(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-24
(54)【発明の名称】移植用培養細胞または培養組織の調製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20231115BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20231115BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20231115BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20231115BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20231115BHJP
C40B 40/02 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C12N5/10
A61K35/545
A61L27/38 300
A61P37/06
C12N15/12
C40B40/02
(21)【出願番号】P 2017050428
(22)【出願日】2017-03-15
【審査請求日】2020-02-17
【審判番号】
【審判請求日】2022-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2016053042
(32)【優先日】2016-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】 JP2017003492
(32)【優先日】2017-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本再生医療学会雑誌 再生医療,第15巻,増刊号,第237頁,一般社団法人日本再生医療学会(発行日:平成28年2月1日)に発表。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業、「異分野先端技術融合による薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(72)【発明者】
【氏名】河本 宏
(72)【発明者】
【氏名】一瀬 大志
(72)【発明者】
【氏名】増田 喬子
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】上條 肇
【審判官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】特表平11-510698(JP,A)
【文献】河本宏,ほか,HLAハプロタイプホモ再生組織に対してヘテロのNK細胞が起こす免疫反応とその制御法の開発,再生医療,2016年 2月 1日,Vol.15,Suppl.,p.136
【文献】The Journal of Immunology,2007年,Vol.179,pp.5977-5989
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12N 1/00 - 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
移植用培養細胞または培養組織の調製方法であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程を含む方法:
1)培養組織または培養組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる、
2)移植用培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性である場合、HLA-Bw4型HLA分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる、
ここで移植用培養細胞または培養組織はヒト由来ES細胞またはiPS細胞からインビトロで分化誘導されたものであり、レシピエントはヒトである。
【請求項2】
移植用培養細胞または培養組織が、HLAハプロタイプホモ接合性iPS細胞から分化誘導されたものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
HLAハプロタイプホモ接合性iPS細胞が、少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DR座についてホモ接合性ドナーの体細胞から誘導されたものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
さらにドナーのHLA-C座がホモ接合性である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
HLAハプロタイプホモ接合性iPS細胞が、HLAハプロタイプホモ接合性ドナーより採取された細胞から誘導されたiPS細胞がドナーのHLA情報とひも付けて保存されているiPS細胞バンクから取得されたものである、請求項4または5に記載の方法。
【請求項6】
工程1)または2)において、HLA-C分子またはHLA-Bw4型HLA分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる工程が、目的とするHLA-C遺伝子および/またはHLA-Bw4型HLA遺伝子をiPS細胞に導入し、かかる遺伝子が導入されたiPS細胞を分化誘導する工程を含む、請求項2~5いずれかに記載の方法。
【請求項7】
工程1)または2)において、HLA-C分子またはHLA-Bw4型分子を移植用細胞または組織に発現させる工程が、目的とするHLA-C遺伝子または遺伝子産物および/またはHLA-Bw4型HLA遺伝子または遺伝子産物を移植用培養細胞または培養組織へ導入する工程を含む、請求項1~5いずれかに記載の方法。
【請求項8】
工程1)または2)において移植用培養細胞または培養組織へ発現させるHLA-C分子またはHLA-Bw4型のHLA分子が、レシピエントの有するHLA-C分子またはHLA-Bw4型HLA分子と同一である、請求項1~7いずれかに記載の方法。
【請求項9】
少なくともHLA-A座、HLA-B座、およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有するヒトドナーから誘導され、ドナーが有していない下記(1)および(2)からなる群から選択される1以上のHLA分子:
(1)HLA-C1型および/またはHLA-C2型のHLA-C分子
(2)HLA-Bw4型のHLA-B分子
をさらに有する、
レシピエント移植用培養細胞または培養組織を調製するためのiPS細胞
であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程によって調製されたiPS細胞:
1)ヒトドナーがレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子をiPS細胞に発現させる、
2)ヒトドナーがHLA-Bw4型リガンド陰性もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性である場合、HLA-Bw4型HLA分子をiPS細胞に発現させる。
【請求項10】
請求項9のiPS細胞が、ドナーのHLA情報並びに導入したHLA分子の情報とひもづけて保存されたiPS細胞を含む、iPS細胞バンク。
【請求項11】
少なくともHLA-A座、HLA-B座、およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有し、ドナーが有していない下記(1)および(2)からなる群から選択される1以上のHLA分子:
