(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】原子力電池、原子力電池システム
(51)【国際特許分類】
G21H 1/10 20060101AFI20231115BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20231115BHJP
H02N 11/00 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
G21H1/10
H01L29/82 Z
H02N11/00 A
(21)【出願番号】P 2019215282
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2022-07-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26~29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業総括実施型研究ERATO「核ダイナミクスに関する研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】岡安 悟
(72)【発明者】
【氏名】針井 一哉
(72)【発明者】
【氏名】家田 淳一
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-162881(JP,A)
【文献】特開2017-103378(JP,A)
【文献】国際公開第2013/047254(WO,A1)
【文献】特開2011-249746(JP,A)
【文献】特開2013-064710(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0186932(US,A1)
【文献】A. Yagmur,K. Uchida, K. Ihara, et al.,Gamma radiation resistance of spin Seebeck,Appl. Phys. Lett. 109, 243902,109,米国,2016年12月16日,243902-1~4
【文献】Sanbing Wang et al.,Design and analysis of nuclear battery driven by the external neutron source,Annals of Nuclear Energy,Volume 72,2014年10月31日,p.455-460
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21H 1/10
H10N 15/00
H01L 29/82
H02N 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
定常的に放射線を発する線源と、当該放射線によって発生した温度勾配によって第1電極と第2電極の間で起電力を生ずる熱電変換素子と、が組み合わせられた原子力電池であって、
前記熱電変換素子は、
基板上に形成され、面内方向に磁場を有する強磁性体層と、
逆スピンホール効果を発現する金属材料で構成され、前記強磁性体層の上に形成され、前記第1電極及び前記第2電極が前記面内方向かつ前記磁場と交差する方向で離間した箇所に形成された厚さ50nm以下の金属層と、
を具備し、
前記放射線として中性子線を発する前記線源が用いられ、
前記線源が、前記強磁性体層の厚さ方向において前記温度勾配を発生させるように前記熱電変換素子に接続され、
前記基板はガリウム・ガドリニウム・ガーネット(GGG)で構成され
、ホウ素(B)又はカドミウム(Cd)でコーティングされたことを特徴とする原子力電池。
【請求項2】
前記強磁性体層及び前記金属層に前記磁場を印加する磁場印加層が前記強磁性体層及び前記金属層の前記面内方向の端部に接続されたことを特徴とする請求項
1に記載の原子力電池。
【請求項3】
前記強磁性体層はイットリウム・鉄・ガーネット(YIG)、又はガリウム(Ga)が添加されたYIGで構成されたことを特徴とする請求項
2に記載の原子力電池。
【請求項4】
前記金属層は白金(Pt)、金(Au)、ニオブ(Nb)、ニッケル(Ni)、又はステンレス鋼を含むことを特徴とする請求項1から請求項
3までのいずれか1項に記載の原子力電池。
【請求項5】
前記線源は前記基板における前記強磁性体層が形成された側と反対側に接続されたことを特徴とする請求項1から請求項
4までのいずれか1項に記載の原子力電池。
【請求項6】
請求項1から請求項
