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  • 特許-改良されたコーティングプロセス 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】改良されたコーティングプロセス
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20231109BHJP
   C23C 14/22 20060101ALI20231109BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20231109BHJP
   C01B 32/05 20170101ALI20231109BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/22 C
C23C14/24 F
C01B32/05
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021555506
(86)(22)【出願日】2020-03-13
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-05-11
(86)【国際出願番号】 EP2020056864
(87)【国際公開番号】W WO2020187744
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2022-10-04
(31)【優先権主張番号】19163306.4
(32)【優先日】2019-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510302157
【氏名又は名称】ナノフィルム テクノロジーズ インターナショナル リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Nanofilm Technologies International Limited
【住所又は居所原語表記】28 Ayer Rajah Crescent,#02-02/03,139959 Singapore SINGAPORE
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(74)【代理人】
【識別番号】100207136
【弁理士】
【氏名又は名称】藤原 有希
(72)【発明者】
【氏名】シ,シュ
(72)【発明者】
【氏名】タン,ジー
(72)【発明者】
【氏名】ジャン,ヤン ロン
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-031501(JP,A)
【文献】特開2007-291429(JP,A)
【文献】特表2011-522965(JP,A)
【文献】上坂裕之,Journal of Plasma Fusion Research,日本,2014年,Vol.90, No.1,p.76-p.83
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/22
C23C 14/24
C01B 32/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にコーティングを析出させる方法であって、0.04Paから0.5Paの圧力にて1つの真空チャンバー内でCVAプロセスを介して第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して第2の材料を同時に析出させる工程を含み、
該第1の材料がta-Cを含み、
該方法が
i)CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて下層を形成すること、
ii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、移行層を形成すること、および
iii)該スパッタリングプロセスを介して該第2の材料を析出させて上層を形成すること、
を含む、方法。
【請求項2】
基材上にコーティングを析出させる方法であって、0.04Paから0.5Paの圧力にて1つの真空チャンバー内でCVAプロセスを介して第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して第2の材料を同時に析出させる工程を含み、
該第1の材料がta-Cを含み、
該方法が、
i)スパッタリングプロセスを介して第2の材料を析出させて下層を形成すること
ii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、移行層を形成すること、および
iii)CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて上層を形成すること
