(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】鋼部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/20 20060101AFI20231109BHJP
B21D 22/26 20060101ALI20231109BHJP
【FI】
B21D22/20 G
B21D22/26 D
(21)【出願番号】P 2022508361
(86)(22)【出願日】2021-03-16
(86)【国際出願番号】 JP2021010486
(87)【国際公開番号】W WO2021187450
(87)【国際公開日】2021-09-23
【審査請求日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2020045649
(32)【優先日】2020-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 泰弘
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-112569(JP,A)
【文献】国際公開第2019/194308(WO,A1)
【文献】特開2014-15206(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/20 - 24/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
曲げ領域を有する鋼部品の製造方法であって、
互いに重ね合わされ接合された第1鋼板及び第2鋼板を含み、前記第1鋼板の前記第2鋼板との重ね合わせ面、及び前記第2鋼板の前記第1鋼板との重ね合わせ面の少なくとも一方が亜鉛系めっき層を有するパッチワーク材、を準備する工程と、
前記パッチワーク材を加熱する工程と、
前記加熱する工程で加熱された前記パッチワーク材を、金型を用いてホットスタンピングして、前記第1鋼板と前記第2鋼板との接合部が前記曲げ領域に配置された前記鋼部品を成形する工程と、
を備え、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板のうち、前記曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚をt
out、前記曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚をt
inとしたとき、t
out/t
in≧1.1であり、
前記接合部は、前記曲げ領域における稜線部か、あるいは、前記稜線部の近傍であって、前記鋼部品の横断面視で前記稜線部から前記接合部までの距離をdとしたとき、d/t
in<8.2を満たす位置に配置され
、
前記加熱する工程で加熱される前の前記パッチワーク材において、前記亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、700℃以下である、製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法であって、
前記加熱する工程では、前記パッチワーク材を前記亜鉛系めっき層の溶融開始温度以上に加熱する、製造方法。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の製造方法であって、
t
out/t
in≧1.2である、製造方法。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれか1項に記載の製造方法であって、
前記接合部は、前記稜線部か、あるいは、前記稜線部の近傍であってd/t
in<2.3を満たす位置に配置される、製造方法。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれか1項に記載の製造方法であって、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板は、連続接合されている、製造方法。
【請求項6】
請求項1から
5のいずれか1項に記載の製造方法であって、
前記第1鋼板の前記第2鋼板との前記重ね合わせ面、及び前記第2鋼板の前記第1鋼板との前記重ね合わせ面は、それぞれ、亜鉛系めっき層を有する、製造方法。
【請求項7】
互いに重ね合わされた第1鋼板及び第2鋼板を含むパッチワーク材から成形された鋼部品であって、
曲げ領域と、
前記曲げ領域に配置され、前記第1鋼板と前記第2鋼板とを接合する接合部と、
を備え、
前記鋼部品において、前記第1鋼板及び前記第2鋼板の各々は、マルテンサイト相を有し、
前記第1鋼板の前記第2鋼板との重ね合わせ面、及び前記第2鋼板の前記第1鋼板との重ね合わせ面の少なくとも一方は、亜鉛系めっき層を有し、
前記第1鋼板及び前記第2鋼板のうち、前記曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚をt
out、前記曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚をt
inとしたとき、t
out/t
in≧1.1であり、
前記接合部は、前記曲げ領域における稜線部か、あるいは、前記稜線部の近傍であって、前記鋼部品の横断面視で前記稜線部から前記接合部までの距離をdとしたとき、d/t
in<8.2を満たす位置に配置され
、
前記亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、790℃以下である、鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、曲げ領域を有する鋼部品、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界では、燃費の向上を目的とした車体の軽量化、及び車体の衝突安全性の向上が求められている。これらの要求を満たすため、自動車の車体を構成する各種部品について、高強度鋼板の適用による薄肉化や、差厚鋼板の適用による板厚の最適化等が検討されている。差厚鋼板は、例えば、複数の鋼板を重ね合わせて接合することにより、その一部分が厚肉化されたパッチワーク材である。このパッチワーク材をホットスタンピング(熱間プレス加工)することにより、特定部分が高強度となった鋼部品を成形することができる。
【0003】
例えば、特許文献1~3には、平板状の補強部材をブランクに重ね合わせて所定箇所を溶接し、パッチワーク材を作製することが開示されている。これらの特許文献において、パッチワーク材は、例えば、概略ハット形状の横断面を有する鋼部品に成形される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5488703号公報
【文献】特許第5741648号公報
【文献】特許第6125992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
