(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】β-1,3-1,6-グルカンの測定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20231113BHJP
C12N 11/14 20060101ALI20231113BHJP
C07K 17/14 20060101ALI20231113BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20231113BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231113BHJP
【FI】
C12Q1/02 ZNA
C12N11/14
C07K17/14
G01N33/543 541A
G01N33/53 S
(21)【出願番号】P 2021558470
(86)(22)【出願日】2020-11-20
(86)【国際出願番号】 JP2020043393
(87)【国際公開番号】W WO2021100855
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2019209679
(32)【優先日】2019-11-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000376
【氏名又は名称】オリンパス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100207789
【氏名又は名称】石田 良平
(72)【発明者】
【氏名】中田 秀孝
(72)【発明者】
【氏名】安達 禎之
(72)【発明者】
【氏名】石橋 健一
(72)【発明者】
【氏名】山中 大輔
(72)【発明者】
【氏名】大野 尚仁
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/212095(WO,A1)
【文献】国際公開第96/006858(WO,A1)
【文献】特開2008-273917(JP,A)
【文献】特開2010-041957(JP,A)
【文献】国際公開第2013/021687(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/157283(WO,A1)
【文献】酒本秀一他,βグルカンの機能-2,NewFoodIndustry,vol. 53, no. 12,2011年,pp. 1-11
【文献】Protein Science,2007年,16,p.1042-1052
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
C07K
G01N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料中のβ-グルカンと、β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを混合し、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを含む複合体を形成する工程と、
前記複合体を、β-(1→3)結合を有するがβ-(1→6)結合は有していない分子及びβ-(1→6)結合を有するがβ-(1→3)結合は有していない分子と区別して検出する工程と、
前記検出の結果に基づいて前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程と、
を備え
、
前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子が、β-(1→3)結合と特異的に結合するカブトガニ由来G因子又はその変異体、β-(1→3)結合と結合可能だが、その他のβ-グルコシド結合とは結合しないβ-グルカン認識タンパク質又はその変異体、β-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,3-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上であり、
前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子が、β-(1→6)結合と特異的に結合するβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,6-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上である、β-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項2】
前記β-(1→3)結合と結合可能だが、その他のβ-グルコシド結合とは結合しないβ-グルカン認識タンパク質が、S-BGRP又はBmBGRPである、請求項1に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項3】
前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子の少なくとも一方が標識物質によって標識されており、前記複合体の検出を、前記標識物質から発するシグナルを検出することにより行う、請求項1
又は2に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項4】
前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子の一方が前記標識物質によって標識されており、残る他方が固相担体に固定されている、請求項
3に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項5】
前記固相担体が磁気ビーズである、請求項
4に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項6】
前記固相担体がビオチン結合分子によって修飾されており、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子のうち、前記固相担体に固定されている分子がビオチン修飾分子である、請求項
4又は
5に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項7】
前記標識物質が、発光物質である、請求項
3~
6のいずれか一項に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項8】
前記標識物質が、蛍光物質である、請求項
7に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項9】
前記複合体の検出を、走査分子計数法により行う、請求項1~
8のいずれか一項に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項10】
被験動物(但し、ヒトを除く)から採取された生体試料を被験試料として、請求項1~
9のいずれか一項に記載のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法を行い、前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程と、
前記測定で得られた前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量に基づいて、前記被験動物が真菌に感染している可能性を評価する工程と、
を備える、真菌の感染可能性の評価方法。
【請求項11】
β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを含み、
前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子のうちの何れか一方は固相担体と結合可能であり、他方は検出可能な標識物質と結合されて
おり、
前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子が、β-(1→3)結合と特異的に結合するカブトガニ由来G因子又はその変異体、β-(1→3)結合と結合可能だが、その他のβ-グルコシド結合とは結合しないβ-グルカン認識タンパク質又はその変異体、β-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,3-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上であり、
前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子が、β-(1→6)結合と特異的に結合するβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,6-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上である、β-1,3-1,6-グルカン測定用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β-(1→3)結合とβ-(1→6)結合を含むβ-1,3-1,6-グルカンを測定する方法に関する。
本願は、2019年11月20日に日本国に出願された特願2019-209679号に基づく優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
β-グルカンは、グルコースがグリコシド結合で連なった多糖であるグルカンの内、β-グリコシド結合で繋がった重合体の総称である。真菌や細菌、植物などが保有する一方で、ヒトは保有していない。β-グリコシド結合は主に、β-(1→3)結合、β-(1→4)結合、及びβ-(1→6)結合がある。真菌や細菌に含まれるβ-グルカンは、主に、β-(1→3)結合とβ-(1→6)結合とを含み、植物に含まれるβ-グルカンは、主に、β-(1→3)結合とβ-(1→4)結合とを含む。
【0003】