を含む、方法。
【請求項3】
前記CVAプロセスがFCVAである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1の材料がta-Cでからなる、請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記第2の材料が、Ti、Cr、Si、Zr、C、W、ならびにこれらの合金および化合物から選択される、請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記第1および第2の材料と共にコーティングする前に前記基材上にシード層を析出させる工程をさらに含む、請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記シード層が0.1μm~0.5μmの厚みを有する、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記基材が金属基材である、請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記基材が鋼基材である、請求項に記載の方法。
【請求項10】
前記下層が0.2μm~1.5μmの厚みを有し、および/または前記移行層が0.1μm~0.3μmの厚みを有する、請求項からのいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記コーティングが0.5μm~5μmの厚みを有する、請求項1から10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記コーティングが1.0μm~3.0μmの厚みを有する、請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングおよび他のプロセスの組み合わせによって生成される改良された特性を有するコーティング、ならびにそのようなコーティングを作製するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多種多様な析出技術が基材をコーティングするために使用される。代表的には、蒸着技術が、マイクロエレクトロニクスアプリケーションおよびヘビーデューティアプリケーションを含む様々なタイプのアプリケーションで薄膜析出層を形成するために使用される。このような析出技術は、2つの主要なカテゴリーに分類できる。このような析出技術の第1のカテゴリーは化学蒸着(CVD)として知られている。CVDは一般に、化学反応によって生じる析出プロセスを指す。CVDプロセスの一般的な例には、半導体Si層析出、エピタキシー、および熱酸化が挙げられる。
【0003】
析出の第2のカテゴリーは、一般に物理蒸着(PVD)として知られている。PVDは一般に、物理的プロセスの結果として生じる固形物質の析出を指す。PVDプロセスの根底にある主な概念は、析出した材料が直接的な物質移動を介して基材表面に物理的に移動することである。代表的には、化学反応はプロセス中に発生せず、析出層の厚みは、CVDプロセスとは対照的に化学反応速度に依存しない。
【0004】
スパッタリングは、基材上に化合物を析出させるための既知の物理蒸着技術であり、原子、イオン、または分子は、粒子衝撃によってターゲット材料(スパッタターゲットとも呼ばれる)から放出され、放出された原子または分子は、薄膜として基材表面に蓄積する。
【0005】
別の既知の物理蒸着技術は、陰極アーク(CVA)蒸着法である。この方法では、電気アークを使用して、カソードターゲットから材料を蒸発させる。その結果、得られる気化した材料が基材上で凝縮し、コーティングの薄膜を形成する。フィルター処理された陰極真空アーク(FCVA)プロセスは特にクリーンで緻密なコーティングを作り出す。
【0006】
アモルファスカーボンは、結晶形を持たない遊離の反応性形態の炭素である。アモルファスカーボン膜の様々な形態が存在し、これらは、通常、当該膜の水素含量および当該膜内の炭素原子のsp:sp比によって分類される。
【0007】
この分野における文献の例では、アモルファスカーボン膜は7つのカテゴリーに分類される(Fraunhofer Institut Schich- und Oberflachentechnikの「Name Index of Carbon Coatings」から抜粋した以下の表を参照)。
【0008】
【表1】
【0009】
四面体水素非含有アモルファスカーボン(ta-C)は、水素を殆どまたは全く含まず(5%mol未満、代表的には2%mol未満)、sp混成炭素原子を多く含む(代表的には、炭素原子の80%より多くがsp状態にある)という特徴がある。
【0010】
