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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】スポンジチタンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 34/12 20060101AFI20231115BHJP
   C22B 5/04 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C22B34/12 102
C22B5/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020016440
(22)【出願日】2020-02-03
(65)【公開番号】P2021123738
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2022-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 稔
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-181751(JP,A)
【文献】特開2019-085599(JP,A)
【文献】特開平09-104931(JP,A)
【文献】特開2000-309833(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 34/00 - 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スポンジチタンの製造方法であって、
金属製還元反応容器内で、四塩化チタンを金属マグネシウムで還元し、溶融浴中にスポンジチタン塊を生成させる還元工程と、
当該金属製還元反応容器から溶融浴を排出させる浴抜き操作を一回以上行う浴排出工程と
前記浴排出工程の後、前記金属製還元反応容器の内圧を低下させ、前記スポンジチタン塊から不純物を分離させる減圧分離工程と、
前記減圧分離工程の後、前記金属製還元反応容器から取り出した前記スポンジチタン塊を破砕する破砕工程と
を含み、
前記浴排出工程で、一回以上の前記浴抜き操作のうち、少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満の温度で行
前記破砕工程で得られるスポンジチタンのニッケル含有量が0.50質量ppm以下である、スポンジチタンの製造方法。
【請求項2】
前記浴排出工程で、前記浴抜き操作の回数を三回以上とし、一回目から三回目までの浴抜き操作を800℃未満の温度で行う、請求項1に記載のスポンジチタンの製造方法。
【請求項3】
前記浴排出工程で、前記浴抜き操作の回数を二回以上とし、800℃未満の温度での前記浴抜き操作の後、840℃以上の温度で浴抜き操作を行う、請求項1又は2に記載のスポンジチタンの製造方法。
【請求項4】
前記浴排出工程で、前記一回目の浴抜き操作により、質量基準で、該浴排出工程前における前記金属製還元反応容器内の溶融浴の50%以上の溶融浴を排出させる、請求項1~3のいずれか一項に記載のスポンジチタンの製造方法。
【請求項5】
前記破砕工程で、前記スポンジチタン塊から、当該スポンジチタン塊の高さ方向で底面からの高さが中心軸位置での高さの15%~80%の範囲内で、かつ、径方向で中心軸からの離隔距離が半径の25%~75%の範囲内にある部位を取り出す、請求項1~4のいずれか一項に記載のスポンジチタンの製造方法。
【請求項6】
前記金属製還元反応容器の側壁及び底部が、ステンレス鋼製、又は、炭素鋼とステンレス鋼とのクラッド鋼製である、請求項1~5のいずれか一項に記載のスポンジチタンの製造方法。
【請求項7】
前記金属製還元反応容器の側壁及び底部が、炭素鋼とステンレス鋼とのクラッド鋼製であり、前記炭素鋼のニッケル含有量が150質量ppm以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載のスポンジチタンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スポンジチタンを製造する方法、より詳細には、スポンジチタン塊を生成させた後に金属製還元反応容器から溶融浴を排出させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工業的に広く利用されているクロール法によりスポンジチタンを製造するには、たとえば、金属製還元反応容器内に予め金属マグネシウムを溶融状態で貯留させて溶融浴とし、その浴面上に四塩化チタンを滴下する還元工程を行う。還元工程では、金属マグネシウムが還元材として働いて四塩化チタンが金属チタンに還元され、金属製還元反応容器内で該金属チタンがスポンジチタン塊として成長する。
