(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材
(51)【国際特許分類】
B23K 26/361 20140101AFI20231113BHJP
C23F 11/00 20060101ALI20231113BHJP
【FI】
B23K26/361
C23F11/00 A
(21)【出願番号】P 2022176653
(22)【出願日】2022-11-02
【審査請求日】2022-11-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000203977
【氏名又は名称】日鉄テックスエンジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100200001
【氏名又は名称】北原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】藤井 茂登
(72)【発明者】
【氏名】春名 俊宏
(72)【発明者】
【氏名】一ノ瀬 浩
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-037801(JP,A)
【文献】特開2021-010935(JP,A)
【文献】特開2022-135805(JP,A)
【文献】特開2021-053680(JP,A)
【文献】特開平09-234576(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 - 26/70
C23F 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法であって、
黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射し、その照射領域を移動させて、
上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う
黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を交差させて形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、
上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮残存部を市松模様状に配することを特徴とする黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法。
【請求項2】
上記レーザー照射により、上記鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去する間隔は、1mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の防食下地処理方法。
【請求項3】
上記黒皮鉄鋼材料に照射するレーザー光は、パルスレーザーであり、
上記パルスレーザーのパルス幅は10~500nsであり、上記パルスレーザーの照射エネルギー密度は10~2000J/cm
2であることを特徴とする請求項
2に記載の防食下地処理方法。
【請求項4】
上記パルスレーザーの照射域をオーバーラップさせるように、上記パルスレーザーの照射域を移動させることを特徴とする請求項
3に記載の防食下地処理方法。
【請求項5】
上記請求項1乃至請求項
4の何れか1項に記載の防食下地処理方法により、黒皮鉄鋼材料の表面に防食下地処理が施され
、黒皮残存部が市松模様状に配置されていることを特徴とする防食下地処理済鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁、建築等に用いる塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている鋼材の防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、建築等に用いられる鋼材は、耐食性の確保や耐候性の確保のために塗装を施して使用されるのが一般的である。
【0003】
すなわち、橋梁は、外部に露出しているため、耐食性と耐候性の両方が必要であり、多層塗膜である。また、建築用は、外部に露出しないビルディングの中の鉄骨では、耐食性のみがあればよく、単層塗膜がほとんどであり(別途耐火仕様あり)、鉄骨の要求条件により、多層塗膜、単層塗膜の様々な仕様がある。
【0004】
通常、鋼構造物の主要部材である鋼材は、熱間圧延により製造され、その表面に黒皮(ミルスケール)と呼ばれる酸化膜が形成されているので、塗装して使用する場合には、塗装密着性ならびに塗装後耐食性を向上させる目的で塗装前処理として黒皮除去処理が行われ、部材に加工された後、研掃され、その後塗装(下塗り、中塗り、上塗り)される。この塗装は、特に耐食性の観点では塗膜のふくれ、はがれと言った塗装耐久性の大小が重要なポイントであり、塗料用樹脂あるいは含有されている防錆顔料等の変更、改良といった塗料技術の面で塗装耐久性の向上が図られて来ている。