(1)HLA-C1型またはHLA-C2型のHLA-C分子
(2)HLA-Bw4型のHLA分子
をさらに有する、ヒト由来の
レシピエント移植用培養細胞または組織
であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程によって調製された培養細胞または組織:
1)ヒトドナーがレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子を培養細胞または組織に発現させる、
2)ヒトドナーがHLA-Bw4型リガンド陰性もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性である場合、HLA-Bw4型HLA分子を培養細胞または組織に発現させる。
【請求項12】
(1)少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有するHLAハプロタイプホモ接合性ヒトドナーから誘導されたiPS細胞を提供する工程、
(2-1)該ドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型である場合は、HLA-C2型のHLA-C遺伝子を、HLA-C座がHLAC2/C2型である場合はHLA-C1型のHLA-C遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、および/または
(2-2)該ドナーがHLA-Bw4リガンド陰性、または比較的弱い陽性である場合には、HLA-Bw4型HLA遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、
(3)工程(2-1)および/または(2-2)で得られた細胞を、ドナーのHLA情報並びに導入したHLA-C遺伝子および/またはHLA遺伝子の情報とひも付けて保存する工程を含む、移植用iPS細胞バンクの製造方法。
【請求項13】
移植用培養細胞または培養組織の調製方法であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程を含む方法:
1)移植用培養細胞または培養組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子に特異的なNK細胞抑制性受容体に対する刺激型抗体を移植用培養細胞または培養組織に発現させる、
2)移植用培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性型もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性型であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性型である場合にはHLA-Bw4型HLA分子に特異的なNK細胞抑制性受容体に対する刺激型抗体を移植用培養細胞または培養組織に発現させる
ここで移植用培養細胞または培養組織はヒト由来であり、レシピエントはヒトである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
培養細胞または培養組織を移植する際にレシピエントが起こす免疫反応を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨髄移植において、ドナー由来アロ反応性NK細胞は骨髄移植での抗腫瘍効果を発揮することが知られている (Blood. 110(1):433-40, 2007)。一方で臓器移植においてレシピエントのNK細胞が移植片拒絶に関わっているかどうかは謎であった。近年、いくつかの臓器移植において、レシピエントのアロ反応性NK細胞が移植片の拒絶に関わっていることが明らかになってきた(Am. J. Transplant. 11(9):1959-64, 2011) (Transplantation. 95(8):1037-44, 2013)。これら2つの論文の内容は、アロ反応性NKに移植片が拒絶されることを示唆する。また、NK細胞の反応性がホストのHLA classI分子に規定されることが報告されている(J. Immunol. 179(9):5977-89, 2007)。かかる論文ではHLA-C1やHLA-C2、HLA-Bw4分子を導入した細胞株を用いて、NK細胞の反応性が検証されている。
【0003】
再生医療分野では、移植用組織を作成するための材料としてiPS細胞を用いる研究が隆盛であるが、現在はこれを「他家移植」の系で使うという戦略が主流になっている。HLAハプロタイプのホモ接合性(以下単にホモと表示)ドナー由来のiPS細胞から再生した組織は、そのハプロタイプを同じホモで持つ人に移植できるだけでなく、片方だけ持つ人(ハプロタイプヘテロという)にも移植が可能である。レシピエントの免疫系からすれば、移植片のもつHLA分子のセットは自分の体内に存在するものであり、免疫反応が起こりにくい、という原理である。
【0004】
かかる原理を利用して、現在日本ではiPS細胞ストックプロジェクトが強力に推進されている。このプロジェクトでは、HLAハプロタイプホモiPS細胞が作製され、ハプロタイプとして頻度の高いものから順次ストックされる。ストックされたハプロタイプホモiPS細胞を研究機関/医療機関に配布し、広く再生医療で使用するというプロジェクトである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Blood. 110(1):433-40, 2007
【文献】Am. J. Transplant. 11(9):1959-64, 2011
【文献】Transplantation. 95(8):1037-44, 2013
【文献】J. Immunol. 179(9):5977-89, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願は培養細胞または培養組織を移植する際にレシピエントが起こす免疫反応を抑制する方法を提供することを目的とする。具体的には培養細胞または培養組織の移植に際してレシピエントのNK細胞の活性化により生じる免疫反応を抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願は、移植用培養細胞または培養組織の調製方法であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程を含む方法を提供する:
移植用培養細胞または培養組織の調製方法であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程を含む方法:
1)培養組織または培養組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる、
2)移植用培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性である場合にはHLA-Bw4型HLA分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる。
【0008】
移植用培養細胞または培養組織としては、幹細胞あるいは前駆細胞から誘導されたものが好適に用いられ、特に多能性幹細胞、例えばiPS細胞から誘導されたものが好適に用いられる。
【0009】
本願はさらに、少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有し、ドナーが有していない下記(1)または(2)からなる群から選択される1以上のHLA分子
(1)HLA-C1型および/またはHLA-C2型のHLA-C分子
(2)HLA-Bw4型のHLA分子