パッチワーク材を作製する際、例えば、溶融亜鉛めっき鋼板や、合金化溶融亜鉛めっき鋼板等といった亜鉛系めっき層を有する鋼板が用いられることがある。しかしながら、亜鉛系めっき層を有する鋼板を含むパッチワーク材に対してホットスタンピングを施し、曲げを付与した場合、鋼板同士の重ね合わせ面において溶融亜鉛脆性割れ(Liquid Metal Embrittlement(LME))が生じる可能性がある。LMEは、パッチワーク材に含まれる鋼板の母材の結晶粒界に溶融した亜鉛が侵入し、その状態で鋼板に張力が与えられることにより、鋼板の表面に亀裂が生じる現象である。すなわち、LMEは、液体亜鉛の存在と、加工時における張力とが要因となって発生する。
【0006】
本開示は、ホットスタンピングによってパッチワーク材から鋼部品を製造する際、溶融亜鉛脆性割れの発生を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係る製造方法は、曲げ領域を有する鋼部品の製造方法である。当該製造方法は、互いに重ね合わされ接合された第1鋼板及び第2鋼板を含み、第1鋼板の第2鋼板との重ね合わせ面、及び第2鋼板の第1鋼板との重ね合わせ面の少なくとも一方が亜鉛系めっき層を有するパッチワーク材、を準備する工程と、パッチワーク材を加熱する工程と、当該加熱する工程で加熱されたパッチワーク材を、金型を用いてホットスタンピングして、第1鋼板と第2鋼板との接合部が曲げ領域に配置された鋼部品を成形する工程と、を備える。第1鋼板及び第2鋼板のうち、曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚をtout、曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚をtinとしたとき、tout/tin≧1.1である。接合部は、曲げ領域における稜線部か、あるいは、稜線部の近傍であって、鋼部品の横断面視で稜線部から接合部までの距離をdとしたとき、d/tin<8.2を満たす位置に配置される。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、ホットスタンピングによってパッチワーク材から鋼部品を製造する際、溶融亜鉛脆性割れの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係る鋼部品の一部分を示す斜視図である。
【
図3A】
図3Aは、第1実施形態に係る鋼部品の製造方法に含まれる工程を説明するための模式図である。
【
図3B】
図3Bは、第1実施形態に係る鋼部品の製造方法に含まれる工程を説明するための別の模式図である。
【
図3C】
図3Cは、第1実施形態に係る鋼部品の製造方法に含まれる工程を説明するためのさらに別の模式図である。
【
図6】
図6は、第2実施形態に係る鋼部品の横断面図である。
【
図7A】
図7Aは、第2実施形態に係る鋼部品の製造方法に含まれる工程を説明するための模式図である。
【
図7B】
図7Bは、第2実施形態に係る鋼部品の製造方法に含まれる工程を説明するための別の模式図である。
【
図9】
図9は、上記第1実施形態の変形例に係る鋼部品の一部分を示す斜視図である。
【
図10】
図10は、第1実施例として行ったV曲げ試験の評価結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、第2実施例として行ったV曲げ試験を説明するための模式図である。
【
図12】
図12は、第2実施例として行ったV曲げ試験の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施形態に係る製造方法は、曲げ領域を有する鋼部品の製造方法である。当該製造方法は、互いに重ね合わされ接合された第1鋼板及び第2鋼板を含み、第1鋼板の第2鋼板との重ね合わせ面、及び第2鋼板の第1鋼板との重ね合わせ面の少なくとも一方が亜鉛系めっき層を有するパッチワーク材、を準備する工程と、パッチワーク材を加熱する工程と、当該加熱する工程で加熱されたパッチワーク材を、金型を用いてホットスタンピングして、第1鋼板と第2鋼板との接合部が曲げ領域に配置された鋼部品を成形する工程と、を備える。第1鋼板及び第2鋼板のうち、曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚をtout、曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚をtinとしたとき、tout/tin≧1.1である。接合部は、曲げ領域における稜線部か、あるいは、稜線部の近傍であって、鋼部品の横断面視で稜線部から接合部までの距離をdとしたとき、d/tin<8.2を満たす位置に配置される(第1の構成)。
【0011】
互いに重ね合わされた複数の鋼板に曲げを付与した場合、曲げ領域において各鋼板が一体化されていなければ、それぞれの鋼板の略板厚中央に中立軸が存在することになる。これに対して、第1の構成に係る製造方法では、第1鋼板及び第2鋼板の接合部が鋼部品の曲げ領域に配置される。すなわち、鋼部品の曲げ領域において、第1鋼板と第2鋼板とが一体化されている。この場合、鋼部品において、曲げ領域が形成されたときの中立軸は、第1鋼板及び第2鋼板の各々の略板厚中央ではなく、第1鋼板及び第2鋼板を重ね合わせた状態での略板厚中央に位置することになる。
【0012】
一方、第1鋼板及び第2鋼板のうち、曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚tinは、曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚toutよりも小さい。より具体的には、板厚tin,toutはtout/tin≧1.1を満たす。そのため、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面は、曲げ領域において中立軸よりも内側(圧縮側)に位置することができる。すなわち、ホットスタンピング(熱間プレス加工)によってパッチワーク材から鋼部品を製造するに際し、第1鋼板及び第2鋼板の境界部分を、溶融亜鉛脆性割れ(LME)の要因の1つである引張応力が実質的に作用しない位置に配置することができる。よって、第1鋼板及び第2鋼板の少なくとも一方が亜鉛系めっき層を有することにより、ホットスタンピング中に鋼板同士の重ね合わせ面において液体亜鉛が存在する場合であっても、鋼板同士の重ね合わせ面でLMEが発生するのを抑制することができる。
【0013】
また、第1の構成によれば、第1鋼板と第2鋼板との接合部は、鋼部品の曲げ領域において稜線部か、あるいは、稜線部の近傍に配置されている。接合部が稜線部の近傍に配置される場合は、鋼部品の横断面視で稜線部から接合部までの距離をdとして、d/tin<8.2が満たされる。これにより、特に稜線部での第1鋼板と第2鋼板との一体化効果を向上させることができ、パッチワーク材が曲げられたときの中立軸は、第1鋼板及び第2鋼板を重ね合わせた状態での略板厚中央に配置されやすくなる。その結果、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面が中立軸よりも内側(圧縮側)に位置しやすくなるため、鋼板同士の重ね合わせ面でLMEが発生するのを抑制することができる。
