(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】熱衝撃特性に優れた歯切工具
(51)【国際特許分類】
B23F 21/00 20060101AFI20231109BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20231109BHJP
B23F 21/10 20060101ALI20231109BHJP
B23F 21/16 20060101ALI20231109BHJP
B23F 21/12 20060101ALI20231109BHJP
B23F 21/28 20060101ALI20231109BHJP
C23C 14/06 20060101ALN20231109BHJP
【FI】
B23F21/00
B23B27/14 A
B23F21/10
B23F21/16
B23F21/12
B23F21/28
C23C14/06 A
(21)【出願番号】P 2019220244
(22)【出願日】2019-12-05
【審査請求日】2022-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩嗣
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-035345(JP,A)
【文献】特開2009-293111(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0151842(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23F 21/00 - 21/28
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/00
B23P 15/28
C23C 14/06
C23C 16/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速度工具鋼製の基材の表面に硬質皮膜が被覆されており、前記硬質皮膜は前記基材の表面側から化学成分がAlTiNである第1硬質皮膜、
化学成分がAlCrTiSiNである第2硬質皮膜の順序で形成されていて、前記第1硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Ti=
67:33の比率の範囲内で
あり、前記第2硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Cr:Ti:Si=48:26:21:5の比率の範囲内であることを特徴とする
熱衝撃特性に優れた歯切工具。
【請求項2】
高速度工具鋼製の基材の表面に硬質皮膜が被覆されており、前記硬質皮膜は前記基材の表面側から化学成分がAlTiNである第1硬質皮膜、化学成分がAlCrVNである第2硬質皮膜の順序で形成されていて、前記第1硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Ti=67:33の比率の範囲内であり、前記第2硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Cr:V=70:25:5の比率であることを特徴とする熱衝撃特性に優れた歯切工具。
【請求項3】
前記歯切工具は、ピニオンカッタ,シェービングカッタ,スカイビングカッタ,フレージングカッタ,ホブのうちのいずれかであることを特徴とする
請求項1または2に記載の熱衝撃特性に優れた歯切工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内歯車や外歯車を加工するスカイビングカッタやホブ等の歯切工具に関する。
【背景技術】
【0002】
被加工物(ワーク)に対して外歯車や内歯車を加工する(歯車加工)形態として、スカイビングカッタ等の歯切工具を工作機械に取り付けて行なう。ワークの大きさが小さい場合や厚みが薄い場合などは、切削加工により発生する摩擦熱も小さいので、これまでは潤滑剤を使用しない状態で加工する、いわゆるドライカット加工が行なわれてきた(特許文献1および2参照)。
【0003】
ところが、ドライカット加工では潤滑剤を使用しないので、切削加工された細かな切り屑は工作機械の内部を舞い上がり、歯切工具の切れ刃間に進入する。その結果、切り屑が切れ刃の隙間に噛み込んで歯切工具に大きな損傷を与える場合があった。
【0004】
そのため、被加工物(ワーク)および歯切工具を冷却するために切削液(切削油剤)を使用(ウエット加工)して、切削加工により発生した切り屑を確実に下方に落とすことができる。このような切削油剤を使用した切削加工(ウエット加工)に適した多用な硬質皮膜も開発されており、最近では難削材の加工にも対応できるようになった(特許文献3および4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-117538号公報
【文献】特許第3165658号公報
【文献】特許第4616213号公報
【文献】特許第5250706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、切削油剤による加工(ウエット加工)はドライカット加工に比べて工具に対する冷却能が高くなるがゆえに、切削加工中と切削加工後の双方における工具の温度差(温度ギャップ)も大きくなる。そのため、切削加工後の温度低下に耐えられない工具は、その表面を被覆している硬質皮膜に亀裂が生じるという問題があった。
