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  • 特許-インドール臭抑制剤の選択方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】インドール臭抑制剤の選択方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/66 20060101AFI20231113BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231113BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231113BHJP
【FI】
C12Q1/66 ZNA
C12Q1/02
C12N15/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019198597
(22)【出願日】2019-10-31
(65)【公開番号】P2021069330
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 鍛
(72)【発明者】
【氏名】吉川 敬一
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-211667(JP,A)
【文献】特開2010-220641(JP,A)
【文献】国際公開第2009/037861(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/142961(WO,A1)
【文献】特開2012-249614(JP,A)
【文献】特表2016-523546(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12N 15/00- 15/90
C07K 1/00- 19/00
C12Q 1/00- 3/00
A61L 9/00- 9/22
G01N 33/48- 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インドール臭抑制剤の選択方法であって、以下:
OR4S2、OR1A1及びこれらと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びインドールを添加すること;ならびに、
インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、;ならびに、
インドールに対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質をインドール臭抑制剤として選択すること、
含み、
前記OR4S2が配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、
前記OR1A1が配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、
前記OR4S2と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチドであり、
前記OR1A1と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号4のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチドである、
方法。
【請求項2】
前記嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、請求項記載の方法。
【請求項3】
対照群におけるインドールに対する応答を測定することをさらに含む、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記試験物質を添加した嗅覚受容体ポリペプチドで測定された応答が、前記対照群で測定された応答と比べて抑制されていたときに、該試験物質を該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、請求項記載の方法。
【請求項5】
前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インドール臭抑制剤の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は約400個存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約2%にあたる。一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。
【0003】
したがって、同じ匂い分子が存在する場合でも、同時に他の匂い分子が存在すると、当該他の匂い分子によって受容体応答が阻害され、最終的に認識される匂いが全く異なることがある。このような仕組みを嗅覚受容体アンタゴニズムと呼ぶ。この受容体アンタゴニズムによる匂いの抑制は、香水や芳香剤等の別の匂いを付加することによる消臭と異なり、特定の悪臭の認識を特異的に失くしてしまうことができ、また芳香剤の匂いによる不快感が生じることもないという利点を有している。嗅覚受容体アンタゴニズムの考え方に基づき、嗅覚受容体の活性を指標として悪臭抑制物質を同定する方法がこれまでにいくつか開示されている。例えば、特許文献1には、スルフィド化合物に特異的に応答する嗅覚受容体の活性を指標として、スルフィド化合物臭を抑制する物質を探索することが開示されている。
【0004】
インドールは、糞便から生じる不快な匂いの原因物質の1つである。さらにインドールは、口臭の原因物質としても知られている。特許文献2には、フェノール系化合物及びインドールが尿臭への寄与の高い成分であること、これらの成分は菌体由来のβ-グルクロニダーゼが尿に作用することによって尿中に増加することが記載されている。
【0005】
インドールに応答する嗅覚受容体として、特許文献3には、OR52N2、OR11G2、OR5AC2、OR4C15、OR8S1、OR11H6、及びOR11H4が開示されている。特許文献4には、OR5P3、OR2W1、OR5K1及びOR8H1がインドール受容体であることが開示されている。また特許文献3及び4には、これらインドール嗅覚受容体を抑えるアンタゴニストを特定して利用すれば、インドールを原因とする悪臭を抑えられる可能性が記述されている。
【0006】
一方、特許文献5には、OR4S2等の4つの嗅覚受容体が尿臭原因物質の1つであるp-クレゾールに対して応答し、またOR1A1等の7つの嗅覚受容体が別の尿臭原因物質2-メトキシ-4-ビニルフェノールに対して応答したことが開示されている。しかしこれらのうち、OR4S2等の半数のクレゾール受容体は、2-メトキシ-4-ビニルフェノールには応答性を示さず、逆にOR1A1等の半数以上の2-メトキシ-4-ビニルフェノール受容体は、p-クレゾールには応答性を示さなかった。これら受容体の他の尿臭原因物質や他の匂い物質への応答性は予測できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開公報第2016/204211号