5までのいずれか1項に記載の原子力電池が、各々における前記磁場が共通の向き、かつ各々における前記第1電極、前記第2電極がそれぞれ共通の側にあるように複数配置され、直列接続されて支持基体上に形成されたことを特徴とする原子力電池システム。
【請求項7】
前記支持基体は略円柱形状とされ、
複数の前記原子力電池が前記略円柱形状の外周面の周方向に沿って配列されたことを特徴とする請求項
6に記載の原子力電池システム。
【請求項8】
前記支持基体は定常的に前記放射線を発する材料で構成され、前記支持基体が各前記原子力電池における前記線源を兼ねる構造とされたことを特徴とする請求項
6又は
7に記載の原子力電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線源が発する放射線によって発電を行う原子力電池、原子力電池が組み合わされた原子力電池システムに関する。
【背景技術】
【0002】
半減期が長い放射性同位体(線源)が発する放射線を電気エネルギー(起電力)に変換して出力する原子力電池は、半減期が長い線源を用いることによって長期間の使用が可能であるため、特に探査用の無人機器(宇宙探査機等)において広く用いられている。放射線のエネルギーを電気エネルギーに変換するためには、放射線が吸収されることによって発する熱を熱電効果によって電気エネルギーに変換する技術(例えば非特許文献1)や、放射線を可視光等の光に変換し、太陽電池がこの光を半導体における光電変換によって電気エネルギーに変換する技術(例えば特許文献1)が用いられる。
【0003】
前者においては、ゼーベック係数の異なる2種類の半導体層とこれらに接続された電極とで構成される熱電変換素子が用いられる。後者においては、可視光の吸収によって発電を行う太陽電池と同様の半導体を用いた構成が用いられ、この際に、放射線を吸収することによって可視光を発する蛍光体が用いられ、この可視光が太陽電池に吸収される構成とされる場合もある。
【0004】
使用する線源として半減期が十分に長いものを用いれば、例えば電池の寿命を、他の電池では得られないような100年以上とすることも期待される。しかしながら、原子力電池においては、上記のように放射線を起源とする発電が行われる一方、熱電変換素子や太陽電池(熱電変換素子等)を構成する半導体材料には、この放射線によって結晶欠陥が発生する。この結晶欠陥によって熱電変換素子等の特性が劣化し、実際にはこのような熱電変換素子等の劣化によって原子力電池の寿命が定まる場合が多く、前記のような長い寿命を得ることは容易ではない。特にこのように結晶欠陥を発生させる放射線として、特にγ線がある。更に、線源がγ線以外の放射線を発する場合でも、この放射線による二次放射線としγ線が発せられる場合もある。このため、原子力電池においては、熱電変換素子等において放射線照射による損傷を発生させないための遮蔽が必要となるが、この遮蔽のための構造によって、実質的に原子力電池が大型化し、重量が大きくなる。
【0005】
こうした観点から、上記のような線源としては、遮蔽が比較的容易であるα線を発し、遮蔽体として厚い重金属層が必要となるγ線を発さず、かつ半減期の長い238Puや210Po等が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構、原子力百科事典ATOMICA、<タイトル>原子力電池、URL: https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_08-04-02-08.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、こうした線源と遮蔽体を用いた場合においても、実際の原子力電池の寿命は熱電変換素子等の放射線による劣化によって定まり、線源の半減期よりも大幅に短くなった。また、線源として用いられる238Puや210Poは、その製造が容易でない、あるいは希少であるために、非常に高価であった。
【0009】
このため、放射線による劣化が小さく、小型で寿命の長い原子力電池が望まれた。
【0010】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の原子力電池は、定常的に放射線を発する線源と、当該放射線によって発生した温度勾配によって第1電極と第2電極の間で起電力を生ずる熱電変換素子と、が組み合わせられた原子力電池であって、前記熱電変換素子は、基板上に形成され、面内方向に磁場を有する強磁性体層と、逆スピンホール効果を発現する金属材料で構成され、前記強磁性体層の上に形成され、前記第1電極及び前記第2電極が前記面内方向かつ前記磁場と交差する方向で離間した箇所に形成された厚さ50nm以下の金属層と、を具備し、前記放射線として中性子線を発する前記線源が用いられ、前記線源が、前記強磁性体層の厚さ方向において前記温度勾配を発生させるように前記熱電変換素子に接続され、前記基板はガリウム・ガドリニウム・ガーネット(GGG)で構成され、ホウ素(B)又はカドミウム(Cd)でコーティングされたことを特徴とする。
