(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】多板式摩擦クラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 13/52 20060101AFI20231114BHJP
F16D 43/206 20060101ALI20231114BHJP
F16D 43/21 20060101ALI20231114BHJP
F16D 43/22 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
F16D13/52 C
F16D43/206
F16D43/21
F16D43/22
(21)【出願番号】P 2022018096
(22)【出願日】2022-02-08
【審査請求日】2022-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【氏名又は名称】酒井 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100194087
【氏名又は名称】渡辺 伸一
(72)【発明者】
【氏名】松本 真也
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/194078(WO,A1)
【文献】実開昭58-116825(JP,U)
【文献】中国特許出願公開第111075854(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 11/00
-13/76
F16D 21/00
-23/14
F16D 43/20
F16D 43/21
F16D 43/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源からの動力が入力されるとともに出力軸(10)に回転自在に軸支されており、前記出力軸(10)と同軸に配置されたアウタ円筒部(22)を有するクラッチアウタ(20)と、
前記出力軸(10)に固定的に軸支された受圧プレート(30)と、
前記受圧プレート(30)に所定範囲内で相対移動可能に軸支されており、前記アウタ円筒部(22)の内側に前記出力軸(10)と同軸に配置されたインナ円筒部(41)を有するとともに、前記受圧プレート(30)と一体回転するクラッチインナ(40)と、
前記受圧プレート(30)に対して軸方向の第1方向に配置され、前記アウタ円筒部(22)の内周面に前記軸方向に摺動可能に嵌合し、前記クラッチアウタ(20)と一体回転する駆動摩擦板(61)と、
前記駆動摩擦板(61)に重なるとともに、前記インナ円筒部(41)に前記軸方向に移動可能に係合し、前記クラッチインナ(40)と一体回転する被動摩擦板(62)と、
前記軸方向における前記受圧プレート(30)とは反対側から前記駆動摩擦板(61)および前記被動摩擦板(62)を挟むとともに、前記受圧プレート(30)に対して前記軸方向に移動可能に設けられた加圧プレート(70)と、
前記加圧プレート(70)を前記受圧プレート(30)側に付勢する付勢部材(77)と、
前記受圧プレート(30)および前記クラッチインナ(40)の間に設けられ、前記受圧プレート(30)から前記クラッチインナ(40)へバックトルクが作用したときに、前記クラッチインナ(40)および前記加圧プレート(70)を前記軸方向の前記第1方向に移動させ、前記クラッチアウタ(20)に伝わるバックトルクを減少させるスリッパーカム機構(80)と、
前記インナ円筒部(41)の外周面に径方向で対向し、前記被動摩擦板(62)に係合して前記被動摩擦板(62)と一体回転するレール部材(91)と、
前記インナ円筒部(41)および前記レール部材(91)の間に介在し、前記インナ円筒部(41)の外周面上を前記軸方向に転動可能であり、前記レール部材(91)に対する前記インナ円筒部(41)の回転を規制するボール(95)と、
を備える多板式摩擦クラッチ。
【請求項2】
前記インナ円筒部(41)の外周面には、前記レール部材(91)に径方向で対向するとともに前記軸方向に延びる溝部(97)が形成され、
前記ボール(95)は、前記溝部(97)を転動可能である、
請求項1に記載の多板式摩擦クラッチ。
【請求項3】
前記インナ円筒部(41)は、前記動力源からの動力が入力された場合に前記被動摩擦板(62)に直接的に係合し、前記出力軸(10)からのバックトルクが入力された場合に前記ボール(95)および前記レール部材(91)を介して前記被動摩擦板(62)に係合する、
請求項1または請求項2に記載の多板式摩擦クラッチ。
【請求項4】
前記付勢部材(77)は、周方向に複数配置され、
前記レール部材(91)は、前記周方向において互いに隣接する前記付勢部材(77)の間にそれぞれ配置されている、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の多板式摩擦クラッチ。
【請求項5】
前記スリッパーカム機構(80)は、前記クラッチインナ(40)を押圧する押圧部材(83)を備え、
前記ボール(95)が前記クラッチインナ(40)に接触する周方向の範囲は、前記押圧部材(83)が前記クラッチインナ(40)に接触する前記周方向の範囲内にある、