【文献】国際公開公報第2009/037861号
【文献】特表2016-523546号公報
【文献】特開2012-249614号公報
【文献】特開2015-211667号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、嗅覚受容体の応答を指標としてインドール臭抑制剤を効率良く選択する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、嗅覚受容体OR4S2及びOR1A1がインドール受容体であることを新たに見出した。また本発明者は、該インドール受容体のアンタゴニストがインドール臭を効果的に抑制することを見出した。これらの知見から、本発明者は、OR4S2、OR1A1、又はこれらと同様の機能を有するポリペプチドの応答を指標とすることにより、インドール臭を抑制する物質の選択が可能であることを見出した。
【0010】
したがって本発明は、インドール臭抑制剤の選択方法であって、以下:
OR4S2、OR1A1及びこれらと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びインドールを添加すること;ならびに、
インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法、を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングによりインドール臭を選択的に消臭することができる物質を、効率よく選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】種々の濃度のインドールに対する嗅覚受容体OR4S2及びOR1A1の応答。それぞれn=3、エラーバー=±SE。
図2】OR4S2アンタゴニストによるインドール臭抑制効果。データは官能評価によるインドール臭強度を表す。Indole:インドールのみ、Solvent:溶媒のみ、その他はインドール+試験物質。n=3、エラーバー=±SE。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、匂いに関する用語「マスキング」とは、目的の匂いを認識させなくするか又は認識を弱めるための手段全般を指す。「マスキング」は、化学的手段、物理的手段、生物的手段、及び感覚的手段を含み得る。例えば、マスキングとしては、目的の匂いの原因となる匂い分子を環境から除去するための任意の手段(例えば、匂い分子の吸着及び化学的分解)、目的の匂いが環境に放出されないようにするための手段(例えば、封じ込め)、香料や芳香剤などの別の匂いを添加して目的の匂いを認識しにくくする方法、などが挙げられる。
【0014】
本明細書における「嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキング」とは、上述の広義の「マスキング」の一形態であって、目的の匂い分子と他の匂い分子をともに適用することにより、当該他の匂い分子によって目的の匂い分子に対する受容体応答を阻害し、結果的に個体に認識される匂いを変化させる手段である。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングは、同様に他の匂い分子を用いる手段であっても、芳香剤等の、目的の匂いを別の強い匂いによって打ち消す手段とは区別される。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングの一例は、アンタゴニスト(拮抗剤)等の嗅覚受容体の応答を阻害する物質を使用するケースである。特定の匂いをもたらす匂い分子の受容体にその応答を阻害する物質を適用すれば、当該受容体の当該匂い分子に対する応答が抑制されるため、最終的に個体に知覚される匂いを変化させることができる。
【0015】
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等の機能を有するポリペプチドをいい、嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチドとは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、匂い分子の結合によって活性化し、かつ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。
【0016】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン-パーソン法(Lipman-Pearson法;Science,1985,227:1435-41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0017】
本明細書において、アミノ酸配列及びヌクレオチド配列に関する「少なくとも80%の同一性」とは、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0018】
本発明者は、OR4S2及びOR1A1がインドールに応答性を有する嗅覚受容体であることを見出した。OR4S2は、尿臭原因物質であるp-クレゾール、又は排水口や生ごみからの悪臭の原因物質であるスルフィド化合物の受容体として従来知られていた(特許文献1、5)。OR1A1は、尿臭原因物質である2-メトキシ-4-ビニルフェノール、ならびに脇臭原因物質である3-メルカプト-3-メチルヘキサノール及び3-メチル-2-ヘキセン酸の受容体として従来知られていた(特許文献5、及び特開2015-202077号公報)。しかし、OR4S2及びOR1A1がインドールに応答すること又はその可能性があることはこれまで認識されていなかった。
【0019】
図1に示すとおり、OR4S2及びOR1A1は、インドールに対して濃度依存的に応答する。したがって、OR4S2及びOR1A1は、新たに見出されたインドール受容体である。OR4S2、OR1A1、又はこれらと同等の機能を有するポリペプチドの応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくマスキングにより、中枢におけるインドール臭の認識に変化を生じさせ、結果として、インドール臭を選択的に抑制することができる。
【0020】
したがって、本発明は、インドール臭抑制剤の選択方法を提供する。当該方法は、OR4S2、OR1A1及びこれらと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びインドールを添加すること;ならびに、インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。測定された応答に基づいて、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定することができる。同定された試験物質は、インドール臭抑制剤として選択され得る。該本発明の方法は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。