本発明の原子力電池は、前記強磁性体層及び前記金属層に前記磁場を印加する磁場印加層が前記強磁性体層及び前記金属層の前記面内方向の端部に接続されたことを特徴とする。
本発明の原子力電池において、前記強磁性体層はイットリウム・鉄・ガーネット(YIG)、又はガリウム(Ga)が添加されたYIGで構成されたことを特徴とする。
本発明の原子力電池において、前記金属層は白金(Pt)、金(Au)、ニオブ(Nb)、ニッケル(Ni)、又はステンレス鋼を含むことを特徴とする。
本発明の原子力電池において、前記線源は前記基板における前記強磁性体層が形成された側と反対側に接続されたことを特徴とする。
本発明の原子力電池システムは、前記原子力電池が、各々における前記磁場が共通の向き、かつ各々における前記第1電極、前記第2電極がそれぞれ共通の側にあるように複数配置され、直列接続されて支持基体上に形成されたことを特徴とする。
本発明の原子力電池システムにおいて、前記支持基体は略円柱形状とされ、複数の前記原子力電池が前記略円柱形状の外周面の周方向に沿って配列されたことを特徴とする。
本発明の原子力電池システムにおいて、前記支持基体は定常的に前記放射線を発する材料で構成され、前記支持基体が各前記原子力電池における前記線源を兼ねる構造とされたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の原子力電池は以上のように構成されているので、放射線による劣化が小さく、寿命が長くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施の形態に係る原子力電池の構造を示す断面斜視図である。
【
図2】本発明の実施例における出力電圧の磁場依存性を測定した結果である。
【
図3】γ線照射前(a)、高温かつ乾燥雰囲気におけるγ線被曝後(b)の、実施例における出力電圧の温度差依存性である。
【
図4】高温かつ蒸気中のγ線照射における、γ線被曝量毎の出力電圧の温度差依存性(a)、温度係数の被曝量依存性(b)をそれぞれ示す。
【
図5】本発明の実施の形態に係る原子力電池を複数組み合わせた原子力電池システムの構成の例を示す図である。
【
図6】本発明の実施の形態に係る原子力電池システムの他の例の構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る原子力電池、原子力電池システムについて説明する。この原子力電池は、使用される線源から発せられた放射線に起因する熱によって発電が行われる点については従来の原子力電池と同様であるが、その構造及び発電のメカニズムが従来の原子力電池とは異なる。
【0015】
熱を電気エネルギーに変換する従来の原子力電池においては、半導体のゼーベック効果を利用するために、例えば、p型、n型の半導体層が用いられ、温度勾配が存在する場合におけるp型半導体中の正孔、n型半導体中の電子の流れに起因して起電力が発生する。
【0016】
一方、本発明の原子力電池は、例えば特開2009-130070号公報や特開2015-179746号公報に記載された、スピンゼーベック効果を利用する。スピンゼーベック効果を用いた熱電変換素子においては、強磁性体層に磁場が印加された場合、あるいは強磁性体層が磁化されている場合において、その磁場と平行な電子の流れ(アップスピン電子)、反平行のスピンをもつ電子の流れ(ダウンスピン電子)に差ができ、この差が、強磁性体層と接する常磁性金属層中の逆スピンホール効果によって電圧(起電力)として出力される。
【0017】
前記のような半導体におけるゼーベック効果を利用した熱電変換素子においては、起電力を発生する元となる正孔や電子の流れは、半導体中の結晶欠陥の影響を大きく受ける。この結晶欠陥は、特に放射線の照射によって発生するため、放射線量が高い環境下では時間経過と共に増大し、これに伴って出力電圧が低下する。
【0018】
これに対して、後述するように、強磁性体中のスピン流は、半導体中の正孔、電子の流れと比べて、放射線照射による悪影響を受けにくい。このため、このようなスピンゼーベック効果を用いた熱電変換素子は、放射線量の高い環境下での利用に特に適している。
【0019】
図1は、本発明の実施の形態に係る原子力電池1の構造を示す断面斜視図である。この原子力電池1においては、膜厚方向(z方向)に沿って、基板10の上に強磁性絶縁層20、金属層30が順次形成される。この原子力電池1においては、強磁性絶縁層(強磁性体層)20と金属層30とで熱電変換素子5が構成される。