ヒトがβ-グルカンを含有していない点を利用し、ヒトから採取された検体に含まれるβ-グルカンを検出することにより、当該検体内に含まれている真菌や細菌等を検出できる。特に、深在性真菌症の検査に、β-グルカンの検出は利用されている。深在性真菌症とは、真菌による感染が体内の臓器にまで及ぶ疾患であり、免疫抑制下の患者が発症することが多い。深在性真菌症検査により、アスペルギルス属菌やカンジダ属菌等の深在性真菌症の原因真菌が体内に存在すると判別された患者には、通常、抗真菌薬の投薬がなされる。
【0004】
深在性真菌症検査には、現在、カブトガニに由来するβ-1,3-グルカン(β-(1→3)結合からなるβ-グルカン)応答タンパク質であるリムルスG因子を利用したリムルス反応が利用されている。また、特許文献1には、測定対象検体に、β-1,3-グルカナーゼを産生する菌に由来する菌体外酵素液と、β-1,6-グルカナーゼを産生する菌に由来する菌体外酵素液を混合し、分解によって生じたグルコースの量を測定することによって、β-1,3-1,6-グルカン(β-(1→3)結合とβ-(1→6)結合からなるβ-グルカン)を定量する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-41957号公報
【文献】国際公開第2018/212095号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
β-1,3-グルカンを認識するG因子を利用するリムルス反応では、真菌由来のβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンを識別することができない。また、特許文献1に記載の方法では、β-1,3-グルカンとβ-1,6-グルカンを両方有するグルカン以外にも、β-(1→3)結合のみからなるβ-1,3-グルカンや、β-1,3-グルカンとβ-1,4-グルカンを両方有するβ-グルカン(β-1,3-1,4-グルカン)も検出されてしまう。つまり、これらの方法では、真菌に由来するβ-グルカンと、β-(1→3)結合を含む植物由来のβ-グルカンとを区別して検出することはできない。
【0007】
特に、深在性真菌症検査では、真菌に由来するβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンとの区別は重要である。例えば、外科系処置におけるガーゼ使用や、製剤工程においてセルロース系濾過材が使用された製剤の投薬、セルロース系透析膜を用いた血液透析等によって、植物由来のβ-グルカンがヒト体内に混入してしまう場合がある。このように植物由来のβ-グルカンが体内に混入しているヒトから採取された検体に対する深在性真菌症検査において、菌に由来するβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンが区別できなければ、植物由来のβ-グルカンが混入している検体が偽陽性となり、誤って深在性真菌症と診断されて不要な抗真菌薬の投薬がなされてしまう恐れがある。
【0008】
本発明は、β-1,3-1,6-グルカンを、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンと区別して定量的に検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子を組み合わせて、両分子と結合する分子を検出することにより、β-(1→3)結合を有するがβ-(1→6)結合は有していない分子や、β-(1→6)結合を有するがβ-(1→3)結合は有していない分子を検出することなく、β-1,3-1,6-グルカンを特異的に検出できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法、真菌の感染可能性の評価方法、及びβ-1,3-1,6-グルカン測定用キットは、下記[1]~[13]である。
[1] 被験試料中のβ-グルカンと、β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを混合し、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを含む複合体を形成する工程と、
前記複合体を検出する工程と、
前記検出の結果に基づいて前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程と、
を備える、β-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[2] 前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子が、β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体及び抗β-1,6-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上である、前記[1]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[3] 前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子が、カブトガニ由来G因子又はその変異体、デクチン1の糖鎖認識ドメイン含有タンパク質又はその変異体、β-グルカン認識タンパク質又はその変異体、β-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,3-グルカン抗体からなる群から選択される1種以上である、前記[1]又は[2]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[4] 前記複合体を検出する工程の前に、前記複合体から、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子の少なくとも一方を除去する、前記[1]~[3]のいずれかのβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[5] 前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子の少なくとも一方が標識物質によって標識されており、前記複合体の検出を、前記標識物質から発するシグナルを検出することにより行う、前記[1]~[4]のいずれかのβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[6] 前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子の一方が前記標識物質によって標識されており、残る他方が固相担体に固定されている、前記[5]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[7] 前記固相担体が磁気ビーズである、前記[6]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[8] 前記固相担体がビオチン結合分子によって修飾されており、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子のうち、前記固相担体に固定されている分子がビオチン修飾分子である、前記[6]又は[7]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[9] 前記標識物質が、発光物質である、前記[5]~[8]のいずれかのβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[10] 前記標識物質が、蛍光物質である、前記[9]のβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[11] 前記複合体の検出を、走査分子計数法により行う、前記[1]~[10]のいずれかのβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法。
[12] 被験動物から採取された生体試料を被験試料として、前記[1]~[11]のいずれかのβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法を行い、前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程と、
前記測定で得られた前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量に基づいて、前記被験動物が真菌に感染している可能性を評価する工程と、
を備える、真菌の感染可能性の評価方法。
[13] β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを含む、β-1,3-1,6-グルカン測定用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法は、β-1,3-1,6-グルカンを、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンと区別して測定できる。このため、当該方法は、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンを含有する可能性のある検体中のβ-1,3-1,6-グルカンを正確に定量することができ、特に植物由来のβ-グルカンが夾雑物として含まれている可能性があるヒトの真菌の感染可能性の評価に好適に用いることができる。
また、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカン測定用キットを用いることにより、当該β-1,3-1,6-グルカンの測定方法をより簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1において、各濃度のβ-グルカンを、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、走査分子計数法により検出した結果を示した図である。
図1(A)はCSBGの結果であり、
図1(B)はASBGの結果であり、
図1(C)はPollen BGの結果である。
【
図2】実施例2において、各濃度のβ-グルカンを、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、蛍光強度測定により検出した結果を示した図である。
図2(A)はCSBGの結果であり、