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の多板式摩擦クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多板式摩擦クラッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジン等の動力源と車輪との間のトルク伝達経路には、多板式摩擦クラッチが設けられる場合がある。多板式摩擦クラッチは、動力源から動力が伝達されて回転する入力部材と、入力部材の回転軸線と平行なクラッチ作動方向に移動可能に構成された第1の回転体と、入力部材と第1の回転体との間に介在する摩擦クラッチ機構と、出力部材と一体に回転する第2の回転体とを備え、摩擦クラッチ機構は、入力部材および第1の回転体にそれぞれ設けられ且つクラッチ作動方向に移動することにより互いに接離する第1の摩擦板および第2の摩擦板を含む摩擦部材と、第1の摩擦板と第2の摩擦板とが近づく方向に摩擦部材を押圧する第1のプレッシャープレートと、第1のプレッシャープレートと協働して摩擦部材を挟む第2のプレッシャープレートとを含む。
【0003】
さらに、多板式摩擦クラッチとして、出力側から入力側へ過大なバックトルクが伝達されることを抑制するバックトルクリミッタを備えたものがある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、第1の回転体における第2の回転体と対向する面に形成された駆動側カム溝と、第2の回転体における第1の回転体と対向する面に形成された従動側カム溝と、駆動側カム溝および従動側カム溝に転動可能に嵌合されて第1の回転体と第2の回転体との間に介在するボールと、第1の回転体を第2の回転体に向けて付勢するばねとを含み、第1の回転体がボールの転動に伴って移動することにより第1の摩擦板と第2の摩擦板とが離れる方向に第1のプレッシャープレートを押す押圧部を含むバックトルクリミッタ機構が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のバックトルクリミッタを備えた多板式摩擦クラッチにおいては、バックトルクリミッタの作動感度に改善の余地がある。
【0006】
そこで本発明は、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる多板式摩擦クラッチを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の多板式摩擦クラッチは、動力源からの動力が入力されるとともに出力軸(10)に回転自在に軸支されており、前記出力軸(10)と同軸に配置されたアウタ円筒部(22)を有するクラッチアウタ(20)と、前記出力軸(10)に固定的に軸支された受圧プレート(30)と、前記受圧プレート(30)に所定範囲内で相対移動可能に軸支されており、前記アウタ円筒部(22)の内側に前記出力軸(10)と同軸に配置されたインナ円筒部(41)を有するとともに、前記受圧プレート(30)と一体回転するクラッチインナ(40)と、前記受圧プレート(30)に対して軸方向の第1方向に配置され、前記アウタ円筒部(22)の内周面に前記軸方向に摺動可能に嵌合し、前記クラッチアウタ(20)と一体回転する駆動摩擦板(61)と、前記駆動摩擦板(61)に重なるとともに、前記インナ円筒部(41)に前記軸方向に移動可能に係合し、前記クラッチインナ(40)と一体回転する被動摩擦板(62)と、前記軸方向における前記受圧プレート(30)とは反対側から前記駆動摩擦板(61)および前記被動摩擦板(62)を挟むとともに、前記受圧プレート(30)に対して前記軸方向に移動可能に設けられた加圧プレート(70)と、前記加圧プレート(70)を前記受圧プレート(30)側に付勢する付勢部材(77)と、前記受圧プレート(30)および前記クラッチインナ(40)の間に設けられ、前記受圧プレート(30)から前記クラッチインナ(40)へバックトルクが作用したときに、前記クラッチインナ(40)および前記加圧プレート(70)を前記軸方向の前記第1方向に移動させ、前記クラッチアウタ(20)に伝わるバックトルクを減少させるスリッパーカム機構(80)と、前記インナ円筒部(41)の外周面に径方向で対向し、前記被動摩擦板(62)に係合して前記被動摩擦板(62)と一体回転するレール部材(91)と、前記インナ円筒部(41)および前記レール部材(91)の間に介在し、前記インナ円筒部(41)の外周面上を前記軸方向に転動可能であり、前記レール部材(91)に対する前記インナ円筒部(41)の回転を規制するボール(95)と、を備える。
【0008】
本発明によれば、クラッチインナにバックトルクが作用した際に、ボールがレール部材に対するインナ円筒部の回転を規制するので、バックトルクをクラッチインナからレール部材と一体回転する被動摩擦板に伝達できる。ここで、バックトルクによりスリッパーカム機構が作動すると、クラッチインナが受圧プレートに対して軸方向の第1方向に変位する。このとき、ボールがインナ円筒部の外周面上を軸方向に転動可能とされているので、被動摩擦板に対してクラッチインナを摺動させることなく低摩擦で軸方向に変位させることができる。これにより、加圧プレートがクラッチインナとともに軸方向の第1方向にスムーズに変位して、受圧プレートおよび加圧プレートによって駆動摩擦板および被動摩擦板を挟む力を低下させる。その結果、駆動摩擦板および被動摩擦板の摩擦係合が弱まり、クラッチ容量が低下した半クラッチ状態となる。よって、駆動摩擦板および被動摩擦板を介したクラッチインナからクラッチアウタ側へ伝わるバックトルクを減少させることができる。以上により、スリッパーカム機構をスムーズに作動させて、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる。
【0009】
上記の多板式摩擦クラッチにおいて、前記インナ円筒部(41)の外周面には、前記レール部材(91)に径方向で対向するとともに前記軸方向に延びる溝部(97)が形成され、前記ボール(95)は、前記溝部(97)を転動可能であってもよい。
【0010】
本発明によれば、溝部における軸方向に延びる側面にボールを接触させることでボールに対するインナ円筒部の回転を規制できる。したがって、ボールによってレール部材に対するインナ円筒部の回転を規制でき、上述した作用効果を奏することが可能となる。
