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特許7385172硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する表面被覆切削工具
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  • 特許-硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する表面被覆切削工具 図1
  • 特許-硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する表面被覆切削工具 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231115BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019180517
(22)【出願日】2019-09-30
(65)【公開番号】P2020062744
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-03-31
(31)【優先権主張番号】P 2018192796
(32)【優先日】2018-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】村上 晃浩
(72)【発明者】
【氏名】奥出 正樹
(72)【発明者】
【氏名】西田 真
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-074302(JP,A)
【文献】特開2004-074300(JP,A)
【文献】特開2004-154878(JP,A)
【文献】特開平07-252579(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の表面に硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚0.5~20.0μmの複合炭窒化物層を含み
(b)前記複合炭窒化物層は、TiZrHf複合炭窒化物を含有し、前記複合炭窒化物は、組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))にて表わした場合、
TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合x、ZrとHfとの合量に対してZr量が占める含有割合y、および、NとCとの合量に対してC量が占める含有割合z(但し、x、yおよびzはいずれも原子比)が、それぞれ、0.10≦x≦0.90、0<y≦0.8、および、0.08<z<0.60を満足する平均組成を有し、
また、前記複合炭窒化物層は、塩素を平均塩素含有量0.001原子%以上0.030原子%以下にて含有し、
(c)前記複合炭窒化物層は、少なくとも一部の結晶粒内に、TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合、および、NとCとの合量に対してC量が占める含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有し、
(c-1)縦断面観察において、前記組成変動組織が前記複合炭窒化物層の組織に占める面積割合が10%以上であり、
(c-2)前記組成変動組織における前記TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すZrHf最高含有点と最低含有割合xminを示すZrHf最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が5~100nmであり、前記ZrHf最高含有点の最高含有割合xmaxと前記ZrHf最低含有点の最低含有割合xminとの差Δxの絶対値の平均値が0.02以上であり、
(c-3)前記組成変動組織における前記NとCとの合量に対してC量が占める含有割合について、最高含有割合zmaxを示すC最高含有点と最低含有割合zminを示すC最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するC最高含有点とC最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が5~100nmであり、前記C最高含有点の最高含有割合zmaxと前記C最低含有割合zminとの差Δzの絶対値の平均値が0.02以上であり、
(c-4)前記組成変動組織における前記TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すZrHf最高含有点と最低含有割合xminを示すZrHf最低含有点とのそれぞれの周期および位置と、前記NとCとの合量に対してC量が占める含有割合について、最高含有割合zmaxを示すC最高含有点と、最低含有割合zminを示すC最低含有点とのそれぞれの周期および位置とはそれぞれに対応して同期しており、前記ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値が、前記ZrHf最高含有点とその隣接するZrHf最低含有点との平均間隔の1/5以下であること、
を特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記組成変動組織が、積層組織であることを特徴とする請求項1に記載された表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切刃に対して衝撃的な高負荷が作用する、例えば、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を備えることにより、長期の使用に亘り、すぐれた切削性能を有する表面被覆工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、各種鋼の切削加工においては、炭化タングステン基等の超硬合金基体表面に、下部層として化学蒸着形成されたTiの炭窒化物(TiCN)層等のTi化合物層を有し、上部層として化学蒸着形成された酸化アルミニウム層を有する硬質被覆層が形成された被覆工具が用いられている。
しかしながら、近年、各種鋼の切削加工における高能率化が求められており、析出硬化型ステンレス鋼の切削加工においては、高送り化が求められる中、従来の前記被覆工具では、溶着チッピングが発生し易く、また、溶着チッピングが発生せず、正常摩耗となった場合においても正常摩耗の進行が早いため、高送り化への対応は不十分なものであった。
【0003】
そこで、例えば、特許文献1では、基体表面にTiZr炭窒化物皮膜を有する被覆切削工具において、前記皮膜が、Zrを0.3質量%以上30質量%以下、塩素を0.1質量%以上2質量%以下にて含有し、引っ張り残留応力を有することにより、機械構造用鋼等の切削加工に際し、膜硬度が高まり耐摩耗性にすぐれるとともに、すぐれた切削耐久特性を有する被覆切削工具が提案されている。
