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特許7383288モリブデンクラスター膜含有素子、センサ、装置、並びにそれらを用いる温度、湿度、光の測定法
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  • 特許-モリブデンクラスター膜含有素子、センサ、装置、並びにそれらを用いる温度、湿度、光の測定法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】モリブデンクラスター膜含有素子、センサ、装置、並びにそれらを用いる温度、湿度、光の測定法
(51)【国際特許分類】
   G01K 7/16 20060101AFI20231113BHJP
   G01N 27/04 20060101ALI20231113BHJP
   G01J 1/42 20060101ALI20231113BHJP
   G01J 1/02 20060101ALI20231113BHJP
【FI】
G01K7/16 S
G01N27/04 B
G01J1/42 A
G01J1/02 N
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020003662
(22)【出願日】2020-01-14
(65)【公開番号】P2021110676
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-12-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1. 発行日:2019年1月16日 刊行物名:第57回セラミックス基礎科学討論会 講演要旨集 編集者名:第57回セラミックス基礎科学討論会実行委員会 発行者名:藤原 巧(実行委員長) 内容:175頁で公開 2. 開催日(発表日):2019年1月17日 会期:2019年1月16日~17日 開催場所:仙台国際センター(宮城県仙台市青葉区青葉山無番地) 主催者名:公益社団法人 日本セラミックス協会 基礎科学部会 内容:第57回セラミックス基礎科学討論会での口頭発表(講演番号2C18)
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】打越 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】グェン ティ キム ンガン
(72)【発明者】
【氏名】原田 健史
(72)【発明者】
【氏名】グラッセ ファビアン
【審査官】吉田 久
(56)【参考文献】
【文献】特開平1-118760(JP,A)
【文献】特表2016-509622(JP,A)
【文献】特開2008-134105(JP,A)
【文献】特開2000-72767(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01K 1/00-19/00
G01N 27/00-27/10、
27/14-27/24
G01J 1/02、1/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向する一対の電極と、
前記電極の間に配置された感応膜と、
を有する素子であって、
前記感応膜は、
八面体構造の錯体であって、6個のモリブデン原子と前記錯体の八面体構造を安定化する14個の配位子からなり、前記配位子が、ハロゲン原子からなるか、又はハロゲン原子と少なくとも1個のヒドロキシ基の両方を含む、錯体、ならびに
対イオンとして、少なくとも1個のヒドロニウムイオン、
を有するモリブデンクラスターを含有する、
素子。
【請求項2】
前記対イオンが本質的に1個以上のヒドロニウムイオンからなる、請求項1に記載の素子
【請求項3】
温度、湿度、及び光のいずれの入力に対しても電気的応答を示す、請求項1又は2に記載の素子
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の素子と、
電源と、
前記素子からの電気的応答を検出するための検出部と、
を有するセンサ
【請求項5】
前記電源が、直流電源、交流電源、及び直流と交流とに切り替え可能な電源から選択されるいずれか一つである、請求項4に記載のセンサ
【請求項6】
請求項4又は5に記載のセンサを含む、センシング装置
【請求項7】
請求項1から3のいずれかに記載の素子を用いて、温度、湿度、及び光の少なくとも一種を測定する方法
【請求項8】
請求項1から3のいずれかに記載の素子を用いて、温度、湿度、及び光の3種を測定する方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Moクラスター膜含有素子、当該素子を含むセンサ、当該センサを含む装置、並びにそれらを用いて、温度、湿度、光(例えば、照度や紫外線強度)を測定する方法に関する。ここで、「Mo」とは、モリブデン原子の数が6個であることを意味する。
【背景技術】
【0002】
従来より、温度、湿度、光などの物理量の2つ以上の測定が1台で実施できる測定装置(いわゆる、マルチセンサ)が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】T. K. N. Nguyen, F. Grasset, B. Dierre, C. Matsunaga, S. Cordier, P. Lemoine, N. Ohashi, and T. Uchikoshi, ECS Journal of Solid State Science and Technology, 5 (2016) 178-186
