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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】光学素子及び光学素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/18 20150101AFI20231115BHJP
   G02B 1/115 20150101ALI20231115BHJP
   C03C 17/34 20060101ALI20231115BHJP
   B32B 7/023 20190101ALI20231115BHJP
【FI】
G02B1/18
G02B1/115
C03C17/34 Z
B32B7/023
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020525525
(86)(22)【出願日】2019-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2019022739
(87)【国際公開番号】W WO2019240039
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2021-12-24
(31)【優先権主張番号】P 2018114006
(32)【優先日】2018-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109221
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 充広
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 仁一
(72)【発明者】
【氏名】多田 一成
【審査官】中村 説志
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-036144(JP,A)
【文献】特開2001-286754(JP,A)
【文献】国際公開第2017/056598(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/137209(WO,A1)
【文献】特開2003-287601(JP,A)
【文献】国際公開第01/071394(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第10-0718597(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/115
G02B 1/18
B32B 7/023
C03C 17/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光透過性を有する基板に2層以上の反射防止用の多層膜が成膜されたレンズである光学素子であって、
前記多層膜は、少なくとも1層の低屈折率層と、少なくとも1層の高屈折率層とを有し、
前記基板から最も遠い最上層が前記低屈折率層であり、
前記最上層に隣接した前記高屈折率層が光触媒機能を有する金属酸化物を主成分とする機能層であり、
前記最上層は、前記機能層の表面を部分的に露出させる複数の細孔を有し、前記最上層の膜密度は、98%以上であり、
前記細孔の横断面は、円形であり、直径が10nm以上5μm以下であ
前記最上層の表面積に対する前記複数の細孔の横断面の総面積の割合は、5%以上20%以下である、光学素子。
【請求項2】
前記機能層はTiを主成分とする酸化物から形成されている、請求項に記載の光学素子。
【請求項3】
光透過性を有する基板に2層以上の反射防止用の多層膜が成膜されたレンズである光学素子の製造方法であって、
前記多層膜は、少なくとも1層の低屈折率層と、少なくとも1層の高屈折率層とを有し、
前記基板から最も遠い最上層として前記低屈折率層を形成し、
前記最上層に隣接した前記高屈折率層として光触媒機能を有する金属酸化物を主成分とする機能層を形成し、
前記最上層は、イオンアシストデポジション法及びスパッター法のいずれかで成膜され、
前記最上層に、前記機能層の表面を部分的に露出させる複数の細孔を形成し、
前記細孔の横断面は、円形であり、直径が10nm以上5μm以下であり、
