(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】癌治療効果の有効性を予測する方法、予測装置及び予測プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20231114BHJP
C12Q 1/06 20060101ALN20231114BHJP
【FI】
G01N33/68
C12Q1/06
(21)【出願番号】P 2020143512
(22)【出願日】2020-08-27
【審査請求日】2022-06-30
(73)【特許権者】
【識別番号】304028726
【氏名又は名称】国立大学法人 大分大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塚本 善之
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0071933(US,A1)
【文献】国際公開第2009/096196(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02602622(EP,A1)
【文献】ISABEL Sanchez-Perez et al.,Lack of c-Jun activity increases survival to cisplatin,FEBS Lett,1999年06月18日,Vol.453,No.1-2 ,Page.151-158,doi: 10.1016/s0014-5793(99)00690-0.,PMID: 10403393
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C12Q 1/06
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較する工程
を含み、
前記被検値が前記基準値よりも高い場合に、前記白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示唆し、
前記白金抗癌剤がシスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン及びネダプラチンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記癌が胃癌または食道癌である、
白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する
ための方法。
【請求項2】
白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するための、リン酸化c-Junのバイオマーカーとしての使用
、
ここで、前記白金抗癌剤はシスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン及びネダプラチンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記癌は胃癌または食道癌である。
【請求項3】
処理部を備える、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測する装置であって、
該処理部は、
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を取得し、
取得した被検値を、基準値と比較し、
該被検値が該基準値よりも高い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示すラベルを出力する、及び/または、
該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いことを示すラベルを出力する、
予測装置
、
ここで、前記白金抗癌剤はシスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン及びネダプラチンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記癌は胃癌または食道癌である。
【請求項4】
白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測プログラムであって、
該プログラムはコンピュータにおいて実行され、
該プログラムは、
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を取得するステップと、
取得した被検値を、基準値と比較するステップと、
該被検値が該基準値よりも高い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示すラベルを出力するステップ、及び/または、
該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いことを示すラベルを出力するステップと
を含む、予測プログラム
、
ここで、前記白金抗癌剤はシスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン及びネダプラチンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記癌は胃癌または食道癌である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
癌治療効果の有効性を予測する方法予測装置及び予測プログラム等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、保険診療の一つとして抗悪性腫瘍剤感受性検査があり、該検査にはCD-DST法(Collagen Gel Droplet Embedded Culture Drug Sensitivity Test)とHDRA法(Histoculture Drug Response Assey)がある。該検査で主に実施されているCD-DST法は、癌患者から手術等により腫瘍組織を取り出し、該組織を酵素処理し、得られた細胞をコラーゲンゲルドロップに包埋して培養し、次いで、抗癌剤を添加し、その後、無血清培地で7日間培養し、ニュートラルレッド染色によりコラーゲンゲルドロップ内の生細胞を染色し、その映像をビデオマイクロスコープにより撮影入力し、画像解析装置により、コラーゲンゲルドロップ内の癌細胞のみの細胞数を測定する方法である。CD-DST法は、このようにして得られる抗癌剤処理群と非処理群の相対増殖比により、抗癌剤の癌治療効果を予測する方法である。
【0003】
しかし、前記方法では、内視鏡的な少量の生検採取による予測が困難であり、従って、前記方法は、主に手術時の外科的切除によって大きな腫瘍組織を摘出した際に行われる。このため、前記検査は、手術後の補助化学療法における抗癌効果の有効性予測のために用いられており、むしろ薬物療法が中心となる、手術前の薬物療法である術前化学療法や、進行して手術不適応にとなった患者への薬物療法においてはほとんど実施されていない。このことから、前記検査は様々な癌種に適応できるものの広く活用できないという実情があり、例えば2017年統計によると、日本国内で1年間に行われた該検査数は僅か312件とであったとも報告されている。また、政府統計の総合窓口e-Statで社会医療診療行為別統計の2017年調査結果からキーワード「抗悪性腫瘍剤感受性検査」として検索すると42個のファイルが残り、各ファイル中の「抗悪性腫瘍剤感受性検査」の実施回数を全て足すと該検査数は312回となる(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】政府統計の総合窓口e-Statで社会医療診療行為別統計の2017年調査結果からキーワード「抗悪性腫瘍剤感受性検査」とした検索結果(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&query=%E6%8A%97%E6%82%AA%E6%80%A7%E8%85%AB%E7%98%8D%E5%89%A4%E6%84%9F%E5%8F%97%E6%80%A7&layout=dataset&toukei=00450048&tstat=000001029602&year=20170&metadata=0&data=1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測できる新たな方法等の提供を目的とする。
