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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】インダクター素子およびそれを含む機器
(51)【国際特許分類】
   H01F 10/32 20060101AFI20231115BHJP
   H01F 17/00 20060101ALI20231115BHJP
   H01F 1/00 20060101ALI20231115BHJP
   H01L 29/82 20060101ALI20231115BHJP
   H10N 52/85 20230101ALI20231115BHJP
【FI】
H01F10/32
H01F17/00 Z
H01F1/00 136
H01L29/82 Z
H10N52/85
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020534743
(86)(22)【出願日】2019-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2019030236
(87)【国際公開番号】W WO2020027268
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2022-07-08
(31)【優先権主張番号】P 2018145483
(32)【優先日】2018-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100130960
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 正之
(72)【発明者】
【氏名】永長 直人
(72)【発明者】
【氏名】十倉 好紀
(72)【発明者】
【氏名】横内 智行
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 雅司
(72)【発明者】
【氏名】大谷 義近
(72)【発明者】
【氏名】ヒルシュベルガー マクシミリアン アントン
【審査官】木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/083994(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/158230(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/021349(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/118748(WO,A1)
【文献】特表2012-527098(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 10/32
H01F 17/00
H01F 1/00
H01L 29/82
H10N 52/85
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ある瞬間ある方向にたどったときに全体に渡って非共線スピン構造をもつように秩序スピンが空間的に配向している金属媒体を備えており、
該方向の射影成分をもつように該金属媒体を流される電流によって前記秩序スピンの配向が前記方向に成分を持つように変位して創発電場が生成され、
該創発電場に起因して金属媒体の前記方向にわたる電位差が生成される
インダクター素子。
【請求項2】
前記電流が交流電流であり、
前記電位差が、該交流電流の時間微分に比例している
請求項1に記載のインダクター素子。
【請求項3】
前記金属媒体は、前記方向を波数方向としてもつらせん構造の前記空間的配向をもつ材質である
請求項1または2に記載のインダクター素子。
【請求項4】
前記金属媒体は、前記方向を波数方向としてもつサイクロイダル構造の前記空間的配向をもつ材質である
請求項1または2に記載のインダクター素子。
【請求項5】
前記金属媒体は、前記秩序スピンの隣接するもの同士がほぼ強磁性秩序をもっているものである
請求項1または2に記載のインダクター素子。
【請求項6】
請求項1または2に記載のインダクター素子を含む機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はインダクター素子およびそれを含む機器に関する。さらに詳細には本開示は、電子のスピン構造を利用したインダクター素子およびそれを含む機器に関する。
【背景技術】
【0002】
基本電子素子のうち、印加される電圧と電流との間に線形的な関係をもたらす電気回路の受動素子は、一般にR(抵抗)、C(電気容量)、L(インダクタンス)の各素子である。各素子の物理的作用は、電流に付随する熱の生成(R)、電荷によるエネルギー蓄積(C)、磁場によるエネルギー蓄積(L)というものである。この中で特にインダクタンスLを担う素子(インダクター素子)は小型化が遅れている。例えば、最小のサイズと高いインダクタンス値を示す製品は、0.6×0.3×0.3mmのサイズをもち、L=130nH~270nH程度のインダクタンス値を実現している。
【0003】
他方、主要な動作原理として電荷量の多寡を利用している従来の基本電子素子とは異なる動作原理をもち、電荷量に加え主に電子のスピンに基づく物理現象も発見され、受動素子、能動素子、記憶などへの適用が試みられている。このような分野は、スピントロニクスとも呼ばれており、近時その進展が著しい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Gen Tatara and Hiroshi Kohno, "Theory of Current-Driven Domain Wall Motion: Spin Transfer versus Momentum Transfer," Phys. Rev. Lett. 92, 086601 (2004), DOI: 10.1103/PhysRevLett.92.086601