前記最上層の表面積に対する前記複数の細孔の横断面の総面積の割合は、5%以上20%以下である、光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記細孔は、電子線描画で形成される、請求項に記載の光学素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層膜を成膜した光学素子及び当該光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば車両の運転支援のため、車両に車載カメラを搭載することが行われている。より具体的には、車両の後方や側方を撮像するカメラを自動車の車体に搭載し、このカメラによって撮像された映像を運転者が視認可能な位置に表示することによって死角を減らし、これにより安全運転に貢献できる。
【0003】
ところで、車載カメラは車外に取り付けられる場合が多く、そのレンズ上に水滴や泥等の汚れがしばしば付着する。レンズに付着した水滴や汚れの度合によっては、カメラで撮像された画像が不鮮明となるおそれがある。そこで、レンズの物体側面に光触媒物質を塗布することで、紫外線の照射により表面に付着した有機物質を洗浄する技術が開発されている。例えば車載カメラに搭載される撮像レンズの物体側面に、光触媒効果を有するTiナノ粒子を塗布することが考えられる。
【0004】
特許文献1では、光触媒性粒子の光触媒性能を損なうことなく、セルフクリーニング性を有する反射率を低減した膜を形成した反射防止膜付き基材が開示されている。特許文献1の反射防止膜付き基材は、基材の表面に高屈折率層と低屈折率層とを順に積層して形成されており、高屈折率層に光触媒性能を有する粒子を含有させ、低屈折率層に多孔質シリコーン樹脂を含有させている。
【0005】
ところで、車載カメラに搭載される撮像レンズ等においては、過酷な環境下で使用されるため、十分な耐環境性能が要求される。より具体的には、車両の走行に伴う衝撃や風圧、走行により跳ね上げられた砂塵により、露出した撮像レンズの光学面が傷損や浸食を受ける可能性がある。さらには、潮風に含まれる塩水、酸性雨、洗車等の際に使用される洗剤やワックス等の薬剤等により表面劣化や変質を生ずるおそれがある。
【0006】
しかしながら、特許文献1の基材では、高屈折率層の上に低屈折率層用の多孔質シリコーン樹脂を含むコーティング材料をウェット成膜によって塗布しており、低屈折率層用の膜の密度が低く、特に塩水耐性の確保が難しいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2009-53373号公報
【発明の概要】
【0008】
本発明は、特に塩水耐性に優れ、かつ光触媒効果を発揮できる光学素子及び当該光学素子の製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
上述した目的のうち少なくとも一つを実現するために、本発明の一側面を反映した光学素子は、光透過性を有する基板に2層以上の多層膜が成膜されたものであって、多層膜は、少なくとも1層の低屈折率層と、少なくとも1層の高屈折率層とを有し、基板から最も遠い最上層が低屈折率層であり、最上層に隣接した高屈折率層が光触媒機能を有する金属酸化物を主成分とする機能層であり、最上層は、機能層の表面を部分的に露出させる複数の細孔を有する。ここで、低屈折率層とは、屈折率が1.7以下である層を意味する。高屈折率層とは、屈折率が1.9以上である層を意味する。
【0010】
上述した目的のうち少なくとも一つを実現するために、本発明の一側面を反映した光学素子の製造方法は、光透過性を有する基板に2層以上の多層膜が成膜された光学素子の製造方法であって、多層膜は、少なくとも1層の低屈折率層と、少なくとも1層の高屈折率層とを有し、基板から最も遠い最上層として低屈折率層を形成し、最上層に隣接した高屈折率層として光触媒機能を有する金属酸化物を主成分とする機能層を形成し、最上層に、機能層の表面を部分的に露出させる複数の細孔を形成する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態にかかる光学素子の断面を模式的に示す図である。
図2図1に示す光学素子の表面を拡大した図である。
図3】光学素子の製造方法を説明する図である。
図4図4A~4Gは、光学素子の製造方法のうち細孔の形成工程を説明する概念図である。