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を重ねていたところ、癌細胞に白金抗癌剤を接触させた場合、細胞中のリン酸化c-Jun量と細胞の生存率との間に相関性があり、白金抗癌剤との接触によりc-Junのリン酸化が亢進した細胞において生存率が低いことを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成されたものである。すなわち、本開示は、次に掲げる発明を包含する。
項1.(1)生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較する工程、
を含む、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する方法。
項2.(2)前記被検値が前記基準値よりも高い場合に、前記白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定する工程を更に含む、項1に記載の方法。
項3.前記工程(1)に先立って、(3)癌細胞と白金抗癌剤とを生体外で接触させる工程を更に含む、項1または2に記載の方法。
項4.前記白金抗癌剤が、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン及びネダプラチンからなる群より選択される少なくとも1種である、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5.白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するための、リン酸化c-Junのバイオマーカーとしての使用。
項6.処理部を備える、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測する装置であって、
該処理部は、
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を取得し、
取得した被検値を、基準値と比較し、
該被検値が該基準値よりも高い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示すラベルを出力する、及び/または、
該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いことを示すラベルを出力する、
予測装置。
項7.白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測プログラムであって、
該プログラムはコンピュータにおいて実行され、
該プログラムは、
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を取得するステップと、
取得した被検値を、基準値と比較するステップと、
該被検値が該基準値よりも高い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示すラベルを出力するステップ、及び/または、
該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いことを示すラベルを出力するステップと
を含む、予測プログラム。
【発明の効果】
【0007】
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較することにより、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測システム100の概観図の一例を示す。
【
図2】白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測装置10のブロック図の一例を示す。
【
図3】白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測プログラムの処理の一例を示す。
【
図4】(A)は癌細胞生存解析の結果を示し、(B)はリン酸化c-Jun発現評価の結果を示す。
【
図5】(A)は癌細胞生存解析の結果を示し、(B)はリン酸化c-Jun発現評価の結果を示す。
【
図6】シスプラチン処理による、リン酸化c-Junの誘導化と細胞生存率との相関を示す。
【
図7】(A)は術前化学療法の治療治効果を示し、(B)はリン酸化c-Jun発現評価の結果を示す。
【
図8】蛍光顕微鏡観察下でのリン酸化c-Jun発現の比較結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示に包含される実施形態について、さらに詳細に説明する。
1.白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する方法
本開示に包含される白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する方法(以下、予測方法と記載する場合がある)は、(1)生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較する工程を含む。
【0010】
白金抗癌剤は、従来公知の白金抗癌剤であれば制限されず、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン、ネダプラチン等が例示され、好ましくはシスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチンが例示され、より好ましくはシスプラチンが例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0011】
リン酸化c-Junは、c-Junがリン酸化されたタンパク質であり、c-JunのN末端活性化ドメインに存在する63番目または73番目のセリン残基がリン酸化された公知のタンパク質である。
【0012】
対象とする癌の種類は制限されず、食道癌、胃癌、大腸癌(結腸癌、直腸癌)、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、前立腺癌等の上皮性腫瘍が例示され、好ましくは食道癌、胃癌、大腸癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌等が例示される。これらの1種を対象としてもよく、2種以上を対象としてもよい。
【0013】
このことから、本開示において癌細胞は、前記癌種の癌細胞が例示される。癌細胞は、この限りにおいて制限されず、被検体から採取した癌細胞、従来公知の癌細胞株等が例示される。癌細胞は1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。被検体としては、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性予測が必要な被検体であれば制限されず、癌に罹患している被検体、罹患している可能性が高い被検体等が例示され、好ましくは癌に罹患している被検体が例示される。被検体としては、ヒト;サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット等のヒト以外の哺乳動物が例示され、好ましくはヒトである。
【0014】
被検体から癌細胞を得る手順は制限されず、例えば、被検体から外科的切除により採取された腫瘍組織、内視鏡的切除により採取された腫瘍組織、被検体から採取された体液(血液、膵液、胆汁、胸水、腹水、尿等)等から癌細胞を取得すればよい。腫瘍組織から癌細胞を取得する手順は、従来公知であり、腫瘍組織から細胞や細胞塊を取得する酵素処理、各種の培養処理(培地中での培養、ゲルマトリックスへの包埋等)等の本分野で公知の方法に従えばよい。本開示を制限するものではないが、例えば後述の実施例やこれに従う方法により行うことができる。
【0015】
本開示の方法によれば、従来公知の予測法である、多くの腫瘍組織(例えば500mg程度)を必要とするCD-DST法とは異なって、少量の腫瘍組織(例えば15mg程度)を被検体から採取した場合であっても、該腫瘍細胞から得た細胞中のリン酸化c-Jun量を指標として、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測できる。このことから、本開示の方法は、所謂外科的切除等による大きな腫瘍組織から癌細胞を得ることは必ずしも必須ではなく、むしろ、被検体の苦痛等を軽減する観点から、内視鏡的切除等により得た少量の腫瘍組織から得た癌細胞を用いることにより効果を予測できる点で利点を有するともいえる。
【0016】