また、特許文献2では、被覆切削工具において、硬質金属やサーメットなどからなる基材に対し、被覆層として、特定の成分組成、および、特定の格子定数を有する、面心立方構造のTiZr複合炭窒化物皮膜層、または、面心立方構造のTiHf複合炭窒化物皮膜層を備えることにより、鋳鋼や熱処理鋼等の切削加工において、すぐれた耐摩耗性を発揮し、切削長が長く、長期の使用にわたり、工具寿命が向上する被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4761335号公報
【文献】特許第4028891号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工における省力化および省エネ化への要求は強く、これに伴い、被覆工具は一段と過酷な条件下にて使用されるようになってきているため、たとえば、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工においては、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮することが求められている。
しかしながら、前記特許文献1および特許文献2にて提案されている、TiZr炭窒化物皮膜あるいはTiHf炭窒化物皮膜を有する被覆層からなる被覆工具を析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工に用いることによっても、依然として、皮膜の微小チッピングは発生し易く、また、耐溶着性が不足しているため、溶着チッピングが頻発し、実用には不向きであるという問題点を有していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、前記被覆工具において、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工に用いた場合であっても、長期の使用にわたり、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を兼ね備え、工具寿命の向上をもたらす、被覆工具について、鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
すなわち、本発明者らは、TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層を有する硬質被覆層において、前記TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層に極微量の塩素を添加することにより、脆化を生じることなく、潤滑性にすぐれた硬質被覆層が得られること、また、前記TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層において、TiZr複合炭窒化物またはTiZrHf複合炭窒化物のC量に対するN量の比を増加させることにより、耐溶着性が高まり、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工において課題とされた溶着チッピングの問題が解決できることを知見した。
さらに、前記TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層は、ZrとHfとの合量がTiとZrとHfとの合量に占める含有割合(以後、「ZrHf含有割合」と記すこともある)、および、C量がNとCとの合量に占める含有割合(以後、「C含有割合」と記すこともある)が、周期的に変化する組成変動組織を有し、これらZrHfの含有割合およびC量の含有割合の組成変動に対応し、前記組成変動組織は、Ti量がTiとZrとHfとの合量に占める含有割合(以後、「Ti含有割合」と記すこともある)、および、N量がNとCとの合量に占める含有割合(以後、「N含有割合」と記すこともある)が、周期的に変化する組成変動組織であり、特に、ZrHf含有割合について最高含有割合を示すZrHf最高含有点および最低含有割合を示すZrHf最低含有点の周期および位置と、C含有割合について最高含有割合を示すC最高含有点および最低含有割合を示すC最低含有点の周期および位置をそれぞれ同期させ、高硬度の結晶粒を含有する組織とすることにより、耐塑性変形性を発揮し、異常損傷の問題を解決できる、耐異常損傷性にすぐれた硬質被覆層が得られることを知見した。
そして、かかる複合炭窒化物層を硬質被覆層として有する被覆切削工具は、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を兼ね備えているため、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工用として、長期の使用にわたり、工具寿命の向上をもたらすことを見出したものである。
なお、本発明に係るTiZrHf複合炭窒化物および参考発明に係るTiZr複合炭窒化物は、従来のTiZrHf複合炭窒化物およびTiZr複合炭窒化物に対して、C含有量に対するN含有量の比率が高いため、本明細書では、それぞれ、TiZrHfNCおよびTiZrNCと表現する場合もある。
【0007】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)工具基体の表面に硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚0.5~20.0μmの複合炭窒化物層を含み
(b)前記複合炭窒化物層は、TiZrHf複合炭窒化物を含有し、前記複合炭窒化物は、組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))にて表わした場合、
TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合x、ZrとHfとの合量に対してZr量が占める含有割合y、および、NとCとの合量に対してC量が占める含有割合z(但し、x、yおよびzはいずれも原子比)が、それぞれ、0.10≦x≦0.90、0<y≦0.8、および、0.08<z<0.60を満足する平均組成を有し、
また、前記複合炭窒化物層は、塩素を平均塩素含有量0.001原子%以上0.030原子%以下にて含有し、
(c)前記複合炭窒化物層は、少なくとも一部の結晶粒内に、TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合、および、NとCとの合量に対してC量が占める含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有し、
(c-1)縦断面観察において、前記組成変動組織が前記複合炭窒化物層の組織に占める面積割合が10%以上であり、