図5】実施例及び比較例の多層膜の分光特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。図1は、本実施形態にかかる光学素子の断面を模式的に示す図である。図1に示す光学素子100は、光透過性を有する基板であるガラス基材(ガラス基板)GL上に低屈折率層Lと高屈折率層Hとが交互に積層された構造の多層膜MCを有するものである。但し、ガラス基材GLに高屈折率層Hが接していてもよい。このような光学素子100は、車載用レンズや通信用レンズとして用いることができる。また、図1において、ガラス基材GLと機能層20との間に位置する層を、高屈折率層や低屈折率層の代わりに、中間屈折率層の等価膜として置換してもよい。
【0013】
図1において、ガラス基材GLから最も遠い最上層10が低屈折率層Lであり、最上層10の下に設けられた高屈折率層H、本実施形態の場合、最上層10に隣接した高屈折率層Hが光触媒機能を有する金属酸化物の機能層20である。比較的強度が高い低屈折率層Lを最上層10とすることで、耐傷性を向上できる。また、機能層20は、最上層10を通じて又は介してUV光で励起した活性酸素を用いて光触媒機能を発揮するため、最上層10にできるだけ近い位置に置くことが好ましい。最上層10に隣接して機能層20を設けることで、例えば光触媒機能を有効に発揮できる。また、機能層20として、光触媒効果、光活性効果を持つ金属酸化物を用いることで、表面有機物を除去し最上層10の超親水性を維持できる。機能層20には、例えば、TiO等を用いる。TiOを用いた機能層20は、IAD(イオンアシストデポジション(Ion Assisted Deposition)(以下、IADという))を用いて成膜すると光触媒効果が高まる。
【0014】
「光触媒機能」とは、太陽光や人工光が入射することにより強力な酸化力が生じ、接触してくる有機化合物や細菌等の有害物質を有効に除去することや、親水作用により、水滴が表面にとどまることを防ぎ、また、油性等の汚れが定着せずに水等で洗浄されること等のセルフクリーニング機能をいい、例えば二酸化チタンが持つ機能である。なお、「最上層に隣接する」とは、最上層10と機能層20とが密着している場合の他、最上層10と機能層20との間に、その機能の発現を妨げないとみなせる層(例えば20nm以下の層)を設ける場合も含む。
【0015】
図2に拡大して示すように、最上層10の低屈折率層Lは、隣接する高屈折率層Hとなる機能層20に光触媒機能を発現させるための複数の細孔30を有している。詳細は後述するが、細孔30は、電子線(EB)描画で形成される。最上層10の低屈折率層Lの表面積に対する複数の細孔30の横断面の総面積(光学素子100を上から見たときの細孔30の総面積)の割合(以下、細孔密度という)は、5%以上70%以下となっている。細孔密度が5%以上であることにより、光学素子100の光触媒機能を維持することができる。また、細孔密度が70%以下であることにより、光学素子100の反射率を維持することができる。なお、細孔密度は、5%以上20%以下であることがより好ましい。また、細孔30の横断面は、円形を有し、その直径(細孔30が楕円形の場合には、細孔30の横断面の最も短い長さwに相当)は10nm以上5μm以下となっている。細孔30が円形であることにより加工を比較的容易にすることができる。また、細孔30の最も短い長さwが10nm以上であることにより、細孔30に光触媒効果によって分解しきれない汚れが溜まりにくく、光学素子100の光触媒機能を維持することができる。また、細孔30の最も短い長さwが5μm以下であることにより、ユーザーに視認されにくく、かつ迷光を防ぐことができる。なお、細孔密度が5%以上20%以下である場合、細孔30の横断面の最も短い長さwは10nm以上5μm以下、好ましくは500nm以上5μm以下とすることができる。また、細孔密度が20%超過70%以下である場合、細孔30の横断面の最も短い長さwは10nm以上500nm未満であることが好ましい。500nm以上5μm以下の長さwを有する細孔30は、可視光の反射率に影響するため、細孔密度が5%以上20%以下の範囲にする。一方、細孔30の長さwを10nm以上500nm未満とすると、細孔30の大きさが反射率にほとんど影響しないため、細孔密度をさらに20%超過70%以下の範囲に広げることができる。
【0016】
また、複数の細孔30は、最上層10の低屈折率層Lに均一に配置されている。これにより、光学素子100の光触媒機能を均一に発揮させることができる。なお、隣接する細孔30間の間隔は、数十nm~数μmであればよい。
【0017】