図2(B)はASBGの結果であり、
図2(C)はPollen BGの結果である。
【
図3】実施例5において、ヒト血清にCSBGを添加したものについて、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、走査分子計数法により検出し、CSBGの添加回収率(%:([ヒト血清添加サンプルのピーク数]/[ヒト血清無添加サンプルのピーク数]×100)を測定した結果を示した図である。
図3(A)は血清Aの結果であり、
図3(B)は血清Bの結果であり、
図3(C)は血清Cの結果である。
【
図4】実施例6において、CSBGを、蛍光修飾BmBGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、走査分子計数法により検出した結果を示した図である。
【
図5】実施例7において、CSBGを、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾抗β-1,6グルカン抗体を用いて、走査分子計数法により検出した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明及び本願明細書において、β-1,3-1,6-グルカンは、β-(1→3)結合とβ-(1→6)結合を含むβ-グルカンを意味する。β-1,3-1,6-グルカンは、β-(1→3)結合とβ-(1→6)結合のみからなるβ-グルカンであってもよく、両結合に加えて、β-(1→4)結合等のその他のβ-グルコシド結合を含むβ-グルカンであってもよい。
【0014】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法は、β-1,3-1,6-グルカンを、β-(1→3)結合と特異的に結合する分子(以下、「β-1,3グルカン結合分子」ということがある。)と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子(以下、「β-1,6グルカン結合分子」ということがある。)の両方と結合させて、形成された3者複合体を検出することを特徴とする。β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方と結合して複合体を形成させることにより、β-1,3-1,6-グルカンを、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンと区別して特異的に検出することができる。
【0015】
本発明において用いられるβ-1,3グルカン結合分子としては、β-(1→3)結合と結合可能であり、その他のβ-グルコシド結合とは結合しない分子であれば特に限定されるものではない。β-1,3グルカン結合分子としては、例えば、カブトガニ由来G因子又はその変異体、デクチン1の糖鎖認識ドメイン含有タンパク質又はその変異体、β-グルカン認識タンパク質(BGRP)又はその変異体、β-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体、及び抗β-1,3-グルカン抗体等が挙げられる。これらのタンパク質は、動物や微生物から抽出・精製されたものであってもよく、リコンビナントタンパク質であってもよい。リコンビナントタンパク質は、アミノ酸配列情報に基づいて常法により合成できる。本発明において用いられるβ-1,3グルカン結合分子としては、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。
【0016】
本発明において用いられるカブトガニ由来G因子としては、野生のカブトガニ血球抽出物から精製されるG因子と同じアミノ酸配列からなるタンパク質(野生型G因子)であってもよく、野生型G因子に、β-(1→3)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体(変異型G因子)であってもよい。カブトガニとしては、タキプレウス・トリデンタツス(Tachypleus tridentatus)やタキプレウス・ギガス(Tachypleus gigas)、リムルス・ポリフェムス(Limulus polyphemus)、カルシノスコルピウス・ロツンディカウダ(Carcinoscorpius rotundicauda)等が挙げられる。
【0017】
デクチン1(Dectin-1)は、樹状細胞やマクロファージに発現するC型レクチンに属し、β-(1→3)結合を含むβ-グルカンを認識する膜タンパク質である。本発明において用いられるデクチン1は、ヒト由来のデクチン1であることが好ましいが、ヒト以外の生物種由来のデクチン1であってもよい。また、デクチン1の糖鎖認識ドメイン含有タンパク質は、デクチン1の糖鎖認識ドメインを含有するタンパク質であればよく、糖鎖認識ドメインのみからなるデクチン1の部分タンパク質であってもよく、デクチン1の細胞膜外部分タンパク質であってもよく、デクチン1の全長タンパク質であってもよい。また、本発明において用いられるβ-1,3グルカン結合分子としては、デクチン1の糖鎖認識ドメインを含有するタンパク質に、β-(1→3)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体(変異型デクチン1)であってもよい。
【0018】
本発明において用いられるBGRPとしては、β-(1→3)結合と結合可能であり、その他のβ-グルコシド結合とは結合しないBGRPであればよい。BGRPとしては、いずれの生物種由来の野生型BGRPであってもよく、野生型BGRPに、β-(1→3)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体(変異型BGRP)であってもよい。本発明において用いられるBGRPとしては、S-BGRP(配列番号1)、BmBGRP(Bombyx mori由来)(配列番号3)、PiBGRP(Plodia interpunctera由来)、TcBGRP(Tribolium castaneum由来)、TmBGRP(Tenebrio molita由来)等が挙げられる。
【0019】
β-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体とは、β-1,3-グルカナーゼ(EC3.2.1.39)の酵素活性を消失又は低下させた変異体であり、β-(1→3)結合に対する結合能を保持しつつ、酵素活性を消失又は低下させる変異を導入させる変異体である。本発明において用いられるβ-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体は、いずれの生物種由来のβ-1,3-グルカナーゼに必要な変異を導入した変異体であってもよい。酵素活性を消失又は低下させる変異を導入した変異体としては、酵素活性部位中の酵素活性に必須のアミノ酸に変異を導入した変異体や、酵素活性部位を欠損させた変異体等が挙げられる。また、本発明において用いられるβ-1,3-グルカナーゼの酵素失活変異体は、β-1,3-グルカナーゼに、酵素活性を消失又は低下させる変異に加えて、β-1,3-グルカナーゼの酵素活性部位以外に、β-(1→3)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体であってもよい。
【0020】
本発明において用いられる抗β-1,3-グルカン抗体は、β-(1→3)結合と結合可能であり、その他のβ-グルコシド結合とは結合しない抗体であればよい。当該抗β-1,3-グルカン抗体としては、いずれのクラスの抗体であってもよく、IgG抗体であってもよく、IgM抗体であってもよい。また、いずれの生物種由来の抗体であってもよく、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体のいずれであってもよい。また、Fab抗体やscFv抗体等の低分子化抗体であってもよい。
【0021】
本発明において用いられるβ-1,6グルカン結合分子としては、β-(1→6)結合と結合可能であり、その他のβ-グルコシド結合とは結合しない分子であれば特に限定されるものではない。β-1,6グルカン結合分子としては、例えば、β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体、抗β-1,6-グルカン抗体等が挙げられる。これらのタンパク質は、動物や微生物から抽出・精製されたものであってもよく、リコンビナントタンパク質であってもよい。リコンビナントタンパク質は、アミノ酸配列情報に基づいて常法により合成できる。本発明において用いられるβ-1,6グルカン結合分子としては、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。
【0022】
β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体とは、β-1,6-グルカナーゼ(EC3.2.1.75)の酵素活性を消失又は低下させた変異体であり、β-(1→6)結合に対する結合能を保持しつつ、酵素活性を消失又は低下させる変異を導入させて変異体である。本発明において用いられるβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体は、いずれの生物種由来のβ-1,6-グルカナーゼに必要な変異を導入した変異体であってもよい。酵素活性を消失又は低下させる変異を導入した変異体としては、酵素活性部位中の酵素活性に必須のアミノ酸に変異を導入した変異体や、酵素活性部位を欠損させた変異体等が挙げられる。また、本発明において用いられるβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体は、β-1,6-グルカナーゼに、酵素活性を消失又は低下させる変異に加えて、β-1,6-グルカナーゼの酵素活性部位以外に、β-(1→6)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体であってもよい。
【0023】
