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特許7384777酸化物半導体薄膜、薄膜トランジスタ及びスパッタリングターゲット
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  • 特許-酸化物半導体薄膜、薄膜トランジスタ及びスパッタリングターゲット 図1
  • 特許-酸化物半導体薄膜、薄膜トランジスタ及びスパッタリングターゲット 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】酸化物半導体薄膜、薄膜トランジスタ及びスパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/786 20060101AFI20231114BHJP
   H01L 21/363 20060101ALI20231114BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20231114BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
H01L29/78 618B
H01L29/78 618E
H01L29/78 616V
H01L21/363
C23C14/08 K
C23C14/08 C
C23C14/08 D
C23C14/34 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020186821
(22)【出願日】2020-11-09
(65)【公開番号】P2021097219
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019226091
(32)【優先日】2019-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】越智 元隆
(72)【発明者】
【氏名】西山 功兵
(72)【発明者】
【氏名】寺前 裕美
(72)【発明者】
【氏名】湖山 貴之
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-007383(JP,A)
【文献】国際公開第2014/034873(WO,A1)
【文献】特開2015-156482(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/78
H01L 29/786
H01L 21/363
C23C 14/08
C23C 14/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.042
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.121
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、酸化物半導体薄膜。
【請求項2】
基板上にゲート電極、ゲート絶縁膜、第2の酸化物半導体層、第1の酸化物半導体層、ソース・ドレイン電極及び保護膜をこの順序で有する薄膜トランジスタであって、
前記第1の酸化物半導体層は、金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.042
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.121
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、薄膜トランジスタ。
【請求項3】
前記ソース・ドレイン電極は前記第1の酸化物半導体層と直接接合しており、前記ソース・ドレイン電極がCu又はCu合金からなる、請求項2に記載の薄膜トランジスタ。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の薄膜トランジスタにおける前記第1の酸化物半導体層を形成するためのスパッタリングターゲットであって、
金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.042
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.121
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、スパッタリングターゲット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどの表示装置に好適に用いられる酸化物半導体薄膜、及び該酸化物半導体薄膜からなる酸化物半導体層を含む薄膜トランジスタ(TFT;Thin Film Transistor)に関する。また、本発明は、該酸化物半導体薄膜からなる酸化物半導体層を形成するためのスパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
アモルファス酸化物半導体としては、特許文献1に示すように、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、及び酸素(O)からなるIn-Ga-Zn系酸化物半導体(IGZO)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-219538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