【0005】
塗装による防錆処理では、確実に汚れやさびを除去して密着性を向上させる必要があり、従来、塗装における前処理として、例えば、ブラストによる除錆や電動工具・手工具による除錆、レーザー照射による除錆方法がある。
【0006】
レーザー照射による除錆処理では、レーザーアブレーションにより、化学薬品を使用することなく、処理対象物の表面の下地処理を行うことができる。
【0007】
また、レーザー照射による除錆処理では、レーザー光による受熱によって、照射対象物の表面に熱影響により形成された熱影響層が形成される場合があることから、例えば特許文献1のように、照射対象物の表面の付着物を効果的に除去しつつレーザー光による熱影響を抑制した表面処理方法が提案されている。
【0008】
また、本件発明者らは、レーザー照射装置をロボットに持たせてレーザー照射によって対象物の付着物を除去する下地処理作業を行ことにより、レーザー照射による下地処理作業を自動化して、作業環境を改善するとともに、作業者の安全と健康を確保することができるようにした下地処理方法及び下地処理装置を先に提案している(例えば、特許文献2-7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2019-076815号公報
【文献】特開2021-053680号公報
【文献】特開2021-194695号公報
【文献】特開2021-194697号公報
【文献】特開2022-038361号公報
【文献】特開2022-135805号公報
【文献】特開2022-135806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、従来の塗装による防錆処理では、塗装における前処理として、例えば、ブラストによる除錆や電動工具・手工具による除錆、レーザー照射による除錆を行うことによって、密着性を向上させるようにしていたが、目視レベルで均一・きれいにするものであったため、汚れや錆の残存などの欠陥箇所から腐食が生じやすいという短所がある。
【0011】
一般に欠陥を皆無にした前処理は不可能であるため、前処理の欠陥部や塗膜のキズ付き(破壊された)部位から腐食が始まり、塗装処理により長期にわたって腐食を防止することは困難である。また、見かけ上、塗膜自体は健全であっても、酸素や水分が塗膜を通して下地金属に到達し、長い年月の間に塗膜下腐食が生じることは避けられない。このため塗装による防食処理は、構造物の洗浄や塗装の塗り替えなどの定期的メンテナンスが必要不可欠とされている。
【0012】
例えば、塗装鋼板を海水などの水溶液中に浸漬すると、塗膜下腐食が進行し塗膜が剥離、剥離領域に溶液が溜り膨れとなる。
【0013】
この塗膜下腐食は、次の過程1-4をたどり進行する。
過程1:塗膜の吸水
過程2:塗膜/下地金属間の水層の形成(酸素の透過)
過程3:塗膜下腐食の発生
過程4:腐食領域の拡大(剥離、膨れの拡大)
塗膜下に生ずる最初の腐食は、金属界面への酸素と水の透過により、次に示すアノード反応として鉄(Fe)の溶解、カソード反応として酸素の還元反応が起こる。
アノード反応: Fe→Fe2++2e- (1)
カノード反応: O2+2H2O+4e-→4OH- (2)
【0014】
図1は、塗装鋼板の塗膜下腐食による膨れのアノード領域とカソード領域の拡大の様子を模式的に示す断面図である。
【0015】
ここで、アノード反応、カソード反応ともに同一の場所で起こっているから、海水などからのCl-やNa+の浸入は、必要でないと考えられる。
【0016】
しかしながら、膨れが1mm程度の目視できる大きさにまで成長すると、一部はアノード領域、一部はカソード領域となり、この両者に完全に分かれてしまう。アノード領域では、Fe2+の溶出・加水分解とともにCl-が浸入して、領域内溶液は酸性を示す。カソード領域では、Na+が浸入し内部溶液は、NaOH溶液となりアルカリ性を示す。
【0017】
カソード領域の内部溶液は、数々の研究でpH13以上の強アルカリであることが確認されている。
【0018】
アノード領域内溶液が酸性を示すのは、下記反応による。
Fe2++2H2O→Fe(OH)2+2H+ (3)
【0019】
NaOHは、水への溶解度が大きく、これを薄めるため、浸透圧により大量の水が浸入してくることが推進力となり、
図1に示すように、カソード領域が拡大していく。
【0020】
塗料にも使われている樹脂は、通常アルカリに弱いので、このように高いpHでは塗膜/金属界面の付着力が弱まり、塗膜剥離につながる。すなわち、カソード領域の拡大は、周囲の塗膜/金属界面の付着力を弱めていきながら広がっていくため、膨れや大きな塗膜剥離に結びつく。腐食の進行は、アノード反応とカソード領域の拡大によるものである。多数発生した腐食による塗膜剥離や膨れがカソード領域の拡大により、塗膜下でつながると、大きな面積の塗膜剥離となる。
