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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】既存塗膜の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 9/00 20060101AFI20231109BHJP
【FI】
C09D9/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020020603
(22)【出願日】2020-02-10
(65)【公開番号】P2020132874
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2023-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2019023433
(32)【優先日】2019-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000251277
【氏名又は名称】スズカファイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136113
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寿浩
(72)【発明者】
【氏名】中西 功
(72)【発明者】
【氏名】原 直樹
【審査官】福山 駿
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-140612(JP,A)
【文献】特開昭63-221179(JP,A)
【文献】特開2005-007284(JP,A)
【文献】特開2003-213297(JP,A)
【文献】特開2015-140351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘度が500~20000mPa・sで、アルカリ成分により水への溶解が促進されるアルカリ膨潤性の水溶性高分子を含有する水性湿潤剤を既存塗膜の表面に塗布し、
前記水性湿潤剤が付着したままの状態で前記既存塗膜を物理的ケレン作業により除去した後、
ケレン作業面に残存した前記水性湿潤剤を、炭酸ナトリウム、セスキ炭酸ナトリウム、及び炭酸水素ナトリウムから選ばれる一種以上を含有するpH8.5~12.0の水溶液で洗浄する、既存塗膜の除去方法。
【請求項2】
粘度が500~20000mPa・sで、アルカリ成分により水への溶解が促進されるアルカリ膨潤性の水溶性高分子を含有する水性湿潤剤を既存塗膜の表面に塗布し、
前記水性湿潤剤が付着したままの状態で前記既存塗膜を物理的ケレン作業により除去した後、
水酸化カリウムを含有するpH11.0~13.0の水溶液で洗浄する、既存塗膜の除去方法。
【請求項3】
前記水性湿潤剤が蛍光増白剤を含有する、請求項1又は請求項2に記載の既存塗膜の除去方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼製構造物等に塗装された既存塗膜を物理的ケレン作業により除去する際に、粉塵状微細塗膜片の飛散を防止する水性湿潤剤を塗布し、既存塗膜を除去した後は水性湿潤剤を綺麗に洗浄することができる既存塗膜の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、橋梁や鉄塔等の鉄鋼製構造物等には、錆の発生を防止し強度を保全するため、塗膜により表面保護されていることが多い。また、住宅やビル等の一般建造物でも、対候性、保温性、美観向上等のため壁面が塗装されている。しかし、当該塗膜も風雨や紫外線等に晒されることによる経時劣化により、塗膜による保護機能(錆止め機能)は徐々に低下する。そのため、劣化した既存塗膜を除去して新たな塗膜に塗り替えるメンテナンス作業を定期的に行う必要がある。
【0003】