【文献】S. E. Barnes and S. Maekawa, "Generalization of Faraday’s Law to Include Nonconservative Spin Forces," Phys. Rev. Lett. 98, 246601 (2007), DOI: 10.1103/PhysRevLett.98.246601
【文献】Pham Nam Hai et al., "Electromotive force and huge magnetoresistance in magnetic tunnel junctions," Nature 458, 489-492 (2009) DOI: 10.1038/nature07879
【文献】Jun-ichiro Kishine et al., "Coherent sliding dynamics and spin motive force driven by crossed magnetic fields in a chiral helimagnet," Phys. Rev. B 86, 214426 (2012) DOI: 10.1103/PhysRevB.86.214426
【文献】株式会社村田製作所(Murata Manufacturing Co., Ltd.)LQP03TN_02 series webpage, [online] last retrieved:July 18, 2019, URL; https://www.murata.com/en-global/products/emiconfun/inductor/2014/02/27/en-20140227-p1
【文献】Anjan Soumyanarayanan et al., "Tunable room-temperature magnetic skyrmions in Ir/Fe/Co/Pt multilayers", Nature Materials 16, 898-904 (2017) DOI: 10.1038/nmat4934
【文献】Seonghoon Woo et al., "Observation of room-temperature magnetic skyrmions and their current-driven dynamics in ultrathin metallic ferromagnets", Nature Materials 15, 501-506 (2016) DOI: 10.1038/nmat4593
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
種々の電子機器の小型化が進展する中、各種電子回路素子の小型化に対する要請も弱まる気配がない。特に、インダクター素子は、従来のものではインダクタンス値を高めるためには体積を増大させざるをえず、小型化を実現しうる動作原理自体が知られていない。
【0006】
本開示は上記問題の少なくともいくつかを解決することを課題とする。本開示は、伝導電子が電子のスピン構造との間で示す量子現象を利用する新規なインダクター素子の原理を提供することにより、インダクター素子を採用する電子回路やそれを含む機器の小型化および高密度化に貢献するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、従来のインダクター素子の動作の原理、すなわち、空間や磁性体に生成する磁気のエネルギー電流を結合させる動作の原理により動作を行う限り、インダクター素子を小型化することは困難であると考えるにいたった。そして電子のスピンの自由度を利用した全く異なるインダクター素子の原理およびその構成を創出し、本開示を完成させた。
【0008】
すなわち、本開示のある態様においては、ある方向にたどったときに非共線スピン構造をもつように秩序スピンが空間的に配向している金属媒体を備え、電流が該方向の射影成分をもつように外金属媒体を流されるインダクター素子およびそれを含む電子機器が提供される。
【0009】
以下特に断りのない場合、インダクター素子は、リアクタンス素子、リアクトルなどとも呼ばれる素子や装置を含む。また、出願書面の表記上の制約から、文中にて変数を示すアルファベットに「ベクトル」の用語を付すことにより、アルファベット上方に矢印を表示することに代えることがある。同様に表記上の制約から、文中にてh-barと記して、h-barはプランク定数hを2πで割った値を意味することがある。さらに同様に表記上の制約から、定数と変数のうち変数を斜体で表示して区別するといった学術上の慣用についても、文字列では表現せず、埋め込まれたイメージでのみ表現されている。これらの表記上の制約による慣用との不一致や、書面中での見かけ上の不一致は、表記上の制約に起因している以上、本開示の開示や権利範囲の解釈に影響すべきものではない。
【発明の効果】
【0010】
本開示のある態様では、新規な動作原理に基づいて、小型化が容易なインダクター素子およびそれを含む電子機器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は従来のインダクター素子の動作原理を説明するための説明図である。
図2図2は、本開示の実施形態にて提案されるらせん構造のスピン構造を例示する説明図であり、電流を流す前のスピンの配置(図2A)、伝導電子との相互作用の結果生じるスピンの面直方向への起き上がりの様子(図2B)をそれぞれ示す。
