(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】アルブミン分析方法及びアルブミン分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20231114BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20231114BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20231114BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20231114BHJP
C07K 14/76 20060101ALN20231114BHJP
C07K 1/20 20060101ALN20231114BHJP
【FI】
G01N30/88 J
G01N30/06 E
G01N30/86 J
G01N33/68
C07K14/76
C07K1/20
(21)【出願番号】P 2020083375
(22)【出願日】2020-05-11
【審査請求日】2022-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】502054196
【氏名又は名称】学校法人武蔵野大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 英一
(72)【発明者】
【氏名】早川 禎宏
(72)【発明者】
【氏名】今井 一洋
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-058278(JP,A)
【文献】国際公開第2007/013679(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/056146(WO,A2)
【文献】特開平06-050953(JP,A)
【文献】特表2006-528339(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00-30/96
B01J 20/281-20/292
C07K 14/76
C07K 1/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィにより目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離し
、アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量する第1の測定ステップと、
目的試料中の還元型アルブミンを
DAABD-Cl(4-[2-(ジメチルアミノ)エチルアミノスルホニル]-7-クロロ-2,1,3-ベンゾオキサジアゾール)を用いて選択的に蛍光標識して蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量する第2の測定ステップと、
前記第1の測定ステップ及び前記第2の測定ステップで得られた定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算ステップと、
を実行することを特徴とするアルブミン分析方法。
【請求項2】
前記逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィの実行に先立って目的試料中の還元型アルブミンを選択的に蛍光標識し
、そのあと前記逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィによりアルブミンと他の成分とを分離し、該アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光と前記蛍光標識に用いられた物質による蛍光とをそれぞれ検出することにより、前記第1の測定ステップと前記第2の測定ステップとを実質的に同時に実行する、請求項1に記載のアルブミン分析方法。
【請求項3】
前記特定のアミノ酸残基は、チロシン、トリプトファン、又はフェニルアラニンのうちの少なくともいずれか一つである、請求項1
又は2に記載のアルブミン分析方法。
【請求項4】
目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離する逆相カラムと、該逆相カラムからの溶出液中のアルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による第1の蛍光、及び、該溶出液中の還元型アルブミンの蛍光標識に用いられた
DAABD-Cl(4-[2-(ジメチルアミノ)エチルアミノスルホニル]-7-クロロ-2,1,3-ベンゾオキサジアゾール)による第2の蛍光、をそれぞれ検出する検出器と、を有する液体クロマトグラフ部と、
