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特許7385223複合硬質炭素被膜、複合硬質炭素被膜被覆工具、および複合硬質炭素被膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】複合硬質炭素被膜、複合硬質炭素被膜被覆工具、および複合硬質炭素被膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20231115BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20231115BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20231115BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C23C14/06 F
B23B27/14 A
B23B27/20
B23B51/00 J
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021529881
(86)(22)【出願日】2019-07-04
(86)【国際出願番号】 JP2019026750
(87)【国際公開番号】W WO2021002027
(87)【国際公開日】2021-01-07
【審査請求日】2021-11-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(研究成果最適展開支援プログラム)、「同軸型アークプラズマ堆積法を利用したウルトラナノ微結晶ダイヤモンド被膜工具の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100085361
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 治幸
(74)【代理人】
【識別番号】100147669
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 光治郎
(72)【発明者】
【氏名】村澤 功基
(72)【発明者】
【氏名】吉武 剛
(72)【発明者】
【氏名】アリ モハメド アリ エブラヒム アブデルガワド
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-083382(JP,A)
【文献】特開2017-053435(JP,A)
【文献】特開2010-043347(JP,A)
【文献】特開2003-175406(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B23B 27/14
B23B 27/20
B23B 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複合硬質炭素被膜の製造方法であって、
真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超高真空中で、筒型アノード電極と前記筒型アノード電極内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極との間に放電させる同軸アークプラズマガンを用いて、前記筒型アノード電極の先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材の一部または全部に当てることで、前記工具母材上に第1硬質炭素層を形成する第1硬質炭素層形成工程と、
前記真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超真空中で、前記第1硬質炭素層形成工程に対して前記工具母材の温度を低くした温度設定状態で、前記同軸アークプラズマガン、又は、前記同軸アークプラズマガンとは異なる同軸アークプラズマガンを用いて、高エネルギのプラズマ化された粒子を前記工具母材の一部または全部に当てることで、前記第1硬質炭素層の上に第2硬質炭素層を形成する第2硬質炭素層形成工程と、を含む、
ことを特徴とする複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項2】
記第1硬質炭素層は、0.2μmから3.0μmの厚みと2.1g/cmから2.4g/cmの密度とを有し、
前記第2硬質炭素層は、1.0μmから9.0μmの厚みと2.5g/cmから3.0g/cmの密度とを有する
ことを特徴とする請求項1の複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項3】
前記第1硬質炭素層と前記第2硬質炭素層との合計厚みは、2から12μmである
ことを特徴とする請求項2の複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項4】
前記複合硬質炭素被膜は、前記第1硬質炭素層と前記第2硬質炭素層とが、交互に積層されている
ことを特徴とする請求項2又は3の複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項5】
前記第1硬質炭素層および第2硬質炭素層は、1nm以上20nm以下の超ナノ微結晶ダイヤモンドとアモルファスカーボンとの混合相である
ことを特徴とする請求項2から4のいずれか1の複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項6】
前記複合硬質炭素被膜は、実質的に水素を含まず、ナノインデンテーション法を用いた測定で50GPa以上の被膜硬さを有する
ことを特徴とする請求項2から5のいずれか1の複合硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項7】