【0003】
ここで、金属製還元反応容器内では、次のような反応が起こると考えられる。上方側から滴下された四塩化チタンは、浴面付近で金属マグネシウムと反応し、そこで金属チタン及び塩化マグネシウムが生成される。浴面付近で生成した塩化マグネシウムは金属マグネシウムとの比重の差に起因して浴面より深いほうに沈降する一方で、金属マグネシウムは浴面に向かって浮上する。この浴流れの結果、浴面には金属マグネシウムが存在することになり、当該浴面付近で金属マグネシウムによる四塩化チタンの還元反応が継続して起こる。
【0004】
還元工程の後は一般に浴排出工程を実施する。ここでは、還元反応に用いられなかった金属マグネシウムや副生成物の塩化マグネシウム等を含む溶融浴を、溶融状態に維持しつつ金属製還元反応容器から排出させる浴抜き操作が行われる。浴排出工程では、浴抜き操作を複数回行うことがある。この場合、複数回の浴抜き操作を所定時間の間隔を挟んで行い、該所定時間の間にスポンジチタン塊の細孔から漏出して金属製還元反応容器内に溜まった溶融浴を、次の浴抜き操作で排出させる。
【0005】
さらにその後、減圧分離工程として、金属製還元反応容器を高温に加熱しつつ、金属製還元反応容器内の圧力を低下させる。これにより、金属製還元反応容器内に残留した金属マグネシウムや塩化マグネシウムその他の不純物が、スポンジチタン塊から分離する。
減圧分離工程が完了すると、スポンジチタン塊は金属製還元反応容器から取り出されて、破砕工程に供され、所定のサイズのスポンジチタンになる。
このような一連の工程について記載された文献としては、特許文献1等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-85599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、これまでは還元工程の後の浴排出工程で、溶融浴の金属マグネシウムや塩化マグネシウムの流動性を高めてそれらが排出されやすくなるように、金属製還元反応容器を900℃程度の温度に保持しながら浴抜き操作を行っていた(たとえば特許文献1の段落0066参照)。
【0008】
しかるに、浴排出工程の初期からこのような高温で浴抜き操作を行うと、金属製還元反応容器に含まれ得るニッケル等の不純物が、スポンジチタン塊が浸漬している溶融浴の金属マグネシウムに移行しやすくなる。そして、浴排出工程後はスポンジチタン塊に溶融浴の一部が残留することがあるが、それとともに当該不純物もスポンジチタン塊に残留すると考えられる。その後、かかるニッケル等の不純物は、減圧分離工程で金属マグネシウム等が除去された際にスポンジチタン塊に置き去りにされ、最終的にスポンジチタンの不純物となると考えられる。
【0009】
この発明の目的は、還元工程後において、金属マグネシウムに混入しやすいニッケル等の不純物がスポンジチタン塊に残留することを抑制してスポンジチタンの不純物含有量を低減することができるスポンジチタンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は鋭意検討の結果、浴排出工程の少なくとも一回目の浴抜き操作を所定の低温で行うことを案出した。還元工程の終盤では金属マグネシウム量が少量まで減少しており、溶融浴の多くは塩化マグネシウムが占める。また、溶融状態の金属マグネシウムは溶融浴の上層に位置する。金属マグネシウムは金属製還元反応容器由来の鉄やニッケルを含有しやすいが、塩化マグネシウムは金属製還元反応容器由来の鉄やニッケルを含有しにくい。このような状況下で、浴抜き操作により、溶融状態の金属マグネシウムを高温状態のまま金属製還元反応容器の下方に移動させると金属マグネシウムの不純物量が増大する。そこで、金属製還元反応容器由来の不純物が金属マグネシウムへ移行することを抑制するため、上記のとおり所定の低温で一回目の浴抜き操作を行うことが有利である。一回目の浴抜き操作ではある程度多くの溶融浴が排出されて、一回目の浴抜き操作の終了後にスポンジチタン塊からの漏出により溶融浴が形成されるものの大部分のスポンジチタン塊が溶融浴の浴面上に現れる。よって、少なくとも一回目の浴抜きを所定の低温で行うことは金属マグネシウムへの不純物移行抑制の観点から重要である。