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般的に複数の物理量を測定する場合、測定する各物理量に対応する素子が必要になる。つまり、1台の測定装置で複数の物理量を測定する場合、当該測定装置内には、その測定する物理量の数に対応する数の素子が必要になる。そのうえ、各素子に対応する回路基板を準備し、配置する必要がある。例えば、温度、湿度、光の3種の物理量を1台の測定装置で測定する装置を設計する場合、3個の素子(具体的には、温度測定用の素子、湿度測定用の素子、そして光測定用の素子)と3個の回路基板(具体的には、温度測定用の素子に対応する回路基板、湿度測定用の素子に対応する回路基板、そして光測定用の素子に対応する回路基板)を準備し、配置する必要がある。このように、1台の測定装置で複数の物理量(特に、温度、湿度、光)を測定する装置を設計する場合、当該測定装置内には、複数の素子と回路基板を準備し、配置しなければならない。その結果、上記装置の設計が煩雑になり、装置の小型化や軽量化が難しく、製造コストが上昇する等の課題があった。
【0005】
そこで、本発明の課題は、1個の素子で、温度、湿度、光の3つの物理量を測定するための素子を提供することである。具体的には、温度、湿度、光のいずれが入力されても電気的応答を返す素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
我々(本発明者ら)は、光学的電子特性と光学的イオン特性を利用する新しいスマートデバイス(例えばセンサ)を設計する目的で、ナノ材料の設計のための多機能ビルディングブロックとして認識されている金属原子クラスターに注目した。
【0007】
Mo原子クラスターに関して、発光、吸収または光触媒特性などの光関連の物理的特性が、それらの個別の電子構造に起因して、既に報告されている。しかしながら、それらの電気的特性の研究は行われていない。
【0008】
最近、EPD法を用いたMoクラスター膜化が報告された(非特許文献1)。しかしながら、その報告でも電気的特性の研究は行われていない。その報告に示されている機能特性は、Moクラスターが有する光学的特性により、紫外線と近赤外線を吸収することだけであり、従来と同様、光関連の物理的特性である。
【0009】
このように、Moクラスターの電気的特性はこれまで知られていなかった。これは、Moクラスターの電気的特性の測定が困難であり、Moクラスターが電気的特性を有することがよく知られなかったことによると推認される。
【0010】
我々は、EPD法で成膜したMoクラスター膜を用いることによって、温度、湿度、及び光照射で変化するその独自の電気特性を測定することに初めて成功した。
これらのデータは、この物質が、温度と、湿度と、光を同時に感知できることを示すものである。
【0011】
その結果、所定のMoクラスター膜含有素子によって、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
具体的には、本発明は以下のとおりである。
[1]
対向する一対の電極と、
前記電極の間に配置された感応膜と、
を有する素子であって、
前記感応膜は、
八面体構造の錯体であって、6個のモリブデン原子と前記錯体の八面体構造を安定化する14個の配位子からなる錯体、ならびに
対イオンとして、少なくとも1個のヒドロニウムイオン、
を有するモリブデンクラスターを含有する、
素子。
[2]
前記配位子が、ハロゲン原子からなるか、又はハロゲン原子と少なくとも1個のヒドロキシ基の両方を含む、上記[1]に記載の素子。
[3]
前記対イオンが本質的に1個以上のヒドロニウムイオンからなる、上記[1]又は[2]に記載の素子。
[4]
温度、湿度、及び光のいずれの入力に対しても電気的応答を示す、上記[1]から[3]のいずれかに記載の素子。
[5]
上記[1]から[4]のいずれかに記載の素子と、
電源と、
前記素子からの電気的応答を検出するための検出部と、
を有するセンサ。
[6]
前記電源が、直流電源、交流電源、及び直流と交流とに切り替え可能な電源から選択されるいずれか一つである、上記[5]に記載のセンサ。
[7]
上記[5]又は[6]に記載のセンサを含む、センシング装置。
[8]
上記[1]から[4]のいずれかに記載の素子を用いて、温度、湿度、及び光の少なくとも一種を測定する方法。
[9]
上記[1]から[4]のいずれかに記載の素子を用いて、温度、湿度、及び光の3種を測定する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、温度、湿度、光のいずれが入力されても電気的応答を示す素子を提供することができる。そのため本発明によれば、単一の素子により温度、湿度、光の測定を可能にするセンサ及び装置(例えば、センシング装置)が提供される。
すなわち本発明によれば1台の測定装置で、温度、湿度、光の複数の物理量を測定する場合、当該装置で必要とされる素子の個数は1個にすることができる。その結果、本発明によれば、1台の装置で、温度、湿度、光を測定する装置の設計が簡単になり、装置の小型化が容易で、当該装置の製造コストの大幅な削減が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】[Mo 2-(ここで、L(インナー配位子)=Cl,Br,I、L(アピカル配位子)=Cl,Br,I,F,OH)の化学式で表されるMoクラスターの概略図を示す図である。
