(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法、及び塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/15 20060101AFI20231113BHJP
A61K 8/02 20060101ALN20231113BHJP
A61Q 17/04 20060101ALN20231113BHJP
A61Q 19/00 20060101ALN20231113BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
A61K8/02
A61Q17/04
A61Q19/00
(21)【出願番号】P 2020067846
(22)【出願日】2020-04-03
【審査請求日】2023-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】水谷 マリアンヌ 彩香
(72)【発明者】
【氏名】鄭 進宇
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 美保子
(72)【発明者】
【氏名】氏本 慧
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0012423(US,A1)
【文献】特開2020-050626(JP,A)
【文献】特開昭63-216815(JP,A)
【文献】特開2013-112614(JP,A)
【文献】特表2015-520757(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0328777(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/15
A61K 8/02
A61Q 17/04
A61Q 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法であって、
被塗布面に塗布組成物を塗布して塗膜を形成し、
筒状の容器を、当該容器の
下方の開
口が前記塗膜に重なるように配置し、
前記容器
の上方の開口から液体
を充填し、
前記被塗布面を静置したまま、
前記上方の開口から流動発生器具を挿入し、前記流動発生器具により前記流動発生器具を前記塗膜に接触させることなく所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させ、
前記流動後の液体中の所定成分を定量することを含む、方法。
【請求項2】
塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法であって、
被塗布面に塗布組成物を塗布して塗膜を形成し、
容器を、当該容器の開口領域が前記塗膜に重なるように配置し、
前記容器を液体で充填し、
前記被塗布面を静置したまま、所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させ、
前記流動後の液体中の所定成分を定量することを含み、
前記流動が、ポンプによって所定流量の気体を連続的に送り込むことを含む、
方法。
【請求項3】
前記所定流量が、20~320mL/hである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記流動が、撹拌羽根を所定回転数で連続的に回転させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記所定回転数が、10~5,000rpmである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記被塗布面が、皮膚又は人工皮膚である、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記塗布組成物が皮膚塗布組成物である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記所定成分が紫外線防御剤である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記液体が、海水又は人工海水である、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記容器を満たす液体の量が、0.5mL~2Lである、請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する装置であって、
塗布組成物が塗布されて塗膜が形成される被塗布面と、
筒状の容器であって、前記塗膜に