ここで、既存塗膜の除去を行うケレン方法としては、塗膜剥離剤により既存塗膜を軟化・膨潤させて除去する化学的方法と、既存塗膜を工具等によって削り取る物理的方法に大別される。物理的ケレン作業は、電動ワイヤーブラシや電動ディスクサンダー等の電動工具を用いたり、研摩紙やワイヤーブラシ等の手工具を用いたり、若しくは研削材を噴射・衝突させて除去する。したがって、物理的ケレン作業を行う場合は、既存塗膜の一部が粉塵状の微細塗膜片となって飛散する。特に、ブラスト工法では、既存塗膜と共に研削材も飛散する。
【0004】
かつて、鉄鋼製構造物等に塗装される塗料には、鉛化合物、クロム化合物及びPCBなどの人体に対する有害物質が含まれていた。したがって、この飛散した微細塗膜片を作業員が吸引すると、重度の健康障害を引き起こす懸念が大きいことが従来から指摘されてきた。この問題に関して厚生労働省は、平成26年5月30日付け基安労発0530第1号等にて、各都道府県に対し鉛等有害物を含有する塗料の剥離やかき落とし作業(ケレン作業)を行う場合は、必ず既存塗膜を湿潤化する、もしくは、湿潤化が著しく困難な場合は、当該作業環境内で湿潤化した場合と同等程度の粉塵濃度まで低減させる方策を講じた上で作業を実施することを通達した。
【0005】
また、一般建造物では、古くは耐熱性や保温性等を付与するためアスベストを含有する塗膜が外壁に塗装されていた。この場合も、物理的ケレン作業により塗膜を除去するとアスベストが飛散し、塵肺、肺線維症、肺癌、悪性中皮腫など人体への健康被害が問題となる。
【0006】
そこで本出願人は、下記特許文献1において、物理的ケレン作業によって生じた粉塵状の微細塗膜片、ブラストの研削材、及びアスベスト等の飛散を抑制できる水性湿潤剤を用いた既存塗膜の除去方法を提案している。具体的には、水溶性高分子とポリオール類とを含有する、粘度が500~20、000mPa・sでゲル状の水性湿潤剤を既存塗膜の表面に塗布した後、水性湿潤剤が付着したままの状態で既存塗膜を物理的ケレン作業により除去している。そして、既存塗膜を除去した後、塗替え素地(ケレン作業面)に残存する水性湿潤剤をヘラ等で掻き取ったり、布ウエス等で拭き取ったりしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6462739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、ゲル状の水性湿潤剤を単にヘラ等で掻き取ったり布ウエス等で拭き取ったりするだけでは、完全に水性湿潤剤を除去することは困難であり、塗替え素地に少なからず水性湿潤剤が残存してしまう。この場合、塗替え素地に残存する水性湿潤剤によって塗替え塗料の付着性等の物性が低下するおそれがある。
【0009】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、鉄鋼製構造物や一般建造物等に塗装されている既存塗膜を、ゲル状の水性湿潤剤を用いて粉塵状微細塗膜片やアスベスト等の飛散を抑制しながら物理的ケレン作業により除去した後、当該水性湿潤剤を綺麗に洗浄して塗替え塗料への悪影響を低減できる、既存塗膜の除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そのための手段として、本発明の既存塗膜の除去方法は、粘度が500~20000mPa・sで、アルカリ成分により水への溶解が促進されるアルカリ膨潤性の水溶性高分子を含有する水性湿潤剤を既存塗膜の表面に塗布し、前記水性湿潤剤が付着したままの状態で前記既存塗膜を物理的ケレン作業により除去した後、ケレン作業面に残存した前記水性湿潤剤を、炭酸ナトリウム、セスキ炭酸ナトリウム、及び炭酸水素ナトリウムから選ばれる一種以上を含有するpH8.5~12.0の水溶液で洗浄する。
【0011】
また、本発明の既存塗膜の除去方法は、粘度が500~20000mPa・sで、アルカリ成分により水への溶解が促進されるアルカリ膨潤性の水溶性高分子を含有する水性湿潤剤を既存塗膜の表面に塗布し、前記水性湿潤剤が付着したままの状態で前記既存塗膜を物理的ケレン作業により除去した後、水酸化カリウムを含有するpH11.0~13.0の水溶液で洗浄することもできる。