図2】本発明のセンシング装置の一概略図を示す図である。
図3】EPDで作製したクラスター膜の特性を示す図である。 aは、EPDによってITO層で被覆されたアノード基板上に堆積された膜の断面のSEM画像を示す。 bは、[MoBr14-n(OH)2-イオン(ここで、n=0、1および2である)、ならびに関連するHO付加物の観測およびシミュレーションエレクトロスプレーイオン化質量スペクトルを示す。 cは、堆積した膜[MoBr14-n(OH)2-(ここで、n=0、n=1、n=2である)について記録されたATDを示す。ここで、ドリフトチューブのドリフト条件は、298Kで圧力4.0トルのヘリウム、450Vのドリフト電圧である。
図4】AuNCs[MoBr14-n(OH)2-(nの関数、交換されたBr/OHの数、CCS値values±2%の精度)に対する298Kでヘリウム中にて測定された衝突断面積(DTCCSHe)を示す図である。
図5a】MoBr前駆体のエレクトロスプレーイオン化マススペクトルであり、[MoBr142-に対応する1つのピークだけ存在することを示す図である。
図5b】アノード基板から剥がされた膜のエレクトロスプレーイオン化マススペクトルであり、二つの群(AとB)のピークがあることを示す図である。Aは、2価に帯電した種で[MoBr14-n(OH)(HO)2-(0≦n≦2で0≦m≦2)に帰属され、Bは、1価に帯電した種で[MoBr12(OH)]と[MoBr13に帰属される。
図6】LED光を照射した場合としない場合の導電率測定の実験装置の概略図を示す図である。
図7】アモルファス八面体モリブデンクラスター薄膜の伝導特性を示す図である。 aは、湿度の違いによるクラスター膜の導電率の温度依存性を示す図である。 bは、300Kにおける導電率の湿度依存性を示す図である。 cは、各温度におけるM’’の周波数依存性を示す図である。 dは、各湿度におけるM’’の周波数依存性を示す図である。
図8a】80RH%の一定湿度下の異なる温度で測定されたクラスター膜のインピーダンススペクトルを示す図である。
図8b】温度300Kの異なる相対湿度で測定されたクラスター膜のインピーダンススペクトルを示す図である。
図9】20秒の堆積時間で調製されたクラスター膜の導電率の湿度依存性を示す図である。
図10】クラスター膜の緩和時間の温度依存性を示す図である。
図11】光照射によるクラスター膜の電気的特性変化を示す図である。 aは、クラスター膜に2Vの直流電圧を印加したときのI-t曲線を示す図である。 bは、UV-A(395nm)、青色(465~475nm)および赤色光(660nm)照射によるクラスター膜のI-t曲線を示す図である。 cは、異なるUV-Aの光強度による電流増加を示す図である。(挿入された図は、ΔI/平均ΔI360lxを示す。) dは、UV-A照射前、照射中および照射後のクラスター膜のインピーダンス図である。 eは、UV-A、青、赤の光照射下におけるクラスター膜の抵抗変化を示す図である。
図12】クラスター膜の構造の概略図である。 aは、クラスター膜中の八面体モリブデンクラスターを示す図である。 bは、高湿度および低湿度におけるクラスター膜について想定される構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を適宜参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
【0016】
[素子]
本発明の「素子」は、対向する一対の電極と、前記電極の間に配置された感応膜と、を有する素子であって、前記感応膜は、八面体構造の錯体であって、6個のモリブデン原子と前記錯体の八面体構造を安定化する14個の配位子からなる錯体、ならびに対イオンとして、少なくとも1個のヒドロニウムイオン、を有するモリブデンクラスターを含有するものである。
ここで、本発明における「感応膜」は、温度、湿度、光のいずれの入力によっても電気的特性が変化する膜である。
本発明における「モリブデンクラスター」は、「錯体」と「対イオン」からなる。
前記「錯体」は、八面体構造の錯体であって、6個のモリブデン原子と前記錯体の八面体構造を安定化する14個の配位子からなる。通常、6つのMo原子は八面体頂点に存在する。
前記「14個の配位子」は、ハロゲン原子からなるか、又はハロゲン原子と少なくとも1個のヒドロキシ基の両方を含むものが好ましい。但し、錯体の八面体構造を安定化するものであれば特に制限はない。
通常、前記「モリブデンクラスター」は、主に共有結合性を有するMo-L結合を介した八面体を覆うインナー配位子(L)と、強いイオン特性を有するMo-L結合を介した6つの更に結合したアピカル配位子(L)によって安定化されている。そのため、一般的には、[Mo 2-(ここで、L=インナー配位子、L=アピカル配位子)の化学式で表すことができる。インナー配位子(L)としては、例えば、Cl,Br,Iがあり、アピカル配位子(L)としては、例えば、Cl,Br,I,F,OHがある。図1にその構造の概略を示す。
図12aには、インナー配位子(L)がBrで、アピカル配位子(L)がBrとOHであるモリブデン八面体クラスター錯体の構造が示されている。
前記「錯体」は、HO付加物であってもよい。