前記容器の下方の開
口が重なるように前記被塗布面に配置される容器と、
前記容器
の上方の開口から充填される液体と、
前記被塗布面を静置したまま、
前記上方の開口から流動発生器具を挿入し、前記流動発生器具により前記流動発生器具を前記塗膜に接触させることなく所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させる動力付与手段と、
流動後の液体中の前記所定成分を定量する定量手段とを備えた、装置。
【請求項12】
塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する装置であって、
塗布組成物が塗布されて塗膜が形成される被塗布面と、
前記塗膜に開口領域が重なるように前記被塗布面に配置される容器と、
前記容器に充填される液体と、
前記被塗布面を静置したまま、所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させる動力付与手段と、
流動後の液体中の前記所定成分を定量する定量手段とを備え、
前記流動が、ポンプによって所定流量の気体を連続的に送り込むことを含む、装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法、及び塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
塗布組成物は、所定面に塗布することで所定面に塗膜を形成できる組成物である。塗布組成物の例としては、皮膚塗布組成物の他、塗料、インク等が挙げられる。
【0003】
塗布組成物に求められる重要な特性の1つとして、耐水性がある。耐水性は、塗布組成物によって形成された塗膜が水系液体に晒されても変化しにくい、又は変化しない性質を指す。塗布組成物の耐水性を評価する一般的な方法は、塗布組成物を被塗布面に塗布して形成された塗膜の機能を、水系液体の影響を付与する前後で測定し、比較するというものである。
【0004】
例えば塗布組成物が、皮膚塗布組成物である日焼け止め剤である場合、耐水性の評価の手法としては、欧州香水化粧品類工業連盟(COLIPA)や米国食品医薬品局(FDA)により作成されたガイドラインに基づく方法が知られている。例えば、特許文献1及び特許文献2の実施例では、2011年米国食品医薬品局(FDA)のガイドラインに基づき、日焼け止め剤の耐水性の評価が行われている。すなわち、被験者の皮膚に日焼け止め剤を塗布した後、被験者を所定条件の水流中に曝して水浴させ、日焼け止め剤の紫外線防御機能を表すSPF(Sun Protection Factor)を運動前後で測定し、その測定値に基づき耐水性が評価されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-112614号公報
【文献】特表2015-520757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、従来、塗布された塗布組成物がどの程度機能を維持できるかを測定し、耐水性が評価されている。
【0007】
そもそも塗布組成物においては、皮膚塗布組成物の場合で言えば、汗、涙、その他の水分のある条件下でも従来の機能を損なわない特性が求められており、その特性である耐水性が評価されていた。すなわち、塗布した組成物が汗、涙、その他の水分によって落ちたり、剥がれたり、組成物によって形成された塗膜が崩れたりしないことが評価されていた。
【0008】
一方、近年、自然環境の保全の観点で、塗布組成物がどのような影響を及ぼし得るかを評価することが求められている。この評価は、従来行われてきた上述の耐水性評価、すなわち塗布組成物の塗膜の機能の維持の評価によって可能である場合もある。しかしながら、塗布組成物の塗膜の機能維持と、塗布組成物の周囲環境への溶出性とが、必ずしも相関するとは限らない。そのため、従来の耐水性評価方法(上述の例で言えばSPFを測定する方法)によっては、塗布組成物が環境へ及ぼし得る影響を適切に評価できない場合がある。
【0009】
よって、塗布組成物又は塗布組成物中の所定成分の、海洋環境へ及ぼし得る影響を的確に評価するためには、塗布組成物又は塗布組成物中の所定成分の海洋環境へ溶出の程度(塗布組成物の溶出性とも呼ぶ)を的確に測定する方法が求められている。
【0010】