前記第1の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量するとともに、前記第2の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量し、それら定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算処理部と、
を備えるアルブミン分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の一つであるアルブミンの分析方法及び分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アルブミンは、血中タンパク質の50~70%を占める、分子量が約66,000のタンパク質である。アルブミンは合計で35個のシステイン(Cys)残基を有しているが、そのうちN末端から34番目に位置するCys残基(Cys34)だけがフリーの(遊離チオール(SH)基を有する)状態であり、それ以外のCys残基は全て分子内でジスルフィド(S-S)結合を形成している。Cys34のSH基にいかなる物質も結合していないアルブミンを還元型アルブミンという。一方、Cys34のSH基は血液中のグルタチオンやフリーアミノ酸であるシステインなどと共有結合を形成することがあり、こうしたアルブミンを酸化型アルブミンという。
【0003】
これまでの様々な研究によって、ヒト血清中のアルブミン(ヒト血清アルブミン)における酸化型/還元型比(「アルブミン酸化度」とも呼ばれる)は、加齢によって増加すること、さらには、様々な病態や疾患と相関関係を有すること、などが明らかになってきている。そのため、ヒト血清アルブミンの酸化型/還元型比は特定の疾病の診断用マーカーや予後マーカーとして利用可能であると考えられ、これを臨床的に応用する研究が進められている。また、腎臓疾患などでは尿中のアルブミンが増加するため、尿中のアルブミンを利用した疾患の早期発見なども期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】エラ(Era S)、ほか、「ファーザー・スタディーズ・オン・ザ・リゾリューション・オブ・ニューマン・メルカプト-アンド・ノンメルカプトアルブミン・アンド・オン・ヒューマン・セラム・アルブミン・イン・ジ・エルダリ・バイ・ハイ-パフォーマンス・リキッド・クロマトグラフィ(Further studies on the resolution of human mercapt- and nonmercaptalbumin and on human serum albumin in the elderly by high-performance liquid chromatography)」、インターナショナル・ジャーナル・オブ・ペプタイド・プロテイン・リサーチ(International journal of peptide and protein research)、1988年、Vol.31、No.5、pp.435-442
【文献】曽我美 勝(M. Sogami)、ほか4名、「リゾリューション・オブ・ヒューマン・メルカプト-アンド・ノンメルカプトアルブミン・バイ・ハイ-パフォーマンス・リキッド・クロマトグラフィ(Resolution of Human Mercapt-and Nonmercaptalbumin by High-performance Liquid Chromatography)」、インターナショナル・ジャーナル・オブ・ペプタイド・プロテイン・リサーチ(International journal of peptide and protein research)、1984年、Vol.24、pp.96-103
【文献】フンク(Funk W.)、ほか5名、「エンリッチメント・オブ・システイニル・アダクツ・オブ・ヒューマン・セラム・アルブミン(Enrichment of cysteinyl adducts of human serum albumin)」、アナリティカル・バイオケミストリ(Analytical Biochemistry)、2010年、Vol.400、No.1、pp.61-68
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来一般に、還元型アルブミンと酸化型アルブミンとの分離には、イオン交換カラムを用いた液体クロマトグラフィ(LC)が利用され、カラムで分離されたアルブミンの検出には紫外可視分光検出器(UV-VIS検出器)が利用されている(非特許文献1、2参照)。この方法では、還元型と酸化型とを分離して定量することができるため、その結果から酸化型/還元型比を求めることができる。
【0006】
しかしながら、イオン交換カラムを用いたLC分離では、ピークが比較的ブロードであるため、他の成分が存在する場合に該成分のピークが重なり易く、正確な定量に支障をきたすおそれがある。また、この方法では検出感度が比較的低いため、酸化型、還元型の一方又は両方の含有量が微量である場合に、定量精度が低下したり検出できなかったりすることがある。
【0007】