前記「対イオン」は、少なくとも1個のヒドロニウムイオンを含む。当該「対イオン」は、ヒドロニウムイオンのみかならなるものが好ましい。但し、素子として使用した場合に本発明の目的を達成できる限り、前記「対イオン」としてヒドロニウムイオン以外の少なくとも物質を1つ以上含んでいてもよい。例えば、ヒドロニウムイオンとともに検出限界以下の不純物イオンを含んでいてもよい。従って、本願における「前記対イオンが本質的に1個以上のヒドロニウムイオンからなる、」の「本質的に」とは、素子として使用した場合に本発明の目的を達成できる限り、ヒドロニウムイオン以外の物質を含んでいてもよいという意味である。
本発明の「素子」を構成する「電極」は、素子として使用した場合に本発明の目的を達成できるものであれば特に制限はない。例えば、当該「電極」として、それぞれITOガラスのアノード基板(アノード電極)およびステンレス鋼シートのカソード電極が挙げられる。
前記「電極」と前記「感応膜」との間の接触面積あたりの力を適度な力にすることにより、本発明の「素子」としての電気的特性が効果的に示される。そのため、前記「電極」は、素子としての電気的特性を測定できる適度な力で前記「感応膜」と接触させることが好ましい。具体的には、電極と感応膜との間の接触面積あたりの力を0.5(N/cm)以上とすることが好ましい。また、感応膜の強度等の観点から、当該接触面積あたりの力を50(N/cm)以下とすることも好ましい。
本発明の「素子」は、「温度、湿度、及び光のいずれの入力に対しても電気的応答を示す、」という特徴を有するものでもある。ここで、本願における「温度、湿度、及び光のいずれの入力に対しても電気的応答を示す、」とは、温度、湿度、光のいずれの物理量が入力されても、電気的特性が変化し、これを当該物理量に対応する電気的信号として出力することを意味する。
光入力手段に関しては、UV-Aや青色LED光による光照射手段がある。しかし、その手段は、本発明の目的を達成することができる限り、制限はない。
【0017】
[センサ]
本発明における「センサ」とは、前記素子と、電源と、前記素子からの電気的応答を検出するための検出部と、を有するものである。
ここで、「前記素子からの電気的応答を検出するための検出部」とは、前記電気的信号を対応する当該物理量として検出して出力する部分であり、いわゆる「検出器」、「検出装置」などと呼ばれるものである。
前記「電源」とは、特に断りのない限り、当該「センサ」を構成する「素子」の電気的特性を測定するために設けられた電源を意味する。また、前記「電源」は、直流電源、交流電源、又は直流と交流とに切り替え可能な電源であってもよいし、これらの組み合わせでもよい。
【0018】
[センシング装置]
本発明の「センシング装置」は、前記センサを含む。
本発明における「センシング装置」とは、センサを利用して計測・測定を行う装置を意味する。例えば、上記センサの検出部で、物理量として検出して出力した電気信号を数値化等して表示する表示部(表示器)を備えたものが一例として挙げられる。
【0019】
図2において、本発明の「センシング装置」の一概略図を示す。
【0020】
[測定方法]
上述のとおり、本発明の「素子」を用いることにより、温度、湿度、及び光の少なくとも一種を測定することができる。また、温度、湿度、及び光の全てを一つの「素子」で測定することができる。
本発明では、上記測定は同時で行っても一つずつ行ってもよい。
【0021】
以下に本発明の概要を補足して説明する。
【0022】
我々は、八面体モリブデン金属(Mo)クラスターを用いる光学的イオン-電子現象に基づく新しい環境センシングデバイスを開発した。
電気化学的方法を用いて微量の水を含有する有機溶媒中で透明電極上にMoクラスターを堆積させると、水は堆積した膜中に取り込まれる。この過程で、Moクラスターの骨格構造を安定化させるいくつかの種類の配位子は、ヒドロキシル(OH)基で一部置換され、そしてMoクラスター単位(ユニット)の負に帯電した骨格構造は、対イオンとしてのヒドロニウムイオン(H)によって安定化される。
その結果、この方法で作製されたMoクラスターの透明膜は、ヒドロニウムイオン-電子混合伝導性を示す。
イオン伝導性は大気中の温度や湿度によって大きく変化し、電子伝導性は照射光の波長や強度によって大きく変化する。この独自のマルチセンシング特性は、環境センサ用途に新たな可能性をもたらす。
【0023】
金属、半導体、セラミック、ポリマー、複合材料などに基づく機能性材料は、社会問題の解決策を提供し、産業界に新しい技術を開発した。特に、熱的、化学的、光学的、機械的、または電気的などのエネルギーを互いに変換する材料は、日常的に広く使用されている。それにもかかわらず、持続可能で安全な社会を実現するためには、圧電素子、熱電素子、ガスセンサ、およびフォトダイオードなどのデバイスには、より高度な材料特性が必要である。
近年、機器の小型化はさまざまな分野で革新的な技術的進歩を実現している。
単一の材料を用いて異なる種類の情報を同時に検出することができる多機能性材料の開発は、センシング、小型化、および軽量化装置における用途をさらに拡大するであろう。
ハロゲン化物ペロブスカイトおよびLiNbOについて最近報告されているように、室温付近のイオン伝導体の電気的性質に対する光の影響は、新規で印象的なトピックの1つとなっている。
我々は、光学的電子特性と光学的イオン特性を利用する新しいスマートデバイス(例えばセンサ)を設計する目的で、ナノ材料の設計のための多機能ビルディングブロックとして認識されている金属原子クラスターに注目した。
