(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】通信用電線およびワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
H01B 7/295 20060101AFI20231114BHJP
H01B 7/00 20060101ALI20231114BHJP
H01B 11/00 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
H01B7/295
H01B7/00 301
H01B11/00 Z
H01B11/00 B
(21)【出願番号】P 2022511838
(86)(22)【出願日】2021-03-17
(86)【国際出願番号】 JP2021010770
(87)【国際公開番号】W WO2021200146
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2020062149
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安好 悠太
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 達也
(72)【発明者】
【氏名】清水 亨
(72)【発明者】
【氏名】上柿 亮真
(72)【発明者】
【氏名】田口 欣司
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 崇樹
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-027878(JP,A)
【文献】特開2016-089005(JP,A)
【文献】特開2009-051918(JP,A)
【文献】特開2017-076515(JP,A)
【文献】特開2014-179348(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/295
H01B 7/00
H01B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気信号を伝達する導体と、
有機高分子を含有し、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を備えた絶縁電線が1対、相互に軸線方向を揃えて平行に並べられた、あるいは相互に撚り合わせられた信号線と、
有機高分子を含み、1本の前記信号線全体の外周を1周にわたって連続して被覆する、あるいは複数の前記信号線の束の外周を一括して被覆する、外層としてのジャケットと、を有する通信用電線であって、
前記絶縁被覆は、1層または複数の層を有しており、1層である場合のその1層、および複数の層を有する場合の積層されたそれら複数の層の全てが、内層として構成されており、
前記通信用電線は、
前記外層に、塩化物を形成しうる塩化物形成難燃剤を含有する第一の形態と、
前記
内層に、前記塩化物形成難燃剤
を含有す
る第二の形態の、少なくとも一方の形態をとっており、
前記外層は、第一の有機高分子と、前記第一の有機高分子よりも高い引張弾性率を有する第二の有機高分子と、を含有しており、前記外層を構成する有機高分子成分全体として、100MPa以上の引張弾性率を有する、通信用電線。
【請求項2】
前記外層を構成する有機高分子成分全体としての引張弾性率は、300MPa以上である、請求項1に記載の通信用電線。
【請求項3】
前記外層を構成する有機高分子成分全体としての引張弾性率は、500MPa以下である、請求項1または請求項2に記載の通信用電線。
【請求項4】
前記塩化物形成難燃剤より形成される塩化物は、潮解性を有する、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項5】
前記塩化物形成難燃剤は、水酸化マグネシウムを含んでいる、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項6】
前記第一の有機高分子および前記第二の有機高分子は、それぞれ独立に、ポリオレフィンまたはオレフィン系エラストマーである、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項7】
前記通信用電線は、前記第一の形態および前記第二の形態の両方を
とっており、
前記外層に前記塩化物形成難燃剤を含有するとともに、
前記
内層に前記塩化物形成難燃剤を含有す
る、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項8】
前記外層は、前記信号線との間に空隙を有する中空構造の前記ジャケットとして構成されている、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項9】
前記第一の形態をとる場合の前記外層、および前記第二の形態をとる場合の前記内層は、前記塩化物形成難燃剤とともに、臭素系難燃剤を含有している、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項10】
前記第一の形態をとる場合の前記外層、および前記第二の形態をとる場合の前記内層は、有機高分子成分100質量部に対して、前記塩化物形成難燃剤としての水酸化マグネシウムを30質量部以上、70質量部以下、前記臭素系難燃剤を20質量部以上、60質量部以下含有する、請求項9に記載の通信用電線。
【請求項11】
前記通信用電線は、少なくとも前記第二の形態をとっており、
前記第一の形態をとる場合の前記外層、および前記第二の形態における前記内層は、前記塩化物形成難燃剤とともに、臭素系難燃剤を含有しており、
前記絶縁被覆が、前記塩化物形成難燃剤としての水酸化マグネシウムとともに、前記臭素系難燃剤を含有しており、
前記絶縁被覆の厚さが0.18mmよりも小さく、
前記通信用電線の特性インピーダンスが、100±10Ωである、請求項
1から請求項10のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項12】
前記第一の有機高分子の引張弾性率は100MPa以上である、請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項13】
前記第二の有機高分子はポリプロピレンである、請求項1から請求項12のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項14】
請求項1から請求項
13のいずれか1項に記載の通信用電線と、
塩素原子を含む成分と、可塑剤と、を含有する高分子組成物より構成された含塩素部材と、を有し、
前記含塩素部材が、前記通信用電線の前記外層の少なくとも一部と接触して配置されている、ワイヤーハーネス。
【請求項15】
前記含塩素部材は、前記通信用電線とは別の被覆電線を構成する被覆材である、請求項
14に記載のワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、通信用電線およびワイヤーハーネスに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野において、高速通信の需要が増している。電線において、難燃性は重要な特性の1つであるが、電線に難燃性を付与する方法として、導体を被覆する絶縁被覆やさらにその外側に設けられるジャケット(シース)に、難燃剤を添加する方法が多用されている。各種難燃剤の中で、水酸化マグネシウムをはじめとする金属水酸化物は、安価でありながら、高い難燃性を発揮するものであり、通信用電線においても、難燃剤として広く用いられている。例えば、特許文献1に、導体と、該導体の外周を被覆する絶縁被覆と、からなる1対の絶縁電線が撚り合わせられた対撚線と、対撚線の外周を被覆する絶縁材料よりなるシースと、を有する通信用電線において、絶縁被覆およびシースを構成する絶縁材料に難燃剤として水酸化マグネシウムを添加する形態が、開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
自動車において、自動運転技術の導入や各種機器の高性能化に伴って、多数の通信用電線が用いられるようになっており、エンジンの近傍等、これまでに通信用電線があまり配置されてこなかった高温となる箇所にも、通信用電線が配置される可能性がある。通信用電線においては、そのように高温になる環境においても、より安定して、より正確な通信を行えることが求められる。しかし、通信用電線が、可塑剤を含有する材料より構成された絶縁被覆を有する別の電線と接触して配策される場合に、高温環境において、その別の電線から通信用電線へと、可塑剤の移行が起こる場合がある。さらに、その別の電線を構成する樹脂材料が、ポリ塩化ビニル等、塩素原子を含むものである場合には、その塩素原子も、可塑剤とともに、通信用電線のジャケットや絶縁被覆に移行する可能性がある。
【0005】
通信用電線に、金属水酸化物等の難燃剤が含有される場合に、難燃剤自体は、通信用電線の通信特性に、大きな影響を与えにくい。また、通信用電線の各構成部材の寸法や材料組成は、難燃剤を含有した状態で、所望の通信特性が得られるように、設計されている。しかし、高温環境で、可塑剤の移行に伴って、通信用電線を構成するジャケットや絶縁被覆に、塩素原子が移行し、その塩素原子が難燃剤と化学反応を起こすことがあると、通信用電線の通信特性に影響が及び、設計どおりの通信特性が得られなくなる可能性がある。例えば、難燃剤が塩化物を形成すると、その塩化物の存在によって、通信用電線のジャケットや絶縁被覆の誘電特性が変化し、通信特性に変化を与える可能性がある。
【0006】
以上に鑑み、塩化物を形成しうる難燃剤が構成材料に含有されても、隣接する部材からの可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行の影響を小さく抑えることができる通信用電線、およびそのような通信用電線を含むワイヤーハーネスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示にかかる通信用電線は、電気信号を伝達する導体と、前記導体の外側に配置された、有機高分子を含む外層と、を有する通信用電線であって、前記通信用電線は、前記外層に、塩化物を形成しうる塩化物形成難燃剤を含有する第一の形態と、前記外層と前記導体との間に、有機高分子と前記塩化物形成難燃剤とを含有する内層をさらに有する第二の形態の、少なくとも一方の形態をとっており、前記外層は、第一の有機高分子と、前記第一の有機高分子よりも高い引張弾性率を有する第二の有機高分子と、を含有しており、前記外層を構成する有機高分子成分全体として、100MPa以上の引張弾性率を有する。