また、本実施形態の光学素子100は望ましくは以下の条件式を満たす。
60nm≦TL≦350nm … (1)
50nm≦Tcat≦700nm … (2)
ここで、
TL:最上層10の膜厚
Tcat:最上層10に隣接した高屈折率層H又は機能層20の膜厚
【0018】
条件式(1)の値が上限以下であると、最上層10に設けた複数の細孔30を通じてUV光で励起した活性酸素をやり取りすることにより光触媒効果を発揮できる。一方、条件式(1)の値が下限以上であると、最上層10の超親水機能を保持しやすく、かつ強固な最上膜を形成できるため十分な耐傷性を確保できる。なお、光学素子100は、以下の式を満たすことが好ましい。
60nm≦TL≦250nm … (1’)
【0019】
条件式(2)の値が下限以上であると、機能層20の膜厚を確保できるため十分な光触媒効果を期待できる。一方、機能層20の厚さが増大すればするほど光触媒効果を期待できるが、その代わり多層膜に要求される所望の分光特性を得にくくなるため、条件式(2)の値は上限以下とすることが望ましい。なお、光学素子100は、以下の式を満たすことが好ましい。
50nm≦Tcat≦600nm … (2’)
【0020】
最上層10に隣接した高屈折率層H又は機能層20は、Tiを主成分とする酸化物(例えばTiO)から形成されている。TiO等のTi酸化物は光触媒効果が非常に高いものとなっている。特に、アナターゼ型のTiOは、光触媒効果が高いため機能層20の材料として望ましい。
【0021】
最上層10は例えば主にSiOから形成されている。最上層10において、SiOは90%以上含有されていることが好ましい。夜間や屋外等ではUV光が入射しにくく、Tiを主成分とする酸化物では親水効果が低下するが、かかる場合でも最上層10をSiOから形成することで超親水効果を発揮でき、また、耐傷性もより高められる。超親水性を有するとは、光学素子100上の水滴10μlの接触角が20°以下、望ましくは10°以下になることを意味する。最上層10にSiOを用いる場合、成膜後に200℃以上で2時間の加熱処理を施すことで、耐傷性が向上する。
【0022】
なお、最上層10はSiOとAlとの混合物(但し、SiOの組成比が90重量%以上)から形成されてもよい。これにより夜間や屋外等でも親水効果を発揮でき、また、SiOとAlとの混合物とすることで耐傷性もより高められる。最上層10にSiOとAlとの混合物を用いる場合、成膜後に200℃以上で2時間の加熱処理を施すことで、耐傷性が向上する。なお、最上層10の一部又は全部を成膜する際にIAD法を用いると好ましい。これにより、耐傷性が向上する。
【0023】
多層膜MCの各層は蒸着法で成膜されており、各層のうちいずれかの層はIAD法で成膜されていると好ましい。IAD法による成膜で耐傷性をより向上できる。
【0024】
特に、最上層10は、IAD法、及びスパッター法等で成膜される。これにより、膜密度を向上させることができ、塩水耐性を向上させることができる。ここで、塩水耐性を有するとは、後述する塩水噴霧試験後、膜厚減少値が20nm以下であることを意味する。
【0025】
最上層10である低屈折率層Lの膜密度は、98%以上となっている。ここで、膜密度は、空間充填密度を意味する。最上層10の低屈折率層Lの膜密度を98%以上とすることで、塩水に対する耐性をより向上させることができる。
【0026】
光学素子100は以下の条件式を満たすと好ましい。
1.35≦NL≦1.55 … (3)
ここで、
NL:低屈折率層Lの材料のd線での屈折率
【0027】
条件式(3)を満たすことで、所望の光学特性を有する光学素子100を得ることができる。ここで、d線とは波長587.56nmの波長の光をいう。低屈折率層Lの素材として、d線での屈折率が1.48であるSiOや、d線での屈折率が1.385であるMgFを用いることができる。
【0028】
光学素子100は以下の条件式を満たすと好ましい。
1.6≦Ns≦2.2 … (4)
ここで、
Ns:ガラス基材GLのd線での屈折率
【0029】
光学設計上、ガラス基材GLのd線での屈折率として条件式(4)を満たすことで、コンパクトな構成とした上で光学素子100の光学性能を高めることができる。条件式(4)を満たすガラス基材GLに本実施形態の多層膜MCを成膜することで、外界に対して露出するレンズ等に用いることができ、優れた耐環境性能と光学性能とを両立することができる。
【0030】