本開示において、「生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)」と「対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)」とを比較することにより、前者の、白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)が、後者の、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)に対して、多いか否か(高いか否か)を決定できる。該比較が可能である限り、前記被検値と基準値との比較は如何なる手段により行ってもよく、また、該比較においては、リン酸化c-Jun量を定量してもよいが、多いか否かを決定できる限り、必ずしも定量しなくてもよく、相対的に比較してもよい。本開示において、対照癌細胞は、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞を意味し、すなわち、基準値は、白金抗癌剤と接触させていない以外は被検値と同様にして得た癌細胞におけるリン酸化c-Jun量を意味する。
【0017】
該比較が可能である限り、前記被検値は、細胞免疫染色法、ウエスタンブロッティングといった免疫染色法等の従来公知の方法を用いて、また、必要に応じてプレートリーダー、自動ウエスタンブロッティング装置、顕微鏡(蛍光顕微鏡等)、画像解析装置(GE Healthcare社製In Cell Imaging等)等を用いて、適宜測定及び/または決定等すればよい。また、前記基準値は、通常、前記被検値と同じ方法等を用いて測定及び/または決定等すればよい。なお、本開示を制限するものではないが、例えば、被検値や基準値を把握するにあたり任意の抗リン酸化c-Jun抗体を用いてもよく、該抗体としてはモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体等のいずれであってもよく、好ましくはモノクローナル抗体が例示される。
【0018】
被検値と基準値とを比較し、被検値が基準値よりも高い場合に、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定される。また、被検値が基準値と同じか低い場合に、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いと決定される。従って、本開示の方法は、このように決定する工程を更に含んでもよい。
【0019】
また、本開示の方法は、この限りにおいて制限されず、白金抗癌剤と癌細胞との接触条件等にもよるが、例えば、後述の試験例2の接触、測定条件に従うと、白金抗癌剤と接触させた癌細胞におけるリン酸化c-Jun量が、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞におけるリン酸化c-Jun量に対して、2倍以上、3倍以上、好ましくは4倍以上、5倍以上、6倍以上、6.5倍以上の場合に、特に、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定することができるともいえる。このことから、本開示の方法を制限するものではないが、白金抗癌剤の癌治療有効性を予測するにあたり、例えば被検値が基準値よりも高いことを条件とした任意のカットオフ値を設けてもよい。例えば、被検値が基準値よりも高い(すなわち、白金抗癌剤と接触させた癌細胞におけるリン酸化c-Jun量が、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞におけるリン酸化c-Jun量の1倍を超える)ことをカットオフ値としてもよく、この場合、カットオフ値以上の場合は白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定され、カットオフ値未満の場合は白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いと決定されるといえる。白金抗癌剤と接触させた癌細胞におけるリン酸化c-Jun量が、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞におけるリン酸化c-Jun量の2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、6.5倍以上といった値をカットオフ値としてもよく、この場合も同様にして決定されるといえる。
【0020】
白金抗癌剤と癌細胞との接触は、これらが接触する限りその手順は制限されないが、白金抗癌剤と癌細胞とを該癌細胞を培養可能な培地(細胞培養培地)の存在下で接触させることが好ましく例示される。また、該接触は、二次元培養下で行ってもよく、三次元培養下で行ってもよい。二次元培養、三次元培養は本分野に従う通常の意味である。また、この限りにおいて本開示は制限されないが、例えば、癌細胞(腫瘍組織)を採取した被検体に対する白金抗癌剤の癌治療効果の有効性予測を予測する場合等は、該接触は三次元培養下で行うことが好ましく例示される。三次元培養下での接触として、好ましくは、癌細胞を、ゲルマトリックス及び細胞培養培地の存在下で、白金抗癌剤と接触させることが例示される。細胞培養培地は適宜選択すればよく、癌種や使用する細胞等に応じて適宜決定すればよい。
【0021】
本発明を制限するものではないが、ゲルマトリックスとして用いられる基材としては、従来公知のゲルマトリックスを用いればよく、本開示を制限するものではないが、タンパク質、多糖類、合成ポリマーハイドロゲル、ペプチドハイドロゲル等を含むものが例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは2種以上を組み合わせて使用される。
【0022】
本開示を制限するものではないが、例えば前記成分の一例を説明すると、タンパク質としては、ラミニン、コラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン等の哺乳類組織の細胞外マトリックスに含まれるものが例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。コラーゲンとしては、I、II、III、IV型のコラーゲンが例示され、好ましくはI、III、IV型コラーゲン、より好ましくはI、IV型コラーゲンが例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0023】
本開示を制限するものではないが、例えば前記成分の一例として説明すると、多糖類としては、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、デキストラン、アルギン酸、ヒアルロン酸等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。ヘパラン硫酸プロテオグリカンをゲルマトリックスの基材として使用する場合、本開示を制限するものではないが、ヘパラン硫酸プロテオグリカンは、ラミニン、コラーゲン及び/またはエンタクチン(ニドゲン)等と組み合わせて使用することがより好ましい。
【0024】
ゲルマトリックスは、市販のものを使用してもよく、例えば、マトリゲルTMマトリックス(CorningTM)、Collagen I, rat tail(ThermoFisher)等が例示される。例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、エンタクチン(ニドゲン)及びヘパラン硫酸プロテオグリカンを含む点で、マトリゲルTMマトリックス(CorningTM)が好ましく例示される。ここで、TMは商標を意味する。
【0025】
白金抗癌剤と癌細胞との接触は、前述の通り、これらが接触する限り制限されず、本開示を制限するものではないが、これらの接触開始時、細胞培養培地1mLあたり癌細胞1×102~1×107cellsを白金抗癌剤と共存させることにより行うことが例示される。また、癌細胞数は制限されないが、これらの接触開始時、細胞培養培地1mLあたり、癌細胞が好ましくは1×103~5×106cells、5×103~1×106cells、5×103~5×105cells等が例示される。
【0026】
また、該接触を三次元培養下で行う場合は、更にゲルマトリックス等を用いればよく、この限りにおいて制限されないが、前記接触開始時、細胞培養培地1mLあたり更にゲルマトリックスを0.03~0.5mL、好ましくは0.05~0.3mL、より好ましくは0.1~0.2mLで共存させることが例示される。
【0027】
接触時の白金抗癌剤の量も制限されず、適宜決定すればよいが、白金抗癌剤の量は、前記接触開始時の終濃度として0.05μM~150μMが例示され、好ましくは0.1~100μM、より好ましくは1~50μMが例示される。
【0028】