(c-2)前記組成変動組織における前記TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すZrHf最高含有点と最低含有割合xminを示すZrHf最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が5~100nmであり、前記ZrHf最高含有点の最高含有割合xmaxと前記ZrHf最低含有点の最低含有割合xminとの差Δxの絶対値の平均値が0.02以上であり、
(c-3)前記組成変動組織における前記NとCとの合量に対してC量が占める含有割合について、最高含有割合zmaxを示すC最高含有点と最低含有割合zminを示すC最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するC最高含有点とC最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が5~100nmであり、前記C最高含有点の最高含有割合zmaxと前記C最低含有割合zminとの差Δzの絶対値の平均値が0.02以上であり、
(c-4)前記組成変動組織における前記TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すZrHf最高含有点と最低含有割合xminを示すZrHf最低含有点とのそれぞれの周期および位置と、前記NとCとの合量に対してC量が占める含有割合について、最高含有割合zmaxを示すC最高含有点と、最低含有割合zminを示すC最低含有点とのそれぞれの周期および位置とはそれぞれに対応して同期しており、前記ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値が、前記ZrHf最高含有点とその隣接するZrHf最低含有点との平均間隔の1/5以下であること、
を特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記組成変動組織が、積層組織であることを特徴とする(1)に記載された表面被覆切削工具。」である。
なお、本明細書中において、数値範囲を示す際に、「~」、あるいは、「-」を用いる場合は、その数値の下限および上限を含むことを意味する。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る表面被覆切削工具は、工具基体の表面に形成されている硬質被覆層が、TiZrHf複合炭窒化物層を有し、前記TiZrHf複合炭窒化物層に極微量の塩素を添加することにより、脆化を生じることなく、潤滑性にすぐれるとともに、C含有量に対するN含有量の比を増加させることにより、耐溶着性を高め、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工において課題とされた溶着チッピングの問題を解決したものである。
さらに、前記TiZrHf複合炭窒化物層は、ZrHf含有割合、および、C含有割合が、周期的に変化する組成変動組織を有し、特に、ZrHf最高含有点およびZrHf最低含有点の周期および位置と、C最高含有点およびC最低含有点の周期および位置がそれぞれ同期した高硬度の結晶粒を含有させることにより、すぐれた耐塑性変形性を発揮し、異常損傷の問題を解決したものである。
そして、かかる複合炭窒化物層を硬質被覆層として有する被覆切削工具は、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を兼ね備えているため、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工用として、長期の使用にわたり、工具寿命の向上をもたらすものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1参考被覆工具5のTiZr複合炭窒化物層の断面HAADF-STEM像を図1として示す。図1では、参考被覆工具5のTiZr複合炭窒化物層の断面HAADF-STEM像の白枠部において、TiとZrとの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向、特に、結晶粒内に形成される組成変動組織が、積層構造の組織であった場合には、積層組織を構成する層の層厚が最小となる方向を求めることができる。 次いで、前記「TiとZrとの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向」にEDSによるライン分析を行うことにより、Zr最高含有割合、Zr最低含有割合、C最高含有割合、C最低含有割合、Zr最高含有点とZr最低含有点の間隔、C最高含有点とC最低含有点の間隔、および、前記Zr最高含有点と、そのZr最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔を測定した。
図2】本発明被覆工具のTiZrHf複合炭窒化物層の組成変動組織の組成変動方向における、ZrHf含有割合およびC含有割合について、以下で説明される、ZrHf最高含有割合、ZrHf最低含有割合、ZrHf平均含有割合、C最高含有割合、C最低含有割合、および、C平均含有割合と、それぞれの含有割合に対応する、ZrHf最高含有点、ZrHf最低含有点、ZrHf平均含有点、C最高含有点、C最低含有点、および、C平均含有点の位置との関係を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
つぎに、本発明の被覆工具について、詳細に説明する。
【0011】
工具基体;
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。
例えば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、または、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)のいずれかであることが好ましい。
【0012】
硬質被覆層;
本発明に係る硬質被覆層は、少なくとも複合炭窒化物層を有するものであって、前記複合炭窒化物層は、TiZrHf複合炭窒化物層を含んでなるものである(参考発明は、TiZr複合炭窒化物層を含んでなるものである)。
また、硬質被覆層は、その他の層として、必要に応じ、工具基体と前記複合炭窒化物層との間に中間層や下部層を設けることや、前記複合炭窒化物層の上に上部層を設けることができる。
ここで、硬質被覆層の平均層厚は、0.5μm未満では、長期にわたる耐摩耗性を発揮することができず、一方、30.0μmを超えて厚くなると硬質被覆層全体として欠損やチッピングが発生しやすくなるため、0.5~30.0μmとすることが好ましい。
硬質被覆層の平均層厚は、例えば、工具基体に対し垂直方向断面において、SEM(走査型電子顕微鏡)またはTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて測定することができる。
