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特許7384262プレス成形品の遅れ破壊予測方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】プレス成形品の遅れ破壊予測方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/28 20060101AFI20231114BHJP
   G01N 17/00 20060101ALI20231114BHJP
   B21D 22/00 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
G01N3/28
G01N17/00
B21D22/00
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022175330
(22)【出願日】2022-11-01
(65)【公開番号】P2023143651
(43)【公開日】2023-10-06
【審査請求日】2023-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2022047849
(32)【優先日】2022-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】達川 昂至
(72)【発明者】
【氏名】簑手 徹
(72)【発明者】
【氏名】石渡 亮伸
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-33600(JP,A)
【文献】特開2017-187441(JP,A)
【文献】特開2006-29977(JP,A)
【文献】特開2013-127104(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2021-0120704(KR,A)
【文献】特許第7140302(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/00-3/62
G01N 17/00-19/10
B21D 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するプレス成形品の遅れ破壊予測方法であって、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出工程と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定工程と、
前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定工程において設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析工程と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析工程において算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測工程と、
を含むプレス成形品の遅れ破壊予測方法。
【請求項2】
前記応力分布及びひずみ分布算出工程において、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定工程において、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定する
請求項1記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法。
【請求項3】
前記水素濃度分布設定工程において、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算する請求項1又は2に記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法。
【請求項4】
前記高張力鋼板は引張強度が1GPa以上である請求項1又は2に記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法。
【請求項5】
前記高張力鋼板は引張強度が1GPa以上である請求項3記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法。
【請求項6】
高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するプレス成形品の遅れ破壊予測装置であって、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出部と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定部と、
前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定部により設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析部と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析部により算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測部と、
を備えるプレス成形品の遅れ破壊予測装置。
【請求項7】
前記応力分布及びひずみ分布算出部は、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定部は、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定する
請求項6記載のプレス成形品の遅れ破壊予測装置。
【請求項8】
前記水素濃度分布設定部は、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算する請求項6又は7に記載のプレス成形品の遅れ破壊予測装置。
【請求項9】
高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するプレス成形品の遅れ破壊予測プログラムであって、
コンピュータを、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出部と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定部と、
前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定部により設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析部と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析部により算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測部と、
して機能させる、プレス成形品の遅れ破壊予測プログラム。
【請求項10】
前記応力分布及びひずみ分布算出部は、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定部は、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定する
請求項9記載のプレス成形品の遅れ破壊予測プログラム。
【請求項11】
前記水素濃度分布設定部は、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算する請求項9又は10に記載のプレス成形品の遅れ破壊予測プログラム。
【請求項12】
高張力鋼板を用いたプレス成形品における遅れ破壊の発生を抑制して前記プレス成形品を製造するプレス成形品の製造方法であって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件に基づいて、請求項1に記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法により遅れ破壊の発生する部位を予測し、該予測した結果に基づいて前記プレス成形品における遅れ破壊発生の有無を判定する遅れ破壊発生有無判定工程と、
該遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生すると判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生無しと判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程と、前記遅れ破壊発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生無しと判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件をプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記高張力鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、
を含むプレス成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼板を用いたプレス成形品における遅れ破壊の発生を予測するプレス成形品の遅れ破壊予測方法、装置及びプログラムに関する。
さらに、本発明は、遅れ破壊の発生を予測した結果に基づいて遅れ破壊を抑制するようにプレス成形条件を決定してプレス成形品を製造するプレス成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素排出量等の環境規制の厳格化を受け、燃費向上を目的とした自動車車体の軽量化が求められている。一方、自動車車体には衝突安全性能の向上も要求されている。これらのニーズに対して、1GPa以上の引張強度を持つ高張力鋼板の自動車の骨格部品への適用が進んでいる。
自動車の骨格部品は一般にプレス成形によって製造されているが、引張強度で980MPaを超える高張力鋼板を使用したプレス成形品においては、プレス成形工程から部品組付け工程で発生したひずみや残留応力と、自動車の製造中や使用中に侵入した水素に起因した遅れ破壊の発生が懸念される。
【0003】
そこで、これまでに、高張力鋼板を用いて製造した自動車の骨格部品の製造条件に応じて遅れ破壊特性を評価する方法がいくつか提案されている。
例えば、特許文献1には、深絞り成形した高張力鋼板の試験片を水素侵入環境下に置き、当該試験片のフランジ部に発生する亀裂発生状況によって遅れ破壊特性を評価する方法が開示されている。
また、特許文献2には、塑性ひずみが付与された鋼材の試験片に対して水素を導入し、水素脆化特性(遅れ破壊特性)を塑性ひずみ量に基づいて評価する方法が開示されている。
さらに、特許文献3には、遅れ破壊が発生する際の鋼材に含有される水素量と残留応力と組織内における結晶粒の歪みを対応づけた関係を用いて、鋼板成形品の予め選定した評価部位の組織内における結晶粒の歪みに対応した水素量を求めることで、評価部位における遅れ破壊特性を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-174124号公報
【文献】特開2020-41838号公報
【文献】特開2011-33600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されている方法は、深絞り成形した高張力鋼板の試験片のフランジ部における遅れ破壊が発生する最大残留応力を評価するものであり、遅れ破壊の発生に対するひずみの影響は考慮されていなかった。
また、特許文献2に開示されている方法は、鋼材の遅れ破壊特性(水素脆化特性)の優劣を塑性ひずみ量に基づいて評価するものであり、プレス成形品における遅れ破壊発生に対する応力分布や水素濃度分布の影響を考慮できないといった問題があった。
さらに、特許文献3に開示されている方法は、鋼板成形品における遅れ破壊特性を評価する評価部位を選定し、当該評価部位における残留応力と結晶粒の歪み、水素量を測定し、遅れ破壊発生の判定条件として結晶粒の歪み、残留応力及び水素量を用いているが、プレス成形品のような大きい部品ではプレス成形品全体の結晶粒の歪みや水素量を測定するには膨大な時間とコストがかかるという問題があった。
【0006】
そして、特許文献1及び特許文献3に開示されている方法は、いずれも、実際にプレス成形した鋼板の遅れ破壊試験を行い、該遅れ破壊試験の結果に基づいてプレス成形した鋼板の特定の部位における遅れ破壊特性を評価するものであるため、多大な時間やコストを要し、さらに、プレス成形や部品組付けしたプレス成形品においてどの部位に遅れ破壊の発生するリスクがあるかを予測することは困難であった。そのため、プレス成形品における遅れ破壊の発生を抑制することができるプレス成形条件でプレス成形品を製造することは困難であった。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、高張力鋼板を用いたプレス成形品について遅れ破壊試験を行わずに遅れ破壊が発生する部位を予測することができるプレス成形品の遅れ破壊予測方法、装置及びプログラムを提供することを目的とする。
さらに、本発明は、上記の方法により遅れ破壊が発生すると予測された部位において遅れ破壊が発生しないようにプレス成形条件を決定し、該決定したプレス成形条件によりプレス成形品を製造するプレス成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出工程と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定工程と、
前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定工程において設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析工程と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析工程において算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0009】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記応力分布及びひずみ分布算出工程において、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定工程において、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定することを特徴とするものである。
【0010】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記水素濃度分布設定工程において、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出工程において算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算することを特徴とするものである。
【0011】
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のものにおいて、
前記高張力鋼板は引張強度が1GPa以上であることを特徴とするものである。
【0012】
(5)本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊予測装置は、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出部と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定部と、
前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定部により設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析部と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析部により算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測部と、を備えることを特徴とするものである。
【0013】
(6)上記(5)に記載のものにおいて、
前記応力分布及びひずみ分布算出部は、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定部は、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定することを特徴とするものである。
【0014】
(7)上記(5)又は(6)に記載のものにおいて、
前記水素濃度分布設定部は、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算することを特徴とするものである。
【0015】
(8)本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊予測プログラムは、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、
コンピュータを、
前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する応力分布及びひずみ分布算出部と、
前記高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する水素濃度分布設定部と、
前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した応力分布と、前記水素濃度分布設定部により設定した水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する水素拡散解析部と、
予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布及びひずみ分布、前記水素拡散解析部により算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、前記プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する遅れ破壊発生部位予測部と、して実行させる機能を備えることを特徴とするものである。
【0016】
(9)上記(8)に記載のものにおいて、
前記応力分布及びひずみ分布算出部は、前記ひずみ分布として相当塑性ひずみ分布を算出し、
前記水素濃度分布設定部は、相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を予め取得し、該取得した相当塑性ひずみ分布と水素濃度の関係式に基づいて、前記相当塑性ひずみ分布に対応する水素濃度分布を設定することを特徴とするものである。
【0017】
(10)上記(8)又は(9)に記載のものにおいて、
前記水素濃度分布設定部は、前記高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式を予め取得し、前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前記静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、該算出した前記静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を前記応力分布及びひずみ分布算出部により算出した前記プレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算することを特徴とするものである。
【0018】
(11)本発明に係るプレス成形品の製造方法は、高張力鋼板を用いたプレス成形品における遅れ破壊の発生を抑制して前記プレス成形品を製造するものであって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件に基づいて、上記(1)乃至(4)のいずれかに記載のプレス成形品の遅れ破壊予測方法により遅れ破壊の発生する部位を予測し、該予測した結果に基づいて前記プレス成形品における遅れ破壊発生の有無を判定する遅れ破壊発生有無判定工程と、
該遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生すると判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生無しと判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程と、前記遅れ破壊発生有無判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記遅れ破壊発生有無判定工程において前記プレス成形品に遅れ破壊が発生無しと判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件をプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記高張力鋼板を前記プレス成形品にプレス成形するプレス成形工程と、
を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高張力鋼板のプレス成形品の使用中に遅れ破壊が発生するかどうかを予測することができる。その結果、プレス成形した部品に遅れ破壊が起きるかどうかだけでなく遅れ破壊が発生する部位を部品の設計段階で予測することができ、遅れ破壊を起こさないように部品形状やプレス成形工程を変更するといった遅れ破壊対策を施すことが可能となる。
【0020】
また、本発明においては、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊発生の有無を判定し、当該判定結果に基づいて、遅れ破壊の発生を抑制するプレス成形条件を決定する。これにより、高張力鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊の発生を抑制することができるプレス成形条件を決定するための期間を短縮することができる。さらに、このように決定したプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形することにより、遅れ破壊の発生を抑制するための対策を施したプレス成形品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施の形態1に係る高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊発生予測方法の処理の流れを示すフロー図である。
図2】高張力鋼板の引張試験片に割れ発生部位と水素濃度分布の対応を調査した結果を示す図である((a)引張試験片、(b)割れ発生部位、(c)水素濃度分布)。
図3】種々の変形モードでひずみが付与された試験片を用いた、浸漬時間を30時間としたときの水素チャージ試験により求めたひずみと水素濃度の関係を示すグラフである((a)相当塑性ひずみと水素濃度の関係、(b)ひずみモードと水素濃度の関係)。
図4】定荷重下水素チャージ試験において引張試験片の浸漬時間を30時間としたときの相当塑性ひずみと水素濃度の関係を示すグラフである。
図5】遅れ破壊試験において遅れ破壊試験片の浸漬時間を30時間及び20時間としたのときの応力と相当塑性ひずみのグラフで表示した遅れ破壊判定条件を示す。
図6】遅れ破壊試験において浸漬時間を30時間、20時間及び10時間のそれぞれについて測定した遅れ破壊試験片の水素濃度と相当塑性ひずみの関係を示すグラフである。
図7】遅れ破壊試験結果より得られた、一定応力条件下(1100MPa、1000MPa、900MPa)における遅れ破壊判定条件を示すグラフである。
図8】本発明の実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測装置及びプログラムの構成を示す図である。
図9】実施例1において、遅れ破壊予測の対象としたプレス成形品を説明する図である((a)斜視図、(b)断面図)。
図10】実施例1において、プレス成形品について算出した応力分布及び相当塑性ひずみ分布を示すコンター図である((a)長手方向応力分布、(b)相当塑性ひずみ分布)。
図11】実施例1において、プレス成形品について算出した水素拡散前の水素濃度分布を示すコンター図である((a)相当塑性ひずみに対応した水素濃度分布(ケース1)、(b)静水圧応力に対応した水素濃度分布、(c)静水圧応力と相当塑性ひずみに対応した水素濃度分布(ケース2))。