該接触は、例えばガラスボトムプレート、マルチウェルプレート、シャーレ等のマイクロプレートをはじめとする従来公知の細胞培養用プレート、シャーレ等を用いて行うことが例示される。接触開始時の混合物量は、前記接触が実施可能な限り制限されず、使用する細胞培養用プレート、シャーレ等に応じて適宜決定すればよい。
【0029】
接触温度、時間は、本開示の効果が得られる限り制限されないが、通常、30~42℃で1~48時間が例示され、好ましくは35~38℃、また、好ましくは3~30時間が例示される。また、該接触は、生体外、すなわちin vitroで実施される。このことから、前記方法において被検体から採取した癌細胞を用いる場合、前記「生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)」は、例えば、「被検体から採取され、白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)」と言い換えることができる。
【0030】
このことから、本開示の方法は、前記工程(1)に先立って、癌細胞と白金抗癌剤とを生体外で接触させる工程を更に含んでもよい。このようにして前記(1)に記載する「生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞」を調製することができる。また、前記(1)に記載する「対照癌細胞」は、白金抗癌剤と接触させていない以外は「生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞」と同様にして調製することができる。このことから、前記(1)に記載する「対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)」は「白金抗癌剤と接触させていない癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)」と言い換えることができる。
【0031】
白金抗癌剤と接触させていない癌細胞(対照細胞)よりも、白金抗癌剤と接触させた癌細胞においてリン酸化c-Jun量が高い場合、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定されることから、リン酸化c-Junは、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するためのバイオマーカーといえる。
【0032】
本開示の方法によれば、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測することができる。また、本開示の方法によれば、従来公知の多くの腫瘍組織を必要とするCD-DST法とは異なって、少量の腫瘍組織からでも、細胞中のリン酸化c-Jun量を指標として、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測できる。従って、本開示の方法は、患者等の苦痛やリスク等を軽減することができる。
【0033】
また、今日、抗悪性腫瘍剤感受性検査において主にCD-DST法が利用されているものの、CD-DST法では外科的切除等による腫瘍組織の取得が必要であったことから、内視鏡的切除等により少量の腫瘍組織を取得してもCD-DST法による予測は行うことができず、従って、CD-DST法は、手術前の薬物療法である術前化学療法や、再発、転移、進行等により手術不適応にとなった患者への薬物療法等には実質的に実用化されていなかった。本開示の方法は、内視鏡的切除等による少量の腫瘍組織であっても、該組織から得られる癌細胞を用いてその予測を行うことができるため、従来、CD-DST法の適用が難しかった術前化学療法や、再発、転移、進行等により手術不適応にとなった患者への薬物療法等における、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性予測にも有用である。
【0034】
また、前述の通り、リン酸化c-Junは白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するためのバイオマーカーといえることから、例えば、リン酸化c-Junは、リン酸化c-Jun量を指標とした新規白金抗癌剤のスクリーニングにも使用することができる。本開示を制限するものではないが、スクリーニングについてより具体的には、例えば、候補白金抗癌剤と癌細胞とを接触させて、該候補白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較する工程を含む、白金抗癌剤のスクリーニング方法が挙げられる。この場合、該被検値と該基準値とを比較し、被検値が基準値よりも高い場合に、前記候補白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す(白金抗癌剤として有用である)可能性が高いと決定される。また、該被検値が該基準値と同じか低い場合に、前記候補白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いと決定される。該スクリーニング方法は、該比較工程に先立って、癌細胞と候補白金抗癌剤とを接触させる工程を更に含んでもよい。該スクリーニング方法において、癌細胞、接触、リン酸化c-Jun量、対照癌細胞、比較、決定等については前記予測方法の説明を適用できる。
【0035】
また、細胞の種類によって薬剤に対する感受性の有無等は様々である。このため、特に、新規(候補)白金抗癌剤の評価を行うにあたっては、その効果を適切に評価可能な癌細胞(例えば適切な癌細胞株)を選択することは重要である。このことから、前記バイオマーカーは、例えば、リン酸化c-Jun量を指標とした新規白金抗癌剤の抗癌評価(抗癌効果の評価)に適切な癌細胞の選択にも使用することができる。適切な細胞を選択することにより、新規白金抗癌剤の抗癌評価を一層正確に行うことができる。
【0036】
本開示を制限するものではないが、該選択についてより具体的には、例えば、前記予測方法と同様の工程を含む癌細胞の選択方法が挙げられ、すなわち、生体外で白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)と、対照癌細胞中のリン酸化c-Jun量(基準値)とを比較する工程を含む、白金抗癌剤の抗癌評価に使用可能な癌細胞を選択する方法が挙げられる。前記予測方法と同様の工程を実施し、被検値と基準値とを比較し、被検値が基準値よりも高い場合に、該癌細胞は白金抗癌剤に対して感受性を有すると決定される。そうすると、これに基づいて、該癌細胞は新規白金抗癌剤の抗癌評価(抗癌効果の評価)に有用であると決定される。なお、該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該癌細胞は白金抗癌剤に対して感受性を有しないと決定される。該選択に使用される白金抗癌剤は如何なる白金抗癌剤であってもよいが、好ましくは既に抗癌効果が確認されている白金抗癌剤を用いることが例示される。既に抗癌効果が確認されている白金抗癌剤を用いることにより、癌細胞の白金抗癌剤に対する感受性の有無の決定が一層容易になり、これに伴い、新規白金抗癌剤の抗癌評価のための癌細胞の選択が一層容易になる。該選択方法は、前記比較工程に先立って、癌細胞と白金抗癌剤とを接触させる工程を更に含んでもよい。該選択方法においても、癌細胞、接触、リン酸化c-Jun量、対照癌細胞、比較、決定等については前記予測方法の説明を適用できる。
【0037】
2.白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測装置等
2.1 白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測装置等の構成
本開示はまた、処理部を備える、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測装置であって、該処理部は、
白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を取得し、
取得した被検値を、基準値と比較し、
該被検値が該基準値よりも高い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いことを示すラベルを出力する、及び/または、
該被検値が該基準値と同じか低い場合に、該白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いことを示すラベルを出力する、
予測装置を包含する。
【0038】
このことから、本開示は、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測する装置10、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するシステム100を包含する。