【0020】
また、基板10の下側には、放射線を発する線源(熱源)40が接続されている。また、この構造に対するx方向の両側に磁場印加層51、52がそれぞれ接続される。金属層30が仮にそのシート抵抗が無視できる程度に厚くされた場合には金属層30は面内方向で同電位となるが、後述するように金属層30は充分に薄く形成されるために金属層30の面内方向で電位差が生ずる。スピンゼーベック効果による電位差は図中でy軸方向において発生するため、金属層30におけるy軸方向における両端部側にそれぞれ第1電極31、第2電極32が接続され、第1電極31・第2電極32間で起電力(電圧)V0が取り出される。
【0021】
基板10としては、良質の強磁性絶縁層20をこの上に形成することができ、十分な機械的強度をもつものが用いられ、例えば1mm厚のGd3Ga5O12(ガドリニウム・ガリウム・ガーネット:GGG)単結晶が用いられる。強磁性絶縁層(強磁性体層)20としては、磁性ガーネットであるY3Fe5O12(イットリウム・鉄・ガーネット:YIG)やガリウム(Ga)が添加されたYIG等のフェライト系磁性体が100nm程度の厚さで、塗布印刷法、スパッタリング法等によって形成される。強磁性絶縁層20の代わりに導電性(金属)の強磁性層を用いた場合においてもスピンゼーベック効果は得られるため、他の強磁性体を用いることもでき、例えばMnSb、MnBi等の光磁気材料や、SmCo等の希土類化合物等も用いることができる。ただし、厚い導電性の強磁性体層を用いた場合には、前記のように金属層30が厚い場合と同様に、第1電極31・第2電極32間で起電力を得ることが困難となるため、強磁性絶縁層20を用いることが好ましい。
【0022】
金属層30としては、スピン軌道相互作用が大きく逆スピンホール効果が強く表れる金属材料である白金(Pt)、金(Au)、ニオブ(Nb)、ニッケル(Ni)、ステンレス鋼等が好ましく用いられる。前記のように、導電性の金属材料を用いた場合でもシート抵抗が十分に高くなるように、金属層30の膜厚は充分に薄く、50nm以下、例えば10nm程度とされる。金属層30は例えばスパッタリング法によって形成される。この原子力電池1において発生する起電力は、前記の通り第1電極31、第2電極32から取り出される。
【0023】
磁場印加層51、52は、それぞれが図示された向きの自発磁化を有する硬磁性体で構成され、絶縁性である、あるいは金属層30等と絶縁されるようにx方向における両側に設けられている。磁場印加層51、52によって、強磁性絶縁層20には、面内方向において
図1におけるx方向負側から正側に向かう磁場Hが印加される。
【0024】
線源40としては、従来の原子力電池と同様に、自身が発する放射線によって発熱し、半減期が十分に長いものを適宜用いることができ、これによって、
図1におけるz方向負側から正側に向かう温度勾配ΔT(熱流)が形成される。このため、線源50を構成する材料としては、従来の原子力電池と同様の、α線を発する
238Puや
210Poを用いることができるが、この原子力電池1における熱電変換素子5(強磁性絶縁層20、金属層30)においては、放射線照射による劣化が発生しにくいため、α線以外の放射線を発する線源40を用いることができる。具体的には、β線を発する
10Be (半減期1.4×10
6年、β線エネルギー0.6MeV:以下における年、エネルギーの記載についても同様)、
14C(5.7×10
3年、0.2MeV)、
26Al(7.2×10
5年、1.2MeV)、
32Si(1.7×10
2年、0.1MeV)、
36Cl(3.0×10
5年、0.7MeV)、
39Ar(2.7×10
2年、0.6MeV)、
40K(1.3×10
9年、1.3MeV)、
63Ni(1.0×10
2年、0.07MeV)、
79Se(6.4×10
4年、0.16MeV)、
87Rb(5.0×10
10年、0.3MeV)、
93Zr(1.5×10
5年、0.06MeV)、
115In(3×10
19年、0.6MeV),
137Cs(30年、0.5MeV)、
138La(1×10
11年、1.4MeV)を用いることができる。また、β線及びγ線を発する
94Nb(2.0×10
4年、β線0.4MeV、γ線0.7MeV)、
98TC(4.2×10
6年、β線0.3MeV、γ線0.6MeV)、176Lu(1×1010年、β線0.4MeV、γ線0.3MeV)を用いることができる。また、α線を発する
144Nd(2×10
15年、1.9MeV)、
146Sm(1×10
18年、2.6MeV)、
147Sm(1×10