金属原子クラスター「いくつかの非金属原子がクラスターと密接に関連していてもよいとしても、金属原子間の直接結合によって主に一緒に、または少なくともかなりの程度まで保持されている金属原子の有限群」は、限られた数の元素からなるそれらのシンプルで特有の構造から生じる様々な興味深い特性を有する。
金属クラスターの中では、一般式AMo (A=Cs、n-(CおよびX=Cl、BrまたはIおよびL=Cl、Br、I、F、OHなど、i=インナー配位子、a=アピカル配位子)を有するモリブデン八面体クラスター化合物)は、金属中心上の価電子の非局在化に起因して光化学的特性及びレドックス特性を示す。
Moクラスターは、主に共有結合性を有するMo-Br結合を介した八面体を覆うインナー配位子(Br)と、強いイオン特性を有するMo-Br結合を介した6つの更に結合したアピカル配位子(Br)によって安定化されている。
これらのクラスター化合物が溶媒中で解離してリジットな{MoBr 4+ブロックに基づいた[MoBr Br 2-アニオンユニットを形成することはよく知られている。
溶液中で、クラスター上のアピカル位のBr原子は官能基で交換できる。
Moクラスター系材料の従前の研究では、光照射下で、燐光性、光起電性、および光触媒性を明らかにした。
最近では、プロトン伝導性が、湿った空気と乾燥した空気の間の室温での抵抗の差からCsMoBr14及びCsMoCl14粉末の圧縮ペレットに対して提案されているが、キャリアの起源や伝導メカニズムは明らかにされていない。
彼らの仕事とは別に、Nguyen等は、電気泳動堆積法(EPD)を使用するNb、MoおよびTaクラスターをベースとした均質で透明な膜の製造方法の開発に成功し、これは、費用対効果、膜厚と表面形態の長期的な一貫性、サイズの拡張性、高い堆積速度、及び位置選択性の重要な組み合わせを提供するものである(例えば、非特許文献1)。
得られたクラスター膜は、可視域で高い透過率を示し、UVおよびNIR域で強い吸収を示し、Moクラスターから生じる赤色蛍光の発光を伴う。
X線回折(XRD)、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、蛍光X線(XRF)およびX線光電子分光法(XPS)分析から、Nguyenらは、EPDプロセスによって形成されたMo膜が、アモルファス構造を有し、そして次の特性を有することを明らかにした。
・元のクラスターブロック中の全てのCsイオンが見つからなくなり、代わりに対カチオンとしてHが存在すること
・Brのアピカル配位子が一部OHに置換されること
・水分子の少量が、EPDプロセスの過程で膜中に取り込まれること。
従って、プロトン伝導性が、EPDプロセスによって形成されるMoクラスター膜について予想されるが、それらの電気的特性は未だ評価されていない。
【0024】
本研究では、EPDで作製した半透明Moクラスター膜の電気的特性の湿度および温度依存性を調べた。更に、光照射下での導電性についても検討した。得られた結果に基づいて、膜の伝導メカニズムを考察した。
EPDによって調製されたMoクラスター膜の化学組成を正確に決定するために質量分析法を使用した。
さらに、膜の電気的特性をACインピーダンス測定法およびDC測定法によって詳細に評価し、光照射の影響が電子的及びイオン的特性について調べられた。
【実施例
【0025】
以下に、本発明を、具体的な実施例を使用して詳細に説明する。しかしながら、本発明は、本実施例に限定されるものではない。
【0026】
1.Moクラスター膜の作製、形態観察、構造評価
本発明の一実施態様である素子に使用するMoクラスター膜の作製、形態観察、構造評価は、以下のようにして行った。
【0027】
[EPDによるクラスター膜の作製]
CsMoBr14粉末は、MoBrおよびCsBr試薬から固相法により高温で合成した。
透明な溶液が得られるまで、マグネチックスターラーで攪拌しながら、CsMoBr14粉末を試薬グレードのMEK(99.5%、キシダ化学)に5g/Lの濃度で溶解した。
アノード基板およびカソード電極として、それぞれITOガラスおよびステンレス鋼シートをDC電源(PD56-10AD、KENWOOD)に接続した。
使用前に、ITOガラスを超音波処理によって蒸留水およびエタノールで洗浄した。EPDは15Vの定電圧で30秒間実施した。
ITOガラス基板上に堆積させたMoクラスター膜は、空気中で24時間乾燥させた後に特性評価した。
【0028】
ここで、MEKは、メチルエチルケトンのことである。
ITOとは、酸化インジウムスズのことである。
EPDとは、電気泳動体積法のことである。
【0029】
[蒸着膜の形態観察]
EPDによってITO層で被覆されたアノード基板上に堆積された膜の断面のSEM画像を図3aに示す。
堆積膜は、比較的平らな表面を有する均質な形態を呈する。その厚さは約1.6μmであった。
【0030】
[膜の構造評価(その1)]
調製された膜の構造評価は、X線回折(XRD)、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、蛍光X線(XRF)およびX線光電子分光法(XPS)分析を用いて行った。
【0031】
X線回折(XRD)、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、蛍光X線(XRF)およびX線光電子分光法(XPS)分析から、EPDプロセスによって形成されたMo膜が、アモルファス構造を有し、そして次の特性を有することを確認した。
・元のクラスターブロック中の全てのCsイオンが見つからなくなり、代わりに対カチオンとしてHが存在すること
・Brのアピカル配位子が一部OHに置換されること