【0007】
また、切削油剤はぬれ性に乏しいため、微小な空隙まで浸透しがたい性質がある。そのために切削油剤は切削加工時における工具の刃先とワークの間に入り込み難く、切削の加工点まで届きにくい。つまり、切削加工中は工具の切削加工点における切削油剤の冷却効果は、工具の先端部分以外の部分に比べると小さい。
【0008】
切削加工中に工具の先端部分がワークから一旦離れると、工具の先端部分にも切削油剤が接触し、その冷却効果の恩恵を受ける。そのため、切削加工中において工具の先端部分とワークとの位置関係によって切削油剤と接触する場合と接触しない(または接触しがたい)場合が発生する。その結果、工具の先端部分には切削油剤との接触の有無により急激な温度変化が生じて、熱歪み(熱応力)が蓄積することで工具の表面に被覆されている硬質皮膜に亀裂が生じて、最終的に硬質皮膜がはく離する。
【0009】
そこで、本発明は切削油剤を使用した切削加工時において、切削加工中の温度変化に起因する熱応力(熱衝撃特性)に優れた硬質皮膜が被覆された歯切工具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明である歯切工具は、高速度工具鋼製の基材の表面に硬質皮膜が被覆されている歯切工具において、硬質皮膜は基材の表面側から化学成分がAlTiNである第1 硬質皮膜、化学成分がAlCrTiSiN またはAlCrVNである第2硬質皮膜の順序で形成する。第1硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Ti=67:33の比率の範囲内である。第2硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Cr:Ti:Si=48:26:21:5の比率の範囲内とする。
【0011】
もしくは、第1硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量% で、Al:Ti=67:33の比率の範囲内として、第2硬質皮膜を構成する各金属元素は原子量%で、Al:Cr:V=70:25:5の比率とすることもできる。なお、歯切工具については、ピニオンカッタ,シェービングカッタ,スカイビングカッタ,フレージングカッタ,ホブのうちのいずれかを選択することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の歯切工具は、従来の歯切工具に対して切削油剤を使用した切削加工に特有の高温雰囲気と低温雰囲気の繰り返しで起る熱衝撃特性に優れており、切れ刃のクレータ摩耗やチッピングが発生し難い効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】実施例2で用いた舞ツール10の正面図である。
【
図3】実施例2で用いた舞ツール10の側面図である。
【
図4】実施例2の切削加工状態を示す斜視図である。
【
図5】実施例2の切削加工状態を示す平面図である。
【
図6】実施例3で用いた舞ツール50の正面図である。
【
図7】実施例3で用いた舞ツール50の斜視図である。
【実施例1】
【0014】
本発明の歯切工具に被覆する硬質皮膜の耐熱衝撃特性を評価する試験(以下、本試験という)を行なったので、その試験結果について図面を用いて説明する。本試験で用いた試験片は、高速度工具鋼製の基材(直径15mm×厚さ5mmの円柱型試料)を共通仕様として当該基材の表面に異なる化学成分の硬質皮膜を被覆したものとした。各基材の表面における硬質皮膜の被覆は、所定の化学成分のターゲットが内部に装着されているアークイオンプレーティング装置(PVD装置)を用いて行なった。
【0015】
本試験では、化学成分が本発明に規定した範囲に属するもの(発明品2種類)および化学成分が規定した範囲外であるもの(比較品3種類)を計5種類の硬質皮膜を使用した。本試験で用いた試験片の表面に被覆した各硬質皮膜の化学成分等を表1に示す。なお、試験片の表面に被覆した硬質皮膜の厚さはすべて約4~5μmの範囲とした。
【0016】
【0017】
これら5種類の硬質皮膜を被覆した試験片を用いて、所定の熱サイクルを一定回数繰り返した後、試験片の表面に発生した亀裂の有無や亀裂の大きさ等を確認し、各硬質皮膜間における熱衝撃特性の優劣を評価した。本試験で試験片に対する高温と低温の熱サイクル条件を
図1に示す。
【0018】
この熱サイクルは、
図1に示す様に常温の雰囲気にある試験片を4秒間で700℃まで高周波加熱装置により加熱した後、0.5秒間で300℃まで冷却する。その後に4秒間で試験片を700℃まで再度加熱する。試験片を低温域(300℃)と高温域(700℃)の2つの温度域を交互に1000回(サイクル)繰り返した後、最後は試験片を常温まで冷却して終了とした。
【0019】
上述した熱サイクルを終了した各試験片は、埋め込み試料を作製してから試料表面を研磨して、試験片の表面に発生した亀裂の大きさ(長さ)と数量を計測した。本試験後の試験片表面に発生した亀裂の本数の計測結果を表2に示す。亀裂の数量(本数)については、亀裂の長さごとに4つの区分(レベル1~4)に分類して、各区分ごとの数を計測した。その計測結果について以下に説明する。
【0020】
【0021】
まず、本試験終了後における発明品1および2の亀裂の本数については、亀裂長さが5μm以下である(レベル1)の本数はそれぞれ2本、11本であった。亀裂長さが5μm超10μm以下である(レベル2)本数は共に確認されず、亀裂長さが10μm超50μm以下である(レベル3)本数はそれぞれ1本、2本であった。亀裂長さが50μmを超える本数はそれぞれ0本、2本であった。これら全ての亀裂の総数は、発明品1が3本、発明品2が15本となった。