図3図3は、本開示の実施形態におけるインダクター素子の構成例を示す構成図である。
図4図4は、本開示の実施形態において、仰角φを角周波数ωの各範囲においてまとめて示す説明図である。
図5図5は、本開示の実施形態における非共線スピン構造を説明する説明図であり、らせん構造(図5A)と対比してサイクロイダル構造のスピン構造を示す(図5B)。
図6図6は、本開示の実施形態においてインダクター素子のサンプルのSEM(走査型電子顕微鏡)像である。
図7図7は、本開示の実施形態におけるインダクター素子のサンプルの電圧降下の周波数特性の測定結果を示すグラフであり、直線目盛のもの(図7A)および対数目盛のもの(図7B)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下図面を参照し、本開示に係るインダクター素子の実施形態を説明する。全図を通じ当該説明に際し特に言及がない限り、共通する部分または要素には共通する参照符号が付される。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0013】
1.原理
1-1.従来のインダクター素子での微細化の困難性
図1は、従来のインダクター素子の動作原理を説明するための説明図である。インダクター素子では、電磁誘導によって電流Iの時間変化に比例した電位差Vを生じさせる。その関係はインダクタンスLを用いて
【数1】
と表現される。最も典型的なインダクター素子は図1に示すコイルである。中心に鉄心などの大きな透磁率μをもつ物質を配置して磁束密度B=μHを増大させ、巻き数Nによって式(1)の電位差Vを大きくしている。図1に示すコイルでは、インダクタンスLは、n=N/lを単位長さ当たりの巻き数として、
【数2】
により与えられる。回路の微細化に伴いAやlが微小であっても十分に大きなインダクタンスLを得ることが要求されている。しかし、式(2)の最右辺に表れているように、単位長さ当たりの巻き数nが一定である場合、インダクタンスLはインダクター素子の体積lAに比例して小さくなってしまう。上述したように、製品化されている最小のサイズと高いインダクタンス値を示すものは、例えば、L=130nH~270nH程度のインダクタンス値を得るために0.6×0.3×0.3mmのサイズを占める。従来の原理に基づく限り、さらなる微細化は困難である。
【0014】
1-2.伝導電子と秩序スピンとの相互作用が作り出すインダクタンス(原理)
本実施形態においては、利用する動作原理が従来のものとは全く異なり、電子のスピンと伝導電子との相互作用を利用する。
【0015】
電子は微小な磁石として振る舞い、それは角運動量h-bar/2をもつことに起因している。なお、h-barはプランク定数hを2πで割った値である。一般に電子のスピンは強磁性などの物質の磁気的性質を発現する高次構造(磁気構造または磁気秩序)のための構成要素となる。物質中の磁気秩序を決定するのが、秩序化した電子のスピン(秩序スピン, ordered spin)の配列すなわちスピン構造である。スピン構造を取りうる秩序スピンは、典型的には局在している電子のスピン(局在スピン)や、伝導電子自体が磁気秩序を作る場合の伝導電子のスピンである。スピン構造は、平行(parallel)スピン構造を取る場合や、反平行(anti-parallel)スピン構造を取る場合がある。平行スピン構造、反平行スピン構造は、それぞれが強磁性秩序、反強磁性秩序の起源となり、ともに空間的に一様なものである。平行スピン構造や反平行スピン構造のように、空間的に一様であり平行か反平行かである構造は共線スピン構造(collinear spin structure)とも呼ばれている。これに対し、近くのスピン同士が平行でも反平行でもないような傾いたスピン構造が物質中で実現することも知れられており、非共線スピン構造(non-collinear spin structure)と呼ばれている。本実施形態のインダクター素子の動作には、この非共線スピン構造が関わっている。
【0016】
秩序スピンが非共線スピン構造をとるとき、そこを伝播する伝導電子の波動関数には、フント結合を通じて秩序スピンの空間構造の影響が表れてスピンベリー位相が生じる。伝導電子への作用でみると、スピンベリー位相は電磁場のベクトルポテンシャルと同様に作用する。このため、伝導電子に対する上記スピンベリー位相の作用を、それと等価な作用をもつベクトルポテンシャルである電磁場(「創発電磁場」emergent electromagnetic fields)により記述することもできる。典型的には物質中の局在電子のスピン配向などが作るスピン構造を表すベクトルnを導入する。ベクトルnは、xyz直交座標系の各位置について方向が1つ定まり、時間依存性をもつ。スピン構造
【数3】
が伝導電子にもつ作用を記述する創発電磁場は、
【数4】
と一般に記述できる。ここで添え字i,j,kは直交座標x、y、zのいずれの軸の成分であるかを示しておりサイクリックに選択され、e、bは、それぞれ創発電場、創発磁場の成分、∂、∂は、それぞれ空間座標iでの偏微分および時間tでの偏微分である。伝導電子の運動は、外部電磁場に加え、このように求められる創発電磁場をも重ね合わせたものに応じて決定される。この創発電場ベクトルe=(e,e,ez)は、抵抗率をρとして、
【数5】
の電流密度Jベクトルを作り出す。これに応じ伝導電子に生じる電圧降下Vは、
【数6】
となる。ここでは、電流密度ベクトルJと電流を流す線路の向きが一致しており、創発電場ベクトルeの当該向きの成分をeとし、さらにその線路の長さをlとしている。
【0017】