【0011】
上記の多板式摩擦クラッチにおいて、前記インナ円筒部(41)は、前記動力源からの動力が入力された場合に前記被動摩擦板(62)に直接的に係合し、前記出力軸(10)からのバックトルクが入力された場合に前記ボール(95)および前記レール部材(91)を介して前記被動摩擦板(62)に係合してもよい。
【0012】
本発明によれば、車両の加速時等、エンジンからの動力が入力される状態では、スリッパーカム機構が作動しないので、被動摩擦板に対してクラッチインナを軸方向に変位させる必要がない。このため、インナ円筒部および被動摩擦板を直接的に係合させてエンジンの出力(正転トルク)に耐える好適な構成とすることができる。一方で、出力軸からバックトルクが入力されるスリッパーカム機構の作動初期には、インナ円筒部および被動摩擦板が係合し合う状態でボールの転動により被動摩擦板に対してクラッチインナを軸方向に変位させることができる。したがって、スリッパーカム機構をスムーズに作動させることができる。
【0013】
上記の多板式摩擦クラッチにおいて、前記付勢部材(77)は、周方向に複数配置され、前記レール部材(91)は、前記周方向において互いに隣接する前記付勢部材(77)の間にそれぞれ配置されていてもよい。
【0014】
本発明によれば、ボールおよびレール部材と付勢部材との干渉を抑制しつつ、ボールおよびレール部材を周方向にバランス良く配置することができる。したがって、バックトルクリミッタ作動時の負荷の集中を抑制できる。
【0015】
上記の多板式摩擦クラッチにおいて、前記スリッパーカム機構(80)は、前記クラッチインナ(40)を押圧する押圧部材(83)を備え、前記ボール(95)が前記クラッチインナ(40)に接触する周方向の範囲は、前記押圧部材(83)が前記クラッチインナ(40)に接触する前記周方向の範囲内にあってもよい。
【0016】
本発明によれば、レール部材がボールを介してクラッチインナを支持する箇所を、クラッチインナのうちスリッパーカム機構の作動による負荷を受ける箇所に近接させることができる。これにより、ボールがスリッパーカム機構の作動時の負荷を効率よく受けるので、クラッチインナを軸方向にスムーズに変位させることができる。したがって、スリッパーカム機構をスムーズに作動させて、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる多板式摩擦クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図5】実施形態の被動摩擦板セットの右側面図である。
【
図6】実施形態のクラッチインナの左側面図である。
【
図7】
図1のVII-VII線における断面図である。
【
図8】
図7のVIII-VIII線に相当する部分における断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。また、以下の説明における前後上下左右等の方向は、以下に説明する車両における方向と同一とする。すなわち、上下方向は鉛直方向と一致し、左右方向は車幅方向と一致する。また、以下の説明に用いる図中において、矢印UPは上方、矢印FRは前方、矢印LHは左方をそれぞれ示している。
【0020】
本実施形態のクラッチ装置1は、自動二輪車等の鞍乗り型車両のパワーユニットに搭載される多板式摩擦クラッチである。クラッチ装置1は、エンジン(動力源)と変速機との間の動力伝達を断接させる。クラッチ装置1は、運転者によるクラッチ操作子の操作またはアクチュエータの駆動により断接作動する。
【0021】
図1は、実施形態のクラッチ装置の右側面図である。
図2は、
図1のII-II線における断面図である。
図1および
図2に示すように、クラッチ装置1は、エンジンからの動力が入力されるとともにクラッチ装置1の出力軸10に回転自在に軸支されたクラッチアウタ20と、出力軸10に固定的に軸支された受圧プレート30と、受圧プレート30に所定範囲内で相対移動可能に軸支されており、受圧プレート30と一体回転するクラッチインナ40と、受圧プレート30に対してクラッチインナ40を付勢するコイルスプリング57をクラッチインナ40との間に保持する保持部材50と、を備える。クラッチ装置1の出力軸10は、変速機の入力軸である。出力軸10は、車幅方向に延びる中心軸線Oを有する。以下の説明では、出力軸10の中心軸線Oに沿う方向を軸方向といい、中心軸線Oに直交して中心軸線Oから放射状に延びる方向を径方向といい、中心軸線O回りに周回する方向を周方向という。また、以下の説明では、周方向に関して、軸方向の外側から見た右回り方向および左回り方向を単に右回り方向および左回り方向という。
【0022】
図2に示すように、出力軸10は、エンジンのクランクケース(不図示)に回転可能に支持されている。出力軸10は、円筒状に形成されている。出力軸10の内側には、プッシュロッド11が軸方向に移動可能に挿入されている。プッシュロッド11の右端部には、スラストベアリング12を介してレリーズプランジャ13が連設されている。レリーズプランジャ13は、出力軸10の右端部の内周面に摺動可能に支持されている。レリーズプランジャ13は、出力軸10から軸方向の外側に突出している。レリーズプランジャ13のうち出力軸10から軸方向の外側に突出した部分には、径方向の外側に張り出した外フランジ14が形成されている。
【0023】
