(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-14
(45)【発行日】2023-11-22
(54)【発明の名称】湿潤粉体からなる電極材料および電極とその製造方法ならびに該電極を備える二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/139 20100101AFI20231115BHJP
【FI】
H01M4/139
(21)【出願番号】P 2021029502
(22)【出願日】2021-02-26
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2021011041
(32)【優先日】2021-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【氏名又は名称】大井 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【氏名又は名称】山根 広昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130605
【氏名又は名称】天野 浩治
(72)【発明者】
【氏名】榎原 勝志
(72)【発明者】
【氏名】眞下 直大
(72)【発明者】
【氏名】塩野谷 遥
(72)【発明者】
【氏名】北吉 雅則
【審査官】井原 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-131092(JP,A)
【文献】特開2016-076296(JP,A)
【文献】特開2016-058257(JP,A)
【文献】特開2012-248280(JP,A)
【文献】特開2016-025062(JP,A)
【文献】特開2017-228428(JP,A)
【文献】特開2018-120817(JP,A)
【文献】特開2021-027043(JP,A)
【文献】国際公開第2018/194163(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/139
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正負極いずれかの電極集電体上に電極活物質層を形成するための湿潤粉体であって、
複数の電極活物質粒子と、バインダ樹脂と、溶媒とを含む凝集粒子によって構成されており、
前記湿潤粉体を構成する少なくとも50個数%以上の前記凝集粒子は、以下の性質:
(1)固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態を形成していること
;
(2)電子顕微鏡観察において該凝集粒子の外表面に前記溶媒の層が認められないこと;
および、
(3)所定の容積(mL)の容器に力を加えずにすり切りに湿潤粉体(g)を入れて計測した嵩比重を緩め嵩比重X(g/mL)とし、
気相が存在しないと仮定して湿潤粉体の組成から算出される比重を真比重Y(g/mL)としたとき、
緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xが、1.2以上2以下であること;
を具備している、電極活物質層形成用湿潤粉体。
【請求項2】
請求項
1に記載の電極活物質層形成用湿潤粉体であって、
該湿潤粉体によって前記集電体上に膜厚が300μm以上1000μm以下の塗膜を形成し、プレス圧60MPaでプレスしたとき、該プレス圧後の塗膜における気体残留率((空気の体積/塗膜の体積)×100)が10vol%以下であることを実現する、電極活物質層形成用湿潤粉体。
【請求項3】
請求項
2に記載の電極活物質層形成用湿潤粉体であって、
前記プレス圧後の塗膜についての放射光X線ラミノグラフィー法による空隙観察に基づく空隙分布において、全空隙容積(100vol%)に対する2000μm
3以上の容積の空隙比率が30vol%以下であることを実現する、電極活物質層形成用湿潤粉体。
【請求項4】
正負極いずれかの電極集電体および電極活物質層を有する電極の製造方法であって、以下の工程:
複数の電極活物質粒子と、バインダ樹脂と、溶媒とを含む凝集粒子によって構成された湿潤粉体であって、少なくとも50個数%以上の前記凝集粒子が以下の性質:
(1)固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態を形成していること
;
(2)電子顕微鏡観察において該凝集粒子の外表面に前記溶媒の層が認められないこと;
および、
(3)所定の容積(mL)の容器に力を加えずにすり切りに湿潤粉体(g)を入れて計測した嵩比重を緩め嵩比重X(g/mL)とし、
気相が存在しないと仮定して湿潤粉体の組成から算出される比重を真比重Y(g/mL)としたとき、
緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xが、1.2以上2以下であること;
を具備している湿潤粉体を用意する工程;
前記湿潤粉体を前記集電体上に塗布して該湿潤粉体からなる塗膜を形成する工程;および
前記塗膜の表面に対して凹凸形成処理を施すことにより、所定のパターンで凹凸が表面に形成された電極活物質層を形成する工程;
を包含する、電
極製造方法。
【請求項5】
前記塗膜形成工程は、
一対の回転ロール間に前記湿潤粉体を供給して一方の回転ロールの表面に該湿潤粉体からなる塗膜を形成し、
別の回転ロール上に搬送されてきた前記集電体の表面に、前記塗膜を転写する、
ことによって行われる、請求項
4に記載の電極製造方法。
【請求項6】
前記凹凸形成処理は、
前記塗膜を有する集電体の該塗膜の表面に、所定の凹凸パターンが表面に形成された回転ロールを押し当てることによって行われる、請求項
5に記載の電極製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池の電極とその製造方法、ならびに、かかる電極を備えた二次電池に関する。詳しくは、気相が制御された湿潤粉体を用いて製造される二次電池用電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池等の二次電池は、軽量で高エネルギー密度が得られることから、電気自動車、ハイブリッド自動車等の車両の駆動用高出力電源として好ましく用いられており、今後益々の需要増大が見込まれている。
この種の二次電池に備えられる正極および負極(以下、正負極を特に区別しない場合は単に「電極」という。)の典型的な構造として、箔状の電極集電体の片面もしくは両面に電極活物質を主成分とする電極活物質層が形成されているものが挙げられる。
【0003】
かかる電極活物質層は、電極活物質、結着材(バインダ)、導電材等の固形分を所定の溶媒中に分散して調製したスラリー(ペースト)状の電極合材(以下、「合材スラリー」という。)を集電体の表面に塗布して塗膜を形成し、その塗膜を乾燥させた後、プレス圧をかけて所定の密度、厚さとすることにより形成される。
あるいは、このような合材スラリーによる成膜に代えて、合材スラリーよりも固形分の割合が比較的高く、溶媒が活物質粒子の表面とバインダ分子の表面に保持されたような状態で粒状集合体が形成されたいわゆる湿潤粉体(Moisture Powder)を用いて成膜する湿潤粉体成膜(Moisture Powder Sheeting:MPS)も検討されている。例えば、以下の特許文献1~4には、湿潤粉体によって活物質層を形成したことを特徴とするリチウムイオン二次電池用電極の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-136016号公報
【文献】特開2019-057383号公報
【文献】特開2018-137087号公報
【文献】特開2018-037198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車両の駆動用高出力電源として用いられる二次電池は、さらなる高性能化が望まれている。例えば、電池の内部抵抗の低減、ハイレート充放電特性の向上、等が求められている。これに関し、電極集電体の表面に形成される電極活物質層の表面積を従来よりも増大させることができれば、上記要求に応える一つのアプローチとなり得る。
【0006】