さらに、この際に所定の低温としたことにより、スポンジチタン塊が溶融浴に浸漬している間の、金属製還元反応容器から溶融浴への不純物の移行も抑えられる。その結果、スポンジチタン塊への当該不純物の混入を抑制することができる。
【0011】
この発明のスポンジチタンの製造方法は、金属製還元反応容器内で、四塩化チタンを金属マグネシウムで還元し、溶融浴中にスポンジチタン塊を生成させる還元工程と、当該金属製還元反応容器から溶融浴を排出させる浴抜き操作を一回以上行う浴排出工程とを含み、前記浴排出工程で、一回以上の前記浴抜き操作のうち、少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満の温度で行うというものである。
【0012】
前記浴排出工程では、前記浴抜き操作の回数を三回以上とし、一回目から三回目までの浴抜き操作を800℃未満の温度で行うことが好ましい。
【0013】
また、前記浴排出工程では、前記浴抜き操作の回数を二回以上とし、800℃未満の温度での前記浴抜き操作の後、840℃以上の温度で浴抜き操作を行うことが好ましい。
【0014】
なお、前記浴排出工程では、前記一回目の浴抜き操作により、質量基準で、該浴排出工程前における前記金属製還元反応容器内の溶融浴の50%以上の溶融浴を排出させることができる。
【0015】
上述したスポンジチタンの製造方法は、前記浴排出工程の後、前記金属製還元反応容器の内圧を低下させ、前記スポンジチタン塊から不純物を分離させる減圧分離工程と、前記減圧分離工程の後、前記金属製還元反応容器から取り出した前記スポンジチタン塊を破砕する破砕工程とをさらに含む場合がある。
【0016】
この場合、前記破砕工程で、前記スポンジチタン塊から、当該スポンジチタン塊の高さ方向で底面からの高さが中心軸位置での高さの15%~80%の範囲内で、かつ、径方向で中心軸からの離隔距離が半径の25%~75%の範囲内にある部位を取り出すことができる。
【0017】
前記破砕工程で得られるスポンジチタンのニッケル含有量は0.50質量ppm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、還元工程後において、金属マグネシウムに混入しやすいニッケル等の不純物がスポンジチタン塊に残留することを抑制してスポンジチタンの不純物含有量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】この発明の一の実施形態に係るスポンジチタンの製造方法の還元工程を模式的に示す、金属製還元反応容器及び還元炉の縦断面図である。
図2図1の還元工程ならびに、それに続く浴抜き工程及び減圧分離工程を経て得られたスポンジチタン塊を、金属製還元反応容器から取り出して拡大して示す模式的な縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態に係るスポンジチタンの製造方法は、金属製還元反応容器内の溶融浴にて四塩化チタンを金属マグネシウムで還元し、溶融浴中にスポンジチタン塊を生成させる還元工程と、金属製還元反応容器内にスポンジチタン塊を残しつつ、金属製還元反応容器から溶融浴を排出させる浴抜き操作を一回以上行う浴排出工程とを含む。浴排出工程では、一回以上の浴抜き操作のうち、少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満の温度で行うこととする。
【0021】
浴排出工程の後は、たとえば、金属製還元反応容器の内圧を低下させることにより、スポンジチタン塊から不純物を分離させる減圧分離工程と、減圧分離工程の後に、金属製還元反応容器から取り出したスポンジチタン塊を破砕する破砕工程とを行うことができる。
【0022】
(還元工程)