複合硬質炭素被膜が被着されている複合硬質被膜被覆工具の製造方法であって、
真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超高真空中で、筒型アノード電極と前記筒型アノード電極内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極との間に放電させる同軸アークプラズマガンを用いて、前記筒型アノード電極の先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材の一部または全部に当てることで、鉄系素材又は超合金素材である工具母材上に第1硬質炭素層を形成する第1硬質炭素層形成工程と、
前記真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超真空中で、前記第1硬質炭素層形成工程に対して前記工具母材の温度を低くした温度設定状態で、前記同軸アークプラズマガン、又は、前記同軸アークプラズマガンとは異なる同軸アークプラズマガンを用いて、高エネルギのプラズマ化された粒子を前記工具母材の一部または全部に当てることで、前記第1硬質炭素層の上に第2硬質炭素層を形成する第2硬質炭素層形成工程と、を含み、
前記工具母材の一部または全部が、前記複合硬質炭素被膜によって被覆されている
ことを特徴とする複合硬質炭素被膜被覆工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い硬度を有する厚膜の複合硬質炭素被膜、複合硬質炭素被膜被覆工具、および複合硬質炭素被膜の製造方法に関し、特に、被膜の付着力を向上させ、高い被膜硬さとしても剥離を抑制できる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドリルやエンドミル、フライス、バイト等の切削工具、盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具などの種々の加工工具、或いは耐摩耗性が要求される摩擦部品などの種々の工具部材において、超硬合金製或いは高速度工具鋼(HSS)製の母材の表面に、硬質炭素被膜をコーティングすることにより、耐摩耗性や耐久性を向上させることが種々提案されている。たとえば、特許文献1に提案されている硬質炭素被膜(DLC膜)がそれである。
【0003】
この特許文献1には、金属の基体表面にSiCなどの炭素を含む中間層が形成された成膜対象物であるWC(超硬合金)を真空槽内に配置し、真空槽内を水素ガス雰囲気にし、筒状のアノード電極内に配置したグラファイトから成るカソード電極と、カソード電極とは絶縁されたトリガ電極内にトリガ放電を発生させ、カソード電極とアノード電極の間に誘起したアーク放電をWC表面に到達させ、硬質炭素被膜の一種である、たとえば3から20nm程度の超ナノ微結晶ダイヤモンド被膜(ウルトラナノ結晶ダイヤモンド膜:UNCD膜)を形成するダイヤモンド膜製造方法が提案されている。このダイヤモンド膜製造方法では、たとえば、筒状のアノード電極と、アノード電極内に同軸に配置したグラファイトから成るカソード電極と、アノード電極内に同軸に配置したカソード電極にそれとは絶縁して配置されたトリガ電極内とを有する同軸プラズマジェットガンが用いられ、電荷質量比が小さな液滴はアノード電極から放出されず、電荷を有する微小なカーボン蒸気(カーボンイオン)がアノード電極から放出されることにより、超ナノ微結晶ダイヤモンドの膜であるUNCDが基体表面に形成される。
【0004】
上記特許文献1に提案されたUNCD膜は、ダイヤモンドとよく似た結晶構造を有するシード層であるSiCの中間層をWCの基材の表面に形成して密着性を高めているが、鉄系基材に対しては、上記SiCなどの炭化物を中間層として用いても、UNCD膜の密着性が充分に得られないので、耐摩耗性、耐熱性について望ましい性能が得られなかった。
【0005】
これに対して、特許文献2では、鉄系基材と、それにWの中間層を介して積層したUNCD膜との間の密着性を向上させ、耐摩耗性および耐熱性に優れた超ナノ微結晶ダイヤモンド被膜被覆基材を提供するために、鉄系基材またはWC基材の表面に、真空中で前記同軸プラズマジェットガンにより成膜された第1硬質炭素層と、この第1硬質炭素層上に水素中で同軸プラズマジェットガンにより成膜された第2硬質炭素層とを含む硬質炭素被膜被覆基材が提案されている。これによれば、鉄系基材の上にW層を形成し、W層の上に前記同軸プラズマジェットガンにより真空中でWに対して付着性のよい第1硬質炭素層を成膜し、この第1硬質炭素層となじみのよい耐摩耗性に優れた第2硬質炭素層を前記同軸プラズマジェットガンにより水素中で成膜するので、密着性および耐摩耗性に優れた被膜が得られるとされている。上記特許文献2において、同軸プラズマジェットガンにより成膜された第1硬質炭素層および第2硬質炭素層は、超ナノ微結晶ダイヤモンド被膜(UNCD膜)であるが、正確には、数ナノサイズのダイヤモンド結晶と非晶質のアモルファスカーボンとの混合相被膜(UNCD/a-C膜)であって、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等の硬質炭素被膜の一種である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-247032号公報
【文献】特開2010-043347号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、工具に対する耐摩耗性の要求は尽きることがなく、工具用の耐摩耗性被膜にはより高い硬さおよび膜厚が望まれる。このため、工具用の耐摩耗性被膜を50GPa以上の被膜硬さとし、そのような被膜硬さで高速度工具鋼のような鉄系金属やWCのような超硬合金の上に粗面化処理なしで1μmを超える厚さで成膜しようとすると、特許文献2で提案されている被膜は、剥離するために厚膜化ができず、早期に摩耗または剥離が発生するという問題があった。