本発明において用いられるβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体としては、例えば、β-1,6-グルカナーゼの変異体であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列(アカパンカビ(Neurospora crassa)由来β-1,6-グルカナーゼのアミノ酸配列)の第321番目のGlu(E)に相当するGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)及びHis(H)からなる群から選択されるアミノ酸残基に置換されている変異体(β-1,6-グルカナーゼE321変異体)や、β-1,6-グルカナーゼ(EC3.2.1.75)の変異体であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第225番目と第321番目のGlu(E)に相当するGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)及びHis(H)からなる群から選択されるアミノ酸残基に置換されている変異体(β-1,6-グルカナーゼE225/E321変異体)(特許文献2)等が挙げられる。また、β-1,6-グルカナーゼE321変異体又はβ-1,6-グルカナーゼE225/E321変異体に、β-1,6-グルカナーゼの酵素活性部位以外に、β-(1→6)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において各種変異が導入された変異体であってもよい。
【0024】
本発明において用いられる抗β-1,6-グルカン抗体は、β-(1→6)結合と結合可能であり、その他のβ-グルコシド結合とは結合しない抗体であればよい。当該抗β-1,6-グルカン抗体としては、いずれのクラスの抗体であってもよく、IgG抗体であってもよく、IgM抗体であってもよい。また、いずれの生物種由来の抗体であってもよく、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体のいずれであってもよい。また、Fab抗体やscFv抗体等の低分子化抗体であってもよい。
【0025】
なお、本発明及び本願明細書において、タンパク質に導入する変異とは、特に記載されているものに加えて、1又は数個(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が欠失、挿入、置換又は付加される変異が挙げられる。また、変異導入前のアミノ酸配列と、変異導入後のアミノ酸配列との配列同一性は、70%以上が好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましく、95%以上が最も好ましい。
【0026】
なお、アミノ酸配列同士の配列同一性(相同性)は、2つのアミノ酸配列を、対応するアミノ酸が最も多く一致するように、挿入及び欠失に当たる部分にギャップを入れながら並置し、得られたアラインメント中のギャップを除くアミノ酸配列全体に対する一致したアミノ酸の割合として求められる。アミノ酸配列同士の配列同一性は、当該技術分野で公知の各種相同性検索ソフトウェアを用いて求めることができる。
【0027】
本発明において用いられるβ-1,3グルカン結合分子は、β-(1→3)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において、N末端やC末端にその他のペプチドやタンパク質が融合していてもよい。同様に、本発明において用いられるβ-1,6グルカン結合分子は、β-(1→6)結合に対する特異的結合能が損なわれない限度において、N末端やC末端にその他のペプチドやタンパク質が融合していてもよい。当該ペプチド等としては、例えば、ヒスチジンタグ、HA(hemagglutinin)タグ、Mycタグ、及びFlagタグ等の組換えタンパク質の発現・精製において汎用されているタグ等が挙げられる。
【0028】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法としては、より高い検出感度が得られる点から、β-1,3グルカン結合分子としてBGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体を用いることが好ましく、β-1,3グルカン結合分子としてBGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてβ-1,6-グルカナーゼE321変異体又はβ-1,6-グルカナーゼE225/E321変異体を用いることがより好ましく、β-1,3グルカン結合分子としてS-BGRP、BmBGRP、PiBGRP、TcBGRP、又はTmBGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてβ-1,6-グルカナーゼE321変異体又はβ-1,6-グルカナーゼE225/E321変異体を用いることがさらに好ましい。
【0029】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法は、具体的には、被験試料中のβ-グルカンと、β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と、β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを混合し、前記β-(1→3)結合と特異的に結合する分子と前記β-(1→6)結合と特異的に結合する分子とを含む複合体を形成する工程(複合体形成工程)と、前記複合体を検出する工程(検出工程)と、前記検出の結果に基づいて前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程(定量工程)と、を備える。
【0030】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法に供される被験試料は、β-1,3-1,6-グルカンを含有することが期待される、又は含有するかしないかを判断する必要がある試料であれば、特に限定されるものではない。当該試料としては、例えば、生体試料や、生体試料から抽出・精製等して得られたβ-グルカンを含有する画分等が挙げられる。また、被験試料は、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法に供される前に、当該試料中に含まれているβ-1,3-1,6-グルカンを分解等しない限度において、界面活性剤の添加、各種酵素による処理、希釈、加熱等を行ってもよい。
【0031】
生体試料は、生物から採取された試料であり、生体から採取された組織片、血液、リンパ液、骨髄液、腹水、滲出液、羊膜液、喀痰、唾液、精液、胆汁、膵液、尿等の体液、糞便、腸管洗浄液、肺洗浄液、気管支洗浄液、又は膀胱洗浄液等が挙げられる。なお、組織片の生体からの採取方法は特に限定されず、血液検体、血清検体、血漿検体、ニードル穿刺や内視鏡下等で採取されたバイオプシー検体、手術サンプル等が挙げられる。
【0032】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法において、被験試料中のβ-グルカンと、β-1,3グルカン結合分子と、β-1,6グルカン結合分子とを混合する順番は、特に限定されるものではない。また、3者を混合するに際して、必要に応じて、水又はバッファーを溶媒として用いてもよい。当該バッファーとしては、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー、HEPESバッファー等が挙げられる。
【0033】
例えば、必要に応じてバッファー等で希釈した被験試料に、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子のいずれか一方を混合し、必要に応じて所定時間インキュベートした後、得られた混合物に残る他方を添加し、必要に応じて所定時間インキュベートして混合してもよく、予めバッファー等にβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子を混合しておき、得られた混合物と被験試料を混合してもよい。各インキュベートは、例えば、室温(1~30℃)~37℃で1分間~2時間程度行うことができる。
【0034】
被験試料とβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子とを混合すると、被験試料中のβ-グルカンの中の、β-(1→3)結合とβ-1,3グルカン結合分子が結合し、β-(1→6)結合とβ-1,6グルカン結合分子が結合する。被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンには、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方が結合して複合体を形成する。つまり、一分子中にβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を検出することにより、被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンを検出できる。
【0035】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を検出する方法は特に限定されるものではない。例えば、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の少なくとも一方を標識物質によって標識しておく。当該標識物質から発するシグナルを検出することにより、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を検出することができる。
【0036】
被験試料中に含まれているβ-1,3-1,6-グルカンの量が多くなるほど、形成されるβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体の量が多くなり、当該複合体に含まれている標識物質の量も多くなる。すなわち、被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量は、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体から発される標識物質のシグナルの強度や当該シグナルを発する粒子の量に基づいて定量することができる。
【0037】