図12】実施例1において、プレス成形品について算出した水素拡散後の水素濃度分布を示すコンター図である((a)相当塑性ひずみに対応した水素濃度分布(ケース1)、(b)静水圧応力と相当塑性ひずみに対応した水素濃度分布(ケース2))。
図13】実施例1において、プレス成形品において遅れ破壊が発生する部位を予測した結果を示すグラフである。
図14】本発明の実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法の処理の流れを示すフロー図である。
図15】実施例2において、プレス成形品において遅れ破壊が発生する部位を予測した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
<発明に至った経緯>
発明者らは、高張力鋼板のプレス成形品において遅れ破壊が発生する部位を予測する方法を検討するに際し、高張力鋼板の単軸引張応力下における遅れ破壊試験による検討を行った。
【0023】
まず、図2(a)に示す高張力鋼板を供試材とした引張試験片11に対し、単軸引張応力の定荷重を負荷した状態で水素侵入環境下に一定時間置いた後、引張試験片11中の水素量を測定する水素チャージ試験を実施し、さらに、引張試験片11に割れ(遅れ破壊)が発生するまで保持する単軸引張試験を実施した(以降、定荷重下水素チャージ試験と称す)。
【0024】
引張試験片11を水素侵入環境下に置かずに定荷重を負荷する通常の単軸引張試験では、引張試験片11における平行部13の中心付近で割れが発生する。しかしながら、定荷重下水素チャージ試験を実施した引張試験片11においては、図2(b)に示すように、平行部13の中心付近ではなく、平行部13とR部15との境目で割れが発生した。
【0025】
発明者らは、この要因に関して引張試験片11における水素濃度分布が関係していると考え、静水圧分布を考慮した水素拡散解析を実施し、引張試験片11における割れ発生部位と水素拡散後の水素濃度分布との対応を調査した。
【0026】
図2(c)に、水素拡散解析により求めた水素拡散後の水素濃度分布結果を示す。
引張試験片11においては静水圧の分布により水素はR部15と平行部13の境目に集中して存在し、水素濃度の高い部位は割れ発生部位(図2(b)参照)と対応していることがわかる。この結果から、遅れ破壊の予測には、水素拡散後の水度濃度分布を考慮することが重要であるとの結論に至った。
【0027】
続いて、プレス成形品の遅れ破壊発生を予測するにあたり、プレス成形品に侵入する水素量とプレス成形品のひずみとの関係についても検討を重ねた。
高張力鋼板をプレス成形すると、プレス成形品においては、曲げ(平面ひずみ)、張出(二軸引張)、単軸引張など、様々な変形モードが存在する。そこで、高張力鋼板(一例として、1470MPa冷延鋼板、板厚1.2mm)を供試材とし、圧延(平面ひずみ)、単軸引張、単軸圧縮および二軸引張・圧縮など、種々の変形モードでひずみが付与された試験片を作成した。そして、ひずみが付与された試験片を、水素侵入環境下に一定時間置いた後、試験片中の水素量を測定する水素チャージ試験を実施した。
【0028】
図3に、代表例として、種々の変形モードでひずみが付与された試験片をpH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に30時間浸漬して試験片中の水素量を測定し、水素濃度とひずみの関係で整理した結果の一例を示す。ここで、図3(a)は試験片に付与された相当塑性ひずみεp eqと水素濃度の関係を、図3(b)は試験片に付与された相当塑性ひずみεp eqが一定(=0.01、0.02)での変形モードと水素濃度との関係を示す。なお、図3(b)における最大主ひずみと最小主ひずみの比(以下、「ひずみ比」と称す)と変形モードとの対応については、ひずみ比が1は二軸引張、ひずみ比が0は平面ひずみ、ひずみ比が-2は単軸引張及び単軸圧縮を表している。
【0029】
図3に示す結果に基づき、発明者らは、水素濃度は変形モードによらず相当塑性ひずみεp eqにのみ依存することを見出した。相当塑性ひずみが増加すると、水素濃度が増加するのは、相当塑性ひずみの増加に伴い、水素がトラップされる試験片中の欠陥が増加するので、鋼中に侵入する水素量が増加するためと考えられる。
そして、図3(a)に示す結果から、プレス成形品に侵入する水素量とプレス成形品のひずみとの関係は、例えば、式(1)に示すような、相当塑性ひずみの関係式として表されるものとした。
【0030】
【数1】
ここで、Cεはひずみを付与した場合の水素濃度(ppm)、εp eqは相当塑性ひずみ、a、bは定数である。
【0031】
また、定荷重下水素チャージ試験において、プレス成形品に侵入する水素量とプレス成形品の応力分布の関係についても検討を重ねた。
引張試験片11において割れが発生したR部15と平行部13の境目付近では、静水圧応力が発生する。ここで、静水圧応力とは、物体の表面に作用する三方向の垂直応力の平均で定義される平均応力を指す。引張方向の静水圧応力が発生すると、鋼中の結晶格子が開き、結晶格子に固溶する水素量が増加し、鋼中に侵入する水素量は増加すると考えられる。
【0032】
そこで、定荷重下水素チャージ試験の代表例として、高張力鋼板(一例として、1470MPa冷延鋼板、板厚1.2mm)を材料とし、引張試験片11の平行部13の長手方向に一定の単軸引張応力(900MPa、600MPa、300MPa。静水圧応力に換算すると300MPa、200MPa、100MPa)の荷重を負荷した状態で、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に30時間浸漬し、引張試験片11の平行部13の水素量を測定した。
【0033】
図4に水素濃度と静水圧応力の関係で整理した結果を示す。この結果に基づき、静水圧応力と鋼中に侵入する水素量(水素濃度)との関係は、例えば、式(2)のような結晶格子間に固溶する水素濃度Cpと引張の静水圧応力pとの関係で表される。そして、応力を負荷した時の水素濃度Cpの増加量ΔCpは式(3)で表される。
【0034】
【数2】
ここで、Cpは応力を負荷した状態の水素濃度(ppm)、C0は応力を負荷していない場合の水素濃度(=0.55ppm)、ΔCpは応力を負荷した時の水素濃度Cpの増加量(ppm)、pは静水圧応力(MPa)、VHは鋼中の水素モル体積変化(=2.0cm3)、Rは気体定数(=8.31N・m・K-1・mol-1)、Tは温度(=300K)である。
【0035】
さらに、プレス成形品の遅れ破壊に関係する因子として、温度等の環境因子を除くと、上述したように、プレス成形品中の水素量とひずみに加えて残留応力が重要であると考え、水素量、ひずみ及び応力がある条件を満たしたときに遅れ破壊が発生すると考えた。
【0036】
そこで、圧延ひずみ(相当塑性ひずみ)を与えた高張力鋼板(一例として、1470MPa冷延鋼板、板厚1.2mm)を供試材とした引張試験片に単軸引張応力の定荷重を負荷した状態で、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に所定時間浸漬させて引張試験片中に侵入する水素量の水準を変更し、引張試験片における割れ発生の有無を評価する試験(以降、遅れ破壊試験と称す)を実施した。
【0037】
図5に、遅れ破壊試験の結果により得られた遅れ破壊判定条件を示す。図5は、一例として、浸漬時間が30時間と20時間のときの、応力と相当塑性ひずみのグラフで表示した遅れ破壊判定条件である。図5において、〇印は遅れ破壊が発生しなかった試験片の相当塑性ひずみと応力をプロットした結果、×印は遅れ破壊が発生した試験片の相当塑性ひずみと応力をプロットした結果である。そして、遅れ破壊試験結果に基づいて、図5に示す相当塑性ひずみと応力の関係で与えられる遅れ破壊判定条件を導出した。ここで、遅れ破壊判定条件よりも相当塑性ひずみ及び応力が高い領域(図中グレーの領域)においては、引張試験片に遅れ破壊が発生する領域となる。
さらに、図5に示す結果において浸漬時間20時間と比べると浸漬時間30時間の方がより低い応力、低い相当塑性ひずみで割れが発生していることから、浸漬時間により遅れ破壊判定条件は異なる。
【0038】