【0013】
複合炭窒化物層;
(1)成分組成、平均層厚
本発明に係る複合炭窒化物層は、TiZrHf複合炭窒化物層を含むものであって、前記複合炭窒化物層を構成するTiZrHf複合炭窒化物は、組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))にて表した場合、0.10≦x≦0.90、0<y≦0.8、および、0.08<z<0.60をそれぞれ満足する。
ここで、xは、TiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占める平均含有割合を表し、yはZrとHfとの合量に対してZr量が占める平均含有割合を表す。また、zはNとCとの合量に対してC量が占める平均含有割合を示す。但し、x、yおよびzはいずれも原子比である。
本発明に係る前記TiZrHf複合炭窒化物層においては、耐溶着性向上元素であるNと、硬度向上元素であるCについて、Cの含有割合zを0.08<z<0.60にて含有させることにより、高耐溶着性、高硬度の両特性にすぐれた硬質被覆層を得ることができた。
なお、xが0.10より小さい、もしくは、xが0.90よりも大きい場合は、十分な格子ひずみが導入されず、十分な硬さを確保することができないため、0.10≦x≦0.90と規定した。
【0014】
また、前記複合炭窒化物層には、0.001~0.030原子%にて、きわめて微量の塩素を含有させることにより、潤滑効果が発揮されるため、切削中の摩耗による発熱を低減させることができる。
ここで、前記複合炭窒化物層における塩素の原子%とは、前記複合炭窒化物層における塩素(Cl)がTiとZrとHfとNとO(前記複合炭窒化物層は不可避不純物として1.5原子%以下の酸素を含有しうる)とClの合量に対して占める原子%をいい、0.001原子%未満では、潤滑効果が発揮できず、0.030原子%を超える場合には、被覆層の脆化の原因となるため、0.001~0.030原子%と規定した。
また、前記複合炭窒化物層の平均層厚は、0.5μm未満では、長期にわたる耐摩耗性を発揮することができず、一方、20.0μmを超えると、欠損やチッピングが発生しやすくなるため、硬度および耐摩耗性の観点からすぐれた効果を発揮する、0.5~20.0μmとする。
【0015】
(2)組成変動組織を有する結晶粒
本発明に係る前記複合炭窒化物(TiZrHfNC)層において、ZrHf含有割合、Ti含有割合、C含有割合およびN含有割合が、周期的に変化する組成変動組織を有する結晶粒を含む。
【0016】
1)ZrHf最高含有点、ZrHf最高含有割合(xmax)、ZrHf最低含有点、ZrHf最低含有割合(xmin)の定義;
前記組成変動組織において、ZrHf含有割合は、前記ZrHf含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、例えば、ZrHf最高含有割合-ZrHf最低含有割合-ZrHf最高含有割合-ZrHf最低含有割合・・・というように所定の間隔を保ち、周期的な含有割合の変化を示す。
ここでいうZrHf最高含有割合(xmax)、ZrHf最低含有割合(xmin)について説明すると、ZrHf最高含有割合(xmax)とは、各測定点におけるZrHf含有割合が、層全体の組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))におけるTiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占めるZrHf平均含有割合xavの値以上の連続した領域におけるZrHf含有割合の最大値をいう。連続してZrHf平均含有割合xavの値以上となる領域が複数ある場合は、それぞれの領域におけるZrHf含有割合の最大値をZrHf最高含有割合と定義し、それぞれの領域におけるZrHf含有割合が最大値をとる位置をそれぞれの領域におけるZrHf最高含有点と定義する。以後、ZrHf最高含有割合についてはxmaxと記すこともある。
同様に、ZrHf最低含有割合(xmin)とは、各測定点におけるZrHf含有割合が、層全体の組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))におけるTiとZrとHfとの合量に対してZrとHfとの合量が占めるZrHf平均含有割合xavの値以下となる連続した領域におけるZrHf含有割合の最小値をいう。連続してxavの値以下となる領域が複数ある場合は、それぞれの領域におけるZrHf含有割合の最小値をZrHf最低含有割合(xmin)と定義し、それぞれの領域におけるZrHf含有割合が最小値をとる位置をそれぞれの領域におけるZrHf最低含有点と定義する。以後、ZrHf最低含有割合についてはxminと記すこともある。
この定義によれば、ZrHf平均含有割合xavの値近傍での周期的な変化が存在する場合、ZrHf最高含有点とZrHf最低含有点が交互に出現する。
具体的に図2に基づき説明する。図2の左側を積層上部位置とするとZrHf含有割合は、上部より、ZrHf平均含有点(P1)-ZrHf最高含有点1(Pmax1)-ZrHf平均含有点(P2)-ZrHf最低含有点1(Pmin1)-ZrHf平均含有点(P3)-ZrHf最高含有点2(Pmax2)-ZrHf平均含有点(P4)-ZrHf最低含有点1(Pmin2)-ZrHf平均含有点(P5)の位置において、ZrHf含有割合は、ZrHf平均含有割合(xav)-ZrHf最高含有割合1(xmax1)-ZrHf平均含有割合(xav)-ZrHf最低含有割合1(xmin1)-ZrHf平均含有割合(xav)-ZrHf最高含有割合2(xmax2)-ZrHf平均含有割合(xav)-ZrHf最低含有割合1(xmin2)の順に変化する。
ここで、例えば、ZrHf平均含有点(P2)とZrHf平均含有点(P3)の位置の間において、連続してZrHfの平均含有割合(xav)を下回る極小点が(Pmin1)と(Pq)との2か所にて出現するが、その場合には、上記の定義により、より最小のZrHf含有割合(xmin1)を示す(Pmin1)位置をZrHf最低含有点とする。
以下、Ti成分、C成分、N成分についても、その平均含有割合の値以上の連続した領域において、それぞれの各領域における最大値をとる位置をそれぞれの領域における最高含有点といい、各成分の平均含有割合の値以下の連続した領域における最小値をとる位置をそれぞれの領域における最低含有点という。
【0017】
2)Ti最高含有点、Ti最高含有割合αmax、Ti最低含有点、Ti最低含有割合αminの定義;
前記組成変動組織において、TiとZrとHfとの合量に対してTi量が占める含有割合(以後、Ti含有割合とも記す)は、ZrHf含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、ZrHf最高含有点では、Ti最低含有割合αmin(=1-xmax)を示し、ZrHf最低含有点では、Ti最高含有割合αmax(=1-xmin)を示す。なお、αは原子比である。