非共線スピン構造となって電圧降下がもたらされるようなものの1つが、隣接する磁区を仕切る磁壁であることが知られており、磁壁を電流で駆動させうることが理論的に調査され、実験でも確認されている。その電圧降下を説明するために電荷にポテンシャルを付与する力(電界)は、electromotive force(emf, 起電力)として知られている(理論について例えば非特許文献1および2、実験的確認について非特許文献3)。別の非共線スピン構造であるらせん構造(helical structure)で、結晶物質全体に電圧降下が生じうることも予言されている(非特許文献4)。非特許文献4では、らせん構造での電圧降下がらせん構造のスピン構造を磁場により変形させて生じることを理論的に指摘している。
【0018】
本発明者は非共線スピン構造をとる物質に電流を流せば、その内部にemfが生じるとともに、スピン構造自体にも変形が生じることに気づいた。しかもその電圧降下が単純な抵抗ではなく、インダクタンスの動作につながりうることにも気づいた。とりわけ、そのような動作をするインダクター素子は素子サイズに対する性能の依存性が微細化に有利であることも見出した。
【0019】
1-3.らせん構造の定式化
図2は、本実施形態にて提案されるらせん構造のスピン構造を例示する説明図であり、図2Aは電流を流す前の秩序スピンの配置を示している。秩序スピンは、例えば図示しない格子点(原子など)に位置が固定されている。ある時刻において、各位置の秩序スピンはある平面(xy平面)の面内を向いており、その向きを、当該平面に垂直な向き(z軸の向き)にたどると、その距離に比例してxy平面内で回転する。このらせん軸の向きに位置的な周期2λでスピンの向きが一周するとき、らせん構造の波数QがQ=2π/(2λ)と決定できる。なお、半回転分のλは、スピンが反転するのに要する距離であり、強磁性秩序において隣り合う2つの磁区を仕切る磁壁の厚みに対応している。z軸をそのらせん構造のもつ周期構造の波数Qの軸に定めても一般性は失われないので、本開示での説明はそのような向きに直交座標を仮定している。なお、従来の磁場を印加して磁壁部分に電位差が生じる理論的予測(非特許文献2)や、観測(非特許文献3)では、図2Aに示したらせん構造において、xy平面に平行な磁壁がz軸に垂直な向き(例えばx軸)に向いた外部磁場の作用によりz方向に動くことが確かめられている。これらは、磁場のみによって磁区を制御することのみを開示している。
【0020】
1-4.らせん構造を取るスピン構造の変形および運動
本発明者は、らせん軸の向きであるz軸方向に時間的に変動する交流電流を流す配置において、創発電場e(式(4))により電圧降下(式(6))が効率良く生じることを見出した。そのような電流を流すと、電流を担う伝導電子はスピン構造と相互作用する。その1つは図2Aのz軸回りにスピン構造全体を回すような回転作用である。さらに、回転するスピン構造には、伝導電子との相互作用によりそれ自体にも変形が生じる。図2Bは、伝導電子との相互作用の結果生じるスピン構造の変形、つまり秩序スピンのz軸方向(面直方向)への起き上がりを示している。従前のインダクター素子では磁場エネルギーとしてエネルギーを蓄積する作用が電圧降下(式(1))となって現われていたのに対し、本実施形態のインダクター素子では、らせん構造の局在スピンの起き上がりの変形がエネルギーの蓄積を担う。その際に、そのエネルギー蓄積の原因となった電流を担っている伝導電子は、創発電場による電圧降下を検知するのである。
【0021】
1-5.インダクター素子構成
ここで、本実施形態のインダクター素子の構成を説明する。図3は、本実施形態のインダクター素子の構成例を示す構成図である。インダクター素子10は、内部に非共線スピン構造を備える金属媒体2を備えている。スピン構造がらせん構造であれば、最も典型的には、そのらせん構造の波数Qの方向であるz軸(図2A)にそって電流が導かれるように、金属媒体2の外形はz軸にそって延びるようになっている。金属媒体2には電流Iがその延びる向きに向かって流される。これにより、らせん構造(より一般には非共線スピン構造)の秩序スピンに対し、電流Iが創発電場を生じさせ、電流Iを担う伝導電子がそれを検知することとなる。電流Iの方向は、より一般には、非共線スピン構造によって電流から創発電場を生成できる任意の向きである。例えば、ある方向(図3においてz軸方向)にたどったときに局在スピンが非共線スピン構造をもつように空間的に配向しているものでは、金属媒体2の外形は、そこを流れる電流が非共線スピン構造を与えるz軸の方向に射影した成分をもつように形成される。図3には、例示として、図2に示したらせん構造の非共線スピン構造をもつような金属媒体2を採用したインダクター素子10の構成を描いており、図2に示したスピンの向きを示す矢印は示していないが、スピンが含まれている円盤4の表現を描いている。金属媒体2は少なくとも局所的には断面積Aと長さlをもっておりこの断面積を横切るように長さlにわたって電流Iが流される。インダクター素子10は一般には電気回路に接続されるため、電流Iはその電気回路がインダクター素子10に流す電流である。なお、図3では金属媒体2は直方体に描いているが、非共線スピン構造との上記関係が満たされる限り任意の形状や形態を取ることができ、例えば薄膜、フィルム、配線とすることができ、他の任意のパターンや外形形状をもちうる。
【0022】
伝導電子とスピン構造が相互作用することによってスピン構造にどの程度の変形が生じるかを見積もれば、インダクタンスの値などのインダクター素子の性能を評価できる。スピン構造に生じる変形とそこに流す伝導電子による電流との関係は、スピン構造についての運動方程式により解析できる。図2Aに示したらせん構造のスピンの構造を示すベクトルnは、xyz直交座標においてzのみに依存して決定され、ベクトルe、e、eをxyz直交座標それぞれにおける単位ベクトルとして、