【0008】
本開示にかかるワイヤーハーネスは、前記通信用電線と、塩素原子を含む成分と、可塑剤と、を含有する含塩素部材と、を有し、前記含塩素部材が、前記通信用電線の前記外層の少なくとも一部と接触して配置されている。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかる通信用電線およびワイヤーハーネスは、塩化物を形成しうる難燃剤が構成材料に含有されても、隣接する部材からの可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行の影響を小さく抑えることができる通信用電線、およびそのような通信用電線を含むワイヤーハーネスとなる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線を含むワイヤーハーネスの構成を示す断面図である。
【
図2】
図2Aは、通信用電線が加熱を受けた際の特性インピーダンスの変化を示す図である。
図2Bは、通信用電線が加熱を受けた際の塩化マグネシウムの生成量の変化を示す図である。
【
図3】
図3は、材料の引張弾性率と可塑剤吸収率の関係を示す図である。
【
図4】
図4は、難燃剤として、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤の両方を用いた場合、および水酸化マグネシウムのみを用いた場合について、絶縁被覆の厚さと特性インピーダンスの関係性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施態様を説明する。
本開示にかかる通信用電線は、電気信号を伝達する導体と、前記導体の外側に配置された、有機高分子を含む外層と、を有する通信用電線であって、前記通信用電線は、前記外層に、塩化物を形成しうる塩化物形成難燃剤を含有する第一の形態と、前記外層と前記導体との間に、有機高分子と前記塩化物形成難燃剤とを含有する内層をさらに有する第二の形態の、少なくとも一方の形態をとっており、前記外層は、第一の有機高分子と、前記第一の有機高分子よりも高い引張弾性率を有する第二の有機高分子と、を含有しており、前記外層を構成する有機高分子成分全体として、100MPa以上の引張弾性率を有する。
【0012】
上記通信用電線においては、導体の外側に配置される外層を構成する有機高分子成分が、全体として100MPa以上の引張弾性率を有しているとともに、引張弾性率の異なる2種の有機高分子を含有している。外層を構成する有機高分子が高い引張弾性率を有しているほど、組織が硬く緻密になり、隣接する部材からの可塑剤の移行を受けにくくなる。さらに、2種の有機高分子が混合されていることにより、1種のみの有機高分子が用いられる場合と比べて、特に可塑剤の移行が起こりにくくなる。可塑剤の移行が起こりにくくなると、可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行も、起こりにくくなる。その結果、塩化物を形成しうる難燃剤が、通信用電線の外層自体に含有されている場合(第一の形態)や、外層の内側に存在する内層に含有されている場合(第二の形態)でも、その難燃剤と外部から侵入した塩素原子とが反応して、塩化物を形成する事態が、抑制される。すると、誘電特性の変化等、塩素原子の移行およびそれに続く塩化物の形成に起因する通信特性への影響を、小さく抑えることができる。
【0013】
ここで、前記外層を構成する有機高分子成分全体としての引張弾性率は、300MPa以上であるとよい。すると、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行を、特に効果的に抑制することができる。
【0014】
前記外層を構成する有機高分子成分全体としての引張弾性率は、500MPa以下であるとよい。すると、外層の組織が硬くなることによる通信用電線の柔軟性の低下等を、抑制することができる。
【0015】
前記塩化物形成難燃剤より形成される塩化物は、潮解性を有するとよい。塩素原子の移行に伴って、外層や内層において、難燃剤より形成される塩化物が、潮解性を有する場合には、空気中の水分によって水和物となり、外層や内層の層内および表面や、それらの層に包囲された空間の中に、水滴や水蒸気雰囲気が形成されうる。すると、外層や内層の誘電特性に大きな変化が生じ、通信用電線の通信特性に影響が生じやすくなる。しかし、外層を構成する有機高分子成分が、所定以上の引張弾性率を有しており、かつ2種の有機高分子を含んでいることで、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行が抑制されることにより、潮解性を有する塩化物が形成されにくくなり、水和物の形成による通信特性への影響を、効果的に抑制することができる。
【0016】
前記塩化物形成難燃剤は、水酸化マグネシウムを含んでいるとよい。水酸化マグネシウムは、安価でありながら高い難燃性を示すものであり、電線に添加する難燃剤として多用されるが、潮解性を有する塩化物を形成することが知られている。しかし、上記のように、外層を構成する有機高分子成分が所定の引張弾性率を有し、かつ2種以上の有機高分子を含んでおり、可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行が抑制されることで、通信用電線の外層や内層に水酸化マグネシウムが含有されている場合でも、潮解性の塩化物の形成による通信特性への影響を、高度に抑制することができる。
【0017】
前記第一の有機高分子および前記第二の有機高分子は、それぞれ独立に、ポリオレフィンまたはオレフィン系エラストマーであるとよい。ポリオレフィンやオレフィン系エラストマーは、安価であり、また、低い誘電率を有していること等から、通信用電線を構成する絶縁性材料として、好適に用いることができる。ポリオレフィンやオレフィン系エラストマーを複数種混合することで、可塑剤を透過させにくい材料組織を構成することができる。また、ポリオレフィンやオレフィン系エラストマーとしては、多様な引張弾性率を有するものが知られており、混合する具体的な材料種や混合比の選択により、所望の引張弾性率を有する外層を形成しやすい。
【0018】
前記通信用電線は、前記第一の形態および前記第二の形態の両方をとっており、前記外層に前記塩化物形成難燃剤を含有するとともに、前記外層と前記導体との間に、前記塩化物形成難燃剤を含有する前記内層を有するとよい。すると、外層と内層の両方において、難燃剤の含有による難燃性を確保することができる。外層を構成する有機高分子成分が、所定の引張弾性率を有するとともに、2種以上の有機高分子を含有していることにより、可塑剤の透過を抑制できるため、外層のみならず、その内側に存在する内層においても、可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行、さらに含有される難燃剤による塩化物の形成を、効果的に抑制することができる。内層においては、導体との距離が近いため、塩化物の形成による誘電特性の変化等が起こると、通信特性への影響が、外層よりも大きくなりやすい。
【0019】
前記通信用電線は、前記導体の外周に、前記内層としての絶縁被覆が設けられた1対の絶縁電線を信号線として有し、前記信号線の外周を前記外層としてのジャケットが被覆しているとよい。この種の構造を有する通信用電線は、差動信号の伝送に用いられるが、通信特性は、誘電特性の変化等を介して、絶縁被覆やジャケットの化学組成の影響を受けやすい。しかし、ジャケットにおいて、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行を抑制できるようにしておくことで、塩素原子がジャケットや絶縁被覆に移行することによる通信特性への影響を、効果的に抑制することができる。
【0020】
前記第一の形態をとる場合の前記外層、および前記第二の形態をとる場合の前記内層は、前記塩化物形成難燃剤とともに、臭素系難燃剤を含有しているとよい。水酸化マグネシウムをはじめ、塩化物を形成しうる難燃剤によって、十分な難燃性を得るためには、有機高分子材料に、比較的多量に添加する必要があるが、難燃剤をはじめとするフィラーを有機高分子材料に多量に添加すると、耐熱性、つまり高温環境での耐久性が低下する可能性がある。しかし、少量でも高い難燃効果を示す臭素系難燃剤を併用することで、塩化物形成難燃剤の添加量を低減することができる。すると、通信用電線の耐熱性を高めることができ、高温での塩化物の形成を抑制する効果と合わせて、高温になる環境でも、通信用電線を好適に用いることが可能となる。また、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用することで、可塑剤および塩素原子の移行に伴う塩化物の形成を遅らせることができる。
【0021】
この場合に、前記第一の形態をとる場合の前記外層、および前記第二の形態をとる場合の前記内層は、有機高分子成分100質量部に対して、前記塩化物形成難燃剤としての水酸化マグネシウムを30質量部以上、70質量部以下、前記臭素系難燃剤を20質量部以上、60質量部以下含有するとよい。すると、外層および/または内層において、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤がバランスよく含有されることにより、高い難燃性と耐熱性が両立される。
【0022】
前記通信用電線が、前記導体の外周に、前記内層としての絶縁被覆が設けられた1対の絶縁電線を信号線として有し、前記信号線の外周を前記外層としてのジャケットが被覆している場合に、前記通信用電線は、少なくとも前記第二の形態をとっており、前記絶縁被覆が、前記塩化物形成難燃剤としての水酸化マグネシウムとともに、前記臭素系難燃剤を含有しており、前記絶縁被覆の厚さが0.18mmよりも小さく、前記通信用電線の特性インピーダンスが、100±10Ωであるとよい。絶縁被覆に臭素系難燃剤が含有されることで、水酸化マグネシウムのみが難燃剤として含有される場合と比較して、絶縁被覆材の誘電率が低くなり、通信用電線の特性インピーダンスが低くなってしまうが、絶縁被覆の厚さを0.18mmよりも小さくすることで、イーサーネット通信等において要求される100±10Ωの特性インピーダンスを、確保しやすくなる。