酸化物半導体は、高解像度及び高速駆動が要求される表示装置などの電子回路を構成する薄膜トランジスタのチャンネル層に適用される。
酸化物半導体薄膜を用いた薄膜トランジスタは、光照射や電圧印加などのストレスに対する耐性(ストレス耐性)に優れることが要求される。ストレス耐性が低いと、トランジスタのしきい値電圧がシフトしたり、ばらついて表示装置自体の信頼性が低下する。
【0005】
さらに、酸化物半導体薄膜の上にソース・ドレイン電極を備えた薄膜トランジスタを作製する際、上記酸化物半導体薄膜がウェットエッチング液などの薬液に対して高い特性(ウェットエッチング耐性)を有することも要求される。具体的には、以下の二つの特性が要求される。
【0006】
(i)酸化物半導体薄膜は、酸化物半導体加工用ウェットエッチング液に対して優れた可溶性を有すること(ウェットエッチング加工性に優れること)
すなわち、酸化物半導体薄膜を加工する際に用いられるシュウ酸などの有機酸系や無機酸系のウェットエッチング液により、上記酸化物半導体薄膜が適切な速度でエッチングされ、残渣なくパターニングできることが要求される。
(ii)酸化物半導体薄膜は、ソース・ドレイン電極用ウェットエッチング液に対して不溶性であること(ウェットエッチング耐性に優れること)
【0007】
本発明の目的は、酸化物半導体トランジスタにおいて、電界効果移動度とストレス耐性に優れると共に、酸化物半導体層を加工する際に用いられるウェットエッチング液に対して優れたウェットエッチング加工性を有し、かつ、ソース・ドレイン電極をパターニングする際に用いられるウェットエッチング液に対して酸化物半導体層が優れたウェットエッチング耐性を有する薄膜トランジスタを得ることができる酸化物半導体薄膜、該酸化物半導体層を含む薄膜トランジスタ、及び該酸化物半導体層を形成するためのスパッタリングターゲットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含む酸化物半導体薄膜を採用し、各金属元素の組成を適切に制御することにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の上記目的は、酸化物半導体薄膜に係る下記[1]の構成により達成される。
[1] 金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、酸化物半導体薄膜。
【0010】
また、本発明の上記目的は、薄膜トランジスタに係る下記[2]の構成により達成される。
[2] 基板上にゲート電極、ゲート絶縁膜、第2の酸化物半導体層、第1の酸化物半導体層、ソース・ドレイン電極及び保護膜をこの順序で有する薄膜トランジスタであって、
前記第1の酸化物半導体層は、金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、薄膜トランジスタ。
【0011】
また、薄膜トランジスタに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[3]に関する。
[3] 前記ソース・ドレイン電極は前記第1の酸化物半導体層と直接接合しており、前記ソース・ドレイン電極がCu又はCu合金からなる、上記[2]に記載の薄膜トランジスタ。
【0012】
また、本発明の上記目的は、スパッタリングターゲットに係る下記[4]の構成により達成される。
[4] 上記[2]又は[3]に記載の薄膜トランジスタにおける前記第1の酸化物半導体層を形成するためのスパッタリングターゲットであって、
金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する、スパッタリングターゲット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、酸化物半導体トランジスタにおいて、電界効果移動度とストレス耐性に優れると共に、酸化物半導体層を加工する際に用いられるウェットエッチング液に対して優れたウェットエッチング加工性を有し、かつ、ソース・ドレイン電極をパターニングする際に用いられるウェットエッチング液に対して酸化物半導体層が優れたウェットエッチング耐性を有する薄膜トランジスタを得ることができる酸化物半導体薄膜、薄膜トランジスタ及びスパッタリングターゲットを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る薄膜トランジスタの概略断面図である。
図2図2は、横軸を温度(℃)とし、縦軸を検出イオンの電流強度(A)とした場合の、酸化物半導体薄膜における、温度上昇に伴うZn脱離量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態に係る酸化物半導体薄膜及び薄膜トランジスタについて説明する。
【0016】
本実施形態に係る酸化物半導体薄膜は、
金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する。
【0017】
また、本実施形態に係る薄膜トランジスタは、
基板上にゲート電極、ゲート絶縁膜、第2の酸化物半導体層、第1の酸化物半導体層、ソース・ドレイン電極及び保護膜をこの順序で有する薄膜トランジスタであって、