をさらに有する、iPS細胞を提供する。かかるiPS細胞は、レシピエントのHLA-C型型、およびHLA-Bw4リガンドに応じた移植用組織や細胞を製造するために好適に用いられる。
【0010】
本願はまた、少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有し、ドナーが有していない下記(1)または(2)からなる群から選択される1以上のHLA分子:
(1)HLA-C1型またはHLA-C2型のHLA-C分子
(2)HLA-Bw4型のHLA分子
をさらに有する、移植用細胞または組織を提供する。かかる細胞や組織はHLA-C1/C2型のレシピエント、および/またはHLA-Bw4リガンド陽性のレシピエントへ移植するために好適に用いられる。
【0011】
本願はまた、
(1)少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DR座のハプロタイプをホモで有するHLAハプロタイプホモ接合性ドナーから誘導されたiPS細胞を提供する工程、
(2-1)該ドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型である場合は、HLA-C2型のHLA-C遺伝子を、HLA-C座がHLAC2/C2型である場合はHLA-C1型のHLA-C遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、および/または
(2-2)該ドナーがHLA-Bw4リガンド陰性、または比較的弱い陽性である場合には、HLA-Bw4型HLA-B遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、
(3)工程(2-1)および/または(2-2)で得られた細胞を、ドナーのHLA情報並びに導入したHLA-Cおよび/またはHLA-Bの情報とひも付けて保存する工程を含む、HLAハプロタイプがヘテロ接合性であるレシピエント用iPS細胞バンクの製造方法を提供する。本発明のiPS細胞バンクから、レシピエントのHLA-C座の型および/またはHLA-Bw4リガンドの有無あるいは種類に応じて最適な細胞を選択することができる。
【発明の効果】
【0012】
本願の方法によって、移植用培養細胞または組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、および/またはHLA-Bw4型リガンド陰性またはHLA-Bw4型リガンドが相対的に弱い陽性である移植用培養細胞もしくは培養組織をHLA-Bw4陽性レシピエントに移植に移植する場合に起こりうるレシピエントのNK細胞による移植細胞または組織の拒絶を回避しうる。
【0013】
例えばハプロタイプホモ接合性iPS細胞により構成されるiPS細胞バンクから取得されたiPS細胞を一方のHLAが共通するヘテロHLAのレシピエントへ移植する場合、HLA-C1/C2であるレシピエントへ移植することは再生医療で行われる移植の20-30%の頻度で生じる。再生医療の発展のためには、ホモ-ヘテロ移植は大きな推進力となるが、その際に起こりうる拒絶反応を回避できる本方法は、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】健常人hetero-1ボランティア由来NK細胞を、KIR受容体の発現により分画した図である。
【
図2】homo-A由来iPS細胞から誘導したT細胞、homo-A由来iPS細胞にC*04:01:01を発現させた細胞から誘導したT細胞並びに健常人hetero-1ボランティアから誘導されたT細胞(auto T)に対する、健常人hetero-1ボランティア由来のNK細胞の各分画の活性を、CD107a陽性細胞の割合として示す。
【
図3】
図2の各細胞に対する健常人hetero-1ボランティア由来のNK細胞の細胞傷害活性を、死細胞のマーカー(Annexin V)陽性細胞の割合として示す。
【
図4】homo-A由来iPS細胞から誘導した血管内皮細胞(homo-A)、homo-A由来iPS細胞にC*04:01:01を発現させた細胞から誘導した血管内皮細胞(homoA+C*04:01:01)並びに健常人hetero-1ボランティアから誘導された血管内皮細胞(auto)に対する健常人hetero-1ボランティア由来のNK細胞の各分画の活性を、CD107a陽性細胞の割合として示す。
【
図5】homo-B由来iPS細胞から誘導した血管内皮細胞(homo-B)、homo-B由来iPS細胞にC*04:01:01を発現させた細胞から誘導した血管内皮細胞(homoB+HLA-C*15:02:01)に対する健常人hetero-2ボランティア由来のNK細胞の各分画の活性を、CD107a陽性細胞の割合として示す。
【
図6】健常人ボランティア由来Donor-NK1から得たNK細胞をHLA-Bw4型リガンド特異的抑制性受容体であるKIR3DL1とHLA-C1型リガンド特異的抑制性受容体であるKIR2DL3に対する抗体を用い、FACSにより分画した図である。
【
図7】Donor-AおよびDonor-Bから単離した末梢血単核球をそれぞれ標的細胞とした場合の、Donor-NK1由来NK細胞の各分画の活性を、CD107a陽性細胞の割合として示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
NK細胞は、抑制型受容体であるKIR(killer Immunoglobulin-like receptor)分子(以下KIR)を有している。このKIRはHLAクラスI分子、特にHLA-Cの型によって自己組織であるか否かを判断する。即ち、KIRのリガンドとなるHLAを発現していない移植片やHLA分子を発現しない腫瘍細胞など、抑制型受容体のリガンドを発現していない細胞を認識すると抑制機構が働かず、細胞傷害性を発揮する。レシピエントのKIRレパートリーに認識されるHLA-Cの型をドナー組織が発現していなければ、レシピエントのNK細胞は移植された細胞や移植片に対し細胞傷害活性を発揮する。
【0016】
ヒトのHLA-C座はHLA-C1型とHLA-C2型の2種類に分けられる。HLA-C1型はKIR2DL2および/またはKIR2DL3と結合し、HLA-C2型はKIR2DL1と結合し、この結合によりNK細胞の活性化が抑制される。即ち、ある個人がHLA-C座としてHLA-C1/C1型を有している場合は、当該個人のNK細胞はKIR2DL2および/またはKIR2DL3を発現しており、自己組織のHLA-C1がこの受容体に結合することによって、自己組織に対するNK活性が抑制される。別の個人のHLA-C座がHLA-C2/C2型またはHLA-C1/C2型である場合は、当該個人のNK細胞はKIR2DL1を発現しており、細胞上のHLA-C2がこの受容体に結合することによって当該細胞に対するNK活性が抑制される。
【0017】
HLA-C1/C2型を有するレシピエントは、そのNK細胞上にKIR2DL1と、KIR2DL2/KIR2DL3の両方の受容体を発現する。一般に培養細胞あるいは培養組織の他者への移植は、ある程度HLAが共通するドナーとレシピエントの間で行われるが、HLAの完全な一致が求められるわけではない。移植用培養細胞あるいは培養組織のドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型、またはHLA-C2/C2型であり、レシピエントのHLA-C座がHLA-C1/C2型である場合、培養細胞もしくは培養組織の有していないHLA-C型をリガンドとするNK活性抑制機構は働かず、移植された細胞若しくは組織はレシピエントのNK細胞により攻撃される。
【0018】