標識物質としては、感度に優れることから、発光物質であることが好ましい。発光物質は、蛍光、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する物質を意味する。発光物質以外の標識物質としては、例えば、放射性同位体が挙げられる。
【0038】
特に、蛍光シグナルは、高感度に検出することができ、かつ一分子レベルの計測も比較的容易であることから、β-1,3グルカン結合分子又はβ-1,6グルカン結合分子を標識する標識物質としては蛍光物質であることが好ましい。当該蛍光物質としては、特定の波長の光を放射することにより蛍光を放出する物質であれば特に限定されるものではなく、タンパク質や核酸、低分子化合物等の標識に通常使用されている蛍光物質や量子ドット等の中から適宜選択して用いることができる。具体的には、蛍光物質としては、FITC(フルオレセインイソチオシアナート)、フルオレセイン、ローダミン(Rhodamine)、TAMRA、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)、Cy5(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、Alexa Fluor(登録商標)シリーズ(インビトロジェン社製)、ATTO dyeシリーズ(ATTO-TEC社製)等が挙げられる。量子ドットとしては、CdSe等が挙げられる。
【0039】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を、それぞれ蛍光特性の異なる蛍光物質で標識した場合、両方の蛍光物質から発される波長の異なる2種類の蛍光を発する粒子を、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体として検出できる。なお、蛍光特性が異なるとは、励起光照射により発される蛍光の波長が、区別して検出し得るほど異なることを意味する。また、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子のいずれか一方をドナーとなる蛍光物質で、他方をアクセプターとなる消光物質で標識した場合、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer:FRET)により発された蛍光を指標として検出することにより、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体として検出できる。ドナーとなる蛍光物質とアクセプターとなる消光物質としては、FRETが生じる組合せであれば特に限定されるものではなく、一般的に使用されているものの中から適宜選択して用いることができる。
【0040】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子のいずれか一方を標識物質によって標識し、他方を固相担体に固定しておいてもよい。この場合、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体も、固相担体に固定される。そこで、固相担体を用いた固液分離処理を利用して、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を、遊離の標識物質を除去した状態で検出できる。例えば、β-1,3グルカン結合分子を標識物質で標識し、β-1,6グルカン結合分子を固相担体に固定した場合、複合体形成後に固液分離処理を行うことにより、β-1,3-1,6-グルカンと結合していないβ-1,3グルカン結合分子は、固相担体に固定された複合体から除去される。同様に、β-1,6グルカン結合分子を標識物質で標識し、β-1,3グルカン結合分子を固相担体に固定した場合、複合体形成後に固液分離処理を行うことにより、β-1,3-1,6-グルカンと結合していないβ-1,6グルカン結合分子は、固相担体に固定された複合体から除去される。
【0041】
β-1,3グルカン結合分子又はβ-1,6グルカン結合分子は、固相担体に直接結合させて固定してもよく、固相担体に結合可能なリンカー物質で修飾しておいてもよい。後者の場合、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体は、当該リンカー物質によって固相担体に固定される。
【0042】
当該固相担体としては、リンカー物質と直接又は間接的に結合する部位を備えている固体であれば、その形状、材質等は特に限定されるものではない。例えば、ビーズ等の水に懸濁可能であり、かつ一般的な固液分離処理によって液体と分離可能な粒子であってもよく、メンブレンであってもよく、容器やチップ基板等であってもよい。固相担体としては具体的には、例えば、磁気ビーズ、シリカビーズ、アガロースゲルビーズ、ポリアクリルアミド樹脂ビーズ、ラテックスビーズ、ポリスチレンビーズ等のプラスチックビーズ、セラミックスビーズ、ジルコニアビーズ、シリカメンブレン、シリカフィルター、プラスチックプレート等が挙げられる。
【0043】
当該リンカー物質としては、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、グルタチオン、DNP(dinitorophenol)、ジゴキシゲニン、ジゴキシン、2以上の糖からなる糖鎖、Hisタグ、Flagタグ、Mycタグ等の4以上のアミノ酸からなるポリペプチド、オーキシン、ジベレリン、ステロイド、タンパク質、親水性有機化合物、及び、それらの類縁体等が挙げられる。例えば、リンカー物質がビオチンの場合には、アビジンやストレプトアビジン等のビオチン結合分子が表面に結合しているビーズやフィルターを固相担体として用いることができる。同様に、リンカー物質がグルタチオン、ジゴキシゲニン、ジゴキシン、Hisタグ、Flagタグ、Mycタグ等の場合には、これらに対する抗体が表面に結合しているビーズやフィルターを固相担体として用いることができる。
【0044】
固液分離処理としては、溶液中の固相担体を液体成分とは分離した状態で回収可能な方法であれば、特に限定されるものではなく、固液分離処理に用いられる公知の処理の中から適宜選択して用いることができる。例えば、固相担体がビーズ等の粒子の場合、固相担体を含む懸濁液に対して、静置したり、遠心分離処理を行うことにより、固相担体を沈殿させ、上清を除去してもよく、固相担体を含む懸濁液を濾紙又は濾過フィルターを用いて濾過し、濾紙等の表面に残留した固相担体を回収してもよい。また、固相担体が磁気ビーズである場合には、固相担体を含む懸濁液が入れられている容器に磁石を接近させ、該容器の該磁石に最も近接する面に固相担体を収束させた後、上清を除去してもよい。固相担体がメンブレンやフィルターの場合、固相担体を含む懸濁液を当該固相担体に透過させることにより、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体は当該固相担体に保持され、遊離の標識物質は分離除去される。
【0045】
固液分離処理により遊離の標識物質が除去された固相担体は、そのままβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体の検出に供されてもよく、1又は数回の洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理は、水又は前記のバッファー等を用いることができる。
【0046】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を検出する方法は、特に限定されるものではない。質量分析等により複合体を直接そのまま検出してもよく、β-1,3グルカン結合分子又はβ-1,6グルカン結合分子に標識した標識物質が発するシグナルを利用して検出することもできる。
【0047】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体を、β-1,3グルカン結合分子又はβ-1,6グルカン結合分子に標識された蛍光物質が発する蛍光シグナルを指標として検出する場合、複合体由来の蛍光物質が発する蛍光シグナルを検出できればよい。すなわち、複合体中の蛍光物質から発される蛍光シグナルを検出してもよく、複合体から蛍光物質を分離させた後に、この分離された蛍光物質から発される蛍光シグナルを検出してもよい。複合体からの蛍光物質の分離は、複合体から蛍光物質のみを分離してもよく、複合体から蛍光物質に標識されたβ-1,3グルカン結合分子若しくはβ-1,6グルカン結合分子を分離してもよい。複合体中の蛍光物質又は複合体から分離された蛍光物質が発する蛍光シグナルの測定は、例えば、溶液中の全蛍光分子から発される蛍光強度を測定する方法でしてもよく、一分子ごとに蛍光強度を測定する方法ですることもできる。
【0048】
例えば、予め、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子のいずれか一方を蛍光物質で標識し、他方を固相担体に固定するためのリンカー物質で標識し、被験試料とβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子との混合物を、必要に応じて所定時間インキュベートした後、当該混合物にさらに固相担体を添加してから、必要に応じて所定時間インキュベートする。その後、当該固相担体からβ-1,3-1,6-グルカンに結合していない標識物質を除去し、必要に応じて1又は数回洗浄した後、当該固相担体の蛍光強度、すなわち、当該固相担体に固定されている全分子に含まれている蛍光物質から発される蛍光の総強度を測定する。β-1,3-1,6-グルカンに結合していない標識物質を除去した後の固相担体に固定されている全分子に含まれている蛍光物質の蛍光強度は、当該固相担体から蛍光物質又は蛍光物質が直接結合している分子を分離させて測定してもよい。
【0049】
当該固相担体の蛍光強度は、蛍光プレートリーダー等の蛍光分光光度計等を用いて常法により測定することができる。当該固相担体の蛍光強度は、当該固相担体に固定されている全分子中の蛍光物質の量に依存する。そこで、例えば、予め、被験試料に代えて濃度既知のβ-1,3-1,6-グルカンに対して、同様の測定を行い、β-1,3-1,6-グルカンの濃度と蛍光強度との関係を示す検量線を作成しておくことにより、当該固相担体に固定されているβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体の蛍光物質の量、すなわち、被験試料中に含まれていたβ-1,3-1,6-グルカンの量を定量することができる。
