(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】懸架式クレーンの制御装置及びインバータ装置
(51)【国際特許分類】
B66C 13/22 20060101AFI20231114BHJP
【FI】
B66C13/22 M
(21)【出願番号】P 2019233969
(22)【出願日】2019-12-25
【審査請求日】2022-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】金子 貴之
【審査官】長尾 裕貴
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/094190(WO,A1)
【文献】特許第6570803(JP,B1)
【文献】特開2001-048467(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0224755(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B66C 13/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロリーから支持部材を介して懸架された
吊り荷を、可動部としての前記トロリーまたはその横行軌道となるガーダーを駆動することにより搬送する懸架式クレーンの制御装置において、
前記可動部に対する速度指令、前記支持部材の長さ、速度応答時定数、及び重力加速度を用いて、前記吊り荷の振れ角推定値及び前記可動部の速度推定値を模擬演算するクレーンシミュレータ部と、
前記可動部に対する速度指令、前記振れ角推定値、前記速度推定値、前記吊り荷の固有角周波数、及びダンピング係数を用いて、前記吊り荷の振れを抑制するための速度補正信号を生成する振れ止め制御部と、
前記速度補正信号により前記速度指令を補正して出力する補正手段と、
を備え、
前記補正手段から出力された補正後の前記速度指令に基づいて前記可動部を駆動することを特徴とする懸架式クレーンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載した懸架式クレーンの制御装置において、
前記クレーンシミュレータ部は、
前記可動部に対する速度指令から前記速度推定値を生成する一次遅れ要素と、
前記速度推定値を積分して得た距離推定値から前記吊り荷の振幅を演算する振動モデルと、
前記振幅を前記振れ角推定値に変換する振れ角変換要素と、
を備えたことを特徴とする懸架式クレーンの制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載した
懸架式クレーンの制御装置と、
前記補正手段から出力された前記速度指令に基づいてトルク指令を生成する速度調節手段と、
前記トルク指令に基づいて前記可動部の駆動装置に電力を供給するためのインバータ制御部及び主回路と、
を備えたことを特徴とするインバータ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば港湾、製鉄所、各種工場等において使用される、トロリーを横行させて荷役作業を行う懸架式クレーンの制御装置、及び、この制御装置を含むインバータ装置に関し、詳しくは、トロリーからロープ、ワイヤ等の支持部材により懸架された吊り荷の振れを抑制しながら目標位置まで搬送するための制御技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、懸架式クレーンを用いた荷役作業では、吊り荷を短時間で目標位置へ正確に到達させると共に、理想的には、トロリーの加減速中や停止時における吊り荷の振れ角を零にする振れ止め制御を行うことが望ましい。
この種の振れ止め制御を行う従来技術として、近年では、以下に述べるようにコンピュータを用いた電気式振れ止め制御が採用されている。
【0003】
電気式振れ止め制御には、トロリーの加減速終了時に吊り荷の振れを最小にする速度指令(速度パターン)を演算してトロリーを制御する第1の方式と、吊り荷の振れ角をトロリーの駆動系にフィードバックしてトロリーを制御する第2の方式とがある。
【0004】
第1の方式による従来技術としては、例えば、特許文献1に記載された振れ止め制御装置が知られている。
図11は、この振れ止め制御装置のブロック図であり、吊り荷124を支持するロープ123の長さl、後述するトロリー122の走行距離L、最大加速度α
max及び最大速度V
maxが走行条件として入力される入力装置101と、上記走行条件と所定の運動方程式、及び、境界条件や拘束条件を用いて複数の速度パターン1~Nを生成する速度パターン生成部102と、速度パターン1~Nに対応する吊り荷124(ロープ123)の振れ角演算値1~Nをそれぞれ生成する振れ角演算部105と、速度パターン生成部102から出力される加速度、加速度変化量、加速度切替時刻等と振れ角演算部105から出力される振れ角θ(振れ角演算値1~N)とに基づいて速度パターン1~Nを評価し、最小の振れ角θのもとで目標位置まで最短時間で到達可能な速度パターンを選択する評価基準演算部106と、評価基準演算部106から出力される選択信号により所定の速度パターンを選択する速度パターン選択部103と、選択した速度パターンに従って速度指令V