「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、すべての形態のアモルファスカーボン材料を指すために使用されることがあるが、本明細書で使用される用語は、ta-C以外のアモルファスカーボン材料を指す。DLC製造の一般的な方法では、炭化水素(アセチレンなど)を使用するため、膜に水素を導入する(その原料が代表的には水素非含有高純度グラファイトである、ta-C膜とは対照的である)。
【0011】
言い換えれば、DLCは、代表的には、50%より多くのsp炭素含量および/または20%molおよびそれを上回る水素含量を有する。DLCは、ドープされていないか、あるいは金属または非金属でドープされたものであり得る(上記の表を参照)。
【0012】
幅広い材料がスパッタリングによって析出することができ、したがってスパッタリングは、コーティングの多種多様な製造方法を提供する。しかし、スパッタリングによって生成されるコーティングは、FCVAのような他の方法で製造されたコーティングよりも硬度が低く、耐摩耗性が低い傾向がある。これは残念ながら、それらのアプリケーションを制限する。
【0013】
FCVAを介して製造されたta-Cコーティングはスパッタリングコーティングよりも著しく硬いが、コーティングの最終的な外観は単調なグレーカラーであるため、コーティングの美観も重要である特定のアプリケーションではこのコーティングは望ましくない。
【0014】
US2002/007796 A1(Gorokhovsky)、WO02/070776 A1(Commw Scient and Ind Res O)、EP0306612 A1(Balzers Gochvakuum)、EP0668369 A1(Hauzer Holding)およびCN108823544 A(Yang Jieping)はすべて、アークソースおよびスパッタターゲットを含むコーティング装置を記載する。しかし、これらの文献は、ta-Cを用いた基材のコーティングについて記載していない。US2017/121810 A1(Avelar Araujo Julianoら)は、金属とダイヤモンドライク層とでコーティングされた基材を記載している。しかし、本文献は、FCVA装置を用いるta-Cによる基材のコーティングを記載していない。
【0015】
それゆえ、より広い範囲のアプリケーションを有するが従来のスパッタ付きコーティングに比べて硬度および耐摩耗性も高いスパッタベースのコーティングの必要性が存在し、また、そのようなコーティングを析出させる方法および装置の必要性も有する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本願発明者は、スパッタリングベースのプロセスの改良を提供するコーティング方法を開発した。1つの用途では、本発明は、スパッタリングによって析出される層を有するが、従来のスパッタ付きコーティングと比較して密度および/または硬度が増加したコーティングを製造することができる。
【課題を解決するための手段】
【0017】
これまで、FCVAを介して析出した層上にスパッタリングされた材料を直接塗布すると(またはその逆)、2つの層間の接着性が悪くなり、結果として生じるコーティングが破壊または破損しやすいことが判明している。本明細書に記載の共着コーティング法は、中間「接着促進」層を形成するためにこの問題を克服する。したがって、別の用途では、本発明は、別のコーティング(例えば、FCVA法によって析出したもの)への接着性を向上させたスパッタコーティングを提供することができる。
【0018】
したがって、本発明は、基材上にコーティングを析出させる方法であって、CVAプロセスを介して第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して第2の材料を同時に析出させる工程を含む、方法を提供する。
【0019】
FCVAコーティングプロセスは通常、ミリ-パスカル範囲の圧力で生じるのに対し、スパッタリングは通常0.1Paより大きい不活性ガス圧を必要とし、これらの2つのコーティングプロセス(すなわちCVAおよびスパッタリング)を同時に使用することは以前には想定されていなかった。しかし、本発明の発明者は、驚くべきことに、CVAコーティング中に発生する強力なプラズマフラックスがスパッタリングに必要な圧力を低減できることを見出した。したがって、CVAコーティング法と共に行う場合、スパッタリングを行うことができる圧力は、以前の予想よりもはるかに低い状態で行うことができる。以下で詳しく説明する例は、使用されている共析出法を例示する。
【0020】
本発明による共析出層は、CVAプロセスを介して析出した材料の層と、スパッタリングプロセスを介して析出した別の材料の層との間の中間層として使用することができる。この中間層は、(CVAによって析出した層がスパッタリングによって析出した層に対して適用された場合またはその逆と比較して)これらの2層の接着性を促進する。
【0021】
したがって、本発明はまた、第1の材料と第2の材料を含むコーティングを基材上に析出させる方法であって、この方法が:
i)CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて下層を形成する工程、
ii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、移行層を形成する工程、および
iii)該スパッタリングプロセスを介して該第2の材料を析出させて上層を形成する工程、
を含む、方法を提供する。
【0022】
あるいは、本発明はまた、第1の材料および第2の材料を含むコーティングを基材上に析出させる方法を提供であって、この方法が、
i)スパッタリングプロセスを介して第2の材料を析出させて下層を形成する工程、
ii)CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、移行層を形成する工程、および
iii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて上層を形成する工程、
を含む、方法を提供する。
【0023】
この背景において、移行層は、CVA析出層とスパッタ析出層との間の中間に位置し、それらが析出したいずれの順序でも配置される。
【0024】
本発明はまた、本明細書に記載される方法を用いて多層コーティングでコーティングされた基材を提供する。
【0025】
本発明はまた、以下を含むコーティングでコーティングされた基材を提供する:
i)スパッタリングプロセスを介して析出した層;
ii)同時CVA析出とスパッタリングプロセスを含むプロセスによって析出した、(i)と(iii)との間の移行層;および
iii)CVA析出によって析出した層。
【0026】
本発明はさらに、以下を備えるコーティング装置を提供する:
i)コーティングされる基材の配置のための基材ステーション;
ii)基材上にCVAを介して材料を析出させるためのCVAステーション;
iii)基材上にスパッタリングプロセスを介して材料を析出させるためのスパッタリングステーション;および
iv)CVAとスパッタリングステーションとを同時に操作できる制御ユニット。
【0027】
このように、本発明は、スパッタリングによって析出することができる材料を用いた基材のコーティングを可能とし、硬度および耐摩耗性が増加し、かつコーティングの構造的完全性を実質的に損なわないことを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】実施例1に記載の発明のコーティングの構造を示す模式図である(正確な縮尺ではない)。
【発明を実施するための形態】
【0029】
上で説明したように、本明細書で使用される「四面体アモルファスカーボン」(ta-C)という用語は、低水素含量および低sp炭素含量を有するアモルファスカーボンをいう。
【0030】
ta-Cは、無秩序なダイヤモンドに存在するものと同様に、無秩序なspで構成され、強い結合で連結されていると説明されている高密度のアモルファス材料である(Neuville S、「New application perspective for tetrahedral amorphous carbon coatings」, QScience Connect 2014:8, http://dx.doi.org/10.5339/connect.2014.8を参照)。ta-Cはまた、ダイヤモンドと構造的に類似しているため、硬度値がしばしば30GPaを超える非常に硬い材料である。
【0031】
例えば、ta-Cは、10%未満、代表的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば1%またはそれ以下)の水素含量を有し得る。ここで提供される水素含量の百分率は、(質量による水素の百分率ではなく)モル%をいう。ta-Cは、30%未満、代表的には20%またはそれ以下、好ましくは15%またはそれ以下のsp炭素含量を有し得る。好ましくは、ta-Cは、2%またはそれ以下の水素含量および15%またはそれ以下のsp炭素含量を有し得る。ta-Cは、好ましくは他の材料(金属または非金属のいずれか)でドープされていない。
【0032】
対照的に、本明細書で使用される「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、ta-C以外のアモルファスカーボンを指す。したがって、DLCはta-Cよりも大きな水素含量と大きなsp炭素含量を有する。例えば、DLCは、20%またはそれ以上、代表的には25%またはそれ以上、例えば30%またはそれ以上の水素含量を有し得る。ここで提供される水素含量の百分率は、(質量による水素の百分率ではなく)モル%を指す。DLCは、50%またはそれ以上、代表的には60%またはそれ以上のsp炭素含量を有し得る。代表的には、DLCは、20%より多い水素含量と、50%より多いsp炭素含量を有し得る。DLCは、ドープされていないか、あるいは金属および/または非金属でドープされていてもよい。