【0039】
本開示を制限するものではないが、
図1は、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測するためのシステム100(以下、予測システム100)の概観図の一例であり、予測システム100は、一実施態様として、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性を予測する装置10(以下、予測装置)を備えており、また、例えば分析装置1000を備えていてもよい。
【0040】
図2は、予測装置10のハードウェアのブロック図の一例を示す。予測装置10は、入力部111と、出力部112とに接続されていてもよく、また、記憶媒体113とに接続されていてもよい。
【0041】
図2の予測装置10において、処理部11と、主記憶部12と、ROM(read only memory)13と、補助記憶部14と、通信インタフェース(I/F)15と、入力インタフェース(I/F)16と、出力インタフェース(I/F)17と、メディアインターフェース(I/F)18は、バス19によって互いにデータ通信可能に接続されている。主記憶部12と補助記憶部14とを合わせて、単に記憶部と呼ぶこともある。記憶部は、前記被検値や基準値を揮発性にまたは不揮発性に記憶する。
【0042】
処理部11は、予測装置10のCPUである。処理部11は、GPUと協働してもよい。処理部11が、補助記憶部14またはROM13に記憶されているオペレーションシステム(OS)14aと協働して予測プログラム14bを実行し、取得されるデータの処理を行うことにより、コンピュータが予測装置10として機能する。
【0043】
ROM13は、マスクROM、PROM、EPROM、EEPROM等によって構成され、処理部11により実行される予測プログラム14b及びこれに用いるデータが記録されている。処理部11はMPUとしてもよい。ROM13は、予測装置10の起動時に、処理部11によって実行されるブートプログラムや予測装置10のハードウェアの動作に関連するプログラムや設定を記憶する。
【0044】
主記憶部12は、SRAMまたはDRAM等のRAM(Random access memory)によって構成される。主記憶部12は、ROM13及び補助記憶部14に記録されている予測プログラム14bの読み出しに用いられる。また、主記憶部12は、処理部11がこれらの予測プログラム14bを実行するときの作業領域として利用される。
【0045】
補助記憶部14は、ハードディスク、フラッシュメモリ等の半導体メモリ素子、光ディスク等によって構成される。補助記憶部14には、オペレーティングシステム及び後述する予測プログラム等のアプリケーションプログラム等と、処理部11に予測プログラム14bを実行させるための各種設定データが記憶されており、基準値等が不揮発性に記憶されていてもよい。
【0046】
通信I/F15は、例えば、USB、IEEE1394、RS-232C等のシリアルインタフェース、SCSI、IDE、IEEE1284等のパラレルインタフェース、D/A変換器、A/D変換器等のアナログインタフェース、ネットワークインタフェースコントローラ(Network interface controller:NIC)等によって構成される。通信I/F15は、処理部11の制御下で、必要に応じて分析装置1000からのデータ、更に必要に応じて他の外部機器からのデータを受信し、必要に応じて予測装置10が保存または生成する情報を、分析装置1000または外部に送信または表示する。通信I/F15は、ネットワークを介して分析装置1000または他の外部機器と通信を行ってもよい。
【0047】
入力I/F16は、例えば、USB、IEEE1394、RS-232C等のシリアルインタフェース、SCSI、IDE、IEEE1284等のパラレルインタフェース、D/A変換器、A/D変換器等のアナログインタフェース等によって構成される。入力I/F16は、入力部111から文字入力、クリック、音声入力等を受け付ける。受け付けた入力内容は、主記憶部12または補助記憶部14に記憶される。
【0048】
入力部111は、タッチパネル、キーボード、マウス、ペンタブレット、マイク等から構成され、予測装置10に文字入力または音声入力等を行う。入力部111は、予測装置10の外部から接続されてもよく、予測装置10と一体となっていていてもよい。
【0049】
出力I/F17は、例えば入力I/F16と同様のインタフェースによって構成される。出力I/F17は、処理部11が生成した情報を出力部112に出力する。出力I/F17は、処理部11が生成し、補助記憶部14に記憶した情報を、出力部112に出力する。出力部112は、例えばディスプレイ、プリンター等によって構成され、分析装置1000から送信される結果、予測装置10における各種操作ウインドウ、予測結果等を表示する。
【0050】
メディアI/F18は、記憶媒体113に記憶された例えばアプリケーションソフト等を読み出す。読み出されたアプリケーションソフト等は、主記憶部12または補助記憶部14に記憶される。また、メディアI/F18は、処理部11が生成した情報を記憶媒体113に書き込む。また、メディアI/F18は、処理部11が生成し、補助記憶部14に記憶した情報を、記憶媒体113に書き込む。
【0051】
記憶媒体113は、例えばフレキシブルディスク、CD-ROM、DVD-ROM等で構成される。記憶媒体113は、例えばフレキシブルディスクドライブ、CD-ROMドライブ、DVD-ROMドライブ等によってメディアI/F18と接続される。記憶媒体113には、コンピュータがオペレーションを実行するためのアプリケーションプログラム等が格納されていてもよい。
【0052】
処理部11は、予測装置10の制御に必要なアプリケーションソフトや各種設定を、ROM13または補助記憶部14からの読み出しに代えて、ネットワークを介して取得してもよい。前記アプリケーションプログラムがネットワーク上のサーバコンピュータの補助記憶部内に格納されており、このサーバコンピュータに予測装置10がアクセスして、予測プログラム14bをダウンロードし、これをROM13または補助記憶部14に記憶することも可能である。
【0053】
また、ROM13または補助記憶部14には、例えば米国マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)等のグラフィカルユーザインタフェース環境を提供するオペレーションシステムがインストールされていてもよい。また、一実施形態としてアプリケーションプログラムは前記オペレーティングシステム上で動作するものであってもよい。すなわち、予測装置10は、パーソナルコンピュータ等であり得る。
【0054】
予測システム100は一カ所に設置されている必要はなく、例えば予測装置10と分析装置1000とが別所に配置され、これらがネットワーク等で接続されていてもよい。また、予測装置10は、入力部111や出力部112を省略した操作者を必要としない装置であってもよい。
【0055】
分析装置1000は、白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量(被検値)を測定及び/または決定等するための装置であり、例えばマイクロプレートリーダー、自動ウエスタンブロッティング装置、顕微鏡(蛍光顕微鏡等)、画像解析装置(GE Healthcare社製In Cell Imaging等)等が挙げられる。分析装置1000から得られる、白金抗癌剤と接触させた癌細胞中のリン酸化c-Jun量に基づいたデータ(シグナル)は例えば予測装置10に送信される。このことから、分析装置1000には、例えば、白金抗癌剤と接触させた癌細胞や、該癌細胞を用いて染色処理等することにより得た産物を備えたウェルプレート、ゲル等が更にセットされていてもよい。分析装置1000から予測装置10に送信されるデータは、リン酸化c-Jun量の定量値であってもよいが、必ずしも定量値でなくてもよく、癌細胞中のリン酸化c-Jun量を反映する値であってもよい。
【0056】
予測装置10は、分析装置1000からのデータを、通常、演算処理可能なデジタルデータとして取得する。予測装置10と分析装置1000とは有線または無線によって接続されている。このように取得されたデータと、基準値に関するデータとを比較することにより、被検値が基準値よりも高いか否かを比較する。
【0057】