一方、酸化型アルブミンを比較的正確に定量する方法としては、低濃度のDTT(Dithiothreitol)を酸化型アルブミンのCys34の結合に作用させることにより、酸化型アルブミンを還元型アルブミンに転換させる方法が知られている(非特許文献3参照)。DTT処理無しの場合とDTT処理有りの場合とでそれぞれ還元型アルブミンを定量し、その差から酸化型アルブミンの絶対量を計算することができ、その結果に基づいて酸化型/還元型比を求めることもできる。
【0008】
しかしながら、この方法ではDTTの濃度等の処理条件を適切に設定しないと、酸化型Cys34の全てが必ずしも還元型に転換しない可能性がある、DTTがCys34以外のCys残基に作用してしまうなど、酸化型から還元型への転換が適切に行われないおそれがある。そのため、分析作業が煩雑であり、例えばスクリーニングなどの効率や低コストが要求される用途には適さない。
【0009】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、酸化型アルブミン及び還元型アルブミンの検出感度や定量精度を向上させることにより、アルブミンが微量であっても酸化型/還元型比を精度良く求めることができるアルブミン分析方法及び分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様によるアルブミン分析方法は、
逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィにより目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離したうえで、アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量する第1の測定ステップと、
目的試料中の還元型アルブミンを選択的に蛍光標識して蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量する第2の測定ステップと、
前記第1の測定ステップ及び前記第2の測定ステップで得られた定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算ステップと、
を実行するものである。
【0011】
また上記課題を解決するためになされた本発明の一態様によるアルブミン分析装置は、
目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離する逆相カラムと、該逆相カラムからの溶出液中のアルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による第1の蛍光、及び、該溶出液中の還元型アルブミンの蛍光標識に用いられた物質による第2の蛍光、をそれぞれ検出する検出器と、を有する液体クロマトグラフ部と、
前記第1の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量するとともに、前記第2の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量し、それら定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算処理部と、
を備えるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によるアルブミン分析方法及び分析装置では、アルブミンと他の成分(タンパク質など)との分離に、イオン交換カラムではなく逆相カラムによる液体クロマトグラフィを用いる。逆相カラムを用いることでアルブミンと他の成分との分離性が良好になり、他の成分の重なりの影響を軽減することができる。イオン交換カラムとは異なり逆相カラムでは、還元型アルブミンと酸化型アルブミンとを分離することは難しいが、本発明ではその必要はない。
【0013】
また、逆相カラムによる液体クロマトグラフィで他の成分と時間的に分離されたアルブミンの検出には、紫外可視分光検出器ではなく、アルブミンに含まれる特定のアミノ酸による自然蛍光に対する蛍光検出を利用する。タンパク質を構成するアミノ酸の中には比較的強い自然蛍光を発するものがあり、アルブミンにもこれらのアミノ酸が含まれているため、この蛍光を検出することで、従来よりも高い感度で以てアルブミンを検出することができる。これにより、目的試料中のアルブミンの総量を高い感度で且つ他の成分の影響を殆ど受けずに算出することができる。
【0014】
上述したように逆相カラムによる液体クロマトグラフフィでは還元型アルブミンと酸化型アルブミンとの分離は難しい。そこで本発明では、還元型アルブミンを選択的に蛍光標識する物質を用いた標識処理を目的試料に対して行い、その物質による蛍光を検出することによって還元型アルブミンの絶対量を算出する。この還元型アルブミンの定量結果とアルブミンの総量の定量結果とから酸化型アルブミンの総量を求め、さらに目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を精度良く計算することができる。