同様の問題は、ドナーがHLA-Bw4型リガンド陰性の場合にも生じ得る。HLA-Bの一部もNK細胞の抑制性受容体のリガンドとして働いており、HLA-Bw4型リガンドと呼ばれている。HLA-Aの一部などもBw4リガンドとして働くとされているが、抑制性レセプターを刺激する力が弱いとされる。従って、HLA-Cとは独立して、HLA-Bw4型リガンド陰性または比較的弱い陽性であるドナー由来の培養細胞や培養組織をHLA-Bw4型リガンド陽性レシピエントに移植する場合には、NK細胞による攻撃が起こる。
【0019】
即ち、HLA-Bw4型リガンド陽性のレシピエントはそのNK細胞上にKIR3DL1の受容体を発現する。かかるレシピエントにHLA-Bw4型リガンド陰性または相対的に弱いHLA-Bw4型リガンド陽性のiPS細胞から誘導された細胞もしくは組織を移植する場合、HLA-Bw4型をリガンドとするNK活性抑制機構が働かず、移植された細胞若しくは組織はレシピエントのNK細胞により攻撃され、NK細胞による拒絶が生じる。
【0020】
ここで、「HLA-Bw4リガンド」とされるHLA分子は、「B*07:36, B*08:02, B*08:03, B*15:13, B*15:16, B*15:17, B*15:23, B*15:24, B*40:13, B*40:19, B*47:01」が知られている。「相対的に弱いHLA-Bw4型リガンド陽性」のHLA分子とは、「A*23:01, A*24: 01, A*25: 01」が例示され、上記HLA-Bw4型リガンドを発現せず、「相対的に弱いHLA-Bw4型リガンド」のみ発現する場合をいう。「HLA-Bw4リガンド」陰性のHLA-B分子としては、「B*27:08, B*27:12, B*37:03N, B*44:09, B*44:15, B*47:02, B*47:03, B*51:50, B*53:05」が例示される。
【0021】
本願の一の態様においては、移植用培養細胞または培養組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子を移植用培養細胞または培養組織に発現させる。
例えばドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型である場合にはHLA-C2型のHLA-C分子を、ドナーのHLA-C座がHLA-C2/C2型である場合にはHLA-C1型のHLA-C分子を発現させる。ドナーが有していないHLA-C型を発現させることによって、レシピエントのHLA-C座がHLA-C1/C2型である場合にレシピエントのNK細胞上の、HLA-C1型を認識する受容体、およびHLA-C2型を認識する受容体の両方に移植細胞または組織上のHLA-C分子が結合し、移植細胞または組織に対するレシピエントのNK細胞に起因する拒絶を回避または低減することができる。
【0022】
本発明の別の態様においては、培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性、または相対的に弱いHLA-Bw4型リガンド陽性である場合には、HLA-Bw4型のHLA分子を発現させる。培養細胞または培養組織が有していないHLA-Bw4型リガンドを発現させることによって、レシピエントがHLA-Bw4型リガンド陽性であっても、レシピエントのNK細胞上のHLA-Bw4型リガンドを認識する受容体に移植細胞または組織上のHLA-Bw4が結合し、移植細胞または組織に対するレシピエントのNK細胞に起因する拒絶を回避または低減することができる。
【0023】
本願の方法にて用いられる移植用培養細胞または培養組織は、レシピエントへ移植されるための培養細胞または培養組織をいう。好適には培養細胞または培養組織は幹細胞もしくは前駆細胞から誘導されたものである。
【0024】
幹細胞としては、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)および多能性幹細胞が例示される。多能性幹細胞は、生体に存在する多くの細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、自己増殖能を併せもつ幹細胞である。多能性幹細胞には、例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞などが例示される。多能性幹細胞としては、ES細胞およびiPS細胞が好適に用いられ、より好ましくはiPS細胞が用いられる。
前駆細胞としては、多能造血前駆細胞、T前駆細胞、単球、赤芽球、巨核芽球、骨芽細胞、神経前駆細胞、肝前駆細胞などの組織前駆細胞が例示される。
【0025】
より好適には、移植用培養細胞または培養組織は、ハプロタイプホモ接合性ドナーの体細胞から誘導されたハプロタイプホモ接合性iPS細胞から分化誘導されたものである。
【0026】
本願の方法において用いられるハプロタイプホモ接合性iPS細胞としては、少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DRB座の3座がホモ接合性であることが確認されたドナーから誘導されたiPS細胞であればよい。好ましくはHLA-A座、HLA-B座、HLA-DRB座およびHLA-C座の4座がホモ接合性であることが確認されたドナーから誘導されたiPS細胞が用いられる。iPS細胞は特定の初期化因子を、体細胞に作用させることによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性を有する体細胞由来の人工の幹細胞であり、その製造方法は公知である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。
【0027】
HLAホモ接合体の細胞を持つ健康なボランティア(HLAホモドナー)の体細胞、例えば血液細胞や皮膚細胞からiPS細胞を誘導し、これを予めストックする、再生医療用iPS細胞ストック事業が京都大学医学部にて行われており、例えばかかる事業によりストックされたiPS細胞を用いることができる。
【0028】
あるいは、iPS細胞としては、HLAホモドナー由来のT細胞から誘導されたT-iPS細胞であってもよい。ヒトT細胞由来のiPS細胞であるT-iPS細胞は例えばWO2013/176197の記載に基づき製造することができる。
【0029】
本願の方法のある態様において、HLA-C座がHLA-C1/C1型またはHLA-C2/C2型であるドナー由来の移植用培養細胞または培養組織に、ドナーが有していない方のHLA-C1型またはHLA-C2型のHLA-C分子を発現させる。HLA-C1型またはHLA-C2型のHLA-C分子としては、レシピエントが有しているHLA-C分子と必ずしも同一でなくともよく、ドナーが有していない方のHLA-C1またはHLA-C2型であればよい。好ましくは、レシピエントが有しているHLA-C分子と同一のHLA-C分子を発現させる。
【0030】
本発明の方法のある態様において、移植用培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性または相対的に弱い陽性である場合には、移植用培養細胞または培養組織にHLA-Bw4型リガンドを発現させる。HLA-Bw4型リガンドとしては、HLA-Bw4型リガンドに対するNK細胞上の受容体に相対的強い親和性を有するHLA-Bw4であればよい。好ましくはレシピエントが有しているHLA-Bw4型と同一のHLA-Bw4型リガンドを発現させる。
【0031】
ドナー由来の幹細胞や前駆細胞から所望の培養細胞または培養組織を分化誘導するにあたり、元の細胞のHLA型はそのまま維持される。本願の方法の一態様においては、分化誘導された培養細胞または培養組織に上記所望のHLA分子を発現させる。幹細胞や前駆細胞から移植に用いるために細胞または組織を分化誘導する方法は、公知の方法のいずれを採用してもよい。