【0014】
上記製造方法において、加熱する工程では、パッチワーク材を亜鉛系めっき層の溶融開始温度以上に加熱することができる(第2の構成)。
【0015】
加熱する工程で加熱される前のパッチワーク材において、亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、例えば700℃以下である(第3の構成)。
【0016】
上記製造方法では、tout/tin≧1.2であることが好ましい(第4の構成)。
【0017】
パッチワーク材を曲げたとき、パッチワーク材の板厚及び曲げ半径に応じ、中立軸が内側に移動する場合がある。そのため、第4の構成では、パッチワーク材に含まれる第1鋼板及び第2鋼板のうち、曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚toutを、曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚tinの1.2倍以上確保している。これにより、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面を、中立軸よりも内側(圧縮側)に配置することがより容易になる。よって、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面におけるLMEの発生をさらに抑制することができる。
【0018】
上記製造方法において、第1鋼板と第2鋼板との接合部は、曲げ領域における稜線部か、あるいは、稜線部の近傍であってd/tin<2.3を満たす位置に配置されることが好ましい(第5の構成)。
【0019】
第5の構成によれば、第1鋼板と第2鋼板との接合部は、鋼部品の曲げ領域において稜線部に配置される。あるいは、接合部は、稜線部の近傍であってd/tin<2.3が満たす位置に配置される。これにより、稜線部における第1鋼板と第2鋼板との一体化効果を高めることができる。
【0020】
第1鋼板及び第2鋼板は、連続接合されていることが好ましい(第6の構成)。
【0021】
第6の構成によれば、第1鋼板と第2鋼板とが連続接合されている。これにより、鋼部品の曲げ領域において、第1鋼板と第2鋼板との一体化効果を高めることができる。
【0022】
第1鋼板の第2鋼板との重ね合わせ面、及び第2鋼板の第1鋼板との重ね合わせ面は、それぞれ、亜鉛系めっき層を有していてもよい(第7の構成)。
【0023】
第7の構成によれば、パッチワーク材に含まれる第1鋼板及び第2鋼板のうち、双方の鋼板が相手鋼板との重ね合わせ面に亜鉛系めっき層を有している。この場合、第1鋼板と第2鋼板との境界部分における亜鉛量が多くなるため、パッチワーク材にホットスタンピングを施したとき、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面でLMEが発生しやすくなるとも考えられる。しかしながら、上述した通り、鋼部品の曲げ領域では、第1鋼板及び第2鋼板が一体化されている上、曲げの内側に位置する鋼板の板厚tinが曲げの外側に位置する鋼板の板厚toutよりも小さくなっている。そのため、曲げ領域において、第1鋼板及び第2鋼板の重ね合わせ面を中立軸よりも内側(圧縮側)に配置することができる。よって、第7の構成のように、第1鋼板及び第2鋼板の各々が相手鋼板との重ね合わせ面に亜鉛系めっき層を有する場合であっても、鋼板同士の重ね合わせ面におけるLMEの発生を抑制することができる。
【0024】
第7の構成のように、パッチワーク材に含まれる各鋼板がめっき層を有する場合、パッチワーク材をホットスタンピングする際、酸化スケールの生成を抑制することができる。そのため、パッチワーク材から成形された鋼部品に対し、例えばショットブラスト処理等、酸化スケールを除去するための処理を施す必要がない。よって、鋼部品の製造プロセスを簡素化することができる。
【0025】
実施形態に係る鋼部品は、互いに重ね合わされた第1鋼板及び第2鋼板を含むパッチワーク材から成形されている。鋼部品は、曲げ領域と、接合部と、を備える。接合部は、曲げ領域に配置され、第1鋼板と第2鋼板とを接合する。成形後の鋼部品において、第1鋼板及び第2鋼板の各々は、マルテンサイト相を有する。第1鋼板の第2鋼板との重ね合わせ面、及び第2鋼板の第1鋼板との重ね合わせ面の少なくとも一方は、亜鉛系めっき層を有する。第1鋼板及び第2鋼板のうち、曲げ領域において外側に位置する鋼板の板厚をtout、曲げ領域において内側に位置する鋼板の板厚をtinとしたとき、tout/tin≧1.1である。接合部は、曲げ領域における稜線部か、あるいは、稜線部の近傍であって、鋼部品の横断面視で稜線部から接合部までの距離をdとしたとき、d/tin<8.2を満たす位置に配置される(第8の構成)。
【0026】
上記鋼部品において、亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、790℃以下であってもよい(第9の構成)。
【0027】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。各図において同一又は相当の構成については同一符号を付し、同じ説明を繰り返さない。
【0028】
<第1実施形態>
[鋼部品の構成]
図1は、第1実施形態に係る鋼部品100の一部を示す斜視図である。
図2は、
図1に示す鋼部品100の横断面図(II-II断面図)である。鋼部品100の横断面とは、鋼部品100を長手方向に垂直な平面で切断した断面をいう。鋼部品100は、曲げ領域A
b1,A
b2を有する鋼製の部品であり、典型的には、自動車の車体に用いられる構造部品である。鋼部品100としては、例えば、Aピラーレインフォース、Bピラーレインフォース、バンパーレインフォース、トンネルリンフォース、サイドシルレインフォース、ルーフレインフォース、及びフロアークロスメンバー等を挙げることができる。鋼部品100は、ホットスタンピング(熱間プレス加工)によって製造される。
【0029】
図1を参照して、鋼部品100は、概略ハット形状の横断面を有する。すなわち、鋼部品100は、天板10と、側壁21,22と、稜線部31,32と、フランジ41,42とを有する。天板10、側壁21,22、稜線部31,32、及びフランジ41,42は、鋼部品100の長手方向に延びている。以下、説明の便宜上、鋼部品100の長手方向を単に長手方向といい、
図1の紙面における上下方向を単に上下方向という。また、長手方向及び上下方向に直交する方向を幅方向という。
【0030】
図2を参照して、天板10の一方の側縁には、稜線部31を介して側壁21が配置されている。稜線部31は、鋼部品100において天板10と側壁21との間に形成された曲げ部(角部)であり、曲げ内側のRエンド間の領域である。稜線部31は、鋼部品100の横断面視で実質的に円弧状をなす。
【0031】
稜線部31は、鋼部品100の曲げ領域Ab1に含まれる。曲げ領域Ab1は、稜線部31に加え、天板10の稜線部31側の端部11、及び側壁21の稜線部31側の端部(上端部)211を含んでいる。天板10の一端部11及び側壁21の上端部211は、稜線部31の両隣に配置され、稜線部31とともに曲げ領域Ab1を構成する。側壁21のうち、稜線部31と反対側の端部(下端部)212には、フランジ41が配置されている。フランジ41は、側壁21の下端部212から幅方向の外側に向かって突出する。