【0015】
本発明の上記態様によるアルブミン分析方法及び分析装置によれば、目的試料に含まれるアルブミンの量が少ない場合であっても酸化型/還元型比を精度良く算出することができる。また、上述したDTT処理のような煩雑な処理条件の設定が必要である試料前処理が不要であるため、簡便であり効率的に分析作業を行うことができる。また本発明の上記態様によるアルブミン分析装置によれば、目的試料に対する1回の液体クロマトグラフ分析において、目的試料中のアルブミン全量の定量と還元型アルブミンの定量との両方を実施するので、分析に要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るアルブミン分析方法の一実施形態の原理説明図。
【
図2】本発明の一実施形態であるアルブミン分析装置の概略構成図。
【
図3】従来のイオン交換カラム及び蛍光検出器を用いた液体クロマトグラフで含アルブミン試料を分析して得られたクロマトグラムを示す図。
【
図4】本実施形態のアルブミン分析装置で含アルブミン試料を分析して得られた、蛍光標識物質の蛍光強度に基づくクロマトグラムを示す図。
【
図5】本実施形態のアルブミン分析装置で含アルブミン試料を分析して得られた、自然蛍光の蛍光強度に基づくクロマトグラムを示す図。
【
図6】本実施形態のアルブミン分析装置において、DAABD修飾がある場合とない場合とのクロマトグラム波形の比較を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るアルブミン分析方法及びアルブミン分析装置の一実施形態を、添付図面を参照して説明する。
【0018】
[本実施形態によるアルブミン分析方法の原理説明]
図1は、本実施形態によるアルブミン分析方法の原理説明図である。ここでは、被検者の血液(血清)の又は尿を試料とし、該試料中のアルブミンを分析する場合を想定している。本実施形態のアルブミン分析方法では、大別して、目的試料中のアルブミン全量の定量を行うための測定と、該目的試料中の還元型アルブミンの定量を行うための測定との、二つの測定を実施する。但し、後で詳しく述べるが、この二つの測定は必ずしも2回の測定を意味するものではなく、目的試料に対する1回の測定により二つの測定を実質的に同時に行うこともできる。
【0019】
目的試料中のアルブミン全量の定量を行うための測定は、逆相カラムを用いたLCによるアルブミンと他の成分(試料中の夾雑成分)との分離と、アルブミンに含まれる特定のアミノ酸による自然蛍光を対象とした蛍光検出との組合せにより実施される。
【0020】
上述したように従来のアルブミン分析方法では、イオン交換カラムを用いたLCが利用されていた。イオン交換カラムを用いたLCでは酸化型アルブミンと還元型アルブミンとを分離することが可能であるものの、それら各アルブミンに対応するピークはかなりブロードである。そのため、保持時間が近い夾雑成分(例えば別のタンパク質)が存在した場合、そうした夾雑成分がアルブミンと重なって溶出する可能性がある。これに対し、逆相カラムを用いたLCでは酸化型アルブミンと還元型アルブミンとを分離することは難しいが、それらアルブミンに対応するピークはイオン交換カラムを用いた場合に比べてかなりシャープになる。したがって、保持時間がアルブミンに近い夾雑成分が存在した場合であっても、そうした夾雑成分とアルブミンとを的確に分離することができる。また、ピーク幅が狭くなるに伴いピーク高さが大きくなるので、感度の向上を図ることができる。
【0021】
また、従来のアルブミン分析方法ではアルブミンの検出に紫外可視分光検出器が用いられていたが、本願発明者は、紫外可視分光検出器に比べて、アルブミンに含まれるアミノ酸に由来する自然蛍光を利用した蛍光検出のほうが高い感度が得られることを実験的に見いだした。一般的に、タンパク質分子では3種類の芳香族アミノ酸を蛍光プローブとして利用可能であることが知られているが、アルブミンでは、このうち、トリプトファン残基(励起波長295nm→蛍光波長340nm)とチロシン残基(励起波長280nm→蛍光波長340nm)に由来する自然蛍光が有益である。特にアルブミン1分子は、トリプトファン残基は1個しか含まないものの、チロシン残基は18個含む。したがって、それぞれのアミノ酸の蛍光強度の合計で考えるとチロシンのほうが有益であり、実験的にもチロシン由来の蛍光の方が感度よく検出できることが確認できた。
【0022】
図3は、イオン交換カラムと自然蛍光による蛍光検出とを組み合わせたLCを用い、アルブミンを含む試料を分析して得られたクロマトグラムを示す図である。還元型アルブミンと酸化型アルブミンとは十分に分離されているものの、各ピークはかなりブロードであることが分かる。
【0023】