【数7】
と記述される。局在スピンの向きを示すベクトルnは、mが0のときxy平面内を向いていて、その向きがzとらせん構造の波数ベクトルの大きさQに応じて定まる長さが1の各位置でのベクトルである。大きさQの波数ベクトルの方向(z軸)に沿ってベクトルnをたどると、そのベクトル先端がらせんを描く。mは、z軸方向への起き上がりの成分であり、mが非ゼロあれば起き上がりをもつことを意味する。ここで、z軸の位置に対してらせん構造の並進運動座標Xを導入し、
【数8】
とする。Xは波数Qを保っているらせん構造の位相を表すΨを反映しており、いわば、らせんの重心位置を示しているといえる。スピンが従う運動方程式は、LLG(Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式としても知られている。そこに伝導電子による電流の相互作用を加味すると、スピン構造についての運動方程式は、φを、xy面からスピンが面直z方向に起きる角度(仰角)として、
【数9】
となる。ここでαはGilbertダンピング項、βは非断熱効果項、Sはスピンの大きさ、Pはスピン分極率、aは格子定数、eは電荷素量、vpinはピン止めの強さを表す速度の次元をもつ量、vはスピン異方性エネルギーに比例する量、jは伝導電子の電流密度である。
【数10】
と変数変換し、sinの変数が小さいものとすると、式(9)は、
【数11】
となる。式(11)を、必要な物理量は複素数の実部にて表現されることとして時間依存性exp(-iωt)(ただし、iは虚数単位)を用いて線形化すると、
【数12】
と整理できる。式(12)は2×2の複素行列で整理した表現であるため、行列式D(ω)を用いて
【数13】
と解析的に解くことができる。ただし、行列式D(ω)は、
【数14】
となる。これからスピン構造の変形である仰角φを求めると、
【数15】
と算出される。式(15)がスピン構造の変形についての一般式である。ここで、物理的考察に基づく2つの物理量を導入する。これらは、次のように電流密度jと同じ物理次元(ディメンジョン)をもちピン止め作用に基づく閾値の側面をもつものである。
int:intrinsic pinningによる閾値電流密度
ζjint=v/2
pin:extrinsic pinningによる閾値電流密度
ζβjpin=vpin
ここでjintは、スピン構造自体がもつスピンの異方性に打ち勝つ閾値に対応する電流密度である。これに対しjpinは、不純物によるピンニングに打ち勝つ閾値に対応する電流密度である。さらに特徴的な2つの周波数
νint=v/λ
νpin=vpin/λ
でこれらを置き換えると、式(15)は
【数16】
と整理される。
【0023】
次に、νpin、νintの関係で場合分けして、ω(仰角φの時間依存性の角周波数)の値の範囲ごとに仰角φの値がどのように表現されるかを調査する。その結果は、νpin、νintの関係でケースAとケースBに大別し、それぞれのケースで角周波数ωの値で場合分けする(計6通りに分ける)と理解が容易である。なおこの際、α,β≪1からvpin≪vintを仮定している。ゆえに式(16)右辺の分母≒ω+iαωνint-νpinνintとなる。これを含め、特に断りなき場合「分母」「分子」とは式(16)右辺におけるものをさしている。
【0024】
(A)νpin≪ανint≪νint
A-(i) ω≪νpin/α≪νint
この場合、
分母≒-νpinνint
となるので、
【数17】
となる。
A-(ii) νpin/α≪ω≪νint
この場合、
分母≒iαωνint、分子≒iω(β-α)
となるので、
【数18】
となる。
A-(iii) νint≪ω
この場合、
分母≒ω、分子≒iω(β-α)
となるので、
【数19】
となる。
【0025】
(B)ανint≪νpin≪νint
B-(i) ω≪ανint≪νpin≪νint
この場合、
分母≒iαωνint-νpinνint≒-νpinνint
(∵iαωνint≪iανint
分子≒νpin
となるので、
【数20】
となる。
B-(ii) ανint≪ω≪(νpinνint1/2
この場合、
分母≒-νpinνint
分子:αω/νpin≪α(νint/νpin1/2≪α(1/α)1/2=α1/2
∴分子≒νpin
となるので、
【数21】
となる。
B-(iii) (νpinνint1/2≪ω≪νint
この場合、
分母≒ω
分子:αω/νpin≫(νint/νpin1/2≫1
∴分子≒iω(β-α)
となるので、
【数22】
となる。こうして求めた仰角φを角周波数ωの各範囲においてまとめて示すのが図4である。
【0026】
1-6.らせんスピン構造での創発電場
創発電場をらせんのスピン構造に対応して整理するには、式(6)に示したスピン磁場構造に対して式(4)を求めればよい。
【数23】
となるので、これらを式(4.1)に代入して、
【数24】
となる。ここで小さなφについてm≒φが成り立つ。よって、
【数25】
となる。なお、Q=2π/(2λ)=π/λである。また、式(25)における時間偏微分は角周波数ωの成分について-iωで置き換えることができる。
【0027】
2.インダクター素子の性能予測
定式化した各関係式に、実際の物質についての物理量の値や現実的値、定数値などを適用して関連する各物理量を見積り、インダクター素子の性能を予測した。
【0028】
2-1.eの見積