【0022】
これに対して、本試験終了後における比較品1ないし3の亀裂の本数については、亀裂長さが5μm以下である(レベル1)の本数はそれぞれ20本、3本、8本であった。亀裂長さが6μm以上10μm以下である(レベル2)本数はそれぞれ7本、1本、5本、亀裂長さが11μm以上50μm以下である(レベル3)本数はそれぞれ1本、1本、5本であった。亀裂長さが50μmを超える本数はそれぞれ0本、2本、0本であった。これら全ての亀裂の総数は、比較品1が28本、比較品2が7本、比較品3が18本となった。以上の試験結果より、比較品1ないし3の亀裂の本数は、発明品1および2の亀裂の本数をやや上回る結果となり、発明品の表面に被覆された硬質皮膜は比較品に被覆された硬質皮膜に対して熱衝撃特性に優れていることが確認された。
【実施例2】
【0023】
次に、歯切工具(ホブ)を想定した試験片を用いた切削加工試験を行なったので、その試験結果について図面を用いて説明する。本実施例の切削加工試験では、歯切工具の代替工具である「舞ツール」を使用した。本実施例で使用した舞ツール10の正面図を
図2、舞ツール10の側面図を
図3にそれぞれ示す。本実施例では、実施例1の発明品1および2と同一の硬質皮膜を被覆した舞ツールを発明品11、発明品12とし、比較品11~13と同一の硬質皮膜を被覆した舞ツールを比較品11~13とした。
【0024】
ここで、「舞ツール」とは歯切工具(ホブ)の切れ刃1枚分に相当するカッター状の試験用代替工具であり、この代替工具には
図2および
図3に示す様に1枚の切れ刃20だけが形成されている。舞ツールを用いた被削材(ワーク)への切削加工試験の状態の模式図を
図4および
図5、本実施例の切削加工条件を表3に示す。
【0025】
【0026】
本切削加工試験では、
図4に示すように舞ツール10を回転させながら(回転方向DR)切れ刃20で中空円筒状の被削材Wの外周側を切削加工する。また、回転している舞ツール10は被削材Wを切削しながら、鉛直方向DVに移動して加工位置を下方から上方に変えていく。舞ツール10が上方位置まで上昇したことで被削材Wに1本の溝Sが形成されたことを以って「1パス」の切削加工が完了する。1パスの切削加工が完了すると、被削材Wを回転させて(回転方向DW)切削加工の位置を変えた後、連続して舞ツール10による切削加工を行なう。
【0027】
そのような手順で切削加工を行ない、
図5に示す様に被削材Wの外周側に溝S1(1パス目で加工された溝)、溝S2(2パス目で加工された溝)、溝S3(3パス目で加工された溝)・・・のように新たな溝を形成する。本切削加工試験では舞ツール10の切れ刃20の刃先が摩耗するまでの総パス回数を計測した。本計測結果を表4に示す。
【0028】
【0029】
本切削加工試験の結果、発明品11は刃先が摩耗するまでに6600パス、発明品2は6000パスの加工を行なうことができた。試験途中の3000パス終了後において発明品11および12(舞ツール)の刃先の状態を確認したところ、刃先のすくい面にはクレータ(陥没箇所)は確認されなかった。しかし、刃先の稜線には数箇所のチッピングが確認された。
【0030】
一方、比較品11は3000パスの加工終了時に刃先のすくい面に数箇所のクレータが見られたが、刃先の稜線に多数のチッピングが確認されたので、切削加工試験はその時点で終了とした。比較品12および13についてはすくい面に多数のクレータが表出し、さらに刃先の稜線にも多数のチッピングが確認されたので、3000パスの加工後に切削加工試験を終了した。以上の試験結果より、発明品は比較品に比べて切削加工(外歯車加工)の寿命を延長し、刃先のクレータや刃先の稜線のチッピングの発生も抑制できることがわかった。
【実施例3】
【0031】
次に、1歯のスカイビングカッタを用いた切削加工試験を行なったので、その試験結果について図面を用いて説明する。本実施例の切削加工試験では、実施例2とは異なる形態の「舞ツール(スカイビングカッタの代替工具)」を使用した。本実施例で使用した舞ツール50の正面図を
図6、斜視図を
図7にそれぞれ示す。
【0032】
なお、本実施例で使用した舞ツール50は、
図6および
図7に示す様に外周部に多数の切れ刃を備える通常のスカイビングカッタから1枚の切れ刃60のみ残して、その他の切れ刃をすべて除去することで製作した。
【0033】
本実施例では、実施例1の発明品1と同一の硬質皮膜を切れ刃に被覆した舞ツールを発明品21とし、AlCrN(原子量%でAl:Cr=70:30)の硬質皮膜を切れ刃に被覆した舞ツールを比較品21とした。本実施例の切削加工条件を表5に示す。
【0034】
【0035】
本切削加工試験では、発明品および比較品ともに切れ刃の逃げ面における摩耗量が試験開始から200μmに達した時点で試験終了とし、それぞれの総切削長さ(m)を測定した。その結果、発明品21の総切削長さは26.8mであるのに対して、比較品21の総切削長さは13.4mであり、発明品21の総切削長さの半分であった。 以上の試験結果より、本発明の歯切工具は内歯車加工においても工具寿命を延長できることがわかった。
【符号の説明】
【0036】
10,50 舞ツール(歯切工具)
20,60 切れ刃
DV 舞ツールの移動方向
DR 舞ツールの回転方向
DW 被削材の回転方向
S(S1~S3) 溝
W 被削材