出力軸10には、スリーブ部材2およびニードルベアリング3を介して伝動支持プレート4が回転自在に軸支されている。伝動支持プレート4は、ニードルベアリング3の外周を覆う円筒ボス部5と、円筒ボス部5から径方向の外側に張り出したフランジ6と、を有する。フランジ6には、環状プレート部材7が締結されている。環状プレート部材7は、円環状に形成され、フランジ6と同軸に配置されている。環状プレート部材7は、フランジ6の右側で円筒ボス部5を囲うように配置されている。環状プレート部材7は、フランジ6との間にプライマリドリブンギア8を挟持している。プライマリドリブンギア8とフランジ6との間には、ダンパスプリング9が配置されている。ダンパスプリング9は、プライマリドリブンギア8およびフランジ6を互いに周方向に付勢するように設けられており、プライマリドリブンギア8およびフランジ6の一方から他方に伝わる急激なトルク変動を吸収する。プライマリドリブンギア8は、エンジンのクランクシャフトと一体回転するプライマリドライブギアに噛み合うことで、クランクシャフトの回転を伝動支持プレート4に伝達する。
【0024】
クラッチアウタ20は、全体として有底円筒状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。クラッチアウタ20は、円環状のアウタ底壁部21と、アウタ底壁部21の外周縁から軸方向の外側に延びるアウタ円筒部22と、アウタ底壁部21の内周縁から軸方向に延びるボス部23と、を備える。ボス部23は、アウタ底壁部21よりも軸方向の内側に突出している。ボス部23は、伝動支持プレート4における円筒ボス部5の外周面に対してフランジ6よりも軸方向の外側でスプライン嵌合している。これにより、クラッチアウタ20は、伝動支持プレート4等を介して出力軸10に軸支されているとともに、出力軸10に対して伝動支持プレート4と一体回転可能とされている。アウタ円筒部22には、嵌合溝24が形成されている。嵌合溝24は、軸方向に延在しているとともに、軸方向の略全長にわたってアウタ円筒部22の内周面に開口している。嵌合溝24は、周方向に等間隔で複数形成されている(
図1参照)。
【0025】
図3は、実施形態の受圧プレートの右側面図である。
図2および
図3に示すように、受圧プレート30は、アウタ円筒部22の内側に配置されている。受圧プレート30は、円環状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。受圧プレート30は、受圧プレート30の内周部に設けられて出力軸10の外周面にスプライン嵌合したハブ部31と、受圧プレート30の外周部に設けられた受圧壁部32と、ハブ部31および受圧壁部32を連結する連結部33と、を備える。
【0026】
ハブ部31における軸方向の両端部は、連結部33の内周縁よりも軸方向の両側に突出している。ハブ部31における軸方向内側の内端部は、クラッチアウタ20のボス部23の内側に入り込んでいる。ハブ部31の内端部とクラッチアウタ20のボス部23との間には、円環状のシール部材37が介装されている。ハブ部31は、スラストワッシャ38を介してスリーブ部材2に軸方向の外側から当接している。ハブ部31は、出力軸10の右端部に螺着されたナット39によって、スラストワッシャ38を介して出力軸10に締結されている。
【0027】
受圧壁部32および連結部33は、クラッチアウタ20のアウタ底壁部21に近接して軸方向で対向している。受圧壁部32は、軸方向の外側を向く受圧面34を有する。受圧面34は、受圧壁部32の外周部に形成されており、軸方向に直交するように径方向および周方向に延びる円環状の平坦面である。
【0028】
連結部33における軸方向の外側を向く面には、ボルト支持円筒部35が形成されている。ボルト支持円筒部35は、連結部33から軸方向の外側に突出している。ボルト支持円筒部35は、周方向に等間隔で複数(本実施形態では6個)設けられている。
【0029】
図4は、実施形態のクラッチインナの斜視図である。
図2および
図4に示すように、クラッチインナ40は、全体として円筒状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。クラッチインナ40は、アウタ円筒部22の内側に配置されたインナ円筒部41と、インナ円筒部41の内側で受圧プレート30のハブ部31に摺動可能に軸支された円筒ボス部42と、インナ円筒部41と円筒ボス部42とを連結するスポーク部43と、を備える。インナ円筒部41は、後述する摩擦板セット60を介してアウタ円筒部22に径方向で対向するように配置されている。インナ円筒部41における軸方向の内側の端部は、受圧プレート30における受圧面34よりも径方向の内側に位置する部分に当接している。これにより、クラッチインナ40は、軸方向の内側への変位を規制されている。
【0030】
インナ円筒部41の外周面には、被係合突部44が形成されている。被係合突部44は、径方向の外側に突出している。被係合突部44は、後述するスライド補助構造90が設けられた箇所を除き、周方向に等間隔で複数設けられている。被係合突部44は、軸方向に延在している。
【0031】
円筒ボス部42は、ハブ部31に対して周方向および軸方向に変位可能とされている。スポーク部43は、受圧プレート30のボルト支持円筒部35と同数設けられ、周方向に等間隔に配置されている。
【0032】
図4に示すように、スポーク部43における軸方向の外側を向く面には、コイルスプリング57(
図2参照)を保持するスプリング保持部45が形成されている。スプリング保持部45は、コイルスプリング57の中心軸線を軸方向に沿わせ、かつコイルスプリング57の径方向外側の端部を解放した状態で、コイルスプリング57の外周を保持するとともに径方向内側の端部を受けている。
【0033】