【0023】
本開示にかかるワイヤーハーネスは、前記通信用電線と、塩素原子を含む成分と、可塑剤と、を含有する高分子組成物より構成された含塩素部材と、を有し、前記含塩素部材が、前記通信用電線の前記外層の少なくとも一部と接触して配置されている。
【0024】
上記ワイヤーハーネスにおいては、通信用電線の外層に接触して、塩素原子を含む成分を可塑剤とともに含有する含塩素部材が配置されているが、通信用電線の外層を構成する有機高分子成分が、100MPa以上の弾性率を有するとともに、2種の有機高分子を含有しており、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行を抑制できることにより、通信用電線の外層や内層が、塩化物形成難燃剤を含有していても、含塩素部材からの塩素原子の移行によって、通信用電線の通信特性に影響が生じるのを、抑制することができる。
【0025】
ここで、前記含塩素部材は、前記通信用電線とは別の被覆電線を構成する被覆材であるとよい。すると、ポリ塩化ビニル系樹脂をはじめとする塩素を含有する有機高分子に、可塑剤を添加した材料で、導体を被覆した汎用的な被覆電線とともに、通信用電線を束ねてワイヤーハーネスを構成し、高温環境下で使用したとしても、通信用電線における通信特性を、高度に維持することができる。
【0026】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて、本開示の一実施形態にかかる通信用電線について詳細に説明する。本明細書において、引張弾性率等、各種材料特性は、特記しないかぎり、室温、大気中にて測定される値とする。また、本明細書において、材料組成について、ある成分が主成分であるとは、材料の全質量のうち、その成分が50質量%以上を占める状態を指す。有機高分子には、オリゴマー等、比較的低重合度の場合も含むものとする。本明細書において、組成物の引張弾性率等の物性に関して、「有機高分子成分全体」としているのは、その組成物に含有される有機高分子成分のみを全て混合した状態を指しており、難燃剤等、有機高分子成分以外の成分まで含んだ組成物全体を指すものではない。
【0027】
(通信用電線およびワイヤーハーネスの全体構成)
図1に、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネス3を、軸線方向に垂直に切断した断面図を示す。ワイヤーハーネス3は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線1と、並走電線2とを含んでいる。ワイヤーハーネス3は、さらに別の電線を含んでいてもよい。
【0028】
通信用電線1は、信号線10を有している。信号線10は、1対の絶縁電線11,11を備えている。通信用電線1はさらに、外層として、信号線10の外周を被覆するジャケット15を有している。
【0029】
信号線10は、1対の絶縁電線11,11が、差動信号を伝達するものとなる。信号線10において、1対の絶縁電線11,11は、相互に軸線方向を揃えて平行に並べられていてもよいが、ノイズ低減等の観点から、相互に撚り合わせられた対撚線として構成されていることが好ましい。信号線10を構成する各絶縁電線11は、導体12と、導体12の外周を被覆する絶縁被覆13とを有している。信号線10が対撚線として構成される場合に、通信用電線1における通信周波数は、1MHz~1GHz程度とすることが好ましい。
【0030】
導体12を構成する材料としては、種々の金属材料を用いることができるが、高い導電率を利用して信号線10における伝送信号の透過損失を小さく抑える、細径化した場合にも十分な強度を維持する等の観点から、銅合金を用いることが好ましい。導体12は、単線よりなってもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線(例えば7本)が撚り合わせられた撚線よりなることが好ましい。この場合に、素線を撚り合わせた後に、圧縮成形を行い、圧縮撚線としてもよい。導体12が撚線よりなる場合に、全て同じ素線よりなっても、2種以上の素線よりなってもよい。絶縁被覆13は、通信用電線1において、内層となるものである。絶縁被覆13の構成材料については、後に詳しく説明するが、有機高分子と、塩化物形成難燃剤(含塩素分子と反応して塩化物を形成しうる難燃剤)とを含んでいる。
【0031】
導体12の径や絶縁被覆13の厚さは、特に限定されるものではないが、絶縁電線11の細径化等の観点から、導体断面積を、0.22mm2未満、特に0.15mm2以下としておくことが好ましい。また、絶縁被覆13の厚さを、0.30mm以下、特に0.20mm以下としておくことが好ましい。それらのような導体断面積および被覆厚を採用した場合に、絶縁電線11の外径を、1.0mm以下、さらには0.90mm以下とすることができる。また、それらのような導体断面積および被覆厚を採用した際に、通信用電線1の特性インピーダンスを、イーサーネット通信で求められる100±10Ωの範囲に収めやすくなる。対撚線の撚りピッチとしては、10mm以上、また30mm以下とする形態を、例示することができる。
【0032】
ジャケット15は、通信用電線1において、信号線10の保護や撚り構造の保持等の機能を果たすとともに、後に説明するように、通信用電線1の内部への可塑剤および塩素原子の移行を抑える部材となる。ジャケット15は、複数の信号線10の束の外周を、一括して被覆するものであってもよいが、1本のみの信号線10の外周を、1周にわたって連続して被覆するものであることが好ましい。ジャケット15と信号線10の間に、シールド層等、他の層が介在されてもよいが、ここでは、信号線10を構成する絶縁被覆13とジャケット15が、他の層を介さずに、直接接触している形態を主に想定している。一方、通信用電線1において、ジャケット15の外側には、別の層は設けられず、ジャケット15が、並走電線2に直接接触している。あるいは、ジャケット15と並走電線2の間に、可塑剤および含塩素分子が透過可能な材料よりなる層が介在されてもよい。ジャケット15は、
図1に示すように、信号線10との間に空隙を有する中空構造をとっても、ジャケット15の構成材料が信号線10のすぐ外側まで充填された充実構造をとってもよい。
【0033】
ジャケット15の構成材料については、後に詳しく説明するが、有機高分子と塩化物形成難燃剤とを含有している。有機高分子としては、引張弾性率の異なる2種以上を含有しており、全体として所定の引張弾性率を有するものが用いられる。ジャケット15は、有機高分子成分がそのような構成を有することにより、外部からの可塑剤および塩素原子の移行を抑制するものとなる。ジャケット15の厚さは、特に限定されるものではないが、上記の各機能を十分に発揮させる観点から、0.2mm以上、さらには0.3mm以上としておくことが好ましい。一方、通信用電線1の過度の大径化を避ける観点から、1.2mm以下、さらには1.0mm以下としておくとよい。
【0034】
通信用電線1とともにワイヤーハーネス3を構成する並走電線2は、導体21を有し、さらに、導体21の外周を被覆する絶縁被覆として、含塩素被覆層22を有している。並走電線2の具体的な種類や形状は、特に限定されるものではなく、例えば、導体21と含塩素被覆層22の間に、他の層が介在されてもよい。ただし、含塩素被覆層22の外周には、他の層が設けられず、ワイヤーハーネス3において、含塩素被覆層22が直接、通信用電線1のジャケット15と接する。あるいは、含塩素被覆層22と通信用電線1の間に、可塑剤および含塩素分子が透過可能な材料よりなる層が介在されてもよい。
【0035】
並走電線2の導体21も、通信用電線1の導体12と同様、銅合金等の金属材料より構成されている。含塩素被覆層22の構成材料については、後に詳しく説明するが、塩素原子を含む成分と、可塑剤とを含有する高分子組成物として構成されている。
【0036】
以上のように、本実施形態にかかるワイヤーハーネス3は、通信用電線1と並走電線2を含んでおり、通信用電線1は、外層としてのジャケット15を最外部に有し、ジャケット15と、電気信号を伝達する導体12との間に、内層としての絶縁被覆13を有している。外層に加えて内層を有する通信用電線は、複数の絶縁電線11を含んだ信号線10の外周に、ジャケット15が設けられる、上記のような構成に限られず、例えば、同軸ケーブル等、内層としての絶縁被覆を備えた1本の絶縁電線の外周に外層を設けた構成としてもよい。さらに、通信用電線は、導体の外側に外層が配置されたものであれば、内層を必ずしも有していなくてもよく、例えば、導体の外周に直接、外層としての絶縁被覆が配置されていてもよい。
【0037】
また、上記で説明した実施形態では、外層たるジャケット15と内層たる絶縁被覆13の両方に、塩化物形成難燃剤が含有されるが、通信用電線が外層に加えて内層を有する場合に、塩化物形成難燃剤は、必ずしも外層と内層の両方に含有される必要はなく、少なくとも一方に含有されていればよい。つまり、通信用電線1は、外層に塩化物形成難燃剤を含有する第一の形態と、外層と導体との間に、塩化物形成難燃剤を含有する内層をさらに有する第二の形態の、少なくとも一方の形態をとっていればよい。ただし、好ましくは、上記で説明した実施形態のように、第一の形態と第二の形態の両方をとっており、外層と内層の両方に塩化物形成難燃剤が含有される構成が、後述する塩化物の形成による伝送特性への影響を抑制する効果を高めることができる点で、好ましい。外層および内層は、それぞれ複数の層を有していてもよい。例えば、ジャケット15および絶縁被覆13がそれぞれ複数の層を有することができ、ジャケット15または絶縁被覆13としてそれぞれ積層された複数の層の全てが、外層または内層であっても、あるいは、ジャケット15または絶縁被覆13の一方を構成する層として、外層と内層が相互に積層されていてもよい。
【0038】