図6に、pH=4.0、濃度0.1%のチオシアン酸アンモニウムとマッキルベイン緩衝液に、所定の時間(30時間、20時間、10時間)浸漬して、水素量を測定したときの水素濃度-相当塑性ひずみの関係を示す。図6に示すように、同じ応力、ひずみ条件下において浸漬時間が長いほど水素濃度が高いことが分かる。そして、この結果から、図5に示す遅れ破壊判定条件において、浸漬時間が長いほど、すなわち、水素濃度が高いほど割れ(遅れ破壊)が発生する応力や相当塑性ひずみが低下する要因となっていると推測される。
【0039】
図7に、遅れ破壊試験結果により得られた、一定応力条件下(1100MPa、1000MPa、900MPa)における遅れ破壊判定条件(遅れ破壊が発生する相当塑性ひずみと水素濃度の臨界値)を示す。水素濃度が高いほど、割れが発生する応力、ひずみが低下していることが分かる。
【0040】
このように、発明者らは、図4図7に示した結果に基づき、高張力鋼板を用いたプレス成形品においてどの部位に遅れ破壊が発生するかを正確に判定するためには、プレス成形品における応力分布とひずみ分布だけでなく、水素濃度分布を正確に予測することが効果的であるとの結論に達した。
【0041】
さらに、発明者らは、プレス成形品における応力分布、ひずみ分布及び水素濃度分布に基づいて遅れ破壊が発生する部位が予測された場合、当該部位に遅れ破壊が発生しないと予測される応力とひずみになるようにプレス成形品を製造すればよいのではと考えた。そのためには、プレス成形条件の変更と、変更したプレス成形条件でのプレス成形品における遅れ破壊発生の予測と、を繰り返し実行することにより、遅れ破壊が発生しないと予測される応力とひずみになるプレス成形条件を決定できるという結論に至った。そして、このように決定したプレス成形条件でプレス成形することで、遅れ破壊の発生を抑制するための対策を施したプレス成形品を製造することが可能となるということを見い出した。
【0042】
本発明は係る検討結果に基づいてなされたものであり、以下、本発明の実施の形態1及び実施の形態2について説明する。
【0043】
[実施の形態1]
<プレス成形品の遅れ破壊予測方法>
本発明の実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、一例として図1に示すように、応力分布及びひずみ分布算出工程S1と、水素濃度分布設定工程S3と、水素拡散解析工程S5と、遅れ破壊発生部位予測工程S7と、を含むものである。
以下、上記の各工程について説明する。
【0044】
≪応力分布及びひずみ分布算出工程≫
応力分布及びひずみ分布算出工程S1は、プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する工程である。
本実施の形態1において、応力分布及びひずみ分布算出工程S1は、プレス成形品の各CAE解析要素について応力とひずみを算出することにより、プレス成形品の応力分布とひずみ分布を算出する。
【0045】
プレス成形品の応力分布及びひずみ分布の算出には、自動車の設計等において一般的に用いられているCAE解析手法を適用することができる。CAE解析手法としては、例えば、プレス成形CAE解析、プレス成形前の板材の切り出しやトリム、ピアスなどのせん断CAE解析、プレス成形品のスプリングバックCAE解析、プレス成形品組付けのCAE解析等が挙げられる。そして、有限要素法を用いたCAE解析によりプレス成形品におけるCAE要素ごとに応力とひずみを求めることで、プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出することができる。
【0046】
≪水素濃度分布設定工程≫
水素濃度分布設定工程S3は、高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、応力分布及びひずみ分布算出工程S1において算出したプレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定する工程である。
【0047】
本実施の形態1では、図1に示すように、水素濃度分布設定工程S3に先立ってひずみと水素濃度の関係式導出工程S11を実施することにより、プレス成形品のプレス成形に用いる高張力鋼板におけるひずみと水素濃度の関係式(前述した式(1))を導出する。そして、導出した式(1)に基づいて、応力分布及びひずみ分布算出工程S1においてプレス成形品の各CAE要素について算出したひずみ(相当塑性ひずみ)に対応した水素濃度を各CAE要素について求めることにより水素濃度分布を設定する。
【0048】
また、水素濃度分布設定工程S3において、プレス成形品のプレス成形に用いる高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式(前述した式(3))を予め取得し、応力分布及びひずみ分布算出工程S1において算出したプレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、予め取得した静水圧応力と水素濃度の関係式(前述した式(3))に基づいて、静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を応力分布及びひずみ分布算出工程S1において前述した式(1)に基づいて算出したひずみ(相当塑性ひずみ)分布に対応した水素濃度分布に加算して、プレス成形品の水素濃度分布を設定してもよい。
【0049】
(ひずみと水素濃度の関係式導出工程)
ひずみと水素濃度の関係式導出工程S11は、プレス成形に用いる高張力鋼板におけるひずみと水素濃度の関係式を、水素チャージ試験により実験的に求める工程である。
【0050】
高張力鋼板における水素濃度とひずみの関係については、前述した図3に示すように、水素濃度は変形モードによらず相当塑性ひずみにのみ依存する。そのため、水素濃度分布設定工程S3においては、ひずみと水素濃度の関係式におけるひずみは相当塑性ひずみとすることが好ましく、例えば前述した式(1)で表される相当塑性ひずみと水素濃度の関係式を導出するとよい。
【0051】
そして、式(1)中の定数a及びbは、一般的な水素チャージ試験を実施することにより求めることができる。図3(a)に、水素チャージ試験により求めた相当塑性ひずみと水度濃度の測定結果と、測定結果より導出した相当塑性ひずみと水素濃度の関係式(a=0.52、b=3.9)の結果を示す。
【0052】
≪水素拡散解析工程≫
水素拡散解析工程S5は、応力分布及びひずみ分布算出工程S1において算出した応力分布と、水素濃度分布設定工程S3において設定した水素濃度分布と、に基づいて、プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出する工程である。
プレス成形品中の水素は、水素濃度勾配と静水圧応力勾配に応じて拡散する。そのため、プレス成形品における水素濃度分布を正確に予測するためには、式(4)に示す拡散方程式を解いて、プレス成形品の各CAE要素の水素を再分配させる必要がある。
【0053】
【数3】
【0054】
ここで、xiはプレス成形品の面内方向、Jは濃度流束、Dは拡散係数、sは溶解度、κpは応力依存性を表す係数、cは水素濃度、pは静水圧応力であり、右辺第1項は水素濃度勾配、第2項は静水圧応力勾配の水素拡散への依存性を表している。
【0055】
プレス成形品に応力集中が存在する場合には、水素拡散解析工程S5において式(2)を解くことにより、水素が応力集中部位に集積したときの水素濃度を正確に予測することができる。
【0056】
≪遅れ破壊発生部位予測工程≫
遅れ破壊発生部位予測工程S7は、予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、応力分布及びひずみ分布算出工程S1において算出したプレス成形品の応力分布及びひずみ分布並びに水素拡散解析工程S5において算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測する工程である。
【0057】
本実施の形態1において、遅れ破壊発生部位予測工程S7は、プレス成形品の各CAE要素について、応力、ひずみ及び水素拡散後の水素濃度の関係により遅れ破壊を起こすかどうかを判定する遅れ破壊判定条件を用いる。そして、遅れ破壊判定条件は、図1に示すように、遅れ破壊発生部位予測工程S7に先立って、遅れ破壊判定条件導出工程S13を実施することにより取得する。
【0058】
(遅れ破壊判定条件導出工程)