図2に示すように、保持部材50は、コイルスプリング57を保持するように円環状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。保持部材50には、締結円筒部51と、スプリング保持用のスプリング保持筒部52と、が形成されている。締結円筒部51は、受圧プレート30のボルト支持円筒部35に1対1で対応するように複数設けられている。締結円筒部51は、ボルト支持円筒部35と同軸に配置されている。締結円筒部51は、ボルト支持円筒部35の軸方向外側に隣接している。保持部材50は、ボルト支持円筒部35に螺入されるボルト56によって締結円筒部51がボルト支持円筒部35に締結されることで、受圧プレート30に固定されている。締結円筒部51は、締結円筒部51と同軸に配置された円筒状のカラー部材54およびクラッチスプリングリテーナ55を介してボルト56によって締結されている。カラー部材54には、後述するクラッチスプリング77(付勢部材)が外挿されている。コイルスプリング57は、保持部材50が固定された受圧プレート30に対してクラッチインナ40を軸方向に付勢する。
【0034】
クラッチ装置1は、受圧プレート30に対して軸方向の外側に配置された摩擦板セット60と、軸方向における受圧プレート30とは反対側(軸方向の外側)から摩擦板セット60を挟む加圧プレート70と、加圧プレート70を受圧プレート30側に付勢するクラッチスプリング77と、をさらに備える。
【0035】
摩擦板セット60は、円筒状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。摩擦板セット60は、クラッチアウタ20のアウタ円筒部22とクラッチインナ40のインナ円筒部41との間に配置されている。摩擦板セット60は、受圧プレート30の受圧面34に接触している。摩擦板セット60は、駆動摩擦板61および被動摩擦板62を軸方向で交互に重なるように積層したものである。駆動摩擦板61および被動摩擦板62は、それぞれ円環状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。なお、以下の説明において、複数の被動摩擦板62をまとめて被動摩擦板セット66と称する場合がある。
【0036】
図1および
図2に示すように、駆動摩擦板61の外周部には、径方向の外側に突出した係合外突部63が設けられている。係合外突部63は、被動摩擦板62の外周縁よりも径方向の外側に突出している。係合外突部63は、アウタ円筒部22の嵌合溝24に入り込んでいる。これにより、駆動摩擦板61は、アウタ円筒部22の内周面に軸方向に摺動可能に嵌合し、クラッチアウタ20と一体回転する。
【0037】
図5は、実施形態の被動摩擦板セットの右側面図である。
図2および
図5に示すように、被動摩擦板62の内周部には、径方向の内側に突出した係合内突部64が設けられている。係合内突部64は、駆動摩擦板61の内周縁よりも径方向の内側に突出している。係合内突部64は、インナ円筒部41に設けられた被係合突部44の間の溝に入り込んでいる。これにより、被動摩擦板62は、インナ円筒部41に軸方向に移動可能にスプライン嵌合し、クラッチインナ40と一体回転する。係合内突部64は、被係合突部44に右回り方向から対向しており、クラッチインナ40に対する駆動摩擦板61の左回り方向の回転を規制する。
【0038】
図1および
図2に示すように、加圧プレート70は、受圧プレート30に対する軸方向の外側に配置されている。加圧プレート70は、軸方向から見て円形状に形成され、中心軸線Oと同軸に配置されている。加圧プレート70は、加圧プレート70の外周部に設けられた加圧壁部71と、加圧壁部71から径方向の内側に張り出したフランジ部72と、を備える。加圧壁部71は、軸方向における受圧プレート30の受圧壁部32とは反対側から摩擦板セット60に対向している。加圧壁部71は、軸方向の内側を向く加圧面73を有する。加圧面73は、軸方向に直交するように径方向および周方向に延びる円環状の平坦面である。加圧面73は、摩擦板セット60に受圧面34とは反対側から接触している。
【0039】
フランジ部72は、その中心部でレリーズプランジャ13における軸方向外側の端部に支持されている。フランジ部72は、レリーズプランジャ13の外フランジ14にワッシャを介して軸方向の外側から当接している。これにより、加圧プレート70は、出力軸10に対してレリーズプランジャ13とともに軸方向に変位可能とされ、受圧プレート30に対して軸方向に移動可能に設けられている。フランジ部72は、クラッチインナ40のインナ円筒部41における軸方向外側の端縁に対向している。加圧プレート70は、クラッチインナ40が軸方向の外側に変位したときに、フランジ部72にインナ円筒部41が当接してクラッチインナ40とともに軸方向の外側に変位する。
【0040】
フランジ部72には、スプリング収容円筒部74が設けられている。スプリング収容円筒部74は、軸方向の内側に突出している。スプリング収容円筒部74は、受圧プレート30のボルト支持円筒部35に1対1で対応するように複数設けられている。スプリング収容円筒部74は、ボルト支持円筒部35と同軸に配置されている。スプリング収容円筒部74における軸方向内側の端部には、スプリング収容円筒部74の中心軸線側に突出しているとともに全周にわたって連続して延びる内フランジ75が形成されている。内フランジ75は、保持部材50の締結円筒部51を囲うように配置されている。内フランジ75は、全周にわたってクラッチスプリングリテーナ55の外周部に軸方向で対向している。
【0041】
クラッチスプリング77は、スプリング収容円筒部74の内側に配置されている。クラッチスプリング77は、カラー部材54に外挿されている。クラッチスプリング77における軸方向の内側の端縁は、内フランジ75に当接している。クラッチスプリング77における軸方向の外側の端縁は、クラッチスプリングリテーナ55の外周部に当接している。クラッチスプリング77は、クラッチスプリングリテーナ55に対して内フランジ75を軸方向の内側に付勢している。すなわち、内フランジ75を有する加圧プレート70は、クラッチスプリングリテーナ55を締結するボルト56を介して、受圧プレート30および保持部材50に対してレリーズプランジャ13とともに軸方向の内側に付勢されている。これにより、加圧プレート70は、受圧プレート30との間に駆動摩擦板61および被動摩擦板62を挟み、駆動摩擦板61および被動摩擦板62の間に摩擦力を発生させて摩擦板セット60を一体に摩擦係合させる。