dを生成する速度指令発生部104と、速度指令V
dに従ってトロリー装置120を駆動する速度制御装置110と、を備えている。
ここで、速度制御装置110は、補償器111、増幅器112、電動機113及び速度検出器114を備え、トロリー装置120は、電動機113により駆動される歯車機構121、トロリー122、ロープ123及び吊り荷124からなっている。
【0005】
図11の振れ止め制御装置において、例えば速度パターン1~4には、
図12に示すように、加速区間と減速区間との間に定速区間(t
1~t
2)を有するシンプルな速度パターン1のほか、加速区間内、減速区間内に定速区間を設けた速度パターン2や、加速区間内、減速区間内で加減速を繰り返す速度パターン3,4がある。
【0006】
次に、
図13は特許文献2に記載された振れ止め制御装置のブロック図であり、前述した第2の方式による従来技術に相当する。
図13において、直線指令器201から出力されたランプ状の速度指令N
RF0がダンピング制御部202に入力され、速度指令補正信号N
RFDFとの加算結果が最終的な速度指令N
RF2として出力される。この速度指令N
RF2と電動機の速度フィードバック信号N
MFBとの偏差をなくすように速度制御器203が動作してトルク指令T
RFが生成され、トルク制御器204を介した電動機トルクT
Mと負荷モデル209からの負荷トルクT
Lとの偏差が電動機機械定数205により電動機速度N
Mに変換される。この電動機速度N
Mは、速度検出フィルタ206により前記速度フィードバック信号N
MFBに変換されると共に、振れ角モデル207に入力されて吊り荷の振れ角θが演算され,この振れ角θが負荷モデル209に入力される。
【0007】
更に、上記の振れ角θは振れ角検出器208により振れ角信号θEに変換され、ダンピング制御部202に入力されている。
ダンピング制御部202では、振れ角信号θEとトロリーの走行速度VR、固有角周波数ωE、重力加速度g、及びダンピング係数δを用いた演算結果を速度指令NRF0から減算して速度指令NRF1が求められる。この速度指令NRF1と速度フィードバック信号NMFBとの偏差を、振れ止め制御ゲインGを含むPI調節器に入力して速度指令補正信号NRFDFを求め、この補正信号NRFDFを速度指令NRF0に加算することにより前述した速度指令NRF2が演算される。上記の動作により、速度指令NRF2は振れ角θ及びダンピング係数δに応じたダンピングがかかるため、これによって吊り荷の振れを抑制することができる。
【0008】
また、第2の方式による従来技術として、特許文献3に記載された天井クレーン制御システムが知られている。
図14は、この制御システムの主要部を示すブロック図である。
図14において、DSP(Digital Signal Processor)300内の制御演算部301は、吊り荷の速度目標値とモデル速度とに基づいて、トロリー及びその横行軌道を形成するガーダーの制御速度を演算してモデル演算部302及び実制御部330に出力する。モデル演算部302は、入力された制御速度と、ロータリエンコーダ310及びラインレーザ装置320による検出情報とに基づいて吊り荷等の動きをシミュレーションし、その結果として吊り荷のモデル速度を制御演算部301にフィードバックする。また、実制御部330では、制御演算部301が演算した制御速度に従って、トロリー駆動装置内のモータを駆動するためのインバータを運転する。なお、ロータリエンコーダ310は、吊り荷を支持するワイヤの巻き取り装置における回転変位等を検出し、ラインレーザ装置320は、ワイヤ(吊り荷)の振れ角、振れ周期、ワイヤの長さ等を検出するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特公平2-44757号公報(第2頁右欄第23行~第3頁右欄第24行、第2図,第3図等)
【文献】特開平8-2877号公報([0039],[0040]、
図1等)
【文献】特開2018-2391号公報([0021]~[0025],[0042]~[0044]、
図1~
図4等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図11,
図12に示した従来技術は、いわゆるフィードフォワード制御によって振れ角θを決定すると共に、速度パターン1~Nの条件はロープ123の長さlによって変化する固有振動数(振れ周期)に依存し、振れ角の初期値は零として考えられている。このため、トロリーの横行時に固有振動数が変化する場合には制御性能が低下してしまう。
また、
図13,