本発明の一態様は、塗布組成物の溶出性をより的確に測定できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の一態様は、塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法であって、被塗布面に塗布組成物を塗布して塗膜を形成し、筒状の容器を、当該容器の下方の開口が前記塗膜に重なるように配置し、前記容器の上方の開口から液体を充填し、前記被塗布面を静置したまま、前記上方の開口から流動発生器具を挿入し、前記流動発生器具により前記流動発生器具を前記塗膜に接触させることなく所定の機械的動力を連続的に付与して前記液を流動させ、前記流動後の液中の所定成分を定量することを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、塗布組成物の溶出性をより的確に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一形態による測定方法のフローチャートである。
【
図2】本発明の一形態による測定方法の一工程の具体例を示す図である。
【
図3】本発明の一形態における液の流動について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明するが、本発明は、下記の実施形態に限定されることはない。
【0015】
[塗布組成物の所定成分の溶出性の測定方法]
本発明の一形態は、塗布組成物の所定成分の溶出性を測定する方法に係る。本形態による方法は、
図1に示すように、被塗布面に塗布組成物を塗布して塗膜を形成し(S10)、容器を、当該容器の開口が前記塗膜に重なるように配置し(S20)、前記容器を液体で充填し(S30)、前記被塗布面を静置したまま、所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させ(S40)、前記流動後の液体中の所定成分を定量する(S50)ことを含む。
【0016】
本形態において測定・評価の対象となる塗布組成物は、所定面に塗布することで塗膜又は層を形成可能な組成物であり、この塗膜又は層によって上記所定面の被覆又は保護をすることができるものである。塗布組成物の種類は特に限定されないが、皮膚(又は毛髪)に外用される皮膚塗布組成物が好ましい。皮膚塗布組成物の形態は、面に塗布可能であり且つ塗布後に塗膜又は層を形成できるものであれば特に限定されず、サスペンション、油中水型若しくは水中油型のエマルション等の分散体、溶液、スラリー、粉体等であってよく、クリーム、ゲル、バーム等と呼ばれるものを含む。また、噴射剤等と共に充填されエアゾールの形態で塗布されるもの、発泡剤と共も充填されフォームの形態で塗布されるものであってもよい。
【0017】
皮膚塗布組成物は、化粧料、衛生日用品(パーソナルケア製品)、医薬部外品、外用医薬品等であってよい。本形態において好ましい皮膚塗布組成物の具体例としては、日焼け止め剤(サンスクリーン)、ハンドクリーム、ボディクリーム、整髪剤、虫よけ剤等が挙げられる。また、ファンデーション、マスカラ、リキッドチーク、リキッドアイシャドウ等のメーキャップ化粧料等であってもよい。
【0018】
なお、上述の皮膚塗布組成物の他、塗布組成物は、皮膚以外の被塗布面に塗布して塗膜を形成するもの、例えば塗料、コーティング剤、インクであってもよい。
【0019】
皮膚塗布組成物が日焼け止め剤である場合、日焼け止め作用、すなわち紫外線防御作用を発現させるための成分(紫外線防御剤)を含有する。本形態は塗布組成物中の所定成分の溶出性を測定するものであるが、特に、上記のような日焼け止め剤に配合された有機又は無機の紫外線防御剤の溶出性、好ましくは紫外線吸収剤又は紫外線散乱剤の溶出性を好適に測定することができる。
【0020】
紫外線吸収剤は有機化合物であってよい。紫外線吸収剤の具体例としては、p-アミノ安息香酸(PABA)エチル、エチル-ジヒドロキシプロピルPABA、エチルヘキシル-ジメチルPABA、グリセリルPABA、PEG-25-PABA、ジエチルアミノヒドロキシベンゾイル安息香酸ヘキシル等の安息香酸誘導体;ホモサレート、サリチル酸エチルヘキシル(サリチル酸オクチル)、ジプロピレングリコールサリチレート、TEAサリチレート等のサリチル酸誘導体;オクチルメトキシシンナメート(メトキシケイ皮酸エチルヘキシル)、メトキシケイ皮酸イソプロピル、メトキシケイ皮酸イソアミル、シノキセート、DEAメトキシシンナメート、メチルケイ皮酸ジイソプロピル、グリセリル-エチルヘキサノエート-ジメトキシシンナメート、ジ-(2-エチルヘキシル)-4'-メトキシベンザルマロネート等のケイ皮酸誘導体;ブチルメトキジシベンゾイルメタン(4-tert-ブチル-4'-メトキシジベンゾイルメタン)等のジベンゾイルメタン誘導体;オクトクリレン等のβ,β-ジフェニルアクリレート誘導体;ベンゾフェノン-1、ベンゾフェノン-2、ベンゾフェノン-3又はオキシベンゾン、ベンゾフェノン-4、ベンゾフェノン-5、ベンゾフェノン-6、ベンゾフェノン-8、ベンゾフェノン-9、ベンゾフェノン-12等のベンゾフェノン誘導体;3-ベンジリデンショウノウ、4-メチルベンジリデンショウノウ、ベンジリデンショウノウスルホン酸、メト硫酸ショウノウベンザルコニウム、テレフタリリデンジショウノウスルホン酸、ポリアクリルアミドメチルベンジリデンショウノウ等のベンジリデンショウノウ誘導体;フェニルベンゾイミダゾールスルホン酸、フェニルジベンゾイミダゾールテトラスルホン酸二ナトリウム等のフェニルベンゾイミダゾール誘導体;アニソトリアジン(ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン)、エチルヘキシルトリアゾン、ジエチヘキシルブタミドトリアゾン、2,4,6-トリス(ジイソブチル-4'-アミノベンザルマロナート)-s-トリアジン等のトリアジン誘導体;ドロメトリゾールトリシロキサン、メチレンビス(ベンゾトリアゾリルテトラメチルブチルフェノール)等のフェニルベンゾトリアゾール誘導体;アントラニル酸メンチル等のアントラニル誘導体;エチルヘキシルジメトキシベンジリデンジオキソイミダゾリジンプロピオナート等のイミダゾリン誘導体;ベンザルマロナート官能基を有するポリオルガノシロキサン等のベンザルマロナート誘導体;1,1-ジカルボキシ(2,2'-ジメチルプロピル)-4,4-ジフェニルブタジエン等の4,4-ジアリールブタジエン誘導体;並びにポリシリコーン-14、ポリシリコーン-15等のシリコーン誘導体が挙げられる。
【0021】
また、紫外線散乱剤は無機酸化物粉末であってよい。紫外線散乱剤の具体例としては、酸化チタン、酸化亜鉛が挙げられる。
【0022】
本形態では、上記紫外線防御剤のうち、単独の成分の溶出性を測定し、評価してもよいし、2種以上の成分の総合的な溶出性を測定し、評価してもよい。また、本形態によれば、上述の紫外線防御剤のうち、特に紫外線吸収剤の溶出性を好適に測定し、評価することができる。
【0023】
近年、世界で、環境への影響の懸念から、いくつかの地域で、特定の紫外線吸収剤を日焼け止めへ配合禁止にする規制が施行されることになった。それらの紫外線吸収剤の影響は、現在、国内外の様々な機関が研究中であり、まだ結論が出ていない状況であるが、上記の法的な動きに鑑みれば、化粧料製剤中の所定成分が、液体中、特に海水中にどの程度溶出し得るか(溶出性若しくは流出性)を測定、評価することが重要である。本発明の一形態によれば、化粧料製剤中の所定成分の、海水に対する溶出性を的確に、また簡単に測定することができる。
【0024】
<塗布組成物の塗膜の形成(S10)>
本形態による方法において、塗布組成物が塗布される被塗布面は特に限定されないが、塗布組成物が通常塗布される面と同じ、又は同等の表面状態を有する面であると好ましい。例えば、人の皮膚に塗布されて使用される皮膚塗布組成物の場合には、皮膚塗布組成物は通常皮膚に塗布されることから、本形態による方法における被塗布面も、人の皮膚又は人工皮膚であると好ましい。
【0025】
また、塗布組成物が塗布される方式も特に限定されず、塗布組成物の物理的形態、被塗布面の状態等に応じて適宜選択できるが、塗布組成物が通常塗布される方式と同じ、又は同等の方式とすることが好ましい。塗布方式は、塗布組成物を指、掌、若しくはその他の手の部分、又は道具によって、所定の圧力をかけながら被塗布面に塗り広げることであってもよい。その場合に使用される道具は、ロール、刷毛、ブレード、チップ等であってよい。また、塗布組成物を、噴霧器を用いて噴霧する等、塗布組成物を散布させて被塗布面に被着させてもよい。
【0026】
本形態において、塗布組成物を塗布して形成される塗膜は、0.1~100μm程度の厚みを有するものであってよい。また、塗布される塗布組成物の単位面積当たりの量は、0.01~10mg/cm2であってよい。
【0027】
<容器の配置(S20)、及び液体の充填(S30)>
本形態では、塗布組成物を被塗布面に塗布して塗膜を形成した(S10)後、塗膜に液体、好ましくは水系液体を接触させる。水系液体としては、塗布組成物が与え得る影響を調べたい環境と同じ又は同等の液を用いることができる。例えば、海水に対する影響を調べるためには、液体として海水又は人工海水を用いることができる。これにより、海水に対する塗布組成物中の所定成分の溶出性を測定することができる。なお、塗布組成物中の所定成分が湖沼環境、河川環境等の水系環境へ及ぼし得る影響を評価したい場合には、用いる液体として、湖沼環境、河川環境、又はその他の環境に対応した水系液体を用いることができる。また、液体は、プールのような人工的な水系環境に対応したものを用いてもうよい。人工的に作られた水系環境で使用された水系液体は処理されず海洋や河川へ流されることもあるので、人工的な水系環境に対応させた液体中への塗布組成物の溶出量を測定することで、間接的に海洋や河川への影響を調べることができる。