【0021】
本発明の方法に使用される試験物質は、インドール臭抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的もしくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物もしくは混合物であってもよい。
【0022】
本発明の方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、OR4S2、OR1A1及びこれらと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種である。OR4S2及びOR1A1は、ヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体である。OR4S2は、GenBankにGI:116517324として登録されている。OR4S2としては、配列番号1のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。OR1A1は、GenBankにGI:289547622として登録されている。OR1A1としては、配列番号3のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。
【0023】
OR4S2と同等の機能を有するポリペプチドの例としては、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチドが挙げられる。OR4S2と同等の機能を有するポリペプチドの別の例としては、OR4S2と相同な、他の動物由来の嗅覚受容体が挙げられる。OR4S2と相同な嗅覚受容体の例としては、配列番号5のアミノ酸配列からなるマウスの嗅覚受容体Olfr1193(GenBank:GI:289629250)、配列番号6のアミノ酸配列からなるラットの嗅覚受容体Olr649(GenBank:GI:47577644)、及び、それらと少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに対する応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
【0024】
OR1A1と同等の機能を有するポリペプチドの例としては、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
【0025】
本発明の方法では、上述した嗅覚受容体ポリペプチドから選択される少なくとも1種を使用すればよいが、いずれか2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは、OR4S2及び/又はOR1A1が使用され、より好ましくはOR4S2が使用される。
【0026】
本発明の方法において、当該嗅覚受容体ポリペプチドは、インドールに対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、該嗅覚受容体ポリペプチドは、生体から単離された嗅覚受容器もしくは嗅細胞等の、該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを担持した嗅細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する当該組換え細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体ポリペプチドの範囲に含まれる。
【0027】
好ましい態様においては、当該嗅覚受容体ポリペプチドとしては、嗅細胞等の該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する細胞、又は該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。該組換え細胞は、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0028】
好適には、嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子を細胞に導入する。好ましくは、RTP1Sをコードする遺伝子を、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに細胞に導入する。RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sとしては、GenBankにGI:50234917として登録されており、配列番号7のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。RTP1Sの別の例としては、配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも80%の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつヒトRTP1Sと同様に、嗅覚受容体の膜における発現を促進するポリペプチドが挙げられる。RTPのさらなる例としては、マウスRTP1S(Sci Signal,2009,2:ra9)が挙げられる。
【0029】
本発明の方法によれば、試験物質存在下でのインドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。次いで、測定された当該嗅覚受容体ポリペプチドの応答に基づいて、インドールへの該受容体の応答に対して試験物質が及ぼす作用を調べ、当該応答を抑制する試験物質を同定する。
【0030】
インドールに対する当該嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定は、嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。したがって、匂い分子添加後の細胞内cAMP量を指標にすることで、嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ等が挙げられる。嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する他の方法としては、カルシウムイメージング法が挙げられる。
【0031】
試験物質による作用は、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)のインドールに対する応答を、対照群におけるインドールに対する応答と比較することによって調べることができる。対照群としては、異なる濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質非存在下の該嗅覚受容体ポリペプチド(例えば、試験物質を添加しない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド)などを挙げることができる。
【0032】