以下、図3等を参照しつつ、光学素子100の製造方法について説明する。まず、ガラス基材(ガラス基板)GL上に多層膜MCとしての低屈折率層Lと高屈折率層Hとを交互に積層する(ステップS11)。ただし、ステップS11においては、多層膜MCのうち最上層10と機能層20とを除いた層を形成する。つまり、機能層20の下側に隣接する低屈折率層Lまで形成する。多層膜MCは、各種の蒸着法、IAD法、スパッター法等を用いて形成する。
【0031】
次に、ステップS11で形成した多層膜上に、機能層20となる高屈折率層Hを形成する(機能層形成工程:ステップS12)。機能層20としての高屈折率層Hは、各種の蒸着法、IAD法、スパッター法等を用いて形成する。機能層20としての高屈折率層Hは、光触媒機能を有する金属酸化物を主成分とする材料(具体的には、TiO等のTiを主成分とする酸化物)で形成する。光触媒効果が強いアナターゼ型のTiOを得る場合、IAD法又はスパッター法を用いて、200℃以上の温度で成膜することが望ましい。
【0032】
次に、機能層20上に最上層10となる低屈折率層Lを形成する(ステップS13)。最上層10としての低屈折率層Lは、IAD法及びスパッター法のいずれかを用いて形成する。最上層10としての低屈折率層Lは、SiOやSiOとAlとの混合物等で形成する。塩水耐性を強化するため、機能層20は、膜密度が98%以上となる条件で形成される。また、膜密度を98%以上の最上層10を得るために、IAD法又はスパッター法を用いて、200℃以上の温度で成膜することが望ましい。以上により、ガラス基材GL上に多層膜MCを形成した中間体(最上層10に細孔30が形成されていないもの)40が形成される。
【0033】
次に、最上層10の低屈折率層Lに複数の細孔30を形成する(ステップS14)。細孔30は、電子線(EB)描画で形成される。以下、図4A~4Gを参照しつつ、細孔30の形成工程について説明する。
【0034】
まず、図4Aに示すように、最上層10の表面10aを洗浄後、最上層10の表面10aに界面活性剤50(OAP(ヘキサメチルジシラザン)、東京応化工業株式会社製)を塗布する。具体的には、中間体40にOAPを3000rpmで30秒間スピンコートする。その後、中間体40を不図示のホットプレートを用いて110℃で1分間加熱してプリベークする。
【0035】
次に、図4Bに示すように、中間体40に超高解像度電子線(EB)レジスト60(ZEP520A、日本ゼオン株式会社製)を塗布する。具体的には、中間体40にZEP510Aを4000rpmで60秒間スピンコートする。その後、中間体40を不図示のホットプレートを用いて180℃で5分間加熱する。
【0036】
次に、図4Cに示すように、中間体40のEBレジスト60上にエスペーサー70を塗布する。中間体40の表面、具体的には最上層10の表面10aが絶縁の場合、EBレジスト60上に電子を逃がすエスペーサー70の塗布が必要となる。中間体40にエスペーサー70を3000rpmで60秒間スピンコートする。その後、中間体40を不図示のホットプレートを用いて110℃で10分間加熱する。なお、加熱の代わりに室温で30分間放置してエスペーサー70を乾燥させてもよい。
【0037】
次に、図4Dに示すように、不図示のEB装置を用いてEB描画をする。具体的には、予め設定された細孔30のパターンP(具体的には、図2に例示する細孔30の格子状配列に対応するパターン)に従って、EBレジスト60を露光する。ここで、EB装置の露光条件を110μJ/cmに設定する。露光後、中間体40を純水で5秒間すすぐことを3回繰り返してエスペーサー70を除去する。その後、中間体40を不図示のホットプレートを用いて110℃で5分間加熱してポストベークする。
【0038】
次に、図4Eに示すように、現像液DE(ZED-N50、日本ゼオン株式会社製)に60秒間浸漬してEBレジスト60を現像する。これにより、細孔30のパターンPを有するEBレジスト60のマスクMが形成される。
【0039】
次に、図4Fに示すように、不図示のエッチング装置を用いてドライエッチングを行う。これにより、マスクMの露出部分の最上層10がエッチングされて細孔30が形成され、部分的に機能層20の表面が露出した状態となる。エッチングガスとしては、例えばCHF、CF、SF等を用いる。
【0040】
最後に、図4Gに示すように、光学素子100からEBレジスト60を剥離する。具体的には、EBレジスト60は、アセトンを用いたウェットエッチングによって除去される。また、EBレジスト60は、例えばOプラズマによるドライエッチングによって除去してもよい。