前記第1の酸化物半導体層は、金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する。
【0018】
なお、本実施形態において、In、Ga、Zn、Sn及びOから構成される酸化物を「IGZTO」と称する場合がある。また、Oを除く全金属元素(In、Ga、Zn及びSn)の原子数の合計量に対するIn、Ga、Zn及びSnの含有量(原子数比)を、それぞれ、「In原子数比」、「Ga原子数比」、「Zn原子数比」及び「Sn原子数比」と呼ぶ場合がある。
【0019】
<酸化物半導体薄膜>
以下、本実施形態に係る酸化物半導体薄膜(又は、後述する薄膜トランジスタにおける第1の酸化物半導体層)について説明する。
【0020】
〔0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200〕
Inは、電気伝導性の向上に寄与する元素である。In原子数比が大きくなるほど、すなわち、全金属元素に占めるIn量が多くなるほど、酸化物半導体層の導電性が向上するため、電界効果移動度は増加する。
【0021】
上記作用を有効に発揮させるためには、上記In原子数比を0.070以上とする必要がある。上記In原子数比は、好ましくは0.080以上であり、より好ましくは0.100以上である。ただし、In原子数比が大き過ぎると、キャリア密度が増加しすぎてしきい値電圧が低下するなどの問題があるため、In原子数比は0.200以下とする。上記In原子数比は、好ましくは0.150以下、より好ましくは0.130以下である。
【0022】
〔0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600〕
Gaは、酸素欠損の低減及びキャリア密度の制御に寄与する元素である。Ga原子数比が大きくなるほど、すなわち、全金属元素に占めるGa量が多くなるほど、酸化物半導体層の電気的安定性が向上し、キャリアの過剰発生を抑制する効果を発揮する。また、Gaは過酸化水素系のCuエッチング液によるエッチングを阻害する元素でもある。よって、Ga原子数比が大きくなるほど、ソース・ドレイン電極としてのCu電極のエッチング加工に用いられる過酸化水素系エッチング液に対して選択比が大きくなり、ダメージを受けにくくなる。
【0023】
上記作用を有効に発揮させるためには、Ga原子数比を0.250以上とする必要がある。上記Ga原子数比は、好ましくは0.300以上、より好ましくは0.410以上である。ただし、Ga原子数比が大きすぎると、酸化物半導体層の導電性が低下して電界効果移動度が低下しやすくなる。また、酸化物半導体層を形成するためのスパッタリングターゲット材の電導度が低下し、直流放電が安定して持続することが困難となる。そのため、Ga原子数比は、0.600以下とする。上記Ga原子数比は、好ましくは0.500以下、より好ましくは0.450以下である。
【0024】
〔0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550〕
Znは、他の金属元素ほど薄膜トランジスタ特性に対して敏感ではないが、Zn原子数比が大きくなるほど、すなわち、全金属元素に占めるZn量が多くなるほど、アモルファス化しやすくなるため、有機酸や無機酸のエッチング液によりエッチングされやすくなる。
【0025】
上記作用を有効に発揮させるためには、Zn原子数比を0.180以上とする必要がある。上記Zn原子数比は、好ましくは0.300以上、より好ましくは0.350以上である。ただし、Zn原子数比が大き過ぎると、ソース・ドレイン電極用エッチング液に対する酸化物半導体層の溶解性が高くなる結果、ウェットエッチング耐性に劣りやすくなったり、Inが相対的に減少するため電界効果移動度が低下したり、Gaが相対的に減少するため酸化物半導体層の電気的安定性が低下しやすくなることがある。したがって、Zn原子数比は0.550以下とする。上記Zn原子数比は、好ましくは0.500以下、より好ましくは0.400以下である。
【0026】
〔0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150〕
Snは、酸系の薬液によるエッチングを阻害する元素である。このため、Sn原子数比が大きくなるほど、すなわち、全金属元素に占めるSn量が多くなるほど、酸化物半導体層のパターニングに用いる有機酸や無機酸のエッチング液によるエッチング加工は困難となる。一方、Snが添加された酸化物半導体は水素拡散によってキャリア密度の増加が見られ、電界効果移動度が増加し、また、Sn添加量が適度であれば薄膜トランジスタの光ストレスに対する信頼性が向上する。
【0027】
上記作用を有効に発揮させるためには、上記Sn原子数比は0.030以上とする必要がある。Sn原子数比は、好ましくは0.060以上、より好ましくは0.070以上である。一方、Sn原子数比が大き過ぎると、酸化物半導体層の有機酸や無機酸のエッチング液に対する耐性が必要以上に高まり、酸化物半導体層自体の加工が困難になる。また、水素拡散の影響を強く受けることで光ストレスに対する信頼性が低下するおそれがある。よって上記Sn原子数比は0.150以下とする。Sn原子数比は、好ましくは0.110以下、より好ましくは0.080以下である。
【0028】
〔0.10≦Sn/Zn≦0.25〕