上記で説明した実施形態においては、本開示の実施形態にかかる通信用電線1が、含塩素被覆層22を有する並走電線2と接触してワイヤーハーネス3を構成しているが、通信用電線1は、必ずしも、そのようなワイヤーハーネス3を構成していなくてもよい。塩素原子を含む成分と可塑剤とを含有する高分子組成物より構成された任意の含塩素部材に、外層(ジャケット15)の少なくとも一部を接触させて、通信用電線を配置すれば、含塩素部材からの可塑剤および塩素原子の移行を抑制する効果を、得ることができる。含塩素部材としては、上記の含塩素被覆層22のような絶縁被覆の他に、通信用電線1を含む複数の電線を束ねるテープ等の外装材、保護シート等の保護材を挙げることができる。
【0039】
(各被覆層の材料構成)
上記のように、本実施形態にかかるワイヤーハーネス3は、通信用電線1の外層(ジャケット15)、内層(絶縁被覆13)、および並走電線2の含塩素被覆層22の3種の、高分子組成物より構成された被覆層を有している。以下、各層の構成材料について説明する。
【0040】
(1)通信用電線の外層
上記のように、通信用電線1の外層としてのジャケット15は、有機高分子と、塩化物形成難燃剤とを含有している。
【0041】
(1-1)有機高分子成分
ジャケット15を構成する有機高分子成分としては、第一の有機高分子と、第二の有機高分子の少なくとも2種が含有され、第二の有機高分子が、第一の有機高分子よりも、高い引張弾性率を有している。そして、有機高分子成分全体として、100MPa以上の引張弾性率(以下、単に弾性率と称する場合がある)を有している。高分子材料の引張弾性率は、例えば、JIS K 7161-1:2014に準拠して、引張試験によって評価することができる。なお、有機高分子成分においては、引張弾性率と曲げ弾性率が大きくは異ならないことが多く、第一の有機高分子と第二の有機高分子の弾性率の比較に際し、適宜、引張弾性率の代わりに曲げ弾性率を用いてもよい。
【0042】
有機高分子成分が、全体として100MPa以上の弾性率を有することで、後に詳しく述べるように、ジャケット15が可塑剤および塩素原子の移行を抑制するものとなる。有機高分子成分全体としての弾性率が、200MPa以上、さらには300MPa以上、350MPa以上であれば、移行抑制の効果がさらに高くなる。有機高分子成分全体としての弾性率に、特に上限は設けられないが、過度に組織が硬くなるのを防ぎ、電線として十分な柔軟性を確保する等の観点から、500MPa以下、さらには450MPa以下であることが好ましい。
【0043】
ジャケット15に含有される有機高分子の種類は、特に限定されるものではないが、ポリプロピレン等のポリオレフィン、あるいは、オレフィン系エラストマー等、オレフィンユニットを含む共重合体が、ジャケット15を構成する有機高分子成分の主成分となっている形態を、好適なものとして例示することができる。それらオレフィン系高分子は、低誘電率を有し、安価でありながら良好な通信特性を与える等の理由により、ジャケット15の構成材料として、好適に用いることができる。ジャケット15を構成する有機高分子成分は、オレフィン系高分子に加え、SEBS等、オレフィン系以外のエラストマーも、適宜含むことができる。
【0044】
ジャケット15に有機高分子成分として含有される第一の有機高分子および第二の有機高分子、あるいはさらに別の有機高分子は、相互に同種のものであっても、異種のものであってもよいが、相溶性等の観点から、少なくとも第一の有機高分子および第二の有機高分子が、同種のものであることが好ましい。最も好適には、第一の有機高分子と第二の有機高分子の両方が、オレフィン系高分子であるとよい。有機高分子は、モノマーユニットの種類や重合度、モノマーユニットの配列等によって、同種のものであっても、多様な弾性率を示すものとなりうる。例えば、低弾性率の第一の有機高分子がオレフィン系エラストマーであり、高弾性率の第二の有機高分子がポリオレフィンである形態を、好適な形態として挙げることができる。あるいは、第一の有機高分子と第二の有機高分子の両方を、ポリオレフィンとしながら、またはそれら両方の有機高分子をオレフィン系エラストマーとしながら、両者の間に弾性率の差を設けるようにしてもよい。
【0045】
第一の有機高分子と第二の有機高分子のそれぞれの具体的な弾性率は、特に限定されるものではない。しかし、第一の有機高分子を、有機高分子成分全体に対して所望される弾性率よりも低い弾性率を有するものとし、第二の有機高分子を、有機高分子成分全体に対して所望される弾性率よりも高い弾性率を有するものとして、それら第一の有機高分子と第二の有機高分子を混合することが好ましい。すると、混合された有機高分子成分全体として、所望の弾性率を得やすい。高分子成分全体としての弾性率の調整の自由度を高める観点、また可塑剤および塩素原子の移行抑制の効果を高める観点から、第二の有機高分子が、第一の有機高分子と比較して、3倍以上、さらには5倍以上、10倍以上の弾性率を有していることが好ましい。さらに、第一の有機高分子の弾性率は、100MPa以上、また500MPa以下であることが好ましく、第二の有機高分子の弾性率は、1000MPa以上、また3000MPa以下であることが好ましい。
【0046】
第一の有機高分子と第二の有機高分子の混合比率は、特に限定されるものではなく、有機高分子成分全体として所望の弾性率が得られるように、設定すればよい。好適な混合比率として、第一の有機高分子に対する第二の有機高分子の質量比([第二の有機高分子]/[第一の有機高分子])で、1/9以上、また9/1以下、さらには5/5以下とする形態を例示することができる。ジャケット15の材料組織において、第一の有機高分子および第二の有機高分子がとる状態は、特に限定されるものではないが、相互に均一性高く混合されていることが好ましい。特に、第一の有機高分子と第二の有機高分子が、それぞれ微細な領域を形成し、それらの領域が相互に混在した状態をとっていることが好ましい。そのような混在状態として、ポリマーアロイを形成した状態を挙げることができる。ジャケット15において、有機高分子成分は、架橋されていてもよく、また発泡されていてもよい。
【0047】
(1-2)難燃剤
上記のように、ジャケット15の構成材料は、塩化物形成難燃剤を含有している。塩化物形成難燃剤とは、含塩素分子と反応して、塩化物を形成しうる難燃剤を指す。塩化物形成難燃剤の具体的な種類は、特に限定されるものではないが、金属元素と塩素以外の無機元素とが結合した、無機系難燃剤を挙げることができる。それら無機系難燃剤が含塩素分子と反応すると、金属の塩化物が形成されうる。代表的な無機系難燃剤として、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化ジルコニウム等の金属水酸化物を含む難燃剤を挙げることができる。中でも、水酸化マグネシウムは、安価な難燃剤として、電線の被覆材に多用されるものであり、本実施形態においても、好適に利用することができる。塩化物形成難燃剤としては、1種のみを用いても、2種以上を混合して用いてもよい。
【0048】
塩化物形成難燃剤として、金属水酸化物をはじめとする無機系難燃剤を使用する場合に、塩化物形成難燃剤の粒径は、凝集を避ける観点から、0.5μm以上であることが好ましく、また、有機高分子成分中での分散性を高める観点から、5μm以下であることが好ましい。分散性向上のために、シランカップリング剤やワックス等の分散剤で、塩化物形成難燃剤に対して表面処理を行ってもよい。また、ジャケット15の構成材料における塩化物形成難燃剤の含有量は、十分な難燃性を発揮する等の観点から、有機高分子成分100質量部に対して、30質量部以上であるとよい。一方、ジャケット15の機械的特性や通信用電線1の通信特性への影響を抑制する等の観点から、その含有量は、150質量部以下であるとよい。なお、ここに記載した塩化物形成難燃剤の含有量は、特に、次に述べる臭素系難燃剤を併用しない場合について、好適に適用できる量である。
【0049】
ジャケット15の構成材料は、塩化物形成難燃剤以外の添加成分を、適宜含んでもよい。塩化物形成難燃剤以外の添加成分として、実質的に塩化物を形成しない他種の難燃剤を含有する形態を、挙げることができる。実質的に塩化物を形成しない難燃剤の例として、臭素系難燃剤が挙げられる。
【0050】
具体的な臭素系難燃剤としては、エチレンビステトラブロモフタルイミドやエチレンビストリブロモフタルイミドなどのフタルイミド構造を持つ臭素系難燃剤、エチレンビスペンタブロモフェニル、テトラブロモビスフェノールA(TBBA)、ヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)、TBBA-カーボネイト・オリゴマー、TBBA-エポキシ・オリゴマー、臭素化ポリスチレン、TBBA-ビス(ジブロモプロピルエーテル)、ポリ(ジブロモプロピルエーテル)、ヘキサブロモベンゼン(HBB)などが挙げられる。これらの臭素系難燃剤は、1種を単独で用いても、2種以上を併用してもよい。融点が高く耐熱性に優れるなどの観点から、少なくともフタルイミド系難燃剤あるいはエチレンビスペンタブロモフェニルまたはその誘導体から選択される1種以上を用いることが好ましい。
【0051】
水酸化マグネシウムをはじめとする塩化物形成難燃剤は、比較的安価に利用できるものであり、有機高分子成分に添加する難燃剤として、それら塩化物形成難燃剤を利用することで、電線全体としての製造コストを低く抑えることができる。しかし、それら塩化物形成難燃剤は、十分な難燃性を発揮させるためには、比較的多量に添加する必要がある。塩化物形成難燃剤のような固体粒子状のフィラーを多量に有機高分子成分に添加すると、有機高分子成分とフィラーとの界面の総面積が大きくなり、それら界面を介した酸素の侵入によって、高温条件において、有機高分子成分の酸化劣化が進行しやすくなる。つまり、ジャケット15の構成材料の耐熱性が低くなる。そこで、比較的高価な難燃剤ではあるが、塩化物形成難燃剤よりも高い難燃性を示す臭素系難燃剤を、難燃剤の一部として添加することで、塩化物形成難燃剤の使用量を低減し、難燃性と耐熱性を両立しやすくなる。
【0052】