【0033】
本発明は、硬度および耐摩耗性を有する、スパッタリング材料から形成されたコーティングを有利に提供する。
【0034】
本発明は、基材上にコーティングを析出させる方法(「方法A」)を提供し、この方法は、CVAプロセスを介して第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して第2の材料を同時に析出させる工程を含む。FCVAは、好ましいCVAプロセスである。
【0035】
マグネトロンスパッタリングは、通常、約2mTorr~10mTorr(0.27Pa~1.33Pa)の圧力にてアルゴン雰囲気下で発生する。しかし、FCVAコーティングプロセスの通常の作動圧力は、代表的には2.0E-5Torr(2.7mPa)未満であり、追加の補助ガス(例えばAr)は必要でない。FCVAプロセスでは、プラズマはアークプロセスによって持続される。
【0036】
本発明の発明者は、スパッタリングおよびCVAコーティングプロセスに通常使用される異なる(および以前は相互に排他的であると考えられていた)条件にもかかわらず、これら2つのプロセスを同時に用いて基材をコーティングできることを見出した。
【0037】
1つの実施形態では、このコーティングは0.5Paまたはそれ以下の圧力にてチャンバー内で行われる。同時共析出プロセスは、0.3mTorrと1.5mTorr(0.040Paと0.20Pa)との間、例えば、0.5mTorrと1.0mTorr(0.067Paと0.13Pa)との間の圧力で発生し得る。このような低圧マグネトロンスパッタリングは通常それ自体は効果がないが、FCVAプロセスによって生成されたプラズマを使用すると、マグネトロンスパッタリングカソード表面でグロー放電が開始し、スパッタリングが正常に機能し得る。
【0038】
したがって、CVAプラズマの存在下で、スパッタリングプロセスは、以前に可能と考えられていたよりも低いチャンバー圧力で操作することができる。このようにして、FCVA析出とスパッタリング析出とが一緒に働いて、FCVAとスパッタリング材料との両方から形成された層を析出させることができる。共析出層は、FCVAにより形成された層(例えばta-C)とスパッタリング層との間の接着の問題を、それぞれの材料の間の急激な移行を回避することによって解決する。
【0039】
CVA法を介して析出した層とスパッタリング法を介して析出した別の層とを含む多層コーティングを提供するために、この同時共析出法を利用することができる。この共析出法を用いて析出した層は、上記2つの層間の接着性を促進する。この移行層は、上記の方法Aに従って形成される。
【0040】
したがって、本発明はまた、第1の材料と第2の材料を含むコーティングを基材上に析出させる方法(「方法B」)であって、
i)CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて下層を形成する工程、
ii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、移行層を形成する工程、および
iii)該スパッタリングプロセスを介して該第2の材料を析出させて上層を形成する工程、
を含む、方法を提供する。
【0041】
あるいは、下層がスパッタリングによって析出され、上層がCVAによって析出されてもよく、移行層は、同時CVAおよびスパッタリングプロセスによって形成される。この場合も、移行層(すなわち、共析出法を用いて析出した層)は、下層と上層との間の接着性を促進する。この移行層は、上記の方法Aに従って再び形成される。
【0042】
したがって、本発明はまた、第1の材料および第2の材料を含むコーティングを基材上に析出させる方法(「方法C」)であって、
i)スパッタリングプロセスを介して第2の材料を析出させて下層を形成する工程、
ii)CVAプロセスを介して該第1の材料を、そしてスパッタリングプロセスを介して該第2の材料を同時に析出させて、第2の層を形成する工程、および
iii)該CVAプロセスを介して該第1の材料を析出させて第3の層を形成する工程
を含む、方法を提供する。
【0043】
用語「下層」および「上層」は、記載の他の層に対する用語である。下層の下に追加の層が存在してもよく、そして上層の上に追加の層が存在してもよい。下層は、移行層および上層よりも基材に近く、したがって、移行層および上層が析出される前に析出される。上層は、移行層および下層よりも基材から遠くにあり、したがって、移行層および下層の両方が析出した後に析出される。
【0044】
第1の材料は、好ましくは炭素含有材料であり、例えばアモルファスカーボン(このような用語はDLCおよびta-Cの両方を含む)である。第1の材料は好ましくはta-Cを含むかまたはta-Cからなる。そのような第1の層がいくつか存在し得(例えば全てがta-Cを含むかまたはta-Cからなる)、ヤング率および/または硬度が同じままであるか、層から層にかけて増加し、適切には最上ta-C層(通常、コーティングされた基材の外側に露出されたものである)の特性でピークまたは最高潮に達する。