【0028】
被塗布面に形成された塗布組成物の塗膜に液を接触させるために、本形態では、開口を有する容器を用いる。より具体的には、塗膜形成後、容器を、容器の開口が被塗布面に対向するよう配置する。その際、後続の工程で容器内に液が充填されても、液が容器の開口縁部から漏れないよう、すなわち液密に容器を配置する。容器は、容器の開口領域(開口縁部の内縁で囲まれた領域)が塗膜に少なくとも部分的に重なるように配置されればよい。よって、容器の開口領域が、塗膜が形成された領域(塗膜形成領域)より大きく、塗膜形成領域全体を含んでいてもよい。また、塗膜形成領域が、容器の開口領域より大きく、容器の開口領域を含んでいてもよい。或いは、領域の大きさに関わらず、容器の開口領域が、塗膜形成領域の一部を含み、容器の開口領域が、塗膜形成領域と塗膜が形成されていない領域とを含んでいてもよい。このように、開口領域と塗膜との相対配置は特に限定されず、複数の試料を比較する場合でも、比較される試料を同条件の相対配置で、例えば開口領域内に占める塗膜形成領域の割合を同じくしておけばよい。
【0029】
被塗布組成物が皮膚塗布組成物であり、被塗布面が人の皮膚である場合、例えば、
図2に示すように、前腕内側に塗布組成物Aを塗布して塗膜を形成し、その上に筒状の容器Cを、容器Cの一方の開口が塗膜に対向するように載置し、他方の開口から液体Lを充填することができる。図示の例では、前腕内側に皮膚塗布組成物を塗布しているが、塗布組成物を塗布する部分は、容器を液密に配置することができれば特に限定されず、皮膚塗布組成物の組成、用途等に応じて測定者によって適宜選択され得る。なお、容器は、液体の流動(後述)が終了するまで、被塗布面から離れないよう、容器に圧力をかける等して押さえておくことが好ましい。その際、例えば、容器の開口の外周にゴム等のシール材等を密着して配置してもよいし、開口縁部に沿って流動性のあるシール材を塗布してもよい。
【0030】
容器の開口は1つであってもよいが、被塗布面に密着させる開口と反対側に別の開口を備え、その別の開口から、液を流動させる手段(後述)を挿入できるものであると好ましい。容器は、例えば、所定方向の両端に開口を有する形状、例えば筒状、好ましくは円筒形(
図2)であってよい。或いは、別の開口は、被塗布面に対向させる開口の必ずしも反対側に設けられていなくともよく、例えば、別の開口が容器の側面に形成されていてもよい。
【0031】
容器の材質は、用いられる液体に耐性があり、且つ測定の際の操作で破損する可能性の低い堅牢なものであれば特に限定されないが、容器は、透明材料であると、測定の際の液体の流動状態を確認しやすいという観点から好ましく、表面が傷つきにくく繰り返しの使用に適することから、ガラス製、特に強化ガラス製であるとより好ましい。また、容器が金属製であると、堅牢性が向上するという観点から好ましい。金属製であると好ましい。
【0032】
充填される液の量は0.5mL~2Lであってよく、容器もこのような量の液を収容可能な容量を有すると好ましい。このように、本形態は、比較的少量の液を用いて、比較的小さな容器を用いることができる省スペースの方法である。
【0033】
<液の流動(S40)>
容器を液体で満たした(S30)後、容器内の液を物理的な方法で流動させる。その際、被塗布面は動かさずに、所定の機械的動力を液に連続的に付与することで、液を流動させる。
【0034】
機械的動力は、例えば何等かの装置を用いて発生させた動力である。また、所定の機械的動力を付与するとは、所定時間にわたり、所定の大きさで制御された動力若しくはエネルギーを容器内の液に付与することである。ここで、所定の大きさの機械的動力とは、所定の一定の動力を含み得るし、所定の勾配で若しくは周期で変化する動力を含み得る。また、機械的動力によって生じる液の流れは、層流、乱流、及びその組み合わせであってよいし、また液中に渦、泡等が発生していてもしていなくてもよい。
【0035】
このように、本形態では機械的動力を用いるので、動力の大きさの制御を正確且つ容易に行うことができる。また、動力付与の時間的な制御、すなわち動力付与の開始及び終了の制御も正確且つ容易である。よって、高い再現性で測定を行うことができ、信頼性の高い結果を得ることができる。よって、2以上の塗布組成物の溶出性を比較する場合、或いは対象となる塗布組成物の溶出性を、基準の塗布組成物の溶出性と比較する場合等、測定条件がばらつくことなく測定を行うことができ、塗布組成物のより正確な評価を行うことができる。