【0008】
本発明は以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、厚膜に成膜可能な高硬度を有する、複合硬質炭素被膜、複合硬質炭素被膜被覆工具、および複合硬質炭素被膜の製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明者等は、以上の事情を背景として種々検討を重ねた結果、積層する第1の数ナノサイズのダイヤモンド結晶と非晶質のアモルファスカーボンとの混合相被膜および第2の数ナノサイズのダイヤモンド結晶と非晶質のアモルファスカーボンとの混合相被膜の密度に着目し、鉄系素材或いは超硬合金素材の上に、前記同軸プラズマジェットガンのアーク放電の電位やヒータの温度を調節しつつ成膜して、基材側の第1硬質炭素層の密度を、その上にある第2硬質炭素層の密度よりも小さくすると、被膜全体の硬さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られることを見いだした。本発明は、斯かる知見に基づいて為されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、第1発明の要旨とするところは、複合硬質炭素被膜の製造方法であって、真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超真空中で、筒型アノード電極と前記筒型アノード電極内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極との間に放電させる同軸アークプラズマガンを用いて、前記筒型アノード電極の先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材の一部または全部に当てることで、前記工具母材上に第1硬質炭素層を形成する第1硬質炭素層形成工程と、前記真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超真空中で、前記第1硬質炭素層形成工程に対して前記工具母材の温度を低くした温度設定状態で、前記同軸アークプラズマガン、又は、前記同軸アークプラズマガンとは異なる同軸アークプラズマガンを用いて、高エネルギのプラズマ化された粒子を前記工具母材の一部または全部に当てることで、前記第1硬質炭素層の上に第2硬質炭素層を形成する第2硬質炭素層形成工程と、を含むことにある。
【0011】
2発明の要旨とするところは、前記第1硬質炭素層は、0.2μmから3.0μmの厚みと2.1g/cm3から2.4g/cm3の密度とを有し、前記第2硬質炭素層は、1.0μmから9.0μmの厚みと2.5g/cm3から3.0g/cm3の密度とを有することにある。
【発明の効果】
【0013】
第1発明の複合硬質炭素被膜の製造方法によれば、真空チャンバ内において、超高真空中で、筒型アノード電極と前記筒型アノード電極内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極との間に放電させる同軸アークプラズマガンを用いて、前記筒型アノード電極の先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材の一部または全部に当てることで、前記工具母材上に第1硬質炭素層を形成する第1硬質炭素層形成工程と、前記真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超高真空中で、前記第1硬質炭素層形成工程に対して前記工具母材の温度を低くした温度設定状態で、前記同軸アークプラズマガン、又は、前記同軸アークプラズマガンとは異なる同軸アークプラズマガンを用いて、高エネルギのプラズマ化された粒子を前記工具母材の一部または全部に当てることで、前記第1硬質炭素層の上に第2硬質炭素層を形成する第2硬質炭素層形成工程と、を含む。これにより、工具母材の表面に粗面化処理を必要とすることなく、被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られる。
また、第2発明の複合硬質炭素被膜によれば、前記第1硬質炭素層は、0.2μmから3.0μmの厚みと2.1g/cm3から2.4g/cm3の密度とを有し、前記第2硬質炭素層は、1.0μmから9.0μmの厚みと2.5g/cm3から3.0g/cm3の密度とを有する。このことから、工具母材側の第1硬質炭素層の密度が、その上にある第2硬質炭素層の密度よりも相対的に小さいので、被膜全体の固さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐磨耗性返られる。
【0014】
第3発明の要旨とするところは、前記第1硬質炭素層と前記第2硬質炭素層との合計厚みは、2~12μmである。このような被覆全体の厚みにより、硬さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐磨耗性が得られる。
【0015】
4発明の要旨とするところは、前記第1硬質炭素層と前記第2硬質炭素層とが、交互に清掃されている。これにより、積層された複数対のうちの上側の硬質炭素層と前記第2硬質炭素層との対が消耗しても、被膜の剥離がない。
【0016】
第5発明の要旨とするところは、前記第1硬質炭素層および前記第2硬質炭素層は、1nm以上20nm以下の超ナノ微結晶ダイヤモンドとアモルファスカーボンとの混合層である。これにより、アモルファスカーボンからなる炭素被膜と比較して、高い硬度が得られるので、被膜の耐久性が高められる。