【0032】
天板10の他方の側縁には、稜線部32を介して側壁22が配置されている。稜線部32は、鋼部品100において天板10と側壁22との間に形成された曲げ部(角部)であり、曲げ内側のRエンド間の領域である。稜線部32は、鋼部品100の横断面視で実質的に円弧状をなす。
【0033】
稜線部32は、鋼部品100の曲げ領域Ab2に含まれる。曲げ領域Ab2は、稜線部32に加え、天板10の稜線部32側の端部12、及び側壁22の稜線部32側の端部(上端部)221を含んでいる。天板10の他端部12及び側壁22の上端部221は、稜線部32の両隣に配置され、稜線部32とともに曲げ領域Ab2を構成する。側壁22のうち、稜線部32と反対側の端部(下端部)222には、フランジ42が配置されている。フランジ42は、側壁22の下端部222から幅方向の外側に向かって突出する。
【0034】
鋼部品100は、鋼板51,52を含むパッチワーク材から成形されている。パッチワーク材は、プレス加工用の素材であり、素材本体としての鋼板と、補強部材としての鋼板とを含む。パッチワーク材では、補強部材の全体が素材本体に重なっている。典型的には、補強部材としての鋼板は、素材本体としての鋼板よりも小さい。本実施形態の例では、鋼板51が素材本体であり、鋼板52が補強部材である。そのため、鋼板51よりも鋼板52の方が小さい。
【0035】
本実施形態の例において、補強部材である鋼板52は、素材本体である鋼板51の内側に配置されている。鋼板51,52のうち、曲げ領域Ab1,Ab2の外側に位置する鋼板51の板厚をtout[mm]、曲げ領域Ab1,Ab2の内側に位置する鋼板52の板厚をtin[mm]としたとき、tinに対するtoutの比は、1.1以上であり(tout/tin≧1.1)、好ましくは1.2以上である(tout/tin≧1.2)。また、tinに対するtoutの比は、4.0以下であることが好ましい(tout/tin≦4.0)。板厚tout,tinは、例えば、0.6mm以上3.2mm以下の範囲で設定することができる。ただし、小さい方の板厚tinは、2.7mm未満であることが好ましい。
【0036】
鋼板51,52は、互いに重ね合わされ、接合されている。鋼板51,52は、連続接合されていることが好ましい。連続接合は、線状又は面状の接合部が形成される接合方法であり、レーザー溶接、アーク溶接、又はシーム溶接等の連続溶接、及びロウ付け等の連続溶着を含む。ただし、鋼板51,52は、例えばスポット溶接等により、断続接合(溶接)されていてもよい。
【0037】
図1及び
図2には、鋼板51,52をレーザー溶接で接合することにより、鋼部品100において線状の接合部60が形成された例を示している。曲げ領域A
b1,A
b2には、それぞれ、鋼板51,52の接合部60が1つ以上配置されている。本実施形態の例では、曲げ領域A
b1,A
b2の各々に複数の接合部60が配置されている。各接合部60は、曲げ領域A
b1,A
b2における稜線部31,32か、あるいは、稜線部31,32の近傍(外側)であってd/t
in<8.2を満たす位置に配置される。d[mm]は、鋼部品100の横断面視で、稜線部31,32から各接合部60までの距離である。一方の曲げ領域A
b1内においてある接合部60が稜線部31の近傍(外側)に配置されている場合、この接合部60と稜線部31との距離dは、鋼部品100の横断面で見て、稜線部31の両端のうち接合部60に近い方の端から、接合部60の接合中心までの距離となる。同様に、他方の曲げ領域A
b2内においてある接合部60が稜線部32の近傍(外側)に配置されている場合、この接合部60と稜線部32との距離dは、鋼部品100の横断面で見て、稜線部32の両端のうち接合部60に近い方の端から、接合部60の接合中心までの距離となる。
【0038】
曲げ領域Ab1に複数の接合部60が存在する場合、全ての接合部60が稜線部31内に配置されていてもよいし、全ての接合部60が稜線部31の近傍(外側)に配置されていてもよい。あるいは、複数の接合部60のうち、一部の接合部60が稜線部31内に配置され、他の接合部60が稜線部31の近傍に配置されていてもよい。曲げ領域Ab1内において稜線部31の近傍に2つ以上の接合部60が存在する場合、これらの接合部60と稜線部31との距離dは、同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。
【0039】
同様に、曲げ領域Ab2に複数の接合部60が存在する場合、全ての接合部60が稜線部32内に配置されていてもよいし、全ての接合部60が稜線部32の近傍(外側)に配置されていてもよい。あるいは、複数の接合部60のうち、一部の接合部60が稜線部32内に配置され、他の接合部60が稜線部32の近傍に配置されていてもよい。曲げ領域Ab2内において稜線部32の近傍に2つ以上の接合部60が存在する場合、これらの接合部60と稜線部32との距離dは、同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。鋼部品100には、曲げ領域Ab1,Ab2内の接合部60に加え、曲げ領域Ab1,Ab2以外の箇所にさらに鋼板51,52の接合部を設けることもできる。
【0040】
本実施形態の例において、レーザー溶接によって形成された各接合部60は、鋼部品100の長手方向に延びている。接合部60は、鋼板51,52の重ね合わせ部の全長にわたり途切れることなく延びていてもよいし、長手方向において複数に分割されていてもよい。長手方向において接合部60が分割されている場合、分割された接合部60同士の間隔は、例えば、30.0mm以下であるとよく、20.0mm以下であるとさらによい。一方、例えばスポット溶接によって各接合部60が形成される場合、スポットピッチPは、P/tin≦40を満たすことが好ましい。
【0041】
[鋼部品の製造方法]
次に、上述のように構成された鋼部品100の製造方法について、
図3A~
図3Cを参照しつつ説明する。
図3A~
図3Cは、鋼部品100の製造方法に含まれる各工程を説明するための模式図である。鋼部品100の製造方法は、素材であるパッチワーク材を準備する工程と、パッチワーク材を加熱する工程と、当該加熱する工程で加熱されたパッチワーク材を、金型を用いてホットスタンピングして鋼部品100に成形する工程と、を含む。
【0042】
(準備工程)
図3Aを参照して、まず、ホットスタンピングに供されるパッチワーク材50を準備する。パッチワーク材50は、鋼板51,52を含んでいる。鋼板51,52は、互いに重ね合わされ、接合されている。本実施形態の例では、補強部材である鋼板52の全体が、素材本体である鋼板51に重ね合わされている。上述したように、鋼板51,52は、連続接合されることが好ましい。鋼板51,52は、例えば、レーザー溶接によって接合される。鋼板51と鋼板52との接合部60は、少なくとも、パッチワーク材50が鋼部品100(
図1及び
図2)に成形されたときに曲げ領域A
b1,A