【0032】
幹細胞あるいは前駆細胞から分化誘導される細胞または組織に所望のHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4を発現させるには、NK細胞上の抑制性受容体が発現させたHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4を認識できるような状態とすればよく、恒久的な発現であっても一過性の発現であっても良い。HLA-Cおよび/またはHLA-Bw4を細胞または組織に発現させるには、目的とするHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4の遺伝子または遺伝子産物を細胞と接触させればよい。
【0033】
ひとつの例として、HLA-Cおよび/またはHLA-Bw4タンパク質を細胞へ振りかける、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)とHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4タンパク質の融合、マイクロインジェクションなどの手法によって分化誘導された培養細胞もしくは培養組織へ導入してもよい。
【0034】
あるいは、所望のHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4をコードするDNAを、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって培養細胞または培養組織に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、導入遺伝子が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、培養細胞または培養組織へ一旦導入して作用させた後、導入したHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合するHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0035】
RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良い。分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0036】
好適には、培養細胞または培養組織はiPS細胞から分化誘導されたものを用いる。iPS細胞を種々の細胞や組織へ分化誘導することができることは良く知られていることである。例えばES細胞で報告されている分化誘導法(例えば、神経幹細胞への分化誘導法としては、特開2002-291469、膵幹様細胞への分化誘導法としては、特開2004-121165、造血細胞への分化誘導法としては、特表2003-505006、胚葉体の形成による分化誘導法としては、特表2003-523766に記載の方法等)を利用して、iPS細胞から種々の細胞(例、心筋細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、インスリン分泌細胞等)への分化を誘導することができる。また、iPS細胞から網膜色素上皮細胞シートの製造方法(WO2012/115244)、免疫細胞の誘導方法(WO2016/010148、WO2016/010153、WO2016/010154、WO2016/010155)など新たな誘導方法が提案されている。本願の方法において、iPS細胞から目的とする細胞や組織に分化誘導する方法は限定的でなく、公知の方法のいずれを用いてもよい。
【0037】
所望のHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4を幹細胞、例えばiPS細胞に導入した後、当該iPS細胞を所望の細胞または組織へと分化誘導してもよい。iPS細胞へHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4を導入する場合、HLA-Cおよび/またはHLA-Bw4の遺伝子を、レンチウイルスやレトロウイルスなどによってゲノムへ組み込むことが例示される。ゲノムに組み込まれたHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4は分化誘導後もそのまま維持され、iPS細胞からの分化誘導によって得られる細胞へと引き継がれる。
【0038】
ある態様において所望の細胞または組織へと分化誘導された細胞は、iPS細胞由来のHLA-C1/C1またはHLA-C2/C2型に加えて、もう一方のHLA-C型を発現する。HLA-C1型およびHLA-C2型の両方のタイプのHLA-C型を発現することから、HLA-C1/C2のレシピエントへ当該細胞もしくは組織を移植した場合、HLA-C1型およびHLA-C2型の両方のHLA-C型に対するレシピエントNK細胞の抑制性受容体へこれらのHLA-C分子が結合し、レシピエントのNK細胞の活性化が回避される。
【0039】
ある態様において所望の細胞または組織へと分化誘導された細胞は、iPS細胞由来のHLA-Bw4型HLA分子を有していない場合であっても、HLA-Bw4型分子を発現する。HLA-Bw4型リガンド陽性のレシピエントへ当該細胞もしくは組織を移植した場合、発現させたHLA-Bw4型分子に対するレシピエントNK細胞抑制性受容体へかかるHLA-Bw4型リガンドが結合し、レシピエントのNK細胞の活性化が回避される。
【0040】
本願はまた、
(1)少なくともHLA-A座、HLA-B座およびHLA-DRB座がホモ接合性であるHLAハプロタイプホモ接合性ドナーから誘導されたiPS細胞を提供する工程、
(2-1)該ドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型である場合は、HLA-C2型のHLA-C遺伝子を、HLA-C座がHLAC2/C2型である場合はHLA-C1型のHLA-C遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、および/または
(2-2)該ドナーがHLA-Bw4リガンド陰性、または比較的弱い陽性である場合には、HLA-Bw4型HLA-B遺伝子をiPS細胞へ導入する工程、
(3)工程(2-1)および/または(2-2)で得られた細胞を、ドナーのHLA情報並びに導入したHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4の情報とひも付けて保存する工程を含む、HLAハプロタイプがヘテロ接合性であるレシピエント用iPS細胞バンクの製造方法を提供する。本方法において、好ましくはドナーのHLA-C座もホモ接合性である。
【0041】
本願のiPS細胞バンクは単独で運用するのではなく、HLAハプロタイプホモ接合性ドナー由来のiPS細胞バンクと合わせて運用するのが好ましい。本願のiPS細胞バンクはレシピエントのHLA-C型およびHLA-Bw4リガンドに応じた移植用組織や細胞を製造するために好適に用いられる。
即ち、HLAハプロタイプホモ接合性ドナーから誘導されたiPS細胞に加えて、
(1)該ドナーのHLA-C座がHLA-C1/C1型である場合は、HLA-C2型のHLA-C遺伝子を、HLA-C座がHLAC2/C2型である場合はHLA-C1型のHLA-C遺伝子をさらに含むiPS細胞、および/または
(2)該ドナーがHLA-Bw4リガンド陰性、または比較的弱い陽性である場合には、HLA-Bw4型HLA-B遺伝子さらに含むiPS細胞
がドナーのHLA情報並びに導入したHLA-Cおよび/またはHLA-Bw4の情報とひも付けて保存されたiPS細胞バンクが提供される。