還元工程では、図1に例示するような金属製還元反応容器1を用いる。この金属製還元反応容器1は、円筒状その他の筒状の側壁2と、側壁2の軸線方向の一端側(図1では下端側)を密閉する底部3と、側壁2の軸線方向の他端側(図1では上端側)の開口部に取り付けられた蓋体4とを備えるものである。側壁2には、側壁2の底部3寄りの部分等に連結された排出管5が設けられ、また蓋体4には、供給管6が設けられている。金属製還元反応容器1内の底部3側には一般に、図示の例のように、金属製還元反応容器1からスポンジチタン塊TSを取り出す際にスポンジチタン塊TSを押し上げるべく作動するパンチ7が配置される。なお、パンチ7は図1に示すように一体成型物としてもよいし、スポンジチタン塊TSと接する面に着脱可能の板材等(例えばロストル等)を有していてもよい。着脱可能の板材等を備える場合はスポンジチタン塊TSとパンチ7との分離が容易になる。金属製還元反応容器1は還元炉8内に配置されて、還元工程が行われる。
【0023】
多くの場合、金属製還元反応容器1の側壁2及び底部3は主に、ニッケル及びクロムを含有するステンレス鋼製である。側壁2及び底部3の材質は、当該ステンレス鋼の内面側に、たとえば炭素含有量が2質量%以下である炭素鋼でクラッドないしバタリングがなされたクラッド鋼であることが好ましい。前記炭素鋼としては、ニッケル含有量が150質量ppm以下の炭素鋼であることがより好ましい。材質の組み合わせは任意であり、例えば側壁2及び底部3をクラッド鋼製としてもよく、側壁2をクラッド鋼製とし、底部3をステンレス鋼製としてもよい。このようなクラッド鋼製の側壁2及び底部3は、内面側の炭素鋼等ではスポンジチタンにとって不純物になるニッケル等の含有量が少なく、また、外面側のステンレス鋼では高温でも所要の機械的強度を発揮し得るからである。但し、側壁2及び底部3の内面側の炭素鋼等は、ニッケル含有なしとまでする必要はなく、ニッケルが不可避的不純物として含まれることがある。なお、金属製還元反応容器1の蓋体4は、上記炭素鋼製又は、その内面側にて前記炭素鋼でクラッドないしバタリングがなされたステンレス鋼製である場合がある。
【0024】
金属製還元反応容器1を用いて還元工程を行うには、たとえば、金属製還元反応容器1内に、還元材としての金属マグネシウムを溶融状態で貯留させて、金属製還元反応容器1内を溶融浴Bmとする。そして、還元炉8で金属製還元反応容器1を加熱しながら、局所的には冷却も併用し、蓋体4に設けた供給管6を介して上方側から、原料である四塩化チタン(TiCl4)を、溶融浴Bmの浴面Sb上に滴下して供給する。このようにして滴下された四塩化チタンは金属マグネシウムと接触し、式:TiCl4+2Mg→Ti+2MgCl2の反応にて表されるように、金属マグネシウムにより四塩化チタンは還元される。そして、溶融浴Bmは金属マグネシウムと塩化マグネシウムを含むこととなる。
【0025】
ここで、副生成物としての塩化マグネシウム(MgCl2)は、金属マグネシウムに比して比重が大きいことに起因して、浴面Sbから下方側に沈降する。一方、溶融浴Bm中の金属マグネシウムは、相対的に小さな比重の故に、浴面Sbに向かって浮上する。このような塩化マグネシウムと金属マグネシウムとの間の比重差により、浴流れが生じて浴面Sbには金属マグネシウムが位置し、この金属マグネシウムと、滴下される四塩化チタンとの間で反応が継続して起こり、主として浴中でスポンジチタン塊TSが成長する。還元工程の間に、下方側に沈降した塩化マグネシウムは金属製還元反応容器1の底部3側の排出管5を通じて金属製還元反応容器1の外部に排出されることがある。
【0026】
なお、還元工程で用いる四塩化チタンは、たとえば、精留塔にて精製された後の液体状の精製四塩化チタンとすることができる。この精製四塩化チタンは、たとえば、チタン鉱石等の原料鉱石をコークス等の炭素源および塩素ガスと反応させて生成される粗四塩化チタンを、精留塔で精製して得られるものである。但し、還元工程で使用可能なものであれば、四塩化チタンは上記の精製四塩化チタンには限らない。
【0027】
(浴排出工程)
還元工程の終了後、金属製還元反応容器1内は、還元反応で用いられなかった金属マグネシウムや、還元反応で生成した副生成物の塩化マグネシウム等を含む溶融浴が貯留し、その溶融浴Bm中にスポンジチタン塊TSが浸漬している。浴排出工程では、金属製還元反応容器1内にスポンジチタン塊TSを残した状態で、金属製還元反応容器1内から溶融浴Bmを排出させる。
【0028】
より詳細には、浴排出工程では、たとえば排出管5を用いて、金属製還元反応容器1内に溜まっている溶融浴Bmを排出させる浴抜き操作を行うことができる。浴抜き操作は一回以上行うことができる。一回の浴抜き操作で、スポンジチタン塊TSの周囲の溶融浴Bmの多くを排出させることができたとしても、スポンジチタン塊TSの細孔内に入り込んでいる金属マグネシウムないし塩化マグネシウム等までは排出されないことがある。このような場合は浴抜き操作を複数回行うことができる。複数回の浴抜き操作を行う場合、各浴抜き操作の間は、所定の時間にわたって放置しておくことができる。この際に、スポンジチタン塊TSの細孔から塩化マグネシウム等が、スポンジチタン塊の外側に漏出する。各浴抜き操作では、金属製還元反応容器1内にアルゴン等の不活性ガスを供給し、金属製還元反応容器1内を加圧してもよい。