上記酸化物半導体層のパターニングに用いる有機酸や無機酸のエッチング液に対するエッチング耐性については、In/Ga原子数比によって変化するが、In/Ga原子数比がどのような値であっても、Sn添加量を増加させることによって、エッチング耐性を高めることができる。また、Sn添加量を増加させることにより、薄膜トランジスタの製造時において、酸化物半導体層に対する熱処理が高温化した場合に、酸化物半導体層からZnが離脱することを防止することができる。
【0029】
Znの離脱とは、熱処理の高温化により酸化物半導体層中の水素が脱離し、これに伴ってZnとOの結合力が弱まることにより生じるものである。このように、酸化物半導体層の表面の金属原子(Zn)が脱離すると、酸化物半導体層中及び層表面の組成が変化し、特に、酸化物半導体層の表面はZnが欠損した状態になる。したがって、Znが欠損した箇所が、酸化物半導体層上に形成されたCu電極からのCu拡散源となることが容易に想定される。
【0030】
酸化物半導体薄膜のZn量が変化することによって、Sn添加量に伴う、有機酸や無機酸のエッチング液に対する酸化物半導体層のエッチング耐性、及び金属原子(Zn)の脱離に対する影響が異なる。上記Cuの拡散はキャップ層の上記エッチング耐性と金属原子脱離の両方に起因して生じるため、酸化物半導体薄膜のZn量及びSn/Zn原子数比を適切に調整することにより、優れたTFT特性を得ることができる。
【0031】
上記のようなCuの拡散を防止するためには、Sn/Zn≧0.10を満足する必要がある。また、Sn/Zn≧0.18を満足することが好ましい。
一方、Sn/Znの値が0.25を超えると、酸化物半導体薄膜自身のエッチング(混酸使用:燐酸、硝酸、酢酸、水の混合)のレートが低下する。したがって、Sn/Zn≦0.25を満足する必要があり、Sn/Zn≦0.22を満足することが好ましい。
【0032】
Gaは、その添加量を増やすとキャリア密度が低下して導電率が低下するとともに、薄膜トランジスタの電界効果移動度が低下させやすくなるが、一方で過酸化水素水系エッチング液に対するウェットエッチング耐性は向上する。また、Snは添加量を増やしすぎると保護膜からの水素拡散の影響が顕著となり、水素拡散によりキャリア密度や導電率が低下する傾向がある。
また、Ga添加量を増加させることの弊害である電界効果移動度の低下や、スパッタリングターゲット材の導電性の低下を抑制するために、In添加量を増加させようとした場合、薄膜トランジスタの光ストレスに対する信頼性の低下や、しきい値電圧が負電圧側にシフトするなどの問題を引き起こすおそれがある。
【0033】
これに対し、Inの代わりにSn添加量を増やした場合、電界効果移動度の低下が抑制され、スパッタリングターゲット材の導電性は改善され得る。またSn添加量を増加させた場合は、しきい値電圧が0V付近で安定する傾向にもある。このため、Ga添加量を増加させる場合、Inの添加量を増加させる代わりにSnの添加量を増やすことが有効と考えられる。
ただし、Snの添加量には適度な添加範囲があり、それを超えると薄膜トランジスタの光ストレス耐性の劣化が顕著となり得る。そこで、上記のGa及びSnの添加量の関係を満たすようにGaをバランスよく添加させることによって、信頼性の高い酸化物半導体を得ることができる。
【0034】
〔(Sn×In)/Ga≧0.009〕
IGZTO系酸化物半導体では、構成元素の均衡次第で、原子間の化学結合力に影響される電気伝導性や熱励起離脱性などの特徴が発現するが、電気伝導性を左右するInとGaの原子数比(In/Ga)に、Znの脱離・欠損を抑制する効果を持つSnの原子数比を乗ずることで、所望の移動度とストレス耐性を実現することができる。なお、上記の効果を得るためには、(Sn×In)/Ga≧0.009を満足する必要があるが、より高い効果を得るためには、(Sn×In)/Ga≧0.018を満足することが好ましく、(Sn×In)/Ga≧0.028を満足することがより好ましい。
【0035】
なお、酸化物半導体層の厚みは特に限定されるものではないが、10nm以上であるとソース・ドレイン電極のエッチング加工時の選択性に優れるため好ましく、より好ましくは15nm以上である。また、高い電界効果移動度を維持する点からは、例えば40nm以下であることが好ましい。
【0036】
<薄膜トランジスタ>
次に、本実施形態に係る薄膜トランジスタについて更に詳細に説明する。ただし、これらは好ましい実施形態の例を示すものに過ぎず、本発明はこれら実施形態に限定されるものではない。
【0037】
図1に示すように、基板1上にゲート電極2及びゲート絶縁膜3が形成され、その上に第2の酸化物半導体層(チャネル形成層)4B及び第1の酸化物半導体層(バックチャネル層)4Aがこの順で形成されている。また、第1の酸化物半導体層4A上には、ソース・ドレイン電極5が形成され、その上に保護膜(絶縁膜)6が形成されている。さらに、保護膜6に形成されたコンタクトホール7を介して、ソース・ドレイン電極5に電気的に接続された透明導電膜8が形成されている。
【0038】
なお、第1の酸化物半導体層4Aは、上記した酸化物半導体薄膜を示しているため、第1の酸化物半導体層4Aにおける金属元素の原子数比は、上記した酸化物半導体薄膜で説明した通りである。
【0039】