【0050】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体が、固相担体に固定されていない場合や、磁気ビーズ等の溶媒中で分散可能なビーズ状の固相担体に固定されている場合には、当該複合体は、溶媒に懸濁させることができる。この場合、当該複合体の懸濁液を測定試料溶液として、一分子ごとに蛍光強度を測定することによって各複合体を検出し、その検出結果に基づいて定量することもできる。
【0051】
試料溶液中の一分子ごとに蛍光強度を測定する方法としては、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy,FCS)(例えば、特開2005-098876号公報参照。)、蛍光強度分布解析法(Fluorecscence Intensity Distribution Analysis, FIDA)(例えば、特許第4023523号公報参照。)、走査分子計数法((Scanning Single-Molecule Counting,SSMC)(例えば、特許05250152号公報参照。)が挙げられる。その他、特表2011-508219号公報に記載されている単一分子検出走査分析器や特開2012-73032号公報で開示されている蛍光1粒子検出装置等を用いて測定してもよい。中でも、より微量の試料から高感度に蛍光物質を定量的に検出できることから、本発明においては、SSMC法により測定することが好ましい。
なお、FCSやFIDA、SSMCは、例えば、MF20(オリンパス社製)等の公知の一分子蛍光分析システム等を用いて、常法により行うことができる。
【0052】
例えば、FCSにより、共焦点光学系における焦点領域に存在している分子の蛍光強度の揺らぎを検出した後、統計解析を行うことによって、測定試料溶液中のβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の分子数を算出することができる。
また、FIDAにより、共焦点光学系における焦点領域に存在している分子の蛍光強度の揺らぎを検出した後、統計解析を行うことによって、測定試料溶液中のβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の分子数を算出することができる。
また、SSMCにより、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、当該光検出領域からの蛍光を検出することにより、測定試料溶液中に遊離しているβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の分子数を算出することができる。
【0053】
SSMC法等により求められた、測定試料溶液中のβ-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の分子数は、被験試料に含まれていたβ-1,3-1,6-グルカンの分子数を反映する。被験試料に含まれていたβ-1,3-1,6-グルカンの量が多いほど、SSMC法等において算出された蛍光物質の分子数は多くなる。そこで、予め、濃度既知のβ-1,3-1,6-グルカンを被験試料として同様の方法で、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の分子数を算出し、β-1,3-1,6-グルカンの量と算出される蛍光物質の分子数の関係を表す検量線を作成しておくことで、β-1,3-1,6-グルカンを定量することができる。
【0054】
β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体由来の蛍光物質の量を、蛍光シグナルを利用することによって測定する場合、測定された蛍光シグナルをそのまま当該蛍光物質の量としてもよいが、測定バックグラウンドレベルが無視できない場合には、バックグラウンドを差し引いたものを、当該蛍光物質の量とすることが好ましい。
【0055】
その他、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の両方を含む複合体は、イムノクロマトグラフィー法、ドットプロット法、スロットブロット法、ELISA法等の抗原抗体反応を利用した測定方法によっても測定できる。例えば、イムノクロマトグラフィー法を用いる場合には、β-1,3グルカン結合分子として抗β-1,3グルカン抗体を用い、これを予めイムノクロマトグラフィー用テストストリップの所定の位置に固定しておく。また、化学発光のための酵素等を標識物質とし、β-1,6グルカン結合分子を標識しておく。当該酵素としては、アルカリフォスファターゼ(AP)、西洋わさびパーオキシダーゼ(HRP)等の標識として汎用されている酵素を使用できる。バッファー等の溶媒に被験試料と酵素標識したβ-1,6グルカン結合分子を混合することによって測定試料溶液を調製し、必要に応じて所定時間インキュベートした後、当該測定試料溶液をイムノクロマトグラフィー用テストストリップに滴下し、毛細管現象によりテストストリップ上を拡散させる。その後、当該ストリップに固定された抗β-1,3グルカン抗体と結合することによって形成されたβ-1,6グルカン結合分子を含む複合体を、酵素反応による化学発光により検出する。β-1,6グルカン結合分子として、固相担体に予め固定された抗β-1,6グルカン抗体を用い、β-1,3グルカン結合分子に、化学発光のための酵素等を標識物質として標識して、同様に行うこともできる。
【0056】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法に用いられる、前記のβ-1,3グルカン結合分子と前記のβ-1,6グルカン結合分子をキット化することも好ましい。当該キットにより、当該測定方法をより簡便に行うことができる。当該キットには、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子の他にさらに、当該測定方法に使用される各種試薬や機器等を含めることもできる。例えば、当該キットには、さらに、固相担体、β-1,3グルカン結合分子とβ-1,6グルカン結合分子と被験試料を含む反応液を調製するためのバッファー、当該測定方法やキットに含まれる試薬等の使用方法等の説明書等を含ませることができる。
【0057】
本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法は、β-1,3-1,6-グルカンを、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンと区別することによって特異的に検出することができる。このため、当該方法は、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンを含有する可能性のある検体中のβ-1,3-1,6-グルカンの定量に有効であり、特に動物の真菌の感染可能性の評価に好適である。
【0058】
すなわち、本発明に係る真菌の感染可能性の評価方法は、被験動物から採取された生体試料を被験試料として本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法を行い、当該被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量を測定する工程と、得られた測定値、すなわち、前記測定で得られた前記被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量に基づいて、当該被験動物が真菌に感染している可能性を評価する工程と、を備える。当該評価方法では、β-1,3-1,6-グルカンを、β-1,3-グルカンやβ-1,3-1,4-グルカンと区別して検出できるため、植物由来のβ-グルカンが混入している検体が偽陽性となることを抑制できる。
【0059】
本発明に係る真菌の感染可能性の評価方法において評価対象とされる被験動物としては、β-1,3-1,6-グルカンを本来含有していない動物であれば特に限定されるものではなく、ヒトであってもよく、ヒト以外の動物であってもよい。ヒト以外の被験動物としては、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜、マウス、ラット、ウサギ、サル等の実験動物、イヌ、ネコ等の愛玩動物等が挙げられる。
【0060】
当該被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量が多いほど、被験試料中に真菌由来のβ-1,3-1,6-グルカンが多く含まれていたことになる。そこで、例えば、予め、真菌感染の可能性を評価する基準となる閾値を設定しておくことができる。当該被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量が、所定の閾値未満である又は検出限界値未満である場合には、当該被験試料が採取された動物は、真菌に感染している可能性が低いと評価する。一方で、当該被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量が、所定の閾値以上である場合には、当該被験試料が採取された動物は、真菌に感染している可能性が高いと評価する。
【0061】
真菌感染可能性の評価に使用する閾値は、実験的に設定することができる。例えば、予め他の検査方法により真菌感染が確認されている集団と、真菌感染が確認されていない集団とに対して、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法を行い、両集団の測定値を比較し、両集団を識別可能な閾値を適宜設定することができる。
【0062】
その他、同じ動物から経時的に採取された試験資料に対して、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法を行うことにより、真菌感染のモニタリングを行うことができる。例えば、当該動物のある時点で採取された被験試料中のβ-1,3-1,6-グルカンの量が、当該被験試料の採取時以前における同種の被験試料よりも増大していた場合には、当該動物は真菌に感染した可能性が高いと評価できる。