遅れ破壊判定条件導出工程S13は、プレス成形に用いる高張力鋼板の遅れ破壊試験を行い、遅れ破壊が発生する応力、ひずみ及び水度濃度の関係を遅れ破壊判定条件として導出する工程である。
【0059】
遅れ破壊判定条件導出工程S13においては、高張力鋼板に圧延等により相当塑性ひずみを付与した材料により遅れ破壊試験片を作成し、遅れ破壊試験片について単軸引張応力及び水素量(酸性溶液への浸漬時間を変更)の水準を変更した遅れ破壊試験を行う。そして、遅れ破壊試験片における割れ発生の有無と、応力、相当塑性ひずみ及び引張試験片中の水素濃度(鋼中に侵入する水素量)と、の関係を求め、遅れ破壊判定条件を導出する。
遅れ破壊判定条件導出工程S13において導出する遅れ破壊判定条件は、図7に示すように、相当塑性ひずみ、応力及び水素濃度の3元系となる。
【0060】
以上、本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法によれば、高張力鋼板のプレス成形品の使用中に遅れ破壊が発生するかどうかを予測することができる。その結果、プレス成形した部品に遅れ破壊が起きるかどうかだけでなく遅れ破壊が発生する部位を部品の設計段階で予測することができ、遅れ破壊を起こさないように部品形状やプレス成形工程を変更するといった遅れ破壊対策を施すことが可能となる。
【0061】
<プレス成形品の遅れ破壊発生予測装置>
本発明の実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測装置1(以下、「遅れ破壊予測装置1」という)は、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、図8に示すように、応力分布及びひずみ分布算出部3と、水素濃度分布設定部5と、水素拡散解析部7と、遅れ破壊発生部位予測部9と、を備えたものである。
遅れ破壊予測装置1は、コンピュータ(PC等)のCPU(中央演算処理装置)によって構成されたものであってもよい。この場合、上記の各部は、コンピュータのCPUが所定のプログラムを実行することによって機能する。
【0062】
≪応力分布及びひずみ分布算出部≫
応力分布及びひずみ分布算出部3は、プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出するものである。
本実施の形態1において、応力分布及びひずみ分布算出部3は、プレス成形品の各CAE解析要素について応力とひずみを算出することにより、プレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する。
【0063】
そして、応力分布及びひずみ分布算出部3によるプレス成形品の応力分布とひずみ分布の算出において、プレス成形CAE解析、プレス成形前の板材の切り出しやトリム、ピアスなどのせん断CAE解析、プレス成形品のスプリングバックCAE解析、プレス成形品組付けのCAE解析等を適用することができる。
【0064】
≪水素濃度分布設定部≫
水素濃度分布設定部5は、高張力鋼板について予め取得したひずみと水素濃度の関係式に基づいて、応力分布及びひずみ分布算出部3により算出したプレス成形品のひずみ分布に対応した水素濃度分布を設定するものである。
本実施の形態1において水素濃度分布設定部5は、高張力鋼板について予め取得した相当塑性ひずみと水素濃度の関係式(前述した式(1))に基づいて、プレス成形品の各CAE解析要素についてひずみ(相当塑性ひずみ)に対応した水素濃度を求めることにより、プレス成形品に水素濃度分布を設定する。
【0065】
また、水素濃度分布設定部5は、プレス成形品のプレス成形に用いる高張力鋼板における静水圧応力と水素濃度の関係式(前述した式(3))を予め取得し、応力分布及びひずみ分布算出部3により算出したプレス成形品の応力分布より静水圧応力分布を算出し、静水圧応力と水素濃度の関係式(前述した式(3))に基づいて静水圧応力分布に対応した水素濃度分布を算出し、静水圧応力分布に対応した応力分布及びひずみ分布算出部により算出したひずみ分布に対応した水素濃度分布に加算することにより、プレス成形品の水素濃度分布を設定しても良い。
【0066】
≪水素拡散解析部≫
水素拡散解析部7は、応力分布及びひずみ分布算出部3により算出した応力分布と、水素濃度分布設定部5により設定した水素濃度分布と、に基づいて、プレス成形品について水素拡散解析を行い、水素拡散後の水素濃度分布を算出するものである。
本実施の形態1において、水素拡散解析部7は、プレス成形品の各CAE要素について、応力分布及びひずみ分布算出部3により算出した応力と、水素濃度分布設定部5により設定した水素濃度と、に基づいて、式(4)に示す拡散方程式を解いてプレス成形品の各CAE解析要素について水素拡散後の水素濃度を算出することにより、水素拡散後の水素濃度分布を算出する。
【0067】
≪遅れ破壊発生部位予測部≫
遅れ破壊発生部位予測部9は、予め取得した応力、ひずみ及び水素濃度に基づく遅れ破壊判定条件と、応力分布及びひずみ分布算出部3により算出したプレス成形品の応力分布及びひずみ分布並びに水素拡散解析部7により算出した水素拡散後の水素濃度分布と、に基づいて、プレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものである。
【0068】
本実施の形態1において、遅れ破壊発生部位予測部9は、図7に示す相当塑性ひずみ、応力及び水素濃度の3元系の遅れ破壊判定条件と、プレス成形品の各CAE解析要素について求めた応力、相当塑性ひずみ及び水素拡散後の水素濃度と、に基づいて、各CAE解析要素について遅れ破壊が発生するか否かを判定し、遅れ破壊が発生すると判定されたCAE解析要素をプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位として予測する。
【0069】
<高張力鋼板の遅れ破壊発生予測プログラム>
本発明の実施の形態1は、プレス成形品の遅れ破壊予測プログラムとして構成することができる。
すなわち、本発明の実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測プログラムは、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測するものであって、図8に示すように、コンピュータを、応力分布及びひずみ分布算出部3と、水素濃度分布設定部5と、水素拡散解析部7と、遅れ破壊発生部位予測部9と、して実行させる機能を有することを特徴とするものである。
【0070】
以上、本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測装置及びプログラムにおいても、前述した本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法と同様に、高張力鋼板のプレス成形品の使用中に遅れ破壊が発生するかどうかを予測することができる。その結果、プレス成形した部品に遅れ破壊が起きるかどうかだけでなく遅れ破壊が発生する部位を部品の設計段階で予測することができ、遅れ破壊を起こさないように部品形状やプレス成形工程を変更するといった遅れ破壊対策を施すことが可能となる。
【0071】
また、本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、ひずみと水素濃度の関係式導出工程S11を実施することにより、プレス成形に用いる高張力鋼板におけるひずみと水素濃度の関係式を水素チャージ試験により実験的に求めるものであった。もっとも、本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、ひずみと水素濃度の関係式導出工程S11を行うものに限定されるものではなく、同じ材料(鋼種、引張強度)の高張力鋼板について導出したひずみと水素濃度の関係式を取得するものであってもよい。
【0072】
また、本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、遅れ破壊判定条件導出工程S13を実施することにより、遅れ破壊判定条件として、遅れ破壊が発生する応力、相当塑性ひずみ及び水素濃度の関係を実験的に導出するものであったが、本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法は、遅れ破壊判定条件導出工程S13を行うものに限定されるものではなく、同じ材料(鋼種、引張強度)の高張力鋼板について導出した遅れ破壊判定条件を取得するものであってもよい。