b2となる予定の領域53,54に設けられる。ただし、接合部60は、パッチワーク材50のその他の領域にも設けられていてもよい。
【0043】
パッチワーク材50において、曲げの内側に配置される予定の鋼板52は、曲げの外側に配置される予定の鋼板51の板厚toutよりも小さい板厚tinを有する。すなわち、鋼板51の板厚tout及び鋼板52の板厚tinは、tout/tin≧1.1の関係を満たす。鋼板51の板厚tout及び鋼板52の板厚tinの関係は、好ましくはtout/tin≧1.2である。また、鋼板51の板厚tout及び鋼板52の板厚tinの関係は、tout/tin≦4.0であることが好ましい。
【0044】
鋼板51の鋼板52との重ね合わせ面511及び鋼板52の鋼板51との重ね合わせ面521の少なくとも一方は、亜鉛系めっき層を有する。すなわち、鋼板51,52の少なくとも一方は、亜鉛系めっき鋼板である。鋼板51,52のうち、一方の鋼板が亜鉛系めっき鋼板である場合、他方の鋼板は、アルミニウム系めっき鋼板であってもよいし、表面にめっき層を有しない鋼板(いわゆる裸材)であってもよい。あるいは、鋼板51,52の双方が亜鉛系めっき鋼板であってもよい。
【0045】
亜鉛系めっき層は、例えば、亜鉛めっき層又は亜鉛合金めっき層である。亜鉛めっき層は、亜鉛(Zn)を主成分とするめっき層である。亜鉛合金めっき層は、亜鉛合金を主成分とするめっき層であり、例えば、Zn-Fe系めっき層、Zn-Al系めっき層、Zn-Mg系めっき層、及びZn-Al-Mg系めっき層等である。より具体的には、亜鉛系めっき層として、例えば、溶融Znめっき、合金化溶融Zn(例えば、Zn-10%Fe)めっき、溶融Zn-55%Al-1.6%Siめっき、溶融Zn-11%Alめっき、溶融Zn-11%Al-3%Mgめっき、溶融Zn-6%Al-3%Mgめっき、溶融Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Siめっき、電気Znめっき、及び電気Zn-Coめっき等を挙げることができる(%は、mass%を意味する)。亜鉛系めっき層は、これらのめっきのいずれかと同じ成分を有する蒸着めっきであってもよい。鋼板51及び鋼板52の少なくとも一方における亜鉛系めっき層の目付量は、適宜決定することができる。亜鉛系めっき層が形成される母材鋼板は、特に限定されるものではなく、要求される部品特性に応じて適宜選択することができる。
【0046】
(加熱工程)
次に、準備されたパッチワーク材50を所定の温度に加熱する。パッチワーク材50は、例えば、公知の加熱炉(図示略)を用いて加熱することができる。パッチワーク材50は、ホットスタンピングに適した温度に加熱される。
【0047】
加熱工程で加熱される前のパッチワーク材50において、鋼板51,52間の亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、例えば700℃以下である。パッチワーク材50は、少なくとも、この亜鉛系めっき層の溶融開始温度以上に加熱される。パッチワーク材50は、次工程である成形工程でホットスタンピングを行う際、パッチワーク材50の温度が亜鉛系めっき層の溶融開始温度以上となるように、加熱工程において加熱される。
【0048】
(成形工程)
図3B及び
図3Cを参照して、加熱工程で加熱されたパッチワーク材50には、公知のプレス装置70を用いてプレス加工が施される。より具体的には、プレス装置70に設置された金型71を用いてパッチワーク材50をホットスタンピングして、鋼部品100を成形する。金型71は、例えば、パンチ711及びダイ712を含む。
図3Bに示すように、加熱されたパッチワーク材50は、鋼板52がパンチ711側を向くようにパンチ711上に載置される。この状態でダイ712を下降させることにより、
図3Cに示すように、パンチ711の凸状の成形面及びダイ712の凹状の成形面によってパッチワーク材50が鋼部品100に成形される。成形された鋼部品100では、鋼板51,52の接合部60が少なくとも曲げ領域A
b1,A
b2に配置されている。鋼部品100は、金型71(パンチ711及びダイ712)と接触することで冷却(焼入れ)される。これにより、母材鋼板においてマルテンサイト変態が生じ、鋼板51,52の各々がマルテンサイト相を有するようになる。
【0049】
鋼部品100において、鋼板51,52間の亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、めっき層中に拡散した鉄との合金化によって上昇し、例えば790℃以下となっている。ホットスタンピング後の亜鉛系めっき層の溶融開始温度は、鋼板51,52の重ね合わせ部に挟まれている亜鉛系めっき層を採取し(母材である鋼板を除く)、この亜鉛系めっき層を示差熱分析して求めることができる。
【0050】
以上の工程により、鋼部品100が製造される。鋼部品100は、さらに必要な工程があればその工程を経て最終状態に仕上げられる。
【0051】
[効果]
本実施形態では、鋼板51,52を含むパッチワーク材50に曲げを付与することにより、曲げ領域A
b1,A
b2を含む鋼部品100が成形される。この曲げ領域A
b1,A
b2に鋼板51,52の接合部60が設けられることにより、曲げ領域A
b1,A
b2において鋼板51,52が一体化されている。そのため、
図4及び
図5に示すように、曲げ領域A
b1,A
b2が形成されたときの中立軸N1,N2は、鋼部品100の全体板厚(鋼板51,52を重ね合わせた状態での板厚)の略中央に位置している。
【0052】
一方、曲げ領域Ab1,Ab2において、内側に位置する鋼板52の板厚tinは、外側に位置する鋼板51の板厚toutよりも小さい。具体的には、鋼板51の板厚tout及び鋼板52の板厚tinはtout/tin≧1.1を満たしている。そのため、曲げ領域Ab1,Ab2において、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を中立軸N1,N2よりも内側(圧縮側)に位置させることができる。言い換えると、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を、溶融亜鉛脆性割れ(LME)の要因の1つである引張応力が実質的に作用しない位置に配置することができる。よって、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521の少なくとも一方が亜鉛めっき層を有する場合であっても、鋼板51,52を含むパッチワーク材50にホットスタンピングを施した際、重ね合わせ面511,521においてLMEが発生をするのを抑制することができる。
【0053】
本実施形態において、曲げ領域Ab1,Ab2の外側に位置する鋼板51の板厚toutは、好ましくは、曲げ領域Ab1,Ab2の内側に位置する鋼板52の板厚tinの1.2倍以上である(tout/tin≧1.2)。この場合、パッチワーク材50を曲げたときに中立軸N1,N2が若干内側に移動したとしても、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を中立軸N1,N2よりも内側(圧縮側)に配置することが可能となる。よって、重ね合わせ面511,521におけるLMEの発生をさらに抑制することができる。