すなわち、Ti含有割合は、前記ZrHf含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、同周期にて、Ti最低含有割合-Ti最高含有割合-Ti最低含有割合-Ti最高含有割合・・・という含有割合の変化を示す。ここでいう、Ti最高含有点、Ti最高含有割合、Ti最低含有点、Ti最低含有割合の定義は、前記ZrHfをTiに置き換え同様の定義である。
【0018】
3)C最高含有点、C最高含有割合(zmax)、C最低含有点、C最低含有割合(zmin)の定義;
前記組成変動組織において、C含有割合は、前記TiとZrHfの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、C最高含有割合-C最低含有割合-C最高含有割合-C最低含有割合・・・というように所定の間隔を保ち、周期的な含有割合の変化を示す。
ここでいうC最高含有割合、C最低含有割合について説明すると、C最高含有割合とは、各測定点におけるC含有割合が、層全体の組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))におけるNとCとの合量に対してC量が占める平均含有割合zavの値以上の連続した部分におけるC含有割合の最大値をいう。連続してzの値以上となる領域が複数ある場合は、それぞれの領域におけるC含有割合の最大値をC最高含有割合と定義し、それぞれの領域におけるC含有割合が最大値をとる位置をそれぞれの領域におけるC最高含有点と定義する。以後、C最高含有割合についてはzmaxと記すこともある。
同様に、C最低含有点とは、各測定点におけるC含有割合が、層全体の組成式(Ti(1-x)ZrxyHfx(1-y))(N(1-z))におけるNとCとの合量に対してC量が占めるC平均含有割合zavの値以下となる連続した領域におけるC含有割合の最小値をいう。連続してzの値以下となる領域が複数ある場合は、それぞれの領域におけるC含有割合の最小値をC最低含有割合と定義し、それぞれの領域におけるC含有割合が最小値をとる位置をそれぞれの領域におけるC最低含有点と定義する。以後、C最低含有割合についてはzminと記すこともある。
この定義によれば、C平均含有割合zavの値近傍での周期的な変化が存在する場合、最高含有点と最低含有点が交互に出現する。
C含有割合についても、ZrHf含有割合と同様、具体的に図2に示す。図2の左側を積層上部位置とするとC含有割合は、上部より、C平均含有点(R1)-C最高含有点1(Rmax1)-C平均含有点(R2)-C最低含有点1(Rmin1)-C平均含有点(R3)-C最高含有点2(Rmax2)-C平均含有点(R4)-C最低含有点1(Rmin2)-C平均含有点(R5)の位置において、C平均含有割合(zav)-C最高含有割合1(zmax1)-C平均含有割合(zav)-C最低含有割合1(zmin1)-ZrHf平均含有割合(zav)-C最高含有割合2(zmax2)-C平均含有割合(zav)-C最低含有割合1(zmin2)の順に変化する。
ここで、例えば、C平均含有点(R2)とC平均含有点(R3)の位置の間において、連続してCの平均含有割合(zav)を下回る極小点が(Rmin1)と(Rq)の2か所出現するが、その場合には、前記の定義により、より最小のC含有割合(zmin1)を示す位置(Rmin1)をC最低含有点とする。
【0019】
4)N最高含有点、N最高含有割合βmax、N最低含有点、N最低含有割合βmin
前記組成変動組織において、NとCとの合量に対してN量が占める含有割合(以後、N含有割合とも記す)は、C含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、C最高含有点では、N最低含有割合βmin(=1-zmax)を示し、C最低含有点では、N最高含有割合βmax(=1-zmin)を示す。なお、βは原子比である。
すなわち、N含有割合は、前記C含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、同周期にて、N最低含有割合-N最高含有割合-N最低含有割合-N最高含有割合・・・という含有割合の変化を示す。ここでいう、N最高含有点、N最高含有割合、N最低含有点、N最低含有割合の定義は、前記CをNに置き換え同様の定義である。
【0020】
5)ZrHf最高含有点およびZrHf最低含有点におけるZrHf含有割合差(xmax-xmin)ならびにC最高含有点およびC最低含有点におけるC含有割合差(zmax-zmin);
ZrHf最高含有点およびC最高含有点の位置、および、それぞれの最高含有点と最低含有点の周期は、後述する成膜方法において、同期させることができる。
さらに、ZrHf最高含有割合xmaxとZrHf最低含有割合xminの差Δxの絶対値の平均値が0.02以上、かつ、C最高含有割合zmaxとC最低含有割合zminの差Δzの絶対値の平均値が0.02以上の組成変動組織とすることにより、硬さが向上する。硬さが向上する要因は下記の2点が考えられる。
(1)ZrおよびHfとCが増加した領域(富化された領域)とZrおよびHfとCが減少した領域(貧化された領域)の間において転位の移動を妨げることにより、硬さを向上させることができる。
(2)ZrおよびHfが増加した領域においてCを増加させているため、均一なTiZrHfNC層に比較して「ZrとNの結合の影響」および「HfとNの結合の影響」が小さい。ZrNおよびHfNは、ZrC、HfC、TiC、TiNと比較して硬さに劣るため、ZrおよびHfとNの結合の影響を小さくすることで硬さを向上させることができる。
なお、ZrHf最高含有割合xmaxとZrHf最低含有割合xminの差は、0.02以上、0.90以下がより好ましく、C最高含有割合zmaxとC最低含有割合zminの差は、0.02以上、0.75以下がより好ましい。これらの差が大きすぎると微小チッピング等の異常損傷が起こり易くなる。この原因は明らかではないが、組成変動組織内での格子定数の変化が大きくなり過ぎ、結晶粒としての靭性が低下したものと推定している。
【0021】
6)隣接するZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔(平均値);
ZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔については「複合炭窒化物層の縦断面観察において、周期的な組成変化の周期幅が最小になる方向で測定される平均間隔が5~100nmであること」が、硬さ向上のために必要である。
前記硬さ向上効果を発揮させるためには、平均間隔は小さい方が望ましく、100nm以下であることが必要である。一方、平均間隔が5nm未満では、それぞれを明確に区別して形成することが困難となるため、所望の硬度が得られず、耐摩耗性を確保することができない。