しかし、従来の合材スラリーによる成膜では、電極活物質層の表面積を増大させることは困難であった。即ち、スラリーからなる塗膜では、溶媒の含有比率が高いため、塗膜形成後の表面張力による平坦化(レベリング)作用が強く、電極活物質層の表面積を増大させ得る程度の凹凸を電極活物質層(塗膜)の表面に形成することができない。もちろん、塗膜を乾燥させた後の電極活物質層の表面を機械的にプレスすることは可能であるが、乾燥後のプレスでは展延性が悪いために所望する深さの凹凸を所定の間隔(ピッチ)で繰り返し正確に形成することが困難である。さらに、プレスにより凹凸成形された表層が部分的に緻密化してしまい、活物質層全体で効率的な導電パスを形成する観点から好ましくない。
【0007】
一方、従来の湿潤粉体による成膜(MPS)によっても、電極活物質層の表面積を十分に増大させることは難しかった。即ち、従来の湿潤粉体は、粉体の全体にわたって液相が連続的に形成された、いわば後述する「キャピラリー状態」であり、湿潤粉体からなる塗膜においてもその表面には溶媒が比較的多く存在しており、電極活物質層の表面積を増大させ得る程度の凹凸を形成することが困難であった。
そして、塗膜を乾燥させた後の電極活物質層の表面を機械的にプレスした場合は、上述した合材スラリーによる成膜の場合と同様であり、展延性が悪いために所望する深さの凹凸を正確に形成することは困難である。
【0008】
そこで、本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、展延性が良好で乾燥前の塗膜段階の電極活物質層の表面積をプレス成形で容易に増大させ得る電極材料(合材)を提供し、併せて該電極材料を用いて表面積の増大を実現させた二次電池用電極とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を実現するべく、MPSの内容と該MPSにこれまで採用されてきた湿潤粉体の性状を検討した。これまでの湿潤粉体は、固形分の含有率は合材スラリー(ペースト)のそれよりも高くなってはいるものの、該粉体を構成する凝集粒子の固形分と溶媒の存在形態としては、比較的キャピラリーな状態であること、即ち、湿潤粉体を構成する凝集粒子の内部に比較的多量の溶媒が密に拘束されるとともに該凝集粒子の表面にも溶媒の層が形成されていることに着目した。さらに、該凝集粒子に存在する気相、即ち空隙の存在形態に関しては、何ら検討されていないことに着目した。
そして、従来の湿潤粉体とは異なり、固形分(固相)と溶媒(液相)と空隙(気相)の存在形態を、後述するペンジュラー状態あるいはペンジュラー状態に近いファニキュラー状態(ファニキュラーI状態)とすること、換言すれば、該粉体を構成する凝集粒子において、該凝集粒子を形成する電極活物質粒子間を架橋するのに過不足ない適量の溶媒(液相)が存在するとともに該凝集粒子内に外部と連通する空隙が形成されており、且つ、該凝集粒子の表面には、実質的な溶媒の層が形成されないようにすることによって、集電体上に形成された乾燥前の塗膜にプレス成形等により所望の凹凸を形成することが可能となり、電極活物質層の表面積を容易に増大し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、ここで開示される正負極いずれかの電極集電体上に電極活物質層を形成するための湿潤粉体は、複数の電極活物質粒子と、バインダ樹脂と、溶媒とを含む凝集粒子によって構成されている湿潤粉体である。
そして、ここで開示される湿潤粉体は、該粉体を構成する少なくとも50個数%以上(より好ましくは70個数%以上、特には80個数%以上)の上記凝集粒子が、以下の性質:
(1)固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態を形成していること;および、
(2)電子顕微鏡観察において該凝集粒子の外表面に上記溶媒の層が認められないこと;を具備していることを特徴とする。
【0011】
かかる構成のペンジュラー状態またはファニキュラー状態の凝集粒子からなる湿潤粉体は、上記のとおり、電極活物質粒子間ならびに電極活物質粒子とバインダ樹脂との間を溶媒(液相)が架橋した状態を維持しつつ、気相は、凝集粒子内に外部と連通する空隙(連通細孔)が形成されるように制御される。
このことにより、ここで開示される湿潤粉体を用いて集電体上に乾燥前の塗膜を形成すると、プレス成形等により所望の凹凸構造を当該塗膜の表面に形成することが可能となり、電極活物質層の単位面積当たりの表面積を容易に増大させることができる。
また、溶媒液架橋の存在により、乾燥後の電極活物質層を所定の厚みまで圧縮した場合にも当該電極活物質層の表層部分のみが部分的に緻密化されるのを防止することができる。また、連通細孔の存在により、プレス成形等においても溶媒が加工具の表面に接触せず、また塗膜の離型時に通気孔として活用され、離型が可能となる。
また、スラリーやキャピラリー状態の湿潤粉体からなる塗膜と異なり、電極集電体上に形成された塗膜における溶媒の自由な移動が規制されるため、乾燥過程において塗膜中のバインダ樹脂の偏在が発生するのを防止することができる。
【0012】
ここで開示される電極活物質層形成用湿潤粉体の好ましい一態様では、
所定の容積(mL)の容器に力を加えずにすり切りに湿潤粉体(g)を入れて計測した嵩比重を緩め嵩比重X(g/mL)とし、
気相が存在しないと仮定して湿潤粉体の組成から算出される比重を真比重Y(g/mL)としたとき、緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xが、1.2以上である。
また、さらに好ましい一態様の湿潤粉体では、該湿潤粉体によって電極集電体上に膜厚が300μm以上1000μm以下の塗膜を形成し、プレス圧60MPaでプレスしたとき、該プレス圧後の塗膜における気体残留率(即ち、(空気の体積/塗膜の体積)×100をいう。)が10vol%以下であることを実現する。
また、さらに好ましい一態様の湿潤粉体では、上記プレス圧後の塗膜についての放射光X線ラミノグラフィー法による空隙観察に基づく空隙分布において、全空隙容積(100vol%)に対する2000μm3以上の容積の空隙比率が30vol%以下であることを実現する。
これら特性を実現し得る構成の湿潤粉体であると、より導電パスおよび電荷担体(例えばリチウムイオン)パス、さらには空隙パスに優れる電極活物質層を形成することができる。
【0013】
また、上記目的を実現するべくここで開示される二次電池の正負極いずれかの電極は、電極集電体と、該集電体上に形成された電極活物質層とを備える。そして、かかる電極は、電極活物質層におけるLcm×Bcm(L,Bは3以上の整数)で示される基準エリアにおける表面積を、相互に異なるn(nは5以上の整数)点で計測したときの平均表面積が、1.05×L×Bcm2以上であることを特徴とする。
ここで開示される湿潤粉体によると、1.05×L×Bcm2以上であるような電極活物質層の表面積の増大を実現することができる。
【0014】
ここで開示される二次電池用電極の好ましい一態様では、電極活物質層における気体残留率((空気の体積/塗膜の体積)×100)が10vol%以下である。
また、さらに好ましい一態様の二次電池用電極では、上記電極活物質層についての放射光X線ラミノグラフィー法による空隙観察に基づく空隙分布において、全空隙容積(100vol%)に対する2000μm3以上の容積の空隙比率が30vol%以下である。
これら特性を有する電極によると、より導電パスに優れる電極活物質層が実現されており、特に車両駆動用電源としての二次電池の性能向上に寄与することができる。
【0015】
さらに好ましい一態様の二次電池用電極では、電極活物質層を該活物質層の表面から集電体に至る厚み方向に上層および下層の2つの層に均等に区分し、該上層および下層の前記バインダ樹脂の濃度(mg/L)を、それぞれ、C1およびC2としたとき、
0.8≦(C1/C2)≦1.2の関係を具備する。
ここで開示される湿潤粉体を用いて電極活物質層を形成することにより、乾燥過程においてバインダ樹脂の偏在が生じるのを抑止することができるため、全体にわたって均質な組成の電極活物質層を形成することができる。
【0016】
また、上記目的を実現するための本教示の他の側面として、正負極いずれかの電極集電体および電極活物質層を有する電極の製造方法が提供される。
即ち、ここで開示される電極製造方法は、以下の工程:
複数の電極活物質粒子と、バインダ樹脂と、溶媒とを含む凝集粒子によって構成された湿潤粉体であって、少なくとも50個数%以上の上記凝集粒子が以下の性質:
(1)固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態を形成していること;および、
(2)電子顕微鏡観察において該凝集粒子の外表面に前記溶媒の層が認められないこと;
を具備している湿潤粉体を用意する工程;
上記湿潤粉体を上記集電体上に塗布して該湿潤粉体からなる塗膜を形成する工程;および
