス、心理ストレス等に対応して生体内で発現が増強される。生体内で発現したHSPは、種々のストレスを受けて高次構造の一部が変化し、本来の生理機能の消失しかけたタンパク質と特異的に結合し、ATPの加水分解の際に生じるエネルギーを利用して結合相手のタンパク質の高次構造を本来の構造に戻し、生理機能を回復させる役割を果たしている。
このようにHSPは、生体防御や生体の恒常性維持に寄与しており、生体内でHSPの発現を誘導できれば、タンパク質の高次構造の異常に起因する各種疾患や症状、或いはHSPに関連する各種疾患や症状の予防または改善に有効になる。
【0004】
HSPの中でも、特にHSP70は盛んに研究がなされており、近年、HSP70と睡眠との関係(非特許文献1および2)や、ストレスとの関係(非特許文献3および4)が明らかになってきた。また、ストレスと自律神経障害との間には、密接な関連性が存在することも知られている。したがって、HSP70のシャペロン機能が、睡眠不足や日々のストレス、自律神経障害などによるダメージからの回復に寄与すると考えられている。
このため、HSP70発現誘導物質を、医薬品、医薬部外品等に適用しようとする研究が行われており、そのような物質として、例えば、ゼルンボン等が報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Doklady Biological Sciences, 2013, Vol.449, pp. 89-92
【文献】Doklady Biological Sciences, 2015, Vol.461, pp. 76-79
【文献】Exp. Ther. Med. 2012, Oct;4(4), 627-632
【文献】J. Biol. Chem. 2000, Vol.275, No.27, 20822-20828
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、優れたHSPの発現誘導作用を有する有効成分を含むHSP発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、下記一般式(I)で示される含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩が、優れたHSP発現誘導作用を有し、これに基づいて睡眠改善作用、抗ストレス作用、自律神経調整作用等を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
[1] 式(I):
【0009】
【化1】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される化合物またはその塩を含む、熱ショックプロテイン発現誘導剤。
[2] Rが、イソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである、上記[1]に記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
[3] Rがイソプロピルである、上記[1]に記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
[4] 医薬組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の形態である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の熱ショックプロテイン発現誘導剤。
[5] 式(I):
【0010】
【化2】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される化合物またはその塩を含む、睡眠改善剤。
[6] Rが、イソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである、上記[5]に記載の睡眠改善剤。
[7] Rがイソプロピルである、上記[5]に記載の睡眠改善剤。
[8] 医薬組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の形態である、上記[5]~[7]のいずれかに記載の睡眠改善剤。
[9] 式(I):
【0011】
【化3】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される化合物またはその塩を含む、自律神経調整剤。
[10] Rが、イソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである、上記[9]に記載の自律神経調整剤。
[11] Rがイソプロピルである、上記[9]に記載の自律神経調整剤。
[12] 医薬組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の形態である、上記[9]~[11]のいずれかに記載の自律神経調整剤。
[13] 式(I):
【0012】