さらに、難燃剤として、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用することで、可塑剤および塩素原子の移行に伴う塩化マグネシウムの形成を、一層効果的に抑制することができる。難燃剤として水酸化マグネシウムのみを用いる場合には、高分子成分中に分散させた水酸化マグネシウム粒子は、二次凝集を起こすことが多い。この凝集体に可塑剤および塩素原子が侵入すると、凝集体全体が一度に塩素原子と反応し、塩化物を形成してしまう可能性がある。一方、難燃剤の一部を臭素系難燃剤に置換しておくと、水酸化マグネシウムは、分散性が向上して二次凝集しにくくなる。すると、多量の水酸化マグネシウムが一度に反応して塩化物を形成するような事態は、起こりにくくなる。また、水酸化マグネシウムが臭素系難燃剤と共に凝集した場合でも、臭素系難燃剤は塩素原子とは反応しないので、一度にまとまった量の水酸化マグネシウムが反応を起こす事態は、生じにくい。このように、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用することで、塩化マグネシウムの生成を遅らせる効果が得られる。
【0053】
難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用する場合に、十分にコストを抑制しながら、難燃性と耐熱性を両立する観点、塩化物形成遅延の効果を高める観点、また、有機高分子成分の機械的特性への影響を抑制する観点等から、水酸化マグネシウムの含有量は、有機高分子成分100質量部に対して、30質量部以上、さらには40質量部以上であるとよい。また、70質量部以下、さらには50質量部以下であるとよい。一方、臭素系難燃剤の含有量は、有機高分子成分100質量部に対して、20質量部以上、さらには30質量部以上であるとよい。また、60質量部以下、さらには40質量部以下であるとよい。水酸化マグネシウムに対する臭素系難燃剤の含有量の比は、質量比([臭素系難燃剤]/「水酸化マグネシウム」)で、1/3以上、さらには1/2以上、また1/1以下であるとよい。
【0054】
ジャケット15の構成材料は、臭素系難燃剤に加え、三酸化アンチモン等の難燃助剤を、適宜含有してもよい。難燃助剤の含有量は、臭素系難燃剤の質量に対して、半分程度とすればよく、例えば、有機高分子成分100質量部に対して、10質量部以上、また30質量部以下とする形態を例示することができる。
【0055】
(1-3)その他の成分
難燃剤以外に、ジャケット15に含有されうる添加剤として、衝撃改質剤、安定剤、増量剤、老化防止剤、顔料、滑剤等、一般に電線の被覆材に添加しうる各種添加剤を用いることができる。ただし、それら添加剤は、実質的に塩化物を形成しないか、形成しても無視できる程度であることが好ましい。難燃剤以外の添加剤の含有量は、合計で、有機高分子成分100質量部に対して、30質量部以下であるとよい。
【0056】
特に、ジャケット15に、酸化防止剤および/または老化防止剤が添加されていることが好ましい。酸化防止剤や老化防止剤の添加によって、高温になっても、酸化による有機高分子成分の劣化、老化が進行しにくくなり、ジャケット15の耐熱性が高くなる。酸化防止剤としては、ヒンダードフェノール系酸化防止剤を、好適に用いることができる。老化防止剤としては、酸化亜鉛および/またはイミダゾール系化合物を、好適に用いることができる。
【0057】
(2)通信用電線の内層
次に、通信用電線1の内層としての絶縁被覆13の構成成分について、説明する。絶縁被覆13は、有機高分子に、適宜添加剤が添加された組成物より構成されている。
【0058】
絶縁被覆13を構成する有機高分子の種類は、特に限定されるものではないが、ジャケット15と同様に、オレフィン系高分子を主成分とする形態を、好適なものとして挙げることができる。ポリオレフィンをはじめとするオレフィン系高分子は、低い誘電率を有しており、導体12のすぐ外周を囲む絶縁被覆13を構成することで、通信用電線1において、優れた通信特性を与えるものとなる。絶縁被覆13を構成する有機高分子成分においては、ジャケット15を構成する有機高分子成分とは異なり、成分数や弾性率を、特に限定されるものではない。複数種の有機高分子の混合を要するものではないので、例えば、任意の1種のポリオレフィンを、絶縁被覆13を構成する有機高分子成分として用いることができる。ただし、絶縁被覆13を構成する有機高分子成分として、ジャケット15を構成する有機高分子成分と同様に、弾性率の異なる2種以上の有機高分子を含むものを用いることを妨げるものではない。絶縁被覆13においても、有機高分子成分は、架橋されてもよく、また発泡されてもよい。
【0059】
上記のように、通信用電線1において、ジャケット15等の外層が設けられ、その外層に塩化物形成難燃剤が含有される場合には、必ずしも、内層としての絶縁被覆13には、塩化物形成難燃剤が含有されなくてもよいが、好適な実施形態としては、絶縁被覆13も、ジャケット15と同様に、添加剤として難燃剤を含有し、さらに、その難燃剤の少なくとも一部が、塩化物形成難燃剤となっているとよい。特に好ましくは、絶縁被覆13も、塩化物形成難燃剤と、臭素系難燃剤を共に含有するものであるとよい。各難燃剤の具体的な種類および量の好適な範囲としては、上記でジャケット15について挙げたのと同様の構成を適用することができる。難燃剤以外の添加剤としても、ジャケット15と同様のものを適用することができる。
【0060】
なお、絶縁被覆13は、導体12を直接被覆するものであり、導体12から離れた位置に配置されているジャケット15よりも、構成材料の誘電特性が、通信用電線1の通信特性に影響を与えやすい。よって、絶縁被覆13に添加される難燃剤の種類および量によって、通信用電線1の通信特性が変化しうる。例えば、臭素系難燃剤は、水酸化マグネシウムと比較して、低い誘電率を示すため、水酸化マグネシウムの一部を、臭素系難燃剤に置換すると、絶縁被覆13の構成材料全体としての誘電率が、低下することになる。構成材料の誘電率が低下すると、ジャケット15においては、電磁ノイズの影響を低減しやすくなることから、好ましいが、絶縁被覆13においては、通信用電線1の特性インピーダンスへの影響が大きくなりやすく、特性インピーダンスが所定の範囲に収まらなくなる可能性がある。
【0061】
具体的には、後の実施例にも示すように、臭素系難燃剤の添加によって絶縁被覆13の誘電率が低下すると、通信用電線1の特性インピーダンスが上昇する。特性インピーダンスの上昇を抑制するためには、絶縁被覆13を薄く形成する必要が生じる。絶縁被覆13を薄くすることは、絶縁電線11の細径化の観点からも有利である。例えば、各絶縁電線11の導体断面積が0.1475mm2である場合に、水酸化マグネシウムおよび臭素系難燃剤の含有量を、ジャケット15について上に挙げた好適な範囲とすれば、各絶縁被覆13の厚さを、0.18mmよりも小さい範囲、例えば0.16mm以下として、通信用電線1において100±10Ωの特性インピーダンスを達成することができる。
【0062】
(3)並走電線の含塩素被覆層
次に、並走電線2の含塩素被覆層22の構成材料について説明する。含塩素被覆層22は、有機高分子と、可塑剤とを含有する高分子組成物より構成されている。
【0063】
含塩素被覆層22を構成する高分子組成物は、塩素原子を含む成分を含有している。塩素原子を含む成分とは、有機高分子そのものであっても、有機高分子に添加される添加成分(可塑剤を除く)であってもよいが、有機高分子そのものに塩素原子が含有されていることが好ましい。含塩素被覆層22に用いうる、塩素原子を含有する有機高分子として、ポリ塩化ビニル(PVC)、塩素化ポリエチレン(CPE)等を挙げることができる。PVCに可塑剤を添加した組成物で導体を被覆した電線は、自動車等の分野において、汎用されている。含塩素被覆層22において、有機高分子は、架橋されていてもよく、また発泡されていてもよい。
【0064】
含塩素被覆層22に含有される可塑剤の種類は、特に限定されるものではないが、一般的にPVCの柔軟化を目的として添加される可塑剤として、フタル酸ジイソノニル(DINP)、フタル酸ジオクチル(DINP)等のフタル酸エステル系可塑剤、トリメリット酸トリス(2-エチルヘキシル)(TOTM)等のトリメリット酸エステル系可塑剤、ポリエステル系可塑剤等を例示することができる。これらの可塑剤のうち、フタル酸エステル系可塑剤やトリメリット酸エステル系可塑剤等、低分子よりなる可塑剤の方が、高分子(重合体)よりなる可塑剤よりも、接触する材料への移行を起こしやすく、通信用電線1において、所定の材料構成と弾性率を有するジャケット15を設けることによって、移行を抑制することの効果が、大きくなる。含塩素被覆層22における可塑剤の含有量は、有機高分子成分100質量部に対して、10質量部以上、また50質量部以下であるとよい。
【0065】
含塩素被覆層22は、可塑剤以外の添加剤を、適宜含有してもよい。そのような添加剤としては、上記でジャケット15に添加可能なものとして挙げたのと同様の添加剤を、適用することができる。それら添加剤の含有量は、合計で、有機高分子成分100質量部に対して、30質量部以下であるとよい。
【0066】
(外層による可塑剤および塩素原子の移行の抑制)
通信用電線1において、外層としてのジャケット15は、有機高分子成分が、上記所定の弾性率と成分構成を有することにより、並走電線2の含塩素被覆層22等、接触する含塩素部材から、外層としてのジャケット15および内層としての絶縁被覆13へと、可塑剤および塩素原子が移行するのを、抑制することができる。以下、可塑剤および塩素原子の移行、およびその抑制の現象について説明する。
【0067】
並走電線2の含塩素被覆層22に含有される可塑剤は、高温になると、含塩素被覆層22に接触する通信用電線1のジャケット15へと移行する可能性がある。ジャケット15への可塑剤の移行が起こると、可塑剤はジャケット15の層を内側へと拡散し、さらに信号線10の絶縁被覆13へも移行する可能性がある。可塑剤が高分子材料の組織の中を拡散すると、拡散が起こった箇所に、可塑剤と親和性を有する塩素原子が拡散可能な経路が形成される。すると、可塑剤とともに含塩素被覆層22に含有される塩素原子も、高分子材料の内部に移行することが可能となる。この塩素原子の移行は、塩酸分子(HCl)や塩素分子(Cl2)等、含塩素分子の形態で主に進行すると考えられるが、本明細書においては、それら含塩素分子の形態での移行を含めて、「塩素原子の移行」と称するものとする。塩素原子についても、可塑剤と同様、ジャケット15の層を通過して、信号線10の絶縁被覆13にまで移行が及ぶ場合がある。
【0068】