【0021】
上記引用文献1-7の開示技術は、塗装における前処理として、レーザー照射による除錆を行うことにより、処理面全体を均一に処理しようとするものであった。
【0022】
上述の如き従来の実情に鑑み、本発明の目的は、アノード反応とカソード領域の拡大による腐食の進行を抑制して、優れた耐食性を発揮することができるようにした防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本件発明者らは、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料にある条件で、レーザー照射して黒皮を除去すると、
図2に示すように、自然電位が黒皮と似た特性を示すことを見出した。
【0024】
ここで、
図2は、黒皮鉄鋼材料の黒皮を除去した場合の黒皮除去の状態に応じた自然電位の測定結果を示す特性図であり、特性線Aは黒皮鉄鋼材料の自然電位を黒皮のままで測定した結果を示し、特性線Bはブラスト処理を施した場合の黒皮鉄鋼材料の自然電位を測定した結果を示し、特性線Cはレーザー照射により黒皮を一部除去した黒皮鉄鋼材料の自然電位を測定した結果を示し、特性線Dはレーザー照射により黒皮を完全除去した黒皮鉄鋼材料の自然電位を測定した結果を示している。レーザー照射により黒皮を完全除去した黒皮鉄鋼材料の特性線Dは、物理的に黒皮を除去したブラスト処理の特性線Bよりも、自然電位が卑化するまでの所要時間がはるかに長く、改質された表面といえる。
【0025】
すなわち、黒皮、黒皮完全除去ともに自然電位が高く、カソードになる表面であり、アノード反応が起こりにくい表面といえる。しかしながら、電気抵抗では、黒皮と黒皮を除去し、露出した鉄面は大きな差がある。
【0026】
そこで、黒皮とレーザー照射による黒皮除去面をごく近距離で、混在して配置することにより、アノード近傍にカソードができることで、カソード領域(膨れ)の拡大を抑制するとともにアノード反応も起こりにくい防食下地処理を考えた。
【0027】
すなわち、本発明は、黒皮とレーザー照射により黒皮を除去した黒皮除去部をごく近距離に均一に配置することにより、アノード反応とカソード領域の拡大による腐食の進行を抑制して、優れた耐食性を発揮する防食下地処理を実現したものである。
【0028】
腐食起点のアノードからの腐食電流は、電気抵抗の高い黒皮残存部があるため、近傍の黒皮を除去した黒皮除去部に流れ、カソードになる。カソード領域(膨れ)が拡大しようとしても、電気抵抗が高い黒皮残存部があるため、腐食電流が流れにくく、拡大を抑制できる。一方、黒皮残存部と黒皮を完全除去した黒皮除去部が混在する表面は、
図3に示すように、凸凹の表面であり、浸透圧によるカソード領域の拡大を立体的にも抑制し、腐食が拡大しにくい表面となる。この凸凹の表面は、塗膜の付着性にも寄与していると考えられる。
【0029】
本発明では、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、
図3に示すように、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を形成し、意図的に電気抵抗が高い黒皮残存部と電気抵抗が低い黒皮除去部を規則的に配置する防食下地処理を行う。電気抵抗が高い黒皮残存部と電気抵抗が低い黒皮除去部が近接することで、カソード領域の拡大を抑制し、腐食領域の拡大を抑制することで、耐食性を著しく向上させることができる。
【0030】
図3は、本発明による防食下地処理を施した黒皮鉄鋼材料の表面の状態を模式的に示す断面図である。
【0031】
すなわち、本発明は、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法であって、黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射し、その照射領域を移動させて、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を交差させて形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮残存部を市松模様状に配することを特徴とする。
【0034】
なお、市松模様状とは、格子の目を交互に並べた模様であって、形成される黒皮残存部の形状は円形・五角形・六角形の組み合わせであってもよく、それらを交互に配した模様をいう。
【0035】
また、本発明に係る黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法において、上記レーザー照射により、上記鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去する間隔は、1mm以下であるものとすることができる。