基準値は、例えば、予測装置10の記憶部に予め記憶されている値であってもよく、また、癌細胞を白金抗癌剤と接触させていない以外は前記被検値と同様にして分析装置1000を介して取得したものであってもよく、または、オペレータが、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞中のリン酸化c-Jun量またはこれを反映する値を入力し、この入力を基準値として取得したものであってもよく、あるいは、インターネット等を介して予測装置10に取得した値であってもよい。基準値は、被検値を取得する分析装置1000と同一の分析装置から得てもよく、被検値を取得する分析装置1000とは別の分析装置(例えば分析装置1000a、図中に図示せず)から得てもよい。ここで、被検値、基準値等は、前記「1.白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する方法」における説明が援用される。また、被検値、基準値との比較は、好ましくは後述の予測プログラムに従い行うことが例示される。
【0058】
2.2 白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測プログラムの処理
図3に、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性の予測プログラム(以下、予測プログラム)の処理のフローチャートの一例を示す。
【0059】
予測装置10(コンピュータともいう)の処理部11は、オペレータが入力部111から処理開始の入力を行うことにより、白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測するための処理を開始する。ステップS11において、処理部11は、分析装置1000から、癌細胞中のリン酸化c-Jun量またはこれを反映する値を被検値として取得する。または、オペレータが、癌細胞中のリン酸化c-Jun量またはこれを反映する値を入力部111から入力し、処理部11がこの入力を被検値として取得してもよい。
【0060】
次に、処理部11は、ステップS12において、癌細胞中のリン酸化c-Jun量に関する基準値と、ステップS11で取得した被検値とを比較する。基準値は、予め記憶部に記憶されている基準値であってもよいが、癌細胞を白金抗癌剤と接触させていない以外は前記被検値と同様にして分析装置1000を介して取得したものであってもよく、または、オペレータが、白金抗癌剤と接触させていない癌細胞中のリン酸化c-Jun量またはこれを反映する値を入力し、この入力を基準値として取得したものであってもよい。
【0061】
処理部11は、ステップS13において、被検値が基準値よりも高い場合に、ステップS14(YES)に進み、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと決定し、決定結果を示すラベルを出力部112に出力する(ステップS16)。また、ステップS13において、被検値が該基準値と同じか低い場合に、ステップS15(NO)に進み、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が低いと決定し、決定結果を示すラベルを出力部112に出力する(ステップS16)。該ラベルは、このように癌治療に有効性を示す可能性が高いか否かを把握できる限り制限されず、例えば、×、〇、感嘆符等のマークにより示されるものであってもよい。ここで、被検値、基準値、これらの取得手順、これらの比較、被検値が基準値よりも高いか低いかの判定等は、前記「1.白金抗癌剤による癌治療効果の有効性を予測する方法」における説明が援用される。また、該プログラムは、処理部11に実行させるものであれば、例えば、
図2に記載するように予測装置10の補助記憶部14bに予め保存されていてもよく、または、コンピュータを介して該プログラムを取得し、補助記憶部14bに保存して使用されるものであってもよい。
【0062】
2.3 予測プログラムを格納する記憶媒体
本開示は更に、前述の、ステップS11~S16の処理をコンピュータに実行させる、予測プログラム14bを含む。また、本開示は、その一実施形態として、該予測プログラム14bを記憶した、記憶媒体等のプログラム製品を含む。すなわち、該予測プログラム14bは、ハードディスク、フラッシュメモリ等の半導体メモリ素子、光ディスク等の記憶媒体に格納され得る。また、記憶媒体はサーバ装置等のコンピュータであってもよい。記憶媒体への予測プログラムの記録形式は、例えば前記予測装置10等がプログラムを読み取り可能である限り制限されない。また、予測プログラムの記憶媒体への記録は、揮発性、不揮発性を問わないが、不揮発性であることが好ましい。
【0063】
また、前記2.1~2.3に記載する各説明は、前述のスクリーニングや癌細胞の選択にも適宜適用することもできる。
【0064】
2.4 白金抗癌剤による癌治療方法
本開示において、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いか否かに応じて、白金抗癌剤による癌治療を決定することができる。例えば、白金抗癌剤が癌の治療に有効性を示す可能性が高いと予測される場合は、被検体に白金抗癌剤による癌治療を行うことが好ましく例示される。該癌治療においては、白金抗癌剤のみによる治療を行ってもよく、白金抗癌剤と他の抗癌剤とを組み合わせて治療を行ってもよく、また、白金抗癌剤と抗癌剤投与以外の他の抗癌治療とを組み合わせて治療を行ってもよい。本開示を制限するものではないが、例えば、白金抗癌剤以外の抗癌剤としては、アルキル化薬(シクロホスファミド、ニムスチン等のニトロソウレア類等)、代謝拮抗剤(フルオロウラシル、シタラビン等)、トポイソメラーゼ阻害剤(イリノテカン、エトポシド等)、抗癌性抗生物質(ブレオマイシン、ドキソルビシン等)、微小管作用薬(ドセタキセル等)等が例示される。
【実施例】
【0065】
以下、例を示して本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されない。
【0066】
試験例1
癌細胞の調製
従来公知の方法に従い、本試験例に用いる癌細胞を調製した。具体的には、10%FCS-RPMI1640培地(10%牛胎児血清と1% Penicilin Streptmycin(ThermoFisher Cat# 15140122)とを添加したRPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute)(Sigma Cat# R8758))10mLを入れた直径10cmの細胞培養用プレートにおいて、
図4に示す20種の各胃癌細胞株を接着または非接着の状態で培養した。
【0067】
次いで、非接着性の細胞(細胞株58As9、SNU620)については、このように培養して得た培養物1mLを採取し、これを、別の直径10cmの細胞培養用プレートにおいて10%FCS-RPMI1640培地9mLと混合した。接着性の細胞(58As9、SNU620以外の細胞株)については、このようにして得た培養物から培地を吸引後、残存した培地を洗浄するために1×PBS(Phosphate Buffered Saline; NaCl 9000mg/mL, KH2PO4 144mg/mL, Na2HPO4 421mg/mL, pH7.1~7.7)5mLをシャーレに添加し、次いでPBSを吸引し、酵素処理(トリプシン1mL)にて細胞同士の接着や細胞とプレートとの接着を剥がし、その後、得られた混合物1mLを採取し、これを、直径10cmの細胞培養用プレートにおいて10%FCS-RPMI1640培地9mLと混合した。
【0068】
癌細胞生存解析
前述のようにして得た各胃癌細胞液を、37℃、96時間後にサブコンフルエントになるように、96ウェルプレートの各ウェルへそれぞれ播種した(1ウェルあたり約800~7000cellsを播種)。37℃、播種24時間後にシスプラチン(終濃度5μM、商品名シスプラチン点滴静注液、ファイザー社製)または同量の生理食塩水(0.9% weight/volume 塩化ナトリウム、Mock)を各ウェルに入れた。37℃、72時間後に、CellTiter 96(登録商標)AQueous One Solution Cell Proliferation Assay kit(Promega社製)を使用手順に従い用いて試薬をウェルに添加し、反応させ、プレートリーダー(型番51119350、Thermo Fisher社製)を用いて生細胞数を決定し、Mockに対するシスプラチン処理群の細胞生存率(Mockにおける細胞生存率を100%とした場合のシスプラチン処理群の細胞生存率)を算出した。
【0069】
白金抗癌剤との接触及びリン酸化c-Jun発現評価