【0073】
[実施の形態2]
<プレス成形品の製造方法>
本発明の実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、高張力鋼板を用いたプレス成形品における遅れ破壊の発生を抑制してプレス成形品を製造するものである。そして、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、図14に示すように、仮プレス成形条件設定工程S21と、遅れ破壊発生有無判定工程S23と、仮プレス成形条件変更工程S25と、繰り返し工程S27と、を含む。さらに、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、プレス成形条件決定工程S29と、プレス成形工程S31と、を含む。
【0074】
≪仮プレス成形条件設定工程≫
仮プレス成形条件設定工程S21は、プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する工程である。
仮プレス成形条件設定工程S21において設定される仮のプレス成形条件として、例えば、鋼板を曲げ加工した曲げ部を有するプレス成形品を対象とする場合、曲げ部の曲げR(パンチ肩半径)が挙げられる。この他に、パンチとダイとのクリアランス、鋼板の板厚などが挙げられる。また、ドローベンド方式(引張曲げ・曲げ伸ばし)の場合、さらに、ダイ肩半径、側壁部のクリアランス及びしわ押さえ力等が挙げられる。
【0075】
≪遅れ破壊発生有無判定工程≫
遅れ破壊発生有無判定工程S23は、仮プレス成形条件設定工程S21において設定した仮のプレス成形条件に基づいて、前述した本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊発生予測方法により遅れ破壊の発生する部位を予測する。さらに、遅れ破壊発生有無判定工程S23は、遅れ破壊の発生する部位の予測結果に基づいて、プレス成形品における遅れ破壊発生の有無を判定する。
【0076】
本実施の形態2において、遅れ破壊発生有無判定工程S23は、図14に示すように、応力分布及びひずみ分布算出工程S1と、水素濃度分布設定工程S3と、水素拡散解析工程S5と、遅れ破壊発生部位予測工程S7と、を順に実施する。
【0077】
応力分布及びひずみ分布算出工程S1と、水素濃度分布設定工程S3と、水素拡散解析工程S5と、遅れ破壊発生部位予測工程S7と、は、前述した本実施の形態1と同様である。ただし、応力分布及びひずみ分布算出工程S1においては、仮プレス成形条件設定工程S21において設定した仮のプレス成形条件を用いてプレス成形CAE解析を行い、仮のプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品の応力分布及びひずみ分布を算出する。そして、せん断CAE解析、スプリングバックCAE解析、プレス成形品組付けのCAE解析等は、必要に応じて行えばよい。
【0078】
さらに、遅れ破壊発生有無判定工程S23は、遅れ破壊発生部位予測工程S7において遅れ破壊が発生すると予測された部位の有無により、仮のプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品における遅れ破壊の発生の有無を判定する(S23a)。
具体的には、遅れ破壊発生部位予測工程S7においては、プレス成形品の各CAE解析要素について遅れ破壊が発生するか否かを判定する。そして、遅れ破壊が発生すると判定されたCAE解析要素が有る場合、プレス成形品において遅れ破壊の発生が有ると判定する(S23a)。これに対し、遅れ破壊が発生すると判定されたCAE解析要素が無い場合、プレス成形品において遅れ破壊の発生が無いと判定する(S23a)。
【0079】
≪仮プレス成形条件変更工程≫
仮プレス成形条件変更工程S25は、遅れ破壊発生有無判定工程S23においてプレス成形品に遅れ破壊が発生すると判定された場合、仮のプレス成形条件を変更する工程である。
仮のプレス成形条件の変更は、遅れ破壊発生部位予測工程S7においてプレス成形品に遅れ破壊が発生すると予測された部位の応力とひずみが緩和されるようにすればよく、例えば、曲げ加工した曲げ部の曲げRを大きくするとよい。
【0080】
≪繰り返し工程≫
繰り返し工程S27は、変更した仮のプレス成形条件の下で、遅れ破壊発生有無判定工程S23と、仮プレス成形条件変更工程S25と、を繰り返し実行する。この繰り返しは、遅れ破壊発生有無判定工程S23において遅れ破壊の発生無しと判定されるまで実行する。そのため、仮のプレス成形条件を一回変更したのみでは遅れ破壊発生無しと判定されない場合には、仮プレス成形条件変更工程S25についても繰り返すことになる。
【0081】
≪プレス成形条件決定工程≫
プレス成形条件決定工程S29は、遅れ破壊発生有無判定工程S23において遅れ破壊発生無しと判定された場合、その場合の仮のプレス成形条件をプレス成形品のプレス成形条件として決定する工程である。
【0082】
≪プレス成形工程≫
プレス成形工程S31は、プレス成形条件決定工程S29において決定したプレス成形条件で高張力鋼板をプレス成形品にプレス成形する工程である。
【0083】
以上、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法においては、本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊発生予測方法に基づいてプレス成形品における遅れ破壊発生の有無を判定し、当該判定結果に基づいて遅れ破壊の発生を抑制するプレス成形条件を決定する。これにより、高張力鋼板を用いたプレス成形品において遅れ破壊の発生を抑制することができるプレス成形条件を決定するための期間を短縮することができる。さらに、このように決定したプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形することにより、遅れ破壊の発生を抑制するための対策を施したプレス成形品を製造することができる。
【0084】
なお、本発明に係るプレス成形品の遅れ破壊発生予測方法及びプレス成形品の製造方法は、高張力鋼板を対象とするものであり、特に、遅れ破壊の発生が懸念される引張強度が1GPa以上の高張力鋼板について好ましく適用することができる。
【0085】
さらに、本発明で対象とするプレス成形品は特定の部品に限定されないが、自動車のセンターピラーやAピラーロア等のプレス成形された車体骨格部品に好ましく適用できる。
【実施例1】
【0086】
本発明の作用効果について確認するための実験及び解析を行ったので、これについて以下に説明する。
【0087】
本実施例1では、図9に示すプレス成形品21について、遅れ破壊の発生する部位を予測した。
プレス成形品21は、高張力鋼板である1470MPa級冷延鋼板(板厚1.2mm)をプレス成形したものであり、曲げ部23と、曲げ部23の両端から延在する片部25と、を有するものであり、曲げ部23の曲率半径は5mmとした。
【0088】
まず、プレス成形品21の遅れ破壊試験を実施したところ、曲げ部23における曲げ頂点付近の板厚中央部から割れ(遅れ破壊)が発生した。
【0089】
続いて、前述した本実施の形態1に係るプレス成形品の遅れ破壊予測方法により、プレス成形品21において遅れ破壊の発生する部位の予測を行った。
【0090】
まず、板厚1.2mmの1470MPa級冷延鋼板をプレス成形品21に曲げ加工する過程のプレス成形CAE解析を行うことにより、図10に示すように、プレス成形品21の応力分布及びひずみ分布として、各CAE解析要素について応力と相当塑性ひずみを算出した。
【0091】
次に、前述した式(1)に示す相当塑性ひずみと水素濃度の関係式に基づいて、図11(a)に示すように、ひずみ(相当塑性ひずみ)に対応したプレス成形品21の水素濃度分布として算出し、プレス成形品21の各CAE解析要素の相当塑性ひずみに対応した水素濃度を設定した(ケース1)。
【0092】
また、プレス成形品21の応力分布より静水圧応力分布を算出し、前述した式(3)に示す静水圧応力と水素濃度の関係式に基づいて、図11(b)に示すように、静水圧応力に対応した水素濃度分布を算出し、ひずみ(相当塑性ひずみ)に対応した水素濃度分布(図11(a))に静水圧応力分布に対応した水素濃度分布(図11(b))を加算して、図11(c)に示すように、プレス成形品21の静水圧応力分布とひずみ(相当塑性ひずみ)分布に対応した水素濃度分布を算出し、プレス成形品21の各CAE解析要素の水素濃度を設定した(ケース2)