ジャケット15、あるいはさらに絶縁被覆13において、可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行が起こると、それら塩素原子が、ジャケット15および/または絶縁被覆13に含有される塩化物形成難燃剤と、塩化物を形成する可能性がある。例えば、塩化物形成難燃剤が水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)である場合には、移行してきた含塩素分子との反応により、塩化マグネシウム(MgCl2)が形成されうる。
【0069】
ジャケット15や絶縁被覆13の層に、難燃剤に由来する塩化物が形成されると、その塩化物の存在が、各層を構成する材料の誘電特性の変化等を介して、通信用電線1の通信特性に影響を与える可能性がある。特に、形成された塩化物が、潮解性を有する場合には、通信特性への影響が大きくなりやすい。例えば、水酸化マグネシウムから形成される塩化物である塩化マグネシウムは、潮解性を有する。潮解性を有する塩化物が形成されると、その塩化物が空気中の水分を吸収して水和物を形成し、ジャケット15や絶縁被覆13の層内や表面、あるいはそれらの層に包囲された空間の内部に、水滴や水蒸気を含む雰囲気を形成するものとなる。水滴や水蒸気は、誘電率の上昇等、材料の誘電特性を変化させるものとなり、その結果として、通信用電線1の通信特性に、影響が及ぶ。特に、ジャケット15や絶縁被覆13の層内や、それらの層に包囲された空間に、水滴が局所的に形成されると、その水滴が形成された領域の周辺において、電磁界が局所的に歪むことにより、通信用電線1の通信特性が低下しやすい。難燃剤に由来する塩化物の形成による通信特性への影響は、ジャケット15よりも、導体12に接する絶縁被覆13において、特に大きくなりやすい。
【0070】
しかし、本実施形態にかかる通信用電線1においては、ジャケット15を構成する有機高分子成分が、100MPa以上の引張弾性率を有していること、さらに引張弾性率の異なる2種の有機高分子を含有していることにより、含塩素被覆層22からジャケット15への可塑剤の移行が抑制される。可塑剤の移行が抑制されることにより、有機高分子の組織に、含塩素分子が通過可能な経路が形成されにくくなり、含塩素被覆層22からの塩素原子の移行も抑制される。ジャケット15において、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行が抑制されることで、ジャケット15の内側の絶縁被覆13への可塑剤および塩素原子の移行も、抑制される。
【0071】
有機高分子材料の引張弾性率が高いことは、材料の組織が硬く緻密であり、可塑剤等、外来の分子が通過可能な空間が小さい、また少ないことを意味している。よって、ジャケット15を構成する有機高分子成分が、100MPa以上等、所定の下限以上の弾性率を有することにより、可塑剤が、ジャケット15、またさらに絶縁被覆13へと移行しにくくなっている。
【0072】
さらに、本実施形態においては、ジャケット15を構成する有機高分子材料が、引張弾性率の異なる第一の有機高分子と第二の有機高分子を含んでいる。この場合に、第一の有機高分子の方が、第二の有機高分子よりも、弾性率が低くなっているので、可塑剤がジャケット15の構成材料に侵入するとすれば、第二の有機高分子が構成する組織よりも、第一の有機高分子が構成する組織に侵入しやすい。しかし、第一の有機高分子と、第二の有機高分子とが混合されていることにより、第一の有機高分子の組織の連続性が、第二の有機高分子の組織によって分断されることになり、可塑剤が第一の有機高分子の組織内を拡散して、所定の深さまで達するために、可塑剤が通過しなければならないパスが長くなる。よって、有機高分子材料が、第一の有機高分子のみよりなる場合と比較して、第二の有機高分子と混合されている場合の方が、所定の深さまで可塑剤が侵入するのに長い時間を要するようになり、可塑剤の侵入が起こりにくくなる。さらには、後の実施例に示されるように、第一の有機高分子と第二の有機高分子が混合されていることで、有機高分子成分が単一の材料よりなる形態よりも、有機高分子成分全体として同じ弾性率を有していても、可塑剤の侵入が起こりにくくなる。特に、第一の有機高分子と第二の有機高分子が、ポリマーアロイの状態をとっている場合には、可塑剤の侵入を効果的に抑制することができる。
【0073】
以上のように、ジャケット15を構成する有機高分子成分が、100MPa以上の弾性率を有し、弾性率の異なる第一の有機高分子と第二の有機高分子を含有することにより、ジャケット15の内部への可塑剤の移行、またジャケット15を介した絶縁被覆13への可塑剤の移行を、効果的に抑制することができる。可塑剤の移行が抑制されることで、可塑剤の移行に付随して起こる現象である塩素原子の移行も、効果的に抑制される。ジャケット15や絶縁被覆13への塩素原子の移行が抑制されることで、移行した塩素原子が、塩化物形成難燃剤と反応して塩化物を形成し、通信用電線1の通信特性に影響を与えることが、起こりにくくなる。特に、導体12に接している絶縁被覆13に、塩化物形成難燃剤が含有される場合に、塩素原子の移行に伴う塩化物の形成が起こると、通信用電線1の通信特性への影響が大きくなりがちであるが、ジャケット15によって、絶縁被覆13にまで達する塩素原子の移行を効果的に抑制し、通信用電線1の通信特性への影響を小さく抑えることができる。
【0074】
可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行は、高温環境において起こりやすくなるが、ジャケット15が、可塑剤および塩素原子の移行を抑制することで、通信用電線1およびワイヤーハーネス3を、自動車内において、エンジンの近傍等、高温になる環境でも、高い信頼性をもって使用することが可能となる。例えば、80℃以上、さらには100℃以上になる環境でも、ジャケット15や絶縁被覆13における塩化物の形成および通信特性への影響を、効果的に抑制することができる。なお、自動車内で想定される高温とは、最高でも、おおむね120℃程度であり、それよりも高い温度であれば、可塑剤の移行およびそれに伴う塩素原子の移行が起こっても、通信用電線1およびワイヤーハーネス3を自動車用に用いる限りにおいて、問題はない。さらに、上記で説明したとおり、難燃剤として、塩化物形成難燃剤に加えて、臭素系難燃剤を併用すれば、高温環境でも有機高分子成分の耐久性を高めることができ、その意味でも、通信用電線1およびワイヤーハーネス3が、高温になりうる環境で使用するのに適したものとなる。
【実施例】
【0075】
以下に実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。本実施例において、各特性の評価は、室温、大気中において行っている。
【0076】
[1]塩素原子の移行に伴う変化
最初に、可塑剤および塩素原子の移行に伴って、通信用電線において、含有成分および通信特性がどのように変化するのかを、検証した。
【0077】
[試料の作製]
φ0.172mmの銅合金素線を7本撚り合わせて、導体断面積0.1475mm2の電線導体を作製した。得られた電線導体の外周に、下記の各成分を含有する材料を押し出し、厚さ0.16mmの絶縁被覆を形成した。このようにして得られた絶縁電線を、ピッチ20mmで2本撚り合わせて、信号線を作製した。さらに、信号線の外周に、下記の各成分を含有する材料を押し出して、厚さ0.47mmの中空状のジャケットを形成し、通信用電線を作製した。
【0078】
信号線の絶縁被覆およびジャケットを構成するのに用いた材料は、以下の成分を混練して調製した。試料としては、絶縁被覆およびジャケットに添加する難燃剤として、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を使用する形態と、水酸化マグネシウムのみを使用する形態の2通りのものを準備したが、以下に示した組成は、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を使用する場合についてのものである。難燃剤として水酸化マグネシウムのみを使用する場合については、絶縁被覆、ジャケットとも、下記の組成の臭素系難燃剤の全量を水酸化マグネシウムに置換した。ただし、三酸化アンチモンは添加しないようにした。
(絶縁被覆)
・有機高分子成分:
「ノバテック EC9GD」 37.5質量部 (日本ポリプロ製 ポリプロピレン;引張弾性率 1189MPa)
「ノバテック FY6H」 37.5質量部 (日本ポリプロ製 ポリプロピレン;引張弾性率 1800MPa)
「プライムポリプロ E701G」 12.5質量部 (プライムポリマー製 ポリプロピレン 引張弾性率 1250MPa)
「タフテック M1913」 12.5質量部(旭化成製 SEBS)
・難燃剤:
水酸化マグネシウム 30質量部 (協和化学製「キスマ 5」)
臭素系難燃剤 20質量部 (エチレンビスペンタブロモフェニル アルベマール製「SAYTEX8010」)
・他の添加剤:
三酸化アンチモン 10質量部(山中工業製)
酸化亜鉛 5質量部 (ハクスイテック製 「亜鉛華2種」)
イミダゾール系化合物 5質量部 (2-メルカプトイミダゾール 川口化学工業製 「アンテージMB」)
酸化防止剤 3質量部 (ヒンダードフェノール系酸化防止剤 BASF製「イルガノックス1010」)
金属不活性剤 0.5質量部 (アデカ製「CDA-1」)
(ジャケット)-具体的な製品は、特記しないかぎり、上記絶縁被覆と同じものである。
・有機高分子成分:
「ノバテック EC9GD」 25質量部 (引張弾性率 1189MPa)
「サントプレーン203-40」 30質量部 (ポリオレフィンエラストマー Exxon Mobil製 ;曲げ弾性率80MPa)
「Adfex Q200F」 20質量部 (Lyondel Basell製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 155MPa)
「プライムポリプロ E701G」 12.5質量部 (引張弾性率 1250MPa)
「タフテック M1913」 12.5質量部
・難燃剤:
水酸化マグネシウム 40質量部
臭素系難燃剤 30質量部
・他の添加剤:
三酸化アンチモン 15質量部
酸化亜鉛 5質量部
イミダゾール系化合物 5質量部
酸化防止剤 3質量部
【0079】