【0017】
第6発明の要旨とするところは、前記複合硬質炭素被膜は、実質的に水素を含まず、ナノインデンテーション法を用いた測定で50GPa以上の被膜硬さを有する。これにより、高い摩耗性や耐久性を有する工具が得られる。
【0018】
第7発明の要旨とするところは、複合硬質炭素被膜が被着されている複合硬質被膜被覆工具の製造方法であって、真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超高真空中で、筒型アノード電極と前記筒型アノード電極内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極との間に放電させる同軸アークプラズマガンを用いて、前記筒型アノード電極の先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材の一部または全部に当てることで、鉄系素材又は超合金素材である工具母材上に第1硬質炭素層を形成する第1硬質炭素層形成工程と、前記真空チャンバ内において、実質的に水素を含まない超高真空中で、前記第1硬質炭素層形成工程に対して前記工具母材の温度を低くした温度設定状態で、前記同軸アークプラズマガン、又は、前記同軸アークプラズマガンとは異なる同軸アークプラズマガンを用いて、高エネルギのプラズマ化された粒子を前記工具母材の一部または全部に当てることで、前記第1硬質炭素層の上に第2硬質炭素層を形成する第2硬質炭素層形成工程と、を含み、前記工具母材の一部または全部が、前記複合硬質炭素被膜によって被覆されている。これにより、前記工具母材の一部又は全部が複合硬質炭素被膜によって覆われているので、被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性を有する複合硬質炭素被膜被覆工具が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施例の複合硬質炭素被膜被覆工具が切削部の表面に被着されたドリルを示す正面図である。
図2図1のドリルを説明するためにその先端側から示す拡大底面図である。
図3図1のドリルの工具母材上に被着された複合硬質炭素被膜の積層構造を拡大して説明する拡大断面図である。
図4図1の複合硬質炭素被膜を工具母材上に成膜する同軸型真空アーク蒸着装置の構成を説明する概略図である。
図5図5の同軸型真空アーク蒸着装置に用いられる同軸アークプラズマガンの構成を説明する概略図である。
図6図4の同軸型真空アーク蒸着装置を用いて工具母材の表面に図3の複合硬質炭素被膜をコーティングする成膜工程を説明する図である。
図7】本発明の実施例品1から実施例品10、および、比較例品1から比較例品7の合計17種類の試料についての硬さおよび耐摩耗性の評価結果を示す図表である。
図8図3に示す実施例の被膜構成と特許文献2等に記載された被膜構成との相違を説明する対比表である。
図9】本発明の他の実施例における、工具母材上に被着された複合硬質炭素被膜の積層構造を説明する拡大断面図であって、図3に相当する図である。
図10】本発明の他の実施例における、工具母材上に被着された複合硬質炭素被膜の積層構造を説明する拡大断面図であって、図3に相当する図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の複合硬質炭素被膜被覆工具の一実施例について図面を参照して詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
図1および図2は、本発明の複合硬質炭素被膜被覆工具の一例であるドリル10を示す図である。図1は軸心Oと直角な方向から見た正面図、図2は切れ刃12が設けられた先端側から見た拡大底面図である。ドリル10は、高速度工具鋼(HSS)などの鉄系素材或いは超硬合金素材製の工具母材22から構成されている。このドリル10は、2枚刃のツイストドリルで、シャンク14およびボデー16を軸方向に一体に備えており、ボデー16には軸心Oの右まわりにねじれた一対の溝18が形成されている。ボデー16の先端には、溝18に対応して一対の切れ刃12が設けられており、シャンク14側から見て軸心Oの右まわりに回転駆動されることにより切れ刃12によって穴を切削加工するとともに、切屑が溝18を通ってシャンク14側へ排出される。図1において、斜線部分は、複合硬質炭素被膜24がコーティング(被着)された部分を示している。本実施例では、ドリル10の一部であるボデー16がコーティングされているが、ドリル10全体がコーティングされても差し支えない。
【0023】
図3は、ボデー16における表面付近の断面を拡大して示す図であって、粗面化処理していない工具母材22の表面には、複合硬質炭素被膜24がコーティングされている。複合硬質炭素被膜24は、工具母材22の表面の上に直接に被着された第1硬質炭素層26と、第1硬質炭素層26の表面の上に直接に被着された第1硬質炭素層26よりも高い密度を有する第2硬質炭素層28とが、順に積層されることにより構成されている。複合硬質炭素被膜24の最外層は、第1硬質炭素層26よりも密度が相対的に高い第2硬質炭素層28から構成されている。
【0024】
第1硬質炭素層26は、0.2μmから3.0μmの厚みt1(0.2μm≦t1≦3.0μm)と、2.1g/cmから2.4g/cmの密度d1(2.1g/cm≦d1≦2.4g/cm)とを有している。また、第2硬質炭素層28は、1.0μmから9.0μmの厚みt2(1.0μm≦t2≦9.0μm)と2.5g/cmから3.0g/cmの密度d2(2.5g/cm≦d2≦3.0g/cm)とを有している。
【0025】