【0093】
次に、(ケース1)及び(ケース2)のそれぞれについて、プレス成形品21の各CAE解析要素について算出した応力と水素濃度とに基づいて水素拡散解析を行うことにより、それぞれ図12(a)及び(b)に示すように、水素拡散後の水素濃度分布として、各CAE解析要素について水素拡散後の水素濃度を算出した。
【0094】
そして、前述した図7に示す応力、相当塑性ひずみ及び水素濃度の3元系の遅れ破壊判定条件と、プレス成形品の各CAE解析要素について算出した応力、相当塑性ひずみ及び水素濃度と、に基づいて、図13(a)に示す曲げ部23の板厚中央部(図中のA部)と表面(図中のB部)のそれぞれについて、遅れ破壊発生の有無を判定した。
【0095】
曲げ部23のA部においては、応力が1120MPaであったので、A部における遅れ破壊判定条件としては、図13(b)に示すσ=1120MPaのときの相当塑性ひずみと水素濃度の関係を用いた。
一方、曲げ部23のB部においては、応力が980MPaであったので、B部における遅れ破壊判定条件としては、図13(b)に示すσ=980MPaのときの相当塑性ひずみと水素濃度の関係を用いた。
【0096】
表1に(ケース1)及び(ケース2)のA部、B部における水素濃度を示す。(ケース2)において静水圧応力分布とひずみ(相当塑性ひずみ)分布に対応した水素濃度分布を考慮することにより、水素濃度は(ケース1)よりも最大で+13.6%(B部の水素拡散後)、平均+7.7%増加している。
【0097】
【表1】
【0098】
まず、(ケース1)の場合のA部における遅れ破壊の判定において、水素拡散解析前の水素濃度を用いた場合、図13(b-1)に示すように、水素拡散解析前の水素濃度(図中の☆A)はσ=1120MPaの割れ判定条件において相当塑性ひずみが等しいときの水素濃度よりも低いため、割れは発生しないと判定された。
しかしながら、水素拡散解析後の水素濃度(図中の★A)は、割れ判定条件の水素濃度よりも高いため、割れは発生すると判定された。
【0099】
次に、(ケース1)の場合の曲げ部23のB部における遅れ破壊の判定において、水素拡散解析前の水素濃度を用いた場合、図13(b-1)に示すように、水素拡散解析前の水素濃度(図中の★B)はσ=980MPaの割れ判定条件において相当塑性ひずみが等しいときの水素濃度よりも高いため、割れは発生すると判定された。
しかしながら、水素拡散解析後の水素濃度(図中の☆B)は、割れ判定条件の水素濃度よりも低いため、割れは発生しないと判定された。
【0100】
(ケース2)の場合のA部における遅れ破壊の判定において、水素拡散解析前の水素濃度を用いた場合、図13(b-2)に示すように、水素拡散解析前の水素濃度(図中の☆A)はσ=1120MPaの割れ判定条件において相当塑性ひずみが等しいときの水素濃度よりも低いため、割れは発生しないと判定された。
しかしながら、水素拡散解析後の水素濃度(図中の★A)は、割れ判定条件の水素濃度よりも高いため、割れは発生すると判定された。
【0101】
(ケース2)の場合の曲げ部23のB部における遅れ破壊の判定において、水素拡散解析前の水素濃度を用いた場合、図13(b-2)に示すように、水素拡散解析前の水素濃度(図中の★B)はσ=980MPaの割れ判定条件において相当塑性ひずみが等しいときの水素濃度よりも高いため、割れは発生すると判定された。
しかしながら、水素拡散解析後の水素濃度(図中の☆B)は、割れ判定条件の水素濃度よりも低いため、割れは発生しないと判定された。
【0102】
これらの判定結果から、プレス成形品21においては、(ケース1)及び(ケース2)のいずれの場合も、曲げ部23の表面(B部)では遅れ破壊が発生せず、曲げ部23の板厚中央部(A部)で遅れ破壊が発生すると予測された。そして、この予測結果は、遅れ破壊試験において割れが発生する位置と良好に一致した。
【0103】
以上、本発明によれば、高張力鋼板のプレス成形品における遅れ破壊の発生する部位を予測できることが実証された。
【実施例2】
【0104】
実施例2では、図9に示すプレス成形品21について、遅れ破壊が発生しないように仮のプレス成形条件を変更して遅れ破壊発生の有無を判定し、遅れ破壊が発生しないと判定されたプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形した。
【0105】
プレス成形品21は、実施例1と同様に高張力鋼板である1470MPa級冷延鋼板(板厚1.2mm)をプレス成形したものである。そして、実施例1において遅れ破壊が発生すると懸念された曲げ部23の曲げRを5mmから7mmに変更した仮のプレス成形条件を設定した。
設定した仮のプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品21の曲げ部23のA部(図13(a)参照)における応力は1120MPa(曲げR=5mm)から1020MPa(曲げR=7mm)に低下した。また、曲げ部23のA部における相当塑性ひずみは0.023(曲げR=5mm)から0.010(曲げR=7mm)に低下した。
【0106】
さらに、プレス成形品21における水素濃度分布については、前述した実施例1の(ケース1)と(ケース2)と同様に設定した。ここで、(ケース1)は、各CAE解析要素の相当塑性ひずみに対応した水素濃度を各CAE解析要素に設定したものである。また、(ケース2)は、又は、各CAE解析要素の相当塑性ひずみに対応した水素濃度に応力から算出される静水圧応力に対応した水素濃度を加算した水素濃度を各CAE解析要素に設定したものである。
そして、(ケース1)及び(ケース2)のそれぞれについて、プレス成形品21の各CAE解析要素について算出した応力と水素濃度とに基づいて水素拡散解析を行うことにより、水素拡散後の水素濃度分布を算出した。
【0107】
(ケース1)及び(ケース2)のそれぞれについて算出した水素濃度分布から曲げ部23のA部における水素濃度を求めたところ、水素拡散前においてはそれぞれ2.5ppm、2.7ppm、水素拡散後においてはそれぞれ4.0ppm、4.3ppmであった。
【0108】
続いて、前述した実施例1と同様(図13参照)、曲げ部23のA部について算出した応力、相当塑性ひずみ及び水素拡散後の水素濃度を用いて遅れ破壊の判定を行った。その結果として、図15に、曲げ部23の曲げRが7mmにおける遅れ破壊判定条件(σ=1020MPa、黒の実線)と水素拡散解析後の(ケース1)及び(ケース2)の水素濃度(図15中の★)を示す。さらに、図15に、比較用として、実施例1の曲げ部23の曲げRが5mmにおける遅れ破壊判定条件(σ=1120MPa、グレーの破線)及び水素拡散解析後の(ケース1)及び(ケース2)の水素濃度(図15中の☆)も示す。
図15に示すように、曲げ部23の曲げRを5mmから7mmに変更したことにより、遅れ破壊判定条件が緩和され、さらに水素拡散解析後の水素濃度も低下した。この結果、曲げ部23の曲げRが7mmにおける水素拡散解析後の水素濃度(図15中の★)は、(ケース1)及び(ケース2)のいずれにおいても、曲げRが7mmの遅れ破壊判定条件(σ=1020MPa)の水素濃度よりも低くなり、遅れ破壊が発生しないと予測された。
そこで、曲げ部23の曲げRを7mmに変更した仮のプレス成形条件をプレス成形条件として決定した。
さらに、決定したプレス成形条件でプレス成形品21をプレス成形し、遅れ破壊試験を実施したところ、遅れ破壊は発生しなかった。
【0109】
以上、本発明に係るプレス成形品の製造方法によれば、高張力鋼板で遅れ破壊が発生しないプレス成形条件を決定し、決定したプレス成形条件でプレス成形することで、遅れ破壊の発生を抑制するための対策を施したプレス成形品を製造できることが実証された。
【符号の説明】
【0110】
1 遅れ破壊予測装置
3 応力分布及びひずみ分布算出部
5 水素濃度分布設定部
7 水素拡散解析部
9 遅れ破壊発生部位予測部
11 引張試験片
13 平行部
15 R部
21 プレス成形品
23 曲げ部
25 片部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15