図14に示した従来技術では、一般的にデリケートで高価な光学式センサ(振れ角検出器208やラインレーザ装置320)により検出した振れ角や振れ角速度、振れ周期等を用いるフィードバック制御を行っており、外乱に対しては強いがシステム全体が高価なものとなる。特に、振れ止め制御を行うための演算が複雑であり、DSP等の高価な演算装置を必要とするという問題があった。
【0011】
そこで、本発明の解決課題は、比較的安価なPLC(Programmable Logic Controller)等の演算装置を用いたシミュレーションによって振れ止め制御を実現し、既設の簡易的なクレーンシステムへの適用を可能にした懸架式クレーンの制御装置及びこの制御装置を含むインバータ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、請求項1に係る懸架式クレーンの制御装置は、
トロリーから支持部材を介して懸架された吊り荷を、可動部としての前記トロリーまたはその横行軌道となるガーダーを駆動することにより搬送する懸架式クレーンの制御装置において、
前記可動部に対する速度指令、前記支持部材の長さ、速度応答時定数、及び重力加速度を用いて、前記吊り荷の振れ角推定値及び前記可動部の速度推定値を模擬演算するクレーンシミュレータ部と、
前記可動部に対する速度指令、前記振れ角推定値、前記速度推定値、前記吊り荷の固有角周波数、及びダンピング係数を用いて、前記吊り荷の振れを抑制するための速度補正信号を生成する振れ止め制御部と、
前記速度補正信号により前記速度指令を補正して出力する補正手段と、
を備え、
前記補正手段から出力された補正後の前記速度指令に基づいて前記可動部を駆動することを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る懸架式クレーンの制御装置は、請求項1に記載した懸架式クレーンの制御装置において、
前記クレーンシミュレータ部は、
前記可動部に対する速度指令から前記速度推定値を生成する一次遅れ要素と、
前記速度推定値を積分して得た距離推定値から前記吊り荷の振幅を演算する振動モデルと、
前記振幅を前記振れ角推定値に変換する振れ角変換要素と、
を備えたことを特徴とする。
【0014】
請求項3に係るインバータ装置は、
請求項1または2に記載した懸架式クレーンの制御装置と、
前記補正手段から出力された前記速度指令に基づいてトルク指令を生成する速度調節手段と、
前記トルク指令に基づいて前記可動部の駆動装置に電力を供給するためのインバータ制御部及び主回路と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高価な光学式センサを用いて吊り荷の振れ角を検出する必要もなく、トロリー等の可動部に対する速度指令とロープ等の支持部材の長さを用いた簡易なシミュレーションによって速度指令を補正することにより吊り荷の振れを抑制可能な制御装置及びインバータ装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態が適用される懸架式クレーンシステムの概略的な構成図である。
【
図2】
図1の等価的なクレーンモデルを示す図である。
【
図3】
図2に相当する簡易クレーンモデルのブロック図である。
【
図4】
図3の簡易クレーンモデルを等価変換したクレーンシミュレータ部のブロック図である。
【
図5】本発明の実施形態に係るインバータ装置のブロック図である。
【
図6】本発明の実施形態によるシミュレーション条件の説明図である。
【
図7】本発明の実施形態により、ロープ長を一定とした場合のシミュレーション結果を示す波形図である。
【
図8】本発明の実施形態により、ロープ長を徐々に伸ばしていった場合のシミュレーション結果を示す波形図である。
【
図9】摩擦を考慮した実クレーンモデルのブロック図である。
【
図10】実クレーンモデル側の摩擦分を無視した場合における、本発明の実施形態によるシミュレーション結果を示す波形図である。
【
図11】特許文献1に係る振れ止め制御装置のブロック図である。
【
図12】特許文献1におけるトロリーの速度パターンを示す図である。
【
図13】特許文献2に係る振れ止め制御装置のブロック図である。
【
図14】特許文献3に係る天井クレーン制御システムの主要部を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
図1は、この実施形態が適用される懸架式クレーンシステムの概略的な構成図である。
図1において、トロリー1は、トロリー駆動装置6によりガーダー2上の横行軌道を移動可能であり、また、トロリー1からロープやワイヤ等の支持部材(以下では、支持部材がロープであるとする)3により懸架された吊り荷4は、ホイスト駆動装置5によって巻き上げ・巻き下げが可能になっている。ここで、ホイスト駆動装置5及びトロリー駆動装置6は何れもモータを備えており、これらのモータはインバータ装置10によって運転されるものである。