例えば、図2では、ZrHf最高含有点1(Pmax1)とZrHf最低含有点1(Pmin1)との間隔(Pmin1-Pmax1)と、ZrHf最高含有点2(Pmax2)とZrHf最低含有点2(Pmin2)との間隔(Pmin2-Pmax2)との平均値として求めることができる。
【0022】
7)ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値;
前記硬さ向上効果(段落0020の(2)の効果)を発揮させるためには、「ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値」は、小さい方が好ましく、隣接するZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の平均間隔の1/5以下であることが必要である。
なお、上述の通り「ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値」は、小さい方が好ましいと考えられるが、本発明で開示する製造方法によって、ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値が、前記ZrHf最高含有点とその隣接するZrHf最低含有点との平均間隔の1/160でも効果を発揮することが確認されている。
ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値については、例えば、図2では、ZrHf最高含有点1(Pmax1)と、そのZrHf最高含有点1(Pmax1)から最も近い位置にあるC最高含有点1(Rmax1)との間隔(Rmax1-Pmax1)と、ZrHf最高含有点2(Pmax2)と、そのZrHf最高含有点2(Pmax2)から最も近い位置にあるC最高含有点2(Rmax2)との間隔(Rmax2-Pmax2)との平均値として求めることができる。
この値を隣接するZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔(平均値)、すなわち、ZrHf最高含有点1(Pmax1)とZrHf最低含有点1(Pmin1)との間隔(Pmin1-Pmax1)と、ZrHf最高含有点2(Pmax2)とZrHf最低含有点2(Pmin2)との間隔(Pmin2-Pmax2)との平均値の1/5と対比することにより、効果の有無を判断することができる。
【0023】
8)組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合;
前記硬さ向上効果を発揮させるためには、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合は大きい方が好ましく、複合炭窒化物層の縦断面観察において、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合が10%以上であることが必要である。
なお、上述の通り「組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合」は、大きい方が好ましいと考えられるが、本発明で開示する方法によって、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合が98%であっても効果を発揮することが確認されている。
【0024】
9)積層組織;
前記硬さ向上効果をより発揮させるためには、前記組成変動組織は積層組織であることが好ましい。ここでいう積層組織とは「組成変動組織のうち、隣接するZrHf平均含有点の間には、1つのZrHf極大含有点もしくは1つのZrHf極小含有点のみが存在し、隣接するC平均含有点の間には、1つのC極大含有点もしくは1つのC極小含有点のみが存在する組織」を指す。
なお、硬さ向上の観点からは、積層組織の積層方向(TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層の縦断面観察において周期的な組成変化の周期幅が最小になる方向)は膜厚方向と一致する必要は無い。後述する成膜方法の場合、積層組織を有する結晶粒を含む複合炭窒化物層が得られるが、積層組織の積層方向は膜厚方向と一致するとは限らない。
その他、粒界近傍は積層構造でない場合や、粒界近傍にTi、Zr、Hf、C、N、O、Clのいずれかの元素が濃化している場合があるが、前述の通り、組成変動組織(この場合、積層構造の組成変動組織)が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合が10%以上であれば、硬さ向上効果を発揮する。
【0025】
(3)複合炭窒化物層(TiZrNC層またはTiZrHfNC層)の成膜方法
本発明において規定する成分組成を有し、特定の組成変動組織を有するTiZrHfNC層は、一例として、例えば、工具基体に対し、化学蒸着法を用いて、以下に示す条件にて成膜を行なうことにより、形成することができる(参考発明のTiZrNC層も同様である)
すなわち、TiZrHfNC層の成膜条件は、原料として、TiClガス、ZrClガスまたはZrClガス+HfClガス、HClガス、CHガス、Nガス、Hガスを用い、成膜温度は、980℃以上1080℃未満、圧力条件は、16kPa以上40kPa未満にて、周期供給可能なCVD装置を用いて行うことができる(参考発明のTiZrNC層も同様である)
具体的には、ガス成分は共通であるものの、組成の異なる、ガス群Aとガス群Bにおける反応を単位周期とし、単位周期の反応を必要回数繰り返すことにより、実施するものである。
【0026】
[成膜条件]
1)反応ガス組成(容量%):
ガス群A;TiCl:0.4~0.7%、
ZrCl:0.1~1.8%、HfCl:0.0~1.7%、
ただし、ZrCl+HfCl:0.5~1.8%、
HCl:0.1~0.4%、
CH:1.0~6.0%、
:25.0~60.0%、
:残、
ガス群B;TiCl:0.2~0.5%、ただし、ガス群AのTiCl濃度未満、
ZrCl:0.1~2.2%、HfCl:0.0~2.2%、
ただし、ZrCl+HfCl:0.8~2.2%、
かつ、ガス群Aの(ZrCl+HfCl)濃度を超え、
HCl:0.1~0.4%、
CH:2.0~8.0%、ただし、ガス群AのCH濃度を超え
:15.0~50.0%、ただし、ガス群AのN濃度未満
:残、
2)供給周期:
(ガス群A→ガス群B)を一周期としてこれを繰り返す。
各ガス群の供給時間は、ガス群A、ガス群Bのいずれも5秒以上であり、一周期当たりのガス供給時間は、10秒以上である。一周期当たりのガス供給時間が、10秒未満では、