【0012】
前記水性湿潤剤は、蛍光増白剤を含有することも好ましい。
【0013】
なお、本発明において数値範囲を示す「○○~××」とは、特に明示しない限り「○○以上××以下」を意味する。
【発明の効果】
【0014】
本発明で使用する水性湿潤剤は、水に水溶性高分子が溶解していることで一定の粘度を有するゲル状となっており、水と水溶性高分子との親和力(水性高分子の保水性)により、水が蒸発し難くなっている。そのため、これを鉄鋼製構造物や一般建造物等の表面に塗布しても、重力により流れ落ちることがない。これにより、水性湿潤剤を既存塗膜の表面に留めておくことができる。さらに、表面に付着している塩分は錆の進行を促進させるが、これらの塩分を水性湿潤剤に溶解させ、除去することも可能となる。しかも、水分は水溶性高分子の保水力によって蒸発し難い。したがって、このような水性湿潤剤を使用する本発明の既存塗膜の除去方法によれば、ケレン作業中に絶えず水をかけ続ける必要が無く作業負担を大幅に軽減しながら、物理的ケレン作業によって生じた粉塵状の微細塗膜片、ブラストの研削材、アスベスト等を水性湿潤剤によって捕捉することで飛散を抑制することができ、作業者が微細塗膜片等を吸引してしまう事態を避けることができる。また、この水性湿潤剤は揮発性の有機溶剤を使用していないため、作業環境が良好で、作業者に対する安全面及び健康面でのリスクも小さい。
【0015】
また、本発明で使用する水性湿潤剤は、アルカリ膨潤性を有する水溶性高分子を含有するため、乾燥して皮膜化してもアルカリ水で速やかに再溶解する。したがって、ケレン作業面に残存した水性湿潤剤の不揮発成分が、アルカリ水で容易に除去可能となる。つまり、既存塗膜を除去した後、塗替え素地(ケレン作業面)に残存する水性湿潤剤をアルカリ水により洗浄することで、水性湿潤剤に溶解した塩分とともに綺麗に除去することができる。これにより、水性湿潤剤による塗替え塗料への悪影響を低減することができる。また、素地が鋼材の場合であっても、アルカリ水による洗浄であれば戻り錆の発生を抑制できる。
【0016】
また、水性湿潤剤に蛍光増白剤を添加しておけば、例えば隔離区域等内作業場のような薄暗い作業環境下であっても、塗布した蛍光性水性湿潤剤に紫外線を照射して発光させることにより、その塗布箇所や残存箇所を視認することができる。これにより、蛍光性水性湿潤剤の塗り残しや物理的ケレン作業のやり残しを防ぐことができる。さらに、物理的ケレン作業による蛍光性水性湿潤剤の飛散付着物や、ケレン作業面に残存した蛍光性水性湿潤剤の除去不足が原因となる、塗替え塗料の付着障害を防ぐことができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<水性湿潤剤>
本発明で使用する水性湿潤剤は、アルカリ膨潤性の水溶性高分子と水とを混合して得ることができる。アルカリ膨潤性の水溶性高分子としては、アルカリ成分により水への溶解が促進され、一定の保水性を有するのであれば特に限定されない。具体的には、水酸基及びカルボキシル基のいずれか一方、又は双方を有するものであればよい。例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸塩、澱粉、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸塩、水溶性ポリウレタンなどを挙げることができる。これらの水溶性高分子は、一種のみを単独使用することもできるし、二種以上を混用することもできる。水溶性高分子が水に溶解することで、水性湿潤剤は保水性及び粘性を有するゲル状となる。
【0018】