上記塗膜の表面に対して凹凸形成処理を施すことにより、所定のパターンで凹凸が表面に形成された電極活物質層を形成する工程;
を包含する。
かかる構成の電極製造方法により、上述した特性を備える好適な二次電池用電極を提供することができる。
【0017】
ここで開示される電極製造方法の好ましい一態様では、上記凹凸形成処理は、電極活物質層におけるLcm×Bcm(L,Bは3以上の整数)で示される基準エリアにおける表面積を、相互に異なるn(nは5以上の整数)点で計測したときの平均表面積が、1.05×L×Bcm2以上となる凹凸面が形成されるように行われる。
ここで開示される好適な態様の電極製造方法によると、1.05×L×Bcm2以上であるような電極活物質層の表面積の増大が実現された二次電池用電極を提供することができる。
【0018】
また、ここで開示される電極製造方法の好ましい他の一態様では、上記塗膜形成工程は、
一対の回転ロール間に上記湿潤粉体を供給して一方の回転ロールの表面に該湿潤粉体からなる塗膜を形成し、
その後、別の回転ロール上に搬送されてきた上記集電体の表面に、上記塗膜を転写することによって行われる。
ここで開示される湿潤粉体からなる塗膜は、該粉体を構成する凝集粒子の存在形態が
(1)固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態を形成していること;および、
(2)電子顕微鏡観察において該凝集粒子の外表面に上記溶媒の層が認められないこと;
を具備するものであるため、展延性に優れる。これにより、いわゆるロール成膜によって好適な形態の電極活物質層を形成することができる。
したがって、好適な一態様として、上記凹凸形成処理を、
上記塗膜を有する集電体の該塗膜の表面に、所定の凹凸パターンが表面に形成された回転ロールを押し当てることによって行う態様が挙げられる。
【0019】
また、本教示によって、正負極を備える二次電池であって、正負極のうちの少なくとも一方の電極として、ここで開示されるいずれかの態様の電極が備えられている二次電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】湿潤粉体を構成する凝集粒子における固相(活物質粒子等の固形分)、液相(溶媒)、気相(空隙)の存在形態を模式的に示す説明図であり、(A)はペンジュラー状態、(B)はファニキュラー状態、(C)は、キャピラリー状態、(D)はスラリー状態を示す。
【
図2】ここで開示される湿潤粉体を製造するのに用いられる撹拌造粒機の一例を模式的に示す説明図である。
【
図3】一実施形態に係る電極製造方法の大まかな工程を示すフローチャートである。
【
図4】一実施形態に係るロール成膜装置の構成を模式的に示す説明図である。
【
図5】一実施形態に係るロール成膜ユニットを備える電極製造装置の構成を模式的に示すブロック図である。
【
図6】使用する材料または状態によって塗膜(電極活物質層)の表面に形成し得る凹凸形状の程度が異なることを模式的に示す説明図であり、(A)は合材スラリー(ペースト)で形成された塗膜の場合、(B)は従来の湿潤粉体で形成された塗膜の場合、(C)はここで開示される湿潤粉体で形成された塗膜の場合、(D)は合材スラリー(ペースト)で形成された塗膜を乾燥させた後の電極活物質層の場合をそれぞれ示している。
【
図7A】従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(プレス前)の構造を示す表面SEM像である。
【
図7B】従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(プレス前)の構造を示す断面SEM像である。
【
図8A】ここで開示される気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(プレス前)の構造を示す表面SEM像である。
【
図8B】ここで開示される気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(プレス前)の構造を示す断面SEM像である。
【
図9A】従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(60MPaでプレスした後、乾燥前の負極活物質層)について、放射光X線ラミノグラフィー法により観察された空隙構造を示す三次元画像である。
【
図9B】ここで開示される気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(60MPaでプレスした後、乾燥前の負極活物質層)について、放射光X線ラミノグラフィー法により観察された空隙構造を示す三次元画像である。
【
図10A】従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(60MPaでプレスした後、乾燥前の負極活物質層)について、放射光X線ラミノグラフィー法により観察された空隙構造の三次元画像解析により算出された空隙体積の分布を示すグラフである。横軸は空隙の大きさ(μm
3)、縦軸は体積分率である。
【
図10B】ここで開示される気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層(60MPaでプレスした後、乾燥前の負極活物質層)について、放射光X線ラミノグラフィー法により観察された空隙構造の三次元画像解析により算出された空隙体積の分布を示すグラフである。横軸は空隙の大きさ(μm
3)、縦軸は体積分率である。
【
図11】ここで開示される気相制御湿潤粉体を用いて形成した正極活物質層に存在するバインダ樹脂(PVDF)の分布を示すFマッピングに用いた正極活物質層の断面SEM-EDX像である。
【
図12】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、二次電池の典型例であるリチウムイオン二次電池に好適に採用される電極を例として、ここで開示される湿潤粉体と該湿潤粉体を用いた成膜プロセス(MPS)について、詳細に説明する。
本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。ここで開示される技術の内容は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
なお、本明細書において数値範囲をA~B(ここでA,Bは任意の数値)と記載している場合は、一般的な解釈と同様であり、A以上B以下(Aを上回るがBを下回る範囲を含む)を意味するものである。
【0022】
本明細書において「リチウムイオン二次電池」とは、電解質中のリチウムイオンが電荷の移動を担う二次電池をいう。また、「電極体」とは、正極および負極で構成される電池の主体を成す構造体をいう。本明細書では、正極および負極を特に区別する必要がないときは、単に電極と記載している。電極活物質(即ち正極活物質または負極活物質)は、電荷担体となる化学種(リチウムイオン二次電池においてはリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出可能な化合物をいう。
【0023】
また、湿潤粉体の形態的な分類に関しては、Capes C. E.著の「Particle Size Enlargement」(Elsevier Scientific Publishing Company刊、1980年)に記載され、現在は周知となっている4つの分類を、本明細書においても採用しており、ここで開示される湿潤粉体は明瞭に規定されている。具体的には、以下のとおりである。
湿潤粉体を構成する凝集粒子における固形分(固相)、溶媒(液相)および空隙(気相)の存在形態(充填状態)に関しては、「ペンジュラー状態」、「ファニキュラー状態」、「キャピラリー状態」および「スラリー状態」の4つに分類することができる。
ここで「ペンジュラー状態」は、
図1の(A)に示すように、凝集粒子1中の活物質粒子(固相)2間を架橋するように溶媒(液相)3が不連続に存在する状態であり、活物質粒子(固相)2は相互に連なった(連続した)状態で存在し得る。図示されるように溶媒3の含有率は相対的に低く、その結果として凝集粒子1中に存在する空隙(気相)4の多くは、連続して存在し、外部に通じる連通孔を形成している。そしてペンジュラー状態では、電子顕微鏡観察(SEM観察)において凝集粒子1の外表面の全体にわたって連続した溶媒の層が認められないことが特徴として挙げられる。
【0024】
また、「ファニキュラー状態」は、