【0042】
本願はまた、移植用培養細胞または培養組織をレシピエントに投与する場合に、NK細胞の活性化を抑制する物質を当該細胞または組織とともに投与することを含む、レシピエントNK細胞の活性化抑制方法を提供する。「ここでNK細胞の活性化を抑制する物質」とは、移植用培養細胞または培養組織が発現しておらず、レシピエントが発現しているHLA-C分子および/またはHLA-Bw4型HLA分子の固相化ビーズ、可溶性分子、テトラマー、またはそれぞれのリガンドに対する抑制性受容体(KIR)に対する刺激型抗体が例示される。
【0043】
可溶性HLA分子は、膜貫通部分の切断、抗体分子のFc部分との融合、テトラマー化等によって得ることができる。これらのNK細胞の活性化を抑制する物質は、移植用細胞または組織を投与する際の媒体に添加しても、投与前あるいは後にレシピエントに投与してもよい。
【0044】
さらに本願は、 移植用培養細胞または培養組織の調製方法であって、下記1)および2)から選択される1以上の工程を含む方法を提供する:
1)移植用培養細胞または培養組織がレシピエントのHLA-C座の型に属するHLA-C分子のいずれかを発現していない場合、当該発現していないHLA-C分子に特異的なNK細胞抑制性受容体に対する刺激型抗体を移植用培養細胞または培養組織に発現させる、
2)移植用培養細胞または培養組織がHLA-Bw4型リガンド陰性型もしくは相対的に弱いBw4型リガンド陽性型であり、レシピエントがHLA-Bw4リガンド陽性型である場合にはHLA-Bw4型HLA分子に特異的なNK細胞抑制性受容体に対する刺激型抗体を移植用培養細胞または培養組織に発現させる。
【実施例】
【0045】
以下、本願を実施例により更に詳細に説明する。本願発明は実施例によりいかなる意味においても規定されるものではない。
【実施例1】
【0046】
1)再生T細胞の調製
健常人HLAハプロタイプホモ接合性ドナーhomo-AのT細胞よりiPS細胞を樹立した(T-iPS細胞)。得られたiPS細胞からCD8シングルポジティブ細胞を誘導した(再生T細胞)。また、homo-Aのハプロタイプと一方が共通する健常人ハプロタイプヘテロ接合性ドナーhetero-1のT細胞より同様にiPS細胞を樹立し、iPS細胞からCD8シングルポジティブ細胞を誘導した。T細胞からiPS細胞(T-iPS細胞)を誘導した。得られたT-iPSからCD8シングルポジティブ細胞を誘導した(再生T細胞)。T細胞からのiPS細胞の誘導はWO2016/0101535に記載の方法に基づいて行った。homo-Aおよびhetero-1のハプロタイプを表1に示す。HLA-Cの14:03、12:02はC1型、04:01、15:02はC2型に分類される。したがって、homo-AはHLA-CがC1/C1型、hetero-1はC1/C2型である。
【0047】
【0048】
T-iPS細胞からT細胞への分化誘導
使用した培地は下記である。
【表2】
*ペニシリン/ストレプトマイシン溶液は、ペニシリン10000U/mLおよびストレプトマイシン10000μg/mLからなり、それぞれの最終濃度を100U/mLおよび100μg/mLとした。
【0049】
【表3】
*ペニシリン/ストレプトマイシン溶液は、ペニシリン10000U/mLおよびストレプトマイシン10000μg/mLからなり、それぞれの最終濃度を100U/mLおよび 100μg/mLとした。
【0050】
OP9細胞の準備
0.1%ゼラチン/PBS溶液6mlを10cm培養ディッシュに入れ、37℃で30分以上静置した。コンフルエントになったOP9細胞をトリプシン/EDTA溶液で剥がし、1/4相当量をゼラチンコートした10cm培養ディッシュに播種した。培地はmedium Aを10mlとなるように加えた。
4日後に播種したOP9細胞培養ディッシュに新たにmedium Aを10ml加え、全量が20mlとなるようにした。
【0051】
iPS細胞からの血球前駆細胞誘導
共培養に使用するOP9細胞の培地を吸引し、新しいmedium Aに交換した。またiPS細胞培養ディッシュの培地も同様に吸引し、新しいmedium Aを10ml加えた。EZ-passageローラーでiPS細胞塊を切った。カットしたiPS細胞塊を200ulピペットマンでピペッティングすることで浮遊させ、目視でおおよそ600個のiPS細胞塊をOP9細胞上に播種した。
【0052】
iPS細胞1クローンあたり3枚以上のディッシュを用い、継代するときには細胞を一度一つに合わせてから同じ枚数に再分配することでディッシュ間のばらつきを減らした。
【0053】
Day 1 (培地交換)
iPS細胞塊が接着し分化し始めているかどうかを確認し、培地を新しいmedium A 20mlに交換した。
Day 5 (培地半量交換)
半量分の培地を新しいmedium A 10mlに交換した。
Day 9 (培地交換)
半量分の培地を新しいmedium A 10mlに交換した。
Day 13 (誘導した中胚葉細胞をOP9細胞上からOP9/DLL1細胞上へ移しかえる)
培地を吸引し、HBSS(+Mg+Ca)で細胞表面上の培地を洗い流した。その後250U collagenase IV/HBSS(+Mg+Ca)溶液10mlを加え、37℃で45分間培養した。
Collagenase溶液を吸引し、PBS(-)10mlで洗い流した。その後5mlの0.05%トリプシン/EDTA溶液を加え、37℃で20分培養した。培養後、細胞が膜状に剥がれてくるので、ピペッティングにより物理的に細かくし、接着細胞同士を離した。
【0054】
ここに新しいmedium Aを20ml加え、さらに37℃で45分間培養した。培養後、浮遊細胞を含む上清を、100μmのメッシュを通して回収した。4℃、1200rpmで7分間遠心し、ペレットを10mlのmedium Bに懸濁させた。このうち1/10をFACS解析用にとりわけ、残りの細胞を新たに用意したOP9/DLL1細胞上に播種した。複数枚のディッシュから得た細胞をプールした場合、元々の枚数と同じ枚数になるように再分配して細胞を播き直した。
【0055】
得られた細胞に造血前駆細胞が含まれているかどうかを確かめるために抗CD34抗体、抗CD43抗体を用いてFACS解析した。CD34lowCD43+細胞分画に十分な細胞数が確認できたことから、造血前駆細胞が誘導されていると確認した。
【0056】
血球前駆細胞からのT細胞分化誘導
次いで細胞をOP9/DLL1細胞上に播種した。この工程において、CD34lowCD43+細胞分画の細胞のソーティングは行わなかった。この分画をソーティングした場合、得られる細胞数が減少してしまうことやソーティングによる細胞へのダメージから、ソーティングしなかった場合に比べてT細胞への分化誘導効率が落ちることがある。
【0057】
培養期間中に分化段階を確認するためにFACS解析を行うが、全ての期間において培養中に死細胞が多くみられる。そのためFACS解析時にはPI(Propidium Iodide)、7-AADなどを用い、死細胞除去したうえで解析を行った。
【0058】
Day 16 (細胞の継代)
OP9細胞に緩く接着している細胞を、穏やかに複数回ピペッティングし、100μmのメッシュを通して50mlコニカルチューブに回収した。4℃、1200rpmで7分間遠心し、ペレットを10mlのmedium Bに懸濁させた。これらの細胞を新たに用意したOP9/DLL1細胞上に播種した。
【0059】
Day 23 (細胞の継代):血液細胞コロニーが見え始めた。
OP9細胞に緩く接着している細胞を、穏やかに複数回ピペッティングし、100μmのメッシュを通して50mlコニカルチューブに回収した。4℃、1200rpmで7分間遠心し、ペレットを10mlのmedium Bに懸濁させた。
【0060】
Day 36 :CD4+8+DP細胞の刺激.