このように構成された薄膜トランジスタの製造方法に関し、第1の酸化物半導体層4A及び第2の酸化物半導体層4Bの組成以外は、例えば特開2020-136302号公報の図2に示す薄膜トランジスタの製造方法と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0040】
本実施形態に係る薄膜トランジスタにおいて、第2の酸化物半導体層4Bの組成は特に限定されず、例えば、第1の酸化物半導体層4Aと同様にIGZTOを用いることができる。この場合、第2の酸化物半導体層4Bは、第1の酸化物半導体層4Aで用いられるIGZTOとは金属元素比が異なっていてもよい。
より具体的には、第1の酸化物半導体層4AにおけるSn、In、Ga及びZnの合計に対するIn、Ga、Snの原子数比をそれぞれ[In1]、[Ga1]、[Sn1]とし、第2の酸化物半導体層4BにおけるSn、In、Ga及びZnの合計に対するIn、Ga、Snの原子数比をそれぞれ[In2]、[Ga2]、[Sn2]としたとき、
[In1]≦[In2]、
[Ga1]≧[Ga2]、
[Sn1]≦[Sn2]、
を満足することが好ましい。
【0041】
また、本実施形態に係る薄膜トランジスタは、ソース・ドレイン電極5が第1の酸化物半導体層4Aと直接接合しており、第1の酸化物半導体層4Aはソース・ドレイン電極加工用エッチング液に直接曝される。しかし、本実施形態に係る酸化物半導体層はウェットエッチング耐性に優れており、ソース・ドレイン電極の加工時に酸化物半導体層表面へのダメージが少ないため、良好な薄膜トランジスタ特性を得ることができる。また、上記組成を有する第1の酸化物半導体層4Aは、光ストレスに対して高い信頼性を得ることができる。
【0042】
さらに、本実施形態においては、Sn/Znの値が適切に調整されており、高温の熱処理が実施された場合であっても、第1の酸化物半導体層4Aの表面におけるZnの脱離(欠損)を防止することができる。したがって、Cu又はCu合金からなるソース・ドレイン電極5が第1の酸化物半導体層4Aと直接接合した構造であっても、Cuの拡散を防止することができ、優れたTFT特性を得ることができる。
【0043】
なお、第2の酸化物半導体層4BにおけるIn、Ga、Snの原子数比が、第1の酸化物半導体層4Aの原子数比に対して上記の関係を満足していると、高い電界効果移動度を得ることができる。また、第2の酸化物半導体層4Bを第1の酸化物半導体層4Aの下に形成することにより、酸化物半導体層全体としての電界効果移動度を高く維持しつつ、優れたウェットエッチング耐性を得ることが可能となる。
【0044】
さらに、第2の酸化物半導体層4Bにおいて、In、Ga、Zn及びSnの合計に対する各金属元素の原子数比が、例えば、
0.20≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.60
0.05≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.25
0.15≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.60
0.01≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.20
を満足すると、酸化物半導体層全体として、より高い電界効果移動度を実現することができるため、好ましい。
【0045】
一般的に、酸化物半導体層を積層構造とすると、配線パターンを形成する際に、金属の種類や含有量の相違に起因して、第1層と第2層とでサイドエッチング量が異なるなど所望の形状にパターニングできなくなるなどの問題が生じ得る。しかし、上記本実施形態に示すように、第2の酸化物半導体層4Bが第1の酸化物半導体層4Aと同様に、Sn、In、Ga及びZnを含有するものであると、各金属元素の比率が異なっていた場合であっても、第1の酸化物半導体層4A及び第2の酸化物半導体層4Bのエッチングレートを同等程度にすることができる。その結果、酸化物加工用ウェットエッチング液に対して可溶で、上記積層構造を一括でエッチングすることが可能になる。
【0046】
また、第1の酸化物半導体層4Aと第2の酸化物半導体層4Bとを同じ組成系とすると、積層界面での組成の乱れが少なくなり、各金属元素の深さ分布の急激な変化が防止されるため、製造工程中に熱履歴を受けた際の膜の剥がれや偏析、異常粒成長などを防止することもできる。
【0047】
<スパッタリングターゲット>
本実施形態は、上記薄膜トランジスタにおける第1の酸化物半導体層4Aを形成するためのスパッタリングターゲットにも関する。スパッタリングターゲットとしては、前述した元素を含み、所望の酸化物半導体層と同一組成のスパッタリングターゲットを用いることが好ましく、これにより、組成ズレが少なく、所望の成分組成の酸化物半導体層を形成できる。
【0048】
具体的には、本実施形態のスパッタリングターゲットは、
金属元素としてIn、Ga、Zn及びSnと、Oとを含み、
前記In、Ga、Zn及びSnの原子数の合計に対する各金属元素の原子数比が、
0.070≦In/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.200
0.250≦Ga/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.600
0.180≦Zn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.550