【0029】
ここで、この実施形態では、一回以上の浴抜き操作のうち、少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満の温度で行う。その理由は次のとおりである。
【0030】
一回目の浴抜き操作を行う際には、スポンジチタン塊の大部分が溶融浴に浸漬している。仮に一回目の浴抜き操作を800℃以上の高温で行うと、上層に位置する金属マグネシウムが金属製還元反応容器1内を下降する際に、金属製還元反応容器1に含まれ得るニッケル等の不純物が溶融浴Bmの金属マグネシウムに移行しやすくなると考えられる。特に一回目の浴抜き操作によって金属マグネシウムが下降して金属製還元反応容器1の内面を通過する際は、ニッケル等の不純物が溶融浴Bmの金属マグネシウムに移行しやすいと考えられる。金属製還元反応容器1の内面側の材質がステンレス鋼の場合はこの傾向が顕著となる。ニッケルは溶融浴Bm中に溶出し、溶融浴Bmの金属マグネシウムに溶解した状態となる。
一回目の浴抜き操作を行う際には、スポンジチタン塊の大部分が溶融浴に浸漬しているので、ニッケルが溶解した金属マグネシウムは、スポンジチタン塊TSの大部分に接触する。ここで、金属マグネシウムに溶出したニッケルはスポンジチタン塊TSの金属チタンには移行しにくいと考えられ、後述の減圧分離工程で金属マグネシウム等が除去された際に、ニッケルはスポンジチタン塊TSに置き去りにされる。これにより、スポンジチタン塊TS、さらには破砕工程後に得られるスポンジチタンのニッケル含有量が増大する。
【0031】
これに対し、少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満の温度で行うことにより、そのような低温では、金属製還元反応容器1からニッケル等の不純物が溶融浴Bm中の金属マグネシウムに溶出し難くなる。そして、一回目の浴抜き操作の後は、多くの溶融浴Bmが排出されて、溶融浴Bmに浸漬していたスポンジチタン塊TSの大部分が、溶融浴Bmの浴面Sb上に現れる。このようにスポンジチタン塊TSの大部分が溶融浴Bmと接触しなくなるまで低温として浴抜きし、金属マグネシウム中のニッケル量増加を抑制することで、後述の減圧分離工程で金属マグネシウム等が除去された後に、スポンジチタン塊TSへのニッケルの残留を抑制することができる。
【0032】
好ましくは、還元工程の還元反応が終了したときから、溶融浴Bmの温度を800℃未満に低下させ、この800℃未満の温度を、少なくとも一回目の浴抜き操作が終了するまで維持する。なお、還元工程の還元反応では、金属製還元反応容器1の温度が750℃~850℃になることがある。なお、還元工程の終盤では溶融浴Bmの浴面温度が高温化しやすい。
【0033】
この実施形態では、少なくとも一回目の浴抜き操作の温度は800℃未満とする。これにより、金属製還元反応容器1から溶融浴Bmへのニッケル等の不純物の溶出を良好に抑制することができる。好ましくは、少なくとも一回目の浴抜き操作の温度を790℃以下とする。なお、少なくとも一回目の浴抜き操作の温度は、金属マグネシウムおよび塩化マグネシウムを含む溶融浴Bmの溶融状態を維持できる温度であればよく、たとえば720℃以上とする。この温度は、金属製還元反応容器1の外面に接触させて設置した温度計により測定可能である。
【0034】
一回目の浴抜き操作では、その浴抜き操作前に金属製還元反応容器1内に貯留していた溶融浴Bmに対して、質量基準で50%以上の溶融浴Bmを排出させることが好ましい。一回目の浴抜き操作における浴抜き量の上限側数値は特に限定されないが、あえて一例を挙げると、浴抜き操作前に金属製還元反応容器1内に貯留していた溶融浴Bmに対して、質量基準で50%以上かつ85%以下の溶融浴Bmを排出させる。低温の浴抜き操作でこの程度の溶融浴Bmを排出させると、一回目の浴抜き後にスポンジチタン塊TSからの漏出で金属製還元反応容器1内に溜まる溶融浴Bmの高さが低くなるので、溶融浴とスポンジチタン塊TSとの接触部位を大幅に低減できる。その結果、スポンジチタン塊TSに残留し得るニッケル等の不純物をさらに良好に低減することができる。