図4は、逆相カラムを用いたLCを用い、アルブミンを含む試料を分析して得られたクロマトグラムを示す図である。逆相カラムを用いることで、アルブミン由来のピークがシャープに観測されていることが分かる。但し、紫外可視分光検出器を用いて検出した場合には、ベースラインが全体的に高いうえに大きなドリフトが発生し、その影響もあってピークが低くなる。これに対し、蛍光検出を行うことにより、ベースラインが下がって安定になり、ピークも高くなる。本発明者らの実験によれば、イオン交換カラムを用いたLCから逆相カラムを用いたLCに変更することで、その感度は約200倍程度改善される。また、紫外可視分光検出から蛍光検出に変更することで、その感度は約4倍改善される。このように、本実施形態のアルブミン分析方法では、逆相カラムによるLC分離とアルブミンに含まれるアミノ酸由来の自然蛍光を対象とする蛍光検出との組合せによって、従来方法に比べて十分に高い感度で以てアルブミン全量の定量が行える。
【0024】
図5は、紫外可視分光検出器による検出、チロシン由来の自然蛍光に対する蛍光検出、及び、トリプトファン由来の自然蛍光に対する蛍光検出によるクロマトグラムを示す図である。この実験結果から、上述したように、検出感度の点では、トリプトファンに比べてチロシンを利用したほうが有利であることが分かる。
【0025】
一方、上述したように逆相カラムによるLC分離では還元型と酸化型との分離は難しい(不可能ではないものの、分離のための条件設定はかなり困難である)ため、クロマトグラフィによる分離ではなく、還元型Cysにのみ反応する蛍光試薬を用いて還元型アルブミンのみ検出することで、還元型アルブミンと酸化型アルブミンとを検出上で分離するようにした。蛍光試薬としては、本発明者の一人である今井一洋が個人として開発し製品化されているDAABD-Cl(励起波長395nm→蛍光波長505nm)を用いることができる。DAABD-Clは還元型アルブミンとのみ反応し酸化型アルブミンとは反応しないので、蛍光標識された還元型アルブミンを蛍光検出することで、還元型アルブミンを高い感度で定量することができる。もちろん、DAABD-Clに限らず、還元型アルブミンとのみ反応する、より詳しくは、フリー状態であるCys34のSH基に特異的に結合する蛍光標識物質であれば利用可能である。
【0026】
目的試料中のアルブミンの全量(酸化型+還元型)の絶対量、及び同目的試料中の還元型アルブミンの絶対量が判明すれば、前者から後者を差し引くことで目的試料中の酸化型アルブミンの絶対量が計算できる。したがって、その計算結果からさらに、目的試料におけるアルブミンの還元型/酸化型比を算出することができる。
【0027】
上述した二つの測定にはいずれも蛍光検出が用いられるが、自然蛍光の検出にチロシン、トリプトファンのいずれが利用される場合でも、DAABD標識された還元型アルブミンの検出とは励起光、蛍光の波長が相違する。そこで、DAABD修飾されたことによる、チロシンやトリプトファンの蛍光強度への影響を実験的に調べた。
【0028】
図6は、DAABD修飾の有無によるピーク形状の比較の実測例を示す図であり、
図6(b)は
図6(a)の時間軸拡大図である。図中、+DAABDはDAABD修飾あり、-DAABDはDAABD修飾なしを示し、FR395>505nmはDAABDの蛍光検出、FR280>340nmはチロシンの蛍光検出、FR295>340nmはトリプトファンの蛍光検出を示している。なお、この実験において、試料はヒト血清アルブミン(HSA)の標準品(1mM)である。
【0029】
各ピークのピーク面積を算出してDAABD修飾の有無によるピーク面積の変化を調べたところ、チロシンの蛍光検出ではDAABD修飾を行うとDAABD修飾なしに対してピーク面積は103.15%であった。一方、トリプトファンの蛍光検出ではDAABD修飾を行うとDAABD修飾なしに対してピーク面積は112.61%であった。即ち、チロシンの蛍光検出に比べてトリプトファンの蛍光検出のほうが、DAABD修飾による影響を大きく受けていることが判明した。一方、チロシンの蛍光検出ではDAABD修飾による影響が殆ど見られないことも判明した。このことは、2波長以上の蛍光を同時に検出できる検出器を用いて、DAABD修飾由来の蛍光による還元型アルブミンの検出とチロシン由来の蛍光によるアルブミン全体の検出とを同時に実行することが可能であることを意味している。つまり、上述した二つの測定は実質的に1回のLC分析で同時に実行可能である。
【0030】
上述したように、アルブミン全体の検出にチロシン由来の蛍光を利用する場合には、DAABD修飾による影響を実質的に考慮する必要はないものの、アルブミンの定量をより高い精度で行いたい場合にはDAABD修飾による影響(ピーク面積の増大)を補正する演算処理を実施してもよい。また、このようなDAABD修飾による影響を補正する演算処理を実行するのであれば、アルブミン全体の検出にトリプトファン由来の蛍光を利用しても構わない。このように1回のLC分析に対して2波長の同時検出を行うことで、アルブミン全量の定量と還元型アルブミンのみの定量とを並行して行えば、分析に要する時間や手間を軽減して効率的な解析が可能である。
【0031】
[本実施形態のアルブミン分析装置の構成及び動作]