例えば、当該嗅覚受容体ポリペプチドの応答に対して試験物質が及ぼす作用は、試験群と対照群との間(例えば、より高濃度の試験物質添加群とより低濃度の試験物質添加群との間、試験物質添加群と非添加群との間、試験物質添加群と対照物質添加群との間、又は試験物質添加前後)で、インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を比較することによって調べることができる。好ましい一実施形態においては、試験物質の存在下(試験群)及び非存在下(対照群)でのインドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定し、それらの応答を比較する。試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が対照群に対して抑制される場合、当該試験物質を、該嗅覚受容体ポリペプチドのインドールに対する応答を抑制する物質として同定することができる。
【0033】
例えば、上記の手順で測定された試験群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、当該試験物質を、インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、上記の手順で測定された試験群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、当該試験物質を、インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。
【0034】
上記の手順で同定された試験物質は、インドールに対する嗅覚受容体OR4S2又はOR1A1の応答を抑制することによって個体によるインドール臭の認識を低減又は変質させることで、インドール臭を抑制することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、インドール臭抑制剤として選択することができる。さらに必要に応じて、上記の手順で同定された試験物質のインドール臭抑制作用をさらに官能評価してもよい。本発明の方法における官能評価の一実施形態においては、上記手順で選択された試験物質を、インドール臭抑制剤の候補物質として取得する。次いで、該候補物質のインドール臭抑制作用を官能評価する。例えば、候補物質の存在下及び非存在下でのインドール臭の強度を官能評価する。該候補物質の存在下でインドール臭が抑制された場合、該候補物質をインドール臭抑制剤として選択することができる。本発明の方法においてインドール臭抑制剤として選択される物質は、これまでインドール臭抑制作用が未知であった物質に限定されず、公知のインドール臭抑制物質であって、そのインドール臭抑制作用が本発明の方法で改めて評価又は確認された物質を包含し得る。
【0035】
本発明の方法によってインドール臭抑制剤として選択された物質は、インドールに対する嗅覚受容体の応答抑制に基づく嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングによって、インドール臭を抑制することができる。したがって、一実施形態において、本発明の方法によって選択された物質は、インドール臭抑制剤の有効成分であり得る。あるいは、本発明の方法によって選択された物質は、インドール臭を抑制するための化合物又は組成物に、インドール臭を抑制するための有効成分として含有され得る。またあるいは、本発明の方法によって選択された物質は、インドール臭の抑制剤の製造のため、又はインドール臭を抑制するための化合物もしくは組成物の製造のために使用することができる。
【0036】
本発明の例示的実施形態として、さらに以下の組成物、製造方法、用途あるいは方法を本明細書に開示する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0037】
〔1〕インドール臭抑制剤の選択方法であって、以下:
OR4S2、OR1A1及びこれらと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びインドールを添加すること;ならびに、
インドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
〔2〕前記OR4S2が配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、前記OR1A1が配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、〔1〕記載の方法。
〔3〕好ましくは、前記OR4S2と同等の機能を有するポリペプチドが以下からなる群より選択される少なくとも1種:
配列番号2のアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチド;
Olfr1193(GenBank:GI:289629250);
Olr649(GenBank:GI:47577644);
配列番号5のアミノ酸配列、又はこれと好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチド;ならびに、
配列番号6のアミノ酸配列、又はこれと好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチド、
である、〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕好ましくは、前記OR1A1と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号4のアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつインドールに応答性を有するポリペプチドである、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の方法。
〔5〕好ましくは、対照群におけるインドールに対する応答を測定することをさらに含み、かつ該対照群が、好ましくは前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドである、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕好ましくは、
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドで測定された応答が、前記対照群で測定された応答と比べて統計学的に有意に抑制されていた場合に、該試験物質をインドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、〔5〕記載の方法。
〔7〕好ましくは、
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドで測定された応答が、前記対照群で測定された応答に対して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていた場合に、該試験物質をインドールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、〔5〕記載の方法。