【化4】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される化合物またはその塩を含む、抗ストレス剤。
[14] Rが、イソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである、上記[13]に記載の抗ストレス剤。
[15] Rがイソプロピルである、上記[13]に記載の抗ストレス剤。
[16] 医薬組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の形態である、上記[13]~[15]のいずれかに記載の抗ストレス剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、次の一つ以上の作用効果を有するHSP発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等を提供することができる。
(1)HSP70の発現を誘導する。
(2)睡眠を質的に改善する。具体的には、睡眠の質、睡眠覚醒リズム、熟眠感、寝覚め感、起床時の疲労感、日中の眠気、作業効率、睡眠に満足出来ないことから生じるゆううつな気分、などのうち1以上を改善する。
(3)抗ストレス作用。
(4)自律神経調整作用。
(5)その他、タンパク質の高次構造の異常に起因する各種疾患や症状、或いはHSPに関連する各種疾患や症状の予防または改善。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、含プロリン-3-アルキルジケトピペラジン(化合物1)によるHSP70 mRNA発現量を示す図である。
【
図2】
図2は、含プロリン-3-アルキルジケトピペラジン(化合物2)によるHSP70 mRNA発現量を示す図である。
【
図3】
図3は、含プロリン-3-アルキルジケトピペラジン(化合物3)によるHSP70 mRNA発現量を示す図である。
【
図4】
図4は、位相前進後のラットの明期活動量の推移を示す図である。
【
図5】
図5は、位相前進後の1日目、明期(12時間)におけるラットの活動量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のHSP発現誘導剤は、有効成分として、下記一般式(I):
【0016】
【化5】
〔式中、Rは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルである。〕
で示される含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩を含む。
【0017】
上記式(I)中の「低級アルキル」は、直鎖または分岐状の炭素数1~6のアルキル基を意味し、具体的には、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ペンチル、ネオペンチル、ヘキシル、イソヘキシル等が挙げられる。好ましくは、直鎖または分岐状の炭素数1~4のアルキル基、例えば、イソプロピルが挙げられる。
【0018】
上記式(I)中のRは、低級アルキル、フェニル、またはヒドロキシフェニルであり、好ましくはイソプロピル、フェニル、またはヒドロキシフェニルであり、特に好ましくはイソプロピルである。
【0019】
上記式(I)の含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンのうち、特に好ましくは次の化合物1~3(特に化合物1)が挙げられる。
【0020】
(化合物1)
名称:(3S,8aS)-3-イソブチルヘキサヒドロピロロ[1,2-a]ピラジン-1,4-ジオン
略称:Cyclo(L-Leu-L-Pro)
【化6】
【0021】
(化合物2)
名称:(3S,8aS)-3-ベンジルヘキサヒドロピロロ[1,2-a]ピラジン-1,4-ジオン
略称:Cyclo(L-Phe-L-Pro)
【化7】
【0022】
(化合物3)
名称:(3S,8aS)-3-(4-ヒドロキシベンジル)ヘキサヒドロピロロ[1,2-a]ピラジン-1,4-ジオン
略称:Cyclo(L-Tyr-L-Pro)
【化8】
【0023】
上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンの塩としては、医薬品や飲食品の分野で許容されるものが挙げられ、例えば、無機塩基との塩、有機塩基との塩、塩基性アミノ酸との塩等が挙げられる。
無機塩基との塩の好適な例としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩;アンモニウム塩などが挙げられる。
有機塩基との塩の好適な例としては、例えば、アルキルアミン(トリメチルアミン、トリエチルアミンなど)、複素環式アミン(ピリジン、ピコリンなど)、アルカノールアミン(エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなど)、ジシクロヘキシルアミン、N,N'-ジベンジルエチレンジアミンなどとの塩が挙げられる。
塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えば、アルギニン、リジン、オルニチンなどとの塩が挙げられる。
これらの塩のうち好ましくは、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩である。とりわけナトリウム塩が好ましい。
【0024】
本発明で用いられる含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩は、当該分野で公知の方法、例えば、化学合成方法、酵素法、微生物発酵法等にしたがって調製することができる。具体的には、直鎖ペプチドを脱水・環化反応させることにより合成することができ、例えば、特開2003-252896号公報、J. Peptide Sci., 10, 737-737(2004)に記載の方法にしたがって、調製することができる。
また、上記化合物1~3は、公知化合物であり、例えば、BACHEM社より入手することができる。
【0025】
本発明において、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩は、有効成分として、単独で使用してもよく、2種以上で使用してもよい。例えば、上記化合物1~3のうち、1種を単独で使用してもよく、2種または3種を使用してもよい。
例えば、上記化合物1~3のうち、2種で使用する場合、その使用比率は特に限定されないが、例えば、化合物1および2の2種で使用する場合、化合物1:化合物2=10~0.5:3~0.1であり、好ましくは6~1:2~0.5であり、化合物1および3の2種で使用する場合、化合物1:化合物3=10~0.5:5~0.5であり、好ましくは6~1:4~0.7であり、化合物2および3の2種で使用する場合、化合物2:化合物3=3~0.1:5~0.5であり、好ましくは0.5:4~0.7である。
また、例えば、上記化合物1~3の全種類(3種)で使用する場合、その使用比率は特に限定されないが、例えば、化合物1:化合物2:化合物3=10~0.5:3~0.1:5~0.5であり、好ましくは6~1:2~0.5:4~0.7である。
【0026】
上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩は、優れたHSP発現誘導作用を有する。したがって、当該化合物を有効成分として含む本発明のHSP発現誘導剤は、タンパク質の高次構造の異常に起因する各種疾患や症状、或いはHSPに関連する各種疾患や症状の予防または改善に有効である。
本発明において、発現誘導の対象となるHSPには、HSP20、HSP27、HSP28等のHSP20ファミリータンパク質;HSP40、HSP47等のHSP40ファミリータンパク質;HSP70、HSP72、HSP73等のHSP70ファミリータンパク質;HSP90a、HSP90b等のHSP90ファミリータンパク質のいずれもが含まれる。好ましくは、HSP70ファミリータンパク質、さらに好ましくは、HSP70である。
本発明において、HSPの発現誘導には、生体内および生体外での発現が含まれるが、好ましくは生体内での発現である。また、HSPの発現が誘導される生体内部位としては、好ましくは脳内が挙げられる。
【0027】
上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩は、HSP発現誘導作用に基づき、優れた睡眠改善作用、抗ストレス作用、自律神経調整作用等を示す。
したがって、本発明は、有効成分として、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩を含む、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等も提供する。
【0028】
本発明における「睡眠改善」とは、睡眠の質、睡眠覚醒リズム、熟眠感、寝覚め感、起床時の疲労感、日中の眠気、作業効率、睡眠に満足出来ないことから生じるゆううつな気分、などの1つ以上の改善効果が観察されることをいう。
睡眠の質の改善とは、入眠潜時を短縮し、中途覚醒回数および時間を減少させ、入眠後深い眠りとされる徐波睡眠に円滑に移行し熟眠時間が増加することで、良質の睡眠を得ることをいう。
睡眠覚醒リズムの改善とは、睡眠覚醒リズムのずれの改善であり、就寝・起床リズムを整えることをいう。睡眠覚醒リズムのずれは、夜間の光環境や就労環境などの大きな変化により生じる、社会的時間と生物時計が一致しない社会的ジェットラグも含む。つまり仕事などの社会的制約のある平日と制約のない休日に就寝・起床リズムがずれることや、不規則な睡眠周期などにより生体の概日リズムが崩れる事も意味する。
睡眠の質および/または睡眠覚醒リズムが改善されることにより、ぐっすり眠れたという熟眠感が得られ、すっきりした寝覚め感が得られる。さらに、日中の眠気や起床時の疲労感を感じることなく、日中の作業効率が上がる。また、良質の睡眠が得られなかったり、就寝・起床リズムがずれることで、ゆううつな気分になることを軽減する。