【0063】
従来のリムルス反応による検査を利用しつつ、植物由来のβ-グルカンによる偽陽性を防止して真菌の感染可能性を評価する方法としては、例えば、リムルス反応によるβ-1,3-グルカンを検出する工程に加えて、植物がβ-1,4-グルカンを構成分子に含むことを利用して、さらに、β-1,3-1,4-グルカン又はβ-1,4-グルカンを検出する工程を行う方法が挙げられる。具体的には、リムルス反応で検出されたβ-1,3-グルカンが所定の閾値以上である場合に、抗β-1,4-グルカン抗体等を利用して、β-1,3-1,4-グルカン又はβ-1,4-グルカンの検出を特異的に行う。β-1,3-1,4-グルカン又はβ-1,4-グルカンの検出を特異的に行うことによって、リムルス反応によって検出されたβ-グルカンが、植物由来のβ-グルカンであるか否かを判断可能となることが期待される。しかし、当該評価方法では、測定対象である検体中に植物由来のβ-グルカンが含まれているか否か特定することはできるが、真菌由来のβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンが共存していた場合に、偽陰性を引き起こす恐れがある。また、β-1,3-1,4-グルカン又はβ-1,4-グルカンを検出する工程を追加して行わなければならず、工程が煩雑である。これに対して、本発明に係る真菌の感染可能性の評価方法は、偽陰性を引き起こす恐れが小さく、かつβ-1,3-1,4-グルカン又はβ-1,4-グルカンの検出工程は不要であり、工程数が少なく、優れている。
【0064】
その他、例えば、リムルス反応によるβ-1,3-グルカンを検出する工程の前に、測定対象の検体からβ-1,3-1,4-グルカンを除去する工程を含む方法も挙げられる。具体的には、抗β-1,4-グルカン抗体等を利用して、検体からβ-1,3-1,4-グルカンの除去を行う。β-1,3-1,4-グルカンを予め除去することによって、検体中に植物由来のβ-グルカンが存在しない状態でβ-1,3-グルカンの検出ができる。これにより、従来のリムルス反応によるβ-1,3-グルカンの検出と比較し、より高精度に真菌由来のβ-1,3-グルカンを検出することが期待される。しかし、当該評価方法では、β-1,3-1,4-グルカンを除去する工程を追加して行わなければならず、工程が煩雑である。これに対して、本発明に係る真菌の感染可能性の評価方法は、植物由来のβ-グルカンを予め除去することなく、真菌由来のβ-グルカンを植物由来のβ-グルカンと区別して検出することができ、工程数が少なく、優れている。
【実施例】
【0065】
次に実施例等を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
<Candida albicans beta-glucan(CSBG)の調製>
以降の実験に用いたカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)可溶性β-グルカン(CSBG)は、以下の通りに調製した。
カンジダ・アルビカンスIFO 1385アセトン脱脂乾燥菌体(2g)を、0.1MのNaOH溶液に懸濁させ、NaClOを加えて4℃にて一昼夜酸化処理を行った。酸化処理後、遠心処理(12000rpm、15分間)し、沈殿を回収した。回収された沈殿をエタノール及びアセトンで洗浄した後、乾燥させることによって、カンジダ粒子状β-グルカンであるOX-CA(NaClO-oxidized Candida cell wall beta-glucan)を得た。さらに、OX-CAをDMSOに懸濁させ、超音波処理した後、遠心処理することによって得られた上清からCSBGを得た。
【0067】
<Aspergillus glucan(ASBG)の調製>
以降の実験に用いたアスペルギルス・スピーシーズ(Aspergillus spp.)可溶性β-グルカン(ASBG)は、以下の通りに調製した。
Aspergillus spp.アセトン脱脂乾燥菌糸体(2g)を0.1MのNaOH溶液に懸濁させ、NaClOを加えて4℃にて一昼夜酸化処理を行った。酸化処理後、遠心処理(12000rpm、15分間)し、沈殿を回収した。回収された沈殿をエタノール及びアセトンで洗浄した後、乾燥させることによって、アスペルギルス不溶性グルカン画分であるOX-Asp(NaClO-oxidized Aspergillus cell wall glucan)を得た。さらに、OX-Aspを8Mのウレアに懸濁させ、オートクレーブ処理(121℃、20分間)を行い、遠心処理することによって得られた上清からASBGを得た。
【0068】
<Pollen beta-glucan(Pollen BG)の調製>
以降の実験に用いたスギ花粉由来の可溶性β-グルカン(Pollen BG)は、以下の通りに調製した。
スギ花粉(Wako社製)5gを、1.0Lの0.1M 炭酸水素ナトリウム水溶液に懸濁させ、次いでスターラーで30分間混和(室温)した後、4℃にて6,500g、5分間遠心処理することによって上清を回収した。回収された上清をさらに遠心処理(8,000g、5分間)し、上清を回収した。回収された上清を、0.20μmのPESメンブランフィルターを用いてろ過し、ろ液を粗抽出物として4℃で保存した。当該粗抽出物を、S-BGRP固定化Hi-Trapカラム(BGRPカラム、1mL gel)(GEヘルスケア社製)に通過させ、吸着後、PBSでBGRPカラムを洗浄した。吸着物を0.03MのNaOH 5mLで溶出し、溶出液に0.1Mのクエン酸緩衝液(pH3)を添加することによって中和した。中和した溶出液を、1.0Lの精製水で4回透析外液を交換しながら透析(透析膜:スペクトラポアRC透析チューブMWCO1000)し、非透析性画分を-80℃で凍結した後、凍結乾燥することによってPollen BGを得た。
【0069】
[実施例1]
β-1,3グルカン結合分子として蛍光修飾したS-BGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてビオチン修飾したβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体を用いて、由来の異なる3種のβ-グルカンの検出を行った。β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体としては、アカパンカビ由来β-1,6-グルカナーゼの第321番目のグルタミン酸をアラニンに置換した変異体を用いた。
【0070】
リン酸バッファー(1×PBS、1% BSA)に、各種β-グルカンが任意の濃度、Alexa Fluor 647修飾S-BGRPが0.5μg/mL、ビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体が0.1μg/mLになるようにそれぞれ添加した後、振とうさせながら37℃で30分間反応させた(反応液量:100μL)。次に、ストレプトアビジンでコートした磁気ビーズ(Thermo Fisher Scientific社製、650-01)10μgを添加して、37℃で1分間、振とうさせながら反応させた。続いて、磁石を用いて、各溶液中の磁気ビーズを、100μLの洗浄用リン酸バッファー(1×PBS、0.1% Triton X-100)によって5回洗浄した。洗浄後の磁気ビーズに20μLの溶出用トリスバッファー(10mM Tris-HCl、0.1% SDS)を加え、95℃で1分間加熱した後、磁石で磁気ビーズを集めた状態で上清を回収した。回収された上清を、走査分子計数法によって計測した。
【0071】
計測においては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス社製)を用い、上記の上清について、時系列のフォトンカウントデータを取得した。その際、励起光は、642nmのレーザ光を用いて1.3mWで照射し、検出光波長は、バンドパスフィルターを用いて660~710nmとした。試料溶液中における光検出領域の位置の移動速度は90mm/秒とし、BIN TIMEを10μ秒とし、測定時間は600秒間とした。また、測定は各1回行った。光強度の測定後、各上清について取得された時系列のフォトンカウントデータから時系列データ中にて検出された光信号を計数した。データの移動平均法によるスムージングにおいては、一度に平均するデータ点は11個とし、移動平均処理を5回繰り返した。また、フィッティングにおいては、時系列データに対してガウス関数を最小二乗法によりフィッティングし、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、ピーク幅(半値全幅)、相関係数を決定した。更に、ピークの判定処理では、下記の条件を満たすピーク信号のみを検出対象に由来する光信号であると判定する一方、当該条件を満たさないピーク信号はノイズとして無視し、検出対象に由来する光信号であると判定された信号の数を「ピーク数」として計数した。
【0072】
ピークの判定処理条件:
20μ秒<[ピーク幅]<400μ秒
[ピーク強度]>1(フォトン/10μ秒)
[相関係数]>0.90
【0073】
CSBGを被験試料とした測定結果を
図1(A)に、ASBGを被験試料とした測定結果を
図1(B)に、Pollen BGを被験試料とした測定結果を
図1(C)に、それぞれ示す。この結果、CSBGとASBGの検出限界は、それぞれ終濃度で3.4pg/mL、4.7pg/mLとなり、非常に低濃度の検出が可能であった。一方、Pollen BGは、検出限界が終濃度で390ng/mLであり、真菌由来のβ-グルカンに対して検出能が大きく低下した。これらの結果から、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用い、両者と複合体を形成するβ-グルカンを検出する方法により、真菌由来のβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンを高度に識別することが可能なことが示された。
【0074】
[参考例1]
従来法であるリムルス反応を用いた検査方法により、実施例1で使用した3種のβ-グルカンの検出を行った。検査には、ファンギテック(登録商標)GテストMK II(ニッスイ社製)を用いて行った。各種β-グルカンを1000pg/mLに調製することによって測定を行った時の測定結果(標準物質パキマン相当)を表1に示す。