まず、intrinsic pinningのスピンの異方性Kが0.03K~2.4K程度である。このintrinsic pinningは、スピンをz軸方向に向かって起き上がらせないようにスピンをピン止めしている作用であり、異方性Kは復元力の強さを与える。スピンが実際に起き上がるためにはこれに勝つ必要がある量といえる。v∽Kの関係に基づき、閾値電流密度jintすなわちピン止めに打ち勝つために必要な最小限の電流閾値を求めると、jint=5×1011~4×1013A/mと見積もることができる。ただしこの値は、DC(直流)の電流で起き上がらせるために最小限必要となる電流密度であるため、AC(交流)電流を印加する場合には、電流値に比例した量だけスピンの起き上がりが生じる。
【0029】
また、式(25)にて各周波数で時間偏微分を置き換え、その実部を取ることにより、eは、
【数26】
と表現される。ここに、上記見積の閾値電流密度jintを用い、さらに
λ=20nm=2×10-8
e=1.6×10-19
h-bar=10-31J・sec
の各値を用いると、
【数27】
のように創発電場のz成分と電流密度の関係が決定される。
【0030】
さらに、サンプルの長さl=1mm、電流密度J=10A/mとすると、電圧は、
V=le=1.5×10-7×ν×10-3(Volt)
=1.5×10-10×ν(Volt)
となる。検出電圧下限をnVolt(10-9V)とすると、周波数ν(=ω/2π)の下限は数Hz程度から検出が可能となり、創発電場の発現は実験的に確認可能である。
【0031】
2-2.νint、νpinの見積
次にνint、νpinの値を見積もる。一方のνintについては、一般的な金属の伝導特性をもつ物質を想定すると、局在スピンの大きさS~1、電子密度n、格子定数aとして、na~1、閾値電流密度jint~1012A/mとなって、
/2=ζjint=aPjint/2eS
となる。P=0.1、a=4nmを用いると、
【数28】
となる。ゆえに、
νint=v/λ=(4×10)/(2×10-8)=2×1012sec-1
と見積もることができる。
【0032】
他方のνpinについては、jpin=1010A/mを仮定すると、
【数29】
となる。α~10-2とするとνpin~ανintとなる。
【0033】
2-3.インダクタンスLの見積
つぎにインダクター素子としての特性を説明する。断面積A、長さlの線状導体、その延びる向きをらせん構造の波数方向にあわせて作製した場合(図3)のインダクタンスLを見積もる。式(1)において、V=le、電流値I=jAとし、
【数30】
を用いる。但しηはη=-1/2、または(β-α/2α)である。すると、
【数31】
が得られる。これから、
【数32】
との関係が導かれる。この式(32)によりLのオーダーを見積もる。そのために次のような近似値(有効数字1桁)を代入する。η~1、l=1μm、A=1μm×1μm=10-12、λ=20nm=2×10-8m、jint=1012A/mとする。ほかにもすでに述べた物理定数等の値も代入すると、
L≒1/2×10-10[Henry]
と算出される。
【0034】
このLの値は、先述の既存品の値(L=130nH~270nH程度)の約1/400程度となる。ここで従来と全く異なるのが、インダクター素子自体にサイズに関するスケーリング則である。断面積Aに対するインダクタンス値の依存性をみると、従来は式(2)に示したようにLがAに比例しているのに対し、本実施形態のインダクター素子では式(31)、(32)に表れているようにLがAに反比例している。つまり、本実施形態の原理で動作するインダクター素子は、断面積Aを小さくすることでLを増大できる、という素子の微細化に対し極めて好ましい性質を生まれながらに備えている。
【0035】
2-4.Q値の見積
本実施形態のインダクター素子の性能予測のために、さらにインダクター素子の性能指標であるQ値を算出する。
Q=Lω/R=2πLν/R
であり、
R=ρl/A
であるため、これらに式(32)を代入すれば、
【数33】
が得られる。
【0036】
ここにjint=1012A/m、λ=20nm=2×10-8mその他の値を代入すると、Q~0.3×10-8ν/ρ(sec-1/μΩcm)となる。ρ~1μΩcm、ν~10sec-1ではQ~3程度の値が得られることから、本実施形態のインダクター素子がインダクター素子として実際に機能しうると予測される。一般にQを高めるには、ρが小さい良い導体であり、λが小さい(すなわちスピン構造のらせんピッチが小さい)材質が適している。
【0037】
2-5.他の知見
図4に戻り、仰角φについての知見のいくつかを説明する。仰角φが角周波数ωに対してどのように振る舞うかは図4に示した通りである。時間項の角周波数ωが小さくDCに近い動作では、ケースA、Bのいずれにおいても、電流密度jのintrinsic pinningの閾値電流密度jintに対する割合が仰角φのスケールを決定している。これが、DCで閾値電流密度jintが重要となる理由である。ただし、高周波ではむしろ閾値電流密度jintは無関係である。また、仰角φがβ-αに比例しているケースがある(A-(ii)A-(iii)B-(iii))。これは、減衰項であるαと非断熱効果項βが等しくなるという特殊な条件が満たされた場合、仰角φが生じないことを意味する。その仰角φが生じない場合には、スピン構造に含まれる各秩序スピンは伝導電子の電流に応じて起き上がろうとはしない。この場合のらせん構造のスピン構造は、z軸方向に平行移動するのみである。なお、仰角にかかわらず、らせん構造のz軸周りの単純な回転は、z軸周りにらせん構造自体が平行移動したものと区別できず、同視される。また、仰角φが生じない場合にはインダクタンスも生じない。しかし、実際のスピン構造ではβ≠αと考えて良いため、仰角φが生じるともに、インダクタンスが生じることが十分に期待できる。
【0038】
3.非共線スピン構造の再検討