【0036】
また、本発明に係る黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法において、上記黒皮鉄鋼材料に照射するレーザー光は、パルスレーザーであり、上記パルスレーザーのパルス幅は10~500nsであり、上記パルスレーザーの照射エネルギー密度は10~2000J/cm2であるものとすることができる。
【0037】
さらに、本発明に係る黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法では、上記パルスレーザーの照射域をオーバーラップさせるように、上記パルスレーザーの照射域を移動させるものとすることができる。
【0038】
また、本発明は、防食下地処理済鋼材であって、上記防食下地処理方法の何れかにより、黒皮鉄鋼材料の表面に防食下地処理が施され、黒皮残存部が市松模様状に配置されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0039】
本発明では、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射し、その照射領域を移動させて、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した黒皮除去部を形成することにより、意図的に電気抵抗が高い黒皮残存部と電気抵抗が低い黒皮除去部を規則的に配置することができ、電気抵抗が高い黒皮残存部と電気抵抗が低い黒皮除去部が近接して存在することで、カソード領域の拡大を抑制し、腐食領域の拡大を抑制することで、耐食性を著しく向上させることができ、腐食が拡大しにくい表面となり、また、塗膜の付着性にも寄与するものとすることができる。
【0040】
したがって、本発明に係る防食下地処理方法により、黒皮鉄鋼材料の表面に防食下地処理が施され、黒皮除去部と黒皮残存部が交互に規則的に配置されているか、又は、黒皮残存部が市松模様状に配置されている防食下地処理済鋼材は、塗膜下腐食が進行しにくいものとなる。
【0041】
すなわち、本発明によれば、優れた耐食性を発揮する防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】塗装鋼板の塗膜下腐食による膨れのアノード領域とカソード領域の拡大の様子を模式的に示す断面図である。
【
図2】黒皮鉄鋼材料の黒皮を除去した場合の黒皮除去の状態に応じた自然電位の測定結果を示す特性図である。
【
図3】本発明による防食下地処理を施した黒皮鉄鋼材料の表面の状態を模式的に示す断面図である。
【
図4】本発明に係る防食下地処理方法を実施する防食下地処理装置の構成例を示すブロック図である。
【
図5】上記防食下地処理装置に備えられた2軸のガルバノミラー機構の構造を模式的に示す斜視図である。
【
図6】上記防食下地処理装置におけるパルスレーザー光の照射位置の移動速度の説明に供する図であり、(A)は1パルス当たりの移動距離dmをスポット径dp分とした移動速度の場合を示し、(B)は1パルス当たりの移動距離d mをスポット径dpの(1/√2)倍とした移動速度の場合を示している。
【
図7】実施例1の下地処理後の試験片の表面顕微鏡写真の画像を示す図である。
【
図8】実施例2の下地処理後の験片の表面顕微鏡写真の画像を示す図である。
【
図9】比較例1のイソプロパノールで脱脂したのみの下地処理後の試験片の表面顕微鏡写真の画像を示す図である。
【
図10】実施例1、実施例2、比較例1、比較例2の各試験片の未塗装部をテープでシーリングして5%NaCl水溶液に50℃ 20日間の浸漬させる耐食性試験後における各試験片の外観写真の画像を示す図である。
【
図11】耐食性試験後に未塗装部のテープを剥離した状態の各試験片の外観写真の画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、本発明は、以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能であることは言うまでもない。
【0044】
本発明に係る防食下地処理方法は、例えば
図4のブロック図に示すように、ロボットにより下地処理作業を行う防食下地処理装置100により実行される。
【0045】
下地処理作業用のロボットは、多関節リンクから構成されるマニピュレータロボット、3軸(X,Y,Z)から構成される3軸ロボット、あるいは移動台車による搬送装置なども含めたものであり、この防食下地処理装置100では、マニピュレータ20(ロボットアーム21を含む)とロボット制御部30からなるマニピュレータロボット40が採用されている。
【0046】