0.030≦Sn/(In+Ga+Zn+Sn)≦0.150
を満足するとともに、
前記Znの原子数比に対する前記Snの原子数比が、
0.10≦Sn/Zn≦0.25
を満足するとともに、
前記Sn、In及びGaの原子数比が、
(Sn×In)/Ga≧0.009
を満足する。
【0049】
なお、本実施形態のスパッタリングターゲットにおける、In、Ga、Zn及びSnの好ましい数値範囲、及びその限定理由は、上記の酸化物半導体層で説明したものと同様である。
【実施例
【0050】
以下に、本実施形態に係る薄膜トランジスタについて、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
[薄膜トランジスタの製造]
第1の酸化物半導体層4Aと第2の酸化物半導体層4Bとを有する薄膜トランジスタを下記手順により作製した。
図1に示すように、まず、直径が100nmであり、厚さが0.7mmであるガラス基板1(イーグルXG:コーニング社製)上に、Moスパッタリングターゲットを使用したスパッタリング法により、膜厚が100nmであるMo薄膜を成膜した。次に、フォトリソグラフィーによりMo薄膜をパターニングすることにより、ゲート電極2を形成した。その後、ガラス基板1及びゲート電極2の表面全面に、プラズマCVD法を用いて、ゲート絶縁膜3としてのSiOx膜を250nmの膜厚で成膜した。ゲート電極2及びゲート絶縁膜3の成膜条件を以下に示す。
【0052】
(Mo薄膜の成膜条件)
成膜温度:室温
成膜パワー:300W
キャリアガス:Ar
ガス圧:2mTorr
(SiOx膜の成膜条件)
キャリアガス:SiHとNOの混合ガス
成膜パワー:300W
成膜温度:320℃
【0053】
次に、ゲート絶縁膜3上に、In:Ga:Zn:Sn=4:1:4:1の組成を有する第2の酸化物半導体層4Bを40nmの膜厚で成膜した。その後、第2の酸化物半導体層4B上に、下記表1に記載の種々の組成を有する第1の酸化物半導体層4Aを40nmの膜厚で成膜した。上記第1の酸化物半導体層4A及び第2の酸化物半導体層4Bは、いずれも、目標とする酸化物半導体層の組成と同一の金属元素比率を有するスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング法により成膜した。スパッタリングに使用した装置は、(株)アルバック製「CS-200」であり、第1の酸化物半導体層4A、及び第2の酸化物半導体層4Bを成膜するためのスパッタリング条件は下記のとおりである。
【0054】
(第1及び第2の酸化物半導体層を成膜するためのスパッタリング条件)
基板温度:室温
成膜パワー:DC 200W
ガス圧:1mTorr
酸素分圧:100×O/(Ar+O)=4%
【0055】
上記のようにして第2の酸化物半導体層4B、及び第1の酸化物半導体層4Aを成膜した後、フォトリソグラフィー及びウェットエッチングによりパターニングを行った。ウェットエッチング液としては、シュウ酸を含むエッチング液(ITO-07N:関東化学(株)製)を使用し、液温を室温とした。
【0056】
その後、第2の酸化物半導体層4B、及び第1の酸化物半導体層4Aの膜質を向上させるため、プレアニール処理を実施した。プレアニール処理は、大気雰囲気下にて400℃で1時間とした。
【0057】
次に、ソース・ドレイン電極5を形成した。具体的には、膜厚が35nmであるMoNb膜、膜厚が300nmであるCu膜を連続して成膜し、フォトリソグラフィー及びウェットエッチングによりパターニングし、積層構造のソース・ドレイン電極5を形成した。パターニングには過酸化水素水(H)を含む無機系エッチング液を用い、TFTのチャネル長を10μm、チャネル幅を200μmとした。
【0058】
このようにしてソース・ドレイン電極5を形成した後、サムコ(株)製「PD-220NL」を用いたプラズマCVD法により、SiOx膜を膜厚200nmで形成し、更に、SiN膜を膜厚150nmで成膜することにより、SiOx膜およびSiN膜からなる保護膜6を形成した。SiOx膜およびSiN膜の成膜条件を以下に示す。
【0059】
(SiOx膜の成膜条件)
キャリアガス:SiH及びNOの混合ガス
成膜パワー:100W
成膜温度:230℃
(SiN膜の成膜条件)
キャリアガス:NH、NおよびNOの混合ガス
成膜パワー:100W
成膜温度:150℃
【0060】
さらに、保護膜6に対して大気中において300℃で1時間のアニール処理を実施し、保護膜6上にスピンコータを用いて、光硬化樹脂((株)カネカ製:樹脂膜TypeA2)を600nmの膜厚で成膜した後、フォトリソグラフィーによってスルーホールパターンを形成し、RIE(Reactive Ion Etching:反応性イオンエッチング)プラズマエッチング装置を用いて、保護膜6にコンタクトホール7を形成した。
その後、窒素雰囲気下にて250℃で30分間のポストアニール処理を実施した。
【0061】
その後、保護膜6及びコンタクトホール7の内部に、酸化インジウム錫膜(ITO膜)を成膜し、これをフォトリソグラフィー及びエッチングによりパターニングすることにより、コンタクトホール7を介してソース・ドレイン電極5に電気的に接続された透明導電膜8を形成した。
以上の手順により、実施例の薄膜トランジスタを製造した。
【0062】
[薄膜トランジスタの評価]
各薄膜トランジスタについて、以下の条件で薄膜トランジスタ特性の指標となる電界効果移動度、ストレス耐性及びウェットエッチング特性を評価した。