本実施形態のインダクター素子は、らせん構造以外の非共線スピン構造を採用しても同様に機能しうる。そのようなスピン構造の1つが、サイクロイダル構造である。図5に、らせん構造(別名、プロパーヘリックス構造、図5A)と対比してサイクロイダル構造のスピン構造を示している(図5B)。
【0039】
典型的なサイクロイダル構造では、各位置のスピンがxz平面に含まれつつ、周期構造の波数はz軸方向に向いている。上述したとおり、らせん構造(プロパーヘリックス構造)において伝導電子にスピンベリー位相が作用する結果、らせん軸方向に仰角φが生じた。これに対し、サイクロイド構造では、z軸方向に電流を流すと、xz平面からy軸方向に向かう仰角φ(図示しない)が生じる。これは、サイクロイダル構造が、上述したらせん構造に対する式(6)、式(23)、式(24)において、単位ベクトルeと単位ベクトルeの成分を入れ替えた同様の式で記述できるためであり、同様に単位ベクトルeの成分つまり仰角φに比例した創発電場eが生じるためである。このように、らせん構造(プロパーヘリックス構造)において成り立った性質は、そのまま図5Bのサイクロイダル構造の場合にも見出される。各値の見積も同様である。
【0040】
なお、電圧降下はスピンの回転面には依存しない。インダクタンスは常にスピン変調のベクトルの方向に流れる電流に対して同じ方向に電圧が出現するためである。また、らせん構造とサイクロイダル構造を組み合わせた構造でもインダクター素子として用いることができる。例えば図3において、多次元でのスピン構造を考慮すれば、例えばz軸方向にはらせん構造、y軸方向にはサイクロイダル構造、という組み合わせ構成も取りうる。このような構成では、zy平面のある方向にみたとき波数が大きい(波長が短い)回転構造がスピンに生じており、その方向にたどったとき、波数ベクトルの向きから傾いた円盤にて回転するスピン構造となる。このような構造も含め、らせん構造、サイクロイダル構造などスピン方向の回転をたどれる向き(非共線スピン構造を電子が感知する向き)に電流を流した場合には、本実施形態のインダクター素子をとして機能させることができる。
【0041】
また、らせん構造やサイクロイダル構造でなくとも、扇形にスピンが左右に振れる構造であるファン構造でも原理的にらせん構造の場合と同様な現象が発現する。さらには、結晶のヘリシティ(右手系、左手系)のどちらでも同じインダクタンスで符号反転が起こらないので、秩序スピンのヘリシティが一致した単一ドメインの構造を持つように金属媒体を作製する必要がない。
【0042】
さらに、他の非共線スピン構造も本実施形態のインダクター素子のために採用することができる。例えば、あらかじめある角度の仰角をもつようにらせん構造から起き上がっている円錐(コニカル)スピン構造や、周期構造の波数方向から傾いた円錐軸をもつような円錐面にそってスピンが向いている傾斜円錐スピン構造を示す材質によっても、同様に本実施形態のインダクター素子を実施することができる。らせん構造、サイクロイダル構造、円錐スピン構造、傾斜円錐スピン構造、ファン構造は、いずれも非共線スピン構造ではあるが、さらに、スキルミオン(skyrmion)、三次元でフラストレーションをもつスピン構造なども、本実施形態のインダクター素子を実施するために採用することができる。
【0043】
4.実証
発明者は、この発明分野に関し国立研究開発法人日本科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)課題として、基礎出願後の2018年に採択された後に、本実施形態で提案されるインダクター素子の動作実証を行った。図6は、本実施形態においてインダクター素子10のサンプルのSEM(走査型電子顕微鏡)像である。インダクター素子サンプル110ではGdRuAl12の厚み0.3μmの薄膜を幅10μm、長さ20μmの矩形に形成したものを金属媒体102とした。具体的には、シリコン基板に収束イオンビームによるマイクロサンプリング法により矩形のGdRuAl12を形成した。さらに、金属媒体102の両短辺(全幅)と両長辺(各辺において電極間距離7μmとなる位置)にはタングステンによる電極114~128を形成した。各電極には、外部回路との接続のための金薄膜配線134、136、142、144、146、148を接続している。具体的には、金薄膜配線134、136、142、144、146、148は、電子ビーム蒸着法により成膜し、UVリソグラフィーとリフトオフ法によりパターニングした。また、電極114~128は、収束イオンビームアシスト蒸着法により、金薄膜配線134、136、142、144、146、148と金属媒体102とをつなぐように形成した。短辺のものはインダクター素子サンプル110に電流を流す駆動電極114、116、長辺のものは、長さ方向での電圧降下を計測するためのプローブ電極122、124、126、128である。
【0044】
測定対象は、駆動電極114、116間に交流電流を印加した状態での、プローブ電極122、124間、またはプローブ電極126、128間での電圧降下である。電圧降下は、印加した交流電流のものと同一周波数の成分を測定している。
【0045】
図7は,インダクター素子サンプル110の電圧降下の周波数特性の測定結果を示すグラフであり、直線目盛のもの(図7A)および対数目盛のもの(図7B)である。両図とも、横軸が印加したサイン波の交流電流の周波数ν(=ω/2π)、縦軸がプローブ電極122、124間の交流電位差の虚部(位相進行成分)に現われる電圧降下(-ImV)を示している。周波数νは0~10KHzにわたって測定し、駆動電極114、116間に印加した交流電流は、電流密度3.3×10A/mとした。温度環境は動作の安定性、測定精度の確保のため、5K、15Kの各温度で測定した。
【0046】
一般に、電圧降下Vは、インダクター素子のインダクタンスLと電流Iと角周波数ωとによって、