すなわち、この防食下地処理装置100は、パルスレーザー光照射装置10をマニピュレータロボット40に持たせたレーザー光照射装置10により、処理対象物1である黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射して、その照射領域を移動させて、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した複数の黒皮除去部と黒皮を残した黒皮残存部を規則的に配置する防食下地処理を行うもので、レーザー光照射装置10、マニピュレータロボット40、統括制御装置50などからなる。
【0047】
レーザー光照射装置10は、レーザー発振部11と、レーザー発振部11からレーザー光を伝送する光ファイバー12およびレーザー光を照射するレーザーヘッド部13からなる。
【0048】
このレーザー光照射装置10は、統括制御装置50によりレーザー光照射条件が制御され、レーザー発振部11によりパルスレーザー光Lpを発生し、レーザーヘッド部13から出射して、処理対象物1である黒皮鉄鋼材料に照射する。
【0049】
このレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13には、
図5に示すように、2つのモータ131X、131Yと2つのミラー132X、132Yからなる2軸のガルバノミラー機構130が設けられている。
【0050】
この2軸のガルバノミラー機構130は、レーザー発振部11から光ファイバー12を介して供給されるパルスレーザー光LpをX軸方向とY軸方向に独立してレーザーの反射角度を変更させて走査することができるようになっている。
【0051】
2軸のガルバノミラー機構130は、処理対象物1の処理対象領域内でパルスレーザー光Lpの照射領域を移動させるスキャン手段として機能する。
【0052】
すなわち、ミラー132Xは、モータ131XによりZ軸周りに回転することにより、対象物1に照射するパルスレーザー光LpをX軸方向に走査する。
【0053】
また、ミラー132Yは、モータ131YによりX軸周りに回転することにより、対象物1に照射するパルスレーザー光LpをY軸方向に走査する。
【0054】
なお、上記2軸のガルバノミラー機構130における二つのミラー132X、132Yは、それぞれポリゴンミラーに置き換えることができる。
【0055】
すなわち、パルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13の位置を固定した状態で、所定の範囲内を照射することができるようになっている。
【0056】
なお、ガルバノミラーやポリゴンミラーによる走査では光軸が法線方向と一致するのは一点のみで、パルスレーザー光Lpの焦点位置は円弧状に位置することになるので、この2軸のガルバノミラー機構130は、テレセントリックf-θレンズ(あるいはテレセントリックf-θレンズと同等の光学特性を有するテレセントリック光学系)133を介してパルスレーザー光Lpを対象物1に照射するようになっている。すなわち、カルバノミラー走査によるレーザー照射では、対象物1まで焦点距離が変化するので、レーザー処理能力の低下幅が小さい範囲内でパルスレーザー光Lpの照射位置を走査するように、レーザー照射範囲を制約する必要がある。
【0057】
また、マニピュレータロボット40のマニピュレータ20は、多関節のロボットアーム21を備え、ロボットアーム21の先端部21Aに上記レーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13が取り付けられている。
【0058】
すなわち、上記ロボットアーム21の先端部21Aに取り付けられた上記パルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13は、上記マニピュレータロボット40の作業範囲内の任意の位置において、任意の方向に向けてパルスレーザー光Lpを照射することができるようになっている。
【0059】
また、このマニピュレータロボット40は、処理対象物1の処理対象領域にレーザーヘッド部13からパルスレーザー光Lpを照射するレーザー照射距離を可変設定する照射距離可変設定手段として機能する。
【0060】
統括制御装置50は、上記ロボットアーム21の先端部21Aに取り付けられたパルスレーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13が予め設定したマニピュレータロボット40による下地処理作業軌道を通過するように所定のロボット動作条件をロボット制御部30に送信し、ロボット制御部30はこれに基づいてロボットを制御するとともに、レーザー光照射装置10のレーザー照射条件をレーザー発振部11に送信し、レーザー発振部11はこれに基づきレーザー照射するとともにガルバノミラー機構130が動作することにより、この防食下地処理装置100による一連の下地処理作業動作を自動制御する。
【0061】