【0042】
図2に示すように、クラッチ装置1は、スリッパーカム機構80をさらに備える。スリッパーカム機構80は、受圧プレート30およびクラッチインナ40の間に設けられている。スリッパーカム機構80は、受圧プレート30およびクラッチインナ40の相対回転を軸方向の相対変位に変換する。スリッパーカム機構80は、受圧プレート30に形成された第1カム凹部81と、クラッチインナ40に形成された第2カム凹部82と、第1カム凹部81および第2カム凹部82の間に挟まれたカムボール83(押圧部材)と、を備える。
【0043】
第1カム凹部81は、受圧プレート30の連結部33における軸方向の外側を向く面に形成されている。第1カム凹部81は、周方向に等間隔で複数(本実施形態では6つ)形成されている。第1カム凹部81は、軸方向から見て径方向に直交する方向に延在する溝状に形成されている。第1カム凹部81の底面は、右回り方向に向かうに従い軸方向の外側に延びている。
【0044】
図6は、実施形態のクラッチインナの左側面図である。
図2および
図6に示すように、第2カム凹部82は、クラッチインナ40のスポーク部43に形成されている。第2カム凹部82は、受圧プレート30に形成された第1カム凹部81に1対1で対応するように、第1カム凹部81と同数(本実施形態では6つ)形成されている。すなわち、本実施形態では、第2カム凹部82は、スポーク部43に1つずつ形成されている。第2カム凹部82は、第1カム凹部81に軸方向で対向している。第2カム凹部82は、軸方向から見て径方向に直交する方向に延在する溝状に形成されている。第2カム凹部82の底面は、左回り方向に向かうに従い軸方向の内側に延びている。第2カム凹部82の底面は、対向する第1カム凹部81の底面と平行に延びている。
【0045】
図2に示すように、カムボール83は、第1カム凹部81と第2カム凹部82との間に配置されている。すなわち、本実施形態では、カムボール83は、6個配置されている。カムボール83は、第1カム凹部81における左回り方向の端部、および第2カム凹部82における右回り方向の端部に配置され、受圧プレート30に対するクラッチインナ40の左回り方向の回転を規制している。カムボール83は、両カム凹部81,82の内側をそれぞれの底面に沿って転動可能とされている。カムボール83は、クラッチインナ40が受圧プレート30に対して右回り方向に回転することで、受圧プレート30の第1カム凹部81の底面上を初期位置から右回り方向に転動するとともに、クラッチインナ40の第2カム凹部82の底面上を初期位置から左回り方向に転動する。この際、カムボール83は、第1カム凹部81の底面の傾斜に従って受圧プレート30に対して軸方向の外側に変位するとともに、第2カム凹部82の底面の傾斜に従ってクラッチインナ40に対して軸方向の内側に変位する。これにより、カムボール83は、受圧プレート30に対してクラッチインナ40を軸方向の外側に押圧して変位させる。カムボール83は、コイルスプリング57によってクラッチインナ40が受圧プレート30に対して付勢されていることで、受圧プレート30およびクラッチインナ40に確実に挟まれて初期位置に復帰する。
【0046】
図7は、
図1のVII-VII線における断面図である。
図8は、
図7のVIII-VIII線に相当する部分における断面図である。
図7および
図8に示すように、クラッチ装置1は、スライド補助構造90をさらに備える。スライド補助構造90は、クラッチインナ40および被動摩擦板セット66の軸方向の相対変位を補助する。スライド補助構造90は、軸方向に延在して被動摩擦板セット66に装着されたレール部材91と、レール部材91とインナ円筒部41との間に介在するスライドボール95(ボール)と、を備える。これらレール部材91およびスライドボール95は、金属材料により形成されている。
【0047】
図5および
図8に示すように、レール部材91は、被動摩擦板セット66に形成された切欠67に嵌入されている。切欠67は、周方向に等間隔で複数(本実施形態では6つ)設けられている。各切欠67は、軸方向から見て互いに一致するように、全ての被動摩擦板62の内周縁に形成されている。切欠67は、軸方向から見て駆動摩擦板61の内周縁よりも径方向の内側に形成されている(
図7参照)。各切欠67は、軸方向から見て径方向に直交する方向に延びる底縁と、底縁の両端から中心軸線O側に互いに略平行に延びる一対の側縁と、を備える。
【0048】
レール部材91は、被動摩擦板セット66の切欠67に1対1で対応するように複数設けられている。レール部材91は、周方向に等間隔で配置されている。レール部材91は、周方向において互いに隣接するクラッチスプリング77の間にそれぞれ配置されている(
図1および
図7参照)。
【0049】
図7および
図8に示すように、レール部材91は、切欠67の底縁および一対の側縁に接触し、被動摩擦板セット66に対する周方向および径方向外側の変位を規制されている。レール部材91は、被動摩擦板セット66から軸方向の両側に突出する長さを有する。
【0050】
図9は、実施形態のレール部材の斜視図である。
図8および
図9に示すように、レール部材91は、インナ円筒部41の外周面に対向する対向面92を有する。対向面92は、周方向よりも径方向の内側に傾斜した方向を向いている。本実施形態では、対向面92は、右回り方向かつ径方向の内側を向いている。対向面92には、スライドボール95を保持するボール保持溝93が形成されている。