さらに、並走電線として、上記と同様の電線導体の外周に、含塩素被覆層を形成した。含塩素被覆層としては、ポリ塩化ビニル100質量部に対して、可塑剤として、トリメリット酸トリノルマルアルキル(花王社製「トリメックス N-08」)を20質量部添加したものを用いた。
【0080】
[評価方法]
上記で形成した通信用電線と並走電線を接触させた集合体を、所定の温度に加熱した状態で、所定時間保持した。加熱温度は、110℃から150℃の範囲で、10℃刻みに設定した。
【0081】
上記集合体を、所定の温度で所定時間保持したものについて、室温に放冷してから、通信用電線に対して、差動モードにおける特性インピーダンスの測定を行った。特性インピーダンスの測定は、LCRメータを用いたオープン/ショート法によって行った。
【0082】
さらに、加熱後の通信用信号電線からジャケットを分離し、ジャケット中の生成物の分析を行った。分析は、ジャケットを凍結粉砕したものに対して、ガスクロマトグラフィーによって行った。また、代表的な試料(難燃剤として水酸化マグネシウムのみを用いた場合について、150℃にて120時間加熱)に対して、通信用電線の断面を走査電子顕微鏡(SEM)によって観察した。
【0083】
[結果]
加熱後の通信用電線のジャケットに対して、生成物の分析を行った結果において、難燃剤として水酸化マグネシウムのみを用いた場合には、加熱温度が130℃以上の時に、塩化マグネシウム(MgCl2)が検出された。また、SEM観察の結果、ジャケットの層内や表面、またジャケットに包囲された空間の中に、微小な水滴に対応づけられる構造が観察された。このことから、通信用電線に含塩素被覆層を有する並走電線を接触させて高温で加熱することで、塩化マグネシウムが生成すること、また、塩化マグネシウムの生成に伴って、ジャケットの層内や表面、またジャケットに包囲された空間に、水が生成することが、明らかになった。これらの現象は、含塩素被覆層と接触した状態でジャケットが加熱されることで、含塩素被覆層からジャケットへと可塑剤が移行し、さらに可塑剤の移行に伴って、塩素原子も含塩素被覆層からジャケットへと移行し、ジャケットに難燃剤として含有される水酸化マグネシウムと反応したことの結果であると、解釈できる。反応によって生成した塩化マグネシウムが、潮解性を有しており、空気中の水分を水和物の形で取り込むことにより、水滴が形成されたものと考えられる。
【0084】
図2A,2Bに、難燃剤として水酸化マグネシウムのみを用いた場合について、各温度で加熱を行った際の、加熱時間の経過に伴う特性インピーダンスおよび塩化マグネシウムの生成量の変化を示す。
図2Aでは、横軸に加熱時間を、縦軸に特性インピーダンスを示している(単位:Ω)。
図2Bでは、横軸に加熱時間を、縦軸に塩化マグネシウムの生成量を示している(単位:質量%)。いずれの測定値についても、データ点とともに、滑らかな多項式でデータ点を近似した近似曲線を、合わせて表示している。
【0085】
まず、
図2Bによると、加熱温度が110℃の場合には、塩化マグネシウムの生成は、検出可能な量では起こっていない。加熱温度120℃でも、塩化物の生成は、ごく少量に留まっている。一方、加熱温度が130℃以上の場合には、多量の塩化マグネシウムが生成している。塩化マグネシウムの生成量は、加熱温度が高くなるほど、また加熱時間が長くなるほど、増大している。なお、上記のように、自動車内で想定される高温とは、最高でも、おおむね120℃程度であり、自動車用に絶縁電線を使用する場合には、加熱温度120℃で塩化物の生成を抑制できれば、十分である。
【0086】
次に、
図2Aの特性インピーダンスの測定値を見ると、上記で塩化マグネシウムの生成が、(ほぼ)起こらなかった110℃および120℃の条件では、少なくとも加熱時間が500時間以内の場合には、特性インピーダンスが、初期値(約95Ω)からほぼ変化していない。加熱時間がおおむね500時間を超えると、特性インピーダンスの上昇が見られるが、その上昇は緩やかなものに抑えられている。一方、加熱温度が130℃以上の場合には、加熱の進行に伴って、特性インピーダンスが低下している。低下の程度は、加熱温度が高いほど、急激になっている。また、特性インピーダンスの低下カーブの形状は、塩化マグネシウムの生成量の上昇カーブの形状と、概ね対応しており、塩化マグネシウムの生成速度が速いほど、特性インピーダンスの低下が激しくなっている。
【0087】
このように、塩化マグネシウムの生成と、特性インピーダンスの低下の間には高い相関性が見られ、塩化マグネシウムの生成が、特性インピーダンスの低下の原因となっていることが分かる。上記のように、高温での可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行によって、塩化マグネシウムが生成し、さらに水和物が形成されると、通信用電線において、ジャケットの誘電率、またジャケットに囲まれた空間の実効誘電率が上昇する。その結果として、通信用電線の特性インピーダンスが低下するものと解釈される。
【0088】
以上は、難燃剤として水酸化マグネシウムのみを使用した形態について説明したが、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を使用した場合についても、同様に130℃に加熱して、塩化マグネシウム生成量を評価している。その結果を、
図2(b)に、合わせて示している(Br系使用(130℃))。これによると、臭素系難燃剤を併用することで、水酸化マグネシウムのみを用いて同じ130℃で加熱を行った場合と比較して、塩化マグネシウムの生成量が、顕著に低減されている。これは、臭素系難燃剤の併用により、水酸化マグネシウムが二次凝集を起こしにくくなり、塩素原子との反応による塩化マグネシウムの生成速度が、遅くなっているものと解釈できる。
【0089】
[2]有機高分子成分の構成と可塑剤の移行
次に、有機高分子成分の引張弾性率および組成と、可塑剤の移行の関係について、調査した。
【0090】
[試料の作製]
以下の各オレフィン系高分子を、1種類のみ用い、あるいは表1に示した配合量(単位:質量%)で2種を混練し、シート材として成形して、試料A1~A7とした。
【0091】
(用いたオレフィン系高分子)
・「Adflex Q100F」:Lyondel Basell製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 113MPa
・「Adflex Q200F」:Lyondel Basell製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 155MPa
・「Adflex Q300F」:Lyondel Basell製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 349MPa
・「タフマー XM-7080」:三井化学製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 394MPa
・「ノバテック EC9GD」:日本ポリプロ製 ポリプロピレン;引張弾性率 1189MPa
・「Newcon NAR6」:日本ポリプロ製 ポリオレフィンエラストマー;引張弾性率 574MPa
・「ノバテック FL6510G」:日本ポリプロ製 ポリプロピレン;引張弾性率 2760MPa
【0092】
[評価方法]
上記で形成した各シート材に対して、JIS K 7161-1:2014に準拠して、引張試験を行い、引張弾性率を評価した。なお、上記で、原料として用いたオレフィン系高分子のそれぞれについて掲載した引張弾性率の値も、同様にして実測したものである(試験[1]でも同様)。
【0093】
上記で作成したシート材の質量を計測したうえで、120℃に加熱した可塑剤液(トリメックス N-08)に浸漬して、4時間、120℃にて放置した。その後、可塑剤液の外に取り出したシート材の表面から、余剰の可塑剤を除去したうえで、シート材の質量を測定した。各シート材について、可塑剤浸漬前の質量をM0、可塑剤浸漬後の質量をM1として、可塑剤吸収率を、(M1-M0)/M0×100%として、算出した。
【0094】
[結果]
表1に、試料A1~A7のそれぞれのシート材の成分組成と、引張弾性率および可塑剤吸収率の計測結果を示す。また、
図3に、引張弾性率と可塑剤吸収率の関係を示す。横軸に可塑剤吸収率を、縦軸に引張弾性率を示し、オレフィン系高分子を1種のみ用いた場合(試料A1~A4)を黒塗りの円で、2種以上のオレフィン系高分子を混合した場合(試料A5~A7)を、白抜きの四角で表示している。図中には、各データ点に対応させて、試料番号も表示している。
【0095】
【0096】
表1によると、試料A5~A7では、2種のオレフィン系高分子を混合することで、材料全体として、それら2種のオレフィン系高分子の引張弾性率の間の値に相当する引張弾性率が得られている。このことから、混合する2種の有機高分子の弾性率およびそれら有機高分子の混合比を適切に選択することで、材料全体としての引張弾性率を調整できることが確認される。
【0097】
図3によると、有機高分子を1種のみ用いた場合(試料A1~A4)についても、2種を混合した場合(試料A5~A7)についても、材料の引張弾性率が高くなるほど、可塑剤の吸収率が低くなる傾向が見られている。この傾向は、有機高分子材料の引張弾性率が高くなり、材料組織が緻密になると、可塑剤が材料中に侵入しにくくなるためであると解釈される。そして、上記試験[1]の含塩素被覆層のように、可塑剤に加えて塩素原子を含有する材料に有機高分子材料を接触させた際には、可塑剤の移行が少ない引張弾性率の高い試料ほど、可塑剤の移行に伴う塩素原子の移行も少なくなると考えられる。
【0098】
さらに、
図3によると、1種のみの有機高分子を用いている試料A1~A4と比較して、2種の有機高分子を用いている試料A5~A7の方が、全体的に、可塑剤吸収率が低くなっていることが分かる。例えば、引張弾性率の値が近くなっている試料A3と試料A5の間、また試料A4と試料A6の間で、可塑剤吸収率をそれぞれ比較すると、試料A5および試料A6において、試料A3および試料A4よりも、可塑剤吸収率が、有意に低くなっている。つまり、引張弾性率の異なる2種の有機高分子を混合することで、1種のみの有機高分子を用いる場合よりも、可塑剤の移行を少なく抑えることができる。この結果は、2種の有機高分子を混合し、微細な材料組織が混在した構造を形成することで、可塑剤が材料内部まで到達するまでに通過しなければならないパスが、長くなることによると、推測される。