前述のようにして得た各胃癌細株液を、直径10cmの細胞培養用プレートへ播種し(約5×104~3×105cells/mL)、37℃、24時間後に、白金抗癌剤としてシスプラチン(終濃度5μMまたは10μM)または生理食塩水(Mock)を入れた。次いで、37℃、24時間後に細胞を1×PBSで洗浄し、300~500μLの0.1%SDS-RIPA(0.1% w/v SDS; 40 mM HEPES-NaOH, pH 7.4; 1% v/v Nonidet P-40, NP40; 0.5% w/v sodium deoxycholate; 150 mM NaCl; 1 mM phenylmethylsulfonyl fluoride; 10 mM sodium pyrophosphate; 10 mM sodium fluoride; 4 mM EDTA; and 2 mM sodium vanadate)で細胞のタンパク質ライセートを回収した。
【0070】
ライセート中のタンパク質濃度をDC Protein Assay Kit (Promega社)を用いて測定し、20μgずつ10%SDS-PAGEゲルで電気泳動を行った。
【0071】
ゲル中のタンパク質をPVDFメンブレンン(ミリポア社製)へトランスファーし、ブロックエース(株式会社ケーエーシー製)で処理した後、ハイブリバッグ内で4℃一晩、0.1%Tween入りTBS(TBST)で希釈した一次抗体と反応させた。一次抗体はc-Junの63番目のセリンリン酸化を認識する抗体(Cell Signaling Technology社製、ウサギモノクローナル抗体Cat#2361、クローン名54B3(Phospho-c-Jun (Ser63) (54B3) Rabbit mAb #2361)、1000倍希釈)またはβアクチンを認識する抗体(SantaCruz社製、sc-47778、4000倍希釈)を使用した。
【0072】
TBSTで、室温(18~26℃)、10分3回洗浄した後、メンブレンを二次抗体(一次抗体がp-c-JunのときはHRP修飾抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製, Cat#111-035-144)、βアクチンのときはHRP修飾抗マウスIgG抗体(Cappel社製, Cat#55550))と反応させた。
【0073】
次いで、TBSTで、室温、10分3回洗浄した後、メンブレンを発色試薬で処理し(ECL Western Blotting Detection Reagents, GE Healthcare社製, Cat#RPN2106)、化学発光をAmersham Hyperfilm(GE Healthcare #28906837)を用いて検出した。
【0074】
結果
結果を
図4に示す。
図4中、(A)は癌細胞生存解析の結果を示し、(B)はリン酸化c-Jun発現評価の結果を示す。
【0075】
図4の(A)から明らかなように、細胞株によりシスプラチンに対する感受性が異なり、特に細胞株MUGC3、44As3、SUN601、58As9、MKN1、TNK1、SH101-P4の7種では、Mockに対する細胞生存率が40%以下という高い感受性を示した。また、
図4の(B)から明らかなように、シスプラチンに対する感受性が高かった、すなわち、細胞生存率が低かった前記7種において、シスプラチンの濃度依存的に細胞中のリン酸化c-Junの発現亢進が認められた。
【0076】
このように、シスプラチンに対して細胞生存率が低い細胞株では、シスプラチンにより細胞中のリン酸化c-Junの発現が亢進された。このことから、リン酸化c-Junの発現亢進は、白金抗癌剤であるシスプラチンの治療効果の指標となることが確認され、リン酸化c-Junの発現が高い細胞では、シスプラチンによる癌治療効果が高いことが理解できる。
【0077】
試験例2
癌組織から癌細胞の調製
従来公知の方法を参考にして、以下の手順に従い、癌組織から癌細胞を調製した。具体的には、次の手順に従い癌細胞を調製した。
・癌組織培養(食道癌)(EC001, EC002, EC006, EC007, EC008, EC015, EC018, EC020, EC021, EC022)
【0078】
患者から内視鏡的に採取した癌組織(10~15mg)をメスで細切した。公知の方法を参考にしながら、細切した組織をWash Medium(1% Penicilin Streptmycin(ThermoFisher社製)、1%牛胎児血清(Sigma社製)、DMEM(ThermoFisher社製))で3回洗浄した後、10Uディスパーゼ(ThermoFisher社製)で37℃、5分処理した。ディスパーゼ処理した組織片を1×PBSで洗浄した後、TrypLE(ThermoFisher社製)で37℃、20分処理した。ピペッティング後、組織片を自然沈降させ、小さな細胞塊(1~30細胞で構成される)を含む上清を別のチューブへ移し、Wash Mediumで洗浄した。洗浄した細胞塊を120~360μLのマトリゲル(Corning社製)で懸濁し、12ウェルプレートの1~3ウェルへ播種した(120μLのマトリゲルと細胞のミックス/ウェル)。37℃で20分のインキュベーション後、各ウェルに1mLの食道癌培地を加えた。食道癌培地の組成は次の通りである。
【0079】
<食道癌培地の組成>
10% R-spondin conditioned medium:R-spondin1 (RSPO1) Cells and Reagents (TREVIGEN, Cat#3710-001-K)
10% Noggin conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTA(Material Transfer Agreement)で入手
2% B-27 without Vitamin A:ThermoFisher
1mM Nicotinamide:Sigma
500mM N-acetylcysteine:Sigma
1% Primocin:Invivogen
0.5μM A83-01:R&D systems
100ng/ml human EGF(Animal-Free Recombinant Human EGF):Peprotech
10nM GastrinI(human):Tocris Bioscience
Advanced DMEM/F12(基本培地):ThermoFisher
10mM Hepes:ThermoFisher
1% GlutaMAX:ThermoFisher
1% Penicillin-Streptomycin:ThermoFisher
【0080】
・癌組織培養(胃癌)(GC004, GC006, GC010, GC011, GC015)
患者から内視鏡的に採取した癌組織(10~15mg)をメスで細切した。次いで、公知の方法を参考にしながら、細切した組織をWash Medium(1% Penicilin Streptmycin(ThermoFisher社)、1%牛胎児血清(Sigma社)、DMEM(ThermoFisher社製))で3回洗浄した後、0.125mg/ml Collagenase XI (Sigma社製)、 0.125mg/ml ディスパーゼ(ThermoFisher社)で37℃、40分処理した。ピペッティング後、組織片を自然沈降させ、小さな細胞塊(1~30細胞で構成される)を含む上清を別のチューブへ移し、Wash Mediumで洗浄した。洗浄した細胞塊を120~360μLのマトリゲル(Corning社)で懸濁し、12ウェルプレートの1~3ウェルへ播種した(120μLのマトリゲルと細胞のミックス/ウェル)。37℃で20分のインキュベーション後、各ウェルに1mLの胃癌培地を加えた。胃癌培地の組成は次の通りである。
【0081】
<胃癌培地の組成>
50% Wnt3a conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTAで入手
10% R-spondin conditioned medium:R-spondin1 (RSPO1) Cells and Reagents (TREVIGEN社, Cat#3710-001-K)
10% Noggin conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTAで入手
2% B-27 without Vitamin A:ThermoFisher
1mM Nicotinamide:Sigma
500mM N-acetylcysteine:Sigma
1% Primocin:Invivogen
1μM A83-01:R&D systems
50ng/ml human EGF(Animal-Free Recombinant Human EGF):Peprotech
10nM GastrinI(human):Tocris Bioscience
125ng/ml FGF10(human):Peprotech