図4は、ドリル10の製造に用いられる同軸型真空アーク蒸着装置30を説明する概略構成図(模式図)である。同軸型真空アーク蒸着装置30は、ワーク保持具32と、温度制御装置36と、回転装置38と、工具母材22などを内部に収容している処理容器としての真空チャンバ40と、排気装置42と、複数の同軸アークプラズマガン、本実施例では1対の第1同軸アークプラズマガン44および第2同軸アークプラズマガン46と、第1同軸アークプラズマガン44を駆動してアークプラズマを先端部から放出させる第1アーク電源48と、第2同軸アークプラズマガン46を駆動して高エネルギのプラズマ化された粒子を先端部から放出させる第2アーク電源50と、工具母材22の電位をアース電位Eより持ち上げるバイアス電圧を工具母材22に付与するバイアス電源52とを、備えている。
【0026】
ワーク保持具32は、多数のワークすなわち複合硬質炭素被膜24を被覆する前の、切れ刃12、溝18等が形成された工具母材22を、工具母材22の先端が外側へ突き出す姿勢で工具母材22のシャンク14を保持している。温度制御装置36は、ワーク保持具32に保持された工具母材22を加熱するシーズヒータ34およびシーズヒータ34の駆動電流を調節して工具母材22の温度を制御する。排気装置42は、真空チャンバ40内の気体を真空ポンプなどで排出して10-5Pa程度より高い超高真空に減圧し、真空チャンバ40内を実質的に水素を含まない超高真空状態とする。回転装置38は、ワーク保持具32を略垂直なその回転中心線まわりに回転駆動する。
【0027】
上記同軸型真空アーク蒸着装置30では、その成膜動作はコンデンサCの充放電の繰り返しに同期して周期的に行なわれるので、カソードシャッタや基板シャッタを用いることなく、コンデンサCの充放電回数を設定することにより工具母材22に被着させられる炭素膜の膜厚を所望の値に制御できる。また、上記同軸型真空アーク蒸着装置30では、電子の発生にガスを用いていないので、10-5Pa程度より低い超高真空下において純度の高い非晶質炭素膜(DLC)を成膜できるとともに、プラズマのイオン化率が80%程度と高く、粒子の運動エネルギが高いため、緻密で密着性のよい硬質炭素被膜が形成できる。第1硬質炭素層26および第2硬質炭素層28は、その硬質炭素被膜であって、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等の硬質炭素被膜の一種であるが、電荷質量比が小さな液滴は筒型アノード電極AEから放出されず、電荷を有する微小なカーボン蒸気(カーボンイオン)が筒型アノード電極AEから放出されることにより、超ナノ微結晶ダイヤモンド(UNCD)を含む。正確には、数ナノサイズのダイヤモンド結晶(UNCD)と非晶質のアモルファスカーボン(a-C)との混合相被膜(UNCD/a-C膜)である。
【0028】
第1同軸アークプラズマガン44およびそれを駆動する第1アーク電源48と第2同軸アークプラズマガン46およびそれを駆動する第2アーク電源50とは、相互に全く同様に構成されているので、共通の図5を用いて、一方の第1同軸アークプラズマガン44および第1アーク電源48の構成を代表させて説明する。第1同軸アークプラズマガン44では、カソード電極KEを構成する固体ターゲットがアンドープ炭素膜である第1硬質炭素層26および第2硬質炭素層28を形成するための純粋なグラファイトである。
【0029】
図5に示すように、第1同軸アークプラズマガン44は、グラファイトから成る固体ターゲットである円柱状のカソード電極KEと、その外側を保持する絶縁体である筒状碍子CEと、筒状碍子CEの先端部に装着された円筒状のトリガ電極TEとを有する。第1同軸アークプラズマガン44は、トリガ電極TEが筒状碍子CEの外周に装着され且つカソード電極KEが筒状碍子CE内に挿通されてそれらトリガ電極TE、筒状碍子CEおよびカソード電極KEが同心に組立てられた内側電極組立体が、それよりも大径の筒型アノード電極AE内に、同心に配置されることで構成されている。第1アーク電源48は、カソード電極KEとアース電位Eとの間に接続されたアーク電源ASと、カソード電極KEとトリガ電極TEとの間に接続されたトリガ電源TSと、カソード電極KEとアース電位Eとの間に接続されたコンデンサCとを備えている。
【0030】
図6は、同軸型真空アーク蒸着装置30を用いて工具母材22の表面に複合硬質炭素被膜24をコーティングする成膜工程を説明する図である。図6において、上記のように構成された第1同軸アークプラズマガン44では、トリガ電極TEより沿面放電により電子を発生させ、それを契機にコンデンサCに充電された電荷を一気にカソード電極KEに放電させて、カソード電極KEを構成する固体ターゲットであるグラファイトを液化→気化→プラズマ化して筒型アノード電極AEの先端開口から高エネルギのプラズマ化された粒子Pを工具母材22に向かって飛散させ、工具母材22の表面に被着させる。このように、第1同軸アークプラズマガン44を駆動すると同時に、第2同軸アークプラズマガン46を駆動することで第1硬質炭素層26が成膜される。この第1硬質炭素層26を工具母材22に成膜する第1硬質炭素層形成工程P1は、ワーク保持具32が所定の成膜温度および所定のバイアス電圧に維持され、ワーク保持具32をその回転中心線まわりに一定の回転数にて回転駆動する状態で行なわれる。この第1硬質炭素層形成工程P1における成膜条件は、第1硬質炭素層26の厚みt1が、0.2μmから3.0μm(0.2μm≦t1≦3.0μm)となり、密度d1が、2.1g/cmから2.4g/cm(2.1g/cm≦d1≦2.4g/cm)となるように、設定されている。
【0031】