【0035】
浴抜き操作は複数回行うことが好ましい。これにより、スポンジチタン塊TSの内部に入り込んでいたニッケルを含む金属マグネシウムが、当該ニッケルとともに、浴抜き操作間の置き時間にスポンジチタン塊TSの外部に漏出するので、スポンジチタン塊TSの内部のニッケルも除去されやすくなる。
【0036】
浴抜き操作を三回以上行う場合、少なくとも一回目から三回目までの浴抜き操作を800℃未満の温度で行うことが好ましい。一回目から三回目までの浴抜き操作でスポンジチタン塊TSからの漏出量が十分多くなり、その後に形成される溶融浴Bmの浴面Sbが適切に低くなる。よって、上述したように、ニッケル等の不純物がスポンジチタン塊TSに残留することをより一層良好に抑制することができる。三回目の浴抜き操作後も溶融浴Bmに浸るのは底部3側のスポンジチタン塊TSの僅かな部分だけである。なお、かかる部分はニッケル等の不純物量が多くなる傾向にあるが、後述の破砕工程で容易に分離させることができる。
【0037】
浴抜き操作を二回以上行う場合、800℃未満の温度で少なくとも一回目の浴抜き操作を行った後は、840℃以上の温度で浴抜き操作を行うことも好適である。なお、浴抜き操作を四回以上行う場合は、少なくとも一回目から三回目までの浴抜き操作を800℃未満の温度で行い、四回目以降の浴抜き操作を840℃以上の温度で行うことが好ましい。800℃未満の温度である程度多くの溶融浴Bmを排出させた後は、840℃以上の温度でさらに浴抜き操作を行うことにより、高温で流動性が高まる塩化マグネシウムや金属マグネシウムをより多くスポンジチタン塊TSから排出させることが可能になる。特に、スポンジチタン塊TSの中心部ではなく外周部R1からの金属マグネシウムの漏出が促進される。その結果、後述する減圧分離工程開始時における金属マグネシウム量が低減され、スポンジチタン塊TSに置き去りにされるニッケル等の不純物量が低減する。800℃未満の温度での浴抜き操作後に行う高温の浴抜き操作の温度は、より好ましくは860℃~950℃である。このときの温度をある程度の高さに抑えることにより、加熱に要するコストの増大を抑制することができる。
【0038】
(減圧分離工程)
減圧分離工程では、たとえば、金属製還元反応容器1を1000℃~1080℃程度に加熱しながら、金属製還元反応容器1内を減圧して例えば30Pa以下の真空雰囲気等にする。これにより、金属製還元反応容器1内に残っていた比較的少量の金属マグネシウムや塩化マグネシウム等は揮発して吸引され、金属製還元反応容器1内から取り除かれる。その結果、金属製還元反応容器1内のスポンジチタン塊TSから、金属マグネシウムや塩化マグネシウム等を分離させることができる。
【0039】
先述したように、浴排出工程にて少なくとも一回目の浴抜き操作を800℃未満で行ったことにより、浴排出工程後に金属製還元反応容器1に残っている金属マグネシウム等には、金属製還元反応容器1に由来するニッケル等の不純物量が良好に低減されている。それ故に、減圧分離工程で当該金属マグネシウム等が吸引除去されても、スポンジチタン塊TSに置き去りにされるニッケル量を低減できる。
【0040】
なお、減圧分離工程の後は、金属製還元反応容器1内の底部3側に設けたパンチ7等を用いて、その上にあるスポンジチタン塊TSを、金属製還元反応容器1内から取り出す。
【0041】
(破砕工程)
金属製還元反応容器1内から取り出したスポンジチタン塊TSは、破砕工程で、所定の大きさの粒状等のスポンジチタンになるように破砕することができる。ここでは、たとえば、はじめに、手作業等によりハツリを行い、さらにはギロチン式のシャー等を用いて、不純物が多く含まれることが多いスポンジチタン塊TSの上部や下部、外周部等を取り除く。その後、スポンジチタン塊TSの所望の部位に対し、ある程度の大きさまで砕く破砕を行うことができる。低鉄量のスポンジチタンを得る場合はスポンジチタン塊TSの中央部を破砕に供する。鉄はチタンに対して親和性が高いため、金属マグネシウムに含まれる鉄は金属製還元反応容器1から溶出した後にスポンジチタン塊TSの表面に多く集積するからである。他方、ニッケルは金属マグネシウムに対してより大きな親和性を示すため、スポンジチタン塊TSの中央部にまで入り込みやすい。すなわち、鉄とニッケルとは金属マグネシウムやチタンに対する挙動が異なる。
【0042】