水性湿潤剤中における水溶性高分子の含有量は、0.1~10重量%が好ましく、0.3~5重量%がより好ましい。水溶性高分子の含有量が少な過ぎると、水性湿潤剤に有効な粘度を付与できず壁面に塗布した際に流れ落ち易くなって、水性湿潤剤を既存塗膜の表面に留め難くなる。一方、水性高分子の含有量が多過ぎると、水性湿潤剤の粘度が過度に高くなって塗布作業性が悪化する。
【0019】
水性湿潤剤には、湿潤化の効果を高めるために、必要に応じてポリオール類を配合することができる。ポリオール類とは、主にポリウレタン用のポリエーテルポリオールのことであり、多価アルコールにプロピレンオキサイドやエチレンオキサイド等のアルキレンオキサイドを付加重合させたものである。ポリオール類は常温(室温)において液状であり、水へは難溶であるが、水溶性高分子が界面活性剤として機能することで乳化し、水性湿潤剤中に均一分散する。水性湿潤剤中にポリオール類が配合されていることで、仮に水性湿潤剤から水分が蒸発してしまったとしても、湿潤状態を保つことができる。ポリオールの数平均分子量は、200~3、000が好ましい。
【0020】
ポリオール類としては、例えばポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシプロピレングリセルエーテル、ポリエチレンアジペート、ポリエチレンブチレンアジペート、ポリブチレンアジペート、ネオペンチルアジペート、ポリオキシエチレンビスフェノールAエーテル、ポリオキシプロピレンビスフェノールAエーテル、及びこれらのアクリル酸エステルの重合物等が挙げられる。中でも、比較的入手が容易で安価であることから、数平均分子量が400~2、000のポリオキシプロピレングリコール又はポリオキシプロピレングリセルエーテルが好ましい。これらポリオール類は、一種のみを単独使用することもできるし、複数種(二種以上)を混用することもできる。
【0021】
水性湿潤剤にポリオール類を配合する場合、その含有量は0.5~30重量%が好ましく、1~25重量%がより好ましい。ポリオール類の含有量が少な過ぎると、水性湿潤剤から水が蒸発してしまった後の湿潤状態を良好に保てなくなる。一方、ポリオール類の含有量が多すぎると、その後の洗浄に長時間を要するなど無駄な労力が必要となってしまう。
【0022】
また、水性湿潤剤には、紫外線を吸収して発光する性質を有する蛍光増白剤を必要に応じて配合することも好ましい。蛍光増白剤は、波長330~380nmの紫外線を吸収し、400~450nmの青色の蛍光可視光線に変えて放出する。蛍光増白剤としては、例えば、スチルベン系、オキサゾール系、ナフタルイミド系、ピラゾロン系、クマリン系などの公知の蛍光増白剤を用いることができる。中でも、分子量が280~1、200であり、熱安定性が比較的良好なオキサゾール系又はクマリン系が好ましい。
【0023】
水性湿潤剤に蛍光増白剤を配合する場合、その含有量は、水性湿潤剤100重量部に対して蛍光増白剤を0.01~1.0重量部とすることが好ましく、0.03~0.5重量部とすることがより好ましい。蛍光増白剤の含有量が0.01重量部未満であると、紫外線を照射したときの発光が弱くて視認しにくくなる。また、蛍光増白剤の含有量が1.0重量部を超えても発光強度はあまり向上せず、蛍光増白剤は一般的に高価であるため不経済である。
【0024】
さらに、水性湿潤剤には、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、防腐剤、防カビ剤、分散剤、消泡剤、及び初期防錆剤等の添加剤を、必要に応じて添加することができる。
水性湿潤剤は、水を撹拌しながらアルカリ膨潤性の水溶性高分子を徐々に水中に投入して均一に分散させた後、十分に溶解又は膨潤するまで撹拌することで調製できる。水溶性高分子が粉末状の場合、水溶性高分子粉末を一度に水中に投入すると、膨潤した水溶性高分子の粒子同士が凝集してその周囲に被膜を形成し、継粉(いわゆる“ダマ”)と呼ばれる固まりができてしまい、水への溶解性が悪化することがある。そこで、必要に応じて水溶性高分子粉末を低級アルコール等の親水性溶剤によって事前に湿潤させておくことも好ましい。
【0025】