【0075】
【0076】
表1に示すように、このリムルス反応を用いた検査方法では、CSBG及びASBGの測定結果に対して、Pollen BGの測定結果は約1/10であり、真菌由来のβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンの識別が不十分であり、植物由来のβ-グルカンが混入している検体では、偽陽性が生じやすいことが確認された。
【0077】
[実施例2]
走査分子計数法による計測に代えて蛍光強度測定を行った以外は実施例1と同様にして、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾アカパンカビ由来β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、3種のβ-グルカンの検出を行った。
【0078】
CSBGを被験試料とした測定結果を
図2(A)に、ASBGを被験試料とした測定結果を
図2(B)に、Pollen BGを被験試料とした測定結果を
図2(C)に、それぞれ示す。この結果、CSBGとASBGの検出限界は、それぞれ終濃度で11pg/mL、7.9pg/mLとなり、非常に低濃度の検出が可能であった。一方、Pollen BGは、検出限界が終濃度で2000ng/mLであり、真菌由来のβ-グルカンに対して検出能が大きく低下した。これらの結果から、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用い、両者と複合体を形成するβ-グルカンを検出する方法によって、真菌由来のβ-グルカンと植物由来のβ-グルカンを高度に識別することが可能なことが示された。
【0079】
[実施例3]
実施例1と同様にして、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾アカパンカビ由来β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いて、各種免疫グロブリン製剤に含まれるβ-グルカンの測定を行った。免疫グロブリン製剤としては、ベニロン(VENI)(帝人ファーマ社製)、ヴェノグロブリン 5%(VENO 5%)(日本血液製剤機構製)、ガンマガード(GAMM)(MEDLEY社製)、グロベニン(GLOV)(日本製薬社製)、及びサングロポール(SANG)(CSLベーリング社製)を用いた。
【0080】
具体的には、β-グルカンに代えて免疫グロブリン製剤10μLを添加した(反応液量:100μL)以外は、実施例1と同様にして、各免疫グロブリン製剤中のβ-グルカンを測定した。また、比較対象として、従来のリムルス反応による測定を、参考例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
【0081】
【0082】
この結果、実施例1の測定方法では、各免疫グロブリン製剤中のβ-グルカンは検出されなかった。一方で、従来法であるリムルス反応による測定方法では、一部の免疫グロブリン製剤において高い濃度のβ-グルカンが検出された。これは、これらの免疫グロブリン製剤には、製造工程の濾過材に由来する植物由来のβ-グルカンが混入しており、リムルス反応ではこの植物由来β-グルカン(β-1,3-1,4-グルカン)を検出してしまったが、実施例1の方法では、β-1,3-1,6-グルカンを特異的に検出できるため、植物由来のβ-グルカンの検出が抑えられた、と推察された。
【0083】
[実施例4]
β-1,3グルカン結合分子としてビオチン修飾したS-BGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子として蛍光修飾したβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体を用いて、β-グルカンの検出を行った。β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体としては、アカパンカビ由来β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いた。
【0084】
リン酸バッファー(1×PBS、1% BSA)に、ASBGが任意の濃度、Alexa Fluor 647修飾β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体が0.25μg/mL、ビオチン修飾S-BGRPが0.25μg/mLになるようにそれぞれ添加した後、振とうさせながら37℃で30分間反応させた(反応液量:30μL)。次に、ストレプトアビジンでコートした磁気ビーズ(Thermo Fisher Scientific社製、650-01)10μgを添加して、37℃で1分間、振とうさせながら反応させた。続いて、磁石を用いて、各溶液中の磁気ビーズを、100μLの洗浄用リン酸バッファー(1×PBS、0.1% Triton X-100)によって5回洗浄した。洗浄後の磁気ビーズに30μLの溶出用トリスバッファー(10mM Tris-HCl、0.1% SDS)を加え、95℃で1分間加熱した後、磁石で磁気ビーズを集めた状態で上清を回収した。回収された上清を、実施例1と同様にして走査分子計数法によって計測した。測定時間は600秒間とした。
【0085】
【0086】
測定結果を表3に示す。表3に示すように、実施例1と同様に、ASBGの濃度依存的にピーク数が増大していた。これらの結果から、実施例1の方法とは逆に、β-1,3グルカン結合分子をビオチン修飾し、β-1,6グルカン結合分子を蛍光標識した方法でも、実施例1と同様に、真菌由来のβ-グルカンを定量的に検出できることが示された。
【0087】
[実施例5]
ヒト血清にCSBGを添加して、その添加回収率(%)を算出することにより、ヒト血清がβ-1,3-1,6-グルカンの測定に与える影響を確認した。実施例1と同様にして、蛍光修飾S-BGRPとビオチン修飾アカパンカビ由来β-1,6-グルカナーゼE321変異体を用いた。また、ヒト血清(BioIVT社製)は3種類を用いた。
【0088】
60μLのリン酸バッファー(1×PBS、1% BSA)に、10μLのヒト血清と、10μLの500pg/mL CSBGを添加した後、95℃で1分間インキュベートした後、氷冷した。続いて、10μLの5μg/mL Alexa Fluor 647修飾S-BGRPと、10μLの1μg/mL ビオチン修飾β-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体を、それぞれ添加した後、振とうさせながら37℃で30分間反応させた(反応液量:30μL)。次に、ストレプトアビジンでコートした磁気ビーズ(Thermo Fisher Scientific社製、650-01)10μgを添加して、37℃で1分間、振とうさせながら反応させた。続いて、磁石を用いて、各溶液中の磁気ビーズを、100μLの洗浄用リン酸バッファー(1×PBS、0.1% Triton X-100)によって5回洗浄した。洗浄後の磁気ビーズに20μLの溶出用トリスバッファー(10mM Tris-HCl、0.1% SDS)を加え、95℃で1分間加熱した後、磁石で磁気ビーズを集めた状態で上清を回収した。回収された上清を、実施例1と同様にして走査分子計数法によって計測した。測定時間は600秒間とした。対照として、ヒト血清を含まないサンプルにCSBGを添加した場合の測定結果(ピーク数)を100%とし、血清に同量のCSBGを添加した場合の添加回収率(%)([ヒト血清添加サンプルのピーク数]/[ヒト血清無添加サンプルのピーク数]×100)を算出した。
【0089】
測定結果を
図3に示す。いずれのヒト血清においても、添加回収率は90%前後を示した。この結果から、本発明に係るβ-1,3-1,6-グルカンの測定方法は、血清中のβ-1,3-1,6-グルカンを検出可能であり、かつ高感度に真菌由来のβ-1,3-1,6-グルカンを検出できるため、深在性真菌症検査等の臨床検査に適用可能であることが明らかとなった。
【0090】
[実施例6]
β-1,3グルカン結合分子として蛍光修飾したBmBGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてビオチン修飾したβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体を用いて、CSBGの検出を行った。具体的には、β-グルカンとしてCSBGを用い、Alexa Fluor 647修飾S-BGRPに代えてAlexa Fluor 647修飾BmBGRPを用いた以外は、実施例1と同様にして走査分子計数法による計測を行い、CSBGの検出を行った。
【0091】
測定結果を
図4に示す。
図4に示すように、BmBGRPとβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体の組み合わせにおいて、CSBGが検出できた。したがって、本発明に用いるβ-1,3グルカン結合分子は、実施例1で示したS-BGRPに限定されず、β-1,3グルカン結合分子であればいずれも使用できることが示された。
【0092】
[実施例7]
β-1,3グルカン結合分子として蛍光修飾したS-BGRPを用い、β-1,6グルカン結合分子としてビオチン修飾した抗β-1,6グルカン抗体を用いて、CSBGの検出を行った。具体的には、β-グルカンとしてCSBGを用い、ビオチン修飾したβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体に代えてビオチン修飾した抗β-1,6グルカン抗体を用いたこと、及びリン酸バッファー(1×PBS、1% BSA)に対し前記抗β-1,6グルカン抗体を1μg/mLになるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして走査分子計数法による計測を行い、CSBGの検出を行った。
【0093】
測定結果を
図5に示す。
図5に示すように、S-BGRPと抗β-1,6グルカン抗体の組み合わせにおいて、CSBGが検出できた。したがって、本発明に用いるβ-1,6グルカン結合分子は、実施例1で示したβ-1,6-グルカナーゼの酵素失活変異体に限定されず、β-1,6グルカン結合分子であればいずれも使用できることが示された。
【配列表】