図1の(B)に示すように、凝集粒子1中の溶媒含有率がペンジュラーよりも相対的に高い状態であり、凝集粒子1中の活物質粒子(固相)2の周囲に溶媒(液相)3が連続して存在する状態となっている。但し、溶媒量は依然少ないため、ペンジュラー状態と同様に、活物質粒子(固相)2は相互に連なった(連続した)状態で存在する。一方、凝集粒子1中に存在する空隙(気相)4のうち、外部に通じる連通孔の割合はやや減少し、不連続な孤立空隙の存在割合が増加していく傾向にあるが連通孔の存在は認められる。
ファニキュラー状態は、ペンジュラー状態とキャピラリー状態との間の状態であり、ペンジュラー状態寄りのファニキュラーI状態(即ち、比較的溶媒量が少ない状態のもの)とキャピラリー状態寄りのファニキュラーII状態(即ち、比較的溶媒量が多い状態のもの)とに区分したときのファニキュラーI状態では、依然、電子顕微鏡観察(SEM観察)において凝集粒子1の外表面に溶媒の層が認められない状態を包含する。
【0025】
「キャピラリー状態」は、
図1の(C)に示すように、凝集粒子1中の溶媒含有率が増大し、凝集粒子1中の溶媒量は飽和状態に近くなり、活物質粒子2の周囲において十分量の溶媒3が連続して存在する結果、活物質粒子2は不連続な状態で存在する。凝集粒子1中に存在する空隙(気相)も、溶媒量の増大により、ほぼ全ての空隙(例えば全空隙体積の80vol%)が孤立空隙として存在し、凝集粒子に占める空隙の存在割合も小さくなる。
「スラリー状態」は、
図1の(D)に示すように、もはや活物質粒子2は、溶媒3中に懸濁した状態であり、凝集粒子とは呼べない状態となっている。気相はほぼ存在しない。
【0026】
ここで開示される湿潤粉体は、(1)上記ペンジュラー状態およびファニキュラー状態(特にファニキュラーI状態)を形成している湿潤粉体である。好ましくは、(2)電子顕微鏡観察(SEM観察)において該凝集粒子の外表面の全体にわたって前記溶媒からなる層が認められないことを一つの形態的特徴として有する。
以下、ここで開示される上記(1)および(2)の要件を具備する湿潤粉体を「気相制御湿潤粉体」という。
気相制御湿潤粉体は、従来のキャピラリー状態の湿潤粉体を製造するプロセスに準じて製造することができる。即ち、従来よりも気相の割合が多くなるように、具体的には凝集粒子の内部に外部に至る連続した空隙(連通孔)が多く形成されるように、溶媒量と固形分(活物質粒子、バインダ樹脂、等)の配合を調整することによって、上記ペンジュラー状態若しくはファニキュラー状態(特にファニキュラーI状態)に包含される電極材料(電極合材)としての湿潤粉体を製造することができる。
また、最小の溶媒で活物質間の液架橋を実現するために、使用する粉体材料の表面と使用する溶媒には、適度な親和性があることが望ましい。
好ましくは、ここで開示される好適な気相制御湿潤粉体として、電子顕微鏡観察で認められる三相の状態がペンジュラー状態若しくはファニキュラー状態(特にファニキュラーI状態)であって、さらに、得られた湿潤粉体を所定の容積の容器に力を加えずにすり切りに入れて計測した実測の嵩比重である、緩め嵩比重X(g/mL)と、気相が存在しないと仮定して湿潤粉体の組成から算出される比重である、原料ベースの真比重Y(g/mL)とから算出される
「緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/X」が、
1.2以上、好ましくは1.4以上(さらには1.6以上)であって、好ましくは2以下であるような湿潤粉体が挙げられる。
【0027】
材料としては、従来の合材スラリー(ペースト)や湿潤粉体を製造する場合と同様のものを、特に制限なく使用することができる。
固形分の主成分である電極活物質としては、従来の二次電池(ここではリチウムイオン二次電池)の負極活物質或いは正極活物質として採用される組成の化合物を使用することができる。例えば、負極活物質としては、黒鉛、ハードカーボン、ソフトカーボン等の炭素材料が挙げられる。また、正極活物質としては、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、LiNiO2、LiCoO2、LiFeO2、LiMn2O4、LiNi0.5Mn1.5O4等のリチウム遷移金属複合酸化物、LiFePO4等のリチウム遷移金属リン酸化合物が挙げられる。活物質粒子のレーザ回折・散乱方式に基づく平均粒子径(D50)は0.1μm~50μm程度が適当であり、1~20μm程度が好ましい。
【0028】
その他の固形分として、従来の合材スラリー(ペースト)や湿潤粉体を製造する場合と同様、バインダ樹脂、導電材等が挙げられる。例えば、バインダ樹脂としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリアクリル酸(PAA)等が挙げられる。使用する溶媒に応じて適切なバインダ樹脂が採用される。また、導電材としては、アセチレンブラック(AB)等のカーボンブラックやカーボンナノチューブのような炭素材料が好適例として挙げられる。
このほか、使用する湿潤粉体(電極合材)が、いわゆる全固体電池の電極形成用途の場合、固体電解質が固形分として用いられる。特に限定されるものではないが、例えば、Li2S、P2S5、LiI、LiCl、LiBr、Li2O、SiS2、B2S3、ZmSn(ここでmおよびnは正の数であり、ZはGe、ZnまたはGa)、Li10GeP2S12等を構成要素とする硫化物固体電解質が好適例として挙げられる。
また、溶媒としては、バインダ樹脂を好適に分散(溶解)し得るものであれば、特に制限なく採用することができる。好適例として、水、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、酪酸ブチル等が挙げられる。
【0029】
上述したような材料を用いて浸潤造粒を行い、目的の湿潤粉体を製造する。例えば
図2に示すような撹拌造粒機(プラネタリミキサー等のミキサー)10を用いて各材料を混合することによって、湿潤粉体(即ち凝集粒子の集合物)を製造する。図示されるように、この種の撹拌造粒機10は、典型的には円筒形である混合容器12と、当該混合容器12の内部に収容された回転羽根14と、回転軸16を介して回転羽根(ブレードともいう)14に接続されたモータ18とを備えている。
造粒工程においては、上記した各材料のうち、先ず、溶媒を除く材料(固形成分)を予め混合して溶媒レスの乾式分散処理を行う。これにより、各固形成分が高度に分散した状態を形成する。その後、当該分散状態の混合物に、溶媒その他の液状成分(例えば液状のバインダ)を添加してさらに混合することが好ましい。これによって、各固形成分が好適に混合された湿潤粉体を製造することができる。
具体的には、撹拌造粒機10の混合容器12内に固形分である電極活物質と種々の添加物(バインダ樹脂、増粘材、導電材、等)を投入し、モータ18を駆動させて回転羽根14を、例えば、2000rpm~5000rpmの回転速度で1~60秒間(例えば2~30秒)程度、回転させることによって各固形成分の混合体を製造する。そして、固形分が70%以上、より好ましくは80%以上(例えば85~98%)になるように計量された適量の溶媒を混合容器12内に添加し、撹拌造粒処理を行う。特に限定するものではないが、回転羽根14を例えば100rpm~1000rpmの回転速度で1~60秒間(例えば2~30秒)程度さらに回転させる。これによって、混合容器12内の各材料と溶媒が混合されて湿潤状態の造粒体(湿潤粉体)を製造することができる。なお、さらに1000rpm~3000rpm程度の回転速度で1~5秒間程度の短い撹拌を断続的に行うことで、湿潤粉体の凝集を防止することができる。
得られる造粒体の粒径は、後述するロール成膜装置の一対のロール間ギャップの幅よりも大きな粒径をとり得る。ギャップの幅が10μm~100μm程度(例えば20μm~50μm)の場合、造粒体の粒径は50μm以上(例えば100μm~300μm)であり得る。
【0030】
ここで開示される気相制御湿潤粉体は、固相と液相と気相とがペンジュラー状態またはファニキュラー状態(好ましくはファニキュラーI状態)を形成しており、電子顕微鏡観察において凝集粒子の外表面に溶媒の層が認められない程度に溶媒含有率が低く(例えば溶媒分率が2~15%程度、3~8%であり得る)、逆に気相部分は相対的に大きい。
このような存在形態にするため、上述した造粒体製造工程において、気相を増大させ得る種々の処理や操作を取り入れることができる。例えば、撹拌造粒中若しくは造粒後、乾燥した室温よりも10~50度程度加温されたガス(空気または不活性ガス)雰囲気中に造粒体を晒すことにより余剰な溶媒を蒸発させてもよい。また、溶媒量が少ない状態でペンジュラー状態またはファニキュラーI状態である凝集粒子の形成を促すため、活物質粒子その他の固形成分同士を付着させるために圧縮作用が比較的強い圧縮造粒を採用してもよい。例えば、粉末原料を鉛直方向から一対のロール間に供給しつつロール間で圧縮力が加えられた状態で造粒する圧縮造粒機を採用してもよい。