11年、2.7MeV)、
152Gd(1×10
14年、2.7MeV)、
190Pt(6×10
11年、3MeV)、
210Bi(2×10
6年、4.9MeV)、
209Po(10
3年、4.9MeV)、
232Th(1×10
10年、4MeV)、
232U、
233U、
234U、
235U、
236U、
238U(4MeV)、
236Pu、
238Pu、
239Pu、
244Pu(5MeV)、
241Am、
243Am(5MeV)、
246Cm、
247Cm、
248Cm(5MeV)、
249Cf、
251Cf(6MeV)を用いることができる。
【0025】
また、線源40が発した放射線が基板10に吸収されやすい組み合わせを用いることによって、特に基板10が発熱しやすくすることによって発電効率を高めることもできる。例えば、中性子捕獲断面積が大きなGdを含むGGGを基板10の材料とした場合には、線源40として中性子を発する材料を用いることもできる。この場合、例えば中性子との間の反応断面積が大きなホウ素(B)、カドミウム(Cd)で基板10をコーティングすることによって、発電効率を更に高めることができる。この場合においても、形成される温度勾配は
図1に示された通りとなる。
【0026】
上記の構造においては、前記の特開2009-130070号公報や特開2015-179746号公報に記載された構造と同様に、強磁性絶縁層20におけるスピンゼーベック効果と金属層30における逆スピンホール効果によって、温度勾配と磁場による起電力を金属層30から取り出すことができる。一方、金属層30が強磁性体である場合には、金属層30において、例えば特開2016-103535号公報に記載されたような異常ネルンスト効果が、強磁性絶縁層20の有無に関わらず発現する。この異常ネルンスト効果によって金属層30において発生する起電力(電界)の方向、向きはスピンゼーベック効果によるものと等しい。このため、実際には
図1の構造において金属層30から出力される起電力は、スピンゼーベック効果に起因する成分と異常ネルンスト効果に起因する成分の和となる。
【0027】
図1においては、基板10の下側(z方向負側)に線源40が接続されたが、逆に、金属層30の上側(z方向正側)に線源40を接続してもよい。この場合には、温度勾配の向きが
図1とは逆となるため、印加される磁場の向きが
図1と同一である場合には、第1電極31・第2電極32間で発生する起電力の向きが逆となる。また、この場合には、第1電極31・第2電極32は、金属層30と線源40の間に設けられる。
【0028】
ただし、基板10の下側に線源40を設けた方が、線源40から発せられた放射線が基板10で吸収されるために強磁性絶縁層20に直接達することが抑制される一方で、この放射線を吸収した基板10によって温度勾配ΔTが生成されるため、特に好ましい。
【0029】
なお、上記のように強磁性絶縁層20として用いられる材料であるYIGは軟磁性材料であり、その保磁力及び残留磁化は非常に小さいため、強磁性絶縁層20中でx方向に沿った磁場Hを発生させるために磁場印加層51、52が用いられる。一方、上記のようなスピンゼーベック効果は、強磁性絶縁層20が硬磁性材料であっても発生する。この場合には、外部から印加された磁場が零となった場合の残留磁化を大きくすることができ、残留磁化によって
図1における磁場Hの強度を維持することができる。このため、強磁性絶縁層20を硬磁性材料で構成した場合には、予め原子力電池1において
図1に示されたような磁場を印加しておけば、磁場印加層51、52は不要である。
【0030】
この原子力電池1の特性を調べるために、
図1において磁場印加層51、52と線源40を除き、基板10、強磁性絶縁層20、金属層30のみからなる積層構造を形成し、z方向において温度勾配(温度差ΔT)、x方向に磁場Hをそれぞれ外部から印加して金属層30におけるy方向両側の電位差(出力電圧V0)を測定した。ここでは、基板10として厚さ1mmのGGG、強磁性絶縁層20として厚さ200nmのYIG、金属層30として厚さ10nmのPtを用い、ΔT=8Kとされた。
図2は、出力電圧V0の磁場H依存性を測定した結果である。ここで、磁場Hは正負両側で走査され、磁場Hが零近辺では強磁性絶縁層20における一定の残留磁化が
図1におけるx方向の磁場となるため、残留磁化の向きに応じたヒステリシスが生じている。この構成を具備する原子力電池1の出力電圧V0は、
図2における磁場Hの正側、負側における飽和値となり、20μV程度である。
【0031】
また、放射線として前記のように最も影響の大きなγ線を
図1におけるz方向で照射し、上記と同様の出力電圧(飽和値)のΔT依存性を、γ線のドーズ量(被曝量)毎に測定した。γ線源としては、