なお、ガーダー2は、図示されていない別の駆動装置によって紙面に直交する方向に移動可能である。
【0018】
図1のクレーンシステムをこれと等価的なクレーンモデルによって表すと、
図2のようになる。
図2において、Mはトロリー1の重量、mはフック等を含む吊り荷4の重量、lはロープ3の長さ、θは吊り荷4(ロープ3)の振れ角である。また、xは0点を基準位置としたトロリー1の移動距離、yは同じく0点を基準位置とした吊り荷4の移動距離であり、トロリー1に対する吊り荷4の相対的な移動距離、すなわち吊り荷4の振幅は(y-x)によって表される。
更に、fはトロリー1に働く駆動力、dは駆動力fを妨げる方向に働く外乱力を示す。
【0019】
トロリー1の位置が吊り荷4の振れによって影響を受けず、トロリー1の重量Mと吊り荷4の重量mとを無視するものとし、トロリー駆動装置6に与えられる速度指令からトロリー1の実際の速度までの速度応答を一次遅れ系として近似すると、
図2のクレーンモデルは
図3の簡易クレーンモデル11によって表すことができる。
図3の簡易クレーンモデル11において、n
rはトロリー駆動装置6に与えられる速度指令、11aは距離演算モデル、11bは単振り子の振動モデル、11cは減算手段、11dは振れ角変換要素であり、Tは速度応答時定数、kは速度から移動距離への変換係数、gは重力加速度、lは前述したロープ3の長さ、sはラプラス演算子である。上記の振動モデル11bについては、例えば特開2006-225138号の段落[0046]に記載された[数2]に基づいて導くことができる。
ここで、速度指令n
rはトロリー1を横行させるための直線速度、あるいは、トロリー駆動装置6内のモータの回転速度の何れかについての指令であればよい。
【0020】
上述した簡易クレーンモデル11によれば、減算手段11cにより振動モデル11bの出力yと距離演算モデル11aの出力xとの差、すなわち吊り荷4の振幅(y-x)が求められ、この振幅(y-x)を振れ角変換モデル11dによって振れ角θに変換することができる。
【0021】
更に、
図3の簡易クレーンモデル11に対し、速度推定値n
sim及び振れ角推定値θ
simを取り出すための等価変換を行うと
図4のクレーンシミュレータ部11Aが得られる。このクレーンシミュレータ部11Aは、速度指令n
r(または補正後の速度指令n
r’)とロープ3の長さl等を用いたシミュレーションによって速度推定値n
sim及び振れ角推定値θ
simを模擬演算する機能を有している。
【0022】
すなわち、クレーンシミュレータ部11Aにおいて、速度指令nrは一次遅れ要素11eにより速度推定値nsimに変換されて出力される。また、速度推定値nsimは積分要素11fに入力されて距離推定値xsimが演算され、この距離推定値xsimは振動モデル11bに入力されて距離推定値ysimが演算される。そして、減算手段11cにより、距離推定値ysimと距離推定値xsimとの差、つまり振幅推定値(ysim-xsim)が求められ、この振幅推定値(ysim-xsim)が振れ角変換モデル11dにより振れ角推定値θsimに変換される。
【0023】
次に、
図5は、上記クレーンシミュレータ部11Aを備えたインバータ装置10のブロック図である。
このインバータ装置10は、クレーンシミュレータ部11A及び後述する振れ止め制御部12等を含むシミュレータ装置14と、このシミュレータ装置14から出力される速度指令n
r’からトルク指令等を演算する速度調節部(ASR)15と、ASR15の出力に基づいて生成した制御パルスにより半導体スイッチング素子をオン/オフさせるインバータ制御部及び主回路16と、備えている。
【0024】
上記のシミュレータ装置14は、例えば、PLC等のハードウェア、及びこれに実装されたプログラムによって実現されるものである。
クレーンシミュレータ部11Aから出力された振れ角推定値θsim及び速度推定値nsimは、振れ止め制御部12に入力されている。振れ角推定値θsimは、ダンピング演算部12a(ω:固有角周波数=√(g/l),σ:ダンピング係数)に入力され、速度変化率制限器(HLR)17からの速度指令nrとダンピング演算部12aの出力との差が減算手段12bにより求められる。更に、減算手段12bの出力と速度推定値nsimとの差が減算手段12cにより求められ、その結果に振れ止め制御ゲインG1を乗算することにより速度補正信号ncompが演算される。この速度補正信号ncompは加算手段13により速度指令nrと加算されて最終的な速度指令nr’となり、この速度指令nr’に基づいて速度調節部15とインバータ制御部及び主回路16とを制御することにより、トロリー駆動装置6を介して実機のトロリー1が駆動される。
【0025】