【0031】
次に、ここで開示される湿潤粉体を用いて長尺なシート状の電極集電体上に塗膜(電極活物質層)を形成して電極を製造するプロセスについて詳細に説明する。
図3は、電極製造方法の大まかな工程を示すフローチャートである。
【0032】
図3に示すように、上述したプロセスで製造した湿潤粉体を用意し(S1)、次に、適当な成膜装置により電極集電体上に当該湿潤粉体を所定の厚さとなるように供給して塗膜を成膜する(S2)。次いで、後述する凹凸形成処理を行い、ここで開示される湿潤粉体からなる塗膜の表面に凹凸を形成する(S3)。そして、凹凸表面が形成された塗膜表面を乾燥し(S4)、電極活物質層が形成される。
かかる成膜を実施するための好ましい成膜装置として、
図4に模式的に示すようなロール成膜装置20が挙げられる。かかるロール成膜装置20は、第1の回転ロール21(以下「供給ロール21」という。)と第2の回転ロール22(以下「転写ロール22」という。)とからなる一対の回転ロール21,22を備えている。供給ロール21の外周面と転写ロール22の外周面は互いに対向しており、これら一対の回転ロール21,22は、
図4の矢印に示すように逆方向に回転することができる。
かかる供給ロール21と転写ロール22は、長尺なシート状の電極集電体31上に成膜する電極合材層(塗膜)33の所望の厚さに応じた距離だけ離れている。すなわち、供給ロール21と転写ロール22の間には、所定の幅のギャップがあり、かかるギャップのサイズにより、転写ロール22の表面に付着させる湿潤粉体(電極合材)32から成る塗膜33の厚さを制御することができる。また、かかるギャップのサイズを調整することにより、供給ロール21と転写ロール22の間を通過する湿潤粉体32を圧縮する力を調整することもできる。このため、ギャップサイズを比較的大きくとることによって、ペンジュラー状態またはファニキュラー状態に製造された湿潤粉体32(具体的には凝集粒子のそれぞれ)の気相を維持することができる。
【0033】
供給ロール21および転写ロール22の幅方向の両端部には、隔壁25が設けられている。隔壁25は、湿潤粉体32を供給ロール21および転写ロール22上に保持すると共に、2つの隔壁25の間の距離によって、電極集電体31上に成膜される塗膜(電極活物質層)33の幅を規定する役割を果たす。この2つの隔壁25の間に、フィーダー(図示せず)等によって電極材料(湿潤粉体)32が供給される。
本実施形態に係る成膜装置20では、転写ロール22の隣に第3の回転ロールとしてバックアップロール23が配置されている。バックアップロール23は、電極集電体31を転写ロール22まで搬送する役割を果たす。転写ロール22とバックアップロール23は、
図4の矢印に示すように、逆方向に回転する。
供給ロール21、転写ロール22、バックアップロール23は、図示しない相互に独立した駆動装置(モータ)にそれぞれ接続されており、供給ロール21、転写ロール22およびバックアップロール23の順にそれぞれの回転速度を徐々に高めることによって、湿潤粉体32を転写ロール22に沿って搬送し、転写ロール22の円周面からバックアップロール23により搬送されてきた電極集電体31の表面上に当該湿潤粉体を塗膜33として転写することができる。
なお、
図4では、供給ロール21、転写ロール22、バックアップロール23は、それぞれの回転軸が水平に並ぶように配置されているが、これに限られず、例えば後述する
図5に示すような位置にバックアップロール(
図5参照)が配置されてもよい。
【0034】
また、供給ロール21、転写ロール22およびバックアップロール23のサイズは特に制限はなく、従来のロール成膜装置と同様でよく、例えば直径がそれぞれ50mm~500mmであり得る。これら3種の回転ロール21,22,23の直径は同一の直径であってもよく、異なる直径であってもよい。また、塗膜を形成する幅についても従来のロール成膜装置と同様でよく、塗膜を形成する対象の電極集電体の幅によって適宜決定することができる。また、これら回転ロール21,22,23の円周面の材質は、従来公知のロール成膜装置における回転ロールの材質と同じでよく、例えば、SUS鋼、SUJ鋼、等が挙げられる。
【0035】
次に、ここで開示される湿潤粉体を用いて二次電池用電極を製造する方法の好適な一実施形態を、図面を参照しつつさらに説明する。
図5は、本実施形態に係るロール成膜ユニットを備えた電極製造装置70の概略構成を構成的に示した説明図である。
本実施形態に係る電極製造装置70は、大まかにいって、図示しない供給室から搬送されてきたシート状集電体31の表面上に湿潤粉体32を供給して塗膜33を形成する成膜ユニット40と、該塗膜33を厚さ方向にプレスし、該塗膜の表面凹凸形成処理を行う塗膜加工ユニット50と、表面凹凸形成処理後の塗膜33を適切に乾燥させて電極活物質層を形成する乾燥ユニット60を備える。
【0036】
成膜ユニット40は、上述したロール成膜装置(
図4)と同様、図示しない相互に独立した駆動装置(モータ)にそれぞれ接続された供給ロール41、転写ロール42,43,44およびバックアップロール45を供える。
本実施形態に係る成膜ユニットでは、図示されるように、転写ロールが連続的に複数備えられている。この例では、供給ロール41に対向する第1転写ロール42、該第1転写ロールに対向する第2転写ロール43、および、該第2転写ロールに対向し、且つ、バックアップロール45にも対向する第3転写ロール44を備えている。
このような構成とすることにより、各ロール間のギャップG1~G4のサイズを異ならせ、湿潤粉体の連通孔を維持しつつ好適な塗膜を形成することができる。以下、このことを詳述する。
【0037】
図示するように、供給ロール41と第1転写ロール42との間を第1ギャップG1、第1転写ロール42と第2転写ロール43との間を第2ギャップG2、第2転写ロール43と第3転写ロール44との間を第3ギャップG3、そして第3転写ロール44とバックアップロール45との間を第4ギャップG4とすると、ギャップのサイズは、第1ギャップG1が相対的に最大であり、第2ギャップG2、第3ギャップG3、第4ギャップG4の順に少しずつ小さくなるように設定されている(G1>G2>G3>G4)。このように集電体31の搬送方向(進行方向)に沿ってギャップが徐々に小さくなる多段ロール成膜を行うことにより、適切に連通孔が維持された状態の湿潤粉体32からなる塗膜を形成することができる。即ち、本実施形態に係る成膜ユニット40は以下のように作動させることができる。
【0038】
供給ロール41、第1転写ロール42、第2転写ロール43、第3転写ロール44およびバックアップロール45は、それぞれが独立した図示しない駆動装置(モータ)に接続されているため、それぞれ異なる回転速度で回転させることができる。具体的には、供給ロール41の回転速度よりも第1転写ロール42の回転速度が速く、第1転写ロール42の回転速度よりも第2転写ロール43の回転速度は速く、第2転写ロール43の回転速度よりも第3転写ロール44の回転速度は速く、第3転写ロール44の回転速度よりもバックアップロール45の回転速度は速い。
このように各回転ロール間で集電体搬送方向(進行方向)に沿って回転速度を少しずつ上げていくことによって、
図4のロール成膜装置20とは異なる多段ロール成膜を行うことができる。このとき、上記のとおり、第1ギャップG1、第2ギャップG2、第3ギャップG3、第4ギャップG4をこの順に少しずつ小さくなるように設定することによって、本成膜ユニット40に供給された湿潤粉体32は、適切に連通孔を維持することができる。特に限定するものではないが、各ギャップG1~G4のサイズ(幅)は、10μm~100μm程度の範囲内から設定することができる。
【0039】
次に、本実施形態に係る電極製造装置70の塗膜加工ユニット50について説明する。
図5に示すように、塗膜加工ユニット50は、成膜ユニット40から搬送されてきた集電体31の表面上に付与されている塗膜33の性状を調整するユニットであり、本実施形態においては、塗膜の密度や膜厚を調整するプレスロール52と、塗膜の表面に凹凸形成を施すための凹凸加工ロール54を備えている。