図2は、上述したアルブミン分析方法を実施するためのアルブミン分析装置の一実施形態の概略構成図である。
【0032】
このアルブミン分析装置は、液体クロマトグラフ部10、データ処理部20、及び、表示部30、を含む。液体クロマトグラフ部10は、移動相が貯留されている移動相容器11、移動相容器11から移動相を吸引して送給するポンプ12、移動相中に試料を注入するインジェクタ13、逆相カラム14、カラム14を一定温度に維持するカラムオーブン15、及び、二波長同時検出が可能な蛍光検出器16、を含む。データ処理部20は、機能ブロックとして、データ格納部21、クロマトグラム作成部22、ピーク検出部23、定量演算部24、及び、還元型/酸化型比計算部25、を含む。
【0033】
一般に、データ処理部20の実体はパーソナルコンピュータ又はより高性能なワークステーションと呼ばれるコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされたデータ処理用ソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることで上記各機能ブロックの機能が実現されるものとすることができる。
【0034】
蛍光検出器16の励起波長及び蛍光波長は、アルブミン中のチロシンによる自然蛍光を検出可能である励起波長:280nm、蛍光波長:340nmと、還元型アルブミンの蛍光標識に用いられるDAABDによる蛍光を検出可能である励起波長:395nm、蛍光波長:505nmに設定される。
【0035】
液体クロマトグラフ部10で分析対象となる試料は、アルブミンを含有する目的試料に対しDAABD-Cl反応処理が施されたものである。この反応処理によって、試料中の還元型アルブミンのみがDAABD標識される。ポンプ12は移動相を一定流速で逆相カラム14に供給する。所定のタイミングでインジェクタ13から目的試料が移動相中に注入され、移動相に押されて目的試料は逆相カラム14に導入される。目的試料中のアルブミンは酸化型、還元型を問わず、逆相カラム14を通過する間に他の成分(別のタンパク質など)と時間方向に分離されて逆相カラム14の出口から溶出する。
【0036】
蛍光検出器16では上述した二つの蛍光波長を同時に検出し、それぞれの蛍光強度に応じた検出データをデータ処理部20へ送る。即ち、目的試料中のアルブミン全体の絶対量を反映した検出データと、同じ目的試料中の還元型アルブミンのみの絶対量を反映した検出データとが並行してデータ処理部20へ送られ、データ格納部21に一旦保存される。クロマトグラム作成部22はデータ格納部21に保存された2系統の検出データに基づいて、それぞれクロマトグラムを作成する。このクロマトグラムの作成処理は、LC分析が終了する前でも実施することができる。
【0037】
アルブミンがカラム出口から溶出する時間は移動相流速などのLC分離条件に応じて概ね分かっているから、ピーク検出部23はそのアルブミンの溶出時間の前後の所定の時間範囲で二つのクロマトグラムに対しそれぞれピーク検出を行う。そして、アルブミン全体に由来するピークと還元型アルブミンに由来するピークとを検出し、それぞれピーク面積(又はピーク高さ)を計算する。定量演算部24は、予め作成してある検量線(アルブミン全量用検量線、及び還元型アルブミン用検量線)を参照して、ピーク面積(又はピーク高さ)からアルブミン全体の絶対量及び還元型アルブミンの絶対量を算出する。
【0038】
還元型/酸化型比計算部25は、アルブミン全体の絶対量から還元型アルブミンの絶対量を差し引くことで、酸化型アルブミンの絶対量を求める。そして、還元型アルブミンの絶対量と酸化型アルブミンの絶対量とから還元型/酸化型比を計算し、それら絶対量の算出結果とともに表示部30に出力する。これにより、目的試料に含まれるアルブミンの還元型/酸化型比や絶対量などの情報をユーザに提示することができる。
【0039】
なお、上述したように、ピーク面積から定量を行う際には、DAABD修飾があることの影響を補正する処理を行ってもよい。また、蛍光検出器16においてアルブミン中のチロシンによる自然蛍光を検出する代わりに、トリプトファンによる自然蛍光を検出可能であるように励起波長及び蛍光波長を設定してもよい。さらにまた、3波長同時検出な可能な蛍光検出器16を用い、トリプトファンによる自然蛍光の検出とチロシンによる自然蛍光の検出とをともに行うようにして、その両方の検出データに基づいてアルブミン全体の絶対量を求めるようにしてもよい。
【0040】
また、蛍光検出器16では複数の波長の蛍光を同時に検出することが好ましいが、複数の蛍光波長を順次切り替えて各蛍光を検出するものであってもよい。
【0041】
以上のようにして本実施形態のアルブミン分析装置によれば、目的試料に対して1回のLC分析を実施し、そのLC分析で得られたデータに基づくデータ処理を実行することにより、目的試料中のアルブミンの還元型/酸化型比や各アルブミンの絶対量などを高い精度で得ることができる。また、上述したようにアルブミン全体及び還元型アルブミンの検出感度は高いので、従来方法では分析ができないような、目的試料に含まれるアルブミンの絶対量が少ない場合であっても、還元型/酸化型比を良好に算出することができる。