【0054】
本実施形態において、鋼部品100の曲げ領域Ab1,Ab2の各々には、鋼板51,52の接合部60が少なくとも1つ配置されている。接合部60は、曲げ領域Ab1,Ab2において、稜線部31,32か、稜線部31,32の近傍に配置されている。接合部60が稜線部31,32の近傍に配置されている場合、稜線部31,32から接合部60までの距離dは、d/tin<8.2を満たすように設定される。これにより、実質的な曲げ部である稜線部31,32において、鋼板51と鋼板52との一体化効果を高めることができる。そのため、中立軸N1,N2を鋼部品100の全体板厚の略中央に配置することがより容易になり、tout/tin≧1.1を満たす鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を中立軸N1,N2よりも内側(圧縮側)に配置することができる。よって、重ね合わせ面511,521におけるLMEの発生をさらに抑制し易くなる。
【0055】
本実施形態において、鋼板51,52の接合部60は、稜線部31,32か、あるいは、稜線部31,32の近傍であってd/tin<2.3を満たす位置に配置されることがさらに好ましい。これにより、稜線部31,32において、鋼板51と鋼板52との一体化効果をより高めることができる。
【0056】
本実施形態において、鋼板51,52は、連続接合されていることが好ましい。連続接合であれば、鋼板51,52を線状又は面状に接合することができる。そのため、点状の接合を行う断続接合と比較して、曲げ領域Ab1,Ab2における鋼板51,52の一体化効果を高めることができる。
【0057】
本実施形態に係る鋼部品100及びその製造方法では、鋼板51,52の少なくとも一方を亜鉛系めっき鋼板とすればよいが、鋼板51,52の双方を亜鉛系めっき鋼板とすることもできる。パッチワーク材50に含まれる鋼板51,52の双方が亜鉛系めっき鋼板であれば、パッチワーク材50をホットスタンピングによって鋼部品100に成形する際、酸化スケールの生成を抑制することができる。そのため、ショットブラスト処理等により、成形後の鋼部品100から酸化スケールを除去する必要がない。よって、鋼部品100の製造プロセスを簡素化することができる。
【0058】
鋼板51,52の双方が亜鉛系めっき鋼板である場合、互いに重ね合わされた鋼板51,52の境界における亜鉛量は、鋼板51,52の一方が亜鉛系めっき鋼板である場合と比較して増加する。そのため、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521からLMEが発生しやすくなるとも考えられる。しかしながら、本実施形態では、曲げ領域Ab1,Ab2において鋼板51,52が一体化されていることに加え、曲げの内側に位置する鋼板52の板厚tinが曲げの外側に位置する鋼板51の板厚toutよりも小さくなっている。これにより、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を曲げの中立軸N1,N2よりも内側(圧縮側)に配置することができる。よって、鋼板51,52の各々が相手鋼板との重ね合わせ面に亜鉛系めっき層を有する場合であっても、LMEの発生を抑制することができる。
【0059】
<第2実施形態>
図6は、第2実施形態に係る鋼部品200の横断面図である。上記第1実施形態では、概略ハット形状の横断面を有する鋼部品100(
図1及び
図2)において、補強部材である鋼板52が素材本体である鋼板51の内側に配置されている。一方、本実施形態では、
図6に示すように、概略ハット形状の横断面を有する鋼部品200において、鋼板52が鋼板51の外側に配置されている。また、鋼部品200では、曲げ領域A
b1が鋼板52によって補強される一方、曲げ領域A
b2は鋼板52によって補強されていない。第1実施形態と同様に、鋼板51,52のうち少なくとも一方は、亜鉛系めっき鋼板である。
【0060】
図6を参照して、鋼板52は、鋼部品200の曲げ領域A
b1において鋼板51上に配置され、鋼板51と接合されている。本実施形態では、補強部材としての鋼板52が曲げ領域A
b1の外側に配置され、素材本体としての鋼板51が曲げ領域A
b1の内側に配置されている。この場合、鋼板52が大きい板厚t
outを有し、鋼板51が小さい板厚t
inを有する。鋼板51の板厚t
inに対する鋼板52の板厚t
outの比は、1.1以上であり(t
out/t
in≧1.1)、好ましくは1.2以上である(t
out/t
in≧1.2)。また、t
inに対するt
outの比は、4.0以下であることが好ましい(t
out/t
in≦4.0)。
【0061】
第1実施形態と同様、鋼板51の板厚tin及び鋼板52の板厚toutは、例えば、0.6mm以上3.2mm以下の範囲で設定することができる。ただし、小さい方の板厚tinは、2.7mm未満であることが好ましい。鋼板51のうち鋼板52が重ね合わせられた部分は、鋼板52の板厚toutの分だけ内側に凹んでいる。これにより、鋼板52の表面は、鋼板51のその他の部分の表面と実質的に面一となっている。
【0062】
鋼部品200を製造する際は、第1実施形態と同様、鋼部品200の素材であるパッチワーク材を準備して加熱する。その後、例えば亜鉛系めっき層の溶融開始温度以上の温度となったパッチワーク材にホットスタンピングを施して、鋼部品200に成形する。
図7A及び
図7Bは、鋼部品200の成形工程を説明するための模式図である。
【0063】
図7Aを参照して、鋼板51,52を含むパッチワーク材50は、加熱工程の後、例えばローラコンベヤにより、プレス装置80へと搬送される。このとき、補強部材である鋼板52を上側に配置することにより、パッチワーク材50を傾かせずに搬送することができる。パッチワーク材50は、金型81が設置されたプレス装置80に搬入される。金型81は、パンチ811及びダイ812を含んでいる。
【0064】
パッチワーク材50は、鋼板52を上向きの状態としたまま、パンチ811上に載置される。パンチ811の成形面には、凹部811aが形成されている。凹部811aは、パンチ811の成形面のうち鋼板52に対応する箇所に設けられている。凹部811aは、パンチ811の成形面の他の部分と比較して、実質的に鋼板52の板厚toutの分だけ凹んでいる。
【0065】
図7Bを参照して、ダイ812を下降させると、パンチ811の成形面及びダイ812の成形面により、パッチワーク材50が鋼部品200に成形される。このとき、鋼板51のうち鋼板52が重なり合う部分は、パンチ811の成形面の凹部811a内に落ち込み、鋼板52の板厚t
out分だけ凹む。その結果、成形された鋼部品200では、鋼板52の表面と、鋼板51のうち鋼板52が重なっていない部分の表面とが面一となる。鋼部品200は、金型81(パンチ811及びダイ812)と接触することで冷却(焼入れ)される。これにより、母材鋼板においてマルテンサイト変態が生じ、鋼板51,52の各々がマルテンサイト相を有するようになる。
【0066】
本実施形態においても、第1実施形態と同様、鋼板51,52の接合部60が少なくとも曲げ領域A