DP細胞をCD8陽性細胞へと分化誘導するために、DP細胞をCD4マイクロビーズによって単離し、medium Bに抗CD3抗体(50ng/μl)とIL-2(100U/ml)を加えたもので刺激した。
【0061】
Day 43 :CD8陽性細胞の確認
細胞FACSにより解析し、CD8シングルポジティブ細胞(CD8SP)の生成を確認した。
【0062】
3)homo-A T-iPS細胞へのHLA-C2型遺伝子の導入
homo-A T-iPS細胞にhetero-1のHLA-C2遺伝子であるHLA-C*04:01:01遺伝子をレンチウイルスによって導入した。遺伝子導入にはレンチウイルベクターCS-UbC-RfA-IRES-Venusを用い、以下の遺伝子を理化学研究所 (BRC)より入手し、導入した。
【0063】
Lenti-X 293T細胞にリポフェクションで上述のプラスミドを導入し、その培養上清をレンチウイルスベクターとして使用した。0.5×TrypLE selectでiPS細胞を回収し、5×104のiPS細胞を上述したレンチウイルスベクターを含む培養上清1mlで再懸濁し、スピンインフェクション (800g, 1.5時間, 32℃)をおこなった。感染させたiPS細胞を培養し、シングルセルコロニーを得た。遺伝子が導入されていることは蛍光タンパクVenusの発現によって確認した。
上記2)の方法にて、得られたiPS細胞をCD8シングルポジティブ細胞へと誘導した細胞を調製した(homo-A CD8SP+C*04:01:01)。
【0064】
4)NK細胞の画分
hetero-1ドナーより、NK細胞を常法により分取した。NK細胞をHLA-C1特異的抑制性受容体であるKIR 2DL3とHLA-C2特異的抑制性受容体であるKIR 2DL1に対する抗体を用い、FACSにより分類した。
図1に示すように、R1~R4の4つの分画に分けられた。
【0065】
5)再生T細胞に対するNK細胞活性化試験
1)で得られたhomo-A由来TiPS細胞から再生されたT細胞(homo-A CD8SP)、hetero-1由来TiPS細胞から再生されたT細胞(autoTiPS)、並びにhomo-A由来TiPS細胞のゲノムへHLA-C2型遺伝子を導入したT細胞(homo-A CD8SP+C*04:01:01)に対する、hetero-1のNK細胞の反応を調べた。各細胞を標的細胞とし、標的細胞とNK細胞を1 : 1で混合した後、12時間後にCD107aの発現上昇をFACSで検出した。
図1に示すR1~R4各分画にそれぞれにおけるCD107aの発現上昇を解析したところ、R2、R3の分画でauto iPS由来CD8SP細胞に対し、homo-A iPS細胞由来CD8SP細胞で有意にCD107aの発現上昇が認められ、NK細胞活性があることが確認された。
【0066】
また、homo-A iPS細胞にhetero-1のHLA-C2遺伝子であるHLA-C*04:01:01遺伝子をレンチウイルスによって導入したiPS細胞由来再生T細胞 (homo-A CD8SP (+C*04:01:01))に対しては、HLA-C2を導入していないhomo-Aにおいて認められたNK細胞の反応は有意に抑制された。このことから、ハプロタイプホモのドナーより誘導した再生T細胞はハプロタイプヘテロかつHLA-CがC1/C2タイプのNK細胞に免疫反応を惹起させることが示された。また、その反応は自己のHLA-C2遺伝子を発現させることによって抑制できることが示された。結果を
図2に示す。
【0067】
6)NK細胞による標的細胞の傷害活性
標的細胞として、homo-A CD8SP、autoTiPSおよびhomo-A CD8SP+C*04:01:01の再生T細胞を用いた。NK細胞と再生T細胞の比を2:1、8:1で6時間培養し、死細胞の割合をAnnexinV陽性細胞の割合で評価した。特異的細胞傷害 (specific lysis)は (% sample lysis with effector - % basal lysis without effector) / (100 - % basal lysis without effector ) ×100で算出した。結果を
図3に示す。
【0068】
hetero-1のNK細胞はhomo-A由来再生T細胞を傷害したが、homo-A iPS細胞にhetero-1のHLA-C2遺伝子であるHLA-C*04:01:01遺伝子をレンチウイルスによって導入したiPS細胞由来再生T細胞 (homo-A CD8SP (+C*04:01:01))に対するhetero-1のNK細胞の細胞傷害活性は有意に抑制された。かかる結果より、HLA-C1/C1を有するハプロタイプホモのドナーより誘導した再生T細胞はHLA-C1/C2のハプロタイプヘテロのレシピエントのNK細胞に傷害されること、また、その細胞傷害活性はレシピエントの有するHLA-C2遺伝子を再生T細胞へ発現させることによって抑制できることが示された。
【実施例2】
【0069】
1) iPS細胞から血管内皮細胞の誘導
表1に示すハプロタイプホモ接合性ドナーhomo-A由来のiPS細胞ならびにハプロタイプへテロのドナーhetero-1由来のiPS細胞を調製した。また、実施例1の3)に示すhomo-A由来iPS細胞ゲノムへHLA-C*04:01:01を導入したiPS細胞を調製した。かかるiPS細胞を血管内皮細胞へと誘導した。
【0070】
【0071】
Day 0
0.5×TrypLE selectで細胞を回収し、ラミニン511でコートした6 wellプレートに2×105/wellで再播種した後、100% confluentになるまでStem Fitで4日培養した。
Day4
b-FGF (4ng/ml)入りStem Fitにmatrigel (1/60希釈) を加えた培地5mlで培地交換。
Day5
分化誘導培地 (+10ng/ml BMP4, 10ng/ml b-FGF, Matrigel 1/60希釈)5mlで培地交換。
Day8, 10, 11
分化誘導培地 (+100ng/ml VEGF) 5mlで培地交換。
Day 13 (細胞の回収)