組成変動組織を明確に区別して形成することが困難となる。一方、一周期当たりのガス供給時間を長くするに従い、結晶粒内の組成変動組織の組成変動が長周期化する結果、前述の「ZrおよびHfとCが富化された領域とZrおよびHfとCが貧化された領域の間で転位の移動を妨げ、硬さを向上させる効果」が小さくなるため、硬さが低下する。各ガス群の供給時間は、ガス群A、ガス群Bのいずれも90秒以下が好ましく、一周期当たりのガス供給時間は180秒以下が好ましい。よって一周期当たりのガス供給時間は10秒以上180秒以下とすることが好ましい。
複合炭窒化物層の層厚の調整は、前記ガス供給周期(ガス群A→ガス群B)の繰り返し回数を増減させることにより行う。
3)反応雰囲気温度:980℃以上1080℃未満
反応雰囲気温度については、980℃未満では、十分な成膜速度が得られず、TiZrNC層またはTiZrHfNC層の塩素含有量が多くなり易い傾向がある。一方1080℃以上では、超硬合金母材からC等の元素が皮膜中に拡散し、十分な付着強度が得られないことがある。よって、反応雰囲気温度については980℃以上1080℃未満が好ましい。なお、より好ましくは1010℃以上1080℃未満が望ましい。
4)反応雰囲気圧力:16kPa以上40kPa未満
16kPa未満では十分な膜厚が得られず、40kPa以上では、皮膜中にポアが含まれやすくなる。よって、反応雰囲気圧力については16kPa以上40kPa未満が好ましい。
【0027】
(4)下部層および上部層の成膜方法
本発明および参考発明においては、工具基体と複合炭窒化物層(TiZrNC層またはTiZrHfNC層)との間に下部層を、複合炭窒化物層(TiZrNC層またはTiZrHfNC層)の上に上部層を成膜することができる。
なお、成膜する化合物および成膜条件については、後記表3を参照。
【0028】
つぎに、本発明の表面被覆切削工具について、実施例により具体的に説明する。
【実施例
【0029】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
【0030】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体D、Eを作製した。
【0031】
ついで、これらの工具基体A~Eのそれぞれを、化学蒸着装置に装入し、TiZr複合炭窒化物層またはTiZrHf複合炭窒化物層を成膜することにより、本発明被覆工具1、2、4、6、7、11~14(参考被覆工具3、5、8~10、14、15)をそれぞれ製造した。
なお、下部層、上部層は、必要に応じて設けた。
(a)下部層および上部層は、表5に示される目標層厚にて、表3に示される形成条件にて、蒸着形成した。
(b)次に、表4に基づいて、工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、本発明成膜工程のTiZrNC層・TiZrHfNC層の形成記号(ただし、B、D、Iは参考発明成膜工程)の成膜条件により成膜を行い、得られた、本発明被覆工具、参考被覆工具のTiZrNC層・TiZrHfNC層の平均組成、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合、ZrHf最高含有割合(平均値)、ZrHf最低含有割合(平均値)、C最高含有割合(平均値)、C最低含有割合(平均値)、ZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔(平均値)、C最高含有点とC最低含有点の間隔(平均値)、および、ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔(平均値)、平均層厚を表5に示す。
なお、表5の下部層欄においてTiN層(0.5)+l-TiCN層(3.0)と表記した場合、下部層第一層としてTiN層を0.5μm成膜し、さらに下部層第二層としてl-TiCN層を3.0μm成膜したことを示す(表5の上部層および後述の表6の下部層および上部層においても同様である。)。
なお、前記l-TiCN層は、縦長成長結晶組織を有するTiCN層をいう(表3の注)を参照。)。
【0032】
また、比較の目的で、本発明被覆工具と同様の手順で比較例被覆工具1~12をそれぞれ製造した。すなわち、
(a)工具基体に表3に示される条件にて、表6に示される目標層厚の下部層を蒸着形成した。
(b)次に、表4に基づいて、工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、比較例成膜工程のTiZrNC層・TiZrHfNC層の形成記号の成膜条件により成膜を行い、得られた、比較例被覆工具1~12のTiZrNC層・TiZrHfNC層の平均組成、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合、ZrHf最高含有割合(平均値)、ZrHf最低含有割合(平均値)、C最高含有割合(平均値)、C最低含有割合(平均値)、ZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔(平均値)、C最高含有点とC最低含有点の間隔(平均値)、および、ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔(平均値)、平均層厚を表6に示す。
【0033】
ここで、本発明被覆工具1、2、4、6、7、11~14(参考被覆工具3、5、8~10、14、15)、および、比較例被覆工具1~12の分析方法について述べる。
厚の測定は、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いた。まず、刃先近傍のすくい面のうち、刃先から100μm離れた位置において、工具基体に垂直な方向の断面(縦断面)が露出するように研磨を施した。次に刃先近傍のすくい面の刃先から100μm離れた位置を含むように、5000倍の視野でTiZrN層およびTiZrHfN層を観察し、観察視野内の5点の層厚を測定し、平均値を平均層厚とした。
続いて、前述の研磨した面の刃先近傍のすくい面の刃先から90から110μm離れた位置において10点、電子線マイクロアナライザ(EPMA,Electron-Probe-Micro-Analyser)を用いて塩素(Cl)がTiとZrとHfとCとNとOとClとの合量に対して占める割合(原子%)を測定した。この10点の平均値を塩素量として表5および表6に記した。
【0034】
次に、収束イオンビーム(FIB)を用いて工具基体表面に垂直な縦断面を切り出し、TiZrNC層またはTiZrHfNC層の組成を、その層厚方向に沿って、工具基体表面に平行な方向の幅が10μmであり、硬質被覆層の厚み領域が全て含まれるように設定された視野について、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(以下、「HAADF-STEM」ともいう。)およびエネルギー分散型X線分析法(EDS)を用いて1.0μm×1.0μmの視野(TiZrNC層またはTiZrHfNC層の膜厚が1.0μm以下の場合は、TiZrNC層またはTiZrHfNC層の膜厚×1.0μmの視野)にて異なる5箇所にて組成分析を行い、その平均値からTiZrNC層またはTiZrHfNC層全体の平均組成を求めた。