また、水中で水溶性高分子を溶解又は膨潤させる際に、水への溶解度の高い塩基性物質を少量添加することで、溶解又は膨潤を促進させることができる。塩基性物質としては、例えば、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、アミン類、アミノアルコール類などを用いることができる。中でも、揮発性が良好であるため、使用後にケレン作業面に残存しにくいアンモニアが好ましい。
【0026】
水性湿潤剤の粘度(23℃)は、塗布する前の状態で500~20000mPa・s、好ましくは800~15000mPa・sとする。水性湿潤剤の粘度が低過ぎると、壁面に塗布した際に流れ落ち易くなって、水性湿潤剤を既存塗膜の表面に留め難くなるが、水溶性高分子によってゲル状となっている限り、一定の粉塵発生抑制効果は得られる。一方、水性湿潤剤の粘度が高過ぎると、ローラー塗装が困難になって塗布作業性が悪化する。
【0027】
<既存塗膜の除去方法>
水性湿潤剤は、橋梁や鉄塔等の鉄鋼製構造物、及び住宅やビル、倉庫等の一般建造物に塗装された既存塗膜を物理的ケレン作業により除去する際に、粉塵状微細塗膜片やアスベスト等の飛散を抑制するため、既存塗膜の表面に予め塗布して使用する。水性湿潤剤の塗布方法は特に制限されず、代表的には植毛ローラーや多孔質スポンジローラー等を用いたローラー塗布のほか、刷毛塗り、及びスプレーや噴射機等を用いた噴射塗布などを例示できる。このとき、水性湿潤剤は一定の粘度を有するゲル状なので、既存塗膜表面に付着したまま留まる。また、水溶性高分子の存在によって水分が蒸発し難く、長時間に渡り湿潤状態が保たれる。
【0028】
水性湿潤材の塗布量は、好ましくは70~300g/mである。水性湿潤剤の塗布量が少な過ぎると、良好な湿潤状態を担保できなくなる。一方、水性湿潤剤の塗布量が多過ぎてもケレン作業性には大きな問題は無いが、コストの無駄であると共に、後処理に多大な労を要する。水性湿潤材の塗布量が300g/m以下であれば、後処理が楽である。
【0029】
水性湿潤剤を除去すべき既存塗膜の表面に塗布した後は、当該水性湿潤材が付着したままの状態で既存塗膜を物理的ケレン作業により除去する。このとき、ケレン作業により生じる粉塵状の微細塗膜片やアスベスト等は水性湿潤剤によって捕捉されることで、飛散と浮遊が抑制される。また、ブラスト工法により除去する場合は、研削材の飛散と浮遊も抑制される。
【0030】
微細塗膜片等を捕捉した水性湿潤剤は、基本的にはある程度の大きさの塊となって落下するが、ケレン作業面に留まっているものもあり、そのままでは塗替え塗装を実施できない。また、ケレン作業面に残存した水性湿潤剤が乾燥したとしても、水性湿潤剤の不揮発成分がケレン作業面に残存するため、塗替え塗膜の付着性等の品質を低下させるおそれがある。そこで、ケレン作業面に残存している水性湿潤剤は、アルカリ水によって洗浄する。
【0031】
アルカリ水による洗浄は、ケレン作業面にアルカリ水を噴きかけたり流しかけたりすることもできるが、アルカリ水を含ませた布ウエス等による拭き取り作業でもほぼ完全に取り除くことができる。アルカリ水の噴きかけや流しかけでは、アルカリ水が地面に垂れ流れるため、アルカリ水を含ませた布ウエス等による拭き取り作業の方が作業効率が良い。このとき、水性湿潤剤は含有する水溶性高分子がアルカリ膨潤性を有しているため、乾燥が進み皮膜化しかけても、アルカリ水で速やかに再溶解する。この特性により、ケレン作業面に残存した水性湿潤剤の不揮発成分が、アルカリ水で容易に除去可能となる。さらに、素地が鋼材の場合は、アルカリ水という特性により、戻り錆の発生を抑制できる。
【0032】
アルカリ水としては、炭酸ナトリウム、セスキ炭酸ナトリウム、又は炭酸水素ナトリウム、若しくはそれらの混合物を含有し、pH8.5~12.0に調製した水溶液を使用できる。或いは、水酸化カリウムを含有し、pH11.0~13.0に調製された水溶液も使用できる。アルカリ膨潤性の水溶性高分子が主成分である水性湿潤剤の皮膜をアルカリ水で再溶解させるには、pH8.5以上とすることが好ましい。さらに、物理的ケレン作業後にケレン作業面に残存する水性湿潤剤を、アルカリ水を含ませた布ウエス等で拭き取った後の、戻り錆の発生を効果的に抑制するためには、pH11.0以上とすることが好ましい。一方、作業者の取り扱い安全性を重視する場合は、皮膚の腐食性の影響を避けるためにpH11.5未満とすることが好ましい。