次いで、第2硬質炭素層形成工程P2においては、第1硬質炭素層形成工程P1でのワーク保持具32が、所定の成膜温度に対して成膜温度が低くされた他は、第1硬質炭素層形成工程P1と同様に、第1同軸アークプラズマガン44を駆動すると同時に、第2同軸アークプラズマガン46を駆動することで第2硬質炭素層28が成膜される。この第2硬質炭素層28を工具母材22に成膜する第2硬質炭素層形成工程P2は、第2硬質炭素層28の厚みt2が、1.0μmから9.0μm(1.0μm≦t2≦9.0μm)となり、密度d2が、2.5g/cmから3.0g/cmの(2.5g/cm≦d2≦3.0g/cm)となるように設定された成膜条件下で実行される。
【0032】
図7は、実施例品1から実施例品10、および、比較例品1から比較例品7の合計17種類の試料についての硬さおよび耐摩耗性の評価結果を示す図表である。この17種類の試料は、直径が10mm、厚みが5mmの超硬合金又は高速度工具鋼(HSS)製のペレット状試験片を用いて、図3に示すものと同様の2層の膜構成、又は、後述の図10に示すものと同様の4層以上の膜構成で、層の膜厚が相互に異なるように製作されている。図7には、この17種類の試料における基材、複合硬質炭素被膜の層の膜種、層の膜厚(μm)、層の密度(g/cm)、総膜厚(μm)、膜構造、層間構造、水素含有量(at%)、ダイヤ結晶サイズ(nm)、被膜硬さ(GPa)、および、評価結果である摩耗試験における摩耗体積(μm)が、それぞれ示されている。
【0033】
以下に、上記試験片の作製方法、厚みおよび硬さの測定方法、評価方法を説明する。
【0034】
(膜厚の測定)
試験片の断面を走査型電子顕微鏡を用いて、その二次電子像(SEM)を観察し、その二次電子画像から得られた膜厚の寸法とその二次電子像の倍率とに基づいて膜厚を測定した。
【0035】
(膜密度の測定)
浮沈法を用いて測定した。すなわち、密度が明らかで相互に異なる2種類の液体を混合し、投入された測定対象物(ペレット状試験片から剥がした粉状の膜)が浮き上がりもせず沈みもしない混合液の調整を行った。そして、その混合液の密度を測定し、その測定された密度から特定対象物の密度を特定した。
【0036】
(水素含有量の測定)
弾性反跳粒子検出法を用いて、以下に示す測定条件のSIMS分析およびERDA分析を用いて、複合硬質炭素被膜24に含まれる水素含有量(at%)を測定した。
○SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)分析条件
・測定装置:SIMS分析(二次イオン質量分析法)
・一次イオン種:Cs
・一次イオンビームの照射エネルギ:5.5MeV
・測定二次イオン特性:正イオン(CsM+法)
・測定元素:HおよびC(マトリックスモニター)
○ERDA(Elastic Recoil Detection Analysis)分析条件
・分析の種類:ERDA(HFS、前方散乱)
・入射イオンビームのイオン種:He++
・入射イオンビームのエネルギ:2.275MeV
・通常検出器角度:160°
・グレージング検出器角度:30°
・サンプル法線に対する入射イオンビームの角度:75°
【0037】
先ず、上記SIMS分析では、エネルギを持ち且つ絞った一次イオンビームを試料表面上の150μm×150μmの面積にスキャンしつつ照射し、発生した二次イオンを質量分離して検出し、試料の深さ方向の水素Hおよび炭素Cの濃度分布を測定した。次に、上記ERDA分析を用いた分析結果でのトータルの水素量を既知濃度とし、この試料のSIMS分析測定データにおいて相対感度係数(RSF:Relative Sensitivity Factor)を導いて、水素濃度(at%)への換算を行なった。水素濃度の定量は、HFS(Hydrogen Forward Scattering)での定量は、2つの水素濃度が既知である標準試料(白雲母および水素イオンを注入したSiウエハ)と実試料とのそれぞれの材料阻止能を規格化した後、規格化した水素強度を比較することで濃度換算を行うことにより行なった。上記阻止能は、或る物質をある種類の荷電粒子が通過した時、物質原子の電離や励起によって粒子が失うエネルギの度合いを、その物質のその荷電粒子に対する阻止能という。ここで、SIMS分析における濃度換算には、炭化水素ガスが一定量(たとえば10at%以上)多く含有した試料のHFS分析で決定された水素濃度とSIMSでのイオン強度Ipが一致すると仮定し、相対感度係数(RSF)を導いた後、計算された相対感度係数(RSF)を測定試料のイオン強度に乗じることで、各試料の水素濃度Cr(Cr=Ip×RSF)を決定した。
【0038】
(ダイヤモンド結晶サイズの測定)
透過型電子顕微鏡により得られた格子像を用いて、既知の方法により測定した。
【0039】
(被膜硬さの測定および評価)
ISO規格「ISO14577-4:2016」に準拠する薄膜硬度計を用いて測定を行った。すなわち、ISO規格「ISO14577-4:2016」に規定されるナノインデンテーション法を用い、以下に示す測定条件で複合硬質炭素被膜24の硬さ、正確には第2硬質炭素層28の硬さを測定した。測定された被膜硬さが50GPa以上のものを合格と判定した。
○測定条件
・試験荷重:5mN
・荷重到達時間:10sec.
・荷重保持時間: 5sec.
・除荷時間:10sec.
・試験箇所:10ポイント
【0040】
(耐摩耗量の測定および評価)
ピン状の円柱状試験片の一端に形成した部分球面に、前記ペレット状試験片と同様の、2層の膜構成であるが異なる膜厚に製作した14種類の円柱状試験片を作製した。そして、それら各円柱状試験片の一端に形成された部分球面上の膜に対して、以下に示す試験方法により一定の条件下で摩耗させ、その円柱状試験片の摩耗体積を、以下に示す測定方法で測定した。そして、測定された摩耗体積が60000μm以下或いは剥離の発生しないものを合格として判定した。
○摩耗試験条件
・円柱状試験片:長さ25mm、直径6mm、部分球面の曲率半径5mm
・摩耗試験機:ピンオンディスク摩擦摩耗試験機(RHESCA社製のFPR-2100)
・摩擦円板の材質:Al
・荷重:300g
・線速度:200mm/sec.