【0035】
次に、HAADF-STEMを用いて組成変動組織が、複合炭窒化物層の組織に占める面積割合を求めた。具体的には、1.0μm×1.0μmの視野(TiZrNC層またはTiZrHfNC層の膜厚が1.0μm以下の場合は、TiZrNC層またはTiZrHfNC層の膜厚×1.0μmの視野)において、HAADF-STEM像を異なる5視野で観察し、各視野において、組成変動組織が、前記複合炭窒化物層の組織に占める面積割合を求め、それら各視野における組成変動組織の平均値を、組成変動組織が複合炭窒化物層の組織に占める面積割合とした。
HAADF-STEM像では構成元素の原子量差に起因するコントラストが強いため、ここで観察された、「HAADF-STEM像で周期的な明暗がある組織」は「TiとZrおよびHfとの周期的な組成変化を有する組織」であることを推定することができる。
次いで、前記周期的な明暗のある組織について、EDSによるライン分析法を用いて、TiとZrおよびHfとの周期的な組成変化を有するものであるか確認を行った。
図1参考被覆工具5のTiZr複合炭窒化物層の断面HAADF-STEM像を示す。
【0036】
図1のHAADF-STEM像によれば、左端部の結晶粒内には、積層構造の組成変動組織を複数見ることができ、例えば、白枠に囲まれた部分を含む最上部の積層構造の組成変動組織について、EDSライン分析を行った。
初めに、HAADF-STEM像から「TiとZrおよびHfとの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向(すなわち、HAADF-STEM像における明暗のコントラストの周期幅が最小となる方向)」を求めた。図1では参考被覆工具5のTiZr複合炭窒化物層の断面HAADF-STEM像の白枠部において、TiとZrとの組成変化の周期が最小となる方向(例えば、結晶粒内に形成される組成変動組織が、積層構造の組織であった場合には、積層組織を構成する層の層厚が最小となる方向をいう。)を求めた結果を示す。
なお、前述の通り、HAADF-STEM像では構成元素の原子量差に起因するコントラストが強く、図1のHAADF-STEM像において、明るい部分ほどZrが多く含有されている。また、白枠部は、一つの結晶粒内に含まれている。なお、HAADF-STEMによって粒界が明瞭に観察できない場合は、同じ個所について、電子回折パターンによる結晶方位マッピングを10nm間隔で測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し隣接する測定点(以下、「ピクセル」ともいう)間での方位差を測定し、5度以上の方位差がある場合、そこを粒界と定義する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。(ただし、隣接するピクセルすべてと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱った。
そして、前記「TiとZrおよびHfとの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向」にEDSによるライン分析を行うことにより、ZrHf最高含有割合、ZrHf最低含有割合、C最高含有割合、C最低含有割合、ZrHf最高含有点とZrHf最低含有点の間隔、C最高含有点とC最低含有点の間隔、および、前記ZrHf最高含有点と、そのZrHf最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔を測定した。
これらは、いずれも5個の積層構造の組成変動組織に対してEDSライン分析を行い、各々の積層構造の組成変動組織における測定値(各積層構造毎に10点)の平均値として求めたものである。
表5および表6に測定および算出したそれぞれの値を示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
【表4】



【0041】
【表5】

【0042】
【表6】




【0043】
つぎに、前記各種の被覆工具を工具鋼製バイト先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1、2、4、6、7、11~14(参考被覆工具3、5、8~10、14、15)、比較例被覆工具1~12について、以下に示す、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに、溶着の発生等の有無について観察を行い、結果を表7に示す。
【0044】
≪切削条件A≫
切削試験:析出硬化型ステンレス鋼丸棒の湿式連続高送り切削試験
被削材: JIS・SUS630
切削速度:120m/min、
切り込み:1.5mm、
一刃送り量:0.43mm/刃、
切削時間:5.0分、
≪切削条件B≫
切削試験:析出硬化型ステンレス鋼1スリット材湿式断続高送り切削加工試験
被削材: JIS・SUS630
切削速度:90m/min、
切り込み:1.0mm、
一刃送り量:0.38mm/刃、
切削時間:2.0分、
【0045】
【表7】



【0046】
表7の切削加工試験結果からも明らかなように、本発明被覆工具は、表5において示す、所望量の塩素を含み、また、ZrHf含有割合およびC含有割合が周期的に変化し、ZrHf最高含有点とC最高含有点の周期および位置がそれぞれ同期した積層構造の組成変動組織を含有したTiZr複合炭窒化層またはTiZrHf複合炭窒化物層とすることにより、例えば、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工において、剥離、チッピングの発生はなく、逃げ面最大摩耗幅も小さく、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する。
これに対し、比較例被覆工具は、硬質被覆層として含まれる複合炭窒化物層が、所望の平均組成を満たしていない、あるいは、所望の平均組成を満たしている場合であっても、ZrHf含有割合およびC含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有していないことにより、所望の特性を発揮することができず、摩耗の進展、溶着の発生、チッピングの発生等により、短時間で寿命に至るものであった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
前述のとおり、本発明の被覆工具は、硬質被覆層として含まれる複合炭窒化物層において、各成分の含有割合が周期的に変化する、所望の組成変動組織を有することにより、例えば、析出硬化型ステンレス鋼の高送り切削加工において、すぐれた耐溶着性、耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに、低コスト化に十分満足するものである。
図1
図2