【0041】
以上の工程により、最上層10に複数の細孔30を有する光学素子100を得ることができる。
【0042】
上記光学素子によれば、最上層10の表面10aに光触媒があり、最上層10の低屈折率層Lが隣接する機能層20である高屈折率層Hに光触媒機能を発現させるための複数の細孔30を有することにより、光学素子100の光触媒機能を十分に確保することができる。細孔30は、機能層20に光触媒機能を発現させる程度の大きさであり、ユーザーに視認されることがなく、かつ塩水に対する耐性も有する。これにより、光学素子100は、塩水耐性及び光触媒機能を両立させることができる。
【0043】
このように、光学素子100は、耐塩水性及び対傷性に優れた多層膜を有し、光触媒効果を発揮することができ、車載用レンズや通信用レンズ、或いは建材に好適に用いられる。
【0044】
(実施例)
(1)最上層の膜構成と光学素子の評価
以下、本実施形態に係る光学素子100の具体的な実施例について説明する。以下の実施例及び比較例の多層膜を形成するうえで、成膜装置(BES-1300)(株式会社シンクロン製)を用い、IADのイオン源としてNIS-175を用いた。
【0045】
ガラス基材上に、最上層の細孔密度や膜密度を変化させつつ蒸着法又はIAD法にて9層の多層膜を形成して試料を作製した。より具体的には、表1に示すように、ガラス基材TAFD5G(HOYA株式会社製:屈折率1.835)上に、L5(メルク株式会社製)を用いた低屈折率層、OA600(キヤノンオプトロン株式会社製の素材)を用いた高屈折率層、TiOを用いた機能層を表1に示す順序で積層して成膜した。最上層としてはSiOを用いた。表1に、各層の成膜処方及び膜構成(ガラス基材(ガラス基板)に接する層を1層目とする)を示す。ここでは各膜厚(d(nm))を一定とし、各膜の成膜速度RATE(Å/SEC)も一定とした。
【0046】
【表1】
【0047】
表1中のOA600は、Ta、TiO、Tiの混合物であり、その具体的な組成は表2に示す通り、酸化タンタルを主成分とする。
【表2】
【0048】
表1中のL5は、SiO、Alの混合物であり、その具体的な組成は表3に示す通りである。
【表3】
【0049】
成膜処方は表1に示す通りであるが、最上層の成膜に関して、膜密度及び細孔密度を変更して、実施例1~5(試料1~5)及び比較例1(試料6)の試料を作製し、以下の試験に供した。なお、後述する比較例の試料8については、後述する反射防止特性で説明しているが、最上層を設けず、機能層全体が露出したものを作製した。それぞれ加熱温度は370℃、開始真空度は3.00E-03Pa(3.00×10-3Pa)とした。
【0050】
ここで、「APC」は、Auto Pressure Controlの略で分圧を調整したことを意味し、「SCCM」は、standard cc/minの略であり、1気圧(大気圧1013hPa)、0℃で1分間あたりに何cc流れたかを示す単位である。
【0051】
なお、膜密度は、以下の方法で測定した。
(i)白板ガラスBK7(SCHOTT社製)(φ(直径)=30mm、t(厚み)=2mm)からなる基板上に、高屈折率層のみを形成し、当該高屈折率層の分光反射率を測定する。一方、(ii)薄膜計算ソフト(Essential Macleod)(シグマ光機株式会社)にて、高屈折率層と同一の材料からなる層の分光反射率の理論値を算出する。そして、(ii)で算出した分光反射率の理論値と(i)で測定された分光反射率との比較によって、高屈折率層膜密度を特定する。
【0052】
以下、表4に最上層の膜構成が異なる試料1~6の評価結果を示す。
【表4】
【0053】
「光触媒効果」については、20℃80%の環境下において、ペンで色づけした試料に対してUV照射で積算20J照射し、ペンの色変化を段階的に評価した。具体的には、ペンとしてThe visualiser(inkintelligent社製)を用いた。ここで、色変化度が大のもの(又は色が消える)は光触媒効果が十分にあるとして評価を符号○とし、色変化度が中のもの(又は色が薄くなる)は光触媒効果が残っているとして評価を符号△とし、色変化度が極小のもの(又は色が消えない)は光触媒効果がないとして評価を符号×とした。
【0054】
「反射率」については、反射率測定機(USPM-RUIII)(オリンパス株式会社製)を用いて、波長域420nm~670nmの最大反射率で試料の反射率を評価した。ここで、反射率が5%以下である場合、評価を符号○とし、反射率が5%超過である場合、評価を符号△とした。