プレスロール52は、搬送されてきた集電体31を支持しつつ進行方向に送り出すバックアップロール52Bと、バックアップロール52Bに対向する位置に配置され、塗膜33を膜厚方向に押圧して圧縮するためのワークロール52Aとを備えている。かかるプレスロール52は、搬送されてきた集電体31上に形成(成膜)されたペンジュラー状態またはファニキュラー状態(好ましくはファニキュラーI状態)の湿潤粉体32からなる塗膜33を、孤立空隙を生じさせない程度にプレスして圧縮することができる。
かかるプレスロール52による好適なプレス圧は、目的とする塗膜(電極活物質層)の膜厚や密度により異なり得るため特に限定されないが、概ね0.01MPa~100MPa、例えば0.1MPa~70MPa程度に設定することができる。
【0040】
プレスロール52よりも集電体搬送方向(進行方向)の下流側に配置される凹凸加工ロール54は、プレスロール52を経て搬送されてきた集電体31を支持しつつ進行方向に送り出すバックアップロール54Bと、バックアップロール54Bに対向する位置に配置され、塗膜33を膜厚方向に押圧し、該塗膜表面に凹凸形成を施すためのワークロール54Aとを備えている。即ち、かかる凹凸加工ロール54は、第2のプレスロールとして機能し、且つ、その際のプレス圧により塗膜表面に所定の間隔(ピッチ)およびパターンの凹凸表面を連続的に形成する。したがって、ワークロール54Aの表面には、塗膜表面に所定の間隔(ピッチ)およびパターンの凹凸面を形成するための対応する凹凸面が形成されている。
かかる凹凸加工ロール54による好適なプレス圧は、対象とする塗膜(電極活物質層)の表層部分の密度、形成したい凹凸パターンの高低差(最大山高さと最大谷深さとの間の長さ。以下同じ。)、等により異なり得るため特に限定されないが、概ね1MPa~150MPa、例えば5MPa~100MPa程度に設定することができる。
【0041】
ここで開示される湿潤粉体32からなる塗膜33では、中に外部に至る連通孔が形成されているため、孤立空隙を過剰に生じさせることなく圧縮することができる。また、展延性に優れる塗膜であるため、乾燥前の湿潤状態であるにもかかわらず、所望する高低差を実現した凹凸パターンを形成し、該パターンを維持することができる。
図6は、このことを模式的に示した説明図である。
即ち、合材スラリー(ペースト)で形成された塗膜の場合は、
図6の(A)で示すように、塗膜表面に存在する溶媒の表面張力により、凹凸形成が困難である。
また、従来のキャピラリー状態の湿潤粉体で形成された塗膜の場合は、
図6の(B)で示すように、塗膜表面になお溶媒が比較的多く含まれているため、凹凸形成ができないか若しくはできたとしても凹凸パターンの高低差が僅かである微視的な凹凸形成しかできない。
また、合材スラリー(ペースト)で形成された塗膜を乾燥し、乾燥状態の塗膜(即ち電極活物質層)に対して凹凸形成を行った場合は、
図6の(D)で示すように、ある程度の凹凸が形成されるとしても凹凸面が形成された表層部分が特異的に緻密化してしまい、或いは、凹凸面が形成電極活物質層の表面にクラックや部分的な脱落(剥離)が生じる虞もあり、充分な凹凸形成は甚だ困難である。
一方、ここで開示されるペンジュラー状態またはファニキュラー状態(好ましくはファニキュラーI状態)の湿潤粉体32を用いて塗膜33を形成した場合は、
図6の(C)で示すように、展延性に優れる塗膜であるため、乾燥前の湿潤状態であるにもかかわらず、プレスロールにより容易に塗膜表面に対して凹凸形成を行うことが可能であり、所望する高低差を実現した凹凸パターンを形成、維持することができる。
図示された装置では、凹凸加工ロール54は一対のみ設けられているが、これに限られず、進行方向に沿って複数の凹凸加工ロールを配置し、それぞれのプレス圧が異なるように設けてもよい。このように多段配置することによって、湿潤粉体32からなる塗膜33の表面に、高低差或いはパターンの異なる複数の凹凸を形成することができる。
【0042】
図5に示すように、本実施形態に係る電極製造装置70の塗膜加工ユニット50よりも集電体搬送方向の下流側には、乾燥ユニット60として図示しない加熱器(ヒータ)を備えた乾燥室62が配置され、塗膜加工ユニット50から搬送されてきた集電体31の表面上の塗膜33を乾燥する。なお、かかる乾燥ユニット60は、従来のこの種の電極製造装置における乾燥ユニットと同様でよく、特に本教示を特徴付けるものではないため、これ以上の詳細な説明は省略する。
【0043】
塗膜33を乾燥後、必要に応じて50~200MPa程度のプレス加工を行うことにより、リチウムイオン二次電池用の長尺なシート状電極が製造される。こうして製造されたシート状電極は、通常のこの種のシート状正極または負極としてリチウムイオン二次電池の構築に用いられる。
【0044】
例えば、本実施形態に係るシート状電極を用いて構築され得るリチウムイオン二次電池100の一例を
図12に示している。
本実施形態のリチウムイオン二次電池(非水電解液二次電池)100は、扁平形状の捲回電極体80と非水電解液(図示せず)とが電池ケース(即ち外装容器)70に収容された電池である。電池ケース70は、一端(電池の通常の使用状態における上端部に相当する。)に開口部を有する箱形(すなわち有底直方体状)のケース本体72と、該ケース本体72の開口部を封止する蓋体74とから構成される。ここで、捲回電極体80は、該捲回電極体の捲回軸が横倒しとなる姿勢(即ち、捲回電極体80の捲回軸方向と蓋体74の面方向とはほぼ平行である。)で、電池ケース70(ケース本体72)内に収容されている。電池ケース70の材質としては、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルめっき鋼といった軽量で熱伝導性の良い金属材料が好ましく用いられ得る。
また、
図12に示すように、蓋体74には外部接続用の正極端子81および負極端子86が設けられている。蓋体74には、電池ケース70の内圧が所定レベル以上に上昇した場合に該内圧を開放するように設定された排気弁76と、非水電解液を電池ケース70内に注入するための注入口(図示せず)が設けられている。電池ケース70は、蓋体74を電池ケース本体72の開口部の周縁に溶接することによって、該電池ケース本体72と蓋体74との境界部を接合(密閉)することができる。
【0045】
捲回電極体80は、長尺なシート状の典型的にはアルミニウム製の正極集電体82の片面または両面に長手方向に沿って正極活物質層84が形成された正極シート83と、長尺なシート状の典型的には銅製の負極集電体87の片面または両面に長手方向に沿って負極活物質層89が形成された負極シート88とを、典型的には多孔性のポリオレフィン樹脂からなる2枚の長尺状のセパレータシート90を介して積層して(重ね合わせて)長手方向に捲回されている。
扁平形状の捲回電極体80は、例えば、上述した電極製造装置70により湿潤粉体32からなる活物質層が形成された正負極シート83,88および長尺なシート状のセパレータ90を、断面が真円状の円筒形状になるように捲回した後で、該円筒型の捲回体を捲回軸に対して直交する一の方向に(典型的には側面方向から)押しつぶして(プレスして)拉げさせることによって、扁平形状に成形することができる。かかる扁平形状とすることで、箱形(有底直方体状)の電池ケース70内に好適に収容することができる。なお、上記捲回方法としては、例えば円筒形状の捲回軸の周囲に正負極およびセパレータを捲回する方法を好適に採用し得る。
【0046】
特に限定するものではないが、捲回電極体80としては、正極活物質層非形成部分82a(即ち、正極活物質層84が形成されずに正極集電体82が露出した部分)と負極活物質層非形成部分87a(即ち、負極活物質層89が形成されずに負極集電体87が露出した部分)とが捲回軸方向の両端から外方にはみ出すように重ねあわされて捲回されたものであり得る。その結果、捲回電極体80の捲回軸方向の中央部には、正極シート83と負極シート88とセパレータ90とが積層されて捲回された捲回コアが形成される。また、正極シート83と負極シート88とは、正極活物質非形成部分82aと正極端子81(例えばアルミニウム製)が正極集電板81aを介して電気的に接続され、また、負極活物質層非形成部分87aと負極端子86(例えば銅またはニッケル製)が負極集電板86aを介して電気的に接続され得る。なお、正負極集電板81a,86aと正負極活物質層非形成部分82a,87aとは、例えば、超音波溶接、抵抗溶接等によりそれぞれ接合することができる。
なお、非水電解液としては、典型的には適当な非水系の溶媒(典型的には有機溶媒)中に支持塩を含有させたものを用いることができる。例えば、常温で液状の非水電解液を好ましく使用し得る。非水系の溶媒としては、一般的な非水電解液二次電池に用いられる各種の有機溶媒を特に制限なく使用し得る。例えば、カーボネート類、エーテル類、エステル類、ニトリル類、スルホン類、ラクトン類等の非プロトン性溶媒を、特に限定なく用いることができる。支持塩としては、LiPF6等のリチウム塩を好適に採用し得る。支持塩の濃度は特に制限されないが、例えば、0.1~2mol/Lであり得る。