【0063】
〔トランジスタ特性の測定〕
トランジスタ特性(ドレイン電流(Id)-ゲート電圧(Vg)特性)の測定は、Agilent Technologies社製「HP4156C」の半導体パラメータアナライザーを使用した。
詳細な測定条件は以下のとおりである。
【0064】
(Id-Vg特性の測定条件)
ソース電圧:0V
ドレイン電圧:10V
ゲート電圧:-30~30V(測定間隔:0.25V)
基板温度:室温
【0065】
<電界効果移動度μFE
電界効果移動度μFEは、上記トランジスタ特性から、Vg>Vd-Vthである飽和領域にて導出した。電界効果移動度μFEは以下の式から導出される。なお、下記式において、Vgはゲート電圧、Vdはドレイン電圧、Idはドレイン電流、L、WはそれぞれTFT素子のチャネル長、チャネル幅を表し、Ciはゲート絶縁膜の静電容量を表す。
【0066】
【数1】
【0067】
なお、電界効果移動度μFEは、線形領域を満たすゲート電圧付近におけるドレイン電流-ゲート電圧特性(Id-Vg特性)の傾きから導出した。本実施例では、電界効果移動度が18.0cm/Vsを以上のものを高い電界効果移動度であると判断した。
【0068】
<しきい値電圧>
しきい値電圧(Vth)とは、トランジスタがオフ状態(ドレイン電流の低い状態)からオン状態(ドレイン電流の高い状態)に移行する際のゲート電圧の値である。本実施例では、薄膜トランジスタのドレイン電流が10-9Aとなるときのゲート電圧をしきい値電圧と定義し、各薄膜トランジスタのしきい値電圧(V)を測定した。
【0069】
<S値(サブスレッショルド・スイング)>
S値は、ドレイン電流を1桁上昇させるのに必要なゲート電圧の変化量の最小値であり、S値を測定することにより、TFTのスイッチングの切れの尺度を評価することができる。本実施例では、S値が0.5(V/decade)以下であるものを、良好なトランジスタ特性であると判断した。
【0070】
[ストレス耐性の評価]
<NBTIS(Negative Bias Temperature Illumination Stress)試験>
各トランジスタにおいて、実際の液晶パネル駆動時の環境(ストレス)を模擬して、トランジスタに光(白色光)を照射しながら、ゲート電極に負バイアスをかけ続けるストレス印加試験(NBTIS試験)を実施し、ストレス印加試験前後のしきい値電圧(Vth)の変動値(しきい値電圧シフト量:ΔVth)をTFT特性における光ストレス耐性の指標とした。光ストレス耐性は、液晶ディスプレイを駆動する上で重要な特性である。
NBTIS試験の測定条件は以下のとおりである。
【0071】
(NBTIS試験の測定条件)
ゲート電圧:-20V
ソース・ドレイン電圧:10V
基板温度:60℃
ストレス印加時間:2時間
光ストレス時の光強度:25000nit
光ストレス時の光源:白色LED(Light Emitting Diode)
【0072】
本実施例では、NBTIS試験前後のしきい値電圧(Vth)のシフト量(ΔVth)が3.30V以下のものをストレス耐性に優れると判断した。
【0073】
<PBTS(Positive Bias Temperature Stress)試験>
各トランジスタにおいて、ゲート電極に正バイアスをかけ続けるストレス印加試験(PBTS試験)を実施し、ストレス印加試験前後のしきい値電圧(Vth)の変動値(しきい値電圧シフト量:ΔVth)をTFT特性におけるストレス耐性の指標とした。
PBTS試験の測定条件は以下のとおりである。
【0074】
(PBTS試験の測定条件)
ゲート電圧:+20V
ソース・ドレイン電圧:0.1V
基板温度:60℃
ストレス印加時間:2時間
光ストレス:なし
【0075】
本実施例では、PBTS試験前後のしきい値電圧(Vth)のシフト量(ΔVth)が3.30V以下のものをストレス耐性に優れると判断した。
実施例1~5、及び比較例1~4の薄膜トランジスタにおける第1の酸化物半導体層の組成を下記表1に、各評価結果を下記表2に示す。なお、酸化物半導体層の組成はICP(Inductively Coupled Plasma:高周波誘導結合プラズマ)発光分光分析法により測定した。
【0076】
【表1】
【0077】
【表2】
【0078】
表1及び2に示すように、実施例1~5は、薄膜トランジスタに用いられる酸化物半導体層における各金属元素の組成、(Sn/Zn)、及び(Sn×In)/Gaが本発明に規定の範囲内であるため、電界効果移動度が18.0cm/Vs以上を満足し、S値が0.5(V/decade)以下であり、かつ、NBTIS試験及びPBTS試験におけるストレス印加試験前後のしきい値電圧(Vth)のシフト量(ΔVth)が、いずれも3.30V以下を満足するものであり、トランジスタ特性及びストレス耐性のいずれもが優れたものとなった。
【0079】
一方、比較例1は、In、Ga、及びZnの原子数比は本発明の範囲内であるが、Sn原子数比及び(Sn/Zn)の値が本発明範囲を満足しないため、ストレス耐性の評価結果が悪いものとなった。
比較例2は、In、Ga、及びZnの原子数比は本発明の範囲内であるが、Snが含有されていないため、S値及びストレス耐性の評価結果が悪いものとなった。