【0036】
機械的動力の種類、及び機械的動力によって生じる液の流動の形式は、特に限定されない。例えば、液の流動にはポンプ若しくはブロワを用いることができる。これにより、ポンプによって所定流量の気体、好ましくは空気を連続的に送り込むことができる。例えば、
図3(a)に模式的に示すように、塗布組成物Aを被塗布面Sに塗布し、容器Cを配置した後、容器Cに満たされた液L中に、ポンプに接続されたノズルNを挿入する。そして、このノズルNを通してエアポンプで所定流量の気体を送り込むことで、液中に気泡を発生させ、その気泡の移動及び/又は破裂により、容器中の液を流動させることができる。なお、ポンプによって送り込まれる気体は、例えば窒素、希ガス等であってもよい。
【0037】
ポンプを用いた場合、流量を20~320mL/hとすることが好ましい。また、気体を送り込む時間は、1秒~1日であってよい。被塗布面を人の皮膚とした場合には、1秒~3時間程度であってよい。なお、この間、流量は一定であってもよいし、所定の勾配で増加若しくは減少してもよいし、又は所定の周期で増減してもよい。さらに、ポンプを用いた場合、ノズルNの先端と塗膜との間の距離は、1mm~50cmとすることが好ましい。
【0038】
また、液の流動には撹拌羽根を用いてもよい。すなわち、撹拌羽根を所定回転数で連続的に回転させてもよい。例えば、
図3(b)に模式的に示すように、塗布組成物Aを被塗布面Sに塗布し、容器Cを配置した後、容器Cに満たさされた液L中に、撹拌羽根Pを挿入する。そして、撹拌羽根Pを回転させることにより、液を撹拌し、流動させる。
【0039】
撹拌羽根の大きさ及び/又は形状は、容器及び容器に充填される液の量に応じて適宜選択すればよく、プロペラ型、パドル型、ピッチドパドル型、タービン型、ピッチドタービン型、バタフライ型、アンカー型、リボン型等であってよい。撹拌羽根の回転数は、例えば、10~5,000rpmとすることができる。また、撹拌時間は1秒~1日であってよい。被塗布面を人の皮膚とした場合には、1秒~3時間程度であってよい。この間、回転数は一定であってもよいし、所定の勾配で増加若しくは減少してもよいし、又は所定の周期で増減してもよい。さらに、撹拌羽根を用いた場合、撹拌羽根と塗膜との距離は、1mm~50cmとすると好ましい。
【0040】
上述のような流動発生器具を用いた場合、塗布組成物の塗膜に、流動発生器具が直接接触することなく液を流動させることができので、流動発生器具が塗膜に触れることによる塗膜の損壊を回避できる。また、被塗布面を傷つけることなく測定ができるので、人の皮膚を被塗布面としても安全に測定ができる。
【0041】
本形態によれば、被塗布面に接している液体を被塗布面に対して流動させるので、例えば日焼け止め剤を塗布して水中又は海水中に入り、体を動かしている状態、或いは体は静止していて体に接触する水又は海水が流動している状態に近い状態を作り出すことができる。さらに、機械的動力が付与するエネルギーを大きくして、被塗布面に接触する液をより激しく流動させることで、水中又は海水中で体を激しく動かしている状態等、又は体は静止しいて体に接触する水又は海水が激しく流動している状態に近い状態を作り出すことができる。このように、液体中に流動を生成する条件を変更することで、塗布組成物の種類、被塗布面の種類、評価の目的に応じた測定、評価を行うことができる。
【0042】
本形態は、非侵襲的な方法であるので、皮膚塗布組成物の溶出性を測定する場合にも、被塗布面として、人の皮膚を利用することができる。そのため、実際の使用状況と同様の状況で測定を行うことができる。
【0043】
さらに、本形態によれば、被塗布面を動かさないので、被塗布面が大きい場合、又は被塗布面を備える対象のサイズが大きい場合であっても、測定は容易である。すなわち、被塗布面が大きい場合、又は被塗布面を備える対象のサイズが大きい場合には、液と接触させるために、さらに別の装置を用いて被塗布面を移動させたり、被塗布面を切り取ったりする必要が生じ得るが、被塗布面を動かさずに測定を行う本形態によれば、このような手間も生じない。
【0044】
また、本形態は、例えば被塗布面を有する対象全体を水槽等に浸漬させる手法とは異なるので、測定に要する液量を上述のように少なくできる。そのため、測定に用いた全液を分析することが容易であり、所定成分の液中における分布(液中の場所による所定成分の濃度の違い)によって生じ得る誤差を考慮せずに測定を行うことができる。また、液量が少ないことで、測定を安価に行うこともできる。
【0045】
<定量(S50)>