【0033】
水性湿潤剤に蛍光増白剤を配合した蛍光性水性湿潤剤とした場合は、紫外線照射装置により紫外線を照射して発光させながら作業することができる。また、水性湿潤剤を除去した後に紫外線を照射することで、水性湿潤剤残しが無いかを確認することもできる。紫外線照射装置としては、人体への影響の少ないUV-A照射が可能で、かつ、安価で携帯に便利なLED型紫外線電灯(ブラックライト)が好ましい。
【0034】
過去の塗料には、PCB等の化学物質、または、鉛やクロム等の重金属、若しくはアスベストのように人体に有害な物質が含まれていた。このため、このような既存塗膜の物理的ケレン作業は、粉塵状微細塗膜片やアスベスト等の飛散を抑制するために、隔離区域等内作業場のような薄暗い作業環境下で実施される。このような場合に、蛍光性水性湿潤剤をブラックライトを照射して発光させることにより、その塗布箇所や残存箇所を視認することができる。これにより、蛍光性水性湿潤剤の洗浄残しや物理的ケレン作業のやり残しを防ぐことができる。さらに、物理的ケレン作業による蛍光性水性湿潤剤の飛散付着物や、ケレン作業面に残存した蛍光性水性湿潤剤の除去不足が原因となる、塗替え塗料の付着障害等を防ぐことができる。
【実施例
【0035】
以下に、本発明を具体化した実施例について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
<アルカリ水の調整>
(実施例1)
150mlポリカップで脱イオン水を撹拌装置にて撹拌しながら、アルカリ化合物として炭酸水素ナトリウム(商品名「炭酸水素ナトリウム」、富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加し、約10分撹拌してpH8.7のアルカリ水を調製した。
【0037】
(実施例2)
アルカリ水のpHを9.0とした以外は、実施例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0038】
(実施例3)
アルカリ化合物としてセスキ炭酸ナトリウム(商品名「セスキ炭酸ソーダ」、株式会社丹羽久製)を使用し、アルカリ水のpHを10.3とした以外は、実施例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0039】
(実施例4)
アルカリ化合物として炭酸ナトリウム(商品名「炭酸ナトリウム」、富士フイルム和光純薬株式会社製)を使用し、アルカリ水のpHを11.6とした以外は、実施例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0040】
(比較例1)
アルカリ化合物として水酸化カリウム(商品名「水酸化カリウム」、富士フイルム和光純薬株式会社製)を使用し、アルカリ水のpHを10.4とした以外は、実施例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0041】
(実施例5)
アルカリ水のpHを11.7とした以外は、比較例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0042】
(実施例6)
アルカリ水のpHを12.8とした以外は、比較例1と同様にしてアルカリ水を調製した。
【0043】
<水性湿潤剤の調整>
1000mlポリカップに脱イオン水86.0重量%を量り取り、次いで撹拌装置にて撹拌しながら水溶性高分子13.0重量%を添加した後、アンモニア水を1.0重量%添加し、約20分撹拌して水性湿潤剤を調製した。なお、水溶性高分子としては、ポリアクリル酸ソーダ(商品名「プライマルASE-60」、ダウ・ケミカル日本株式会社製)を使用した。