破砕工程では、スポンジチタン塊TSから、たとえば図2にハッチングで示す所定の部位を取り出すことが好適である。所定の部位とは、スポンジチタン塊TSをその底面が水平面HPに接触するように水平面HP上に載置したとき、スポンジチタン塊TSの高さ方向(図2の上下方向)で底面から、中心軸CLの位置での高さHcの15%離れた位置から当該高さHcの80%離れた位置までの範囲内、かつ、径方向(図2の左右方向)で中心軸CLから、半径Rmaxの25%の距離で離れた位置から、半径Rmaxの75%の距離で離れた位置までの範囲内にある部位である。ここで、半径Rmaxは、スポンジチタン塊TSの最大直径Dmaxの半分を意味する。また、中心軸CLは、その最大直径Dmaxの中心点を通って鉛直方向に平行な軸である。
【0043】
なおここでは、ほぼ円筒状になる上述した所定の部位を、外周部R1という。また、スポンジチタン塊TSの高さ方向で底面からの高さが中心軸CLの位置での高さHcの15%~80%の範囲内で、外周部R1よりも中心軸CL側である内側に位置する部位を、中央部R2という。また、スポンジチタン塊TSの高さ方向で底面から中心軸CLの位置での高さHcの80%離れた位置よりも高い位置にある部位を、頂上部R3という。
【0044】
先述した浴排出工程では、スポンジチタン塊TSの中央部R2に入り込んでいる金属マグネシウムは、中央部R2の周囲の外周部R1に比して漏出しにくく、スポンジチタン塊TS内に残りやすい傾向がある。すなわち、金属マグネシウム量は中央部R2の方が外周部R1より多くなる。そして、スポンジチタン塊TSに存在する金属マグネシウムは、先述の減圧分離工程で揮発して除去されるが、この際に、当該金属マグネシウムに溶解したニッケルは、スポンジチタン塊TSに置き去りにされることがある。したがって、スポンジチタン塊TSの中央部R2では、その周囲の外周部R1に比してニッケル含有量が多くなる場合がある。
ここでは、スポンジチタン塊TSの中央部R2の周囲に位置する上述した外周部R1内から任意の部位を取り出し、この外周部R1を破砕してスポンジチタンとすることにより、ニッケル含有量の少ないスポンジチタンを製造することができる。
【0045】
より詳細には、この実施形態によれば、不純物のうちの特にニッケルの含有量が、たとえば0.50質量ppm以下、さらには0.40質量ppm以下であるスポンジチタンを製造できる場合がある。
【0046】
スポンジチタン塊TSに含まれ得る他の不純物である鉄は、還元工程や浴排出工程で、金属製還元反応容器1から溶融浴Bmに溶出した後、そのまま溶融浴Bmに残留せずに、溶融浴Bmからすぐにスポンジチタン塊TSの金属チタンに移行すると考えられる。このような挙動から、スポンジチタン塊TS中の鉄はニッケルとは異なり、その含有量が、金属製還元反応容器1の内面の近くに位置していた外周部R1で多くなり、中央部R2で少なくなると推測される。
このことを利用し、たとえば、スポンジチタン塊TSの外周部R1のものと中央部R2のものとを、所定の割合で混合して調整すること等により、鉄及びニッケルをそれぞれ望ましい含有量としたスポンジチタンを製造することも可能になる。
【実施例
【0047】
次に、この発明のスポンジチタンの製造方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0048】
(実施例1)
図1に示すような構成を備える金属製還元反応容器及び還元炉を用いて還元工程を行い、スポンジチタン塊を得た。ここで、金属製還元反応容器は、その側壁及び底部が、ニッケル及びクロムを含有するステンレス鋼と炭素鋼(SS400又はSM400A、ニッケル含有量が150質量ppm以下のもの)とのクラッド鋼を使用し、内面側に前記炭素鋼を配置した。還元工程では、金属製還元反応容器内に金属マグネシウムを充填して溶融浴とし、そこに精製四塩化チタンを滴下した。還元工程の開始前における当該金属マグネシウムのニッケル含有量は0.1質量ppm~0.3質量ppm程度であった。この還元工程で生成されたスポンジチタン塊は、高さが1.8m~2.0m程度、直径が1.8m~1.9m程度であった。
【0049】
次いで、浴排出工程で合計八回の浴抜き操作を行い、金属製還元反応容器から溶融浴を排出させた。一回目と二回目の浴抜き操作の間は二時間静置し、二回目と三回目の浴抜き操作の間は四時間静置し、三回目と四回目の浴抜き操作の間は四時間静置し、四回目と五回目の浴抜き操作の間は五時間静置し、五回目と六回目の浴抜き操作の間は五時間静置し、六回目と七回目の浴抜き操作の間は六時間静置し、七回目と八回目の浴抜き操作の間は六時間静置した。各浴抜き操作では、アルゴンガスの供給により金属製還元反応容器内を加圧した。