改善効果とは、症状または状態の好転、症状または状態の悪化の防止または遅延、あるいは症状の進行の逆転、防止または遅延をいう。
【0029】
本発明における「抗ストレス作用」とは、哺乳動物、特にヒトのストレスに起因する疲労を防止するものまたは脳のストレスによる疲労を予防するものをいう。ここで疲労とは、身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的および精神的パフォーマンスの低下現象である。パフォーマンスの低下は、身体的および精神的能力の質的あるいは量的な低下である。
【0030】
本発明における「自律神経調整作用」とは、過度のストレス負荷により生じる、交感神経と副交感神経の均衡(自律神経のバランス)の乱れ、自律神経の活動度の低下等を改善することをいう。例えば、消化管の働きは主に副交感感神経に支配されているため、ストレス負荷により交感神経の緊張が持続すると、消化管の働きが抑制され、食欲不振、便秘等の胃腸障害が引き起こされる。また、ストレス負荷により副交感神経がうまく機能せずに交換神経の活動が亢進され続けると、不眠が引き起こされると考えられる。上述のようにストレスと自律神経との間には密接な関連性が存在する一方で、ストレス負荷によらない自律神経障害もまた存在する。またストレス負荷は必ずしも自律神経障害を引き越すわけではなく、他の身体的症状を誘発する場合がある。
【0031】
本発明において、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩は、そのまま、HSP発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等(以下、「HSP発現誘導剤等」と称する。)として利用可能である。また、目的とする作用効果に影響を与えない範囲で、医薬品や医薬部外品に添加可能な担体や、食品添加物と組み合わせて用いることができる。
【0032】
また、本発明においては、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩を、HSP発現誘導剤等として、各種の医薬品、医薬部外品、化粧品、飲食品に添加して、医薬組成物、医薬部外品組成物、飲食品組成物等の形態で使用することができる。
上記医薬品、医薬部外品、飲食品としては、通常使用されるものであれば特に限定されず、例えば、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、粉末剤、チュブル錠、菓子類(クッキー、ビスケット、チョコレート菓子、チップス、ケーキ、ガム、キャンディー、グミ、饅頭、羊羹、プリン、ゼリー、ヨーグルト、アイスクリーム、シャーベットなど)、パン、麺類、ご飯類、シリアル食品、飲料(液剤、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、粉末飲料、果実飲料、乳飲料、ゼリー飲料など)、スープ(粉末、フリーズドライ)、味噌汁(粉末、フリーズドライ)等が挙げられる。また、飲食品には、機能性表示食品、特定保健用食品、健康食品、栄養補助食品(サプリメント)、医療用食品等も含まれる。
【0033】
本発明のHSP発現誘導剤等の対象者は特に限定されないが、例えば、眠りが浅い、起床時に眠り足りない、寝つきが悪い、熟眠感が足りない(深く眠れない)、夢見が悪い、疲れが取れない等、睡眠感に主観的な不満を感じている対象者、睡眠感に主観的な不満はないが、疲労感を感じているので睡眠の質を改善したいと考えている対象者、自律神経の乱れを感じている対象者、および日常生活にストレスを感じている対象者などが挙げられる。また、特段の問題のない対象者も、良好な睡眠の維持、睡眠障害の予防、睡眠の質の向上、自律神経調整作用、抗ストレス作用等を目的として日常に摂取し得る。
なお、本発明でいう対象者は、特にヒトであるが、本発明は、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギなど)に対しても適用可能である。
【0034】
本発明のHSP発現誘導剤等において、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩の1日当たりの投与(摂取)量は、特に限定されず、投与の目的(対象疾患や症状)、投与形態、対象者の性別、体重や年齢等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、ヒト成人の場合、含プロリン-3-アルキルジケトピペラジン換算で、通常0.1μg~1.7gであり、好ましくは1μg~1.5g、更に好ましくは5μg~1.3gである。
また、上記化合物1の1日当たりの投与量は、ヒト成人の場合、通常0.5μg~500mgであり、好ましくは1μg~450mg、更に好ましくは10μg~400mgである。
上記化合物2の1日当たりの投与量は、ヒト成人の場合、通常0.1μg~400mgであり、好ましくは2μg~350mg、更に好ましくは5μg~300mgである。