【0099】
[3]難燃剤の構成と材料の特性
次に、有機高分子材料に添加する難燃剤の構成と、材料の難燃性および耐熱性との関係について調べた。
【0100】
[試料の作製]
下の表2に示す各材料を、表示した質量比で混練し、シート材として成形して、試料B1~B7にかかる試料とした。この際、「老化防止マスターバッチ」として表示した各成分は、あらかじめ独立してよく混合しておいた状態で、他の成分と混練した。用いた各成分の詳細は、以下に示す。
【0101】
(ベース樹脂)
・PP1:ポリプロピレン 日本ポリプロ製 「ノバテック EC9GD」;引張弾性率 1189MPa
・エラストマー1:ポリオレフィンエラストマー Lyondel Basell製 「Adflex Q200F」;引張弾性率 155MPa
・エラストマー2:ポリオレフィンエラストマー Exxon Mobil製 「サントプレーン 203-40」;曲げ弾性率80MPa
・SEBS:旭化成製 「タフテック M1913」
(老化防止マスターバッチ)
・PP2:ポリプロピレン プライムポリマー製 「プライムポリプロ E701G」
・SEBS:旭化成製 「タフテック M1913」
・酸化亜鉛:ハクスイテック製 「亜鉛華2種」
・イミダゾール系化合物:2-メルカプトイミダゾール 川口化学工業製 「アンテージMB」
(難燃剤)
・水酸化マグネシウム:協和化学製「キスマ 5」
・臭素系難燃剤:エチレンビスペンタブロモフェニル アルベマール製 「SAYTEX 8010」
・三酸化アンチモン:山中工業製
(その他添加剤)
・酸化防止剤:ヒンダードフェノール系酸化防止剤 BASF製 「Irganox 1010FF」
【0102】
[評価方法]
上記で得られた試料B1~B7のそれぞれについて、難燃性および耐熱性の評価を行った。
【0103】
難燃性の評価は、燃焼試験によって行った。試験方法および試験条件は、ISO 6722-1(2011)規格を参考とし、燃焼後から消炎までの時間を基準として、難燃性を評価した。試験において、70秒以内に炎が消え、消火が良好に行われた場合を、難燃性が高い「A」と評価した。一方、70秒以内に炎が消えず、燃焼が継続した場合を、難燃性が低い「B」とした。
【0104】
耐熱性の評価は、耐熱寿命試験によって行った。試料としては、上記試験[1]と同様に、対撚線として構成された信号線の外周にジャケットを設けた通信用電線に、含塩素被覆層を有する並走電線を接触させた集合体として、ワイヤーハーネスを作製した。この際、信号線の絶縁被覆およびジャケットの両方に、試料B1~B7のいずれか1種の組成物を用いて、7種の通信用電線を作製し、それぞれ並走電線とともに、ワイヤーハーネスとした。
【0105】
試験方法および試験条件は、JASO D618 6.9 耐熱試験2に準拠した。上記で作製したワイヤーハーネスの形態の試料を、所定の時間および温度で加熱した(100℃×10,000時間)。その後、ワイヤーハーネスから通信用電線を取り出し、ジャケットを有する通信用電線の状態の試料と、ジャケットを剥離した信号線の状態の試料のそれぞれに対して、自己径マンドレル巻き付けを実施し、導体露出がなければ、耐電圧試験を実施した。耐電圧試験でも導体露出がなかった場合には、さらに、引張試験を実施した。通信用電線の状態と信号線の状態のいずれについても、巻き付け試験および耐電圧試験で、導体露出が起こらなかった場合を、耐熱性が高い「A」と評価した。その中でも、引張試験で測定された伸び率が初期値の1/3以上である場合には、寿命が良好であるものとして、耐熱性が特に高い「A+」と評価した。一方、通信用電線の状態と信号線の状態の少なくとも一方について、巻き付け試験または耐電圧試験で導体露出が見られた場合には、耐熱性が低い「B」と評価した。
【0106】
[評価結果]
表2に、試料B1~B7のそれぞれについて、材料の成分組成と、難燃性および耐熱性の評価結果をまとめる。表2において、成分組成としては、各成分の含有量を、質量部を単位として表示している。全有機高分子成分、つまりベース樹脂の4つの構成成分と、老化防止マスターバッチに含有される2種の有機高分子成分の合計を、100質量部としている。試料B1~B7は、難燃剤に分類されている各成分の含有量において、相互に異なっている。表2においては、比較しやすいように、試料B2の欄を、同じ内容で、2か所設けている。
【0107】
【0108】
表2において、試料B1~B4は、難燃剤のうち、水酸化マグネシウムの含有量において、相互に異なっている。水酸化マグネシウムの含有量が30質量部よりも少ない試料B1においては、難燃性が低くなっているのに対し、水酸化マグネシウムを30質量部以上含有している試料B2~B4では、高い難燃性が得られている。一方、水酸化マグネシウムの含有量が70質量部よりも多い試料B4では、耐熱性が低くなっているのに対し、水酸化マグネシウムの含有量が70質量部以下である試料B1~B3では、高い耐熱性が得られている。特に、水酸化マグネシウムの含有量が50質量部以下である試料B1,B2では、優れた耐熱性が得られている。
【0109】
表2の右側に示した試料B5,B2,B6,B7は、難燃剤のうち、臭素系難燃剤の含有量において、相互に異なっている。臭素系難燃剤の含有量が20質量部よりも少ない試料B5においては、難燃性が低くなっているのに対し、臭素系難燃剤を20質量部以上含有している試料B2,B6,B7では、高い難燃性が得られている。一方、臭素系難燃剤の含有量が60質量部よりも多い試料B7では、耐熱性が低くなっているのに対し、臭素系難燃剤の含有量が60質量部以下である試料B5,B2,B6では、高い耐熱性が得られている。特に、臭素系難燃剤の含有量が40質量部以下である試料B5,B2では、優れた耐熱性が得られている。
【0110】
以上より、通信用電線を構成する高分子組成物の層において、有機高分子成分100質量部に対して、30質量部以上、70質量部以下の水酸化マグネシウムと、20質量部以上、60質量部以下の臭素系難燃剤とを、難燃剤として併用することで、難燃性と耐熱性を、高度に両立できることが分かる。特に、水酸化マグネシウムの含有量を50質量部以下、臭素系難燃剤の含有量を40質量部以下とすれば、特に高い難燃性が得られる。
【0111】
[4]難燃剤の構成と絶縁被覆の厚さ
最後に、通信用電線の絶縁被覆に含有させる難燃剤の構成を変えた際に、所定の特性インピーダンスを得るために規定される絶縁被覆の厚さが、どのように変化するかを調べた。
【0112】
[試料の作製]
φ0.172mmの銅合金素線を7本撚り合わせて、導体断面積0.1475mm2の電線導体を作製した。得られた電線導体の外周に、上記試験[1]で絶縁被覆の形成に用いたのと同じ材料を押し出して、絶縁被覆を形成した。このようにして得られた絶縁電線を、ピッチ20mmで2本撚り合わせて、信号線を作製した。さらに、信号線の外周に、上記試験[3]で作製した試料B2にかかる材料を押し出して、厚さ0.47mmの中空状のジャケットを形成し、通信用電線を作製した。この際、絶縁被覆の厚さを異ならせて、複数の試料を作製した。
【0113】
さらに、比較用に、難燃剤として、臭素系難燃剤を含有せず、水酸化マグネシウムのみを、有機高分子成分100質量部に対して150質量部含有する材料を用いて、絶縁被覆を形成して、同様の通信用電線を作製した。絶縁被覆を構成する有機高分子成分および難燃剤以外の添加剤の種類および含有量、また各部の寸法等は、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用した上記の場合と同じにした。ただし、三酸化アンチモンは添加しないようにした。
【0114】
[評価方法]
上記で作製した、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を含有する場合と、水酸化マグネシウムのみを含有する場合のそれぞれについて、絶縁被覆の厚さを異ならせた各試料に対して、差動モードにおける特性インピーダンスを計測した。特性インピーダンスの測定は、LCRメータを用いたオープン/ショート法によって行った。
【0115】
[結果]
図4に、難燃剤として水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を含有する場合(Mg(OH)
2+Br系)と、水酸化マグネシウムのみを含有する場合(Mg(OH)
2のみ)について、絶縁被覆の厚さと特性インピーダンスの関係を示す。横軸に絶縁被覆の厚さを、縦軸に特性インピーダンスを示している。
【0116】
図4によると、それぞれの難燃剤を用いた場合において、絶縁被覆の厚さが大きくなるほど、特性インピーダンスが高くなっている。また、難燃剤として、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用することで、水酸化マグネシウムのみを用いる場合と比較して、絶縁被覆の厚さが同じであれば、特性インピーダンスが高くなっている。この結果は、水酸化マグネシウムよりも臭素系難燃剤の方が低い誘電率を有することに対応づけることができる。
【0117】
このことは、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用することで、水酸化マグネシウムのみを難燃剤として用いる場合と比較して、絶縁被覆を薄く形成しても、所定の高水準の特性インピーダンスが得られることを意味している。
図4によると、特性インピーダンスを100Ωとするためには、水酸化マグネシウムのみを難燃剤として用いる場合には、絶縁被覆の厚さを0.18mmとする必要があるのに対し、水酸化マグネシウムと臭素系難燃剤を併用する場合には、絶縁被覆の厚さは、0.16mmで足りる。このように、難燃剤の配合に応じて、絶縁被覆の厚さを適切に設定することで、所望の特性インピーダンスを得ることができる。
【0118】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0119】
1 通信用電線
10 信号線
11 絶縁電線
12 導体
13 絶縁被覆(内層)
15 ジャケット(外層)
2 並走電線
21 導体
22 含塩素被覆層
3 ワイヤーハーネス