PBS 5mlでwashし、Accumax 1ml加え、37℃, 15分incubation。細胞を回収した。5mM EDTA 5%FBS/PBS 500μlで再懸濁し、α-CD31 Absとα-VE-Cadherin Absを0.5μl/100万細胞の割合で加え、RT 30minインキュベーションした。5mM EDTA 5%FBS/PBS 10mlでwashし、FACS AriaでCD31+VE-Cadherin+細胞をソーティングした。得られた血管内皮細胞(再生血管内皮細胞)は使用するまで-80℃のフリーザーで保存した。
【0072】
2)再生血管内皮細胞に対するNK細胞活性化試験
実施例1と同様にしてHLAハプロタイプホモのドナーから誘導されたiPS細胞から分化誘導した再生血管内皮細胞を対象にヘテロのNK細胞が反応性を示すかどうかを評価した。結果を
図4に示す。
【0073】
実施例1と同様、再生血管内皮細胞とhetero-1のNK細胞を1 : 1で共培養し、12時間後にCD107aの発現上昇を解析した。その結果、hetero-1のNK細胞のR2およびR3画分はhomo-Aから誘導した再生血管内皮細胞に対し有意に活性化を示した。この結果から再生T細胞だけでなく、様々な組織細胞に対し、C1/C2をともに持つハプロタイプヘテロのNK細胞が反応性を示し得ることが裏付けられた。また、homo-A iPS細胞にhetero-1のHLA-C2遺伝子であるHLA-C*04:01:01遺伝子をレンチウイルスによって導入したiPS細胞由来再生血管内皮細胞 (homo-A 血管内皮 (+C*04:01:01))に対するhetero-1のNK細胞の反応は有意に抑制された。従って、再生血管内皮細胞においてもHLA-C2を導入することが有効であることが示された。
【実施例3】
【0074】
C1/C2をともに持つハプロタイプヘテロのNK細胞がC1遺伝子のみを持つハプロタイプホモの再生細胞に反応性を示す現象が、普遍的な現象であるかどうかを検証した。標的細胞として、日本人に最頻のハプロタイプのホモ接合性であるhomo-B (454E2株、理化学研究所より入手) を使用した。homo-Bとハプロタイプの一方を共有するヘテロ接合性で、HLA-CがC1/C2タイプであるhetero-2を選定し、NK細胞提供者とした。また、homo-B iPS細胞へ、HLA-C2遺伝子HLA-C*15:02:01を実施例1と同じ方法にて導入した。導入した遺伝子は理化学研究所より入手した。
【0075】
【0076】
homo-B iPS細胞より再生血管内皮細胞を誘導し、実施例1と同様にNK細胞の活性化試験を行った。結果を
図5に示す。homo-B由来の血管内皮細胞によってhetero-2のNK細胞は活性化されたが、homo-B iPS細胞にhetero-2のHLA-C2遺伝子であるHLA-C*15:02:01遺伝子をレンチウイルスによって導入したiPS細胞由来再生血管内皮細胞ではこの活性化反応は有意に抑制された。従って、HLAハプロタイプホモのiPS細胞にHLA-C2遺伝子を導入することが有効であることが示された。
【実施例4】
【0077】
健常人ボランティアであるDonor-NK1より、NK細胞を常法により分取した。Donor-NK1並びに健常人ボランティアであるDonor-AとDonor-Bから末梢血単核球を採取した。Donor-NK1、Donor-A、Donor-Bの3名のHLA型を表6に示す。
【0078】
【0079】
本実施例で用いた3名のドナーのHLA-Cは全てC1型であり、HLA-C型についてのミスマッチは存在しない。Donor-NK1のHLA-BはBw4型であり、HLA-B4403はNK細胞に発現する抑制性受容体にリガンドとしてシグナルを送る力が強いとされる。Donor-AおよびDonor-BのHLA-BはBw4型ではない。Donor-BのHLA-A-2402は相対的に弱いBw4リガンドであることが知られている。
【0080】
Donor-NK1から得たNK細胞をHLA-Bw4特異的抑制性受容体であるKIR3DL1とHLA-C1特異的抑制性受容体であるKIR2DL3に対する抗体を用い、FACSにより分類した。
図6に示すように、R1~R4の4つの分画に分けられた。
【0081】
Donor-NK1、Donor-AおよびDonor-Bから単離した末梢血単核球をそれぞれ標的細胞として、NK細胞活性化試験を行った。各細胞を標的細胞とし、標的細胞とNK細胞をIL-2 1000単位/mlの存在下で1:1で混合した後、6時間培養した。培養後にCD107aの発現量をFACSで検出して、これをNK細胞活性化の指標とした。NK細胞を
図6の4つの分画に分け、それぞれにおいてCD107aの発現上昇を解析した。CD107aの発現量がDonor-NK1から単離したPBMC(auto)と共培養した場合の発現量と比して上昇した場合、NK細胞が活性化されたと認定した。結果を
図7に示す。
【0082】
まず強いBw4リガンドをもつDonor-NK1より単離したNK細胞がBw4リガンドを持たないDonor-AのPBMCに反応性を示すかどうかを検証した。HLA-B4403はNK細胞に発現する抑制性受容体にリガンドとしてシグナルを送る力が強いとされる。
【0083】
R2およびR3の分画で、Donor-A細胞由来PBMCにおいてauto PBMC(Donor-NK1由来PBMC)での発現量と比べて有意な上昇が認められた。この結果はBw4リガンド陰性の組織または細胞を陽性のレシピエントに移植する場合に拒絶反応が起こりうることを示すものである。
【0084】
次に強いBw4リガンドをもつDonor-NK1より単離したNK細胞が相対的に弱いBw4リガンドであるHLA-A-2402をもつDonor-BのPBMCに反応性を示すかどうかを検証した。Donor-Aの場合と同じようにR2およびR3の分画で、Donor-B細胞由来PBMCと共培養した場合に有意にCD107aの発現上昇が認められた。この結果はBw4リガンドを発現している再生組織であってもそれが相対的に弱いものであれば、強いBw4リガンド陽性のレシピエントに移植する場合に拒絶反応が起こりうることを示す。