・水分子の少量が、EPDプロセスの過程で膜中に取り込まれること。
【0032】
[膜の構造評価(その2)]
また、調製された膜の化学組成評価を、質量分析(イオン移動度分光分析-質量分析(IMS-MS:Ion mobility spectrometry-mass spectrometry))によっても行った。具体的には、以下のとおりに行った。
【0033】
[質量分析]
IMS-MS測定は、他に詳細に記載されている四重極飛行時間型質量分析計(Maxis Impact Bruker、Bremen、Germany)と組み合わせた自家製タンデムドリフトチューブを用いて行った。
IMS-MS測定を実施するために、クラスター膜を最初にITO基板から掻き取り、そして1mLのアセトニトリルに溶解し、次いで同じ溶媒中で50μmol/Lの最終濃度に希釈した。
比較のために、前駆体粉末からの溶液をアセトニトリル中で同じ濃度で調製した。
溶液を、シリンジポンプ(120μL/h)を用いてエレクトロスプレー源に直接注入し、そして陰イオンモードで分析した。
エレクトロスプレーされたイオンを、4トルの圧力で298Kに維持された、ヘリウムで満たされた79センチメートルの長さのドリフトチューブに定期的に注入した。
移動度分離を可能にするために、250~500Vの範囲のドリフト電圧をチューブに印加した。
質量分解ATD(Arrival Time Distribution:到達時間分布)は、ドリフトチューブの端部におけるイオンの到達時間の関数として質量スペクトルを記録することによって最終的に得られた。
絶対CCS(衝突断面積)は、Mason-Schampの式に基づいて逆ドリフト場の関数として到着時間を測定することによって、較正なしで得られた。
この手順に従って、CCSの絶対値の不確実性は2%であると推定された。
【0034】
結果について以下に述べる。
【0035】
[イオン移動度分光分析-質量分析(IMS-MS)]
前駆体溶液が支配的なマススペクトルは、[MoBr142-に対応する単一のピークを示した(図5a参照)。膜の質量スペクトルはより複雑である。図3bで強調されているとおり、少量の対応する1価に帯電したイオンが検出されても、それらは2価に帯電したアニオンによって支配されている(図5b参照)。
次項では、支配的な2価に帯電した種に焦点を当てる。
同位体パターンのシミュレーションから、異なるスペクトルの特徴が、一般式が[MoBr14-n(OH)2-でnが0から2の範囲にあるイオン、並びに後者のイオンの水付加物に起因する。
図3cに示されるように、たとえ信号対ノイズ比が[MoBr12(OH)2-アニオンについて比較的低いとしても、すべての到達時間頻度分布(ATDs)は単一のピークによって支配される。
[MoBr12(OH)2-および[MoBr13(OH)]2-アニオンについて観察されるピークの幅は、分解能が限られており、これはそれらのイオンに対する単一の異性体の存在によると解される。
対照的に、[MoBr142-アニオンはわずかにブロードなピークを示す。これは、類似の構造を有する異なる異性体の共存から生じ得る。
しかし、タンデムIMSモードで我々の装置を操作することによって、そしてブロードなATDピークの一部だけを選択することによって、異なる集団を分離することは困難だった。これは、ブロードなATD特性の下に隠れ、気相で速い相互変換を受けている(<ms)、共存する種の信号であり得る。
三つの観測された錯体について衝突断面積(CCSs)が決定され、図4に列挙された。
興味深いことに、[MoBr14-n(OH)2-種のCCSは、[MoBr142-のCCSと類似しており、クラスターの全体構造がBr/OH交換時に保存されていることを示唆する。
これらの結果は、EPDプロセス中にアピカル位のBrイオンの一部がOHと交換されるという我々の推測を明確に支持している。
【0036】
2.Moクラスター膜の電気伝導度の温度及び湿度依存性
本実施例で作製したMoクラスター膜の電気伝導度の温度及び湿度依存性を以下のようにして測定し、評価した。
【0037】
[AC (交流)インピーダンス測定とDC(直流)測定]
クラスター膜の導電率は、ポテンショ・ガルバノスタット(IVIUMSTAT、Ivium Technologies)を使用して0.1Vの印加電圧下で1~10Hzの周波数範囲で実施されたACインピーダンス法によって測定された。
電気回路はマイクロメーターを用いて組み立てられた。電極を5.2Nの一定の力でクラスター膜に0.33cmの接触面積で接触させた。
さらに、試験環境を一定に保つために、測定は恒温恒湿器(SH-222、エスペックコーポレーション)中で300~350Kの範囲の固定温度および20~80RH%の範囲の固定の相対湿度で実施した(図6)。
【0038】
なお、DC測定は、印加電圧2V、シャント抵抗を2.72kΩとして行った。直流電圧印加には、直流安定化電源(株式会社ケンウッド製:PA-18-3A)を、シャント抵抗部の電圧降下にはデジタルマルチメータ(Hewlet-Pacard:34401A)を用いた。試験環境は、上記ACインピーダンス法と同様とした。
【0039】
図6は、LED光を照射した場合としない場合の導電率測定の実験装置の概略図を示す。
【0040】
結果について以下に述べる。
【0041】
[Moクラスター膜の電気伝導度の温度および湿度依存性]
80RH%の一定湿度下の異なる温度で測定されたクラスター膜のインピーダンススペクトルを図8aに示す。クラスター膜の電気抵抗は温度依存性を示し、温度が上昇するにつれて、半円弧は小さくなり、電気抵抗の減少に対応することがわかった。