ImV=ωLI (34)
の関係が成り立つ。これを考慮すれば、0~10kHzの周波数帯で周波数に比例した電圧降下が観測された図7の測定結果が示しているのは、インダクター素子サンプル110が実際にインダクタンス素子として機能していること、およびその際のインダクタンス(L)が略一定であることである。
【0047】
インダクタンスLの値を算出するために図7Bに示される温度5Kの測定値つまりImV=5μV(周波数10kHzの値)を用いれば、インダクタンス値Lは、電流密度=3.3×10A/mに対して約0.08μH、すなわち約80nHと評価できる。
【0048】
なお、インダクター素子サンプル110のサイズや質量は、極めて小型である。上記サンプルの金属媒体102のもつ電極間距離を考慮した実効体積は、
0.3μm×10μm×7μm=21×10-9mm
であり、その質量は1nグラムつまり10-9g以下である。具体的に密度と体積から質量を計算すると、GdRuAl12の密度(10.8g/cm)とサンプルにおける体積(およそ10×20×0.3μm)から、電極や基板を含めない金属媒体102だけのサイズをみると0.65ng程度になる。
【0049】
なお、非特許文献5に開示される市場にて入手可能な従来のタイプの130nH~270nH程度のインダクター素子の体積は
(0.6mm×0.3mm×0.3mm)=54×10-3mm
程度である。このように、本実施形態にて提供されるインダクター素子は、従来のインダクター素子の10-6程度のサイズおよび質量で同等なインタクタンス値をもちうる。
【0050】
5.非共線スピン構造を実現する材料
次に、非共線スピン構造を実現し、本実施形態のインダクター素子として動作させうる材料について説明する。上述した説明から、隣接するスピンどうしがほぼ強磁性秩序(概ね平行に向く秩序)をもち、そこからの変調の結果として非共線スピン構造を実現しており、実用的な電気伝導度を示す金属材料、が典型的な選択基準である。このような性質を満たす非限定的な材料の例を表1に示す。
【表1】

これらの一例として、MnSiは、カイラル磁性体であり、らせん構造を取ることができる。なお、MnSiは特定の条件ではスキルミオン構造も取りうる。[Ir(10)/Fe(0-6)/Co(4-6)/Pt(10)]20は、Ir/Co/PtまたはIr/Fe/Co/Ptの単位構造をそなえるプラチナ系のヘテロ構造体の複合素材であり、単位構造内では各金属層が括弧内の厚み(単位:オングストローム=0.1nm)をもつ。この例では、20単位構造を繰り返し積層した積層構造をもつ。また、[Pt(3nm)/Co(0.9nm)/Ta(4nm)]15は、Pt/Co/Taの単位構造を備えるプラチナ系のヘテロ構造体の複合素材ヘテロ構造体である。単位構造内で各金属層が括弧内の厚み(nm単位)をもち、15単位構造を繰り返し積層した積層構造に作製される。[Ir(10)/Fe(0-6)/Co(4-6)/Pt(10)]20、および[Pt(3nm)/Co(0.9nm)/Ta(4nm)]15のドメイン壁幅の下限値はそれぞれ80nm程度(非特許文献6)、および90nm程度(非特許文献7)である。このため、らせん構造のピッチを相当程度短くできることが期待できる。
【0051】
本実施形態では、一般に、非共線スピン構造をとる物質を採用することができる。非共線スピン構造は、ジャロシンスキー・守谷相互作用に代表されるスピン軌道相互作用によって強磁性秩序から変調を生じた局在スピンのスピン構造で、例えばらせん構造など上述したものから選択される。このような物質は、典型的には遷移金属を含む合金から選択できる。スピン軌道相互作用とは別の生成メカニズムであるRKKY相互作用の結果として局在スピン間に非共線スピン構造を実現する物質も採用する事ができる。さらに、非共線スピン構造は、磁気的フラストレーションによっても局在スピン間に実現され、そのような物質群からも本実施形態のインダクター素子に適する材質を選択することができる。
【0052】
6.機器
本開示は、上述したインダクター素子を含む電気・電子回路を搭載する機器も含んでいる。上述した実施形態のインタクター素子は、例えば共振回路、フィルター回路を含む一般的な電気・電子回路のための基本素子として採用することができる。上述したインダクター素子が原理的に適用可能なものは特段限定されないが、これらの電子回路を含む一般の電気・電子機器を含み、産業用または家庭用を問わず、電気・電子機器、通信機器、オーディオ・ビジュアル機器、医療関係の電子機器を含んでいる。本開示で提供されるインダクター素子は軽量かつコンパクトに作製しうるため、補聴器、心臓ペースメーカー、およびMEMS(microelectromechanical systems)への適用も可能である。
【0053】
以上、本開示の実施形態を具体的に説明した。上述の実施形態、変形例および実施例は、本開示において開示される発明を説明するために記載されたものであり、本開示の発明の範囲は、請求の範囲の記載に基づき定められるべきものである。実施形態の他の組合せを含む本開示の範囲内に存在する変形例もまた、請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本開示は、インダクター素子を回路に含む任意の装置に使用可能である。
【符号の説明】
【0055】
10 インダクター素子
2 金属媒体
4 円盤(非共線スピン構造を示す)
110 インダクター素子サンプル
102 金属媒体
114、116、122、124、126、128 電極
134、136、142、144、146、148 金薄膜配線
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7