【0042】
なお、上記実施形態は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0043】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0044】
(第1項)本発明に係るアルブミン分析方法の一態様は、
逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィにより目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離したうえで、アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量する第1の測定ステップと、
目的試料中の還元型アルブミンを選択的に蛍光標識して蛍光を検出し、その検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量する第2の測定ステップと、
前記第1の測定ステップ及び前記第2の測定ステップで得られた定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算ステップと、
を実行するものである。
【0045】
(第5項)本発明に係るアルブミン分析装置の一態様は、
目的試料中のアルブミンと他の成分とを分離する逆相カラムと、該逆相カラムからの溶出液中のアルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による第1の蛍光、及び、該溶出液中の還元型アルブミンの蛍光標識に用いられた物質による第2の蛍光、をそれぞれ検出する検出器と、を有する液体クロマトグラフ部と、
前記第1の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中のアルブミンを定量するとともに、前記第2の蛍光の検出結果に基づいて目的試料中の還元型アルブミンを定量し、それら定量結果に基づいて、目的試料中のアルブミンの酸化型/還元型比を算出する演算処理部と、
を備えるものである。
【0046】
第1項に記載のアルブミン分析方法及び第5項に記載のアルブミン分析装置によれば、分析対象である試料に含まれるアルブミンの量が少ない場合であっても酸化型/還元型比を精度良く算出することができる。また、DTT処理のような煩雑な処理条件の設定が必要である試料前処理が不要であるので、簡便であり効率的に分析作業を行うことができる。また特に第5項に記載のアルブミン分析装置によれば、目的試料に対する1回の液体クロマトグラフ分析において、目的試料中のアルブミン全量の定量と還元型アルブミンの定量との両方を実施するので、分析に要する時間を短縮することができる。
【0047】
(第2項)第1項に記載のアルブミン分析方法では、還元型アルブミンを選択的に蛍光標識したうえで前記逆相カラムを用いた液体クロマトグラフィによりアルブミンと他の成分とを分離し、該アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光と前記蛍光標識に用いられた物質による蛍光とをそれぞれ検出することにより、前記第1の測定ステップと前記第2の測定ステップとを実質的に同時に実行するものとすることができる。
【0048】
アルブミンに含まれる特定のアミノ酸残基による蛍光の検出と、蛍光標識に用いられた物質による蛍光の検出とは同時に実施されてもよいし、波長の切替えにより交互に実施されてもよい。この第2項に記載のアルブミン分析方法によれば、目的試料に対する1回の液体クロマトグラフ分析において、目的試料中のアルブミン全量の定量と還元型アルブミンの定量との両方が実施されるので、分析に要する時間を短縮することができるし、分析作業に掛かる手間も軽減することができる。
【0049】
(第3項)第1項又は第2項に記載のアルブミン分析方法において、前記蛍光標識は、DAABD-Clを用いたものとすることができる。
【0050】
第3項に記載のアルブミン分析方法によれば、還元型アルブミンを高い感度で以て検出することができる。
【0051】
(第4項)第1項~第3項のうちのいずれか1項に記載のアルブミン分析方法において、前記特定のアミノ酸残基は、チロシン、トリプトファン、又はフェニルアラニンのうちの少なくともいずれか一つであるものとすることができる。特に、アルブミンはチロシンを多く含むため、チロシンによる自然蛍光を利用すると検出感度を高めるうえで有利である。
【符号の説明】
【0052】
10…液体クロマトグラフ部
11…移動相容器
12…ポンプ
13…インジェクタ
14…逆相カラム
15…カラムオーブン
16…蛍光検出器
20…データ処理部
21…データ格納部
22…クロマトグラム作成部
23…ピーク検出部
24…定量演算部
25…還元型/酸化型比計算部
30…表示部