b1に配置されている。また、曲げ領域A
b1の内側に位置する鋼板51の板厚t
inは、曲げ領域A
b1の外側に位置する鋼板52の板厚t
outよりも小さい。具体的には、鋼板51の板厚t
in及び鋼板52の板厚t
outがt
out/t
in≧1.1を満たす。そのため、
図8に示すように、曲げ領域A
b1において、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521を中立軸N1よりも内側(圧縮側)に位置させることができる。よって、鋼板51,52の重ね合わせ面511,521の少なくとも一方が亜鉛めっき層を有する場合であっても、鋼板51,52を含むパッチワーク材50にホットスタンピングを施した際、重ね合わせ面511,521においてLMEが発生するのを抑制することができる。
【0067】
また、本実施形態においても、第1実施形態と同様、鋼板51,52の接合部60は、曲げ領域A
b1において、稜線部31か、稜線部31の近傍に配置される(
図6)。接合部60が稜線部31の近傍に配置される場合、稜線部31から接合部60までの距離dは、d/t
in<8.2を満たし、より好ましくはd/t
in<2.3を満たす。そのため、鋼部品200の稜線部31において、鋼板51と鋼板52との優れた一体化効果を得ることができる。
【0068】
以上、本開示に係る実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0069】
例えば、上記各実施形態では、鋼部品100,200の長手方向に沿って線状の接合部60が延びる例を説明した。しかしながら、接合部60の構成はこれに限定されるものではない。例えば、
図9に示すように、各接合部60は、曲げ領域A
b1又はA
b2を横断するように、鋼部品の幅方向に延びていてもよい。この場合、曲げ領域A
b1,A
b2の各々において、例えば60.0mm以下の間隔を空けて、複数の接合部60が鋼部品の長手方向に配列されていることが好ましい。ただし、接合部60は、必ずしも線状である必要はなく、面状又は点状であってもよい。
【0070】
上記各実施形態において、パッチワーク材50は、補強部材として1枚の鋼板52を有している。しかしながら、パッチワーク材50は、補強部材としての鋼板52を2枚以上有していてもよい。
【0071】
上記第1実施形態に係る鋼部品100では、曲げ領域Ab1,Ab2の双方が1枚の鋼板52によって補強されている。しかしながら、鋼部品100において、曲げ領域Ab1,Ab2をそれぞれ別個の鋼板52で補強することもできる。あるいは、鋼部品100において、曲げ領域Ab1,Ab2の一方のみを鋼板52で補強してもよい。
【0072】
上記第2実施形態に係る鋼部品200では、一方の曲げ領域Ab1のみが鋼板52で補強されている。しかしながら、鋼部品200において、曲げ領域Ab1,Ab2の双方を鋼板52で補強することもできる。この場合、第1実施形態と同様、曲げ領域Ab1,Ab2を共通の鋼板52で補強してもよいし、曲げ領域Ab1,Ab2をそれぞれ別個の鋼板52を用いて補強してもよい。
【0073】
上記第1実施形態に係る鋼部品100では、素材本体である鋼板51の内側に補強部材である鋼板52が配置されている。一方、上記第2実施形態に係る鋼部品200では、素材本体である鋼板51の外側に補強部材である鋼板52が配置されている。鋼部品は、この第1実施形態及び第2実施形態を組み合わせて構成することもできる。すなわち、曲げ領域Ab1,Ab2の一方において補強部材としての鋼板52を鋼板51の内側に配置するとともに、曲げ領域Ab1,Ab2の他方において補強部材としての鋼板52を鋼板51の外側に配置することもできる。この場合、鋼板51の板厚は、鋼板51の内側に配置される鋼板52の板厚よりも大きく、鋼板51の外側に配置される鋼板52の板厚よりも小さくなるように設定される。
【0074】
上記各実施形態において、鋼部品100,200は、概略ハット形状の横断面を有する。しかしながら、鋼部品の形状は、これに限定されるものではない。鋼部品は、少なくとも1つの曲げ領域を有するものであればよい。
【実施例】
【0075】
以下、実施例によって本開示をさらに詳しく説明する。ただし、本開示は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
[第1実施例]
稜線部31,32から接合部60までの好ましい距離を検証するため、複数種類のパッチワーク材についてV曲げ試験をシミュレーションした数値解析(平面ひずみ解析)を実施した。数値解析は、汎用の構造解析ソフトウェア(LS-Dyna R9.1.0、Livemore Software Technology Corporation(LSTC)社製)を用い、静的陰解法にて実施した。ここでいうV曲げ試験とは、JIS Z2248:2006で規定される金属材料曲げ試験方法のうちのVブロック法による試験である。曲げ加工の条件は、パッチワーク材の支持部間距離(Vブロックの谷部の幅):40.0mm、曲げ角度:100°、曲げ半径(内側):3.0mm、曲げ部の長さ(円弧長):4.2mmとした。解析では、ホットスタンピングを想定し、焼入れ後の引張強度が1500MPa級となるホットスタンピング用鋼板を約900℃に加熱した際の材料特性データを使用した。
【0077】
解析では、曲げ部(稜線部)の端から鋼板同士の接合部までの距離d[mm]を変化させ、曲げ内側の鋼板のうち、相手鋼板との重ね合わせ面側(曲げ外側)の部分の最大主ひずみを評価した。評価結果を表1及び
図10に示す。
【0078】
【0079】
表1において、No.2~13は、各々1.6mmの板厚を有する2枚の鋼板を溶接により接合して形成したパッチワーク材を用いたときの評価結果である。No.1は、No.2~13の対照例であり、板厚3.2mmを有する1枚の鋼板を曲げ加工したとき、板厚方向の中央部で生じる最大主ひずみを示す。
【0080】
表1及び
図10に示すように、板厚3.2mmの1枚の鋼板を曲げた場合(No.1)、この鋼板において板厚方向の中央部で生じる最大主ひずみは、ごく僅かであった。2枚の鋼板から形成されたパッチワーク材を曲げた場合も、曲げ部(稜線部)の端から接合部までの距離dが短い間は、曲げ内側の鋼板の重ね合わせ面側(曲げ外側)の部分の最大主ひずみは小さい。しかしながら、d/tが8.2以上になると(No.9~13)、最大主ひずみが顕著に増加する。この場合、鋼板同士の一体化効果が小さく、パッチワーク材を曲げたとき、中立軸がそれぞれの鋼板の略板厚中央に存在する。よって、d/t≧8.2の場合、鋼板間に液体亜鉛が存在すると、曲げ内側の鋼板の重ね合わせ面側(曲げ外側)から溶融亜鉛脆性割れ(LME)が発生しやすい。
【0081】
この結果より、上記各実施形態において説明した鋼部品100,200において、接合部60が曲げ部(稜線部)31,32内にない場合、稜線部31又は32から接合部60までの距離d[mm]は、d/t<8.2を満たすように設定されることが好ましいといえる。なお、本実施例では、同じ板厚tを有する鋼板からなるパッチワーク材を使用しているが、上記各実施形態では、曲げ領域Ab1,Ab2の内側に位置する鋼板の板厚tinと、外側に位置する板厚toutとが異なる。この場合、稜線部31又は32から接合部60までの距離dを決定するための板厚tとして、小さい方の板厚tinを採用する。