【0045】
CVAのみで析出した1またはそれ以上の層(すなわち、方法Bの下層および方法Cの上層)の総厚みは、代表的には0.05μm~2μm、好ましくは0.1μm~1.7μm、より好ましくは0.2μm~1.5μm、さらにより好ましくは0.5μm~1.0μmである。
【0046】
本発明の目的は、安定であり、かつ高温でそれらの硬度および耐摩耗性を維持できる硬いコーティングを提供することである。本発明のコーティングされた基材は、好ましくは少なくとも800HV、好ましくは1000HVまたはそれ以上の硬度を有するコーティングを有する。約1000HVの硬度を有するコーティングを含め、これらの範囲内での広範な測定硬度値を有するコーティングが作製されている(下記実施例を参照)。
【0047】
第2の材料は、第1の材料と同じまたは異なり得るが、代表的には第1の材料とは異なる。第2の材料は、スパッタリングによって析出され得る任意の材料であり得る。第2の材料は、Ti、Cr、Si、Zr、Al、C、W、ならびにそれらの合金および化合物から選択され得る。第2の材料は、コーティングの所望の特性に応じて選択され得る。例えば、第2の材料がコーティングの最上層である場合、第2の材料は、コーティングに特定の審美的特性を付与するためにその色に基づいて選択され得る。好ましい第2の材料の例は、CrSiC、CrWC、CrAlSICNおよびCrNを含むが、但し、この命名法は材料の成分を示すが、正確な比率は示していない。
【0048】
スパッタリングによって析出した層の厚み(すなわち、方法Bの上層および方法Cの下層)は、代表的には0.05μm~1.0μm、例えば0.1μm~0.5μm、好ましくは0.2μm~0.4μmである。
【0049】
スパッタリングを介して析出した層の厚みは、通常、CVAプロセスを介して析出した層と比較して、低い硬度およびヤング率値を有する。これは特にCVAプロセスを介して析出した材料がta-Cである場合である。したがって、第2の層(すなわち同時スパッタリングおよびCVAプロセスを介して析出した層)は、代表的には、第1層と第3層との間の中間であるヤング率および/または硬度値を有する。これは接着性を促進することが見出された。
【0050】
上述したように、マグネトロンスパッタリングは通常、約2mTorr~10mTorr(0.27Pa~1.33Pa)の圧力で起こるが、CVAの場合、代表的には、通常の作動圧力は2.0E-5Torr(2.7mPa)未満である。本発明の共析出工程では、0.5mTorrと1.0mTorr(0.067Paと0.13Pa)との間の圧力が現在まで使用に成功している。
【0051】
したがって、本発明の方法BおよびCについて:
CVAプロセスを介した第1/第2の材料の析出は、0.1Paまたはそれ以下、代表的には10mPaまたはそれ以下、例えば3mPaまたはそれ以下の圧力で発生し得る;および/または
CVAプロセスおよびスパッタリングプロセスを介した同時析出は、0.05Pa~0.15Pa、例えば0.06Pa~0.13Paの圧力にて起こり得る;および/または
スパッタリングプロセスを介した第1/第2の材料の析出は、0.2Paまたはそれ以上、例えば0.2~1.4Paの圧力にて発生し得る。
【0052】
したがって、方法Bでは、析出が起こる圧力が工程i)から工程ii)へ、工程iii)へと増加し、方法Cでは、析出が起こる圧力が工程i)から工程ii)へ、工程iii)へと減少する。
【0053】
移行層の厚みは、代表的には0.05μm~1μm、例えば0.05μm~0.5μm、好ましくは0.1μm~0.3μmである。
【0054】
コーティングされる適切な基材の選択は、いかなるようにも特に制限されない。具体的な基材には、プラスチック材料、セラミック材料、ゴム、金属およびグラファイトが含まれます。1つの好ましい方法では、基材は、金属(例えば鋼)から作製されている(含むかまたはからなる)。別の好ましい方法では、基材はグラファイトから作製されている。
【0055】
コーティングは、さらに必要に応じて、基材と下層(すなわちCVAを介して析出した層)との間にシード層を含んでもよい。このシード層は、下層とその下にある基材との接着性を促進するために含まれる。したがって、シード層の性質は、基材の性質および下層中の材料(すなわち、方法Bの第1の材料および方法Cの第2の材料)に依存する。適切なシード層の例としては、Cr、W、Ti、NiCr、Siまたはこれらの混合物を含む材料が挙げられる。基材が鋼基材である場合、シード層に好ましい材料の例はCrおよびNiCrである。
【0056】
シード層の厚みは、代表的には0.05μm~1μm、例えば0.05μm~0.5μm、好ましくは0.1μm~0.5μmである。
【0057】