上記化合物3の1日当たりの投与量は、ヒト成人の場合、通常0.1μg~800mgであり、好ましくは2μg~700mg、更に好ましくは5μg~600mgである。
【0035】
本発明のHSP発現誘導剤等の投与のタイミングは、特に限定されないが、1日1回就寝前に投与(摂取)することが好ましい。
【0036】
また、本発明は、HSP発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等として使用するための、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩を提供する。
さらに、本発明は、HSP発現誘導剤、睡眠改善剤、抗ストレス剤、自律神経調整剤等を製造するための、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩の使用を提供する。
加えて、本発明は、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩を、対象者に投与することを含む、HSP発現誘導方法、睡眠改善方法、抗ストレス方法、自律神経調整方法等を提供する。
これらの態様における用語の定義、上記含プロリン-3-アルキルジケトピペラジンまたはその塩、その使用形態、対象者、投与量、投与のタイミング、各剤中の配合量等は、上記と同様である。
【実施例】
【0037】
次に代表的な実施例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、特に言及しない限り、「%」は「重量%」を示す。
【0038】
(実施例1)HSP70 mRNA発現誘導作用の評価
化合物1~3のHSP70発現誘導作用を、HSP70のmRNA発現レベルを測定することにより評価した。
白血病細胞株細胞(HL-60細胞)を10%の牛胎児血清を添加したRPMI1640培地に懸濁し、1.5mLチューブへ播種した(4.5万個/0.9mL)。1%DMSO溶液に調製したサンプルを0.1mL添加し、37℃、4時間静置した。コントロールには1%DMSO溶液0.1mLを添加した。4時間培養後、細胞を小型冷却遠心機(1,000gx5分)にて遠心分離を掛け、HL-60細胞を沈殿させた。上清を除いたあと、0.25mLのTrizol(Thermo Fisher Scientific社製)に細胞を溶解し、プロトコール通りにtotal RNAを抽出した。RNase free水に溶解後、極微量分光光度計NanoDrop2000/2000c(Thermo Fisher Scientific社製)でRNA濃度(波長260nm)を測定した。RNA溶液をRNase free水で50ng/mLの濃度に希釈し、ReverTra Ace(R) qPCR RT Kit(TOYOBO社製)を用いてcDNAを合成した。逆転写後の反応液(10μl)を100μLになるようにRNase free水で希釈し、PCRの鋳型とした。HSP70遺伝子の発現を補正する内部標準遺伝子としてbeta 2 microglobulin遺伝子を用いた。PCR反応に用いた各遺伝子のプライマー配列は以下の通りである。
HSP70 forward primer: GCATTTCCTAGTATTTCTGTTTGT(配列番号1)
HSP70 reverse primer: AATAGTCGTAAGATGGCAGTATA(配列番号2)
beta 2 microblobulin forward primer: TAGCTGTGCTCGCGCTACT(配列番号3)
beta 2 microblobulin reverse primer: AGTGGGGGTGAATTCAGTGT(配列番号4)
【0039】
発現解析にはCFX Connect リアルタイム PCR解析システム(Bio-rad社製)を使用した。反応液10μLのPCR反応液を95℃、3分間インキュベート(初期変性)し、その後95℃、10秒の変性、57.8℃、30秒のアニーリングおよび伸長を55サイクル繰り返した。最後に65℃から95℃の範囲を0.2℃ごとにメルティングカーブの測定を行った。Bio-Rad CFX Manager 3.1を用いて、HSP70遺伝子および内部標準遺伝子の発現量を解析した。
【0040】
化合物1、2、および3のHSP70 mRNA発現誘導能をそれぞれ、コントロールに対する%で
図1~3に示した。この結果から、いずれのサンプルもコントロールに比べ、HSP70遺伝子のmRNA発現を増強することが明らかとなった。また各活性成分のHSP70 mRNA発現誘導能に対する濃度依存性を検討したところ、HSP70 mRNA発現誘導能をコントロール対して150%まで増加させる濃度は、化合物1では0.083mg/ml濃度、化合物2では0.045mg/ml濃度、化合物3では0.101mg/ml濃度であった。
【0041】
(実施例2)
7週齢雄性Wistarラットに、小型活動計(NanoTag