この防食下地処理装置100におけるマニピュレータロボット40の制御は、基本的には、ロボット制御部30を用いて事前にティー チングにより動作軌道がプログラミングされる。
【0062】
また、レーザー照射は、統括制御装置50にて決定されたレーザー照射パターンをレーザー発振部11に指令を出し、レーザー発振部11は、統括制御装置50からの指令に基づきレーザーヘッド部13に組み込まれているガルバノミラー機構130を駆動することによりレーザー照射を所定の通り実施する。
【0063】
統括制御装置50は、ロボット制御部30から、ロボットがレーザー照射すべき所定の位置に到着した信号を受け取り、レーザー発振部11にレーザー照射開始の指令を送る。また、統括制御装置50は、レーザー発振部11から、レーザー照射完了の信号を受け取り、ロボット制御部30に次の照射位置に移動する開始指令を送る。
【0064】
統括制御装置50は以上の制御動作をレーザー照射開始位置から終了位置まで繰り返すことにより、処理対象物1の処理対象領域全体の下地処理作業を実施する。
【0065】
すなわち、この防食下地処理装置100では、処理対象物1である黒皮鉄鋼材料に上記レーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13からパルスレーザー光Lpを照射し、上記2軸のガルバノミラー機構130により上記処理対象物1の処理対象領域内でパルスレーザー光Lpの照射領域を移動させて、上記処理対象物1である黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した複数の黒皮除去部と黒皮を残した黒皮残存部を規則的に配置する防食下地処理を行う。
【0066】
ここで、上記レーザー照射により、黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去する間隔は、1mm以下さらには、0.5mm以下であると好ましい。
【0067】
黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去するために照射するレーザー光の光源の種類は、エネルギー効率が高く、発振器のメンテナンスが簡単でコストが抑えられるファイバーレーザーでよく、短パルス幅のパルスレーザーが好適である。
【0068】
具体的には、上記黒皮鉄鋼材料に照射するレーザー光は、パルスレーザーであり、上記パルスレーザーのパルス幅は10~500nsであり、上記パルスレーザーの照射エネルギー密度は10~2000J/cm2であるものとすることができる。さらには、上記パルスレーザーのパルス幅は50~400nsであると好ましく、上記パルスレーザーの照射エネルギー密度は、20~800J/cm2であると好ましい。
【0069】
また、上記パルスレーザーの照射域をオーバーラップさせるように、上記パルスレーザーの照射域を移動させるものとすることができる。
【0070】
すなわち、所望する黒皮除去部の形態に応じて、高エネルギービームを母材金属の表面部へ照射しつつ、その照射域を移動させることができ、高エネルギービームとしてパルスレーザーを用いる場合、隣接して発振する各パルス光の照射域を部分的にオーバーラップさせると、レーザー照射されない隙間がなくなり、連続した黒皮除去部が安定的に形成され易くなる。
パルス光の照射域をオーバーラップさせる割合は、パルスレーザーの発振周波数、被処理部に対する相対移動速度(走査速度)、被処理部の最表面における照射域の大きさ(スポット径)等により調整される。
【0071】
ここで、例えば、
図6の(A)に示すように、上記処理対象物1の処理対象領域に対するパルスレーザー光の照射によって得られる処理品質が処理品質許容範囲内となるレーザー密度を決定するスポット径dpをレーザー照射距離に基づいて設定するとともに、1パルス当たりの移動距離dmをdm=dpすなわちスポット径dp分移動させる移動速度とすることにより、照射するパルスの重なりもなく、かつ未照射部位を最小にできることから効率的なレーザー照射が可能である。
【0072】
また、
図6の(B)に示すように、1パルス当たりの移動距離dmをdm=dp/√2すなわちスポット径dpの(1/√2)倍として一部重なりを許容する移動速度とすることにより、未照射部分および重なり部分の両方を最小にすることができる。
【0073】
したがって、レーザー照射されない隙間がなく、オーバーラップさせるには、走査速度をスポット径dpの(1/√2)倍以下にする必要がある。発振周波数は、例えば、1~500kHzであると好ましく、さらには、10~200kHzであると好ましい。発振周波数が過小では走査速度も低くせざるを得ず、処理の効率化を図れない。発振周波数が過大になると、一般的にレーザエネルギ密度が低下し、均質的な黒皮除去部の形成が困難となる。
【0074】