液を流動させた(S40)後、その液中の所定成分を定量する。所定成分の定量は、質量分析、クロマトグラフ、吸光光度法、核磁気共鳴分光法(NMR)、赤外分光法(IR)、X線分析法、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法、原子吸光法といった公知の分析法の1以上を用いて行うことができる。定量は、所定成分の種類にもよるが、例えばガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)によって定量することが好ましい。なお、定量分析のために液を回収する際には、液に接触した容器及び道具(ノズル、撹拌羽根等)を、容器に充填した液と同じ液及び/又は溶剤で洗浄し、回収液に加えてもよい。
【0046】
また、溶出性の評価をする場合、定量値(単位μg等)に、塗布組成物中の所定成分の配合率(配合量を百分率等で示したもの)で除することで、配合率換算の溶出量を求めることができる。これにより、2種の塗布組成物の溶出性を比較する場合に、両者の所定成分の配合率が異なっていても、所定成分の溶出性を的確に比較、評価できる。
【0047】
[塗布組成物の所定成分の溶出性の測定装置]
本発明の別の形態は、上述の溶出性の測定を実施することができる、塗布組成物の溶出性を測定する装置に係る。本形態による装置は、より具体的には、塗布組成物が塗布されて塗膜が形成される被塗布面と、前記塗膜に開口が重なるように前記被塗布面に配置される容器と、前記容器に充填される液体と、前記被塗布面を静置したまま、所定の機械的動力を連続的に付与して前記液体を流動させる動力付与手段と、流動後の液体中の前記所定成分を定量する定量手段とを備えていてよい。動力付与手段は、上述のように、ポンプとポンプに接続された管とを有する気体送り込み手段であってよいし、撹拌羽根を備えた撹拌装置であってよい。
【0048】
本形態による装置によって、塗布組成物に含まれる所定成分の液体、好ましくは水系液体、より好ましくは海水に対する溶出性を的確に測定し、塗布組成物の水系液体に及ぼし得る影響を的確に評価することができる。
【実施例】
【0049】
本実施例においては、日焼け止め剤に含まれるオクチルメトキシシンナメート(OMC)の人工海水に対する溶出性を測定した。
【0050】
<試料>
・試料1(WR-M):日焼け止め剤(表1)、OMC含有量は7.5質量%
・試料2(nWR-M):乳液(表2)、OMC含有量は5質量%
試料1は、屋外プール、ビーチ等での使用が想定された高耐水性の製品として処方された日焼け止め剤である一方、試料2は、水が接触する環境又は状況での使用を主目的としていない日中用乳液である。表1及び表2に、試料1及び試料2に処方をそれぞれ示す。
【0051】
【0052】
【0053】
<人工海水の調製>
ビーカーに、人工海水マリンソルト(株式会社カイスイマレン製)37.4gを入れ、イオン交換水を添加し1Lとし、透明になるまで撹拌した。
【0054】
[1.エアレーションを利用した測定]
(測定1-1)
石鹸で洗浄し自然乾燥させた後の被験者の前腕内側の3cm×3cmの正方形の領域に、試料1を18μL塗布し(2mg/cm2となるよう塗布し)、15分間放置した。試料が塗布された領域の中央に、内径2cmのガラス製円筒体を配置し、円筒体の底縁が被験者の皮膚に密着するよう手で押さえ、上記のように調製した人工海水3mLを、円筒体内に静かに注入した。
【0055】
図3(a)に模式的に示す装置を用いて、人工海水を流動させた。ポンプ(HIBLOW AIRPUMP SPP-6GA、テクノ高槻製)に接続された可撓性チューブの先端に、ガラスピペットの先端(先端の内径1.3mm)Nを装着した。このガラスピペット先端を、円筒体中の人工海水に差し入れた。可撓性チューブの途中には二方コックを取り付けておき、空気の流入・停止の切り替えを正確に行えるようにした。円筒体を手で押さえたまま、ポンプを作動させ、メスシリンダーを用いた水置換法によって空気圧を制御しながら流量7±0.5mL/秒で、円筒体内の人工海水中に5分間継続して空気を送り込んだ。
【0056】
上記空気の送り込み(エアレーション)後、円筒体内の液をガラス製瓶に移した。円筒体及びチューブ先端部にも紫外線吸収剤が付着している可能性を考慮して、使用された円筒体及びチューブ先端部を、それぞれ人工海水1mL及びエタノール1mLで洗浄し、洗浄液をガラス製瓶に加えた。
【0057】
得られた液を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)で分析し、人工海水中のオクチルメトキシシンナメート(OMC)の量w(μg)を求めた。分析条件は以下の通りである。
<ガスクロマトグラフ条件>
・カラム:UA1 UltraAlloy(長さ15m、内径0.25mm、膜厚0.15μm)