【0047】
なお、ここで開示される技術の実施にあたっては、電極体を図示するような捲回電極体80に限定する必要はない。例えば、複数の正極シートおよび負極シートをセパレータを介して積層して形成される積層タイプの電極体を備えるリチウムイオン二次電池であってもよい。また、本明細書に開示される技術情報から明らかなとおり、電池の形状についても上述した角型形状に限定されるものではない。また、上述した実施形態は、電解質が非水電解液である非水電解液リチウムイオン二次電池を例にして説明したが、これに限られず、例えば、電解液に代えて固体電解質を採用したいわゆる全固体電池に対しても、ここで開示された技術を適用することができる。その場合には、ペンジュラー状態またはファニキュラー状態の湿潤粉体は、固形分として活物質に加えて固体電解質を含むように構成される。
【0048】
非水電解液が供給され、電極体を内部に収容したケースが密閉された電池組立体に対して、通常、初期充電工程が行われる。従来のこの種のリチウムイオン二次電池と同様、電池組立体に対して外部接続用正極端子および負極端子との間に外部電源を接続し、常温(典型的には25℃程度)で正負極端子間の電圧が所定値となるまで初期充電する。例えば初期充電は、充電開始から端子間電圧が所定値(例えば4.3~4.8V)に到達するまで0.1C~10C程度の定電流で充電し、次いでSOC(State of Charge)が60%~100%程度となるまで定電圧で充電する定電流定電圧充電(CC-CV充電)により行うことができる。
【0049】
その後、エージング処理を行うことにより、良好な性能を発揮し得るリチウムイオン二次電池100を提供することができる。エージング処理は、上記初期充電を施した電池100を、35℃以上の高温度域に6時間以上(好ましくは10時間以上、例えば20時間以上)保持する高温エージングにより行われる。これにより、初期充電の際に負極の表面に生じ得るSEI(Solid Electrolyte Interphase)被膜の安定性を高め、内部抵抗を低減することができる。また、高温保存に対するリチウムイオン二次電池の耐久性を高めることができる。エージング温度は、好ましくは35℃~85℃(より好ましくは40℃~80℃、更に好ましくは50℃~70℃)程度とする。このエージング温度が上記範囲より低すぎると、初期内部抵抗の低減効果が十分でないことがある。上記範囲より高すぎると、非水系溶媒やリチウム塩が分解するなどして電解液が劣化し、内部抵抗が増加することがある。エージング時間の上限は特にないが、50時間程度を超えると、初期内部抵抗の低下が著しく緩慢になり、該抵抗値がほとんど変化しなくなることがある。したがって、コスト低減の観点から、エージング時間は、6~50時間(より好ましくは10~40時間、例えば20~30時間)程度とすることが好ましい。
【0050】
以下、ここで開示されるペンジュラー状態またはファニキュラー状態の気相制御湿潤粉体を電極合材として用いた場合の幾つかの試験例を説明するが、ここで開示される技術をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0051】
<試験例1:負極の製造>
負極合材として好適に使用し得る気相制御湿潤粉体を作製し、次いで、該作製された湿潤粉体(負極合材)を用いて銅箔上に負極活物質層を形成した。
本試験例では、負極活物質としてレーザ回折・散乱方式に基づく平均粒子径(D50)が10μmである黒鉛粉、バインダ樹脂としてスチレンブタジエンゴム(SBR)、増粘剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)、溶媒として水を用いた。
【0052】
先ず、95質量部の上記黒鉛粉、1質量部のCMCおよび1質量部のSBRからなる固形分を、
図2に示すような回転羽根を有する撹拌造粒機(プラネタリミキサーやハイスピードミキサー)に投入し、混合撹拌処理を行った。
具体的には、回転羽根を有する撹拌造粒機内で回転羽根の回転速度を4500rpmに設定し、15秒間の撹拌分散処理を行い、上記固形成分からなる粉末材料の混合物を得た。得られた混合物に、固形分率が90質量%となるように溶媒である水を添加し、300rpmの回転速度で30秒間の撹拌造粒複合化処理を行い、次いで1000rpmの回転速度で2秒間撹拌微細化処理を続けた。これにより本試験例に係る湿潤粉体(負極合材)を作製した。
得られた湿潤粉体の緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xを算出したところ、1.2以上の値が認められ、ペンジュラー状態またはファニキュラーI状態、即ち、孤立空隙ではない連通孔からなる気相に富む気相制御湿潤粉体(負極合材)が作製された。
【0053】
次いで、上記得られた気相制御湿潤粉体(負極合材)を、上記電極製造装置70の成膜ユニット40(
図5)に供給し、別途用意した銅箔からなる負極集電体の表面に塗膜を転写した。
その後、塗膜加工ユニットに塗膜付き負極集電体を搬送し、プレスロールで約60MPaのプレス圧でプレスした後に乾燥ユニットで加熱乾燥させた。これにより、負極集電体上に気相制御湿潤粉体からなる負極活物質層が形成された電極(負極)を得た。
【0054】
上記得られた負極活物質層の乾燥前の状態をSEMで観察した。
なお、比較対象として、緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xが1.05程度であるキャピラリー状態の溶媒リッチな従来の湿潤粉体を作製し、負極集電体上に塗工して形成した負極活物質層についても同様に、乾燥前の状態をSEMで観察した。結果を
図7A~8Bに示す。
図7Aおよび7Bは、それぞれ、従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層の構造を示す表面SEM像および断面SEM像である。
図8Aおよび8Bは、それぞれ、上記Y/Xが1.2以上である気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層の構造を示す表面SEM像および断面SEM像である。
図7Aおよび7BのSEM像から明らかなように、従来の溶媒リッチな湿潤粉体から形成された乾燥前の状態の負極活物質層では、負極活物質間および負極活物質層の表面に溶媒(ここでは水)が多量に存在する。このため、負極活物質層の表面に、Lcm×Bcm(L,Bは3以上の整数)で示される基準エリアを設定して相互に異なるn(nは5以上の整数)点で計測した平均表面積は、概ねL×Bcm
2となり、該平均表面積が1.05×L×Bcm
2以上を実現するような凹凸面を負極活物質層の表面に形成することは困難である。
【0055】
他方、
図8Aおよび8BのSEM像から明らかなように、気相制御湿潤粉体で形成した負極活物質層では、余剰な溶媒が粉体を構成する凝集粒子の表面に存在しない。このため、特に
図8Bによく示されているように、気相制御湿潤粉体から形成された負極活物質層の表面は微細な凹凸面で構成されており、表面全体を覆う溶媒からなる層が存在しない。かかる微細な凹凸面は、活物質層表層の表面積を拡大することに寄与しており、好ましくは、活物質層の表面に、Lcm×Bcm(L,Bは3以上の整数)で示される基準エリアを設定して相互に異なるn(nは5以上の整数)点で計測した平均表面積は、概ねL×Bcm
2となり、該平均表面積が1.05×L×Bcm
2以上を実現することができる。
【0056】
次に、上記得られた60MPaプレス後(乾燥前)の負極活物質層について、放射光X線ラミノグラフィー法によって空隙構造を調べた。
放射光X線ラミノグラフィー法は、厚さが1.2mm以下の試験片に対しても適用可能であり、十分なX線透過強度を得ることができるため、試験片の内部にある空隙の存在形態を、該試験片を破壊することなく観察することができる。
本例では、大型放射光施設である「SPring-8」内に設置された豊田ビームライン(BL33XU:株式会社豊田中央研究所設置)を使用して行った。即ち、圧縮治具を備えて所定の圧で筒方向に圧縮可能な状態でサンプルを収容可能な円筒状のセル内に、予め質量を計測しておいた活物質層試験片を収容した。そのセルをX線出射口とシンチレータとの間の光軸上に配置した。