この防食下地処理装置100では、処理対象物1である黒皮鉄鋼材料の表面に形成されている黒皮をパルスレーザー光の照射によって除去するのに必要なレーザー密度を得るスポット径dをレーザー照射距離に基づいて設定し、上記処理対象物1の処理対象領域を含む作業領域内で、1パルス当たりのパルスレーザー光Lpの照射領域の移動距離dmがスポット径dpの(1/√2)倍以下の範囲内となる移動速度で移動させるように制御して、上記パルスレーザーの照射域をオーバーラップさせるようにしている。
【0075】
この防食下地処理装置100では、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射し、その照射領域を移動させて、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した黒皮除去部を形成することにより、意図的に電気抵抗が高い部分と低い部分を規則的に配置することができ、電気抵抗が高い部分と低い部分が近接して存在することで、カソード領域の拡大を抑制し、腐食領域の拡大を抑制することで、耐食性を著しく向上させることができ、腐食が拡大しにくい表面となり、また、塗膜の付着性にも寄与するものとすることができる。
【0076】
すなわち、本発明は、塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料の防食下地処理方法であって、黒皮鉄鋼材料にレーザー光を照射し、その照射領域を移動させて、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した複数の黒皮除去部と黒皮を残した黒皮残存部を規則的に配置することを特徴とする。
【0077】
また、上記防食下地処理装置100では、本発明に係る防食下地処理方法を実行するにあたり、上記黒皮鉄鋼材料の表面に、高エネルギーのレーザー照射により、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮除去部と黒皮残存部を交互に配するものとすることができる。
【0078】
また、上記防食下地処理装置100では、本発明に係る防食下地処理方法を実行するにあたり、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を交差させて形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮残存部を市松模様状に配するものとすることができる。
【0079】
ここで、市松模様状に配される黒皮残存部の形状は、レーザー照射の際のレーザーパワーや移動速度等を調整することにより変えることができ、矩形に限定されることなく、円形・五角形・六角形等の組み合わせであってもよい。
【0080】
さらに、上記防食下地処理装置100では、本発明に係る防食下地処理方法を実行することにより、黒皮鉄鋼材料の表面に防食下地処理が施され、黒皮除去部と黒皮残存部が交互に規則的に配置されているか、又は、黒皮残存部が市松模様状に配置されている本発明に係る防食下地処理済鋼材を得ることができる。
【0081】
したがって、本発明によれば、優れた耐食性を発揮する防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材を提供することができる。
【実施例】
【0082】
以下に実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0083】
上記防食下地処理装置100を用いて、処理対象物1である黒皮鉄鋼材料に上記レーザー光照射装置10のレーザーヘッド部13からパルスレーザー光Lpを照射し、上記2軸のガルバノミラー機構130により上記処理対象物1の処理対象領域内でパルスレーザー光Lpの照射領域を移動させて、上記処理対象物1である黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、上記黒皮鉄鋼材料の表面を覆う黒皮を等間隔に均等に除去した複数の黒皮除去部と黒皮を残した黒皮残存部を規則的に配置する防食下地処理を行うにあたり、以下に説明する実施例1では、高エネルギーのレーザー照射により、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮除去部と黒皮残存部を交互に配するようにし、また、実施例2では、高エネルギーのレーザー照射により、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部とを交差させて形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮残存部を市松模様状に配するようにした。
【0084】
実施例1、 実施例2、比較例1、比較例2の各試験片について、塗装後に耐食性試験を行い、実施例1、 実施例2の各試験片は、比較例1、比較例2の各試験片よりも、塗装後に耐食性が優れていることを確認した。
【0085】