【0050】
実施例1では、一回目から三回目の浴抜き操作までの金属製還元反応容器の温度を775℃とし、四回目から八回目の浴抜き操作までの金属製還元反応容器の温度を900℃とした。また、一回目の浴抜き操作では、金属製還元反応容器内に浴抜き操作前に貯留していた溶融浴の50%(質量基準)を排出した。浴抜き後、金属製還元反応容器を1050℃の温度に加熱して金属製還元反応容器内の真空引きを行い、残りの金属マグネシウムや塩化マグネシウムを蒸発させて分離させた。真空引き終了時の圧力は30Pa以下であった。
【0051】
その後、金属製還元反応容器からスポンジチタン塊を取り出し、破砕工程で当該スポンジチタン塊を破砕した。ここでは、大割により、図2に示す外周部R1及び中央部R2を取り出し、それらの各部位を破砕した。外周部R1及び中央部R2のそれぞれについて20ロットずつ、計40ロットのスポンジチタンを製造した。
【0052】
外周部R1及び中央部R2のそれぞれから得られたスポンジチタンのニッケル含有量を測定したところ、ニッケル含有量が0.50質量ppm以下であるものの割合は、外周部R1では95%であり、中央部R2では70%であった。また、外周部R1から得られたスポンジチタンのニッケル含有量の、20ロットの平均値は、0.30質量ppm以下であった。
【0053】
(実施例2)
浴排出工程で、一回目の浴抜き操作における金属製還元反応容器の温度を775℃とし、二回目から八回目までの浴抜き操作における金属製還元反応容器の温度を900℃としたことを除いて、実施例1と同様にしてスポンジチタンを製造した。
このスポンジチタンにおけるニッケル含有量が0.50質量ppm以下であるものの割合は、外周部R1では90%であり、中央部R2では60%であった。また、外周部R1から得られたスポンジチタンのニッケル含有量の、20ロットの平均値は、0.40質量ppmであった。
【0054】
(比較例1)
浴排出工程で、一回目から八回目までの浴抜き操作における金属製還元反応容器の温度を900℃としたことを除いて、実施例1と同様にしてスポンジチタンを製造した。
このスポンジチタンにおけるニッケル含有量が0.50質量ppm以下であるものの割合は、外周部R1では70%であり、中央部R2では50%であった。また、外周部R1から得られたスポンジチタンのニッケル含有量の、20ロットの平均値は、0.60質量ppmであった。
【0055】
(比較例2)
浴排出工程で、一回目から三回目までの浴抜き操作における金属製還元反応容器の温度を900℃とし、四回目から八回目までの浴抜き操作における金属製還元反応容器の温度を775℃としたことを除いて、実施例1と同様にしてスポンジチタンを製造した。
このスポンジチタンにおけるニッケル含有量が0.50質量ppm以下であるものの割合は、外周部R1では70%であり、中央部R2では50%であった。また、外周部R1から得られたスポンジチタンのニッケル含有量の、20ロットの平均値は、0.60質量ppmであった。
【0056】
【表1】
【0057】
(インゴットの製造)
実施例1の外周部R1及び中央部R2のそれぞれから得られたスポンジチタンを用いて、溶解鋳造により純チタンインゴットを作製した。このインゴットに含まれていた不純物である鉄、アルミニウム及びニッケルの合計含有量は、4.3質量ppmであり、そのうちのニッケル含有量は0.3質量ppmであった。
【0058】
また、比較例1の外周部R1及び中央部R2のそれぞれから得られたスポンジチタンを用いて、上記と同様にして溶解鋳造により純チタンインゴットを作製した。このインゴットに含まれていた不純物である鉄、アルミニウム及びニッケルの合計含有量は、実施例1の場合と同程度の4.6質量ppmであったが、そのうちのニッケル含有量は0.6質量ppmと多かった。
【符号の説明】
【0059】
1 金属製還元反応容器
2 側壁
3 底部
4 蓋体
5 排出管
6 供給管
7 パンチ
8 還元炉
TS スポンジチタン塊
Bm 溶融浴
Sb 浴面
Hc 中心軸の位置での高さ
Dmax 最大直径
Rmax 半径
HP 水平面
CL 中心軸
Ah R1の高さ方向の範囲
Ar R1の径方向の範囲
R1 外周部
R2 中央部
R3 頂上部
図1
図2