【0082】
また、表1及び
図10に示すように、d/tが2.3未満であれば(No.3~No.4)、曲げ内側の鋼板の重ね合わせ面側(曲げ外側)の部分の最大主ひずみは、板厚3.2mmの1枚の鋼板を曲げた場合(No.1)、及び鋼板同士の接合部が稜線部にある場合(No.2,d=0.0mm)からほとんど増加しなかった。よって、d/t<2.3である場合、鋼板同士の一体化効果をより高めることができ、曲げ内側の鋼板の重ね合わせ面側(曲げ外側)から生じる溶融亜鉛脆性割れ(LME)をより抑制しやすくなる。
【0083】
[第2実施例]
鋼板に曲げを付与したときの中立軸の移動を確認するため、板厚:1.2mmを有する鋼板について、曲げ半径(内側)を変化させながら、第1実施例と同様のV曲げ試験をシミュレーションした数値解析(平面ひずみ解析)を実施した。数値解析は、上記第1実施例と同様の構造解析ソフトウェアを用い、静的陰解法にて実施した。解析では、鋼板の板厚方向に沿って各要素の曲げ円弧方向の応力値を採取し、応力値がゼロ又は最もゼロに近い値であった要素を中立軸と判定した。
【0084】
図11は、V曲げ試験に供された鋼板各部の寸法を説明するための模式図である。
図11では、鋼板全体の板厚をt、曲げ半径をR、中立軸を境界として鋼板の曲げ内側及び外側の板厚をそれぞれt
1,t
2で示している。
図12は、縦軸にt
2/t
1、横軸にR/tをとったグラフである。以下、t
2/t
1を中立軸位置という。上記各実施形態において説明したパッチワーク材の板厚比t
out/t
inが中立軸位置t
2/t
1よりも大きい場合、パッチワーク材を曲げたとき、鋼板間が中立軸よりも内側(圧縮側)に位置することになり、鋼板間でのLMEの発生を抑制することができる。
【0085】
図12に示すように、板厚t=1.2mm、曲げ半径R=8.0mmの場合(R/t=6.67)、中立軸位置t
2/t
1は1.0弱となった。そのため、パッチワーク材の板厚比t
out/t
inを1.0よりも大きくすれば、パッチワーク材から鋼部品を成形するに際し、鋼板間におけるLMEの発生を抑制可能とも考えられる。
【0086】
ただし、板厚t=1.2mm、曲げ半径R=4.0mmの場合(R/t=3.33)、中立軸が曲げの内側に若干移動し、中立軸位置t2/t1は1.04となった。この場合、パッチワーク材の板厚比tout/tinが1.0に近ければ、鋼板間及びその近傍部分に多少の引張応力が発生し、LMEが生じる可能性がある。よって、LMEの発生を回避し易くするためには、板厚比tout/tinを1.1以上とすることが好ましい。
【0087】
曲げ半径Rが非常に小さい場合には、中立軸の移動量が増え、中立軸位置t2/t1がより大きくなると考えられる。この場合は、パッチワーク材の板厚比tout/tinをさらに大きくすることが好ましい。例えば、板厚t=1.2mm、曲げ半径R=1.0mmとし、板厚tに対する曲げ半径Rの大きさを現実的に考えられる範囲で最小化した場合(R/t=0.83)、中立軸位置t2/t1は1.17となった。よって、LMEの発生をより回避し易くするためには、板厚比tout/tinを1.2以上とすることが好ましい。なお、パッチワーク材及び成形部品の耐圧壊性能を確保する観点から、板厚比tout/tinは4.0以下であることが好ましい。
【0088】
[第3実施例]
種々のめっき鋼板で構成されたパッチワーク材をホットスタンピングして鋼部品を成形する実験を実施し、溶融亜鉛脆性割れ(LME)の発生を目視で確認した。各パッチワーク材は、設定温度を900℃とした加熱炉で4分間加熱された後、金型を用いたホットスタンピングに供された。ホットスタンピング時のパッチワーク材の温度は760℃程度であった。本実験で用いた各めっき鋼板を表2に示す。
【0089】
【0090】
表2を参照して、本実験では、めっき鋼板(めっき種)ごとにパッチワーク材の板厚比tout/tinを1.2、1.1、及び1.0と変更し、めっき種及び板厚比の各組み合わせについてLMEの抑制効果を評価した。ホットスタンピングにおける各パッチワーク材の曲げ半径Rは、8.0mmとした。よって、各パッチワーク材におけるR/tは、3.6~4.0程度となった(t=tin+tout)。また、いずれのパッチワーク材においても、ホットスタンピング後に曲げ領域となる予定の領域に鋼板同士の接合部を形成した。全てのパッチワーク材において、鋼板同士の接合部の位置は同一である。その他の条件(寸法及び材質等)も、全てのパッチワーク材において同一とした。
【0091】
表2におけるめっき層の融点は、加熱前の状態における亜鉛系めっき層の融点(溶融開始温度)である。表2中の評価欄において、「優」は、LMEが発生しなかったか、発生したLMEの数が非常に少なかったことを示す。「良」は、発生したLMEの数が少なかったことを示す。「不可」は、LMEが多数発生したことを示す。
【0092】
表2に示すように、めっき層の融点が700℃を超える鋼板Dで構成されたパッチワーク材にホットスタンピングを施した場合、パッチワーク材の板厚比tout/tinが1.0であっても、鋼板間におけるLMEの発生は少なかった。これは、ホットスタンピング時のパッチワーク材の温度よりも鋼板Dのめっき層の融点が高いことにより、ホットスタンピング中、重ね合わされた2枚の鋼板Dの間に存在する液体亜鉛が比較的少量であったことに起因する。ただし、めっき層の融点が700℃を超える鋼板Dであっても、板厚比tout/tinを1.1以上とすると、鋼板間におけるLMEの発生がより少なくなる傾向が見られた。
【0093】
一方、めっき層の融点が700℃以下の鋼板A,B,Cのいずれかで構成されたパッチワーク材にホットスタンピングを施した場合、パッチワーク材の板厚比tout/tinが1.0であると、鋼板間において多数のLMEが発生した。これは、ホットスタンピング時のパッチワーク材の温度よりもめっき層の融点が低い鋼板A,B,Cの場合、ホットスタンピング中、重ね合わされた2枚の鋼板の間に比較的多量の液体亜鉛が存在するためである。しかしながら、パッチワーク材の板厚比tout/tinを1.1とすると、鋼板A,B,Cのいずれかで構成されたパッチワーク材を用いてホットスタンピングを実施した場合であっても、鋼板間におけるLMEが明らかに減少した。パッチワーク材の板厚比tout/tinを1.2とすると、鋼板間におけるLMEはさらに減少した。
【0094】
本実験より、鋼板間の亜鉛系めっき層が加熱前の状態(素材の状態)において700℃以下の融点を有する場合、tout/tin≧1.1とすることで、LME発生の抑制について特に顕著な効果を発揮することが確認された。すなわち、亜鉛系めっき層の融点が700℃以下であり、LMEの要因の1つである液体亜鉛が鋼板間に比較的多く存在する場合であっても、tout/tin≧1.1を満たすことにより、LMEの発生を有効に抑制することができる。
【符号の説明】
【0095】
100,200:鋼部品
31,32:稜線部
50:パッチワーク材
51,52:鋼板
511,521:重ね合わせ面
60:接合部
Ab1,Ab2:曲げ領域
71,81:金型