(R)、キッセイコムテック(株))を腹腔内に埋植した。その後、一週間の回復期を経た後、体重を指標として層別無作為化割付にて、表1に示す4群(Control群、化合物A-1群、化合物A-2群、化合物A-3群;各n=17)に割り付け、被験飼料を混餌投与した。混餌投与開始から15日目の時点で、明暗サイクルを8時間前進させ、その後も被験飼料の混餌投与を2週間継続した。なお、位相前進日を除く飼育環境の明暗サイクルは12時間周期で、明期の照度は、およそ200lx(185~230lx)になるように設定した。この位相前進による軽度の睡眠障害モデルにおいて、位相前進後の明期活動量に被験飼料投与が及ぼす影響を検討した。
なお、検定は両側検定にて行い、検定の有意水準は5%とし、両側10%を傾向差有りとした。解析にはSAS software release 9.3(SAS Institute Japan(株))を使用した。
【表1】
【0042】
[結果]
図4は、位相前進後のラットの明期活動量の推移を示したものである。横軸は位相前進からの経過日数、縦軸は明期(12時間)の活動量を表し、活動量については平均値±標準誤差を示した。なお、pre3日間については、3日間の事前投与期間の明期活動量の平均値を示した。
グラフの形状より位相前進後、活動量が上昇することが示され、日数の経過とともに位相前進前の活動量レベルに戻っていくことが示された。
【0043】
図4より活動量の上昇が特に顕著であった1日目と2日目の明期の活動量に関し、化合物Aの効果を確認するため、Dunnett test with Mixed model for repeated measures methodを行った。すると、化合物A-3群はControl群より活動量を抑制する傾向を示し(P=0.0978)、化合物A-2群はControl群より有意に抑制した(P=0.0481)。これらのことから化合物Aは、1日目から2日目までの明期における、位相前進による睡眠障害を抑制することが示唆された。
【0044】
図5は、位相前進後の1日目、明期(12hr)におけるラットの活動量を示す。横軸は各群、縦軸は明期(12時間)の活動量を表し、活動量については平均値±標準誤差を示した。
Dunnett testによる群間比較を行ったところ、化合物A-3群はControl群に比べて活動量を抑制する傾向があり(P=0.0536)、化合物A-2群はControl群に比べて活動量を有意に抑制した(P=0.016)。これらのことから化合物Aは、1日目の明期(12時間)において位相前進による睡眠の悪化を抑制することが示唆された。
【0045】
以上のとおり、
図4および
図5のいずれも、位相前進後、一番活動量が乱れやすい初期の明期で有意差を示していることから、化合物Aが睡眠の質を改善していることが示唆された。
【0046】
(実施例3)Wada T. et al., Brain Res Bull. 2006; 69: 388-92.に記載の方法
8週齢雄性Wistarラットの脳にEEG用電極を埋め込み、術後1週間の回復期を置く。その後、ブラシによる刺激(断眠刺激)に対する馴化を2~3日実施する。試験日に、EEGデータをモニターしながら、non-REM睡眠が検出されたらブラシで刺激して、non-REM睡眠を妨げる。Non-REM睡眠を妨げた影響に対する被験薬剤の効果を検証する。
【0047】
(実施例4)Miyazaki K. et al., PLoS One. 2013; 8: e55452.に記載の方法
8~15週齢の雄性C3H-HeNマウスを、回転カゴを設置したケージでの紙製床敷飼育から、試験1日目で室温の1.5cm水浸状態に変更し、ストレスを負荷する。この状態では水浸を避けるため、回転カゴ上で生活するようになる。マウスの活動状況を回転カゴの動きでモニターし、睡眠/覚醒を評価する。負荷として、7日間継続後に評価すれば、EEGにおける評価と活動量による評価が類似した状況になる。
【0048】
(実施例5)Sei H. et al., Life Sci. 2003; 73: 53-59.に記載の方法
10-12週齢の雄性Wistarラットを、12時間暗期・12時間明期の明暗サイクルから4時間暗期・12時間明期の明暗サイクルに変更して1~7日間飼育する。この動物に対して、事前に腹腔内にテレメトリー式の体温計を設置しておくことで体温リズムの把握が可能となるが、上記の明暗サイクルの変更によって、体温リズムの変調が検出でき、また、血漿コルチゾール濃度や海馬BNDFタンパク質量への影響も把握できる。
【配列表フリーテキスト】
【0049】
配列番号1に記載される塩基配列は、HSP70 forward primerの塩基配列である。
配列番号2に記載される塩基配列は、HSP70 reverse primerの塩基配列である。
配列番号3に記載される塩基配列は、beta 2 microglobulin forward primerの塩基配列である。
配列番号4に記載される塩基配列は、beta 2 microglobulin reverse primerの塩基配列である。
【配列表】