したがって、コーティングの総厚みは、代表的には0.5μm~5μm、好ましくは0.5μm~3μm、最も好ましくは1μm~3μmである。
【0058】
本発明はまた、以下を含むコーティングでコーティングされた基材を提供する:
i)スパッタリングプロセスを介して析出した層;
ii)同時CVA析出とスパッタリングプロセスとを含むプロセスによって析出した、(i)と(iii)の間の移行層;および
iii)CVA析出によって析出した層。
【0059】
コーティングされた基材の全ての局面に対する任意および好ましい実施形態は、本発明の方法に関して本明細書の他の場所に記載されている通りである。例えば、層(iii)は、適切には、ta-Cを含むか、またはta-Cからなる。
【0060】
本発明によるコーティングされた基質の特定のタイプは、以下を順番に含む:
(a)NiCrを含み、かつ0.1μm~0.2μmの厚みを有するシード層;
(b)CVAによって析出したta-Cを含み、かつ0.4μm~0.6μmの厚みを有する第1の層;
(c)CVAによって析出したta-Cおよびスパッタリングによって析出した金属または金属合金または金属化合物を含み、かつ0.1μm~0.2μmの厚みを有する第2の層;および
(d)スパッタリングにより析出した金属または金属合金または金属化合物を含み、かつ0.1μm~0.2μmの厚みを有する第3層。
【0061】
本発明による他の特定のコーティングされた基材のタイプは、以下を順番に含む:
(a)鋼基材;
(b)スパッタリングによって析出したCrを含み、かつ0.1μm~0.2μmの厚みを有するシード層;
(c)CVAによって析出したta-Cとスパッタリングによって析出したCrとの両方を含む層;
(d)CVAによって析出したta-Cを含み、かつ0.4μm~0.6μmの厚みを有する層;
(e)CVAによって析出したta-Cとスパッタリングによって析出した金属または金属合金または金属化合物との両方を含み、かつ0.1μm~0.2μmの厚みを有する層;ならびに
(f)スパッタリングによって析出した金属または金属合金または金属化合物を含み、かつ0.2μm~0.4μmの厚みを有する層。
【0062】
上記において、コーティングは、本発明の2つの共析出移行層を含む。第1の移行層(層c)は、シード層とta-C層との間の接着性を促進する。第2の移行層(層e)は、ta-C層と頂部の(着色)スパッタリング層との間の接着性を促進する。
【0063】
本発明によるさらなる特定のコーティングされた基材は、以下を順番に含む:
(a)グラファイト基材;
(b)SiCのスパッタリングシード層で、0.1μm~0.2μmの厚みを有する層;
(c)0.1μm~1.0μmの厚みを有するSiのスパッタリング層;
(d)0.1μm~0.2μmの厚みを有するSiCのさらなるスパッタリング層;
(e)CVAによって析出したta-Cとスパッタリングによって析出したSiCとの両方を含み、かつ0.1μm~0.5μmの厚みを有する層;ならびに
(f)CVAによって析出したta-Cを含み、かつ0.4μm~0.6μmの厚みを有する層。
【0064】
本発明はまた、以下を備えるコーティング装置を提供する:
コーティングされる基材の配置のための基材ステーション;
該基材上にCVAを介して材料を析出させるためのCVAステーション;
該基材上にスパッタリングプロセスを介して材料を析出させるためのスパッタリングステーション;および
該CVAと該スパッタリングステーションとを同時に操作できる制御ユニット。
【0065】
基材ステーション、CVAステーションおよびスパッタリングステーションは、代表的には、全て装置のチャンバー内に配置されている。チャンバーには、チャンバー内の圧力を制御するためのポンプも好適に設けられている。
【0066】
代表的には、CVAステーションはFCVAステーションであり、FCVAを介して基材上に材料を析出させる。スパッタリングステーションは適切にはマグネトロンスパッタリングステーションである。
【0067】
本発明のプロセスの任意および好ましい特徴、特に、本明細書に記載されるCVAおよびスパッタリングプロセスの特徴(ただしこれらに限定されない)は、本発明のコーティング装置に等しく適用される。
【0068】
従来のスパッタリングおよびCVAプロセスが知られており、広範囲の基材に対して用いられ、そして本発明の方法も同様に、広範囲の基材をコーティングするのに適している。
【0069】
本発明のコーティングは、多層化され、CVD、PVD、HiPIMS、マグネトロンスパッタリングおよびマルチアークイオンめっきを含む種々の既知および従来の析出技術を用いてそれぞれの層が析出され得る。CVAプロセスは、代表的には、例えば、以下に説明する、フィルタード陰極真空アーク(FCVA)プロセスである。FCVAコーティングの装置および方法は公知であり、本発明の方法の一部として使用することができる。FCVA被覆装置は、代表的には、真空チャンバー、アノード、標的からプラズマを発生させるカソードアセンブリと、所定の電圧に基材をバイアスするための電源を備える。FCVAの性質は従来のものであり、発明の一部ではない。