《試料の製作》
(1) 黒皮鉄鋼材料として一般構造用圧延鋼材SS400市販の板材(150×70×3mm)を実施例1、 実施例2、比較例1、比較例2に使用する試験片の基材とした。
【0086】
(2)
<実施例1>
試験片をイソプロパノールで脱脂後、ファイバーレーザーCLX-100(PCL株式会社製)にて、出力100W、レンズf=160、レーザー繰り返し周波数100kHz、走査速度5000mm/sec、送り速度20000mm/sec、で10回レーザー照射した。
【0087】
この実施例1では、レーザー処理後の表面顕微鏡写真の画像を
図7に示すように、レーザー照射されていない黒皮残存部が約50μm幅、レーザー照射され鉄面が露出した黒皮除去部が約150μm幅で線状に存在しており、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮除去部と黒皮残存部が交互に配されている。
【0088】
<実施例2>
実施例1と同様の条件でレーザー照射した後、試験片を90°回転し、もう一度実施例1と同様の条件でレーザー照射した。すなわち、縦横にレーザー照射し、格子模様になるようにレーザー照射した。
【0089】
この実施例2では、レーザー処理後の表面顕微鏡写真の画像を
図8に示すように、レーザー照射され鉄面が露出した中に直径約100μmの黒皮残存部が約100μmおきに規則的に点在しており、高エネルギーのレーザー照射により、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部と交差させて形成するように、上記レーザー光の照射領域を移動させ、上記黒皮鉄鋼材料の表面に黒皮残存部を市松模様状に配されている。
【0090】
<比較例1>
試験片をイソプロパノールで脱脂したのみの黒皮材である。
比較例1の試験片の表面顕微鏡写真の画像を
図9に示す。
【0091】
<比較例2>
試験片を研削材スチールグリッドにて、ブラスト処理し、除錆度Sa21/2、表面粗さ25μmRzJISの黒皮を完全に除去した試験片を得た。
【0092】
(3)塗装下地処理試験片への塗装
実施例1、 実施例2、比較例1、比較例2の各試験片に対し、JISK 5551 B種 エポニックス#20下塗(大日本塗料株式会社製)をドクターブレードを用い、塗膜厚60μmを目標に塗装を行った。
【0093】
塗装後、室温7日間の養生を行い、養生後、塗膜厚を測定した結果、平均塗膜厚は、実施例1.59μm、実施例2.61μm、比較例1.57μm、比較例2.89μmであった。
【0094】
《耐食性試験》
養生後、実施例1、 実施例2、比較例1、比較例2の各試験片の未塗装部をテープでシーリングし、5%NaCl水溶液に50℃ 20日間の浸漬試験を行った。
【0095】
《評価》
耐食性試験後、
図10は、実施例1、実施例2、比較例1、比較例2の各試験片について、膨れの状態を目視評価した結果を表1に示すとともに、試験後の外観写真の画像を
図10に示すように、実施例1の試験片は、10個程度の膨れ、実施例2の試験片は、膨れがほとんど発生していない。比較例1の試験片は、多数の膨れが発生している。比較例2の試験片は、大きな膨れが2個発生している。
【表1】
【0096】
耐食性試験後に未塗装部のテープを剥離した状態の各試験片の外観写真の画像を
図11に示すように、実施例1の試験片、実施例2の試験片は、ほとんど塗膜が剥離していないのに対し、比較例1の試験片は、全面塗膜が剥離した。 比較例2の試験片は、塗膜厚89μmであったが、剥離面積は、実施例1の試験片、実施例2の試験片よりも大きかった。
【0097】
表1、
図10、
図11から明らかなように、本発明の防食下地処理を行うことにより、膨れ、剥がれの抑制に著しく効果があることがわかった。
【0098】
すなわち、本発明により、黒皮鋼材のままでは、全面剥離する試験条件でも、塗膜膨れを抑制し、ほとんど塗膜剥離がなく、著しく耐食性を向上させることができた。また、現行ブラスト処理の塗膜厚1.5倍よりも、耐食性が良好であった。塗膜の長寿命化につながり、橋梁、建築等に用いられる鋼材のライフサイクルコスト(LCC:Life cycle cost)を低減できる。また、黒皮を全て除去する必要がない下地処理方法であり、レーザーによる下地処理の効率アップにつながる。加えて、レーザーによる下地処理なので、ブラスト処理のように多量の廃棄物が発生しない。
【要約】
【課題】 アノード反応とカソード領域の拡大による腐食の進行を抑制して、優れた耐食性を発揮することができるようにした防食下地処理方法及び防食下地処理済鋼材を提供する。
【解決手段】 塗装を施して使用される表面が黒皮によって覆われている黒皮鉄鋼材料の表面に、レーザー照射により、黒皮を等間隔に除去した複数条の黒皮除去部を形成し、意図的に電気抵抗が高い黒皮残存部と電気抵抗が低い黒皮除去部を規則に配置する防食下地処理を行う
【選択図】
図3