60Coを用い、被曝量は最大で1MGy程度とされた。
【0032】
また、照射の環境としては(1)室温かつ乾燥雰囲気、(2)高温(150℃)かつ乾燥雰囲気、(3)高温(150℃)かつ蒸気雰囲気、の3種類が選択された。
図3(a)は、γ線の照射前における出力電圧V0のΔT依存性(a)、(2)の環境下で0.86MGy照射後の同様の特性(b)をそれぞれ示す。これらの間に有意差はみられず、(2)の環境下で1MGy程度のγ線照射では、上記の原子力電池1の特性劣化は生じない。(1)の環境下においても、同様の結果が得られた。また、この場合の出力電圧はΔTに対して高い線形性を有している。
【0033】
一方、(3)の場合には、被曝量に伴って出力電圧がやや劣化した。
図4(a)に、この場合の被曝量毎の出力電圧のΔT依存性を、
図4(b)に、温度係数(
図4(a)における比例係数(V/K))の被曝量依存性をそれぞれ示す。上記の(1)(2)と比べるとγ線照射によって特性劣化が認められるが、その劣化は、1MGy程度で出力電圧が半減する程度である。このため、上記の原子力電池1は高いγ線耐性をもつため、γ線の遮蔽のための重金属層を必要としない。このため、線源40として前記のような半減期の長い複数種類のものを用いて、小型で寿命の長い原子力電池1を得ることができる。
【0034】
図2等に示されたように、この原子力電池1の出力電圧は、10
-6V程度であり、通常使用されている他の電池と比べて小さい。しかしながら、この原子力電池1は
図1のように厚さ方向の温度差によって面内方向で出力電圧が取り出されるため、この原子力電池1を複数直列に接続して新たに原子力電池システムとし、各々の厚さ方向に温度差を付与することによって、大きな出力電圧を得ることができる。
【0035】
図5(a)は、このような形態の第1の例となる原子力電池システム2を示す。この場合には、支持基板(支持基体)100上に図中横方向にn個の原子力電池1が配列され、各原子力電池1において、磁場印加層51、52による磁場Hは図中下向きに印加されるように形成され、かつ線源40による温度勾配ΔTは紙面垂直方向に付与される。この際、磁場Hの向きは全ての原子力電池1において同一とされるため、磁場Hの強度は面内で一様に高く維持される。また、温度勾配ΔTも面内で全体に一様に付与されるため、各原子力電池1において、安定した出力を得ることができる。この場合において、各原子力電池1が直列に接続されれば、単一の原子力電池1の出力電圧をV0とすると、n×V0の出力電圧を得ることができる。これによって、高い出力電圧を得ることができる。同様にこのような原子力電池1の配列を
図5(a)における縦方向にも並列に設け、2次元配列の出力を直列に接続することによって、更に出力電圧を高めることもできる。
【0036】
また、
図5(b)にこの変形例(第2の例)となる原子力電池システム3として示すように、円柱形状の支持基体110の外周面に
図5(a)と同様に原子力電池1を円周上に配列した原子力電池3とすることができる。ここでは、前記のように縦方向に2列の配列が形成されているが、配列の縦方向の数をより多くすることもできる。
【0037】
また、
図5(a)(b)の原子力電池システムにおいて、各原子力電池1における線源40を設けず、その代わりに支持基板100、支持基体110を線源40で構成してもよい。線源40からは放射線が全ての方向に発せられるため、こうした構成としても高い出力電圧を得ることができる。この場合には、
図5の構造において用いられる各原子力電池1において、実質的に線源40を省略することができる。
図6は、こうした構造を具備する原子力電池システム4の構造を示す、
図5(a)における横方向の断面図である。
図6において、更に基板10を共通としてもよい。
【0038】
なお、上記の例では、磁場Hの方向、温度勾配ΔTの方向、第1電極、第2電極が形成される方向(出力電圧が取り出される方向)はそれぞれ互いに直交するものとしたが、これらが厳密に直交する必要はなく、素子構成に応じてこれらの間の関係を直交からずらしてもよい。すなわち、十分な出力電圧が得られる限りにおいて、これらの方向は互いに交差すればよい。
【0039】
また、基板、強磁性体層、金属層を構成する材料は、上記の例以外でも適宜設定が可能である。
2ミラー以外の光学要素を適宜設けてもよい。
【符号の説明】
【0040】
1 原子力電池
2~4 原子力電池システム
5 熱電変換素子
10 基板
20 強磁性絶縁層(強磁性体層)
30 金属層
31 第1電極
32 第2電極
40 線源
51、52 磁場印加層
100 支持基板(支持基体)
110 支持基体