・試験(摩擦)時間:10min.
○摩擦量の測定方法
・レーザ顕微鏡(OLYMPUS社製のLEXT OLS4100)
レーザ顕微鏡の共焦点光学系およびレーザ走査を利用して3次元測定された摩耗円の摩耗深さ(μm)を走査毎に算出し、その走査毎の摩耗深さから摩耗体積(μm)を算出した。
【0041】
図7において、実施例品1から10は、いずれも被膜硬さ(第2硬質炭素層28)が50GPa以上、摩耗体積が60000μm以下、且つ、剥離が発生しないものであった。これに対して、比較例品1から7は、被膜硬さが50GPaを下回るか、摩耗体積が60000μmを上まわるか、或いは剥離が発生した。図7に示すように、実施例品1から10に示す試料は、本発明に含まれるものであって、0.2μmから3.0μmの範囲の厚みt1(0.2μm≦t1≦3.0μm)と、2.1g/cmから2.4g/cmの範囲の密度d1(2.1g/cm≦d1≦2.4g/cm)とを有する第1硬質炭素層26と、1.0μmから9.0μmの範囲の厚みt2(1.0μm≦t2≦9.0μm)と2.5g/cmから3.0g/cmの範囲の密度d2(2.5g/cm≦d2≦3.0g/cm)とを有する第2硬質炭素層28とを、備えている。
【0042】
これに対して、比較例品1は、その第1硬質炭素層の厚みt1が上記範囲の下限値である0.2μmを下まわり、密度d1が上記範囲の上限値である2.4g/cmを上回っている。比較例品2は、その第2硬質炭素層の密度d2が上記範囲の上限値3.0g/cmを上回っている。比較例品3は、その第1硬質炭素層の密度d1が上記範囲の下限値2.1g/cmを下回っている。比較例品4は、その第1硬質炭素層の厚みt1が上記範囲の上限値3.0μmを上まわり、その第2硬質炭素層の厚みt2が上記範囲の下限値1.0μmを下まわっている。比較例品5は、その第2硬質炭素層の厚みt2が上記範囲の9.0μmを上まわり、密度d2が上記範囲の下限値2.5g/cmを下回っている。比較例品6は、その第1硬質炭素層の密度d1が上記範囲の上限値2.4g/cmを上回り、その第2硬質炭素層の厚みt2が上記範囲の1.0μmを下回っている。比較例品7は、その第1硬質炭素層の密度d1が上記範囲の上限値2.4g/cmを上回っている。
【0043】
図8は、実施例の第1硬質炭素層26および第2硬質炭素層28を有する複合硬質炭素被膜24と、特許文献2等に記載された硬質被膜との相違を説明する対比表である。図8に示すように、実施例の複合硬質炭素被膜24は、特許文献2に記載された超ナノ微結晶ダイヤモンド被膜に比較して、超ナノ微結晶ダイヤモンドとアモルファスカーボンとの混合相から構成されている点で共通する。しかし、実施例の複合硬質炭素被膜24は、実質的に水素を含まない点、硬さが50GPa以上である点、膜厚が大きい点、第1硬質炭素層26の密度よりも高い密度を有する第2硬質炭素層28を備える点で、相違する。特許文献2に記載された超ナノ微結晶ダイヤモンド被膜は、金型や切削工具の表面に被着されて寿命を高めることを目的とする。これに対して、実施例の複合硬質炭素被膜24は、上記相違点を備えているので、工具母材22側の第1硬質炭素層26の密度が、その上にある第2硬質炭素層28の密度よりも相対的に小さいので、被膜24全体の硬さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層26が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られ、ドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)10の耐摩耗性を好適に高めることができる。
【0044】
上述のように、本実施例のドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)10の複合硬質炭素被膜24には、工具母材22上に被着された第1硬質炭素層26と、第1硬質炭素層26の上に被着され、第1硬質炭素層26よりも高い密度を有する第2硬質炭素層28とが、含まれる。また、第1硬質炭素層26は、0.2μmから3.0μmの厚みt1(0.2μm≦t1≦3.0μm)と2.1g/cmから2.4g/cmの密度d1(2.1g/cm≦d1≦2.4g/cm)とを有し、第2硬質炭素層28は、1.0μmから9.0μmの厚みt2(1.0μm≦t2≦9.0μm)と2.5g/cmから3.0g/cmの密度d2(2.5g/cm≦d2≦3.0g/cm)とを有する。このことから、工具母材22側の第1硬質炭素層26の密度が、その上にある第2硬質炭素層28の密度よりも相対的に小さいので、被膜全体の硬さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層26が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られる。
【0045】
本実施例の複合硬質炭素被膜24によれば、第1硬質炭素層26と第2硬質炭素層28との合計厚みは、2から12μmである。このような被膜全体の厚みにより、硬さおよび厚みを大きくしても、相対的に密度の低い第1硬質炭素層26が緩衝層として機能するので、全体として被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られる。
【0046】
本実施例の複合硬質炭素被膜24によれば、第1硬質炭素層26および第2硬質炭素層28は、膜中に1nm以上20nm以下の超ナノ微結晶ダイヤモンドとアモルファスカーボンとの混合相である。これにより、単なるアモルファスカーボンから成る炭素被膜と比較して、高い硬度が得られるので、被膜の耐久性が高められる。