〔8〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドのインドールに対する応答を抑制する試験物質をインドール臭抑制剤として選択することをさらに含む、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
〔10〕好ましくは、前記組換え細胞が、前記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、RTPをコードする遺伝子とを導入された細胞である、〔9〕記載の方法。
方法。
〔11〕好ましくは、前記組換え細胞に前記試験物質及びインドールを添加し、かつインドールに対する該組換え細胞の応答を測定することを含む、〔9〕又は〔10〕記載の方法。
〔12〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、〔1〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例
【0038】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0039】
実施例1 インドール臭原因物質に応答する嗅覚受容体の同定
1)ヒト嗅覚受容体遺伝子のクローニング
ヒト嗅覚受容体はGenBankに登録されている配列情報を基に、human genomic DNA female(G1521:Promega)を鋳型としたPCRによりクローニングした。PCRにより増幅した各遺伝子をpENTRベクター(Invitrogen)にマニュアルに従って組み込み、pENTRベクター上に存在するNotI/AscIサイトを利用して、pME18Sベクター上のFlag-Rhoタグ配列の下流に作製したNotI/AscIサイトへと組換えた。
【0040】
2)pME18S-ヒトRTP1Sベクターの作製
RTP1SをコードするRTP1S遺伝子(配列番号7)を、pME18SベクターのEcoRI/XhoIサイトへ組み込んだ。
【0041】
3)嗅覚受容体発現細胞の作製
ヒト嗅覚受容体のいずれか1種を発現させたHEK293細胞を作製した。表1に示す組成の反応液を調製しクリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、HEK293細胞(3×105細胞/cm2)を90μLずつ各ウェルに播種し、37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として、嗅覚受容体を発現していない細胞(Mock)を用意し、同様に培養した。
【0042】
【表1】
【0043】
4)ルシフェラーゼアッセイ
HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。本研究での受容体応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P-CRE-hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc-CMV)を同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。
【0044】
上記3)で作製した培養物から、培地を取り除き、塩化銅300μMを含むDMEM(Nacalai)で調製したインドール(東京化成工業)の溶液75μLを添加した。培養物中のインドールの最終濃度は10~1000μMであった。細胞をCO2インキュベータ内で4時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼの活性は、Dual-GloTMluciferase assay system(Promega)を用い、製品の操作マニュアルに従って測定した。ホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値fLuc/hRlucを算出した。インドール刺激を与えた細胞で誘導されたfLuc/hRlucを、インドール刺激を与えなかった細胞でのfLuc/hRlucで割った値をfold increaseとして算出し、応答強度の指標とした。
【0045】
5)結果
400種類以上のヒト嗅覚受容体のスクリーニングの結果、これまでインドールに対する応答が報告されていなかった受容体の中から、OR4S2及びOR1A1がインドールに応答性を有する受容体として見出された。OR4S2及びOR1A1のインドールに対する応答は、いずれも濃度依存的であった(図1)。OR4S2及びOR1A1は、これまでインドールに応答することが見出されていない、新規のインドール受容体である。
【0046】
実施例2 受容体アンタゴニストのインドール臭抑制効果
OR4S2アンタゴニストのインドール臭抑制効果を官能試験により評価した。OR4S2アンタゴニストには、WO2016/204212に開示されるOR4S2アンタゴニスト化合物を用いた。本実施例で用いた物質を表2に示す。
【0047】
【表2】
【0048】
インドール溶液として100mMインドールのミネラルオイル溶液を調製した。試験物質溶液として各OR4S2アンタゴニスト(1v/v%)のミネラルオイル溶液を調製した。20mL容のガラス瓶(マルエム、No.6)に2つの綿球を入れ、1つの綿球にはインドール溶液10μLを、もう1つの綿球には試験物質溶液10μLを染み込ませた(試験サンプル)。基準サンプルとしてインドール溶液を含む綿球のみを入れたガラス瓶を、対照サンプルとしてミネラルオイル(Solvent)を含む綿球のみを入れたガラス瓶を準備した。綿球を入れたガラス瓶は、蓋をして室温で0.5時間静置した後、サンプルとして官能試験に用いた。
【0049】
官能試験は3名の評価者により行った。試験は10時30分から順次開始した。次の5段階のインドール臭強度基準「インドール臭が、1:わからない、2:感知できる、3:楽にわかる、4:強く感じる、5:耐えられないほど強く感じる」を設定した。被験者はまずインドール単独の基準サンプルを数秒間嗅ぎ、その強度を3とした。その後直ちに被験者は試験サンプルを数秒間嗅ぎ、基準サンプルと比較したインドール臭の強度を1.0から0.5刻みで5.0までの9段階で評価した。インドール臭への順応の影響を排除するため、各試験サンプルを一つ嗅いだあとには、基準サンプルの認知強度を確認し、必要であれば休憩をとった。各サンプルについて、評価者による評価結果の平均値を求めた。
【0050】
官能試験の結果を図2に示す。OR4S2アンタゴニストであるトリメチルヘキシルアルデヒド(THA)、cis-4-ヘプテナール、1,4-シネオール、リモネンオキシド、2-メチルブチルブチレート(2-MBB)、α-テルピネン、及びジペンテンは、いずれもインドール臭の強度を低下させた。
【0051】
以上の結果から、インドール受容体のアンタゴニストによりインドール臭が抑制されることが分かった。したがって、インドール受容体OR4S2又はOR1A1の応答に基づいてインドール臭抑制剤を選択することができることが示された。
図1
図2
【配列表】
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