【0055】
「塩水耐性」については、塩乾湿複合サイクル試験機(CYP-90)(スガ試験機株式会社製)を用いて、塩水噴霧試験を行って評価した。試験は、以下の工程(a)~(c)を1サイクルとし、8サイクル実施した。
(a)35℃±2℃の噴霧層内温度にて、25±2℃の塩水濃度5%の溶剤(NaCl、MgCl、CaCl、濃度(重量比)5%±1%)を試料に2時間噴霧する。
(b)噴霧終了後、40℃±2℃、95%RHの環境下に試料を22時間放置する。
(c)工程(a)及び(b)を4回繰り返した後、常温(20℃±15℃)及び常湿(45%RH~85%RH)の環境下に試料を72時間放置する。
上記試験後、試料の分光特性に変化がない(反射率変化が0%)場合、評価を符号○とし、反射率変化が2%未満である場合、評価を符号△とし、反射率変化が2%以上である場合、評価を符号×とした。
【0056】
「視認性」については、目視によって評価した。具体的には、最上層において、細孔が目視で観察されない場合、評価を符号○とし、細孔が目視で観察される場合、評価を△とした。
【0057】
「接触角」については、接触角測定器(G-1)(エルマ株式会社製)を用いて、試料に水滴を10μl滴下し、その接触角を測定した。接触角が20°以下であれば超親水性を有すると評価できる。
【0058】
表4の実施例1~5に示すように、最上層10の膜密度が98%以上であり、かつ直径10nm~5μmの細孔の細孔密度が5%~20%である場合に光学素子は所望の特性を有している。一方、比較例1に示すように、最上層10に細孔を設けない場合、光触媒効果を維持するため、最上層の膜密度を98%未満とすると、塩水耐性が著しく低下することがわかる。
【0059】
(2)細孔密度と反射防止特性との関係
図5は、表4に示す試料1、3、及び4の多層膜の分光反射率を示す。つまり、図5中の試料1、3、及び4は、表4の実施例1、3、及び4に対応する。また、図5において、試料7は、膜密度100%の最上層に細孔を形成していない比較例であり、試料8は、最上層を設けていない比較例である。図5において、縦軸は反射率(単位:%)を示し、横軸は波長(単位:nm)を示している。図5において、規格を表す点線(反射率5%)以下の反射率を有する光学素子100が反射防止特性を有することを示す。図5に示すように、実施例1、3、4及び試料7の比較例に示す多層膜MCは、概ね400~700nmの可視域で反射防止特性を有することがわかる。一方、試料8の比較例に示すように、最上層を設けない場合、光学素子が反射防止特性を有さないことを示す。以上のことから、最上層に細孔が形成されていても、直径10nm~5μmの細孔の細孔密度が5%~20%であれば、光学素子の反射防止特性を維持することがわかる。
【0060】
以上では、具体的な実施形態としての光学素子及びその製造方法について説明したが、本発明に係る光学素子等は、上記のものには限られない。例えば、上記実施形態において、最上層10に複数の細孔30を均等配置したが、光触媒効果を維持していれば、細孔30を均等に配置しなくてもよい。
【0061】
また、上記実施形態において、細孔30の横断面を円形としたが、楕円形や矩形等の他の形状でもよい。細孔30の形状の縦横比が異なる場合には、細孔30の横断面の最も短い長さwを10nm以上5μm以下とする。また、細孔30を格子状に配置する場合に限らず、例えば細長い溝のような細孔をストライプ状に配置してもよい。
【0062】
また、上記実施形態において、最上層10や機能層20の膜厚は、条件式(1)及び(2)の範囲に限らず、反射防止等の光学設計に応じて適宜変更することができる。
【0063】
また、上記実施形態において、高屈折率層Hのうち少なくとも1層は、Ta、Hf、Zr、及びNbのいずれかを主成分とする特定材料から形成されてもよい。耐酸性向上に効果のある物質として、特Ti、Ta、Hf、Zr、及びNbの酸化物がある。「主成分とする」とは、当該元素の含有量が51重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは90重量%、さらに好ましくは100重量%であることを意味する。多層膜にTa、Hf、Zr、及びNbを主成分とする素材を用い適切な膜厚を設けることで十分な耐酸性を有するため、酸に弱いガラス基材GLにも設けることができる。
図1
図2
図3
図4
図5