・昇温条件 :80℃で2分間保持後、20℃/分で昇温し、320℃で5分間保持
・流量:1.4mL/min(一定)
注入口温度 :250℃
注入モード:スプリット注入(スプリット比10:1)
注入量:1μL
<質量分析条件>
・装置:Agilent7000(Triple Q)
・イオン源 :EI
・イオン源温度:230℃
・インターフェース温度:350℃
・モード:スキャン、m/z=50~650
【0058】
定量においては、OMCの標準物質を用いて、標準物質濃度(μg/mL)-ピーク面積値の検量線を作成しておき、上記得られた液から検出されたOMCのピーク面積値から、成分濃度(μg/mL)を求め、液量を乗ずることで、液中のOMCの量w(μg)を算出した。
【0059】
(測定1-2)
試料1を試料2に代えたこと以外は、測定1-1と同様にして、OMCの溶出量を求めた。
【0060】
(測定1-3)
コントロールとして測定1-3を行った。試料を塗布せず、被験者の前腕内側に直接ガラス製円筒体を載せたこと以外、測定1-1と同様にして、人工海水中のOMCの量(wCL)を求めた。
【0061】
測定1-1及び1-2にて測定されたOMC量w、測定1-3のコントロールにおいて得られたOMCの量wCL、試料1及び試料2中の各OMC配合率(試料全量に対する百分率)rに基づき、以下の式より、配合率換算されたOMCの溶出量W(配合量1質量%当たりの溶出量)を求めた。
【0062】
溶出量W=(w-wCL)/r
【0063】
なお、実験は被験者3名に対して行い、被験者ごとに各試料の溶出量を上記式より求めた。結果を表3に示すが、表中の溶出量Wは、3名の被験者から得られた溶出量の平均値である。
【0064】
【0065】
表3より、空気の送り込みによる測定方法を用いることで、耐水性の高い製品として配合された試料1と、水に晒される環境での使用を主目的としていない試料2との間で、溶出量の相違を明確にできることが分かった。
【0066】
[2.撹拌羽根を利用した測定]
(測定2-1)
石鹸で洗浄し自然乾燥させた後の被験者の前腕内側の3.5cm×3.5cmの正方形の領域に、試料1を24.5μL塗布し(2mg/cm2となるよう塗布し)、15分間放置した。試料が塗布された領域の中央に、内径3.5cmのステンレス製円筒体を配置し、円筒体の底縁が被験者の皮膚に密着するよう手で押さえ、上記のように調製した人工海水20mLを円筒体内に静かに注入した。
【0067】
図3(b)に模式的に示す装置を用いて人工海水を流動させた。ステンレス製の薬さじ(さじ部分の長さが3.9cm、最大幅が2.1cm)を撹拌羽根Pとして、撹拌機(スリーワンモータBL600、HEIDON、新東科学株式会社製)を用いて、400±20rpmで、2分間継続して撹拌した。
【0068】
上記撹拌後、円筒体内の液をガラス製瓶に移した。器具の液接触面も1mLのエタノールで洗浄し、洗浄液をガラス製瓶に加えた。得られた液を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)で分析し、人工海水中に含まれるオクチルメトキシシンナメート(OMC)の溶出量を求めた。
【0069】
(測定2-2)
試料1を試料2に代えたこと以外は、測定2-1と同様にして、OMCの溶出量を求めた。
【0070】
(測定2-3)
コントロールとして測定2-3を行った。試料を塗布せず、被験者の前腕内側に直接ガラス製円筒体を載せたこと以外、測定2-1と同様にして、人工海水中のOMCの量(wCL)を求めた。
【0071】
測定2-1~2-3に基づき、試料1及び試料2の溶出性を求めた。溶出性は、[1.エアレーションを利用した測定]と同様に「溶出量W=(w-wCL)/r」に基づき、配合率換算された溶出量W(配合量1質量%当たりの溶出量)を算出した。結果を表4に示す。なお、実験は被験者10名に対して行い、被験者ごとに各試料の溶出量を上記式より求めた。表中の溶出量Wは、10名の被験者から得られた溶出量の平均値である。
【0072】
【0073】
表4より、撹拌羽根を用いた測定方法においても耐水性の高い製品として配合された試料1と、水に晒される環境での使用を主目的としていない試料2との間で、溶出性の相違を明確にできることが分かった。
【0074】
このように、「1.エアレーションを利用した測定」及び「2.撹拌羽根を利用した測定」のいずれにおいても、塗布組成物の人工海水又は海水に対する溶出性の度合いを測定できることが分かった。本形態による測定方法又は測定装置を用いることで、従来の塗布組成物の機能(SPF等)の測定によっては必ずしも明確となっていなかった、環境保全の観点からの塗布組成物の耐水性の相違を的確に把握できる。