比較例3は、金属元素の原子数比はいずれも本発明の範囲内であるが、(Sn/Zn)の値が本発明範囲未満であるため、S値及びストレス耐性が悪く、特に、ストレス耐性については、いずれの試験においても60℃でスイッチングせず、測定不能(N/D)となった。
比較例4は、Znの原子数比、Snの原子数比、(Sn/Zn)の値、及び(Sn×In)/Gaの値は本発明の範囲内であるが、In原子数比及びGa原子数比が本発明範囲を満足しないため、S値の評価結果が悪いものとなった。
【0080】
次に、本発明に係る酸化物半導体薄膜について、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。
【0081】
[酸化物半導体薄膜の形成]
ガラス基板上に、上記表1に第1の酸化物半導体層として示す種々の組成の酸化物半導体薄膜をスパッタリングにより成膜し、以下に示す各評価の試料とした。なお、ガラス基板は、上記薄膜トランジスタの製造時に使用したものと同じものを使用し、酸化物半導体薄膜は、上記第1の酸化物半導体層4Aと同様の方法及び条件で形成した。
【0082】
[酸化物半導体薄膜の評価]
各酸化物半導体薄膜について、以下の方法でウェットエッチング耐性、ウェットエッチング性を測定するとともに、昇温脱離ガス分析法(TDS:Thermal Desorption Spectroscopy)により、温度上昇に伴うZn脱離量を測定した。
【0083】
〔ウェットエッチング耐性の測定〕
ソース・ドレイン電極加工用ウェットエッチング液(過酸化水素水(H)を含む無機系エッチング液)中に、上記各試料を浸漬してエッチングを行った。そして、エッチング前後の酸化物半導体薄膜の膜厚の変化(削れ量)を測定し、エッチング時間との関係に基づき、エッチング速度(nm/min)を算出した。本実施例においては、エッチング速度が16nm/min以下のものを、ウェットエッチング耐性に優れると判断した。
【0084】
〔ウェットエッチング性の測定〕
酸化物半導体薄膜加工用ウェットエッチング液(シュウ酸ウェットエッチング液「ITO-07N」:関東化学(株)製)中に、上記各試料を浸漬してエッチングを行った。そして、エッチング前後の酸化物半導体薄膜の膜厚の変化(削れ量)を測定し、エッチング時間との関係に基づき、エッチング速度(nm/min)を算出した。本実施例においては、エッチング速度が5nm/min以上、130nm/min以下のものを、ウェットエッチング性に優れると判断した。
【0085】
また、他のウェットエッチング液に対するウェットエッチング性を評価するため、上記酸化物半導体薄膜加工用ウェットエッチング液として、「PANエッチング液」(リン酸、硝酸、酢酸の混合液)を使用し、上記ウェットエッチング性の測定と同様にして、エッチング速度(nm/min)を算出した。
【0086】
〔TDS分析によるZn脱離量の測定〕
上記酸化物半導体薄膜評価用の各試料(実施例1~2及び比較例1~3)に対して、昇温脱離ガス分析法(TDS)により分析を行った。TDS分析においては、Znに相当する質量電荷比(M/z)が64である成分の脱離量を測定した。なお、TDS分析のための試料としてガラス基板上に膜厚40nmの各酸化物半導体薄膜を上記と同様にしてスパッタリング法で形成したものを別途準備した。
【0087】
実施例1~5、及び比較例1~4の第2の酸化物半導体層について、ウェットエッチング耐性及びウェットエッチング性の評価結果を下記表3に示し、実施例1~2、及び比較例1~3の第2の酸化物半導体層について、TDS分析結果を図2に示す。
【0088】
【表3】
【0089】
上記表3に示すように、実施例1~5は、酸化物半導体層における各金属元素の組成及びSn/Znが本発明に規定の範囲内であるため、ウェットエッチング耐性及びウェットエッチング性に優れたものとなった。
一方、比較例1~3は、酸化物半導体層のSn原子数比及びSn/Zn比のいずれか一方又は両方が本発明範囲から外れているため、ウェットエッチング液の種類によっては良好であると評価されるエッチング速度の範囲から外れるものとなった。
なお、比較例4は、実施例1~5と同様、酸化物半導体層における各金属元素の組成及びSn/Znが本発明に規定の範囲内であるため、ウェットエッチング耐性及びウェットエッチング性に優れたものとなった。
【0090】
続いて、図2において、横軸は基板の加熱温度(℃)であり、縦軸は質量電荷比M/z=64の脱離量に比例する電流強度(A)である。図2に示すように、薄膜トランジスタの製造時において一般的に行われる熱処理温度(300~400℃)の範囲内では、Sn原子数比を増加させることにより、Znの脱離量が低減することが読み取れる。このことより、Snの添加量の増加によるΔVthの改善は、酸化物半導体膜からのZnの脱離量の減少が影響しているものと考えられる。
なお、薄膜トランジスタの製造時においては膜減り量を5nm程度に設定しているため、エッチング速度が大きいと、膜減量の制御が困難になる。また、上記表1~3及び図2に示すように、比較例1及び2は、ITO-07Nに対するエッチング速度は良好であるため、膜減り量は少なく制御することができるが、一般的な熱処理温度においてZnの脱離量が増加するため、Znの欠損箇所がCu電極からのCu拡散源となり、トランジスタ特性が低下した。
【符号の説明】
【0091】
1 基板
2 ゲート電極
3 ゲート絶縁膜
4A 第1の酸化物半導体層
4B 第2の酸化物半導体層
5 ソース・ドレイン電極
6 保護膜
7 コンタクトホール
8 透明導電膜
図1
図2