50RH%および80RH%の湿度でのクラスター膜の導電率のアレニウスプロットを図7aに示す。導電率は、温度の上昇と共に直線的に変化する。
一般に、導電率(σ)は次式で表される。
σT=Aexp(-E/RT) (1)
ここで、Aは定数、Tは温度、Rはガス定数、Eは活性化エネルギーである。
相対湿度50RH%と80RH%での活性化エネルギーは、それぞれ約68kJ/molと50kJ/molと推定された。
異なる堆積時間で調製されたMoクラスター膜について同様の活性化エネルギーが得られ、このことは電気的特性がこのサンプルのサイズの膜厚によって影響されないことを示唆する。
【0042】
異なる相対湿度で測定されたクラスター膜のインピーダンススペクトルを図8bに示す。全ての測定について温度を300Kに固定した。
クラスター膜の電気抵抗は湿度依存性を示し、相対湿度が下がると半円弧が大きくなり、電気抵抗が増加するようになった。
クラスター膜の導電率と300Kでの相対湿度との関係を図7bに示す。膜は30秒の堆積時間で調製した。
20秒の堆積時間で調製されたサンプルの導電率は、図9に示される。
クラスター膜の導電率は湿度の増加とともに指数関数的に変化し、30秒間および20秒間にわたってEPDによって調製された2つのサンプルの導電率は同様の値を示した。
【0043】
[電気的モジュラス解析によるMoクラスター膜の緩和周波数依存性]
導電率(σ)は次式で与えられる。
σ=neμ (2)
ここで、nはキャリア濃度、eはキャリアの電荷、μは移動度である。
クラスター膜中のキャリアは、クラスター単位の負電荷を補償するために堆積プロセス中に導入されたカチオンであるべきである。そうであれば、膜中のキャリア種およびキャリア密度は変化しない。したがって、導電率の温度および湿度依存性は、キャリアの異なる移動度によって引き起こされるはずである。
本研究では、電気弾性率Mは次の関係式を使用して計算された。
式(3)の関係式において、jは√-1、ω(=2πf)は角周波数、Cは幾何学的容量である。
は実数部と虚数部に分けることができ、虚数部M’’は式(4)で与えられ、fは周波数を表す。
=jωC=M’+jM’’ (3)
M’’=2πfCZ’ (4)
パラメータM’’の周波数依存性が図7cと7dに示されている。
イオン伝導度の評価には、M’’の値と周波数の関係のプロットがよく使用される。
【0044】
図7cと7dは、さまざまな温度(図7c)と湿度(図7d)におけるM’’の周波数依存性を示す。
M’’maxの位置での周波数は緩和周波数として知られている。それは、温度または湿度が増すにつれてより高い周波数にシフトし、クラスター膜における緩和過程が温度および湿度によって影響されることを示している。
maxと緩和時間(τ)は、τ=1/2πfmaxの関係を有する。つまり、温度と湿度が高くなると、τは減少する。
緩和時間の温度依存性を図10に示す。
緩和時間の温度依存性は以下の式で表される。
τ=τexp(-E/RT) (5)
ここでτは、材料に依存する前指数因子である。
推定される活性化エネルギーは約48kJ/molであり、これは導電率のアレニウスプロットから得られた活性化エネルギーとほぼ同じである。
導電率と誘電緩和との関係は次式で表される。
σ=εε/τ (6)
ここで、εは真空の誘電率、εは静的誘電率である。
この式のτを減少させると導電率が高くなることは明らかである。
【0045】
3.光照射下のMoクラスター膜の電気的性質
本実施例で作製したMoクラスター膜の光照射下での電気的性質を直流インピーダンス(DC)法と交流インピーダンス(AC)法により、以下のとおりに評価した。
【0046】
[照射条件]
UV-Aまたは可視光照射下でのクラスター膜の導電率測定には、DCおよびACインピーダンス法の両方を適用した。
ACインピーダンス法は、前述の条件下で行った。
DC測定に関し、図6に示すように組み立てた測定系を用いて、印加電圧2V(V1)で行った。
光照射に関し、390~395nm(UV-A)、465~475nm(青)、660nm(赤)の固定波長のLEDを用いた。
図6において、R1はシャント抵抗であり、V2はLEDに印加される電圧である。
照度計(MT-912、URCERI)を用いて照度を測定した。
測定は300K、50RH%で行った。
【0047】
[DC測定により特徴付けられる光照射下のMoクラスター膜の電気的性質]
クラスター膜に2VのDCを印加したときのI-t曲線を図11aに示す。
直流電圧を印加すると、電流は直ちに最大値に達し、その後時間とともに減少した。また、電流の減少がほぼ止まった後も、ある一定の値でわずかに電流が流れ続けた。
電流が一定になったところで電圧の印加を止めた。
流れる電流を負の値として記録した後、0に達した。イオンの分極挙動を考慮すると、膜はイオン伝導体として作用することが示唆されている。
また、膜に直流電圧を印加した初期の急激な電流減少後も低電流が流れ続けており、それが電子伝導によるものであることを示唆する。
低温のアモルファス系では、その(電荷)輸送はホッピング伝導によって支配されることが多い。
このようなシステムにおける電気伝導は、一般に、空間的に局在化した状態間の電荷キャリアのインコヒーレントな遷移を通じて達成される。
図11bは、DCが印加されたときの、UV-A、青色および赤色のLED光による照射下のMo膜のI-t曲線を示す。
【0048】
いずれの場合も、直流電圧印加開始から270秒経過した後、30秒間だけ光照射を行った。