【0051】
図7および
図8に示すように、ボール保持溝93は、軸方向に延在している。ボール保持溝93の内面は、軸方向に直交する断面において、スライドボール95の半径と同等の曲率半径を有する凹状の湾曲面である。ボール保持溝93は、対向面92の法線方向と一致するように径方向の内側よりも右回り方向に傾斜した方向に開放されている。ボール保持溝93は、レール部材91における軸方向内側の端面よりも軸方向の外側位置から、レール部材91における軸方向外側の端面まで延びて、軸方向の外側に開放されている。
【0052】
スライドボール95は、各ボール保持溝93上に配置されている。スライドボール95は、ボール保持溝93の延在方向(軸方向)に複数(図示の例では7個)配列されている。スライドボール95は、ボール保持溝93とインナ円筒部41の外周面に形成された溝部97との間に介在している。スライドボール95は、ボール保持溝93上、および溝部97上を軸方向に転動可能である。
【0053】
溝部97は、ボール保持溝93に1対1で対向するように複数設けられている。溝部97は、隣り合う一対の被係合突部44の間の溝とは別に設けられている。溝部97は、ボール保持溝93と平行に延在している。溝部97の両端は、閉塞されている。溝部97は、対向するボール保持溝93に配置された全てのスライドボール95をまとめて受け入れている。溝部97は、ボール保持溝93とは反対側に開放されている。すなわち、溝部97は、径方向の外側よりも左回り方向に傾斜した方向に開放されている。溝部97の内面は、軸方向に直交する断面において、スライドボール95の半径よりも大きい曲率半径を有する凹状の湾曲面状に形成されている。溝部97は、インナ円筒部41に対するスライドボール95の周方向の変位を所定の距離だけ許容するように形成されている。溝部97は、クラッチインナ40のうち周方向においてスリッパーカム機構80のカムボール83が接触する範囲に形成されている。これにより、スライドボール95がクラッチインナ40に接触する周方向の範囲は、カムボール83がクラッチインナ40に接触する周方向の範囲内にある。
【0054】
クラッチインナ40が
図8に示す状態から右回り方向に回転すると、被係合突部44は被動摩擦板62の係合外突部63に右回り方向に接触する。このため、クラッチインナ40は、被動摩擦板セット66に対して軸方向に摺動可能な状態で直接的に係合して、被動摩擦板セット66に対する右回り方向の回転を規制される。また、クラッチインナ40が
図8に示す状態から左回り方向に回転すると、レール部材91に保持されたスライドボール95に溝部97の内面が左回り方向に接触する。このため、クラッチインナ40は、被動摩擦板セット66に対してスライドボール95を介して軸方向に変位可能な状態で間接的に係合して、被動摩擦板セット66に対する左回り方向の回転を規制される。ここで、溝部97がスライドボール95の周方向の変位を所定の距離だけ許容するように形成されているので、クラッチインナ40は、被動摩擦板セット66に対して周方向に所定の角度だけ回転可能とされている。このため、クラッチインナ40がスライドボール95を介して被動摩擦板セット66に係合した状態では、クラッチインナ40の被係合突部44は、被動摩擦板62の係合外突部63に対して右回り方向に間隔をあけて非接触とされている。さらに、被係合突部44は被動摩擦板62の係合外突部63に対して左回り方向にも間隔をあけて非接触とされている。すなわち、クラッチインナ40は、スライドボール95を介して被動摩擦板セット66に係合した状態で、被動摩擦板セット66に対してスライドボール95のみを介してトルクを伝達する。
【0055】
本実施形態のクラッチ装置1の作用について説明する。
車両の加速時等、エンジンからの動力をクランクシャフトから駆動輪側へ伝達する際には、クラッチアウタ20に左回り方向の正転トルクが入力される。クラッチアウタ20は、摩擦係合により一体化した駆動摩擦板61および被動摩擦板62を介し、クラッチインナ40を同一方向に回転させる。このとき、被動摩擦板セット66は、インナ円筒部41との直接的な係合により、正転トルクをクラッチインナ40に伝達する。クラッチインナ40は、カムボール83によって受圧プレート30に対する左回り方向の回転を規制されているので、受圧プレート30と一体に左回り方向に回転する。これにより、受圧プレート30とスプライン嵌合した出力軸10が左回り方向に回転する。
【0056】
一方、エンジンブレーキ時等に、車両の駆動輪側からのバックトルクが出力軸10に伝達されると、バックトルクは受圧プレート30からクラッチインナ40へ左回り方向に作用する。バックトルクの作用によりクラッチインナ40が受圧プレート30に相対回転すると、スリッパーカム機構80が作動する。すなわち、カムボール83の転動によりクラッチインナ40が受圧プレート30に対して軸方向の外側に変位する。すると、加圧プレート70は、フランジ部72がインナ円筒部41における軸方向の外側の端縁に押圧されるので、軸方向の外側に変位する。
【0057】
このとき、クラッチインナ40は、スライドボール95に係合してレール部材91に対する回転を規制されており、スライドボール95がインナ円筒部41の外周面上を軸方向に転動可能とされている。このため、被動摩擦板セット66に対してクラッチインナ40を摺動させることなく低摩擦で軸方向に変位させることができる。これにより、加圧プレート70がクラッチインナ40とともに軸方向の外側にスムーズに変位して、受圧プレート30および加圧プレート70によって摩擦板セット60を挟む力を低下させる。その結果、駆動摩擦板61および被動摩擦板62の摩擦係合が弱まり、クラッチ容量が低下した半クラッチ状態となる。よって、駆動摩擦板61および被動摩擦板62を介したクラッチインナ40からクラッチアウタ20側へ伝わるバックトルクを減少させることができる。