【0047】
本実施例の複合硬質炭素被膜24によれば、複合硬質炭素被膜24は、実質的に水素を含まず、ナノインデンテーション法を用いた測定で50GPa以上の被膜硬さを有する。これにより、高い耐摩耗性や耐久性を有するドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)10が得られる。
【0048】
本実施例の複合硬質炭素被膜24によれば、工具母材22の一部または全部が複合硬質炭素被膜24によって被覆されているドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)10である。これにより、被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性を有するドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)10が得られる。
【0049】
本実施例の複合硬質炭素被膜24の製造方法によれば、(1)真空チャンバ40内において、真空中で、筒型アノード電極AEと筒型アノード電極AE内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極KEとの間に放電させる同軸アークプラズマガン44、46を用いて、筒型アノード電極AEの先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材22の一部または全部に当てることで、工具母材22上に第1硬質炭素層26を形成する第1硬質炭素層形成工程P1と、(2)真空チャンバ40内において、真空中で、第1硬質炭素層形成工程P1に対して工具母材22の温度を低くした温度設定状態で、筒型アノード電極AEと筒型アノード電極AE内に同軸に配置されたグラファイトであるカソード電極KEとの間に放電させる同軸アークプラズマガン44、46を用いて、筒型アノード電極AEの先端に開く開口から放出された高エネルギのプラズマ化された粒子を工具母材22の一部または全部に当てることで、第1硬質炭素層26の上に第2硬質炭素層28を形成する第2硬質炭素層形成工程P2と、を含む。これにより、工具母材22の表面に粗面化処理を必要とすることなく、被膜の剥離が抑制され、高い耐摩耗性が得られる。
【実施例2】
【0050】
次に、本発明の他の実施例を説明する。なお、以下の説明において前述の実施例と共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
【0051】
図9は、本発明の他の実施例の複合硬質炭素被膜被覆工具であるドリル110の複合硬質炭素被膜124を拡大して説明する断面図である。本実施例のドリル110の表面に形成された複合硬質炭素被膜124を構成する第1硬質炭素層26と第2硬質炭素層28との境界は、第1硬質炭素層形成工程P1と第2硬質炭素層形成工程P2との間において工具母材22の温度が連続的に変化させられることで、密度が連続的に変化させられた傾斜構造とされている。これにより、第1硬質炭素層26と第2硬質炭素層28との間の層間剥離が好適に抑制される。
【実施例3】
【0052】
図10は、本発明の他の実施例の複合硬質炭素被膜被覆工具であるドリル210の複合硬質炭素被膜224を拡大して説明する断面図である。本実施例のドリル210の表面に形成された複合硬質炭素被膜224は、第1硬質炭素層26と第2硬質炭素層28とが交互に積層されて、工具母材22側には第1硬質炭素層26が成膜され、表層側には第2硬質炭素層28が成膜された4層以上の構造になっている。これにより、積層された表層の第2硬質炭素層28と第1硬質炭素層26との対が消耗しても、被膜の剥離が抑制され、ドリル210の耐久性が高められる。
【0053】
以上、本発明の一実施例を図面に基づいて説明したが、本発明はその他の態様においても実施される。
【0054】
たとえば、前述の実施例では、複合硬質炭素被膜24,124,224がドリル10,110,210に適用されていたが、複合硬質炭素被膜24,124,224は、ドリルだけでなく、エンドミル、フライス、バイト等の切削工具、盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具などの種々の加工工具、或いは耐摩耗性が要求される摩擦部品などの種々の工具部材に、適用され得る。
【0055】
また、前述の同軸型真空アーク蒸着装置30には、2つの第1同軸アークプラズマガン44および第2同軸アークプラズマガン46が設けられていたが、1個であってもよいし、3個以上であってもよい。
【0056】
また、例えば、第1同軸アークプラズマガン44が専ら第1硬質炭素層26の形成に用いられ、および第2同軸アークプラズマガン46が専ら第2硬質炭素層28の形成に用いられてもよい。
【0057】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に母づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0058】
10,110,210:ドリル(複合硬質炭素被膜被覆工具)
22:工具母材
24,124,224:複合硬質炭素被膜
26:第1硬質炭素層
28:第2硬質炭素層
40:真空チャンバ
44:第1同軸アークプラズマガン(同軸アークプラズマガン)
46:第2同軸アークプラズマガン(同軸アークプラズマガン)
KE:カソード電極
AE:アノード電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10