Advanced DMEM/F12(基本培地):ThermoFisher
10mM Hepes:ThermoFisher
1% GlutaMAX:ThermoFisher
1% Penicillin-Streptomycin:ThermoFisher
【0082】
・継代(3次元培養)
前述の手順に従って得たプレートからマトリゲルと癌細胞(食道癌細胞または胃癌細胞)を回収し、Wash mediumで1回洗浄した。次いで、37℃で4分間TrypLE処理をし(ThermoFisher社製)、Wash mediumで1回洗浄した。癌細胞をマトリゲルと混合し、12ウェルプレートへ播種した。37℃で20分のインキュベーション後、各ウェルに1mLの前記食道癌培地または前記胃癌培地を加えた。
【0083】
癌細胞生存解析
前述の継代後(食道癌培地または前記胃癌培地添加後)2日目の癌細胞を回収し、10%マトリゲルの入った培養培地で懸濁した。ここで、培養培地としては、それぞれ前記食道癌培地、前記胃癌培地を用いた。次いで、シスプラチン(終濃度5μM)または同量の生理食塩水(Mock)を加えて、96ウェルプレートへ播種後、37℃で120時間培養した。その後、CellTiter-Glo(登録商標)3D Cell Viability Assay kit(Promega社製)を使用手順に従い用いて試薬をウェルに添加し、反応させ、プレートリーダー(FLUOROSKAN ASCENT FL, 型番5210462、Thermo Fisher社製)を用いて生細胞数を決定し、Mockに対するシスプラチン処理群の細胞生存率(Mockにおける細胞生存率を100%とした場合のシスプラチン処理群の細胞生存率)を算出した。
【0084】
白金抗癌剤との接触及びリン酸化c-Jun発現評価
前述の継代後(食道癌培地または胃癌培地添加後)2日目の癌細胞を回収し、回収した癌細胞を、約20000~200000cells/mLとなるように、10%マトリゲルの入った培養培地(前記食道癌培地または前記胃癌培地)で懸濁した。次いで、シスプラチン(終濃度10μMまたは20μM)または同量の生理食塩水(Mock)を加えて、96 ウェルプレートへ播種後、37℃で24時間、細胞とシスプラチンとを接触させた。次いで、マトリゲル中の癌細胞をCell Recovery Solution (ThermoFisher社)を使って回収し、前述と同様にして、細胞を洗浄し、細胞のタンパク質ライセートを回収し、ウェスタンブロットを行った。
【0085】
ウエスタンプロット結果の定量化と感受性との相関
前述のようにして得たウェスタンブロッティングのバンドをImage J (National Institute of Health社製)を用いて定量化し、終濃度10μMでのシスプラチン処理によるリン酸化c-Junの誘導を数値化し、シスプラチン処理後の細胞生存率との相関解析を行った。
【0086】
結果
結果を
図5及び6に示す。
図5中、(A)は癌細胞生存解析の結果を示し、(B)はリン酸化c-Jun発現評価の結果を示す。
図6は、シスプラチン処理による、リン酸化c-Junの誘導化と癌細胞生存率との相関を示す。なお、本試験例では、10人の患者から採取した食道癌細胞(EC001, EC002, EC006, EC007, EC008, EC015, EC018, EC020, EC021, EC022)、及び5人の患者から採取した胃癌細胞(GC004, GC006, GC010, GC011, GC015)の結果を示す。
【0087】
図5の(A)及び(B)に示す通り、細胞生存率とリン酸化c-c-Junの発現量に相関性が認められ、特にEC007、EC022、EC015、EC006、EC001といったシスプラチンに対する細胞生存率が低い細胞において、シスプラチンの濃度依存的にリン酸化c-Junの発現亢進が認められた。
【0088】
また、
図6に示す通り、シスプラチン処理後のリン酸化c-Junの 亢進は生存率低下(感受性)と高い相関を示した(ピアソンの係数=-0.75, p<0.01)。なお、
図6中、例えば、EC015において、シスプラチン処理群のリン酸化c-Junの発現量は、シスプラチン無処理群のリン酸化c-Junの発現量の6.79倍であった。
【0089】
図6から理解できる通り、シスプラチン無処理に対して、シスプラチン処理後の細胞中のリン酸化c-Jun 量が高い場合に癌細胞の生存率低下が認められ、更には2倍以上、特に3倍以上、5倍以上、6倍以上となっている癌細胞において特に著しい生存率低下が認められた。
【0090】
このように癌患者から内視鏡的に採取した癌組織由来の細胞を用いた場合であっても、本試験例によればリン酸化c-Jun 量の亢進と細胞生存率との間に相関性が認められ、特に、シスプラチンに対する感受性が高い(細胞生存率が低い)細胞では、シスプラチンによりリン酸化c-Junの発現が一層亢進することが分かった。このことから、リン酸化c-Junは、白金抗癌剤であるシスプラチンの癌治療効果の指標となることが確認され、リン酸化c-Junの発現が高い細胞では、シスプラチンによる癌治療効果が一層高いことが分かった。
【0091】
試験例3
腫瘍縮小率評価
術前化学療法の治療効果と患者由来癌細胞のリン酸化c-Jun 量との比較を行った。具体的には、患者は、術前化学療法としてシスプラチン、5-フルオロウラシル及びドセタキセルの三剤併用による抗癌治療を受けた。三剤併用治療を1コース受ける前と後にそれぞれ撮影したPET-CT画像を比較することで、原発巣腫瘍の縮小率を計算した。これを、前述の
図5の(B)に示すEC015、EC006、EC022、EC021について得られたウェスタンブロッティング(リン酸化c-Junの発現)結果と比較した。
【0092】
結果
結果を
図7に示す。
図7の(A)は、前記試験例2において癌細胞を作製した食道癌患者のうち、前述の通りシスプラチンを含む術前化学療法を受けてPET-CT画像にて治療効果を解析した患者6名の腫瘍縮小率を示す。
図7の(B)は、前記
図5の(B)に示すウェスタンブロットの結果の抜粋である。
【0093】
図7から明らかなように、治療効果が特に高い(腫瘍縮小率>70%)患者由来の癌細胞(EC015、EC006、EC002)は、シスプラチン処理後にリン酸化c-Jun量の顕著な亢進が認められた。一方、前記3種の細胞株よりも治療効果の低い(腫瘍縮小率<50%)患者由来の癌細胞では、シスプラチン処理後のリン酸化c-Jun量の亢進も前記3種の細胞株よりも低かった。
【0094】
このことから、シスプラチン処理後の細胞中のリン酸化c-Jun量の増加は、患者への化学療法による腫瘍縮小効果と相関性があり、癌細胞中のリン酸化c-Jun量の亢進の有無を把握することが、白金抗癌剤の癌治療効果の有効性予測に有用であることが分かった。
【0095】
試験例4
細胞免疫染色手順
前記試験例2に記載した継代培養2日目の癌細胞(EC006、EC015、EC002、EC008)を回収し、回収した癌細胞を、試験例2と同様にしてシスプラチン(終濃度20μM)または生理食塩水(Mock)と接触させ、37℃で24時間後、癌細胞を4%パラホルムアルデヒドで約22℃、30分処理し、固定した。次いで、 1×PBSで3回洗浄し、0.5%Triton-PBSで22℃、15分処理した。0.1% Triton-PBSで3回洗浄後、1%BSA入りの0.1% Triton-PBSでブロッキングした。ブロッキング溶液で希釈したc-Junの73番目のセリンリン酸化を認識する抗体(Cell Signaling Technology社製、ウサギモノクローナル抗体Cat#3270、クローン名D47G9(Phospho-c-Jun (Ser73) (D47G9) XP(登録商標)Rabbit mAb #3270)、200倍希釈)で4℃、一晩処理した。0.1% Triton-PBSで3回洗浄した後、ブロッキング溶液で希釈したAlexa蛍光488標識抗ウサギ抗体(ThermoFisher社製、Cat#A11008、希釈率500倍)で22℃、2時間処理した。0.1% Triton-PBSで3回洗浄した後、水系封入剤(Fluoromount PLUS、Diagnostic BioSystems社製、K048)で封入し、蛍光顕微鏡で画像を取得した(Keyence BZ-9000、キーエンス社製)。
【0096】
結果
結果を
図8に示す。
図8中の白く光る部分は主にリン酸化c-Junの発現を示す。高感受性癌細胞(EC006、EC015)ではシスプラチン処理後にリン酸化c-Jun量の亢進が認められたが、低感受性癌細胞(EC002、EC008、いずれも
図6においてリン酸化c-Jun発現誘導が1倍以下)ではリン酸化c-Jun量の有意な亢進が認められなかった。このことから、リン酸化c-Jun量の亢進は少数の癌細胞でも検出できることが示された。