【0070】
硬度は、すべての金属に使用でき、硬度試験の中で最も広いスケールの1つを有するビッカース硬さ試験(1921年にビッカース社のロバート・L・スミスとジョージ・E・サンドランドによって開発され、標準試験にはASTM E384-17も参照)を使用して適切に測定される。試験によって与えられた硬さの単位はビッカースピラミッド番号(HV)として知られており、パスカル(GPa)の単位に変換することができる。硬度数は、試験で使用されるインデントの表面積に対する荷重によって決定される。例として、鋼の硬い形態のマルテンサイトは約1000のHVを有し、ダイヤモンドは約10,000HV(約98GPa)のHVを有することができる。ダイヤモンドの硬度は、正確な結晶構造や配向によって異なるが、約90から100GPaを超える硬度が一般的である。
【0071】
本発明は、硬度および耐摩耗性が高められたスパッタリング材料から形成されたコーティングを提供する。
【0072】
本発明を、添付の図面を参照して説明する。
【実施例
【0073】
(実施例1)
本発明のコーティングの第一の例(図1、10参照)を、以下に記載のように調製した。
【0074】
【表2】
【0075】
SPT-スパッタリングによって析出した種々の材料を、異なる着色の最上層を用いて種々のコーティングを形成するために使用した:
【0076】
【表3】
【0077】
i.FCVA ta-Cの析出を開始し、徐々に0.5~1.0mTorrの間の圧力に供給Ar圧力を増加させる。
ii.圧力を一定に保ち、マグネトロンスパッタリングを開始する。
iii.一定の時間(例えば、厚み約400nmの共析出層を生成するのに十分な期間)、後、FCVAコーティングを停止し、スパッタリングを続けて最上層を形成する。
【0078】
(実施例2)
実施例1で調製したコーティングの硬度を、ナノインデンター(CSM NHT2)を用いて求めた。これらの値を、スパッタリングのみ(すなわち、SPT材料を基材上に直接スパッタリング)を用いて作製されたコーティングの硬度と比較した。
【0079】
【表4】
【0080】
(実施例3-クロスハッチ)
基材へのコーティングの接着性のレベルを確認するために、ASTM D-3359試験方法Bに基づいてクロスハッチ試験を実施した。1.0mm×1.0mmのグリッド寸法を有する格子模様をコーティングの表面にカットした。次いで、感圧塗料51596をカットコーティングに塗布し、除去した。
【0081】
実施例1のコーティングと対応する比較コーティング(SPT材料のスパッタリング層のみを含む)との両方において、剥離面積は5%未満であった。
【0082】
(実施例4-スチールウール摩耗試験)
実施例1のコーティングの耐摩耗性を示すものとして、コーティングに対して以下の条件で、テーバー摩耗試験を実施した。
・計器:テーバーリニア摩耗試験機
・研磨材:スチールウール
・試験荷重:500g重
・サイクル速度:60サイクル/分
・ストローク長さ:5mm
【0083】
400サイクル後、実施例1のコーティングの表面に顕著な傷はなかった。対応する基材がSPT材料のみでのコーティング(すなわちta-C層、またはta-CおよびSPTを含む移行層を含まない)を同じ条件下に供した場合、目に見える傷が観察された。
【0084】
(実施例5-ブルージーンズ摩耗試験)
実施例1のコーティングの耐摩耗性を示すものとして、コーティングに対して以下の条件で、テーバー摩耗試験を実施した。
・計器:テーバーリニア摩耗試験機
・研磨材:リーバイス ブルージーンズ素材
・試験荷重:500g重
・サイクル速度:60サイクル/分
・ストローク長さ:5mm
【0085】
1000サイクル後、実施例1のコーティングの表面に顕著な傷はなかった。対応する基材がSPT材料のみでのコーティング(すなわちta-C層、またはta-CおよびSPTを含む移行層を含まない)を同じ条件下に供した場合、目に見える傷が認められた。
【0086】
(実施例6-塩水噴霧試験)
実施例1のコーティングの耐食性を示すものとして、コーティングに対して塩水噴霧試験を行った。塩水噴霧試験はASTM B117:塩水噴霧(霧)の操作のための標準的技法に基づいており、コーティングされた基材上に35℃の温度にて5%の塩水溶液を噴霧することを構成するものであった。
【0087】
72時間後、実施例1のコーティングの錆または劣化の目に見える兆候はなかった。対応する基材がSPT材料のみでのコーティング(すなわちta-C層、またはta-CおよびSPTを含む移行層を含まない)を72時間同じ条件下に供した場合、腐食が観察された。
【0088】
上記実施例に見られるように、本発明のコーティングは比較のコーティングに比べて硬度、耐摩耗性および耐食性を高めることができる。
図1