【0058】
以上により、本実施形態のクラッチ装置1によれば、スリッパーカム機構80をスムーズに作動させて、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる。
【0059】
また、インナ円筒部41の外周面には、軸方向に延びるとともにスライドボール95が転動する溝部97が形成されているので、溝部97における軸方向に延びる側面にスライドボール95を接触させることでスライドボール95に対するインナ円筒部41の回転を規制できる。したがって、スライドボール95によってレール部材91に対するインナ円筒部41の回転を規制でき、上述した作用効果を奏することが可能となる。
【0060】
また、インナ円筒部41は、エンジンからの動力が入力された場合に被動摩擦板62に直接的に係合し、出力軸10からバックトルクが入力された場合にスライドボール95およびレール部材91を介して被動摩擦板62に係合する。この構成によれば、車両の加速時等、エンジンからの動力が入力される状態では、スリッパーカム機構80が作動しないので、被動摩擦板セット66に対してクラッチインナ40を軸方向に変位させる必要がない。このため、インナ円筒部41および被動摩擦板62を直接的に係合させてエンジンの出力(正転トルク)に耐える好適な構成とすることができる。一方で、出力軸10からバックトルクが入力されるスリッパーカム機構80の作動初期には、インナ円筒部41および被動摩擦板62が係合し合う状態でスライドボール95の転動により被動摩擦板セット66に対してクラッチインナ40を軸方向に変位させることができる。したがって、スリッパーカム機構80をスムーズに作動させることができる。
【0061】
また、レール部材91は、周方向において互いに隣接するクラッチスプリング77の間にそれぞれ配置されている。この構成によれば、スライドボール95およびレール部材91とクラッチスプリング77との干渉を抑制しつつ、スライドボール95およびレール部材91を周方向にバランス良く配置することができる。したがって、バックトルクリミッタ作動時の負荷の集中を抑制できる。
【0062】
また、スライドボール95がクラッチインナ40に接触する周方向の範囲は、カムボール83がクラッチインナ40に接触する周方向の範囲内にある。この構成によれば、レール部材91がスライドボール95を介してクラッチインナ40を支持する箇所を、クラッチインナ40のうちスリッパーカム機構80の作動による負荷を受ける箇所に近接させることができる。これにより、スライドボール95がスリッパーカム機構80の作動時の負荷を効率よく受けるので、クラッチインナ40を軸方向にスムーズに変位させることができる。したがって、スリッパーカム機構80をスムーズに作動させて、バックトルクリミッタの作動感度を向上させることができる。
【0063】
なお、本発明は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
例えば、上記実施形態では、本発明を動力源としてエンジンを備えたパワーユニットに適用した例を示したが、動力源としてモータを備えたパワーユニットに本発明を適用してもよい。
【0064】
また、上記実施形態では、クラッチ装置1は、バックトルクが入力されたときだけ、スライドボール95を介して被動摩擦板セット66およびクラッチインナ40が互いに係合するように構成されているが、この構成に限定されない。クラッチ装置は、正転トルクが入力されたときも、スライドボールを介して被動摩擦板セットおよびクラッチインナが互いに係合するように構成されていてもよい。すなわち、スライドボールは、クラッチインナおよび被動摩擦板セットの相対回転のうち、少なくともにバックトルクを伝達する方向の回転を規制するように配置されていればよい。
【0065】
また、上記実施形態では、スリッパーカム機構80およびスライド補助構造90がそれぞれクラッチスプリング77と同数配置されているが、スリッパーカム機構およびスライド補助構造の数は限定されない。ただし、スリッパーカム機構およびスライド補助構造は、それぞれ周方向に均等に配置されていることが望ましい。
【0066】
また、上記実施形態では、スリッパーカム機構80がカムボール83を備えているが、この構成に限定されない。例えば、スリッパーカム機構は、クラッチインナおよび受圧プレートそれぞれの傾斜カム面同士を摺接させて、クラッチインナおよび受圧プレートの相対回転を軸方向の相対移動に変換するように構成されていてもよい。
【0067】
また、上記実施形態では、スライドボール95がインナ円筒部41の外周面の溝部97上を転動するように構成されているが、この構成に限定されない。
【0068】
また、上記実施形態では、受圧プレート30に対するクラッチインナ40の左回り方向の回転を、スリッパーカム機構80によって規制しているが、この構成に限定されない。例えば、受圧プレートおよびクラッチインナが互いに直接的に係合して相対回転を規制するように構成されていてもよい。
【0069】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施の形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能である。
【符号の説明】
【0070】
1…クラッチ装置(多板式摩擦クラッチ) 10…出力軸 20…クラッチアウタ 22…アウタ円筒部 30…受圧プレート 40…クラッチインナ 41…インナ円筒部 61…駆動摩擦板 62…被動摩擦板 70…加圧プレート 77…クラッチスプリング(付勢部材) 80…スリッパーカム機構 83…カムボール(押圧部材) 91…レール部材 95…スライドボール(ボール) 97…溝部