【0044】
<試験1:水性湿潤剤皮膜の溶解性試験>
アルカリ水による水性湿潤剤の除去性は、水性湿潤剤の乾燥皮膜を試験体として用い、アルカリ水への溶解性により評価した。
水性湿潤剤を、170×280mmの離型紙の上に、フィルムアプリケーターを用いて800μmの膜厚で塗布し、温度23℃、相対湿度50%の環境試験室で7日間養生した。乾燥した皮膜を離型紙から引き剥がし、2cm角に切断した皮膜を試験体とした。次に、実施例1~7及び比較例1のアルカリ水、並びに、比較例2としての脱イオン水(アルカリ化合物非添加、pH約5.5)を、それぞれポリカップに50g分取した。そして、液面に試験体をそっと置き、試験体が膨潤し、目視で判別できなくなるまでに要する時間を計測して、試験体の溶解時間とした。その試験結果を表1に示す。
【0045】
<水性湿潤剤の洗浄容易性の評価基準>
水性湿潤剤の洗浄容易性は、試験体の溶解時間から以下の基準により評価した
◎:試験体の溶解時間が5分未満である
○:試験体の溶解時間が5分以上、10分未満である。
×:試験体の溶解時間が10分以上である。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示すように、アルカリ化合物を含有しない比較例2の脱イオン水では、水性湿潤剤皮膜(試験体)が溶解するのに極めて長時間を要し、アルカリ膨潤性の水溶性高分子を含有する水性湿潤剤の洗浄水としては殆ど機能しないことが確認された。これに対し、実施例1~6のアルカリ水では、いずれも水性湿潤剤皮膜の溶解に要する時間が著しく短縮され、溶解性が良好であるため、水性湿潤剤皮膜の除去性に優れることが確認された。一方、アルカリ化合物として水酸化カリウムを使用した場合に限っては、pHが11未満では水性湿潤剤皮膜(試験体)の溶解に長時間を要し、実用性に欠けることが分かった。
【0048】
<試験2:蛍光増白剤の添加による視認性試験>
次に、表2に示す配合により、蛍光増白剤を混合した水性湿潤剤を各実施例及び各比較例とし、以下の方法により暗黒下での視認性を評価した。
試験方法:150×90mmのガラス板に各実施例及び各比較例の水性湿潤剤をフィルムアプリケーターにより150μmの膜厚で塗布し、塗布直後、及び、温度23℃、相対湿度50%の環境試験室で7日間養生したものを試験体とした。次に、暗室において、遮光性で、蛍光性がなく、光沢の殆どない黒色カーテンを壁面に垂らし、その上に試験体を設置する。そして、試験体に真正面から2mの距離でLED型ブラックライト(波長385nm、出力540mW)を照射し、同地点からの目視により、発光強度を判定した。判定にはJIS L 0804に規定するグレースケールを用い、試験体と試験体周囲との明度差から、以下の基準により評価した。
◎: 試験体と試験体周囲との明度差がグレースケール1号未満であり、暗黒下で視認が著しく容易。
○: 試験体と試験体周囲との明度差がグレースケール1号以上、3号未満であり、暗黒下で視認できる。
×: 試験体と試験体周囲との明度差がグレースケール3号以上であり、暗黒下で視認しにくい。
【0049】
なお、蛍光増白剤を添加するためのベースとなる水性湿潤剤には、上記試験1と同じ水性湿潤剤を使用した。表2の蛍光増白剤Aとしては、クマリン系蛍光増白剤(商品名「ニッカフローMCT」、株式会社日本化学工業所製)を使用し、蛍光増白剤Bとしては、ベンズオキサゾール系蛍光増白剤(商品名「ニッカブライト CX H/C」、株式会社日本化学工業所製)を使用した。
【0050】
【表2】
【0051】
表2の結果から、蛍光増白剤を含有する実施例7から実施例13の蛍光性水性湿潤剤は、ブラックライト照射により、暗黒下でも視認性に優れていた。これに対し、比較例3の水性湿潤剤は、蛍光増白剤を含有していないため、ほとんど視認できなかった。 なお、実施例7から実施例13、及び比較例3の全てにおいて、水性湿潤剤の塗布直後と7日養生後の視認性の差異は認められなかった。