そして、エネルギー29eVのX線を出射し、セル内の試料を透過させたX線透過像をシンチレータで可視光に変換した後の可視光の像としてCCDカメラで撮影した。かかるX線透過像(可視光に変換後の像)の撮影は、試料を含むセルを360°回転させつつ0.1°毎に撮影した。
こうして得られた3601枚のX線透過像(可視光に変換後の像)を再構成することによって三次元画像を取得した。
【0057】
空隙観察結果を
図10Aおよび
図10Bに示す。
図10Aは、従来の溶媒リッチな湿潤粉体から形成された乾燥前の負極活物質層についての結果であり、
図10Bは、上記気相制御湿潤粉体から形成された乾燥前の負極活物質層についての結果である。
図示されるように、従来の溶媒リッチな湿潤粉体から形成された負極活物質層については、連通した空隙パスが認められず、孤立した空隙(白色部分)が散見された。
他方、ここで開示される気相制御湿潤粉体から形成された乾燥後の負極活物質層については、大きな孤立空隙は認められず、全体にわたって随所に活物質層内外を連通する空隙パスの存在が認められた。
【0058】
併せて気体残留率(%)を測定した。具体的には、気体残留率(%)は、(空気の体積/塗膜即ち乾燥前の活物質層体積)×100により求めた。ここで空気の体積は、塗膜の体積から、(溶媒質量/溶媒密度)、(活物質質量/活物質密度)、および、活物質以外に含まれる固形分毎の(固形分/固形分密度)を全て引くことにより算出した。
その結果、
図10Aに示す従来の溶媒リッチな湿潤粉体から形成された乾燥前の負極活物質層についての気体残留率は約15%であった。他方、
図10Bに示す気相制御湿潤粉体から形成された乾燥前の負極活物質層についての気体残留率は約6%であった。
このことは、従来の溶媒リッチな湿潤粉体から形成された負極活物質層については、連通した空隙パスが認められず、孤立した空隙(白色部分)が多いため、プレス後にも活物質層内部に空隙が多く残存することを示しており、一方、気相制御湿潤粉体から形成された負極活物質層については、全体にわたって随所に活物質層内外を連通する空隙パスが存在するため、プレスによって気体残留率が大きく低下し得ることを示している。
【0059】
次に、放射光X線ラミノグラフィー法により観察した三次元画像を三次元解析し、空隙分布を調べた。具体的には、試料の体積が上記円筒状セルの内部空間の体積と一致していると仮定し、当該セルの上面および下面の半径(R)、上下面間の距離(H)、試料の質量(M)、空隙率を0と仮定した場合の試料の密度(ρ0)を用いて、マクロな空隙率(E)を求めた(E=1-M/(πR2Hρ0))。
また、得られた三次元画像に対し、異なる複数の閾値(t1,t2,t3...)を採用して二値化処理を行い、試料の全断面像に対する空隙率を算出し、平均値(Ev)を求めた。そして二値化の閾値(tb)に対する空隙率(Ev)の変化を線形でフィッティング(Ev=atb+b,ここでa,bはフィッティングパラメータ)し、上記マクロな空隙率(E)と一致するときの閾値(tb)を本例における二値化の閾値とした。
【0060】
こうして二値化したスタック像をフリーの画像解析ソフトとして著名なImageJFijiで読み込み、プラグインの「3D Object Counter」を実行した。そして、「Parameters to calculate」で「Volume」を選択し、「Maps to show」で「Objects」を選択して、それぞれ三次元の接触判定によって一つの空隙の塊とみなされた各空隙毎の体積、および、そのマッピング像(スタック像)を得た。
そして、各空隙の体積を0~10000μm
3の間では所定の間隔および10000μm
3超過で区分し、総体積を1としたときの各区分の平均体積分率を求めた。結果を示すグラフを
図10Aおよび
図10Bに示した。
図10Aは、従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層についての結果を示しており、
図10Bは、気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層についての結果を示している。
【0061】
図10Aと
図10Bとの対比から明らかなように、放射光X線ラミノグラフィー法による空隙観察に基づいて算出された空隙分布において、気相制御湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層では、全空隙容積に対する2000μm
3以上の容積の体積分率が0.3以下、つまり全空隙容積(100vol%)に対する2000μm
3以上の容積の空隙比率が30vol%以下であることが確かめられた。このことは、比較的大きな孤立空隙が活物質層内にあまり形成されていないことを示している。
これに対し、従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層では、全空隙容積に対する2000μm
3以上の容積の体積分率が0.3を超過、つまり全空隙容積(100vol%)に対する2000μm
3以上の容積の空隙比率が30vol%を上回ることが確かめられた。このことは、従来の溶媒リッチな湿潤粉体を用いて形成した負極活物質層では、過剰な溶媒によって比較的大きな孤立空隙が形成されやすいことを示している。
【0062】
<試験例2:正極の製造>
正極合材として好適に使用し得る気相制御湿潤粉体を作製し、次いで、該作製された湿潤粉体(正極合材)を用いてアルミ箔上に正極活物質層を形成した。
本試験例では、正極活物質としてレーザ回折・散乱方式に基づく平均粒子径(D50)が20μmであるリチウム遷移金属酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2)、バインダ樹脂としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)、導電材とてアセチレンブラック、非水溶媒としてNMPを用いた。
【0063】
先ず、90質量部の上記正極活物質、2質量部のPVDFおよび8質量部のアセチレンブラックからなる固形分を、
図2に示すような回転羽根を有する撹拌造粒機(プラネタリミキサー)に投入し、混合撹拌処理を行った。
具体的には、回転羽根を有する撹拌造粒機内で回転羽根の回転速度を4500rpmに設定し、15秒間の撹拌処理を行い、上記固形分からなる粉末材料の混合物を得た。得られた混合物に、固形分率が90質量%以上となるように溶媒であるNMPを添加し、300rpmの回転速度で30秒間の撹拌を行い、次いで4500rpmの回転速度で2秒間撹拌を続けた。これにより本試験例に係る湿潤粉体(正極合材)を作製した。
得られた湿潤粉体の緩め嵩比重Xと真比重Yとの比:Y/Xを算出したところ、1.3以上の値が認められ、ペンジュラー状態またはファニキュラーI状態、即ち、孤立空隙ではない連通孔からなる気相に富む気相制御湿潤粉体(正極合材)が作製された。
【0064】
次いで、上記得られた気相制御湿潤粉体(正極合材)を、上記電極製造装置70の成膜ユニット40(
図5)に供給し、別途用意したアルミ箔からなる正極集電体の表面に塗膜を転写した。本試験例では、同様の成膜ユニットを2連で用意し、正極集電体の両面に塗膜を形成した。
その後、塗膜加工ユニットに塗膜付き正極集電体を搬送し、プレスロールで約60MPaのプレス圧でプレスした後に乾燥ユニットで加熱乾燥させた。これにより、正極集電体上に気相制御湿潤粉体からなる正極活物質層が形成された電極(正極)を得た。
【0065】
こうして得られた乾燥後の正極活物質層に存在するバインダ樹脂(PVDF)の分布を一般的なSEM-EDXを実施し、フッ素(F)マッピングにより調べた。
【0066】
結果を
図11に示す。
図11は、本試験例のFマッピングに用いた正極活物質層の断面SEM-EDX像である。明るい点がF原子の存在位置(即ちPVDFの存在位置)を示している。このSEM像から明らかなように、気相制御湿潤粉体からなる正極合材を使用して作製された正極活物質層では、正極活物質層を該活物質層の表面から集電体に至る厚み方向に上層および下層の2つの層に均等に区分し、該上層および下層のバインダ樹脂(ここではPVDF)の濃度(mg/L)を、それぞれ、C1およびC2としたとき、0.8≦(C1/C2)≦1.2の関係を具備する(本試験例では、C1/C2の値は約1.1)ことが確かめられた。
【符号の説明】
【0067】
1 凝集粒子
2 活物質粒子(固相)
3 溶媒(液相)
4 空隙(気相)
10 撹拌造粒機
20 ロール成膜装置
31 電極集電体
32 湿潤粉体(電極合材)
33 塗膜
70 電極製造装置
40 成膜ユニット
50 塗膜加工ユニット
60 乾燥ユニット
80 捲回電極体
100 リチウムイオン二次電池