以上のように、クレーンシミュレータ部11Aにおいては、速度指令nr(またはnr’)及びロープ長lが与えられれば、これらと速度応答時定数T,変換係数k、重力加速度gを用いたシミュレーションにより振れ角推定値θsim及び速度推定値nsimを求めることができる。そして、振れ止め制御部12では、上記の振れ角推定値θsim及び速度推定値nsim、並びに、ダンピング係数σ、固有角周波数ω、振れ止め制御ゲインG1を用いた演算により速度補正信号ncompを求めることができ、この速度補正信号ncompにより補正されたダンピング制御用の速度指令nr’に従ってトロリー1を駆動することにより、吊り荷4の振れを抑制しながら搬送することが可能になる。
【0026】
ここで、発明者は、本実施形態による効果を確認するために、ロープ長lを一定(l=15[m])とした
図6の条件のもとでシミュレーションを行った。また、ダンピング係数σ、振れ止め制御ゲインG
1については、遅れなく理想的に働くものと仮定してσ=0.55,G
1=0.55とし、速度応答時定数Tは機械や速度調節部15のゲインにより変化するが、T=50[ms]と仮定した。
【0027】
なお、
図6のシミュレーション条件における「ガーダー部」の重量M’は、
図1のトロリー1とガーダー2とを含む可動部全体の重量である。すなわち、このシミュレーションは、トロリー1及びガーダー2を一体的な「ガーダー部」としてとらえ、この「ガーダー部」を
図1の紙面に直交する方向に駆動する場合を想定しているが、振れ止め制御の原理としては前述したトロリー1の駆動時と同様であり、
図5におけるインバータ装置10の出力をガーダー部駆動装置に与えた場合に相当している。
【0028】
図7は、上記の条件に基づくシミュレーション結果を示す波形図であり、ガーダー部速度(
図5におけるn
r及びn
r’に相当)、ガーダー部駆動装置のモータトルク、吊り荷4の振れ角θ、及びクレーンシミュレータ部11Aによる振れ角推定値θ
simを示している。
図7によれば、振れ角θとほぼ一致する振れ角推定値θ
simが得られており、この振れ角推定値θ
simに基づく補正後の速度指令n
r’を用いて運転することにより、振れ止めが可能であることがわかる。
【0029】
次に、ロープ長lを15[m]から0.05[m/s]ごとに伸ばしていった場合の各波形を
図8に示す。
この
図8によると、振れ角θにおいて約35[s]以降に残留振れが存在することが確認された。この残留振れは、
図9に示すように、実クレーンモデルでは、静摩擦22と動摩擦23とを加算してトルク(推力)にフィードバックすることで摩擦成分(機械的ロス)が考慮されているためと考えられる。なお、
図9において、20は摩擦モデル、21は符号関数、30はトロリー及びガーダーを含むガーダー部モデル、40はロープ及び吊り荷を含む吊り荷モデルである。
そこで、実クレーンモデル側の摩擦成分を無視してシミュレーションを行った結果、
図10のような波形が得られた。この
図10によれば、
図8において存在した残留振れがほぼなくなっており、吊り荷の振れがゼロに収束していることがわかる。
【0030】
なお、
図5に示した如く、シミュレータ装置14、速度調節部15、インバータ制御部及び主回路16をインバータ装置10に内蔵することにより、単体の懸架式クレーン制御用インバータ装置を構成することが可能であり、装置の設置スペースや設置環境の点で制約を受け易い作業現場における導入が容易になる。
【0031】
以上説明したように本実施形態においては、簡易クレーンモデルに基づく比較的簡単な構成のシミュレータ装置に対して、懸架式クレーンシステムにおけるトロリーやガーダーからなる可動部に対する速度指令と、吊り荷の支持部材(ロープやワイヤー等)の長さとを、所定の定数や係数と共に与えてシミュレーションを行うことにより、可動部の速度推定値及び吊り荷の振れ角推定値を得ることができる。そして、これらの推定値に基づいて補正した速度指令を用いて可動部の速度を制御することにより、高価な光学式センサ等による振れ角検出値を必要とせずに吊り荷の振れ止め制御を実現できると共に、既設の簡易的なクレーンシステムへの適用も容易で安価な制御装置を提供することができる。
【0032】
更に、前記シミュレータ装置と、可動部駆動用のモータを運転するための速度調節部と、インバータ制御部及び主回路とをまとめて単体のインバータ装置を構成すれば、各装置や回路等をそれぞれ単独で構成する場合に比べて装置全体の小型化、低コスト化が可能になる。
【符号の説明】
【0033】
1: トロリー
2:ガーダー
3:支持部材(ロープまたはワイヤ)
4:吊り荷
5:ホイスト駆動装置
6:トロリー駆動装置
10: インバータ装置
11:簡易クレーンモデル
11A:クレーンシミュレータ部
11a:距離演算モデル
11b:振動モデル
11c:減算手段
11d:振れ角変換要素
11e:一次遅れ要素
11f:積分要素
12:振れ止め制御部
12a:ダンピング演算部
12b,12c:減算手段
13: 加算手段
14:シミュレータ装置
15:速度調節部(ASR)
16:インバータ制御部及び主回路
17:速度変化率制限器(HLR)
20:摩擦モデル
21:符号関数
22:静摩擦
23:動摩擦
30:ガーダー部モデル
40:吊り荷モデル