UV-Aおよび青色光の場合には、一時的な電流の増加が観察されたが、赤色光の場合には観察されなかった。
この挙動を明確にするために、図11cに示すように、UV-Aの照度を変えて、上記の光照射による現象の調査を行った。
図11cの挿入図に示すように、950lxの強い光を照射した場合、360lxの弱い光を照射した場合と比較して、電流値が明らかに約2.6倍増加した。
【0049】
[交流インピーダンス測定により特徴付けられる光照射下のMoクラスター膜の電気的性質]
クラスター膜のインピーダンス測定は、それぞれ280lx、100klxおよび35klxの照度で、UV-A、青色および赤色光照射下で行われた。これらの照度の光量子束密度は、この条件下では大凡同じである。
図11dは、UV-A LED光照射に対するインピーダンスプロットを示す。
インピーダンスの半円弧は、照射前よりもわずかに大きく記録され、これは導電率の減少を表す。
図11eは、UV-A、青色および赤色のLED光を照射したときのインピーダンスの増加率を示す。
UV-Aおよび青色光による照射中にインピーダンスの増加がはっきりと観察されたが、予想したとおり、赤色光では有意な変化は観察されなかった。
【0050】
上記結果から得られた知見を以下に「考察」として纏める。
【0051】
[考察]
これらの結果から提案された膜中のMoクラスターの構造の概略図を図12aに示す。
CsMoBr14粉末をメチルエチルケトン(MEK))中に分散させることにより、それはCsおよび[MoBr142-イオンに解離し、最大で2個のBrアピカル配位子が同時にOHで置き換えられる。
置換されたBrアピカル配位子の部位はランダムであろう。MEK溶媒中に存在する水分子は、電場の印加中に電極表面上で電気分解によってHを生成し、次いでHO分子と結合してHを形成する。したがって、Hイオンは、基板上に堆積した負に帯電したMoクラスター単位を中和するための対カチオンとして作用する。
結果として、新しいアモルファスネットワークは、修飾Moクラスターの無秩序配置によって形成されることになるだろう。
さらに、H対カチオンは水素結合によってBr部位の置換OH基と配位結合し、そして多くの水分子はその周囲の水素結合によって同様に結合されることになるであろう。事実、従前の実験およびシミュレーション結果は、隣接するクラスター単位間にHO-H-OH架橋が存在することをはっきりと実証しており、これは、「vehicle拡散モデル」を支持するように思われる。
【0052】
温度と湿度に依存する導電率に基づいて、伝導メカニズムは水分子の含有量と移動度に関係していることが明らかになった。
約50~70kJ/molであるMoクラスター膜のE値によれば、クラスター膜の伝導機構は、Hが移動する「vehicle機構」であることが提案される。提案される伝導機構の概略図を図12bに示す。
高湿度条件下では、より多くの水分子が膜に含まれる。それらは、MoクラスターのOHアピカル配位子に配位したヒドロニウムイオンを囲み、水素結合を弱め、そしてヒドロニウムイオンがネットワーク中を容易に移動することを可能にする。結果として、活性化エネルギーは、より高い湿度で減少する。
温度の観点から、Hイオンの移動度の増加に対応する温度の上昇と共に導電率が増加することは明らかである。
DC測定の結果、光照射による電流の大幅な増加が確認された。
クラスター膜のフォトルミネセンス励起(PLE)の測定から、Moクラスターは370~470nmの波長範囲の光によって励起され、赤色発光をもたらすことが開示されている。
これらのことから、クラスター膜の電気的特性は、UV-Aおよび青色光の照射によって変化し得ることが確認される。
光照射により励起されたMoクラスターは1個の電子を放出し、その結果、23個の電子を有するMoクラスターが強力な酸化剤となる。励起された電子はおそらく自由電子になり、電界をかけることによって膜を通って流れる。
交流インピーダンス測定の結果、UV-Aおよび青色照射によるインピーダンスの増加は、それぞれ6%および7%であった。
これらの再現性の高い現象は、UV-A照射について図11dに観察されるように可逆的である。
光照射によって低下した伝導特性は、1時間の平衡化後に初期状態に回復する。
Moクラスターが光触媒特性を示すことを考慮すると、膜中に含まれる水分子および/またはヒドロニウムイオンは光反応によって分解され、その結果、イオン伝導性が低下することになるであろう。
この機構は、隣接するクラスターのアピカル位のヒドロキシル基の間に位置するイオンの統計的分布に起因して可能であると推認される。
さらに、キャリアの還元が起こると、クラスター単位の負電荷が減少し、MoBr12(HO)が局所的に形成され得る。
【0053】
これらの実験に基づいて、湿度、照射光強度および照射波長のMoクラスター膜の電気的特性への依存性が初めて実証された。
大きな赤色発光効率を伴う大きなストークスシフトおよび長寿命などのMoクラスターの最も有利な特徴を考慮に入れると、EPD膜は、湿度およびUV光センシング用の有望な多機能装置である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、センシング、小型化、および軽量化装置(例えば、ポータブル型のマルチセンサ)における用途に産業上の利用可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5a
図5b
図6
図7
図8a
図8b
図9
図10
図11
図12